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堕落

 

第六章 手紙

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

汗が顎を伝い床に落ちる。
背中には髪が張り付いていた。
UGPWから送られてきたビデオを見てからというもの、弓子の練習は鬼気迫るものがあった。
レスリング部の活動を停止して弓子は一人黙々と体を鍛えた。
おかげで余分な脂肪が落ち、現役の時よりも引き締まった体を作ることができた。
ちゃんと練習したことが無かった打撃の練習もした。
それもサンドバックの叩き過ぎで拳の皮が剥けるくらいに。
体を休める時はプロレスや柔術のビデオを観て関節技の研究、そしてイメージトレーニングをしていた。

「(早く闘いたい・・・)」

激しい怒りの他に闘いに対する欲求が芽生えていた。
弓子自信その感情を不思議に思っていた。
それは弓子が夢を捨て切れていないことの表れだったのかもしれない。
そしてその気持ちは翌日に果たされる事になった。



その日は朝からすごい雨だった。
休憩していた弓子は練習場の窓から学生達が寮へと帰っていくのを見ていた。
その中に皆が帰っていく方向とは逆であるレスリング部に向かって傘もささずに歩いてくるジャージ姿の女がいた。

「ま・・・まさか・・・?」

弓子の心臓が激しく鼓動する。
見たことのある顔だった。
女は練習場に入ってきた。

「あ・・・あなたは!」

弓子の目の前に友恵の足をへし折り、奈美にとどめを刺した黒木純子が現れた。
純子は無言でジャージを脱ぐと水着姿になった。

「・・・・・・」

弓子は練習場のカーテンを閉め、戦闘体勢にはいった。

「ウォーミングアップはいいの?」

「ここまで走ってきた」

二人は短くやりとりすると互いに向かって走り出した。
                          


先制したのは弓子だった。
純子のタックルをかわし後ろにまわると腰に手をまわして後方に投げた。

「あうっ・・・」

純子がマットに叩きつけられる。
倒れた純子の髪を掴み立ち上がらせると弓子は後頭部に肘を打ちつけた。
続けて膝をつく純子の顔面に膝蹴りをいれる。

「がっ・・・」

早くも純子の鼻から血が流れる。
倒れた純子を見て弓子はかつてない自分の力に驚いていた。
走ってくる純子の動きがスローに感じていた。
現役時代にはなかった力の充実を実感していた。

「これなら・・・これなら滝川に勝てる・・・」

思わず出た弓子の呟きに純子は憤慨して向かっていく。

「ふざけるなっ!!」

純子の強烈なパンチのラッシュが弓子を襲うが、むなしく空を切るだけだった。

「クッ・・・クソッ!」

あせる純子に今度は弓子がパンチを浴びせ始める。
弓子の攻撃の前に純子はガードするだけで精一杯だった。
ジリジリと後退していき、とうとう壁際まで追い込まれる純子。

「いっ・・・今ごろ村松は・・・」

純子の言葉に弓子の手がピタッと止まる。
その瞬間、強烈な一撃が弓子の顔面にヒットした。

「ぐごっ!!」

弓子の体は5メートル程吹っ飛んだ。
弓子のパンチをピストルだとすると純子のパンチは大砲並の威力だった。
そのぶん大振りでかわしやすいのだが、今のは完全にスキをつかれた為弓子はまともにくらってしまった。

「いまごろ村松は青田と池上と傷でもナメあってんだろうよ・・・」

純子はうまく弓子の動揺を引き出して危機を脱した。

「あ・・・ううう・・・」

マットに手をついている弓子に近づくと腹を爪先で蹴り飛ばす。

「はごぉう!!」

弓子は腹をおさえてのたうちまわる。

「薫・・・今、仇をとってあげるからね・・・」

純子が弓子の髪を掴む。
純子の強烈な攻撃を弓子はガードしていたが、段々と壁に追い詰められていく。
弓子の背中が壁につくと同時に再び弓子の顔面にパンチが決まった。

「がっ・・・」

木製の壁に弓子の頭は強く叩きつけられ穴を開ける。
純子は続けて弓子の腹に左のボディブローを見舞う。

「おげぇぇぇぇぇ!!」

内臓をえぐられた様な激痛が弓子を襲い、胃液と共に血が逆流し口から吐き出される。
前のめりになり倒れていく弓子の後頭部を純子の振り下ろしたパンチが強打する。
弓子はマットに叩きつけられる様に倒れた。

「(こ・・・この娘・・・つ・・・つよい・・・)」

純子は打撃の威力だけは滝川よりも上であろう。
弓子が以前闘った林雪江や花村薫よりもあきらかに強かった。

「滝川より先に私を倒してみろよ!」

純子は弓子を起こし背後にまわると首と太股に手をかけアルゼンチンバックブリーカーで持ち上げた。

「ぐああああああああああっ!!」

弓子の背骨がミシミシと音をたてきしむ。
純子はさらに力を入れる。

「ああああああああああああっ!!」

弓子は目を大きく見開き悲鳴をあげることしか出来なかった。

「あんたの骨も折ってあげるよ!!村松達も助けられず、惨めにマットに這いつくばるんだね!!」

弓子の肉体と同時に精神も破壊してやろうと純子は考えたのだが、それを聞いた弓子はキレた。
体を滅茶苦茶に動かしバックブリーカーから脱出する。

「なっ・・・なに!!」

勝利を確信していた純子は驚いた。
次の瞬間、その驚きの表情が歪んだ。
弓子のパンチが顔面にヒットしたのだ。
倒れた純子は上体を起こし弓子を見た。
弓子の目が鋭く純子を睨んでいた、その目は安藤ミドリと同じだった。

「ひぃっ・・・」

恐怖を感じた純子は腰をマットにつけたまま後ずさりしていく。

「今度はあなたが地獄を見る番よ・・・」

弓子が静かな声で言った。


                          
弓子と純子が闘い始めて30分が経とうとした時、九州女子体育大学の前に二台のリムジンが止まった。
そこから降りてきたのは、都築由利、UGPWのレスラー二人、そしてUGPWの医師。
四人は真っ直ぐにレスリング部へ向かっていった。
レスラーの一人がレスリング部のドアを開けると弓子は無表情で失神して泡を吹いている純子の股間を蹴り続けていた。

「そこまでよ!!」

都築の声と共にレスラー達が弓子を取り抑えた。
医師は純子の元へと駆け寄る。

「?・・・あなた達は?」

弓子は取り抑えられたことにより不意に我に返ったようだった。
都築が弓子の前に歩み寄る。

「初めまして、滝川の秘書の都築と申します。桜井弓子さん、あなたをお迎えに上がりました」

「そう・・・着替えてくるわ・・・」

弓子はそう言って更衣室に消えた。
急なことに弓子が驚くのではないかという都築の予想ははずれた。
闘いの直後とは思えない程弓子は落ち着いていた。

「黒木の容体は?」

「大したことありません。気を失っているだけです」

都築との短いやりとりを終えた医師の合図で純子はレスラー達によって車に運ばれた。


                          
「う・・・ううう・・・」

走り出した車の中で純子は意識を取り戻した。
そして自分の敗北を知った。
後退していく純子にゆっくり近づいてくる弓子。
その目が放つプレッシャーに飲み込まれた純子は立ち上がって弓子に向かっていった。
純子の攻撃をかわした弓子は純子の首を脇で挟むとガラあきになったボディに膝蹴りをくらわす。

「おごぉ・・・!!」

そして純子を倒すとギロチンチョークで一気に締めあげる。

「あががががが・・・」

純子の意識は除々に薄れていった。
弓子はグッタリとしている純子を見て技を解くと仰向けにして股間を蹴り始めた。

「あぎゃあああああああああああ!!」

あまりの激痛に純子は泡を吹き気を失った。


                          
「フフフフ・・・」

純子と向かい合って座っているレスラーの一人が笑う。
もう一人のレスラーも純子を見てニヤニヤしている。

「何がおかしいの・・・?」

「べぇつにぃ〜・・・なぁ?」

レスラーの一人がそう答えたと同時に純子の手は二人の首を掴んでいた。

「ぐぐぐぐ・・・な・・・なにを・・・?」

二人はたいした抵抗もできずに口から泡を吹いた。

「くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!」

純子は怒りにまかせて失神したレスラー達を殴りまくっていた。
                          


「滝川からの手紙です。黒木に勝ったら見せるようにと」

都築が弓子に封筒を渡す。
弓子は封を開け手紙に目を通す。


・・・


「今、我がUGPWは大きな改革を必要としている。
その一環としてレスラーの増員が必要と考え全国のスポーツ選手、女性格闘家、
体育大学等を調査していた時、あなたの写真を見つけた。
私は今でも5年前のあなたとの闘いが忘れられない。
あれから何十人と闘ったがあの時の興奮は味わうことが出来なかった。
それに九州女子体育大学に通う学生は運動神経の塊だ。
どんなスポーツをやらせても僅かな期間でそれなりの選手になる。
あなたが育てた村松友恵、青田藍、そして花村薫、黒木純子がいい例だと思う。
先の二人に関しては技術的にはいいものを持っているがまだ勝負慣れしていない。
後の二人に関してはあなたもご存じのように中々いいレスラーになったと思います。
前置きが長くなりましたが本題です。
プールで私に向かってきた時のあなたは5年前とは比べものにならない程衰えていました。
だがあなたという美しさを備えた人材を逃すには忍びないので村松、青田、池上の三名を利用することにしました。
その結果あなたは花村、黒木という私の刺客を倒し、あの頃の強さを取り戻しつつあります。
あとは私がリングで直接確かめます。
しかしただ闘うというのでは楽しくありません。
そこでこの試合は大切な物を賭けたいと思います。
あなたが負けた場合はあなた、村松、青田、池上の四名にUGPWの所属レスラーになって頂きます。
私が負けた場合は村松ら三名を解放し、あなたにUGPWの総帥の座を譲渡しましょう。
その時はUGPWを潰して私達を警察に渡すのも全てあなたの自由です。
尚、あなたの意志は関係ありません、この手紙を読んだらサインをして都築に渡してください。
では3日後、特別に用意したリングの上で。

                             滝川 京子」



手紙を読み終えた弓子は都築の方を向いた。

「もし私が黒木に負けていたらどうなっていたの?」

「その時は村松達は一生帰って来なかったでしょう」

「もしこの手紙の内容に同意しなかったら?」

「書いてあるでしょう?あなたの意志は関係ないと」

そう言って都築は弓子にペンを渡した。
弓子は黙ってサインをし、手紙を都築に渡した。

「あなたはどっちが勝つと思うの?」

「滝川さんが負けるわけがない」

都築はそう言うと黙った。
UGPWに着いたのは夜の九時を回った頃だった。

 


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