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NEW306 諸要往来 (しょようおうらい)
【作者】不明。【年代】明治三年(一八七〇)書。【分類】語彙科。【概要】特大本一冊。明治元年から三年まで「学校(寺子屋か)」で学んだ因幡国高草郡菖蒲村中土居の中嶋三蔵が使用した手習本に所収。「凡世上手習童子指南之書、余多雖有之、平生取扱雑事有増書綴、令教者也。天地開闢。方角、東西南北。四季、春夏秋冬。社日、彼岸、入梅、冬至、朔日、晦日。色者、青・黄・赤・白・黒…」と始まる文章で庶民通用の基本語彙をしばしば数量呼称とともに列挙した往来。方角、四季、雑節・暦日、色、気象、地形、十干・十二支、人倫・五倫・親族、四民・諸職、神儒仏、家屋、道法、度量衡、調度・日用品(数量)、料理・献立・菓子類、樹木、接客・饗応・諸芸等の用語を書き連ねた後で、「誠に治世長久、万民安楽、此時也。諸芸万道之修行、可期何時哉。従幼少、至於壮年、不学則、老後雖恨悔、曽而不可有其甲斐。於異国家、貧人集雪、蛍為灯、有励夜学例故、不分昼夜、不可移時刻。一字千金、不可□事を」と勧学の文章で締め括る。なお、本往来に続けて「商売往来」「諸職往来」「覚」「消息文」「七夕詩歌・書初詩歌」を合綴する。
★手習本には、手習師匠が独自に作った往来物や、その地域独特の往来物がしばしば含まれており、精査すれば、いくらでも新発見の往来物を探すことができそうだ。


NEW307 御老中松平越中様より御旗本中江御心得書附之写 (ごろうじゅうまつだいらえっちゅうさまよりおんはたもとじゅうへおんこころえかきつけのうつし)
【作者】松平定信作。【年代】江戸後期書。【分類】教訓科。【概要】大本三巻三冊。老中・松平定信が著した旗本心得を手習手本としたもの。「其身不肖ニ候得共、当御代之撰ニ預り、天下之政道を司り、末御幼稚ニまします将軍家を補佐し奉、誠ニ任不能中之天下乃御為ニ可相成とも不存寄、各申談候上ニ而、事を取捌き、津々浦々迄も安国と極り、治りなびき随ふ御政道、猶更大切ニ存候。因茲、某存候所を無覆臓申聞候…」と老中職就任に当たって定信が旗本へ示した教訓として綴られ、主人に非道があれば諫めを入れ家の仕置を正すべきこと、東照宮神君(徳川家康)に仕え粉骨砕身の働きをした先祖の功績や高恩を忘れないこと、五倫などの人倫を守るべきこと、本妻と妾を厳格に区別すべきこと、安易に妻を離縁しないこと、遊芸に耽らないことなどを諭し、さらに、婚姻、衣類、質素倹約などを説き、吉宗の倹約令を引用し、そこに立ち戻るべきことを強調する。第一冊は半丁に大字二行(無訓)、第二冊は二ないし三行、第三冊は四行と、徐々に行数を増やして、半丁あたりの文字数を増やし、学習段階を意識して綴られているのも特徴である。〔小泉〕
★上巻・中巻・下巻と学習が進むにつれて行数が増えると、当然文字は小さくなり、1行の字数も増えるから、同じ1丁でも学習量はかなり多くなる。1冊を恐らく半年ないし1年くらいかけて学んだものであろう。白河藩内で使用された手習本であろう。



NEW308 〈御家正風〉書用法帖 (しょようほうじょう)
【作者】林博教(玄教堂)作・書。大岩良充序。【年代】江戸後期(文化頃)刊。[名古屋]永楽屋東四郎板か。【分類】消息科。【概要】異称『御家書用法帖』『〈士農工商〉御家書用法帖』。特大本一冊。「世間日々入用の文章」を書道手本にふさわしい大字で認め、さらに書状文言の貴賤上下の違いや十二月異名や種々の書簡用語などの書札礼も詳しく記した法帖。例文は「年始披露状」から「官位昇進披露状」までの七三通で、四季時候の書状の間に各種祝儀状や見舞状、諸用件の手紙を収め、大字・四行・所々付訓で認める。巻末に、月の異名や書状冒頭に掲げる時候の言葉を示した「十二月異名・四季時候」と、貴賤高下別の書状の端書(はしがき)・書簡文言・書止・脇付を列記した「書札文式」を掲げる。門人の大岩良充の序文によれば、玄教堂の門弟が急増し千人以上となったため、入門用の書道手本として本書をやむを得ず上梓するに至ったとする。なお、同じ作者による『〈御家〉当時用文章』†が文化一三年(一八一六)に永楽屋東四郎から出版されているため、本書もその頃の刊行であろう。〔小泉〕
林博教(玄教堂)の著した往来物は数点見つかっているが、名古屋板ばかりと思われる。



NEW309 文宝用文字尽大成 (ぶんぽうようぶんじづくしたいせい)
【作者】芦田鈍永作。大江文坡(匡弼(ただすけ)・臥山人)序。【年代】明和五年(一七六八)刊。[京都]美濃屋平兵衛(松寿軒)板。【分類】消息科。【概要】異称『明和新刻用文章』。大本一冊。「新春に田舎へ遣す祝儀状」から「月迫見舞につかはす状」までの六四通を収録した用文章。四季時候の手紙や各種祝儀状、見舞状、諸用件の手紙を含み、厳密な季節順ではなく、前後で関連する書状を適宜掲載する。本文を大字・四行で認め、ほぼ全ての漢字に読みを付ける。巻頭に「王羲之像」「近江八景図」「書厨正図」を掲げ、前付記事として「万積方之絵図」「京より大坂え河上道中記」「廻状書様并口演」「万包物折形之図」「礼法図解」「砂物・立花の図」「本朝能書之三跡之図」「万手形諸証文之案紙」「十二支之図」「百官名づくし」「琴碁書画之図」「篇冠構字尽」「東百官名」「婚礼聟入之次第」「男女相性吉祥和歌之風」「三保松原清見寺風景」「書状用捨教訓鑑」、また頭書に「節用四季部分字尽(四季言葉寄字尽)」「諸用部分字尽」「元禄御改服忌令」「九九之次第」「八算掛割之術」「本朝年号用字」「暦之中下段之事」「小野篁歌字尽」「草木植替時之事」「大日本国尽」「人の名づくし」「五性相性書判」「十二月異名」「吉書始」「七夕詩歌」「色紙・短冊書様」、さらに巻末に「本朝年代略記」「大日本図」等を収録する。〔小泉〕
★「用文章」にも初刊年代の元号を書名につける一番早い例は、安永年間(1772〜1781)刊行の『安永用文章』である。本書はそれ以前の明和年間で、書名ではなく、柱に「明和新刻用文章」とするが、これは元号を書名に含める先駆的な例の一つと言えよう。



NEW310 〈御家〉孟春帖〈片山〉(もうしゅんじょう)
【作者】片山素俊(随雙軒・忠倫)書・跋。【年代】安永四年(一七七五)書・刊。[江戸]須原屋伊八板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「孟春之御慶賀不可有尽期…」で始まる新年状から歳暮祝儀状までの三三通を大字・三行・無訓で記した上田流の書道手本。普請での功労による褒美拝領を祝す書状、江ノ島参詣・塔ノ沢入湯を予定する友への書状など公私にわたる比較的短文の例文を種々載せる。なお、本書後半部に小野素玉(随琢堂)書『改年帖』を合綴した『〈上田〉書札改年帖〈小野〉』†が寛政一二年(一八〇〇)に刊行された。〔小泉〕
★このような手本も、毎年のように数点は見つかる。