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美佳の渋谷戦争【前編】

 

原案:まあさん&美佳

 

ふらふらと立ちあがった美佳の顔面めがけて、硬く握り締められた真紀の拳が

唸りをあげて襲いかかった。

慌てて顔を庇おうとする美佳の腕が、鉛にでもなったかの様にゆっくりとしか

動いてくれない。

(いやっ、だめっ・・)

真紀の拳が、コマ送りのように少しづつ迫ってくる。

美佳は必死に逃げようとするが、今度は全身が石像にでもなったかのように、

ピクリとも動かない。

(あっ、だめっ)

美佳の視界いっぱいに、真紀の拳が広がった。

 

 ガバッ

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・」

美佳は布団を跳ね除け、飛び上がるように上半身を起こした。

全身から噴き出すような冷汗に、寝巻き代りのTシャツが、美佳の体の僅かな

凹凸も顕わにするほど、肌にぴったりと貼りついている。

(このところ毎晩・・・)

半月ほど前、美佳は渋谷の街で女子高生と喧嘩をしてしまった。

しかし、その日、とても大切な用事があった美佳は、途中で喧嘩を放り出して

帰ってしまったのだった。

(やっぱり、あの娘と決着つけとかないと・・・)

 

「真紀ちゃん、川村って娘、知ってる?この頃、街でちょっとした話題よ!」

「私も、その噂聞いた事がある!真紀ちゃんを探してるって」

「この前、喧嘩の途中で居なくなっちゃった娘かな?」

「ケリを着けるつもりなんじゃない?」

「その娘、強かったの?」

「まあ、それなりにね。柔道二段だって言ってたけど」

「ノア的に言わせてもらうと、そんなのに真紀ちゃんが出てくこと無いわよ!

 この、ノア姫様が返討ちにしてあげるよ!」

 

 

(あっ、あの赤いチェック・・・)

真紀を探しに宮下公園まで来てしまった美佳は、前から来る赤いチェックの

ミニスカートにベージュのカーディガンを羽織った少女の前に立ち塞がった。

「あなた、青木ノアさん?」

「あんた誰よ?」

「あなた大西って娘と連んでる青木さんでしょ?」

「もしかして、あんた川村・・・」

「私のこと知ってるんなら、話は早いわね。ちょっと顔貸してもらうわよ!」

「へえ〜あなたが川村って娘ね・・・」

「あなたには敵意はないけど、大西と連んでるからと思って諦めてね!」

「でも、私を選んだのは間違いだったようね・・・

 わたしはその辺の雑魚とはわけが違うのよ!」

ノアは、クチャクチャと風船ガムをかみながら、ゆっくりとカーディガンを

脱ぐと美佳を睨みつけた。

「間違いかどうかは私が決めてあげるわ!」

美佳はブレザーを脱いで近くのベンチに置くと、ノアの前まで歩み寄った。

「どっからでもかかって来なっ! 」

お互いの身体がくっつくほど、ノアも前に出た。

 パシン

美佳が引っ叩くと、ノアの顔が大きく横を向いた。

しかし、正面に戻ってきたノアの顔は余裕の表情を保っている。

「その余裕もいつまで持つかしら?」

 パシン、パシン・・

美佳の往復ビンタに顔を左右に振られるノア。

「このっ!2度とノアの前で、偉そうな事を言え無い様にしてやるからねっ!」

ノアは正面に向き直ると、引っ叩かれた頬に手をやりながら、憎しみに満ちた

表情で美佳を睨みつけ、Yシャツの胸倉を掴んで自分の方へ引き寄せると、右

手でVサインを作り、躊躇う事なく美佳の目に突き刺した。

 ズブッ

「きゃぁ」

両手で顔を押さえながら、よろよろと後ろに下がる美佳。

「あははは!どう美佳、痛かった?」

「くっ、いきなりっ・・・ 目が見えなくなったらどうすんのよ!」

美佳は少し斜に構えて後ずさりしながら、右手で両目を摘むように揉んだ。

するとノアは、風船ガムを膨らませながら、じりじりと間合いを詰め、美佳の

髪を掴もうと右腕を伸ばした。

「このやろぉ!」

美佳は右手を握りしめると、突然、ノアに殴りかかった。

「きゃっ」

顔面へ迫る美佳の拳を見て、一瞬怯むノア。

美佳は素早くノアの右腕を取ると、顔をガードする左腕の上から殴りつけた。

 ドコッ

「きゃああ!」

腕を掴まれ逃げようにも逃げられないノアは、噛んでいたガムを美佳の顔に

吐きつけると、そのまま頭突きを入れた。

 ドカッ

「がっ」

ノアの頭が直撃した顎を押さえ、後ろに下がる美佳。

「んー、ペッ、ペッ。きたないなぁ」

「あはははははははは・・・・いい気味!」

顔にはりついたガムを必死に剥がす美佳を見て、大喜びするノア。

「てめぇ、こんなことしてただで済むと思うなよ!覚悟しろ!」

「ノア姫様に喧嘩売ったからには、屈辱にまみれて泣くのがおち・・・」

ノアが言い終わらないうちに、美佳は勢いをつけて走り出すと、スカートが

捲れるのも構わずに、ノアの胸元に飛び蹴りを入れた。

 ドコッ

「きゃぁ・・」

そして、ノアが仰向けにひっくり返ると、すかさず馬乗りになる美佳。

「このやろぉ、このやろぉ・・・」

 ボコッ、ボコッ、ボコッ

美佳は、ノアの髪を掴んで、頭を何度も地面に打ちつけた。

「あうっ、あうっ、あうっ・・・」

ノアの意識がかすれ始めた。

 ボコッ、ボコッ、ボコッ

「あうっ、あうっ、あうっ・・・」

(絶対、許さない!)

意識が今にもぶっ飛びそうなノアは、それでも、腕を伸ばすと、自分の顔に

くっつくくらいに垂れ下がった美佳の長い髪を掴んだ。

「きゃぁ」

髪を引っ張られた勢いで美佳が横に転がると、ノアはすかさず美佳の身体に

馬乗りになった。

「美佳、あんただけは、絶対に許さないからねっ!」

ノアは、美佳の顔面を握り拳で殴りつけた。

 ボコッ

そして広げた両手を美佳の首にかけると、そのまま絞め始めた。

「がっ、がはっ・・」

(い、息が・・・)

美佳は、両手でノアの手首を掴むと必死に引き剥がそうとした。

「お前なんか死んじゃえ!」

ノアに首を絞められている美佳の意識がかすみ始めた。

(しょうがない・・・)

息ができず顔が真っ赤になった美佳は、ノアの左の小指を掴むと、反対側に

思いっきり反らせた。

「ぎゃああっ!」

ノアは、小指を逆方向に捻られながらも必死にクビを絞め続けた。

「その手を離せっ!」

が、ついに我慢出来なくなると、美佳の首から手を放し、自分の小指を掴ん

でいる美佳の手首を掴み返した。

「あっ、このぉ!」

美佳は、掴まれた右手をひょいと引っ張ってノアのバランスを崩すと、上に

乗っかっているノアを横に転がした。

しかしノアも、横に転がった勢いで美佳を引きずり込むように転がした。

「はぁ、はぁ・・・」「はぁ、はぁ・・・」

荒い息をつきながら、交互に上になり下になり激しく転がり回る美佳とノア。

「てめぇ、人を殺す気か!」

美佳はタイミングをはかって両脚を広げると、ノアの上に馬乗りになった。

「このやろぉ!」

 ボコッ、ボコッ・・

そして、甲高い叫び声とともに、ノアの顔面を握り拳で殴り始めた。

「がっ、ぐはっ・・・」

見る見るうちに顔が腫れあがるノア。

しかしノアも、体を左右に揺さぶり勢いをつけると、美佳との体勢を一気に

入れ替えて美佳の上に馬乗りになった。

「きゃっ」

そしてお返しとばかりに、美佳の顔をガンガン殴りつけていった。

 バキッ、ドカッ、ドスッ

「がっ、やっ、がはっ・・」

見る見る顔が腫れ上がり、唇の端からは血が流れ出す美佳。

「よくも、ノアの顔を!お前も人前に出れない顔にしてやるよ!」

「こ、このぉ」

美佳は、口の中に広がる血の味に逆上すると、右手をVの字にして、ノアの

目に突き立てた。

 ズブッ

「ぎゃあああ!」

思いもよらぬサミング攻撃に、ノアは美佳の上から転げ落ちた。

「目が、目が見えない・・・」

両手で顔を覆い、もがき苦しむノア。

「このやろぉ!」

美佳は叫び声とともに、ノアの右手首を掴むと、得意の腕ひしぎを極めた。

「あぁぁぁぁぁぁ・・・」

大きな悲鳴を上げながらも、なんとか抵抗しようとするノア。

「腕が折れても、文句言うんじゃないよ!恨むなら大西を恨みな!」

美佳は、自分の右腕をノアの肘の下にあてると、馬鹿みたいな握力の左手で

掴んでいるノアの右手首を思いっきり自分のお腹の方に押しつけた。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ・・・」

堪らず美佳の脚をタップするノア。

「ふんっ!」

美佳は、右の踵をノアの胸に1回落とすと立ち上がり、お腹を踏みつけた。

「ほらっ、大西に言っときな!いつまでも私のこと無視してると、あんたの

 チーム片っ端から潰していくよ!」

そしてベンチに置いたブレザーをとると、美佳は公園から出ていった。

(ノアをこんな目にあわして・・

 いずれ地獄を見せてやるから・・・)

悔しげな表情のノアは、痛めた腕を押さえながら、帰っていく美佳の背中を

いつまでも睨みつけていた。

 

 

ちょうどその頃・・・

「あ〜もうおサイフからっぽ〜」

放課後、親友の佐々木貴子と買い物をして帰る途中の真依子は、軽くなった

財布を見ながら呟いた。

「じゃぁ貴子、まい子帰るから・・・」

貴子の方を見て声を掛けた真依子の言葉が途切れた。

「貴子、どうしたの?」

「ねぇねぇ、まい子・・・あの娘ヤンキーだよね〜?こっわ〜い・・・」

貴子は、こっちに向かってくる、カーリーヘアーを茶色に染め、踝が隠れる

くらい長いロングスカートをはいた、誰が何処からどう見ても『スケ番』と

しか呼びようの無い格好をした少女を見つめていた。

「まい子、ヤンキーって大キライ!」

真依子も貴子同様、通りかかった不良少女をしげしげと眺めた。

 

(なんだあいつら?)

「なぁに人の顔じろじろ見てんだよ!」

亜希子は、自分の事を見ながら近づいてくる二人連れに気がつくと、睨みな

がら二人連れの前に立ちふさがった。

「ガンたれてんじゃねーぞ、こらぁ!」

「ちょっと、なーに、いきがってるんだよ!

 いまどきヤンキーなんて流行らないんだよー!帰れ帰れ!」

いきなり亜希子に怒鳴られてカチンと来た真依子は、ほっぺたをプクーッと

膨らませると、しっしと追い払う仕草を見せるた。

「あっかんべ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜だっ!」

「まい子、止めなよ、相手にしない方がいいよ・・・」

まい子の腕を引っ張って帰ろうとする貴子。

「なめてんのか、このやろぉ!なめだったらねえぞ!」

馬鹿にされた亜希子は、真依子の胸倉を掴んだ。

「あ〜何んだよ!まい子、頭来た〜・・・!

 おい、ヤンキー、ここじゃ人目につくからこっちへ来いや!」

「上等だぁ!」

真依子は、左手で亜希子の髪を掴むと、ビルとビルの隙間に入っていった。

奥には、3方をビルの壁に囲まれた、10坪ほどの空き地があった。

真依子の胸倉を掴んだ亜希子と、亜希子の髪の毛を掴んだ真依子は、互いに

向き合った状態で睨み合った。

「吐いた唾、飲まんとけよ!」

 ドスッ

亜希子は、真依子の脇腹に膝をめり込ませた。

「うわっ・・・」

思わず脇腹を押さえる真依子。

しかし真依子は、両手で亜希子の髪を鷲掴みにすると壁際に押し付けた。

「やったなぁ、このやろぉ!」

真依子はお返しとばかりに、押し付けた亜希子に膝蹴りを連発。

 ドスッ、ドスッ・・

「ぐっ、ぐふっ・・」

苦痛に顔が歪ませた亜希子は、それでも真依子の髪を両手で鷲掴みにした。

「こ、こんちくしょぉ・・」

そして、少し下を向くと、真依子の髪を思いっきり手前に引っ張って、自分の

額に真依子の顔を叩きつけた。

 ボコッ

亜希子の頭突きが、真依子の鼻を直撃した。

「ぎゃぁぁぁ・・・」

思わず尻餅を付いてしまう真依子。

顔を押さえた手の間からは、真っ赤な鼻血が滴り落ちてきた。

「よくもまい子の顔を・・・絶対に許さない!」

真依子は素早く立ちあがると、亜希子の腰めがけて怒りにまかせたタックルで

飛び掛ると、再び壁に押し付けた。

 ドカッ

「あっ、このぉ!」

亜希子は咄嗟に両手を握り合わせると、真依子の背中に叩き落とすと同時に、

下からお腹めがけて膝を蹴り上げた。

 ドコッ、ボコッ

「あっ、あうっ・・」

真依子のお腹と背中を執拗に攻めつづける亜希子。

 ドコッ、ボコッ、ドコッ、ボコッ

「ああっ、あうっ、いやっ・・・」

何度も何度も背中を殴られお腹を蹴られ、苦痛から崩れ落ちそうになるが、

意地になって絶対に膝をつこうとしない真依子。

(くっそぉ!)

真依子は、何度目かの膝蹴りの足を捕まえると、亜希子の軸足を蹴りつけた。

「いい加減にしろ!」

真依子に軸足を蹴られて倒れそうになると、亜希子は 壁に寄りかかるように

両手を広げ、右脚をじたばた動かして、真依子の手から逃れようとした。

「離せこのやろぉ!」

「誰が離すかぁ!」

亜希子の脚を両手でぎゅっと抱きしめると、真依子はそれを思いっきり引いた。

「離せよ、きゃっ」

バランスを崩した亜希子が振回されるように転ぶと、すかさず真依子は、覆い

被さるように飛び掛った。

「ボコボコにしてやるかんね〜!」

「このぉ、重てえなぁ、どけよ馬鹿!」

亜希子は自分の上に馬乗りになられると、それでも下から真依子の腕を掴んだ。

「誰が!お前みたいなヤンキーは大キライなんだよ!」

真依子は両腕を掴まれながらも、亜希子の頬に思いっきり爪を食い込ませた。

「きゃっ、このぉ・・・」

真依子の腕を無理矢理横に引っ張って、自分の上から退かそようとする亜希子。

「あっ」

バランスを崩して横に転がった真依子が、慌てて亜希子の手首を掴むと、二人

とも縺れ合うように、互いに上になり下になり転げ廻った。

「汚ねえ血で、人の服汚してんじゃねえよ!」

真依子が上になった瞬間、亜希子は脚を大きく広げて転げ回るのを止めると、

左脚を下からスカート越に両脚で挟んで締め上げた。

「離せ、離せって言ってるだろがあ!」

抱き合うような体勢で左脚をガッチリと挟みこまれ、身動き出来ない真依子は、

ポケットの中から痴漢撃退用スプレーを取り出し、5cmと離れていない至近距

離から亜希子の顔面に吹き付けた。

「これでもくらえ!」

 シューーーーーー

「きゃぁぁぁぁっ・・」

亜希子は真依子の左脚に絡めていた両脚を解くと、両手で顔をかきむしるよう

に押さえながらもがき苦しんだ。

「ゴキブリには殺虫剤が効果的だもんね〜」

真依子は、苦しむ亜気子の背中にキャメルクラッチのような体勢でまたがると、

亜希子の身体を反り返させる様に、髪の毛を両手で思いっきり引っ張りあげた。

「ほらほらハゲになっちゃうよ〜!」

「あぁぁぁっ・・・」

目から涙をぼろぼろと流しながら頭を押さえる亜希子。

「痛っ、いてててっ、離せ馬鹿!」

亜希子は、真依子の脛に爪を立てると、思いっきり引っ掻いた。

「あいたたたたっ、もう!これならどうだぁ!」

脚を引っ掻かれ慌てて立ちあがった真依子は、亜希子の顔をサッカーボールの

のように蹴り上げた。

 ドボッ

「ぐあっ」

顔面を押さえて、地面でのたうち回る亜希子。

「今時ヤンキーなんて流行らないんだよ〜だ!オシャレさん!!」

ギャル用語でヤンキーを小馬鹿にすると、のたうち回る亜希子の背中を何度も

サッカーのボールのように蹴りまくる真依子。

 ガスッ、ガスッ

「あうっ、あうっ・・・」

転がりながら逃げようとするが、壁に遮られてしまう亜希子。

真依子は不適に微笑むと、亜希子の髪を掴んで顔を上げさせた。

「ギャルの方がカワイイし、ヤンキーなんか恐くないってわかった?

 このままじゃ人間としてマズイから早く更正しないとね〜」

亜希子の顔を覗き込みながら挑発する真依子。

「だいたい人に喧嘩売ってきて・・・」

「こんちきしょぉ!」

亜希子は真依子の太股にしがみつくと、下っ腹に頭突きを入れた。

「きゃぁ・・・」

 ドタッ

「まっ、まい子ぉ〜」

亜希子の頭突きにひっくり返る真依子を見た貴子は、見張りをしながらも

心配そうな声を上げた。

「おかえしだぁ!」

 ボコッ

素早く立ちあがった亜希子は、真依子の顔に回し蹴りを叩き込んだ。

「うがぁぁっ」

強烈な回し蹴りに大きく吹っ飛んだ真依子は、地面に這いつくばりながらも、

凄い形相で亜希子を睨みつけた。

「くそっ!」

「死ねぇ!」

必死に立ち上がろうとする真依子の喉元を、亜希子は蹴り上げた。

「あっ、死ぬのはおまえだぁ!」

亜希子の蹴りをギリギリのところでかわした真依子は、四つん這いのような

格好から、物凄い勢いでダッシュして亜希子の腰にタックルをかました。

「きゃぁっ・・」

まともにくらった亜希子は、悲鳴と共に仰向けにひっくり返った。

「お前なんかこうしてやる〜!」

真依子は亜希子の顔に馬乗りなると、髪を掴んで地面に頭を何度も叩きつけた。

 ドガッ、ドカッ、ドカッ・・

「がぁっ、あっ、あっ・・」

(ちくしょぉ!これだけは使いたくなかったんだけど・・・

 でも、さっきこいつもスプレー使ってきたし・・・)

何度も頭を打ち付けられ少し朦朧としてきた亜希子は、土埃にまみれたロング

スカートのポケットからスタンガンを取り出すと、真依子の太股に当てた。

 カチカチカチカチ・・・

「ぎゃぁぁぁぁぁっ、あがっ、あがっ、あががっ・・・」

あまりの激痛に、太股を押さえたまま亜希子の上から転げ落ちる真依子。

「まい子ぉ!しっかりして!」

予想だにしなかった亜希子の凶器攻撃に、貴子は飛び出してくると、真依子に

寄り添いながら亜希子を睨みつけた。

「卑怯じゃんかあ!」

「ばぁか、何が卑怯だよ!始めにスプレー持ち出してきたのはそいつだろ!」

亜希子は貴子に言うと、右手のスタンガンを突き出すようにして、真依子を

見下ろしながら訊いた。

「こらぁ、まだやるか?」

「誰が、あんな娘に・・・」

「まい子ぉ、もうムリだってばあ!」

寄り添いながら肩を貸そうとする貴子を、邪魔だとばかりに押し退けなんとか

立ち上がるが、脚の痺れに踏ん張りが効かず、ガクガクと今にも崩れ落ちそう

になる真依子。

「ふーん、根性あんじゃん!」

スタンガンで火傷のように真っ赤に腫れ上がったところを狙って、亜希子は、

回し蹴りを入れた。

 パシッ

「あうっ、あぁぁっ・・・」

崩れ落ちそうになる真依子が、脚の痺れを我慢して亜希子に殴りかかった。

「ちきしょぉ!」

しかし、踏ん張りの利かない真依子のパンチは、むなしく宙をきるだけだった。

「いつまで立っていられるかなぁ?」

亜希子は嘲るように言うと、真依子のミニスカートから伸びた脚の赤く腫れた

場所を狙って、何度も回し蹴りを入れた。

 パシン、パシン・・

「あがっ、あうっ、あうっ・・・」

何度も何度も蹴りを入れられ、ついに真依子は倒れ込んでしまった。

「まい子、まい子・・・」

貴子は真依子を抱きかかえると、亜希子を睨みつけた。

「よくも、まい子を・・・覚えときなさい!」

「そんなこと、いちいち覚えてられるかっての!

 あんた達、今度からは下を見て歩きな!」

亜希子は捨て台詞を残すと、繁華街の中に消えていった。

 

 

 

一週間後・・・

 

 

(わぁ、天然記念物!この辺にもまだ居るんだ!)

学校からの帰り道、バス停に向かう途中の美佳は、前から歩いてくる5人組の

いかにも【スケ番】風のスタイルに、ひとり微笑んだ。

揃いも揃って、茶色のカーリーヘアーに足首が隠れるくらいのロングスカート。

「♪かわいいあの娘はくるくるパーマに、長めのスカート・・・♪」

微笑んだまま、思わず歌いだす美佳。

が、次の瞬間。

「こらぁ、なに人の顔じろじろ見てんだよ!」

5人組の一番左の女の子が、睨みながら近づいてきた。

(あちゃぁ、まじぃ・・)

「なぁにガンくれてんだよ!」

「ほらぁ、黙ってねえで!何とかいってみろよ」

たちまち取り囲まれてしまう美佳。

(ヤバイなぁ、いくらなんでも5人相手は・・・)

「あんた達ねぇ、真面目な高校生に因縁なんかつけてないで・・・

 そんな事は不良同士でやっててよ!」

内心の焦りを隠しながら、やっと美佳が口を開いた。

「なんだと、このやろう!」

「てめぇ、なめてんじゃねえぞ!」

口々に言いながら、迫ってくる不良少女たち。

すると、リーダー格とおぼしき少女が口を開いた。

「5対1じゃ、あんただって不満だろ。タイマンならどう?」

「・・・・・・・・・・・」

美佳が黙っていると、取巻きの少女たちに声を掛けた。

「あんたたち、先に行ってて。こいつ片付けたら、すぐ行くから。」

「えーっ、でもぉ・・・」

「こんなの一人で充分だよ!」

口々に不満を言う少女達に向かって、亜希子は言った。

「そうね、辻村先輩なら・・・」

「ツジさん、先に行ってるね」

「じゃあ、辻村先輩、先に行ってます」

 

「さーて、タイマンなら文句ないだろ!」

少女達が去っていくと、亜希子は美佳に言った。

「何であんたと、喧嘩しなきゃいけないの?」

「人にガン飛ばしといて、ただで済むわけねーだろっ!ついてきな!」

「しょーがないわね。でも、後で後悔しないでね!」

(一人だったら、何とかなるか・・)

しぶしぶと、亜希子の後について行く美佳。

 

「中学生だからってなめてると、後悔すんのはそっちだよ!」

商店街からはずれた公園に着くと、振り向きざまに亜希子は言った。

「えっ、中坊?」

(大人っぽいから高校生だと思ってた。でも、よく見ると・・・)

「あんたねえ・・・・」

「ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさとかかってきな!」

「あんた、その格好でやる気?」

美佳が鞄を置きにベンチの方に向かうと、亜希子もその後についてきた。

「しょうがないわねぇ。でも中坊にしては、結構頭いいじゃない」

美佳は鞄を置くと、紺色のブレザーを脱いでその上に置いた。

「どういうこと?」

美佳の荷物の横に鞄を置くと、同じようにブレザーを脱ぎながら、亜希子は

聞き返した。

「だってそうじゃない。仲間の前で恥は曝したくないもんね。」

広いところへ向かいながら、美佳が答えた。

「てめぇ、でかい口がたたけるのも今のうちだよ!」

広場の真ん中で振り向いた美佳を、睨みつける亜希子。

「あんた、口喧嘩がしたいの?それとも・・・」

美佳は、左手を前に、右手を斜めに上げると、いつものように構えた。

 

(こいつ柔道やってるの?)

「どうせ、格好だけだろ?謝るんなら今のうちだよ!」

亜希子はじりじりと近づくと、いきなりハイキックを美佳の左頬に叩き込んだ。

「あうっ」

頬を押さえて後ずさりする美佳。

キックボクシングのように構えた亜希子のスカートが、ピクっと動いた。

(来る・・)

美佳は慌てて左腕を立てると、顔をガードした。

が、長いスカートに隠れた亜希子の右脚は、今度は美佳の脇腹にヒットした。

 

 

 バシッ、バシッ・・ 

亜希子のすらっと伸びた脚が、美佳の身体に容赦なく襲いかかる。

「うっ、あうっ・・・」

亜希子の脚が叩き込まれるたびに、小さな呻き声を上げる美佳は、必死に耐え

ながら隙が無いか探し続けた。

(くそぉ、スカートが邪魔で、どこ狙われてんだか判らない・・)

 バシッ、バシッ・・

サンドバッグのように蹴り続けられる美佳。

そして、回し蹴りぎみのキックが立て続けに太股に入ると、美佳はついに膝を

付いてしまった。

 

「ほらぁ、先輩!もうお終い?」

亜希子は、美佳の長い髪を掴んで引きずり起こすと、お腹に膝蹴りを入れた。

「うっ」

呻き声を上げてお腹を押さえ、崩れ落ちそうになる美佳の頭を右腕で抱えると、

執拗に膝蹴りを入れ続ける亜希子。

 ボコッ、ボコッ・・ 

(この娘、喧嘩慣れしてる!)

「がっ、うっ、あうっ、がはっ・・」

亜希子にされるがままの美佳。

 

「だれが後悔するって?」

「がっ、あうっ・・・」

「中坊に負けるなんて、恥ずかしいね、せ・ん・ぱ・いっ!」

(くそぉ・・ 絶対、中坊なんかに負けるもんか!)

美佳は、お腹めがけて飛んできた亜希子の膝を、スカートごと抱きかかえる

ように掴むと、渾身の力を込めて亜希子の身体を押し倒した。

そして素早く亜希子から離れると、両手でお腹を押さえながら慎重に間合いを

とって、次の攻撃に備えて構えた。

「そーこなくっちゃ!少しはやるじゃん!」

頭を振りながら立ち上がってきた亜希子は、美佳を睨みながら言った。

「そーりゃっ!」

お腹の痛みが少し薄らいできた美佳は、突然、飛び掛るように亜希子の右腕を

掴むと素早く懐に入り込んで一本背負い。

 ズデン

「きゃっ」

(あれ?この一本背負い・・)

美佳は亜希子を地面に叩きつけると、掴んだままの右腕に両脚を絡めながら、

お尻から倒れ込んだ。

「あうっ・・・」

(この人、もしかして美佳ネエ?)

亜希子は一瞬戸惑ったものの、慌てて上半身を起こしてクラッチを切った。

「残念でした。こうなっちゃうと、下にいるあんたの方が不利だね!」

そして、右肘を曲げると美佳の下腹部に押しつけ、左手で美佳の髪を掴んだ。

「なんの・・・えいっ!」

 ボコッ

美佳も右膝を曲げると、亜希子の鳩尾に、思いっきり踵をめり込ませた。

「ぐぇっ」

たまらず亜希子は、美佳から逃げるように離れてお腹を押さえた。

美佳は、素早く立ち上がると、亜希子の胸元めがけて飛び蹴りを入れた。

 ボコッ! ズデン!

「きゃっ、あうっ・・・」

そして、仰向けにひっくり返った亜希子に馬乗りになると、髪の毛を掴んで

何度も何度も頭を地面に叩きつけた。

「あうっ、あうっ・・・」

「ほらぁ、さっきまでの威勢はどこ行ったの?」

亜希子の目にうっすらと涙が浮かんでくると、美佳は立ち上がりながら、お腹

に一発蹴りを入れた。

そして、お腹を押さえ苦しそうな表情で倒れている亜希子の髪を掴んで引きず

り起こすと、強烈な払い腰で地面に叩きつけながら、自分の身体を、そのまま

亜希子の上に落として袈裟固めを極めた。

 

(ちきしょう!美佳ネエだろうと誰だろうと、ここまでやられたら・・)

亜希子は、美佳の身体に自分の身体を密着させるよう半身を起こすと、両脚を

美佳の左脚に絡ませながら、美佳の長い髪を思いっきり引っ張った。

「あっ、こらっ、やめろっ、はなせっ!」

美佳の身体が上を向くと、亜希子は素早く身体をずらして、美佳の左脚に手を

伸ばして、抱きかかえた。

「きゃっ、あぁぁぁぁっ・・」

亜希子に膝十字を極められた、美佳の口から悲鳴が上がった。

「あぁぁぁっ・・・」

目に涙を溜めて、もがき苦しむ美佳。

 

(このまま負けちゃうの? いやっ!中坊に負けるなんて・・)

「ほらぁ、暴れるな!」

亜希子は、右の踵を美佳の下腹部に叩きつけた。

「あうっ・・・」

(どうやったら・・・ この娘強い・・・ 私じゃかなわない)

攻め続けられて、弱気になる美佳。

「ほらっ、早く降参しないと、脚、折れちゃうよ!」

亜希子はまたもや、踵を美佳の下腹部に落とした。

「あうっ、あぁぁぁぁっ・・・」

悲鳴を上げながら顔を押さえ、必死に堪える美佳の手の間から、涙がこぼれた。

「先輩っ、泣いてるの?」

亜希子は嘲るように言いながら、また、踵を落とそうとした。

 

(今だ!)

美佳は渾身の力で上半身を起こすと、亜希子の右脚を掴んで手前に捻った。

「きゃっ、あぁぁぁぁぁっ・・・」

亜希子の口からも悲鳴が上がった。

しかし亜希子も、美佳の脚を離すまいと、必死に力を込めた。

美佳は、感覚の無くなりかけた左脚を、力の許す限りじたばたと動かした。

 ボコッ

すると、亜希子の手からするっと抜けた美佳の左脚が、顎を直撃した。

「あがぁぁっ・・・」

顎を押さえて、足で地面をばたばた叩きながら苦しむ亜希子。

 

しばらくして、美佳は左脚を押さえながら、ゆっくりと立ち上がると、膝を

揉むように摩りながら、間合いをとった。

亜希子も、顎を摩りながら立ち上がると、美佳を睨みつけた。

今度は、美佳が先に動いた。

素早く亜希子に近づくと、握り締めた右の拳を、頬にめり込ませた。

 ボコッ

「あうっ、このやろぉ!」

が、亜希子もお返しとばかりに、美佳の頬を殴り返してきた。

 ボコッ

「きゃっ、このぉ!」

負けずに美佳も、亜希子に殴りかかった。

と、亜希子は、迫り来る美佳の腕を掴むと一本背負い。

「きゃっ」

小さな悲鳴と共に、投げ飛ばされる美佳。

亜希子は、身体を半ば左に向けて受け身をとる美佳の脇腹に、膝を落とした。

「ぐぁっ」

慌ててお腹を庇うように押さえる美佳。

(なんで私が一本背負いで・・・ この娘、柔道ができるの?)

 

 ドスッ、ドスッ・・ 

「あっ、ぐはぁっ、ぐっ・・・」

亜希子は執拗に、美佳のお腹に膝を落とした。

 

(やっぱり、この娘には敵わない・・・・)

美佳が負けを覚悟して、お腹を庇いながら防戦一方になると、亜希子は立ち

上がり、肩を踏みつけるように仰向けにすると、美佳が日頃から自慢にして

いる胸を踏みつけた。

「あぁぁっ、いやぁぁっ、やめてぇ・・・」

「ほらっ、どうした、せ・ん・ぱ・い!」

(いやっ!中坊なんかに負けたくない・・)

目に涙を浮かべた美佳は、亜希子の脚に爪を立てた。

「あっ、痛っ、ちくしょぉ!」

亜希子は、まだ抵抗する美佳のお腹にもう一度踵を落とそうとした。

が、美佳は、胸から離れた亜希子の脚を掴むと、思いっきり左に捻った。

「あっ、きゃぁ・・・」

バランスを崩した亜希子が尻餅をつくと、美佳は素早く上半身を起こして、

亜希子の脚をさらに捻った。

「あっ、あぁっ」

亜希子の身体が、ごろんと回って俯せになった。

美佳は素早く立ち上がると、亜希子の背中に何度も何度も足を落とした。

 ドスッ、ドスッ、ドスッ・・

「あっ、あっ、あっ・・・」

亜希子は蹲るように身体を丸めて、美佳の攻撃に隙が出来るのを待った。

すると美佳は、亜希子の背中に膝を落しながら、髪の毛を掴んで引きずり

起こそうと思いっきり引っ張った。

「あぁっ、痛っ、痛っ・・・」

執拗に髪の毛を引っ張る美佳。

亜希子の顔が徐々に上を向いてくると、美佳は左腕を顎の下の僅かかな隙間に

無理矢理つっこんだ。

 ガシッ

そして、亜希子の背中に覆い被さるようにしながら、左の手首を右肘の内側に

しっかり挟むと、持ち上げるように引っ張り上げた。

「あっ、がっ、がはっ、・・・」

亜希子は必死に逃れようと、両手で美佳の左腕を掴んだ。

しかし美佳は、中腰の状態から後ろに下がると、亜希子の後ろで膝をついて、

更に両腕に力を込めた。

「がっ、がはっ・・・・・・」

(こ、これ・・美樹ネエを落した時の・・)

両手両脚をじたばたと動かしながら、もがき苦しむ亜希子。

美佳は、両腕に渾身の力を込めて、暴れる亜希子を押さえ続けた。

(やっぱり美佳ネエだ・・)

暫らくすると、亜希子の呻き声も聞こえなくなり、手足の動きも徐々に緩やか

なものになってきた。

(美佳ネエ、やっぱり強いや・・・・・)

そして、亜希子の両腕がだらんと垂れた。

 

亜希子が落ちたのが判ると、美佳は裸絞めをはずして、肩を軽く回した。

(このままにしておくわけにはいかないし・・

 また、襲いかかって来たらどうしよう・・

 ええいっ、ままよっ!)

「えいっ!」

美佳は、亜希子の背中に膝を当てると、両肩に手をかけて渇を入れた。

 

「んっ、んんっ・・・」

「大丈夫?」

薄っすらと目を開けた亜希子に、美佳は覗き込むように声をかけた。

「喧嘩に柔道使っちゃいけないんだぞぉ!でも、やっぱり美佳ネエは強いや」

すると亜希子は、さっきまでとはうって変わって、穏やかな表情で言った。

「えっ?」

突然自分の名を呼ばれて、戸惑う美佳。

(誰?さっき、ツジなんとかって呼ばれてたけど・・誰、この娘?)

「わかんないの?」

「・・・・・・」

考え込む美佳に、亜希子は手を叩いて汚れを落とすと、両手を使ってカーリー

ヘアーを後ろに束ねた。

「アキちゃん?正徳館にいたアキちゃんなの?」

「やっと、わかった?」

「でも、なんで・・・ 最初から私だと判ってて喧嘩売ったの?」

「始めは判らなかった・・・

 でも、一本背負いで投げられたとき、もしかしてって・・・」

「なんで、言ってくれなかったの?そうしたら・・・」

「でも、あの状況じゃ、何を言っても無駄だったでしょ・・・」

「ベンチに座ろう」

美佳は、亜希子に手を貸して立たせると、ベンチに向かった。

 

「アキちゃん、さっきツジなんとかって呼ばれてたけど・・・

 たしか、島田亜希子ちゃんだよね?」

ベンチに座ると、美佳は尋ねた。

「お母さんが、去年再婚したの。だから・・・今は、辻村亜希子・・・」

「でも、なんでそんな格好してるの?

 アキちゃん、真面目でいい娘だったのに・・・」

「・・・・・・・・・」

「言いたくなければいいわ。でもそんな格好、アキちゃんには似合わない!」

「・・・・・・・・・」

「アキちゃん、ツッパリなんて止めなよ!昔みたいに、一緒に柔道やろう!」

亜希子は、口を閉じたまま立ち上がった。

 

「美佳ネエは、まだ柔道やってるんだ。昇段した?」

しばらく黙っていた亜希子が、振り向きざまに訊いた。

「うん、このまえ二段になったよ!」

「美樹ネエも?」

「あの娘は高校行ってから、プロレス始めちゃった」

「えっ、プロレスやってるの?強いの?」

「さぁどうだか・・・それよりアキちゃん、ツッパリなんてやめなよ」

「でも、今あたしが辞めたら・・・

 さっき一緒にいた娘たち、他の学校の娘にやられちゃうし・・・」

「アキちゃんが道場に来なくなって、心配してたんだよ!本当にやめなよ!」

美佳も立ち上がった。

「美佳ネエ、帰ろう!」

ペチャンコの鞄を手にすると、歩き出す亜希子。

「アキちゃん・・・」

慌てて鞄をとると、亜希子の後を追う美佳。

亜希子は、公園の出口のところで急に立ち止まると、美佳の方に振り返った。

「考えとく・・・」

ぽつりと言うと、そのまま商店街の中に消えていった。

 

 

 

亜希子がパーマを落して、1年ぶりに道場に通い始めた頃・・・

 

「中坊がこんな所でタムロして、アンパンなんかやってんじゃないだろうね!」

中学校の近くの公園で、いかにも【スケ番】といった感じの制服姿の少女達に、

縦縞の入った、紺のタイトスカートを身に着けた少女が声をかけた。

しゃがみ込んでいた少女が、ちらっと振り返った。

そのとたん、

「ちわぁっす!」 「ちわぁっす!」 

「お久しぶりっす!」

少女達がはじかれたように立ち上がると、一斉に挨拶し始めた。

「ちょ、ちょっと、やめてよ!あんた達と同類と思われるじゃない!」

タイトスカートの少女が、慌てて手を振った。

「でも、香織先輩だってその格好じゃあ・・・」

2年生の純子が、恐る恐る言った。

「それもそうか。ん、3年生はいないの?受験勉強?」

香織が笑顔で尋ねると、

「それがぁ・・・」

純子は言葉に詰まった。

「なにかあったの?」

香織が少し心配そうに尋ねた。

 

「香織先輩がパクられた後・・・」

しばらく黙っていた純子が、意を決したようにしゃべりだした。

「洋子先輩たちが、カンパ集めるって言い出して・・・

 清水先輩達が集金に来た時、それを知らなかったアキ先輩が怒り出して・・」

「で、やっちゃったんだ」

「いっぺんに3人とも、ボコボコに・・・」

「それじゃあ、洋子も黙ってないだろ?」

「それで洋子先輩がアキ先輩を呼び出して、タイマンってことになって・・・」

「洋子とアキが、やったんだ?」

「でも、アキ先輩が洋子先輩もボコボコにしちゃって・・・」

「洋子にも勝ったの?。で、今日アキは?」

「それがぁ・・・」

またしても、言葉に詰まる純子。

すると、1年生の恵理奈が、恐る恐る口を開いた。

「この前、アキ先輩、喧嘩して負けたみたいなんです・・・」

「アキが負けたの?で、相手は?」

香織が驚いた表情で、恵理奈に訊いた。

「高校生、たぶん長浦だと思うんですけど・・・」

「ツッパリ?」

「いえ、それが、どちらかっていうと、優等生タイプなんです」

「じゃあ、そんなのに負けて、落ち込んでんのかな?」

「それが、そのぉ・・・

 なんか真面目になっちゃったんです。パーマもやめて・・・」

 

「ジュン、ちょっとつき合って」

少し考え込んでいた香織が、純子に声をかけた。

 

「アキと喧嘩したやつ、顔みれば判る?」

駅前の商店街に着くと、香織が純子に訊いた。

「そりゃあ覚えてますけど・・・でも、香織先輩・・・」

「判ってるって、大丈夫、大丈夫・・」

 

「あっ、あれ!あの二人連れの左の女。髪の長いほう」

しばらく辺りをうかがっていた純子が、突然、声を上げた。

「どれ?あっ・・・」

「でも、一緒にいる人、小町の特隊・・・」

「メグさん・・・」

「香織先輩、やる気なんですか?」

「・・・・・・・・・」

「そんなことしたら小町を敵に回すことに・・・

 それに先輩、今、保護観中じゃあ・・・」

「ジュンは、そんな心配しなくてもいいよ!」

「でもぉ・・・」

「もう帰っていいよ!ありがとう」

不安気な表情の純子をその場に置き去りにすると、香織は行ってしまった。

 

 

「美佳、ちょっと・・・」

放課後、恵が美佳に声をかけた。

レディースチームで特攻隊長の恵と、生徒会副会長の美佳。

傍から見ると、釣り合わない二人だが、学校ではけっこう仲がいい。

「なあに、メグ」

「あんた、久保田香織って娘、知ってる?」

「誰?ゾク関係の娘?」

「ゾクじゃないよ!でも、喧嘩の相手ナイフで刺して恵愛学園に入ってた娘」

「恵愛学園って、女子少年院の?そんな危ない娘、わたし知らないわよ!」

「昨日、その香織から、あんたのこと訊かれたの」

「なんて答えたの?」

「うちのチームの、親衛隊長って!」

笑いながら答える恵。

「馬鹿なこと言わないでよ!」

怒った顔で恵を睨みつける美佳。

「ごめん、冗談冗談。うちの学校の優等生って言ったわよ」

恵は、美佳があちこちで喧嘩している事はおろか、柔道の有段者であること

すら知らない。

「なんだろう?」

「美佳、もめそうなら、私に言ってね!」

そう言い残すと、恵は帰っていった。

 

 

その日の夕方、美佳の自宅近くの河川敷では・・・

 

「あんた、川村さんでしょ!ちょっと、つき合ってくれない?」

サイクリング道路をランニングする美樹に、香織が声をかけた。

「なに?あなた誰?」

いきなり声をかけられて、美樹は戸惑いながら訊いた。

「いいから、ちょっと来なさいよ!」

香織は、美樹の腕を掴んだ。

「なにすんのよ!」

美樹は腕を振り解くと、香織の肩を軽く押した。

「黙ってついくればいいんだよ!」

香織は、美樹の腕を掴むと、強引にスポーツ広場へと向かった。

「ちょっとぉ、いい加減にしてよ!」

引きずられるように香織についていく美樹。

サイクリング道路からは死角になっている場所まで来ると、香織は、美樹の

腕を離して少し間合いをとると、睨みながら向き合った。

「ふーん、あのちっちゃい娘の言った通り、一見、真面目そうじゃん。」

「あなた、いったいどういうつもり?」

「あんたがどれくらい強いのか、ちょっと気になってね・・」

「それって、私に喧嘩売ってるの?」

「そーだよ、喧嘩売ってんだよ!」

いきなり香織は、美樹の髪を掴んだ。

美樹も負けずに香織の髪を掴むと、横っ面を引っ叩いた。

 パシン

思わず後ろに下がる香織。

美樹はその場で飛び上がると、香織にドロップキックを放った。

「そーれっ!」

 ドコッ ザザッ 

そして、仰向けに吹っ飛んだ香織の髪を掴んでを引きずり起こすと、今度は

ボディスラムで地面に叩きつけた。

「あうっ」

のけぞるように腰を持ち上げて、痛みに耐える香織。

(なにこれ?プロレス?)

喧嘩には自信のあった香織が、思いがけない攻撃に面食らっているところに、

美樹の右肘が、お腹めがけて落ちてきた。

香織は慌てて転がるように逃げると素早く立ち上がり、自爆して肘を押さえて

倒れている美樹のお腹に何度も蹴りを入れた。

 ボコッ、ボコッ・・ 

「あっ、うっ、うっ・・・」

呻き声をあげながら、攻撃に耐えている美樹。

すると香織は、美樹の横顔を踏みつけた。

「あぁぁっ」

(なんで私が、こんな目に合わなきゃいけないの?)

美樹は、横顔に乗っかる香織の足を両手で掴むと、思いっきりひねった。

「あっ」

バランスを崩して、慌てて美樹から離れる香織。

すると美樹は、素早く立ち上がり、香織にヘッドロックをかけた。

美樹の技から逃れようと必死に抵抗する香織だが、絞り上げる様なヘッド

ロックには、益々力が込められていく。

香織は、顔の痛みに耐えながら、美樹の脇腹に握り締めた拳を叩き込んだ。

「うっ」

少し顔をしかめた美樹は、ヘッドロックを外すと、すかさず香織の腕を取って

絞り上げた。

「あっ、あぁぁっ」

右肩を押さえて、必死に逃げようと、美樹から離れる香織。

香織の腕が真っ直ぐに伸びると、美樹は、香織の腕をさらに絞り上げた。

「あぁぁぁっ」

香織は肩を押さえたまま、爪先立ちするようにして、美樹の攻撃に耐えている。

すると美樹は、香織の手首を掴んだまま、その場で飛び上がった。

「きゃぁ、あぁぁぁぁっ・・」

目にうっすらと涙を浮かべて、悲鳴をあげる香織。

(今まで喧嘩で、こんなことされたこと無い!どうすればいいの?)

「私に喧嘩売ったこと、後悔してんじゃない?」

言いながら美樹は、香織のお腹に蹴りを入れた。

「うっ」

苦痛に顔をしかめながら左手で、お腹を押さえる香織。

すると美樹は、さらに腕を絞り上げ、再度、飛び上がった。

「あぁぁぁっ・・・」

香織は悲鳴を上げながら、とうとう膝をついてしまった。

「今だったら、土下座して誤れば許してあげるわよ」

「だ、だれがお前なんかに・・・」

香織が挑戦的な目で言い返すと、返事とばかりに、美樹の足が飛んできた。

が、香織は左手で、その足をしっかりと掴むと、そのまま立ち上がった。

「さんざんやりぁがって!」

「きゃぁっ」

 

 

丁度その頃・・・・

「美佳ネエ、一緒に行こう!」

家に前で美佳を待っていた亜希子は、玄関から出てきた美佳に声を掛けた。

「やっぱアキちゃんは、パーマよりその方が可愛いよ!」

まだ少し茶色いが、パーマを落とした亜希子に、美佳は言った。

「早く行こう!」

自転車を漕ぎ出す、美佳と亜希子。

 

 

仰向けにひっくり返った美樹に馬乗りになった香織は、美樹の髪を掴むと、

何度も頭を地面に叩きつけた。

「あっ、あっ、あっ・・・」

目を瞑って、小さな悲鳴を上げ続ける美樹。

「さっきの言葉、そっくり返してやるよ!土下座するか?」

「ンー・・・ノォー」

美樹が気合を入れて叫びながら、一気にブリッジをすると、跳ね飛ばされる

ように転がる香織。

二人とも、素早く立ち上がると、間合いを取って、お互いに睨み合った。

香織は、徐々に間合いを詰めると、美樹の腰に回し蹴りを叩き込んだ。

美樹もお返しとばかりに、香織の太股めがけてローキックを放った。

すると香織は、腰、太股、腰、と、何発も回し蹴りを入れてきた。

腕と膝で蹴りをガードし続けた美樹は、香織の太股めがけてローキックを連発。

「うっ」

たまらず香織は、少し後ろに下がって、間合いを取った。

 

 

亜希子と並んで、自転車で長い橋を渡る美佳が、ふと河川敷の方を見ると、

二人の女性が、取っ組み合いの喧嘩をしているのが目に入った。

(あっ、あの赤いジャージ・・・)

「アキちゃん、ちょっとここで待ってて!」

美佳は、亜希子をその場に残すと、今きた方へすごい勢いで戻っていった。

(美佳ネエ、忘れ物でもしたのかな?)

亜希子が美佳の姿を目で追っていると、美佳の自転車はサイクリング道路を

家と反対の方へ曲がった。

そして、少し行ってから自転車を止めると、スポーツ広場の方へ入っていった。

「あっ!」

河川敷を見た亜希子も、慌てて美佳の後を追っていった。

 

 

美樹は、香織の胸元めがけてドロップキックを放った。

「きゃぁっ」

仰向けに吹っ飛ぶ香織。

美樹は、香織の髪を掴んで引きずり起こすと、素早くコブラツイストを極めた。

「きゃっ、あぁぁぁぁっ・・・」

悲鳴を上げて苦しむ香織。

「あなた、喧嘩の場数は踏んでるようだけど・・・

 こんな事、されたこと無いでしょ!」

香織の身体を絞り上げながら、美樹は訊いた。

「あぁぁぁっ、いやぁぁぁっ・・・」

(やっぱり、プロレスだ!なんで・・?

 メグさんは優等生だって言ってたのに・・)

「そろそろギブアップしたら?」

美樹は、香織の顔を覗き込むようにして言った。

(ちくしょぉ、こんなやつに負けてたまるか!)

香織は左手をVの字にすると、美樹の目をめがけて突き刺した。

「きゃぁぁぁぁっ・・・」

悲鳴を上げながら香織の身体をはなすと、両手で顔を押さえる美樹。

香織は、すかさず美樹の鳩尾に前蹴りを入れた。

「あうっ」

美樹は左手でお腹を押さえると、膝をついてしまった。

香織は、美樹の身体を押し倒して馬乗りになると、顔面に握り拳を叩き込んだ。

 

「みきー!」

美佳は叫びながら走り寄ると、香織の脇腹を蹴り上げた。

「がはっ」

うめき声とともに、横に転がっていく香織。

「美樹、大丈夫?」

美佳は美樹を抱え起こすと、香織を睨みつけた。

脇腹を押さえながら立ち上がった香織の目に、今まで闘っていた女性と同じ顔の

女性がもう一人飛び込んできた。

「あっ、えっ?な、なんなんだ、おまえら・・・」

立ち上がった香織は、目を白黒させて、美佳と美樹を見比べている。

「てめぇ、人の妹になにしてんだよ!」

美佳は、一歩前に出ると香織に言った。

「美佳、ちょっと待ってよ!喧嘩売られたのは、私の方なんだから」

ところが美樹は、美佳を押し退けるように前に出た。

 

「あなた、久保田香織さん?」

さっき恵に言われたのを思い出した美佳は、香織に訊いた。

「・・・・・・・・・」

香織は黙ったまま答えない。

「知ってるの?」

美樹は、振り向かずに美佳に訊いた。

「さっき、友達から警告されたの」

「じゃあ美佳のお客さん?大体あんたねえ、あっちこっち喧嘩なんか・・・」

今度は振りかえると、美佳を責め始める美樹。

「うるさいわね、美樹だって喧嘩売られてほいほいと・・・」

「うるさい!美佳のせいで私までこんな目に・・・」

「こらぁ、あたしを無視すんなぁ!」

言争いを始めた美佳と美樹に、香織は怒鳴りつけた。

「うるさい!」

美佳と美樹は声を揃えて香織に怒鳴りつけると、互いの胸倉を掴み合った。

 

「やめてーっ」

亜希子が叫びながら走り寄って来た。

「美佳ネエも美樹ネエも、やめてぇ!」

亜希子に割って入られ、美佳と美樹はようやく互いの胸倉を放した。

「香織さん、なんで・・・」

亜希子は振りかえると、今度は香織の前に立ちふさがった。

「香織さん、なんで美樹ネエと喧嘩なんか・・・」

「アキが更正したって聞いたから、どんな奴に負けたのか気になってね」

「ごめんなさい・・・」

「良いんだよ、アキが誤ることなんか・・」

「でも、美樹ネエじゃないの。あたしが負けたのは美佳ネエの方なの」

 

「なんとなく判ったような気がしてきた」

「美佳、どういうこと?」

美佳が呟くと、何がなんだか判らない美樹が訊いた。

「この久保田って娘は、喧嘩の相手をナイフで刺して恵愛学園に・・・」

「ちがうの!」

美佳が美樹に説明を始めると、亜希子が大声を上げた。

「本当はあたしが呼び出されてたんだけど、香織さんが代わりに・・・・

 負けそうになった相手の娘がナイフを出して、もみ合いになってるうちに

 太股に刺さっちゃって・・・」

「アキ、もう良いよ!」

目に涙を浮かべた亜希子の肩を、香織はそっと抱えた。

 

「ところで美佳、いやに馴れ馴れしい、この半ツッパリ娘は誰なの?」

「美樹わからないの?」

「美樹ネエ・・・」

亜希子がふてくされたように、頬を膨らました。

「ミキネエって・・・アキちゃん?ねえ美佳、この娘アキちゃんなの?」

「やっとわかった?」

「プッ、なにその頭・・・」

「それは言わないで!」

拗ねたような表情で、美樹に言い返す亜希子。

「この前会ったとき、もっと凄かったんだから!」

「美佳ネエ・・・」

顔を真っ赤にして恥ずかしがる亜希子。

 

「ところで香織さん、もし美樹と間違えないでわたしとやってたら、その後

 どうするつもりだったの?」

「アキがどんな奴に負けたか、確かめたかっただけだよ」

「それでアキちゃんを、元の仲間のところへ連れて帰る気なんでしょ?」

「いや、もういいよ!元々、アキはツッパリには向いてないから・・」

美佳の問いかけに、香織は素直に答えた。

「で、ひとに喧嘩売ったオトシマエは、どうつけてくれるのかな?」

美樹は土埃だらけのジャージを見せ付けるように香織を睨みつけると、いき

なり香織の横っ面を引っ叩いた。

 パシーン

「美樹!」

美佳は慌てて美樹を押さえつけようとした。

すると香織は『いいから』とでも言いたげな表情で、美佳の肩に手を掛けて

美樹の前に歩みでた。

 

「これでどう?」

 パシーン

今度は香織が、美樹の横っ面を引っ叩いた。

これ以上はやる気が無い二人は、相手の気持ちを確認すると頷き合った。

 

                                       To be continued

 

 



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