許すね!米空母キティホーク10・13入港

 小樽でも市民条例運動

  一九九七年は、日米新ガイドラインの合意が画策されていた中で、北海道ではその先取りとして、九月五日に小樽港へ米海軍空母インディペンデンスが民間港へ初めて横付けされ、そして、沖縄米海兵隊の野戦射爆訓練が夜間を問わず初めて矢臼別で強行された年でもある。
そして今年、推して知るべし。昨年の周辺事態法制定後、これまた初めて、小樽港へインディペンスの後継として横須賀を母港とする空母キティ・ホークが十月十三日寄港することが、九月五日(三年前入港の同日)に発表された。その数日後、オーストラリア海軍も二四年ぶりに、駆逐艦二隻が十月初頭に寄港することが明らかになった。
まさしく、インディペンス寄港の際、米海軍幹部から「世界各地の寄港でこんなに歓迎されたことはない」と言わしめた見物客三六万人の結果から、今日の事態が発生していることを記憶しておく必要がある。特に小樽港への寄港は必ず北海道の民間諸港への寄港へとつながること、それは、今年も二月モーベルベイ巡洋艦の小樽寄港に始まり、室蘭、函館と、米海軍の各艦船が「友好、親善、休養」と銘打って寄港していることからも明らかである。まさしく、民間港の軍港化へ着実に歩み出していることを危機としてとらえなければならない。
問題なのは、今回の小樽港の例でも同時期に貨物船の入港が確認され、それも同バースへの接岸が明らかとなっていたにもかかわらず、二十八日段階で「入港時期がズレた」として、小樽市長は「出入港の安全条件が確保できれば入港うけいれても」と表明したことである。そこには、「周辺事態」を想定した日米両政府の密約からくる軍事優先の圧力が、結果として出てきていることである。
 周辺事態に伴う実戦的演習が実行されているのであり、同日、自衛艦二隻も入港することなどが、それを裏付けている。米帝の世界戦略に与され拠点化される小樽港、そして、それが北海道の民間港であることに、脅威と危機を北海道民は持つべきだと考える。
 こんな状況を想定し、危機感を抱いた労働者、市民によって、一昨年函館から「非核・平和市民条例」の制定運動として提起され、実践されてきた。それは、議会決議をもって、二五年間一隻の軍艦も入港させることがなかった神戸を実践的教訓として、発展させようとする内容でもあり、昨年の十月には全国集会を開催し全国への平和の発信基地となった。
そして、その経験は更に重みをもって小樽へとつながり、八月三十一日には、「小樽・非核市民条例を求める会」として発足させ、当面一万名の署名を取り組むことが確認されている。
ただ残念なことは、函館、小樽の非核・平和市民条例制定の運動に連動することなく、小樽市議会にて六名の共産党議員団が提案した神戸方式をモデルとする「小樽市非核港湾条例案」(外国艦艇への核不搭載の証明書の提出を求める)は、二十二日否決された。これは、市民運動を通じて全市的盛り上げを作ろうと躍起となっている人々に対しての裏切りに近いものであり、党的利害だけにこだわった独善主義以外のなにものでもないと考える。特に、条例制定運動を平和希求の礎として、周辺事態法をも無力化しようとして運動をすすめている全国の人々にも、はかり知れない影響をあたえるものである。
しかし、あらゆる困難が待ち構えていようとも、民衆が求める平和への想いを押し止どめることは決して出来ないと考える。地方自治の平和外交を積極的に推し進める民衆の力は限りなく突き進んで行くことは明らかである。その先頭に小樽市民、函館市民は立っていくだろう。      (北海道M通信員)