下請法改定
   下請け関係そのもの解消を
     法改定でサービス残業等に適用拡大

 先の通常国会で、「下請」法(下請代金支払遅延等防止法、)が改定された。五月二十八日の参議院で一部修正のうえ全会一致で可決され、六月十二日の衆議院でやはり全会一致で可決され、成立した。
「下請」法は、「下請代金の支払遅延等を防止することによって、親事業者の下請事業者に対する取引を公正ならしめることともに、下請事業者の利益を保護し、もって国民経済の健全な発達に寄与することを目的」(第一条)として、一九五六年に成立した。同法は、六二年、六三年、六五年、七三年、九九年、二〇〇〇年と、過去六回にわたって改定されている。このうち、六三年、七三年、九九年の改定は、中小企業基本法の制定あるいは改定にともない、資本金基準を変更したものであり、二〇〇〇年の改定は、契約時での書面の交付に電磁的方法の導入が認められた改定である。したがって、これらを除くと、今回の改定は六二年、六五年につづく大きな改定である(注)。
 今回の主な改定点は、第一に、対象となる下請取引が、従来の「製造・修理委託」に加え、「情報成果物作成」、「役務提供」、「金型製造」が追加されたこと、第二に、第三条の契約時の書面交付は、「直ちに」行われなければならないが、「ただし」として、(1)正当な理由で内容が定まらない事項は記載不要、(2)その場合、当該事項が定められたのち直ちに記載した書面を交付すること、第三に、親事業者の遵守事項に、「役務の利用強制」、「不当な経済上の利益の提供要請」、「不当なやり直し」などが追加されたこと、第四に、違反行為に対する措置の強化として、公正取引委員会の勧告に「再発防止措置等」が追加され、勧告された企業名が原則公表となったこと、第五に、罰金の上限が三万円から五〇万円に引き上げられたこと、である。
 これまで「下請」法では、下請取引の対象は、製造・修理の委託に限定されていた。ただ、建設業などにも拡大すべきだという意見が六〇年代前半にたかまり、「下請」法ではなく建設業法が一九七二年に一部改定された経緯はあった。今回、下請取引の対象業務が、「情報成果物作成」、「役務(サービス)提供」、「金型製造」にまで拡大された背景には、いうまでもなく産業構造のこの間の大きな変化がある。
 総務省の『事業所・企業統計調査報告』によると、一九九一〜二〇〇一年の間に、製造業の事業所は八五万七千件から六五万一千件へと二〇万六千件も減少し、従業者(企業役員、自営業主、無給の家族従業員、雇用者で構成)も一四〇九万六千人から一一一三万四千人へと二九六万二千人も減少している。これとは対照的にサービス業は、事業所が一七一万五千件から一八二万七千件へと一一万二千件も増加し、従業者に至っては、一四六一万四千人から一七六四万人へと三〇二万七千人も増加している。サービス業の中で従業者数が増大している業種では、医療業、社会保険・社会福祉とともに、専門サービス業、情報サービス・調査業が上位を占めている。
 金型製造が追加されたのは、この間の製造業の海外進出が背景にある。大企業は下請け企業の金型設計図をとりよせ、それを海外の工場で勝手に使っているという余りにも不公正な行為がひんぱんにおこっていることは、マスコミでも批判されてきた。金型設計図の問題は、知的所有権の保護という観点からも重視されたのであった。
今回の改定でもう一つ特徴的なのは、新自由主義にそった改定ということである。それは、日本商工会議所の専務理事・植松敏氏が、従来の「下請保護という観点からではなく適正な競争政策の確保という観点から行われたと理解している」(『公正取引』八月号)という言でも明らかである。
 支配層は、一九九四年の食糧管理法の廃止、九九年の食料・農業・農村基本法(新基本法)の制定で、さらには九九年の中小企業基本法の改定で、すでに新自由主義政策の推進という立場から、従来の「保護」という観点よりも「経済発展の担い手」育成、競争力の向上という観点(ここでは資本の論理による弱肉強食が前提となっている)を重視し促進してきた。これは当然にも「適正な競争政策の確保」という名分から、従来とは逆に法治の強化とならざるを得ない。今回の「下請」法の改定で、関係者の間では、独占禁止法との連携が強調されていることは、その現れである。新自由主義の強調と言っても、無法な弱肉強食では、ブルジョア的な支配秩序そのもが掘り崩されてしまうからである。
 「下請」法の存在は、日本の企業間関係の特殊性を象徴している。大企業─中企業─小・零細企業という重層的な企業間関係で、重層的な下請構造は、より上位の企業がより下位の企業を収奪し、その連鎖の頂点に大企業が統括し、最大の利益を得るという構造である。「下請」法の第四条では、「親事業者の遵守事項」として、 下請業者の責任もないのに、納品の受領をこばむこと、 下請代金を支払期日後も払わないこと、 下請業者の責任もないのに下請代金の額を減ずること、 下請業者の責任もないのに納品受領後に返品すること、 下請代金を通常の対価よりも著しく不当に定めること、 正当な理由もなく、親事業者の指定する物を強制して購入させること、 親事業者の違法行為を下請業者が公正取引委員会または中小企業庁長官に知らせたことを理由として、取引の数量を減じたり、停止したり、その他の不利益な取り扱いをすること、 取引において親事業者の半製品、部品、附属品あるいは原材料を下請業者に購入させた場合、下請代金の支払期日よりも早くその購入代金を支払わせること、 下請代金の支払いに際して、一般の金融機関で割引が困難な手形を交付すること─を定めている。そして、今回の改定で、前述のような遵守事項を追加している。
 これらの事項は、追加事項も含めて、公正な取引ルールの観点からすれば、あまりにも当然なことばかりである。まるで親が幼児に対して、手とり足とりで世話をやくかのようである。だが、それらの事項がわざさわざ法律として明文化されているということは、そのような不正行為が日常茶飯事ということを意味する。これでは、子どもたちのイジメ問題が頻発するのは必然的である。
 実際、明治大学法学部教授の高橋岩和氏が、「下請法の世界というのは、‥‥基本的に合意が成り立たない世界の話なわけですね。合意という形はとっていますけれど、優越的地位があるものと従属している者との間では実は対等の関係での合意というのは成り立たないわけです。」(座談会「下請法改正の意義と課題」─『公正取引』八月号)というように、下請関係は今でも支配と従属、収奪と被収奪の関係である。これが多くの日本の取引、特に下請関係での取引の現状である。しかも、「下請」法の歴史では、ほとんどその法律的機能はなされてこなかった。というのは、「下請取引は、違反があってもこれについての情報提供が期待できないという特性がある」(公正取引委員会取引部企業取引課長・高橋省三著「下請法の改正について」─『公正取引』八月号)からである。長期固定的な相対(あいたい)取引の中では、大企業などの支配・収奪に対して、下請業者は取引停止を恐れて「泣き寝入り」しながらも、「依らば大樹」の依存思想で大企業などにしがみついてきたからである。
 この問題は、日本の労働者階級にとって、決して無関係な問題ではない。というのは、大企業─中企業─小・零細企業の企業規模によって、それぞれで働く労働者の賃金が階層的に格差・差別の構造をもっているのは、基本的には企業間の支配と従属、収奪と被収奪の関係に規定されているからである。日本の労働者の階級的団結を根本的に発展させるためには、「下請法の世界」そのものをなくすこと自身が不可欠であり、これは日本の労働組合運動の当面する戦略的課題の一つである。(T)

(注)六二年の主な改定点は、 下請代金の支払期日は、下請事業者の給付を受けた日から起算して六〇日の期限内に定められなければないことが新設、 第三条規定の発注書面に、「下請代金の支払期日」が追加、 親事業者の遵守事項として、「支払遅延、買いたたき、購入強制、報復措置」の禁止が追加、 親事業者が支払遅延を行った場合、遅延利息を支払うべきことが新設─である。六五年の主な改定点は、 トンネル会社規制が追加、 親事業者の遵守事項として、「有償支原材料の対価の早期決済の禁止、割引困難な手形の交付の禁止」が追加、 「支払利息支払いの勧告」が新設、 親事業者が違反行為をした際、公正取引委員会の勧告に従った場合は、独占禁止法の のは適用されない、 罰則規定に、第三条の書面交付がなされない場合が追加(罰金は上限三万円)─である。