※説明は原則往来物解題辞典によっています。

〈農家必用〉鄙乃栞 (ひなのしおり)
【作者】河村貞山作。春翠画。【年代】明治七年(一八七四)刊。[京都]吉野屋甚助(杉本甚助)ほか板。【分類】産業科。【概要】異称『〈農家必要〉鄙の栞』。半紙本一冊。日本の農業の淵源や四季時候に伴う農作業の心得、地方・租税方、その他農家諸般にわたる語彙や諸知識について述べた往来。「日大神(ひのもとおおんかみ)始めて耕作・蚕養(こがい)の道を教へ給ひしより…」と始まり、太古は四民の区別なく万民が農業に従事していたことや農業の苦労の大きいことなどを述べ、四季寒暖を弁え、種々の農具を備え、各種肥料を用意して耕作すべきこと、また余業や、水旱・虫害への備え、扶助組織などを説く。さらに救荒対策として食料の備蓄や非常食用の草木などに触れながら、田畑の種類や等級の目安、地方全般、農家諸帳簿、新田開発、田畑売買その他や農家家屋関連語などについて列記する。最後に、農家子弟は読・書・算をよく学び、成人後は家業出精・節倹・先祖崇拝・近隣との和睦を旨とすべきことを諭す。本文を大字・五行・付訓(稀に左訓)で記す。
★色鮮やかな口絵が印象的な明治期の往来物。次の 『商社往来』 同様に、比較的珍しいものである。


商社往来 (しょうしゃおうらい)
【作者】加藤祐一作。片桐霞峯(意誠)書。高橋寿世序。【年代】明治六年(一八七三)刊。[大阪]河内屋喜兵衛(柳原喜兵衛・積玉圃)板。【分類】産業科。【概要】半紙本二巻二冊。商社設立に関する法令、約定書、会社規則、外国人の雇用手続きなど、近代商業に関する知識・心得を全一二通の往復書簡に認めた往来。一通の手紙文中に関連法令を丸々挿入し、冒頭・文末のみを手紙文に整えた形式的な消息文も多く、各状の長さにも極端な差がある。上巻には「商社創立之約定書案文添削、并商社褒美・罰金之規則草稿借用申入るゝ文」「商社心得方、并願意之大略草稿借用」とその返事の合計四通を収録し、前者返状では「約定書」三一カ条、「社中褒賞則」九カ条、「社中罰金則」八カ条を、合計二二丁半(四五頁)、実に上巻の六割近い頁を割いて掲げる。また、下巻には「差配人其外より取置書面ならびに商社役々職掌案文添削を頼む文」「株札を売出す商社願意之大略草稿、并諸入費・益金等之算計加筆をたのむ文」「株札売渡之規則、株札之書式大概を相談する文」「外国人雇入之手続ならびに約定書之可否を問合す文」「売買品日切約定之案文を貸遣す文」「外国出店願意之大略草稿を貸遣す文」「新工夫之品専売願意之書抜、新聞紙に載せ度旨書籍会社へ申入るゝ文」など八通を収録する。このように、本書は書簡文の体裁で商社運営に関する法規・技術・用語全般を教えた特異な往来である。
★作者・加藤祐一はこの種の往来・入門書をいくつも手掛けており、同じ板元から『銀行規略』†『会社辨講釈』『交易心得草』などを出版している。



世話早学文 (せわはやがくもん)
【作者】松下文吾作。三木保治校。木々堂序。畔柳氏跋。【年代】文政元年(一八一八)刊。[和歌山]優雅堂・松下軒板。また別に[大阪]河内屋八三郎ほか板、[和歌山]阪本屋源兵衛ほか板(文政二年板)あり。【分類】語彙科。【概要】異称『早学文』。中本一冊。基本的な日用語(熟語、同字異訓語、同訓異字語、同音異義語、類義語、類音語等)を、楷書・行書・草書の三体を示しつつそれらの語句を含む狂歌を付して暗誦の便を図った往来。『小野篁歌字尽』と類似するが、漢字表記を三体で示す点などが独特で、かつ、地方出版の往来物としても貴重である。半丁を四行に仕切って界線を設け、各行の冒頭に語彙を楷書・付訓で掲げ、さらに行書・草書を交えた狂歌を添えるのが基本構成で、「泰平・豊饒、泰平はいづくも泰平(やすくたいらか)に、豊に饒(あまり)豊饒なるなり」「静謐・安穏、静にて謐(しずまる)みよは静謐で、安穏(やすくおだやか)それは安穏」を始めとする三二六行(項目)を収録する。
★紀州板で伝本が少ない往来。そのため、既に影印本「世話早学文」(乾善彦編、二〇〇〇年、和泉書院)も刊行されている。


女中庸瑪瑙箱 (おんなちゅうようめのうばこ)
【作者】植村玉枝子(内藤玉枝・晩香散人・清福斎)作。中村三近子書。漱石子・方国画。【年代】享保一五年(一七三〇)刊。[京都]植村藤次郎(伏見屋藤次郎・藤治郎・錦山堂・通書堂・玉枝軒)板。【分類】女子用。【概要】異称『女中庸』『〈日用重宝・頭書絵抄・増補教訓〉女中庸瑪瑙箱』ほか。大本一冊。跋文によれば、植村の叔父である渡辺氏が「賢き人の教訓、みぬ唐(もろこし)の書を探、漢文字(おとこもじ)に書」き綴ったものを植村が「和文字(おんなもじ)に和解(やわらげ)」たものが本書という。また巻末では、『女大学宝箱』†と『女中庸瑪瑙箱』の両書が「女子の心操(こころいれ)を直くするの明鏡」であると宣伝する。「一、夫、人の妻を親迎(むかふ)る事は、第一、我父母に我身と与(とも)に能(よく)つかへさせむか為也」で始まる第一条「舅姑への服従」以下、第二条「三従・貞節」、第三条「婦人の四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)」、第四条「継母・継子」、第五条「貞心一筋」、第六条「不邪淫・貞節」、第七条「婦人の務め」、第八条「堪忍」、第九条「忍耐・和順・慈愛」、第一〇条「下人を使う心得」までの条々を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「百行教忍図」「女教誡諌歌」「修学寺八景図」「三十六人新歌仙図」「五節句和歌図」「五倫和歌図」、頭書に「唐土賢女鑑」「女教誡故事談」「産前重宝記」「産前養ひ草」「産前後禁好物」「女消息近道仮名遣」「香道秘事」「狂歌奇妙集」「七夕新名歌集」「女通用文字宝」「女中伝授嚢」等の多彩な記事を掲げる。後、明治四年(一八七一)に藤村秀賀校訂の改刻本(色刷り口絵を付し、前付等に異同あり)が出版されるまで数回に渡って再板されたほか、本文のみを抽出した『御家流女中庸』『女中庸宝文庫』『女中庸教訓鏡』など比較的多くの板種を生んだ。
★『女中庸瑪瑙箱』は享保15年初刊本から明治初期にいたるまで数度にわたって刊行されたもので、市場にもよく見られるが、享保15年板は極めて少なく、個人以外の所蔵機関は東京大学総合図書館の岡村文庫本が唯一である。