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Club DesireZ

 

 

 

Practics

 

 

 

「そうゆうことだったの・・・」

あゆみの説明を聞いて、裕美がつぶやいた。

 

「あゆみちゃん、ごめんね。痛かったでしょ?」

「それより理恵さん、私のパンチって、本当に効かなかったの?」

「そんなことないわよ、あの晩、痛くて眠れなかったくらいだから・・・」

「なんで佳奈さん、あんなこと言ったんだろう?」

 

「そうだ忘れてた。はいこれっ、ファイトマネーだって」

裕美は、思い出したように、あゆみと美穂子に茶封筒を渡した。

「すっごーい!」

「いいんですか?こんなの貰っちゃって・・・」

嬉しそうなあゆみとは対照的に、心配げな表情の美穂子。

 

「そんな事よりさあ・・・」

あゆみはDesireのサーバに侵入して、もう一度、自分と美穂子の対決を見たいというリクエストが多数あったことと、そのために佳奈たちが画策した形跡があることをみんなに説明した。

 

「やられたわね・・・」

「まんまと嵌められたわね・・」

裕美と理恵が口々に呟いた。

「ひどい!そんな事の為に、私の大事な人たちを・・・絶対許さない!」

美穂子は怒りにわなわなと震えながら、何かを決心したような表情をした。

 

 

翌朝、東の空が白ずんできた頃、裕美のリッターカーは高速道路を東京へ向けて走っていた。

「ひろみぃ、こんなに早くからどこ行くの?」

後部座席から、眠そうな声であゆみが訊いた。

「東京!」

真剣な眼差しでハンドルを握り締めている裕美は、ぶっきらぼうに答えた。

「えーっ、東京?言ってくれれば、うちからステーションワゴン乗ってきたのに・・・」

後部座席で、美穂子と共に脚を縮めて窮屈そうに座っているあゆみは、うんざりした声を出した。

「なんで登坂車線に入るのよ!」

次々と追い抜いては裕美の車の直前に割り込んでくる車に、助手席で足を踏ん張って恐怖と闘っていた理恵は、峠の上り坂に差し掛かると、とうとう堪りかねて怒鳴るように悲鳴をあげた。

「うるさいわねぇ!4人も乗ってるからスピードが出ないのよ!」

マネキン人形のように微動だにしない裕美は、顔を強張らせたまま怒ったように言い返した。

 

「ねえ、こんなに朝早くから東京に行ってどうするの?」

峠を越えてやっと走行車線に戻ると、後ろからあゆみが訊いた。

「この前、水をぶっかけた娘・・・ほらっ、外語大に通ってる娘、あの娘と闘ってちょっと怖くなったって言うか心配なことがあるから・・・だから練習!」

「でも、なんで東京まで行くの?」

 

1時間後、裕美の車は小さな町工場が密集する区域を走っていた。

「理恵、この住所って、この辺りだよね?」

裕美は赤信号で止まると、折りたたんだ紙片を理恵に渡した。

「急に言わないでよ!・・っと、その先を右に曲がって!」

慌てて地図を取り出すと、理恵は指を指して答えた。

 

「あっ、ここ、ここ!」

理恵が言うと、裕美は倉庫のような建物の駐車場に車を入れた。

4人が車から降りると、少し離れた広場で準備体操をしていた15・6歳位の少女達が、一斉にこちらを向いた。

「何かご用でしょうか?」

赤いジャージを着た少女が走って来て、裕美たちに声をかけた。

「桜田さんと約束してあるんですけど・・・」

裕美が答えると、少女の後から歩いてきた20歳位の女性が裕美に声をかけた。

「笠原様ですね?」

こっくりと頷く裕美。

「社長がお待ちかねです。ユキ、応接室までご案内して!」

その女性は、赤いジャージを着た少女に命じた。

 

「ねえ、今の女性、どっかで見たこと無い?」

ユキと呼ばれた少女の後についていきながら、あゆみは美穂子に訊いた。

「やっぱり!私もどこかで見たことあるような気がしたんだ。誰だっけ?」

美穂子も首を傾げながら考えていた。

 

応接室で待っていると、ユキがお盆に麦茶をのせて入ってきた。

そして全員に配り出て行くと、入れ替わりに20代前半の女性が入ってきた。

「裕美ちゃん、よく来たわね。久しぶり!」

照美が裕美に声をかけた。

「えっ、この女性・・・」

「うそぉ!」

裕美以外の3人は、驚きを隠せないでいる。

応接室に入ってきたのは、元世界チャンピオンで昨年独立してインディーズ団体を立ち上げ、今でもリングに上がる女性社長、女子プロレスラーのチェリー照美であった。

「照美さん、お久しぶり!何年ぶりかしら?」

「裕美ちゃんが最後に見に来てくれたのは、初防衛の時だから、3年ぶりね!」

「ねえ裕美、なんでチェリー照美と知り合いなの?」

目を丸くしたままで、理恵が訊いた。

「むかし・・・中学校の頃まで、一緒に練習してたの」

「一緒に練習?あんたいったい何やってたの?」

「あれっ、私が柔道やってたの知らなかったっけ?」

「裕美、柔道やってたの?」

あゆみも目を丸くしたまま訊いた。

「あっ・・ひどーい!私を気絶させたの、柔道の技だったの?」

あゆみは、頬をプーっと膨らませた。

 

「じゃあ、改めて紹介するね。皆も知ってるとおり、チェリー照美。

 本当の名前は、桜田照美さん」

「よろしく!」

照美は裕美に紹介されると、理恵たちに向かって微笑ながら頭を下げた。

「この娘が荒井理恵。大学時代の同級生で、今は県立高校の先生」

「こっちが山田あゆみ。うちの高校の生徒」

裕美があゆみを紹介すると、照美が口をはさんだ。

「ねえ、たしか3年位前にインターハイに出なかった?」

「えっ!」

驚きの表情のあゆみ。

「で、隣の娘は近藤美穂子さんでしょ?」

「私たちのこと知ってるの?」

美穂子も驚いた表情で訊いた。

「私たちプロは、素質が有りそうな娘をちゃんとチェックしてるのよ!」

「でも柔道や空手ならともかく、私たちは陸上ですよ!」

「そんなこと関係ないわよ!

 プロ野球のピッチャーから有名なプロレスラーになった人もいるでしょ!」

照美は当たり前のような顔をして言った。

「そう、その娘が近藤美穂子ちゃん。今は大学1年生」

気を取り直した裕美も、少し驚いた表情のままで美穂子を紹介した。

「ねえ、裕美ちゃん。山田さんをうちの高校のって・・・」

「この娘、頭悪いから留年した・・」

 バシッ

「なんてこと言うのよ!留年じゃなくて留学!1年間アメリカに行ってたの!」

あゆみは裕美の頭を引っ叩くと、照美の向かって慌てて訂正をした。

「ところで裕美ちゃん、お願いってなあに?」

裕美は真剣な表情になると、Desireで闘うようになった経緯を話し出した。

 

「・・・だから、私達に技のよけ方とか・・・

 できればプロレスの技なんかも教えて欲しいの・・」

話し終えた裕美は、目に涙を溜めていた。

「裕美ちゃん、まだ泣き虫さんは直ってないの?」

真剣な表情で聞いていた照美は、にっこりしながら言った。

「裕美って泣き虫だったの?」

あゆみも表情を緩めると、からかうように言った。

「うるさいわねぇ!」

涙を拭いながら、裕美が言い返した。

「でも、よけ方って言ってもねぇ・・・」

照美は、困ったような顔をして言葉をとめた。

「やっぱり駄目?」

心配そうな表情で、裕美が問い返した。

「そうじゃなくて・・・私達は、技を受けてナンボの商売だから・・・」

「あんな技、みんな本当に受けてるんですか?」

美穂子が訊いた。

「そうよ!だって避けちゃったら、技をかけた娘が怪我するし・・・

 それに全部避けてたら、見ていて面白くないでしょ!」

照美は平然と答えた。

「痛くないの?」

「そりゃあ痛いわよ。だからそのために、毎日身体を鍛えてるんですから」

あゆみの問いに、照美が答えた。

 

「ちょっと洋子を応接室まで寄越して!」

しばらく思案していた照美は、突然立ち上がると、インターホンで言った。

「失礼します」

洋子と呼ばれた少女が、応接室に入ってきた。

「あんた確か空手やってたんだよね?」

「はい!」

「空手って、突きとか蹴りとか避けるんでしょ?」

「だって、食らったらそれで一本ですから・・」

「じゃあ今日はこっちに付き合ってもらうね。百合には私から言っておくから」

「さっきの女性、パンサー百合よ!」

「そうか!どっかで見たことあると思ったけど・・・」

あゆみと美穂子が、ひそひそと囁き合っていた。

 

「じゃあ早速始める?って言ってもその格好じゃあ・・・」

「あゆみ、車の中から黒いバッグを持ってきて!」

裕美に言われるまま、あゆみはバッグを持って戻ってきた。

「何が入ってるの?」

「みんなの着替え」

裕美のバッグの中には、みんなの名前が書いてある小さな袋が4つ入っていた。

あゆみが小袋を開けると、スポーツタオルに包まれた着替えが出てきた。

「準備はしてきたみたいね。洋子、みんなを更衣室に案内して!」

 

「裕美さん、黒帯持ってるんですか?」

先に着替え終わった美穂子が訊いた。

「持ってるわよ!高校のときに二段までとったの!みんな、準備はいい?」

着替え終わった裕美は、みんなに声を掛けると扉に向かった。

 

「さーてとっ、準備は整ったみたいね」

裕美たちが道場に入ってくると、照美が言った。

「なにをやるんですか?」

ちょっぴり緊張気味のあゆみが訊いた。

「午前中は受身の練習。それだったら、裕美ちゃんでも教えられるよね?」

黙って頷く裕美。

「午前中はこっちも練習しなきゃならないから・・時々、様子を見に来るね!」

そう言うと、照美はリングの方へ向かって行った。

「ここ、硬いわね・・・まっ、いっか!」

床をどんどんと踏んだ裕美が言った。

「じゃあ、初めは後ろ受身ね!見てて!いい?」

真っ直ぐに立った裕美は、膝を曲げながら両腕をすーっと前に上げたかと思うと、両足で床を蹴り上げながら顎を引いた。

 バシン

「背中から倒れる時は、お臍のあたりを見るつもりで顎を引いて・・・」

 バシン

再び裕美が受け身を取った。

「わかった?じゃあやってみて・・・」

 バシン、バシン・・

裕美に促されて、みんないっせいに受身の練習を始めた。

 

「・・98、99、100!オーケー、じゃあ次は・・・」

「ちょっと待ってよ!」

「どうしたの?」

「手がビリビリ痺れちゃって・・・」

理恵が両手をさすりながら裕美に言った。

「わたしも・・・それに、これって倒れ方の練習でしょ?

 倒される前に避ける練習した方が良いんじゃない?」

あゆみも裕美に抗議した。

「外語大の娘と闘ったとき、その娘どうなったと思う?

 白目むいて気絶しちゃったのよ!」

「どうして?」

「裏投げでマットに叩きつけたら、頭をモロに打ったみたいで・・・」

「そりゃあ裕美が黒帯持ってるからでしょ?」

 

「どうしたの?」

裕美たちが練習を中断していると、照美が近づいてきた。

受身のいかに必要な物だかをどうやったら理恵たちに判ってもらえるか、裕美が相談すると照美はにっこり微笑んだ。

「百聞は一見にしかず!やってみれば判るわよ!」

そしてあゆみの腕を取ると、素早く抱え上げてボディスラム。

 バシン

「あうっ・・・・」

目をぎゅっと瞑り苦しげな表情で、腰を高く持ち上げ背中を押さえるあゆみ。

「あゆみちゃん!」「あゆみ!」

裕美たちは慌ててあゆみを助け起こした。

叩きつけられた衝撃で、一瞬、息が詰まったあゆみは、やっとのことで立ち上ると照美の方に向き直った。

「いきなり卑怯ですよ!

 それにプロの技なんかに耐えられる訳無いじゃないですか!」

あゆみは泣きそうな顔で照美に抗議した。

「そお?でも相手がプロだろうが何だろうが、倒されたり投げられた時は

 受身をとらなきゃ、自分が怪我するのよ」

「あゆみちゃん、今、受身とらなかったでしょ?

 しっかり受身を取っていれば、そこまでならなかったんじゃない?」

「なによ、偉そうに・・・」

あゆみは目に涙を浮かべて裕美を睨んだ。

「裕美ちゃんの言う通りよ!」

照美はニヤっと笑うと、突然、裕美の髪の毛を掴んであゆみたちとの間隔を空けるように引っ張った。

「えっ、うそっ、やだっ・・・」

裕美は必死に逃げようと試みたが後の祭。

照美に軽々と抱え上げられると、あゆみと同じようにボディスラムでマットに叩きつけられてしまった。

「きゃっ」

 バシン

「照美さーん・・」

裕美は起きあがると、拗ねたような顔で照美の顔を見た。

叩きつけられた直後に自力で立ちあがった裕美を、理恵と美穂子は驚いた顔で見つめている。

「ほらっ、裕美ちゃんは受身をとったから山田さんみたいにならないでしょ?

 山田さんは上から落としただけだけど、裕美ちゃんはマットに叩きつけのよ」

あゆみたちは改めて受身の効果を思い知ったように、裕美と照美をかわるがわる見た。

 

「テレビで見てると、プロの人達もあゆみ程じゃないけど痛がってますよね?

 あれって大袈裟にゼスチャーしてるんですか?」

美穂子が疑問を口にすると、照美はみんなをリングまで連れていった。

「裕美ちゃん、リングの上で受身とってみて!」

裕美は照美に促されるままリングに上がると、後ろ受身をとった。

 バッシーン

「うそっ、何これ・・Desireのリングと違う・・・」

「いつもより硬い?こっち来て!」

裕美が頷くと、照美はみんなをコーナーに連れて行き、ロープを解いてシートを捲った。

「ほらっ、マットの上に板を並べてるの・・だからいい音がするのよ」

「こんなとこであんなこと・・・」

「ちゃんと受身をとれば、ダメージもそんなに大きくないのよ!

 それよりも怖いのが、素人の娘が中途半端な格好で技を掛けた時・・・

 変な格好で投げられると、受身もとれないからね!」

「受身がどれだけ大切か、みんな判った?」

裕美が言うと、三人はまじめな顔で頷いた。

 

 

 

「ねえ、どうだった?やっぱりプロは違う?」

あゆみと洋子のスパーリングを横目で見ながら、裕美は理恵たちに訊いた。

「あの娘、まだ練習生なんでしょ?でも、全然歯が立たないよ!」

「技なんか、一つ一つがきっちり極るから、全然逃げられないんです・・・」

「裕美も覚悟しといた方がいいわよ!」

 

「あぁぁぁぁっ・・・ギブアップ、ギブアップ・・・」

洋子の足四の字に、あゆみはとうとうギブアップした。

 

「ありがとうございました!」

洋子はあゆみを助け起すと、深々とお辞儀をした。

あゆみもつられたように頭を下げると、脚を引き摺りながら降りてきた。

「次は裕美さんですね?」

「ユキ、いいよ!裕美ちゃんは私がやるから・・・」

洋子と交代したユキがリング上から声を掛けると、照美が横から口をはさんだ。

「練習生集合!裕美ちゃん、おいで・・・」

10人近い少女たちがリングの周りに集まると、照美はリング上から裕美に手招きをした。

突然の事に緊張で顔を強張らせた裕美は、ぎこちない足取りでリングに上がった。

「この娘はプロレスの練習したのは今日が始めてだけど、柔道は二段なの!

 みんなもさっきからこの娘達のスパーをチラチラ見てたから判るだろうけど、

 格闘技の基礎が有るのと無いのとでどれくらい違うか・・・

 みんな、よーく見とくのよ!」

「はい!」「はい!」「はい!」

集まってきた練習生たちは、真剣な表情でリング上を注目した。

「ほんとに照美さんとやるの?」

「裕美ちゃんと闘うの、何年振りかしら・・・」

「ちゃんと手加減してよ・・・」

「なに言ってるの、リングに上がったら真剣にやらないと怪我するのよ!」

「そんなぁ・・・」

 パシン

「あんたやる気があるの?」

突然、照美は裕美を引っ叩いた。

「そりゃぁあるわよ!だからわざわざ東京まで来て・・・」

裕美の顔つきが厳しくなった。

「じゃあ、さっき教えた事がどこまで判ってるか試させてもらうよ!」

照美が恐い顔つきで言うと、裕美は黙ったままで照美を睨みつけた。

「中学時代の屈辱を返してあげる!」

照美はぽつりと言うと、くるっと後ろを向いてコーナーに向かった。

 

照美は幼い頃からプロレスラーに憧れていた。

そして中学に入ると、夢を果たす手段の一つとして裕美が通っていた道場の門を叩いた。スポーツ万能で体力にも自信のあった照美は、柔道もメキメキと上達していった。

しかし、小学生のときから柔道をやっていた裕美にだけはどうしても勝つ事が出来なかったのだった。

 

(そうだ!照美さんには負けた事が無いんだ!)

照美の後姿を見ながら、裕美は昔のことを思い出していた。

(照美さんには負けた事が無い、照美さんには負けない・・・)

コーナーで振り返った照美が見ると、裕美の顔にも漸く闘志が沸いてきたのが判った。

(やっと火がついたか・・・)

「よーし、じゃあ始めるわよ!」

照美は言いながら、リング下のユキに向かって頷いた。

 

 カーン

 

ゴングが鳴ると、裕美はゆっくりとコーナーを離れた。

そしてリング中央で、左手を高く差し出して照美が来るのを待った。

照美もゆっくりとリング中央に向かうと、力比べに応じるかように、裕美が差し出した手に自分の手を慎重に合わせた。

「えいっ!」

照美の手が自分の手に触れた瞬間、裕美は一歩前に踏込むと、踵で照美の爪先を思いっきり踏んずけた。

「あっ、いてっ・・」

そして、一瞬怯んだ照美めがけてヘッドバッドを叩きこんだ。

「そーりゃっ!」

 ゴツン

「あうっ・・」

裕美の先制攻撃(先生攻撃?)に、照美は頭を押さえて尻餅をついてしまった。

「そりゃっ、そりゃっ・・」

 バシッ バシッ

足を投げ出すように座り込んだ照美の背中に蹴りを連発する裕美。

「あうっ」

 バシーン

裕美の蹴りに耐え切れなくなった照美は、とうとう仰向けにひっくり返ってしまった。

すると裕美は、素早く照美の脚を取ると四の字固めを極めた。

「えっ、うそっ・・・あぁぁぁぁぁっ・・・」

「照美さん、ギブアップ?」

裕美はマットをバンバン叩きながら照美に訊いた。

「だ、だれが・・・」

照美が上体を起こしながら言い返すと、裕美も両腕で身体を支えるように上体を起こした。

裕美は右腕を伸ばして照美の髪を掴むと、勢いをつけて手前に引き寄せた。

 ゴツン

「あうっ」

そのまま裕美は後ろ受身のように倒れ込むと、マットをばんばんと叩いた。

「こなっ、くそっ・・」

照美は無理矢理身体を返すと、ロープに向けて這いずり出した。

「あっ、くそっ・・・」

裕美は両手を突っ張るようにして身体を支えたが、照美の腕力に敵う筈も無く、ずるずるとロープ際まで引き摺られていった。

「ロープ!」

「くっそう!」

照美が叫ぶと同時に裕美は素早く起き上がると、今度は照美の背中にストンピングを連発。

 ドスッ ドスッ ドスッ・・

「うっ、あうっ、うっ・・・」

照美が背中を押さえながら身体を丸めると、裕美は照美の脚を持ってリング中央まで引き摺っていった。

 

「そーりゃっ!」

裕美は照美の両脚を両手でしっかり抱えると、照美の身体を返そうと力を入れた。

「くっ・・」

両手をマットにぴったりとつけて、返されまいと必死に堪える照美。

すると裕美は、照美の脇腹を蹴り始めた。

 バシッ バシッ バシッ・・・

「あっ、あっ・・あぁっ・・・」

裕美の不意打ちに一瞬力の抜けた照美は、くるっと身体を返されてしまった。

「ギブ?」

逆エビを極めた裕美は、腰を落しながら照美に訊いた。

「くっそぉ!そらっ!」

「きゃっ・・」

照美は両手をマットに付けると、一気に力を入れて裕美を弾き飛ばした。

そして腰を押さえながら立ち上がると、コーナーに向かって歩き出した。

 

「ちくしょぉ!」

裕美は素早く起き上がり、照美を追いかけてコーナーに向かった。

そして照美の左腕を掴むと、勢いをつけて対角コーナーに飛ばした。

 

 ドスッ

「あうっ」

照美がコーナー直前で身体の向きを入れ替えて背中からコーナーポストに当たると同時に、追いかけてきた裕美のジャンピングニ−パットが綺麗に入った。

堪らず照美は、コーナーポストに寄掛るように崩れ落ちた。

「そりゃっ、そりゃっ・・・」

 ドスッ ドスッ ドスッ

裕美のストンピングに、苦しげな表情でお腹を押さえる照美の動きが止まった。

すると裕美は、照美に背を向けてトップロープに登り始めた。

照美は目をぎゅっと閉じたままで、お腹を押さえて横たわっている。

 

「そーれっ!」

 ボコッ

「ぐぁ・・」

トップロープからのダイビングニードロップに、照美の身体が、一瞬、くの字に跳ね上がった。

「フォール!」

裕美は照美を抑え込むと叫んだ。

「くっそぉ・・・」

だが照美は、裕美を難無く跳ね飛ばしてしまった。

 

(効いてないの?)

裕美は素早く起き上がると、照美の後ろで膝立ちになり、腕を首に回した。

「がっ・・」

「そーりゃっ!」

裸締めががっちり極まると、裕美はリングにお尻をつけて、両脚を照美のお腹に絡ませて締め上げた。

「こなっ、くそっ・・」

裕美に胴締めスリーパーを極めさせたままで、照美はごろごろとマットの上を転がった。

「あっ、きゃっ・・」

慌てた裕美は飛び退くように胴締めスリーパーを解いて照美から離れると、起き上がろうとする照美めがけて横受身のようなエルボードロップ。

 ボコッ

「うっ」

照美の胸元にエルボーが突き刺さるや、裕美は押え込んで叫んだ。

「フォール!」

しかし照美は、覆い被さる裕美をものともせずに弾き飛ばした。

「こんのぉ!」

「きゃぁっ・・・」

裕美は素早く起き上がると、照美の髪を掴んで無理矢理引き摺り起こした。

そして照美の頭を脇の下にしっかり挟んで、その下の潜り込むように照美のスパッツを掴んだ。

「んー、んーー・・・」

照美の身体を持ち上げようと、裕美は全身に力を入れた。

裕美がブレンバスターを掛けようとしているのに気づいた照美は、それをあしらうかのように腰を落とした。

「んーー、んーーー・・・」

裕美も更に腰を落として渾身の力を振り絞った。

照美は腰を落としたままで、裕美のお腹に拳を叩き込んだ。

 ドスッ

「うっ・・」

裕美の身体から力が抜けた。

すると照美は軽々と裕美を持ち上げて、そのままブレンバスター。

 ズダン

「あうっ・・」

マットに叩きつけられた裕美は、お尻を持ち上げて苦しげな表情で腰を押さえている。

「フォール!」

照美は裕美に覆い被さると叫んだ。

 バタン

裕美が辛うじて右肩を上げると、照美は膝立ちになって裕美の身体をうつ伏せにした。

 

「あっ、嫌っ、嫌っ・・・きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・・」

照美が吊り天井を極めると、裕美の絶叫が道場中に響き渡った。

「ギブは?」

「ノーー・・あぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・・」

目に涙を溜めて頭を振りながら必死に耐える裕美。

 

「オーケー!」

 バタン

「あうっ」

照美が裕美の手を離すと、裕美の身体は正面からマットに叩きつけられた。

辛うじて受身を取った裕美は、うつ伏せのまま腰を押さえている。

すると照美は、裕美の背中に跨り脚を掴んで、今度は逆エビ。

「きゃぁぁぁぁぁっ・・・いたぁぁぁぁぁぁっ・・・・」

またしても裕美の絶叫が道場に響き渡った。

「ギブ?」

「ノーー、ノーーー・・・」

裕美は目に一杯涙を溜めながら、ロープに向けて肘で這いずり出した。

「裕美ギブは?」

「あぁぁぁぁっ、ノーー・・・」

照美に逆エビを極められたまま、裕美の身体がじわじわとロープに近づく。

 

「くそっ!」

照美は吐き捨てるように言うと、逆エビを解いて立ち上った。

「ほらっ、起きろ!」

「あんっ・・」

照美は裕美の髪を掴んで引き摺り起こすと、ダブルアームスープレックス。

「そーりゃっ!」

 ズダーン

そして、呻き声も上げられない裕美に覆い被さった。

 バタン

グロッキー状態の裕美は、それでも無意識のうちに右肩を上げて照美のフォールを遮った。

「オーケー!」

照美は立ち上ると、またもや裕美の髪を掴んで引き摺り起こした。

「そりゃっ!」

 ズッダーン

照美は裕美をフィッシャーマンスープレックスでマットに叩きつけると、裕美の上半身に軽く覆い被さった。

「フォール!」

 トン・・

照美は自らマットを叩いた。

苦しげな表情で、必死になって返そうとする裕美。

 トン・・

やっとの思いで脚をもぞもぞと動かす裕美には、既に肩を上げる力さえ残っていなかった。

 トン・・

 

 カンカンカン・・・

 

ユキがゴングを鳴らすと、照美は裕美を抱きかかえるように助け起こした。

 

 

 

「ねえ、身体中が痛くて運転が出来ないから誰か代わって」

裕美は鍵を指に引っ掛けて声を掛けた。

「私、オートマしか運転できないよ・・」

「わたしも・・」

理恵と美穂子が言うと、あゆみは裕美から鍵を受け取り運転席に座った。

 

「あゆみちゃん、スピード出し過ぎなんじゃない?」

高速道路の追い越し車線をビュンビュン飛ばすあゆみに、後部座席から裕美が心配そうな声で言った。

「大丈夫!」

「でも捕まらない?この辺、覆面パトがねずみやってるって聞いた事あるよ」

「私の免許、まだ国際免許のままだから、もしパトカーに捕まっても英語で

 捲し立てたらBearも切符切るの諦めるよ!」

「ベア?」

美穂子が不思議そうな顔で訊いた。

「ベアって言うのはお巡りさんを指すスラング・・・

 ほら、日本でもポリ公って言うでしょ!

 それに、私アメリカで捕まったとき、いつも日本語で逃げれたよ・・」

「ほんとう?」

「それよりDesireの方、どうしよっか?」

「そうねえ・・・」

「あんなビデオを送ってきたって事は、私とあゆみを闘わせたいんでしょ?」

「じゃあ美穂子、私の名前書いてFAXしたら?」

ハンドルを握ったままであゆみは平然と言った。

「もうあゆみとはやりたくないよ!」

「でも美穂子が反応しないと、向こうも変に思うんじゃない?

 それにやるとなったら、私にも何かアクションがある筈だし・・・」

登坂車線の標識が見えると、あゆみはギアを3速に入れた。

 ブォ、ブォーーーー

「あゆみちゃん、そんなにスピード出したら車が壊れちゃう・・」

突然エンジン音が高まると、裕美が心配そうに言った。

「ほら、登坂車線に入らなくても走れるジャン!」

「本当に大丈夫?車、壊れない?」

「大丈夫だよ!」

 

「あゆみちゃん、12月から私が担任になるのよ!」

「ヒッシーは?」

「ひっしー?」

「大竹先生の事よ、私が入学したときは菱田先生だったもん!」

「未だ皆には内緒だけど・・大竹先生、12月9日から産休に入るの!」

「ヒッシーに赤ちゃんが出来たんだ・・ねえ、産休っていつから取れるの?」

「産前産後14週間だけど・・・」

「予定日の6週間前からよ」

裕美が言葉に詰ると、理恵が助け舟を出した。

「ってことは、6月で26週前だから・・・」

ハンドルを握りながら、あゆみがぶつぶつ呟き出した。

「ちょっとあゆみちゃん!チャンと前見て・・・」

 

「何を考えてるんだか・・」

暫らくするとあゆみがポツリと言った。

「教え子が大学受験で一番大切なときに、自分だけ産休とって・・・

 ったく、あの先生は受験生の担任だって自覚があるのかなぁ?」

「どうゆう事?」

「だって仕込んだの4月になってからでしょ?」

「やだエッチ!」

あゆみの言葉に裕美は顔を赤らめた。

「3年前もそうよ!『私は、June−Brideよー!』なんて言って、

 新入生の私達をほっぽり出して、1ヶ月近く新婚旅行に行ったのよ!」

「ふーん・・・ところで、私が担任になるってどうゆう事か解かってる?」

「えっ?」

「あゆみちゃんの調査書は、私が作るんだからね!」

含み笑いをする裕美。

「あーーー!それって職権乱用!」

あゆみが大声を出すと、車の中は笑い声に包まれた。

 

 

 

To be continued

 

 

 

 

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