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第1章 凌辱への点火




・ 新任数学教師は美青年


この春から中学校の数学教師として赴任した大野政志はまだ大学生の余韻を残し烈しさとあどけなさにあふれていた。窓の外には春の青空にゆったりと雲がぽつんぽつんと浮かんでいる。浩二が窓の外をぼ〜っと眺めていると数学を担当する新任教師が入ってきた。
Gパンに襟のある白シャツといういたって平凡な格好だが、なぜかおしゃれな雰囲気を醸し出していた。きっとジャージ姿でもさまになるのだろう。人間自体に気品があふれているのだ。

「ええ、今日から皆といっしょに数学を勉強することになりました大野政志といいます。
よろしく!」

(りりしいなあ…)

浩二はりりしさに圧倒された。
この一人の新任教師の赴任が通代の中学生活を大きく左右するとは誰が予想できよう。髪はやや長めで一風、芸術家を想わせる。抜群の2枚目ではないのだが人間に勢いがあるのだ。では大学でアメフトでもやっていたのかというとそうでなく、参加していたのはテニスサークル程度のものだったらしい。この美青年には男としてハイレベルだという印象が全学に流布していた。

「僕の担当は数学だけど、こういうことについてどう思うとか、相談があれば職員室の窓からでも声をかけてほしい。みんなは2年生だけど僕は教師1年生だ。」

本当に相談に行ってもよさそうな雰囲気だと浩二は感心した。そして廊下ですれ違うときの、政志を見る二人の少女の表情を見逃さなかった。たまに通代も美香も頬づえをついて政志を眺めている。浩二は通代に想いを寄せていたのでそれなりに暗く哀しい気持になった。人気女優やタレントの軽い熱愛発覚疑惑でさえ、少なからず男を落ち込ませるが、それに似たような感覚を浩二は味わっているというわけだ。
そして熱烈なファンが生徒だけでなく教員にもいた。女体育教師の飯島弥生もその一人である。

「せ、先生…」

大野の帰宅途中に弥生は校門をでたところで声をかけた。

「歓迎会や家庭訪問も一段落つきましたわね」

「ええ、いろいろアドバイスいただきましてありがとうございます」

一目見て大野に男の色気となんともいえないあどけなさを感じていた2年先輩の弥生は何かにつけて大野に接近し、教頭は酒癖が悪いだとか、校長は早く教育委員会へいいポストで戻りたがっているとか、あの生徒には逆ぎれされたら命があぶなさそうだとかという話をしてコミュニケーションを深めようとしている。弥生は背が高く、足が細く肌は黒っぽい。目は細く少しつりあがっていて、髪はかなり長い。

「まだ6時半ですから、どこかで食事でもいかがですか?駅前に…・・」

大野はやや迷惑そうに、それでいて迷惑がってるとは悟られまいとした口調で、

「せっかくですが、明日の授業の準備がありますので」と弥生の誘いを断った。

弥生はそれなら駅までの徒歩の時間を最大限有意義に使おうと、またいつものアドバイスをまくしたて始めた。弥生は色気があり、世の男性の90%が関心を持ちそうなタイプである。言い寄ってくる男性の同僚も多いのだが、望みが高いのだろうか?

「す、すいません、僕忘れ物が…・・先にお帰り下さい」

大野は駅まで気がもたないと感じてうそをついて学校へ引き返した。弥生は引き返す大野を見て、

「今度も無理そうか…」

とため息をついた。待っていても嫌われそうなので夕暮れの空を見上げ駅へ向かった。

「先生さようなら…」

クラブから帰る生徒が声をかけてくれる。

「はい、さよなら」

弥生は年々体力が落ちていく学生達を何とかしようと熱心に思策や実践を重ねていた。ただ男性には恵まれない。
早足で去っていく3人の生徒達の背中を見つめながら大野への想いを暖める弥生だった。



・ 浩二の瞳の記憶


浩二は通代のファンだ。そしてちょっと変態呼ばわりされても仕方の無い挙動をひそかにとっている。浩二は6組で通代や美香たちは7組なのだが、彼女たちの体育の開始時間前や終わりに通代のブルマー姿をそっと見に行くのだ。怪しまれないようにいかにも用事がありそうに更衣室になっている教室の前のあたりを通りすぎたり、2階の窓から体育館へ向かう途中の彼女を注視する。
ブルマー姿の太股の付け根あたりや、尻肉の盛り上がり具合を観察し瞳に焼き付ける。いや自然に焼き付いてしまうといったほうがいいかもしれない。なかにはお尻にくらべブルマーのサイズが小さい生徒もいて、尻肉のはみ出し具合なんぞを観察しているのは浩二だけでなく、体育祭や球技大会における男子の視線のやりどころのメインは女子のブルマー姿の観察にあった。ただかわいい子になるほど、長めのTシャツを下のほうまで降ろしていて、なかなか見たいところを見ることができない。浩二の場合、瞳に焼き付く対象が限定されているのであるが……。
通代のブルマー姿はやや大き目のブルマーのためか、尻肉のはみだしは、ないのだがやはりなんとも清楚で、そして生来の色気があった。
火曜の4時間目、体育館へ向かう彼女を窓の外から観察するのはもう何回目だろう。浩二はただため息をつく。運動神経がにぶく、かといって勉強ができるわけでもない彼にとって通代はやはり遠い存在に思えた。友人の大中春江と歩く通代の控え目な笑う仕草に再度ため息をつく浩二だった。



・ 恋心


2年7組の教室は2限目の数学を控え沸いていた。といっても騒いでいるのは女子だけである。みな大野政志の服装やら髪型やらについて話している。

「ねえ、今日大野先生、どんな服かな」

「Gパンに白いカッターシャツだけで、なんであんなに格好良く見えるのかな」

「もとがいいから何でも似合うのよ」

そんな話には入らず口には出さないがやはり大野に好感を持っている少女が2人いた。渡辺通代と大森美香だ。

「ええ、2次方程式の解は…・・」

時には唾液が前列の生徒にかかってしまうほどの熱心さで大野は授業をする。授業を終え、手に赤や白のチョークの粉をいっぱいつけた大野は教室を出てすぐの洗い場で手を洗ったが、ポケットを濡れた手で探ってもハンカチがないようだ。仕方がないと手の水を切ってGパンで拭こうとしたとき、一人の生徒がハンカチを差し出す。ポイントをかせごうとする教師や生徒たちとは違う自然さが漂っていて、大野は一瞬呆然とする。

「あ、ありがとう渡辺」

大野が手を拭いて返すと通代はほんの少し頭を下げ相づちをうつ。ニッコとした微笑みがたまらなく愛くるしい。実は大野は笑った通代をはじめて、まじかに見たのだ。面白い話を授業でしても皆に合わせる程度でしか笑っていないという記憶だけがあるのだっが。
ハンカチをしまい次の、音楽の授業のため移動しようとする通代を憎たらしげに見つめる生徒がいた。美香だ。ふん、何よいいこぶって。他の生徒もおいしいところを持っていかれたというひがみからか似たような感情をいだいた。だがそれは美香の何十分の一だろう。
美香や他の生徒が通代と同様のことをしようとチャンスをねらうのであるが、大野は職員室の洗い場で手をあらうようになった。ハンカチも持っている。何だつまんない。美香や相棒の土井智美は落胆して音楽室へ向かうのであった。



・教師と生徒


放課後の視聴覚室に大野がぼんやり立っている。大野には公的にこの部屋に用がない。ガラっとドアが開き一人の生徒がそっと入ってきた。

「誰にも見られてないか?」

「うん、・・」

「先生、はい」

生徒は新品のハンカチを渡す。

「いつも、同じのだと…、若いんだから先生おしゃれしなきゃ…」

「そんなに気を遣ってくれなくても…、ありがとう大事に使うよ」

教室前の洗い場でのふれあい以来、通代が大胆にも帰宅途中の大野にハンカチをプレゼントし、大野は大野でこっそり通代の答案の裏に、携帯電話の番号を書いたりして、2人は秘めた恋を展開していたのだった。火曜の4時15分というのが二人の逢い引きの時間で、先に大野が鍵をあけ、約2分後に通代が入ってくる。できるだけ誰にも見られないよう注意するため何分かずれることがある。たわいの無い話を1時間ほどするのだが二人にとってはまさに至福のときであった。今日でもう4回目になる。だが恋といっても二人はキスもしていない。

「高校生になったらちゃんと外でデートしたいな」

愛くるしい顔で通代が微笑む。

「ああ、きっと」

大野もまじめな顔で答える。部屋を出るのは通代が先で2分後に大野が鍵を閉める。大野は放送部の顧問だったので鍵を容易に持ち出しできた。放送部といっても活動は昼休みが主でしかも大野は付き添う必要もない。学校の雑務に追われる新任教師にとって、通代の微笑みは、禁断のときめきであった。



・二人のストーカー (1)〜飯島弥生〜


通代と大野の関係は1ヶ月ほどは誰にも勘がづかれなかった。時がたつにつれ大野のファンも階層ができてきて、熱烈な人間がはっきりしてきた。教師では飯島弥生、生徒では大森美香だ。弥生のアプローチは熱心に続けられたが、教師どうしの懇親会で同席するのが精一杯で、あとはことごとく誘いを断られた。映画の券が手に入ったとか、駅前の居酒屋がオープンでただ同然だとか、スクーバダイビングを始めてみないかとか、涙ぐましいほど積極的なのだが、大野の反応は一向に哀しいくらいに変わらない。果ては弁当を作ってくる始末で高齢の教員は、ほほえましいと笑っていたが大野にはかなり迷惑だった。
そこで、弥生は気になる生徒の問題について相談したいと大野を誘った。重大なことなので学校では無理だと言ったのだ。大野は生徒のことなら仕方がないと思い誘いに応じたのである。

「せ、先生、二人だけなんですか?」

「いえ、山田先生と西山先生もお誘いしています。でもあまり話が広がりすぎても生徒のためにならないので」

「そうですか、はい、行きます。駅前の例の居酒屋に7時ですね」

他の教師には芝居に参加してもらった。弥生の親しい教員で3年来のつきあいだ。

「弥生ちゃんがんばって。嘘をつくのはよくないけど結果的に方便ってこともあるから」

山田は弥生を廊下の片隅で励ました。
駅前の居酒屋「雌猫」のカウンターに弥生と大野は腰掛けた。とりあえずビールを注文する。

「他の先生方は?」

「それが、明日の職員会議の準備で遅れるそうなんです」

いかにもそれらしく話す弥生。

「で、生徒の重要な話ってなんですか?」

大野がいきなり本題に入る。

「それが、いじめがあるみたいなんです」

根も葉もない作り話を弥生が展開する。しかし具体的な人物が出てこない。それでも弥生はうまく話をつないでいく。

「先生は、子供たちに対する姿勢っていうか基本的な決心ってあります?」

「ええ、まあ、恥ずかしいですが、この春教壇に立つ前恩師のところへ行ってきたんですけど」

弥生はいい感じだ、やったやったと思う。

「恩師って?」

「僕の中3のときの、担任の先生です」

大野は続ける。

「その先生が卒業のときに送ってくれた詩が思い出せなくて聴きにいったんです」

「え、わざわざですか?」

「ええ、九州まで。そのとき一瞬感動したんですけどあとは忘れてしまって。でもどうしてもまたあの感覚に触れてみたくって」

「どんな詩なんですか?」

「〜憂きことのなお この上に積もれかし 限りある身の力ためさん〜」

「つらいときほど力が問われてるんだから、精一杯やってみよう、みたいな意味なんですけど,意気に感じてしまって…・、恥ずかしいなあ、こんな話。」

大野は一瞬おいて真剣になって話した。

「生徒が青春を一生懸命に走って、僕は精一杯の伴走者であるつもりです。科目を教えることはしますが人生を、いや人が生きていく意味をいっしょに学んでいきたいんです」

「私も走りますわ、先生」

弥生はそれ行けとばかりに意気投合しようと思った。しかし大野はここ2ヶ月ほどの弥生の努力を無残にも打ち砕くべく意志を告げる。

「飯島先生、僕には好きな人がいるんです。もういろいろ誘ってくださるのはやめてくれませんか?」

大野は今日のことも見抜いていた。だが大野には人間的な品格があり、人を見下したりつらくあたるようなことはしない。弥生に対しても自分は男女の関係は持てないが仲間としてはいっしょにやっていきたいのだ。

「そのいじめの話がうそだとはいいませんが、本当ならもっと正確に教えてください。でないと対処のしようがありません。」

弥生は慌てて、

「で、ですから今は名前までは……・・」

「でも自殺でもしてしまったらどうするんですか?」

「じゃあ、僕をここへ呼ぶための口実じゃあないんですね?、信じていいんですか?」

大野は弥生の眼を見つめた。

「で、ではもう少し様子を見て私の手に負えなくなったらまた先生にご相談します」

弥生はその場取り繕うのが精一杯で、脈なしを宣告されたショックで我を忘れる。

「行きましょう」

大野は店を出ようとする。

「こ、ここは私が」

弥生は勘定をもとうとする。

「割り勘にしてください」

大野は、プライベートでは係わりたくないのだという雰囲気を醸し出しながら制する。
大野と弥生はそれぞれ反対方向の列車に乗って帰宅した。列車のなかで、窓ガラスにため息をはき、指でなぞりながら弥生は大野の好きな人がいるということが、自分を避けるための口実だと願ったが、大野が列車で想いを馳せるのは通代だった。



・ 二人のストーカー(2)〜大森美香〜


美香は不良っぽかったが、そぶりだけで万引きをしたり暴行したりするようなことはない。ただ気が荒く、そういう類いの友人と学内でたむろっている。パンストは黒く、髪の毛には赤く細いリボンがありスカートは短めか長めを履き、薄くアイシャドウや口紅を付けてくる日さえある。眼はやや丸く、つり上がっていて、口元はすねたり、ひがんだり、妬んだりする人間に特有の尖った感じがしている。髪はポニーテールの日が多い。ところで飯島弥生の体育の授業には、かなり非協力的だ。なにせライバルどうしなのだから…………・。
2年7組の教室では美香の2つとなりに通代の座席がある。通代は心の底ではしだいに派手になる美香をより嫌っていたが、別段不仲になることもないと距離を置いてきた。美香も、いつかはあの清純派気取りの女をいたぶってやりたいとは思っていたが、行動に移す動機もなく今まできていた。とりたたて問題をおこしたくもない。
そんな美香の楽しみは、数学教師の大野政志を授業中にからかうことだ。からかうといっても気をひくためだ。
今日もわざとプリントを忘れる。

「先生、プリント忘れました。」

「またか、大森、はい、次はもうわたさないぞ」

「はい、はい」

「返事は1回でいいんだ」

授業に入ろうとする大野に、

「先生、彼女いるの?」

といきなりストレートに質問をぶつける。

「いない、いない、さあ授業するぞ」

しかし女生徒の大半は感心が大有りなので、なかなか授業を聴こうとしない。

「ねえ、どっちなの、いるのいないの?」

「先生、好きな人は?」

通代はびっくとしながらもうつむいて教科書やらノートやらをパラパラとめくってみる。内心は優越感と罪悪感と恥じらいの交錯した感情で一杯だったのだ。しかしそれを顔にだしてはいけない、そう言い聞かせる。
男子もまんざら関心がないわけではない。

「先生、校門をでりゃさあ、性欲のある男なんだから、やりまくってるって言ってやれよ」

「そうそう!」

「内緒っていうことにしといてくれよ」

大野はざわめきをさわやかに制する。しかしその口調には生徒に対する愛情が感じられるのだ。

「さあ、はじめるぞ、みんな解の公式を自分で導けるか?」(作者注;今は解の公式は教えないらしいですね)

「ねえ、タイプだけでも教えて」

美香がひつこく聴く。

「そうだなあ、思いやりのある人がいなあ」

大野はチョークと教科書を持ったまま答える。
通代はうつむいてクッスと笑う。それに呼応するかのように大野もほんの少しだが微笑む。
美香は微妙な今の二人の呼吸をわずかに怪しんだ。


4月の終わりから美香はわざと体操着で、大野とすれ違うようにしたり、短いスカートで階段を上り、大野の前をはしゃいで登ってみたり、小テストの答案の裏にポケベルやPHSの番号を書いてみたりと誘惑を重ねたつもりだった。しかし大野の反応は、一生徒に対するものを超えなかった。
ある日、仲良しの智美と尚子の3人で話し合いを美香の家で持った。
クッキーをほおばりながら、

「力ずくっていう手もあるんじゃない」

「そうね、私もう限界」

「やっぱ、はっきり言うなり、抱きつくなりしないと」

「よし!、次の日曜決行しちゃおう!」

「携帯でさ、大野の住所調べるよ」

尚子の友人は大野が担任を努めるクラスの生徒なのだ。

「数学のさ、分からないところがあるっておしかけるのよ」

「そうそう、それで行こう」

美香は友達とはありがたいものだと思った。


休日のある日美香と土井智美、村下尚子の3人は、だめでもともとだといきなり大野のアパートを訪れた。午後2時頃だ。

「どうしたんだ急に?」

大野はびっくりした。

「先生、私たち数学がどうしても苦手で、1年の復習をしてるんだけどわからないところがあって」

近くの喫茶店でも行こうかと考えたが近所の手前もあり、大野は3人を中に入れる。

「何だ、みんな分かってるじゃないか」

大野は3人とも数学が苦手でもないことは分かっていたが、せっかく勉強に熱心になったのなら、その気持ちを持続させたいと思ったのだ。紅茶を出してやって、彼女らが買ってきたケーキを4人で食べた。1時間後、智美と尚子が、

「先生、私たち先に帰ります」

と言って、そそくさと出て行く。美香も帰らないのが不思議だが、もう少し今やっている2次関数のことが聴きたいのだという。
しかし10分ほどして態度が変わってきて、誘惑モードになってくる。

「先生、保健の性教育も教えて欲しいな」

この冬までこたつの布団があったのであろう机にひじをついて、座って首に手を回す。

「やめろ!、大森!、もっと自分を大切にするんだ」

大声で大野は払いのける。顔はやや赤らんでいる。しかし照れでなく怒りからだ。

「そんなことするんだったら、今すぐ出て行け!」

「何よ!、先生に連れ込まれたって学校で言いふらしてやるから!」

美香は悔し紛れに憎まれ口をたたいたが、初めて味わうかなわぬ片思いだった。

「言いたければ言え!、自分を大切にしていれば、人を困らせるような行動はとれないはずだ!、頭を冷やせ!」

最後の大野の言葉が心に染みた。確かに自分のことしか考えていない……・、だけどこんなに思っているのに……・・。
もう午後5時になっていて駅を出ると急に雨が降り出した。傘もささずに美香は家までたどりついた。その夜智美たちに連絡する元気はなかった。



・逢い引き発覚


火曜の放課後4時15分の密会は大野の出張で2回ほど抜けたが、6月に入り10回目に達しようとしていた。通代の幸せは絶頂を極めていた。そこには大野にしか見せないはじけた通代がいるのだ。
さてやはり美香は大野のことをあきらめきれずにいた。かえって距離を置いてしぐさやら、持ち物やら服装やらを見つめ続けていたのだ。火曜日の放課後、何とはなしに美香は大野の後をつけた。視聴覚室の鍵を開けて入っていく。大野が来るのと反対側から何と通代がやって来る。美香ははっとしてトイレに隠れた。その美香の動きと通代との両方をそっと見ている男子生徒がいた。浩二である。通代のわずかな華やかさをともなった変化を彼は見逃さずにいたのだ。そして美香と同様、通代の挙動を影から注視してきたのだ。
通代も視聴覚室へ入っていくが、人の気配を警戒しているような素振りだ。美香はただイライラした。すぐ二人とも出てきて欲しい、二人はなんの関係もない、そう言い聞かせたが、1時間後通代が退出したのち、2分ほどして大野が出ていった。
浩二の胸には、好きな女優やアイドルの本格的な交際発覚でショックを受けるファンのような痛みが去来した。

「ああ、やっぱり…・」

そうひとりごちる浩二だ。

その夜。

「私見ちゃった」

美香は智美と電話で話す。

「まさか、じゃあ、これから二人の動きをチェックしてみようよ、しばらく。 渡辺のやつ本当だったら、ぶち切れだねうちら」

「まだ決まったわけじゃないけど、あいつ小学校のころからムカっときてたんだ」

「とにかく手分けしてさ、見張ってみようよ」

「うん……・」

「元気出してよ美香」

「じゃあ、明日ね」

携帯電話を自宅の自室の机におき、美香はため息をつく。
それからというもの美香とそのグループたちは、分担して大野と通代の動きをそれとなく見張った。気づかれぬよう自分達と距離のある人間を選び協力を求めたりもした。かなりの力の入れ様だ。そのうち次のようなことが分かてきた。
2週連続で火曜の4時15分頃に視聴覚室に入っていく。出てくるのは1時間後。しかしこの他は二人は視線さえ合わせない。美香たちのグループは彼女の自宅へ集まりミーティングだ。

「やっぱりこりゃあ、逢い引きじゃあないの」

背の低い、ややぽっちゃりとした尚子が言う。

「うん、かなりの確率で、ありだね」

「何とかあの部屋に忍びこんでさ、証拠を押さえようよ」

智美は大柄で胸が大きい。眼が細くそして釣り上がっていて、睨み付けるといかにも恐い女生徒となる。美香と同様黒いパンストを履いていて、鞄などの持ち物は何か紫っぽい。鍵をどうやって手にいれるかと皆で悩んだが、結局尚子が得意技を発揮してみることで一致した。直子は鍵開けの名人だ。鍵っ子だった尚子は自分の家の鍵を針金で開ける技を習得していた。ほんのひまつぶしだたのがそのうち、色々な鍵を開けれるようになっていたのだ。入念な打ち合わせが3人で行われた。
マスターキーを盗むことも考えたのだが、失敗は許されないと意見が一致した。美香はいつになく真剣だった。



・盗撮


梅雨の中盤の、ある火曜の放課後。美香たちは計画通り先に忍び込んで、ビデオのスタンバイをしている。尚子の針金の鍵開けテクニックは見事なものであった。

「尚子やるなあ、さすが!」

3人がひそやかに話していると大野がやってきた。

「来た来た、しっつ」

3人は声をひそめ、息を殺す。
案の定やがて大野と通代の二人が揃う。逢い引きは数えて13回目で、もう部屋にはいったとたんキスするのは二人にとって当たり前になっていた。

「先生、今日の数学、私、先生を見ないようにするのが、つらかった」

通代は涙ぐんで抱きつく。

「僕だって…………・、お前と眼があえば抱きしめてしまいそうで」

「先生、抱いて、お願い」

「それはだめだ。せめて高校生になるまでは、だめだ。」

政志は通代の肩を抱き、心から愛情を伝えようとする。

「先生!」

通代もそれにこたえるべく絡み付く。
抱きしめ合うのが一段落つくと通代は大野をひつこく追いかけまわしている二人の女性について語り始めた。

「先生?、大森さんとか飯島先生って何であんなにひつこいんだろう?、私ときどきいらいらしちゃう。ねえ、先生思わせぶりな態度なんてとってないでしょ?」

「ああ、そのつもりだけど。でも人の気持ってやつは大事に扱うべきものなんだよ。お前も歳を重ねるごとに分かるさ。人の気持を大切にしない人間はいつかどこかで何らかの仕打ちを受ける……・・」

「でもね、先生。大森さんって、小学校のときからいくら仲良くしようとしてもツンツンして…………。飯島先生も、お弁当なんかつくちゃって。私あの先生の体育あんまり好きじゃない。いつも体力作り体力作りって。」

通代が話すと声がやや低いのだが、息が少ないのか大きくなく、上品でかわいいので、悪口でせさえ、愛らしい。もっとも通代がこのように他人のことを揶揄するのは大野といるときだけだ。普段はひたすら大人しい。

「体力作りは大事じゃないか。お前には人を思いやる広くて強い心を持って欲しいな、先生」

「うん」

通代は顔を少し上に向けたままうなずく。大野はそっとふたたび唇を合わせるのだった。
だがこれが最後のキスになろうとは二人とも思いもしなかっただろう。
ビデオとともに大きな用具入れに隠れた美香は嫉妬と屈辱に拳を握り締める。爪が手に刺さって出血する。他の二人はこれって純愛なのかとあきれた様子だった。しかし通代への苛虐心は確信した。
やがて大野と通代は例のごとく別々に部屋をあとにする。大野が部屋をしめたのを確認してすぐ、美香たちはふ〜っと息をして、用具入れを動かしてでてきた。

「どうする?これから、あそこまで言われて黙ってないでしょ美香」

智美がいう。美香は怒りと屈辱で心がいっぱいで言葉がでてこない。
その夜、美香たちはまた集まり盗撮りしたビデオを鑑賞した。ビデオの映りは脅迫に十分使用できる鮮明だ。美香の両親は海外旅行へ出かけ、食事を作ってくれた家政婦も帰宅して、大森家の居間は中学生の溜まり場と化していた。

「まあ、よくやってくれるわ」

「ほんと」

「どうする、これから」

智美と尚子が興奮している。美香は考えた。通代と大野のことを学内で暴露し、公になれば、大野は転勤か懲戒解雇に、道代は内申書が悪くなるかもしれない。だがそんなことは望んでない。私がやりたいのはあの清純ぶりっ子をとことんいたぶってやることよ。大野先生にもお灸をすえてやりたいわ。

「私は、渡辺をとことんいたぶれればそれでいい、大野は付録よ」

美香が本音をぶちまける。

「でもさ、1回や2回ヤキをいれたところで、あいつ大野とか他の先生にちくるんじゃないかな。もうこんないじめが続くんならバレてもいいって思うよ。あいつ。そうすりゃ私たちも共倒れだね」

冷静な尚子。

「要はさ、私たちはさ、ずっとあいつを支配下におきたいんだ。だからじわじわ責めていってさ、仲間を増やして、あの子の弱みを増やしていけばいいんだ。」

智美が戦略を練る。

「例えば?」

と美香。

「う〜ん、まずは、このビデオをネタにおびき寄せて、素っ裸にして写真をとる。つまり、回を重ねるごとに弱みを増やしていくのよ。」

「そうよ先手先手でいけば、なかなかちくれないんじゃないかな?」

尚子があいづちを打つ。

「飯島を味方にするってのはどう?」

尚子は言う。

「危険だなあ、そんな計画やめろって言われたらどうするんだよ」

美香は絶対失敗したくないらしい。その日彼女たちの結論は出なかった。とにかく1回や2回のリンチでは済ませたくないのだが、そのより確実な手段が見つからないのだ。だが週が明けて事態は急変する。



・突然の帰郷


大野政志は酒屋を営んでいた実家の父が水曜の夜に倒れ、稼業を継ぐため急に帰郷することになり、月曜の朝の全校集会で学校に別れを告げた。

「僕はほんの2ヶ月間しかこの学校にいられませんでした。そして稼業を継ぐため教員を辞めます。この春からの僕の生活は本当に充実していました。みんなありがとう。みなさんに僕の好きな詩を贈ります。〜憂きことのなお この上に積もれかし 限りある身の力ためさん〜。本当にありがとう。」

台に立って話す政志は毅然としていた。多くの生徒が残念そうにため息をついたり、突然のことに驚いている。整列した生徒の群れに混じって通代は涙をこらえていた。政志から昨晩電話でこの都会から遠く離れた郷里へ帰ることをを告げられていたのだ。そしてもう逢わないと。美香はポカンとしていたが、すぐに作戦を頭で描いた。そうか邪魔者が消えるのか。もうやるしかない。だめもとで1,2回いたぶって学校にばれて相打ちか(私だって内申書にあんまり悪いこと書かれたくないしなあ)、うまくいけば……・。
教室へ戻る途中、智美が美香に語りかける。

「ねえ、思い切って飯島に話をもちかけてみない。万が一ってこともあるし。だめだったらまたじわじわ責めていく方法考えればいよ。ネタはあがってんだからさ」

「そうね」

美香が答える。
その日の夕方、また大森家でミーティングが開かれている。

「でさ、美香はどんなふうに、渡辺を懲らしめてやりたいの?」

尚子が聞く。

「理想はあるんだけどさ。まあ非現実的かな」

美香が諦め顔で答える。

「何さ、言ってみてよ」

と智美が言う。

「キャットファイトって知ってる?女どうしのバトルなんだけど。あれをあの清純ぶりっこにやらせて、ズタボロにしてやりたい。強い相手とやらせて罰ゲームとかやらせるの。そうね、素っ裸でグランドを何十周も走らせるなんて理想的!。考えただけでもぞくぞくする。あ〜っつ!話してるうちにどうしても体育の時間のキャットファイトにこだわりたくなってくる!」

陶酔する美香。

「それいい!やろうよ」

乗り気の智美。

「とりあえず飯島ちゃんをさ、味方につけたいな。なんてたって体育の授業は女子だけだし」

3人は明日、飯島に話をもちかけることで一致した。



・女体育教師はサディスト!〜通代包囲網〜


視聴覚教室に弥生と美香たちがいる。

「そんなのもっと徹底的にやらなきゃだめよ!」

飯島の答えは美香たちにとって意外だった。ことのあらましとビデオの存在を説明しとりあえず、1時間だけでも私たちの夢に手を貸すと思って自習にしてくれないかと願いでたのだ。智美が体育委員なので、自習の運営は先生に任されたとかなんとか言ってどうにでもなる。そんなことは許さないし、通代に手を出さないように見張りをつけられるかと3人は覚悟して弥生に相談したのだが、なんと美香に負けず劣らず弥生も通代に対して瞬時にスーパーサディストと化したのである。ビデオを見ながら弥生はつぶやく。

「そう、この子がねえ。私、教師を首になっても、場合によっては警察に捕まってもこの子を地獄へ突き落としてやるわ!、じわじわとね。大森さん協力しましょう!」

美香は自ら構想しているSM的キャットファイト案を弥生に話して聴かせた。

「ふふ、なかなかいいわね。大賛成よ」

一呼吸して、

「まず、戦略としてクラスから孤立させることよ。友達との仲を裂かなきゃね。予算があるから体育館にリングを作りましょう。」

「さすが先生、すごい」

尚子がうなずく。

「ま、とりあえず、あなたたちの言うようにビデオをネタに脅しをかけて、ヌードでも撮影しましょう」


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