病に誘われて入った古典籍の世界

 *鈴木重雄さん(神奈川県・会社員)に伺いました(2004年11月)。
── 鈴木さんとの出会いは、半年ほど前でしたか…。鈴木さんのホームページを拝見したのがきっかけでしたっけ? とにかく鈴木さんのホームページを拝見して、古版本などのデジタル化もされていて共鳴したのを憶えています。
[鈴木] 小泉さんから「ネットサーフィンしていて、貴ホームページにたどりつきました。古典籍のデジタル複写をなさっていて…」というメールを頂いたので、早速、往来物倶楽部のホームページを拝見、当方も、同好の士と喜んだ次第です。
── 「鈴琳舎」という号をお使いですね。「鈴」はお名前の一部だと思いますが、何か由来はあるんですか?
[鈴木] 「鈴」はご想像の通り「鈴木」の鈴、「琳」は美玉、「舎」は「宿舎」ですが、規模はまだ小さいですので、「私のお宝部屋」(マイ・コレクション・ルーム)という程度の意味です。
── 「優游文庫」という文庫名にも何か由来はあるんですか?
[鈴木] 「優游」は論語や礼記にある言葉でして、論語では「あくせくせずのんびりと学芸を味わう」と言った意味合い、一方、聖徳太子が十七条憲法制定に際して引用したと考えられる礼記では「和を以って貴しと為す…優游の法」とありまして、「やさしくおだやかな心を大切にしながら、書物にのんびりと触れ、味わう」と言った意味で付けました。色々理屈を付けておりますが、実際のところ「鈴琳」と「優游」、ちょっと語呂がいいかなあ…と付けた次第です。
── そもそも、鈴木さんが和本にご興味を持ったのは、どうしてだったんですか?
[鈴木] 10年以上前になりますが、体調を崩しまして、医者から西洋薬をもらいましたがうまく合わず、三度目にようやく身体に合った薬をいただきました…。それが漢方薬で、副作用が出ませんでした。調べていくうち、漢方薬には、上薬、中薬、下薬があることがわかりました。漢方って、奥が深いんだということを実感し、少し勉強してみようと思っていましたところ、ある古書店で薬草について詳しく述べられた元禄時代の和本『和語本草綱目』を見つけたので、それを購入したんですね。
── ご自分のご病気から『和語本草綱目』にたどり着くというのも、稀有なお話ですね。
[鈴木] たまたま目にした本がその本でしたから。で、その本には、疲れ目に効く薬草のことなども書かれていまして、サラリーマンの私にとっては、とてもありがたく思いました。
── そうなんですか。例えば、どんな薬草なんですか?
[鈴木] 「菊花」、字のままに「菊の花」です。「頭と目に作用して風熱を去り、目の血を養う。頭が痛い時、頭に腫れ物が出来た時、目がクラクラする時、目から涙が出る時、目が痛む時、かすみ目等に効く。菊花の甘さは、血脈を養い、苦きは結滞を去って通りを良くする…」とありました。中国の人々は「菊花茶」として親しんでいるようです。いつでしたか、家内から「ワールドニュースで、中国奥地のある川の周辺の人々は目が大変よく医者要らず。調査の結果、彼らが飲料水にしていたその川の上流には天然の菊畑が広がっており、菊の花や葉が川に流れている状態で、菊の成分が川に溶け込んでいることが分かったと報じられていた」と聞きました。シンガポールに行った時は、缶入り飲料として店頭で売られていました。漢方薬局以外、近間では、中華街で乾燥菊花が安く手に入ります。軽く煎じて飲んでみましたが、目の疲れがすっと消えた感じがしました。ブルーベリーに含まれるアントシアニンが目に良いと言われていますので、庭に植えて毎年味わっていますが、そのブルーベリーより即効性があるように感じました。
── お話を伺えば伺うほどに、突き詰めていく姿勢に感服しますね。
[鈴木] 本人は、大したことをしているつもりはありません。どうして、何故、もっと詳しくわからないかと言っているうちにこうなりました。
── ホームページを拝見しますと、集めておられるもの本草書だけではないようですが、
そういった薬草の話から多方面の古書に興味が移っていったんでしょうか。

[鈴木] そうなんです。もっと色々と知りたくなりまして、漢方や薬草だけでなく他の古書にも興味をもちはじめ、和本、唐本=中国古籍を探し始めました。古書を読むには、古文書に親しむ必要があると思い、神奈川県立公文書館へ古文書の読み方を習いに通い、国会図書館、内閣文庫でも、いろいろな書籍を閲覧させてもらいました。
── 昔の文章を読みこなすのは大変ではありませんでしたか?
[鈴木] 読み慣れない文章なので難しく、漢文・白文で書かれたものも多いので、そちらも勉強中です。で、その古い書物ですが、探しだせても、簡単に読んだりコピーしたりすることが困難なことを痛感しまして、自分で手に入れるようになってきたわけなんです。勉強することが多々ありますが、知識も徐々に増えてきますし、いろいろな方と接点を持てるようになり、人生が広がってきたように思います。
── 確かにそうですね。どんな方との出会いがありました?
[鈴木] 例えば、以前、村越三千男著の『植物図鑑』という明治41年初刊でかつ手書き校正部分のある本を所持していました(写真)。この本のお蔭で、しばらく平凡社新書の『牧野植物図鑑の謎』をお書きになられた北海道自然保護協会会長で元大学教授の俵浩三(たわらひろみ)先生と交信させて頂きました。先生によれば、この本が日本で最初の『植物図鑑』で、『牧野植物図鑑』の前身との事。先生ご自身、初版はお持ちでなく大変ご興味を持たれましたので、お手元にお贈りしました。しかし、公的機関で保存・公開される事を望まれた先生が、高知県立牧野植物園・牧野文庫に初版が無いということを嘆かれて寄贈されました。自分が探し出した本が、社会の役にたったようで、それも古本蒐集の喜びの一つになっています。
── 大変な篤志ですね。なかなかできないことだと思います。話は変わりますが、植物学といえば、おそらく御存知だと思いますが、西洋植物学を日本で最初に紹介した宇田川榕庵の『菩多尼訶経』を最近入手しました。
[鈴木]『ボタニカ経』というユニークな名前がいいですね。植物学を経文のスタイルを借りて広く大衆にも興味をもってもらおうという狙いがあったと推測します。
── 文政5年初板本を明治12年に再刊したものですが、極めて珍しいようで、かなり高額でしたが、デジタル化にふさわしい貴重な資料として無理して買いました。いずれデジタル版シリーズに登場させる予定です。鈴木さんも同じだと思いますが、古典籍を個人で秘蔵するよりも、大勢の方に利用できるように公開して、少しでも研究が深まればそれはそれで一つの社会貢献だと思いますし、何より、貴重な資料を後世に伝えていくためには、デジタル化して大勢の人にデータを保管してもらった方が良いと思います。鈴木さんがデジタル化を始めたのもそんな理由なのでしょうか?
[鈴木] その辺の経緯については、当文庫のホームページ の「HP開設に当たって」に載せていますが、書誌調査を進めるうち、古い書籍は見たくても容易に見られない、閲覧の難しさを実感しました。きっと皆さんも苦労されているに違いないと思いました。都会近くに住む私でさえ大変なのだから、地方に住まわれている方はもっと大変、関心があっても、見られないのでは悲しい。そこで、まずは所持している書籍のうち、近年再版されていないもの、他の図書館・文庫等でデジタル化されてないものを中心にデジタル化して皆様にお分けし、ご研究やご趣味に役立てていただければと思ったものです。まだデジタル化できているものは少ない状況ですが、問い合わせのあった書籍を優先に順次デジタル化を進めたいと思っています。
── それから、私にヤフーのオークションの情報を提供して頂いたのも鈴木さんでしたね。お陰で最近はすっかりハマってしまいました。オークションの存在は知っていましたが、手続きが繁雑そうでしたし、何より、大したものは出てこないだろうとたかをくくっていたんですね。そうしたら、完本がほとんど存在しない寛文板の『大和往来』が1万数千円で落札されているのに驚き、早速、私も始めた次第です。鈴木さんはどんなものを落札されましたか?
[鈴木] ネット・オークションは、始めて5年位になります。当初は、やはり小泉さんと同様に手続きが難しいのではと心配しました。でも、何度か取り引きするうちに慣れてきます。本以外にもいろいろありまして、総数では売る方が多いです。書誌研究が済み、自分ではそれ以上利用しないと判断したら古書店やオークションで売却してます。オークションで買うときは、その展示期間内で可能なかぎり書誌調査した上で札入れするようにしています。日本全国、古書店たけでなくいろいろな方から出品されますし、価格的にも市場価格よりかなり安価な場合が多いと感じています。家屋解体業者さんからの出品もありました。ヤフオクでは天明2年刊『古方便覧』、宝暦11年刊『三禮圖』などを落札しました。どちらも初版ゆえ印字濃く、かつ、伝存少ないものにて、デジタル化をと考え落札しましたが、裏表紙欠損・虫損・汚損・書き込み激しく、まだ実現していません。出品者さんは、商品説明を記述していますが、買う方は、その記述と添付された2〜3枚の写真から判断せねばならず、その点、現物を見て買える古書店より気を使います。でも、近郊の古書店、ネット古書店で見つけられない書籍にめぐり合える事が多々ありますので、とても良いシステムだと考えています。
── 最後に、ホームページの運営や、古典籍の蒐集など、今後の豊富について一言お聞かせ下さい。
[鈴木] 古典籍蒐集としては、和本・漢籍(唐本)・漢籍の和刻本・朝鮮本等、中でも漢籍やその和刻本が中心で、今後もそこを主体にしたいと思います。ホームページは時間のゆとりがある時にしか改訂できませんが、蒐集本の中から、これまでにあまり知られてない、あるいは伝存が少ない、他の図書館、インターネット等で見ることが難しいものを中心にご紹介し、関心を持っていただけるよう努めていきたいと思っています。いずれ目録を整備、デジタル化を進めたいです。
── お仕事でお忙しいなか、貴重なお時間を頂きありがとうございました。ジャンルは違いますが、将来に何かを残していこうという志では全く同じだと思いました。今後とも何かとよろしくお願いいたします。
[鈴木] こちらこそよろしくお願いいたします。ネットをやっていたからこそ、知り合えたと思います。これからも、そういう方を増やしたいなと思っています。

鈴木さんとのお話を通じて、改めて 「出会い」 の大切さを感じました。人との出会い、物との出会い、思想との出会い…、色々な出会いがありますが、このような出会いが自分の生き方に、様々な影響を与え、一人一人の人生のベクトル=方向性が時々刻々と変化していくのでしょうね。少し大袈裟ですが、このコーナーもそんな 「生々流転」 の契機になれればと思います。