映評
  マイケル・ムーア監督『華氏911』
    はたして反戦の訴えか?
 ― 推奨はできるが、民主党寄りの反共和党宣伝に終始

 米国をはじめ世界的に話題になっている『華氏911――それは自由が燃える温度』の上映が、日本でも八月中旬から始まった。
 このマイケル・ムーア監督・脚本の『華氏911』は、すべての民衆に推奨できる映画といえる。ただし、イラク反戦闘争を担う活動家諸氏には、当然すぎる映像の連続という感を免れえないだろう。というより、唯ただブッシュ批判の民主党派のプロパガンダと映るのではないか。事実マイケル・ムーアは、民主党大会に参加し、ブッシュ批判をおこなっている。またしかしながら、米帝のアフガン、イラク侵略の真実を報道しない米日のブルジョア・マスコミに感化されている多くの民衆にとっては、現実の他の側面を観ることとなる映画でもあるだろう。
 この作品の仲に描き出されている、四年前の大統領選での疑惑、サウジアラビア王制権力の一部を占めるビンラディン一族とのつながり、フセイン政権の大量破壊兵器隠匿疑惑の捏造、イラク参戦兵士募集における人種・底辺層への差別的対応、さらにはイラクで戦死した兵士の母親に対する不誠実な対応など、映像の持つ緊迫感は充分といえるのではないだろうか。
 それでも次の点を指摘しなければならないだろう。マイケル・ムーアの前作『ボウリング・フォー・コロンバイ』においては、銃規制問題が取り上げられているが、全米ライフル協会など銃所持の自由を主張する部分は共和党の支持母体であり、これも民主党サイドからの批判ではなかったか。この『華氏911』ではブッシュの人格に迫るまでの批判が行なわれているが、はたしてマイケル・ムーアが反戦を訴えているのかというと、はなはだ疑問といえる。ブッシュでなければ、もっとうまくやれるということであり、民主党の前クリントン政権の行なった数々の侵略行動の一端も出てこず、反共和党ではあっても反米帝ではけっしてないという事なのだ。
 また映像技術の点についても指摘するならば、監督自身の突撃インタビューが斬新なものと評価されているが、記録映画史上では決して目新しいものではない。原一男の『ゆきゆきて神軍』や小川伸介の諸作品には、すでに監督自身が作品に登場する手法がとられている。ヤラセだという批判もあるが、立場や主義を鮮明にする点では当然の方法と考える。記録映画が客観的事実のみの描写とするのは、観念的でブルジョア的な映像評価と言える。撮る側の立場や階級性が強く反映するのは、当然のことである。
 以上のことを考慮しても『華氏911』は、イラク反戦を拡大するうえでは、多くの諸氏にお勧めができる映画である。(Ku)