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酒、人を呑む
  (樹下先生作。浦川公左画。嘉永2年(1849)刊 『今昔道之栞』。[大阪]河内屋太助ほか板)
昔、浪華の人が二人で住吉参詣に出かけた帰り、大酒を飲んで二人とも泥酔し、今宮村という所で一人が酔っぱらって熟睡してしまった。起こそうとしても全く動かない。相棒は捨てて置くこともできず、男を背負って自宅まで連れ帰り、妻に引き渡した。
 彼女が驚いたことに、見ると、相棒の肩に背負われていたのは、着物ばかりで、本人はそのまま置いてきていたということである。
 これと同じ様な話がある。ある人が歩いていると、水路からいびきの音が聞こえてきたので、不審に思って近づくと、泥酔した友人であった。 「どうしたのじゃ。酒もいい加減に飲まれよ」と言うと、酔っぱらった男はろれつが回らぬ口で「これで丁度良い加減じゃ」と答えたという。
 誠に「酒が人を呑む」という言葉通りで、世間では酒を飲む飲むと思っているうちに、家を飲み、蔵を飲み、諸道具を飲み、衣類を飲み、家督を飲み、船を飲み、妻子の物まで飲み、果ては妹や娘を飲み、ついには、本心がどこかに抜け出てしまい、抜け殻のようになってしまう人が多いものである。