編集部だより


◆労働者共産党の第二回党大会が最近行われまして、それから最初の新聞作りをやっと終えました。これを機会に、「編集後記」的なコーナーを今号から入れることにしました。
◆こうしたコーナーを入れようというのは、以前から編集部のなかで決まっていたのですが、けっこう同志のみなさんの原稿が、不思議と締切りを過ぎたぎりぎりの頃にどっと来たりして紙面が一杯になるので、機会をうしなって、実はそのうち忘れていました。二回大会の成功でまた思い出しました。
◆編集後記を入れるのは、紙面が親しみやすくなるとか色々な意味があると思えますが、わたしの考えでは、新聞をつくっている人間がどういう人間なのか、顔を出すという点に一番意味があるのではないか、と思えます。党員同志をはじめ読者からすると、紙面がいいとか悪いとかぶつけられる人間、責任者が見えていたほうがいいのではないか。(党員の間なら、なにぶん小さい党ですから、いつも編集部は見えているという感じですが)。何か言いたいこと、伝えたいことがあっても、相手が「労働者共産党」そのものでは漠然としてつかみ所がないのではないか。このことは、新聞づくりにとどまらず、革命党の匿名性の問題、党の体質の問題に関わると思われます。
◆それで、このコーナーでは基本的に毎号、わが編集部員たちが一人ひとり交替で登場し、自分の思っていることなどを自由に書いていきます。
◆で、最初のわたしは、二回大会の裏話でも書いて同志諸氏のひんしゅくを買ってやろうと思ったのですが、それほど面白い話のネタが見つかりません。政治内容のネタならありますが、まじめな話になりすぎるので、それは今号で掲載の大会文献の行間を探ってみてください。おい、それこそスターリン主義的秘密主義だろう、とお叱りを受けそうですが。
◆ただ今回の大会は、前向きな気分を感じるわりと気持ちのいい大会でした。達成感という点では、三年前の統合大会つまり労働者共産党の結成大会が、やはり大きなものがありましたが。
◆党大会をルールに従ってちゃんとやっているかどうか、というのは左翼にとって非常に重要なことで、そういう中で方針や路線が決められてくるのですから、時々の方針・路線じたいよりも重要だと言ってもいいのです。わたしが、これまで経験した党大会は、労働者共産主義委員会(いわゆる怒涛派)の時代、日本共産党MLの時代、労働者共産党の今と併せて計十回ですが、案外まじめに行なわれています。いろいろ看板や顔ぶれは変わっていますが、ずぅーつと変わらないねえという人もいて、左翼の営みというものに不思議な感じがしたりするものです。(若杉)