丙午さとしばなし (ひのうえまさとしばなし)

  (作者不明。岡田玉山画。天明6年(1786)初刊、弘化3年(1846)再刊)

*心学道話風に、ある老人が「丙午の諭し書き」の意義やその普及に奔走する間の体験談などを盛り込んで諭した教訓書。巻頭にはある神社に奉納された額の写し書きを掲げる(額は架空か)が、その奉納者の識語には次のようにある。
「我は当年六十歳にして、かねて両親の云われしに、其の方は丙午の年、別して丙午の日生まれなれば、一生仕合わせ悪しからんと聞く。然るに、子も男女二人有りて、妻子とも息災にして、甚だ仕合わせよし。不思議晴れず暮らせし所、右、丙午の諭し書き、ある所に張りこれ有り。是を拝見して、今は迷い晴れ、心安気に有り付き、有難きの余りに奉納仕り候」。すなわち、丙午の年で丙午の日に生まれた彼が、丙午が迷信であることを身をもって証明したことを諭している。

○本文より抜粋・要旨

「さて、ばば様、このお話をお聞きなされ。これ、じい様もここへ来て、珍しい話がある。この話をお聞きなされませ」
「はいあい、私は年が寄りて耳が遠うござります故、大きな声でお話なされてくだされませ」
「それ、今年は丙午の年ゆえ、今年中生まるる子は丙午というて、男は女房を喰い、女は夫を喰うということ、この所でも申しますが」
「なるほど、さよう申します。当年生まれの子、男なれば構いないが、女なればとんと貰うてくれ手はあるまいし、難儀なものでござりましょう」
──このような対話で始まり、次のように順々に丙午の誤りを諭していく。
・夫婦が離縁するのは丙午生まれの人に限らないこと。丙午の子に厄難があるなどという迷信は、この次の丙午年、つまり61年後には、もはやすっかりなくなっていて、「ここに、丙午について書いた面白い本があるぞ」という時代になっているだろう。
・ある茶屋の老婆に、丙午が迷信であるという話をしたら、「本当に目が覚めた」と大喜びだった。というのは、その老婆は今年61歳で本当は丙午生まれであったが、親がそれを隠してくれてからは、夫にも子どもにも話さずに来た。今や、子ども三人、孫六人の一家繁昌に恵まれたが、自分が丙午生まれであることを1日も忘れたことはなく、これまで60年間もビクビクして、棚が落ちても、家内の者が風邪を引いても、丙午の厄難ではないかと心配しながら生きてきたと話し、丙午の迷信を解くお話は誠に子の命や親の命を助ける奇特なことですと喜んだ。
──このほか、「丙午の諭し書き」の一枚刷りを諸国に広めていくなかで見聞した逸話を色々と紹介する。次はその一例である。
・丙午に嫁が出産したと言って腹を立て、鬼のように顔がふくれた姑でも、この諭し書きの話を聞くと、すぐに笑顔の姑になって、夫婦も大変喜び、3〜4日で行ける範囲で広めようと思っていたが、ついつい83里(332q)も離れた地にまで来てしまった。
・ある地域では、この一枚刷りを4500枚印刷して、地元の役所に願い出て村中に配布したり、その1枚を八幡宮に貼りだしたところ、各村から参詣にやってきた村役人達が村に帰って早速広めましょうと申し合わせた。
──このように「丙午の諭し書き」を普及させる中での体験談を色々と紹介しながら、丙午の誤りを正す意義を教え、その一端を担う働きを読者に呼びかけている。


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