9・17日朝首脳会談

  日朝国交正常化交渉の再開合意を歓迎する

   東アジアの階級闘争新展開へ


 九月十七日、朝鮮民主主義人民共和国のピョンヤンにおいて、小泉首相とキム・ジョンイル国防委員長の首脳会談が開催され、日朝ピョンヤン宣言が調印された。
 われわれは、「日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本的利益に合致する」として、日朝国交正常化交渉の再開が合意されたことをおおいに歓迎するものである。また日本人拉致問題が、キム・ジヨンイル国防委員長より公表・謝罪され、大きな関心を呼んでいるが、この問題は日朝正常化の基本線の中で適切に解決されるのでなければならない。
 それとともに、われわれは、日朝首脳会談ならびにピョンヤン宣言の意味するところを正しく捉えなければならない。

  歴史問題は未解決


 第一に、小泉が「歴史を動かす」意気込みと称して決断した首脳会談、国交正常化交渉の再開は、それ自身朝鮮半島のみならず東アジアでの政治的経済的権益の確保にとって不可欠のものという、徹頭徹尾日本資本家階級の階級的利益に基づくものであるが、日朝の国交正常化は東アジアに残る冷戦構造を解体するものとなる。このことは現在の階級的力関係においては、米帝を主柱とする国際反革命同盟体制が主導する国際秩序に全ての東アジア諸国が多かれ少なかれ組み込まれる構造をもたらし、広げることとなるが、同時に労働者階級民衆の国境を越えた国際連帯の構築と政治的自由の拡大に道を開き、一昨年の「南北共同声明」に発する朝鮮半島南北の自主的平和統一を促進させるものとなる。
 それのみならず直面する情勢においては、小泉政権が、共和国を「仮想敵」として有事法制化を進めてきた根拠そのものを失うこととなり、またブッシュ政権が、共和国を軍事攻撃する危険を制止する要因となりうる。
 第二に、日朝国交正常化に当たって最大の課題は、歴史問題の解決である。われわれは、日朝、日韓民衆連帯を確かなものとしていく見地からしても、一九一〇年の朝鮮併合とその後の三十六年間に及ぶ植民地支配に対する、日本の側からの誠実な謝罪と賠償が不可欠であり、その実現を要求することが両国民衆の連帯に直接つながるものと考える。またここにおいてわれわれは、六五年に締結した日韓条約が、朝鮮併合の国際法上の非合法性を曖昧化するなど植民地支配問題にけじめをつけたものとなっておらず、そのうえ韓国を朝鮮半島における唯一の合法政府と規定するなど南北分断を固定させる要因を有していることをふまえれば、日朝正常化は同時に、日韓条約を根本的に問い直すものであることを指摘する。
 しかしピョンヤン宣言においては、謝罪の文言は村山談話(当時首相)の域を出ておらず、植民地支配に対する賠償として明記せず、「日本側が朝鮮民主主義人民共和国側に対して、国交正常化の後、双方が適切と考える期間にわたり、無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等」というように日韓条約でおこなわれた「経済協力」方式で済ませようとしている。ピョンヤン宣言の最大の問題点である。
 第三に、共和国の国家機関による拉致問題については、被害者家族による共和国政府および日本政府に対する真相糾明、責任者の処罰、補償の要求を支持する。しかしこの問題を利用して、民族排外主義を煽る政治状況が創り出されていることについては、断じて容認することは出来ない。
 事実公表後は、連日在日朝鮮人・韓国人への、とりわけて朝鮮学校や朝鮮総連へのいやがらせと暴力を促す作用を及ぼしている。この問題を口実としたいやがらせ、暴力を許すことは出来ない。
 第四に、核開発問題、ミサイル問題などのいわゆる安全保障問題は、唯一の超大国たる米帝がその地位を確保し、権力を自由に行使できる環境を維持するためのものに他ならない。同時にそれは日本国家が、共和国を組み込んだ東アジアの将来の新秩序において、地域の政治大国の地位を確保するためのものである。共和国がピョンヤン宣言にこの問題を文言化し、調印したということは、以上の米日の地位を認めると同時に、九四年米朝ジュネーブ核合意の履行を日朝両国が米国に求めるという意味をもっている。

  背景に東アジア経済圏


 第五に、日本帝国主義・小泉政権を日朝国交正常化交渉へと突き動かした背景は、一体何か。それは、アメリカ金融独占資本の多国籍展開にとって最も有利な新自由主義グローバリズムを基本的に受け入れつつも、日本の経済がますます停滞し社会の破綻が広がる中で、欧州を手本に「東アジア経済圏構想」と総括されていくであろう補完システムの実現に展望を見出そうとする流れが、日帝ブルジョアジーの間で強まっていることにあるだろう。この展望は、共和国政権が、米帝の軍事的攻撃目標になることを避けるため、米日との正常化交渉を加速し、またいわゆる「改革・開放」路線へ動き出したことで、具体性を獲得した。もはや日朝国交正常化と、韓国、中国、ロシア極東部を巻き込む経済圏の形成とを連結し構想することは難しいことではなくなったのである。
 日帝・小泉政権は、米帝がイラク攻撃の準備に集中せざるを得ない状況を好機とし、韓国において対北「太陽政策」を推進してきたキム・デジュン政権の任期が切れる前に、米帝に忠誠を誓いつつ、戦後初めて米帝との関係で一定の「独自性」もった外交展開に踏み込んだ。米帝サイドや排外主義の動向など不確定要因はあるものの、米帝の一極支配の下での一定の「独自性」をもった東アジア新秩序への扉が、日帝の主導的関与を媒介に開かれるのである。われわれは、東アジア規模での階級闘争の連携が飛躍的に重要性を増す時代を迎えることに留意しなければならない。
 第六に、日朝国交正常化交渉の再開によって大きく動き出した政治の流れは、ベルリンの壁崩壊──ソ連体制崩壊の東アジア版的展開を伴う可能性をもつものとなるだろう。そのなかで共産主義運動は、ブルジョア民主主義と市場経済を越えるその綱領的内実が改めて問われ、試されることになるだろう。われわれは、これを共産主義運動再構築の好機としなければならない。