「もの教材」で生きた授業づくりを

  *森山豊明さん(青森県黒石市/県立黒石商業高校教諭)に伺いました(2004年2月)。
──森山さんとの出会いは、私がたまたまホームページ(私立日本史もの教材博物館 http://homepage2.nifty.com/akibou/index.htm)を拝見し、メールを送ったのが最初でしたね。
[森山] ええ、そうでしたね。ご覧頂き、大変光栄に思います。
──私もかつて、代用教員ですが、中学・高校で社会科を教えたことがあって、できれば本物の資料を使って授業をしたいと思い、一時期、神田の古書店街に通い始めた口なんですね。森山さんも時々あさりに行かれるそうですが…。往来物と出会う前は、とにかく社会科の授業に使える資料や参考書を少しずつ集めようと思って、地券とか終戦直後の配給切符とか、戦後の墨塗り教科書ですとか、色々探してみました。そのうちに往来物と運命的な出会いがあったんですね。とにかく、授業に本物あるいはレプリカでもより現実味のある資料を通して、生きた歴史を教えたいという気持ちには共鳴するものがありまして、メールを送らせて頂きました。しかし、森山さんの精力的な収集や活動には驚きました。
[森山] ホームページの博物館は、全国の「もの教材」に興味関心をお持ちの先生方に対して、情報交換センターとしての役割を果たしていければと思って2000年に立ち上げました。「もの教材」を博物館風に展示し、授業での活用例や入手法を具体的に紹介したり、その活用を広げていきたいと思っています。
──収集範囲も和本に限らず、広いですね。ホームページを拝見すると、各時代のあらゆる資料が揃っていて、実際に西暦2014年4月1日(森山さんが教員を定年退職する予定日の次の日だそうです)にオープン予定の「博物館」の準備が着々と進んでいるという感じですね。

[森山]
もうだいぶ以前から、授業の活性化のために「もの教材」、つまり、和本類を始め、古文書、古銭、切手、実物、レプリカなどを授業に持ち込むことをしてきたんですね。私の場合は、往来物に限らず、日本史の教科書に出てくる著名なもの、例えば「古事記」「万葉集」「令義解」「太閤記」「海国兵談」「解体新書」等の収集に努めてきました。数ある「もの教材」の中でも、やはり、生徒達に受けるのは、こうした当時の和本なんですね。200年も前の本物を手にしているという体験は、恐らく生徒達にとっては一生に一度の体験。「安政武鑑」から「井伊直弼」の名を見つけさせ、1枚の版木から4頁刷れるとして、あの群書類従全体では一体何枚の版木を必要としたのか等々、和紙の柔らかさ、耐久性、すえたような匂い、木版印刷の精巧さを想像させ、悪戯書きをされた往来物を回覧して、江戸時代に教室全体をタイムスリップさせたり…。
──森山さんの授業は、本当に手応えのある面白い授業なんでしょうね。教科書で学ぶ歴史は、ほとんどが言葉だけですから実感がありませんね。バーチャルなんですよ。現代の子ども達は影像や書籍などで色々なものを写真で見ていますから、そこから多くのことを読み取ることが難しいのだと思います。ですから原物の資料を見せて、そこから考えさせるというのはもうこれ以上の授業はないのではないかと思いますよ。私も往来物をずっと集めていて、ある女子用往来にこんな書き込みがしてあったんですね、「この本は少し古くなったので、いついつ表紙を補修した…」と。補修したのは確か江戸後期の文政頃、その本が出版されたのは享保頃ですから、100年以上たって補修したものです。これを見たときに、「そうか、現代人にとって書物は半ば消費するモノになっているのに対して、江戸時代の人にとっての書物は大切に子孫に伝える家の財産なんだ」ということが実感として分かりました。書物というものが「自分一人が楽しむ」だけでなく、「子孫にとっても有益なもの」を購入したんでしょうね。当時は貸本屋もありましたから、買う本と読む本は明快に分かれていたと思います。余談が過ぎましたが、森山さんは、ご自分が集められた資料を全国の先生方にも提供しているそうですね。
[森山] ええ。和本に関しては、かれこれ16年位前から授業に持ち込むようになりましたが、しがない一教師が教材として小遣いを節約しこうした和本類を収集するには余りにも負担が大きいですね。わが家では何度、かみさんを拝み倒してきたことか(笑)。そうした意味で、小泉さんの往来物倶楽部で、貴重な当時の往来物をCDに複写して頂けるサービスは願ってもない好企画だと思います。授業の現場では、プリントアウトしたものを製本にして使うと効果的だと思いますが、こうした文化遺産を広く、共有財産にし後世に残してゆくことは、大変、意義深いことだと思います。私も、和本類を始めとする「もの教材」を活用する実践を全国の先生方に普及させようと、会を組織し(約200名)、ホームページや研修会などで頒布を行ってきました。今後、こうしたCD複写の形での提供を参考にしていきたいと考えていますので、種々アドバイス頂けたらと思います。
──和本収集については、森山さんからいくつかご要望がありましたので、注意して探してみようと思います。神田の古書店街もよく行きますし、全国の古書店からうっとうしいほど(笑)目録が送られてきますので…。最後に、「もの教材」について付け加えることはありませんか?
[森山] 「もの教材」は、生徒達の興味を喚起する手段なんですね。あくまでも授業に惹きつける手段であって、教師の『語り』そのものが授業の生命線だと考えています。最終的には、教師そのものが、最高の『生きる教材』ではないでしょうか。
──なるほど。教師が生徒の生き方の指針になれたら最高でしょうね。私も往来物など江戸時代の書物から生きる指針を見出し、それを少しでも多くの方と共有というか共鳴したいですね。話は変わりますが、また何か執筆されるそうですね。

[森山]
拙著「語る日本史データベース」(2001年・文芸社刊・1500円)を刊行後、和本などの実物教材を中心とした第二作目を準備中です。単なる教材論に限らない、日本の文化論的な要素も加味したいとも考えており、今後も色々とご教示頂けたらと思います。
──お役に立てることがありましたら、おっしゃって下さい。往来物倶楽部が、2014年の博物館開館に向けた資料収集の一助になれれば幸いです。今日はどうもありがとうございました。

私も中学校の社会科教員だった頃、どうしたら生徒を惹きつける授業ができるのか、という目標を持ちながら、プリントの資料作りに情熱を注いだ時期がありましたが、「もの教材」という発想はあまりなく、教員を辞めて、往来物と出会ってから、本物を使った授業ができればと思ったものです。とにかく、森山さんのホームページを見ていただければ、すさまじい情熱と、これまた、異色のキャラクターの持ち主であることがよくお分かり頂けると思います。百聞は一見に如かず。どうぞホームページをご覧下さい。