政局論評

 民意とかけ離れた政治が何故続くのか

     自民党的政治風土の変革を

      

 森内閣はすでに死に体となり、政局の焦点は後継問題に移っている。
 今年に入ってKSD疑獄、外務省・官房庁などの機密費問題などで揺れていた森内閣が、米原潜による「えひめ丸」沈没事件での森自身のふまじめな対応、それに関連したゴルフ会員権贈与での脱税事件の発覚で、ついに内閣支持率が一〇%を割るという最終局面にいたったからである。
 二月二十二日には、年度末決算をひかえ株価がバブル後最安値の一万二八〇〇円台となり、同じ日、アメリカの有力格付け会社スタンダード・アンド・プアーズが日本の長期国債を、最高水準の「AAA」から一ランク下の「AAプラス」にさげる(ムーディーズは、すでに九八年、昨年と格下げ済み)など、経済面からも退陣圧力がかかった。いまや森が辞めること自身が、最大の株価対策だとヤユされる始末である。
後継者選出の作業は、連立政党の反応も視野にいれながら進められているが、困難視されている。二月末段階では、三月十三日の自民党大会で退陣表明をし、四月中に総裁選を実施するという段取りが濃厚となってきている。だが、たとえ実力者の野中がなろうとも、「世代交代」を大義名分に無名の若手を選出し、世間の眼をごまかし、はぐらかそうとしても、いずれにしても、単なる首のすげかえに終わるだけであり、腐敗と無能力の自民党政治の体質が変わるわけではない。
 昨今の日本の政治に関する評価は、外国でも、“無能な指導者を抱き続けるのは異様だ”とか、“日本は政治がガタガタだ”とか、最悪となっている。
 問題は、何故に、昨年夏の「神の国」発言いらい低空飛行を続けながらも森内閣が、かくも長くその存在を許されているのか、何故に、数々の疑獄が繰り返されながらも自民党政治が、かくも長く継続しうるのか、ということである。それを変革するのには、現在なにが必要なのか、ということである。
 問題の焦点は、民意とかけ離れた政治の存続が可能な、そのメカニズムである。


   理念・政策の中味は二の次

まず第一は、日本の政治は他のブルジョア諸国と比較しても、理念と政策の論争によって多数派を形成するという政治から最もかけ離れている所にあるが、そのような政治の質をもたらすメカニズムにある。
 それは自民党の各派閥の規制力が強く、自民党の公式見解や個別利害とかけ離れた見解は、たとえ世論に合致したものでも自民党主流派からはねつけられ、道理が容易に通ずる構造になっていないからである。そこでは理念や政策の中身は二の次で、各々の集団内の支配秩序の維持と再生産が、最優先される(自民党の派閥では、年功序列制は厳格である)。自民党は、最終的には理念や政策で結合するのでなく、権力の維持と、それがもたらす利権の確保という一点で結合する政党である。このような組織の秩序を維持し、その秩序を再生産する主要な武器が、先輩・後輩の分(ぶん)をわきまえた規律、当選回数別の身分差などである。したがって、各派閥の内でも、自民党内でも、各議員の対等な議論などはありえず、そもそも各部会などでの議論も形式的なものである。上下の分(ぶん)秩序で規律された組織では、ほとんどの政策や主張・態度は派閥のボスなどの実力者の判断・選択に独占されているからである。
このような組織構造は、別に自民党に限られるわけではなく、大企業でも、各種業界でも、多くの農村でも、一般的にみられることである。この基盤に基づいて、自民党はあらゆる権限と金を使って、多数派を形成する。こうして、“民主主義とは、数の力なり”とうそぶいて、国会などでの野党との討論は、官僚に任せるか、あるいは議論にならない議論つまり論点はずし・まぜっかえしなどで切り抜け、理念・政策の優劣を討論できそい、多数派を形成するという政治からは程遠いものとなっている。
 世論調査は匿名ということもあって、集団に縛られることなく比較的に本音が反映されるわけだが、上述の自民党の支配のメカニズムでいえば、世論の道理は無視されるか、あるいはせいぜいねじ曲げられて利用される対象でしない。民意は実際には尊重されないのである。

  当選さえすればと党員偽造党費肩代わり


 そのうえに第二に、政治制度的にいうと、利潤追求を本性とする資本主義を基礎としたブルジョア的代議制があり、その土台のうえで腐敗した利益誘導政治を可能にする肥大化した、中央統制の財政という制度がある。
 選挙の時のみ甘いさそいかけをしながら、実際政治の場では、庶民のことなど関係なく、私利私欲のための利権政治、圧倒的多数の有権者である労働者の利益よりも資本家階級なかでも独占資本の利益のための政治を官僚と結託しておこなえるのがブルジョア的代議制である。
 その最もあくどい例は、愛知選出の末広まき子議員の場合である。当選さえすれば、愛知万博に対する公約を平然と反故にし、さらには自民党に入党までしてしまうという、有権者をコケにした態度・行動を司法も罰することができないのである。地方議員・地方自治体首長はリコール権の対象であるが、国会議員はこの対象からは免れている。これがブルジョア的代議制の実情である。国会議員もリコール権の対象にくわえ、主権者による代議員監視をよりやりやすくすべきである。
今回のKSD疑獄では、中小業者をくいものとする古関グループの私益のために村上、額賀、小山議員や自民党の関連議員連盟などが動いた(政業の癒着)というだけでなく、村上などは議員資格そのもののさえKSDの資金力と組織力に依存して得ているという、不公正な事態が明るみとなった。しかも自民党は参議院選立候補者の名簿順位を、党員獲得数によって選定するとして、党員の偽造、党費の肩代わりによる議員資格の獲得を黙認している。それは衆議院の場合でも、“企業ぐるみ選挙”などにみられるように、同様なことが常に行われているからである。
 KSD疑獄でも、本人が辞めるといわない限り、議員資格は維持され、延々とした裁判が続き、次の改選という事態にまでいたったであろう。実際、額賀は議員辞任を拒みつづけるであろう。

   器でない人間を首相にする派閥政治


不公正であろうとも、不公平であろうとも、いったん議員となってしまえば本人が辞任しない限りその身分は守られるという制度と、日本的な集団の在り方に支えられて、自民党では結局、理念・政策の優劣よりも集金力と組織力が第一義的となり、それは派閥政治の横行となって現象する。そうした組織では、総裁が派閥力学から生まれるのは、当然である。これが第三である。
 森は首相の器ではないという世論に抗して、「神の国」発言いらい低空飛行を続けられたのも、それは最大派閥の橋本派が支持し続けたからにほかならない。橋本派としてもそれを牛耳じる幹部の野中、青木が森内閣の「生みの親」である五人組のメンバーであるという関係から、不人気な森内閣を支えざるを得ない状況にあった。しかし、「加藤政変劇」ののち、野中が幹事長をやめ、額賀を経済財政相から辞任させ、森派から距離をおくことによって、ようやく森更迭の環境が整ったというわけである。森派以外で森内閣をささえるのは、江藤・亀井派だけになったが、これも「五人組」の一人、村上が議員辞職ということで派閥総体で森支持もできなくなった。ここに森更迭の環境はより一層強まったのである。
このように世論を無視し、しかも現実の諸矛盾の解決もなおざりにした愚鈍な自民党政治は、早急に打倒されなければならない。そのためには、理念・政策の論争で多数派が形成されうる政治制度と政治風土の形成が大きなステップとなるであろう。(T)