心に寄り添う「母親支援」をめざして

 *桜井静香さん(パーソナル・トレーナー、学術博士)に伺いました (2009年4月)

── 今の会社(健康関連の出版社)に入ってから、家族でウオーキングをするようになり、随分とあちこちへ歩きに行きました。子どもが中学校くらいになるとクラブ活動などで歩く機会も持てなくなりますね。ウオーキング始めた頃は、上の子が小学1年生、下の子が幼稚園の年長くらいからで、月に2、3回ですね。初めは5、6qでしたが、段々と長くなって最高で24、5qも歩いたことがありました。その時は親から「歩かせすぎだ!」って怒られましたけど…(笑)。
[桜井] 確かに、そうかもしれませんね。
── 今、振り返ると、本当に楽しい時間だったなと思います。それで、歩きながら話をするでしょ。自然の多い田んぼや畑、森のある所を歩いたり、そんな所でも少し入っていくとゴミが捨ててあったりする。「だれが捨てるんだろうね。こういうのは良くないよね…」と子どもと話をしたり。朝早くから歩くと、地域のお年寄りやボランティアの皆さんが清掃活動をしているの見かけたりする。素通りはできないので、「お早うございます。お疲れ様です」と挨拶し、子どもにもそう言わせて通過する。このような人たちがいることを目の当たりにするだけでも、良い勉強になります。
[桜井] そうですね…。
── かと思うと、どこかの家がまさに火事で燃えている場面に出くわしたり、色んなことがある訳ですよ。このように、親子が同じ物を見て話す、「対話」ができるというのがウオーキングの良い点ですね。小さい頃はお小遣いもあげていませんでしたが、ある時、ウオーキングの途中で下の子がね、「友達がみんなお小遣いをもらっているので、ぼくも小遣いが欲しい」って言い出しました。

[桜井]
ウフフ…。
── そして「友達はいくらもらっているの」「いくら欲しいの」というような話を色々しながら歩いたんですね。「じゃ、来月からお小遣いをあげよう」と約束したりしてね。とにかく家族でのウオーキングは、子どもが大きくなってから、「この道は、昔、みんなで歩いたっけ…」と必ず良い思い出になると思います。そんな記憶が薄れないうちに「子育てウオーキング」というタイトルで本を書きたいなと思っているんですね。
[桜井] わぁー(笑)。ぜひ、書いて頂きたいですね。歩くって本当に大事ですね。うちは、まだ下が1歳ですし、上も4歳になったばかりなので、会話がきちんと成立することはほとんどないんですね。ただ土・日は必ず外へ出て、いっしょに歩いたりします。下の子はまだ、たどたどしいですが、「わぁ〜、こうやって家族で歩けるようになったんだ」と思うと、子どもを産んで良かったなと。最初は主人と二人で歩いていたのが、一人増え、二人増えていって、感慨深いですね。
── 子育てを通じて、人間の生き方とか情愛が深まっていきますよね。
[桜井] それは本当に感じます。しかし、これ(拙著『「江戸の子育て」読本』)を見ると、「あぁー」って思いながら、私にはちょっと…って(二人で爆笑)。私はせかせかしているかなって思います。
── 私もこの本を書きながら反省ばかりしているんですよ。こんな風にできたらいいなと思うんですよ。江戸時代の親にはすごい人もいたんだなって関心しますね。もちろん出来なかった親も沢山いたはずですよ。
[桜井] それはそうですよね…。
── 要するに、子育ての本が江戸時代にこれだけ出たということは、まともでない親も沢山いた印でしょうから。しかし、きちんと子育てが出来ていた家庭があったのは事実です。例えば、林子平の本(『父兄訓』)などを読むと、10歳までにきちんと子育てが出来ると、反抗期を迎える11歳以降も、親が「こうしなさい」と口で言っただけで親の言いつけをよく守る子どもになる、そのようなことは10歳までの教育で決まると教えていますね。確かにそうだと思うんですね。子どもに大声を張り上げなくても、手をあげなくても、静かにたしなめるだけで十分だった。叱る必要もないんですね。
[桜井] なるほど…。
── ですから、江戸時代の通りできなくても、少しでも反省のきっかけになれば十分だと思います。知っているだけでも自分を振り返るヒントになります。それから、江戸の子育て書を読んでいて思うことは、叱り役がいたら、抱え役もいてというバランスが大事だということですね。
[桜井] ええ、バランスが大事ですよね…。それは感じますね。
── しかし現実は、結局、夫婦二人がかりで子どもを責める、両親揃って子どもを叱ってしまうことが多いんですよね…(笑)。現実にはなかなかそうなれません。実際、「自分が叱った時は、ママは叱らないで後で、静かに諭して。二人で叱っちゃ良くないよ」と反省することが多いです。ところが、うちにはおばあちゃんがいるので、「何で二人で、ガミガミ子どもを叱らなくちゃいけないの!」って逆に私たちが怒られることもあってね(笑)。
[桜井] アハハ…
── しかし、それで良いのかなって。結局、行き過ぎてしまった時に、母がセーブしてくれるわけですから。なので、夫婦の場合は、似た者同志ではなく、むしろ、父親と母親は異質であったほうが良いと思います。最近は仕事も子育ても半分半分という考え方が強くなっていますが、夫婦が何から何まで同じで母親が二人いるような家庭は疑問ですね。おじいちゃん・おばあちゃんもいない核家族になって、夫婦が子どもに同じような関わりをすることはあまり良いことと思えません。
[桜井] そうですね。みんなが悩んだり、抱え込んだりしていても、結局、日中は子どもと二人きりとか三人きりとかで、何年間か続くわけですね。「お父さんが怒ったときは、お母さんは優しく」と頭では分かっていても、左脳では分かっていても、右脳では聞かない(笑)ということは、子どもが何歳になってもあると思うんですね。昨日の学習会(子育て学習サークル)でもそういう話が出て、バランス、バランスと分かっていても、ついつい言ってしまったりとか、もし、その時に自分の父か母が側に居てくれたら「まぁ、まぁ」って言ってくれるんじゃないかなってね。世代間がいっしょに住むのは今こそ大事なんじゃないかなとね…。
──  そして、地域との関わりも薄くなっちゃっていますね。ですから、地域のボランティアでもスポーツ少年団でも何でもいいんですけれど、色々な年代や色々な人と意識的に交流させるようなチャンスをね…。
[桜井] その意識的な関わりはもっと積極的にやるべきだと思いますね。と思っていろいろなサークルを立ち上げたんです。ところで、ご著書の中に「子どもは、父親の10倍も母親に似る」という表現が出てきますね。
── ええ。誰が最初に言ったのかは分かりませんが、江戸前期の子育て書に出てきますね。儒教もそうですが、一般に江戸前期の子育て論には「父はこれこれすべき」と言うように、「父、父」と書かれますが、「父」と言っても「父母」の意味で使う場合も多いんですね。ですが、徐々に、「子育てには母も大事だ」とはっきりと明記されるようになります。江戸中期から江戸後期へと進むにつれて子育て論における母の役割に関する記述が増えていくんですね。その一つが「父の10倍も母に似る」という心得ですね。特に幼児期は母と一緒に過ごす時間が多いわけですから。
[桜井] 今の学習会では男の子を持つお母さんがたまたま多くて、この「父の10倍も母に似る」と知って、「えぇ〜、これは困る。父に似て欲しい…」ってね(笑)。でも結局は、お母さんはかなり高い密度で子どもと過ごすことが多いので、その影響が大きいのは当然です。発する言葉にしても、挨拶にしても、常に側にいる大人ですから、影響を受けないはずがないですね。

── 今、問題になっているのが、母子密着型の子育てですね。そういうことが結構言われているので、ある人に言わせれば、母性は少しセーブして、父性ですね、父親が生き方を教えるとか、社会を教えていくという部分をもっと出さないといけない。父親が育児を分担することは悪いことではありませんが、父親が母親と同じことをしたり、同じ関わり方をするだけではおかしくなると訴える人もいます。もし母子家庭の場合でしたら、母性も父性も一人でしなくてはならないので、女手一つで育てていく中に、その両面が備わる場合もあるでしょうが、できれば、少しでも多くの人との関わりを持つようにしていくと良いと思います。
[桜井] 学習会に来てくれた方は、結構、意識が高いんですね。
── 何人くらい集まるのですか?
[桜井] 多い時は10人くらいですが、人数が多いと話が広がりすぎるので、あえて人数を抑えてきたので、大体、5〜6人ですね。この学習会をきっかけにして、今の自分の精神状態や子どもの関わりなどの話が沢山出てきます。みんなが共通で悩んでいるのは、「これで本当に良いのだろうか」という点ですね。一生懸命子どもと向き合っているけれど、これでいいのか?という気持ちですね。特に誰かが誉めてくれるわけでもなく、「大丈夫だよ」って太鼓判を押してくれるわけでもなく、不安を抱えたまま子育てしている人が結構多いのかなと思います。
 参加者の中には仕事をずっとしっかりやってこられて、結婚して子どもが産まれてというケースが多いんですよ。そして、自分というものをしっかりと持っていて、自分で自由になるお金も持っていて、かつ、自分のポリシーも持っている。しかし、子どもが産まれて大きなギャップを感じるんですよ。自分の自由な時間がなくなって、2歳くらいになるまでは子どもの生活の全てを支えてあげなくてはいけませんから。トイレも一人で行けないわけですし、そうなってくると、アイデンティティが完全に崩壊するわけではないですが、昨日の学習会でも、「自分が自分じゃない時間だった」と表現していたお母さんがいました。
── 子育て中は…ですね。
[桜井] ええ。結局、夜中でも2、3時間おきに起こされて、昼だか夜だか分からない、今まさにその状況にあるんですね。産後まだ8カ月前後で、相変わらず夜泣きをすると。つい2年前までは毎日仕事に行って、世界的な評価も得ていて、昇進もあってという時期から、突然、昼夜分からない状況に入ってきた。それを全て受け入れろと言われても、それはもちろん分かるし、母親だから頑張らねばという気持ちも強くあるけれど…「母親だから頑張りなさい、当たり前でしょ」と決めつけられても、このギャップはあまりにも大きすぎると思います。こういったことから、妊婦期からの産後教育といいますか、産後はこうなるんだよという教育をもっともっとして欲しかったという意見でした。
── それは学生時代に、それとも、妊娠中ですか?
[桜井] 学生時代にも欲しいですし、特に、一人目の妊娠期は時間にも余裕があるので、いわゆる、「体重をこれくらいに増やしちゃダメよ」というような教育ではなくて、「この時にこれが待っているから、大変だけれども、こういう人の支えがあったり、保健センターからこういうセンターがあったり、地域の子育て支援でこういう関わりがあるから、こういう所に行けばこんな情報が得られますよとか、そういうことに関して支援の強い地域とそうでない地域── 前橋市はそういうサポートが少ないんですが ── 地域格差が本当にひどいんですよ。主人が転勤族で、今の場所は5カ所目なのでその格差がよく見えるんですけど、金沢市はサポートがとても充実していました。妊婦教育も結構盛んなんですよね。そのような支援のお陰で、私も一人目の時は心の準備が出来たんですね。それでも実際はすごく大変でしたけど(笑)。でも、ある程度「産後は大変なんだ」という頭があったことと、「眠れない時間があるけれど、それでも授乳しなくちゃいけないんだ」という腹づもりができたんですね。構えが出来ているのと、そうでないのとではキャッチボールが上手にできないのと同じで、心構えがあるという状態で子育てに入れる私の場合と、「とにかく産んだらなんとかなるから」という言葉だけで実際は「いや全然何ともならなかったじゃないか」という彼女の場合とでは違うと思います。
── なるほど。
[桜井] 私は「子育て支援」よりも「母親支援」と言った方が良いと思っています。母親支援をもっと充実させるべきだと思います。子育てに入って、その点を強く実感しています。最近の学習会は、産まれた方ばかりですが、4〜6月頃は妊婦の方も参加していて、「ああ、知っていて良かった」となるわけですね。また、産んだ直後の方との対話があることで、「じゃ、分からなくなったら、あなたに電話すれば、悩みも聞いていただけるのかしら…」というやりとりも生まれて、この勉強会が一つの交流の場になっていって良かったと思います。しかし、本当はこのようなことを自助努力で個人が立ち上げるのではなくて、やはり、行政などのサポートがもっともっと必要だと思うんですね。「産むだけのサポート」だけじゃ、もう足りなくなっている。そして、「子育てはやっぱり大変だ」というイメージがつくと、「一人でやめちゃおうかしら」となってしまいます。「こんなに大変ならもう一人産みたくないわ」とか、結局、手伝って貰いたい両親が遠くの県に住んでいたりとか、地元のサポートも受けられないしということになると、もう一杯一杯なんですよね。やっぱり地域格差が大きいと思います。
── 桜井さんもご主人の転勤が多かったので、本当に大変でしたね…
[桜井] 大変でしたけど、知恵が付くんですよ。こういう本(拙著)も(笑)、いただいたお陰もありますし、それに最初から親には頼れない、親はいないものと思って子育てしてきたので…。
── ご両親はどちらにお住まいですか?
[桜井] 私も主人も千葉県なんですけど。じゃ、群馬にすぐに来られるかと言うと、父もまだ仕事をしていますし、主人の父も仕事をしていますので、来られないんですよ。千葉にはいますが、石川県の時はもちろん来られませんし。そこで、地域を支えるファミリーサポートセンターとか、保健所が紹介してくれる子育て支援のNPOさんから色々紹介して頂いたり、でもそれだけでは足りないので、子どもをおんぶしながら自分の足で方々へ出向くわけですよ。そうすると、結構、自分の視点で見えるので、必要だった場所が見つかります。でも、それだけじゃ物足りないと思って自分で立ち上げたりすると、ぱーっと人が集まってきて、やっぱり皆さん、同じようなことを求めていたんだなと思いました。
── そうでうすか。
[桜井] 子育て広場はあるんですけど、このようにみんなでいっしょに共通のことを勉強しようとか、きちんとそのことについて論理立てて話をしようという場がありません、不思議なくらい。金沢市の場合は、行政がお金を出して開催する子育て講座はちゃんとありますが、それには託児があるので出席はするんですけど、結局、一方通行で、日本の学校の授業みたいなものですね。先生が前に立って、こうしなさい、ああしなさいと言う。「それはすでにこの本読んで分かっているんですけど…」というのが多いんですね。そうではなくて、双方向コミュニケーションとかディスカッション形式のものを求めていたんです。かなりの数の講座に出席しましたが、そのような講座は一つもなかったですね。
── なるほど。
[桜井] じゃあ、自分でやろうかということで始めたら、結構、人が集まってきたんですね。
── 要するに、人手がかかる方法じゃ、大勢の人を対象にできない。もし、それに近いことをやろうとすると、講師をサポートする相談員みたいな人が何人か用意して、それでグループ学習のような方法にしていかなくちゃならない。本当は5人から10人くらいの範囲で円座になって話し合いをする方法が一番良いのかもしれませんが、一方通行では確かに理解を深めにくいですよね。
[桜井] やはり無料でこのような話が聞けるのは良い機会ですし、有難いんですが、そこに参加する方は既に読み終えて知識は持っているんですよ。すでに考えも深めているんですね。ですから、その点について「ほかの人はどう考えているんだろう?」とか「先生、それは分かりますが、先生のお子さんはどうでしたか?」と尋ねてみるというように、もう一歩踏み込んだと講座が欲しかったんですね。
── 要するに、支援の仕方が対象者のニーズにうまく噛み合っていないんですね。

[桜井] 自分の子育てに活かせたらいいなと思って、今、カナダのファミリーサポート理念に関する文献を読んでいます。ここで興味深いのは、カナダの場合、全てボトムアップ、つまり、市民からの声を聞いていくんですね。「どんな講座をやりたいですか?」「どんな講座を求めていますか?」って定期的にアンケートをしたり、直接、保健師が市民に聞きに行ったりして、市民の声を確実に拾って事業を行うので、市民のニーズに合ったものが必ずある。そして、「完璧な親なんてありません」という基本理念があるんですね。その文章を読んだ時、ちょっとホッとしたんです、「そうか、そうか」って(笑)。何行かおきにそう書いてあるんですよ。「育児書通りには行かないよ。完璧な親なんていないから、大丈夫、大丈夫」ってね。どんなに困難な状況を抱えていても、それを乗り越えていく力は絶対に誰にでも潜んでいるから、「こうして欲しい」「ああして欲しい」という発言を沢山してくださいというようなことも書いてあります。ですから、お役所が男性の頭で発想・展開していくのではなく、市民の声をもっと聞いていただけると有難いと思いますね。
── 役所も女性の管理職が増えてきましたけどね。私も最近、ある自治体の食育推進計画を仕事で担当させてもらったんですが、計画作りにあたって、その町で食育アンケートを実施しまして、自由意見の欄に市民から多くの声が記入されていたので、それを活かすのがその町らしい計画になっていくだろうと考えました。そこで、市民の声をできるだけ盛り込んで計画原案を作成したのですが、そしたら、役所の担当者からこのような個別の意見は入れなくていいから、もっと客観的なデータに基づいて作成しろと言うんですね。アンケートの中には「共働きで、疲れて帰ってきて、それから食事を用意することもままならない、そんなことを毎日していたら死んでしまう、ムリ、ムリ…」というような現実が数多く書かれていました。そこには、食育のネックになっている現実と、「このような環境にある家庭の場合にはどんな食育の方法があるか」を考えていくヒントが含まれていると思うんですね。そういう声をなぜ取り上げないのかと疑問に感じました。その声は1枚のアンケート用紙かもしれませんが、実際には同じような思いを持つ市民が何十人もいるはずなのに…。とにかく客観的なデータで、というわけですよ。地域の産業構造がこうだとか、人口構成がこうだとか、地元の農産物が給食に使用されている割合だとか客観的な数値だけで計画を作れというようなことになるんですね。こんなことをやっているから、市民の声とギャップが出来てしまうのだなと思いました。
[桜井] そうですね。もったいないですね。
── いずれにしても、行政を変えていく原動力は、最初は、桜井さんの取り組みのような、本当に数名の熱意のある個人の働きにかかっているんでしょうね。もちろん、一人ではできませんから、何名かの有志が集まって地道に行動を起こしていくしかないのでしょうね。NPO活動にしろ全ての原点はそこからだと思うんですよね。そのような中で優れた人があっちに講演に行ったり、こっちにきて指導したりしていきながら、各地に運動の火をともしていくのでしょうね。そんな役割を、桜井さんも果たすのだろうと将来を楽しみにしていますし、今の体験も全部、自分の血肉にしていってほしいなと思います。
[桜井] やはり市の職員さんも保健所の方も、人なのかなと思います。金沢でも、人が代わった時に大きく動いたんですね。やっぱり沢山の人が押し寄せてくる。「一体何やっているんですか?」と保健所の方が聞きに来られたりしました。それは活動を続けて約1年くらいたった頃でした。
── その時の活動はどんなものですか?
[桜井] 今みたいに、きちんと勉強しようという活動もやっていたんですが、もう一つは私の専門の運動の方ですね。産後は、赤ちゃんを抱っこしたり、おんぶしたりして、一番肩がこったり、腰痛になりやすい時期なんですよね。そこを大事にしないで放っておいて、2、3年後にぎっくり腰になるケースが身近なところでどんどん出ていました。そこで、これはいけないなと思いました。私も出産と同時に体のケアを始めたんですが、ケアが追いつかないんですね。1時間おきに抱っこしていたので、右手が動かなくなっちゃったんですね。そして夜中もフラフラになりながら子育てしていたので、「こんな状態じゃ冷静になれる訳がない」と聞いたり見たりしたのと同時に、ストレッチしてても追いつかない現状があるので、「これは私だけじゃない」と思ったんですね。そこで、「産後の体のケアを自分でしよう、セルフケアをしましょう」ということで、月に二回ほどやりますので来ませんかとチラシを配ったところ大勢の人が集まるようになったんです。
── 何人くらい集まったんですか?
[桜井] 最終的に30人以上だったんですが、会場は30人でギリギリなので、お断りした方もいましたが、常に一杯の状態でした。要するに、そのようなニーズはあるのに、それを提供する場がなかったんですね。そして、助産学などの本も一杯買って勉強しました。すると、そう言えば、出産の時ものすごく骨盤が開いていたことに気づいて、自分でも少し恐くなったんですね。体の急激な変化に自分自身驚いてしまって…。そういうことをちゃんと勉強した上で提供していたんですね。ですから、単なる親子リフレッシュとかではなくて、お母さんが主役のお母さんのための企画だったので、それが受けたのだと思いますね。そのようなことを地道に1年くらいやっていたら、保健所さんの方から声がかかったんですね。「お母さんのための講座を市民の方からあげていただく企画を4月からやるんです。ぜひ、講師をやりませんか」と言われて、そこからなんですよね、色々な所とつながりができて…。いわゆる市の講座で「ママさんカレッジ」という名前が付いたんですけど、新聞にも載るんですよね。そうすると、応募がかなり殺到して…。募集定員は25名だったんですが、私がやる講座は定員の4倍から5倍の申し込みがありました。すると、これは放っておくわけにはいかないということで、今度は市の職員も見学に来て、「こんなにニーズがあるなら、ちゃんとやった方が良いですね」となったところでで、転勤になっちゃったんですよ。何か、運命なのかなって思って…(笑)。
── でも、その後引き続いてやってくれる人は…
[桜井] 実はサークル的に今も続いていて5年になるんですよ。私は指導する立場ではなくなりましたが、とにかく産後の体をケアしましょうということで、月に1回集まっているそうです。とにかく場が欲しいんですね。二人目が生まれても、三人目が産まれても体をちゃんとケアする場は確保して置いた方が良いんじゃないのって、主立ったメンバーに伝えたんですよ。そうしたら、「この場は絶対止めたくない」と言ってくれました。ですから、「産めよ、増やせよ」と行政が言うならば、産後の体を大切にできる場を用意するべきだと思います。
── なるほど。そうですね。
[桜井] 結構、地域の活性化にもつながっているんじゃないかなって思います。
── 今のお話を伺って、こんな支援が一番大切ですよということを情報発信といいますか、桜井さんご自身が本でもお書きになって訴えていって欲しいと思いました。本当に必要な子育て支援はこういう所にありますよというのを、まず、役所の人間に理解してもらわないと施策になっていきませんので、とにかく行政の人には勉強してもらったり現場に近づいてもらわないと、いつまでたっても住民ニーズとどこか食い違った自己満足の行政サービスで終わってしまうでしょうね。
[桜井] 金沢市も、顕在化した部分といいますか、子育て広場であったり、児童館であったり、公民館であったりという箱物に関しては、日本の中でもトップ10に入るくらい充実していると思うんですよ。しかし、潜在化している心の内面の部分については、もっと寄り添った支援をして欲しいと思います。前橋市は、顕在化している部分もあまり充実していませんし、なおさらその思いが強いですね。1人目の子どもの行き場はあっても、子ども2人、3人と連れて行ける場所がなかなかない。「少子化対策に貢献しているのに、行き場がない」と、3人、4人もお子さんがいるお母さんも言っています。
── そうですか。やはり、「お母さんの心に届く子育て支援」あるいは「お母さんの心に寄り添う子育て支援」というようなタイトルで、桜井さんが1本書かないといけませんね(笑)。
[桜井] そうですね(笑)。色々とまとめてはあるので、後は出すだけなんですけど…。とにかく現場が先に動かないと、市の支援を待っているだけでは何も変わらないですし。本当にどこかの町でも毎日毎日何千人と生まれているはずですし、次のお母さん達にどんどん伝えていきたいという思いも強いんですね。身近でも、虐待までいかなくても、ちょっと精神状態が良くない状態になったお母さんもいました。子どもの泣き声があまりにも自分の頭にガンガン響いてきてしまって、思わず、子どもを洗濯機の中に入れそうになったお母さんがいました。その数日後に、彼女は泣きながらそのことを連絡してきてくれたんですけど。結局、母子密着の状態が長く続き過ぎてしまったこともあるでしょうし、彼女のご主人が忙しすぎて非協力的だったこともあるでしょうが、お母さんがそこまで追い込まれてしまう状況があるんですね。ですから箱物の「子育て広場」ではなくて、お母さんの心が開けるような場が必要だと強く感じますね。
── これからのご活躍を大いに期待しています。本日はありがとうございました。


桜井静香さんは、次のような経歴も素晴らしいですが、自分と同じ悩み・苦しみを持つ人がいるに違いないという信念と情熱で、エネルギッシュに行動する点がすごいと思います。私が余計な講釈をするよりも、桜井さんのHP 「SAKUのホームページ」を御覧あれ。学習会では拙著をテキストに江戸の子育ての知恵を現代に活かす取り組みもされています。多彩な草の根活動から周囲を変え、地域を変えていく人だという確信を得たインタビューでした。
桜井静香さん】 1973年仙台生まれ。2児の母。東京大学大学院広域科学専攻生命環境科学系身体運動科学グループ博士課程卒。学術博士(運動神経生理学 Ph. D)。在学中からスポーツ選手や、リハビリ患者等のパーソナルトレーナーとして、運動科学の知見に基づいたコンディショニングトレーニング指導・健康運動指導に携わる。これまで関わったクライアントは日・米総勢1800名以上。 「読む救急箱」(MCプレス)、「あなたのエクササイズ間違っていませんか?」(化学同人出版)など著書も多い。