株式会社自然と人間社発行の
「月刊 自然と人間」8月号(2005年8月1日発行)
に、スガチョ氏の文章が
掲載されました。

タイトルは
「あそびの学校」が
  育むもの
です。


子どもたちの遊びに添い続けて35年。
「遊び」が何を育むのか?
そこから子どもたちにとって
大切なものが見えてくる。

あそびの学校」が育むもの

子どもたちだけの祭り

子どもたちが主役の祭りを撮影し歩いて、35年が経った。
その中で、埼玉県秩父に伝わる「天狗祭り」や「天王焼き」の「子ども組」との交流で開校したのが「あそびの学校」だ。
近世から綿々と伝承されている地域共同体の通過儀礼としての「子ども組」は小学1年から加入し、中学3年がガキ大将格となる異年齢集団である。

「天狗祭り」は霜月、現在の11月中旬が祭日で、約一ヶ月前から、「天狗」の小屋作りが始まる。
皆から全幅の信頼を受けるガキ大将の指図で、一片の設計図もないまま大天狗と小天狗の小屋が完成していく。
穴を掘る。
孟宗竹、真竹を伐る、倒す。
二又、三つ又のクヌギの木を切り倒す。
藤ズルを切って運ぶ。
麦ガラを集める。
ヒノキの枝をかき集める……。
それぞれの年齢にあった役目が決まっている。

ナタ、ノコギリ、カマ、スコップなどの道具を自分の物として使いこなしている姿を見ていると、うれしくなったものだ。
天狗の小屋作りは、全て子どもたちだけ、大人の手はいっさいない。
子どもたちの自治能力の高さは見事である。
これは……と、当時私がかかわる都会の子と、交流させてみようとの思いつきが、全ての出発点となった。

天狗祭りの当日は、完成した小屋で天狗様をもてなし、遊んでから火をつけて小屋を燃やし、天狗様を山へ送る。
中学3年生たちは、9年間の「子ども組」で獲得した生きる力を土台として、組を離れていく。

「あそびの学校」の生徒が教師に

寄せ集めの疑似集団「あそびの学校」の都会の子たちも、交流を深める中で親密になり、手づくりソリで雪道を滑走したり、荒川にとびこんでヤスで魚をついたり、ふたまたの木でパチンコ(石弓)を作り、鎮守の杜で、陽が暮れるまで合戦したり、「ケガと弁当は自分持ち」と無鉄砲に遊びまくっていた。

厳冬の中、荒川上流の浅瀬が凍りついた上で、棒切れをスティックに、長靴を履いて、石を打ち合ってのアイスホッケーに興じていたわんぱくの一人は、「オレ、保育園の先生やってるんよ」と、最近の遊びのつどいにやってくる。

三角ベースや三塁に走る草野球に興じていた野球小僧が、先日「オレ、覚えている?」とビール片手にやってきた。
20年ぶりの再会。
「今、伝承あそびクラブの顧問をしているんで、いつか顔を出してください」。
なんと今、現役のあそびの学校6年生の担任とのこと、さっそく、地域の先輩として、ベイゴマ、けん玉、ビー玉、そしてコマの空中手のせのコツを伝える。
練習を積み重ね、「ほら、のったのった。見てみて」と、自信をつけていくのを撮影できるのはうれしいかぎりだ。

春夏秋冬、秩父の山中で、自分自身の手と足と豊かな感性で、自然とじかに接する習慣を身に付けてきた。
今でも、それらが土台となり余分な道具はあまり持たず、「歩いて、見て、聞いて、さわって、作って、あそぶ」が基本だ。

続く

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