ノーベル賞と吃音者

 

                                                              日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 

 「エッ、江藤、しっ、しっかりしろよ。エ、 江藤、お前は堂々としているなあ。しっ、しっか りしろ。だ、だいじょうぶか。江藤。お、お前本 当に堂々としているな」

 大江はほとんどひとりごとをいっているのであっ た。私が聴いているなしにはおかまいなく、吃り をまるだしにして、さすってくれながらそうつぶ やいていた。これを聴くうちに、私の両の眼に熱 いものがあふれてきた。そういえば、大江が「お 前」と言ったのも私を「江藤」と呼び捨てにした のも、このときがはじめてだったような気がする。 大江がそれをまるでひとりごとのようにいってい るのがよかった。私はその時、大江の優しさが私 を包むのを感じた。

                                                               大江健三郎全作品2 付録   新潮社

 若いころ、羽仁進さんらと一緒に飲んで泥酔し、 みじめになっている時、大江さんから受けた介抱 を、江藤淳さんがいつまでも覚えている。大江さ んの人柄が偲ばれて心温まる、エピソードだ。

 「ノーベル賞の受賞者は日本に8人いるが、そ の中に吃音者が2人いる。物理学賞の江崎玲於奈 さんと今回の文学賞の大江健三郎さんだ」との発 言から、大江健三郎さんのノーベル文学賞受賞が 決まった次の日、大阪言友会の吃音教室で大江さ んのノーベル賞受賞が話題になった。

 「僕は吃るし、そのことで悩んだことはあった かもしれないが、吃音者とレッテルを貼られるの は・・・、僕は小説家だ」と、自分のことが吃音 者のグループで話題になっていることに、当の大 江さんは苦笑いをされることだろう。

 大江さんが吃るということを知っている私たち は、吃音者の先輩としてだけでなく、さらに平和 や障害者問題に対する発言に共感をし、尊敬と親 しみを抱いていた。そこで、不躾にも、言友会創 立25周年の記念大会に記念講演をお願いした。

 「せっかくですが、私は吃音に関して何も話す ものは持っていません・・・」と、その時丁寧な 断りのおハガキをいただいた。吃音ではなく、核 の問題、障害者問題について話して欲しいとお願 いしたら、来て下さったかもしれない。

 私たちはいろいろなメディアを通して他人の人 生を知ることができる。吃ったことがある、ある いは自ら吃音者と名乗る方々にお手紙をさしあげ たり、講演をお願いしたりする場合がある。その 時のその人の対応は様々で、興味深い。吃音者で あることをむしろ誇りにし、私たちの働きかけに 応じて下さる方もいるが、「かって吃った経験は あるが、私は吃音者ではない」と、吃音者からの 仲間扱いに不愉快さを率直に表明される方もいた。

 大江さんは、『個人的な体験』にみられるよう に自己受容の人である。吃音を否定されている人 ではない。むしろ吃音の受容が大江さんのことば にある 《仮の受容》の役割をし、ご子息、光さん の誕生から子育ての過程の《本当の受容》に至っ たのではないかと推察することも可能だ。

 

 吃音に悩み、吃音に大きく人生を左右されてい る人にとっては、《吃音者》としての自覚が必要 な時期はあるが、吃音に影響されずに生きている 人にとっては、《吃音者》のレッテルは不本意で はないだろうか。また、《吃音者》のことばには、 吃音を過剰に取り込みすぎている感じがしないで はない。

 大江健三郎さんのノーベル賞受賞の日、大江さ んからのハガキを思い出し、『吃音者宣言』の起 草者でありながら、《吃音者》ということばにつ いて改めていろいろ考えてみた。

 

月刊情報紙 『Stuttering Now』 1994.11.1 No.4より


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