〈男子・女子〉前訓 (ぜんくん)

  (手島堵庵作。安政2年(1773)初刊。[京都]中嶋勘兵衛板)

*『手島堵庵先生事跡』によれば、前訓は安永2年(1773)2月から月3回(3・13・23日の八ッ半時)、7〜15歳の男児と7〜12歳の女児を集めて、親孝行など「御幼稚様方御行作よろしく御成り候為の御教え」を説いた手島堵庵の講話そのものを指し、その際に配布された各回の講話要旨(後述の各章単位の冊子)をまとめて1冊にした出版物が『男子・女子 前訓』(安永2年8月初刊)である。安永2年板『前訓』の基本構成は、上巻の男子用「口教」(4章20カ条)と、下巻の「女子口教」(1章5カ条)および、附録の「司馬温公家範・婦人六徳和解(柔順・清潔・不妬・倹約・恭謹・勤労)」から成るが、男子の口教は女子も用いるべきであり、女子の口教は男子も同様にわきまえるべきことを諭す。「男子口教」では、起床後の神仏礼拝、祖父母や父母に対する挨拶や返事、正直、遊び事や殺生、無礼な言動、男女の別、友の善悪、他人への嘲笑、目下への体罰、衣食への小言、両親への従順、毎月のお灸、身の養生、善悪の報い、悪と気付いたことを口にし行わないことを教え、「女子口教」では「男女の別」や「三従」「四徳」「舅姑・夫への献身」等を説く。


写真は寛政4年再板本の表紙と本文冒頭
○「男子口教」 より抜粋 *以下は各条の要点。本文にはさらに細かい解説が付く。

【口教・第一】
一、朝起きたら、手水を使い、まず、神様を拝みなさい。
一、次に、ご仏壇へ向かい、拝みなさい。
一、三度のご飯を食べる時と、就寝の際には、おじいさん・おばあさん・お父さん・お母さんに手をついて、「お飯をおあがりくださいませ」「お休みなさいませ」と、ご挨拶なさい。
一、どこへでも出かける時は、手をついて、お父さん・お母さんにお尋ねなさい。
一、ご両親の仰せは、どんな事でも「はい」とすぐに返事をし、機嫌良く、指示された通りになさい。このようにすれば、成人した後に、きっと幸せになりましょう。ご両親のお心に背く人は、将来不幸となり難儀するものです。

【口教・第二】
一、何に限らず嘘を言ったり、したりしてはなりません。
一、総じて、遊び事でも悪い事はしてはならないものです。その悪い遊びとは、穴一などの賭け事、銭遊び、また、何事でも人に隠れてする遊びは決してしてはなりません。これは嘘と同じことです。
一、殺生をすることはよくありません。殺生とは、決まった料理や薬用に魚鳥の命を取ることではありません。むやみに物の命を取ったり、苦しめたりすることです。
一、総じて人々が慎んで口にしないような無礼な大口をたたくことは決してしてはいけません。
一、男女の別は大切なことなので、幼少時より男子と女子は一緒に遊ぶものではないとわきまえなさい。

※以上のように毎回5カ条ずつの教えを綴った、3〜4枚(6〜8頁)の小冊子を配布して教えたが、それを1冊にまとめたものが本書である。5カ条ずつを熟読させつつ、家庭での実践を促し、再び、月3回ほぼ10日毎に行われた講話で、その続きを教えたのである。さらに女子口教(丁数から言って2回分か)と、附録の「婦人六徳和解」を含め、2カ月で一通りの講座が終わるサイクルだったようである。本文中で、男子の口教は女子にも必要な教えであり、女子口教にも男子が学ぶべき事が含まれていると諭すように、本書は内容構成上、男女別に見えるが、男児・女児が全体を通読して学ぶべき内容であった。

★本書は原本が各地の図書館・資料館に所蔵されているほか、翻刻が『日本教育文庫・心学篇』『日本道徳教育叢書・8』『石門心学(日本思想大系42)』『心学道話全集・4』に収録されています。架蔵の原本を読みたい方はデジタル複写をお申し込みください。