書評

DNA鑑定は信頼できるか

  ―足利事件の事実検証

         小林篤『幼稚園バス運転手は幼女を殺したか』

                (2001年3月発行 あけぼの書房)


いまから十一年前の九〇年五月、栃木県足利市で幼女の誘拐殺人事件が起こった。犯人として逮捕され、無期懲役の判決を受けたのは幼稚園バス運転手の男性(当時四十五歳)だった。
自白−全面否認−無実の訴え。何が真実であるかを著者自身の足で確かめ、自身の目で見抜いてきた渾身の一冊。
DNA鑑定のデビューともいうべき大きな役割を持ってしまった足利事件。その真実を支援の立場ではなく、自分で確かめる姿勢で書かれている。
近代医学の粋を集めた鑑定方法として、絶対的な証拠能力と鑑定結果に大きな意義を持たされてしまったDNA鑑定であるが、その鑑定結果を頭から信じ込むことの危険性が、いま、問題になっている。「開発・研究途上」にあったDNA鑑定技術を誰もがまだ充分な理解をしていなかった状況で、悲劇的な結果として、一人の男性が刑務所の中に閉じ込められている現実。
それまでの日常から一転した環境の中で人はどこまで平常心でいられるのか、どこまで自分に自信を持てるのか、どこまで自分自身を守ってやれるのか、決して他人事ではない冤罪事件の深部を、この本は追及している。
「自分がやっていないことを自白するはずがない」、これが冤罪事件の始まりだと言えよう。しかし、悲しいほどに人は弱く、やさしいものだ。
『しゃべっちゃったんです。つい』(足利事件・冤罪被害者である菅谷利和さんの訴え)
その責任は、しゃべらせてしまった周囲にこそ問われるべきではないだろうか。
抗いようのない巨大な組織の中で、何が仕組まれ、真実がどう歪められていくのか。事実だけを冷静に検証したルポルタージュである。ぜひ、一読を。
                               (滋賀・S)

書評

石原はやっぱり危険だ

  ―ビックレスキューの実証分析

          久慈力『防災という名の石原流軍事演習』

            (2001年3月発行 あけび書房)


今年三月、国連人種差別撤廃委員会は日本政府に対して勧告を出した。昨年の石原都知事による「三国人」発言を、「高い地位にある公務員による差別的な性格を有する発言」として問題とし、「かかる事件の再発を防止するための適切な措置をとること」を日本政府に求めている。
石原は昨年四月九日、陸上自衛隊第一師団の式典で、「不法入国した多くの三国人、外国人が非常に凶悪な犯罪を繰り返している。大きな災害が起こった時には大きな大きな騒擾事件すら想定される。そういう時に皆さんに出動願って、やはり治安の維持も皆さんの大きな目的として遂行していただきたい」と挨拶した。
この石原発言は、九月三日の「総合防災訓練ビッグレスキュー東京2000」の趣旨を述

べたもので、「三国人」という差別語の問題だけでなく、外国人とくに移住・出稼ぎ労働者を騒擾事件の温床と決め付け自衛隊の武力弾圧の対象とすることを公言するものであった。その後石原は、「三国人」は「不適切な言葉」と釈明したが、治安弾圧の発言の趣旨は少しも撤回することなく、ビックレスキューを強行した。
この本は、そのビックレスキューの本質と諸相を実証的にまとめたものである。ビックレスキューが東京都主催の「防災訓練」といっても、自衛隊が主役の訓練ではないかということは誰もが感じていた。しかし、この本が明らかにするように、それが自衛隊にとって市街地での初めての大規模実動演習であり、市ケ谷の防衛庁中央指揮所が取り仕切る三軍統合の軍事演習であったことは、都民一般が実感できていることだろうか。
というのは、私も銀座で装甲車が走り回ったりするのを監視したが、全体にショー的な、形ばかりのという印象であり、街の人々に深刻な雰囲気は感じられなかった。あるいは私が鈍感なのか。
しかし、進行している事態がなんであるかは、自衛隊が人命救助等に役立つかどうかという論議がどうであれ、そんなことにはお構いなく、「国家にとっての軍隊の意義、価値というものをなんとしても、国民に都民にしっかりと示してください」とか、「これまでの諸君の肩身の狭さを、この演習を突破口に、日本を変えていこう。我々には変革を望む国民がついている」とかの石原の言辞が示している。
この本では、このかんの石原の言辞がたくさん収録してある。石原の「思想」は、自衛隊に勝手に片思いして自殺した三島由紀夫と似ているが、何といっても都知事である石原は自衛隊にとってはるかに利用価値がある。中曽根や森とつるんで小泉政権を支える側の一人である石原の危険性を改めて認識した。
六月二四日投票の都議選で、自民党をはじめ石原支持の都議候補を一人でも多く落選させるためにも、有効に活用できる一冊である。(東京・W)