子どもの意見表明権
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
「子どものくせにえらそうな事を言うな」 「自分の都合のいいことばかり言うな」
家庭で、学校で、子どもが自分の意見を言うと、 このようなことばで遮られることが多い。子ども の意見をまず聞くよりも、親や教師は子どものた めを思ってと言いながら、まず自分たちの立場を 子どもに分からせようとして意見を押しつける。
日本のこのような子どもを取り巻く環境の中で、 子どもの権利条約第12条「子どもの意見表明権」 が真に大人から理解され、受け入れられ、子ども たちが自信をもってこの権利を行使するようにな るにはかなりの時間がかかるように思われる。
このことは自然に育つものではなく、意図的に 積極的にこの権利について親、教師、子どもたち が考え、理解し、話し合う必要がありそうだ。
そして実際に家庭で学校で、親、教師、子ども が、自分の気持ちを素直に話す練習をすることだ。 さらには、論理的に筋道立てて話す練習も必要だ。
吃音児の場合、特にこれらのコミュニケーショ ン能力の育成が大切になる。次のような事例があ るからだ。
「学級の中で金銭が紛失した。現場近くにいた 私と別の子にその疑いがかけられた。先生から問 いただされた時、私は吃ってしどろもどろになり、 話のつじつまが合わなくなった。そして、疑いは 更に深まり、私は犯人にされてしまった」
20年以上も前になるこの事件を振り返って、 そのときの悔しさをぶつける吃音者は、吃りたく ないあまり、ことばをごまかしている内に表現が おかしくなってしまったと、述懐する。
平気で吃っていた子どもが吃音を恥じ、悪いも のと考えるようになると、だんだんと話す意欲を 失っていく。必要最小限のことしか話さなくなる と自分の気持ち、考えを徐々に言わなくなる。そ れでも日常生活にあまり差し障りはないからだ。 そして、いざ話したい、話さなければならない時 話せなくなってしまう。
また、自分の気持ちを言わない生活が続くと、 嫌なことを一杯経験していても、「嫌だった・・」 としか言えず、だから腹が立ったのか、悲しいの か、悔しいのか、自分の気持ちをどう表現したら よいか分からなくなってしまう。
吃音児をもつ親の多くが、将来、子どもが吃る ことでからかわれたり、いじめられたりしないか の不安を持つ。吃音児にかかわる者としては、そ の子の吃症状の軽減より、例え吃っても、自分の 気持ち、考えを伝えるコミュニケーション能力の 育成こそが先決で、大切なことのように思える。
もちろん、子どもが話したとしてもそれを全く 受け入れようとしない《森本君のいじめ体験》に ある教師のような場合もあり、受け手の側の、子 どもに対する人権意識と、上手に開き、ポイント を的確にとらえる力量が問われるのは言うまでも ない。『子どもの意見表明権』に関して、私たち 大人が考え、しなければならないことはあまりに も多い。
「私は悲しい、私は腹が立つ、私はさみしい、 私は悔しい、私はうれしい、私は怒っている、な ど、思ったこと、感じたこと、自分の気持ちを遠 慮なく話していいんだよ」
「私は〜がしたい、私は〜して欲しいなど、そ れが全てかなえられるかどうかは分からないけれ ど、心の中で願うことを言葉に出して言ってもい いんだよ」
まず子どもたちに伝えたい。
月刊情報紙 『Stuttering Now』 1994.9.8 No.3より