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Club DesireW

 

 

Fear

 

 

 

「みんなで、裕美の願望、叶えさせてあげようか」

裕美が泣き止むと、黙って何かを考えていた理恵が、突然言い出した。

「裕美の願望って?」

あゆみが訊き返した。

「裕美、あんた、喧嘩が好きになった自分が嫌なんでしょ?」

「う、うん・・・」

「だったら、あんたを喧嘩好きにしたやつを、叩きのめしちゃえば?」

「佳奈さん?」

「佳奈さんだけじゃなくて・・・」

「この前Desireで貰ったパンフ・・・」

あゆみは、何かを思いついたのか、裕美に言った。

裕美は、机の中からパンフレットを取り出すとあゆみに渡した。

あゆみは少し読んでから、それを理恵に渡した。

理恵はあゆみからパンフレットを受け取ると、食い入るように読み始めた。

 

「裕美、私たちが闘ったときのビデオある?」

突然、何かを思い出したらしい理恵。

「あるけど・・・」

「ちょっと貸して!」

裕美は、押入れの中からビデオを取り出すと、理恵に手渡した。

理恵は黙ったまま、ビデオをセットした。

「えーっ、今見るの?」

理恵は、裕美の抗議を無視するかのように、真剣な顔で何かを探し始めた。

「裕美、これ学長じゃない?」

理恵が指差した人物は、裕美たちが卒業した大学の学長だった。

「そういえばこの前『真粧美さんがスポンサーに怒られて、二人降りた・・』

って、佳奈さんが言ってた」

裕美は思い出したように言った。

「それよ!きっとそれ、麻里先輩のことよ!」

「自分の可愛い娘が、あんなこと・・・」

「じゃあ、スポンサーの娘、片っ端から・・・」

「でも、どうやって調べるの?」

美穂子が、疑問を口にした。

「裕美、パソコン貸して!」

 

「なぁにこれぇ!ひろみぃ、無用心にもほどがあるよ!」

あゆみは、パソコンを操作しながら、呆れ顔で裕美に言った。

「どういうこと?」

裕美は問い返した。

「Worm、Concept、Laroux・・・ひどーい!サイテー!」

「なんなの、それ?」

「ひろみぃ、コンピュータ・ウィルスとか、ハッカーとか知らないの?」

「それくらい・・・」

「だったら、ワクチンソフトくらい入れときなよ!」

あゆみは、どこかのパソコンに接続しているのか、チラチラと時計を見な

がら、何度もパスワードを叩いている。

「どこにつないでるの?」

美穂子があゆみに訊いた。

「私のパソコン」

「自分のパソコンのパスワードくらい、ちゃんと覚えときなよ!」

何度も確認画面が出るので、美穂子は呆れたように言った。

「ブッ、ブーー!そう見えるでしょ。これ、ハッカー撃退用マクロなの!

 セキュリティレベルが8段階になってんだぁ・・・ほらっ!」

確認画面が消え、ドレスを着た女性のアニメが画面上に現れた。

と、その女性が、突然ドレスを脱ぎ始めた。

「やだぁ・・・」

「趣味わるっ・・・」

みんなが口々に言うのも構わず、あゆみは何度かクリックした。

すると、やっとWindowsの画面が現れた。

「最後のも、そうだよ!あの女の人がドレスを全部脱ぐと、Hなポーズを始め

 るの。でもね、そのときハッカーに向けて、Virusを送っちゃうんだ。」

「なんでそんなもん持ってるの?」

裕美が興味ありげに訊いた。

「留学したときホームステイした家のお父さんが、デムコ社の創業者なの」

「でむこ社?」

「知らないかなぁ、Virus Hunterって、ワクチンソフト。

 それを作ってる会社」

「なんか聞いた事があるけど・・・」

「デムコ社って、元々、ハッカー対策のコンサルト会社だったんだって。

 帰国前に、ハッカー撃退用マクロを私専用に改造してくれたやつ貰ったの」

「で、それでどうするの?」

自分のパソコンから裕美のにダウンロードを始めたあゆみに、裕美は訊いた。

「ハッカー撃退用ってことは、当然ハッキングも研究するでしょ!」

「あっ、判った。それであそこに入り込むんでしょ!」

「ご名答!」

 

「あっ、これって高橋のお祖父さんじゃない?」

しばらく黙って操作をしていたあゆみが、突然声を上げた。

「じゃあ、あと一人は・・・」

「そうみたい。この中から、相手を探して・・・」

 

「でもさぁ、相手を探し出して、それからどうすんの?」

しばらく黙っていた美穂子が、突然訊いた。

「えっ」

「だって、見ず知らずの女性といきなり闘う?」

「私と裕美は、大学の時からの因縁だし・・・

 ミホとあゆみちゃんは中学の時からだもんねぇ」

「そーねぇ、どうしよっか?」

裕美、理恵、美穂子の3人が口々に言い出した。

「そんなの簡単じゃん。喧嘩売ったり、男を寝取ったら向こうから来るよ!」

あゆみが平然と言った。

 

 

 

「See the seat of Hiromi, neighbour(ひろみぃ、隣見て!)」

「What is it?(なに?)」

「Is not it making favorite the woman,

  strange rate of the sweetheart of a neighbour(隣の女、変な格好)」

「That is true (ほんと)」

「Male of together is pitiful in that(あれじゃ一緒の男、可哀想だね)」

あゆみと裕美は、わざと隣の席に聞こえるように、英語でお喋りを始めた。

 

隣のカップルの女性は、大手商社の常務取締役の娘、渡辺由香里である。

Desireのサーバに忍込んだあゆみが、スポンサーをリストアップして、

その娘や孫娘の中から、とりあえず『英会話ができる娘』を探した結果、最初

にヒットしたのが、この外語大に通う21歳の由香里であった。

 

あゆみと裕美がしばらく英語でお喋りをしていると、何時の間にか、氷水の

入ったコップを持った由香里が、あゆみの後ろに立っていた。

「If I speak in English do you think that I do not understand

 (英語で話していれば判らないとでも思ったの?)」

 ピチャ ピチャ ピチャ・・ 

由香里は手にしたコップの中身を、あゆみの頭の上からたらした。

「きゃっ、冷たーい!」

あゆみが悲鳴をあげる。

「うちの生徒になにすんのよ!」

 バシャッ 

裕美はコップを手にすると、由香里の顔めがけて、中身をぶちまけた。

「きゃぁっ」

由香里は悲鳴を上げながらも、立ち上がった裕美に、掴みかかろうとした。

「由香里、やめろよ!すいません、すいません。由香里、出よう!」

由香里のボーイフレンドが慌てて由香里を押さえると、泣き出しそうな顔で

裕美たちに謝った後、由香里を連れて店から出て行った。

「あゆみ、大丈夫?」

裕美が心配そうな表情で訊く。

「大丈夫なわけないでしょ!でも、どっちに来るかなあ?」

鞄からタオルを取り出すと、髪と顔を拭くあゆみ。

「あとは理恵が・・・」

裕美が言うと、二人は顔を見合わせて、ニヤっと笑った。

 

「どうぞ!どうぞ!・・・」

由香里が店から出てくると、理恵は通りかかる女性に、チラシを配り始めた。

「これ、どうぞ!」

理恵は、由香里にチラシを渡した。

ひったくるように受取った由香里は、しばらく歩いてからチラシを見た。

チラシには、【あなたの願望を・・・】と書いてある。

慌てて振り返った由香里の視界から、理恵の姿は既に消えていた。

 

 

 

「本当にあの女、連れてきてくれてるの?」

控室で、由香里が仁美に訊いた。

「大丈夫、今、向こうの控室で着替えてますよ」

「あの女、絶対許さない!ねえ、泣かしちゃってもいいの?」

「気の済むまでやって下さい。でも相手の方も攻めてきますよ!」

「あんな女に、負けるもんですか!」

水をかけられたことを思い出して、怒りが蘇ってくる由香里。

「あの女を叩きのめしたら、次は、一緒にいた生意気な小娘も・・・」

 

「佳奈さーん、水着の他になんか無いの?」

クローゼットの中を覗き込みながら、裕美が訊いた。

「裕美さん、コスプレしたいの?」

佳奈が、笑いながら裕美に訊いた。

「違うわよ!水着だと、途中でお尻に食い込んで気になるから・・・」

顔を少し赤らめた裕美の言葉が途中で途切れた。

「そおねぇ・・・」

「ねえ、トライアスロンなんかで着てるやつ無いの?短パンみたいなやつ」

「ちょっと待ってね!」

佳奈が控室から出ていった。

 

「これでいい?」

佳奈は、紺色のトライパンツとシンクレットを手に戻ってきた。

「うん、これなら思いっきりやれそう!」

着替え終わった裕美が、軽く手足を回しながら佳奈に言った。

「やる気満々ね!」

佳奈は笑いながら、裕美を会場へと導きだした。

 

 

裕美がリングに上がると、反対側のコーナーには水着姿らしきの女性の影が

浮かび上がっていた。

 カチッ

リング上が、ライトに照らされた。

反対側のコーナーからは、緑のスポーツ水着に身を包んだ由香里が、物凄い

形相で裕美を睨んでいた。

 

(あなたに恨みがある訳じゃあ無いんだけど・・・

 運が悪かったと思って諦めてね)

心の中で由香里に語りかけると、裕美も険しい顔で睨み返した。

 

 カン

 

いつものように、静かにゴングが鳴った。

「このやろぉ!」

由香里は大声をあげながら飛び出してくると、いきなり裕美に掴みかかった。

不意をつかれた裕美は後ろに下がるが、それでも由香里の髪の毛を掴んだ。

「きゃっ、痛っ、なにすんだよ!」

由香里も、裕美の髪を掴むと引っ張り返した。

「きゃぁ、離してよ!」

リング中央で互いの髪を掴んで揉みあううちに、由香里が裕美を押し倒した。

「きゃぁ」

小さな悲鳴を上げて倒れる裕美の上に、由香里が圧し掛かってきた。

「このやろぉ、覚悟しろ!」

由香里は裕美の上に馬乗りになると、顔面めがけて拳を振り下ろしてきた。

しかし裕美も、自分の顔を目掛けて迫ってくる拳を両手で捕らえると、もがき

ながら体を丸め、両脚を由香里の首に絡めるようにして、三角絞めをかけよう

とした。

「あっ、きゃっ」

何をされるか判らない恐怖感が、由香里を襲った。

由香里は慌てて右腕を引き抜くと、逃げるように裕美から離れた。

「ふぅー」

小さなため息をついた裕美は、余裕の表情でゆっくりと立ち上がった。

 

(この女、なんかやってる・・)

由香里は、裕美の動きを警戒しながら、慎重に間合いを取った。

裕美は、柔道の構えでゆっくりと由香里に近づいて行った。

由香里も慎重に近づくと、裕美の脚をめがけてローキックを入れた。

しかし裕美は、膝を上げてこれをブロック。

すかさず由香里は、裕美のお腹に、前蹴りを叩き込んだ。

「あうっ」

お腹を押さえ、少し屈みながら後ろに下がる裕美。

 

(なーんだ、格好だけか・・)

由香里は裕美に飛び掛ると、頭を脇に抱えて、お腹に膝蹴りを連発。

「あうっ、あうっ・・・」

裕美はうめき声を上げながら、由香里の足を掴もうとした。

「『あなたに失礼な事を言いました。私が悪うございました』って謝りな!」

裕美の動きに気が付かない由香里は、何度も膝蹴りを入れた。

「がっ!」

由香里の膝がお腹に当った瞬間、裕美の両腕がそれを捉えた。

「あっ」

「あんたこそ、今のうちに謝ったら許してあげるよ!」

「だ、だれがあんた・・・」

由香里が言い返さないうちに、裕美は由香里の軸足を小内刈りで払った。

「きゃっ」

仰向けにひっくり返る由香里。

裕美は素早く近づくと、由香里のお腹にストンピングを何度も入れた。

「がっ、がはっ・・・」

「ほらぁ、いつまで寝てるのよ!」

裕美は、お腹を押さえて倒れている由香里の髪を掴んで引きずり起こした。

「あっ、痛っ、痛っ・・・」

そして髪の毛を押さえる由香里の頭を脇に抱えると、お腹に膝蹴りを連発。

「あうっ、あうっ・・・」

由香里は呻き声を上げながらも裕美の脚を掴もうと、両腕を前に伸ばした。

「がはっ・・・こ、このやろぉ・・・お、おかえしだぁ!」

両手で裕美の脚を捕らえると、由香里は裕美の足を払いにきた。

「ばーか!」

しかし裕美は、由香里の頭を抱えている腕に一段と力を込めた。

そして、残った足を自ら前に投げ出して、お尻から倒れ込んだ。

 ドコッ 

裕美は抱えていた頭を離すと、ゆっくり立ち上がって由香里を見下ろした。

DDTがもろに極まった由香里は、頭を抱えてうずくまっていた。

「もう終わり?」

裕美は訊きながら、由香里の脇腹を蹴り上げた。

「あうっ」

目にいっぱい涙を溜めて悔しそうな表情の由香里は、お腹を押さえ仰向けに

ひっくり返った。

「まーだやる気?」

裕美は言いながら、由香里のお腹に膝を落とした。

「がはぁ」

一瞬、かっと目を見開いた由香里は、お腹を押さえて身体をくの字にした。

 

「ぐぁ・・がはっ・・ぐぇっ・・・」

裕美は続けざまに、由香里のお腹に何度も膝を落とした。

その度に由香里の身体が、ビクッビクッっとくの字に跳ね上がった。

「そーれっ!」

裕美は気合と共に、由香里の胸元めがけてエルボーを落とした。

由香里は、迫り来る裕美の肘を目にした途端、跳ねるように横に転がった。

 

 ボコッ

「きゃぁ、あぁぁぁぁっ・・・」

自爆した裕美は、右肘を押さえてうずくまって痛みに耐えている。

お腹を押さえながらも、由香里が先に立ち上がった。

「このやろぉ!」

お腹の痛みを我慢しながら、由香里は裕美の背中にストンピングを連発した。

 

 ボコッ ボコッ ボコッ・・

「あっ、あっ、あっ・・・」

度重なる蹴りに耐えきれず、とうとう裕美はうつぶせに潰れてしまった。

すると由香里は裕美の背中に馬乗りになり、キャメルクラッチをかけてきた。

「あぁぁぁっ・・痛ーい・・・」

裕美が悲鳴をあげると、由香里は髪の毛を引っ張った。

「あぁぁっ・・痛っ、痛っ、痛っ・・・」

由香里は満足げな表情を浮かべると、裕美の顎を極めようと左腕を前に回した。

 

 ガブッ

「きゃぁ、痛ーーいっ!」

裕美は、顎にかかろうとする由香里の腕に噛み付いた。

「いやっ、痛ーいっ・・・」

由香里は泣きながら必死に身を捩り、なんとか裕美から逃げることができたが、

リング中央で、噛まれた腕を押さえて座り込んでしまった。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

裕美は腰に手を当てながらゆっくり立ち上がると、さっき攻められた腰を揉み

ながら由香里を見下ろした。

由香里は、小さな嗚咽を洩らしながら座り込んでいる。

腰を揉み解した裕美は、由香里の後ろで膝立ちになると、左腕を首に回した。

「がっ、がはっ・・」

噛みつき攻撃に呆然としたままの由香里は、突然、首を絞められて狂ったよう

に暴れ始めた。

しかし、裕美の裸絞めはガッチリと極ってびくともしない。

声も無くもがき続ける由香里の動きが、だんだん弱々しくなってきた。

 

(このまま落としちゃおうかな・・・)

裸絞めを極めながら、裕美は注意深く由香里の顔を覗き込んだ。

苦痛に歪んだ表情の由香里は、なんとか逃げようと、弱々しくもがいている。

(この娘には可哀想だけど、やっぱりもっと泣き喚いてもらわなきゃ・・・)

裕美はスリーパーをはずすと、由香里の髪を掴んで立ち上がらせた。

そして、由香里を引きずるようにコーナーに連れて行くと、トップロープに

腕を絡ませた。

「あっ、いやっ・・・がっ、ぐふっ、がはっ・・・」

小さな悲鳴の抗議を無視するかのように、裕美は何度も何度も由香里のお腹に

拳を叩き込んだ。

「あうっ、がふっ、がはっ・・・」

足をがくがくさせて苦悶の表情を浮かべている由香里は、6発目で膝をついて

しまった。

裕美はまたもや由香里の髪を掴むと、今度はリング中央まで引きずっていった。

「あっ、いやっ、痛っ、痛っ・・・」

お腹と髪を押さえながら、小さな悲鳴をあげる由香里。

裕美は足をちょんと引っかけて由香里を仰向けにひっくり返すと、由香里の左

手首を両手で掴み左腕に両脚を絡めた。

「あぁぁぁっ・・痛っ、痛っ・・いたああああっ・・・」

腕ひしぎ極められた由香里の絶叫が、リング上に響き渡った。

「ほーらっ、早く降参しないと、左腕が折れちゃうよ!」

 

(降参?私が?冗談じゃない!)

裕美のなすがままだった由香里が、【降参】という言葉にかっと目を見開いた。

そして右腕で上半身を起こすと、裕美の左脚を拳で殴りつけた。

「あっ、痛っ・・・このぉ・・・」

裕美は由香里の顔を蹴りつけると、喉元に踵を叩き込もうと右脚を持ち上げた。

「あがっ」

由香里は顔の痛みに耐えながら、裕美の右脚をくぐるように懐に入ってきた。

そして裕美の上に乗ると、自由な右手を握りしめ、裕美の左頬に叩き込んだ。

「あうっ」

思わず由香里の手を離す裕美。

由香里は左腕を軽く回すと、今度は両手で裕美の顔を殴りだした。

裕美は、慌てて両腕を顔の前に持っていく。

由香里は、何かにとりつかれたかのように裕美を殴り続けている。

裕美の腕が真っ赤に腫れてきた。

(くそぉ・・・よーし、これなら・・・)

裕美は脚を大きく広げると、由香里の腰のくびれに回して絞め上げた。

「あうっ」

由香里は、腰への激痛に一瞬のけぞった。

しかし直ぐに気を取り直すと、顔、胸、お腹といたるところを殴りつけた。

そして、裕美の絞めつけが緩むと、逃げるように立ち上がった。

裕美が荒い息をついて、仰向けに倒れたままでいると、由香里は裕美のお腹に

膝を落としてきた。

「ぐはっ」

お腹を押さえて、跳ね上がるようにくの字になる裕美。

裕美の苦しがり方に気を良くした由香里は、今度はジャンピングニードロップ。

しかし裕美は、間一髪で由香里の膝をかわした。

 ドスッ

「きゃぁ、あぁぁぁぁっ・・」

由香里は膝を抱えて、転がりながら痛みに耐えている。

「はぁ、はぁ、はぁ・・」

裕美はお腹を押さえて立ち上がると、少し屈んだ格好で由香里を見下ろした。

「うっ、うっ・・・」

由香里は膝を抱えたまま、蹲るように座っている。

 

(そろそろいいかな?)

お腹の痛みが薄らいできた裕美は、由香里の膝に何度も蹴りを入れた。

「あっ、痛っ、痛っ・・・や、やめ・・・」

由香里が悲鳴をあげると、裕美は、由香里の髪を掴んで引きずり起こした。

そして素早く後ろに回ると、由香里のお腹に手を回して裏投げ。

 ドスン

裕美は急いで立ち上がると、由香里の方を向いて構えた。

が、由香里はピクリとも動かない。

裕美は慎重に近づいて、由香里の顔を覗き込んだ。

由香里は、白目をむいて気を失っていた。

 

 

 

「あゆみちゃんって、すごく強かったのかなぁ?」

控え室に戻ると、裕美は佳奈に訊いた。

「なんで?」

「だってこの前もそうだし、今日の娘だって、あんまし強いとは・・・」

「あははははっ、それはね裕美さん、あなたがどんどん強くなってきてるの」

「えっ?」

佳奈の言葉に戸惑いながら、着替える裕美。

「それに裕美さん、あなた柔道二段でしょ!

 ちゃんとした格闘技の経験者じゃない」

「あっ!」

(さっきの娘、受身も取らないで、頭から落ちていった!これは・・・)

「あゆみちゃんだって、ボクシングやってたんでしょ?」

「えーっ、あゆみちゃんがボクシング?」

(知らなかった!どうりであの娘のパンチ・・・)

「あっ、ごめんごめん、ボクシングって言っても、ボクササイズだけど・・・」

裕美が驚いた顔をしたので、佳奈は慌てて訂正をした。

「それから、はい、これ」

着替え終わった裕美に、佳奈が茶色い封筒を手渡した。

「ファイトマネー、うちは3ヶ月ごとに締めてるから、4月から6月までの分」

「駄目よ、わたし公務員なんだから、アルバイトなんて・・・」

「大丈夫、大丈夫!受取もサインも必要ないから!

 現金だから何にも証拠は残らないわよ!」

「でもぉ・・・」

いつまでも、受け取りを拒みつづける裕美。

「教科書の執筆料を貰ったり、講演料を貰ったりする先生だっているんしょ?」

「それは・・・」

「あゆみちゃんの分も、一緒に入ってるから渡しておいてね」

佳奈は、茶封筒を裕美の手に強引に握らせた。

 

 

駅前まで送ってきてもらった佳奈の車から降りると、裕美は一人で当ても無く

プラプラと歩き出した。

(私以外は、みんな格闘技の経験が無いんだ。

 このまま続けたら、そのうちに誰かが怪我をするかも・・・

 取りあえず、理恵たちに受身くらいは教えておかなきゃ!)

商店街が尽きると、裕美はくるっと向きをかえて、駅のほうに戻り始めた。

(みんなに少しだけ関節技を教えたけど・・・

 技を教えるより、逃げ方や避けかたも・・・

 でも、どうやって?)

裕美が駅前まで戻ってくると、女子プロレスの宣伝カーが止まっていた。

しばらくそれを眺めていた裕美は、頭にもやもやとしたものを感じながら、

駅の中へ入って行った。

 

 

 

 

                           To be continued

 

 

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