吃音親子ふれあいスクール
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
「吃音は治らない。したがって、臨床家として は、何もすることはない」
「吃音児に治療的試みをすることは百害あって 一利もない。だから何もしないほうがよい」
いわゆる言語障害の専門家から、こう言われた ことばの教室の担当者がいる。その方から「こと ばの教室で吃音児をどう指導すればよいか?」と の切実な質問を受けた。
直接、間接にこれらの声はよく耳にするが、そ れらの方々に、私たちの吃音親子ふれあいスクー ルに参加していただきたいとお勧めしたい。
「吃音は必ず治る」として、いたずらに吃音治 療に明け暮れた頃から比べれば、吃音が治りにく いものであるとの認識が定着したのは前進には違 いない。しかし、だからと言って「何もできない、 むしろ何もしないほうがよい」とは、それが、言 語障害の専門家から出たことばだけに残念でなら ない。このように言われるようになった責任の一 端は私たちにもあるのかもしれない。吃音症状に のみ焦点をあてた吃音治療の弊害を訴え、《治す 努力の否定》の問題提起をしたのは、私たちだっ たからだ。吃音受容がまず大切だと訴えたかった のだが、く治す努力の否定〉のことばだけが一人 歩きしてしまった。
問題提起した私たちは、治す努力に変わる努力 の方向を、《吃音とつきあう》立場で模索し続け てきた。大阪言友会の、『吃音とつきあう吃音講 座』は毎週金曜日の夜2時間、一回ごとに違うテ ーマで、年間40回以上続く。それだけ取り組ま なければならないことが多いということだ。その 講座にほば毎回出席し、真剣に取り組んで初めて、 言友会の《吃音とつきあう》考えが分かり、日常 生活に生かせるようになったと言う吃音者は多い。
《吃音と上手くつきあう》ことはそんなに容易く はない。何もしないで、放っておくだけでは、何 の変化も起こらない。
その吃音教室8年の活動の中で、プログラムは 改良に改良が続けられてきた。その成果を吃音児 にも生かしたいと考えたのが、吃音親子ふれあい スクールで、それも今年で5回目となった。
楽しい、リラックスした雰囲気でスクールは進 行するが、時には緊張する場面もある。他者の前 で自分の問題を、自分のことばで話すことは最初 は緊張する。しかし、吃っても受け入れられ、真 剣に話を聞いてもらえるという安心感の中で、子 ども達は実によく話す。また、吃音児にとって、 大勢の人前で演じる演劇は最も苦手とすることだ が、最初は尻込みした子どもも、仲間やスタッフ に励まされ、ほとんどの子どもが最後には喜んで このプログラムに加わる。
かなりハードな練習で何度も何度も泣きそうに なりながら、このスクールで一番楽しかったのは 演劇だったと最後に感想を言った小学6年の男子。
セリフも殆ど暗記していたのに、つっかえつっ かえ、時にはひどく吃りながら、表情豊かに演じ 切り、舞台が終わっての挨拶の時、とても満足そ うな顔をしていた小学4年の女子。
私たちは、少しでも楽に話せるようにと、こと ばそのものへのアプローチも重視しているが、か らだとことばのレッスンによって、子どもの声は 見違えるように出始める。ことばの問題ひとつとっ てもアプローチしなければならないことは多い。
今回私たちのスクールに、ことばの教室の先生 が何人か参加して下さった。
<何もできない、何もしてはいけない>ではな く、<しなければならないことはたくさんある> ことを実感していただけたのではないか。このよ うに私たちのプログラムに参加していただくこと で、《治す努力の否定》の問題提起への誤解が少 しでも取り除かれればうれしい。
月刊情報紙 『Stuttering Now』 1994.12.28 No.5より