写真は、近衛忠煕(翠山)(このえ ただひろ)著 『いとざくら』 (明治30年、吉川半七板)で、1枚の版木の表裏に下巻63・64丁が彫られたもの。
 忠煕は、島津斉彬と結んで公武合体を目指した人で、倒幕派が宮中で幅を利かせるようになった状況に不満を感じて関白を辞した。
 『いとざくら(以東斜久良)』 は、一名を 「近衛翠山公歌集」 とも言う。ちなみに糸桜とは「枝垂れ桜」のこと。

●版 木
 木版印刷に使用する木材で、出版の意味で 「上梓」 という言葉も使われるから、もともとは「梓」の木を使用したと思われる。
 日本では、版木には主として山桜が使われたが、山桜の自然木は彫りやすくて粘りがあり、版木調整に適していた。江戸時代になると山桜の自然木が減少し、栽培桜も使われたが、栽培桜では材質がもろくなり、細かい彫刻には適していないため、絵画などでは 「黄楊(つげ)」の木が用いられた。
 いったん使用した版木は、彫刻された版面は墨の防虫効果によって虫損が生じにくかったが、水分を吸収した版木の中味が虫に食われて空洞化すると、版木は使えなくなった。
 
●埋め木
 もとの版木の一部を削り取って、新しく木を埋め込んで彫り直すこと。入れ木 (入木)ともいう。
 埋め木が行われるのは、部分的な修正の場合であるが、初板本であってもほとんどの場合、出版前の校正で誤字脱字等の埋め木が行われているため、初版本までの埋め木と、それ以後の埋め木は区別して後者を 「修」 とすべきとされる。



●丁付け

 写真は下巻63丁の丁付け。丁付けは、本来、製本時の丁合の目印とするものだが、飛び丁も多く、「十ノ廿」、「廿ノ卅」といった丁付けもある。写真の丁付けは、袋綴じの表側のノド (綴じ部分側) の下に印刷されるようになっているが、袋綴じの折り目 (板心・柱) に記載されることも多い。ここには、書名や巻名なども記載されるのが一般的で、現在の書籍の本文欄外の表記(章・節など)を 「柱」 と呼ぶのも、江戸時代の名残である。



■写真の版木は、原寸、縦243mm × 横474mm。


以上の説明は、川瀬一馬 『日本書誌学用語辞典』 および 中野三敏 『書誌学談義 江戸の板本』 参照。