同志たちの《年賀状》

 

強にあたるに弱をもってす、それ水の如きか


皆さん、お元気ですか。
 僕は、今もリハビリ中です。調子が悪くなってから、ほぼ一年になりますが、いまだにおもわしくありません。このままブラブラとして、老い朽ちるのかなあ、などと「日々これ悶々」。「エー、クソこうなったら」口がきけるのを幸いに、トゲのある言葉を吐き、イヤミな発言をして、スネ者の人生を歩もうか知らんとも思ったりもしたのですが、「これも、また悶々」、徹しきれずにおりましたところ、「フッと」閃くものがあって、不調を憂えるよりも、不調になれて、不調を日常化すれば、それは不調ではなくなるのではないか!と思ったわけです。すると急に気が楽になりました。
 「狂乱怒涛」「燃えるよな、あの夏の夜の夢」にいざなわれ、英雄ダルタニアンのように、敵弾にたおれることを理想としてきた僕にとって、心をしずめて、現実世界を冷静にみつめ直す仕事は、これは、これで、なかなかにシンドクもあり、つらくもあります。しかし、今は「吾唯足知」世界のあることも理解する必要があるのではないか、とも思ったりしています。
 「天馬、空をゆくが如き」巨星『毛沢東』は、「唯物論者はなにものを恐れない」と言っているし、やはり、これは、くもりない心をもって、「明鏡止水」の心境を得る努力が必要かなあ、と思っています。
 ドラクロアのころなら、ともかくも、今や「ブタマン」と化した「マリアンヌ」にいだかれようなどとは夢想だにできないし、「夢」にうなされて現実をわすれていた自分を少しは反省して、「強をもって強に対し」「目には目を、歯に歯を」の思想をすてさり、「強にあたるに弱をもってす。それ水の如きか」の心境こそが、いま必要なのではないかと思っています。
 ともあれ、今年一年は僕にとって、試練の年になりそうです。新しい心境に達して、いかにして「人民への全き献身」の世界へ邁進するのか、ただこれ、これのみが問われています。    (熊本 五郎)

  

ソ連崩壊10年の総合評価へ

 新しい年の始まりです。今年は新しい年の始まりというよりも、新しい時代の始まりといっていいかもしれません。明確に時代は変わったと。
 私の所属する会社も大幅な賃金カットを断行しました。しかし、会社を維持できるのかどうかも見通しがつきません。それでも、労働運動など発生しようがない職場環境です。そういう環境の中で、孤立を強いられている労働者は山ほどいるのだろうと思います。
 さて、時代認識ですが、恐らく第一次大戦前に似た大動乱時代の幕開けと言っていいと思います。理論的に整理したいと思っていますが、その中でソ連邦の総括を明確にしておかなければいけない。一つはソ連邦自体の分析、二つは絶対的に重要な世界史的人類史的な意味あい、ソ連邦の発生と消滅の歴史的意味を明確にしておくということです。国家資本主義とか社会帝国主義とかの概念規定は私にとってたいした意味を感じない。なにごとにおいても、全てが終って十年ほど経過した頃が総合評価しやすいのではないでしょうか。 さて、自分の問題意識だかりを書いていますが、今年は理論的な問題もさることながら自身の孤立的な状況から、少しでも脱却して活動の輪を少しでも広げたいと思います。
                 (東海D・K)

 

  労働者に信頼される運動建設を
 
昨年、第一期三回中央委員会総会が開かれ、「我々がめざす労働組合運動の基本方向」が確認された。
 今日日本資本主義は、デフレ経済に入り、状勢は、企業の倒産、合理化など、失業者の増大、雇用不安は広がっている。関西では失業率が、一〇%台といわれている。
 私は、三中総決議のもと、下層労働者、日雇労働者に依拠し、一人は万人のため万人は一人のための思想を堅持し、個人加盟の地域ユニオンと地域統一戦線の構築、全国的なゼネラルユニオンの結成に向け、具体的に運動を広め、大衆運動をやっていく決意です。
 そして労働者、労働組合は、戦争に反対し、政治反動と闘い、国際連帯を強化発展させ、日本帝国主義と対決していく労働運動を前進させよう。
 同時に党建設、強大な関西地方党の建設です。
 二〇〇二年は、大胆に活動することを同志のみなさんに約束します。
                      (関西地方委員N)

 

  青年層が登場しつつある
 
統合・結党以来二年半、二〇〇二年の決意とあいさつを送ります。
 しばらく労働運動、市民・住民運動の停滞局面が続いていた首都圏においても、小泉政権の出現と9・11事態により、地域ユニオンにおいても、アフガン侵略戦争反対運動においても、新たな青年層の登場が促されており、力づけられる思いでおります。今後の革命運動の主体となるべき青年労働者、学生の共産主義者の登場に、少しでも力添えできるなら、私にとって希望と新世界を展望できる日が、近づくものと確信しております。
 企業内組合から解き放れた革命的な労働運動の前進と、地域的な統一戦線の形成にとって一助となればととの思いを、本年の決意といたします。 (首都圏委員K)

 

  理論活動と労働運動に全力をあげたい

 わが党は昨年の三中総で労働組合運動の基本方向を確定した。
 日本資本主義もグローバル化の波の中で、製造業を中心に雇用破壊が進み、全体として労働者を使い捨てる傾向が強まっている。不当な解雇や労働条件の切下げにどに泣く労働者の例はいくらでもでてきている。労働者がたたかいに起ちあがる条件はあちこちに生まれてきている。
 労働者を思い切ってたたかいに起ちあがらせ、たたかいはじめた労働者を支援し、勝利させる体制をいかに広く深くつくりあげていくか、問われている。企業別労働組合が硬直化し、有効に対応しえなくなっている。
 企業の枠にとらわれない全国的な個人加入のゼネラルユニオンや地域ユニオンを発展させることを、いかに現実的にすすめていくか。とりわけ、既に存在し活動している地域ユニオンをいかに広く深くつくりあげていくのか、今年は集中して活動したいと思っている。 ソ連崩壊後、共産主義運動が全体としておとなしくなってしまっている。資本主義が新自由主義の段階にすすみ、全世界の労働者人民の生活基盤、生存基盤をひっかき回しており、巨大独占資本のむき出しの欲望を表現したグローバルスタンダードが横行している。こんな社会が永続するはずがない。
 二〇世紀、ソ連や中国で実践された社会主義建設を総括し、新しい視点に立った共産主義が次の社会の展望として打ち出されなければならない。わが党が確保しつつあるこの地平をいっそう明確なものとして打ち出すために、理論活動に全力をあげるのも今年の重要な課題となっている。   (東海S)

 

  何か大切なことがこれからできるぞ

 『寄せくる波のように高まりつつある闘争の息吹』、そんな思いに胸を熱くするのは私だけだろうか。
 ソ連が崩壊し左翼の運動が後退した時、「生きているうちに日本革命はないのではないか」、そんな思いにおそわれる事が何度かあった。
 しかし今、我が党は、マルクス・レーニン主義を日本の現実に適用し、一歩一歩新しい社会建設のための礎を築いている。
 そしてまた、情勢は混迷を深め、実質十パーセントを越える失業者が街にあふれている。そのためユニオン運動や中小零細企業の労働運動が、少しずつ高揚し、若者の姿が見られるようになった。また、アメリカ帝国主義のアフガン侵略に反対し、小泉政権による日本の参戦に反対する運動にも、今まで出会う事のなかった新しい人々が参加し、青年・女性の姿が見られるようになっている。二〇〇二年、人々の運動は高揚し、一層広がりを持つにちがいない。
 「命ある間に革命を見る事はできないまでも、それを実現するための何か大切な事が、今後できるのではないか」、そんな期待を私は持つ。
 地域の運動と労働運動を結び付け、一人一人の命の大切さ、平和を守る事、自然との共生等を掲げて地域作りをともに担う事、そして、地域のユニオン運動を発展させ、ゼネラルユニオンの形成を積極的に推し進めて革命の陣形を作りあげねばならない。
 「その事によって何かできるにちがいない」と、私は思う。今こそ、たくさんの人々を党に迎え入れ、青年・女性と固く団結して、日本革命を一歩でも前進させよう。ともに歩まん。  (首都圏委員O)

 

  ”団塊世代”がんばるぞ

全国のみなさんお元気ですか。
 この世の中、いやなことばかりですね。
 私の周りには「支持する」などという人は誰もいないのに、小泉首相の相変わらずの高支持率はどういうことなのか? 何でもかんでもアメリカの言いなり、アメリカだけが正義なのか?
 モノを作る人々、食べ物を作る人々への感謝のなさ、まじめに働く人々をバカにしたような世の中の風潮に、私はあきれかえっています。
 しかし、私たちはこんなことには負けたくないし、負けない。元気な老人、明るい青年は、身近にいます。“団塊の世代”の我々も頑張って闘っていきたいと思っています。
 仲間の葬儀の帰りに、新年のあいさつを送ります。
                    (タケダ)

 

  伝えたいことを思いきって書こう


全国の「プロレタリア」通信員の同志のみなさん、今年二十一世紀の二年目もよろしくお願いします。
新年の挨拶からぐちゃぐちゃ言うのも何ですが、統合二年余の紙面作りを振り返ると、やはりしょっちゅう記事を書いている人と、ほとんど・まったく書かない人との差が大きい、その二種類の左翼に分かれてくる傾向(編集者にとっては、左翼はこの二種類しかない!)にありまして、今年の目標の一つとしては、中ぐらいに書く人をもう少し増やしたいところです。
文筆活動(近年はキーボード活動なんでしょうが)の馴れ、という問題はもちろん個々にあるでしょう。文筆活動は、階級闘争に欠くことのできない一分野であるとともに、おかしなインテリの人が階級闘争で異常にのさばったりする危険もある分野ですが、誰でも少しづつ進歩していける分野です。努力すれば誰でも巧くなってくるというのが、わたしの実感です。わたしも長年、編集のほうをやってきましたが、この人もだんだん文章がまともになってきたなー、とある種の感銘をうけることがありますよ。
みなさんの出す原稿が、まったくそのまま紙面の活字になっているわけではありません。たいがい、元原稿には文法的な修正や内容的な補足が多かれ少なかれ入ったうえで掲載原稿となっているわけです。それは編集者の仕事です。通信員のみなさんは、文章の巧い下手を気にせず、伝えたいことを思い切って書く、メモみたいなものでもとにかく出してみようというのが大事と思います。
さっきも言いましたように、伝えたいことを文章にするというのは少しづつ巧くなります。ですから最終的には、何を自分は伝えたいのか、この運動やこの事柄では同志・読者にぜひこのことを知ってもらいたい、というような感性があるかどうかということになってくるかもしれません。(関心や感動が長年のすさんだ左翼生活の中ですり減ってしまっていると、原稿を書けても、子供の時分に先生から無理矢理書かせられた作文みたいになったりして。)
そして、伝えたいことのポイントが明確になっているかどうか、これが原稿の生き死にを決めてきます。集会記事ひとつにしても、これを意識すべきです。ポイントが不明確な原稿は、編集者から言うと「見出しを付けにくい」記事ということになります。
とまあ、わたしの任務から普段感じていることをちよっとでしたが、つまりは今年も「書けたか!」の電話が掛かってくるということです。(編集部W)