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Club Desire[

 

 

Tactics

 

 

 

「拓也、昨日一緒にいた女性は誰?」

待ち合わせ場所に拓也が現れるなり、絵美は怒った顔で訊いた。

「昨日?あー、近藤か。高校のときの後輩だよ。何だよ、いきなり」

歩きながら、拓也が答えた。

「後輩?本当にそれだけ?」

「そうだよ、別になんともないよ!俺には絵美ちゃんだけ!」

 

実はこの10日ほどの間に、美穂子と拓也は3回も会っていた。

はじめに美穂子が「相談したい事がある」と言って拓也を呼び出すと、高校時代に美穂子に淡い恋心を抱いていた拓也は、二つ返事で応じたのだった。

美穂子も美穂子で、わざと絵美の行動範囲で拓也に会うことにしていたのだった。

 

「ちょっと、携帯貸して!」

絵美は拓也から携帯電話を取り上げると、履歴のチェックを始めた。

「ミホ、ミホ、ミホ、ミホ・・・どういうこと?」

絵美はみるみる険しい顔になると、凄い剣幕で拓也に詰め寄った。

 

 

「せんぱーい!」

拓也と絵美が会うことを知っていた美穂子は、手を振りながら近づいてきた。

 

「先輩どうしたんですか?」

二人の険悪な雰囲気に、美穂子はわざとらしく聞いた。

「絵美、こいつだよ!高校の後輩の近藤・・」

拓也は何食わぬ顔で、絵美に美穂子を紹介した。

「はじめまして、近藤と言います。先輩の彼女ですか?」

美穂子は頭をちょこんと下げると、絵美に微笑みかけた。

ところが・・・

 

「このドロボウ猫!」

 パシン

絵美は、いきなり美穂子の頬を引っ叩いた。

「いきなりなによ!」

 パシン

美穂子もお返しに、絵美の頬を引っ叩いた。

 

「ちょ、ちょっと待てよ二人とも・・・」

拓也は慌てて二人の間に割って入り美穂子に言い訳をすると、絵美を引きずるように繁華街に消えていった。

 

 

 

翌日・・・

美穂子が駅前で待ち伏せていると、予想どおり絵美が通りかかった。

「ねえ、ちょっと」

「あ、あんた・・・」

美穂子が呼びとめると、絵美は直ぐにすごい剣幕になった。

「こんなとこで昨日みたいな真似はしないでよ!」

絵美を睨みながら、美穂子は折り畳んだ紙を手渡した。

「なによ・・・」

「女同士の決着の付け方を教えてあげる!そこにFAXして!」

戸惑いながらも睨み続ける絵美にFAX用紙を押し付けると、美穂子は繁華街に消えていった。

 

 

 

 

「美穂子ちゃんからFAXきたわよ!」

真粧美が声を掛けると、由美子とゆう子が近づいてきた。

「佳奈の思惑通りね・・・」

あゆみの名前が書いてあるのを確かめると、由美子はゆう子に用紙を渡した。

「この斉藤絵美って誰?」

ゆう子は誰とは無しに問い掛けた。

 

「斉藤絵美も着てるわよ!」

すると佳奈が、FAX用紙を手にやってきた。

「美穂子ちゃんに彼氏を寝取られたって書いてあるけど・・・」

「美穂子ちゃんは、街中でいきなり引っ叩かれたって言ってるわよ!」

「あゆみちゃんからは?」

「まだみたい・・・」

「じゃあ先に、美穂子ちゃんとこの斉藤絵美って娘で・・・」

 

 

 

 

「ねえ、本当に何をやっても良いの?」

控室で短パンとタンクトップに着替えた絵美は、佳奈に訊いた。

「思う存分やって結構ですよ!」

(なんかおかしい?)

佳奈は答えながらも、頭の隅に引っ掛かるものを感じていた。

「絶対に泣かしてやる!

 コテンパンにやっつけて、土下座して謝ってもらうんだから・・・」

「でも、相手の女性も同じように怒ってるんじゃないかしら・・」

(この娘の勘違いじゃないのかなぁ?)

佳奈には美穂子が他人の恋人を横取りするとは、どうしても信じられないのであった。

(あゆみちゃんなら、やりかねないけど!)

佳奈は心の中でくすっと笑うと、絵美に声を掛けた。

「準備は良い?」

 

 

 

「美穂子ちゃん、準備は良い?」

濃紺のボクサーショーツにシンクレットタイプのホールターを着けた、一見、女子格闘家みたいな格好に着替えた美穂子に、ゆう子は声を掛けた。

「OKよ!」

美穂子はさりげなくゆう子の顔を覗うと、とってつけたようにゆう子に訊いた。

 

「ゆう子さん、あゆみのヤツ、何か言ってきた?」

「そうそう、美穂子ちゃんに訊こうと思ってたんだ・・

 なんであの用紙にあゆみちゃんの名前なんかを書いたの?」

ゆう子は何食わぬ顔で美穂子に訊き返した。

「アイツ、理恵先生とやったんでしょ?」

「なんでそんな事・・」

「それで負けたもんだから、裕美さんに仕返しをしてもらったんでしょ?」

「誰がそんな事を・・・」

「アイツのこと見損なったわ・・・

 ゆう子さん、アイツからFAX着たら、みんなの前でやるやつにして!

 『公開処刑』とか言うやつ・・・」

「そんな事より、今日のこと考えたら・・・さあ、行きましょう!」

ゆう子は内心ほくそ笑むと、美穂子を促してリングへ向かった。

 

 

 

 

 カン

 

いつものように、ゴングが静かに鳴った。

美穂子は勢い良く飛び出すと、絵美の胸めがけてドロップキック。

 

 ボコッ

「あうっ・・」

美穂子の脚がEカップに突き刺さると、その勢いで吹っ飛ばされた絵美は胸を押さえたままコーナーポストに叩き付けられた。

早くも泣き出しそうな表情の絵美。

美穂子は追い討ちをかけるように、コーナーポストに寄り掛って座り込む絵美の胸をめがけて、もう一発ドロップキックを放った。

 

 ボコッ

「あうっ・・」

再びコーナーポストに叩きつけられると、絵美は呻き声を上げながら崩れ落ちた。

美穂子は素早く立ち上ると、絵美が横たわるコーナーまで走り寄って、両手でトップロープを掴んだ。

 

 ドスッ ドスッ ドスッ・・

美穂子は何かに取憑かれたかのように、絵美にストンピングを何発も入れた。

「あっ、あっ、あっ、あっ・・・」

美穂子の脚が突き刺さる度に、芋虫のように身をくねらせる絵美。

 ドスッ ドスッ ドスッ・・

「あっ、あっ、あっ・・・・・・・・」

ロープで身体を支えながらのフットスタンプ気味のストンピングに、暫くすると絵美はぐったりと動かなくなった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

(最初からちょっと飛ばし過ぎたかな?)

美穂子は膝に手を当てて、荒い息が治まるのを待った。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・」

意識が有るのか無いのか、絵美も荒い息遣いで横たわっている。

 

呼吸が落ち着いた美穂子は、屈み込んで絵美の足首を掴むと、そのままリング中央まで引き摺っていった。

(確かこうやって・・・)

美穂子は絵美に背を向けるような格好で絵美の左脚を掴んで跨ると、そのまま回り込むように倒れ込んで足四の字を極めた。

 

「きゃぁぁぁぁっ、あぁぁぁぁぁぁっ・・・・」

絵美の悲鳴がリング上に響き渡った。

「よくも先輩の前で恥をかかせてくれたわね・・・」

(このまま受身を取ったら、凄く効くんだっけ・・・)

 バシン

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ・・・」

美穂子が後ろ受身のように身体を倒してマットを叩くと、絵美の悲鳴が高まった。

 バシン バシン バシン・・

「ぎゃぁぁっ、あぁぁぁっ、きゃぁぁぁぁっ・・」

美穂子が何度もマットを叩くと、絵美の悲鳴は絶叫へと変っていった。

何度もマットを叩いた美穂子の手も、少し痺れてきた。

 

(確かこれでも・・)

「そりゃっ!」

美穂子は上半身を起こして斜め後ろに両手をつけると、今度は腰を持ち上げた。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・・」

あまりの痛さに絶叫しながら、当てもなく両腕を振りながらもがき始める絵美。

「それっ!えいっ!えいっ!・・・」

「あぁぁぁっ、きゃぁぁぁっ、あぁぁぁぁぁっ・・」

美穂子が何度もお尻を持ち上げると、頭を抱えたり、両手を激しく廻したりと必死になって痛みに耐え続ける絵美。

 

「あんたが降参しても止めないよ!気が済むまでやらせてもらうからね!」

美穂子が腰を持ち上げながら言い放った時、めちゃくちゃにもがき暴れる絵美の勢いに、二人の身体は裏返しになってしまった。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁっ・・・」

体勢が入れ替わっても四の字を掛けられている絵美の痛みは和らがない。

絵美は大きな悲鳴を上げながら、マットをバンバンと叩きながら必死に痛みを堪えている。

 

「きゃぁぁぁぁぁっ・・あぁぁぁぁぁっ・・・」

しかし掛けている方の美穂子は、事情が違った。

突然襲った脚への痛みに狼狽えながら、ぎゅっと目を瞑り、両手で絵美の脚をしっかり掴んだまま必死に耐えている。

 

「あぁぁぁぁぁぁっ・・・」

「きゃぁぁぁぁぁぁっ・・・」

リング上に響きわたる美穂子と絵美の悲鳴。

四の字固めがひっくり返ったままで膠着状態になると、リングの下では佳奈とゆう子が互いに目を合わせて頷き合った。

 

「エミちゃん逃げて!」

佳奈の叫びが聞こえたのか聞こえないのか、絵美はめちゃくちゃに暴れるように藻掻き始めた。

 

「ミホちゃんロープロープ・・」

 

「あぁぁぁぁぁっ・・・」

ゆう子の声に目を開いた美穂子は、涙で霞む向こうにぼんやりとロープを認めると、必死に手を伸ばした。

 

(届かない・・よーしっ!・・・)

「あぁぁぁぁぁぁっ・・・」

美穂子は悲鳴を上げながら、ロープに向かって這いずりだした。

 

(もう少しで・・)

締め上げられる脚の痛みに加えて、擦り切れそうな肘の痛みを我慢しながら、美穂子が必死に這いずると、二人の身体は徐々にロープへと近づいて行った。

 

 

指先がロープに触れると、美穂子は最後の力を振り絞ってロープを掴んだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

うつ伏せのままで両手を伸ばしてぶら下がるようにロープに掴まる美穂子。

美穂子の顔は、汗と涙でぐしゃぐしゃに濡れている。

 

「こんのやろぉ!」

美穂子は叫びながら、ロープを使って身体を返した。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・」

再び四の字固めの体勢に戻ると、絵美の悲鳴が高まった。

美穂子はセカンドロープを掴んで、ロープの反動を利用しながら身体を揺さぶり始めた。

「きゃぁぁぁぁぁっ・・あぁぁぁぁぁぁっ・・」

 

 

いくら技を掛けているとはいえ、美穂子の脚も痺れ始めていた。

(私の脚もそろそろ・・・)

美穂子は四の字を外すと、脚を擦りながら立ち上った。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・」

漸く絶叫がおさまった絵美は、脚を押さえて倒れたままで荒い息をついている。

 

「このやろー!」

 ドスッ

「あぁぁぁっ・・」

 

美穂子がストンピングを入れると、絵美は蹴られた太股を押さえながら逃げるように転がった。

 

「このぉ!このぉ!」

 ドスッ ドスッ

「あうっ、あうっ・・」

 

芋虫の様に身をくねらせて逃げる絵美に、美穂子は何発もストンピングを入れた。

 

 ドスッ ドスッ ドスッ・・

「あっ、あうっ、あうっ・・」

 

絵美をロープ際まで追い詰めた美穂子は、ロープを掴んで身体を支えながら、何度も何度も執拗にストンピングを入れた。

 

 ドスッ ドスッ ドスッ・・

「あっ、あうっ、あうっ・・・きゃぁぁぁぁっ」

 

美穂子のストンピングに耐えきれず、絵美はとうとうリングから落ちてしまった。

 

「うぅぅぅぅぅっ・・」

絵美はリング下で蹲ったまま、苦しそうな呻き声を上げている。

すると美穂子が、ロープをくぐってエプロンに立った。

 

「そーれ!」

美穂子は掛け声をかけると、絵美の背中めがけて飛び降りた。

 

 ドスン

「ぐゎぁぁぁぁぁっ・・・」

 

いくら美穂子がスマートだとはいえ、いくら蹲った背中で受けたとはいえ、リング上からのフットスタンプに、絵美は断末魔のような悲鳴を上げながら背中を押さえてのた打ち回った。

「あぐぁっ、あぐぁっ・・・」

 

美穂子は、のた打ち回る絵美を尻目に、再びエプロンへ上った。

 

「美穂子ちゃん、ストップストップ・・」

「美穂子ちゃん待って!」

美穂子が再びフットスタンプをやろうと構えると、慌てた様子で佳奈とゆう子が叫びながら飛んできた。

 

「美穂子ちゃん、何をやっても良いけどリング内でやって!

 リング下だとカメラが追えないから・・・」

(これでお腹にでも入ったら内臓が破裂しちゃう・・)

打撲傷や骨折ならいざ知らず、内臓破裂ともなるとちょっとやそっとでは誤魔化せない事を心配したゆう子は、今にも飛び降りようとする美穂子を制すると、リングの中に入るように促した。

 

「絵美ちゃん大丈夫?」

激痛が去ったのかぐったりと動かない絵美に、佳奈が心配そうに声を掛けた。

すると絵美は、薄らと目を開けて僅かに頷いた。

「まだやれる?」

佳奈は絵美を助け起こしながら訊いた。

「くっそー!」

涙を一杯に溜めた絵美は、憎しみと怒りが入り混じった目で美穂子を睨みつけた。

 

「本当に大丈夫?まだやるの?」

「ちょっと油断しただけ・・あのオンナ、絶対にぶっ殺す!」

佳奈が心配そうに訊くと、絵美は怒りに満ちた目で答えながらゆっくりとエプロンに上がった。

 

リング中央で腕組しながら見ていた美穂子は、絵美がロープに掴まりながらエプロンに上ってくると、素早くロープ際まで歩み寄った。

 

「入ってきて!」

美穂子はトップロープとセカンドロープの間から腕を伸ばすと、絵美の髪を掴んで引っ張った。

 

ところが・・・

「テメー、コノヤロー!」

絵美は叫びながら、美穂子のお腹に頭突きをかました。

美穂子が一瞬怯むと、絵美はするりとリングに入ってきた。

 

「あっ・・」

美穂子は慌てて絵美の髪を掴んだ。

 

「コノヤロー!」

「きゃぁ・・」

絵美はタックルするように美穂子にしがみ付くと、そのままの勢いで美穂子を押し倒して馬乗りになった。

 

「拓也に会ってもアンタだって判らないようにしてやる!」

絵美は絞り出すように言うと、握り締めた拳を振り上げた。

「きゃっ、あっ・・」

慌てた美穂子は身体を丸めるようにすると、絵美の背中に膝を叩きこんだ。

 

 ドスッ

「きゃぁ・・」

美穂子の力強い蹴りに、絵美はつんのめるように倒れると、顔面をマットに強か打ちつけた。

「・・・・・・・・」

絵美は、両手で顔を押さえて声にならない悲鳴を上げながら、うつ伏せの状態でバタバタとマットを蹴って苦しんでいる。

素早く起き上がった美穂子は、絵美の背中を跨ぐように立つと、中指を突き出すように握り締めた拳で絵美の脇腹を両側から殴りつけた。

 

「あっ・・」

絵美は反射的に殴られた左右の脇腹を両手で押さえた。

すると美穂子は、すかさず絵美の背中に座り込んで、立てた両膝に絵美の両肩を引っ掛けた。

 

「あぁぁぁっ・・」

美穂子のキャメルクラッチに、絵美の口から悲鳴が漏れた。

すると美穂子は、絵美の髪を掴んで後ろに引っ張った。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・」

「ギブは?」

「ノー!あぁぁぁっ・・」

絵美が髪と腰の痛みに耐えていると、美穂子は左腕を絵美の顎に引っ掛け、後ろに仰け反りながら再び訊いた。

「ギブは?」

「あぁぁぁぁぁっ・・いやぁぁぁぁぁっ・・」

涙をボロボロ零しながら、それでも絵美は美穂子の攻撃を必死に耐えた。

 

「ちくしょう・・」

5分近く攻め続けても降参しない絵美に業を煮やした美穂子は、絵美の身体を解き放つとゆっくり立ちあがった。

絵美は腰を押さえて嗚咽を堪えながら、うつ伏せで倒れている。

 

「起きて!」

美穂子は絵美の髪を鷲掴みにすると、無理矢理引き摺り起こした。

 

 

 『ロープに振って戻ってきた所に掛けると、見た目にも派手だし

  お客さんにもうけるんだけど、普通の娘がロープに振られても

  戻って来れる訳がないから、そのときは・・・』

 

美穂子はチェリー照美から教わった通りに、フラフラの状態で立ち上がった絵美の両肩を掴むと、左脚でお腹に膝蹴りを入れた。

 ドスッ

「うっ・・」

美穂子の目論見通りに絵美がお腹を押さえて前屈みになると、美穂子は自分の左脚を絵美の左脚に引っ掛けて、するっと後ろにまわり込んだ。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁっ・・」

コブラツイストが綺麗に極まると、絵美の絶叫が再びリング上に響き渡った。

 

「ギブは?ギブは?・・・」

美穂子は身体を乱暴に揺さぶりながら、何度も絵美に訊いた。

 

「ノー!あぁぁぁぁぁっ・・」

絵美はボロボロと涙を零しながらも、身体中がバラバラになりそうな痛みに必死に耐えた。

 

「ギブは?」

「あぁぁぁぁっ・・」

「ほらぁギブは?」

「いやぁぁぁぁぁっ・・」

必死に締め上げる美穂子と、これを必死に耐える絵美。

リング上には、美穂子の荒い息と降参を促す叫び、絵美の悲鳴と絶叫、そして二人の身体から飛び散る汗とが充満した。

 

 

「ほらぁ!ギブは?」

美穂子は渾身の力を込めて絵美を締め上げた。

「あぁぁぁぁぁぁぁっ・・(こ、こんなヤツに・・)」

絵美の絶叫が高まった。

「ギブは?(ちゃんと極まってるのに・・)」

そろそろ疲れの見え始めた美穂子は、焦ったように訊いた。

「ノー・・あぁぁぁぁっ・・

 (痛い、痛い・・身体中がバラバラになっちゃう・・)」

コブラツイストを掛けられて、不自然な格好で全身に力を込めて痛さを必死に耐え続ける絵美の身体が小刻みに震え始めた。

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁっ・・」

必死に耐え続ける絵美の膝が、突然力が抜けたようにガクンと折れた。

「きゃぁ・・」

絵美の身体が前のめりになると、美穂子の身体が覆い被さるように圧し掛かった。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ・・ギブ、ギブ・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・」

コブラツイストを掛けられたままで前向きに倒れた拍子に、美穂子の腕が絵美の顔をフェイスロック気味に締め上げると、絵美は泣き叫びながら降参の意思表示をした。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

漸くコブラツイストを解いた美穂子は、膝に手を当てて荒い息を静めながら、不自然な格好でうつ伏せに倒れたままの絵美を見下ろした。

リングサイドでは、佳奈とゆう子が息を潜めて事の成り行きを見守っている。

 

(ゆう子さん達が上がってこないって事は・・・)

「ふーっ!」

美穂子は大きく息を吐くと、うつ伏せで倒れたままの絵美の太股に乗った。

 

「あっ・・いやっ・・」

完全に力尽きたのか、絵美は小さな声を上げただけで抵抗しようとすらしない。

美穂子は軽く屈んで絵美の両方の爪先を掴むと、絵美の足の甲を自分の左右の脛にそれぞれ内側から引っ掛けた。

「あんっ・・いやっ、いやっ、やめて・・」

絵美は両手をもぞもぞと動かしながら、か細い悲鳴を上げた。

「あんたが降参しても止めないって言ったでしょ!それっ!」

美穂子は絵美の両手首を掴むと、そのままお尻から倒れ込んだ。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ・・いやぁぁぁぁぁぁっ・・」

仰向けで身体を持ち上げられると、再び絵美の絶叫が響いた。

美穂子は一瞬不適な笑みを浮かべると、ぎゅっと目を閉じて全身に力を込めた。

「あぁぁぁぁぁっ・・やめてえええっ・・」

腰を中心に全身に痛みが走ると、絵美は頭を振りながら泣き叫んだ。

「いやぁぁぁぁぁぁっ・・やめてええええっ・・」

絵美がどんなに泣き叫んでも、美穂子は吊り天井を解く気配は見せない。

「あぁぁぁぁぁっ・・おねがい・・やめてえええええっ・・」

 

「美穂子ちゃん、ストップストップ・・」

「美穂子ちゃん!止めて!お終い・・」

佳奈とゆう子が口々に叫びながらリングに上がってきた時、美穂子は下腹部に水を掛けられたような感触に襲われた。

 

「きゃぁっ・・いやぁぁぁっ・・・」

目を開けた美穂子は、絵美のトランクスから液体が滴り落ちるのを目にすると、悲鳴を上げながら絵美の身体を解放した。

 

 

 

「今日の美穂子ちゃん、鬼気迫るものがあったわね・・」

シャワー室で懸命に身体を洗う美穂子にゆう子が声を掛けた。

「ちょっとやり過ぎたかな・・」

全身にシャワーを掛けながら、美穂子がボソッと呟いた。

 

「でもリングに上がった途端・・

 アイツの顔があゆみのヤツとダブって見えちゃったから・・」

美穂子が言い訳するように言うと、ゆう子は満足そうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「ちょっと先輩、あれ・・・」

「聖和のバカ娘が、またやってるの?」

ミニパトのハンドルを握る若い婦警が反対側の歩道を指差すと、助手席に座る婦警は呆れたように言った。

「聖和のバカ娘もそうですけど、相手の娘に見覚えありませんか?」

「どれどれ・・」

「相手の娘、この前もあの辺で揉め事を起してませんでした?」

「工業の不良娘と揉めてた旭ヶ丘の娘?・・・その先でUターンして!」

助手席に座る婦警は赤色灯のスウィッチを入れると、運転席に座る若い婦警に指示した。

 

 

「・・・私が西園寺ひとみって判ってて言ってんの?」

「聖和のアダモちゃんを知らない娘は、この辺には居ないわよ!」

真っ黒に日焼けした顔に派手な化粧の、所謂『山姥ギャル』ファッションでいきがるひとみをあざ笑うかのように、あゆみは平然と言った。

「そんな大口たたいて、どうなるか判ってんでしょうね!」

 

《あゆみ、パトカーが来る!》

長い髪に隠したイヤピースから、裕美の慌てた声が聞こえた。

「ドンムー!」

あゆみがブラジャーに隠したマイクに向かってボソッと言うと、駆寄ろうとした裕美と理恵は立ち止まった。

「てめえ、なに訳のわかんないこと言ってんだよ!」

「何すんだよ!」

ひとみがあゆみの胸倉を掴むと、あゆみもわざとらしくひとみの腕を掴んだ。

 

「あんた達、何やってんの!」

ひとみの斜め後ろに止まったミニパトから降りてきた婦警は、二人の間に割り込むと、あゆみとひとみを引き離した。

 

 

「あなた、この前も工業高校の娘と揉めてたよね!」

目を細めて睨みつけるような顔のあゆみに、若い婦警が語気を荒げて訊いた。

「ごめんなさい・・・

 わたし近眼だから、直ぐに『カン飛ばした』ってからまれるんです・・」

あゆみはニコっと笑うと、胸のポケットから素通しの眼鏡を取り出した。

「じゃあなんで眼鏡掛けないの?」

「今日、コンタクト忘れちゃって・・・

 だって眼鏡かけない方が可愛いでしょ?」

若い婦警に向かってペロっと舌を出すあゆみ。

「今度から気を付けなさいよ!」

あゆみは婦警から放免されると、さっさと商店街の中へ消えていった。

 

 

 

 

「・・はい、はい、誠に申し訳ありません・・・・ふぅー!」

電話に向かってペコペコと頭を下げていた真粧美は、受話器を置くと大きなため息を吐いた。

「どうしたの?」

佳奈はFAX用紙を手に、真粧美のデスクに近づいてきた。

「また1人降りちゃった・・カンカンに怒って・・・」

真粧美はスポンサーが怒りの電話を掛けてきたことを佳奈に告げた。

「そう・・それより、あゆみちゃんからFAX着たわよ」

「美穂子ちゃんの名前、書いてある?」

「書いてあるけど、もう一人、西園寺ひとみって娘の名前もあるわよ」

「さいおんじ?」

(西園寺、西園寺・・どっかで聞いたことあるような・・・)

真粧美は、何処で聞いた名前なのか必死に思い出そうとしてた。

 

 

「みんなぁ、要らないファイルは消してって言ってるでしょ!」

サーバのチェックをしていたゆう子が誰とは無しに言った。

「まったくもう・・」

ぶつぶつ言いながらチェックを続けるゆう子の手が止まった。

(あれ?)

ゆう子が見ている前で、表示されているファイルの位置が入れ替わった。

「誰かZ−63のファイル見てた?」

「見てないよ」

「パソコン触ってないよ」

真粧美と佳奈が訝しそうな顔で返事をした。

 

(あれ?まただ・・・)

ゆう子の見ている前で、またもやファイルの位置が入れ替わった。

 

(西園寺、西園寺・・・)

「あっ・・」

何かを思い出したように、真粧美が声を上げた。

 

 ハッ

ゆう子の顔が、突然青ざめた。

「みんな、パソコン直ぐ止めて!」

「どうしたの?」

「いいから早く!誰かがサーバに侵入してる!」

ゆう子が怒鳴ると、真粧美と佳奈は慌ててパソコンを止め始めた。

 

 

 

「あれれ?」

「どうしたの?」

あゆみが素頓狂な声を上げると、美穂子が横から訊いた。

「切れちゃった・・」

「切れたって?」

「向こうのサーバ、シャットダウンしたみたい・・・」

コマンドを打ちこんでいたあゆみは、首を傾げながら言った。

 

 

 

「二人とも座って!」

佳奈とゆう子に向かってソファーを指差すと、真粧美は部屋の隅にある金庫を開けて分厚いファイルを取り出した。

「それスポンサーのリストじゃない・・私達に見せても良いの?」

今まで真粧美以外は触れる事すら許されなかったファイルを見て、佳奈が心配そうな声を上げるのを無視するかのように、真粧美は中から5枚抜き出した。

「大学学長の白河進一、元外交官の高橋雄一郎、会社重役の渡辺剛志・・

 この3人はここ半年の間に降りたスポンサーよ」

真粧美が3枚をテーブルに並べると、佳奈は何かを思い出そうと真剣な顔つきになった。

「そしてこれが、いま電話を掛けてきた県知事の斉藤健一」

「あっ!」

「あっ!」

ようやく気づいた佳奈とゆう子は、二人揃って大きな声を上げた。

「偶然の一致だと思う?」

真粧美がテーブルにのせた最後の一枚には『教育評論家、西園寺孝太郎』と記されてあった。

「じゃあ、さっきのハッカーは・・・」

ゆう子が口にしたとき、FAXがカタカタと音を立て始めた。

いち早く気を取り直した真粧美は、さっと立ち上るとFAXの前に行った。

そして怒ったような表情で用紙を破り取ると、無言で佳奈に差し出した。

 

「うそっ・・」

自分の名前が書いてある裕美からのFAXに、佳奈は絶句した。

 

「あゆみと美穂子、あの二人には徹底的に遣り合って貰おうじゃない!」

暫くすると、真粧美は静かに言った。

「大怪我しても構わない・・できるわよね?」

真粧美の言葉に無言で頷くゆう子。

「佳奈、あなた・・」

「大丈夫、事前に手を打っておくわ・・・」

佳奈は真粧美の言葉を遮ると、自身たっぷりに頷いた。

 

 

 

To be continued

 

 





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