初学文宗 (しょがくぶんそう)

  (徳川義直作。慶安3年(1650)作)
*家蔵本は延宝4年(1676)成田宜長筆写本に延宝7年并河主静の跋文を付した写本を明和6年(1769)に白木興常が写した重写本

*実に徳川家康の九男で尾張藩初代・徳川義直(源敬公、1600〜50)の述作で、慶安3年5月に51歳で亡くなる直前に書かれたものであった。義直は、その序文で「学問は難しいものではない。人生の日々用い行うべきことが全て学問の道である。学問は愚者がすべきでないという偏見のために愚者は学ばず、ますます愚かになって道を知ることがない。私はこれが残念でならないので、人が初めて生まれてから70歳余までの間、心を正し、身を修め、国家を治め、そのほか、官職・礼法・軍旅・葬祭に至るまで、仮名をもって書き付け…」と執筆動機を述べている。藩主という立場でありながら、庶民一般に向けてこのような啓蒙的著作を示した例を寡聞にして知らない。残念ながら、本書は秘蔵されて一般に普及しなかったが、藩主という立場や時代状況を考えても極めて注目すべき書であろう。

○本文より抜粋・要旨

・本書は、江戸時代の年代別教育論としては最も早いものとして注目される。益軒の随年教法ほど具体的ではないが、人生70年(主に男子)の各時期のあり方を次のように説いている(以下、要点)。
【1〜5歳】 怪しいものを見せない。淫乱な音を聞かせない。淫乱な歌を歌わせない。右手を使うことを教える。
【6〜10歳】 怪しい物語を聞かせない。怪しい物を食べさせない。数を教え、物を書くことを教える。
【11〜15歳】 乗馬や弓を教え、学問をさせる。人と争わせず、傲慢な心を戒め、淫乱を固く禁じて、礼法を習わせる。親孝行や君主への忠義、朋友への信頼、臣下の使い方などを教える。
【16〜20歳】 立派に着飾ることを戒め、正直者と交際し、邪悪な者とは交わらないようにさせる。奇怪な事を好んだり、古来からの道を誹謗させてはならない。邪教、特に禅宗に入門させてはならない。また、遊山翫水を楽しみとせず、酒を多く飲ませてはならない。
【21〜30歳】 身持ちを正しくし、道理を明らかにし、人の言う事をよくわきまえ、悪事に片寄らず、善言をよく聞きわけさせよ。特に人の諫めを聞いて怒りの心を持ってはならない。善悪をよく見分けることを心掛け、少しも私心を持たず、物や人欲に心動かされてはならない。
【31〜40歳】 万事一通りを学び得る年代のため、必ず、傲慢な心が生じるものである。だからこそ、ここで慢心をよく戒め、ますます道理を悟って身を修めることが肝要である。
【41〜50歳】 人間一生の盛りであるから、よく慎んで悪名をとることがないように心掛けよ。
【51〜60歳】 徐々に衰えていく年代だが、学問の道を捨ててはならない。一学一言でも人に尋ね聞こうと思うが良い。
【61〜70歳】 年をとるにつれて物事に差し出たくなるものだ。その事を知らずに血気衰えているため、時に合わない事を強引に言ったりする。どうして戒めないでおかれようか。70歳以上になったら、老い耄れて物事を忘れてしまうのであるから、決して国政にあたってはならない。それでももし若君の命令で政にあたるならば、自分が老い耄れていることを十分自覚して慎んで行うべきである。


★本書は、家蔵本のほか鶴舞図・蓬左文庫に数点現存するのみです。翻刻は『名古屋叢書・文教編』に収録されています。架蔵本の原本を読みたい方はデジタル複写をお申し込みください。