和本=原本こそ面白い。尽きない 「本物」 の魅力

  *中村 梓さん(札幌市・大学4年)に伺いました(2003年12月)。
──和本に興味を持つようになったきっかけは何だったのですか?
[中村] 初めて和本に触れたのは、大学で取っていたくずし字の講義でした。それは、「江戸時代に出版された画論を読む」 というもので、ここから往来物に辿り着くにはまだ少し道のりがあります。とにかく、その講義で初めて江戸時代の本に生で触れたんですが、本を手に取ると、挿絵の素晴らしさや、くずし字の線の運び、また、和本の装丁などに惹かれてしまったんですね。
──なるほど。私も初めて手にした時は感動しましたね…。
[中村] ただ読むのも良いけれど、このような和本を、手元に置いていつでも眺めていられたらどんなに素敵なことだろうと思って、インターネットで手頃な和本を探しているうちに、「往来物市場」 へ辿り着くことになったんです。
──そうだったんですか。確か最初にご注文頂いたのは 『商売往来絵字引』でしたね。
[中村]
 ええ。挿絵が多く描かれている本が欲しかったので、まず 『商売往来絵字引』 を注文したんですけど、その本にはまず沢山の挿絵が描かれていて、それぞれの挿絵のすぐ下に説明(割注)が書いてありました。

──文字通り「絵字引」、絵入りの百科事典のようなものですよね…。

[中村] はい。数多くの挿絵を眺めているだけでも十分楽しめましたが、絵に添えられた説明書きが、これまた面白っくて…。例えば、「ねずみの項」 では、ねずみの絵の下にねずみに関する説明が書いてあるんですが、「てんかんを治す」 などと説明されているんです (てんかんを治すのに、当時ねずみを食べたって、本当?)。このように、本の端々から当時の風俗を思い描いていくうちに、往来物への興味がますます湧いてきました。
──私はざっとしか見てこなかったので、「てんかん」の説明は知りませんでしたが、そんなことも書いてあるんですか。当時の民間医療がらみの記事には時々ビックリするようなことが書いてありますね。中村さんは、ほかにも色々ご購入頂きましたが、ほかの往来物はいかがでしたか?
[中村] そうですね、女子用往来を中心に何冊か購入しましたけど、それらを手本に下手ながら模写してくずし字を書いてみたりしています。
──やはり、原本ならではの魅力はありますか?
[中村] 内容以外にも、原本は色々と楽しませてくれますね。まず何と言っても、原本の最大の魅力は、紙も墨もその匂いも、遠い昔のものであるということですね。遠い昔から伝わってきたものを手にとるだけで、胸が躍るような気持ちになります。これは、私だけではないと思います。虫食いの穴ですら、原本の魅力の一つです。穴の端を辿れば紙魚の侵入経路が分かって面白いものですし、虫食いで分からなくなった字を想像して補ってみるなど、それはそれで楽しませてくれます。
──虫食いの経路ですか…(笑)。これは、相当ハマっていますね。そういう意見は初めて聞きました。
[中村] たとえ、くずし字が読めなくても、古い原本を手にしてみるだけで、何かが心を豊かにしてくれると思っております。触れたことがないという方は、是非一度、原本を手に取ってみてはいかがでしょうか。
──今日は、楽しいお話をありがとうございました。和本蒐集歴15年以上の私でも知らない「魅力」を教わりました。

中村さんからのメールを読むたびに、本当に和本が好きなんだなぁということが伝わってきます。先日のメールにも、「先ほど本が届きました。どうもありがとうございます。(中略) これからじっくり読むのが楽しみです。卒論、何とか終わらせなくては…。まだ読むのはよしておこうと思っていたのですが、一通りめくってしまいました。やっぱり風俗の絵は良いですね。楽しみ」と書かれてありました。
──その気持ち、よ〜く分かります。実を言うと、私は、結婚式の当日まで古書展に行って、往来物を買いあさっていたんですから(後で家内に話したら、ヒンシュクものでした)。