そこは富に狂った欲望と打算、幸運と不運が渦巻く人口衛星である。
衛星内の施設は、カジノマシン・テーブルゲーム・アニマルレースなど、全てが《賭博》で埋め尽くされている。
おまけに宿泊施設や大手銀行の支店まで設置されているので、その気なら破産するまで遊び狂えるシステムだ。
その施設内の一画に、一般客には入場できないVIP専用の秘密クラブが設置されていた。
そのクラブの呼び物は、日替わりで様々な試合スタイルが楽しめるキャットファイト・ショーだ。
この日の試合スタイルはボクシングマッチ。
クラブが用意した特設リングの会場には200人近い観客が、試合開始を今や遅しと待ちかねている。
眩いライトに照らされた四角いジャングルには、すでに入場を終えた選手達がいた。
レフェリーによる試合上の警告を受けている、金髪と黒髪の2人のキャット選手達。
2人ともトップレスでTバックという悩殺度抜群のコスチュームで、観客を大いに喜ばせている。
だがグローブはコンパクトサイズだし、ヘッドギアも着けてないので、試合がショーとはいえリアル・ファイトである事は明白だ。
金髪の選手の名はドロシー・グラント。
本業はモデルだがまだまだ安定した収入もなく、バイトとしてキャット・ショーに出演している。
グラマーな肢体と誘惑的な容貌が自慢らしいが、モデルにしてはどこか個性に欠け、ありふれた美人という印象である。
その対戦相手である黒髪の選手の名はフェイ・ヴァレンタイン。
こちらも負けず劣らずのグラマーな肢体と魅惑的な美貌を兼ね備え、特に切れ長で輝く瞳が印象的な東洋系美女だ。
だが魅力的な第一印象とは裏腹に、彼女の職業は賞金稼ぎ。
そして今回がキャット・デビュー戦となる記念すべき一戦である。
だが彼女は、現在リングに立っている自分にいささか後悔していた。
(あーあ、やっぱ、やめときゃよかったかな・・・・)
彼女がここに至った経緯には、ささやかな理由があった。
フェイ・ヴァレンタインの趣味はギャンブルだ。
たいして勝率も高くないのに、賞金稼ぎで稼いだギャラをほとんどギャンブルに注ぎ込んでは負けている。
カジノへ出かけようとすると、仲間達からは「またカジノ預金か?」などと、ひやかされる日々。
今日は賞金首を捕えた賞金を受け取りに行く日だった。
仲間達を代表して受け取りに行ったフェイは、賞金を受け取るとその足でカジノへ出かけた。
そして、仲間の分け前も含めた賞金そのものを、全部使い込んでしまったのだ。
取り返しのつかない事態になってから、奔放・自適がポリシーの彼女もさすがに頭を抱えた。
なんとか仲間の分け前だけは至急調達しなければ、何を言われるか分からない。
サラ金・質屋などで借金などという手に頼るには、フェイ自身に返済するゆとりと自信がない。
そこで思いついたのが、キャット・ショーのギャラ&チップによる収入だった。
ショーとして行うキャットファイトは店の評判に関わる為、一流クラブともなると出演選手に支払われるギャラも高い。
美人選手ほどギャラ交渉は有利に働き、怪我も伴うリアル・ファイトをOKすればさらにギャラはアップする。
今回の賞金は大して高額でもなかったので、キャット・ショーのギャラで十分まかなえる金額だ。
幸いにフェイの容姿は自他共に認める『いい女』だし、格闘術も賞金首相手に普段から慣らしているのでOKである。
もしかしてエッチな衣装を着なければならないかもしれないが、この際は我慢しよう。
そう考えた彼女は、近くの超一流クラブがあるカジノ衛星まで出向き、飛び入り参加できる様に自分を売り込んだ。
そのクラブの支配人は彼女の売り込みに乗せられて、即日試合と試合後の即金払いを約束してくれた。
金銭条件に満足した彼女は契約書にサインし、あとは試合をするだけだった。
ところが、試合間近になって衣装に着替えようとしたフェイは、衝撃的事実に仰天した。
このクラブのファイト・コスチュームは、どんな試合の時もすべて『トップレスでTバック』だったのだ。
ある程度のエッチな衣装は覚悟していた彼女だが、これは予想外だった。
もっとも、これは契約書に書いてあった補足事項だったので、読みそこなったフェイが悪いのだが・・・・。
リング上の2人のトップレス選手に客達の視線が集中し、拍手とひやかしの声援で、会場内は沸き返っている。
自分の魅力に相応の自惚れのあるフェイではあるが、ここまであからさまに見世物になると少々気が滅入る様だ。
(あーあ、やっぱ、やめときゃよかったかな・・・・)
内心で溜息のフェイに比べ、対戦相手のドロシーは闘志満々だった。
その理由は、フェイが自分より多数の客の視線を惹きつけている様だったからである。
裸同然の女性2人が同じ舞台に立っていれば、見比べられるのは当然のこと。
グラマラスな肢体は互角だが、フェイの美貌には人目を惹きつけて離さない印象的な魅力があった。
まるで自分がフェイの引き立て役の様に感じられて、モデルとして女として、ドロシーの自信とプライドは酷く傷ついた。
フェイを睨みつけるドロシーの瞳には、憎しみすらこもっていた。
やがてレフェリーの警告がすんで、両者がコーナーでゴングを待つ事になった。
「ねえ、あなた」
コーナーへ戻ろうしたフェイをドロシーが呼び止めた。
不審気に振り向いたフェイに、わざとらしく笑顔を湛えたドロシーが豊かな胸を震わせながら近づいてくる。
彼女の真正面に立ったドロシーは、肢体同士が触れ合いそうなほどにフェイに接近してきた。
「な、なによ?」
訳の分からないフェイに、いきなりドロシーは自慢の巨乳を突き出して、胸一杯で彼女を突き飛ばした。
一瞬、2人の乳と乳が重なり合って、ドロシーの乳がフェイの乳肉を押し潰して跳ね飛ばす。
「あんっ」
いきなり胸で突き飛ばされた拍子に、のけぞってバランスを崩したフェイはマットに尻餅をついてしまう。
尻餅をついたまま相手を見上げた彼女を、さも哀れむ様に見つめるドロシーが余裕ぶって微笑む。
「ウフッ、可哀想に。貧乳って気の毒ね」
そんな侮蔑の言葉を残し、モンローばりの腰つきで自分のコーナーへ戻っていくドロシー。
彼女の演じた乳対決のデモンストレーションは客に気に入られた様で、彼女に拍手や口笛が巻き起こる。
愛想よく声援に応えているドロシーを睨みながら、フェイはゆっくりと立ち上がった。
(・・・なによ、アタシの乳よりアンタの乳の方が立派だって言いたいワケ?このアタシを小馬鹿にしてるワケ?)
不覚にも乳負けした屈辱と、一部始終を観客に見られた恥ずかしさで、フェイの瞳に剣呑な光が灯り始めた。
(面白いじゃないのさ。アンタのお上品ぶった余裕ヅラ、ボッコボコにしてやるっ!)
『カーンッ!!』
1R開始のゴングが鳴った。
コーナーから飛び出してきた両者が、ファイティングポーズをとってリング中央で向き合う。
(・・・おや?)
相手のファイティング・ポーズを見て、フェイはすぐに違和感を感じ取った。
相手の構えに、以外と隙がない。
ガードも脇が締まっているし、スタンスにも無理がない。
キャット・ショーにプロの格闘家は出演させない、とフェイは聞き及んでいた。
(という事は、シェイプも兼ねてボクササイズでもやっている娘かしら?)
相手がただの売れないモデルではない事に感づいたのは、実戦慣れしているフェイだからこそだ。
(とはいえ、試合はたったの3R。スタミナの心配なんて要らないし、最初ッから飛ばすわよ)
自分から積極的に打って出たフェイだったが、次の瞬間。
『バシッ』
ドロシーの左ジャブがフェイの右頬を捕えた。
あっさりとオープニングヒットを許してしまったフェイに、ドロシーの左ジャブが立て続けに放たれる。
『バシッ、バシッ』
さらに二発ほどパンチを浴びたフェイは、すぐ間を取って態勢を整えた。
その彼女を深追いしない、場慣れした感じのドロシーの様子に、フェイは自分の直感が正しかった事を知った。
(やっぱり慣れてる・・・こりゃ、ちょっとナメらんないみたいね・・・)
次にフェイは、左ジャブをかわす為に相手の右へ回り込みながら、ドロシーの懐へ入ろうと図った。
だが、即座に体の向きを変えて対応するドロシーの左ジャブにさらされ、浅く数発貰っただけで下がるしかなかった。
(・・・うるさい左だわね)
そう思った矢先、今度はドロシーが前進してきた。
左を数発打った後に、右ストレートが飛んできた。
『バシィンッ』
不意をつかれたフェイは、ジャブでガードを崩された後の右ストレートを貰ってしまった。
慌てて大振りのフックで反撃したが、バックステップで難なくかわされてしまう。
追うフェイをジャブで牽制するドロシー。
左ジャブを嫌ったフェイが追うのをやめると、またドロシーが打って出てくる。
(んもうっ!こんな巨乳バカになんで手間どるのよっ!)
さして気の長い方ではないフェイに、徐々に苛立ちがこみ上げてきた。
ドロシーの闘い方は簡単明瞭だ。
左ジャブで相手の出鼻をくじきつつ距離を測り、充分に体重をのせた右ストレートを必中させてくる。
戦法自体も、『打っては離れる』を繰り返す、ヒット・アンド・ウェイと呼ばれるものだ。
彼女が実践しているのは、ボクシングのイロハとも言えるオーソドックスなファイトにすぎない。
しかしボクシングに詳しい訳ではないフェイに、そんな事が分かる筈もない。
だが、ボクシング経験者と未経験者が戦えば、経験者の方が有利なの事ぐらい彼女にも分かる。
このままドロシーのペースで試合を運ばれると、フェイの不利は目に見えていた。
(・・・だったら、それなりの闘い方でやるまでよ!)
三度めの特攻をかけるフェイは、ガードを固めてドロシーに向かって突進した。
当然、ドロシーは左ジャブの連打でフェイを牽制するが、ガードをしっかりと固めたフェイは構わず突っ込む。
ガードの隙からパンチを浴びながらも、彼女は強引にドロシーの懐に飛び込む事に成功した。
すかさず左右のフックで連打を浴びせるフェイ。
『ビシッ、バシッ、バシッ、バシィンッ』
何発ものパンチを浴びて、ドロシーもたまらず後退する。
(・・・・いけそうね!)
不慣れなボクシングマッチながら、フェイはこの闘いの活路を見出した。
(間合いを取らせると不利なら、懐に入って勝負よ。アイツの幼稚なテクニックなんか、手数で相殺してやるわ)
そう考えたフェイであった。
が、ドロシーも相手が喧嘩慣れした実戦派である事をうすうす感じた様だ。
それほど上手くもないフットワークを使いながら、本格的に距離を取り始めた。
(そうはさせるか!)
ドロシーの意図を敏感に察したフェイが、果敢に突撃する。
接近戦を狙って突進するフェイと、距離をとって闘おうとするドロシーの攻防が始まった。
フェイが懐に潜り込みかけると、ドロシーも回り込みながら連打で彼女を打ち据え、しっかり対応してくる。
『ビシッ、バシッ』
めげずに突撃するフェイだが、さらに回り込むドロシーの連打が彼女を突き放す。
『バシッ、バシッ、バシィンッ』
ポジショニングに手間取るフェイが打たれ続けるシーンが増えてきた。
徐々に焦りが出てくるフェイだが、自分の間合いに出来ない限り、得意の打ち合いに持ち込めない。
ある程度はダメージ覚悟で、突撃あるのみである。
打たれても打たれても果敢に挑戦するフェイに、運命の女神も少しはチャンスを恵んでくれた。
幾度目かのフェイの突撃をかわそうとしたドロシーは、いつしかコーナー近くに自分が追い込まれていた事に驚いた。
このドロシーの失策には、理由がある。
四角いリングの中で相手に捕まらない為には、コーナーやロープ際に詰まらない方がいいというのがセオリーだ。
その為に柔軟な運動性を追及した技術・方法論がフットワークというものだ。
そのフットワーク技術が未熟な彼女は、リングの中をまるく使い切れていなかったのである。
(ようやくチャンス到来ね!)
ここぞとばかりに、フェイが体当たり同然の勢いで突進し、あせるドロシーをコーナー角に押し付けた。
『バシッ、ビシッ、バシッ、ビシッ、バシィンッ』
これまでの鬱憤を晴らす様に、フェイの連打がドロシーをコーナーに釘付けにする。
フェイの猛攻にさらされて、必死にブロックを試みるドロシーだが、何発もの力強いパンチを浴びて浮き足立っている。
『カァーンッ』
ここで1R終了のゴングが鳴り、レフェリーが2人の間に割って入った。
「あ、ちょっとアンタ」
コーナーに戻ろうとしたドロシーを、フェイが呼び止めた。
振り返るドロシーに、悪戯っぽい表情を浮かべたフェイが接近する。
(さっきのお返しよ!!)
そうつぶやいたフェイは、乳を突き出す様に構えると、ドロシーの豊かな乳めがけて胸一杯で体当たりした。
一瞬、2人の乳と乳が重なり合って、今度はフェイの乳がドロシーの乳肉を押し潰して跳ね飛ばす。
「アァンッ!!」
お返しの乳攻撃に突き飛ばされたドロシーは、妙に艶めいた声をあげながらマットに仰向けに倒れてしまった。
試合前の乳攻撃のお返しを済ませたフェイは、衝突の余韻に震える胸を突き出しながら、観客に自分をアピールする。
『ウオオ〜ッ?!』
やられたらやり返すというフェイの強気の行動に、観客達も喝采して彼女に声援を送った。
観客の声援に愛想良く応えたフェイは、口からマウスピースを取り出しつつ、冷めた視線でドロシーを見下した。
「アタシが貧乳ならアンタは何?そうねえ、ダメな乳って事で、駄乳ってどう?」
その侮辱に、サッと顔色が変わり、彼女を睨むドロシー。
「それとも腐った乳って意味で、腐乳でもいいわよ?」
さらに嘲笑ってドロシーを挑発するフェイである。
その挑発に反応したか、怒りに頬を染めたドロシーが、マウスピースを吐き出して立ち上がった。
「・・・・フンッ、マグレでアタシに乳勝ちしたのがそんなに嬉しくって?可愛いものね」
嫌味を返すドロシーが、フェイに歩み寄る。
「ふふん。乳負けしたのがそんなに悔しいの?顔色悪いわよぉ」
言い返すフェイも、ドロシーへ歩み寄っていく。
ドロシーはフェイに向かって、ブルンッと乳を揺らせながら、挑戦的に胸を突き出した。
その様子で彼女の意図を察したフェイも、ぷるんっと乳を弾ませつつ、胸を突き出す。
ドロシーの乳とフェイの乳が、豊満度を主張し合って擦り合わされ、相手の乳肉を押し潰し合い始めた。
互いの弾力の衝突に圧迫されてハミ出した豊かな乳肉が、互いの胸と胸の間で盛り上がっていく。
ドロシーは自分の乳の豊満度を相手に認めさせようとする様に、微妙に上半身を左右に揺すりつつ押しつけてくる。
レズ趣味などフェイだが、乳同士で競い合う内に伝わる弾力や重量感は、奇妙に興奮する感触だった。
(・・・あんっ・・・)
そっと心の中で溜息を漏らしたフェイだが、ドロシーに負けてはいられない。
自分でも上半身を軽く揺すって、自分の乳肉をドロシーへ押しつけ返す。
そのフェイの乳にドロシーもやや感じている様で、目を細めてどこか気持ちよさげだ。
互いに内心では乳同士の接触に少し感じながら、相手への対抗意識で気を取り直した。
鼻の頭がくっつく程の距離で顔を見合わせている2人は、改めて舌戦の口火を切る。
「アタシに無様に打たれまくったサンドバック女の癖に。あんまり調子に乗らない方が身の為よ?」
「よく言うわねぇ。そっちこそアタシが怖くて、散々逃げ回ってただけの癖にさぁ」
「あら、言ってくれるじゃない。だったら次のラウンドは、お望み通り打ち合ってさしあげるわ。覚悟なさいね」
「あら怖い。モデルさんって、恫喝もお上手な・の・ねっ!」
言うが早いか、フェイは思い切り胸を反らして、力一杯にドロシーを突き放した。
「やっぱり、大した乳じゃないわね。せめてボクシングではアタシを楽しませてよね、お姉サン?」
嫌味ったらしく捨て台詞を残すと、さっさと自分のコーナーへ戻るフェイであった。
・・・自分の背中に突き刺さる、ドロシーの殺気めいた視線を感じながら。
『カーンッ!!』
2R開始のゴングが鳴る。
同時にコーナーから飛び出したドロシーが、余裕ぶってコーナーを後にしたフェイに突進してきた。
(ふふっ、あの駄乳バカ、誘いに乗ってくれたみたい)
怒りの表情も露わなドロシーの様子に、内心でほくそ笑むフェイである。
彼女にとって1R終了後の舌戦は、半分は憎らしい相手への仕返しで、半分は計算した挑発でもあった。
1Rを闘った限りでは、距離を置かれるとドロシーの有利は素人目にも明らかだ。
そこで挑発し怒らせる事で、ドロシーのペースを少しでも狂わせようという作戦だったのだ。
・・・だがこの作戦は、功を奏しつつも、フェイの予想を超える攻勢を呼び込む事になった。
まだコーナー付近にいたフェイに、怒りの表情も露わなドロシーの激しい連打が始まった。
もちろん、これを予期していたフェイはしっかりとガードを固めてブロックする。
(・・・さぁて、どう料理してやろうかな)
ドロシーの連打の嵐が止むのを待って、反撃のチャンスを伺うフェイなのだが・・・・。
ドロシーの連打が、なかなか止まろうとしない。
ガードに遮られても構わず、ひたすらパンチを繰り出し続けてくる彼女の攻撃に、フェイの腕が段々痺れてきた。
(ちょ、ちょっとぉ、調子に乗んないでよ!)
焦れたフェイが反撃しようとしてガードが開いた瞬間。
『バシッ、ビシッ、バシッ』
ガードを潜り抜けたドロシーの強烈なパンチが、立て続けにフェイの顔面に炸裂した。
慌てて顔面にガードを固めようとしたフェイだが、ドロシーはそれを待っていたらしい。
今度は隙の出来たボディに、痛烈な一撃を入れてくる。
ボディを固めれば顔面に、顔面をガードすればボディに、上下のコンビネーションが素人のフェイを翻弄する。
1R終了後の挑発に怒ったドロシーが、これほど強引かつ的確に攻めてくるとは、フェイにとって大誤算だった。
(このままじゃ、この女の攻撃に呑まれて、ジリ貧に負けちゃうじゃないのっ!そうはいくかっ!)
そう決断したフェイも、防御一辺倒を諦め、ダメージ覚悟でパンチを繰り出し始めた。
『バシッ、ビシッ、バシィッ』
ドロシーの隙をついて、フェイの繰り出した連打が彼女を捉える。
これで1Rの時なら回り込んで逃げるはずのドロシーだが、当然と言うべきか、今回は下がらない。
『バキィッ』
渾身の力を込めたドロシーの右ストレートがフェイに炸裂した。
一瞬、目の前が暗くなった様に感じたほどの強烈な一撃を浴びて、フェイがよろめく。
どうやらドロシーは、力ずくでフェイを叩きのめそうというつもりらしいが、それはフェイも望む所だ。
(・・・このぉっ!)
『バキィッ』
負けじと繰り出したフェイの渾身の右フックに、ドロシーもぐらつく。
慌ててドロシーは体勢を立て直し、フェイも息を整えて彼女を待ち構える。
互いに相手を威圧する様に睨みつけたのも束の間、再び2人の連打が唸りを上げた。
『バシッ、バシッ』
『ビシッ、バスッ』
『バシッ、ビシッ』
『バキッ、ドスッ』
どちらかが少しでも手数を減らせば、相手の勢いに呑まれてしまうだろう。
上下の打ち分けの巧みなドロシーと、喧嘩慣れした鋭い打ち返しのフェイは、実力伯仲の様だった。
(こんな女に負けてたまるもんかっ!)
互いにそんな気持ちで気力を振り絞っている様子の2人のラフファイトに、観客もエキサイトしていく。
特にドロシーは、ガードする手間も惜しむ様にひたすらパンチを浴びせてきて、フェイに息つく暇も与えない。
わかっていても、彼女の連打の勢いに呑まれそうなフェイであった。
(・・・くそっ・・・・こいつ、手強い!)
互いの殴打が激しく交錯し合う中、心の中でフェイが愚痴った。
テクニック不足を補う為、ラフファイトの展開に持ち込んだ所までは彼女の狙い通りだ。
フェイの予想では、いくらボクシング慣れしてても所詮はモデル、楽に打ち勝てる相手の筈だったのだ。
だがドロシーは、フェイの魅力への嫉妬と反発から、彼女を見返したい暗い情熱に燃えている。
おまけに、舌戦と乳対決でフェイに嘲笑された怒りが、彼女から実力以上の力を引き出しているらしい。
フェイの猛反撃にも怯まないドロシーの迫力に、さすがのフェイも少々気圧され気味だった。
『バキィンッ』
突如、フェイの目の前を火花が散り、ツーンとキナ臭い匂いが鼻に立ち込めた気がした。
ドロシーの渾身の右ストレートが、フェイの顔面をクリーンヒットしたのだ。
足元が頼りなく感じられ、気を抜くと膝がガクガクしそうだ。
(・・・くっ、マズった・・・ちょっと効いたかも・・・)
傍目にも効いて見えるフェイに、ドロシーの攻撃が殺到する。
顔に、腹に、胸に、ドロシーのパンチが降り注いで、フェイを蹂躙する。
明らかに自分の優勢を確信したドロシーは、あわよくばKO勝ちを狙っている様だ。
なんとかこの場を凌ぎたいフェイは、距離を置こうとして、膝がくじけそうになるのに愕然とした。
(ヤバっ!足がワラになってるじゃないっ・・)
動きの鈍いフェイに、ドロシーの連打がさらに火を噴く。
『バシッ、バシッ、ドスッ』
思うように動けずに打たれる事が情けないフェイは、自分自身に無性に腹が立ってきた。
と同時に、自分をまるで撲殺するかの様に蹂躙するドロシーが、心底本気で憎らしくなってくる。
(・・・なめるんじゃあないわよっ!)
闘争心に火がついたフェイは、パンチを浴びながらも無我無中で反撃した。
『バキッ、ドシッ』
フェイのダメージを確信して油断していたドロシーに、フェイの出した左右のフックがクリーンヒットした。
フェイの放った2連発にぐらつくドロシーの表情は、フェイの粘り強さや打たれ強さに驚きを隠せない様子だ。
だがそれはそのまま逆上の怒りに変わり、フェイに向かって真正面から突っ込んで来た。
一方のフェイも、頭に血が上っているだけに、無謀にも自分からドロシーへ立ち向かう。
2人が同時にモーションに入り、繰り出した右ストレート同士が交錯する。
『バキイッ!』
ドロシーの右はフェイの右頬をかすめて外れ、フェイの右はドロシーの顔面にクリーンヒットした。
フェイが知る由もないが、偶然決まったカウンター技術『ライトクロスカウンター』であった。
そのダメージにヨロヨロと後ずさったドロシーは、膝から崩れそうになってロープにもたれかかる。
(チャンスっ!!)
今度はフェイが、ドロシーを蹂躙する番だった。
『バシッ、ビシッ、バキッ、ドスッ』
ドロシーの顔面といわず、ボディといわず、雨あられとパンチを降り注いでいく。
たまらず、ドロシーがフェイにクリンチしてきた。
両腕をしっかりホールドしてしまったドロシーに、身動きを取れなくされてしまったフェイ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
間近に顔を見合わせながら、互いの激しい息遣いがやけにハッキリ聞こえた。
抱き合う様にして相手を観察し合い、お互いにかなりの疲労と体力の消耗を見て取った両者だった。
『カァーンッ』
ここで2R終了のゴングが鳴った。
レフェリーが、2人にコーナーへ戻る様、指示する。
レフェリーに急かされたドロシーはクリンチを外すと、わざとフェイを突き飛ばした。
いきなり突き飛ばされたフェイは、バランスを崩して派手に尻餅をついてしまう。
その様子をいい気味だと言わんばかりに嘲笑って見下したドロシーは、自分のコーナーへ戻ろうとした。
(!!・・・今のはワザとやったなぁ!)
トサカにきたフェイは膝立ちに起き上がると、コーナーへ戻りかけていたドロシーの腰にしがみついて引きずり倒した。
引きずり倒されて派手に尻餅をついてしまったドロシーがフェイを睨み、フェイも彼女を睨み返す。
睨み合う2人は、互いに口からマウスピースを吐き出して、罵り合い始めた。
「調子に乗らないでくれるっ!まともに勝負できないのっ?」
「まともな勝負が出来ないのはそっちじゃないっ!ろくにフットワークも使えない癖にっ!」
「だからなにさっ!乳が邪魔で動きのとろいアンタぐらい、叩きのめすのはワケないのよっ!」
「フンッ!アタシの事をとやかく言う前に、自分こそその目障りな乳をどうにかしなさいよっ!」
いきなり、ドロシーがフェイの乳めがけてパンチを放った。
ドロシーのパンチがその豊満な乳肉に食い込んで、フェイも思わず顔を歪ませる。
「!!・・・痛ぁ・・・このぉっ!」
今度はフェイが、お返しのパンチをドロシーの乳肉へと食い込ませる。
しかも食い込ませただけでなく、グリグリとパンチを捻って乳を虐めるフェイの攻撃に、今度はドロシーが顔を歪ませる。
「!!・・・やったわねっ!」
ドロシーがフェイに飛びかかり、2人は折り重なるように倒れこむと、取っ組み合いを始めてしまった。
ボクシングを逸脱した2人の乱闘に、場内に喚声と野次があがって騒然となる。
『オオーッ』
『いいぞー!やれやれっ!』
『どっちも負けるなー!』
そんな野次を浴びながら、抱き合う様に激しく転がる2人は、上になり下になりしながら、そのままリングから転がり落ちてしまった。
些細なきっかけから始まった2人の乱闘を近くで見物しようと、観客達が我先にとリングサイドに殺到してくる。
たちまち、フェイとドロシーを取り囲んで、人垣の輪が出来上がった。
その輪の中で、罵詈雑言を浴びせ合って取っ組み合う2人の女たち。
「このっ!生意気なのよっ!」
すっかり逆上しているドロシーがフェイを押し倒して、ボディに膝蹴りを入れる。
腹を押さえて苦しむフェイの顔面に、さらに嬉々として何発もパンチを打ち下ろす。
だが同じく逆上しているフェイも、やられっぱなしでは終わらない。
ドロシーを押し倒し返すと、ボディにエルボーを深々と入れて逆襲開始だ。
「いい事、してあげるよっ!」
ドロシーの両足首を脇に挟んだフェイは、淫靡な笑みを浮かべて、ドロシーの股間めがけて思い切り電気アンマをかけた。
「いやあぁぁぁぁんっ!」
体をもがいて、嫌がり悶えるドロシーの艶っぽい悲鳴に、客達はさらに熱狂していく。
『がんばれ、金髪ねえちゃん!』
『いいぞ、黒髪娘!』
いつのまにか客達は、フェイ派とドロシー派に別れて声援し合っている様だ。
だがそれも、リングサイド付近で2人の乱闘ぶりを観戦できる者達の盛り上がりであった。
その他大勢は、リングから降りて闘っている2人の様子がよく見えないのだ。
『バカヤローッ!何がどうなっているんだ!』
『俺にも見せろーッ』
2人の闘いを見ようとして、リングサイドに詰め掛けてくる客達の人数が、ドンドン膨れ上がっていく。
フェイとドロシーを取り巻く人垣の輪に割り込もうとする客達と、そうはさせまいとする客達との間で諍いが始まった。
もともとキャット・ショーですっかり興奮して、気が高ぶっている観客達である。
その諍いが、無関係の客達も巻き込んでの大規模な喧嘩騒ぎになるまで、大して時間はかからなかった。
あわてて事態の収拾に乗り出したクラブ関係者は、説得が無駄と分かると、大勢の警備員を投入して取り締まろうとした。
ところが、警備員達と喧嘩中の客達の間で新たな乱闘が始まり、事態はさらに悪化した。
喧嘩騒ぎはドンドン伝播して、会場内は収拾不能の大混乱に陥ってしまったのである。
・・・・・結局この試合は、会場の大混乱と喧騒の内に、うやむやに終わってしまった。
フェイ・ヴァレンタインの華麗なるキャット・デビュー戦は、無効試合として幕がおりた。
クラブの関係者に保護されながら大混乱の会場を抜け出して、控え室に戻ってきたフェイだった。
「まったくえらい騒ぎだよ。なんか、会場グチャグチャだったし。変な責任取らされる前に、ギャラもらってトンズラしようっと」
汗を洗い流そうと思い、彼女はバンテージをはずしながら、備え付けのシャワー室に入った。
ふと目についた鏡で、自分の顔をあらためて見る。
「あーあ、いい女が台無し・・・・」
試合直後の彼女の顔は、あちこちが痛々しく腫れあがっている。
おまけに口の中も切ったらしく、切れたところがチクチクするし、血特有の鉄分の味が口の中に広がって不快だ。
自分をこんな目に合わせてくれた、あのドロシーの事を思い出すと、あらためて怒りが涌いてくるフェイだった。
「まったく、ムカつくったらありゃしない。もうちょっとでアタシが勝ってたのにさ」
負けず嫌いのフェイは、うやむやになった試合の事を思い出して、つい愚痴をこぼした。
その時、ふとフェイは、控え室の入口で物音がした様に思った。
『バタンッ、バタッ、ガチャッ』
ドアの開け閉めと鍵のかかる音。
そして、シャワー室に現れたのはドロシーだった。
まだ試合着のトップレスでTバック姿のままであるのは、フェイと同じだ。
「さっきはよくもやってくれたわねっ・・・・決着をつけさせてもらうわよっ!!」
腫れた顔に憤怒の表情を浮かべたドロシーが、ゆっくりと身構えた。
その彼女の姿に、フェイも痛めつけられた怒りが再燃してくる。
「いい心掛けだわねえ・・・・じゃあ、最終ラウンドといこうじゃないっ!!」
フェイの宣言を合図に、ドロシーが跳びかかってきた。
フェイの髪を左手で鷲掴みにしたドロシーは、彼女を引き寄せると、右拳で股間を思いっきり殴打した。
『ドスッ』
「あうっ!」
股間に走る痛打に、思わず腰が引けて痛がるフェイを見て、ドロシーがサディスティックに微笑む。
「電気アンマの恨みっ!思い知れっ!!」
もう一度、髪を引っ張ってフェイを引き寄せると、さらに股間を殴打する。
『ドスッ』
よほど試合中の乱闘時に受けた電気アンマが応えたらしく、執拗な股間攻撃だ。
「くうっ!・・・・こ、このバカ女ぁっ!」
逆上した涙目のフェイも、ドロシーの髪を左手で鷲掴みにして、彼女を引き寄せた。
すかさず右拳を握りしめると、逆襲の股間殴打で対抗する。
『ドスッ、ドスッ』
「ハアンッ!アアンッ!」
股間殴打の2連発に、ドロシーも涙目になりつつ、腰砕け気味に痛がる。
だが。
「・・・・・んもうっ、ま、負けるもんかっ!!」
『ドスッ』
再びフェイの股間に殴打を決めるドロシーの涙目まじりの表情は、なにがなんでも負けたくない逆上した気迫に漲っている。
股間にくる衝撃に耐えながら、その気迫を感じたフェイだが、彼女も引き下がらない。
「・・・・こ、このぉ、負けないわよっ!!」
『ドスッ』
再度ドロシーの股間を殴打し返すフェイである。
交互に、交互に、相手の股間を殴打し合う2人の女達の応酬は、腰が引け、内股になり、ひざまずき、座り込むまで続いた。
股間を押さえ、紅潮した顔で熱い吐息を吐きながら、睨み合う2人。
その互いのTバックボトムの股間の辺りは、じわりとナニかで濡れ染まっている。
「・・・・なに濡らしてんのよっ、変態っ!」
「濡らしてんのはアンタの方よっ、淫乱っ!」
罵倒し合う内、先にブチ切れたドロシーがフェイを押し倒して、座りながらの電気アンマの体勢に入った。
「お前なんかイってしまえぇっ!」
そう叫んだドロシーが、力一杯フェイの股間を踏みしめる。
「あぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
股間に伝わる振動と衝撃で悶え苦しむフェイ、その瞳を溢れる涙は、辛いのか嬉しいのか。
「ほらほらっ、我慢したって辛いだけじゃないのっ?」
優勢を確信して彼女を嘲笑うドロシーに、フェイも土壇場の底力を見せた。
まだそんな力を残していたのかという勢いで、ドロシーが抱えていた両足の内、右足を引き抜いたのだ。
すかさずドロシーの左足を脇に挟むと、自分の右足をドロシーの股間に当てる。
「最後の勝負よっ!!」
そう宣言したフェイが、ドロシーの股間に当てた右足を渾身の力で踏みしめた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
ドロシーの悶える様な苦渋の声が響き渡る。
互いに相手の左足を脇に抱えつつ、右足でアンマ攻撃をかけ合っている体勢だ。
2人の気力と耐久力から見てどちらが勝つにしろ、これがラストバトルとなるのは間違いない。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっんっ!このぉぉぉぉんっ!」
「んもぉぉっ!はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
互いに体を小刻みに震わせて必死で欲情に耐え合っている、その艶姿。
一見、先にアンマ攻撃をかけられたフェイが不利だが、ドロシーもどうやらアンマ攻撃に弱いらしく、急激に高ぶっている様だ。
「ま、まだ、なのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!は、やくぅぅ、イってぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ア、アン、タがぁぁぁ、は、やくぅぅ、イってぇぇぇぇぇぇぇ!」
高ぶる欲情を必死に堪えながら、女の意地に賭けて負けられない、2匹の女豹の死闘であった。
そして、わずか10数秒後。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
一方が堪え切れずに達した事で、決着はついた。
フェイとドロシーの2人だけの最終ラウンドから、数時間後。
現在、居候を決め込んでいる宇宙間航行船に、フェイが戻ってきた。
彼女は試合のギャラを賞金のフリをして渡したが、仲間達は彼女の腫れた顔と疲れた様子に驚いている。
その腫れた顔を見れば、喧嘩でもしてきたのだろうぐらいは誰でも想像がつく。
興味津々の仲間達の質問攻めを適当にやり過ごして、フェイは何故か妙に歩きづらそうに部屋を出て行こうとする。
その様子はまるで股間を蹴られた男の様に、どこか腰砕けな感じだ。
「喧嘩は、勝ったのか?」
最後にそう聞かれたフェイ・ヴァレンタインは、一瞬、表情を崩すと、何も言わずに自室に戻っていった。
後に残された仲間達は、先刻のフェイの表情が腫れのせいでよく分からなかった為、それぞれの意見を交わし合った。
果たしてアレは、『会心の笑みを浮かべた顔』だったのか、『悔しさに泣き崩れそうな顔』だったのか・・・・・。
THE END
あとがき
とりあえず完成しました。
主人公の女性は某アニメキャラを採用し、その対戦相手の女性は自分でキャラを創作しました。
一見、ボクシング小説のように思えて、実は・・・・という感じの小説を狙って書いたつもりです。
ここに書かれているボクシングのテクニックやルールなどは、妄想+何かの漫画の受け売りです。
本格的なボクシング小説を書かれている方には不快でしょうが、大目に見てください(汗)。
他の人が書く小説に比べると、ダラダラと長い駄文かもしれません。
言い訳させてもらえば、生まれて始めて書いた小説なので、ダメな所は今後の精進で補っていくつもりです。
れーはかせ |