公的年金制度の抜本改革のために
  最低保障年金制度の確立と官僚政治の打破を
                          堀込 純一

 はじめに

 参議院選直後の国会は、民主党提出の年金廃止法案をあっさり否決した。民主党は、今秋の臨時国会でも再び廃止法案を提出する予定であるが、他方では自民党との妥協も模索されている。
 先ごろ改定された年金法が、小泉政権や公明党がいう「五〇年,一〇〇年もつ」という代物でないことは、多くの人々が感じ取っている。今や、年金問題は深刻な社会問題としての性格をいっそう強めており、その抜本改革のための討論と新たな制度設計の確立が、じっくり時間をかけ、かつ出来るだけ早く実現されることが全人民的な課題として問われている。以下は公的年金制度の抜本改革のための個人的提言である。

 崩壊的危機にある公的年金制度

 公的年金制度の危機的現状は、第一に、空洞化する基礎年金制度に集中的に見られる。
 最も空洞化が進んでいるのは、国民年金である。最近の国民年金の未納率(第一号被保険者のうち、未納者の未納比率を金額ベースでみたもの)は、二〇〇二年度から三〇%台という高い水準である。しかも、学生納付特例者や保険料全額免除者を含めると、国民年金の未納率はほぼ半分にいたる。未納率三〇%台というのは、一九六〇年代後半から八〇年代半ばまで未納率が一〇%以下であったことと比べれば、雲泥の差である。
 九〇年代半ばごろから、資本家階級は大量の首切り、正規労働者の非正規労働者への置き換えを強引に推し進め、新自由主義経済政策を推進する自民党政権は、労働法制の改悪などを通して、この動きを促進した。このため、厚生年金加入者が国民年金になだれ込み、唯一国民年金のみがその加入者数を増大させている。だが、困窮する生活にあえぐ失業者や非正規労働者が、国民年金保険料が払えるわけがない。したがって、未納者が増えざるを得ないのである。
 問題は、国民年金だけではない。空洞化は、厚生年金でも進展している。厚生年金への加入者数は、一九九七年度の三三四六万八千人をピークにその後減少し、二〇〇〇年度三二一九万二千人、二〇〇二年度三二一四万四千人と低下している。厚生年金加入者は大幅に減り続けたのである。加入者が減少する中で、厚生年金の実質収支は、二〇〇一年度から赤字基調となる。そして、二〇〇三年度にはついに、決算ベースでも赤字に転落した。社会保険庁の発表によると、〇三年度の厚生年金は初めて三三七九億円の赤字となり、やはり初めて積立金を同規模取り崩したといわれる(『朝日新聞』八月七日付)。だがこの場合の赤字は、厚生基金の代行返上による移管金三兆四九六五億円があるので、これを除くと実質では三兆八三四五億円の赤字である。
 厚生年金空洞化の原因は、資本家階級による大量首切り、正規労働者の非正規労働者への置き換えだけによるものではない。企業単位による厚生年金への未加入の現象も増大しているのである。「国税庁の統計によると、法人事業所は九八年度末で約二五一万事業所である。ところが、厚生年金に加入している事業所のほうが、八〇万ほど数が少ない。また加入対象事業所が重なる雇用保険の加入事業所二〇〇万カ所と比べると、八四%程度しか加入していない。(約三二万少ない―引用者)」(駒村康平著『年金はどうなる』岩波書店)といわれる。また、八月一二日付の『朝日新聞』によると、「〇二年度の調査では、新規法人約九万六千のうち、一八%にあたる約一万七千が未加入だった。このほか、保険料負担を逃れるために違法に脱退するケースもある。」といわれる。
 もともと、国民年金の財政力が弱くなったため現行の基礎年金制度が作られた(一九八五年)のであるが、その結果、基礎年金制度への拠出金は、厚生年金、共済年金、とりわけ厚生年金がカヴァーしてきた。その「頼みの綱」である厚生年金の赤字基調への転落は、まさに基礎年金制度の危機そのものでもある。
 しかも、年金財政の危機的状況の底流には、年金成熟時代の到来がある。厚生年金の加入者数と受給者数を比較すると、七〇年代半ばごろまでは、後者は前者の一〇%以下だったのが、八〇年度一八・五%、九〇年度三二・三%、九八年度五〇・一%、二〇〇〇年度五六・一%、二〇〇二年度六三・二%というすさまじいスピードでの増大である。いわゆる高齢化時代から超高齢化時代への進展である。これは世界史的にみてもかつてないスピードである。
 危機的現状は、第二に、年金制度の設計から運営までを牛耳る官僚たちが、年金制度を利用して、天下り団体の確保に代表されるように『自分たちの老後保障を優先する態度」が全く改まっていないことである。
 岩瀬達哉著『年金の悲劇』(講談社)の巻末資料によると、1961〜2004年度(ただし02〜04年度は当初予算)にわたり、失われた年金掛け金(保険料)の総額は、約8兆9924億円で、そのうち@官僚たちのための天下り団体が食い潰した年金掛け金は、約6兆7775億円、A年金業務の経費として流用された掛け金は、約2兆2149億円、といわれる。これだけでも、年金官僚たちに食い潰された年金保険料の巨大さに驚くが、問題はこれだけではない。保坂展人著『年金のウソ―隠される積立金147兆円』(ポット出版)によると、B年金積立金の約6割が不良債権に化しているというのである。保坂氏の主張は、日本医師会のシンクタンクである日本医師会総合政策研究機構が調査した『公的年金積立金の運用実態の研究』に依拠したものである。@とBの損失は、財政投融資制度に基づくものである。その原資は、ほとんどが郵便貯金や年金であった。自民党の利益誘導型政治の基礎は、国家財政とともにこの財政投資である。同時に、年金官僚たちは政治家と結託しながら、自分たちの老後の保障としての天下り先確保の財源としても巨大な年金積立金を必要としたのである。
 確かに今回の改定では、100年後には積立度合(前年度末積立金の、当年度の支出合計に対する倍率)を、厚生年金も国民年金も1.0(積立金を年金の年間給付額程度にするということ)にするとしている。しかし財政計画をよく見ると、積立金の取り崩しは、基本的に2050年度以降である。だが、財政が最も逼迫するのは、第一次、第二次ベビーブーム世代が年金受給者になるこれからであり、それは21世紀の半ばごろまで続く。この時期に積立金をほとんど取り崩さないということは、最も必要な時に利用しないということである。その犠牲は結局、保険料負担と給付削減という形で若い世代に押し付けられている。いわゆる世代間格差の拡大である。年金官僚たちのいう、100年後に積立金を1.0にするという計画は、眉唾ものといわざるを得ない。100年後のことは、その時の官僚たちが適当に言い繕うだろう、というのである。全く人民をなめ切った態度である。
 危機的現状は、第三に、現行年金制度の抱える諸矛盾が累積し、日本社会の不公平、不公正そして差別を再生産していることである。それらは、専業主婦世帯の優遇など第3号被保険者問題、現役時代の賃金格差を反映する高齢者内部の所得格差(最大の問題は女性の全体的な受給額の低さと、現役時代の企業規模別賃金格差を反映した受給額の格差)、世帯単位主義による女性差別、在日韓国・朝鮮人の無年金問題、現金給付と比較しての現物(サービス)給付の貧困さなど、実に多岐にわたる。
 だが紙面の都合で一つしか論じられない。それは世帯単位主義の問題である。今回の改定では、年金受給権が夫婦間で分割できるようになった。しかしそれは、厳しい条件付であり、何よりもまだ個人単位主義に全面的に変革されたわけではない。税制・保険制度での世帯単位主義は、賃金制度における家族賃金思想とともに、根強く支配階級によって維持されており、女性差別を維持・再生産させる制度的基本軸となっている。世帯単位主義による専業主婦世帯の優遇は、働く女性などから広範に批判され、年金不信の一因となっている。労働組合運動の現状を変革する闘いは、非正規労働者の賃金条件の大幅な改善や年金権の充実などとともに、税制・保険制度での世帯単位主義を個人単位主義に変革する活動が要求されている。

  最低保障年金の確立を基礎に抜本改革を

 以上の危機的状況を踏まえるならば、公的年金制度の抜本改革のためには、まず第一に、基礎年金制度を廃止し、新たに最低保障年金制度を確立するとともに、それに付加する所得比例年金を一元化することである。
 公的年金制度の危機的状況を放置するならば、一体どのような事態が現出するのであろうか。それは膨大な無年金者や超低額年金者が生み出されるのは必定である。厚生労働省は、国会答弁で「年金を受け取れない可能性がある65歳以上の人が、厚生年金と国民年金を合わせて40万人を超える」(『朝日新聞』八月一一日付夕刊)といっている。だが、これは余りにも楽観的な数字に過ぎる。日本総合研究所によると、「厚生年金に本来入るべき未加入者が最大で九百二十六万人に達する」(八月一七日付『日本経済新聞』)といわれる。国民年金はどうか。二〇〇一年三月末現在、国民年金未加入者は九九万人、未納者二六五万人、免除者五〇五万人が存在する。これらのうち、すべての人が無年金者になるとは限らないが、無年金者及び超定額年金者を合わせると、その数は1千万人以上の規模に膨れ上がる可能性は十分にある。
 全額税方式の最低保障年金を創設する場合、最大の問題は、その財源をどうするかである。民主党は、年金目的消費税を創設して、3%の消費税率アップを主張している。だが、消費税は逆累進性であり、徹底して大企業に有利で低所得者に不利な税制である。最低保障年金の財源は、税制の全体的改革、歳出の全面的再検討、官僚の天下り先である特殊法人などの廃止・縮小などで創出すべきであろう。
 まず税制の改革では、企業に対する優遇税制の是正、年金受給者も含めた高額所得者に対する優遇税制の是正である。所得税は当面、これを元に戻し、税制上の所得再分配機能を高める必要がある。累進性が強化された所得税は、もちろん年金受給者にも課せられることとする。歳出については、無駄な公共事業費の削減、肥大化した軍事費の縮小、更に高級官僚の賃金削減などを図る。さらに官僚の天下り先である特殊法人の廃止あるいは縮小を行う。高級官僚は現役・OBともに特権的に優遇されている。にもかかわらず、戦後の官僚政治の失敗・腐敗については何らのペナルティーも課されていない。高級官僚に対する優遇を廃し、官僚全体に対する監視を情報公開の強化とともに恒常化する。
 さらに最低保障年金に付加して、一元的な所得比例年金を設ける。年金の所得比例部分については、年金財源の元になる現役世代の所得に直接リンクし、経済変動に応じて、年々、年金給付額も決まるような拠出建てシステムとする。世代間の「痛みを分かち合う」、あるいは「成果を分かち合う」システムを公正で公平なものとするためである。
 一元化に反対する理屈で最も強いのが、自営業者の所得補足(税制上の)の問題である。いわゆる9・6・4問題である(9がサラリーマン、6が自営業者、4が農民)。しかし、今日、国民年金が、主要に自営業者や農民の年金制度という認識は誤りである。国民年金加入者に占める商工自営業者や農民は、国民年金創設以降、年々減少し、今日では4分1にも満たない。一元化に最も反対が強い層は、おそらく共済年金に属する層であろう。それは、共済年金の平均受給額は、厚生年金や国民年金のそれよりも、はるかに多いからである。目先のことばかり考えていると後でひどい目にあう。すなわち、猛烈なスピードで進展する少子超高齢化は、すべての人々に影響を与えるのであり、共済年金の現在の良好な財政状況はいつまでも続かないのである。
 公的年金制度を抜本的に改革するためには、第二に、社会保険庁を解体し、新たな年金運営組織を組織することである。
 腐敗しきった社会保険庁を廃止し、新たに公的年金を専門的にあつかう組織を既存の政府から独立させ、設置する。この年金委員会(仮称)とも言うべき組織には、主に年金加入者、年金受給者、専門家、中央政府、地方政府などの代表から構成される全国中央機関を設ける。また、この年金委員会のメンバーは、一種の公務員ではあるが、国家公務員から離脱させる。       
 この年金委員会は、かつてのように巨大な積立金を利用した融資事業、福祉事業などをおこなわず、年金保険料の徴収と給付を活動の原則とする(積立金については後述)。年金委員会の職員の人件費、事務費など経費は、国家財政が負う。また、情報公開を徹底し、年金加入者や年金受給者の必要とする情報を定期的かつ随時に送る。また、相談窓口を全国各地で充実させる。更に、年金委員会は、高齢者や障害者に対する現物(サービス)を主に担う地方政府と密接に連携した活動を行う。
 公的年金制度を抜本的に改革するためには、第三に、現行の年金制度が持つ諸矛盾を抜本的に変革することである。
 まず世代間格差については、前述したような拠出建てのシステムにする。さらに、年金財政の逼迫する今世紀半ばごろまでに巨額な積立金を取り崩し、格差の縮小に努める。巨額な積立金は、官僚や政治家の利権の温床であり、これを廃止する。年金積立金は、年間給付額の2〜3月分に止める。
 所得格差については、累進所得税の強化など、税制の再分配機能を強め、年金受給者の所得格差も圧縮し過大なものにならないようにする。
 世帯単位主義を個人単位主義に切り替える。女性も終始(未婚中も、婚姻中も、離婚後も)、個人名義の年金手帳を持ち、女性の年金権を確かなものとする。専業主婦世帯であれ、共稼ぎ世帯であれ、二人が納付した保険料に見合う年金受給額を二分したものを、女性あるいは男性が確保できるようにする。
 在日韓国・朝鮮人など定住外国人の無年金状態をなくす。直接税であれ、間接税であれ、納税しているのに対して、無年金であるということは、不合理であり、不公平のきわみである。(以上)