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Sparring

 

 

車窓を流れる景色をぼんやりと眺めていた美香は、電車が速度を落とし始めると、網棚からスポーツバックを下ろしてドアの前に移動した。

そして扉が開くと同時に電車から飛び降りると、階段を駆け下り、早足で改札を通り抜け、駅前ロータリーで待っているスポーツクラブの送迎バスに飛び乗った。

バスが動き始めると、美香の顔には期待と不安と緊張が入り混じった複雑な表情が浮かび上がっていた。

 

 

 

通っている中学校では水泳部の副部長を務める美香は、まだ14歳の中学3年生。

160cmの身長はクラスの女子の中では3番目に高いが、それと反比例するかのような体重40kgに満たない細身の身体は、何度も県大会の決勝までいった水泳選手とは思えないほどひ弱に見えた。

超細身の美香は、最近でこそ『ミカリン』と呼ばれるようになったが、昔の渾名は『ドクロ』『ガイコツ』『骨皮筋子』など、イメージの悪いものばかり。

ちょっと初心なところがあってなかなか異性とは馴染めない所為か、男子の大部分からは今でも『鶏がら』とか『モンチッチ』と呼ばれている。

『鶏がら』は兎も角、『モンチッチ』と言うのは中学入学当時の髪型に由来しての事だが、美香が自分でも気にしているように、腰が縊れお尻が丸みを帯びてきて女性らしい身体つきになった今でも、僅かにしか膨らんでいない胸を指して、『胸が無い=ノンチッチ(none−乳)』を捩ってそう呼ばれているのだ。

尤もそれは男子だけには限らず、いつも美香の水着姿を見ている同じ水泳部の女子部員からも、『抵抗が少なくて良いね』と嫌味を言われ、その度に悔しさと情けなさで涙が零れそうになるのを必死で堪えているのであった。

 

 

そんな美香は、幼い頃からスウィミングスクールに通っていた。

元オリンピック選手を始めとする充実したコーチ陣、インターハイやユニバーシアードの選手がゴロゴロといる緊迫した空気と緊張感。

中学生の美香も、他の生徒たちに負けまいと、一生懸命練習に励んでいた。

それがここ半年くらい前から、スウィミングスクールの更衣室で、不思議な集団をちょくちょくと見掛けるようになった。

小学校の高学年から高校生くらいまでの、思わず羨望の眼差しを投掛けてしまうほどメリハリのある女性らしい身体つきをした女の子たちなのだが、美香と同じように競泳用の水着を着ているわりには彼女たちをプールで見た事がなく、何よりも不思議なのは、髪を振り乱して汗をかきながら更衣室に入ってくる彼女たちの水着は、とても水泳をしていたとは思えないような、染みのようになった汗で湿っているだけなのだった。

 

そんなある日、いつものように練習を終えた美香が帰ろうとすると、その日に限ってなぜか床清掃の真っ最中で、美香は併設されているフィットネスクラブの方へ迂回しながら玄関に向った。

初めて通ったフィットネスクラブ側の通路には、ガラス張りで中が良く見えるトレーニングルームがいくつも並んでいた。

美香が何の気なしにそれらを覗きながら歩いていると、大きめなトレーニングルームの真ん中にリングが設置してある部屋があり、そのリング上では、美香と同じくらいの年頃の少女たちが、激しい取っ組み合いを繰り広げていた。

 

 

(うそっ、何でプロレスなんか・・・)

 

中学生から高校生くらい、中には小学生ではないかと思われるような女の子たちが、マットの上で取っ組み合ったり、サンドバッグを叩いたり、勿論リング上で闘ったりと、プロレスの練習に励んでいた。

プロレスなんてテレビの向こう側で野蛮なオトコたちがやるものだと思っていた美香は、信じられないような光景を目の当たりにして、その場に凍りついたように動けなくなってしまった。

あまりにも衝撃的な光景に、暫くの間トレーニングルームに釘付けになっていた美香の目が、見覚えのある何人かの女の子たちの姿を捉えた。

 

(あっ、あの娘たちだ・・・)

 

自分と同じくらいの年頃の女の子たちがプロレスをやっていた事に衝撃を受けた美香だが、それにも増して美香のハートを掴んだのは、濡れていない水着姿で更衣室に戻ってくる娘たちだけでなく、初めて見る女の子たちも含めて彼女たち全員が大きな胸の持ち主という事だった。

いつの間にか羨望の眼差しでトレーニングを見ていた美香は、『自分もプロレスをやったら、彼女たちみたいな胸になるかもしれない』と、藁にも縋るような淡い期待を持ちつつ、その場で即座に入会する事を決めてしまったのであった。

 

 

 

 

送迎バスがスポーツクラブの駐車場に到着すると、美香は小走りにフィットネスクラブ側の入り口に向かった。

最近になって美香が通い始めたコースは、自動車の教習所のように4段階に分かれていて、ファースト・ステージは基礎体力、セカンド・ステージは受身と基本的な動作、サード・ステージは受身の応用と技の基礎、そしてこれらのステップをクリアした者だけがファイナル・ステージへと進み、そこで初めてリングに上がる事を許されるのである。

既にサード・ステージまで到達していた美香は、今日のトレーニング終了後にファイナル・ステージへとレベルアップするテストを受けることになっていた。

純白のタンクトップにライトブルーのトランクスと、スポーティーな格好に着替えた美香は、いつも以上に気合を入れてトレーニングに望んだ。

その甲斐あってか、レベルアップテストを呆気無いほどあっさりとクリアした美香は、早速、リングが設置されているトレーニングルームへと向かった。

 

生徒たちの間で通称『コロシアム』と呼ばれている、リングが設置されているトレーニングルームに初めて足を踏み入れた美香は、部屋中至る所で闘いを繰り広げている少女たちの熱気に呑まれるように、自分の気持ちが昂ぶってくるのを感じた。

だが、残り1時間を切ったフリータイムの間に、自分もリングで闘いたいとは思ったものの、どうしたら良いのか判らないまま、リングの前で辺りをキョロキョロと見廻す事しか出来なかった。

 

 

『コロシアム』の中には、二人一組になって技の練習や取っ組み合いをしている少女たちの他にも、一人でサンドバッグを叩いている娘やダミー人形を使って技の研究をしている女の子、そしてこれから練習を始めるかのように、準備運動をしている女の子たちもいる。

 

そんな中の一人に、中学生の悠里がいた。

悠里はコロシアムに入ってくるなり入念なストレッチで身体をほぐすと、一時も早く対戦相手を見つけようと室内を見回した。

 

「え〜と、誰か居ないかな〜?」

 

身長152cmと中学3年生にしてはやや小柄ながらも、女子高生のトーナメントに出場してしまうほど元気の良い彼女もまた、自分の相手になりそうな娘を探して、キョロキョロとトレーニングルームの中を見回していた。

すると直ぐに、自分と同じようにリングの前でキョロキョロと辺りを見回す美香の姿を発見した。

 

(あの娘、ちょっと小柄だけど、多分中学生よね・・)

 

「ねぇねぇ、一人?

 もしよかったら、あたしとリングでスパーしない?」

 

悠里は迷うことなく美香に近づくと、後ろから声を掛けた。

美香が驚いて振り返ると、自分より僅かに背の低い少女が、人懐っこい笑顔でそこに立っていた。

 

「えっ?い、いいけど・・・」

 

すると悠里は美香の返事を最後まで聞かずに、慣れた調子で素早くリングに上がっていった。

 

「うん、やろうやろう!」

 

リングに上がった悠里は、嬉しそうな表情を浮かべながら美香に声を掛けた。

 

「じゃあ、お願いします・・・」

 

美香も返事をしたものの、どうしたら良いのか判らずに、リングサイドで立ち尽くしてしまった。

 

「ほらっ、早くあがっておいでよ!」

 

「は、はい」

 

悠里に声を掛けられた美香は、慌ててエプロンに攀じ登ると、ぎこちなくロープをくぐってリングの中に入った。

 

 

(あれっ? この娘、わたしより背が高い・・)

 

あまりの細さから、最初に見掛けたときは小柄だと思っていた美香が、いざ対峙してみると自分より背が高いことに気付いた悠里は、それでも力比べでも誘うかのように、ゆっくりと両手を掲げた。

 

「じゃあ、まずわ・・」

 

 

初めて上がったリングにドギマギしながらも、悠里に倣うかのように美香も両手を揚げながらゆっくりと近づいて行った。

 

「えいっ!んんんっ!」

 

美香は不意打ちとばかりに悠里の手を握ると、両腕に力を込めた。

 

 

「くっ、なかなか・・やるね・・」

 

いきなりパワー全開で応えてきた美香に、思わず口走った途端に、悠里はサッと美香の手を手繰ると、素早くヘッドロックに持ち込んだ。

 

「どうだ!?」

「ぐっ・・」

 

今までもトレーニングではヘッドロックを掛けた事も掛けられた事もある美香だったが、初めて上がったリングで、突然、何の前置きも無いままにヘッドロックを掛けられると、思わず小さな呻き声を上げてしまった。

 

「えっと???

 ご、ゴメン・・名前聞くの忘れてた・・

 あたし、悠里!

 あなたは?」

 

ヘッドロックで美香の頭を締め上げながら、自己紹介を兼ねて名前を訊いてきた。

 

「わ、わたしは美香・・・ど、どうだ!」

 

美香は答えると同時に悠里の腕を掴むと、そのままスポッと頭を抜きながら悠里の腕を捻り上げた。

 

「おっ!?

 痛っっっ・・美香ちゃんね・・よろしく!!

 ていっ!」

 

後ろ手に捻り上げられていた悠里もまた、痛みを堪えるかのように2・3度足踏みをしたかと思うと、自分の腕をくぐるかのようにクルッと回り込んで美香の腕を後ろ手に捻り上げた。

 

「あんっ、痛っ・・・」

 

思わず肩を押えながら爪先立ちになる美香。

それでも痛みが和らがないと、美香の脚は知らず知らずのうちに、捻られている腕に抵抗が掛からない方向へと動き出していた。

 

「ふふふ・・

 中々テクニックはあるみたいね・・

 手が合いそうで嬉しいよ♪」

 

「あっ、くそっ・・・」

 

美香は痛みに顔を顰めながら、そうすれば少しでも痛みが薄らぐかのように、時折パンパンと肩を叩きながら円を画くように動き始めた。

 

 

(あっ・・・

 ビデオに映ってたプロレスラーも、こんな事やってた・・・)

 

 

「いくよっ!」

 

美香がふと思った瞬間、悠里は掛け声と共に美香の背後に回りこむと、スタンディングの体勢ながら、スリーパーホールドを極めてしまった。

 

「あっ、きゃっ・・」

 

慌てて悠里の腕を掴んで、何とかこの体勢から逃げようとする美香。

だが、がっちりと極まったスリーパーは、ビクともしなかった。

 

 

「どう?美香ちゃん、ギブアップする?」

「ノー!、ノー!・・」

 

どう足掻いてもスリーパーを外せそうもないと判ると、美香の脚は悠里から逃げるように、無意識のうちに少しずつ前に出ていった。

 

「美香ちゃん、ギブする?」

 

美香が必死に逃げようとするのを嘲笑うかのように、悠里は余裕綽々の表情で訊いてきた。

 

「ノー!ノーだったらノー!」

 

悠里の腕を掴んで必死に振り解こうとしている美香は、絶叫するように叫んだ。

だが、自分より背の低い悠里にスタンディングスリーパーを極められて、只でさえ仰け反るような体勢だった美香は、脚だけが悠里から逃るように前へ前へと出て行くと、その身体も仰け反るというよりは寄り掛かると言った方が良いほど傾いていった。

腰を落として安定した体勢でスタンディングスリーパーを掛けていた悠里も、美香の脚だけが逃げていくのは予想外だったようで、技を極めている体勢から身体を支えているだけのような体勢へと変わっていった。

逃げようとしている美香が悠里の腕にぶら下がるような不安定な格好なら、身体の傾斜が60度にも達しようとしている美香を支えつづける悠里も徐々に不安定な姿勢になっていった。

超細身の美香がいくら軽いとはいえ、それにも限度があった。

 

 

「わわわわっ!」

 

仰け反る美香を支えながらも締め上げようと力を込めた途端、後ろに引っ張り上げる力が助長されて、バランスを崩した悠里はそのまま背中からマットに倒れてしまった。

 

「きゃぁ・・」

 

スリーパーを掛けたまま悠里が仰向けにひっくり返れば、スリーパーを掛けられている美香も、当然の如く引き摺り込まれるように仰向けに倒れる。

だがその瞬間、喉元の戒めが僅かに緩んだのが判ると、ここぞとばかりにサッと身体を反転させて、そのまま悠里の肩をマットに押さえつけた。

 

 

「フォール!」

「あっ、くっ・・」

 

未だ然したるダメージも与えていないのに、と言うよりは寧ろ自分の方がダメージを受けている筈なのに、いきなりフォールに持ち込む美香を驚いたような顔で見た悠里は、それでも押さえ込まれているのには変わりがない事を示すように、ちょっと苦しそうな表情を見せた。

だがそれも束の間、直ぐに正面から美香の顔を見据えると、挑発的な顔に戻った。

 

 

「まだ全然元気だよ!それっ!」

 

言うが早いか、悠里はクルッと転がりながら美香の上に覆い被さると、そのまま両肩をマットに押さえつけてしまった。

 

「フォール!」

「あっ」

 

何が起きたのか判らないまま、いきなり組伏せられた美香は、慌ててジタバタともがき始めた。

 

「ワンっ!」

 

それを嘲笑うかのように、悠里は自らカウントを取り始めた。

 

 

「あんっ、くっ、くっそー!」

 

「きゃっ、痛い痛い・・」

 

美香は無意識のうちに悠里の髪の毛を引っ張っていた。

 

 

「髪の毛は反則だぞぉ〜!」

 

まさかスパーリングの最中に髪の毛を掴まれるとは思っても見なかった悠里は、怒りの篭った抗議の声を上げた。

それでも美香は、悠里の髪から手を離そうとはせず、それどころか懸命に悠里の体勢を崩そうと、益々髪の毛を引っ張った。

 

 

「うにゅ〜・・」

 

髪を掴まれて動けない悠里は、悲鳴とも取れるような奇妙な声を上げた。

すると美香は、体制の崩れた悠里のお腹に、そのメチャクチャ細い脚を絡ませた。

 

 

「5カウント以内なら良いんでしょ?」

 

漸く髪の毛から手が離れたと思った瞬間、美香の脚が悠里のお腹を力強く締め上げた。

 

「えいっ!ギブは?」

「うぐぅっ・・ノー、ノー・・・」

 

漸く技らしい技を極められて安堵の表情の美香に対して、ボディシザーズでお腹を締め上げられて悠里は顔を歪めながら言った。

 

「5カウント?

 その5カウントはだれが取るぅ〜・・・」

 

 

レフェリーもいないスパーリング。

リング上には二人の少女しかいないスパーリング。

『コロシアム』でトレーニングに励んでいる少女たちも、誰一人としてリング上に注目なんかしていない。

尤も、初めてリングに上がった美香には、そんな事はどうでも良い事だった。

不利な体勢ながらも必死にボディシザーズを掛け続ける美香は、どうやったら悠里に勝てるかを考えるだけで精一杯、もっと正確に言えば、この後どうしたら良いのかが判らないのであった。

 

 

「うぐっ・・ならちょっぴり本気!」

 

美香のボディシザーズに抱き合うような格好だった悠里は、苦しげな表情で呟くと、徐々に上半身を起こしながら膝立ちのような体勢になっていった。

 

 

「えっ?なにっ?」

 

悠里の呟きと目論見が判らない美香は、戸惑った表情ながらも両脚に力を込めて悠里のお腹を絞め続けている。

だが、何が起ころうとしているのか判っていない美香は、悠里の動きに合わせて脚の方へとズルズルと引き摺られて、タンクトップの裾が捲くれ上がっていった。

 

 

「きゃっ」

 

背中が直にマットに触れると、その冷たい感触に、美香は思わず小さな悲鳴を漏らした。

それでも必死に両手を広げて引き摺られまいと堪える美香。

だが悠里は、そんな事にはお構いなしに、美香の両脚をしっかり抱えると、そのまま横向きに転がっていった。

 

 

「きゃっ、あぁぁぁぁっ・・・」

 

何が起こったのか判らないまま腰に激痛が走ると、美香の口から大きな悲鳴が上がった。

 

「どう!?

 美香ちゃん、ギブアップする!?」

 

ボディシザーズを掛けていた筈なのに、いつの間にか自分の身体が鯱鉾のように仰け反り返っているのに気がつくと、美香は慌てて脚を外そうともがいた。

 

「あぁぁぁぁっ、ノーーーー!」

 

だが、悠里にガッチリと掴まれた脚がちょっとやそっとでは外せないと判ると、美香は両手でマットをバタバタと叩きながら、ギュッと目を瞑って逆エビの痛みに堪えた。

 

「ほらほら、ギブアップ!?

 反則じゃないから5カウントじゃ外してあげないよ!」

 

「あぁぁぁぁっ、ノーーーー!」

 

マットにめり込むのではないかと思われるほど、美香は指を突き立てながら頭を振った。

すると悠里は、美香の片足を離したかと思うとそのまま片エビの体勢に移行していった。

 

「さあ、美香ちゃん、逃げられる!? 」

 

「ノォォォォ!絶対ノー!」

 

美香は涙声で絶叫しながらも、必死に腕を伸ばして遥か彼方のロープを掴もうとした。

 

 

「ん〜・・迫力はあるけど・・・

 力と技が伴わないとね♪それっ!」

 

悠里は呆れたような口調で言ったかと思うと、そのまま流れるような動きで片エビからSTFへと移行していった。

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ・・・」

 

まるで実験台のように、次から次へと技を極められ続けている美香の口から、断末魔のような悲鳴が上がった。

 

「ほら美香ちゃん、ギブアップは!?」

 

「あぁぁぁっ、痛ぁぁぁぁぁっ・・」

 

美香は何とか地獄の責め苦から逃れようとはするものの、ガッチリと極まったSTFから逃れる術もなく、只々、手をヒラヒラと泳がせる事しか出来なかった。

その苦しげにギュッと瞑った目の淵からは、早くも大粒の涙が顔を覗かせていた。

 

 

「んむむ〜、まだ耐えられるか〜・・

 美香ちゃん、頑固やさんだなぁ・・・」

 

「ぎゃぁぁぁぁっ、ノォォォォォォッ・・・」

 

「なら、とっておき、イクよ!!」

 

悠里は言った途端、フェイスロックを極めていた腕を離したかと思うと、その腕をドラゴンスリーパーのように美香の顎に掛けた。

 

「隠し技、STS!!

 身体の柔らかい女の子にしか掛からないけど、

 蝶野のSTFを越えるフィニッシュホールドだよ!!

 耐え切れるもんなら耐えてみろ〜!!」

 

「ギャッ、ギャァァァァァァ・・・」

 

再び断末魔の悲鳴を上げる美香。

その首は、強烈に反り返っている。

 

 

「さあ、美香ちゃん、諦めてギブアップしなさい!!」

 

悠里の言葉に応えるように、美香の手があてもなく宙をフワフワと舞った。

 

「美香ちゃん、ギブアップ!?」

「・・・・・・・」

 

ギュッと歯を食いしばり悲鳴すら上げず、地獄の責め苦に耐える美香。

いつまでも負けを認めようとしない美香に、悠里は苛立ち紛れの声で問い掛けた。

 

 

「美香ちゃん、ギブアップ!?」

「・・・・・・・」

 

今までに味わった事の無い関節技の苦しみに、全身に力を込めて必死に耐え続ける美香。

 

 

「ほら、美香ちゃん、ギブは?」

「・・・・・・・」

 

激しい取っ組み合いで捲くれ上がったタンクトップは、スポーツブラに辛うじて引っ掛かっているような状態で、その細く締まったウェストは半分以上剥き出しななっている。

 

 

「美香ちゃん、まだギブしないの?」

「・・・・・・・」

 

不自然な格好に折り曲げられた細い脚は大股開きのような格好で、その小振りなお尻を隠すトランクスも、脚の付け根あたりまで裾が捲くれ上がっている。

 

 

「美香ちゃん、ギブは?」

「・・・・・・・」

 

強烈な技を掛けられている美香は悲鳴も上げず、突っ張るように硬直したその身体は微動だにしなかった。

 

 

 

「ギブ?・・・

 美香ちゃ〜ん?もしも〜し・・・」

 

(あれっ?)

 

「い、いけない・・やりすぎた・・・」

 

余りの痛さに美香が気を失っているのに漸く気付いた悠里は、慌ててSTSを解いた。

そして、ぐったりしている美香をマットの上に座らせると、その背中に膝をあてがい、見様見真似で美香の両肩をギュッと押えながら膝に力を入れた。

 

 

「えいっ!」

「ぐぁっ・・」

 

活が入った途端、美香はパチンと目を開けると、辺りをキョロキョロと見回した。

 

「み、美香ちゃん、大丈夫?」

 

心配そうな顔で覗き込む悠里を見て、美香は自分の置かれている状況に気がついた。

 

「わたし、負けちゃったの?」

 

「う、うん・・

 ゴメン、あたしがちょっとやりすぎたみたいで・・」

 

美香も判ってはいるのだが、それでも必死に涙を堪えながら訊くと、悠里もド素人相手に気絶するまで技を極め続けたことに責任を感じているような表情で答えた。

 

 

「でも、美香ちゃんギブしなかったから・・」

 

唇を噛み締めて、今にも泣き出しそうな美香。

そんな美香を見て、悠里は言葉に詰まってしまった。

 

 

「でも、美香ちゃんの意地は見せてもらったよ!!

 負けん気が強くてびっくりした!

 今度は一緒に技の練習とかしようね・・」

 

悔しげな表情を浮かべる美香に優しく言うと、悠里はそっと手を差し出した。

 

「う、うん・・」

 

美香は悔しさと情けなさの入り混じったような表情で、悠里の手を握り返した。

いくら初めて上がったリングとは言え失神KO負けとは、余りにも情けない負け方に、美香は自己嫌悪に陥りそうになっていた。

だがそれにも増して、いつも横目で見ていたリングで闘う少女たちの技の応酬には、それ相応の技術とテクニックが要求される事を改めて感じると共に、アスリートである筈の自分がそれを軽く考えていた事を反省も込めて実感したのでもあった。

 

 

「やっぱり、いっぱい練習しなきゃダメよね・・」

 

「うん、がむしゃらと我慢だけじゃあたしには勝てないからね♪」

 

 

美香の顔から悔しそうな表情が緩むと、にこやかな目で挑発するような、それでいてちょっぴり悪戯をするような、そんな表情になった。

 

「わたし、それまでにうんといっぱい練習しておくね!」

 

美香は言った途端、握手していた悠里の腕を思いっきり引っ張ったかと思うと、その腕を全身で抱えるように、悠里の首筋に細い脚を絡ませた。

 

「三角絞めって、こうやるんでしょ?」

 

「あっ、こらっ・・」

 

ほんの一瞬顔を歪めたものの、悠里は美香の挑発を楽しそうに受けた。

 

 

「三角絞めって言うのは、こうやって・・・」

 

「あっ、きゃっ、きゃっ・・」

 

「か・え・す・ん・だ・よっ!」

 

「きゃっ、痛っ・・」

 

「どうだっ!」

 

「くっ・・こんのぉ!」

 

「あうっ、くっ、まだまだ!」

 

「きゃっ、痛っ・・」

 

「ほら美香ちゃん、ギブは?」

 

「くっ、ノォォォっ・・」

 

 

悠里と美香は時が経つのも忘れたように、いつまでもいつまでも、リングの上で取っ組み合いを続けていた。

 

 

原案:高村悠里&齋藤美香

 

(おわり)

 

 

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