憲法改悪阻止の共同戦線へ(前)

 改憲派は、九条二項(戦力不保持・交戦権否認)を重点攻撃

                        山内 文夫

   はじめに
近年一定の高まりを見せている日本国憲法改悪の策動は、具体的にはどのような改悪の意図・中身となっているのだろうか。戦後のこれまでの憲法改悪策動と異なっている点・その現代的特徴は何か、また改憲勢力の諸傾向について簡単に論じてみたい。その上で、憲法改悪に反対する民主的・左翼的勢力の、とくに我々共産主義者の憲法闘争の方向性について若干考えてみたい。

  今日の改憲論の特徴

過去の改憲策動で最大のものは、五五年保守合同に伴うものであった。自民党結党大会が「憲法を自主的に改正し国情に即しない占領諸法規の改廃を行なう」とし、翌年、内閣憲法調査会法が成立させられた。「押しつけ憲法反対・自主憲法制定」という改憲論の原型であるが、その意図の中心は、再軍備路線(五三年に自衛隊発足)に憲法を合わせようという点にあった。現在の民主党・鳩山の祖父である鳩山首相は当時、「私は陸・海・空軍をもたないという現行憲法に反対だ、無抵抗主義は平和主義ではない」と国会で公言した。
しかしこの時の改憲策動の高まりは、五五年の衆院選挙、五六年の参院選挙で改憲勢力が両院で三分の二をとれず、頓挫することとなった。社会党・総評の護憲勢力としての伸張が続いていく時代であった。
その後改憲策動は、五七年に内閣憲法調査会が設置され、六四年に報告書が提出されるまでダラダラと続けられたが、「解釈改憲」の方向が定着することとなる。高柳調査会会長は六三年、「戦争放棄の第九条は政治的マニフェストであり、その表現のいかんにかかわらず国際法上の自衛権はありうる。したがって自衛権行使のための自衛隊は合憲である」、「現行憲法の改正は、現行規定が社会の現実にあわなくなったときにはじめて手を付けるべきで、次の世代にまかすべきだ」と述べている。この高柳意見書は自民党の立場とは異なるものであったが、当時の時代での政治的落とし所であったとも言える。明文改憲は頓挫したが、自衛隊と日米安保条約を既成事実として定着させることにはしだいに成功していったという経過である。
この内閣憲法調査会当時の憲法論議で、今日の論議での諸論点の多くがすでに出されているが、当時と今日との論議で違っている背景は、六〇〜八〇年代を通じて日本帝国主義が復活・発展したこと、そして冷戦終結とグローバル化という世界情勢の大きな変化が生じたこと、また安保体制の強化の中で自衛隊が「自衛のための必要最小限の実力組織」とは言えない強大な戦力となっている事実である。新ガイドライン安保で「周辺事態」に出撃していくこととなった自衛隊を、いぜん解釈論で正当化し続けることは難しい。
過去の改憲論も今日の改憲論も、憲法第九条の改悪を中心としていることに変わりはないが、今日の第九条改悪論は、冷戦後の国際平和秩序作りへの日本の貢献論として語られていることに特徴がある。そして、グローバル化に対応するためにも国民的アイデンティティーの再構築が必要だとする思想傾向を背景にしている。近隣諸国への軍事的対抗という

冷戦的・極右的な改憲論は今のところ少数派である。第九条を中心にその改憲論を、国会憲法調査会、マスコミ、議会政党について見てみよう。

  ここ一年の憲法調査会

二〇〇〇年一月に衆参両院で発足した憲法調査会は、前年の憲法調査会設置法案の強行成立によるものであるが、その設置法では「憲法について広範かつ総合的に調査する」ことを目的とし、調査(申し合わせでは五年間)を終えたら報告書を両院議長に提出するとされている。改憲が前提の調査ではないにも関わらず、「調査開始後三年目に調査会として新しい憲法の概要を示し、五年目に新憲法制定を」(自由党・野田毅、現保守党)という発言に示されるように改憲論議の場となっている。
調査会の論議は衆参で進め方の違いはあるが、昨年夏頃まで「憲法制定過程」をテーマとしてきた。改憲派は、占領下の憲法制定はハーグ陸戦条約違反だなどの、ポツダム宣言受諾の意味が分かっていない「押しつけ憲法」論の古い旗を振り回したが、調査会内外でこれは不人気であった。日本人の圧倒的多数は戦争に負けてよかった、アメリカに民主主義を教えてもらってよかったと思っているのだから、「押しつけ憲法」論が人心を得ないのは自然である。(敗戦過程で日本側自身が民主主義憲法を用意する力を欠いていたことは、別の総括問題として存在する)
 その後、テーマは「二十一世紀の日本のあるべき姿」となった。このテーマ設定は改憲派に有利である。憲法制定から半世紀以上たって二十一世紀、憲法にも見なおすべき点はあるだろう、ということになるからだ。「新しい国の形で超党派の合意ができれば憲法改正が必要だ。共産や社民が護憲に固執するのは調査会の本旨にもとる」(自民党・山崎拓)と攻勢に出てきた。社民党や日共は、憲法の平和的・民主的条項がなぜ実現されていないのかを検証すべきだ、今後にそれらを活かしていくようにすべきだという基本姿勢で調査会に臨んでいるが、守勢の印象はまぬがれ得ない。
「二十一世紀」論のあれこれ雑談風であった調査会の議論は三月に入って、その各論としての「二十一世紀の安全保障のあるべき姿」という言わば本論に急に入ったが、反動教科書の検定がアジアから注視されているこの時期に、「新しい歴史教科書をつくる会」の坂本多加雄を参考人に呼んで「九条二項の削除と国防義務の明記」を叫ばせるなど、国際感覚の無さをさらけだしている。

調査会設置から一年余がたったが、改憲派の狙いどおりに改憲論が盛り上がってきているとは必ずしも言えない。三月十日に行なわれたシンポ「憲法調査会・一年の検証」において、憲法調査会監視センターの三輪隆氏(埼玉大)は、「調査会は『論憲』という名の改憲論議を進めてきたが、改憲キャンペーンの中心舞台になりえていない。しかし改憲発議へ繋ぐ受皿の役割にはなりうる」と分析した。また現在のデフレ不況、自民党政治の末期的現状はブルジョア政治家にとって憲法論どころではない局面とも言え、七月の参院選挙で憲法改正を争点にするという改憲派の日程は難しくなっているのではないか。

  改憲派マスコミの攻勢

        「読売」改憲試案

次にマスコミの動向としては、読売新聞による憲法改正試案(一次案が九四年、二次案が二〇〇〇年五月三日)の発表が最大のものである。「読売」の改憲試案は、具体的草案の形を取っており、アドバルーン的な世論工作であるとともに改憲の諸論点を先導するという攻撃的なものであるが、三輪氏によると「改憲派政党を一本化させようとする役割」を持っているという。
読売二次案の最大のポイントは、@現行第九条の第二項(戦力不保持・交戦権否認)を全面否定し、「日本国は、自らの平和と独立を守り、その安全を保つため、自衛のための軍隊を持つことができる」とし、また「国際協力」の諸条を新設して、「日本国は、確立された国際的機構の活動に、積極的に協力する。必要な場合には、公務員を派遣し、平和の維持及び促進並びに人道的支援の活動に、自衛のための軍隊の一部を提供することができる」としている点である。第九条第一項(戦争放棄)については「大量殺傷兵器の禁止」を付加しつつ基本的にそのままとし、第二項を完全に変え、「自衛のための軍隊、文民統制、参加強制の否定」の内容とするものである。なお、一次案と二次案の最大の違いは、一次案が(村山政権時代であったためか)「自衛のための組織」としていたのを、二次案では明確に「自衛のための軍隊」とした点である。
また現行の前文での「政府の行為によって再び戦争の惨禍がおこることのないようにすることを決意し」等の平和主義の文言を全て削除して前文を短くし、「日本国民は、民族の長い歴史と伝統を受け継ぎ」云々の文言を入れるとしている。
この第九条および前文の改悪と密接なものとして、A「緊急事態条項」を新設する。緊急事態を宣言した首相が軍隊、治安機関、地方自治体に命令権を持ち、基本的人権の制限もできるようにする。
そして、B現行第十二条(自由・権利の保持責任)に手を加え、「国の安全や公の秩序、、国民の健全な生活環境その他の公共の利益との調和を図り、これを濫用してはならない」とする。現行憲法の「公共の福祉」の意味を「国の安全」「公の秩序」などとしてを明示するのは、国際人権B規約から援用するものであって、国家を個人に優先させる国家主義などを意味するものではない、行き過ぎた個人主義を是正するものであると解説されている。
地方自治については、C現行第九十二条での「地方自治の本旨」に換えて、「地方自治は

、地方自治体及びその住民の自立と自己責任を原則とする」としつつ、「国と協力して住民の福祉の増進」、「法律の趣旨に反しない範囲内で条例を制定」などと付加する。
その他重要な諸点としては、D政党条項の新設。E天皇の国事行為に「国を代表し」などを明記。F国会について「国権の最高機関」という現行規定をなくしつつ、衆院の参院に対する優越権を強める。G憲法裁判所の新設。Hいわゆる新しい人権規定として「環境権」「行政情報開示請求権」「犯罪被害者の権利」等の新設。I憲法改正条件の緩和(国会三分の二以上であれば国民投票は不必要、国会過半数でも発議できるが国民投票必要)などとなっている。

          「日経」の改憲論

「読売」に続き日本経済新聞が昨年五月三日、「憲法改革」案を発表した。これは草案の形ではなく改憲の方向性を論じたものだが、その基調を「自立した『個』による自律型の経済社会に対応した憲法」、「官主導を脱却し、民間主導、政治主導、地方主導を確立していく」とするもの。読売改憲試案が自民党的とすると、この日経改憲案は民間ブルジョア的で新自由主義の基調が強く、民主党サイドの改憲論とも通じている。
この「日経」の特徴は、憲法第二十五条(生活権・国の社会保障義務)への攻撃であり、「もはや一国完結の社民主義型の行政国家は立ち行かなくなっている」、「福祉国家のためだからといって、官が民を規制できるものではないということを、憲法か基本法か、何らかの形で明確」にせよ、としている。九条については、集団的自衛権の行使を可能とするためには、九条二項を明文改憲する方法と安全保障基本法を制定する方法などの選択肢があるとしている。

  草案準備の改憲派政党

次に議会政党の改憲案を見てみよう。憲法改正手続きから言っても改憲論議は議会政党の憲法改正案として集約されてくることとなるが、しだいに動きが始まっている。

           自民党

自民党は三月十三日、ポスト森の混迷で注目された党大会を開いたが、運動方針では「国民の憲法」を提案する、が織り込まれている。自民党憲法調査会は、改憲の基本構想を五月頃にまとめるという。改憲が結党以来の党是の自民党であるが、これまで党として改憲草案を作ったことはなかった。それを作ろうというわけである。最大派閥の橋本派は昨年末に改憲の基本案をまとめ、中曽根がドンの江頭・亀井派は今夏に、山崎派は五月までに改憲基本案を作るという。各派閥を理念で飾ろうというものだが、党としてのものも含めて読売試案と大同小異であることは目に見えている。

          中曽根の「21世紀日本の国家戦略」

また昨夏出版された中曽根康弘の『二十一世紀日本の国家戦略』は、改憲の戦略論である。「天皇から与えられた『 定憲法』からマッカーサー元帥が主導した『占領憲法』へ、そして今はじめて国民主権に基づく『国民憲法』を制定する段階に到達した」という認識の下、「論憲は三年で終え、四年目から各政党が改正試案を出し、それを中心に調査会で論戦すべきだ。五年目から具体的な行動に入り、平成十八年(〇六年)までに憲法改正を終わる」とする。その改憲の中身は、「歴史的文化的共同体としての国家」、第九条一項は残し二項に戦力保持と交戦権・集団的自衛権を確認する等であり、自民党橋本派や「読 売」と違っているのは「首相公選制」導入が明確であること。

         民主党

野党第一党の民主党は憲法問題で統一見解を簡単に作れそうにないが、党代表・鳩山由紀夫は「国軍」明記や首相公選制の改憲論で先行している。鳩山の九条改憲論の特徴は、軍隊も集団的自衛権も認めて政治が軍をきちんと規制するようにすべきだということ。安保の現状を積極的に容認した上で、日本の自立性を課題にしている。

         自由党

小沢一郎の自由党は昨年十二月初旬、改憲一次案としての「新しい憲法を創る基本方針」を発表。その特徴は、「軍隊」とは書かず自衛隊の権限・機能・首相指揮権を明記するやり方。

       公明党

平和憲法擁護のイメージがある公明党は、調査会でも「九条は堅持し、国民主権・恒久平和・基本的人権の三原則は不変としたうえで、十年をめどに国民的議論を」というのが基本姿勢である。しかし池田創価学会名誉会長が一月下旬に憲法見直しに力点をおいた見解を発表、「国連による普遍的安全保障と紛争予防措置の環境整備・確立に主動的役割を果たすべきだ」等と述べている。主動的役割には強制力=武力が必要ではないのか。公明党の赤松正雄は、憲法調査会で「国連軍に参加できることを書くべきだ」と発言している。九条二項への党としての具体的態度が問われている。
社民党、日共については、それらが憲法改悪反対の共同戦線での獲得すべき対象であると明確に言えるので、稿を改めたいとおもう。(つづく)