〈童子教訓〉撫育草 (そだてぐさ)

  (脇坂義堂(脇坂庄兵衛・脇坂知足・布袋庵・不学斎・八文字屋仙次郎・専次郎・群玉堂)作・序・跋。寛政8年(1796)4月自序。享和3年(1803)春序・刊。[大阪]以徳舎蔵板。吉文字屋市左衛門ほか売出)

*扉に「童ををしへ撫育、孝弟の道をしらしめ、身を修め、家をとゝのへ、子孫長久にいたるの事をしるし、又、日用の心得となるべき事、急難・急病を救ふの術を心やすくをしへさとせり」と示すように、町人子弟向けに編まれた種々の教訓と小児養生を記した心学書。序文に成人後の訓戒は困難なことから「幼稚の時に道を学ばし、あしき縁にふれさせず、よき事を見聞、馴さし給ふ」ことが子育ての肝要であるとし、友人らから聞いた教えの数々をまとめたという。上・下巻合わせて8章からなり、「公儀・法度の遵守」「神仏崇拝」「町人子弟の教育法」「学問の大要」「朋友の選択」「小児養育の心得」「幼時に学ぶべき書物」「幼児の教育法と幼児に必要な12カ条」について述べる。子育てに関しては、幼時より授ける教訓や学問(人たるの道を習う実学)、読み・書き・算から家業教育、朋友の選択、小児養生、温和さと厳格さを併せ持つ子弟教育などを説く。また、付録記事が豊富で、前付・頭書等に「家業家職大明神」「永字八法」「孝の字解」「童教訓廿八首」「丁稚教訓廿八首」「司馬温公ほか略伝」「小児急病・急難対処法」等を載せる。


写真は享和3年初刊本の表紙・見返しと本文冒頭
○『撫育草』の温和教育は、「温和」一点張りの教育とは違う

 本書は、厳格な教育よりも温和な教育の方が優ると主張しており、温和教育を提唱した子育て書とされる。
 実際に、本書中で、脇坂義堂は、

 「幼稚の者を養育るは、威厳しくするがよろしき」と申す人の候。これも一理ある尤もの事に候えども、やはり温和にそだつる方に及くはなしと存じ候。その故は、童は知にくらきものに候えば、親たる人あまりに厳しければ、恐れ親しまずして、良し悪しともに隠し包みて、ただ恐がるのみにて心服をせぬものに候えば、なに事も兎角やわらかに申し聞かせ、よく呑み込み心服いたし候様に、随分温和にそだて上げ申し候がよろしきと存じ候。

と述べている。
 また、彼によれば、悪行のために折檻するよりも、子どもの善行を良く誉めるようにすれば、幼心にも嬉しく、「また誉められたい」と思って自然と善事を好むようになる。逆に、悪事ゆえに折檻ばかりしていると、子どもは決して親に心服せず、ただ折檻を恐れ、悪事を隠すようになるが、悪事を包み隠す習慣が大悪につながると注意する。
 だが、次の13カ条の場合には厳しく戒めなくてはならないとしている。

○嘘偽りを言い、父母に物を隠す
○父母が呼ばれた際に、不返事または口答えをする
○祖父・祖母を始め年長者を軽視し侮る
○我が侭を言い、短気や癇癪を起こす
○分不相応の良い物を好み、欲しがる
○召し使う者に情けなく、無理や我が侭を言う
○虫けらをむやみに殺し、喧嘩・口論を好む
○何事も自分の考えを押し通そうとする
○人を侮り、自分を賢いと勘違いして、あれこれ自慢する
○男女の行儀を知らず、大口を言う
○家職を教えても、性根を入れ勤めない
○手習い・読み物・算術の稽古を怠る
○火遊びをして、火の元を粗末にする

 以上のように、大事な事柄については極めて厳格にしつけられたのであり、義堂が目指した教育は決して温和一点張りではなかったと言えよう。

★本書は原本が東大・学芸大・都立中央図書館等に所蔵されているほか、その一部の翻刻が『子育ての書・2』に収録されています。架蔵の原本を読みたい方はデジタル複写をお申し込みください。