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Club Desire U

 

 

 

Sympathy(後編)

 

 

 

「佳奈さん、理恵のところに行ってもいい?」

控室で、水着の上からガウンを羽織って、ソファーにもたれかかったままの

裕美が聞いた。

「それは構わないけど・・・」

「じゃあ、連れてって。もう、手を出したりしないから」

 

 

コンコン

佳奈が理恵の控え室の扉をノックすると、仁美が顔を出した。

「裕美さん連れてきたけど、大丈夫?」

「さっきまで泣いてたけど、落ち着いたみたい」

「合わせてもいい?」

「さあ、どうぞ」

仁美が、二人を部屋へと招いた。

佳奈に続いて、裕美も部屋に入った。

奥のソファーで理恵は、膝に手をついて座っていた。

「理恵、ゴメンね・・・大丈夫?」

裕美の問いかけに、目を赤く泣き腫らした理恵が、

「私のほうこそ・・・頬っぺた、痛くない?」

真っ赤に腫れ上がった頬を見て理恵が聞き返すと、裕美は思わず頬を押さえた。

「大丈夫、明日の昼頃には、腫れも引いてるわよ」

佳奈が覗き込みながら言った。

 

「ところで裕美、今までに何回やったの?」

「えっ、今日で4回目。理恵は?」

「私は3回目。裕美、どんな人とやったの?」

「始めての時はうちの生徒。次は知らない人。で、この前が杏子先輩」

「ふーん、杏子先輩とやったんだ。私は1回目は貴子先輩。次が志乃。

 両方とも勝ったから、今日も自信あったんだけどなぁ」

「貴子先輩は判るけど、志乃ちゃんともやったの?なんで?」

「徹をあんたから奪い返した後、志乃に持ってかれちゃった」

「ふーん、あの志乃ちゃんがねぇ」

「ところで、裕美は全部勝ったの?」

「ええ・・」

 

「あーあっ、彼氏も取られ、喧嘩も負けて・・

 私は裕美にはかなわないんだなぁ」

しばらくして、理恵がつぶやいた。

「ちょっと待ってよ。理恵が徹を取ったんでしょ!」

「何言ってるの、教育実習の時に同じ学校に行ったからって・・」

「えっ、だって・・夏休みの間にあなたが・・」

「私はその前から付き合ってたの!」

「・・・・・・・知らなかった。ごめん・・・」

「もうイイよ。・・どうやら私達、二股かけられてたみたいね」

「・・・・・・・・・」

 

「ところで裕美、あと一人忘れてない?」

突然、理恵が聞いてきた。

「麻里先輩!」

考え込む裕美に、理恵が言った。

「あーっ、理恵もやられたの?」

「やられたなんてもんじゃないよ!」

「でも、杏子先輩も貴子先輩も、あの人には何もできなかったじゃない!」

「学長の娘?元レディース?今は関係ないじゃん。裕美だったら勝てるよ!」

「えーっ、私がぁ・・」

 

 

 

《 青コーナーあゆみ、19歳の女子高生!

  赤コーナー美穂子、同じく19歳の女子大生!

  中学時代からのライバルが今夜決着をつけます! 》

 

アナウンスが静かに流れた。

リングの上では、あゆみと美穂子がお互いを睨み付けている。

 

 

カーン

 

二人ともお互いを睨みつけたまま、ゆっくりとリング中央へ進んだ。

「今日こそケリをつけましょう!」

美穂子に向かってあゆみが言った。

「望むところよ!あなたを、叩きのめしてあげるわ!」

「その言葉、そっくり返してあげるわ!」

言うなりあゆみは、両手をさしだした。

美穂子が手を合わせると、二人とも腕に力を込めた。

高い位置で合わさった二人の腕は、なかなか動かない。

あゆみの額は、既にうっすらと汗で光っている。

しばらくすると、ようやく二人の腕が開き始めた。

美穂子の二の腕が小さく震えている。

二人の腕が水平になる頃、あゆみと美穂子の身体はピッタリとくっついた。

(なんでこの娘、陸上やってるのに、こんなに胸が大きいんだろう)

あゆみの胸の感触を感じた美穂子は、全身の力を込めながら思った。

開始から5分で、二人とも全身が汗で光っている。

二人の腕が下がり始め、身体の間に隙間が出来たとき、あゆみは美穂子の

お腹に蹴りを入れた。

「うっ」

美穂子がお腹を押さえると、あゆみはヘッドロックで美穂子の頭を締め上げた。

もがきながらあゆみの腕に手を掛けて、必死で外そうとする美穂子。

しかしあゆみも、腕をさらに絞って外させない。

美穂子の力がだんだんと抜けてくるのが判ると、あゆみは椰子の実割りをかけ

ようと大きく足を上げた。

だが、その隙を待っていた美穂子に、腕を後ろ手に極められてしまった。

「あんっ」

肩を押さえて逃げようとするあゆみの腕を、美穂子はがっちり掴んで放さない。

そして、そのままの姿勢で、コーナーポストへと向かって走り出した。

「きゃぁぁぁぁぁっ・・・」

 ドコッ

身体の正面からコーナーポストへと叩きつけられるあゆみ。

崩れ落ちるあゆみを尻目に、美穂子はゆうゆうとリング中央に戻っていった。

「うぅぅっ・・・」

理恵は、肩を押さえてうずくまっているあゆみに向かって挑発した。

「ほら、もうお終い?」

美穂子をキッと睨みつけたあゆみは、肩を押さえながら立ち上がると、肩を軽く

回しながらゆっくりと美穂子に近づいた。

すると今度は、美穂子が両腕を差し出して待っていた。

美穂子は、慎重に手を合わせようとするあゆみの手を取ると、あっという間に

返してしまった。

「ふんっ!」

「あっ、くうっ・・・」

美穂子は爪先立ちのあゆみを手前に引き寄せると、お腹に膝蹴りを入れた。

 ボコッ

「あうっ」

今度はあゆみが、お腹を押さえて前かがみになった。

美穂子はあゆみの頭を抱えると、躊躇うことなく椰子の実割りを放った。

「きゃぁぁぁっ・・・」

額への衝撃に、頭を抱えてごろごろと転がり回るあゆみ。

美穂子は、お腹に何発かストンピングを入れてあゆみの動きを止めると、足を

掴んで逆えび固めを極めた。

「きゃぁっ、いたぁぁっ・・・」

腰への痛みに、目に涙を浮かべて悲鳴をあげるあゆみ。

「ほら、早く降参しないと、二度と走れない身体になっちゃうよ!」

「あぁっ、いやっ、あんたになんか負けない!」

あゆみは腕立てのように身体を起こして、必死に逃れようとする。

だが美穂子は、さらに腰を落とした。

「きゃっ」

小さな悲鳴とともに、あゆみの身体はつぶされてしまった。

美穂子は、あゆみの左足を離すと、右足を抱えてさらにのけぞった。

「あぁぁぁぁっ・・・」

大きく弓のように曲げられたあゆみの身体は、臍のあたりまで浮き上がって

しまい、マットには、自分の重みにゆがんだ胸だけがついている。

美穂子は身体を横向きにすると、悲鳴をあげて苦しむあゆみの髪の毛を掴んだ。

「ああっ、いたぁぁぁっ・・・」

全身汗だらけになったあゆみの悲鳴が、リング上に響き渡っている。

美穂子は手が滑るのか、何度もあゆみの脚を抱えなおしている。

激痛に耐えかねてあゆみがもがいた途端、美穂子の腕から脚が滑り、美穂子は

勢い余ってひっくり返ってしまった。

あゆみは、転がりながら逃げることができたが、ロープ際で腰を押さえたまま

立ち上がることができない。

倒れた拍子に、後頭部をしたたか打った美穂子も、まだ立ち上がれずにいた。

 

「あゆみちゃん、しっかり!」

リング下から由美子が声をかけた。

その声に気を取り直したあゆみは、ロープにつかまりながら立ち上がった。

そして、そのまま腰を押さえながらコーナーポストに寄りかかった。

リング中央では、美穂子がまだ倒れたままだった。

「あゆみっ、今のうちに・・・! あなたのほうがダメージ大きいみたいよ!」

あゆみは、わずかに頷くと、ゆっくりと美穂子のほうへ歩き出した。

「それっ!」

ドスッ

あゆみは、美穂子の無防備なお腹に膝を落とした。

「ぐぁっ・・・」

呻き声と共にお腹を押さえて、身体をくの字に折り曲げる美穂子。

お腹を庇う美穂子の腕ごと、何度もフットスタンプで攻めるあゆみ。

ドスッ

「ぐぁっ」

ドスッ

「ぐぇっ」

ドスッ

「あぐっ」

あゆみは、ぐったりと動かない美穂子の身体をうつ伏せにして背中に座った。

「きゃぁぁぁっ・・・」

キャメルクラッチを極められた美穂子は、腰への激痛に意識を取り戻したかの

ように悲鳴をあげた。

そして何とかはずそうと、腕を振り回してもがき始めた。

しかしあゆみは、美穂子の顎に腕をかけると、更に締め上げを強めた。

「あぁぁぁっ・・・」

 

「うっ、うっ、うっ・・・」

美穂子の抵抗が徐々に弱り、悲鳴が鳴咽に変り始めた。

 

「私のライバルは、この程度だったの?」

あゆみは『あんたには失望したわ』とでも言いたげな表情をして、美穂子を

離すと立ち上がった。

目に涙を溜めて、悔しそうな表情をしているの美穂子は、腰を押さえながら

懸命に立とうとしている。

 

「悔しかったら、反撃してみなよ!」

あゆみは、ようやく立ち上がった美穂子に向かって、おいでおいでをすると、

手を差し出すように前に出し、美穂子が手を合わせてくるのを待った。

すると美穂子は、両手を上げながらゆっくりとあゆみに近づいていった。

 

 

ガシッ

「えいっ!」

「きゃぁ」

二人の手が合わさると、またもや、力比べ。

しかし、お腹へのダメージの残る美穂子は、あっさりと手を返されて、あっと

いう間に爪先立ちになってしまった。

 

「ぐっ・・・」

「くっ・・・」

 

暫くするとダメージから回復してきたのか、美穂子の踵がだんだんとマットに

近づいてきた。

そして二人が均衡状態になった時、美穂子はあゆみを手前に寄せると、お腹に

膝蹴りを入れた。

ボコッ

「あうっ」

そして手を組んだまま膝をついたあゆみを、強引に押し倒すと馬乗りになった。

 

パシン、パシン・・

「あっ、あんっ、あんっ・・・」

美穂子の掌が頬に叩きつけられる度に、あゆみの顔が右に左にと揺れる。

あゆみの目に涙が浮かんできたのを見ると、美穂子は素早く立ち上がり、お腹

めがけて座り込むように、勢い良くお尻を落とした。

ドスッ

「うぐっ」

身体をくの字にして苦しむあゆみのお腹に、美穂子は何度もお尻を落とした。

美穂子の尻が落ちるたびに、あゆみの身体がビクン、ビクンとはねる。

充分ダメージを与えたのが判ると、美穂子は最後にもう一発ヒップドロップを

落とそうと飛び上った。

 

(また、来る。今度こそ・・・)

先程からお腹への衝撃に耐えながらチャンスを狙っていたあゆみは、腹の上に

膝を立てた。

ボコッ

「んぁぁぁぁぁぁぁっ・・・」

あゆみの膝がもろに突き刺ささると、美穂子は大事な部分を手で押さえながら、

目に涙を溜めて悶え苦しんでいる。

ふらふらと起き上がったあゆみは、美穂子の髪の毛を掴んで無理矢理引きずり

起こすと、コーナーポストに背中を押し付け、腕をトップロープに絡ませた。

「なっ、何をする気?」

怯えた目つきで、恐る恐る尋ねる美穂子。

ドスッ、ドスッ、ドスッ・・

「うっ、あぐっ、うぅっ・・・」

あゆみは返事の代わりに、美穂子のお腹に何度も拳をめり込ませた。

 

(美穂子のやつ、何で逃げようとしないんだろう?

 それに、さっきから時々嬉しそうな顔するけど・・・・

 まさかこの娘、マゾっ気があるんじゃないでしょうね・・)

度重なるボディーブローで、コーナーポストによりかかったまま崩れ落ちた美

穂子を見ながらあゆみは思った。

それでも気を取り直すと、美穂子の足を掴んで中央まで引きずっていき、うつ

伏せにした美穂子の背中に馬乗りになり、またもやキャメルクラッチを極めた。

「あぁぁっ・・・」

腰への激痛に意識が戻った美穂子は、弱々しい悲鳴を上げた。

だが、美穂子は、ただ耐えているだけで返そうとしない。

「こら、美穂子!

 私に勝ってインターハイへ行った美穂子は、こんなもんだったの?

 こんなのに負けたなんて、私の方が情けないよ!

 あんた、こんなに弱かったの?

 こんだけ言われても、なにもできないの?

 悔しかったら返してみなさいよ!」

あゆみは、美穂子の顔を覗き込むようにして罵った。

すると、美穂子の頭が大きく左に振られたかと思うと、あゆみの顔を目掛けて

勢い良く戻ってきた。

ボコッ

「きゃぁぁっ・・・」

いきなり頭突きを食らって美穂子の上から転げ落ちたあゆみは、顔を押えて、

足でばたばたとマットを叩きながら仰向けに倒れている。

「そんなに返して欲しけりゃ、こうしてやるよ」

美穂子は、お腹にストンピングを入れて、あゆみの手がお腹を押さえた隙に

首四の字固めを極めた。

そして、顔を歪めて苦しんでいるあゆみの髪の毛を引っ張った。

(嬉しい!すごく嬉しい!

 私はあゆみと決着をつけたかったんじゃない!

 あゆみと闘っていたかったんだ!)

あゆみは、美穂子の脚に手をかけて、必死に逃れようとしている。

「そら、お返しだよ!悔しかったら返してみな!」

 

 

 

「私はいいよ、理恵が麻里先輩と闘いなよ」

「裕美の方が強いんだから、裕美が闘いなよ」

先程まで心から憎み合って本気で闘っていたとは思えないほど、控室の裕美と

理恵は仲良く喋っていた。

 

「ところで裕美、何で教え子なんかと闘ったの?」

突然、理恵が聞いてきた。

「そうだ、あゆみちゃん・・ もう、始まってるの?」

裕美が佳奈に聞いた。

佳奈が頷くと、裕美が尋ねた。

「佳奈さん、リングのとこに行ってもいい?」

「そこのモニターで、リングの様子がわかるわよ」

裕美がスイッチを入れると、真っ赤な水着を着たあゆみと、白い水着をつけた

美穂子が、リング上で闘っているのが映し出された。

「えっ、ミホ・・・」

すると、理恵が絶句した。

「理恵、どうしたの?」

「白い水着を着た娘、美穂子ちゃん」

「知ってる娘?」

「私、あの娘の家庭教師をやっていたの」

(まさか、あゆみちゃんの相手が、理恵の昔の教え子だなんて・・)

「昔から活発な娘だったけど、まさか、こんなこと・・」

理恵が呟くと、裕美は黙ったまま画面を見つめた。

「やめさせなきゃ!」

「ちょっと待って。あの二人、なんだか嬉しそうじゃない?」

「・・・・・・」

「あの娘たち、何で闘っているか知ってる?」

無言のままの理恵に、裕美は続けた。

「二人とも、中学の時から陸上で張り合ってたんだって」

「美穂子ちゃんが、陸上やってたのは知ってるけど・・・」

「中学でも高校でも、県大会の決勝で1回づつ勝ったんだって。

 でも、あゆみがアメリカに留学したから、2勝2敗の引き分けのままなの。

二人とも憎み合っているというよりは、決着をつけたいんじゃない?」

「でも、だからって・・」

「ほらっ、楽しそうに闘ってない?あの娘たち」

「なにも、喧嘩なんかで決着つけなくっても・・・」

理恵は画面を見つめたまま呟いた。

 

 

 

リング上では首四の字を返したあゆみが、うつ伏せ状態の美穂子の脚を極めた。

しかし美穂子は、あゆみを跳ね飛ばし、あっさりとあゆみの技から逃げた。

二人とも立ち上がったが、荒い息をしながら膝に手をついて睨み合っている。

先に息が整ったのか、あゆみはゆっくりと美穂子に近づいていった。

美穂子は慌てて構えるが、あゆみに腕を掴まれ、そのままロープへ飛ばされた。

そして、返ってきた美穂子のお腹に、あゆみの立てた膝が食い込んだ。

「うぐっ」

お腹を押さえて膝をついた美穂子を強引に仰向けに倒すと、お返しとばかりに

首四の字をかけた。

今度は美穂子が、あゆみの脚を掴んで逃げようともがいた。

あゆみは、美穂子の額に拳を何発か落とした後、伸ばした両腕にもたれかかる

ようにして、腰を浮かせた。

首を締め上げられている美穂子は必死になって、あゆみの脚と自分の首の間に

隙間を作ろうともがきつづける。

 

しばらくもがいていると、汗で光っている美穂子の顔が、あゆみの脚の間を

するっと抜けた。

美穂子は、転がるようにあゆみから逃げると、首に手を当てて立ち上がった。

 

「汗で滑って外されるとは思わなかったな。でも、次はそうはいかないよ!」

笑いながら立ち上がってきたあゆみが、厳しい顔つきになった。

二人は間合いを取ったまま、相手の隙を見つけようとリング中央で回り始めた。

 

「うぉぉぉっ・・・」

美穂子が突然、太股にタックルをかましてきたので、あゆみは堪らず仰向けに

ひっくり返ってしまった。

素早く起き上がった美穂子は、あゆみの右足を掴むとアキレス腱固めを極めた。

「あぁぁぁぁっ・・・」

甲高い悲鳴と共に、マットをバンバンと叩きながら必死に耐えるあゆみ。

すると美穂子は、あゆみの脚を締め上げている手に力を加えた。

 

「ほらっ、返せるもんなら返してみなよ!」

美穂子は、あゆみの泣き顔に向かって言い放った。

 

「畜生っ、離せ、離せこのやろぉ!」

あゆみは、美穂子の太腿めがけて、踵を何度も打ち下ろした。

そして美穂子の絞めつけが緩んだ隙に、強引に脚を振り解くと、転がるように

ロープ際まで逃げた。

 

あゆみは、脚の痺れを我慢してロープに掴まりながら立ち上ると、真っ赤に腫れ

あがった太腿を押さえながら立ち上がってくる美穂子を睨みつけた。

美穂子も、あゆみを睨みつけていたが、目と目が合った瞬間、ほんの一瞬だけ

にっこりと微笑みかけてきた。

 

(美穂子のやつ、私を痛めつけるのを楽しんでいやがる。

 くっそぉ、いつまでも好きにさせてたまるか!)

右足を庇いながら近づいていくと、美穂子は余裕の表情を浮かべながら、

ファイティングポーズをとった。

あゆみも、ボクシング風のスタイルで構えて、美穂子の出方を待った。

 

バシッ

美穂子のローキックが、あゆみの左の太腿に炸裂した。

あゆみは脚の痛みも構わず前へ出ると、美穂子の鳩尾目掛けて拳を叩き込んだ。

「あうっ」

呻き声と共に、お腹を押さえて膝をついた美穂子。

美穂子の苦しんでいる顔を見ようと、あゆみは髪の毛をつかんで上を向かせた。

するとそこには、苦痛に顔を歪めながらも、嬉しそうな表情をした美穂子の顔があった。

その顔を見たあゆみは、美穂子の頭を右手で抱えて無理矢理立たせると、お腹に膝蹴りを何発も入れた。

あゆみの膝がお腹にめり込むたびに、小さな呻き声と共に、美穂子の身体はピクピクと跳ねあがる。

あゆみは、美穂子を痛めつけていることに快感をおぼえ始めた。

 

美穂子の身体が動かなくなると、あゆみは右腕の力を緩めた。

そのまま崩れ落ちるのを待っていると、突然美穂子がしがみついてきて、身体を

コーナーポストまで押せれていってしまった。

あゆみは再び美穂子の頭を抱えると、背中をコーナーに押し付けられながらも、腹に膝蹴りを入れた。

そして、怯んだ美穂子と身体を入れ替えてコーナーポストに押し付けると、

またもや美穂子をサンドバックのように殴り始めた。

美穂子の目に涙が溜まってくるのが判ると、今度は頬に掌を何度も叩きつけた。

 

(やった!これで美穂子に勝てる!

留学する時、少し心残りだったけど、これで決着をつけてやる!)

コーナーに崩れ落ちた美穂子の脚を引きずって、リング中央まで来たあゆみは、

ためらうことなく足四の字を掛けた。

「きゃぁぁぁぁぁぁっ」

脚への激痛で、意識を取り戻した美穂子の悲鳴が響く。

あゆみは、マットをばんばんと叩きながら、またもや美穂子を挑発した。

「ほらっ、悔しかったら返してみなよ!」

 

(わたし何言っているの?

このまま極めていれば私が勝てるのに・・・

 今まで、美穂子に勝つことだけ考えていたのに・・・

 さっき嬉しかったのは、もう少しで勝てそうだからじゃないの?)

 

美穂子の悲鳴で我に返ったあゆみは、今度は腰を浮かして絞め上げた。

両手で顔を覆って、頭を左右に振りながら、耐えつづける美穂子。

「ほらっ、悲鳴はいいから、返してみなよ!」

 

(美穂子に勝つことばかり考えていると思ってたけど、違ったんだ!

 美穂子と決着をつけたいんじゃなくて、美穂子と闘っていたかったんだ!

 いつもと違って、何分も闘っていられるから嬉しいんだ!

 きっと美穂子も、私と闘っているのが嬉しいんだ!)

美穂子の嬉しそうな表情の意味をやっと理解したあゆみは、上半身を起こし、

締め上げながら、美穂子の顔を覗き込んだ。

暫くすると、あゆみと美穂子の目と目が合った。

先に、美穂子が弱々しいながらも微笑みかけてきた。

あゆみも、微笑み返す。

が、美穂子はいきなり険しい顔つきになると、大きく身体を振って四の字固めを

返そうと暴れだした。

両手を横に開いて、必死にこらえるあゆみ。

 

「きゃぁぁぁっ・・・」

力負けして返されてしまったあゆみの口から、悲鳴が上がった。

美穂子は、両腕で身体を持ち上げるように支えて、あゆみの脚を締め上げた。

さんざん暴れてみたが返せないのが判ると、あゆみは肘でじりじりとロープの

方へと這いずりだした。

気がついた美穂子は、腰を上げたり体を反らせたりして逃がすまいと必死。

美穂子が抵抗するたびに、あゆみの動きが小さな悲鳴と共に止まった。

 

「あゆみ、逃げて!」

「ミホ、逃がすな!」

控室では、裕美と理恵が、モニターに向かって声援を送っている。

 

痛さを堪えてじりじりと這いずっていたあゆみの手が、やっとロープに届いた。

目に涙を溜めたあゆみは、ロープを使って美穂子との体位をひっくり返すと、

一段上のロープを掴んで身体を揺らし始めた。

「あぁぁぁっ・・・」

美穂子の目には、たちまち涙が浮かんできた。

暫くそのままで美穂子の脚を締め上げて、充分にダメージを与えた事が判ると、

あゆみはようやく脚をはずした。

そしてロープに掴まりながら立ち上がると、痛みを堪えるかのようにぎゅっと

目を瞑って脚を押さえて倒れたままの美穂子を見下ろした。

 

美穂子がうっすらと目を開けると、またしても目と目が合った。

美穂子は手をついて、懸命に立ち上がろうとしている。

あゆみは脚を引きずりながら美穂子に近づくと、腕ひしぎ十字固めを極めた。

「きゃぁぁっ・・・ いたぁぁぁぁっ・・・」

足でマットをばたばたと叩きながら、美穂子が悲鳴を上げた。

美穂子が暴れるのを懸命に押さえつけようとするあゆみ。

 

「あゆみ、逃がすな!」

「ミホ、頑張れ!」

モニターに顔をくっつけんばかりに、裕美と理恵が、声援を送る。

「ミホ、ブリッジ、ブリッジ・・・」

理恵が叫ぶ。

 

理恵の思いが通じたのか、美穂子が、膝を立てた。

そして、徐々に美穂子の身体が持ち上げってきた。

するとあゆみは、左脚で美穂子の喉元を押さえると、右の踵を胸に落とした。

ガスッ

「あうっ」

悲鳴とともに崩れ落ちる美穂子。

しかし美穂子は、またもや膝を立てた。

そして、今度は一気にブリッジをきめた。

「きゃぁっ」

美穂子に跳ね飛ばされたあゆみは、ロープ際まで転がっていった。

腕を振りながら立ち上がった美穂子はあゆみの元までくると、髪の毛を掴んで

強引に立たせ、反対側のロープまで勢いよく飛ばした。

そして自らもロープに飛んで勢いをつけ、返ってくるあゆみに向かっていった。

 

(よし、この勢いでラリアットを・・・)

(このまま、戻りながら美穂子の喉元に・・・)

二人とも、同じことを考えていた。

 

あゆみも美穂子も、相手の喉元めがけて腕を伸ばしていたので、お互いに

ランニングネックブリーカーを掛けたような格好になってしまった。

 

 

ダッスーン

 

二人ともお互いの腕を相手の首に絡めたまま、リング中央で仰向けに倒れた

まま動かない。

 

「あゆみちゃん、あゆみちゃん・・」

マットをばんばん叩きながら、由美子が呼びかける。

「美穂子、美穂子・・」

同じように、ゆう子も呼び続ける。

 

「あゆみちゃん、立って・・・」

「ミホ、ミホ・・・」

控室でも、裕美と理恵が拳を握り締めて叫んでいる。

 

 

いつまでたっても起き上がらない二人を見て、由美子とゆう子が頷き合った。

 

《 両者KOの為、勝者なし! 》

 

静かにアナウンスが流れると、由美子とゆう子がリングに上がり、倒れている

二人をそれぞれ抱え起こした。

そのとき、由美子のイアピースから佳奈の声が流れた。

『ピーーー 由美子、二人とも理恵さんの控室へ!』

 

 

 

カチャッ

 

理恵の控室に、由美子があゆみを、ゆう子が美穂子を、それぞれ抱えるように

して入ってくると、二人を静かにソファーに寝かせた。

 

「あゆみちゃん、あゆみちゃん・・だいじょうぶ?」

うっすらと目を開けたあゆみを、裕美が心配そうに覗き込む。

「あっ、裕美・・。ここは?・・・」

「控室よ。もう、終わったの」

「負けちゃったの?」

「覚えてないの?二人ともKO!・・・」

「そうか・・・・」

「決着、着けられなかったね!」

「・・・・・・」

 

「ミホ、ミホ・・・」

隣のソファーで、理恵も美穂子を覗き込みながら、声を掛ける。

「・・・ あれ、理恵先生?」

「ミホ、大丈夫?」

「な、なんで理恵先生がここに・・・」

「・・・・・・・」

「あっ、あゆみ・・・ 私達リングで・・・ 私、負けちゃったの?」

 

「引き分けだって!」

近づいてきたあゆみが美穂子に、ぼそっと言った。

「な、 で、 で、でも、なんで理恵先生がここにいるの?」

「あなた達の前に、私と闘ったの」

美穂子の問いに、あゆみの後ろに立っていた裕美が答えた。

「先生同士の後は、教え子同士!裕美は、うちのクラスの副担任なの」

あゆみが、付け足した。

「・・・・・・」

あゆみの言葉に、目を白黒させる美穂子。

「私は負けちゃった!

 でもあなた達、闘ってるとき、すごく楽しそうだったけど・・・」

理恵の質問に目を合わせて、にっこり微笑むあゆみと美穂子。

 

「あゆみさん,美穂子さん,あなた達、まだ決着を着けたいと思ってる?」

4人の会話を、しばらく眺めていた佳奈が声をかけた。

目と目を合わせたあゆみと美穂子は、二人とも、僅かに首を振った。

 

 

                              End of Sympathy

 

 

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