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◆ざいごうおうらい [1266]
在郷往来(仮称)‖【作者】南可作・書。【年代】天保七年(一八三六)書。【分類】産業科。【概要】特大本一冊。五人組法規などにうたわれた庄屋の心得を手本としたもので、『閭巷往来』†『郷村往来』†と同様に農村経営に必要な事項を列記する。「抑庄屋之為役義事、忝、人皇四十六代・孝謙天皇之御治世、村之邑長を定給ひ、号庄官と、名主と呼び…」と筆を起こし、農村支配の淵源や幕府の支配体制の厳重なこと、異変時の上奏や下知・命令の伝達が庄屋の職分であること、また、日頃より『御成敗式目』†や各種往来物、『四書』『五経』等を学ぶべきことなどを諭す。そのほか、地域の由緒や土地利用、宗門改め、高札の周知徹底、旅行・通行の手続き、相互扶助、巡見時の対応、検地・地方(じかた)、運賃・駄賃、年貢上納、風紀・犯罪・賞罰、貸借・訴訟、農民に対する配慮などを細々と書き記す。本文を大字・三行・付訓で記す。本書とほとんど同内容の往来に、天保一〇年(一八三九)書『庄屋式目写』や江戸後期書『庄屋往来』†がある。〔小泉〕
◇さいじおうらい [1267]
歳時往来‖【作者】不明。【年代】文化(一八〇四〜一八)頃書。【分類】社会科。【概要】大本一冊。元旦より歳暮に至るまでの年中行事とその由来・景趣について記した往来。月毎に改行し、それぞれの月の最後に月の異名を挙げるのが特徴。後半に『五畿七道事略』等を収録するが、『五畿七道事略』は、畿内・東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道の国名と主要な旧跡・社寺を簡潔に紹介したもの。『古今武家来歴事略』は、神武天皇の挙兵より武家階級は興ったとし、源平の興隆と闘争、建武の争乱、戦国の乱れ等を経て関ケ原の戦役、大坂落城にともなう豊臣氏の滅亡にいたる武家の歴史について記した往来で、当代の泰平が神君徳川家康によってもたらされたとの賛辞をもって結ぶ。本文を大字・六行・無訓で記す。〔石川〕
◇さいじぶんしょうおうらい [1268]
歳時文章往来(仮称)‖【作者】長友松軒書。【年代】江戸中期刊。[大阪]塩屋平助ほか板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。四季折々の手紙文を中心に合計三四通の消息文例を収めた手本。前半に四季用文章を載せ、続いて入木道修行などの雑用文章、また、婚礼・元服・安産などの祝儀に伴う書状や武家公用向け文書などを掲げる。なお、本書巻末広告中に『歳時文章』の書名があり、また『大阪出版書籍目録』に宝暦八年(一七五八)頃刊の『歳時文集』([大阪]本屋新右衛門ほか板)の名が見えるが本書を指すものか。〔小泉〕
◇さいじょうおうらい [1269]
西条往来‖【作者】萩野厚恒作。高木岡右衛門(重緑)編・書・序。紀広成序。【年代】天保八年(一八三七)序・跋。天保八年〜嘉永五年(一八五二)作・書。【分類】地理科。【概要】異称『雨夜の伽草』『伊予ヶ嶽麓遊』『西条花見日記』『西条花見車』。二巻合一冊。自序で、伊予国新居郡喜多川のほとりに住む高木氏が若年より書き集めた地誌で、もともとは複数の作品と考えられる。天保八年に荻野氏作の『伊予ヶ嶽麓遊(西条花見日記)』に『西条花見車』『西条往来』を加えて、嘉永年間に高木氏が補訂・編集したものであろう。重写本外題に『雨夜の伽草』とあるが、内容は『伊予ヶ嶽麓遊』『西条花見車』『西条往来』の三部に別れ、巻頭序文と巻末跋文では『伊予ヶ嶽麓遊』、尾題では『西条花見日記』となっているように、書名がやや混乱している。『伊予ヶ嶽麓遊』は、伊予の国号の由来、西条(愛媛県西条市)および新居郡の沿革、城下の町々・名所・寺社の景趣・縁起、また各地の物産等を記したもの。『西条花見車』は、西条一帯の花の名所や景勝・神社仏閣等の景趣・由来・祭礼等を詳述したもので、本文中に多くの発句・古歌・名歌を引くのが特徴。中には治水の功労者である大町村里長・田中喜右衛門の顕彰碑が嘉永五年三月に建立された記事も見え、また伊曽乃神社の祭礼もつぶさに紹介する。以上が上巻で、下巻冒頭には「西条往来・下之巻」として、「加茂川に出て見渡す風景斜ならず。抑此川は其水源石鉄山(石鎚山)の奥より出て…」と改めて筆を起こし、周囲の名所旧跡・神社仏閣等を順々に紹介し、四国遍路の様子、石槌権現等の祭礼を詳しく記す。本書は往来物というには内容があまりに膨大な地誌であり、換言すれば近世後期の同地の社会・風俗を知る格好の資料となる。〔小泉〕
◇さいふさんけいにっき [1270]
宰府参詣日記‖【作者】不明。【年代】明治二年(一八六九)書。【分類】地理科。【概要】「日外御直約之処、及御誘引候太宰府参詣之儀、御殿障ニ付、野生儀来廿一日より出立ニ而…」で始まる文章で、佐賀城下より太宰府天満宮に至る沿道の名所旧跡・名物と天満宮を紹介した往来。同地の参詣を果たした人が友人に土産とともに旅行の模様を書いて送る手紙文形式で綴る。神社仏閣の祭礼・本尊・縁起等や、風景・風俗描写、故事来歴なども交えて、旅行者の視点からいかにも紀行文風に綴るのが特徴。特に天満宮における堂塔や史跡、参詣人や見せ物などの様子を詳述する。なお、本書は佐賀県三養基郡地方で使用された手本という。〔小泉〕
◆さいみょうじきょうくんひゃくしゅ [1271]
最明寺教訓百首‖【作者】伝北条時頼作。葛飾北雅(山寺信之・花菱斎・吟雪二世)画。【年代】天保一〇年(一八三九)以前刊。[江戸]西村屋与八(永寿堂)板。【分類】教訓科。【概要】中本一冊。享保一九年(一七三四)刊『絵本清水の池』†に収録した教訓歌を半丁に二首または四首ずつ配置した往来。冒頭四丁表までは上段に挿絵を掲げ半丁に二首ずつ掲げ、以下は全面を用いて半丁四首ずつとする。本文を大字・四行・付訓で記す。和歌の配列は『絵本清水の池』とは異同があるが、第一首「濁りなき清水の池は影澄て、見るに涼しき鏡なりけり」から第一〇〇首「よき人に睦びても又心也、麻の中なる麻を見るにも」までを載せる。小泉本の書き入れから天保一〇年以前の刊行と思われる。〔小泉〕
◆さいみょうじどのきょうくんかなしきもく [1272]
最明寺殿教訓仮名式目‖【作者】伝北条時頼作。伝金沢実時(北条実時)跋。青木臨泉堂(源至誠)編・書。葛飾北斎(為一・戴斗初世・勝川春朗初世・画狂老人・卍)画。【年代】文政七年(一八二四)刊。[江戸]中沢北辰堂板。また別に[江戸]森屋治兵衛ほか板あり。【分類】教訓科。【概要】異称『〈最明寺殿和歌百首〉教訓仮名式目』。半紙本一冊。北条時頼が子孫のために弘長二年(一二六二)九月に作った家訓に仮託した九二カ条の教訓。まず第一条で「抑親と成、子と成こと、前世の契浅からず、誠に縁深き故也…」と、親子の縁の深さとこの世の無常を説き、続いて、神仏礼拝・信仰心、忠・孝、交際、道理、他人の教訓、衣装、馬・武具、下人への配慮、用心、他人の憂いへの同情、殺生、一生の心得、相続、旅行、手紙、その他諸般にわたる処世訓を大字・六行・付訓で記す。巻頭に「往古鎌倉御殿図」「江戸遠景図」、頭書に「最明寺殿教訓百首」(『絵本清水の池』†等に所収)およびその図解を掲げる。〔小泉〕
◆さいみょうじどのきょうくんのふみ [1273]
最明寺殿教訓のふみ‖【作者】伝北条時頼作。悟海序。新井白石跋。【年代】弘化四年(一八四七)序・刊。[江戸]和泉屋庄次郎板。【分類】教訓科。【概要】異称『最明寺殿子息時宗へ教訓のふみ』。大本一冊。最明寺時頼が子息・相模太郎時宗に対して綴ったとされる四八カ条の教訓。もと新井白石旧蔵の写本(白石六七歳の跋文を付す)を、編者が白石五世の孫より乞い求めて上梓したものという。「そも親となり子となる事、前世の契りあさからず。扨も世の間のはかなき事夢のうちのごとし…」で始まる第一条以下、神仏崇拝、出家誹謗、仏説聴聞の心得、女人往生、奉公人の心構え、親への服従、他人の教訓への従順、他人の陰口など、武家の主従関係を主とする処世訓で、白石が特に感銘した箇所に傍点を付す。本文をやや小字・九行・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆さいみょうじどのみやこもうで・はるがすみおうらい [1274]
最明寺殿都詣・春霞往来‖【作者】百瀬耕元書。【年代】寛政四年(一七九二)書。【分類】地理科・社会科。【概要】大本一冊。異称『西明寺殿都詣』(前者)、『春かすみ往来』『春霞』(後者)。『最明寺殿都詣』は、北条時頼(最明寺殿)の都上りに仮託して、鎌倉から京までの道中の名所・古跡を略記した往来で、「ほのと鎌倉山の春けしき、袖にもなみは小ゆるきの、大磯小礒過行て、足柄山の峠より、竹の下道行なやむ…」で始まり、「…日数つもりて九重の、都のそらにはると、粟田口にそつきにける」と結ぶ七五調の文章で記す。後者の『春霞往来』は、花鳥風月中心に四季の推移を綴った往来で、「春霞立わたりたるやまに、梅さくら緩々、きゝすや雲雀、百千鳥、弥生の空にうちとけて、花の木すゑにたはふれつゝ…」で始まる七五調の文章で、春夏秋冬の風景と季節の移ろいを簡潔に記す。延享三年(一七四六)刊『四季用文集』†後半部仮名文を模したものとも考えられる。いずれも本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◇ざいもくやおうらい [1275]
材木屋往来‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】産業科。【概要】「先檜者、仕方数多雖有、神社ニ用、帆柱、或者曲物…」で始まる文章で材木屋子弟に必要な初歩知識と心得を書き綴った往来。まず木材の種類と用途について述べ、次に早朝から始まる材木業の一日の仕事、すなわち材木の注文、仕入れ品の入念な吟味、入札、運搬、接客、記帳、算用等にわたる基本的な心得を説く。〔小泉〕
◆さかがわしきしかがみ [1276]
坂川色紙鏡‖【作者】坂川暘谷(芝泉堂)書。【年代】江戸後期刊。[江戸]和泉屋吉兵衛板か。【分類】社会科。【概要】ほぼ枡形の折本一帖(旋風葉)。詩歌三六首と仲秋の名月に因んだ消息文二通(うち一通は仮名文)を認めた手本。各丁に二色の模様を刷り込んだ色紙風で、大字・三〜四行程度・無訓で記す。板元は不明だが、芝泉堂の手本は天保(一八三〇〜四三)以降に江戸書肆・和泉屋吉兵衛によって多く板行されており、和泉屋板と推定される。〔小泉〕
◆さかざきおうらい [1277]
坂崎往来‖【作者】志賀廼花和(便々庵)作・書。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。三河国額田郡坂崎地方(愛知県岡崎市辺)一〇カ村に所在する七カ寺(西方寺・門入寺・正源寺・安国寺・円行寺・専福寺・信光寺)、七塚(藤塚・青塚・鏡塚・経塚・松末塚・四ッ塚・石塚)、八崎(柴崎・山崎・西ヶ崎・出崎・入崎・狐崎・野崎・神戸ヶ崎)を巡遊する趣向で、各地の景趣・由来・縁起等を記した往来。一定地域内にある名所旧跡・神社仏閣を紹介した典型的な参詣型往来。「抑、坂崎は十ヶ村、七ヶ寺、七塚、八崎あり。八剱白鳥舎人の御神、御国宮ましますを三社大明神と称し、大宮といふ…」で始まる本文を大字・六行・無訓で綴る。末尾に七カ寺・七塚・八崎および京ヶ峯・坂崎古城を詠んだ和歌を添える。〔石川〕
◇さかたおうらい [1278]
酒田往来‖【作者】大椿舎其竜(白鼠)作。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】「抑庄内飽海郡大泉庄酒田湊之繁栄、往古は不知、元和之昔、当御殿様、信州より此国へ御国替被遊…」と筆を起こし、庄内領主の来由、酒田湊が鶴岡城下を中心とする庄内平野と上方その他の地域を結ぶ交通運輸の要衝として繁栄する状況、町々の様相、名所旧跡・神社仏閣の景趣・由来・縁起などについて記した往来。特に旧跡・社寺の様相について詳しく、その点で延宝三年(一六七五)刊『都名所往来』†の系譜を踏むものといえよう。〔石川〕
◆さがめいしょ [1279]
〈百瀬〉嵯峨名所‖【作者】百瀬耕元(南谷山人・久継・耕呂)書。【年代】寛政一二年(一八〇〇)書・刊。[江戸]前川六左衛門板か。【分類】地理科。【概要】大本一冊。享保一四年(一七二九)以前刊『女筆嵯峨野乃秋』†を一部改編した改題本。嵯峨方面の名所を記した百瀬流の陰刻手本。「都の西嵯峨のふもとの秋は名にめてゝ、一際ものゝあはれも弥増、むしの声迄もやさしくおもふみちにさそはれ…」で始まる本文を大字・三行・無訓で綴る。北野天満宮を起点に、妙心寺・仁和寺から西へ向かい、大覚寺・清涼寺、北上して高雄方面へ行き、南下して臨川寺・嵐山・渡月橋、さらに鹿王院から東行し、太秦に至る経路で名所の風趣等を記し、烏丸光広・寂蓮法師・曽根好忠・藤原定家・白川院・藤原俊成・西行等の和歌を随所に折り込んだり、和歌的修辞を多く用いて記す。〔丹〕
◆さかんしょくおうらい [1280]
左官職往来‖【作者】不明。【年代】安政六年(一八五九)書。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。土蔵・屋敷・長屋など諸建築物における左官職の技術用語・心得、家屋各部の名称など左官に必要な語句を列記した往来。冒頭に「御土蔵御普請修覆破損繕助作仕様積り書」とあり、左官方作業仕様見積書(仕様注文書)の体裁で土蔵・家屋の二カ条に分けて記す。前半では土蔵各部の名称や作業手順のあらまし、必要な材料などについて、また後半では家屋敷の名称や家屋各部の名称など関連語彙、さらに壁土の種類や技術用語を列挙し、末尾で家職出精、質素倹約、忠孝、正直等の心得を説く。本文を大字・四行・付訓で記す。安政六年写本(三次市立図書館蔵)は、表紙に「左官善兵衛」とあり、末尾に「中嶋屋利助持」と記す。なお、本書に類似する往来に『左官袖のひかへ』†がある。〔小泉〕
◆さかんそでのひかえ [1281]
左官袖のひかへ‖【作者】不明。【年代】江戸中期刊か。刊行者不明。【分類】産業科。【概要】刊本は現存せず。写本は中本一冊。表長屋と土蔵の町人屋敷の工事見積書形式で、左官職に必要な建築用語(家屋各部の名称・寸法、建築資材、工法、道具など)を列記した往来。「一、表御長屋二間半、梁桁行七十五間、高さ一丈五尺、二階小棟作り、裏通一間之庇附。尤、大仕切十五組。壁下地者間渡し、大内竹…」と起筆する本文(特に後半部)は『左官職往来』†とほぼ同文である。本文を大字・三行・所々付訓で記す。なお、『往来物類聚録』三巻(東京大学総合図書館蔵)によれば、「小本十一枚。古風の刊行書なり」と記すが、内容等から江戸中期以降の刊行と思われる。〔小泉〕
◇さくぐんさとづくし [1282]
佐久郡郷尽‖【作者】友野永吉書か。【年代】文化七年(一八一〇)書。【分類】地理科。【概要】「夫爰に、信州佐久郡其村数を尋ねんと、ふみ出足は軽井沢、駒をいたわる沓掛の、右と左に追分の、草のわけ行馬取萱…」で始まる七五調の消息文で、信濃国佐久郡下の村名・地名とその風趣を記した往来。単なる地名尽とは異なり、各地の風景や物産、風俗、信仰等にも言及し、最後に「漸々今は佐久郷、二百に近き村の数、廻り納る君が代は、万々歳の松竹も、こけのむしろやこけむしろ、天下泰平国土安全民豊と等々。敬白」と結ぶ。〔小泉〕
◇さくぐんむらづくし [1283]
佐久郡村尽‖【作者】早川武治良書。【年代】文久三年(一八六三)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。信濃国佐久郡(長野県東部)の村名を列記した手本。「小諸、西原、滝原、諸村、菱野…」から始まり、「…小平、三井、望月、院内、宮沢、山浦、布引」までを大字・四行(一行五字)で記す。後半に「国尽」を合綴するが、これは五畿七道別の国名のほかに、主要都市名や武家諸職名を付記したものである。〔小泉〕
◆さくぶんかいかん [1284]
〈久保田梁山編輯・和漢雅俗三体〉作文解環‖【作者】窪田梁山(久保田梁山・窪田行・久保田行)作。福邨卓序。【年代】明治一〇年(一八七七)序・刊。[東京]吉田屋文三郎(木村文三郎・文江堂)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。文体および書体をそれぞれ雅・俗・漢、また楷・行・草の三体で綴った独特な用文章。慶賀・存問・邀約・嘱秩E餽遺・弔凶の六種に分けて例文を掲げ、それぞれ「賀新年文」以下一四通、「問疾病文」以下一〇通、「約着花文」以下一〇通、「請医治文」以下八通、「贈自園之花卉文」以下八通、「居喪ヲ弔スル文」以下四通の合計五四通を収録する。各例文毎に本文中の要語解や類語などを多く載せる。俗文は行書、雅文は楷書と書体を使い分けし、大字・五行・付訓で記す。頭書「四声解環訳義」は、作文に必要な漢字を集めて四声や注釈を加えたもので、これを書名の由来とした。〔小泉〕
◆さくぶんかいてい [1285]
作文階梯‖【作者】西野古海作。村田徽典校。【年代】明治九年(一八七六)序・刊。[東京]山崎屋清七板。【分類】消息科。【概要】中本二巻二冊。上巻冒頭に、「時機維新」に当たり、「日用短箋ノ文体」も「専ソノ高雅ナル」文体が流行しているのに鑑み、同じ内容を旧来の「通俗必用」の文と漢語を多く交えた「開化文章」「維新用文章」の二通りに書き分け、その文体の違いを示す旨を明記する。次いで、「簡端」「復語」「結尾」「時令」「詢候」「花之文」の順に、「一筆啓上仕候/謹呈鄙翰、虔修片楮…」の如く文体の違いを明示しながら文例を列挙する。下巻は、「送籍之願書」等の諸証文および願書類の例文集。本文を大字・五行・付訓で記す。上巻頭書に「新年之語」を始めとする漢語集、下巻頭書に「証券印税規則」を掲げる。〔母利〕
◆さくぶんかいてい [1286]
〈下等小学〉作文階梯(第一附録「手紙之文」)‖【作者】大野徳孝作。岡本則録校。【年代】明治九年(一八七六)刊。[大阪]河内屋吉兵衛(浅井吉兵衛・竜章堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『小学作文階梯』。半紙本一冊。『作文階梯(初編)』の付録として編まれた教科書。第一章「書式類語」、第二章「口上書類」、第三章「送り請取注文書式」、第四章「往復書類正式」、第五章「往復書類略式」に分けて、それぞれ空欄補充や語順変換などのドリル的な形で私用文作成の具体的能力の養成を期す。また、後半に解答例を掲げる。文部省編『書牘』を踏まえた副読本的な内容である。本文をやや小字・一〇行・無訓で記す。なお、著者・大野徳孝は大阪師範学校一等訓導。〔母利〕
◇さくぶんかいてい [1287]
〈下等小学〉作文階梯(第二)‖【作者】大野徳孝作。岡本則録校。【年代】明治九年(一八七六)序・刊。[大阪]河内屋吉兵衛(浅井吉兵衛・竜章堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『小学作文階梯』。半紙本一冊。著者によれば、前編(第一か)の「作文教法五種」に続き、それを「一層精確ナラシメン」ために著した教科書という。第一章は、生徒の誤りやすい文章を具体的に一五章挙げ、その誤りを正しながら作文力の向上を図るもの(例えば「犬、犬ガ小ナル獣類ナガラ、能ク人ニ言ヲ聞キ且能ク人ニ恩ヲ記ス」のような文章)。第二章では、先の第一章の誤文を「犬ハ小ナル獣類ナレドモ、能ク人ノ言ヲ聞キ且能ク人ノ恩ヲ記ス」のように訂した文を載せ、さらに「馬車」「人力車」「道路」「小学校」「大阪師範学校」「体操場」「庭園」「我家ノ記」など作文題四〇を掲げて例文を示す。授業は「活動的」であるべきで、作文もまた形にはめるものであってはならないという姿勢を貫くのが特徴で、当時の範文暗誦を旨とした類書と比べて極めて特異な存在といえよう。本文をやや小字・一〇行・無訓で記す。〔母利〕
◆さくぶんかいてい [1288]
〈小学書取〉作文楷梯‖【作者】河合英幸作。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[京都]内藤彦一(奎運堂)ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『私用文語』。中本二巻二冊。手紙文例そのものよりも手紙に用いる短句・短文(本書ではこれを「談話」と称する)を分類・集録した用文章。上巻は和文体用、下巻は準漢文体用で、それぞれ発語・時候・候問・自叙・自愛・結文の順に往状・返状、あるいは目上・同輩・目下、また、季節別に「談話」を数多く列挙する(ただし「自愛」は説明のみで具体的な短句・短文を掲げない)。下巻末尾には、完全な消息文例として「雑文往復」「往復正式(「年始状」以下往復八通)」「同略式(「病気見舞之文」往復二通)」を収録する。本文をやや小字・一〇行・付訓で記す。〔小泉〕
◆さくぶんけいじょう [1289]
作文啓上‖【作者】西野古海作。松名克(剱峰樵夫)・中村鼎五(確堂)序。【年代】明治一〇年(一八七七)序・刊。[東京]山川応之(南山舎)蔵板。吉田屋文三郎(木村文三郎)ほか売出。【分類】消息科。【概要】半紙本三巻三冊。明治八年(一八七五)刊『〈西野古海編輯〉作文捷径』†と同様の方法で編んだ消息類語集ならびに用文章。上巻は、和漢両用の消息用語を分類・集録したもので、各題について準漢文体用語を行書・大字・六行大・ほとんど無訓で数句列挙し、続いて漢文尺牘体用語を楷書・小字・一二行大・付訓(所々割注)で列挙する構成によって、「啓頭」から「結尾」「同復語」までの書簡用語と「改年異称」「月之異称・時候類語」「四時眺観類語」「花名大略」等の類語および「作例」数通を収録する。中巻は文例集で、「賀出仕、并作例」以下一五題の作例(それぞれ準漢文体・漢文尺牘体の二例)や「書柬式」を載せる。下巻「雑用類語」は諸用件に用いる消息用語集で、「未御目見仕候得とも(いまだおめみえつかまつらずそうらえども)」なら「イ」部というように語句の第一音によるイロハ引きで配列する。表記は中巻同様で準漢文体用と漢文尺牘体用の順に列記する。このほか主要語彙の「異名分類」を付載する。〔小泉〕
◆さくぶんじざい [1290]
〈漢語用文〉作文自在‖【作者】志貴瑞芳作・序。【年代】明治九年(一八七六)刊。[大阪]華井ちくほか板。【分類】消息科。【概要】中本二巻二冊。漢語を多用した消息文例を集めた用文章で、頭書や例文毎に多数の漢語(異名・類語)を掲げるのが特色。上巻は四季折々の行事に関する手紙や見舞状を主とし、「年始之文」〜「歳暮之文・同返事」の三二通を収録。下巻は吉凶事に伴う手紙を主とし、「任官を祝する文」〜「家息参宮之文・同復書」の二八通を収録。本文を大字・五行・付訓(漢語に左訓)で記し、例文毎に類語・類句(所々割注)を種々紹介する。頭書にも言い替え表現としての漢語(漢語表現)をイロハ順に配列した「文章イロハ引」を掲げて作例の多様性に備えるほか、目次部分の頭書に「時候月異名」を載せる。〔小泉〕
◆さくぶんしょうけい [1291]
〈西野古海編輯〉作文捷径‖【作者】西野古海作。松名克(剱峯)序。【年代】明治八年(一八七五)序・刊。[東京]吉田屋文三郎(木村文三郎・文江堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈和漢日用〉作文捷径』。半紙本一冊。消息に用いる漢語・熟語、類語・類句を数多く集録した消息類語集ならびに用文章。まず最初に「啓頭」として手紙文一般の冒頭語句(単文)四例を掲げてそれぞれ多数の言い替え表現を示し、続いて、「賀新年之文」「約花見之文」など四季消息や「賀婚姻之文」「賀出仕之文」「賀隠居之文」「病気見舞之文」など吉凶事に伴う手紙、また「旅行餞別文」「金子貸借文」「見世開吹聴文」など用件中心の手紙を含む合計二三例を掲げる。例文はいずれも消息短文で、楷書(部分的に行書)・大字・半丁五行程度で掲げ、各単文毎に割注付きの替え言葉を楷書・小字・半丁一三行で多数列挙する。末尾に、手紙文の結語・書止語を示した「結尾」やその他手紙文に多用する表現や語句、呼称・異名などを種々載せる。なお、本書を中本サイズの三巻三冊本に仕立てた『〈鼇頭漢語用文〉作文捷径』が明治九年に[東京]木村文三郎・水野慶次郎によって刊行された。また、本書と同様の教科書に同一編者による『作文啓上』†がある。〔小泉〕
◆さくぶんしょほ [1292]
〈大島一雄編輯・改正〉作文初歩‖【作者】大島一雄著。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[滋賀]岸本忠七(五柳堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈改正〉作文初歩』。半紙本四巻合一冊。前著『作文初歩』の誤謬を訂し、首巻を省略した教科書。巻一は「書式類語」「請取書式」「注文書式」、巻二は「書式類語(第二)」「口上書式」、巻三は「書式類語(第三)」「口上書式(第二)」、巻四は「書式類語(第四)」「口上書式(第三)」から成る。しかし「書式類語」は、たとえば巻一では「玄米・白米・大麦・小麦…」等の単語の羅列に過ぎない。「注文書式」に「一、『小学読本』五十冊、一、『作文初歩』三十部」などと自著を掲げるのは当時の通例である。本文を行書・大字・五行・稀に付訓で記し、語彙の左側に小字で楷書の表記を添える。〔母利〕
◆さくぶんしょほ [1293]
〈談話書取〉作文初歩(二編)‖【作者】三吉艾作。江阪強近校。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[京都]藤井卯兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈談話書取〉作文初歩二編』。中本一冊。柱刻に「作文初歩二編」とあり、凡例によれば、前著初編を踏まえたうえでの学習を意図したものという。初編(未見)は「読本・連語図等ノ中ニ就キ最モ解シ易キ文字ヲ用ヰ努テ平易ナル談話ヲ輯メ」、二編は「字義談意並ニ稍高尚」なものを集めたとする。前半は「談話之部」として、「がくもんをして、それをおこなひませなば、うつはを、こしらへて、それを、つかはぬよふなもので、がくもんせぬほふが、ましで、ござりまする…」のような数行程度の口語文(全て仮名書き)四八例を集録する。後半は「綴之部」として、「談話之部」に対応する「学デ行ハザレバ、器ヲ製シテ用ヰザルガ如シ。学バザルニ如ズ…」の如き書き下し文四八例を載せる。「談話之部」は、これをもとにその文意を文語文に直す力の養成を目的とし、「綴之部」はこれを漢文そのものに直すものとして編まれたものであろうか。本文をやや小字・一〇行で記す。〔母利〕
◆さくぶんしょほ [1294]
〈童蒙必用〉作文初歩‖【作者】多喜寂順作。老雨居士序。村田泰良跋。【年代】明治一〇年(一八七七)序・跋・刊。[京都]吉野屋甚助ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本三巻三冊。上・中巻は、『国史略』『皇朝史略』『(日本)政記』(上)『(日本)外史』『十八史略』(中)から、数条ずつの短文を抜き出し、漢文作文の際に必須の助辞を中心に解説を加えたもので、一般的な用文章とは異なる。下巻は、『日本外史』に記される『神皇正統記』などの「訳」をとりあげ、その漢文化の具体例を示す。さらに『太平記』に載せる周知の青砥左衛門の文章をとりあげ、それを『本朝通鑑』『大日本史』『大東世語』『通語』『日本外史』『皇朝史略』などでどのような漢文にしていたのかを詳述する。本文をやや小字・一一行・所々付訓(稀に左訓)で記す。〔母利〕
◆さくぶんしんしょ [1295]
〈関口宇之助編〉作文新書(初編)‖【作者】関口宇之助作・序。【年代】明治九年(一八七六)序・刊。[東京]中村熊次郎板。【分類】消息科。【概要】異称『〈袖珍〉雅俗作文新書』。小本一冊。四季折々の雅文・俗文の手紙文を集めた用文章。銅版印刷の和綴本。「歳首之贈書」から「安産喜之文・同返事」までの七六通を収録する。特に、雅文を楷書、俗文を行書で綴っており、例文数通毎に「右文詞」と題した一項(全一七項)を掲げて、種々の言い替え表現を列挙し略注を施す。本文を小字・八行・ほとんど付訓で記す。なお、本書目録等に「初編」と記し、例言にも初編に「四季通用ノ文例」のみを掲げて二編以下に「漢文及ビ新様態ノ文例」を載せる旨を述べるが、二編以下の出版については未詳。〔小泉〕
◆さくぶんしんぽう [1296]
〈小学必用〉作文新法‖【作者】勝川宝太郎作・序。境野熊蔵校・序。【年代】明治七年(一八七四)序。明治一三年刊。[名古屋]万屋東平(栗田東平)板。【分類】消息科。【概要】半紙本四巻合一冊。「普通小学教則ニ基キ公私用文ノ作例及ヒ類語等ヲ編纂」した大部な用文章。例文が極めて豊富で、文例・書式・関連法令を満載した公私用文の極みとも言うべきもの。第一巻「容易私用文」、第二巻「私用文」、第三・四巻「公用文」の四巻からなり、第一巻には口上書、稟告書・請取書・送り状、第二巻には往復略文、往復短文、往復正文、起結類語(起語・時候・安否・祝詞・結語・脇付)、書簡封緘法(宛名書式)、郵便規則(郵便印紙貼用法・郵便為換・金子入書状)、電信文(賃銭表・略則)、私用文一〇〇題、第三巻には諸届書式(戸長宛)、諸届・願書式(郡・区長宛)、第四巻には諸届・願・建白書式(諸学校・府県・官省・裁判所宛)、諸証書類、印紙貼用法をそれぞれ収録する。本文をやや小字・一〇行・付訓で記す。〔小泉〕
◇さくぶんすち [1297]
〈雅俗日用〉作文須知‖【作者】平山政作。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[京都]佐々木慶助板。【分類】消息科。【概要】半紙本二巻二冊。ただし下冊のみ現存。下巻に「寿席に招く文」に始まり「物を借に遣す文」「餞別の文」など七種、往復一四通の私用文例を集めた用文章。本文を大字・約六行・付訓(任意の漢語に左訓)で記す。例文は、「家父七十之誕生ニ付、午後二時比より親族共相集り、内々祝席を開き候間…」のように比較的通俗的なものだが、それぞれの本文間に例えば「家父」に対して「家翁(カヲフ)ワガテテヲヤ、家尊(カソン)、家厳(カゲン)、膝下(シツカ)」などの類語(漢語)を示す。また、下冊後半部(第一二〇丁以下)に書簡用語集を載せるほか、頭書「尺牘彙語」に各例文に対応した漢文の作例と漢語を補足する。〔母利〕
◆さくぶんせんにひゃくだい [1298]
作文千二百題‖【作者】福島順則作。小野湖山序。伊藤桂洲書。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]鶴屋喜右衛門(小林喜右衛門・仙鶴堂)板。【分類】消息科。【概要】中本二巻二冊。ただし現存は上冊のみ。上冊に四季之部で、「年始ヲ賀スル文」等の私用文例六〇通、下冊に「入学ヲ問合スル文」ほか九二通の雑多な私用文例を集めた用文章。一通あたり一〇語前後の漢語を頭書に掲げ、例えば文中の「改歳(カイサイ)」という漢語に対しては「鳳暦(ホウレキ)シンネンノコト、改暦、同、年始、同」のように三類語を示すという体裁をとる。書名にいう「題」とはこの漢語のことである。〔母利〕
◇さくぶんだいそう [1299]
〈公私〉作文題叢‖【作者】本多三樹作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[静岡]青木栄次郎(万籍堂か)ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。「新年賀章」を始めとする四季・雑混載の私用文例二五九通、および「縁組届」を始めとする四九通の公用文例(「願届諸式」)を集めた用文章。消息文例は大字・六行・ほとんど付訓、「願届諸式」はやや小字・八行・稀に付訓で記す。文例は、「改暦之御吉慶、不可有際限申納候…」のような穏当なもの。凡例によれば、当時、用文章の出版が盛んであったが、「高雅ノ文ニ渉リ幼童ノ日用ニ乏シ」いがゆえに、俗文を旨とし題材も多くしたという。ただし、それぞれの文はかならずしも完全な体裁をなしておらず、その題材に関わることのみを二、三行で記した例文も少なくない。本文要語の替え言葉は、同一丁の上段頭書「類語」に掲げられており、実用に即した配慮がなされている。〔母利〕
◆さくぶんちかみち [1300]
〈新編日用〉作文近道‖【作者】邨上復雄作。【年代】明治一〇年(一八七七)刊。[大阪]河内屋源七郎(前川源七郎)蔵板。秋田屋太右衛門(田中太右衛門)ほか売出。【分類】消息科。【概要】中本一冊。漢語消息の基本である「尺牘十八式」のうち一四の規則、すなわち(「標書(相手の名称の下に付ける言葉)」「傍書(脇付)」「具名(自分の名)」「啓頭(手紙の書き出しの語)」「時令(時候の言葉)」「起居(相手の様子を伺う)」「欣喜(喜ぶ)」「自叙(自らの近況を述べる)」「降心(御心配なさらぬようにという趣旨の言葉)」「入事(こちらの用件に入る)」「結語(この部分にかなりの比重を置く)」「末語(結語の末尾の語句)」「即日(月日)」「封套(封をした場所に書く字)」の各部分に分けて、類語・類句・例文等を掲げた独特の用文章。それぞれ、注釈を随所に施す。末尾には、以上の語句をつないだ作例として、「年始状」〜「歳暮之文」の六通を掲げる。本文を大字・五行・所々付訓(漢語に左訓)で記す。〔小泉〕
★さくぶんつうしょ [1300-2]
作文通書‖【作者】西野古海作。【年代】明治九年(一八七六)刊。[東京]木村文三郎(文江堂)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。例文の所々に割注形式で類語を適宜掲げた用文章。「年始之文」より「依頼引受報告之文」までの六三題一〇一通を収録する。特に分類意識は見られず、日常生活上の諸用件の手紙や四季贈答の文、吉凶事に伴う手紙など一通りを載せる。本文を行書・大字・五行・ほぼ付訓(漢語に左訓)で記し、楷書・小字の類語(稀に略注)をしばしば掲げる。〔小泉〕
◆さくぶんてんじほう [1301]
〈林省三著述・小学用文〉作文転字法‖【作者】林省三作。湯川亨書。【年代】明治一二年(一八七九)例言。明治一四年刊。[大阪]三友堂蔵板。花井知久(聚文堂)ほか売出。【分類】消息科。【概要】異称『〈小学用文〉作文転字法』。中本二巻二冊。漢語を多用した消息文例を多く集めた用文章で、上巻に「年始之文」から「退隠ヲ賀スル文」までの三一通、下巻に「賀祝ヒノ文」から「与遊学ノ人文」までの三二通を収録する(合計六三通)。書状の内容は、四季や吉凶事に伴う手紙、売買・契約等に関するものが中心。本書の最大の特色は、各例文の返状を逐一掲げることなく、往状の語句を「転字(挿入・削除・転換など)」することによって返状の文面を示そうとした点にある。例えば、「新年之御慶芽出度申納候…」の「慶」を「書」に、「申納」を「拝見仕」と置き換えればそのまま返状となる。従って、頭書の「転字法」により実質的には一二六通分の例文を含むことになる。本文を大字・五行・所々付訓(任意の漢語に左訓)で記す。〔小泉〕
◆さくぶんのはしだて/さくぶんかいてい [1302]
〈開化〉作文階梯〈頭書四季花暦〉‖【作者】鶴田真容作。【年代】明治一〇年(一八七七)頃刊。[東京か]刊行者不明。【分類】消息科。【概要】中本一冊。春・夏・秋・冬・雑の五部に分けて、二〜八行程度の短文の端書用例文を集めた用文章。四季の部二五通、雑の部二一通の合計四六通を収録する。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書に「太陽暦・年中花暦」「人事門(消息漢語集)」を掲げる。なお、刊記破損につき刊年・板元とも不明だが、明治一〇年代前半の刊行であろう。〔小泉〕
◆さくぶんひとりあんない [1303]
〈開化用文〉作文独案内‖【作者】吉田桂之助作。名和対月書。【年代】明治二六年(一八九三)刊。[東京]吉田桂之助(慶之助)板。【分類】消息科。【概要】異称『作文便蒙』。中本一冊。漢語を多用した消息例文一三通から成る簡易な用文章。「年始之文」「火難を弔ふ文」「誂物催促之文」「荷物船着港を報ず」「潮干猟を促す」「転居広告之文」「仕官せしを賀す」などを主題とした例文で、いずれも頭書や本文中に類語・類句を多く掲げる。本文を大字・五行・所々付訓(漢語に左訓)で記す。〔小泉〕
★さくぶんひとりげいこ [1303-4]
〈初学日用〉作文独稽古‖【作者】横山栞作。【年代】明治二一年(一八八八)刊。[東京]伊東武彦(薫志堂か)蔵板。井上勝五郎売出。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「季之部」「雑之部」「賀之部」に分けて、長短含む七二題一二七通を収録した用文章。わずか一行余(一〇数文字)の単文から、一〇行程度の長文までを載せるように、同一主題の長文・短文を併せ載せるのが特徴。本文を楷書・やや小字・一〇行・付訓で記す。頭書に、イロハ順に日用語とその読みを記した「字類イロハ頒」を掲げる。〔小泉〕
◆さくぶんべんぽう [1304]
〈活用必携〉作文便法‖【作者】畑中弘作。村山義行(晩翠)・山下重民(鴬陵散士)校・序。【年代】明治一九年(一八八六)序・刊。[東京]須原鉄二(畏三堂)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。各主題別の消息文例について起承転結を踏まえた三〜五段の文言に分け、さらに各段に三〜五種類の「節」を設けて、それらの「節」の組み合わせによって豊富な表現を実現させようとした独特な用文章。例題は「年始之文」から「弔喪之文」の二〇題で、大半が返書を含み、さらに同題で数節に分かれるため、都合一六〇通の収録となる。段・節毎に半丁六行の界線を設け、本文を大字・所々付訓(漢語に左訓)で記す。本書では「書牘の結構」、すなわち消息文の構造を把握させることに主眼を置くため、類語集等をあえて割愛した旨を「例言」で断る。〔小泉〕
◇さくぶんべんらん [1304-2]
〈開化用文〉作文便覧‖【作者】石原吉孝作。【年代】明治一〇年(一八七七)刊。[名古屋]栗田東平(慶雲堂)板。【分類】消息科。【概要】中本三巻合一冊。準漢文体の通俗文と漢文尺牘体の雅文でほぼ同趣旨の消息文を並記した用文章。上巻に「年始状」以下六題往復一二通、中巻に「天長節招状」以下七題往復一三通(一通返状なし)、下巻に「贈士官朋友文」以下七題往復一三通(同)の合計三八通につき、それぞれ俗文・雅文の双方を収録する。俗文は行書・大字・五行・所々付訓、雅文は楷書・やや小字・七行・付訓で記す。なお上巻巻頭に「四時熟語類」「雑詞類語」「度吊熟語類」を載せる。〔小泉〕
◇さくぶんようほう [1305]
〈小学必用〉作文用法‖【作者】中根八之進作。津田信吉校。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[名古屋]鬼頭平兵衛板。【分類】消息科。【概要】半紙本三巻三冊。小学教則に基づいて作文の用法を示した教科書。明治一一年板の巻一は未見。巻二は「下等小学三級、私用文、第一」「第二、往復略式」「第三、口上書式類・往復略式」「下等小学二級、第一(〜第四)、往復正式」。巻三は「下等小学第一級、公用文」。例えば、本文欄に「小学訓導御拝命之由御しらせ目出度存候」という例文を掲げ、その頭書欄に「書簡文類語」として本文に対応する「○目出度、大慶(オホヨロコビ)」などの語注を掲げた用文章。文部省編『書牘』を踏まえた副読本的な内容で、各例文をやや小字・一〇行・無訓で記す。著者は愛知県五等訓導。なお、本書には明治一五年改正版があり、同一書名で編者・校訂者ともに同じだが、構成や内容は大幅に変更された。〔母利〕
★さくぶんようほう [1305-2]
〈小学必用〉作文用法(改正版)‖【作者】中根八之進作。津田信吉校。境野熊序。【年代】明治一五年(一八八二)序・刊。[名古屋]鬼頭平兵衛板。【分類】消息科。【概要】半紙本二巻二冊か。現存本は二冊で、完本か否かは不明。小学教則に基づいて作文の用法を示した教科書で、前項・明治一一年板の改正版。巻之一は初等科一年前期より初等科二年前期および後期まで、巻之二は初等科二年後期より三年後期までの学習内容を収録。巻之一の前半(一年前・後期)は、「メ、め/フタツ、ふたつ/ミル、みる/マツゲ・まつげ」のように関連する単語(一部短文)のいくつかを片仮名と平仮名または漢字を含む言葉で表記したもので、後半(二年前・後期)には、「車、クルマ/荷ヲ積ムヲ、大八車ト云フ/馬車、人力車等アリ…」のように各項目毎に関連語を交えた簡単な説明文を示す。また頭書には五十音順に基本単語とその仮名遣い(片仮名・平仮名)を掲げる。巻之二は、二年後期として「日用雑語」「送り及び請取書式」「手紙之文(口上書類)」、三年前期として「口上書類」、三年後期として「広告文」「日用書類(手紙之文)」を収録し、それぞれ関連の類語(音訓)を載せる。一巻は本文を楷書・やや小字・一〇行・概ね付訓で、二巻は行書・やや小字・一〇行・無訓で記す。〔小泉〕
◆さくぶんるいだい [1306]
〈鼇頭熟語〉作文類題‖【作者】三尾重定(黙斎)作・序。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[岐阜]東崖堂板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「入校手続問合之文」を始め、「家作買入方頼文」「開社報告之文」など実用文を中心とした私用文例、往復一七二通を集めた用文章。難解な漢文体の本文を大字・六行・所々付訓で記す。頭書に「雅俗対語」として「多々、イロイロ」のような卑俗な書簡用語に対し、「百般、百端、百事、千緒、万々、万縷、縷々、種々…」のような日用漢語合計二七語をイロハ順に掲げる。〔母利〕
◆さくぶんるいへん [1307]
〈説田孫三郎著〉作文類編‖【作者】説田孫三郎作・序。野村煥校。【年代】明治一〇年(一八七七)序。明治一二年刊。[岐阜]三浦源助(成美堂)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。自序に、学制下の教育熱盛んな情勢のもと、「六等一二級に至りては私用文の授業」のあることを指摘し、各家庭の父母が本書を備えることによって、生徒の質疑に答える便利があると述べ、当時の状況が窺える。「履端之御慶目出度申納候…」のように一部漢語を交えた中庸的な文体の私用文例五七通を収録した用文章。本文を大字・六行・所々付訓で記す。文中、「東京日々新聞並団々珍聞(マルマルチンブン)」(新聞紙を借)などの記載があるのは興味深い。また、頭書に「尺牘摘語」「文中雑語」等の漢語集を掲げる。〔母利〕
◇さくらづくし [1308]
桜尽‖【作者】小墻幸吉書。【年代】天保四年(一八三三)書。【分類】女子用。【概要】特大本一冊。天保四年書『稚子聡明章』†中に「国尽」とともに一冊に合綴する。「春霞、竜田の山のはつさくら、たか誠より咲そめて、彼岸さくらもめつらしや、妻木にはなを折添て…」で始まる七五調の文章で、一九種の桜を列記した往来。書止を「賀祝(かしく)」とする。〔小泉〕
◇さくらづくし [1309]
桜尽し‖【作者】不明。【年代】安政四年(一八五七)書。【分類】女子用。【概要】大本一冊。前項と書名も体裁も同様だが全くの異文。「世の中にたえて桜のなかりせばと、昔男の詠しは、うきにやさしき言の葉や、芳野初瀬の名にしおふ、遠山桜ちらと、霞の間より初桜…」で始まる七五調の女文で、種々の桜の名称を列記した往来。紀州地方で使用されたもの。本文を大字・五行・稀に付訓で記す。〔小泉〕
◆ささきじょうえしょう [1310]
〈頭書新刻〉佐々木状絵抄‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[仙台]伊勢屋半右衛門板。【分類】歴史科。【概要】異称『〈頭書新板〉佐々木状絵抄』『〈新板〉佐々木絵抄』『佐々木状』『高綱状』。大本一冊。連判五三人を添え、佐々木四郎高綱が、源頼朝に梶原景時の弾劫を願った古状形式の往来で、竹生島で那須与市宗高を殺害しようとした謀略の発覚を恐れた八谷定国が、舅の梶原景時を頼み、頼朝に讒言を図ったことに対する書状形式をとる。事件の年代を「良王元年」頃と架空の時代に設定するのが特徴。上部四分一ほどに掲げた一四葉の挿絵は書状の内容を絵解き風に表現したものである。本文を大字・五行・付訓で記す。〔母利〕
◆さざれいし [1311]
さゝれ石‖【作者】長谷川妙躰(豊・筆海子)書。【年代】正徳三年(一七一三)刊。[江戸]万屋清四郎(本屋清四郎・松葉清四郎)ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『佐々礼石』。大本三巻三冊。時候挨拶の手紙や家族の近況を知らせる手紙など、種々の例文を散らし書きにした女筆手本。例文が分類整理されていないなど非実用的で、歌語を含む文体や奉書様式の書法の学習を旨とする。上巻は、「子の日」(新春)、「杜若」(初夏)の時候の手紙文に始まり、次いで、つれない相手を恨む内容の文、さらに物柔らかに僻んだ心を直せと諌める手紙文で終え、巻末に『古今』『新古今』からの和歌二首を掲げる。中巻は、初秋から冬にかけての情緒的な消息文で、「七夕」を題材とする前半は「星合の空」「梶の葉」などの歌語を配し、神無月を経て、「人めも草もかるゝばかり」「野辺の冬草」「冬草のうへにふりしく白雪」と冬に至り、末尾に『和漢朗詠集』から抄録した和歌を掲げる。下巻は、家族が息災であることを詳述した後で、京都の名所旧跡と年中行事等を紹介する。各巻表紙見返に口絵を掲げるが、うち上巻見返の挿絵は妙躰自身の肖像画と思われる。〔丹〕
◆さしもぐさ [1312]
さしもくさ‖【作者】戸田儀左衛門(戸田正栄・玄泉堂)作・書・跋。【年代】明和七年(一七七〇)刊。[大阪]河内屋喜兵衛板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。『近江八景の文』と『さしもくさ』を合綴した手本。前半『近江八景の文』は、「世にたかく、聞えし琵琶のみつうみを、遠近かけてなかめやる、八のけしきはとりに、大みや人ももてはやし…」で始まる七五調の文章で、琵琶湖・近江八景の景観や故事を綴ったもの。後半『さしもぐさ』は、「おほよそ婦人は愚痴にかだかましく、後の世も罪ふかしなど、諺にもいふ事ぞかし…」で始まる女子教訓で、まず女子の学問の必要性から説き起こし、以下、三従の教え、心立て、和順・穏和等心得を古歌を引きながら諭す。本文を大字・四行・所々付訓で記す。自跋に「浪華隠士、戸正栄七十二翁述書之」とある。なお、『江戸本屋仲間記録』には本書を『女筆さしもぐさ』と女性筆であるかのように紹介する。〔小泉〕
◆さたけじょう [1313]
佐竹状‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】歴史科。【概要】豊臣秀吉から佐竹義重宛ての書状に仮託して編まれた古状。「去四月十九日之書状、今日至大坂到来披見…」で始まる六月一五日付の書状で、佐竹氏から贈り物の礼や、紀州根来(ねごろ)・雑賀(さいか)の一揆鎮圧(天正一三年(一五八五)四月の根来攻め)の様子、さらに秀長らによる四国制覇の戦況などを綴る。重写本(日本大学蔵)は大本一冊で、本文をやや小字・七行・無訓で記す。〔小泉〕
◆さだめがき [1314]
〈富岡先生〉定書‖【作者】富岡以直(富岡伝兵衛・浄敬)作。植田ロ誠書。【年代】天明五年(一七八五)作。文政一一年(一八二八)書。【分類】教訓科(心学書)。【概要】半紙本一冊。末尾に「倫講連中」とあるように、門下子弟の参会のたびに輪読した一五カ条の規則。本文をやや小字・一〇行・付訓で記す。天恩・国恩に感謝し、それに報いるべき諸人の心得や義務を諭したもの。第一条「御法令を恐れ慎み守るべき事」以下、神仏礼拝、主人・奉公人心得、先祖崇拝、質素倹約、子への慈愛、父母への孝行、兄弟・夫婦の道、交友、言動、忠告・反省、食用・性欲等の条々から成り、それぞれ平易な解説を施す。後文では学問の大意を述べ、さらに仮名書きの教訓書のうち、特に石田梅岩の『都鄙問答』と『斉家論』を「人倫日用の切なる教へ」として熟読すべきことを説く。従って、本書で言う「富岡先生」とは梅岩の弟子・富岡以直であろう。〔小泉〕
◆さつきじょう [1315]
五月帖‖【作者】長雄耕雲(栢梁堂)書。【年代】延享三年(一七四六)書・刊。刊行者不明。【分類】消息科。【概要】大本一冊。消息例文九通を載せた長雄流手本の一つ。本文を大字・三行・無点で記す。文面は、茶会の礼、詩歌の会誘引、五月雨に香を楽しむ手紙など四季風月の催しなどに関するものが多く、末尾に伏見到着を将軍に伝える手紙と「御鷹之鶴」拝領の礼状の披露文二通を載せる。〔小泉〕
◆★さつまじょう [1316]
〈尊円末流〉薩摩状‖【作者】不明。【年代】延宝五年(一六七七)刊。[京都]安田十兵衛板。【分類】歴史科。【概要】大本一冊。『薩摩状』と『少将殿感状』という二つの擬古状を収録した往来。前者は、大坂の役に際し、豊臣秀頼から上洛を促された島津家が、「太閤様御一筋」に奉公はしたが、先年の関ヶ原合戦以来徳川家の「御厚恩」を受けていることは世間に隠れないことである、とその上洛を拒否したもの。後者は、朝鮮の役における島津父子の武勲を豊臣秀吉が表彰した慶長四年(一五九九)正月九日付の擬古状。江戸中期刊と思われる謙堂文庫本は、本文を大字・六行・付訓で記し、巻末に墨継ぎなど書札礼六カ条を付す。なお、延宝五年板には「狸少人状」†も収録する。〔母利〕
◆ざつようしょう [1317]
雑要章‖【作者】長友松軒書・跋。【年代】天明六年(一七七七)御免。寛政二年(一七九〇)刊。[大阪]本屋又兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。天明六年刊『分限書札集』†の末尾一丁を削除しただけの改題本。行間をたっぷりとり、大字・三行・無訓で記す。刊記に「天明六年丙午三月御免/寛政二年庚戌出板」と記すから、寛政二年初刊と思われるが、『分限書札集』の巻末広告に、既に本書の書名が見える。〔小泉〕
◆さつようぶんしょう [1317-2]
〈雅俗一体〉撮要文章‖【作者】本多成周作。【年代】明治七年(一八七四)刊。[大阪]刊行者不明(刊記破損)。【分類】消息科。【概要】異称『〈本多成周輯・雅俗一体〉撮要文章』。中本一冊。「年頭之文」から「年末の文」までの合計四四通を収録した用文章。四季の行事や吉凶事に伴う例文を主とするが、随所に当代の大阪の名所・風俗等に言及するのが特徴。従来の準漢文体書簡に漢語を多用した雅俗折衷様の文章で、大字・五行・付訓で記し、漢語の多くに左訓を施す。また、目録部分の頭書に「今文章肝要之字集」「月之異名」を載せる。〔小泉〕
◇ざつれいいけんじょう [1318]
雑礼異見状‖【作者】川上喚濤書。【年代】江戸後期作・書か。【分類】教訓科。【概要】「面々身持之肝要者、心正直に親に孝行…」と起筆して忠孝・五常五倫等を諭した勧善懲悪的教訓書。前半で人倫の基本を説き、次に以上の「異見」を聞き入れない「放心・懈怠の輩」がついに困窮・零落し果ては「乞食・非人の躰」になるという顛末を述べて戒めとし、最後に身持ちの良い善人は必ず栄えて子孫繁昌すると述べて結ぶ。現存の昭和二年(一九二七)重写本は大本一冊で、本文を大字・八行・無訓で記す。〔小泉〕
◆さどおうらい [1319]
佐渡往来‖【作者】大森新右衛門書か。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。佐渡国内の名所旧跡・神社仏閣や各地の物産のあらましを記した往来。「春の夜の夢に、当国行脚見覚へて居たる処、先、小木(おぎ)、当国一廻船の湊。是に一両日逗留致し、またも女郎留んとせしが、発足仕り、是より小比叡山江参籠致し…」と始まる文章で、小木(佐渡島最南端の港)・小比叡山・一の宮度津神社・砂金山を始めとする寺社・名所の縁起・風趣、また地域の産物などを紹介する。重写本(日大本)は大本一冊で、本文を大字・七行・無訓で記す。〔小泉〕
◆さどじゅうむらづくし [1320]
佐渡中村尽‖【作者】菊地花栄書。【年代】嘉永五年(一八五二)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。佐渡国内の町名・村名を小木組・大野組・免組・羽田組の四組毎に合計約二五〇の地名を列記した村尽型往来。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◇さとのあまあんないき [1321]
里海士案内記‖【作者】幽旨法師作・書。【年代】文化一〇年(一八一三)作・書か。【分類】地理科。【概要】大本二巻二冊。「阿波国板野郡なる里海士は、その地平にして、南北凡五十町、東西三十町にはたらさめり、艮に当て山あり、ゆるうしてふかゝらす、しかも海にさし出てうき嶋のことくつらなり…」と筆を起こして、阿波国板野郡(徳島県板野郡)里浦村および土佐泊一帯の地勢・歴史・古歌、神社仏閣・名所旧跡およびその縁起・景趣・祭礼等を記した往来。豊富な故事を出典とともに紹介し、古歌を多く引いて詳述するのが特徴で、巻末にも「洛下二柳庵鳴門賦あり」として、同書に集録されたと思われる鳴門の古歌(『万葉集』『家集』『拾玉集』『堀川百首』『続千載集』等から抄録)二〇首を列挙する。本文を大字・八〜九行・無訓で記す。なお、「癸酉孟春」の筆者識語に作者が鳴門生まれで、里浦で出家して同地を探索して本書を編んだ経緯を記すが、この「癸酉」は文化一〇年であろう。〔小泉〕
◆さとのしるべ [1322]
さとのしる辺‖【作者】桜井敬長作・書。山宮咸一序。【年代】明治九年(一八七六)刊。[置賜県]九里忠兵衛(越前屋忠兵衛)板。【分類】地理科。【概要】異称『〈置賜縣管内地誌畧〉さとのしる辺』『里のしるへ』『里能志留辺』『里之知方』。大本一冊。置賜県(山形県)方面の地理全般を七五調・美文体で記した往来。「夫れ、日の本の功績(いさおし)は、亜細亜の中に独立し、万古不易の一帝国、往古(むかし)神武の創業より、歳を経る事二千五百十余年にて…」と筆を起こし、まず日本全国の沿革や地理に触れ、続いて、置賜県の行政管轄・規模・人口・地勢・産業など県勢の概略を示し、さらに、県内六大区二八小区毎に地勢風土・地名・名所・物産等を紹介する。本文を大字・五行・付訓で記す。「日本全図」「置賜県管轄全図」「第一大区全図」〜「第六大区ノ図」「米沢市街全図」など本文に合わせて随所に折込地図を掲げるほか、頭書にも「皇朝沿革略記」「日本国尽」「置賜県管内名勝旧跡」などの関連記事・挿絵を載せる。〔小泉〕
◆さぬきおうらい [1323]
讃岐往来‖【作者】小山延吉書。【年代】嘉永七年(一八五四)書。【分類】地理科。【概要】特大本一冊。讃岐地方の名所旧跡、神社仏閣について記した往来。「年来御床敷候処、二月上旬花翰相達拝見仕候。兼々御願之通御隠居被為蒙仰候由…」で始まる全編一通(三月状)の手紙文形式で書かれ、象頭山・金毘羅大権現(香川県琴平町)の繁盛ぶりや讃岐国が弘法大師の生国であること、また、三月頃の様子などを説明した後で、同地七カ所霊場の順路や、周辺の寺社を中心に名所のあらましを綴る。末尾は同地への訪問を歓迎する旨を記した一文で締め括る。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆さほうせきとく [1324]
〈久保田梁山編・漢文〉作法尺牘‖【作者】久保田梁山編・序。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]吉田屋文三郎(木村文三郎)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈漢文〉作法尺牘』『漢文作法尺牘』。半紙本一冊。初学者に漢文尺牘を習得させるために、漢文・俗文・雅文等を対比させた用文章。「拝命披露之文」から「送洋行之文」までの二七題七三通を収録する。各題毎に状数は異なるが、内容の似通った文面で漢文と俗文(あるいは雅文)を並置させるのが特徴。その対応関係を的確に理解させるため、各例文を起・承・転・補・収の五段に分かち、頭書「作文類語(漢文作法類語)」もこの五段に即して言い替え表現を例示する。基本的に漢文を楷書、俗文を行書の大字・五行・付訓(漢語に左訓)で記し、一字一字分かち書きに記す。巻末に漢文・俗文の消息用語を集めた「雑語」を掲げるほか、頭書後半部に文頭類語・詢候類語・収尾類語・慶賀之類語・問慰類語・行楽類語・別離類語・饋遺類語・赴弔類語・人名称呼類・物名類語・改年異称・十二月之異称・時令類語・人倫之称・人名雑称から成る「作文雑字」を載せる。〔小泉〕
◆★さやまえどがわようぶん [1325]
@山江戸川用文‖【作者】@山竜池書。【年代】明和八年(一七七一)書・刊。[江戸か]刊行者不明。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「新年祝儀状」から「普請の努力を讃える手紙」までの四季行事、その他の書状一三通を大字・三行・無点で綴った@山流手本。明和八年刊『@山四季文集』の改編版で、同版下を陰刻に模刻し、一部内容を改変したものであろう。書名の「江戸川」は本書の内容ではなく、筆者の住所(武州江戸川竜慶橋)に因んだものである。〔小泉〕
◆さやまかなぶんしょ [1326]
@山かな文書‖【作者】@山竜池書。【年代】明和八年(一七七一)刊。[江戸]雁金屋義助板。【分類】社会科。【概要】大本一冊。「折節の移りかはるこそものことにあはれなれ。物のあはれは秋こそまされと人ことにいふめれと、それもさるものにて、今一際心もうきたつものは春のけしきこそあめれ…」で始まる仮名文で、季節の推移や四季行事、花鳥風月を記した陰刻手本。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆さやまきっこうじょう [1327]
さやま乞巧帖‖【作者】@山竜池(周暁・不言斎)・@山秀盈(叡麓)ほか書。松亭序。富田幹(東原)跋。【年代】安永六年(一七七七)跋・刊。[江戸]刊行者不明。【分類】社会科。【概要】大本一冊。七夕和歌(一部漢詩文を含む)を並べ書きや散らし書きで綴った@山流の陰刻手本。冒頭に乞巧奠の由来などを記した松亭の小文を掲げ、続いて@山秀盈・@山直衛・@山直・@山督以下、女性を含む@山竜池の門弟ら二三名の筆跡(竜池と秀盈を除き一人約四首ずつの和歌)を集める。〔小泉〕
◆さやまさがめいしょ [1328]
@山嵯峨名所‖【作者】@山竜池(江戸川周暁・爽卿・巫江・多宮・右膳・太平山人・不言斎)書。【年代】安永五年(一七七六)刊。[江戸]山崎金兵衛板。また別に[江戸]西村宗七(層山堂)板(後印)あり。【分類】地理科。【概要】異称『@山嵯峨往来』。大本一冊。「宮古の西嵯峨、愛宕山の名所旧跡、乍荒々書付進申候。先、音に聞にし妙心寺、夫れより仁和寺に懸り、御室の御所、真言の御みなもととかや…」で始まる全文一通の女文で、嵯峨方面の寺社等の名所とその風趣などを書き綴った往来(陰刻手本)。本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆さやましいかじょう [1329]
@山詩哥帖‖【作者】富田幹(東原)書。【年代】安永八年(一七七九)書・刊。[江戸]山崎金兵衛板。また別に[江戸]西村宗七板あり。【分類】社会科。【概要】大本一冊。『和漢朗詠集』巻上から抜粋した詩歌を大字・無訓の散らし書きにした@山流陰刻手本。「三秋岸雪花初白。一夜林霜葉尽紅」以下各一四編ずつの詩歌を認める。筆者・東原は@山流初代・@山竜池の門下で、安永六年刊『さやま乞巧帖』†(門下二二人の筆跡を掲げる)にも収録されたほどの高弟で、この東原が宮成章に書き与えた手本を同志のために出版したものが本書である。〔小泉〕
◆さやましきかなぶみ [1330]
@山四季かな文‖【作者】@山赤城(周之・左膳)書。平信公跋。【年代】寛政二年(一七九〇)書。寛政五年頃刊。[江戸]西村宗七板。また別に[名古屋]永楽屋東四郎板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】異称『松華法帖』。大本二巻二冊。寛政二年刊『@山松華往来』†(江戸・山崎金兵衛板)の改題本。寛政五年九月刊『女教千金宝』†の巻末広告に本書を「近刻」と伝えるので、その頃の刊行であろう。〔小泉〕
◆さやましょうかおうらい [1331]
@山松華往来‖【作者】@山赤城書。平信公跋。【年代】寛政二年(一七九〇)書・刊。[江戸]山崎金兵衛(山金堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『松華法帖』。大本二巻二冊。筆者は@山流祖・叡麓の次男・周之(赤城)。上巻を「春夏」巻、下巻を「秋冬」巻とするように、かなりの長文から比較的短文まで長短合わせた四季の女文二一通を収録した@山流の陰刻手本。上巻は新年祝儀状から昨年の夏の石山詣を回想する文まで一二通、また、下巻は七夕の季節や秋の名月にちなんで種々故実を綴った長文の手紙など九通を載せる。いずれも四季風景の修辞や和漢の故実を随所に採り入れた仮名文で、並べ書きと散らし書きを適宜混ぜながら認める。並べ書きは概ね大字・五行・無訓で記す。本書の改題本に寛政五年頃刊『@山四季かな文』†がある。『江戸出版書目』の寛政二年欄に『@山松花往来』と記すように、本書が先に刊行され、まもなく『@山四季かな文』と改題された。〔小泉〕
◆さやましょうそく [1332]
@山消息‖【作者】@山竜池書。【年代】明和八年(一七七一)刊。[江戸]雁金屋義助板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「鳳春之慶事千里同風申籠候」で始まる新年祝儀状から慶事引出物礼状までの二二通と、読書しながら古人を偲ぶ一文を大字・四行・無訓で記した@山流手本。菖蒲・杜若の時節の招待状や祇園祭の様子を伝える手紙など、四季の挨拶・贈答・行事に関する手紙が主である。準漢文体書簡ながら書止に「かしく」を用いた例文が少なくない。〔小泉〕
◆さやましょさつ [1333]
@山書札‖【作者】@山竜池書。小宮山昌世(辻昌世・謙亭・君延・杢之進)序。【年代】明和六年(一七六九)書・序・刊。[江戸]雁金屋義助(青山堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『@山先生書札』。横本一冊。種々の消息を綴った@山流手本。序文に、@山氏の門下として直接指導を仰ぐことができない地方在住者のために本書を出版した旨を記す。「粕漬けの鯛を幕府に贈る披露文」から、「新年の風情を伝えつつ自らの浅学を述べた仮名文」までの三三通を収録する。武家公私にわたる各種書状が中心で、ほぼ前半が公務、後半が私用に関わるものである。後半は大方、四季の風景や五節句その他の年中行事にちなんだ例文で、仮名が比較的多い文章や「かしく」を用いた準漢文体の文章など数通を含む。いずれも本文を大字・五行・無訓で記す。〔小泉〕
◇さやましょさつじょう [1334]
@山書札帖‖【作者】@山竜池書。富田幹(東原)序。【年代】安永八年(一七七九)書・刊。[江戸]雁金屋義助(青山堂)板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。「一筆令啓上候。公方様大納言様益御機嫌…」に始まる武家用書状一七通を収録した@山流手本。本文を大字・四行・無訓で記す。序文に@山流祖・不言斎(竜池)および二代・多宮の手本を求める者が多いため、書肆・青山堂の求めによって上梓した旨を記す。〔母利〕
◆さやましょさつしようしゅう [1335]
@山書札私用集‖【作者】@山叡麓(篠地・秀盈・秀明・進卿)書。皇山(馬映星)序。富田幹(東原)跋。【年代】安永六年(一七七七)書。安永七年序・刊。[江戸]山崎金兵衛板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。@山秀盈の書いた手本の一つで、『@山書札筆用集』†と対をなすもの。「新春の茶会に招く文・同返事」以下二六通を収録する。内容は四季贈答の手紙、安否伺いの手紙、饗応・交際の手紙、髪置・婚礼等の祝儀状等々で、うち末尾二通は仮名文。各例文を大字・六行・無訓で記す。〔小泉〕
◆さやましょさつひつようしゅう [1336]
@山書札筆用集‖【作者】@山叡麓(篠地・秀盈・秀明・進卿)書。皇山(馬映星)序。【年代】安永六年(一七七七)書。安永七年序・刊。[江戸]山崎金兵衛板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。長短を含む一四通の消息文例を大字・六行・無訓で記した@山流手本。譲位・受禅の祝儀についての書状から始まる武家公用向けの書状が中心だが、快気祝いならびに病気の際の尽力に対する礼状や、中国筋巡見を仰せ付かった人への見舞状など私的書状数通を含む。〔小泉〕
◆さやましょさつぶんしょう [1337]
@山書札文章‖【作者】@山竜池書。【年代】天明二年(一七八二)書。天明三年刊。[江戸]山崎金兵衛板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。武家公用向け書状と詩歌を収めた@山流手本。大字・四行・無訓で記す。前半部は昇進に伴ない松平姓を下賜されたことへの礼状(披露文)以下一二通の書状、後半部は漢詩文・詩歌一三編を掲げる。〔小泉〕
◇さやましょさつほうじょう [1338]
@山書札法帖‖【作者】@山竜池(大平山人)書。【年代】安永七年(一七七八)書・刊。[江戸]西村宗七板。また別に[江戸]山崎金兵衛板あり。【分類】消息科。【概要】大本一冊。新年祝儀披露状以下、武家用向け書状一一通を綴った@山流の陰刻手本。即位儀式御用拝命状、献上品披露状など公用文を主とする。本文を大字・二行・無訓で記す。また、末尾に『和漢朗詠集』からの詩歌六編を付す。〔小泉〕
◆さやませきいちしゅう [1339]
@山尺一集‖【作者】@山竜池書・跋。熊木正応跋。【年代】天明二年(一七八二)跋・刊。[江戸]山崎金兵衛板。また別に[江戸]西村宗七板(後印)、[名古屋]永楽屋東四郎板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】大本一冊。連歌の会を催す手紙や能興業への出席を伝える手紙から、音物礼状までの一五通を大字・二行・無訓で記した@山流陰刻手本。うち一通は、「こゝろうきたつ春にしては、梅かえにかる鴬のはつ音、桃さくら咲けらし、やう青葉ましりのなつ木立…」春の風情を述べた女文で、他にも準漢文体ながら「かしく」を含む例文が五通程含まれる。跋文に「門人山崎生」の求めによって上梓された旨を述べるように、山崎金兵衛板が初刊だが、@山流手本の多くが山崎金兵衛によって刊行されたのは、彼が@山氏に師事していたためであろう。〔小泉〕
◆さやまたつたもうで [1340]
@山竜田詣‖【作者】@山竜池書。【年代】明和八年(一七七一)刊記。安永五年(一七七六)書・刊。[江戸]雁金屋義助(雁義堂・青山義助)板。【分類】地理科。【概要】大本一冊。『竜田詣』†を認めた@山流陰刻手本。内容は近世流布本と同様で、奈良〜大和路〜竜田〜大坂〜京都の順に沿道の名所旧跡・神社仏閣等を紹介した往来。『竜田詣』は異本が少なくなく、例えば享保一九年(一七三四)刊『〈寺沢〉年中往来』†後半部所収の「竜田詣」と比較すると、神社仏閣その他の名所・地名などにかなりの増補が見られる。「兼而よりの龍田詣の事、もみちも漸千入に染る折と成行候…」と始まり「…駕籠にて夢路におもむくへしと新見参にこそ。かしく」と結ぶ本文を大字・三行・無訓で記す。なお、刊記部分の広告によれば、既に明和八年には『春夏往来』†『秋冬往来』†『@山宮古めぐり』†『@山かな文書』†等々とともに刊行されていた模様である。〔小泉〕
◆さやまなにわおうらい [1341]
@山難波往来‖【作者】@山竜池書。【年代】安永六年(一七七七)刊。[江戸]山崎金兵衛板。【分類】地理科。【概要】異称『難波津往来』。大本一冊。「奈似之負難波津の春の気色を御覧有へき御催のよし、うけ給り、御うらやま鋪御事に候。先、淀川を夜ふけにて御下り、八軒屋へ御揚り、夫より案内を御頼、神社・仏閣残なく、御順拝可被成候…」で始まる全文一通の女文で、難波の名所旧跡・寺社等を紹介した往来。大坂城・天王寺・一心寺・住吉神社から堂島・蔵屋敷・安治川湊・瑞賢山までの名所の風趣や名物・由来を順々に記す。後半に、「人に従ひわか身を後にして、ひとを先にするにはしかす」といった六状の教訓文を付す。いずれも本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆さやまねんちゅうじょう [1342]
@山年中帖‖【作者】@山竜池書。【年代】安永五年(一七七六)刊。[江戸]山崎金兵衛板。また別に[名古屋]永楽屋東四郎板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「肇陽之御吉兆…」で始まる新年状以下一四通の消息文を記した@山流手本。「桜満開の案内状」「桃下に酒宴を催す状」「開帳参詣誘引状」、その他年中行事・四季贈答に関する例文で、「かしく」を伴う準漢文体書簡や女子消息文などを含む。本文を大字・四行・無訓で綴る。〔小泉〕
◆さやまみやこめぐり [1343]
@山宮古めぐり‖【作者】@山竜池(江戸川周暁・爽卿・巫江・多宮・右膳・太平山人・不言斎)書。【年代】明和八年(一七七一)書・刊。[江戸]雁金屋義助板。【分類】地理科。【概要】大本一冊。「旧臘中旬より浮フ東樵木町に旅宿いたし、此頃は春もふけ天色融和成申候…」で始まり「…先筆をとゝめ畢ぬ。あなかしこ」と結ぶ女文で、京都・樵木町の旅宿を出発して、四条河原を経由して嵯峨野に至り、法輪寺門前の民家に一宿するまでの沿道にある洛中・洛外の名所旧跡・神社仏閣の景趣・由来・縁起等を記した往来。大字・四行・無訓の陰刻手本に作る。本書に若干の付録記事を増補した天明三年(一七八三)刊『京内詣』†など類書も多く、『竜田詣』†や『隅田川往来』†等と並ぶ代表的な参詣型往来である。〔石川〕
◆さやまりゅうしょさつ [1344]
@山流書札〈呈書向かな文〉‖【作者】久米原寄之・@山竜池書。久米原寄之序。【年代】天明二年(一七八二)序・刊。[江戸]西村宗七板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。前半に消息文、後半に『徒然草』冒頭部を認めた@山流の陰刻手本。大字・六〜七行・無訓で記す。「年頭儀式のお祝いに干鯛を献上する手紙(披露文)」以下二一通を収録する。いずれも武家高家宛ての公用書状が中心である。〔小泉〕
◆さんがくおうらいさいちせん [1345]
三学往来才智箋‖【作者】不明。【年代】明和元年(一七六四)刊。[京都]吉田善五郎板。【分類】合本科。【概要】異称『三学往来』。小本一冊。「今川状」「腰越状」「商売往来」「実語教・童子教」の四本を収録した往来物(ただし収録順序が異なる版や「商売往来」を欠く版もある)。このうち「実語教」「童子教」などは抜刷本が現存するので、それぞれ単行本も存したと思われる。小本の合本科往来の例では初期に属する。本文は五行・付訓を基本とするが、一部無訓や六行書きの箇所もある。前付に「欧陽詢」「道真略伝」「日本全図」「平安城京図」「江戸方角図」等、頭書に「男子の総論」「男女相性」「うけむけの事」「暦中段」「小笠原流当流折形」「算法大意」「用妙薬」等の記事を掲げる。〔小泉〕
★さんがくけいこたいぜん [1345-2]
算学稽古大全‖【作者】松岡能一(長延・良助・貞八・子料・梅林)作。松岡清信(常八・定八郎)補。四宮順実(上水)序。【年代】文化三年(一八〇六)序・同五年刊。[大阪]河内屋太助板(文久元年(一八六一)板)。【分類】理数科。【概要】異称『〈新編〉算学稽古大全』『増補算学稽古大全』『〈増補改正〉再板改算記大全』。半紙本一冊。自序によれば先行の『算学指南』が「法のまゝ書ならべたるのみにしてその解をそなへず、又、術意の起源をさとさず大に指南の題号にそむ」くものであることから、その不備を補ったもの。冒頭に「用字凡例」「定算盤位」「大数・小数・度数・量数・衡数・寸重・尺重・九九・八算・見一」「八算見一起源」を掲げ、続いて算盤図を掲げながら「加減」「八算之図」「見一之図」などの加減乗除計算の基本を示し、さらに「まゝ子だての事」「雑穀之部」「たばこの部」「銭之部」「小判之部」「綿之部」「尺寸之部」「増減之部」「利足之部」「物成杉形之部」など実用数学の例題を列挙し、さらに「開平法」「開立法」以下のより高度な各種計算方法を示す。〔小泉〕
◆さんがくちょうほうき [1346]
〈秘術改撰〉算学重宝記‖【作者】不明。【年代】天明三年(一七八三)刊。[大阪]塩屋喜助ほか板。【分類】理数科。【概要】半紙本一冊。算盤と算用の初歩を説いた絵入りの和算書。「八さんの割の事」「見一の割、并かけざんの事」「わりて掛さんに成事」「古今かめいさんの事」「はやかけさんの事」「四分六分の法の事」「金銀せに売買さん用」「材木才まはしのさん用」「綿屋一まいうり買のさん用」等のように八算見一から諸商売用の各種計算法、さらに入子算・鼠算・継子算・俵杉算や開平法までの基本を教える。巻頭に「七福神図」、巻末に「ぜにさうばわり」を掲げる。〔小泉〕
◆さんがくちょうほうじんこうき [1346-2]
〈新増補正〉算学調法塵劫記‖【作者】蔀徳風(藤原徳風)編・序。【年代】文政一〇年(一八二七)刊。[京都]北村四郎兵衛(杏林軒)板。【分類】理数科。【概要】異称『〈新増補正〉広用算法記』『〈文政新編〉算学調法塵劫記』。半紙本一冊。「地算、九九、八算見一の法を寔にくわしく書しるし、声の称呼、并和解、女児算、米穀売買、銭・金銀の両替、その余、算学必用、初心こゝろえべき品々を数多集めて深切に述著」した算法書。「算学の心得」「算盤定位、附地算之事」「用字凡例」「数名」以下二四項目に分けて図解や例題を交えながら平易に説く。〔小泉〕
◆さんかんへいじおうらい [1347]
〈神功皇后〉三韓平治往来‖【作者】十返舎一九作・序。歌川国安・歌川国丸画。晋米斎玉粒(藍庭玉粒・林信・晋兵衛・楽亭山寿・芝全交二世)書。【年代】文政八年(一八二五)刊。[江戸]山口屋藤兵衛板。【分類】歴史科。【概要】半紙本一冊。十返舎一九の伝記型往来の一つで、類書中では唯一の女性である神功皇后を題材にしたもの。神功皇后の三韓、新羅・高句麗・百済征伐のあらましを読み物風に書いた往来で、日本が不可侵の神国たることから述べ、その昔仲哀天皇が筑紫熊襲征討の時神託を信用せず平定できずに崩御したが、その后・神功皇后は懐妊中にもかかわらず神に祈願して軍勢を指揮して戦地へ赴き、神の加護によりついに三韓を平定したこと、さらに、凱旋後、皇后が誉田尊を筑紫で出産したこと、その後新羅が再び反乱を起こしたが、それを鎮圧して三韓統治を実現したことを語り、国家泰平は神国の余光として尊むべきであると諭す。なお、文末には本書の続編をほのめかすが、これは未刊に終わった。本文を大字・五行・付訓で記す。また、色刷り絵題簽に「三韓平」の三文字を出し、その上方に「朝鮮国之記、同儒仏之始、日本来貢之始、朝鮮之国語、異国土産、異国冠帽」と記すように、頭書には、朝鮮略史や朝鮮語、異国土産物に関する記事を載せる。〔小泉〕
◆★さんぎょうおうらい [1348]
三業往来(小学習字帖七)‖【作者】林節和(松山)書。【年代】明治年間刊。[栃木]栃木県師範学校蔵板。【分類】産業科。【概要】半紙本。二巻二冊か。農・工・商の三つの産業について、近世流布本『商売往来』†風に関連の語彙を集めて編んだ往来で、大字・無点の手本用。現存する上巻には、農業と工業について述べる。まず農業が栽培と牧畜の二種に大別できることを述べ、続いて農具、土地の名称、地方(じかた)、農業施設、旱魃その他の被害、農事耕運、肥料、穀類、野菜、草木、果実、家畜等の語彙を列挙する。また、工業については、大工・左官を始めとする諸職人名、土木関係(建造物)、工具・道具類、織物、織機等についての語彙を列記する。同様に、下巻には商業・貿易関連の語彙や心得などが綴られていたと思われるが、あるいは未刊か。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆さんごこうさつ [1349]
三御高札‖【作者】太政官編。【年代】慶応四年(一八六八)制定。明治初年刊。[岡山]世良田益太郎板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。慶応四年三月、太政官制定の三高札を手本に認めたもの。第一札は「一、人たるもの五倫の道を正敷すべき事」以下三カ条の人倫。第二札は「何事によらずよろしからざる事に大勢申合候をととうと唱へ、ととうしてしひてねがひ事企るをごうそといひ…」で始まる徒党・強訴・逃散禁止令。第三札は「一、切支丹宗門之義は是迄御制禁之通、固く可相守事」以下二条の宗門禁止令。この三高札は『三枚御高札』などとも呼ばれる。本文を大字・四行・無訓で記す。見返に「和音五十字」を掲げる。なお、世良田板以外にも各地で同様の手本が発行されたものと思われる。〔小泉〕
◇さんざんかいどうむらなづくし/さんやまかいどうむらなづくし [1350]
三山街道村名尽(仮称)‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】特大本一冊。出羽三山への複数の参経路の街道筋の村名を列記した往来。山形を起点とする経路が多いため、村山地方の手習い師匠の手になるものと思われる。本往来の前後に「吉書始め」や諸教訓、消息短文等を収録する。本文を大字・三行・無訓で記す。〔石島〕
◆さんじきょう [1351]
三字経‖【作者】王伯厚作。九之光編。竜街漫士(張元博)書。【年代】天明七年(一七八七)刊。[京都]額田一止人(伊勢屋正三郎・額田正人・額田一止人・双額堂・九皐堂)板。[大阪]葛城長兵衛ほか売出。また別に[江戸]松本善兵衛板(後印)、[京都]吉野屋仁兵衛板(後印)等あり。【分類】教訓科。【概要】異称『〈新板〉改正三字経』。半紙本一冊。『三字経』は中国宋代末の王伯厚の著で、日本では江戸〜明治期に初歩教科書として盛んに用いられた。本文は「人之初、性本善、性相近、習相遠…」で始まる三字一句、全三五六句から成る文章で、まず、人間の性は本来善だが、習いによって善悪の違いが生じること、そしてその性善を保つために教えがあること説き、また、孟母の故事などを引きながら教育や学問の重要性を示し、以下、数・三才・三綱・四時・四方・五行・五常・五穀・六畜・七情・八音・九族・十義の名数、経書のあらまし、聖賢を中心とした中国史等について述べ、最後に不学を戒める勧学の教訓文を置く。日本でも江戸中期以降に頻繁に刊行されるようになり、その中で最も普及したのが天明七年板系統であった。同書の見返に「乾隆戊戌新鐫/三字経/姑蘇閭門内護龍街、大関帝廟壮首姚清華斎蔵板天」と記されているように、乾隆戊戌、すなわち本朝の安永七年(一七七八)に刊行された中国版本を天明七年に複刻したものである。以後、本書ならびにその模刻本が数多く出版された。同系統本はいずれも本文を大字・五行・無訓で記し、巻末に小字・一一行・付訓の本文を再掲する。なお、見返に「啓蒙六種」と記すのは、本書と同時期に刊行された唐本の模刻本六種、すなわち清・張元博(竜街漫士)筆『三字経』『百家姓』†『広千字文』『千字文』、清・徐延桂筆『神童詩』、清・楊安城筆『緊要字』を指す。このうち『緊要字』『神童詩』『百家姓』の三書は、『啓蒙三種』(外題『緊要字』)として天明四年に大阪・敦賀屋九兵衛によって板行されている。〔小泉〕
◆さんじきょう [1352]
〈読法略解〉三字経‖【作者】上野尚志(健蔵・士郷・集義堂)注。【年代】明治五年(一八七二)作・刊。[上田]上野尚志蔵板。【分類】教訓科。【概要】中本一冊。『三字経』†本文(無訓)を三字一句、一行に四句ずつ置き、引点によって音・訓等を示したもの。本文をやや小字・六行・無訓で記す。巻末「読法略解」に記号の意味を示す凡例や、五十韻図、四声、音訓の仮名遣い、音便、偏冠などについて略解する。〔小泉〕
◇さんじきょうえしょう [1353]
三字経絵抄‖【作者】百梅斎作。為永春水校・序。葛飾為斎画。【年代】嘉永六年(一八五三)以後刊。[江戸]吉田屋文三郎板。【分類】歴史科。【概要】異称『三字経』。中本一冊。嘉永六年刊『皇朝三字経』†の改題本。〔小泉〕
◆さんじきょうくんこかい [1354]
三字経訓詁解‖【作者】井後鳴鶴訳・序。広瀬蒙斎(典・政典・以寧・仁重・台八)・森{序。畑維竜(惟竜・鶴山・民部・柳敬)跋。【年代】寛政八年(一七九六)序。寛政一三年刊。[京都]額田正三郎(伊勢屋正三郎・額田正人・額田一止人・九皐堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『三字経訓詁』。大本一冊。寛政三年に編者が長崎を訪れた際、ある僧から贈られた王晋升の『三字経』†の注釈書を特に女性に親しみやすいように仮名書きに改めたもの。『三字経』の本文を二句(一句三字)ないし四句ずつを大字・五行大・無訓で掲げ、平易かつ詳細な割注を施す。特に「五常」等の人倫を重点的に解説する。〔小泉〕
◇さんじきょうこうしゃく [1355]
〈童蒙必読〉三字経講釈‖【作者】山田野亭(好花堂)注・序。【年代】明治五年(一八七二)刊。[大阪]河内屋茂兵衛(岡田茂兵衛・群玉堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『三字経』『幼学三字経』。中本一冊。天保一五年(一八四四)刊『幼学三字経』†の改題本。〔小泉〕
◆さんじきょうこくじかい [1356]
三字経国字解‖【作者】多賀可彦(陸可彦・主一郎)注・序。陸祐吉跋。【年代】享和元年(一八〇一)序・跋。文政二年(一八一九)刊。[大阪]加賀屋善蔵(吉田善蔵)ほか板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。『三字経』†の注釈書の一つ。冒頭で、『三字経』の概要や名称の由来などに触れ、以下『三字経』本文を三字一句毎に施注したもの。送り仮名・返り点付きの各句を大字・八行・付訓で書し、続いて数行の割注を付す。施注は、例えば冒頭の「人之初」の場合、「ひとのはじめとは、人の此世に生れいづるはじめといふ事なり…」のように、まず全文平仮名の書き下し文を紹介してから、該当部の注釈に入るのが特徴。注釈は簡潔・平易であるが出典を明記し、異本との字句の異同にも触れるなど、『三字経童子訓』†よりもやや高度な内容である。〔小泉〕
◇さんじきょうしっちゅう [1356-2]
三字経集註‖【作者】渥美正幹(坦庵・貞卿・読書有味斎)注・序。依田百川(学海)序。【年代】明治一五年(一八八二)序。明治一六年序・刊。[東京]読書有味斎(渥美正幹)蔵板。吉川半七売出。【分類】教訓科。【概要】異称『三字経集注』。半紙本一冊。『三字経』†の注釈書。『三字経』本文を概ね四句を基本に楷書・大字・五行大・無訓で掲げ、界線で仕切った後に、楷書・小字・一〇行・無訓の漢文注を施したもの。巻末に『三字経』の作者・王伯厚の小伝を付す。〔小泉〕
◆さんじきょうしょう [1357]
三字経抄‖【作者】高井蘭山注。【年代】文化八年(一八一一)序。文化一二年刊。[江戸]英平吉郎板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈経典余師〉三字経之部』『〈経典余師〉三字経』『三字経余師』。半紙本一冊。『三字経』†の注釈書の一つ。まず『三字経』本文を二句(三字一句)〜一一句毎の全八〇段に分け、訓点付きの本文を楷書・大字・六行大・付訓で記し、続いて割注を施す。書き下し文は載せず、逆に句中の韻母や四声などを注記し、注釈も出典・字義等を詳述するなど類書中では比較的高度である。なお、本書の版面を中本サイズに小型化した半紙本の『三字経余師』が明治初年に甘泉堂(和泉屋市兵衛)から刊行されている。〔小泉〕
◆さんじきょうどうじくん [1358]
〈余師〉三字経童子訓‖【作者】額田正三郎(双額堂・一止人)注。内瀕逸人序。井上春曙斎画。池田東籬校。【年代】天保一二年(一八四一)序・刊。[京都]額田正三郎板。【分類】教訓科。【概要】異称『三字経和訓図解』『三字経抄』。半紙本一冊。『三字経』†の絵入り注釈書。いわゆる「経典余師」スタイルで、『三字経』本文を二〜一一句の全八〇段に分けて楷書・大字・六行大・付訓で記して割注を施し、さらに頭書に総振り仮名付きの書き下し文を載せたもの。典拠を逐一示すことは控え、平易かつ簡潔な注釈を心懸ける。また、本文中に「五行七情の大意」「西狩得麟而孔子作春秋」など数葉の挿絵(記事)を挟むほか、巻頭に「伯厚先生教授幼童」図や「天地人三才之図」などを載せる。なお、初印本は巻頭口絵を色刷りにする。〔小泉〕
◇さんじきょうやくご [1358-2]
三字経訳語‖【作者】吉田徹三注。青木東江(清輔)校・序。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[東京]永井俊次郎蔵板。[川越]岸田文吉(文栄堂)売出。【分類】教訓科。【概要】小本一冊。銅版刷り和装本。『三字経』†本文を楷書・大字・六行・付訓で掲げ、各句の左側に大意を細字で記した注釈書。書名の『三字経』は「三字ヅヽ、一句ナルユエ、三字経トイフ」、本文冒頭の「人之初、性本善」は「ヒトノ心ノ、天ヨリ、ウケシ、ハジメ、ウマレ付ノ、タマシヒハ、モトゼンナリ」のように、いたって簡潔な説明にとどめる。〔小泉〕
◇さんじきょうりゃっかい [1359]
三字経略解‖【作者】堀中徹蔵(東洲)注。【年代】明治一七年(一八八四)刊。[鴻巣]長嶋為一郎(盛化堂)蔵板。[東京]榊原友吉売出。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。『三字経』†の注釈書。『三字経』本文を楷書・やや小字・九行・無訓で記し、各句毎に平易な二行割注を施す。さらに頭書に、総振り仮名と「平・上・玄・入」の四声韻字を付けた本文を再録する。〔小泉〕
◇さんじくん [1359-2]
三字訓‖【作者】越智宣哲(明卿)作。藤沢南岳(恒・元妄・元章・士亨・黄鵠・黄坡)序。東吉貞(桂林)跋。【年代】明治三九年(一九〇六)序。明治四〇年刊。[奈良]正気書院(欽聖会)板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。『三字経』†にならって編んだ教訓書。「天地性、人為貴、維厥初、四端備、曰仁義、曰礼智、我固有、豈外至…」で始まる三字一句、合計二一八句からなる文章で、忠孝の道は根本において全く同一であること、孝の大切さや孝の徳を強調し、和漢の孝子の例などを紹介する。本文を楷書・大字・五行・無訓で記す。なお巻末付録に、五十音で始まる五言四句の教訓文を集めた「啓蒙小訓」を載せる。〔小泉〕
◇さんじょうおうらい [1360]
三条往来‖【作者】不明。【年代】文政三年(一八二〇)書。【分類】地理科。【概要】異称『北越三条往来』。折本一帖。「先書被仰越候、此表御出店之思食有之、諸色商方、通船之都合能候間…」で始まり「仍、貴殿御出店之儀、尤可然存候。恐々謹言」と結ぶ準漢文体(大字・一折二行・無訓)で同地の物産や地名等を記した往来。三条町に出店したい旨の書簡に応えるかたちで、まず同地の歴史、役所の支配機構を記し、「御仁政之御儀、万民唱万歳候」とする。次いで、この地の生産・商取引・消費物資に関わる品名(呉服太物・家財道具・干物・菓子・穀類・荒物・紙類・煙草・茶類・野菜類など)を列挙し、さらに、繁華街の様相、社寺と祭礼、市町の興行などを紹介する。全国規模の産業状況を視野に入れながら三条の繁栄を記述しているのが特徴。巻末識語に「書於宝塔院南寮」とあり、その下に筆者のものと思われる花押があるが、氏名は不明。〔石川〕
◆さんしんこうようべん [1361]
三親孝養弁‖【作者】浅之助書。【年代】江戸後期書。【分類】教訓科。【概要】異称『三親孝』。枡形に近い半紙本一冊。主・師・親の「三親」に対する基本的な心得を綴った短文の往来。もと他人であった主や師との関係は、親子よりも強い因縁によるものであり、「主従は二世の契、親子は一世の契」と言われる所以であるから、実の親以上に主人や恩師を大切にせよと説く。また「弟子七尺去って師の影を踏むべからず」の心得にも触れる。本文を大字・五行・無訓で記す。〔小泉〕
◇さんたいくにづくし [1362]
〈習字手本〉三体国尽‖【作者】土屋伊兵衛(竹斎)作。伊藤桂洲書。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]土屋伊兵衛(寒玉堂)板。【分類】地理科。【概要】異称『大日本国尽』。半紙本一冊。半丁を左右三列・上下五段の界線で仕切り、『大日本国尽』本文中の漢字を半丁に概ね一五字ずつ(各字を大字楷書・小字草書・小字行書の三体で表記)・無訓で記した手本。巻末に楷書・小字・一〇行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◇さんだいじょう [1363]
三代帖‖【作者】藤田友閑・藤田乗因(心海)・藤田乗貞書。芙蓉(道輔)序。むのう翁(二紋居)跋。【年代】安永七年(一七七八)跋・刊。[江戸]須原屋市兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『滝本三代帖書札』。大本三巻三冊。滝本流の藤田氏三代の筆跡を上梓したもの。上巻は友閑、中巻は乗因、下巻は乗貞の書。上巻は新年状、公方様への礼状(披露状)・贈り物の礼状・地震見舞いなど種々の消息文一二通、中巻は公方様息災の知らせ・端午の節句祝儀状を始めとする消息文一一通(うち四通は仮名文)、下巻は小弓の会の案内状(廻状)と、弓会などに関する四通の書状をそれぞれ載せる。本文を概ね大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆さんたいしょうそくおうらいたいぜん [1364][1365]
〈開明〉三体消息往来大全‖【作者】鈴木貞二郎(貞次郎)作。巻菱潭書。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[長野]西沢喜太郎(松葉軒)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈開明〉大全消息往来』『〈開明両点〉大全消息往来』。半紙本一冊。「消息往来」「続消息往来」「消息往来講釈」を順に楷書・草書・行書の三体で綴った往来。いずれも近世流布本『大全消息往来』†の内容を大幅に改編したもので、本文を大字・五行・無訓で記し、巻末に楷書・小字・一五行の全文を再録する。「消息往来」は、「大凡消息者、不関於国之内外、通音信、報告・安否・遐邇・不限何事、人々万用達之原也…」で始まる文章に漢語を逐次増補する。「続消息往来」は、「夫、人之等級、華七族、平民、亦、血属・父母・子孫…」と筆を起こして、人倫・生活・交際等にまつわる日常語・消息用語を列挙する。「消息往来講釈」は、前記「消息往来」の用語(同本文に含まれない語句も若干ある)の略注である。頭書に本文の類語や短文を集めた「本文類語纂(其ノ一〜其ノ三)」を載せる。〔小泉〕
◆さんたいようぶんしょう/さんていようぶんしょう [1366]
〈贈答新鐫〉三体用文章‖【作者】池田東籬作・序・跋。小川保麿書。秋田屋市兵衛(宝文堂)序。【年代】天保一〇年(一八三九)刊。[大阪]秋田屋市兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『〈贈答〉三体用文章大成』。半紙本一冊。書名の「三体」は上輩・中輩・下輩を意味し、各消息文について相手の貴賤上下に応じた文例を掲げた用文章。「年始状」「上巳祝儀状」「花見誘状」「端午祝儀状」「暑気見舞状」「納涼誘引状」「神事招請状」「中元祝儀状」「月見催状」「重陽祝儀状」「寒気見舞状」「雪見誘引状」「歳暮祝儀状」「安産見舞状」「元服祝儀状」「養子歓状」「婚礼祝儀状」「留守見舞状」「火事見舞状」「病気見舞状」「悔状」「忌明状」「家督相続祝儀状」の二三題についてそれぞれ三体ずつの往復文を掲げ(悔状・忌明状は返状なし)、合計一三二通の文例を収録する。本文を大字・五行・付訓で記す。序文には商人子弟向けに編んだことを述べるが、直接商取引に関する例文は皆無である。巻末に、時候の言葉を記した「年中時候案文」を掲げる。〔小泉〕
◆さんとうとまりおうらい [1367]
三等泊往来‖【作者】宮崎脩作。【年代】元治元年(一八六四)作・書。【分類】地理科。【概要】異称『三等往来』『泊往来』。大本一冊。阿波国(徳島県)椿泊の地理的位置、地名の由来、風光、在住藩士の自己修養および活動、商家の流通産業に携わる活動、漁家の漁業に関わる活動、鰹・鰯等の加工業、漁獲物の上方への輸出、酒宴遊興の有様、漁旬などについて記した往来。「三等」とは、武家・商家・漁家の三者を指す。地理科地誌型に属する典型的な手本といえる。「粟国椿泊之地者、距府南十里而、在于岬之一隅。此地有椿泊之名者、自是西一里而有村、往昔以有大椿之名木、其村云椿…」で始まる本文を大字・三行・稀に付訓で記す。東大本には後人の筆で『訓蒙図彙』や『和漢三才図会』等によった注記を本文の所々に付す。〔石川〕
◇さんにんむかくごじょう [1367-2]
三人無覚悟状‖【作者】不明。【年代】享和元年(一八〇一)書。【分類】教訓科。【概要】異称『三人無覚語状』。大本一冊。寛延二年(一七四九)以前刊『無覚悟状』†を模した往来。「爰に奥州葛西之郡牡鹿之里之傍に、弥八・藤八・孫八迚、男三人候宛心々之物語。先、此弥八と申すは器量・胃柄世に勝様義、躰背美々敷して、袴の着際、懐之衣文尋常に…」と起筆して、容姿・学芸・所作に優れた「上之男」の弥八や、筋骨隆々の「中之男」たる藤八、馬鹿・無覚悟・不孝の「下之男」たる孫八の三人を紹介する。特に孫八の生涯に力点を置いて戒めとした教訓である。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆さんぷおうらい [1368]
〈山本与助著述・方今〉三府往来〈附リ横浜・宇治・神戸〉‖【作者】山本与助作・序。岡本楳園書。長谷川貞信画。【年代】明治七年(一八七四)序。明治八年刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)板。【分類】地理科。【概要】異称『開化の魁』。半紙本一冊。東京・京都・大阪の三府の風俗・文化・産業・交通・歴史・主要都市などを紹介した往来。例えば東京の場合、「品川駅は名にしおふ、東海道のはじめにて、旅立人と戻る人、袖のすれ合其中に、競うて爰へ来る馬車に…」のように七五調で綴る。付録として、横浜・宇治・神戸の三都市についても字下げして同様に紹介する。東京は政治・行政の中心地、京都は古都と小学校発祥の地、大阪は商業都市というように、象徴的事象に重点を置いて対照的に記述する。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書には、三府の沿革・寺社・諸官庁・公園・新聞発行所、その他諸施設等についての記載や挿絵を載せる。なお『大阪出版書籍目録』によれば、当初『〈童訓〉三府往来』の書名であったものを明治六年一〇月の出願時に『〈方今〉三府往来』と改題した模様である。〔小泉〕
◆さんぶつおうらい [1369]
〈府県〉産物往来〈附録里程表〉‖【作者】鶴田真容作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]小森宗次郎(木屋宗次郎)板。【分類】地理科。【概要】異称『府県産物往来』。中本一冊。明治初年の国内各地の主要産物を府県毎に列記した往来。まず東京から「諸県に類なき地本錦絵、東鹿子に紫染、浅草海苔に江戸川鯉、万小間物簪類…」のようにほぼ七五調の文言で綴る。続いて、概ね南関東・東海・関西・四国・中国・九州(琉球を含む)・北陸・北関東・中部・東北・北海道の順に特産物を紹介する。本文を大字・六行・付訓で記す。表紙見返に「諸府県庁地並里程」(三八府県のみ)を載せる。〔小泉〕
◆さんぽういろはうた [1370]
算法いろは歌‖【作者】幡居翁作。日暮佳成序。【年代】天保寅年(天保元年(一八三〇)または天保一三年)刊。刊行者不明。【分類】理数科。【概要】横本一冊。米相場などの計算方法を一問一答形式で示し、その解法のポイントをイロハ歌で綴った独特な算書。米価、その他諸物価を「両」だてまたは「銭」だてで換算したり、代金あたりの諸品の数量計算や利息計算などを教えようとしたもの。例えば、「米一升代百二十四文之時、両の相場を問う」問題の計算法を「一升の米代せんを法にして、両せん割は一両の米」のような和歌で示す。概ね、本文をやや小字・八行・無訓で記し、和歌を散らし書きにする。〔小泉〕
◆さんぽうけいこずえたいせい [1371]
〈新撰訂正〉算法稽古図会大成‖【作者】暁鐘成作・画。【年代】天保二年(一八三一)刊。[大阪]河内屋長兵衛ほか板。【分類】理数科。【概要】異称『算法稽古図会』。半紙本一冊。ほぼ全丁に及ぶ豊富な図解とともに算法・算盤に関する基本を詳述した和算書。巻頭に「轆轤をもつて巨材を曳図」等の挿絵や大数・小数・田数、種々測量法、裁尺単位等、また各種計算法についての記事を掲げ、本文に算盤(八算見一)、金銀両替・米売買・絹布売買・材木売買・地方計算から開平法・開立法・開平円法・開立円法等までの実用数学を説く。頭書にも「八算のわりごゑ」「割かけの心得」「算法用字」「知行物なりの算」「薬師算」「俵杉ばへの算」「かけて割る算」「銭両替の算」「諸色斤目大略」「鼠算の法」「諸物軽重の法」「入子算の法」「利息算用」等々の多彩な記事を掲げる。なお、本書前半部のみの抄録本『〈首書・新撰訂正〉算法稽古図会』も同年に刊行されている。〔小泉〕
◆さんぽうしなんしょ [1372]
算法指南書‖【作者】究数道人作。【年代】明治初年刊。[東京]吉田屋文三郎板。【分類】理数科。【概要】異称『算法指南』。中本一冊。「八さんの割こゑの事」「八さんのわりの事」「見一の割こゑの事」「見一の割并かけさんの事」「古今かめいざんの事」「九九」「かめいざん」など初歩的知識を簡潔にまとめた算書。〔小泉〕
◆さんぽうちょうほうきかいせい [1373]
〈古今増補〉算法重宝記改成‖【作者】鈴木重次作。【年代】正徳五年(一七一五)刊。[大阪]万屋彦太郎(松寿堂)板。【分類】理数科。【概要】異称『〈古今増補〉算法重宝記』『増補算法重宝記改成』『算法重宝』。横本二巻合一冊。巻頭に「金銀引替所」の図などを掲げ、目次によれば上巻に「大数之名」〜「勾配延割付之術」並図解」の六二項、下巻に「開立法」〜「平円解空演段式」の四九項の合計約一一〇項にわたって算盤と算法の基本を述べた和算書。上巻には大数・小数・九九・度量衡単位などの基礎から、八算見一や銭相場・米相場・金銀両替・利息計算、その他諸品売買・検地等に関する計算方法を示し、下巻には開立法・開平法、普請関連、四分六分の法、天元術、鈎股法、吹替金銀算用などを載せる。元禄七年(一六九四)刊『算法重宝記』(鈴木重次編)の増補版と思われるが未詳。〔小泉〕
◆さんぽうどうじきょう [1374]
算法童子教‖【作者】大原山(紫微院・梅月・恵巌)作・序。宍戸吉斎序。中沢嵒(鴻洲)跋。【年代】弘化三年(一八四六)序・跋・刊。[江戸]西田広造ほか板。【分類】理数科。【概要】異称『〈関流〉算法童子教』。半紙本一冊。米穀売買・米相場、利息等の一問一答から、「田地坪割算」「開平方」「相応開平方」「和帯縦開平方」「差帯開平方」「開立法」「開立相応術」「鈎股規矩要領」「弧矢弦法」等の基本や解法の要点を示した算書。末尾に溝口流番匠矩術・中村伴次郎家秘「和蘭矩術」(図解)を掲げる。〔小泉〕
◆さんみつおうらい [1375]
山密往来‖【作者】実厳作。【年代】応安六年(一三七三)作。永徳二年(一三八二)書。【分類】古往来。【概要】異称『三密往来』『顕密往来』。大本一冊。一カ月往返二通に閏一二月状(往復)を加えた合計一三条・二六通の手紙文で構成された古往来。除目の修法、陀羅尼供養の導師を勤めるにあたり人手を求める一月往状から、持僧の起こり、沿革、諸流の方式を記した閏一二月返状までを載せ、内容は天台宗の大寺における行事、朝廷における仏教行事、灌頂の儀式等に及ぶ。応永一三年(一四〇六)写本(尊経閣文庫蔵)は大本で、大字・一〇行・稀に付訓(返り点・送り仮名)で記す。〔石川〕
◆さんりゅうしょうそく [1376]
三流消息‖【作者】前田図南(五友亭)書・跋。【年代】元禄一一年(一六九八)刊。[京都]出雲寺和泉掾板。また別に[京都]銭屋惣四郎板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】大本三巻三冊。標記書名は通称で、原題簽は日・月・星の巻順に『近衛流消息』『定家流消息』『光悦流消息』。近衛流・定家流・光悦流の筆跡を模した大字・四行・無訓の手本で、各巻とも短文の消息文と平仮名・万葉仮名の「二体イロハ」および「数字」を綴る。例文は各巻で異なり、日の巻『近衛流消息』は「新年状」から「歳暮祝儀状」の二二通を収録するが、準漢文体書簡を中心とするものの、書止に「かしく」を用いた例文や散らし書きの仮名文も含む。同様に、月の巻『定家流消息』は「新年状」から「荷物運送警備の礼状」までの二二通、星の巻『光悦流消息』は「新年状」から「歳暮祝儀状」までの一九通を収録する。〔小泉〕





◆しいかおうらい [1377]
詩歌往来‖【作者】溝口潜谷(千谷・荘司・庄司・衆妙館)作・書。中嶋素次(由親)跋。【年代】延享三年(一七四六)刊。[江戸]大坂屋伝兵衛板。【分類】社会科。【概要】大本一冊。本書は逸題で扉に「衆妙館潜谷筆」とあるが、内容から『宝暦四年書目』中の「一(冊)、詩歌往来、溝口」に相当すると思われる。刊本では数少ない溝口流手本の一つで、「今年人日空相憶、明年人日知何処」の漢詩文、および「老ぬれは何ゆへおつる泪とも、われさへしらてぬるゝ袖かな」の和歌を筆頭に合計二○編の詩歌を掲げ、続いて十五夜の名月について述べた手紙など二通と、詞書きを伴う和歌六首(散らし書き)を認める。本文を概ね大字・三〜四行・無訓で記す。〔小泉〕
◇しいかおんしきし [1378]
詩歌御色紙‖【作者】伝尊朝親王書。大谷永庵跋。【年代】安永五年(一七七六)刊。[京都]霞亭蔵板。八幡屋勘三郎売出。【分類】社会科。【概要】特大本一冊。『和漢朗詠集』から抜粋した詩歌七二首を手本にしたもの。本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しいかしゅんじゅうじょう [1379]
〈書初・七夕〉詩歌春秋帖‖【作者】禾洞老人作・序。【年代】文政一〇年(一八二七)序・刊。刊行者不明。【分類】社会科。【概要】異称『春秋帖』。半紙本一冊。書初詩歌と七夕詩歌を集めた手本。前半「書初之部(春之部)」には「君が代はちよにや千世にさゝれ石の、いはほとなりてこけのむすまて」以下三二編の詩歌を、後半「巧夕之部(秋之部)」には「憶得少年長乞巧。竹竿頭上願絲多」以下三二編の詩歌を載せる。概ね、本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◇しいかじょう [1380]
詩哥帖‖【作者】大谷永庵書。【年代】天保三年(一八三二)刊。[京都]山城屋佐兵衛ほか板。【分類】社会科。【概要】特大本一冊。消息文および詩歌を認めた大字・三〜四行・無訓の手本。丁付けが乱れているため、複数の板木を寄せ集めたものともとれる。前半には手本を進覧する趣旨の手紙から始まる短文の書状九通を載せ、続いて後半に「雙鶴…」で始まる漢詩文や和歌を合計一六首(いずれも『和漢朗詠集』からの抜粋)掲げ、さらに末尾に夕顔の花を詠った和歌二首などを添える。本書の後半部に『竜田詣』を増補したものが同年刊『雙鶴帖』†である。〔小泉〕
◆じいんせいほう [1381]
寺院制法‖【作者】京都府編。【年代】明治二年(一八六九)刊。[京都]京都府蔵板。村上勘兵衛売出。【分類】社会科。【概要】大本一冊。明治二年三月に郡中・市中・町役・村役・僧侶・神官等に対して出された一連の布達の一つ。刊記に「明治二年己巳三月、京都府」と記すが、京都以外の各地でも出版されたと思われる。神職者に対して出された『社家制法』†と同様に第一条に「御高札之旨謹而可守事」を掲げ、以下、仏戒厳守と宗法修行出精、宗派争論禁止、新寺建立禁止、寺領・什宝等の処分禁止、寺往来発行の禁止、民事訴訟禁止、不審者の留置禁止、本寺・末寺制度など全一三カ条を大字・五行・無訓の手本用に記す。〔小泉〕
◇しおがまもうで [1382]
塩竈詣‖【作者】熊倉仁平書。【年代】江戸後期作・書。【分類】地理科。【概要】仙台から塩釜参詣を経て松島にいたるまでの名所旧跡・寺社等を紹介した往来だが、後掲の『塩竃詣』†や『塩竈詣文章』†とは異文。「頃日、塩がま詣存立、懇意之輩申合、道路の名所旧跡相尋、松嶋迄遊行致し、帰宿仕候道筋は、先、国分・木下薬師に参詣…」と書き始め「…委敷は近日参会の節、可遂口説候。穴賢」と結ぶ全一通の手紙文形式で綴り、各所の風景や眺望、寺社の結構を示し、故事・縁起・古歌にも触れる。本文中に、塩竃・三社明神に泉三郎(藤原忠衡)が寄進した唐銅堂について「七百年来之俤」と述べることから江戸後期の撰作と思われる。〔小泉〕
◆しおがまもうで [1383]
〈新版頭書・増補〉塩竈詣‖【作者】不明。【年代】文政八年(一八二五)刊。[仙台]伊勢屋半右衛門(裳華房)板。【分類】地理科。【概要】中本一冊。仙台より塩釜にいたる沿道の名所旧跡・神社仏閣ならびに塩釜神社の景趣・縁起などを記した往来。前掲同名の写本とは異本。「此度思召立候塩釜御参詣、明日と相定候道筋者、木の下通可然…」で始まる一通の手紙文形式で、しばしば名所和歌や季節の風景描写、あるいは「湯豆腐名物の茶屋」など地域の名物を交えながら、前半では宮城野・横野安養寺・原の町・榴が岡釈迦堂・木の下薬師以下、塩竃神社までの名所を、後半は同社の由来・祭神・霊験、社殿結構と塩竃の美景、また帰路の名所などを順々に紹介する。本文を大字・六行・付訓で記す。巻頭に塩竃風景図を掲げ、頭書に「隅田川往来」「隅田川八景和歌」「諸職名尽」を収める。なお、原題簽角書に「増補」とあるように、江戸後期刊『塩竈詣文章』†を増補したのが本書であろう。〔小泉〕
◆しおがまもうでぶんしょう [1384]
〈名所和歌画入〉塩竈詣文章‖【作者】不明。【年代】文政八年(一八二五)以前刊か。[仙台]相沢屋甚二郎ほか板。【分類】地理科。【概要】異称『塩かま詣』。中本一冊。文政八年刊『塩竃詣』†とほぼ同様の往来。角書に「増補」と記す文政板は本書よりも記述が詳しいため、本書の増補版と思われる。「兼而御物かたりの塩かま路へとおもひ立候。此月さくらも盛にて世も静に可然候…」と筆を起こし、木下薬師・宮城野・榴か岡釈迦堂・原の町・清水沼・高松山万寿寺・沖の石・末の松山・八幡寺・善応寺等々の名所とその故事来歴、また、湯豆腐・刻み昆布・水飴等の名物などを紹介する。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「芭蕉辻より名所旧跡方角案内」「塩竃浦全図」、頭書に「仙台名所和歌」(挿絵)、巻末に「文殊菩薩密伝悪日」を載せる。〔小泉〕
◇しおなれごろも [1385]
汐馴衣‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】「懸幕もかしこき和歌の御神の地景他に□□しとて三とせの春秋経玉ひし、奥の入江の名所も神の古跡も尋ねんと、先、広前にぬかつきぬ…」と始まる文章で、長門国豊浦郡(山口県豊浦郡)地方の海岸沿いや島々の名所旧跡の景趣・縁起等を記した往来。「堤つたひに過行は、五形菫の咲いてゝ、花毛氈の芝崎や、弓手は河原の里続き…」のように、形容句を交えた七五調で名所を紹介する。〔小泉〕
◆じかたおうらい [1386]
地方往来(初・二編)‖【作者】初編は市野蒙(嗣郎・蓮洲)校・書。二編は橋爪貫一作か。【年代】初編は明治三年(一八七〇)刊、二編は明治七年刊。[東京]青松軒蔵板。相模屋七兵衛ほか売出。【分類】産業科。【概要】異称『〈官許〉地方往来』『〈新撰〉地方往来』『〈市野嗣郎校合〉地方往来』『〈橋爪貫一著述〉地方往来二編』。中本二編二冊。明治初年の農政・検地・貢納・訴訟など「地方(じかた)」を題材にした『地方往来』の先駆となった往来。本書を最初として種々の類本が出版された。明治三年板自体にも異板が多く、冒頭を「夫、地方者国之根本也」とするもののほかに「凡、地方…」とするもの、また四行本と五行本、付訓も片点本と両点本(語句の両側に音訓を付す)など様々である。今、本文末に「市野蒙補正并書」と記載する一本によれば、初編は検地全般、耕地、収穫、年貢、運搬、雑税、農業施設、造作・普請、農具、交通・旅行、法令・訴訟関連、農村支配、戸籍・除籍、賞罰、農民心得に関する語彙を順々に列挙した本文と、地方関連(度量衡、貢納等)の知識を記した「地方凡例」を巻末(または巻首)に付したものである。なお、初編本文中の「穢多・非人」を後に墨判で抹消した刊本もある。二編も初編同様に異板が多く、うち一本には「橋爪貫一著述」の角書を付すが、果たして橋爪の作か不審である。同本文は「夫、地之形者丸くして、橙日の如く成を以、之を地球と云。又、此地球は一昼夜即二十四時間に西より東へ一転回を成。之を一日と云…」と始まり、太陽暦、五大洲、日本の位置などを略述したうえで、払下地の落札や関連の手続きから、畑物、農具、肥料、稲作、機織り、茶菓子、副業、造作、検地、荷駄・荷物、さらに皇国民としての農民の任務・心得、農家子弟の教育までを綴る。ただし、この二編本文は大半が近世流布本『百性往来』†にならったものである。また、二編の付録として「稲の異名」を掲げる。諸本によって若干異なるが、本文を大字・四行(または五行)・付訓(片点または両点)で記す。〔小泉〕
◆じかたおうらい [1387]
〈開化〉地方往来‖【作者】宇喜田練作。【年代】明治六年(一八七三)刊。[大阪]書籍会社板。【分類】産業科。【概要】異称『開化地方往来』。半紙本一冊。明治三年(一八七〇)刊『地方往来(初編)』†に大幅な増補を加えたもの。「抑開拓・墾田者、富国之基礎、農人精勉之、平素作徳究充分之理、雖荒蕪之地・鹵埆(ろかく)之田、尽培養・耕力…」と起筆し、肥料、田・畑・山畠・山林の作物・土地利用、農事・機械、地方・度量衡・検地役人、検地の実際と輸送・納税、家屋・営繕、災害・救助・相互扶助・その他農村経営、駄賃・人足賃・交通、公事・訴訟・戸籍・法令・賞罰・農政等にまつわる語彙や心得を列記して、最後に「農業勉力、家内和順、子孫繁栄、農民、打腹鼓、亀齢鶴寿之唄泰平云爾」と結ぶ。本文を大字・四行・付訓(稀に左訓)で記す。〔小泉〕
◆じかたおうらい [1388]
〈改正〉地方往来‖【作者】不明。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]綱基房蔵板。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。明治初年に種々出版された『地方往来』の一つ。「凡、地方の事は検地を緊要とす。検地は田地の反別を改むるなり…」で始まる文章で、検地・地方関連の語句を列挙する。度量衡・地質・検見・定免・納税・年貢米輸送・穀類・醸造・川普請、その他施設・農具代・種籾麦代・山林・公役・公事訴訟・田地売買・土地台帳・死亡等・賞罰・農民心得までを記す。本文を大字・四行・付訓の手本用に綴る。巻頭「地方凡例」に、貨幣単位や度量衡、検地・地方・納税関係の用語を解説する。〔小泉〕
◆じかたおうらい [1389]
〈改正新彫〉地方往来‖【作者】深沢菱潭作・書。【年代】明治一五年(一八八二)以前刊。[東京]書学教館蔵板。椀屋精三郎ほか売出。また別に[東京」大阪屋藤助ほか売出、また別に[東京]東生亀次郎ほか売出等あり。【分類】産業科。【概要】異称『〈改正新雕〉地方往来』『〈改正〉地方往来』。半紙本一冊。明治七年刊『〈深沢菱潭著読本〉地方往来』†(初編)の改訂版。明治初年の地方の基礎知識として地所の名称から租税および関連諸官庁等について述べた往来。「凡、地方に関りたる地所の名称区別等のあらましをいふときは、まづ皇宮地と唱ふるは…」で始まる本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆じかたおうらい [1390]
〈深沢菱潭著読本〉地方往来(初・二編)‖【作者】深沢菱潭作・書。【年代】明治七年(一八七四)刊。[東京]書学教館板。椀屋喜兵衛売出。【分類】産業科。【概要】異称『〈校正〉地方往来』。中本二編二冊。「地方」関連の語彙を集めた往来の一つ。初編は「凡、地方に関(あずか)りたる地所の名称・区別等、そのあらましをいふときは、先皇宮地と唱ふるは、皇城はじめ仮皇居、青山御所や離宮の地、皇族がたの邸なり…」で始まる七五調の文章で、皇宮地・神地・官庁地(諸官庁名も付記)・官用地・官有地・公有地・私有地等の地所の概要と、田地・測量・検地関連、農業・潅漑施設、貢納・雑税・輸送、農政所轄官庁・役人、土地売買と証書類、明治政府下の新しい諸施設、農民心得までを述べる。また二編も「抑地方の一歩とは、方六尺の称へにて、また三十歩をば一畝とし、十畝は即一段にて…」と七五調の文章で綴り、土地測量の単位、開拓・開墾、土地の等級、その他地方関連の役人・用語、年貢・夫役・雑税と輸送手続き、農村諸施設、凶作時の政策等、運輸・交通、売買・貸借・取引、届出・訴訟・法令・和解、学校教育等に関連する語句を列挙する。初編・二編とも本文を大字・四行・付訓で記すが、二編には所々左訓を施す。作者・深沢菱潭は、『〈改正新彫〉地方往来』†の作者・巻菱潭と同一人で、明治八年頃から巻姓を名乗るようになった。従って、本書初編の改訂版が『〈改正新彫〉地方往来』であると推測される。〔小泉〕
◆じかたおうらい [1391]
〈農家必要〉地方往来‖【作者】不明。【年代】明治年間刊。[東京]吉田屋文三郎板。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。市野蒙校・書、明治三年(一八七〇)刊『地方往来』†(初編)の注釈書。同本文を大字・五行・付訓で綴り、「永一文」「田地」「石盛」「田の畝歩」など本文要語の語注を頭書に掲げる。〔小泉〕
◆じかたけいもう [1392]
地方啓蒙‖【作者】乙葉宗兵衛作・書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[京都]乙葉宗兵衛板。また別に[京都]村上勘兵衛ほか板あり。【分類】産業科。【概要】異称『〈民家必読〉地方啓蒙』。半紙本または中本一冊。明治三年刊『地方往来』†を改編した往来。明治政府の四民平等政策を反映して、明治三年板一六丁ウに見られた「出家・社人・修験・山伏・浪人・虚無僧・座頭・瞽女・穢多・非人・物費…」の部分や、「五里外」「五分以上」等の文言を削除する一方、「蒸気船・帆前船」などの語彙を増補した。頭書の有無が相違する二種があるが、頭書のない方は本文を大字・四行・無訓、頭書のある方は大字・五行・無訓で綴る。また、明治三年板の前付記事の全てを削除し、頭書を有する一本には本文読方を置く。〔小泉〕
◆じかたけいもうのふみ [1393]
〈加藤高文著〉地方啓蒙の文‖【作者】加藤高文(中田高文・次郎兵衛)作。村田海石書。【年代】明治七年(一八七四)刊。[大阪]花井知久(聚文堂)板。また別に[大阪]河内屋太助(森本太助)板あり。【分類】産業科。【概要】異称『〈加藤氏〉地方啓蒙之文』『〈加藤高文著述〉地方啓蒙の文』『啓蒙地方之文』『地方啓蒙』。半紙本一冊。地方全般の歴史や意義、方法と心得を綴った往来。前文(総論)と「検地」「新田」「林」「検見」の各論の五段に分けて説くのが特徴。まず前文は、「農耕(たがやし)を、専(もっぱら)とする、吾国の、地方は、政府会計の、根本にして…」と七五調で書き始め、租税の意義や租庸調以来の歴史を説く。続く「検地」では、検地が国の盛衰に関わる大事たることや「正直(せいちょく)」な人物をその役人とすべきこと、また、検地の歴史を説き、さらに「新田」以下では地方の方法論や用語を中心に紹介する。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しきあやめぐさ [1394]
四季綾女草‖【作者】東寧老樵(新井精斎か)作・書。【年代】文政二年(一八一九)書。【分類】社会科。【概要】異称『〈文字熟四季〉綾目草』。特大本一冊。「明初る、春のあしたはうちはえて、風俗(てぶり)長閑くきほひつゝ、つもれるゆきや氷しも、もへ出る草に村消ぬ、ぬるむ小沢にゑく摘は、端山外やまのうす霞…」で始まる七五調・文字鎖の文章で、四季の風景・風物・名所などを記した往来。「…君の恵みは天地と、共に久しく有磯海、みせはや今日のあやめくさ、草木も靡く御代のしるしに」と結ぶ。本文を大字・三行・無訓で記した手本である。〔小泉〕
◆しきおうぎぶんしょう/しきおうぎのぶんしょう [1395]
〈風月余情〉四季扇文章‖【作者】千葉なを(奈尾)書。高井蘭山校・補。【年代】文化五年(一八〇八)書・刊。[江戸]花屋久治郎(星運堂)板。また別に[江戸]山口屋藤兵衛(錦耕堂)板あり。【分類】社会科。【概要】中本一冊。「抑、扇は唐土の往昔、女芬≠フ作たまふ処、本朝にも其製に倣ひ用たりし…」で始まり、「唯荒増を書誌(かきしるし)贈りまいらせ候。めて度かしく」と結ぶ手紙文形式で、扇の起源や故事、四季にふさわしい扇の種類や絵柄の数々、また、源氏絵に因んで『源氏物語』由来などを記した往来。本文を大字・五行・付訓で記し、本文中数カ所に略注を施す。また、巻頭に扇店風景図と扇の異称、頭書に扇の故事(蘭山筆)などを載せる。〔小泉〕
◆しきおうらい [1396]
四季往来‖【作者】不明。【年代】寛文一〇年(一六七〇)刊。[京都]小亀勤斎(益英・三左衛門)板。【分類】社会科。【概要】異称『〈禁中行事〉四季往来』。大本一冊。「毎年之定行至に在々所々、無異心儀、行之畢…」で始まり、「…弥々栄々御代末頼母敷、免伝多久謹言」で結ぶ全一通の書簡文風の文章で、宮中で行われる伝統的な行事とその故事・由来を記した往来。採り上げた主要行事は、元旦(四方拝・小朝拝、若水・腹赤・氷様)、正月上の卯日(桃の枝で悪鬼を厭う)、七日(白馬節会、七草の行事)、八日(御斎会、女叙位)、九日(除目)、一四日・一六日(踏歌の節会)、一五日(御薪)、一八日(賭弓の節会)、二一日(内宴)、二月上の丁日(釈奠)、四日(祈年祭)、四月一日(旬事之祭)、五月吉日(最勝講等)、六月晦日(道饗祭・鎮火祭・大祓)、七月七日(乞巧奠)、二五日(相撲節会)、九月三日(御燈)、七日(不堪田奏)、九日(重陽の節句)、中の卯日(新嘗の節会)、一一月辰の日(豊明の節会)、酉の日(賀茂臨時の祭礼、内侍所神楽)、一二月一九日(御仏名)、晦日(追儺の節会)。本文を大字・五行・付訓で記す。〔石川〕
◆しきおうらい [1397]
四季往来‖【作者】中沢安蔵書。【年代】江戸後期書か。【分類】社会科。【概要】大本一冊。寺社祭礼など江戸の年中行事に関わる語彙を列記した手本。「改暦之吉兆、先鶏鳴、若水、大福、蓬莱、雑煮、屠蘇酒、任家例候…」で始まり、「…松飾、注連縄、迎春之式法、悉相備候。穴賢」と結ぶ全一通の書簡形式で、新年から年末の新年準備までの年中行事やその類語などを列記する。三月の隅田川梅若念仏供養や同月の東叡山・目黒・池上等の花見、四月の秩父巡礼、一〇月の海晏寺紅葉見物など江戸人の季節の行事や行楽のあらましを紹介する。本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しきかなおうらい [1398]
〈新板〉四季仮名往来‖【作者】置散子作・書。松葉軒跋。【年代】延宝六年(一六七八)刊。[江戸]吉田屋喜左衛門板。また別に[江戸]井筒屋三右衛門板(後印)あり。【分類】社会科・女子用。【概要】異称『〈御家〉四季仮名往来』『〈御家〉仮名往来』『〈再板〉仮名往来』。大本三巻三冊。延宝期に活躍した書道家・置散子の代表的な手本。幼少の「おさな」と「綾小路の局」との間で交わす各月往復二通、一年一二カ月二四通の女文で、年中行事(元三・門松・若菜・子の日の遊び・左義長など一月の行事から、御髪上げ・節分など一二月の行事まで)の内容・由来・意義を綴ったもの。本文を大字・五行・所々付訓の並べ書きで記す。女子消息文の書き方と年中行事故実等の並行学習をねらった往来で、おさなが往状で問い、綾小路の局が返状で答えるという問答形式は、『女庭訓』†にならったものと思われる。なお、本書は筆跡・内容などの点から『女学仮名往来』†との関連が深いと考えられる。また、本往来と同内容の写本に天保一一年(一八四〇)書『故事往来』(上条景弘書。内閣文庫蔵『墨海山筆』二三巻所収)、江戸後期書『女文章年中行事』がある。〔小泉〕
◆しきかなぶんしょう [1399]
〈勝見〉四季仮名文章‖【作者】勝見尚友(右膳・書服)書。松岡為師跋。【年代】寛政一一年(一七九九)跋。寛政一二年刊。[京都]蓍屋儀兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『勝見四季仮名文章』。特大本一冊。四季の行事や風趣を主とする散らし書きの短文を集めた男筆女用手本。「新年祝儀の礼状」から「歳暮祝儀状」までの四〇通を収録する。跋文によれば、松岡氏が勝見氏より授かった筆跡を秘蔵していたが、これを童蒙手習い用に上梓したものという。なお、勝見右膳筆の手本に『今川之条目』『春秋帖〈詩歌〉』『女用文章手引艸』がある。〔小泉〕
◆しきごふくおうらい [1400]
四季呉服往来(仮称)‖【作者】天野吉甲軒書。【年代】寛政一二年(一八〇〇)書。【分類】社会科・教訓科。【概要】大本一冊。前半に「名物往来」を合綴する写本中に収録。塗りつぶされた表題の記載は「四季○○○○」のように判読できるが、内容から標記仮称を付す。「四季の呉服の事、御尋遊し、幾野ゝ道のまたふみもみぬ御事なから、心に浮み候まゝあらあら染ちらし候」で始まる一通の女文で、初春の呉服から師走の小袖までの四季時服の種類・染色・染模様について記した往来。七五調・美文体で綴り、「四季の呉服のあらましを、つたなき筆に染立や、もやふの数の浜真砂、尽せぬ御わらひ草の根を、あらはし申候。かしく」と結ぶ。衣装(四季時服)関連の往来物の早い例として興味深い。本文をやや小字・一〇行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しきしいかしゅう [1401]
四季詩歌集‖【作者】中村暘嶂書。【年代】慶応元年(一八六五)刊。[江戸]山崎屋清七板。【分類】社会科。【概要】異称『四季詩哥集』。大本一冊。春・夏・七夕・秋・冬の五題で詠んだ四季の詩歌を綴った手本。大字・付訓で、漢詩は三行並べ書き、和歌は四行散らし書きで記す。収録した詩歌は「春」一八首、「夏」八首、「七夕」二〇首、「秋」一〇首、「冬」二首の合計五八首。〔小泉〕
◆しきしいかしゅう [1402]
〈文政新刻〉四季詩歌集‖【作者】不明。【年代】文政三年(一八二〇)刊。[江戸]西村屋与八板。また別に[江戸]森屋治兵衛板(弘化五年(一八四八)再刻本)あり。【分類】社会科。【概要】異称『〈嘉永新版〉四季詩歌集』『四季詩歌』『四時詩歌』。中本一冊。『和漢朗詠集』から抜粋した詩歌で編んだ中本の往来。春・夏・秋・七夕・冬の五部に分け、「吉書始」から「氷」までの三一題合計一二六首を列挙する。本文を大字・五行・付訓で記すが、漢詩文は大字、和歌は小字・二行の割注様に記す。付録記事は初板本と再板本で異なり、文政板には見返に中国宮廷図を掲げ、嘉永板には巻末に「月の異名」を付す。〔小泉〕
◆しきせんじもん [1403]
四季千字文‖【作者】亀田窮楽(曳尾・久兵衛・無悶子・哄々)作・書。花鳥庵跋。【年代】安永九年(一七八〇)刊。[京都]西村平八ほか板。【分類】社会科。【概要】異称『宮古四季千文』。大本一冊。花鳥庵なる人物が若い頃に入手した窮楽の手本を、窮楽の死後に上梓したもの。漢字四字一句、全二五○句から成る『千字文』形式で、京都における月々の推移や年中行事、市井の生活の様子を綴った手本。「東君啓戸、四海長閑、外錺門松、内積蓬莱…」と書き始め、泰平な世の中での万民の四季折々の生活風景を雅語や風流に偏ることなく写実的に描くのが特徴。例えば、花見の季節の件では「男女酩酊、惟恨斜陽。撫散味線、吐物真似…士農工商、悉皆休息」と尊卑おしなべて歓楽する様子を述べ、また、梅雨の季節には「箪笥裏黴、藪蚊觜鋭」などと記す。巻頭に楷書・やや小字・八行・付訓の全文を掲げ、続いて行書・大字・三行(一行五字)・無訓の本文を手本用に認める。なお、本書を横本(三切本)に改編した改題本『続類合千字文』†が文政四年(一八二一)に福井応周編として刊行されている。〔小泉〕
◇しきのちらしがき [1404]
四季のちらし書‖【作者】坂川暘谷(芝泉堂)書。岡部暘鵬跋。【年代】文政一三年(一八三〇)跋・刊。[江戸]和泉屋吉兵衛(名山閣)板。【分類】女子用。【概要】特大の折本一帖。三段〜五段の散らし文(大字・無訓)を綴った折手本。四季の風景や季節毎の行事に関する女文が中心で、梅の時節の手紙の返事から始まり、桜狩りの誘引状、卯の花が咲く夏の風情を伝える手紙、五月雨の季節に訪問を乞う手紙、初秋の和歌を拝見したい旨を伝える手紙、追灘の故事に触れた手紙など、四季折々の女文一一通を収録する。〔小泉〕
◇しきふうけい [1405]
四季風景‖【作者】三宅利明書。【年代】天保四年(一八三三)書。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。「雲のうへ、四季折々の風景は、空ものとかに霞たつ、若松に松青々と、二葉の千代の影みへて、こかねあさむく福寿艸…」で始まり、「…賤かつま木の道迄も、なかめにあかぬ風情にて候。かしく」と結ぶ七五調の文章で、四季の風景や花鳥の推移を綴った往来。なお、逓博本は本往来のほかに「松嶋賦」ほか八編が合綴されており、播磨国明石郡江井ヶ島で使用されたものである。〔小泉〕
◆しきぶきょうしょうそく [1406]
式部卿消息‖【作者】松花堂昭乗書。【年代】宝永四年(一七〇七)刊。[京都]八幡山蔵板。山岡勘右衛門売出。【分類】消息科。【概要】大本二巻二冊。巻末に「此比世間に滝本の正筆とてもてあつかへども、大形正筆にあらず。此上下の本秘蔵たりといへども、真蹟故に今令板行者也」の奥書があるように、名筆滝本坊昭乗の真蹟を模刻した手本。既に『寛文一〇年書目』に「二冊、式部卿消息」とあるため、初刊は寛文頃か。新年の賀状を始め、紅葉見の誘引、茶口切、祈祷連歌の案内など多岐にわたる内容であり、偈の一節なども含む。ほとんどが大字・三行・無訓で記す。実際の手紙を集めたものではなく、手紙の模範集としてことさらに書き下ろされたものであろう。〔母利〕
◆しきふみことば [1407]
四季文詞‖【作者】某英子書。【年代】安永五年(一七七六)書。【分類】社会科。【概要】大本一冊。安永五年写本『女今川〈并〉女小学』中に所収。「東を春に准ふや、四方の山辺も長閑にて、霞の衣たちわたり、谷より出る鴬も、軒端の梅に囀りて…」で始まる七五調の文章で花鳥風月の移ろいを記した往来。「…池の汀に住し鳥、去ていつこに行ぬらむ、岸吹嵐烈しくて、檐の筧もつらゝせり」と結ぶ。本文を大字・七行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しきぶんしょう [1408]
四季文章‖【作者】武藤某書・跋。【年代】寛文一一年(一六七一)書・刊。[京都]菊屋七郎兵衛板(後印)。【分類】消息科。【概要】大本二巻合一冊。毎月往復二通ずつの四季用文二四通を基本に、若干の雑文を添えた全二九通から成る手本。現存本は七月返状一通を欠く零本。本書の過半を占める四季用文二四通は、ほとんどが四季折々の行事の誘引状や祝儀状の類で、いずれも末尾に月日を置く。各月の主題は、一月北野の和歌の会、二月鷲尾寺辺遊覧、三月上巳の酒宴、四月比叡山灌仏会、五月菖蒲の会、六月祇園会見物、七月法輪寺七夕の会(以上が上巻)、八月名月の会、九月蓮台野辺の草花採収、一〇月初雪の発句、一一月公事訴訟に関わる公務多忙、一二月歳暮祝儀である。これらの月次状のほかに「東山辺での遊覧」「西山の遅桜見物」「庚申待ち」「秘蔵の絵双紙進覧」「火事見舞い」の五通(いずれも往状のみで月日を記さない)を載せる。本文を大字・五行・付訓で記す。なお、筆者・武藤氏は万治〜寛文頃に『新撰庭訓抄』†『知古往来』†『江戸往来』†『大和往来』†など一〇本近くの手本を執筆している。〔小泉〕
◆しきぶんしょう [1409]
四季文章‖【作者】万津屋お里書。【年代】文化二年(一八〇五)書。【分類】社会科。【概要】特大本一冊。「霞より、春そとしるきあさみとり、はや谷の戸の鴬の、声も豊にうらわかみ、ねよけに見ゆる若艸を…」と始まり「…霰ましりに降しきる、雪は豊年之みつきものと、尽せぬ御代といわゐまいらせ候。かしく」と結ぶ七五調の仮名文で、四季風物の移ろいを略述した往来。大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しきようぶん [1410]
四季用文‖【作者】鳥居清経画。【年代】寛政(一七八九〜一八〇一)頃刊。[江戸]西村屋与八板。【分類】消息科。【概要】異称『〈四季〉諸用文章珠硯』『四季用文章』。中本一冊。「正月之文章」以下、四季折々の手紙など二六通を収録した用文章。四季佳節や五節句祝儀状を始め、連歌の会・十桃≠フ催、飛鳥山花見や海晏寺紅葉見物等々の季節の行事の誘引状、また、着府、参宮、婚礼、移宅などに伴なう祝儀状、さらに染物の注文や為替金など諸用件の手紙を含む。本文を大字・六行・付訓で記す。巻頭に清経画の「渡唐天神」図、頭書に「五性名頭字」「国尽」「諸証文書様」「店請証文書様」「諸国関所手形」「五性書判之事」「年号月日の事」「手紙わき書の事」「おつて書の事」「けつ字の事」等の記事を載せる。なお、享和(一八〇一〜三)頃の改刻本(題簽題『〈四季〉諸用文章珠硯』)は挿絵を菊川英山が、版下書きを鈴木松蘿堂が担当した。〔小泉〕
◇しきようぶん [1411]
〈楷法概略〉四季用文‖【作者】稲川春編・書。雲銘釣徒序。【年代】明治三〇年(一八九七)序・刊。[東京]古川清右衛門板。【分類】消息科。【概要】異称『四季用文』。半紙本一冊。一月「年始の文」から一二月「帰郷を報する文」までの一二題(各月一題往復二通)二四通の手紙文を収録した用文章。大字・五行・無訓で記す。頭書に「楷法の概略」「分部配合法」「全字結構」の書法関連記事を載せる。〔小泉〕
◆しきようぶんしゅう [1412]
四季用文集‖【作者】芳村多仲(浪華堂)作・書・跋。【年代】享保一二年(一七二七)刊。[大阪]菊屋勘四郎(橋本勘四郎・梅月堂)板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。書名の如く四季折々の手紙など三〇通を収録した手本。前半二四通は、月次順の往復文(往状は長文、返上は短文)で、五節句・四季の手紙が主体。他方、後半六通は屋敷購入の依頼など用件中心の手紙である。末尾に詩歌四編を付す。大字・三行(部分的に四行)・無訓で記す。なお、原題は『大阪出版書籍目録』による。〔小泉〕
◆しきようぶんしゅう [1413]
〈長雄〉四季用文集‖【作者】長雄耕雲書。【年代】延享三年(一七四六)書・刊。[江戸]奥村喜兵衛板。また別に[江戸]前川六左衛門板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「鏡餅受領の通知に対する礼状」「暇願いにつき種々拝領の礼状」「五〇回忌法要につき増上寺へ香奠献上の知らせ」の書状三通と、「春霞立わたりたるやまにむめ桜綻て…」で始まり、春から秋にかけての花鳥風月を綴った仮名文一通から成る長雄流手本。本文を大字・三行・無訓で記す。後半部の仮名文は『春霞往来』(寛政四年(一七九二)書『最明寺殿都詣・春霞往来』†に所収)に酷似した文章である。〔小泉〕
◆しきようぶんしょう [1414]
〈地理学早案内〉四季用文章‖【作者】伊藤卓三作・書・序。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[行田]博文堂板。【分類】地理科。【概要】半紙本二巻二冊。米国・ミッチェル作『地誌』を典拠に、主に世界地理の基本事項を四季日用の消息文に織り込んで綴った往来。一応、天文・地理・政治の三部に分けるが基本的に世界地理が中心で、いずれも童蒙婦女子用に大略を示す。また、尺度を日本の単位に改めるなどの手を加える。上巻には「地誌記載躰の事」「地球形体の事」「地球運動の事」「経緯度の事」「地球五帯の事」「海陸比例并に五大洲幅員の事」「海水名義の事」「陸地名義の事」の八題往復一六通、下巻には「世界人口の事」四通と「開化等級の事」六通の二題一〇通、合計二六通から成るが、中には追伸文を設けて「子午線」の補足説明を付した箇所も見られる。文中の外国名には漢字表記に片仮名の読みを添え、「合衆政治」に「リパブリツク」と英語の読みを付記した箇所もある。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しきようぶんしょう [1415]
〈婦人日用〉四季用文章‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[江戸]椀屋喜兵衛(江島喜兵衛)ほか板。また別に[江戸]椀屋伊三郎(江島伊三郎)ほか板あり。【分類】女子用。【概要】中本一冊。「年始文ちらし書」から「出立歓びの文」までの五二通を収録した女用文章。五節句祝儀状や四季行事に関する手紙、通過儀礼その他吉凶事に伴う手紙などが主である。本文のほとんどを大字・五行・付訓の並べ書きで記すが、年始状と八朔祝儀状の二通は散らし書きで綴り、読み順を数字で示す。巻末に「十二月異名」を載せる。〔小泉〕
◆じくんじつごきょう [1416]
〈吉田〉児訓実語教‖【作者】吉田元良(元輔)注・跋。【年代】寛政一二年(一八〇〇)刊。[大阪]吉田元輔蔵板。藤屋吉兵衛売出。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。「礼」を説く教訓と『実語教』†の平易な注釈から成る往来。前半の教訓は、礼儀を心掛けて身を慎むべきことを綿々と説く(大字・四行・付訓)。後半の『実語教』注釈(大字・六行・付訓)でも「礼儀」と「孝行」を繰り返し述べるように、本書の趣旨は一貫している。同注釈では、五常・五行など儒教的な用語を多く用いるものの、全体としては非常に平易な記述である。特に「家業大切」「家業専一」「立身出世」など実生活の肯定を基調とする点は注目すべきで、学問の大切さを示す「雖積千両金、不如一日学」の注解には「金と云物は世界第一宝の主たる者也」とも説いており、従来相反する価値として説かれた「金銀財宝」と「学問」とを、ここでは金銭の価値を一義的に肯定するように、庶民の生活に立脚した注解が際立った特徴である。〔丹〕
◆しぐんせいほう [1417]
市郡制法‖【作者】堺県編。【年代】明治五年(一八七二)刊。[堺]堺県蔵板。[大阪]秋田屋庄輔ほか売出。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。いわゆる『市中制法』†『郡中制法』†といった、明治初年に京都・大阪等で出版された人民心得と同様の性格を持つ教諭書で、本書はこの両者を折衷した改編版である。第一条「一、御高札之旨ヲ始トシ、追々御布告之趣謹テ奉戴スヘキ事」から始まる全二八カ条の条々で、県民の義務や心得を綴るが、本文を楷書・やや小字・五行・付訓(しばしば左訓)で記し、全体として読本用教科書の体裁に作る。『市中』と『郡中』用を分けることなく、共通の教諭書に仕上げた点に特徴がある。〔小泉〕
◇じくんにじゅうしこう [1418]
児訓廿四孝‖【作者】富岡政徳作。歌川国麿画。董邨居士序。【年代】明治一六年(一八八三)序・刊。[東京]島村吉松(暦口堂)板。【分類】教訓科。【概要】中本二巻合一冊。楊香から黄庭堅まで二四人の孝子の事跡を見開きの挿絵と文章で紹介した『二十四孝』の一つ。挿絵は近代的な様相を帯び、中には洋服姿の人物まで描く。〔小泉〕
◇しけたんか/しかたんか [1419]
師家短歌‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】松山城下の各種師範の家々を列記した異色の往来。「常盤なる、松も色そふ松山の、春を迎へて弥栄ふ、治まる御代も怠らす、励み勉めや武士の、家職を常に琢磨く、師家の流儀のあらましを、尋て問へは古の、文武の道の源は、同し教にかはらねと、其家々に伝へたる、流儀に依て習あり…」で始まる七五調の文章で、弓術・馬術・剣術・砲術・柔術・兵学・礼法・経書等の諸流派や師匠名を列記し、最後に「…皆夫々の末広き、川瀬の蛍の光りをとり、窓には雪を取添へて、猶頼母敷君が代に、聖の道を学べ人々」と結ぶ。〔小泉〕
◆じこうおうらい [1420]
時候往来‖【作者】隋朝陳作・序。隋朝達校。【年代】天保一四年(一八四三)序・書(稿本か。「廉堂蔵板」の記載あり)。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。一年一二カ月の各月毎に月の異名(五節句異名を含む)と、時候の手紙数通を収録した往来。例文は往状と返状についての例文を示すが、全文を一度に示すのではなく、いくつかのまとまりに区切ったうえで往・返が対応するように配置しており、往状は通常の第一字目より、返状は数文字分の字下げをして表記する。なお、一二月状の後、本文末尾に「悔状」一通を掲げる。本文をやや小字・一〇行・無訓で記す。〔小泉〕
◆じざいぶんしょう [1421]
〈商家通用・即席自由〉自在文章‖【作者】西川竜章堂書。【年代】文政四年(一八二一)刊。[京都]小川源兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『商家通用自在文章』。半紙本一冊。本書は通常の用文章とは異なり、日用の手紙文を五段に分けて、それぞれ手紙文に多用する文言を分類・列挙したものである。「五段」とは、例えば「発語・時候・安否・用文・結文」の五段で、一例として順に「一筆啓上仕候」「甚暑之節御座候処」「御家内様御安全奉賀候」「然者来ル七日神事ニ付…」「右申入度、如此御座候。恐惶謹言」を掲げる。具体的には、端書発語・時候寒暖・安否尋問・祝詞文言・此方安否・一章発言・返事端書・返事結文・書留返事之習・脇付・月之異名までの一般用語(語句)に続けて、年始状・五節祝詞・物を贈る・遊楽催之文・諸祝儀之文・雑用文面・商用文言・凶事文言の八分類で適当な文言を羅列する。これらの語句を組み合わせて五段の文面を自由に作るという、従来に見られない独特のものであった。本文を大字・六行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しじきょう [1422]
四字経‖【作者】蕭良有作。伊藤東涯(源蔵・長胤)序(正徳五年(一七一五)板)。【年代】正徳四年序。正徳五年刊。[京都]中野五郎左衛門(山芸堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈新編故事旁訓〉四字経』。大本一冊。『四字経』は、漢字四字一句の形で中国文化の発展に貢献した前賢の名・姓・字・号などを列記した教科書で、日本でも往来物として広く用いられた。正徳五年板は、半丁に楷書・大字・三行(半丁二段六行)・無訓で掲げ、各句の前に二行割注(漢文注)を置いて関連の故事を紹介する。他方、異板の文化四年(一八〇七)板(善庵校、江戸・西宮弥兵衛板)は、『四字経』本文を楷書・大字・三行・無訓で記し、巻末に小字・九行・付訓の本文読方を付す。〔小泉〕
◆しじょくん [1423]
子女訓‖【作者】北条氏朝作。【年代】享保一〇年(一七二五)作・書。【分類】女子用。【概要】享保一〇年八月一三日付「おかず」宛ての仮名文に認めた女子教訓で、差出人が「ふしみにて書/遠江守」と記されていることから、当時伏見町で奉行勤めをしていた北条氏朝遠江守五七歳の作であろう。娘・おかずのために書いた教訓だが、本書よりも先に『和小学』を著して子息に与えた旨を冒頭で記す。長短含む八九カ条(前文は別)から成るほとんど仮名書きの教訓で、各条の長さや配列が不規則なため思いつくままに列挙したものと思われる。第一条「いこくのむかしは、みもちになるより、ねるにもかたぞつへいにせず、下にをるにもかたよらず、たつにもかたあしにてたゝぬといへり」のような箇条書きで、胎教、女児教育、通過儀礼、婚礼および嫁の心得、三従七去(三不去)、家内の務め、寺参り・信仰、女性の教養(特に、算用も九九程度は憶えよとする)、礼儀作法、遊芸、出産、その他諸教訓を説く。本文をやや小字・一〇行・無訓で記す。〔小泉〕
◆じじょちょうせいおうらい [1424]
〈甲申新板〉児女長成往来‖【作者】十返舎一九作。晋米斎玉粒書。歌川豊国三世(歌川国貞初世・一陽斎・香蝶楼・五渡亭・月夜楼)画。【年代】文政六年(一八二三)刊記。文政七年刊。[江戸]山口屋藤兵衛板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。文政(一八一八〜三〇)頃に山口屋藤兵衛から出版された、大判の色刷り絵題簽を付した一連の往来物の一つ。序文にあるように「人の生まれ出づるより生涯の事々」のあらましを述べた往来。自序に胎内十月の状態から出生後の一〇歳までの子どもの様子を簡単に述べる。本文は、ほとんど誕生以後の通過儀礼の名称と関連語の列挙に近く、枕直し・七夜の祝い・宮参り・喰初め・上巳および端午の節句・紐解き・髪置き・袴着・手習い算盤稽古・遊芸・躾方作法・元服・家督相続・聟養子・近所付き合い・家業出精・女子の婚礼・婚姻後の孝行、さらに初老から米寿の祝いや隠居後の生活までを折々心得を交えながら順々に述べる。「遊芸」の条では、女子が武家奉公をするためには無芸では務まらぬ旨が記され、また、「行儀作法」では、奉公によって社会性が培われることが強調されている。当時の稽古事や他家への奉公の位置づけ、すなわち、当時の町人社会の常識の一端が示されていて興味深い。また、一般に女子用往来と男子用の往来とは、文体・内容ともに明確な差異を呈するのが常であるが、男女を区別せず同時に扱うのも本書の特徴である。「凡、而人之為子者、自脱襁褓、生涯成立之事々、普通称之文字者、汗牛充棟、広博而雖無際限、以其九牛一毛拾鳩之畢…」で始まる本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「堪忍袋」の図、頭書に「書札封じ作法」等の書簡作法や「日和善悪のこと」等の記事を載せる。〔丹〕
◆★じしんごきょう [1425]
〈大江戸〉地震後教‖【作者】休応斎作。大震堂書。【年代】安政二年(一八五五)頃作・刊。[江戸]鹿島屋要蔵板。また別に刊行者不明板あり。【分類】教訓科。【概要】中本一冊。『実語教』†の文言に似せて安政大地震後の模様や教訓などを綴った往来。「家高故不貴、以平家為貴、尻重故難助、以逃出為助、火是一生災、火不消共焼、地震万歳楽、命終迄連震…」で始まる、ほぼ五言(例外もある)九六句で、地震による被害状況や地震に対する心得、罹災者への援助などを説く。巻末には、地震にちなんだ「六用善悪」「じしんをしるうた」「たましいをしるうた」を載せる。末尾に「安政乙卯年十月二日、大震堂書」と記すが、この日付は安政大地震の当日である。従って、この記載は明らかに仮構であり、実際の刊行はそれ以後である。なお、本書には印刷題簽の上製本と刷外題の並製本の二種ある。また、巻末広告に本書続編『動子教』の近刊予告を付すが未刊であろう。〔小泉〕
◆しじんじょう [1426]
〈百瀬〉紫塵帖‖【作者】桃林斎(北谷山人・耕穏・呂鷹堂)書。【年代】寛政一〇年(一七九八)跋・刊。[江戸]前川六左衛門板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。前半に詩歌、後半に消息文を収録した百瀬流の陰刻手本。本文を大字・三〜五行・無訓で記す。書名は冒頭の「紫塵?蕨人挙手、碧玉寒蘆錐脱嚢」(『和漢朗詠集』)による。この「紫塵」の漢詩文を始め合計一六編の詩歌を巻頭に据え、さらに後半に「参府拝命御礼状(披露状)」や「八朔祝儀礼状」「京都着任報告状」「御即位祝儀状」など武家公用向けの書状九通を掲げる。〔小泉〕
◇しずおかおうらい [1427]
静岡往来(一)‖【作者】吉田辨蔵(知次・畦山)作・書。【年代】明治六年(一八七三)頃書。【分類】地理科。【概要】巻子本一軸。静岡九六町の町名や神社仏閣等の地名を記した往来。原本は一枚に全文を一〇段の大散らしで認めた独特の体裁で、寺子屋師匠である作者が自らの門弟用に綴ったもの。「世に静岡の街といへば、其数九十六町に別れ、東は横内・鷹匠町、沓の谷脱いで足洗、人も貞松(みまつ)の蓮永寺、其名も高き愛宕山…」で始まる七五調の文章で、東・南・未・申・戌・亥・北・寅の方角順に形容句を伴った地名を列記し、最後に「…東西南北おしなべて、往来賑ふ民草は、豊けき御代の御恵、誠以有がたく、めでたくかしこ」と結ぶ。〔小泉〕
◇しずおかおうらい [1428]
静岡往来(二)‖【作者】吉田辨蔵(知次・畦山)作・書。【年代】明治七年(一八七四)頃書。【分類】地理科。【概要】巻子本一軸。前掲『静岡往来』†の続編で、七五調の文章で変わり行く明治初年の静岡の町名や学校名、諸官省・寺社名などを方角毎に列記した往来。「名にしおふ、よに静岡の街数を、一百廿六町に、分ちたれども町の名は、東に銭座・鷹匠町、其横内なる成垤舎に、うい学びする幼子の、こころの底も清水の、観音堂をふし拝み…」と起筆し、新旧名所のあらましを紹介し、「…東西南北おしなべて、往来賑はふ静岡の、静けき御代とぞ祝しける」と結ぶ。前編で町数九六町であったのが本書では一二六町と変わっているように、前編で旧来の静岡、本編で近代以降の静岡を描こうとしたものであろう。原本は大判の料紙に散らし書きで認める。〔小泉〕
◆しずがうた [1429]
〈心学〉しつかうた‖【作者】久世順矣(次郎兵衛・治右衛門・可朴)作。薩箔ソ軒(敬徳・君恪・熊三郎・完蔵)序。守国宗文・尚絅画。小倉政行・丹羽氏祐・川田汎親跋。【年代】文政元年(一八一八)序・跋。文政二年刊。[大垣]深造舎蔵板。[大阪]加賀屋善蔵ほか板。【分類】教訓科(心学書)。【概要】異称『賤かうた』『しづがうた』。半紙本一冊。心学者である著者が日頃の心学道話で紹介してきた道歌(教訓歌)を書き集めて一冊としたもの。「我とわがでに世渡りすれば、御代の御恩も忘れて暮す」「くらす御恩の高大なるを、しらば不足がいはれませうか」といった教訓歌により、まず心学の根本である「心」について論し、以下、父・子・舅姑・嫁・主・家来・夫・妻・兄・弟・朋友の各部に分けて教訓歌を列挙する。さらに「追加」として、士庶老若が詠んだ同様の教訓歌を実名入りで紹介する。本文をやや小字・八行・付訓で記す。本文中に孝子の図を挿むほか、巻頭に「美濃大垣深造舎之図」を掲げる。なお、本書と同様の往来に文政三年刊『寺子うた』†がある。〔小泉〕
◇しずりおうらい/しどりおうらい [1430]
倭文往来‖【作者】本田応之助作。【年代】文久二年(一八六二)書。【分類】地理科。【概要】美作国久米北条郡(岡山県中部)の倭文(しどり)郷地方の地理や歴史などについて述べた往来物。「爰秋津洲山陽道真金吹吉備美作久米皿山麓西北之郷久米北条郡之内、倭文庄…」と書き始めて同地の地理的位置や村数、地形などに触れた後、同地方に点在する名所旧跡(古城・神社)やその故事来歴、神事・祭礼や庶民の様子、さらに名山・名刹などを紹介する。なお『久米郡誌』によれば、本書は庄屋の不正事件を糾弾したことで投獄され、ついには牢死した著者が入牢中に著したものである。〔小泉〕
◆しそんたからぐさ [1431]
子孫宝草‖【作者】伊藤芳脩作・序。八尾貞(南江)画。【年代】宝永三年(一七〇六)序。文化一三年(一八一六)序・刊。刊行者不明。【分類】教訓科。【概要】異称『愚蒙いさめ草』。大本一冊。宝永三年刊『いさめ草』†の改編・改題本。『いさめ草』全二二七項から任意の一〇九項(内容と配列を部分的に変更)を抄録し、さらに末尾に「親の意見の十中八、九が子どもに有益なこと」を説いた一項を追加し、新たな挿絵(和漢風俗画)を随所に配置し、合計一一〇項から成る教訓書に改編したもの。本文をやや小字・一二行・所々付訓で記す。『いさめ草』原本の宝永三年序文に続けて新たに編者・伊藤芳脩の序文を追加した。〔小泉〕
◆しそんはんえいかがみ [1432]
〈頭書御高札入〉子孫繁栄鑑‖【作者】不明。【年代】天保一五年(一八四四)刊。[江戸]菊水屋忠蔵板。また別に[江戸]松坂屋金蔵板あり。【分類】教訓科。【概要】異称『〈御免〉子孫繁栄鑑』。中本一冊。「かけまくも恐惶(かしこき)大君の御代泰平に枕を高うし安楽に…」と平和な世の中とその根本たる仁政の国恩を讚える文章から書き始め、以下、質素倹約の道を衣食住全般にわたって説いた往来。本文をやや小字・七行・付訓で記す。頭書に、正徳元年(一七一一)・享保六年(一七二一)・享保一一年・明和八年(一七七一)の各高札を掲げるほか、享保三年制定の駄賃・人足賃の一覧を掲げる。〔小泉〕
◇したいせんじもん [1433]
四体千字文‖【作者】不明。【年代】慶長一一年(一六〇六)刊。[京都か]春枝板。また別に金宣板あり。【分類】語彙科。【概要】大本一冊。周興嗣作『千字文』を篆書・隷書・楷書・草書の四体・大字・六行で記した陰刻手本で、うち楷・草書には漢音・和訓を細字・片仮名で付す。日本における『千字文』の初期刊本である。なお、本書以前に同体裁・異板で「慶長甲辰孟春日/下福ソ轍堂新栞」の刊記を有する慶長九年刊本が存するほか、本書(春枝板)の模刻で「慶長戊申、新七(京都・本屋新七)開板」の刊記を持つ慶長一三年板などがある。〔小泉〕
◆したいせんじもんいろはびき [1434]
四体千字文国字引‖【作者】吉文字屋市兵衛作。【年代】明和四年(一七六七)頃刊。[大阪]吉文字屋市兵衛板。【分類】語彙科。【概要】異称『千字文国字引(いろはびき)』。大本一冊。『千字文』の本文の漢字をそれぞれ行書・角字・篆書・隷書の四体で記して音訓ならびに唐音を示したもの。書名は巻頭にイロハ順の音引き索引を載せることに由来する。頭書に、書道の基本事項や名筆の故事を記した「初学須知」や、「印判彫様并始り」「詩の作りやう」「歌道并に歌のよみ様」「手の筋見様の事」などの記事を載せる。本書は初めは単行本として刊行されたが、間もなく寛政二年(一七九〇)頃刊『筆道稽古早学問』†第四冊後半部に収録されて普及した。本文をやや小字・七行(各行四体)・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆しちとうめぐりぶんしょう [1435]
〈新板頭書・名所古跡・箱根社・道了宮〉七湯廻文章‖【作者】十返舎一九作。【年代】文政五年(一八二二)刊。[江戸]西宮新六板。また別に[江戸]森屋治兵衛板(天保三年(一八三二))あり。【分類】地理科。【概要】異称『〈道了権現・箱根権現・七湯廻〉記行文章』。中本一冊。箱根七湯(湯本・塔の沢・宮の下・堂ケ嶋・底倉・木賀・芦の湯の七湯)の由来や効能、また、同地へ至る沿道の名所旧跡などを紹介した往来。品川から小田原、小田原から道了権現までの道程や付近の名勝、再び小田原へ戻って箱根へ入り、湯本以下七湯の効能などに触れながら、さらに箱根三社権現へ足を伸ばして、同社の神体・縁起・故事について説いた後、権現坂から湯本・小田原までの行程を簡単に述べて結ぶ。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書には七湯の湯宿や里程、温泉の具体的な効能について記した「箱根温泉廻」や、「温泉之記」「伊豆の温泉」「箱根山名物」「唐之一行禅師旅行之法(旅行心得)」「旅行心得の狂歌」など、道中記風の多彩な記事を掲げる。〔小泉〕
◆しちほうていきんおうらい [1436]
七宝庭訓往来‖【作者】不明。【年代】元禄八年(一六九五)刊。[大阪]菊本賀保ほか板。【分類】合本科。【概要】大本一冊。「庭訓往来」†「今川状」†「御成敗式目」†「実語教・童子教」†を収録した合本科往来。本文上欄の頭書を二段に分けた「三階板」で、本文欄に「庭訓往来」と「今川状」を載せてその上欄(頭書下段)に本文要語解ならびに図解である絵抄を置き、さらに最上段(頭書上段)に「御成敗式目」(注釈付き)と「実語教・童子教」(本文のみ)を掲げる。巻頭に「御成敗式目評定連判之図」「孔聖鯉魚庭訓之図」「玄恵法印庭訓之図」三葉を掲げる。本文をやや小字・七行・付訓で記す。本書は、大坂で誕生した合本科往来の初期形態であり、この種の往来が『庭訓往来』を核として発展していったことを物語る。本書の後、『古状揃』†等が追加された元禄一一年刊『童子往来綱目』†など各種の合本科往来が続々と登場したほか、本書の増補・改題本である『童学庭訓七宝往来』†も延享二年(一七四五)に刊行されている。〔小泉〕
◆しちやおうらい [1437]
質屋往来‖【作者】加藤彦治良書。【年代】明治六年(一八七三)書。【分類】産業科。【概要】異称『諸国織物出所之覚』。半紙本一冊。質屋商の手控え風の首題だが、内容は全国各地の織物や布帛、刀剣類装飾などの名称を分類・列挙した手本。「縮緬之部(一八語)」「新織物之部(八語)」「絹之部(一五語)」「木綿之部(二八語)」「上下地之部(一二語)」「袴地之部(二三語)」「帯地之部(四〇語)」「唐物之部(三二語)」「諸国織物之部(一六六語)」「万染色之部(七六語)」「小紋柄之部(五七語)」「刀脇差之拵(四五語)」「誂定紋之部(一九〇語)」「雑之部(一六語)」「嶋柄之部(二六語)」の一五部合計七五二語を大字・四行・所々付訓で記す。当時の質物の概要も分かり興味深い。〔小泉〕
◆しちゅうせいほう [1438]
市中制法‖【作者】京都府編。【年代】明治二年(一八六九)刊。[京都]京都府蔵板。村上勘兵衛売出。また別に[大阪]大阪府蔵板。書籍会社売出等あり。【分類】社会科。【概要】大本または半紙本一冊。明治初年に郡中・市中・町役・村役・神官等に対して出された布達を綴った一連の手本の一つ。箇条配列や箇条の立て方に微細な相違はあるが、『郡中制法』†とほぼ同様。『郡中制法』のうち末尾の「一、田畠不荒様にすへし」以下農耕地・農業施設など農村関連の六カ条を削除し、「一、帯刀人・僧尼之輩、町人名前之地に住居する者は軒役、其外町人費町人同様差出させ可申。理不尽申立るものあらば可訴出事…」の一条を追加した。『郡中制法』中の二カ条を本書で一カ条にまとめた箇所があるため本書は合計一九カ条。これらの本文を大字・五行・無訓で記す。明治二年・京都府板を始め、大阪府・大津(滋賀)県・東京府など各地各様の体裁で出版された。なお、本書と『町役心得条目』†とを一冊に合綴した『市中制法・町役心得条目』(京都府蔵板)も同じ頃出版されている。〔小泉〕
◇じっかんじゅうにし・てんちぶん・みょうじづくし [1439]
〈小学習字〉十干十二支・天地文・苗字尽‖【作者】森小三郎作。深沢菱潭書。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[東京]森小三郎蔵板。和泉屋市兵衛売出。【分類】語彙科。【概要】半紙本一冊。『十干・十二支』『天地文』『苗字尽』の三編を合綴した手本。『天地文』は、「日月星辰・春夏秋冬・朝夕昼夜…」のように天地・気候・自然等に関する漢字一二六字を列挙する。また、『苗字尽』は、「松平・仁科・萩須・北条…」以下一一六字分の苗字を記す。〔小泉〕
◆じづくしせつようえしょうたいぜん [1440]
字尽節用絵鈔大全‖【作者】圭文館(丸屋源兵衛)作。【年代】寛政一一年(一七九九)刊。[京都]丸屋源八板。また別に[京都]文煥堂板、[京都]吉野屋仁兵衛ほか板あり。【分類】語彙科(節用集)。【概要】異称『〈文章〉字尽節用解』『〈常用文章〉字尽節用解』『字尽節用解文章』『字尽節用いろは引』。中本一冊。子ども向けに編まれた節用集だが、巻末に「用文章」を付し、全体として往来物の体裁をなす。まず前半「節用集」は、手紙その他の日常語や、山川・風雨・四季・時刻・家居・人倫などに関する語句を掲げ、ほとんどの語句に二行割注を施す。続いて、「支躰・病」「衣服」「飲食」「草木」「薬種(香具)」「禽獣」「魚貝」「虫」「器材」の九分類について集めた語彙集(注はほとんどなし)を付す。後半には、「年頭状」「披露状」「田舎へ行人遣状」「安産見舞状」「髪置祝儀状」「神事案内状」「普請出来歓状」「法事に人を招状」など消息文例二四通を掲げる。本文を大字・六行・付訓(消息文例は稀に付訓)で記す。〔小泉〕
◆じづくしどうじきょう [1441]
〈民家日用〉字尽童子教‖【作者】川合元(河井元・申甫・忠蔵)作。川合正校。文鳴画。【年代】寛政一〇年(一七九九)刊。[京都]蓍屋儀兵衛ほか板。【分類】語彙科・社会科。【概要】異称『〈頭書日用重宝・伊呂波字引附〉増補字尽童子教』。半紙本一冊。社会生活に必要な語彙を分野別に集録した字尽型往来。漢字四〜七字一句の形式で、諸国名物・京町・官名・宗旨・歴年・大唐歴年・本朝人傑・中華人傑・本朝武将・都会・行程記・書物・天地・鳥類・畜類・魚類・虫類・草木・五穀・宮室・諸道具・飲食・衣服・五体・親類・人倫・疾病・薬種・言語の二九分野にわたり九八六句を収録する。例えば「諸国名物」の冒頭「日本六十六ヶ国、五畿内山城平安城、大仏稲荷東福寺、祇園清水智恩院…」のように各句が七五調になるように綴るのが特徴。寛政一〇年板は未見だが、その再板である享和二年(一八〇二)板は大字・六行(一行二句)・付訓で記し、巻頭に席書・七夕・天神講の挿絵三葉を掲げる。後に、元治二年(一八六五)増補、明治三年(一八七〇)改正の全面改刻版(『〈頭書日用重宝・伊呂波字引附〉増補字尽童子教』)が流布したが、分類の配列などに小異が見られ、さらに頭書等に「日用早引字尽(イロハ引き語彙集)」「年中時候之事」「三伊呂波」「干支六十之図」が追加されたほか、享和板に見られた巻頭口絵が省かれ、作者名も隠蔽されてしまった。〔小泉〕
◆しつけがた [1442]
〈小笠原流・男女諸礼〉しつけかた‖【作者】高津屋金左衛門作。【年代】安永六年(一七七七)刊。高津屋金左衛門板か。また別に[江戸]吉屋板(江戸後期板)あり。【分類】教訓科。【概要】異称『〈男女諸礼〉しつけがた』。半紙本一冊。表紙ともわずか三丁の小冊子で前半に『しつけかた』、後半に『心要集』を収録した往来。『しつけかた』は、ほぼ七・五、七・五と続く美文体で、小笠原流の礼儀作法の基本を説いたもの。すなわち、まず「夫、人は天地の神也。かるがゆへに、仁義礼智信をもとゝせよ」と筆を起こして、五常の中でも特に礼儀が大切なものであり、親たる者がその子に躾を教えないのは罪であると諭し、続けて、膳部に関する知識や祝言時の忌み言葉等に触れながら食礼全般を述べる。さらに、給仕方礼法のあらましや着衣・手紙の心得、五色の誉め言葉などにも言及し、老人や世間に通じている人から常々物事を習うべきことを説く。後半『心要集』は、「先(まず)正じきをほんとせば、神のめぐみもふかからん…」と七五調の文章で、正直・忠孝を始めとする諸教訓を説いたもの。途中「としよりのほねをりわざ、わかきものゝほねおしみ、夜ふけてのながばなし、わかいしゆの仏ぽうざた」など「あらざる事」を列挙するのが特徴。巻頭に「婚礼祝言の図」、末尾に「小笠原流折形」の図を掲げる。本文を小字・二〇行・無訓で記す。類書が多く、『〈新板〉小笠原男女しつけかた』(江戸・田島屋板)、『飲食諸礼躾方』など江戸中期刊本のほかに江戸後期刊『〈童子教訓〉孝行種』†等にも収録された。〔小泉〕
◇しつけたんか [1443]
躾短哥‖【作者】不明。【年代】文政九年(一八二六)刊。[弘前]桂林堂蔵板。秋田屋久蔵売出。【分類】教訓科。【概要】異称『躾短歌』『女躾短歌』。半紙本一冊。弘前で出版された教訓科往来。「夫、人の子のおしへには、五つ六よりしつけして…」と七五調で庶民子弟向けの礼儀作法全般を書き綴る。飯の食べ方から始まり、床の懸物の見方、立花の見方、茶礼、料理(庖丁)の作法、火鉢・燭台の渡し方、衣類着用の心得、屏風の立て方ならびに絵画の賞め言葉、さらに再び食礼に戻って、菓子・果物の食べ方などを説いた後で、日常の子どもへの躾教育の大切さを強調して締め括る。なお、享保一三年(一七二八)刊『女用躾今川』†頭書中の「躾方訓歌」と酷似するため、その模倣とも考えられる。頭書に「手習の図」「諸礼之図抄」「万折形の図」「食物喰次第」を掲げる。〔小泉〕
◆じつごきょう [1444]
実語教‖【作者】柏亭金山注。【年代】明治二三年(一八九〇)刊。[東京]富田彦次郎(東崖堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈絵入訓点〉実語教』。中本一冊。『実語教・童子教』†の絵入り注釈書。まず二教本文を半丁に大字・七行・無訓、すなわち一丁表裏で一二行二四句を記し、同丁の頭書に挿絵二葉を掲げ(奇数丁)、次の丁(偶数丁)の頭書に前掲二四句の書き下し文を載せ、その下段に細字の略注を置く。つまり本文の丁と注釈文の丁を交互に配置する独特な体裁の注釈書である。各句の注釈文は数行程度で、概ね大意を説くにとどまる。なお、明治二三年板の刊記には「原板人不詳」とあるため、初刊はさらに早まるか。〔小泉〕
◆じつごきょう [1445]
〈英語傍訓〉実語教‖【作者】成性館作・序。石神績(華城)書。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[東京]成性館蔵板。藤岡屋慶次郎(水野慶次郎)ほか売出。【分類】教訓科。【概要】異称『REAL WORDS DOGMA(リール・ヲーヅ・ドグマ)』。中本一冊。『実語教』†本文を半丁に四行、一行に五字一句ずつ楷書・大字・無訓で記し、「山高故不貴/MOUNTAIN(マウンタイン) HIGH(ハイ) AS(アズ) NOT(ナツト) COST(コスト)」のように、文章の英訳ではなく単漢字に相当する英単語とその読みを並記したもの。冠詞・前置詞・接続詞など英文法に則って文章を綴れば英文になるが童蒙には難解なため、このような方式にしたという。本書には『童子教』の部分はなく、刊記部分に『〈英語傍訓〉童子教』の近刊予告を載せるが未刊であろう。〔小泉〕
◇じつごきょう・きょうにしょ [1446]
実語教・教児書‖【作者】不明。【年代】明暦四年(一六五八)刊。[京都]草紙屋太郎右衛門板。【分類】教訓科。【概要】中本一冊。『実語教』と『教児書』を合綴した往来物。『教児書』は、『実語教・童子教』†と同様に「夫天高常跼、地堅而和履…」で始まる五言一句を基本とする教訓で、全四二句の文章で、師君や親への仕えようや行住坐臥の心得、礼儀になどを諭したもの。本文を大字・四行・付訓で記す。『教児書』は、本書以外の出版例が見当たらないが、刊本に先立つ慶安三年(一六五〇)写本『教児抄・至要抄』†が存在し、語句の順序など若干の異同がある。なお、本書『実語教』の後に、『教児書』に替えて通常のように『童子教』と合本した版もある。〔小泉〕
◆じつごきょう・どうじきょう [1447]
実語教・童子教‖【作者】不明。【年代】『実語教』は平安末期作、『童子教』は鎌倉前期作と推定される。また、『実語教』古写本に室町前期『実語教注』†(謙堂文庫蔵)、『童子教』古写本に永和三年(一三七七)写本(石井積翠軒文庫旧蔵)、さらに二教合本の古写本に文明三年(一四七一)写本(東京帝国大学旧蔵。ただし関東大震災で消失)や文明一一年写本(謙堂文庫蔵)等がある。また、刊本では寛永古活字版や寛永五年(一六二八)製版本があるがともに刊行者不明。【分類】教訓科。【概要】文明一一年写本は大本一冊(楷書・大字・六行・ほとんど無訓)、寛永古活字版は大本一冊(楷書・大字・八行・無訓)、寛永五年製版本は横本一冊(行書・大字・八行・無訓)。他の寛永期の刊本は概ね中本一冊だが、以後、明治初年まで各種判型で出版された。まず『実語教』が平安末期頃に編まれ、その後鎌倉前期に『童子教』が撰作されたものと考えられる。作者は前者が平安末期の貴族、後者が鎌倉前期の真言宗系の僧侶と見られるが、作者については中世から様々な俗説が生まれ、近世では概ね『実語教』は弘法大師作、『童子教』は安然和尚作とするものが多く、これらの権威付けによってさらに普及したものと思われる。二教は元来別々に流布したが、文安元年(一四四四)『下学集』序に「彼之実語・童子為教…」とあるように室町前期頃には二教合本のスタイルが生まれ、さらに近世ではほとんど例外なく合本されるようになった(例外的に『実語教』のみの注釈本や『童子教』のみの単行本もある)。二教ともに五字一句、二句一対を基本とし、『実語教』が「山高故不貴、以有樹為貴…」で始まる九六句、『童子教』が「夫貴人前居、顕露不得立…」で始まる三三〇句からなる。内容は、『実語教』が主に「智」を礼讃し学問のあらましを初学者に諭す勧学教訓であるのに対し、『童子教』はこの世の因果の道理や儒仏の教えを諭した幼童訓・処世訓となっている点で異なる。両教とも暗誦に便利であったために寺子屋教育でも広く教授されるとともに、二教中の多くの語句が俚諺・格言として庶民に深く浸透した。また、本書が他の往来物に与えた影響も頗る大きく、五言一句形式や文言を模倣したものとして、鎌倉前期作『至要抄(至要鈔)』†、慶安三年(一六五〇)書『教児抄』(刊本では明暦四年(一六五八)刊『実語教・教児書』†)、延宝八年(一六八〇)刊『明語教児抄』†、元禄一一年(一六九八)刊『俗語教・道戯興(後に『新実語教・新童子教』と改題)』†、正徳六年(一七一六)刊『金言童子教〈竝抄〉』†のほか、明治七年(一八七四)刊『改正実語教・便蒙当時教』†のように近代に入っても二教を粉本とした往来が登場した。『庭訓往来』†『御成敗式目』†とともに中世から近世にかけて最も多用された往来物だが、『実語教・童子教』は手本・読本(絵抄本・注釈書)を含み五五〇種以上の刊本が発見されており、版式の多様性と板種の多さは往来物随一である。〔小泉〕
◆じつごきょう・どうじきょう [1448]
〈画入講釈〉実語教・童子教‖【作者】松川半山作・画。【年代】安政五年(一八五八)刊。[大阪]河内屋喜兵衛板。【分類】教訓科。【概要】異称『実語教講釈』『〈絵入講釈〉実語教童子教』。半紙本一冊。『実語教・童子教』†の絵入り注釈書。半丁に二教本文を六行一二句ずつ掲げて、そのうちの任意の語句の略注と挿絵を頭書に掲げた絵抄本。あくまでも特定語彙に関する略注で、各句の大意など全文の注釈ではない。巻頭に「忠」「孝」の図と記事、巻末に「九九之次第」など若干の記事を載せる。なお『大阪出版書籍目録』には、文化一三年(一八一六)頃刊の『実語教講釈』(大阪・河内屋嘉助板)の書名が見えるが、本書との関連は不明。〔小泉〕
◆じつごきょう・どうじきょう [1449]
〈新板頭書〉実語教・童子教‖【作者】不明。【年代】寛文四年(一六六四)刊。[京都]野田庄右衛門(吉文字屋庄右衛門)板。【分類】教訓科。【概要】異称『実語教童子教講釈』(写本)。大本一冊。寛文一〇年(一六七〇)刊『実語教諺解・童子教諺解』†と並んで江戸前期を代表する『実語教・童子教』†注釈書。二教本文を半丁に大字・五行(一行二句)・付訓で掲げて、各句毎に上下左右の界線を設け、頭書とのど(綴じ目)方向の余白に、同本文を一句ずつ再掲して小字の施注を置く。『諺解』の如き詳細な語注や出典・引用は極力控えて平易・簡潔を旨とする。特に、全体的に口語調の文言で説く点など画期的な特色を持つ。本扉には「実語教/童子教」と二行で大書し、二教の冒頭部に「実語教のおこり」「童子教始」と題してその由来を紹介する。本書刊行後間もなく、延宝三年(一六七五)・板元不明板、延宝四年・松会板、江戸前期・松会板、江戸前期・薮田板など体裁を変えながら同内容の注釈書が種々出版されたほか、天明五年(一七八五)刊『実語教童子訓』†の注釈にもそっくり模倣され、さらに『童子訓』の影響下に数種の注釈書が生まれるなど、後世の注釈書に長期にわたって影響を及ぼした。〔小泉〕
◆じつごきょう・どうじきょう [1450]
〈略註〉実語教・童子教‖【作者】辻本基定(源基定)注。池田東籬書。【年代】天保一三年(一八四二)刊。[京都]堺屋仁兵衛板。【分類】教訓科。【概要】大本一冊。江戸後期の『実語教・童子教』†注釈書の一つ。二教本文を一〜一六句毎に大字・五行大・無訓で掲げて、独自の略注を細字で施す。ただし書き下し文や読法を載せないのが特徴。あくまでも大意のみの最小限の施注で、和漢の故事・寓話などを一切省き、聖賢の語や俚諺を適宜引用する程度の施注である。表紙には題簽とともに、富士山を描いた広告用の方簽を付す。なお、本書刊行に伴って配布された引札(若杉哲男蔵)には、「此度(このたび)御子様方のわかり安きやうに、かな講釈を入、いたつて御ならひよき本をこしらへました。買に来ておくれや。本代百五十文なり」と刷り込まれている。〔小泉〕
◆じつごきょうい [1451]
実語教意‖【作者】不明。【年代】嘉永四年(一八五一)書。【分類】教訓科。【概要】大本一冊。撰作年代は不明だが江戸中期以前か。近世前期までの仏説中心の注釈書とは一線を画すもので、また、近世刊本とは異なる独自の施注であり、近世後期まで普及した『実語教』†の仏教系注釈書として異色である。『実語教』本文を二〜六句毎に掲げ、ほとんどが浄土真宗の教義に基づく施注となっているのが特色。注釈文中に源信・親鸞・蓮如等の名前をあげ、特に法然の法語や教訓歌を引いて後世を念頭に置いた現世での生き方、すなわち、念仏や他力本願等を平易に説く。嘉永四年写本は、本文を大字・六行・付訓で記す。〔小泉〕
◆じつごきょうえしょう [1452]
実語教絵抄‖【作者】岡田玉山作・画。滝沢馬琴序。【年代】文化九年(一八一二)刊。[大阪]今津屋辰三郎(青藜館・青黎館・鷲津辰三郎)板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。『実語教・童子教』†の絵入り注釈書の一つ。岡田玉山編に享和元年(一八〇一)刊『実語教画本』†があるが、本書の注釈内容は『画本』との関連性は見られず、むしろ天明五年(一七八五)刊『実語教童子訓』†に近い。二教本文(大字・六行・付訓)を一段または二段で掲げ、その上段に挿絵とともに大意を示した簡潔な注を置く。二教の冒頭部にはその由来を記す。また、馬琴の序文に「この編解と画と併(とも)に玉山の遺稿なり」と述べるように、文化五年に没した玉山の遺稿を上梓したものである。なお、本書は天保一四年(一八四三)刊『実語教童子教具註抄』†(山崎美成注)や嘉永元年(一八四八)刊『〈童子教訓〉実語教絵抄』†(十方舎三九編)に影響を及ぼすとともに、挿絵の一部が仙台板『天神御一代往来(菅神御一代文章)』†の口絵にも模倣された。〔小泉〕
◆じつごきょうえしょう [1453]
〈童子教訓〉実語教絵抄‖【作者】十返舎一九二世(十字亭三九・十返舎三九・糸井武・鳳助・東船笑楚満人・花輪堂)作・画。【年代】嘉永元年(一八四八)刊。[京都]吉野屋仁兵衛ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『実語教童子教絵抄』。小本一冊。文化九年(一八一二)刊『実語教絵抄』†(岡田玉山編)を模範に編んだ絵入り注釈書。全丁に本文(五行・付訓)とともに挿絵を配置し、細字で平易な注を施す。体裁は文化九年板の影響を受けているが、挿絵や注はほとんど異なる。見返・口絵は色刷りで、「弘法大師図」「幼童入学の図」「白楽天図」等を掲げる。〔小泉〕
◆じつごきょうおさなえとき・どうじきょうおさなえとき [1454]
〈絵入講釈〉実語教稚絵解・〈絵入講釈〉童子教稚絵解‖【作者】橋本貞秀(蘭斎・玉蘭斎・五雲亭・歌川貞秀・松亭寿山)注(「実語教稚絵解」)。笠亭仙果初世(轍斎・浅草庵四世・柳亭種彦二世)注(「童子教稚絵解」)。橋本貞秀画。【年代】嘉永五年(一八五二)刊。[江戸]山本平吉板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈安政再刻〉実語教稚絵解(童子教稚絵解)』。中本三巻三冊(「実語教」一巻・「童子教」二巻)。絵双紙の体裁で編んだ『実語教・童子教』†の注釈書。各丁とも中央(のど方向)に見開きの挿絵を大きく載せて、その両端に本文ならびに注釈文を置くのが基本的な形式。二教本文を一〜四句毎に楷書・大字・付訓で掲げ、細字の注を施す。『実語教画本』†を始めとする先行注釈書の影響が確認できるが、単なる模倣を超えてさらに平易な施注を試みたり、独自の注解を展開した箇所も少なくない。和漢の故事や譬え話によった説明が多く、漢字の少ない仮名文で童蒙本位の平易な注釈に徹する。また、「余力学問」の範囲での学問奨励が目立つのも特徴である。『実語教稚絵解』の冒頭に「至聖先師孔子」の図と孔子の高弟など八賢人の肖像画を載せる。〔小泉〕
◆じつごきょうおさなこうしゃく [1455]
実語教幼稚講釈‖【作者】滝沢馬琴作。山東京伝(岩瀬醒・京屋伝蔵・醒斎・菊亭)序。葛飾北斎(為一・戴斗初世・勝川春朗初世・画狂老人・卍)画。【年代】寛政四年(一七九二)序・刊。[江戸]蔦屋重三郎板。【分類】教訓科(黄表紙)。【概要】異称『実語教稚講釈』。中本三巻三冊。本書序文では山東京伝作のように装うが、『作者部類』には「『実語教幼稚講釈』三冊物。同画(重政画とするが誤り)。趣向、かき入れともに馬琴代作也」とあり、滝沢馬琴の代作が真相という。正直で子供好きな心学者流の布袋先生が童蒙を集めて教訓を聞かせるという趣向で、『実語教』†の本文を平易に説いた教訓絵本。『実語教』全九六句から任意の四四句を撰び、絵双紙風に和漢の風俗画を見開きで描き、中国の故事や経書中の金言などを交えた俗解や教訓を含む台詞を細字で記す。各巻表紙の絵題簽には、本文の主旨を示す「雪の中の梅枝(うめがえ)は春へ手附(てつけ)の三百両」「蝶の眠る時致(ときむね)は花を枕の大矢根(おおやのね)」などの文言を付す。〔小泉〕
◆じつごきょうがほん/じつごきょうえほん [1456]
実語教画本‖【作者】岡田玉山作・画。中沢道二校・序。筱子逸跋。【年代】享和元年(一八〇一)序・跋。享和二年刊。[大阪]河内屋宗兵衛(河内屋惣兵衛・河内屋総兵衛・得宝堂・川口宗兵衛)ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『画本実語教』『絵本実語教』。半紙本五巻五冊。『実語教』†を俗解した絵本。『実語教』本文を数句毎に分けて扉あるいは注釈文の前に大字で掲げ、細字の注釈を施す。施注内容は至って平易で、簡潔な語注に対して本文を敷衍する和漢人物故事等の説明が詳しいのが特徴。道二の序文にも本書を「其説詳にして言外の義を拡(おしひろ)め、和漢の人物を評論し、燦然として義理細明也。加之(しかのみならず)、山水・人物・堂舎・牛馬等の絵画を加へて其大略を示せり」と記す。なお、本書は後続の嘉永五年(一八五二)刊『実語教稚絵解』†(橋本貞秀注)、嘉永〜安政頃刊『絵本実語教(実語教童子教絵本講釈)』†(鷦鷯斎春水注)にも影響を与えた。また、本書と対をなす『童子教画本』†(玉山作・画)が文化三年(一八〇六)に刊行されている。〔小泉〕
◆じつごきょうげんかい・どうじきょうげんかい [1457]
実語教諺解・童子教諺解‖【作者】恵空(覚賢・曲肱亭)注。招月亭孤峯校・序。【年代】寛文九年(一六六九)序。寛文一〇年刊。[京都]中野小左衛門(藤屋小左衛門・豊興堂・中道舎)板。また別に[京都]梅村三郎兵衛(白玉堂・白玉房)板(後印)あり。【分類】教訓科。【概要】大本三巻三冊。江戸前期を代表する『実語教・童子教』†注釈書で、寛文四年刊『〈新板頭書〉実語教・童子教』†とともに後続の注釈書に最も大きな影響を与えたもの。上巻一冊『実語教諺解』、下巻本末二冊は『童子教諺解』で、いずれも本文(五言一句)を二〜六句毎に大字・七行大・無訓で書し、続いて該当個所の注釈文(小字・ほとんど付訓)を置く。注釈はほぼ最初に本文の大意を示し、次に和漢書および仏書からの引用や故事による説明を加え、さらに末尾に経書・仏典から典拠や関連の語句を引用(この部分のみ楷書。他は全て行書)して締め括る。注釈は類書中随一の詳細さで、引用が豊富で注釈内容も考証的であるため、児童向けというよりも学僧向けの参考書の趣を持つが、恵空一五歳の施注というから彼の学識の程が知られる。寛文四年板系統の注釈書が随時出版されたのに比べて、本書にしばらくの間類書が生まれなかったのは、本書の施注内容が徹底していたためであろう。その後、文化一三年(一八一六)刊『実語教童子教証註』†(振鷺亭貞居注)を始め天保九年(一八三八)刊『〈絵入註解〉実語教童子訓』†(八島五岳注)、天保一〇年(一八三九)刊『実語教註解』†に模倣・引用され、さらに『証註』が多くの注釈書の模範とされたために、後世の二教解釈に甚大な影響を与えた。〔小泉〕
◆じつごきょうごうがくろく [1458]
実語教郷学録‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。『実語教』†のみの独自の注釈書。まず『実語教』の書名の字義・由来、撰作目的について触れ、続いて、『実語教』本文を二〜六句ずつ掲げて、庶民生活に即して詳しく施注する。本文・注釈文ともに楷書・やや小字・九行・ほとんど付訓(漢字の多くに左訓)で記す。『実語教』を聖人の道を会得する入門書と位置づけた儒教中心の解釈で、経典からの引用が多いが、一部『童子教』を引いた箇所もある。末尾では、学問こそが貧富・賢愚に関わらず万民を向上させるものであり、「総シテ世間出世間ノ善事ハ学問ノ道徳ニ由テ成立ス。仍テ此ノ学問ハ身ヲ終ルマテ忘却シ失念スルコト勿レト誡メ勧ムルナリ…」と説く。施注者名・撰作年代とも記さないが、江戸中期以降の作であろう。〔小泉〕
◆じつごきょうしょう [1459]
実語教抄‖【作者】不明。【年代】慶安二年(一六四九)刊。[京都]林長衛門(林長右衛門)板。【分類】教訓科。【概要】大本一冊。『実語教』†の近世最初の注釈書(『童子教』の注釈はなし)。巻頭に書名の字義や本書撰作の由来を簡単に紹介し、次いで『実語教』本文を二〜三句毎に大字・六行大・付訓で掲げ、ほとんど平仮名の平易な注釈文を小字で付す。総じて仏教味を帯びた注釈だが、同時代の慶安三年刊『実語教抄』†、明暦二年(一六五六)刊『実語教抄』†と比べるとはるかに仏教的付会が少なく、むしろ経書による引用が目立つ平易な仮名抄である。数カ所『童子教』の語句とからませて施注する点、また、末尾で学問入門者のほかに為政者も本書を学ぶべきことを説く点は独特である。〔小泉〕
◆じつごきょうしょう・どうじきょうしょう [1460]
実語教抄・童子教抄‖【作者】不明。【年代】慶安三年(一六五〇)刊。[京都]婦屋仁兵衛(麩屋仁兵衛・林仁兵衛)板。また別に[京都]藤井吉兵衛板(後印)あり。【分類】教訓科。【概要】異称『実語教〈并抄〉・童子教〈并抄〉』。横本二巻二冊。二教では近世初期刊本にしか見られない横本で、二冊本や二巻合一冊本のほかにそれぞれ単行本でも刊行された。中世古写本の影響が濃厚な注釈書で、上巻『実語教抄』は室町初期書『実語教注』†、下巻『童子教抄』は永禄三年(一五六〇)書『童子教注抄』とほぼ同内容。まず二教本文を一、二句ずつ楷書・大字・七行大・付訓(片仮名)で記し、楷書・小字・一四行・所々付訓の漢字・片仮名交じり文で注釈を施す。一例をあげると『実語教』†の冒頭文中の「山」を須弥山とし、釈迦の一生を紹介した後で「樹」は「樹下ノ正覚、双樹ノ下炎」を示すと説くように仏教説話へのこじつけが多く、全体的に和漢の故事を引きながら仏書に基づいて解説し、部分的に経書・和書で補足するのが特徴。また、上下巻とも巻頭に書名の由来や作者について記す。なお本書は、判型を大本に、また表記を行書・平仮名交じりに改めただけの明暦二年(一六五六)刊『実語教抄・童子教抄(実語童子教抄)』にそのまま引き継がれ、さらに改題本『実語教童子教和語抄』†が安永(一七七二〜八〇)頃に再刊されたものの、二教注釈書の主流とはなり得なかった。〔小泉〕
◆じつごきょうしょう・どうじきょうしょう [1461]
〈新板〉実語教抄・〈新板〉童子教抄‖【作者】不明。【年代】明暦二年(一六五六)刊。刊行者不明。【分類】教訓科。【概要】異称『〈新板〉実語童子教抄』。大本二巻二冊、または二巻合一冊。『実語教・童子教』†の注釈書の一つ。二教本文を大字・七行程度・付訓で記し、小字・一五行程度・付訓の注釈文を付す。前半の『実語教抄』は、室町初期写本『実語教注』†にほぼ依拠し、仏教的に付会した施注をそのまま継承する。ただし、語句の相違も随所に見られ、誤記・誤伝によって意味不通となった箇所も見受けられる。また、引用などの増補も随所に見られ、特に「以有樹為貴」の部分では、釈迦の誕生から入滅までの話を大幅に増補しえある。また、仏書以外からの引用も継承するが、『礼記』など新たに加えたものもある。後半の『童子教抄』は、永禄三年(一五六〇)書『童子教注抄』や慶安三年(一六五〇)刊『童子教抄』†とほぼ同文で仏教色が濃いが、「五常」「中道」「孔子」「顔回」「子路」などの語彙も含まれる。また、引用される説話類も『実語教抄』の如き仏教説話が影をひそめ、漢籍から広く採用する。なお、二教とも冒頭にそれぞれ撰作者についての言及がある。また、本書前半部を単行本で刊行した『〈新板〉実語教抄』(あるいはこの単行本が先に出版されたか)や、安永(一七七二〜八一)頃刊の改題本『〈新板〉実語教童子教和語抄』†などもある。〔丹〕
◆じつごきょうしょうかい [1462]
実語教小解‖【作者】文徳堂注・序。【年代】寛政六年(一七九四)序。寛政八年刊。[京都]勝村治右衛門(文徳堂・攀桂堂)板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。『実語教』†のみの童蒙用注釈書。注釈文中に「『諺解』に…」と示すように、仏教関連語などについては寛文一〇年(一六七〇)刊『実語教諺解』†を参酌するが、そのほかは基本的に独自の施注。『実語教』本文を一〜四句毎に大字・行書・付訓で掲げ、続いて小字の比較的詳しい注釈を施す。字義よりも教訓の趣旨を敷衍することに重点を置き、近世後期の世俗一般に通じる処世訓として説くのが特徴(この点、寛政一二年刊『児訓実語教』†にも通じるものがある)。庶民における学問の必要性を「本然の智」「人の道」の点から強調し、たとえ手習い嫌いな子であっても、親たる者は「せめつ、すかしつして」何とか学問させよと説いたり、仏書に近い『実語教』が儒道を学ぶ者にも有益なことを諭す。〔小泉〕
◆じつごきょうずえ [1463]
〈新板〉実語教図会‖【作者】不明。【年代】弘化四年(一八四七)刊。[大阪]堺屋定七ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『実語教絵鈔』。小本一冊。『実語教・童子教』†本文の任意の箇所を頭書に絵解きした往来。文化九年(一八一二)刊『実語教絵抄』†(岡田玉山編)の影響が見られる。「実語教」「童子教」のそれぞれの冒頭箇所に二教の由来と意義を簡単に記す。本文を大字・四行・付訓で記す。巻頭に色刷り口絵「天満宮図」「寺子屋教授図」「皇帝へ進講の図」の三葉を掲げる。巻末広告によれば、同様の体裁で『〈傍訓〉商売往来絵抄』『〈傍訓〉今川絵抄』も刊行された。〔小泉〕
◆じつごきょうぞうほげんかい・どうじきょうぞうほげんかい [1464]
実語教増補諺解・童子教増補諺解‖【作者】養盛注・跋。【年代】明和元年(一七六四)跋。明和四年校・書。【分類】教訓科。【概要】大本六巻五冊。寛文一〇年(一六七〇)刊『実語教諺解・童子教諺解』†に大幅な増補を加えた注釈書。二教本文を二〜四句毎に大字・六行大・無訓で掲げ、割注風の詳細な注釈を施す。『諺解』の注釈文をほぼ全文引用したうえ、独自の注を加える。中には『諺解』引用部の数倍に及ぶ膨大な増補も見られる。『諺解』と同傾向の施注だが、経書・仏書等からの引用、また、金言・古歌や和漢の故事を多く交え、二教注釈書中最も徹底したものとなっている。〔小泉〕
◆じつごきょうちゅう [1465]
実語教注‖【作者】快慶書か。【年代】室町前期書。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊(綴葉装)。『実語教』†注釈書の最古本。ただし本書は「故末代学者、先可見此書」までの注釈で、末尾の「惟学文始也、終身勿忘失」の二句の注釈部分を欠く。『実語教』本文一〜三句毎に小字・一六行・無訓で掲げ、続いて漢字・片仮名混じりの注釈文をやや小さめに記す。冒頭に書名の字義について「実ハ仏ノ立居ノ姿也。語ハ諸天聖衆ノ覚語ノ義也。教ハ釈尊一代八万聖教也」と述べるように、全編が仏説による注釈で、仏教説話を多く引いて説くのが特徴。冒頭に掲げた実語教作者考では、既に当時、弘法・護命・孔子の三説が併立していたことを物語る。また、本書は慶安三年(一六五〇)刊『実語教抄』†など江戸前期の注釈書にも影響を及ぼした。〔小泉〕
◆じつごきょうちゅうかい [1466]
〈頭書〉実語教註解‖【作者】不明。【年代】天保一〇年(一八三九)刊。[京都]勝村治右衛門ほか板。【分類】教訓科。【概要】大本一冊。江戸後期の『実語教・童子教』†注釈書の一つ。外題は『実語教註解』だが、後半に『童子教註解』を収録する。二教本文(五言一句)を二〜六句毎に「大字・行書・八行大・無訓」と「小字・楷書・一六行大・付訓」の二様で掲げた後で比較的詳しい注釈文を配置する。施注内容は寛文一〇年(一六七〇)刊『実語教諺解・童子教諺解』†(恵空注)や文化一三年(一八一六)刊『実語教童子教証註』†(振鷺亭貞居注)を参照・引用しながらも(この点、『註解』は『諺解』と『証註』から合成した書名と思われる)、独自の箇所も少なくなく、全体的に引用を少なくして簡略にし、特に仏典からの引用をほとんど排除して儒教中心に解釈したり、生業や実生活を意識した合理的・具体的な注釈を施すのが特徴。巻頭に「諌鼓鳥」「菅原道真」「小野道風」「空海」の故事にちなんだ挿絵を掲げ、頭書に「廿四孝諺解」「諸礼之図式」「短冊色紙寸法定」「書状上書之高下」「手形請状の案文」「日本国尽」等の記事を収録する。〔小泉〕
◆★じつごきょうどうじきょうえしょう [1467]
実語教童子教絵抄‖【作者】不明。【年代】貞享五年(一六八八)刊。[京都]万屋彦三郎板。また別に[江戸]万屋彦太郎板(元禄三年板)等あり。【分類】教訓科。【概要】異称『〈絵入〉実語教・童子教』。半紙本一冊。『実語教・童子教』†の絵抄本として古く、特にイロハ引き絵抄本の最古本と思われるもの。現存最古の貞享五年板巻末には「絵は、幼童の持あそび、むべ成かな。『童子教』、猶いとけなきを道引の舟橋、首書(かしらがき)は絵のことはりなり。しかし「知ざるを知ずとせよ。是しれる也」とこそ。予が浅智にて笑の種をまき、そしりのみとならんもいかゞなれど、よしやそれまでと筆を染侍るとしかり」の跋文を付す。内容や体裁が類似する『〈頭書絵抄〉実語教・童子教』†(作本屋八兵衛板)の模倣とも考えられる。二教本文の各行に丸付きイロハ(平仮名)を付け(付けない異板もある)、頭書にイロハ順に略注や挿絵を置く。巻頭に「実語教」作者考、「実語教」末尾に「童子教」作者考を掲げる。本書は半紙判だが、本書以後、イロハ引き絵抄本は江戸を中心に幕末までいくつかの板種が登場し、江戸中期以降はほとんど大本となった。本文をやや小字・七行・無訓で記す。〔小泉〕
◆じつごきょうどうじきょうえしょう [1468]
〈誤字改正〉実語教童子教絵抄‖【作者】槐亭賀全作。【年代】文久(一八六〜六四)頃刊。[江戸]吉田屋文三郎板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈文久新板〉実語教童子教絵抄』『〈新刻訓点〉実語教画抄』。中本一冊。『実語教・童子教』†の絵入り注釈書。幕末に吉田屋から刊行された一連の絵抄本の一つ。五言一句毎に関連の挿絵を本文中に挟み、各句右側に総振り仮名、左側に大意を敷衍した短文を添えたもの(本文は大字・四行・付訓)。例えば、冒頭部の「山高故不貴」の左右に「やまたかきがゆゑにたつとからず」「はげやまにてはようにたゝず」と小字で添え、次の一句との間に小さく高山の挿絵を置く。しかもこの挿絵は右から左に雁行して下がるように配置され、視覚的な効果を醸し出しているのは、本文が五字一句の『実語教・童子教』ならではであろう。末尾に「十干十二支」を付す。〔小泉〕
◆じつごきょうどうじきょうぐちゅうしょう [1469]
実語教童子教具註抄‖【作者】山崎美成(北峰・久作・好問堂)注。【年代】天保一三年(一八四二)作。天保一四年刊。[江戸]藤屋宗兵衛ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『実語教具註抄』『実語教(童子教)余師』。半紙本一冊。『実語教・童子教』†の注釈書。文化一三年(一八一六)刊『実語教童子教証註』†(振鷺亭貞居注)からの影響を色濃く受け、さらに天明五年(一七八五)刊『実語教童子訓』†、文化九年刊『実語教絵抄』†(岡田玉山編)を参照して施注したもの。仏典の引用を極力控えるなど排仏的で簡潔な施注が特徴。編集形式は『証註』と同様で、二教本文を二〜四句毎に大字・七行・無訓で掲げ、続いて割注を置き、頭書に書き下し文を載せる。本書を模倣した注釈書として、弘化四年(一八四七)刊『実語教童子教増注鈔』†(近沢幸山注とする)や嘉永三年(一八五〇)刊『実語教童子教精注鈔』†(蔀関牛注とする)があり、さらに頭書に若干の挿絵を加えた慶応元年(一八六五)刊『実語教童子教具註鈔』†(蔀関牛注とする)も本書の亜流である。〔小泉〕
◆じつごきょうどうじきょうぐちゅうしょう [1470]
〈首書読法〉実語教童子教具註鈔‖【作者】蔀関牛注。歌川国員(一珠斎)画。狭川半水序。【年代】慶応元年(一八六五)刊。[大阪]河内屋亀七ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈首書読法〉実語教具注鈔』『実語教具注抄』『童子教具註抄』。大本一冊。天保一四年(一八四三)刊『実語教童子教具註抄』†(山崎美成注)の海賊版ともいうべき嘉永三年(一八五〇)刊『実語教童子教精注鈔』†の頭書に若干の挿絵を加えただけの改編版(ただし異板)。『精注鈔』の嘉永三年序文に代えて狭川半水の序文を掲げ、口絵に寺子屋の席書風景を描く。また、頭書挿絵に異国の貿易商人を描くのは時代を反映していて興味深い。本文を大字・八行・付訓で記し、数句毎に『具註抄』『精注鈔』と全く同じ割注を付す。なお、刊記に刊年を明記しないが、書袋に「慶応乙丑夏新刻」と記す。〔小泉〕
◆じつごきょうどうじきょうしょうちゅう [1471]
実語教童子教証註‖【作者】振鷺亭貞居(猪狩貞居・与兵衛・魚米庵・浜町亭)注・序。浜専輔跋。【年代】文化一三年(一八一六)刊。[江戸]上総屋利兵衛(南総館・桂林堂)ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈証註〉実語教童子教』。大本一冊。寛文一〇年(一六七〇)刊『実語教諺解・童子教諺解』†を基本にしつつ、振鷺亭独自の注を加味した注釈書。仏教的説話を減じて経書による説明を増補するなど仏教色を弱め、漢文の引用部を読み下し文にするなど、児童の理解を配慮した編集になっている。二教本文(五言一句)を二〜六句ずつ大字・八行・無訓で掲げて詳しい割注を施し、頭書に本文読方(書き下し文)を小字・付訓で掲げる。本書の編集形式や施注内容は、天保一三年(一八四二)刊『実語教童子教具註抄』†(山崎美成注)や天保一四年刊『実語教童子教余師』†(渓斎英泉注)に引き継がれたほか、天保一〇年刊『実語教註解』†にも影響を与えたように、本書は『諺解』系統では江戸後期に最も普及した注釈書である。なお、振鷺亭は戯作物執筆のかたわら手習い師匠を勤めており、実際の二教の講義内容をまとめて本書を編んだ経緯を跋文に記す。〔小泉〕
◆じつごきょうどうじきょうせいちゅうしょう [1472]
〈首書訓読〉実語教童子教精注鈔‖【作者】蔀関牛注。溝口朴序。【年代】天保一四年(一八四三)刊記。嘉永三年(一八五〇)序・刊。[江戸]播磨屋理助(利助・文麗堂)ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『実語教精注鈔』『童子教精注鈔』。大本一冊。山崎美成注・天保一四年刊『実語教童子教具註抄』†の改題本。半紙本の『具註抄』を大本仕立てに改め、溝口朴の嘉永三年序文を付したほかは全くの同内容。本書には天保一四年初刊であるかのような刊記を有するものがあるが、それは他書の刊記の流用であって、本書の初刊は嘉永三年と見なすべきであろう。いずれにしろ、見返の「浪華、蔀関牛著」という記載は信用できず、関牛は『具註抄』の微細な改編に関与したに過ぎない。本文を大字・八行・無訓で掲げ、数句毎に割注を施し、さらに頭書に本文の書き下し文を置く。本書の施注内容は弘化四年(一八四七)刊『実語童子教増注鈔(実語童子教注解鈔)』†に模倣されたほか、本書の頭書に若干の挿絵を加えただけの『実語教童子教具註鈔』†が慶応元年(一八六五)に刊行された。〔小泉〕
◇じつごきょうどうじきょうちゅう [1473]
実語教童子教註‖【作者】松本亀岳(教覚・敬覚・梅之房・大幻窟)注。【年代】万延二年(一八六一)序・書。【分類】教訓科。【概要】大本一冊。『実語教・童子教』†のうち、「学」「慈悲」「四大」「師」「泥中の蓮」「友」「畜生」「三学」「七覚」「四倒(四等)」「八苦」「八正道」「十悪」など仏教上の要語について、『法華経』『釈氏要覧』『白虎通』『中論』『名義集』『維摩結経』『法界次第』『周礼』『礼記注』『徒然草』など仏書・経典等によりながら注解したもの。これらの語句を見出し語として掲げ、さらに諸書からの引用を交えて解説しており、『実語教・童子教』本文の大意やそこから導かれる生活心得には全く言及しない。また、「八苦」「三輪九山」「須弥山」などの図解も施され、別筆と思われる付箋も多く貼られている。従って本書は、著者自身が随時書き足したうえに、後人の補訂を経たものであろう。著者の愛児が寺子屋で『実語教・童子教』を誤って習ってきたことを憂えて本書を著した旨を序文に記す。また凡例には、山崎美成の『三養雑記』巻一から『実語教・童子教』の成立に関する記事を丸々引用する。〔小泉〕
◆じつごきょうどうじきょうちゅうしゃく [1474]
〈頭書〉実語教童子教註釈‖【作者】杉江重義編・序。三井正恕校。【年代】明治一五年(一八八二)序。明治一六年刊。[富山]守川吉兵衛(聚星堂)板。【分類】教訓科。【概要】中本一冊。天保一五年(一八四四)刊『実語教童子教余師』†と同内容の注釈書。『実語教・童子教』†の本文を大字・六行・付訓で掲げ、数句毎に割注を施すが、施注内容に独自性は全くない。頭書には、本文読方(書き下し文)を載せずに、「孝行いろは歌」「おしえ草孝行和讃」「教訓歌」「諸礼の心得」「手習学問の事」「書法秘事袋」の記事を収録する。なお、巻頭に司馬温厚撃瓶の図を掲げるため、本書の直接の典拠は天保一五年板ではなく、それに挿絵を増補した嘉永四年(一八五一)頃刊『〈画本〉実語童子教余師』†(または『〈絵本余師〉実語童子教』)を参照したものであり、本書は江戸板を模倣した一種の海賊版である。〔小泉〕
◆じつごきょうどうじきょうよし [1475]
実語教童子教余師‖【作者】渓斎英泉(斎善次郎)注・画。【年代】天保一四年(一八四三)刊。[江戸]若林五郎兵衛板。また別に[江戸]山城屋新兵衛(南寿堂・衆富閣)ほか板あり(天保一五年板)。【分類】教訓科。【概要】異称『〈頭書絵註解〉実語教童子教余師』。首題は前半が『実語教余師』、後半が『童子教余師』。半紙本または中本一冊。施注・挿絵とも同一人による二教注釈書。ただし、施注内容は独自のものではなく、文化一三年(一八一六)刊『実語教童子教証註』†(振鷺亭貞居注)を基本としながら、天保九年刊『実語教童子訓』†(八島五岳注)を加味した内容である。本文や頭書の体裁も基本的に『証註』と同じで、頭書に多くの挿絵を加えた点のみが異なる。また、本書嘉永五年(一八五二)板の明治初年後印本(和泉屋金右衛門板)には、外題等を『実語教童子教証註』と改題し「蘭山高井先生著」と記した一本があるが、これは板元による販売戦略上の改竄であろう。〔小泉〕
◆じつごきょうどうじきょうよし [1476]
実語教童子教余師‖【作者】山田常助(常介・常典)注。金屯道人序(安政五年(一八五八)板)。【年代】天保一五年(一八四四)作・刊。[江戸]本屋又助板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈平仮名講釈附〉実語教・童子教』。中本一冊。寛文四年(一六六四)刊『〈新板頭書〉実語教・童子教』†や天明五年(一七八五)刊『〈註釈絵入〉実語教童子訓』†を参照して編んだと思われる注釈書。二教本文を一句ないし五句ずつ掲げ(大字・七行・無訓)、比較的簡単な割注を施したうえ、頭書に同本文の読方(書き下し文)を付す。口絵に弘法大師の図と二教の由来を載せる。また、安政五年板では、口絵に代えて金屯道人の序文を追加し、巻末の「山田常助註」を抹消した。なお、本書に挿絵を増補した注釈書として『〈画本〉実語童子教余師』†『〈絵本余師〉実語童子教』など数種が登場した。〔小泉〕
◆じつごきょうどうじきょうわごしょう [1477]
〈新板〉実語教童子教和語抄‖【作者】不明。【年代】明暦二年(一六五六)刊記。安永(一七七二〜八一)頃刊。刊行者不明。【分類】教訓科。【概要】大本一冊。明暦二年(一六五六)刊『〈新板〉実語教抄・〈新板〉童子教抄』†の改題本。安永二年(一七七三)刊『万宝福寿往来』広告中に『実語教和字抄』とあるため、この頃の刊行であろう。〔小泉〕
◆じつごきょうどうじくん [1478]
〈絵入註解〉実語教童子訓‖【作者】八島五岳注・画・序。【年代】天保九年(一八三八)刊。[京都]大文字屋得五郎ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『註解実語教』『註解童子教』。半紙本一冊。江戸前期から中期にかけて流布した『実語教・童子教』†の注釈書は多くが寛文一〇年(一六七〇)刊『実語教諺解・童子教諺解』†または天明五年(一七八五)刊『実語教童子訓』†の系統に属するものだが、本書は『諺解』と『童子訓』の双方を折衷して編んだ二教の絵入り注釈書で、江戸後期〜明治初年に何度も出版され普及した。儒仏に偏らない施注が特徴で、注釈文は概ね簡潔だが、適宜重点的に解説する。二教本文を一〜六句毎に大字・六行・付訓で掲げ、小字・三行の割注を施す。また、自画の挿絵七丁(一丁四コマ)を本文中に挟む。挿絵を随所に掲げたり、漢文の引用を書き下し文にするなど童子の学習を意識した編集になっている。巻頭に「弘法大師帰朝して参内し給ふの図」を掲げる。なお、本書の影響が明らかなものに天保一四年刊『実語教童子教余師』†がある。また、本書は明治初年にも藤井佐兵衛によって再刊されたが、これらには『〈新板大字〉実語教・童子教』『〈太字〉実語教・童子教』など他書の題簽を流用したものが見られる。〔小泉〕
◆じつごきょうどうじくん [1479]
〈註釈絵入〉実語教童子訓〈小野篁哥字尽〉‖【作者】木村某(*書肆)序。【年代】天明五年(一七八五)刊。[江戸]山崎金兵衛ほか板。また別に[京都]須原屋平左衛門ほか板(後印)あり。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。寛文四年(一六六四)刊『〈新板頭書〉実語教・童子教』†に挿絵や付録内容を増補して、童蒙により親しみやすく改編した往来。注釈文はほとんど同じだが体裁が若干異なり、二教本文を一行二句ずつ大字・七行・付訓で掲げ、一行ないし二行毎に小字の注釈文を付記し、さらに本文中に挿絵数葉を挟む。また、巻首に「北野天満宮図」「小野篁歌字尽」「九九の次第」「八算見一割掛之術」「月異名」等を載せる。本書は、文化九年(一八一二)刊『実語教絵抄』†(岡田玉山注)、天保九年(一八三八)刊『〈絵入註解〉実語教童子訓』†(八島五岳注)、天保一四年刊『実語教童子教具註抄』†(山崎美成注)、天保一五年刊『実語教童子教余師』†(山田常助注)など後続の類書に多大な影響を与えた。〔小泉〕
◆じつごきょうひとりげいこ [1480]
〈真草両点〉実語教独稽古‖【作者】川部天受(玉園・成和子)作・画。【年代】万延元年(一八六〇)刊。[大阪]河内屋和助(万薀堂・石田和助)板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。『実語教・童子教』†本文を大字・行書と小字・楷書の二体・各四行で綴って音訓を施したもの。どちらかと言えば付録記事に特色があり、前付に「朋友有信之話」「近世文武五常五歌仙」「書籍由来」、頭書に「万物名数録」「八算割声」「家を建る呪咀(まじない)」などを掲げる。〔小泉〕
◆じつごどうじきょうぞうちゅうしょう [1481]
〈画入〉実語童子教増注鈔‖【作者】近沢幸山注・序。野口立泉書。【年代】弘化四年(一八四七)刊。[江戸]静秀園板。また別に[江戸]若林喜兵衛板(後印)あり。【分類】教訓科。【概要】異称『〈絵入訓読〉実語童子教増注(増注鈔)』『実語教増注』『実語童子教注解鈔』『実語教増注絵抄(絵鈔)』『童子教増注絵鈔(絵抄)』『実語教注解絵抄(絵鈔)』『童子教注解絵抄』。中本一冊。天保一四年(一八四三)刊『実語教童子教具註抄』†の施注を模倣して編んだ注釈書。埋め木による改題が数度にわたって行われたため異称・異板が少なくない。本文は大字・六行を基本とし、本文を数句ずつ大字で掲げて割注を施し、さらに頭書に書き下し文を置く、江戸後期の二教注釈書の一般的なもの。注釈内容は『具註抄』と全く同じで体裁も同様だが、頭書(書き下し文)の余白に挿絵を入れた点で異なる。また、巻頭に「実・語・童・子・教」の五字の字解を挿絵とともに掲げた異本もある(外題『実語童子教増注鈔』)。〔小泉〕
◆じつごどうじきょうよし [1482]
〈画本〉実語童子教余師‖【作者】山田常助注。月岡芳年画。【年代】弘化(一八四四〜四八)頃刊か。[江戸]大黒屋平吉ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈画本〉実語教童子教余師』『〈絵本〉実語教童子教余師』『〈絵本余師〉実語童子教』。中本一冊、または半紙本一冊。山田常助注、天保一五年(一八四四)刊『実語教童子教余師』†に挿絵を加えたもの。類本が多いが、口絵に「吉岡芳年画図」の記載があるものは、樵、石公、正成、孔明、管子、匹夫の勇、佐野常世、文王、酉夢、猛虎等にまつわる一一図を載せる。また本書には画工不明の同題もしくは『〈絵本余師〉実語童子教』の外題を付す別本があり、こちらには一部を除いて全く構図の異なる挿絵一一葉(樵から婚礼風景図まで)を載せる。〔小泉〕
◆★じったいいろは [1483]
十体伊呂波‖【作者】不明。【年代】嘉永七年(一八五四)以前刊。[仙台]伊勢屋半右衛門板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈新板首書〉七ッいろは』。大本一冊。仮名イロハと同音の漢字六体の計七体を各行に配置した『七ッいろは』†の改編版で、片仮名・梵字・篆書の三体を加える。本文は大字・六行で、漢字六体は全て異なる漢字で、楷・行・草のいずれかで記す。「い」〜「す」の四七行に続けて最終行に「一」〜「十」の漢数字(それぞれ三体ずつ)を載せる。表紙見返に「唐土のいろは」「我朝のいろは歌」を掲げる。なお、板元の記載がないが、体裁から仙台板であることは疑いない。小泉本に「嘉永七寅年十月…」と記載するので、それ以前の刊行であろう。〔小泉〕
◇じったいいろは [1484]
〈日耳曼字〉十体いろは‖【作者】大櫪逸人作。【年代】明治四年(一八七一)刊。[東京]中外堂板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈独逸字〉十体以呂波』。中本一冊。ドイツ字三体、ローマ字三体、片仮名、平仮名、および漢字二体の計一〇体で表記したイロハ。巻頭・巻末にドイツ字・ローマ字のアルファベット、ドイツ字拗韻、子母五十韻字、基数などを載せる。〔小泉〕
◆じったいいろは [1485]
〈横文字附〉十体いろは‖【作者】岡田松之助作。【年代】明治一五年(一八八二)刊。[東京]小林吉五郎(参羊堂)板。【分類】語彙科。【概要】中本一冊。各行とも必ずしも一〇体ではないが、概ね一〇体程度の漢字をイロハ毎に掲げた往来。イロハ別に界線で仕切り、上段に見出し語の平仮名を大字で記し、周囲に同音の漢字三体(楷・行・篆書)を小字で掲げ、さらに下段に同音の漢字七種をそれぞれ行・楷書の二体で記して音訓を付す。角書の「横文字」は、巻末に掲げた三体イロハ(片仮名・平仮名・ローマ字小字)を指す。〔小泉〕
◆じったいいろは [1486]
〈両点真字〉十体いろは‖【作者】歌川芳盛(左久良坊光斎)書。【年代】江戸後期刊。[江戸]吉田屋文三郎板。【分類】語彙科。【概要】異称『十字いろは』。中本一冊。頭書欄にイロハ各字の平仮名・片仮名とその字形のもとになった漢字五体(楷書・行書・篆書など)を掲げ、本文欄を界線で左右に二分割して、同音の漢字一〇字(行書五字・楷書四字・角字一字)を大字・四行・付訓で記したイロハ。〔小泉〕
◆じったいいろは [1487]
〈和西〉十体以呂波‖【作者】不明。【年代】明治四年(一八七一)刊。[東京]吉田屋文三郎板。【分類】語彙科。【概要】左開きの折本一帖。「イロハ」「数学」「十二支」「四方」「四季」について平仮名・漢字・ローマ字の各書体で記した往来。「イロハ」は濁音・半濁音を並べて掲げ、平仮名・片仮名各一体、ローマ字三体(ローマン体大字・ゴシック体大字・イタリック体小字)、漢字数種五体(楷書二体・隷書・行書・篆書各一体)、合計一〇書体で表記する。「数字」は漢数字・アラビア数字・ローマ数字および英語の四体で示し、そのほかは漢字と英語で示す。〔小泉〕
◆じったいせんじもん [1488]
十体千字文‖【作者】孫不顕作。王基校。【年代】寛永二〇年(一六四三)刊。[京都]沢田庄左衛門板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈十体〉千字文』。大本一冊。周興嗣作『千字文』本文の各漢字毎に種々の書体を示したもの。「十体」と銘打つが五体程度しか掲げていないものもある。概ね楷書・小篆・大篆・署書・摸印・隷書・行書などの各書体で綴る。寛永二〇年板は本文を大字・六行で記し、冒頭の一字ないし二字に音訓を片仮名で付し、また、特定の漢字に割注を施す。類書が近世初頭から明治期まで多く出版された。〔小泉〕
◆じったいせんじもん [1489]
〈絵鈔両点〉十体千字文‖【作者】中村栄成注・画。【年代】元禄一〇年(一六九七)刊。[京都]大菱屋嘉右衛門板(享保六年(一七二一)板)。【分類】語彙科。【概要】異称『千字文絵抄』。半紙本二巻合一冊。周興嗣の『千字文』を楷書・小篆・大篆・署書・摸印・隷書・行書など様々な書体で綴り、頭書絵抄を加えたもの。冒頭の「天」は文字通り「十体」、すなわち一〇種の書体で記すが、他は四、五体程度の漢字もある。基本スタイルはまず『千字文』本文の漢字を二字ないし四字ずつ楷書・大字・八行・付訓(両点)で掲げて、単漢字または熟語毎に割注を施し、次の行に単漢字の楷書を白抜きにして見出し語とし、以下に各種書体を列記し、さらに頭書に任意の語句についての絵抄(図解や略注)を置く。ただし、本文割注と各書体および頭書絵抄との対応が必ずしも丁毎に完結しておらず、巻末に近づくにつれ、相互の対応に大きな乱れが生じた。〔小泉〕
◆じどうおきてがき・てらこきょうくんしょ [1490]
児童掟書・寺子教訓書‖【作者】喜多之助書。【年代】安永九年(一七八〇)書。【分類】教訓科。【概要】大本一冊。美作国(現岡山県)英田郡佐瀬村の喜多之助が五七歳時に書写した手本。「夫、手習児童嗜之道者、先机聢直置、硯之水八分入、墨順逆摺流…」に始まり、手習い時の要点を具体的に述べる。「一日一字」の心構えで一〇年手習いを続ける者は、一年でにわかに学ぶ者よりも優ると説いて結ぶ。広く流布した『寺子教訓書』†と同様の教訓だが、かなりの短文(二三〇字程度)で、刊本は見当たらない。また、冒頭部は安永五年刊『世話字往来教車』†や一荷庵無一書、江戸後期刊『寺子躾方』†等と類似する。本文を大字・三行・無訓で記す。〔母利〕
◆じどうおしえぐさ [1491]
児童教草‖【作者】小川持正作。深沢菱潭書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]大阪屋藤助ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『児童おしへ草』。半紙本一冊。理想的皇国民像を描いて童子の心得とした手本。「たまちばふ、神の御代より神ならへ、青人草にならふなと、云ひ伝へたる教へあり…」と七五調・美文体で綴り、神徳の広大なこと、天皇の尊いこと、幼時より「かむならふ人の道」を学ぶべきこと、また、四恩、人倫一般を述べ、さらに、日進月歩の開化の時代を迎えた日本の政体・政道の正統性を強調したうえで、各人が万国の学術・技芸を学び、学問に精励し、一国に有益な人材たらんことを諭す。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆じどうくん [1492]
児童訓‖【作者】菅原忠俊(公英・鶴林翁・五松翁)作。菅原忠英(志頭磨)編・跋。【年代】文化八年(一八一一)作・刊。[江戸か]菅原忠英蔵板。【分類】教訓科。【概要】異称『五松翁児童訓』。半紙本一冊。家塾の師匠である作者が、塾に学ぶ児童のために編んだ一〇カ条の教訓。父母への孝養、先祖の恩、兄弟愛、良友、手習いへの出精、良師への師事、神道・儒道・仏道の信仰などを説き、最後に「万法は一心」であり、心のあり方が第一であることを述べる。本文をやや小字・七行・付訓で記す(陰刻)。〔小泉〕
◆じとうこじょうぞろえこうしゃく [1493]
〈文化新刻〉児読古状揃講釈‖【作者】高井蘭山注・序。【年代】文化三年(一八〇六)序・刊。[江戸]花屋久治郎ほか板。また別に[江戸]上総屋利兵衛ほか板(後印)あり。【分類】歴史科。【概要】異称『正文古状揃』『改正古状揃抄』。大本一冊。江戸前期から数多くの板種が見られた『古状揃』†にしては注釈書の出版はかなり遅く、頭書に略注や図解を置いただけの従来型の絵抄本とは異なり、本書は初の本格的な注釈書である。「今川状」「手習状」「腰越状」「義経含状」「弁慶状」「熊谷状」「経盛返状」「曽我状」「同返状」の九状をそれぞれ数段に分けて大字・七行大・付訓で記し、比較的詳しい割注を施す。作者の事跡や書名の意義にも触れ、字義と大意を平易に説く。この施注は後に天保四年(一八三三)刊『児読古状揃証註』†に受け継がれ、さらに同類の注釈書に大きな影響を与えた。本書巻頭に「浅草寺御境内略図(および縁起)」「浅草寺年月之式会」を載せる。また、蘭山は序文で「熊谷状」「経盛返状」の二状は本来「義経含状」の前に収録すべきことを主張する。〔小泉〕
◆じとうこじょうぞろえしょうちゅう [1494]
児読古状揃証註‖【作者】高井蘭山注・序。【年代】天保二年(一八三一)刊記。天保四年序・刊。[江戸]上総屋利兵衛(南総館・桂林堂)ほか板。また別に[江戸]和泉屋金右衛門板(後印)。【分類】歴史科。【概要】異称『〈児読〉古状揃証註』『古状揃証注』。大本一冊。文化三年(一八〇六)刊『児読古状揃講釈』†とほぼ同内容の『古状揃』†注釈書。序文によれば、『講釈』は星運堂(花屋久次郎)によって上梓され、後に春寿堂がこれを求板したが、摩滅がひどいため、当時流行の「経典余師」の形式にならって改訂したものが本書である。本文欄に「今川状」「手習状」「腰越状」「義経含状」「弁慶状」「熊谷状」「経盛返状」「曽我状」「同返状」の九状をそれぞれ数段に分けて大字・八行・無訓で掲げ、段毎に割注を施し、さらに新たに設けた頭書(『講釈』には頭書なし)に総振り仮名の書き下し文(読方)を配置したものである。施注内容は、『講釈』を若干補正した程度のものだが、類書中最も普及し、後続の『古状揃』注釈書に決定的な影響を与えた。〔小泉〕
★じどうにちようき [1494-2]
児童日用記‖【作者】南谷斎作。【年代】寛政八年(一七九六)書。【分類】教訓科。【概要】大本一冊。『児童制禁式目(童子式目)』と題した写本中に所収。この『式目』はいわゆる『手習新式目(笹山梅庵寺子制誨之式目)』とほぼ同内容で、その後に「児童日用記」を合綴する。「一、書家の児童、常々心に掛て嗜は、朝早く起、手水・嗽して、日の出、神祇を拝し、父母敬ひ、孝の道聊も無懈怠、兄に向ひ礼儀を正し、弟を恵み、朋友の交り睦鋪、虚言をいわす…」で始まる短い教訓文で、起床後の心得、父母・兄弟・朋友・師匠への態度、寺子屋での学習態度などを説く。「四ッ時に致休息、夫より正九ッ時迄出精し、中食に下り、時を不過勧み習て八ッ半時、清書を認め…」のように、一定の学習時間や帰宅後の復習等に言及するのが興味深い。本文をやや小字・八行・無訓で記す。〔小泉〕
◆じどうほうかん [1495]
示童宝鑑‖【作者】仁井宗仲作か。【年代】享保一五年(一七三〇)刊。[大阪]毛馬屋八郎右衛門板。また別に[京都]岡権兵衛板(後印)、[京都]勝村治右衛門板(後印)等あり。【分類】教訓科。【概要】異称『示童方鑑』『示童宝鑑〈近道子宝〉』『示童教訓往来』。大本一冊。正徳三年(一七一三)刊『近道子宝』†の改編版の早い例。「夫、人と生れて幼き時より早く可習知事、先、天は上にして陽也。火の徳健(すこやか)にして父の道有て能万物を生じ覆ひ…」と書き始め、語句の出入りはあるが『近道子宝』と同様の語彙と心得を大字・五行・付訓で列記する。特に、天地の特質・五行・四季の性質・閏月・改元・還暦・日月・潮の満干・地形・草木・調味料等の製造法・住居・四民心得・五倫・五常・余力学問等の内容が増補された反面、もともと『近道子宝』にあった四方・禁制の事・富裕になる呪い・倹約の誓い等の内容が削除された。『近道子宝』の上方板が全く存在しないなかで、本書を含む改編本のみが流布した点は注目すべきであろう。頭書に「当用手形証文」「手形式法并書法」「小うたひ」、巻頭に「陰陽之図」「破軍星之図」「筆伝手習所」「天神の御伝記」「篇并冠づくし」「仁義礼智信絵注」、巻末に「国尽」等の記事を収録する。なお、延享(一七四四〜四七)板の作者「仁井宗仲」は明らかに埋木であり本来の作者でない可能性が多分にある。また、寛延(一七四八〜五〇)板では「花略、琴山子筆作」と改竄されたが、これは本書の増補版『富貴用文世界蔵』†の刊記と同じものである。〔小泉〕
◇じどうようぶんきたのみやげ [1495-2]
示童用文北野土産‖【作者】北尾仁右衛門(辰宣・雪坑斎)作・画。【年代】明和五年(一七六八)頃刊。[大阪]浅野弥兵衛(藤屋弥兵衛)板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。明和七年以前刊『〈筆道便蒙・絵入〉万家用文章』†の増補・改題本。『〈筆道便蒙・絵入〉万家用文章』の前付「日用諸礼集」に続けて、新たに「当流小謡千歳嚢」「文字の初り」「和漢能書事」「硯墨紙筆之事」「日用秘伝妙法」「大願成就日・不成就日」を増補し、また本文末尾にも合計六丁を増補して、本文欄に「夫より女房へ文の格」「女房より返事の事」「人の女房の方へ言伝の格」「女房より男へ物を頼遣格」「娘の方より父へ遣す文の格」の五通の仮名文(大字・八行・付訓)、頭書に「百官名」「東百官」「大日本国尽」「時候の事」「十二月異名」を収録した。なお、現存本による刊記の記載では『〈筆道便蒙・絵入〉万家用文章』の方が後になるが、実際の版面を比較すると、明らかに本書が後であり、増補前の本文末尾の柱「新用文章」は、増補後の明和七年板でいったん残された後、刊年を削除した後印本で完全に削除された。〔小泉〕
◆しとくしょげいおうらい/しいとくしょげいおうらい [1496]
至徳諸芸往来‖【作者】十返舎一九作。晋米斎玉粒書。歌川国安画。【年代】文政七年(一八二四)刊。[江戸]山口屋藤兵衛板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。和歌・連歌・俳諧・謡・舞・音曲(楽器)等の諸芸のあらましを書き記した往来。冒頭に風流の道には自然と世の哀情に達する徳があるので、家業の余力のある時にはぜひ諸芸を嗜むべきであるとすすめ、以下、「和歌」を始めとする諸芸の由来や故事来歴などを順々に略述する。本文後半部は、楽器についての記述で、琴・瑟・箏・和琴・琵琶など約二〇点を概説する。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に、「一芸の徳」として都築平太経家の逸話を引き、さらに「芸能嬉戯楽器音曲用具之図」を掲げる。また頭書に「詩作指南」「和歌の父母」「和歌六義の事」など詩歌・連歌・舞楽に関する記事を載せる。〔小泉〕
◇しなのおうらい [1497]
信濃往来‖【作者】児玉藤之助書か。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】後掲『信濃往来手本』†と同種の往来だが異文。「抑東山道信濃国は上菅十郡、所謂、伊那・諏訪・筑摩・安曇・更科・水内・高井・埴科・小県・佐久郡也…」と起筆し、まず信濃国一〇郡と隣接諸国、東西・南北の範囲・規模、国内地勢、さらに各郡の村数・石高(元禄年間の検地による)、主要街道と宿場町、各地の城と石高・城主、歌枕名所、物産、河川、風俗、神社仏閣等を長文で記す。信濃国内の地理について上記の項目毎に順々に説明するのが特徴である。〔小泉〕
◆しなのおうらいてほん [1498]
信濃往来手本‖【作者】萩原忠吉書。【年代】万延二年(一八六一)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。「信濃国拾郡者、筑摩・伊那・諏訪・小縣・佐久・埴科・高井・水内・更級・安曇也…」始まる文章で、信濃国諸郡・地勢・交通路や名所旧跡・神社仏閣等およびそれらの景趣・縁起・名物名産・祭礼等のあらましを記した往来。原本は大字・三行・無訓の手本で、萩原忠吉(佐久郡児玉村住人)一二歳時の筆写本である。〔小泉〕
◇しなのちょうそんしゅうじぼん [1499]
〈改正〉信濃町村習字本‖【作者】伊藤桂洲(信平・明徳)作・書。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[松本]高美甚左衛門(高見屋甚左衛門・慶林堂)板。【分類】地理科。【概要】半紙本二巻二冊。信濃地方の町村名を郡毎に列記した手本。上巻は諏訪郡の町村名から始まる八四の地名を楷書・大字・二行・無訓で記し、下巻は西筑摩郡の町村名から始まる八七の地名を行書・大字・二行・無訓で綴る。上下巻ともにそれぞれの巻末に町村名の読み方を活版の一覧で示す。〔小泉〕
◆しなののくにむらなづくし/しなのこくそんめいづくし [1500]
信濃国村名尽‖【作者】上野尚志(集義堂)作。福羽美静序。【年代】明治七年(一八七四)作。明治八年刊。[上田]集義堂板。【分類】地理科。【概要】異称『村名尽』。半紙本二巻二冊。信濃国の地理全般を綴った文章と村名一覧から成る往来。上巻冒頭に「信濃国略図」(色刷りの折込地図)を掲げ、続いて「真篶苅(みすずかる)、信濃国は北緯なる、三十六度の左右にて、東山道のその一つ、上の国とぞ聞えける、其国形(なり)の直径は、東西二十里南北は、大抵これに一倍す…」で始まる七五調の文章で、同国の地理や沿革を概説し、頭書に各種典籍からの引用や地名・名所を主とする略注を付す。さらに「その大小に結びたる村名を左にて知りぬべし」と結んで、上巻後半から下巻前半にかけて、大・小区毎に筑摩郡・安曇郡・諏訪郡・伊那郡・佐久郡・小縣郡・埴科郡・更級郡・高井郡・水内郡の各町村を列記する。そして再び、「前に掲けし闔国の、戸数を問へは二十万、人員九十余万にて…」のような美文体で国内の寺社・学校・物産、また同国民の心得を記して締め括る。独特な構成をした地誌型往来で、巻首・巻末の七五調本文を行書・大字・五行・所々付訓、また中程の村名一覧を楷書・やや小字・七行・無訓(ごく稀に付訓)で記す。〔小泉〕
◇しなものながしらしゅう [1501]
品物名頭集‖【作者】不明。【年代】慶応三年(一八六七)書。【分類】語彙科。【概要】横本一冊。布帛類・衣類・家財諸道具等の語彙を集めた手本。「綿布衣類」は「綿入・嶋袷・古浴衣・股引・脚絆・嶋袴…」以下五四語、「染色之類」は五色生□(壁カ)反物から除(のぞき)まで二三語、「絹布之類」は錦から山繭織之単物まで六一語、「世帯道具類」は膳椀から鐘鼓(しょうご)まで九二語をそれぞれ収録する。本文を大字・四行・付訓で記す。〔石島〕
◆しのうこうしょうようぶんたいせい [1502]
士農工商用文大成‖【作者】梁田鳥水(忠美・観古堂)書・序・跋。【年代】享和三年(一八〇三)序・跋・刊。[江戸]若林重左衛門ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。従来の用文章があまりに上下の格式を無視した例文が多いことを嘆いた著者が、特に士庶の区別に着目して編んだ用文章(合計八四通)。全体を二部に分かち、まず「士之部」には「捧主人江年始披露状」から「遠乗誘引(とおのりさそい)之文言・同返事」までの三七通を載せるが、披露状が多く、武家公務および武芸に関する例文が目立つ。一方、「農工商之部」は「於別庄饗応文言」から「就豊年神能興業状」までの四七通で、もっぱら町家・農家の庶民生活に密着した例文ばかりを収録する。本文を大字・五行・所々付訓で記す。頭書には「亀井戸詣」「諸国巡」「竜田詣」「都めくり」「四季の詞」「隅田川往来」「雛形模様尽し」「楠正成壁書」を掲げる。なお、『割印帳(江戸本屋出版記録)』によれば、『諸用文通』との間で「差構」事件となったが間もなく和解した。また、本書の改題本に嘉永二年(一八四九)刊『〈日用〉書状文通大成』†がある。〔小泉〕
◆しのすすき [1503]
しのすゝき‖【作者】長谷川妙躰書。【年代】元禄七年(一六九四)刊。[京都]山岡市兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】大本三巻三冊、後に三巻合一冊。長谷川妙躰の手本のうち最初に上梓されたと思われるもの。例文の大半は四季の情景豊かに時候の挨拶や種々用件を綴った文章で、上巻に新年祝儀の文など春の手紙八通、中巻に春を惜しむ手紙から五月雨までの手紙六通、下巻に秋の野の風景から初雪までの手紙六通、合計二〇通を収録する。本文は全て大字・無訓の散らし書き(中・下巻に挟む詩歌は並べ書き)。再板本では各巻巻頭に四季の和歌と挿絵が増補された。なお、『女学範』†は本書の筆者を長谷川貞とし、『享保一四年書目』は長谷川妙躰とするが、本書元禄板には「長谷川豊」の朱印を押すものが発見されており、これらから、貞も豊も同一人と判明する。また、各巻の巻頭に長谷川光信の挿絵を施した改題本『雲ゐの鶴』†が宝永六年(一七〇九)に京都・伏見屋藤治郎によって刊行されている。〔小泉〕
◇しばざきおうらい [1504]
柴崎往来‖【作者】宮崎主善作。【年代】寛政元年(一七八九)作・書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。柴崎村(東京都立川市)の地理を年中行事や一年の農耕生活を織り混ぜながら綴った往来。最初に柴崎村の由緒や地勢について述べ、以下、月毎に五節句等の年中行事や農事など一年の農家生活のあらましを紹介する。家庭・社会生活全般にわたって記述され、所々、庶民生活心得や勧学などの教訓を盛り込むのが特徴。本文を大字・七行・無訓で記す。巻末に「国尽」および散らし書きの和歌二首を付す。〔小泉〕
◇しばたじょう [1505]
柴田状‖【作者】不明。【年代】文政(一八一八〜三〇)頃書。【分類】歴史科。【概要】天正一一年(一五八三)の賤ヶ岳の戦い(柴田合戦)で活躍し、また、同一六年以降の朝鮮出兵でも活躍した加藤清正に対する感状を模した古状型往来。「其方、先稔(年)柴田合戦之刻、一番鑓仕候に付、為御褒美、御知行…」と起筆して、その戦功を讃えた短文。弘前地方で手本として使用されたものという。〔小泉〕
◆しばたまちづくし [1506]
〈越後〉新発田町尽‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】異称『新発田町尽し』『新発田往来』。重写本は大本一冊。越後国北蒲原郡新発田(新潟県新発田市)の沿革・由来と城下の町名・名所などを七五調で記した往来。「夫、当城は、長井・葛西の両氏縄張にて、扶桑の名域四十余中の一にて、菖蒲の城とて四方に薫き城取なり…」と筆を起こして菖蒲城周辺から順々に記し、末尾に「…備へ厳しき鉄砲町、裏は名に負ふ新築地、軒を列べし賑ひと、敵は杉原悪魔猿橋」と若干のもじりを含めて結ぶ。なお、重写本は、本文を大字・七行・無訓で記す。〔小泉〕
◆じびきようぶんしょう [1507]
〈開化端書〉字引用文章‖【作者】鴻田真太郎作・書。【年代】明治年間刊。[東京]大橋堂板。【分類】消息科。【概要】異称『字引用文』。中本一冊。「新年之祝文」以下四〇通の消息文例を載せた用文章。いずれも短文で、四季に伴う書状や日常の雑事に関する消息文である。後半は三段組の体裁で、「雇人請状」以下一一通の証文・公文書類の文例を掲げる。本文をやや小字・八行・ほとんど付訓で記す。頭書には、イロハ順に一般用語や消息用語を集めた「いろは字引」「開化通言早見」「書状文作始書」などを載せる。〔小泉〕
◆しぶかわおうらい [1508]
渋川往来‖【作者】安田万吉書。【年代】宝暦三年(一七五三)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。上州渋川地方の地理、特に同地の名所と四季の自然の推移を中心に記した往来。「夫、当山者、三方被山、一方晴渡万里而、遠離京師、雖附片山里、日々新而、又日繁昌之地也…」と筆を起こし、年頭以下の年中行事・寺社祭礼、四季の風景や花鳥等を記し(春の記述が多い)、最後に全国各地からの商人・職人が集まり賑わう様子を述べて結ぶ。筆者・万吉(東明屋村住人)一三歳時の筆写本という。〔小泉〕
◆しほうようぶんしょう [1509]
〈尊円流・童蒙指南〉至宝用文章‖【作者】不明。【年代】正徳二年(一七一二)以前刊か。[江戸]鱗形屋板か。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「年始に遣文章」「人を振舞度時遣状」「朝鮮人見物に呼に遣状」「田舎へ下る人に遣状」「京に登たる人に遣状」「進物送る文章」など合計一五通を収録した用文章。本文を大字・四行・所々付訓で記す。巻頭に「五性名頭字」「暦之中段ヲ知ル事」「判形相性相剋吉凶ヲ知ル事」「太刀折紙法式調様」「短冊色紙寸法書様之事」「五節之状并諸入用文章尽」等、頭書に「墨摺様之事」「筆持様之事」「書札認方式」「十二月異名・和名」「諸道具字尽」等を掲げる。明暦三年(一六五七)刊『〈江戸〉新用文章』†の影響が著しく、消息文と証文類の大半がほぼ同文である。なお、本書前付の全てと本文冒頭二丁を変更し、さらに巻末に『〈江戸〉新用文章』を模倣した証文類文例を加えたものに正徳二年頃刊『〈尊円流・童蒙指南〉万物用文章』†がある。〔小泉〕
◆しまづにっしんこういろはうた [1510]
島津日新公伊呂波歌‖【作者】島津忠良(日新公・日新斎)作。【年代】天文一五年(一五四六)頃作。【分類】教訓科。【概要】異称『日新公教訓伊呂波歌』『日新公教訓いろは歌』。戦国時代の薩摩国武将・島津忠良が五五歳の頃、藩内の子弟教育のために作ったイロハ教訓歌。近世薩摩藩においては藩士必須の教養とされ、また、同地方の寺子屋の手本としても広く行なわれた。神儒仏の三教にわたる教訓で、「いにしへの道を聞いても唱へても、我が行ひにせずばかひなし」で始まる四七首を載せる。文化三年(一八〇六)九月、種子島在住の薩摩藩老儒・久保紀之が、この以呂波歌に註解を施した。この注釈書は明治一八年(一八八五)に翻刻され、さらに昭和一五年(一九四〇)に複刻されている。〔小泉〕
◆しまばらじょう [1511]
嶋原状‖【作者】不明。【年代】江戸中期書か。【分類】歴史科。【概要】大本一冊。「島原の乱の状況についての状」「一揆を企てた事情について百姓等に問う状」、さらに「百姓等からの返事」の三段(三通)から成る往来。謙堂文庫本では、まず第一通目は「今度九州肥前国松倉長門守若年之故…」と筆を起こして、島原の乱鎮圧のために集結した九州諸藩の威容を記す。この際、キリスト教勢力や天草四郎には触れず、この乱を単なる百姓一揆と見なすのが特徴。続いて、「態一簡申達候…」で始まる第二通では、この乱が島原藩主への恨みであるかどうかを聞きただし、「尊墨畏頂戴仕候…」と書き始める第三通で松倉氏の苛歛誅求に対する民の苦しみを訴えるという内容になっている(本文は大字・五行・無訓)。一方、筑波大本は、上記三通のうち第二・三通のみを収め、寛永一四年霜月の日付で天野四郎と奉行所との間でやりとりする往復書簡の形式で綴る(大字・三行・無訓)。〔小泉〕
◆しみんおうらい [1512]
四民往来‖【作者】丸山重蔵書。【年代】嘉永三年(一八五〇)書。【分類】産業科。【概要】特大本一冊。寛政二年(一七九〇)刊『四民往来(永楽通宝)』†に類似するが別内容の往来。「士農工商者天下之通民、士は侍とも武士共いふなり…」で始まり、「…右を天下の四民と号るなり。かしく」で結ぶ短文で、四民の役割と心得を略述した往来。まず武士は剱術・兵法を第一とすべきことを始め、学問をせず五常の道を弁えず年貢徴収に厳しいばかりで戦闘時に臆病な者は武士として見苦しいことなど、一抹の批判を込めて綴る。また、農民は四季の農事に専念して年貢を納め粗食・倹約に徹すべきこと、大工は曲尺・墨打によって曲がれる木を真っ直ぐにする匠であること、商人は諸国の産物を流通させるのが本務でそのために筆算が不可欠なことを述べる。本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しみんおうらい [1513]
〈万海宝蔵〉四民往来‖【作者】中村三近子作・書。【年代】享保一四年(一七二九)序・刊。[京都]文台屋源治郎ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『四民往来万海宝蔵』『〈四民往来〉倭国通用書翰箱』。半紙本五巻五冊。職業別の消息例文と類語集(類字縁字)を集録した独特な用文章。本書からの抄録本『文通書用字便蔵』†と共通する丁には二種類の丁付が施されており、当初より両者の出版が計画されていたことを物語る。事実、享保一五年刊『一代書用筆林宝鑑』†頭書中(第四〇丁ウ)に「予、『一代書用』と『四民往来』の文書同時に筆作し…」とあるため、両者ともに享保一四年成稿とみて間違いない。まず享保一四年に『四民往来』の初板本が刊行され、まもなく『字便蔵』用に丁付等を改刻(その際に序題・目録題等を『倭国通用書翰箱』と改刻)するとともに増補を行い、享保二〇年に『四民往来』(再刊)と『字便蔵』の双方を同時に刊行したものであろう。収録書状および内容は、「士之部上」が「御書御請文章」以下一三通と「正月之部」「禁裏その他」「武具」の類字縁字、「士之部下」が「寒気伺御機嫌状」以下二六通と月・日の異名、「御庁」「郷村」「神社仏閣」「馬駅」「盗賊」その他の類字縁字、「農之部」は「農業為楽文章」以下二〇通(うち二通は「税帳」と「宗旨帳面」の書式)と種々の類字縁字、また、「工之部」は「烏帽子折之文」以下二三通と「有職」「禁裏年中行事」その他職種毎の類字縁字および「諸職名寄」、さらに「商之部」は「呉服所文章」以下一九通と「呉服」「魚鳥」「道具類」等の類字縁字をそれぞれ収録する。本文の所々に任意の語句の割注や説明文を補足する。また、各巻巻頭に三近子自画の四民の図と教訓文を載せる。〔小泉〕
◆しみんおうらいえいらくつうほう [1514]
〈頭書絵入〉四民往来永楽通宝‖【作者】不明。【年代】寛政二年(一七九〇)刊。[江戸]榎本屋吉兵衛板。また別に[江戸]鶴屋金助(双鶴堂)板(文化一三年(一八一六)板)あり。【分類】産業科。【概要】異称『〈寛政新板・文政再刻〉四民往来永楽通宝』『〈新板頭書〉四民往来』。中本または半紙本一冊。享保五年(一七二〇)刊『諸職往来』†の本文に種々の付録記事を付けた改題本。本文を大字・六行・付訓で記す。巻頭見開き口絵に士農工商図、頭書に「書札法式指南」「文字遣分」を掲げる。なお、再板本の後半部に「七ッいろは」「旁冠構尽」「名頭字尽」「難字苗字尽」など一一丁を増補した版もある。また、本書の海賊版『〈新板頭書〉四民往来』が仙台書肆・伊勢屋半右衛門によって文政六年(一八二三)に刊行された。〔小泉〕
◇しみんおんなきょうくん [1515]
四民女教訓‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】女子用。【概要】異称『女論語』。「士農工商の四民、一は士なり、武士の妻は行義正しく礼を乱さず、夫に不忠があらば諌めて忠義をはげますべし…」で始まる文章で、士農工商それぞれの妻の役割の基本を示した短文の教訓。末尾で「都(すべ)て女の行よきときは男あしくとも直るものなり」と妻の善導を強調する。江戸後期に『女論語』と総称されるようになった『女要倭小学』†とは全くの別内容。〔小泉〕
◆しみんきょうゆ [1516]
四民教諭‖【作者】伊藤参行作。神戸三藤序。井筒良済(文泉堂)書。【年代】文化三年(一八〇六)作。明治五年(一八七二)刊。[吉田]神戸藤次郎(実行社)蔵板。[大阪]秋田屋太右衛門(田中太右衛門・宋栄堂)売出。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。江戸後期に活動した富士講二代目教主・伊藤参行が文化三年に書き著わした遺稿を明治五年に刊行したもの。四民の由来やそれぞれの任務、生活心得などを主とする教訓で、四民がおのおの家職に励んで中央の「天皇」を守護すべきことや、四民に尊卑の別がないことなどを説き、続いて、士は国家の安全、農は耕作、工は家作衣類諸道具の製造、商は諸品の融通用弁の役割を果たし、その四民を統括する天皇の必要性を強調する。また、四民が互いに尊重し合い、敬愛し合い、各自が己の家職を通じて他の三民へ貢献すべきことを諭す。本書の説く教えは、要するに「四民は隔(へだて)も勝劣(まさりおとり)もなく親み交るべき道」に集約されよう。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◇しみんようじおうらい [1517]
四民用字往来‖【作者】寮授仙一賢作。【年代】寛政一二年(一八〇〇)作・書。【分類】語彙科。【概要】異称『四民要字往来』。日常生活に必要な各種語彙を分類・列記した往来。概要は「抑四民用字往来文申者、世中日々用具の文字、不愚智者大体為可果敢、可為字文書作者也。譬者、仁体・゙類・薬種・武具・馬具・衣服・家財・道具・魚虫・鳥獣・草木・野菜、其外用具之文字、孰茂四民分覚之品々…」との冒頭部に示されるように、人体・病気・薬種・武具・馬具以下の語彙を順々に書き連ねる。弘前地方で使用された往来という。〔小泉〕
◆しもうさはなのなぞろえ [1518]
下総花の名揃‖【作者】馬鹿山人作。【年代】元治元年(一八六四)書。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。花や樹木の名所を中心に、下総国内の名所や地名、また、草木を中心とした四季の風景を書き記した往来。「幾千代も栄へ賑ふ下総の、古河に勇々敷城構へ、三階櫓建ならへ、生茂りたる松と杉、扨其中に棲玉ふ若殿・姫君・君夫人…」で始まる七五調の文章で、稀に名産品にも言及しながら、同地方の山川草木の様子を紹介する。表紙に「(元治元年)五月新板」と記すが、刊本は見当たらない。本文を大字・六行・付訓で記す。〔小泉〕
◇しもえちごいっけんおうらい [1519]
下越後一見往来‖【作者】石井副種(平副種)書。【年代】享和三年(一八〇三)書。【分類】地理科。【概要】「結夏以前、兼而申合候通、近辺之霊仏・霊社参詣之事…」で始まり「…兎角近日条、心緒期其節(候)。恐惶謹言」と結ぶ全一通の書簡文(参詣誘引状)で、下越後方面の神社仏閣・名所旧跡とその縁起・故事・風趣等を記した往来。越後国北蒲原郡紫雲寺新田(新潟県北部新発田辺)から、越後順礼二九番・聖籠観音、新発田神明宮、古四王権現、岩井堂観音、管谷寺、二王子権現、荒沢山洞穴不動明王、有明観音等を経て、村上城、岩船大明神へ至る沿道の名所等を紹介する。総じて、開基・宗旨・宝物など寺社縁起風の記述が中心を占める。〔小泉〕
◆しゃくしおうらい [1520]
釈氏往来‖【作者】守覚法親王作。【年代】平安後期作。古写本は正安四年(一三〇二)書。古刊本は元禄一三年(一七〇〇)刊。[京都]山科与兵衛ほか板。【分類】古往来。【概要】『群書類従』巻一四二所収本によれば、二七双・五四通の手紙文より構成される古往来。高僧間、あるいは僧侶と朝廷の役人との間における問答状の形式で上級寺院で催される諸行事について記す。ただし、諸行事の具体的な内容や方法にまで言及しない。正安四年筆写本(国立国会図書館蔵)は巻子本で、行書体・一行約一三字で、返り点・送り仮名、所々振り仮名(片仮名)を付すが、同写本は『群書類従』所収本に比べて正月状の三双・六通と二月状の第一通の合計七通を欠く。また、元禄一三年刊本(大本二巻二冊)は、観応元年(一三五〇)八月の原写本を写した応永三二年(一四二五)三月の転写本を底本とし、『群書類従』本と基本的に同じで(付訓等に微細な相違はある)、本文を行書・大字・五行・付訓(返り点・送り仮名、ほぼ半数の単語に振り仮名)で記す。〔石川〕
◆しゃけせいほう [1521]
社家制法‖【作者】京都府編。【年代】明治二年(一八六九)刊。[京都]京都府蔵板。村上勘兵衛売出。【分類】社会科。【概要】大本一冊。明治二年三月に郡中・市中・町役・村役・僧侶・神官等に対して出された一連の布達の一つを、大字・五行・無訓の手本としたもの。刊記に「明治二年己巳三月/京都府」と記した初板本と「明治二年己巳六月/官版/不許飜刻」と記した再刊本があるが、京都以外の各地でも出版されたと思われる。「一、御高札之旨謹而可守事」以下一一カ条から成る神職者用の心得で、敬神・清浄・正直、勤学・祭礼に怠らないこと、邪宗・怪異の教法の厳禁、不当な供物等の禁止、新規建立の事前許可、社領など社中財産の不正な売却等の禁止、民事訴訟への関与禁止、不審者の逗留の禁止、本社・末社の秩序や相互監視などを説く。なお、本書と同時に僧侶向けの『寺院制法』†も出版された。〔小泉〕
◆しゅうぎょくようぶんしょう [1522]
〈商人日用〉袖玉用文章‖【作者】月光庵編か。溝江小笠斎書。【年代】弘化四年(一八四七)刊。[大阪]月光庵蔵板。河内屋平七ほか売出。また別に[江戸]文好堂板あり。【分類】消息科。【概要】異称『〈商家至宝〉袖玉用文章』。小本一冊。「年始之文」から「豊作祝ゐ之文」までの三九通を収録した用文章。式亭三馬作『一筆啓上』†の影響が顕著である。四季折々の手紙や通過儀礼その他吉凶事に伴う例文が主であり、特に目立つ点はないが、例文中に「江戸原舟月之内裏雛」(上巳之文)や「江戸歌川豊国并国貞画之武者人物掛物」(端午之文)など当時の流行を物語る記載も見られる。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に月々の時候の言葉を列挙した「年中時候案文」、目録上部(頭書)に「篇冠字尽」をそれぞれ載せる。〔小泉〕
◆しゅうぎょくようぶんしょうたからばこ [1523]
〈万宝字尽・文林必読・字海大成〉拾玉用文章宝箱‖【作者】小森松洞作。【年代】享保一七年(一七三二)刊。[京都]伏見屋喜八ほか板。また別に[大阪]藤屋正七ほか板あり。【分類】消息科。【概要】異称『拾玉用文宝箱』。大本一冊。「新年状」から「家継誕生祝い」までの四二通の消息文例を収録した用文章。月次順の手紙の間に「新宅移転の祝」「客相伴の礼状」「書籍拝借願い」「病気見舞」等の諸事に関する手紙を盛り込むが、特に「かしく」または「穴賢」を含む例文が九通(約二割強)も含まれる点が特徴。本文を大字・四行・付訓で記す。前付に「本朝三蹟名筆伝記」「孝貞忠臣図」等、頭書に「書法指南」「小野篁歌字尽」「かた言なをし」「弘法大師四目録八卦占」「献立書法之注并書様」「銭うりかひさん」「暦の中段」「暦下段」「偏冠尽」「人の名五性によりて頭字善悪之事」「手形証文尽」「南膽部州大日本国尽」等を載せる。〔小泉〕
◆じゅうごいろは [1524]
〈英語入〉十五伊呂波〈附名頭字尽〉‖【作者】仁科静太郎作。【年代】明治一九年(一八八六)刊。[東京]山崎芳太郎板。また別に[東京]大川錠吉板あり。【分類】語彙科。【概要】中本一冊。明治七年刊『十二伊呂波・四撰名頭字』†(市野嗣郎編)の改題・改訂本。イロハ各項について、平仮名・片仮名・ローマ字と、同音の漢字一二種(両点付き)の一五体で表記した往来。後半に付した『名頭字尽(四撰名頭字)』は、「源・平・藤・橘…」で始まる流布本『名頭字尽』†をそれぞれ同音の漢字四字ずつ(例えば「源・愿・玄・元」のように)示したものである。いずれも本文を大字・四行・付訓(両点)で記す。〔小泉〕
◆じゅうさんたいせんじもん [1525]
〈頭書註解〉十三体千字文‖【作者】大館煕(石山)作・序。【年代】明治一七年(一八八四)序・刊。[京都]辻本信太郎(尚書堂)蔵板。川勝鴻宝堂売出。【分類】語彙科。【概要】中本一冊。周興嗣作『千字文』を一三の書体で綴った銅版刷りの教科書。見出し語をやや大きめの明朝活字体で八行で掲げ、他の一二体(篆書・隷書・楷書・行書・草書など)を小字・二行で並べる。また、頭書「鼇頭註解」に本文を四言一句ずつ掲げて大意を割注で示す。〔小泉〕
◆しゅうじいろは [1526]
習字伊呂波‖【作者】巻鴎洲(N山・百里・柳輔・巻之起)作・書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[長野]小桝屋喜太郎(松葉軒)板。【分類】語彙科。【概要】異称『習字いろは』。半紙本一冊。「いろは(平仮名)」「数字・単位」「片仮名イロハ」「五十音(平仮名とその字形の基になった漢字)」をほぼ楷書(一部行書)・大字・二〜三行で記した習字手本。うち「五十音」には、牙喉・舌中・軽唇・重複・喉舌といった音声学的な発音分類を付記する。また、末尾にはア行とヤ行、ア行とワ行、ハ行とマ行などを並記する。なお、刊行者は書袋の墨判(「小桝喜」)による推定である。〔小泉〕
◆じゅうじいろははやまなび [1527]
〈大日本・仏蘭西・英吉利斯〉十字いろは早学‖【作者】不明。【年代】明治年間刊。刊行者不明。【分類】語彙科。【概要】半紙本一冊。英・仏・日三カ国の文字を対比させたイロハ。平仮名・片仮名・漢字と英語・仏語のアルファベットを対照させながら、イロハ毎にそれぞれ二行一〇字ずつ掲げる。ただし清音のほかに濁音・半濁音についてもそれぞれ掲出する点が、近世期の『七ッいろは』†と異なる。後半に「西洋韻子・韻母文字并ニ五十配音」「英吉利斯国廿六字合字」「仏蘭西国廿六字合字」「数字」「基本単語」「西洋時計文字」等を収める。本書は通常の和装本とは逆の左開きに製本されており、題簽も右肩に付す。〔小泉〕
◆しゅうじかいてい [1528]
習字楷梯〈偏傍之部〉‖【作者】荻田長三(筱夫)作・序・書。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)板。【分類】語彙科。【概要】半紙本一冊。基本的な部首(偏・旁)を楷書・大字・二行(一行三字)で記した習字手本。一画から一七画までの偏と旁を画数順に配列する。〔小泉〕
◇しゅうじさんさいぶん [1529]
習字三才文‖【作者】小野泉作・跋。村田海石書。【年代】明治六年(一八七三)跋・刊。[山梨]山梨県蔵板。内藤伝右衛門売出。【分類】教訓科。【概要】半紙本三巻三冊。天ノ部・地ノ部・人ノ部からなり、順に楷書・行書・草書と巻毎に書体を変えて表記した手本。「天ノ部」は、宇宙・天体を主題とし、天体・二十八宿・惑星・地球・天変地異・四季、さらに天文学について述べる。「地ノ部」は、地球を主題に、地球の自転・昼夜・月の大小・六大洲・地形等について説く。さらに「人ノ部」は、まず人間は万物の霊長であることを述べ、続いて、世界の人口・人種や、世界に野蛮・未開・半開・文明開化の四段階の人々が存在すること、最後に文明開化した日本人の姿を説いて締め括る。本文を大字・二行・無訓で記す。なお編者の小野泉は山梨県学務官。〔小泉〕
★しゅうじしょうけんじょう [1529-2]
習字証券状‖【作者】小野泉作か。村田海石書か。【年代】明治六年(一八七三)頃刊。[山梨]山梨県蔵板。内藤伝右衛門売出。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。作者・板元は未記載だが、『習字三才文』†と同体裁のため、ほぼ同時期の刊行と思われる証文類雛形集。「証券第一類之部」として、「金銀其外受取書」「諸会社入金手形」「荷物送状」「無利息金子預り証文」の四通、「同第二類之部」として、「借用金証文」「田地屋敷建家売渡証文」「質入・書入証文」「流質証文」「小作請負手形」「為替手形并荷為替手形」「請負手形」「利足附金子預り証文」「利息附会社入金手形」「約定書類」「雇人請状」「店請状」「印紙貼付有之証文を引当として金子借用の時之証文」の一三通、「雑之部」として「出生届」「死去届」「送籍状」の三通の合計二〇通の手形証文類文例を掲げる。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しゅうじしんぽう [1530]
〈速成〉習字新法‖【作者】野呂邦之助(南山)作・序。【年代】明治一八年(一八八五)序・刊。[東京]野呂邦之助蔵板。辻岡屋文助(金港堂)ほか売出。【分類】語彙科。【概要】大本一冊。点画の筆法や基本語彙を大書した手本。まず楷書・大字・二行で画形を示し、続いて画形の応用として五十音(片仮名)・数字・十干・十二支・時・曜・衡・貨幣・量・度・距離・田尺・方角・候・官・爵・地図・平仮名(いろは)の順に楷書・大字・三行・無訓で記す。字形を示すことに重点を置き、個々の点画の名称に言及しないのが特徴。〔小泉〕
◆しゅうじたいぜん [1531]
〈日比野氏〉習字大全‖【作者】日比野綱雄作。【年代】明治年間刊。[名古屋]永楽屋東四郎(片野東四郎・東壁堂)板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈日比埜綱雄輯〉習字大全』『〈官許〉習字大全』。半紙本二巻二冊。「仮名篇」以下の一〇篇に分けて多くの語彙を集録した教科書。「仮名篇」は平仮名いろは・万葉いろは・片仮名五十韻・同濁音・略用仮名・編(ママ)冠字尽。「天文編」は、天文・時令・七曜日・十幹・十二支・方形・色。「地理篇」は、地理・五畿八道・日本国尽・諸国郡名・開港地名・山大地・六大洲・五大洋・世界国尽。「人紀篇」は、人品・五親等・苗字尽・名字尽・五人種・身体(以上四篇が上巻)。「国制篇」は、官省察司・三府六十県・政体・国教。「歴世篇」は、帝号・年号。「数量篇」は、数字・大数・小数・度目・量目・衡目・貨位・田尺・歴数・時数。「産物篇」は、鳥獣・魚蟲介・穀菜・果樹・草木・金石・布帛。「衣食篇」は、飲食・衣服。「器械篇」は、器財・宮室。これらの語彙を行書・大字・六行・付訓で記す。〔小泉〕
◆じゅうしちかじょう [1532]
十七ヶ条‖【作者】奥知喜太郎書。【年代】安政四年(一八五七)書。【分類】社会科。【概要】異称『可相守条々』。大本一冊。元禄二年(一六八九)四月に山中彦助が郷中(山神村か)に公布した一七カ条の布達を大字・三行・無訓で記した手本。「一、御公儀・御高札・御ヶ条書之通、一々堅可奉守候…」以下、法度遵守・宗門人別・伝馬人足・帯刀・質素倹約・大酒・納税・五人組・田畑等の管理・田畑売買・相続・救恤など、郷村経営と秩序維持に関する条々を記す。未見だが、津藩が天和三年(一六八三)八月布達の『郷中十七箇条』を記した手本『拾七箇条之掟』と同内容か。〔小泉〕
◆しゅうじのちかみち [1533]
習字のちか道(初編〜三編)‖【作者】深沢菱潭(忠寛)作・書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]書学教館板。また別に[東京]大阪屋藤助ほか板あり。【分類】語彙科。【概要】異称『習字乃近道(習字之近道)』。半紙本三編三冊。語彙を中心とした小学校用の書道手本。初編前半に「筆の執りやう」「三体いろは」「片仮名五十音」「数字」を載せ、以後三編まで分類別の語彙を大字・二〜四行・付訓で記す。初編が「方・隅・地球面上五大洲・形・色・度・量・衡・貫・田尺・里尺・立積・時・干・曜・天文・支・地理・人倫・九族・籍族」の二一分類、二編が「天文・水・地理・居処・社寺・人倫・衣服・布帛・飲食・器財」の一〇分類、三編が「金石・穀菜・果類・草木・鳥獣・魚蟲介」の六分類で、それぞれ語彙を列挙する。〔小泉〕
◆しゅうじはじめ [1534]
習字はじめ(三編)‖【作者】松川半山作・画。村田海石書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[大阪]河内屋茂兵衛(群玉堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『習字初』『孝行のすゝめ』『孝行の勧』。半紙本一冊。題簽題に『習字はじめ(三編)』とあるように数編のシリーズで出版された初等用習字手本の一つ。首題に『孝行のすゝめ』とあるように、孝行全般を説いた教訓で、「夫、人は生れながらにして、貴賤上下の差別なく、此身を得れば、各、父母の産ざる人やある。されば、父母は我身の出来し原(もと)なれば、其基を忘るまじき事なり…」で始まる教訓文で、父母養育の辛苦と高恩、また、その報恩としての父母への孝養、死後の供養など孝行のあらましを平易に諭す。明治七年刊『孝行のさとし』†等と同様に、享保七年(一七二二)刊『六諭衍義大意』†の「孝順父母」章を抽出して改編したもの。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に色刷り口絵「反哺の孝」「親の子を養育する次第の図」を掲げる。〔小泉〕
◇しゅうじひつよう [1535]
習字必用(三編「国内郡名」)‖【作者】荻田長三(筱布・筱夫)書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)板。【分類】地理科。【概要】第三編は半紙本二巻二冊。『日本国尽』と同様に、五畿八道別に国名と郡名を列記した手本。大字・三行・付訓で記す。上巻は五畿内・東海道・東山道・北陸道・北海道、下巻は山陰道・山陽道・南海道・西海道・琉球(附録)を収録。裏表紙見返に「習字必用、初篇二篇各一冊宛出版。同三篇内国郡名二冊出板」の広告を掲げる。〔母利〕
◆しゅうじぼん [1536]
〈改正新刻〉習字本‖【作者】平井義直書。【年代】明治一五年(一八八二)刊。[京都]吉野屋甚助(杉本甚助)板。【分類】語彙科・消息科。【概要】半紙本一冊。題簽に「初等一級日用文字同書類」とその内容を明示する。前半「日用文字」は、「縁組、媒酌、仲人、妊娠…」など、婚姻・商売・裁判・諸職・田畑・租税等にわたる用語集。後半「日用書類」は、「今度の小試験は一日日延之旨掲示有之候間、此□通知申上候」のように比較的短文の私用文例集。いずれも大字・三行・無訓の手本用に記す。〔母利〕
◆しゅうしんうたづくし [1537]
〈小学諳誦〉脩身歌尽‖【作者】加藤桜老(煕・有隣・榊蔭・穆軒)作・序。【年代】明治一〇年(一八七七)序・刊。[東京]桜陰家塾蔵(加藤桜老)板。聚星館ほか売出。【分類】教訓科。【概要】異称『初学脩身歌尽』。半紙本一冊。『孝行和讚』†と同様のスタイルで人倫や学問について説いた教訓。「夫レ人間ト生レテハ、人ノ人タル教ヘ有リ、身ヲ修ムヘキ道コソハ、道ノ本ナレ其本ハ…」と七・五、七・五と続く文章で綴り、まず神の教えこそ修身の基本であることを述べ、天地の陰陽、五倫の道、また、神・儒・仏・キリスト教や六芸などにも触れ、文明開化の時代における学問の重要性などを教える。また、学問諸分野の根本が修身学であり、学校や学用品が国や父母のお陰であることをよく認識して学問に出精すべきことを諭す。また、学業は詰まるところ忠孝そのものであり、「誠」の一字を守り、善き師について善き道を学ぶことが大切であることを説く。本文を楷書・やや小字・八行・稀に付訓で記す。〔小泉〕
◆しゅうしんおうらい・たいそうおうらい [1538]
〈幼稚諭第一輯〉脩身往来・体操往来‖【作者】中村喜平作。【年代】明治年間刊。[金沢]中村喜平(知新堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『幼稚さとし第一輯〈脩身往来・体操往来〉』。半紙本一冊。前半の『脩身往来』と後半の『体操往来』から成る手本。いずれも大字・四行・付訓で記す。それぞれに往復書簡風に綴った序文を付す。『脩身往来』は、「修身の、学は何そと、言ふなれは、銘々持し、本然の…」で始まる七五調の文章で、「修身」の字義から要旨、修身のための努力(学校での学習)とその目標(親や国家への報恩)を説く。『体操往来』も同様に、「体操」の字義から身体鍛錬の心得を七五調の文章で綴ったもので、富国強兵のためにも身体を堅固にする日常の努力の大切さ、貴賤・男女の差別なく生涯を通じての体操の必要性、子どもの遊戯や音楽が身体訓練に役立つこと、体操せずに学習するだけの柔弱者であってはならないことなどを諭す。〔小泉〕
◆しゅうしんおんなだいがく [1539]
〈青木輔清著〉脩身女大学‖【作者】青木輔清作。【年代】明治一〇年(一八七七)刊。[東京]内田弥兵衛(正栄堂)板。【分類】女子用。【概要】半紙本二編合一冊。明治期改編版『女大学』の一つ。上下編に次のような二〇章の教訓を綴る。上編は父母・舅姑・夫に仕えること、家政、早起き、女工、礼法、客への接待、子を持つ母の心得、守節についての一〇章、下編は不孝・不賢・不順・不睦・母訓・懶惰・傲慢・晏眠・失礼・恣言を戒める教訓一〇章である。本文を漢字交じりの楷書・やや小字・八行・無訓で記し、巻末に要語の音訓等を示す。〔小泉〕
◆しゅうしんか [1540]
〈童子教訓〉脩身歌‖【作者】佐藤勇吉作。【年代】明治二五年(一八九二)刊。[前橋]佐藤勇吉板。【分類】教訓科。【概要】中本一冊。「イ、今のよは文明開化とあらたまり、さとりたまいよ民の人々」以下、イ〜ロおよび京までのイロハ教訓歌四八首を載せた童蒙教訓書。表紙に「智仁忠孝学」と記すように、勧学・勤勉、報恩・孝行を始めとする生活教訓・処世訓を説く。謙堂文庫本は、本文を大字・六行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しゅうしんきょういくのよう [1541]
修身教育の要‖【作者】今井宣法作。能勢泰成校。上田照遍序。【年代】明治二五年(一八九二)刊。[奈良]今井宣法蔵板。【分類】教訓科。【概要】異称『教育の要』。半紙本一冊。江戸後期に流布した『孝行和讃』†の形式や内容を模倣しながら、忠孝・富国強兵など皇国民の心得を新たに加味した教訓書。著者は奈良県宇智郡五条町在住で、本書は私家版。「抑も人と生れては、先つ忠孝の道をしれ、忠とは君を敬ひて、国家の為には身命を、軽毛よりも軽しとし…」と『孝行和讃』同様に七五調で綴り、国法の遵守や国家への忠誠、孝行のあらまし(この部分は『孝行和讃』に酷似)、孝女を娶ること、女子の心得などを諭し、最後に忠孝に努めて「国の光と親の名を、世界の上に輝かせよ」と奨励する。巻頭には「教育勅語」ならびに文部大臣・芳川顕正の訓示を掲げる。本文をやや小字・七行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しゅうしんざつわ [1542]
〈童子教訓〉脩身雑話‖【作者】今堀高英(窗屋)作。長谷川貞信画。上島勝蔵書。岡敬安(岡吉・恭・栩峯・博約堂)序。【年代】天保六年(一八三五)序。弘化四年(一八四七)刊。[大阪]秋田屋太右衛門ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『童子教訓脩身雑話』。半紙本二巻二冊。童蒙の心得となる説話や略伝など約四〇話を載せた絵入り教訓書。上巻に孝行・倹約・積善・主従の心得・公平・先祖崇拝・朋友・正直・夫婦和合・色欲・善事など徳目を主とする二〇話を掲げ、下巻には苦楽・言葉の慎み・陰徳・万物同体・智・過ち・善行・父母の恩など諸徳も説くが略伝が多く、仁徳天皇以下約一〇人の小伝をもって教訓とする。本文中に全一二葉の挿絵を故事や逸話とともに掲げる。本文を小字・一〇行・付訓で記す。〔小泉〕
◇しゅうしんにじゅうしこう [1543]
〈通俗〉修身二十四孝‖【作者】小宮山五郎作。【年代】明治一六年(一八八三)刊。[東京]榊原友吉(文盛堂)板。【分類】教訓科。【概要】小本一冊。銅版和装の豆本。江革・仲由を入れるように、近世後期に流布した『日記故事』系統の『二十四孝』。細密な銅版画の挿絵が中心で、その余白にほとんど仮名書きの本文を添える。口絵に「牡丹」「桃園の誓い(『三国志』)」「皇后某」の三図を掲げる。〔母利〕
◆しゅうせいくん [1544]
脩斉訓‖【作者】山本邦好作。藤原随資(格斎)序。佐藤竜也跋。西谷良恵(篤志軒)書。直彦・淇水(蝸庵)画。【年代】安政四年(一八五七)序・跋・刊。[京都]斉政館蔵板。【分類】教訓科。【概要】大本二巻二冊。父子・兄弟・夫婦・朋友・主従・親族・立心・立身・戒己・仏敬・礼節・積善・節倹・観人・存心・天理・安分・継善の一八章・七九条に及ぶ絵入り教訓書。五倫、衣食住・交際その他の生活教訓・処世訓の基本を説く。本文をやや小字・九行・付訓(漢語の多くに左訓)で記す。〔小泉〕
◆しゅうせいじげん [1545]
〈立身学・千代礎〉習性邇言‖【作者】梅翁(徳水・尚興)作。東岡(良義)・城長洲(晋・康卿・隆平・亦政堂)・高橋吉道序。【年代】安政六年(一八五九)序。文久二年(一八六二)序・刊。[伊予大洲か]梅翁蔵板か。【分類】教訓科。【概要】半紙本二巻二冊。立身の根本が忠孝であることを諭すために、人生に起こる具体的な善悪を六四条の心得とした童蒙用絵入り教訓書。まず巻頭の「新民開語」「習性邇言題辞」に本書の根本理念を示し、上巻「善性辨(神垣内(かきつ)の元気)」には「護養三十二節」と題して「開智」「立身」「勧善」「積徳」を主題とした三二条を、下巻「僻邪性辨(神垣外(かきと)の慢気)」には「涵養三十二節」と題して「絶好・破産」「絶姻」「亡家」「招禍」を主題とした三二条を載せる。条々は一つ書きではなく、「好問窮理則、生穎悟聡慧」のように『実語教』†形式の漢字五字一句、一条二句を基本とする文章で、半丁に二句ずつ掲げて細注を施し、さらに「くらきをもたどれば日々にたのしさの、まさるは道のひかりなりけり」といった教訓歌二首と挿絵一葉を付す。なお、下巻末尾「徳農無尽蔵」には穀類全般の作付等の実用的な知識・心得を載せるが、ほとんど農書一冊に匹敵する詳細な内容である。〔小泉〕
◆じゆうたん [1546]
〈高田義甫著〉自由譚‖【作者】高田義甫(協力社)作・校。伊藤桂洲(信平)書。【年代】明治七年(一八七四)刊。[滋賀]協力社蔵板。[甲府]内藤伝右衛門(温故堂)売出。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。自主・自由の意義や、それを得るための努力や忍耐について、その範を西洋の偉人に求めて諭した教訓。まず、自主・自由は勉学に努めて初めて得られるものであり、人民が自由に到達しなければ富国強兵や文明開化が実現しないことを述べる。続いて、「陶工三大家(巴律西(ぱりつしい)・薄査(ぽつちやあ)・空地烏徳(うえぢうと))」や、ナポレオン・ウェリントン・クロムウェル・ワシントン・ニュートン・コロンブスなど二一人の偉人伝を紹介し、これらの人々を模範に努力すべきことを説く。本文を大字・四行・付訓(所々左訓)の手本用に記す。〔小泉〕
◆しゅうちゅうどうじおうらいばんぽうぞう [1547]
袖中童子往来万宝蔵‖【作者】吉文字屋市左衛門(鳥飼市左衛門)作。【年代】安永九年(一七八〇)刊。[江戸]吉文字屋次郎兵衛ほか板。【分類】合本科。【概要】中本一冊。小型の合本科往来として比較的早いもの。前付に年中行事に因んだ教訓歌と挿絵一〇葉を掲げ、さらに冒頭一六丁までを二段組として、上段に「七以呂波」「教訓歌」「篇并ニ冠尽」「書初詩歌」「七夕詩歌」「家名尽」、下段に「小野篁歌字尽」を載せ、以下を一段組にして「庭訓往来」「商売往来」「実語教・童子教」「今川状」「腰越状」「義経含状」「熊谷状・同返状」「弁慶状」「手習状」「曽我状・同返状」「風月往来」「御成敗式目」までを収録する。〔小泉〕
◆じゅうにいろは・しせんながしらじ [1547-2]
〈真字国音〉十二伊呂波・〈名乗音訓〉四撰名頭字‖【作者】市野嗣郎(蒙・蓮洲)作。【年代】明治七年(一八七四)刊。[東京]昌延堂板。【分類】語彙科。【概要】異称『色葉名冠字』。中本一冊。前半に『〈真字国音〉十二伊呂波(十二いろは)』、後半に『〈名乗音訓〉四撰名頭字(〈市野嗣郎編輯〉名乗音訓四撰名頭字)』を収録した往来。前者は、巻頭に片仮名イロハを掲げ、次にイロハ各音毎に同音の漢字一二字を掲げてそれぞれ音訓(両点)を施したもの。後者は、「源・平・藤・橘…」など名乗り用の漢字集である『名頭字尽』†の単漢字毎にそれぞれ同音の漢字四字ずつ(例えば冒頭は「源・愿・玄・元」)掲げて音訓(両点)を施したもの。いずれも本文を大字・四行・付訓(両点)で記す。なお、本書前半部の見出し語の平仮名イロハに、ローマ字・片仮名の三体を加えて一五体とし、後半部首題を単に「名頭字尽」とするなど若干の改訂を行った『十五伊呂波〈附名頭字尽〉』†が明治一九年に刊行された。〔小泉〕
◆じゅうにがつおうらい・どうわかかちょうじょう [1548]
十二月往来〈同和歌花鳥帖〉‖【作者】大谷永庵(業広)書。【年代】享和元年(一八〇一)刊。[京都]近江屋重兵衛板。また別に[京都]柏屋祐次板あり。【分類】消息科・社会科。【概要】特大本一冊。前半に四季の手紙、後半「花鳥帖」に四季の和歌を収録した手本。前半の手紙文は新年挨拶状以下一二通で、いずれも大字・三行・無訓で記す。内容は四季や年中行事(元朝参り、賀茂原見物、賀茂競馬見物、天夕、日吉参詣など)にまつわるものがほとんどである。後半「花鳥帖」は、例えば一月は柳と鴬、二月は桜と雉のように、月毎の花鳥を主題にした和歌を二首ずつ(合計二四首)収めたもので、並べ書きと散らし書きを交互に織り混ぜながら綴る。また、巻末に漢詩文ならびに和歌六編を載せる。なお、この「花鳥帖」を模した手本に『花月帖』†がある。〔小泉〕
◆★じゅうにがつじょう [1549]
〈窮理捷径〉十二月帖(初篇)‖【作者】内田晋斎(嘉一)作・書。福沢諭吉序。【年代】明治五年(一八七二)序・刊。[東京]若林喜兵衛板。また別に[東京]紀伊国屋才助ほか板あり。【分類】理数科。【概要】半紙本二巻二冊。一年一二カ月の往復文(二四通)の形式で窮理学の基礎知識について綴った教科書。それぞれ時候の言葉や季節にふさわしい文言を取り入れ、また書止を備えるなど一通りの書簡形式を踏まえており、手紙文の学習が並行的に行えるようになっている。また、例えば一月状では新年祝儀の述べた後で世界万国の新年が同じ時節であるかを問うのに対し、その返状で北半球では四季が同じであると答えるという具合に、各月とも往状で問い、返状で答える形式をとる。以下同様に、二月状は雷の原因、三月は桜と桜桃の差異、四月は釈迦生誕地の現況等、五月はカビの正体、六月は氷菓子(アイスクリーム)の製法と効果の理由、七月は七夕と銀河、八月は月の盈虚、九月は物の落下(引力)、一〇月は地震の原因、一一月は霜の降る理由、一二月は雪の根元のように比較的生活に密着した事柄を取り上げる。なお、本書の改題本(海賊版)に明治五年刊『窮理用文章』†(白里外史作とする)、および明治一〇年刊『〈窮理捷径〉年中用文』がある。本文を大字・四行・付訓(所々左訓)で記す。〔小泉〕
◆じゅうにがつじょう [1550]
〈内田嘉一編撰〉十二月帖(後篇)‖【作者】内田晋斎(嘉一)作・書。横山由清(保三)序。【年代】明治七年(一八七四)序・刊。[東京]紀伊国屋才助ほか板。【分類】理数科。【概要】半紙本二巻二冊。『〈窮理捷径〉十二月帖』(初篇)†に続いて同様のスタイルで編まれた窮理学入門用の手本。窮理学の初歩知識についての問答を含む各月往復二四通の消息文から成る。各月の主題は、一月状が暦法(ローマ暦・閏年・太陽暦など)、二月状が西洋書に見える「紅雪」、三月状が蒸気機関、四月状が虹の原因、五月状が山びこの原理、六月状が白色が日光を避けること、七月状が煙が上昇する理由、八月状が稲妻の原理、九月状が香りや臭いの正体、一〇月状が日月の暈の原因、一一月状が質量保存の法則、一二月が気候の寒暑の理由についてである。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆じゅうにがつようぶん [1551]
十二月用文‖【作者】窪田梁山(久保田梁山・行)作。築山貞徳校。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]吉田屋文三郎(木村文三郎・文江堂)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。「年始文」から「賀生子文・同答」までの三九通の消息文例を収録した用文章。各例文とも季節に伴なうもので、例文の所々に類語・類句を割注形式で挟む。本文を大字・五行・所々付訓(稀に左訓)で記す。頭書「用文類語」には、本文に関連する語彙(月異名・月々の草木・詠物・食物、また発語・結文熟字など)や、人名呼称、尊卑・自称などを掲げる。なお、本書の下巻に相当するのが、『〈人民必携〉証書文類』†であろう。〔小泉〕
★じゅうにがつようぶん [1551-2]
〈新撰〉十二月用文‖【作者】深沢菱潭作・書。【年代】明治七年(一八七四)刊。[東京]和泉屋市兵衛(山中市兵衛・甘泉堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈新選〉十二月用文』。半紙本二巻二冊。各例文を大字・四行・所々付訓(稀に左訓)で記した習字手本兼用文章。上巻には「歳首之文」から「書籍を借に遣す文・右に答る文」までの二八通の消息文例、下巻は「受官を賀する文」から「貸金催促之文」までの一六通の消息文例と、「確受(うけとり)之証」以下一四例の証文類文例および「月之異名」を収録する。〔小泉〕
◆じゅうにがつようぶんしょう [1552]
〈画本〉十二月用文章‖【作者】柴宮輝山(信親・鱒堂・浸墨軒)書。一柳斎国房(歌川国房か)画。【年代】元治元年(一八六四)書・刊。[江戸]大和屋作次郎板。【分類】消息科。【概要】異称『画用文』。中本一冊。「年始之文」から「喧嘩扱之文」までの六七通を収録した絵入りの用文章。全頁の頭書欄に本文にふさわしい四季の風物を描くのが特徴。同年刊・同名の用文章(次項)とは体裁も内容も異なる。大半が四季折々の手紙だが、後半に元服・婚礼その他祝儀状、各種見舞状・誘引状等も載せる。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆じゅうにがつようぶんしょう [1553]
〈御家〉十二月用文章‖【作者】柴宮輝山(信親・鱒堂・浸墨軒)書。【年代】元治元年(一八六四)書・刊。[江戸]大和屋作次郎板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。書名のように一年各月往復の消息文例二四通を集めた手本兼用文章。本文を大字・三行・付訓で記す。年頭祝儀状から始まり、季節毎に外出の誘いの手紙(誘引状)や、五節句・その他佳節(田面の節句や元服など)祝儀状から成る。文例中に、亀戸の梅屋敷や隅田川辺の貴人の庭園といった当時の江戸名所が登場する。また、七月返状中に七夕詩歌を数編掲げる。〔小泉〕
◆じゅうにげつおうらい/じゅうにがつおうらい [1554]
十二月往来‖【作者】不明。尊円親王書。【年代】正平一一年(一三五六)以前書。【分類】古往来。【概要】異称『春秋往来』。一年一二カ月で計二四通の手紙模型文で構成された古往来。最古本としては上下二軸の室町初期・仁和寺本(正平一一年以前書)があるが、一〜六月状のみの零本である。また、内容の完備した古写本には室町後期書の陽明文庫本(大本一冊)や安土桃山時代書の謙堂文庫本(巻子本一軸)がある。一月「元日の節会」、二月「春日の祭使(料馬の借用)」、三月「石清水臨時の祭使(任命と受諾)」、四月「賀茂祭の祭使」、五月「最勝講の列座」、六月「御霊会(馬長のための造花を乞う)」、七月「七夕の宴」、八月「放生会(勤仕の支度)」、九月「平座参仕心得」、一〇月「維摩会(参列の服装)」、一一月「五節会の舞姫」、一二月「内侍所の神楽」のように、貴族生活に即した四季風物や年中行事・儀式を題材とする。本往来を始祖として、同様の構成をとる古往来が種々生まれた。また、本書の作者として平安貴族の中山忠親説と後京極良経説があるが、いずれも確証を欠く。なお、本書の改題本に元文二年(一七三七)書『春秋往来』†がある。〔石川〕
◇じゅうにげつしょうそく/じゅうにがつしょうそく [1556]
十二月消息‖【作者】不明。【年代】鎌倉時代作。応永一〇年(一四〇三)頃書。【分類】古往来。【概要】大本一冊。大寺院における庁務の要点を記した古往来。「尊星王法の勧修」に伴う年始状から「大晦日の山伏の勧修・歳末の修法」についての一二月返状までの二五通(六月返状は二通)を収録するが、うち数通には「大宮御拝社ノ事」(六月返状)、「門主御入室ノ事」(一〇月返状)、「御受戒ノ事」(一一月返状)と改めて見出しを設けて詳しく解説する。後書には「只授幼学之小生、為辨門跡之故実也」と童蒙教育用に編集した旨を明記する。尊経閣文庫本が唯一の伝本で、本文を行書体・大字・六行(一行約一四字)・所々付訓(返り点・送り仮名も施す)で記す。〔石川〕
◆しゅうほうじょう [1557]
集芳帖〈芝泉堂先生書〉‖【作者】坂川暘谷書(本文)。丸山暘昴(暘谷門人)書(跋文)。井伊正円跋。【年代】文政九年(一八二六)跋・刊。[江戸]和泉屋吉兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「万国慶寿之春、四海泰平之日…」で始まる新年祝儀状(『五節往来』†の冒頭と酷似する)以下、種々の書状や詩歌を収録した純然たる無訓の手本。坂川暘谷の筆跡を集めて複刻したもので、書簡文には暘谷から板元(和泉屋吉兵衛)宛ての書状も含まれる。本文全面に大字・四行程度で綴った通常の手本様のほかに、実際の書状・色紙大の大きさに界線を設けて字高や字配りなどを示した箇所もある。例文も準漢文体ばかりでなく、和文体の散らし書きも含まれ、仮名文には『源氏物語』の趣旨を綴った文章も見える。末尾に『和漢朗詠集』雑の部「慶賀」「祝」から抄録した詩歌を大字・四行で記す。〔小泉〕
◆しゅうもんおうらい [1558]
〈文政新刻〉宗門往来‖【作者】鼻山人作。【年代】文政七年(一八二四)刊。[江戸]岩戸屋喜三郎(栄林堂)板。また別に[江戸]森屋治兵衛板(後印)あり。【分類】社会科。【概要】異称『宗門往来起原抄』。中本一冊。日本の古代から中世(鎌倉時代)までの仏教各宗派の起源や開祖・本山等について述べた往来。「凡、民間宗門被立置事、切支丹従御制禁始而、最大切之事也…」で始まる文章で、推古天皇の時代(六二五年)に高麗僧・慧潅が来朝して三論宗を広めたのが宗旨の始まりで、その後、法相宗・倶舎宗・成実宗・華厳宗・律宗の南都六宗、最澄の天台宗、空海の真言宗(以上「八宗」)、さらに浄土宗・浄土真宗・臨済宗・曹洞宗・法華宗・時宗の鎌倉仏教の成立までの日本仏教史を略述する。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭口絵に「棒華之図」を掲げ、頭書に江戸の天台・浄土・禅・真言・一向・法華各宗の名刹を紹介した「江戸諸仏閣」を載せる。〔小泉〕
◆しゅうようしょう [1559]
拾要抄‖【作者】尊円親王作。尊朝親王書。【年代】康永二年(一三四三)作。文禄二年(一五九七)書。【分類】古往来。【概要】異称『拾霞抄』。特大本一冊。康永二年四月に尊円親王が千代菊に書き与えた手本。前半部「畳字門」は二字(例外的に四字)熟語をイロハ順に配列した語彙集で、「伊鬱・引率・引導・引接・引級・引挙…」以下約一七〇〇語を掲げる。後半部には、諸国・京条里・官次第・衣服・武具・雑物・香箱・茶具・錺具・禅院寺司・楽器・舞楽(平調・大食調・双調・黄鐘調・盤渉調・一越調・平調・双調)・神楽名・催馬楽名・百首(春廿首・夏十首・秋廿首・冬十首・恋廿首・雑廿首)・牛馬・鞍具・車具(文禄二年写本には「車具」を欠く)までの約一三四〇語(文禄二年写本は約一三二〇語)を列記する。なお、本往来の原本(康永二年写本)は伝わらず、尊円親王筆本を尊朝親王が臨書して稲墻新丞に与えた文禄二年写本(青蓮院本)と、尊朝親王が遊行三三代・他阿上人に欠き与えた文禄四年写本(東博本)が伝わる。〔小泉〕
◆しゅかんてびきぐさ [1559-2]
〈即題〉手柬手引草‖【作者】河村貞山(与一郎)作。河瀬白巌(益)書。【年代】明治六年(一八七三)序。明治七年序・刊。[京都]杉本甚助(杉本甚助・玉淵堂)ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『復文二篇』『〈河村氏書牘〉即題手柬』『〈河村貞山著〉即題手柬手引草』『〈即題手柬〉手飛規草』『手柬手引草』。半紙本二巻二冊。明治六年刊『〈習字書翰〉復文手引草(初編)』†の続編として編まれたもので、初編と同様の方式で「年始状」から「家督祝状」までの五〇通を収録し、上巻にはやや小字・七行の仮名書きで掲げ、下巻には全く同じ例文を大字・五行・無訓で記す。また、下巻頭書に「類句集」を掲げて作例の多様化を図る。巻頭の附言によれば、「即題手柬」とは「即座に何々の手柬(てがみ)と題を出し、其場に於て直に筆を採り文章を書く事」であり、要するに「原文なくして文句を綴ること」であるという。頭書の類句とともに普段からこれに習熟すれば変幻自在な手紙が即座に書けるようになると述べる。〔小泉〕
◆しゅかんぶん [1560]
〈尋常小学生徒用〉手簡文‖【作者】中村仁一作。高木六郎校。【年代】明治二九年(一八九六)序・刊。[大阪]松村九兵衛板。【分類】消息科。【概要】半紙本二巻二冊。作文の指導を体系的に行うために著者が考案した独特の学習帳的な消息文教科書。上巻を三年、下巻を四年に配当する。○(過去)・□(現在)・△(未来)・×(○□両方)・◎(自分に使う)・□(他人または先の人に使う)・+(自他両用)・…(文語に直す)・=(文語を話語に直す)といった記号を用い、例えば、「ワタクシハサンガクネンセイデゴザリマスとは、私は三学年生に御座候」という例文の上に、「□御座候◎」という注を記し、「御座候」という言葉が現在形で自分のことを言う時に用いる語であることを示そうとする。随所に「アシキトコロヲナホセ」「左ノ文字ヲ用ヰテ口上書ヲ作レ」「右ノ文語ヲ用ヰテ左ノ和語ヲ文語ニナホセ」等の問題が示されように、比較的難解な教科書である。著者によれば、本書はかつて同学の教師の教案に供え、生徒の自習用に使用したものとするが、どの程度流布したのかは不明である。本文をやや小字・一〇行・無訓で記す。下冊末に「郵便電信に関する注意」を付す。〔母利〕
◆じゅぎょうのしおり [1561]
〈上野村名〉授業之枝折‖【作者】群馬県師範学校編。【年代】明治一〇年(一八七七)刊。[前橋]群馬県師範学校蔵板。博文堂ほか売出。【分類】地理科。【概要】異称『上毛村名授業ノ枝折』。半紙本一冊。上毛地方の町村名を郡毎に掲げて綴った教科書。楷書・やや小字・一〇行・付訓で、群馬郡以下一四郡の一一四七町村を列記する。凡例には、別に出版された『上野村名習字帖』の教授とともに、県内全郡では膨大すぎるため、最寄りの数郡について、六〜四級の三段階に分けて教えることや、その学習に際しては丁寧な教授と暗誦が必要なことなど、指導上の心得数カ条を列記する。〔小泉〕
◆じゅくじこうしゃく [1562]
〈改正要文〉熟字講釈‖【作者】黒石古井作。【年代】安政(一八五四〜六〇)頃刊。[江戸]千金堂蔵板。[安中]千巻屋喜平治(古香軒)ほか売出。また別に[江戸か]千松堂板あり。【分類】語彙科。【概要】異称『四民要用熟字尽講釈』。中本一冊。消息に多用する用語を多く集めて両点(語句の左右に音訓)と略注を施した簡易な往来。『消息往来講釈』(『大全消息往来』†等に合綴)の一部をとって編んだもので、『消息往来講釈』所載の約四二〇語に対して本書は約一八五語を掲げる。また、略注にも若干の異同が見られる。本文をやや小字・七行・付訓で記す。〔小泉〕
◆じゅくじづくしこうしゃく [1563]
〈四民要用〉熟字尽講釈(初編)‖【作者】宮沢某作。【年代】嘉永(一八四八〜五四)頃刊。[江戸]積玉堂板。【分類】語彙科。【概要】異称『四民要用熟字尽講釈』。中本一冊。いわゆる近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†の語句を列挙して、音訓や割注を施した『消息往来講釈』(『大全消息往来』†中に所収)と全く同内容の往来。本書以外にも類書が数種見られる。本書の場合、「消息・音信・啓上・尊翰・芳墨…」から「…尊酬・貴答・御報・返報・大概・畢」までの語彙を大字・五行・付訓で記し、全ての語彙に割注または左訓を施す。柱に「初篇」とあることから、『続消息往来』に対応する二篇以降の刊行を予定していたもの思われるが、出版された形跡はない。〔小泉〕
◆しゅくじゅせんじもん [1564]
祝寿千字文‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊か。刊行者不明。【分類】歴史科。【概要】大本一冊。天地のなりたちや中国古代からの歴史などを綴った『千字文』型教科書(漢字四言二五〇句・合計一〇〇〇字)。「乾坤混沌、太始末形、両儀既判、日月胎明、森羅品類、次第互成、爰有神聖、托蹟現生…」で始まる本文を楷書・大字・四行・無訓で記した陰刻手本。〔小泉〕
◆しゅしかくんべんもうしょう [1565]
朱子家訓便蒙抄‖【作者】神林復所(良弼・伯輔・譲・復斎)注。神林保序。新妻年(実道・助月斎)跋。【年代】慶応元年(一八六五)序・跋・刊。[磐城か]助月斎蔵板。【分類】教訓科。【概要】異称『家訓便蒙抄』。半紙本一冊。寛永(一六二四〜四四)頃に明から来朝した陳元贇がもたらしたものと言われ、一説には陳元贇作ともされる『朱子家訓』の童蒙向け注釈書。本書跋文にも『朱子家訓』に二種(いずれも朱熹作ではない)あることに触れるが、明末の朱栢廬作『(朱氏)治家家訓』†とは別内容である。陳元贇の『朱子家訓』は、『童蒙須知』などとともに江戸初期より武家子弟の初歩教材として普及し、一部改編されて宝永五年(一七〇八)には『新実語教』†の書名でも刊行された。原文は「父之所貴者慈也。子之所貴者孝也…」で始まる一九条(各条ともほぼ漢字七字一句を基本とする二句一聯から成る)と後文からなり、徳目などを抽象的な文言で綴った教訓である。本書は、『朱子家訓』の各条毎に諸書を参照しながら施注した平易な注釈書で、見返に「百部絶板・不許売買」とあるように復所の知人や門弟など少部数が配布されたものらしい。本文をやや小字・一〇行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しゅしちかかくげん [1566]
〈高等小学習字帖〉朱子治家格言‖【作者】朱栢盧作。佐々木狂介注・跋。野沢玄宣校・序。郭尚先書。【年代】明治一六年(一八八三)序・刊。[三重県]三重出版会社(若林忠兵衛ほか)板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈高等〉小学習字帖』『小学習字帖朱文公治家格言』『朱夫子治家格言』。縦長本一冊。中国・明末の朱栢廬作『治家格言』を楷書・大字・四行・無訓で綴り、巻末に銅版刷りで「朱子治家格言略解」と題した簡潔・平易な注釈(小字・一三行・付訓の本文を再掲し割注を施す)を付した手本。ただし、本書では作者・朱栢廬を朱熹(朱文公)と混同する。〔小泉〕
◆しゅしちかかくげんじくん [1567]
朱氏治家格言児訓‖【作者】松井渙斎(健蔵・濤・秋水)作・序。乙骨耐軒(乙骨完・寛・碧僊)序。【年代】嘉永二年(一八四九)序。嘉永三年刊。[江戸]迎翠館蔵板。和泉屋金右衛門売出。【分類】教訓科。【概要】異称『治家格言児訓』。大本一冊。明末・朱栢廬作『治家格言』の童蒙用注釈書。『(朱氏)治家格言』は『朱子家訓』(陳元贇作か)と混同されたり、共に朱熹作との誤伝が近世期に生じたが、両者は全く別物である。『治家格言』は朝起きてからの一日の生活教訓と処世訓を具体的に示したものであり、抽象的な『朱子家訓』とは対照的。本書序文によれば、斉田氏の『国字解(経典余師〈朱氏家訓〉†)』と源澹然の『略解』の二書を参照しながら、『治家格言』をより平易に注釈したものが本書である。「黎明即起、洒掃庭除…」で始まる本文を三〇段に分けて大字で記し、小字・一一行大の注を付す。語意・典拠・故実等を引きつつ詳細な施注を試みており、例えば『経典余師〈朱氏家訓〉』と比較すると、どの部分の注釈も数倍の長文である。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しゅじゅうにちようじょうもく・みんかひつようじょうもく [1568]
主従日用条目・〈主従日用条目附録〉民家必用条目‖【作者】渓斎英泉(斎・池田義信・池田英泉・善次郎・一筆庵可候・無名翁・楓川市隠・白水)作。【年代】弘化二年(一八四五)刊。[江戸]本屋又助板。【分類】教訓科。【概要】異称『主従教草』。中本または半紙本二編二冊。前編『主従日用条目』は、天保一四〜一五年(一八四三〜四四)刊『分限心之的』†と同内容(ただし頭書の挿絵や記事を全て省く)。主として商家家内の各人の立場から心得を綴ったもので、「主人の式目」「女房の式目」「息男の式目」「娘の式目」「手代の式目」「小僕(でっち)式目」「乳母の式目」「下女の式目」の八章と、本書独自の「火の要慎之辨」(防火心得)から成る。後編『民家必用条目』は、主に町人・農民等や前編で触れられなかった舅・姑・養子などの心得を補ったもので、「諸商人之式目」「諸職人之式目」「農家之式目」「外舅・外姑之式目」「聟養子之式目」「藪医師之式目」「食客(いそうろう)之式目」の七章と後文から成る。上下編とも本文をやや小字・八〜九行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しゅせきぶんしょう [1569]
〈嶌原大夫〉手跡文章〈もんつくし〉‖【作者】多色軒編・序。よしざき・たかを・花崎・滝川・かほる・いくよ・よしほ・きん太夫・よしたか・こまち・はん女ほか書。【年代】延宝二年(一六七四)刊。刊行者不明。【分類】女子用(艶書)。【概要】異称『嶋原手跡文章』。大本一冊。京都島原における遊女(太夫)二一人の筆跡を模刻した女筆手本。男に送る短文の艶書一九通と恋歌二首(「しまはらのよるの契りも絶ぬへし、明なわひしきかつらきのきみ」ほか)を大字・無訓の独特な散らし書きで綴る。各丁毎に筆者が異なり、手紙または和歌の冒頭丁の上部に筆者である遊女の家紋、その下部に遊女の源氏名を掲げる。〔小泉〕
★じゅとくようぶんしっぽうぞう/じゅとくようぶんしちほうぞう [1569-2]
〈増補頭書絵入〉寿徳用文七宝蔵‖【作者】不明。【年代】天明二年(一七八二)刊。[江戸]蔦屋重三郎(耕書堂)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「年頭に遣状」から「元服之所え遣状」までの二五通を収録した用文章。五節句祝儀状や四季贈答の書状などを主とする例文を大字・六行・付訓で記す。また、見返しに「唐子の図」、口絵に「行成卿の伝」を掲げ、頭書に「書法指南」「大日本国尽」「五性名頭字」「偏冠尽」「書状封様図」「書状書初の事・同返事の事」「書留の高下」を載せる。なお、本書後半部に天明五年刊『万用手形鑑』†を増補したものが『用文章(仮称)』†である。〔小泉〕
◆しゅんえんじょう [1570]
春宴帖‖【作者】大谷永庵書。【年代】享和三年(一八〇三)刊。刊行者不明。【分類】社会科・教訓科・消息科。【概要】特大本一冊。大谷永庵筆の手本の一つ。「みちとせになるてふもゝのことしより、はなさくはるにあふそうれしき」以下九編の詩歌(『和漢朗詠集』)と『明衡往来』†冒頭の二状、さらに再び詩歌八編を掲げて、最後に『初登山手習教訓書(手習状)』†を収録する。いずれも大字・三〜四行・無訓で綴る。なお、刊年は『国書総目録』による。〔小泉〕
◆しゅんかおうらい・しゅうとうおうらい [1571]
春夏往来・秋冬往来‖【作者】@山竜池書。【年代】明和六年(一七六九)書・刊。[江戸]雁金屋義助板。【分類】消息科。【概要】特大本二巻二冊。上巻『春夏往来』、下巻『秋冬往来』から成る@山流の陰刻手本。『春夏往来』は首題を置かずにいきなり本文に入るのに対して、『秋冬往来』は冒頭に首題を置く。内容は『風月往来』†と全く同じで、前半一〜六月状を『春夏』とし、後半七〜一二月状を『秋冬』とする。本文を大字・二行・無訓で綴る。なお、下巻末に『和漢朗詠集』から抄録した詩歌八編を掲げる。〔小泉〕
★しゅんかしょう [1571-2]
〈御家〉春夏章‖【作者】乙部重政(青渓・子明)書。【年代】安永六年(一七七七)刊。[江戸]奥村喜兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。春・夏(一〜六月)の往復書簡を認めた陰刻手本。「新春之御吉慶不可有際限重畳申納候」と起筆する新年祝儀状を始め、子息の手習い入門挨拶状、桃の節句に雛人形を贈る祝儀状、初夏の花見物誘引状、五月雨の頃に笹粽を贈る手紙、夕涼み誘引状までの往復一二通を収録する。本文を大字・三行・無訓で記す。なお、巻末公告に本書の対になる『秋冬章』(石摺・近刻)を掲げるが刊行の事実は未詳である。〔小泉〕
◆じゅんけんじょう [1572]
順見状‖【作者】不明。【年代】天保八年(一八三七)書。【分類】社会科。【概要】特大本一冊。領主代官が越後国(新潟県)魚沼郡を始め領内の村々を順見する際の公文書に似せて綴った往来。前半は、代官の宿泊と待遇、公事の裁き、往還の運輸、旅人の扱い、穀類等作付けの吟味、土地利用の状況、荒地の開墾、海上運輸、代官順見主要地、接待の要領、農民生活の心得など、広汎な分野に及ぶ。後半には、庶民の日常文書、特に『御条目』『五人組帳前書』等で頻用される生活関係語彙を列記する(この語彙集は末尾が「…麩、飯汁、粥、饂飩麦切」で終わる零本)。いずれも本文を大字・三行・無訓で記す。〔石川〕
◆しゅんじゅうおうらい [1573]
春秋往来‖【作者】大谷永庵書。【年代】元文二年(一七三七)書。【分類】古往来。【概要】半紙本一冊。『十二月往来』†(古往来)の改題本。行書体・大字・七行(一行約一二字)で記し、朱筆で返り点・送り仮名を施す。朱筆は業広とは別筆と思われる。奥書に「春秋往来者後京極良経御消息云々。後十閑院准后御本を以拝写、落字等無正躰、重而可致拝写者也」「元文二年臘月十二日夜、於灯下書之、戌剋より子上剋に終之」とある。なお、本書冒頭の四通のみを収録した巻子本『春秋往来』(東北大学所蔵・三春秋田家旧蔵本)が別に存し、識語によれば同書は尊道親王筆であるから、『十二月往来』の書名とは別に『春秋往来』の書名も応永(一三九四〜一四二八)以前に存在していたことになる。〔石川〕
◆しゅんすいじょう [1574]
春水帖‖【作者】適斎書。臨泉斎(源好広)序。隠岐隆俊跋。【年代】天保三年(一八三二)跋。天保五年序・刊。[京都]升屋勘兵衛(須磨勘兵衛)ほか板。【分類】社会科。【概要】特大本一冊。『和漢朗詠集』所収の「今日不知誰計会、春風春水一時来」以下四九編の詩歌を大字・二〜四行・無訓で記した手本。跋文によれば、「洛東岡崎住藤田氏」の求めに応じて揮毫したものという。〔小泉〕
◆しゅんちゅうじょう [1575]
〈百瀬〉春中帖‖【作者】百瀬耕元書。【年代】寛政八年(一七九六)書・刊。[江戸]前川六左衛門板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。書名は第一状冒頭の「春中者求花見之友候而、飛鳥山遊覧いたし候処…」に由来する。大字・三行・無訓の百瀬流陰刻手本で、飛鳥山の花見の報告や端午節句祝儀の礼状、渡航の無事を祝う手紙、疱瘡見舞状、その他交際の手紙など一二通の消息文から成る。巻末に『和漢朗詠集』からの詩歌二編を載せる。〔小泉〕
◇じゅんとおうらい [1576]
巡都往来‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】異称『京内参』。横本一冊。天明三年(一七八三)刊『京内詣』†を部分的に改めた改題本。『京内詣』とほとんど同文の本文を大字・六行・所々付訓の手本用に作る。ただし、天明板所収の京都一二カ月の産物一覧や「年中二十四節」等の記事を全て省いた。〔小泉〕
◆しゅんぷうじょう [1577]
〈長雄〉春風帖‖【作者】船田耕山(雅通)書。【年代】宝暦一一年(一七六一)書・刊。[江戸]奥村喜兵衛(太保堂)板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「春風春水一時計会歌酒家々慶儀嘉齢延年祝詞目出度存…」で始まる新年状以下、四季行事・花鳥風月に関する書状や幕府宛て武家公用文など一六通と、詩歌八編を収録した長雄流手本。概ね大字・三〜四行・無訓で綴る。なお、書名は第一状の冒頭に因む。〔小泉〕
◆しょあきんどづくし [1578]
〈弘化新刻〉諸商人尽‖【作者】歌川芳虎(一猛斎)画。【年代】弘化(一八四四〜四八)頃刊。[江戸]美濃屋千八(千寿堂)板。【分類】産業科。【概要】中本一冊。文政一〇年(一八二七)刊『〈狂歌絵入〉商人尽』†(十返舎一九作)を模倣した往来物で、呉服屋から本屋までの三八業種に、「豆腐屋」(「身上はうすよりもなをまはりよし、まめにはたらくとうふやの見世」)と「手遊屋」(「千両箱くるまにつんでどんと、日出にさかふ家そめでたい」)の二業種を増補したもの。頭書に白酒・豆腐・饅頭・蒟蒻等の製法を載せる点もほぼ同様だが、総じて挿絵や記事内容に若干の異同がある。〔小泉〕
◇しょうえんこじょうぞろえこうしゃく [1578-2]
松延古状揃講釈‖【作者】不明。【年代】明治年間刊。[東京]伊勢屋庄之助(松延堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『松延古状揃絵抄』。中本一冊。「今川状」「手習状」「腰越状」「義経含状」「弁慶状」「熊谷状」「経盛返状」「大坂状」「同返状」「曽我状」「同返状」「正尊起請文」を大字・五行・付訓で記し、頭書に簡易な語注と挿絵を施した「古状揃」†の注釈書。〔小泉〕
◆しょうがいかんようしょう [1579]
生涯肝要章‖【作者】月相(知足庵)作・書。【年代】明和八年(一七七一)書。【分類】教訓科。【概要】異称『生涯の肝要』。大本一冊。主として子育てする者の立場から親孝行を諭した教訓。まず、人間の肝要も儒仏の教えの根本も「孝」の一字に尽きること、また、親が孝を尽くせば子も自然と孝行者に育つのであって、これこそが「子を教るの妙術」であると説く。さらに、老親を捨てようとした時に「その籠を持ち帰れば父を捨てる時に役立つ」との子の言葉によって不孝を悟った話(元覚の故事)を引いて、子どもはとかく親の姿を真似ることから、親自身が良き模範たるべきことを諭す。本文を大字・五行・無訓で記す。なお、本書後半部に短文の消息例文数通を付す(大字・三行・無訓)。〔小泉〕
◆しょうかおうらい [1580]
〈万家日用〉商家往来‖【作者】清妻靖斎序。西川竜章堂書。【年代】江戸中期作。文政(一八一八〜一八三〇)頃刊。[大阪]伏見屋嘉兵衛板。また別に[京都]菊屋七郎兵衛板あり。【分類】産業科。【概要】異称『〈万家日用〉商家往来〈寺子教訓書〉』。半紙本一冊。商家子弟用に商人の心得と商家要用の語句などを列挙した往来。冒頭に朝早起きしてから店じまいするまでの基本的心得から説き始め、接客、取引、記帳など商家各構成員の役割や、関連用語などを述べ、続いて、商家で取り扱う商品名(織物・衣類・染色、紙類、武具・馬具、家財・小間物・諸道具、薬種、魚鳥)の名称を列記し、締め括りに、商業は万国の産物を融通して民生日用に資することが第一義であること、従って不当な荒稼ぎをしてはならないことや、家門長久の基は正直であることなどを述べる。後半「寺子教訓書」†では手習いの大切さ、非行の戒め、学問出精を説く。本文を大字・四行・付訓で記す。なお、本書には装訂や付録記事の異なる二、三の異板があり、その初板本と思われるものには靖斎の序文と「堂島米相場」「商店風景」等の口絵を載せる。なお、本書の改題・改訂本に『商人往来』†がある。〔小泉〕
◆★じょうがきしたじ [1581]
状書下地‖【作者】書台円(書台閣)序。【年代】寛政五年(一七九三)序・刊。[大阪]鳥飼市兵衛ほか板。また別に[大阪]河内屋嘉助(万玉堂・杉岡嘉助)ほか板(文化一一年(一八一四)板)あり。【分類】消息科。【概要】横本一冊。佳節・時候の文を始め、民家日用の消息文例一〇六通を収めた用文章。月毎に文例を掲げ、特に上方の「禁闕神社仏閣、其外遊山翫水、時の果物」、すなわち年中行事や風物に関する手紙文を配した点に特色がある。本文を大字・七行・所々付訓で記し、随所に月異名や年中行事の時期等についての細注を施す。また、巻頭に「世俗誤来るを粗改出之」を掲げる。〔小泉〕
◆しょうがくおうらい [1582]
小学往来(初編)‖【作者】吉良義風作。浅野義明書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[大分]深静堂板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。小学校生徒の日常生活や学校生活上の諸教訓を七五調の文章で記した往来。楷書・大字・四行・付訓の漢字・片仮名交じり文で綴る。「大全世界ノ万物ノ霊ト生ルヽ験ニハ、男児女子ノ別ナク…」という書き出しで始まり、まず四民の別なく六歳からは良き師に付いて読み書きを習い、幼少より両親の教えや公法をよく守り、常に切磋琢磨せよと説く。そして、日本は神国であり先祖の大本は神に連なるものであるから毎朝神々を礼拝すべきであると諭し、その礼拝の仕方にも言及する。続いて、朝起きてからの身仕舞い、食事、登校準備、出発時の両親への挨拶、登校中の心得、特に授業中の学習態度について詳述し、さらに下校時の心得から夕食後の復習などについて記す。なお、巻末「吉良大人著書目表」に、吉良義風作の往来物数編の名と上梓年月を示す。〔小泉〕
◆しょうがくおんなひつようぶん [1583]
〈開化〉小学女必用文‖【作者】大島東陽(尭田老人)作・書・序。【年代】明治一二年(一八七九)序。明治一三年刊。[東京]高橋松之助ほか板。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。「遠国へ年始の文」から「歳暮の文・同返辞」までの三一通を収録した女用文章。例文は各種四季文・祝儀文・見舞状などで、いずれも大字・五行・付訓(所々左訓)で記す。従来の女用文章が「参らせ候」のように独特なくずし字(やつし文字)を多用してきたのに対し、本書では漢語風に「上候(まいらせそうろう)」「芽出度惶(めでたくかしこ)」の漢字表記を貫き、例文中にも漢語を適宜使用した独特の女子消息文を掲げる。頭書に「天皇御名」「十二月用文贈答摘語」「着物裁方の図」等の記事や消息用語集を収録する。なお、巻頭の「例言」では『女中用文玉手箱』†や『女千載和訓文』†から引用して「かしこ・かしく」の説明をする。〔小泉〕
◇しょうがくおんなようぶん [1584]
〈開化〉小学女用文‖【作者】大矢滝蔵作。【年代】明治二四年(一八九一)刊。[東京]大矢滝蔵板。また別に[東京]吉田桂之助板(明治二六年板)あり。【分類】女子用。【概要】異称『〈開化〉小学女文章』。中本一冊。「年始を賀す文」以下五〇通の女子消息文例を集めた女用文章。四季に伴う手紙や、日常の雑事、吉凶事に関する手紙などをそれぞれ往復文で収める。なお、明治二六年再板本には、「編輯印刷兼発行者、吉田桂之助」と記すが改竄か。〔小泉〕
◇しょうがくおんなようぶん [1585]
〈頭書類語〉小学女用文‖【作者】東京府学務課編。関葦雄作・序。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治一三年(一八八〇)序・刊。[東京]江島金太郎板。【分類】女子用。【概要】異称『小学女用文章』。半紙本一冊。いずれも往復文で、「年始悦の文」など四季・吉凶事・雑事に関する手紙一六通と、「出張人を呼戻す文」以下三通の電信文を載せる。本文を大字・四行・付訓で記す。頭書に、時候の言葉を始めとする消息用語を集めた「作文類語」や「源氏五十四帖」「女今川」「請取証并に送り状之事」などを掲げる。〔小泉〕
◆しょうがくおんなようぶんたいぜん [1586]
小学女用文大全‖【作者】加藤葦雄作。深沢菱潭(巻菱潭)書。杉の舎(季茲)序。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]吉田屋文三郎(木村文三郎・文江堂)蔵板。藤岡屋慶次郎(水野慶次郎)売出。【分類】女子用。【概要】異称『女用文大全』。半紙本二巻二冊。比較的長文の女文九一例を収録した大部な女用文章。上巻には「年始のふみ」から「月見催しの文」までの往復四六通、下巻には「饗応を請し礼の文」から「賀の祝ひに遣す文」までの四五通を載せる。ほぼ季節順に配列され、所々、諸用件の手紙を盛り込む。中には、潮干狩り、女子師範学校入学祝い、裁縫教授依頼、神武天皇祭日など当用の題材を豊富に盛り込む一方、下巻後半に種々見舞状・祝儀状などを収める。各例文を大字・四行・無訓で記す。頭書「作文類語」に、本文要語の音訓や略注、また類語・類句を多く掲げる。なお、本書上巻のみを抄録した改題本に明治二二年刊『女用文章大全』†がある。〔小泉〕
◆しょうがくかいかようぶん [1587]
小学開化用文‖【作者】岩崎茂実作。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]和泉屋市兵衛(山中市兵衛)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。前半に消息文例、後半に願書・届書・証書の書式を収録した用文章。消息例文は概ね往復文で「年始之賀文」以下五一通で、いずれも四季ならびに諸事に伴う漢語用文章である。後半の「諸届願証等之部」には「確受之証」以下三〇例を掲げる。本文を大字・五行・付訓(漢語の多くに左訓)で記す。頭書に、消息用の漢語を訊問・報謝・餽遣・貸借・嘱托・行楽・慶賀・慰問・時令・称呼の一〇部に分類した用語集(略注付き)のほか、関連の諸規則・書式をまとめた「証文類心得方」を載せる。〔小泉〕
◆しょうがくかいかようぶん [1588]
〈川島健二著述〉小学開化用文‖【作者】川嶋健二(川島健二・策癡斎)作。【年代】明治九年(一八七六)序・刊。[東京]大沢金蔵(五鳳楼)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈小学〉開化用文』『小学用文』。中本一冊。主に季節の漢語用文章を各月二〜六通ずつ収録した用文章。「賀新正文」から「歳暮啓・同復」までの四八通を載せる。紀元節・天長節・上野東照宮参拝・湊川神社参拝など明治初年の世相を反映した例文が目立つ。本文を大字・五行・所々付訓(漢語に左訓)で記す。頭書に、消息に多用する漢語をイロハ引きに編んだ語彙集「漢語略解」を掲げる。〔小泉〕
◆しょうがくぎょうぎほう [1589]
〈関口宇之助著〉小学行儀法‖【作者】関口宇之助(宇之輔・暫堂)作。【年代】明治九年(一八七六)刊。[東京]林吉蔵(紅英堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈習字〉小学行儀法』。半紙本一冊。「夫、人に、おしへなければ禽獣に、近しといふは古の、賢き人の口ずさみ…」と七五調・美文体で行儀作法を説いた教科書。人は万物の霊たるゆえに六歳からは学校で習うが、特に師の教えは守り努めよ、そして、自他にとって有益な言葉以外は語らず、人と口論をするな、たとえ富貴でもそれを自慢したり人を蔑視したりしてはならない、また、長上を敬い、下々を憐み、良友と交わり、父母への孝養はことさら努めなくてはならない、さらに、食事の作法、食後の運動や身の養生、また親孝行の具体例、両親の養育の恩などを説き、これに報いるためにも学問に打ち込み、立身出世し、父母の名をあらわす人こそ賢明であると述べる。本文中には行儀作法の具体的記述がないが、頭書「小学行儀式」に人倫・礼儀の大意から行住坐臥の作法について図解とともに解説する。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
★しょうがくさくぶんごひゃくだい [1589-2]
〈頭書類語〉小学作文五百題‖【作者】安井乙熊・岡三慶(道明)作。青木輔清校。岡三慶序。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]福田栄造(同盟舎)蔵板。[東京]内田弥兵衛ほか売出。【分類】消息科。【概要】異称『作文五百題』。中本四巻四冊。広告文によれば、第一は「極簡短ナル日用書牘」、第二は「四季贈答ノ文」「電信贈答ノ文」「願届受取諸証文」、第三は「祝辞紀事論文」「書状中要語類」、第四「祝詞雅文体尺牘」。第三巻まで出版した時点で例文が五〇〇題に至っていなかったが、当時の小学校では簡潔で端書等に便利な「雅文尺牘」の教授も多くなってきたことから、新たに第四部を添えたものという。第一巻は本文に「入校ヲ知ラセル文」以下一五〇通と頭書に替え言葉、第二巻は本文に「年始状」以下四四通の日用文、「安着ヲ報スル文」以下三八通の電信日用文、「養子願」以下三二通の諸証文類と頭書に「類語」および関連諸規則、第三巻は本文に「奈良大仏ノ背ニ題ス」以下各種作文一二〇題と頭書に「作文類語」、第四巻は本文に「賀年ノ啓」以下一二三通の例文と「夫家ニ在テ子ニ寄ル書」以下六題の作文と頭書に類語(漢語)をそれぞれ収録する。それぞれやや小字・六〜八行・所々付訓(第一巻のみ無訓)で記す。また第一巻冒頭に「伝(電)話機」、第二巻冒頭に「電信機」の図(銅版刷り)を掲げる。〔小泉〕
◆しょうがくさくぶんのおしえ [1590]
小学作文教‖【作者】西村(西邨)義民作・序。【年代】明治九年(一八七六)序・刊。[京都]田中治兵衛(文求堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『小学作文之教』。半紙本一冊。明治初年の作文教科書の一つ。著者の作文に対する考え方は、自序によれば、@「文章ナルモノハ自由ノ思想ヲ自由ニ発露スルノ器械」、A大切なことは仮名を正確に覚え、多くの熟語を記憶する、B文に習熟するために名詞・動詞・形容詞の順に覚える、というものである。例えば冒頭の「絲ハ、種々ノ、織物ニ、造ルベシ」の頭書に「美麗、衣装、高キ、低キ…」等の語を掲げるが、これは例文中の語句と交換し、「絲ハ美麗ナル衣装ヲ造ルベシ」などの文を考えさせようとするもので、題材は動植物・器物・人倫などに集中する。本文をやや小字・一〇行・無訓で記す。〔母利〕
◆しょうがくしていこころえぐさ [1591]
小学子弟心得草‖【作者】平井義直書(村上板)。【年代】明治四年(一八七一)頃刊。[京都]京都中学校(京都府)蔵板。村上勘兵衛売出。また別に[愛知]愛知県蔵板。永楽屋東四郎ほか売出もあり。【分類】教訓科。【概要】異称『〈小学〉子弟心得草』。大本一冊または半紙本一冊。「掛巻も、かしこき神の造々しゝ、御国の中に万物の、霊たる人に生れ出て、受得し性は善なりと、聖人君子も説ましゝ…」で始まる七五調の文章で、人倫一般から神国民・小学児童の心得までを説いた大字・三行・無訓の手本。前半で人の人たる所以が五倫の道を実践すること、後半で神武天皇の仁政を受け、今の世には小学校が出来、「人智を開化に」進め、漢学・洋学等の教育を施すことを説く。なお、京都府板のほかに愛知県板もある。〔母利〕
◆しょうがくしゅうじぼん [1592]
〈埼玉県下〉小学習字本〈農業往来之部〉‖【作者】伊藤直作。川島楳坪校。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[川越]菅間定治郎(明文堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『農業往来』。半紙本一冊。明治期新編『農業往来』の一つ。「抑農家之為営業、其事雖甚多、先考田畑之乾湿…」と筆を起こして、潅漑その他の農業施設や災害・飢饉対策、農作物(穀類・青物・商品作物等)、地勢・肥料・農地、地方・地券・地租その他租税、農具・種物、四季耕作・家畜飼育、家屋造作、織物・機具、食物・料理、農家心得などを略述する。まず本文を行書・大字・三行・無訓で記し、巻末に楷書・小字・一一行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◆しょうがくじょじてびきぐさ [1593]
小学女児手引草‖【作者】槙村正直(竜山)作。平井義直(春江)書。【年代】明治七年(一八七四)作・刊。[京都]大黒屋太郎右衛門(書籍会社)板。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。特に小学校女児用に綴った教訓。まず「世に益なく国に報ゆる業なき」人は人としての甲斐がなく、この世の衣食住の浪費者にほかならず、恥ずべきことであると述べ、女性も学問を志し、父母や舅姑への孝養を尽くし、夫を助け、子を育て、家業に従事し、世の中に貢献すべきことを諭す。そのためには、基本である読み・書き・算をよく学び、種々の女工(家事など女性としての務め)に励んで世に裨益せよと説く。本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
★しょうがくせいとかつようぶん [1593-2]
〈開明文例〉小学生徒活用文‖【作者】梅沢悦之助作・書。【年代】明治二六年(一八九三)刊。[東京]岡林蔦蔵板(発行者)、[東京]朝野文三郎(正文堂)売出(発売者)。【分類】消息科。【概要】中本一冊。冒頭に「請取書之例」「送状之書方」「口上書之文」をそれぞれ数例ずつ掲げ、続いて「往復之部」として「年始之文」から「歳暮之文・同返辞」までの消息例文三〇通を収録した用文章。「孝明天皇御祭日之文」「紀元節之文」など明治期ならではの主題や、東京の新名所や外国地名、西洋の文物などの名称を入れて例文が多い。本文を大字・六行・付訓で記す。頭書に「手紙の要字」「書状之心得」「書式類語」「十二月の時候」「諸証書文例」「証書心得」を掲げる。〔小泉〕
★しょうがくせいとこころえ [1593-3]
〈高山氏〉小学生徒心得〈修身之部・養生法之部〉‖【作者】高山直道作。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[大阪]前川宗七(文山堂)ほか板。【分類】教訓科。【概要】半紙本二巻二冊。上巻「修身乃部」と下巻「養生法乃部」からなる。上巻には、第一章「起床から帰宅後までの生活心得」、第二章「両親に対する態度」、第三章「兄弟姉妹」、第四章「教師に対する態度と学校生活」、第五章「朋友関係」、第六章「学習科目」の六章、また下巻には、第一章「空気」、第二章「食事」、第三章「食物」、第四章「運動・体操」、第五章「衣服」、第六章「入浴・睡眠」の六章について簡潔に説く。本文を小字・一〇行・無訓で記す。〔小泉〕
★◇しょうがくじんたいもんどう [1594]
〈生徒必携〉小学人躰問答‖【作者】上田鹿太郎作。【年代】明治八年(一八七五)刊。[堺]鈴木久三郎(双鶴堂)板。【分類】理数科。【概要】異称『〈小学必用〉人体問答』『〈上田鹿太郎編輯〉小学人躰問答』。半紙本一冊。第一章「総論(身体の概要・各部の名称、五感など)」以下、第二章「頭部」、第三章「胴」、第四章「四肢」、第五章「要所(眼・動脈等)」の五章にわけて、人体に関する名称・機能等を一問一答形式で示した教科書。本文を楷書・やや小字・八行・無訓で記す。「○人ハ天地間ニ於テ如何ナル物ナルヤ」以下全一一四の問答を収録し、巻頭に「全体面背之図」を掲げる。なお、本書と同類の教科書に明治九年刊『改正小学人体問答』†や同年刊『〈小学〉人体問答図解』†がある。〔小泉〕
◇しょうがくせんじもん [1595]
〈活用習字〉小学千字文‖【作者】西森武城作。高斎単山(滝沢有常・子恒・精一・三余堂)書。【年代】明治一九年(一八八六)作。明治二〇年刊。[東京]丸谷新八(九春堂)板。【分類】社会科。【概要】異称『〈作文習字〉小学千字文』。半紙本一冊。近代の主要な消息用語・日常語を集めたもので、いわば、近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†を『千字文』形式に改編した教科書。完全な四字一句形式をとる点で近世の『消息千字文』†よりも体裁が整っているといえよう。まず「消息文字、書状寸紙、愚札芳墨、余寒暖気…」と筆を起こして消息に多用する基本語彙を中心に、類語をさほど多く掲げずに種々雑多な語句を羅列するのが特徴。巻末にイロハ分けの語彙集その他を掲げる。本文を楷書・大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◇しょうがくせんじもん [1596]
〈新撰〉小学千字文‖【作者】斉藤真一郎作。赤松元序。太田卓之跋。【年代】明治一〇年(一八七七)序。明治一一年跋・刊。[岡山]斉藤真一郎(清風軒)蔵板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈版権免許〉小学千字文』『小学千文』。中本一冊。明治初年の日常語(漢語)を集録した『千字文』型教科書。「天地崇卑、乾坤高低、霄壌覆載、宇宙転移…」と筆を起こし、天地・四季・農産物・人倫・武器・芸能・飲食・身体・禍福・鳥獣等・鉄道・発明品その他の語句を列記する。本文を楷書・やや小字・八行(一行四句)・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょうがくちかみち [1597]
〈幼童〉小学近道‖【作者】島次三郎(圭潭・嶋桂潭)作。深沢菱潭(巻菱潭)校・書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]島次三郎蔵板。石垣新助ほか売出。【分類】教訓科。【概要】異称『〈幼童〉小学ちか道』。半紙本一冊。皇国民が守るべき三カ条、日本の地理、地球および世界地理、地形・海陸・産業、祝日・暦・四季、衣食住・家業等について七五調の文章で記した往来。「掛巻もかしこかりける皇国(すめくに)に、生繁りぬる民くさの…」と始まり、皇国民はまず第一条、神を敬い国土を愛し、第二条、天道を仰ぎ五倫を明らかにし、第三条、学問に出精すべきことを説き、次に、そもそも皇国民として国土をよく理解すべきであるとして日本の位置や領土、府県制や国内の名山や河川、さらに五大洲・五大洋、陸海の地形や自然現象、日本の港や通商・開化の状況、紀元節・天長節、太陽暦、四季時候、産業等について述べ、最後に各人が自らの家業に尽力することが孝の道であり、世の文明は人々の心によることを諭す。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
★しょうがくちきゅうもんどう [1597-2]
〈小林常男著〉小学地球問答‖【作者】小林常男作。宮崎信友序。【年代】明治一〇年(一八七七)序・刊。[長野]岩下伴五郎(向栄堂)板。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。米国ミッチェル『万国地誌』、英国ゴールドスミス『地理書』等を抄出・翻訳して仕立てた小学校用教科書。「一、問、我々ノ生活スル地球ハ何ニヤ」「答、此地球ハ太陽系統ニ属スル一ノ惑星ニシテ、太陽ノ周囲ヲ回転スルモノナリ」のような一問一答形式(合計約二〇〇問)で、地球に関する天文学・地理学・地学全般にわたる知識を列挙する。諸外国の風景・風俗・物産等の挿絵を適宜交える。本文を楷書・小字・一〇行・無訓で記す。〔小泉〕
★しょうがくどうじつう [1597-3]
〈新選〉小学童子通‖【作者】滝沢清編。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[東京]松田幸助(文書堂)板。【分類】産業科・消息科。【概要】小本一冊。明治一二年刊『〈滝沢清著・開化〉絵入商売往来』†と同年刊『〈新選絵入〉消息往来』†を合本した往来。銅版刷りの和装小本。本文を行書・五ないし六行・付訓で記す。目録箋に「名頭国尽/両点千字文/商売往来/消息往来」と記すので、「名頭国尽」等を合本した版も存したと思われる。〔小泉〕
◆しょうがくにちようぶん [1598]
小学日用文‖【作者】深沢菱潭作・書(本文)。渡辺資書(傍訓)。【年代】明治七年(一八七四)刊。[東京]書学教館蔵板。鶴屋喜右衛門(小林喜右衛門・仙鶴堂)売出。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。「歳首の文」から「歳暮の文・右に答る書」までの三八通から成る手本兼用文章。収録例文はいずれも漢語を多く含む往復文で、四季時候の手紙よりも諸用件の手紙が多い。「学校開業の文」「社友へ地球儀を送る文」「博覧会へ同伴を約す文」など文明開化を象徴するものも少なくない。本文を大字・四行・付訓(漢語に左訓)で記す。〔小泉〕
◆しょうがくにちようぶん [1599]
小学日用文‖【作者】千野光亨作。香川松石(r・熊蔵)書。【年代】明治二八年(一八九五)刊。[長野]宮坂栄次郎(日新堂)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。口上書類と消息文例を集めた用文章。冒頭に口上書類一三例を掲げ、続いて「品物ヲ註文スル文」以下一六通の日用雑文章と、「年賀状」以下一〇通の見舞状・祝儀状を載せる。本文を大字・六行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょうがくにちようぶんれい [1600]
小学日用文例‖【作者】井上権之輔作・序。佐久間丑雄校。平井義直書。【年代】明治一六年(一八八三)序・刊。[京都]山田安貞板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。巻一のみ現存。著者例言によれば、本書は、文部省頒布の『小学教則綱領』に基づき、小学読書科教科書として編纂されたもの。「日用普通ノ文例」を集めて、全五巻とした例文集という。巻一を「口上書類」にあて、「今日学校へ入学致し候」といった短文を大字・四行・無訓で記す。例言にいう「読書科ノ用書ニ充ルト雖モ之ヲ習字帖ニ兼用シ」という性格の結果であろう。なお、巻二以下は未見。〔母利〕
★しょうがくみんかんようぶん [1600-2]
小学民間要文‖【作者】大槻疇四郎(疇・栖霞)編。青木東園(理中・隆)・松蔭主人書。桂川国馨序。【年代】明治一六年(一八八三)刊。[東京]荒川藤兵衛(錦耕堂)板。【分類】消息科。【概要】半紙本二巻二冊。膨大な例文と類語、関連知識を盛り込んだ大部な用文章。上巻冒頭約五〇丁は目次ないし附録記事で、「尺牘贈答文語類聚」「書柬写式大概」「雅俗異名」の語彙集や、「日本帝国郵便規則節略」を収録し、続いて上巻に「時令贈答式之部」として「年始祝賀之文」から「歳暮之文・右之報牘」までの三六通と類語(替え文章・替え言葉)、また下巻「雑用式」に「商家用之類」として「商用品注文之文」以下一六通と類語、「農家用之類」として「田植に人を頼む之文」以下一八通と類語、「諸家通用之類」として「婚姻祝儀之文」以下一四通と類語を掲げる(合計四八通、類語二〇条)。本文を行書・大字・六行・付訓(漢語の多くに左訓)で記し、類語集は楷書・小字・一二行・付訓、割注付きで列挙する。また、上下巻の頭書に新年・春候・夏候・秋時・冬季の部類毎に類語や作文例を集めた「記事論説作文活法」を載せるほか、下巻後半部に「電信通音心得」「内国電信賃銭表」「小学民間要文電信用例(「書籍注文之文」以下六二例)」と同頭書に「作文用字略解」、続いて「証券印紙税則ノ節略」「小学民間要文証券書式(貸借預リ諸証文之類・質入書入諸証券之類・売買受取為換送証之類・人事ニ属スル証券之類に分け合計四九例)」と同頭書に「諸願届文例」九三例を掲げる。〔小泉〕
◆しょうがくようぶん [1601]
〈開化〉小学用文‖【作者】津田鎗蔵(秀林)作。【年代】明治二三年(一八九〇)刊。[東京]井上勝五郎(薫志堂)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「年賀ノ文」以下四六通の消息文例を収めた用文章。四季折々の手紙や、「試験後野遊誘引ノ文」「娘ノ奉公口ヲ頼ム文」「新酒ヲ贈ル文」「地面ノ売物ヲ知ラセル文」「明治詩歌集ノ原稿ヲ送ル文」など諸用件の書状等から成る。本文を大字・六行・所々付訓で記す。巻末に「代理委任状」「雇人請状」「職業弟子請状」を付す。頭書に消息用語集(類語集・異名集)を載せる。〔小泉〕
◆しょうがくようぶん [1602]
〈頭書類語〉小学用文‖【作者】青木東江(清輔)作。青木東園(理中)書。【年代】明治一一年(一八七八)書・刊。[東京]東生鉄五郎板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。消息文例と諸証文類文例を集録した用文章。前半の消息文例は「年始状」から「火災見廻の文・同返事」までの四八通で、いずれも四季または諸事に伴う例文である。中には「麦酒を贈る文」「洋行を告る文」「博覧会同行を促す文」など、新時代を象徴する例文も散見される。本文に関連する「本文類語」を頭書に掲げ、適宜言い換えの便を図る。後半「諸請取願届之部」に、受取類・請書類・証書類・願書類・届書之類の五項目に分けて、それぞれの書式(三九例)を載せるのが特色。本文を大字・五行(後半部七行)・付訓(所々左訓)で記す。また後半部の頭書に語彙集や、「印紙貼用心得」「地所規則之略」「建物売買書入規則」「代理委任略則」「利息制限略則」「弟子奉公期限」「出版条例略」「死亡届差出方順序略」等の諸規則を掲げる。なお、主としてこの諸規則の改正に伴う改訂版『〈頭書類語〉改正小学用文』が明治一七年に刊行されている。〔小泉〕
◆しょうかしゅうじぶん [1603]
商家習字文‖【作者】宇喜田小十郎(宇喜多練・浮田練・練要堂・翠雲山人・練雲)作・序。庄田胆斎書。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[京都]河島九右衛門(文化堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『〈商家〉習字文』『改正商売往来』。半紙本一冊。文明開化期の商業は、富国強兵に基づき内国の物産を増殖し、海外貿易を振興させるべきことを冒頭に述べた後、商業に関連する種々の用語を列挙した往来。輸出入等の貿易実務、日本通用金銀(貨幣・紙幣)と主要外貨の単位、衣類・絹布・織物類、五穀・野菜類、山海の動物・昆虫類、食物・割烹関連、干物、日用必需品、薬品、世界の珍宝(宝石・鉱物類)、水陸の軍機(武器・兵器)、家屋類、樹木・草花、発明品(機械)などの語彙を集録する。末尾に、初学の児童は努めて学び、商業において大成せよと激励する。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょうかしょじょうだから [1604]
商家書状宝‖【作者】西川竜章堂書。【年代】文化一三年(一八一六)刊。[京都]好文堂蔵板。河南儀兵衛(汲古堂)ほか売出。【分類】消息科。【概要】異称『〈商家日用〉書状宝』。中本一冊。「年頭祝儀状」から「二男別宅家買得祝儀状」までの一〇四通を収録した用文章。前半に四季・五節句の手紙や通過儀礼に伴う祝儀状などを含むが、大半が商用文で、商取引に関する多彩な例文を載せる。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょうがつおうらい [1605]
正月往来‖【作者】不明。【年代】江戸後期作・書か。【分類】社会科。【概要】「年甫之万福四海相等賀非家毎祝、万民呼泰平、其声順和、高山之雪消、緑増色、前河之水流成高声、皆是、春暖之験也…」で始まる全一通の新年祝儀状の形式で、新年行事、正月飾り・正月料理・正月風景など正月に関する用語や知識を記した往来。年中行事型往来として異色である。なお、重写本は本文を大字・七行・無訓で記す。〔小泉〕
◇しょうかどうさんすいじょう [1606]
松花堂山水帖‖【作者】松花堂昭乗ほか書。【年代】安永六年(一七七七)跋。安永七年刊。[京都]石田善蔵板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。跋文によれば、惺々翁(松花堂)とその門人の筆跡の正しいものを選んで上梓し、同志に配った手本。お茶進上を始めとする贈答の文やその他の雑文章一二通から成る。このうち、末尾三通は法童坊・豊蔵坊など門人筆という。本文を大字・三〜五行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょうかにちようしょじょうようぶん [1607]
商家日用書状要文‖【作者】不明。【年代】天保一四年(一八四三)刊。[大阪]播磨屋理助ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『書状案文』。中本一冊。文化一一年(一八一四)刊『〈御家〉一筆啓上』†を模倣して編んだ用文章。「年始の文」から「豊年満作を祝ひ寿く文」までの五二通を収録する。例文をほぼ五節句・四季、通過儀礼、凶事・不幸事の順に配列し、それぞれ大字・五行・所々付訓で記す。「商家日用」と題しながら商取引に伴う例文が見られない。後半部には書簡用語集たる「略字大概」、「借用申金子之事」〜「里子預一札」の証文文例一〇例を集めた「証文手形随一」(大字・六行・付訓)を掲げ、さらに巻頭に「富士眺望の図」「住吉宝市之図」、巻末に「破軍星くりやう」を載せる。〔小泉〕
◆しょうかにちようしんご [1608]
〈頭書註解〉商家日用新語‖【作者】佐藤百太郎作。西城忠之書。嶋村利助序。【年代】明治四年(一八七一)序。明治五年刊。[東京]嶋村利助(島村利助・英蘭堂)板。【分類】産業科。【概要】中本一冊。文明開化期の貿易品や舶来品の増加に伴い、商業関連の新語に焦点をあてて編んだ往来。通貨(金・銀・銅貨、旧貨幣、外貨)、衣類・布帛・織物、食料(穀物・パン・菓子・肉・茶・醸造品等)、薬種(薬品)・重量の単位、果物、樹木、兵器類、発明品、家財・日用品・諸道具・文具、金石類、鳥獣類、観測機器・交通機関・紡績機等、代表的な海外の貿易港に関わる語彙を順次列挙し、最後に油断なく商売すべきこと、起業や商取引の要点、必要な学問などの心得に触れる。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書「註釈」には、本文要語、特に舶来品等の新語について略注を施す。〔小泉〕
◆しょうかようぶんしょう [1609]
〈嘉永新彫〉商家用文章‖【作者】不明。【年代】嘉永(一八四八〜五四)頃刊。[大阪]河内屋平七板(安政(一八五四〜六〇)頃板)。【分類】消息科。【概要】異称『増補書翰大成』。半紙本一冊。内題が同じだが、天保二年(一八三一)頃刊『増補書翰大成』†とは別内容。嘉永以前刊『商人書状鏡』†から前半の二七通をとって改題したもの。『商人書状鏡』は商人用文よりも四季・五節句、その他の雑事に関する例文のウエートが高いが、本書においても同様で、四季・五節句の書状一一通、その他書状一一通に対して、商人用文は「初而荷主へ遣状」〜「算用違申遣状」の五通に過ぎない。本文を大字・五行・付訓で記す。目録上部(頭書)に「年中時候之案文」を掲げる。また裏見返に「十二支」「十干図」「月之異名」を掲げる。〔小泉〕
◆しょうかようぶんしょう [1610]
〈商人通用〉商家用文章‖【作者】文慶堂書。【年代】天保一五年(一八四四)刊。[大阪]刊行者不明。【分類】消息科。【概要】異称『〈御家流〉商家用文章』『一代用文章』。半紙本一冊。前半に「年始祝儀状」から「馳走逢たる礼状」までの三四通、後半「証文手形鏡」に「金子借用証文」から「里子預一札」までの証文文例一〇通を収録した用文章。「商家…」と銘打つが、証文以外の消息例文には商取引に関する書状が見えず、五節句その他慶事の祝儀状や凶事に伴う見舞状など一般的な例文がほとんどである。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「士農工商図」と「書(ふみ)」の語源・字義、巻末に「国尽(郡附)」「書状之事(簡易な書札礼)」を付す。なお、本書の増補・改題本に弘化三年(一八四六)刊『一代用文章』†がある。〔小泉〕
◆しょうかようぶんしょう [1611]
〈万家至宝〉商家用文章‖【作者】溝江小笠斎書。長谷川実信画。【年代】安政(一八五四〜六〇)頃刊。[大阪]綿屋喜兵衛(金随堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『用文章』。半紙本一冊。主に「四季用文」「凶事用文」「商用文」の三部から成る用文章。それぞれ「年頭祝儀状」〜「歳暮祝儀状」の二〇通、「病気見舞状」〜「不幸悔之状」の六通、「店開肇歓之状」〜「元服歓之状」の四二通の合計六八通を収録し、例文を大字・五行・付訓で記す。目録部分の頭書に「商人家業繁栄之図」「五性有気無気事」「篇旁冠字づくし」「富士山之図」「大日本国名づくし」を掲げるが、このうち「商人家業繁栄之図」には「前田金随堂」の店頭風景を描く。〔小泉〕
★しょうがんかいしょしき [1611-2]
証願届書式‖【作者】沢地周助編。【年代】明治一〇年(一八七七)刊。[鴻巣]長島為一郎(盛化堂)蔵板。[桶川]松盛謙二郎ほか売出。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「諸物品請取」から「離縁状」までの証書類七五例と、「願伺及建言書式」から「帰国届」までの願伺届類一一六例の合計一九一例を収録した用文章。膨大な書式・文例を集めたもので、末尾に「証券印税規則」と「受取諸証文印紙貼用心得方規則」を掲げる。本文は概ね楷書・小字・一〇行・稀に付訓で記し、適宜図解を示す。〔小泉〕
◆しょうかんひげん [1612]
〈童女教訓〉松間鄙言‖【作者】三橋源三郎(梅朧館)作。金谷橘井館序。竜雷神人(貫道)跋。月岡雪鼎・周山・慶羽・雪岑・菊秀・柳時・玉瀾ほか画。【年代】明和四年(一七六七)跋・刊。[大阪]田原屋平兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『童女教訓松間鄙言』『〈童女教訓〉松間悲言』。半紙本四巻四冊。和漢の故事や古歌を引いて記した絵入りの女訓書。巻之一は「一、恋と無常は鄰同士」以下五章、巻之二は「六、七(ななふ)寂しきお齋(ものいみ)の閨(ねや)」以下五章、巻之三は「十一、払底なものは歌よむ恋」以下五章、巻之四は「聟の心に白装束」以下四章を収録する。まず、「神も仏もおもふ人も只一すしの誠より恋なは」同じであること、「色を思ふ心を入通(しみとお)」すのが貞女・賢女たること、また、「苦労のたえぬが女の役」であることなどから説き始め、貞女のありようや女性の身だしなみ、恋愛・婚礼にまつわる心得を諭す。本文をやや小字・九行・付訓で記す。巻末に本書後編の『松間喜言』の広告を載せるが未刊であろう。〔小泉〕
◆しょうぎょうおうらい [1613]
〈開化新撰〉商業往来‖【作者】鎌田在明(喜宇山人)作・書。【年代】明治二五年(一八九二)刊。[東京]鎌田在明(深松堂)板。【分類】産業科。【概要】中本一冊。近世流布本の祖となった元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†(堀流水軒作)を基本に、適宜、近代社会の用語に置き換えて綴った改編版。例えば、元禄板の「大判・小判・一歩・二朱。金位品多く、所謂、南鐐・上銀子・丁・豆板・灰吹等、贋と本手を考え…」を本書では「金銀貨・紙幣・銅貨・贋造手本・見本…」のように改める。このような語句の出入りはあるが、元禄板と同傾向の語句で綴る。「凡、商業者、持扱文字、員数、取遣日記、証文、受取、質入、算用帳、目録、仕切之覚也…」で始まる本文を大字・五行・付訓で記すが、書体は楷書と行書を織り交ぜる。〔小泉〕
◆しょうぎょくしゅう/さぎょくしゅう [1614]
瑣玉集‖【作者】比丘円一作。【年代】康応元年(一三八九)作。慶長二〇年(一六一五)書。【分類】古往来。【概要】異称『瑣玉抄』。大本一冊。「天一大、日月明、地土也…」のように三字一句・二句一聯の構成で、漢字学習の口誦と記憶の便を図った古往来。「天=一+大」「日+月=明」のように、字形と字義と意味とを結びつけた点に特徴がある。慶長二〇年写本は、楷書に近い行書・大字・八行(一行四句)・ほとんど付訓で記し、五九八句・二九九聯・一七九四字を収める。室町中期写本を底本とした『続群書類従』巻八八八所収本と比較すると、慶長二〇年写本には独自の五九句を増補する一方、『続群書類従』に見える二四句を脱落する。近世においては、天和三年(一六八三)刊『小野篁離合歌』†、江戸前期刊『弘法字尽』†等の改題本が刊行されたが、古写本と刊本の間にも句数・字数にかなりの相違が見られる。なお、作者は信州・小菅山麓の人という。〔石川〕
★しょうけんようぶん [1614-2]
〈河杉太郎編輯〉証券用文‖【作者】河杉太郎(南峰処士)作・序。【年代】明治七年(一八七四)序・刊。[東京]吉川半七蔵版。[大阪]前川源七郎ほか売出。【分類】消息科。【概要】横本一冊。証文手形等の雛形を集録した用文章。巻頭に「証券印紙貼用雛形(請取・諸証文)」を図示し、続いて「金銭請取書」から「乳母請状」までの三一通を載せる。本文を大字・八行・付訓で記し、ごく稀に左訓を施す。〔小泉〕
◆しょうしゃおうらい [1615]
商社往来‖【作者】加藤祐一作。片桐霞峯(意誠)書。高橋寿世序。【年代】明治六年(一八七三)刊。[大阪]河内屋喜兵衛(柳原喜兵衛・積玉圃)板。【分類】産業科。【概要】半紙本二巻二冊。商社設立に関する法令、約定書、会社規則、外国人の雇用手続きなど、近代商業に関する知識・心得を全一二通の往復書簡に認めた往来。一通の手紙文中に関連法令を丸々挿入し、冒頭・文末のみを手紙文に整えた形式的な消息文も多く、各状の長さにも極端な差がある。上巻には「商社創立之約定書案文添削、并商社褒美・罰金之規則草稿借用申入るゝ文」「商社心得方、并願意之大略草稿借用」とその返事の合計四通を収録し、前者返状では「約定書」三一カ条、「社中褒賞則」九カ条、「社中罰金則」八カ条を、合計二二丁半(四五頁)、実に上巻の六割近い頁を割いて掲げる。また、下巻には「差配人其外より取置書面ならびに商社役々職掌案文添削を頼む文」「株札を売出す商社願意之大略草稿、并諸入費・益金等之算計加筆をたのむ文」「株札売渡之規則、株札之書式大概を相談する文」「外国人雇入之手続ならびに約定書之可否を問合す文」「売買品日切約定之案文を貸遣す文」「外国出店願意之大略草稿を貸遣す文」「新工夫之品専売願意之書抜、新聞紙に載せ度旨書籍会社へ申入るゝ文」など八通を収録する。このように、本書は書簡文の体裁で商社運営に関する法規・技術・用語全般を教えた特異な往来である。本文を大字・六行・付訓で記す。作者・加藤祐一はこの種の往来・入門書をいくつも手掛けており、同じ板元から『銀行規略』†『会社辨講釈』『交易心得草』などを出版している。〔小泉〕
◆じょうじゅうにつき [1616]
〈都文章〉状十二月‖【作者】松岡成章斎書。銭屋長兵衛序。【年代】文化一三年(一八一六)刊。[京都]中川藤四郎ほか板。また別に[京都]中川新七ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『都文章状十二月』。半紙本一冊。書状風に綴られた銭屋の序文によれば、文化元年刊『商人書状蔵』†と文化七年頃刊『商人文章』†が好評であったため、その続編として主に四季用文を月次順に収録した本書を出版したもので、この三書が揃えばいかなる用向きに対処できると述べる。角書「都文章」は、例文中に京名所(行事)を多く盛り込むことに由来する。例文は月々の部(一二部)に分けて収録するが、これらの中には季節に無関係のものも含まれ、それらは目録に「○別家を主人へ賀する状」(二月之部)のように冒頭に○印を付けて区分する。収録書状数は正月「年始祝儀状」等一○通、二月「余寒見廻状」等二○通、三月「上巳祝儀状」等一四通、四月「○太々神楽参宮状」等一四通、五月「端午祝儀状」等一○通、六月「暑気見廻状」等一○通、七月「七夕祝儀状」等一六通、八月「八朔祝儀状」等一二通、九月「重陽祝儀状」等一二通、一○月「時節見廻状」等一四通、一一月「髪置祝儀状」等一四通、一二月「寒気見廻状」等一二通の合計一五八通で、本文を大字・六行・付訓で記す。〔小泉〕
◆じょうしゅうはるなもうで [1617]
〈享和新撰〉上州榛名詣‖【作者】清水玄叔(烏涯散人)作。高井蘭山校。滕耕徳書。葛飾北馬(有坂北馬・光隆・五郎八・蹄斎北馬・駿々斎)画。【年代】享和三年(一八〇三)書・刊。[江戸]花屋久治郎(星運堂)板。また別に[江戸]西村屋与八(永寿堂)ほか板(後印)あり。【分類】地理科。【概要】異称『榛名詣』。中本一冊。「此秋上野国に名立る榛名山江参詣いたし候…」で始まるように、上野国榛名山周辺を旅行した者が綴る紀行文風に同地の名所旧跡・神社仏閣その他の地理や縁起・由来等を書き記した往来。本文を大字・五行・付訓で記す。その冒頭部で「中仙道高崎駅迄は『妙義詣』の文に譲りて…」あることから、本書は寛政六年(一七九四)刊『上州妙義詣』†の続編として編まれたことが明らかである(この両書と天保一一年(一八四〇)作『赤城詣』†の三部は上州地方の三大往来とされる)。従って、本書は高崎城下に一宿する場面から始まり、並榎村天竜寺・本郷村榛名本戸明神・室田村長年禅寺を経て榛名山に至る順路に添って、秋の風景描写を織り込みながら参詣路のあらましを紹介する。巻頭に「榛名山略図」、頭書に「榛名山名所案内記」を収める。〔小泉〕
◆★じょうしゅうみょうぎもうで [1618]
〈新撰〉上州妙義詣‖【作者】高井蘭山作。高橋尚富書。【年代】寛政六年(一七九四)書・刊。[江戸]花屋久治郎(星運堂)板。また別に[江戸]山本平吉(栄久堂)板(文政四年(一八二一))あり。【分類】地理科。【概要】異称『〈新撰〉妙義詣』『妙義往来』。中本一冊。妙義山参詣を志す人へ同道を申し出る手紙の形式で、江戸から妙義山までの沿道の名所旧跡や上州妙義大権現などを紹介した往来。まず、江戸・本郷通りを出発し、巣鴨庚申塚・護国寺までを略述し、以下所々、「畷続(なわてつづき)に板橋や、蓮沼・志村打過て、戸田の壙野の花薄…」のように七五調の文章で、戸田・蕨・浦和から高崎・佐野・安中までの順路を示し、さらに妙義大権現の縁起・由来、結構や社殿の様子、景趣、また近辺の名所や眺望などを記す。本文を大字・五行・付訓で記す。前付に「上州妙義山全図」「日本七峯」「上野十二社」、頭書に「漢音・呉音の辨」「日本の言語・四声の弁」「名頭字の辨」「古今大部の書」「開闢以来年数」「干支異名」「二十四番花信風」等を載せる。また、文政四年(一八二一)再板本には、裏表紙見返に略地図「妙義詣案内」を付す。なお、本書の続編が『上州榛名詣』†である。〔小泉〕
◆しようしょう [1619]
至要抄‖【作者】不明。【年代】鎌倉前期作か。古写本は明応七年(一四九八)書。ほかに近世写本に慶安三年(一六五〇)写本がある。刊本は安政五年(一八五八)刊。[京都]真六角堂能満院板。【分類】教訓科。【概要】異称『至要鈔竝制戒文』『至宝抄』。慶安三年写本は横本一冊。安政板は半紙本一冊。「入釈門新学、以学文為先、交儒家少生、以礼儀為始…」で始まる五言一句、一六四句(『続群書類従』第九四五)あるいは一七二句(安政五年刊本)、または一七六句(慶安三年写本)から成る教訓で、空海作にも仮託されるが作者は未詳。内容は、『実語教』†と同様に学問の意義や姿勢、勤学のあらましや人倫一般、生活心得、来世を念頭においた現世での過ごし方を説いたもの。文言中に『実語教』『童子教』や室町前期作『実語教注』†と酷似した文言が随所に見えるため、それらとの関連が注目されるが、内容面から本書が『実語教』と『童子教』の橋渡しをしたとする説もある。ただし近世の寺子屋教育ではあまり使われた形跡はなく、唯一の刊本と思われる安政五年刊『至要鈔竝制戒文』(『至要鈔』と『弘法大師制戒文七十二箇条』を合綴)も純粋な往来物とは言い難い。なお、慶安三年写本、安政五年刊本ともに楷書・大字・六行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょうしょうはっけい [1620]
瀟湘八景‖【作者】尊円親王書。【年代】明暦二年(一六五六)刊。[江戸]松会市郎兵衛(松会堂・加藤市郎兵衛)板。【分類】社会科。【概要】大本一冊。「瀟湘八景(瀟湘夜雨・洞庭秋月・遠寺晩鐘・遠浦帰帆・山市晴嵐・漁村夕照・江天暮雪・平沙落雁)」を詠んだ詩歌を大字・四行・付訓で綴った手本。〔小泉〕
◇しょうしょうはっけい [1621]
瀟湘八景(仮称)‖【作者】馬場春水(政房・野翁・青池堂・春海堂)書。【年代】延享四年(一七四七)書・刊。[江戸]須原屋安兵衛板。【分類】社会科。【概要】大本一冊。前半に「瀟湘八景詩歌」を、後半に消息文を収めた大字・無点の馬場流手本。内容は前項に同じ。後者は日常やりとりする書状約二〇通を掲げたもので、末尾に仮名文五通を含む。馬場春水八五歳の書である(その前年の延享三年刊『庭訓往来』には「野翁春水八十四歳書」と記す)。〔小泉〕
★しょうしょぶんるい [1621-2]
〈人民必携〉証書文類‖【作者】窪田梁山(久保田梁山・行)作。築山貞徳校。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[東京]吉田屋文三郎(木村文三郎・文江堂)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。『十二月用文』†の下巻として編まれ、単行本としても刊行された用文章。「公債証書売渡之事」から「年季雇人請状」までの証書類三二例を収録する。本文を概ね大字・五行・ほぼ付訓で記す。また、頭書に「諸規則心得」「諸届類」等を掲げる。〔小泉〕
◆しょうしょぶんれい [1622]
証書文例‖【作者】福本源吉作。【年代】明治九年(一八七六)刊。[姫路]本荘輔二(樊圃堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈福本源吉輯〉改正証書文例』。横本一冊。明治七年刊『〈福本源吉輯〉証書文例』†を大幅改訂したもの。「耕地書入証」から「乳母奉公請状」までの三四例の証書類文例を示した実務的な用文章。耕地・地所・家作・借地・借家・金子借用・蔵預入・荷物輸送・為替手形・年季奉公・雇用等に関する例文で、印紙・割印などを示した実用的な雛形として載せ、随所に証券印税規則上の注記を伴う。本文を行書・大字・一〇行・無訓で記す。末尾に「証券印税規則」「印紙貼用早引」「帳簿印税心得」「建物書入質図面雛形」「訴訟用罫紙心得」を収録する(楷書・小字・一三行・無訓)。〔小泉〕
◇しょうしょぶんれい [1623]
〈福本源吉輯〉証書文例‖【作者】福本源吉作。【年代】明治七年(一八七四)刊。[姫路]本荘輔二板。【分類】消息科。【概要】三切本一冊。明治七年八月の「証券印税規則改正」に伴って編まれた証書類の書式集。「年季奉公人請状」から「年賦並合証文」までの二五例を収録し、巻末に「証券印税規則」「太政官布告」などを付した実用書。雇用・耕地(質入・小作)・地券・借家・譲渡・為替・借用に関する書式が中心。本文を小字・一六行・無訓で記す。なお、本書を大幅改訂した『証書文例(改正証書文例)』†が明治九年に出版された。〔小泉〕
◇しょうしょぶんれい [1624]
〈明治新刻〉証書文例‖【作者】本多芳雄作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]山口屋藤兵衛(荒川藤兵衛)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「金子借用之証」から「受取証(二例)」までの証文類書式一九例を掲げた用文章。本文をやや小字・七行・付訓(所々左訓)で記す。表紙見返に「印紙種類并定価表」を掲げ、頭書に「証券印紙税則略」「証書認方心得」「家作売渡書入心得」を載せる。〔小泉〕
◆じょうずおうらい [1625]
常途往来‖【作者】不明。【年代】鎌倉中期作。古写本は南北朝時代書。刊本は享保八年(一七二三)刊(推定)。[江戸]翰香館板。【分類】古往来。【概要】巻子本一軸。官位昇進の願望、西国下向につき旅具を借用、会宴張行、家領についての訴訟、南都北嶺の僧徒の精進、洛中の繁栄、四季の推移等の諸事項にわたって消息用の単語・短句・短文を集めた古往来。南北朝期写本(謙堂文庫蔵)は、巻子本一軸で、草書体・一行約七〜一〇字・無訓で記す。また、享保八年刊と推定される刊本は内容の一部が省略された陰刻の折手本で、草書・半折一行(一行約一〇字)・無訓で記す。〔石川〕
◆しょうそくあんもん [1626]
消息案文‖【作者】黒沢翁満作。松本安樹比止序(前編)。竹之下真蔭跋(前編)。額田氏古序(後編)。【年代】文政一二年(一八二九)作。天保四年(一八三三)序・刊(前編)/嘉永三年(一八五〇)作。安政六年(一八五九)刊(後編)。[名古屋]永楽屋東四郎板。【分類】消息科。【概要】横本二編三巻三冊。近世後期の歌人・黒沢翁満が編んだ雅文消息集。「中昔の詞どもに今の俗言を引当て、今の世の事物を古へめかして、古への詞を今の世の心につかふべく」著したもの。まず前編巻頭の「惣論」で雅文消息の要点を述べ、続いて雅文消息にふさわしい語彙・表現(「文言葉」「年始の文」「暑気見廻の文」「寒気見廻の文」)を掲げ、さらに五十音順に雅語を列挙し細字で解説する。また後編は、具体的に『源氏物語』『宇津保物語』『落窪物語』『狭衣物語』『住吉物語』『栄花物語』『蜻蛉物語』『枕草子』『大和物語』から一五〇通に及ぶ消息文を抽出し、さらに、それぞれ当世風に翻訳した俗文を掲げて対照させたものである。本文をやや小字・一四行・無訓で記す。なお後編凡例には、本書出版の趣旨や経緯、雅文・俗文について詳述する。〔小泉〕
◇しょうそくおうらい [1627]
消息往来‖【作者】寿哲書。【年代】室町前期作。文明一八年(一八四六)書。【分類】古往来。【概要】中本一冊。加茂参篭、四天王寺の御塔供養、訴訟裁許など、日常の行事・案件にかかわる五双一〇通の手紙文より構成された古往来。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†とは別内容。右筆寿哲(伊予国瑞泉寺、生年二六歳)による文明一八年筆写本が唯一の古写本。行書体・大字・八行・稀に付訓(返り点・送り仮名)で記す。本書には「富士野往来」「異名尽」が合綴されており、特に後者は「四季異名」「月異名」「鏡異名」「刀異名」「扇異名」「紙異名」「銭異名」「橘異名」「瓜異名」「舟異名」等の異名を多く収録し、語彙科・名寄型往来の先駆としても重要である。〔石川〕
◇しょうそくおうらい [1628]
消息往来(仮称)‖【作者】山角柳堤(山角貞楢か)書。【年代】安永七年(一七七八)書・刊。[江戸]須原屋茂兵衛板。【分類】消息科。【概要】原題は『御家消息字苑』か。大本一冊。安永七年一月刊『累語文章往来(消息往来)』の改編本で、同書と同年(安永七年一一月)の刊行ながら、内容の異なる『異本消息往来』。「抑消息者、一筆啓上、啓達、任筆、染亳、致、令、仕、尊書、貴札、芳翰、花簡、貴墨、御状、手紙、玉章…」で始まり、手紙の尊称・肩書・安否・肉親親族・商売・旅行・通過儀礼・作事・芸能・宗教・医薬・人倫など多岐にわたる語彙を列挙した後、最後を「…要用之内、不立次第、憚成文言且甚不祥語者、除之、随思出、些少書集訖。猶追々可得御意候。不具謹言」と結ぶ。本文を大字・四行・付訓(語句の大半に両点)で記す。『累語文章往来(消息往来)』が中本で書体も乱雑であるのに対し、本書は青蓮院宮御直弟を名乗る山角柳堤による謹厳な筆跡の手本である。書簡用語を書状の形式に列挙的に並べていく方法は、近世期、元禄前後の『百候往来』†に始まり、享保一七年(一七三二)、細井広沢作『〈広沢先生〉消息往来』†で一通の書状形式に確立し、『累語文章往来』へと流れていくが、本書はあまり流布しなかった。〔母利〕
◆しょうそくおうらい [1629]
消息往来‖【作者】長雄東雲書。【年代】江戸中期刊。[江戸]北島長四郎ほか板(文化九年(一八一二)板)。【分類】消息科。【概要】異称『長雄消息往来』。大本一冊。長雄流書道手本の一つ。安永七年(一七七八)刊『累語文章往来(消息往来)』†とは別内容で、「改年・新春・肇暦・陽春・年頭・年始…」以下、消息に使用する語句を類語・類句毎にまとめて列挙した往来。『累語文章往来(消息往来)』と異なる点は、全文一通ではなく、三通の手紙文風の文章中に語彙を羅列する点と、前半部が披露状形式の新年状とその返状のスタイルをとるように、武家用の書状用語を多く盛り込む点である。本文を大字・四行・無訓で記す。なお、本書末尾の署名に「長耕雲二世」とある。長雄耕雲は寛延二年(一七四九)に没しているので、本書の刊行年はそれ以後と思われるが、『江戸出版書目』には『長雄消息往来』の書名が見え、それによれば、宝暦七年(一七五七)、江戸・奥村喜兵衛板である。従って、本書が安永板『累語文章往来』や高井蘭山編、寛政五年(一七九三)刊『累語文章往来(消息往来)』†に先行することはほぼ明らかである。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1630]
消息往来‖【作者】梅沢敬典書。太田長具(杉宇)跋。【年代】安政二年(一八五五)跋。文久元年(一八六一)刊。[江戸]岡村屋庄助(尚友堂)板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。安永七年(一七七八)刊『累語文章往来』†の改編版の一つ。「凡、消息者一筆、一翰、奉啓上、仕、致啓達、令啓、以手紙申入…」で始まる文章中に消息用語(類語・類句)を列挙した手本。安永板とは語句にかなりの出入りがあり配列も異なる。端作(手紙の冒頭語)に続いて時候の言葉、さらに安否を問う言葉へと続き、以下、武家公用語、日月、主要都市、種々用件の文言、交際、会合、家宅、勤務、生活、商業、運輸・交通、社会、法令、宗教、学問、人倫、養生、保険、節句・年中行事、宴席、婚礼、出産、通過儀礼、祝儀、書止・脇付までの語句を羅列する。なお、本文を行書・大字・五行・無訓で記し、巻末に楷書・小字・一〇行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1631]
消息往来‖【作者】横川文一(章庵・三羊)作・書。加藤正規序。【年代】明治八年(一八七五)序・刊。[横浜]佐野屋富五郎(尾崎富五郎・錦誠堂)板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。近世流布本『消息往来(累語文章往来)』†の明治期改編版の一つ。「凡、消息需用之文字、一書、片翰申入、寸毫、短楮得御意度捧愚札、呈尺素、雲箋…」で始まる一文中に消息用語を列記する。手紙の冒頭語(差出側と受取側の双方)に続けて、相手の無事を祝う文言、以下、官職名・公務、日時に関する語句を始め、消息に多用する日常生活や社会生活上の語彙を書き連ねる。特に、近代社会を象徴する経済・司法・商業・交通の関連語彙の増補が目立つ。末尾には、書止・脇付等の語句や弔状の表現、四季時候の言葉をあげて筆を置く。本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◇しょうそくおうらい [1632]
〈開化〉消息往来‖【作者】間宮喜十郎作。深沢菱潭書。【年代】明治七年(一八七四)刊。[沼津]擁万堂寿三郎(明強学舎)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†にならって新たに編まれたものの一つで、「郵便」「証券、印紙、界紙、地券…」といった明治初年の新語・日常語を多く列挙したもの。手紙の書き出しの言葉から始まり、四季時候(一二月の挨拶語)、相手の安否、官職や公務、日時、社交、家業、法律、商業、金融、租税、交易、運輸、学問、人倫、その他日常生活全般に及ぶ語句を採り入れる。本文を大字・四行・付訓(所々左訓)で記す。なお、本書を習字手本用(大字・三行・無訓)の大本仕立てにしたものも別に刊行された。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1633]
〈開化〉消息往来‖【作者】深沢菱潭(巻菱潭)作・書。【年代】明治九年(一八七六)刊。[東京]星野松蔵板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。明治期新編『消息往来』の一つ。「凡、消息者、通音信、贈答・安否、近傍・遠郷、不限何事、人間諸用達之基本也。先書状・案文・手紙取扱文字、一筆・一翰、啓上・啓達・拝呈・捧呈、以郵便、以幸便申入進、尊書・尊翰・雲箋・華翰・芳墨…」で始まる文章で消息に用いる類語・類句を羅列する。書状の異名、時候の言葉、安否を問う文句、任免・勤務に関する語、日月、往来・訪問・交際、その他の語句や書止までの書簡用語を列挙する。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1634]
〈開化〉消息往来‖【作者】安保兼策作。【年代】明治年間刊。[東京]保容堂板。【分類】消息科。【概要】異称『開化消息往来』。中本一冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†同様に、全編一通の文章中に漢語主体の消息用語を書き連ねた往来。ほぼ実際の手紙文に登場する順序で語彙(類語)を列挙する。特に、本文中程の「商法、商業、産物、貨財、定価、現金、売上…」のような近代社会生活上の語彙の増補が目立つ。本文を大字・五行・付訓(任意の漢語に左訓)で記す。頭書に公的書類の書式を集めた「願書類」「届書類」を掲げる。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1635]
〈開化〉消息往来‖【作者】鴻田真太郎作・書。【年代】明治年間刊。[東京]大橋堂板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†の明治期改編版の一つ。書簡の意義、書簡の称号、四季時候の言葉、その他挨拶文など消息に多用する用語や言い回しを載せるが、大都市の名や文明開化期の新語などを適宜織り込む。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1636]
〈開化〉消息往来‖【作者】宝山堂編。【年代】明治二〇年(一八八七)刊。[東京]宝山堂板。【分類】消息科。【概要】小本一冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†にならって編んだ明治期改編版の一つ。「凡、消息者、通音信・贈答・安否、近所・遠国不限何事、人間達万用之基也。先書状取扱文字、一筆・一翰・一書…」と筆を起こし、書状の異名・尊称、四季時候の文言、安否・任免・日時・承諾・約諾・挨拶・住居・出産・学問・教育・教訓・人倫等の語彙若干を列挙して「…其外親類・縁者睦布、朋友親愛可尽也」と結ぶ。本文を大字・五行・付訓で記すもの(明治二〇年板)と三行・付訓で記した刊年不明板の二種あるが、前者には巻末「附録」として、「家厳・老父」以下の人倫関連語彙一六語に割注を施す。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1637]
〈開化一新〉消息往来‖【作者】深沢菱潭(巻菱潭)作・書。藤彰書(頭書)。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]内田弥兵衛(正栄堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『一新消息』。中本一冊。『累語文章往来(消息往来)』†の明治期改編版の一つ。『累語文章往来』と同様の文章で書簡用の語句を列挙した往来。「凡、消息者通音信・贈答・安否、内国・海外・近隣・遠邦不限何事、人間・人倫、万用・調達之基本也…」と起筆し、まず書状の尊称や異称を挙げ、続いて一二月異名または時候の言葉、相手または自らの安否に関する文句、諸官省名とそれに伴なう語句、日時・訪問・会合・実業、その他社会活動・家庭生活・嘉節ならびに式典・祝事等の類語・類句を列記する。本文を大字・四行・無訓で記し、巻末に小字・一三行・付訓の本文を再掲する。頭書に「年始の文」以下約六〇通から成る「日用文例」と、「請届願書類」(「出願請書」など約一〇の書式)を掲げる。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1638]
〈改正〉消息往来‖【作者】金森正義作。国方宣胤書。横尾謙七序。【年代】明治六年(一八七三)書・序・刊。[大阪]真部武助ほか板。また別に[大阪]中川勘助ほか板あり。【分類】消息科。【概要】異称『改正消息往来』。中本一冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†にならって編んだ、明治期新編の『消息往来』の一つ。全文を一つの文章(平仮名交じり文)で綴り、その中に手紙に多用する語句を盛り込む。端作(書き出しの挨拶語)から書止(末尾の語句)まで、手紙文の文面の順に、時候・日時の語句や日常生活・社会生活上の諸事にわたる語彙・表現などを種々列挙する。特に学問・年中行事・行政・官職等にまつわる語句に新語が見られる。本文を大字・四行・付訓(所々左訓)で記す。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1639]
〈開明〉消息往来‖【作者】深沢菱潭(巻菱潭)作・書。華渓(容)書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]安田作次郎(衆芳堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『開明消息往来』『真書開明消息往来』『行書開明消息往来』『開明真書消息往来』。半紙本一冊。江戸後期に流布した『累語文章往来(消息往来)』†にならって「書状・手紙取扱文字」を一文中に列挙した明治期改編『消息往来』。「一筆啓上」など端作を始め、概ね手紙文の順序に従って書簡用語を列挙する。四季時候や日月に関する語句、相手に対する尊称や相手の所有物や行為についての敬語、その他近代社会生活周辺の語彙を盛り込みながら、最後に書止・脇付の類語を掲げて締め括る。本文を楷書(または行書)・大字・三行・無訓で記し、巻末に楷書・小字・八行・付訓の本文を再録する。本書はまず明治六年に楷書版が出版され、明治八年に行書版も刊行された。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1640]
〈開明〉消息往来‖【作者】深沢菱潭作・書。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]吉田直次郎板。【分類】消息科。【概要】異称『開明消息往来』『〈巻菱潭書〉行書消息往来』『増補消息』。半紙本一冊。明治六年刊『〈開明〉消息往来』†の改編版。柱に『増補消息』とあり、明治六年板の増補のように見えるが、例えば、官吏、公務に関する「撰挙・抜擢・拝命・陛転・出張・派出」等の部分的な増補の一方、部分的に削除された箇所も同程度あるように、語彙数上は殆ど変わらない。なお、巻末の本文再録部分は銅版印刷である。また、本書には楷書版と行書版の二様がある。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1641]
〈学校用書〉消息往来‖【作者】東京府学務課編。岡守節(三橋)書。【年代】明治一七年(一八八四)刊。[東京]近江屋半七(吉川半七・文玉圃)板。【分類】消息科。【概要】半紙本三巻合一冊。近世期流布本『累語文章往来(消息往来)』†にならって学校教科書用に編んだ新編『消息往来』。「凡、消息者、通音信近所・遠国不限何事、人間万用達之元也。先、書状・手紙取扱文字、一筆・一翰…」で始まる本文を大字・二行・無訓で綴る。全三編からなり、天の部には手紙の書き出しの語句から交際・会合にまつわる語句までを、地の部には、家屋関連語や社会生活上の語句を、また人の部には心情や人の生死、人倫、贈答その他の語句をそれぞれ載せる。〔小泉〕
★しょうそくおうらい [1641-2]
〈首書講釈〉消息往来‖【作者】福島信三郎編。巻菱潭書。【年代】明治一六年(一八八三)刊。[東京]大川錠吉(大川書房)板。山岸佐吉売出。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。『累語文章往来(消息往来)』†の明治期改編版の一つ。「凡消息者、通音信、近所遠国、不限何事、人間諸用達之基也。先書状・手紙、往復、文字、一筆、片翰、尺書、寸楮、啓上、啓達、拝呈、捧呈、令啓、致、仕…」と筆を起こして、手紙の書き出しから書留に及ぶ書簡用語と基本的な日常語を列挙した往来。端作り、時候の語、相手に対する尊称、安否、社交・交際、居所・建築、相続・婚姻、家職・出精、裁判・罰則、経済・債務、租税、公務員、運輸・交通、争論・分別、天気・時間、学問・作法、親族・子弟、心気・病気、葬祭、養生・治療、人倫・親族、相談・同道、佳節祝儀、接待・酒宴、披露・拝受、書止等の語句を列挙する。本文を大字・三行・無訓の手本用に作り、頭書に本文の語句についての略注を掲げる。〔小泉〕
◇しょうそくおうらい [1642]
〈広沢先生〉消息往来‖【作者】細井広沢作。於思貽斎書。信夫粲(恕軒・天倪迂叟・天倪邇人)序。【年代】享保一七年(一七三二)作。明治二〇年(一八八七)序・刊。[東京]江成良斎(好生堂)蔵板。[平塚]今井政兵衛ほか売出。【分類】消息科。【概要】異称『広沢消息往来』『広沢先生消息往来』。大本二巻二冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†の母体になったと思われる陰刻手本。「享保壬子歳夏再五月三日、広沢老隠書」の記載のある広沢手沢本を於思貽斎が臨書して上梓したもの。「蓋消息者、贈答安否、通音信、近処遠国長途、不限何事人間万端違之基也。先書状案文、手紙取扱文字之役場、一筆啓上仕、致啓達…」で始まり、手紙の冒頭語、手紙の尊称、時候の言葉、自称、武士諸役、主要都市、公務関連語彙(以上上巻)、家業(特に商売)、取引、学問、礼儀、人倫、年中行事、慶事、酒食など社会生活全般の用語や書簡用語を一文中に列記する。従来、一般に『消息往来』の始祖とされてきた安永七年(一七七八)刊『累語文章往来』の淵源は貞享(一六八四〜八八)頃刊『百候往来』†にあり、さらに全編一通の消息文中に書簡用語を盛り込む形式が本書によって始まり、これが『累語文章往来』を経て、広く普及したことを示唆する点で重要である。なお、本文を草書・大字・二行・無訓で記し、各語に楷書・小字の漢字表記を添える。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1643]
〈新刻開明〉消息往来‖【作者】深沢菱潭(巻菱潭)作・書。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]鈴木勘二郎板。【分類】消息科。【概要】異称『開明消息』『〈新刻開化〉消息往来』。中本一冊。近世期流布本『累語文章往来(消息往来)』†にならって編んだ往来。菱潭による明治期改編版『消息往来』は類書が少なくないが、本書はその一つ。「凡、消息者、通音信・贈答、安否、内国・海外陬境僻邑不限何事、人間万用調達之基也…」で始まる全編一通の文章中に消息関連の語句を列挙する。主に、手紙の別称、四季時候の文言、相手の安否に関する言葉、さらに身分・肩書などの用語から、社会生活・家庭生活全般に及ぶ用語を多く収録する。楷書・大字・三行・無訓の本文に続いて、楷書・小字・八行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1644]
〈新選〉消息往来‖【作者】檪堂居士書。【年代】明治二四年(一八九一)刊。[東京]牧金之助(金寿堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈開化〉消息往来』。中本一冊。明治期改編版『消息往来』の一つ。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†と同様の編集様式で消息関連語句を一文中に列挙したもの。まず消息が「社会交通百般の事物を達する之基」であることを述べ、以下、手紙の異名・尊称、月別の時候の言葉、安否を尋ねる語句、官職、日月、日常生活、学問、人倫にまつまる語彙を列記するが、各種『消息往来』の中では比較的短文である。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1645]
〈新選絵入〉消息往来‖【作者】滝沢清作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]松崎佐兵衛(稲花堂)板。【分類】消息科。【概要】小本一冊。銅版刷り和装本。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†の明治期改編版の一つ。「凡、消息者、達贈答安否之音信、於之四方、人民所用基本也…」と起筆して、新語・日用語など「書帖取扱之文語」を列挙する。書翰の異称、四季時候の文言、安否を問う言葉、また、公務任免、日月、交際・訪問、転宅、栄転、売買・取引・租税、輸送・交通、学芸、養生、人倫、慶事、婚姻その他の関連語句を書き連ねる。本文を大字・五行・付訓(漢語の多くに左訓)で記す。頭書は全て本文内容から連想される四季や日常生活風景の挿絵である。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1646]
〈新撰増字〉消息往来‖【作者】高井蘭山校。青木臨泉堂書。【年代】文化六年(一八〇九)刊。[江戸]須原屋文助(靖共堂)ほか板。また別に[江戸]英平吉板あり(後印)。【分類】消息科。【概要】異称『増字消息往来』『〈新板〉増字消息往来』『消息往来』。半紙本一冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†の増補・改編版である享和二年(一八〇二)刊『改撰消息往来』†(川関惟充編)をさらに改訂した『増字消息往来』の一種。いわゆる『増字消息往来』には数種の異板があるが、本書・文化六年板(再板本の刊記による)が諸本中の先駆か否かは未詳。「凡、消息者、通音信・贈答・安否、近所・遠国・長途不限何事、人間万用達之基也…」で始まる本文は流布本同様だが、例えば、時候の言葉で月の異名を列記したり、安否を問う表現でも適宜語彙の入れ替えを行い、また、公武諸役名など随所で語彙の増補や文言の改訂を加えている。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1647]
〈増字〉消息往来‖【作者】坂川暘谷(芝泉堂)書(本文)。松川竜軒(松明谷・暘山・昌泉堂)書(跋文)。山東庵京山(百樹)跋‖【年代】天保五年(一八三四)刊。[江戸]和泉屋吉兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『消息往来』。大本一冊。享和二年(一八〇二)刊『改撰消息往来』†(川関惟充編)を改訂した『増字消息往来』の一つで、文化六年(一八〇九)刊『〈新撰増字〉消息往来』†と同内容の本文を大字・四行・無訓(後述の類板には付訓本もあり)の手本用に認めたもの。本書は天保五年、弘化五年(一八四八)、安政六年(一八五九)と版を重ねたほか、異板の天保一四年板(本屋久次郎板)がある。また、芝泉堂の門人によっても、弘化四年板・文久元年板(林泉堂暘嶂筆)、安政四年板(近藤暘露筆)など同様の手本数種が刊行された。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1648]
〈増字〉消息往来‖【作者】藤村秀賀(鶴亭)校。薄文堂(簿文堂)書。【年代】安政六年(一八五九)作。文久三年(一八六三)刊。[江戸]辻岡屋文助ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈講釈入〉増字消息往来』。中本一冊。享和二年(一八〇二)刊『改撰消息往来』†の改訂版である青木至誠筆『〈新撰増字〉消息往来』†等で普及した『増字消息往来』の本文に、返り点や総振り仮名を施し、頭書に要語解を付した注釈書。本文を大字・四行・付訓で記す。頭書には「消息」以下五四一語を掲出して割注を施す。なお、巻末に藤村秀賀作『百姓往来画注鈔(百姓往来注釈)』†『身体往来』†の広告を掲げる。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1649]
〈増字漢語〉消息往来‖【作者】条野採菊(条埜孝茂・伝平・侑・弄月・東籬園・山々亭)作。平田思成書。【年代】明治年間刊。[東京]丁子屋忠七ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈頭書注解〉漢語消息』『増補漢語消息』『漢語消息』。中本二巻二冊、後に、二巻合一冊。近世期流布本『累語文章往来(消息往来)』†をアレンジした明治期改編版の一つ。『累語文章往来』同様のスタイルで「凡、消息簡読者、通音信・声息、贈答・安否、近所・四隣・遠国・編境・長途不限何事、人間・人倫・百事・万用達之基・基源也…」と起筆し、書状の別称、一二月異名および時候の言葉、相手の尊称や相手の安否に関する語句を始め、年・月・日・時に関する語句、訪問・会合・生活・家業・商売・租税・交通・法律・天気・学問・交際・人倫・官位その他の類語・類句を行書体で列挙する。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書に本文中の要語を楷書で掲出して略注を施す。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1650]
〈文章法則〉消息往来‖【作者】高井蘭山作。【年代】寛政五年(一七九三)刊。[江戸]花屋久治郎板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。安永七年(一七七八)刊『累語文章往来』†の改編版の一つ。基本的な構成は安永板と同じで、「凡、消息者、通音信近所・遠国、不限何事、人間万用達之元也。先、書状・手紙取扱文字、一筆啓上、仕、致啓達、令啓、以手紙、申入、尊書・尊翰・貴書・貴札・御状・芳墨・芳翰・御紙面…」と筆を起こして、端作や手紙の尊称、四季時候の言葉、安否問答、武家公務、祝意・拝命、日月、出御・訪問、異存・同意、三都・その他都市、安寧秩序、約諾、会合・饗応・逗留、家作・普請、通過儀礼・慶事、家職・売買・租税・通貨、運送・交通、人倫等にまつわる語句、さらに、返状の冒頭語や養生、交友、年中行事・佳節、祭礼、縁組、褒美拝領、書止・脇付等の語彙を列挙する。安永板と同傾向だが、語彙の収録順序が異なり、掲出語句にも異同が少なくない。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭見返に「士農工商図」、頭書(本文第二丁表まで)に「書筆の道」に関する小文を掲げる。なお、『江戸出版書目』によれば、花屋板の『消息往来』は安永八年(一七七九)頃初刊であり、蘭山編の寛政板と同一であったかは未詳である。なお、蘭山の同種の著作として、文化二年(一八〇五)刊『〈七夕歌尽〉女消息往来(消息女往来)』†、文化(一八〇四〜一八)頃刊『田舎消息往来(〈農家〉消息往来・新消息往来)』†、文化(一八〇四〜一八)頃刊『大全消息往来』†、文政一二年(一八二九)作『消息往来詳註』†、天保一一年(一八四〇)刊『続消息往来』†等がある。〔小泉〕
◆しょうそくおうらい [1651]
〈明治新刻〉消息往来‖【作者】本多芳雄作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]山口藤兵衛(荒川藤兵衛)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†の明治期改編版の一つ。「凡、消息者、通音信・贈答・安否、近隣・遠隔・内国・海外不限何事、人間万用調達之基本也…」と起筆し、手紙の異名と冒頭語、異名と時候の言葉、相手の安否を問う語、自らの近況を述べる語、公務・職務、官庁・官職、任用・拝命、日時、用件に入る語、会合・交際、建造物、法令・商業、租税、通商、余暇・遊興、学問、報道・通信、その他社会生活・家庭生活の語句を種々列挙し、末尾に書止や脇付、また弔状に関する語句を載せる。本文をやや小字・六行・付訓で記す。見返に「郵便税之抄録(内国之部)」、頭書に「普通漢語(イロハ引きの漢語集)」を掲げる。〔小泉〕
◆しょうそくおうらいえしょう [1652]
〈誤字改正〉消息往来絵抄‖【作者】十返舎一九三世(三亭春馬・マ斎)作・序。【年代】文久元年(一八六一)序・刊。[江戸]吉田屋文三郎板。また別に[金沢]近岡屋八郎左衛門板あり。【分類】消息科。【概要】異称『〈新刻両点〉消息往来画抄』『〈新刻訓点〉消息往来画抄』。中本一冊。改題本に『消息新篇』†あり。序文にも記すように、『商売往来絵字引』†を模倣して編んだもので、『累語文章往来(消息往来)』†本文の随所に小さな挿絵を挿み、大字・四行の本文の右側に総振り仮名を施し、左側に略注(あるいは左訓)を囲み罫によって示した往来。例えば、冒頭の「凡、消息者、通音信、近所遠国不限何事、人間万用達元也」の一文には、「近所」の次に山川風景画を挿み、「凡」には右に「およそ」、左に「ほつごのことば」、「消息」には右に「しようそく」、左に「書状・手がみの惣名なり」などと付記する。本書刊行(文久元年四月頃刊)の約半年後の文久元年一一月に作者名を隠蔽した改竄本『消息往来絵抄』が金沢・近岡屋八郎右衛門によって刊行されている。また、吉田屋文三郎は同種の絵抄本をシリーズ化しており、本書のほかに文久年間刊『古状揃絵抄』†、文久年間刊『実語教童子教絵抄』†、元治元年(一八六四)刊『女大学絵抄』†、同年刊『庭訓往来絵抄』†、元治二年刊『用文章絵抄』†、慶応元年(一八六五)刊『商売往来画抄』†、同二年刊『千字文画抄』†、刊年不明『百姓往来絵抄』†等を出版している。〔小泉〕
◆しょうそくおうらいこうしゃく [1653]
〈新撰増字〉消息往来講釈‖【作者】梅亭漁夫注・序。【年代】嘉永四年(一八五一)序。安政二年(一八五五)刊。[江戸]三河屋善兵衛(大栄堂)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。享和二年(一八〇二)刊『改撰消息往来』†を改訂した天保五年(一八三四)刊『〈増字〉消息往来(増字消息往来)』†の注釈書。流布本『累語文章往来(消息往来)』†の注釈書は多いが、『〈増字〉消息往来』の注釈書は比較的少ない。天保五年板の本文をいくつかの文節から成る段落に分けて大字・六行・付訓で記し、段毎に平易な割注を施す。巻末に、草木之部・薬種香具之部・禽獣之部・魚貝之部・虫之部・器財之部・支躰病之部・衣服之部・飲食之部の九部から成るイロハ引き日常語集を合綴するが、これは再板の際の増補であろう。巻頭に、手紙の基本作法について略述する。〔小泉〕
◆しょうそくおうらいこうしゃく [1654]
〈幼童必読〉消息往来講釈‖【作者】不明。【年代】明治一〇年(一八七七)刊。[大阪]河内屋太助(森本太助・文金堂)板。【分類】消息科・語彙科。【概要】中本一冊。近世後期に多数出版された『大全消息往来』†(「消息往来」「続消息往来」「消息往来講釈」から成る)に「名頭尽」「大日本国名」「世界国尽」を合綴した往来。本文を大字・五行・付訓(「講釈」には割注)で記す。巻末に「魚緘封じ様の事」「片仮名伊呂波」「母韻子韻之事」を載せる。〔小泉〕
◆しょうそくおうらいしょうちゅう [1655]
消息往来詳註‖【作者】高井蘭山注・序。【年代】文政一二年(一八二九)作。天保二年(一八三一)序・刊。[江戸]須原屋茂兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『大全消息往来詳註』『消息詳註』。大本一冊。寛政五年(一七九三)刊『〈文章法則〉消息往来』†の注釈書。同本文を三〇段に分けて大字・八行・無訓で記したうえ、所々に要語の割注を施し、さらに頭書に読法付き本文を再録する。和漢の典籍を引用しながら平易な文章で解説し、語句の出典や故事、書札礼に基づく用法などにも適宜触れる。巻頭に、消息に関する故事(俊寛の女・蘓武)や書簡作法等についての記事を掲げる。序文によると、本来は三巻構成であり、実際に本書の柱には「消息詳註、上」とあるから、中・下巻には『続消息往来』†等の施注を予定していたのであろう。しかし、中・下巻に相当する往来物は未刊に終わった。〔小泉〕
◆しょうそくおうらいたいぜん [1656]
消息往来大全‖【作者】鼻山人(細河並輔)作(「消息書法往来」)。【年代】弘化二年(一八四五)頃刊。[江戸]森屋治兵衛板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「消息往来」「〈講釈〉消息往来」「消息書法往来」の三編から成る往来。いずれも単行本としても刊行されたものと思われる。このうち「消息往来」と「講釈」は『大全消息往来』†と同内容。また、「消息書法往来」は、文字通り手紙の書法(形式)を中心に綴った往来で、「端作(手紙の冒頭語)」「書止(手紙の末尾語)」、日付・宛名の位置関係や婚礼状・弔状などの場合の書き方、文面における文言の注意などを説くが、末尾では古来からの習慣は改めるべきでなく、世間通用を旨とせよと諭す。本文を大字・四〜五行・付訓で記す。頭書に「女の称号」「遊女の号」の記事を載せる。〔小泉〕
◇しょうそくおうらいたいぜん [1657]
消息往来大全‖【作者】内山松陰堂書。【年代】江戸後期刊。[大阪]河内屋忠七板。【分類】消息科。【概要】異称『〈大全講釈〉消息往来』。小本一冊。「消息往来」「続消息往来」「消息往来講釈」から成る往来。江戸後期に流布した『大全消息往来』†と同内容。このうち「消息往来」だけを抜刷にした『〈御家〉消息往来』が嘉永七年(一八五四)以前に刊行されている。〔小泉〕
◇しょうそくおうらいたいぜん [1657-2]
〈文久二新刻〉消息往来大全‖【作者】日比永寿斎作。【年代】文久二年(一八六二)刊。[江戸]西村与八(永寿堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈文久二新刻〉消息往来大全〈講釈附〉』。中本一冊。『大全消息往来』†の類本。「消息往来」「田舎消息往来註解」「続消息往来」から成る。このうち「田舎消息往来註解」は文化(一八〇四〜一八)頃刊『田舎消息往来』の注解ではなく、一般の『累語文章往来(消息往来)』†の注釈である。いずれも本文を大字・五行・付訓で記すが、「注解」のみ有界で、『消息往来』の要語を大字・楷書で記し、それぞれ簡潔な注釈を割注形式で付す。なお、本書のうち「消息往来」など一部を抜刷にして題簽をそのままにしたもの別本もある。〔小泉〕
★しょうそくおうらいたいぜん [1657-3]
〈増続・講釈入〉消息往来大全‖【作者】墨池堂書。【年代】江戸後期刊。[大阪]敦賀屋九兵衛(文海堂)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。『大全消息往来』†とほぼ同内容だが、サイズが大きい。「消息往来」「続消息往来」「消息往来講釈」の三本を合綴したもの。前二者は本文を大字・五行・付訓、「講釈」はやや小字・七行・付訓、割注付きで綴る。〔小泉〕
◆しょうそくおうらいどくほん/しょうそくおうらいとくほん [1658]
〈改正〉消息往来読本‖【作者】東京府学務課編。片桐霞峯書。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]東京府蔵板。弘文社売出。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†を改編した明治期新編の『消息往来』の一つ。「凡、消息者通音信、近所遠国不限何事、人間万用達之元也。先書状手紙取扱文字、一筆・一翰・寸楮…」で始まる文章で消息用語を列挙する。概ね近世流布本同様だが、所々、明治初年の新語(官職・都市(港)・租税・交通等にまつわる語句)を補う。本文は大字・六行・無訓だが、書体は楷書・行書・草書を学習させるために、あえて混在させるのが特徴。〔小泉〕
◆しょうそくおうらいどくほん/しょうそくおうらいとくほん [1659]
〈長崎県師範テ編輯〉消息往来読本‖【作者】長崎県師範学校編。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[長崎]長崎県師範学校蔵板。松野平三郎売出。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†の明治期改編版の一つ。近世流布本と同様の文章で消息に多用する語句を、ほぼ消息文中の順序に従って列挙し、所々、明治初年の新語(産業、諸官庁ならびに諸官吏、都市(港町)、租税、交通、学問、戸籍、兵役などに関するもの)を補う。『〈改正〉消息往来読本』†とは文言が多少異なるが、楷・行・草の各書体を織り混ぜて綴る点は同じである。本文をやや小字・七行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょうそくおうらいよし [1660]
消息往来余師‖【作者】松亭金水(中村金水・保定・経年・源八郎・積翠道人・拙作堂・木公亭)注・序。【年代】天保一三年(一八四二)刊。[江戸]吉田屋文三郎板。【分類】消息科。【概要】異称『〈増補〉消息余師』。中本一冊。いわゆる「経典余師」の体裁で編んだ『累語文章往来(消息往来)』†の注釈書。『累語文章往来』の本文を二八段に分け、段毎に割注を施す。本文を行書・大字・六行・無訓で記し、頭書に楷書・小字・一二行・付訓の全文を再録する。注釈内容は童蒙向けの平易なもので、所々、『漢書』『平家物語』『徒然草』『後漢書』『尚書』などに典拠を求めたり、和漢の故事を引きながら解説する。〔小泉〕
◆しょうそくことば [1661]
消息詞(古写本)‖【作者】菅原為長作。【年代】鎌倉前期(建保三年(一二一五)以後か)作。古写本は建武四年(一三三七)書。刊本は江戸中期刊、[江戸]翰香館板。【分類】古往来。【概要】異称『為長卿消息詞』『尊円親王真翰消息詞』。巻子本一軸。手紙文に常用される単語・短句を集めて配列した古往来。古写本も比較的多く、諸本によって異同も少なくないが、最も完備した古写本は伝後小松院筆による南北朝時代末期書『消息詞』(尊経閣文庫蔵)である。同書は巻子本一軸で、単語一〇〇項・七〇四語、畳字五〇語、消息句一九七句、計九五一語句と、之の字を上に付ける辞一一語、或人消息詞九五句を、行書体・一行約九字で記し、返り点・送り仮名・振り仮名を豊富に加える。また、江戸中期刊と思われる折手本『尊円親王真翰消息詞』†(翰香館板)は、行書体・一行約九字・無訓で記し、消息用語四二項・三七七語を収録する。〔石川〕
◆しょうそくことば [1662]
消息詞(刊本)‖【作者】梅沢敬典書。【年代】安政(一八五四〜六〇)頃刊。[江戸]英文蔵板。【分類】消息科。【概要】縦長本一冊。消息に多用する語句や表現を類語で集めた往来。『累語文章往来(消息往来)』†の改編版に位置づけられ、古往来の『消息詞』†とは別内容。「一筆・一翰・啓上・啓達…」で始まり、相手の手紙の尊称や時候の言葉、相手の尊称から書止・脇付まで、手紙に用いる種々の語句を大字・三行・無訓で記す。後半に「月々和名并異名」と「時候書有増之事」を掲げる。〔小泉〕
◆しょうそくことば [1663]
消息詞(写本)‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】消息科。【概要】大本一冊。消息用語や類語を集録した往来。書名は同じだが、古往来の『消息詞』†や安政(一八五四〜六〇)頃刊『消息詞』†とは別内容。むしろ近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†に近く、それを改編したものと思われる。「凡、消息者、一筆啓上、啓達也。致、令、仕、御内書、御奉書、尊翰、尊書…」で始まる一文中に、手紙の尊称、貴人の呼称、健勝を悦ぶ表現、自らの近況を報告する表現、話題転換の語、武家方諸役人、人倫名称、婚礼・出産、慶賀・感謝等の語彙、四季時候・行事、誘引・進上・交際、養生、昇進、書止・脇付等の語句を列挙する。本文を大字・四行・無訓で記す。また、末尾に輪池先生の教訓短文を付す。〔小泉〕
◇しょうそくことば・しょじょうもんじしょう [1664]
消息詞・書状文字抄‖【作者】菅原為長(大蔵卿為長)作。尊朝親王書。【年代】室町後期作。天正一五年(一五八七)書。【分類】古往来。【概要】大本一冊。『消息詞』†と『書状文字抄』を合綴した古往来。前半『消息詞』は書簡文中に用いる語彙をほぼ書簡文の冒頭からの順序に従って列記したもので、末尾に「早々、遅々、忌々、連々、各々、面々…」等の畳語を掲げる。後半『書状文字抄』は、『消息詞』と同様に書簡用語を集めた手本で、その前半に「句終」「還読」「再読」「語助」「詞助之例」「一字」〜「四字」「上員」「恐詞」「悦詞」「言語詞」「不審詞」「答詞」「親詞」「愚詞」等の語彙(分類項目を立てる)、後半に官職・京町尽(小路名)・数字・文具・獣類・鳥類・方角・家屋・調度・衣類・諸道具・車馬・履物・紙類・楽器・人倫、その他の語彙(分類項目なし)をそれぞれ列記する。いずれも大字・六行・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆しょうそくしゅう [1665]
〈御家〉消息集‖【作者】市川梢谷(貴充)書(本文)。吉田久重(溝口暁谷門人)書(跋文)。源重村跋。【年代】寛政一一年(一七九九)刊。[江戸]富谷徳右衛門板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「城地拝領祝儀状」や「鷹狩の御暇に対する礼状」、さらに「大和路見物祝儀状」や「熱海湯治祝儀状」など、主として武家向きの公私にわたる消息例文一四通を収めた手本。本文を大字・四行・無訓で記す。巻末に散らし書き詩歌四編を載せる。跋文の有無など異板数種がある。〔小泉〕
◆しょうそくしゅう [1666]
〈御家〉消息集〈並詩歌〉‖【作者】山角貞猶(山角柳堤か)書。【年代】明和七年(一七七〇)刊。[江戸]須原屋茂兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「新年祝儀状」から「饗応礼状」までの一三通を大字・三行・無訓で記した手本。庭の紅梅鑑賞の誘いや花見同伴の所望、納涼の誘引、連歌の会や十桃♀J催、茸狩誘引など、四季折々の行事に関する書状が中心である。巻末に詩歌六編を付す。〔小泉〕
◆しょうそくしんぺん [1667]
〈新刻図解〉消息新篇‖【作者】十返舎一九三世(三亭春馬・マ斎)作。【年代】明治六年(一八七三)刊。[金沢]春芳堂板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。文久元年(一八六一)序・刊『消息往来画抄』†(江戸・吉田屋文三郎板)の改題本(ただし異板)。吉田屋板から序文を削除して模刻したもの。その結果、奇数頁と偶数頁が入れ替わる体裁となった。〔小泉〕
◆しょうそくせんじもん [1668]
〈万家専用〉消息千字文‖【作者】暁鐘成・速水春暁斎画。【年代】文政三年(一八二〇)刊。[大阪]秋田屋太右衛門(田中太右衛門・宋栄堂)ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。安永七年(一七七八)刊『累語文章往来(消息往来)』†とほぼ同文。手紙の文頭から文末までの順序に沿って消息用語や日常語を列記した往来。『千字文』と称するのは本書が入門書である所以を示そうとするものであって、他の『千字文』型教科書のように四字一句形式をとるものではない。「凡、手紙者、一筆、一翰、一札、啓上、啓達、任筆而、染筆致、令…」で始まる一文中に消息に多用する表現や語句を類語毎に往状・返状の順に列挙し、例えば「拝見」「拝誦」は上、「披閲」「披見」は中というように、適宜、上・中・下の記号を付けて身分上下の区別を示す。末尾で、四季異名や祝言状・弔状の作法に触れる。本文を大字・五行・付訓で記し、所々、左訓や略注も施すほか、本文中に消息や書道に関する記事・挿絵四葉を挟む。巻頭に「伏犧」「蘇武」「菅丞相」「弘法大師」にまつわる故事や「文具異名」、巻末に「百官名尽」「日本国尽」「京町尽」「十干之図」「和俗制作之文字」を掲げる。〔小泉〕
◆しょうそくたんか [1669]
消息短歌‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「消息は、一筆啓上、啓達や、いたし、令(せしめ)に、仕(つかまつり)、筆に任せて、筆を染む、公方様、益勇健、御機嫌能、御奉書御請、献上や、連状、加筆、伝言や、貴札、御状拝見や…」で始まる七五調の短歌形式で、消息に多用する表現や用語、また書簡作法等の基本を記した往来。大字・二行・無訓の手本用に綴る。巻末に「隅田川往来」†および詩歌数編を付す。〔小泉〕
◇しょうそくてほん [1670]
消息手本‖【作者】上杉謙信作・書。【年代】永禄一一年(一五六八)書。【分類】古往来。【概要】折本一帖。「態一筆申遣候。尤候。悦。雨。風。不申候。内々。堅。番衆。用心。細々。早々…」と起筆し、当代の手紙文に頻用される単語・短句・短文を集めた古往来。単語一五二語、短句四三句、短文二文を載せる。行書・一行四〜五字・付訓(返り点・振り仮名)で記す。振り仮名は、片点・両点・三点の場合があり習作用とする。また、同一漢字で書体の違いを示した箇所もある。〔石川〕
◆しょうそくてほん [1671]
消息手本(仮称)‖【作者】不明。【年代】天正四年(一五七六)書。【分類】古往来。【概要】大本一冊。全一二通の手紙文の形式で消息文に用いられる語句を列挙した古往来。内容は、年始状冒頭の賀詞、物を贈る際の慣用句、手紙を差し上げる意の慣用句、手紙を受け取った際の慣用句、賜物・贈物を受け取った際の挨拶語、約束を果たす旨の挨拶語、仏事祈祷関係の短句・短文、出立・到達についての武家間での挨拶語、訴訟についての見舞いの短文、交際・手助けに関する短句・短文、雑事・雑用の短句・短文、消息の結句・脇付から成る。本文を大字・四行・稀に付訓で記す。巻末に「日州、高衆中 持主、村田小助経次」、見返に「寛永十六年(一六三九)神無月九日、村田久次郎」とあって、村田家で代々使用された手本であったことを示唆する。〔石川〕
◇しょうそくてほん [1672]
消息手本‖【作者】鳥養宗晰作・書。【年代】天正一一年(一五八三)書。【分類】古往来。【概要】大本一冊。当代の手紙文に頻用される単語・短句を集めた古往来。「御書、書札、御札、御状、折紙、奉書、面謁、面拝…」以下の単語二七〇語(五四五字)、「以端可察奥者乎」「早々可察示遣候歟」などの短句二三句、「恐惶敬白」以下の書止・脇付一四語を収める。本文を大字・三行・無訓で記す。奥書に「右一冊依市鶴殿御所望染愚筆畢。他見為恐々々。天正十一年三月日、沙弥宗晰」とある。なお、本書の改題本に天正一九年書『初学向衆』†がある。〔石川〕
◆しょうそくぶん [1673]
消息文(仮称)‖【作者】不明。【年代】江戸中期刊。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】大本。二巻二冊または三巻三冊と思われる女筆手本類。現存する零本には、「姫君様御誕生あそはし、女院御所様御機嫌の程、通しんしられ候…」で始まる姫君誕生祝儀状や若宮誕生祝儀状、新年祝儀披露文など七通(うち二通が並べ書きで他は散らし書き)を収録する。また、巻末には源俊頼の初恋の和歌など六首を掲げる。〔小泉〕
◆しょうそくぶんしょう [1674]
〈新板大字〉消息文章〈附録春秋詩歌〉‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[信州]平野屋恒七板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。庶民の日常生活に必要な最小限の用語と消息に多用する語句を盛り込んだ一編の文章から成る往来で、前半を『近道子宝』†風に、後半を『累語文章往来(消息往来)』†風に綴る。幼時より習い覚えるべき文字として「天地・日月・星雲」など、天地・自然・四方・四季に関する語句や人倫・通過儀礼・身分に関する語句を列挙し、続く後半部分で、「音信・書状一筆啓上」以下の書翰用語を掲げる。本文を大字・四行・付訓で記す。見返に「七夕の歌尽」、頭書に「書状認方」「墨うつる秘伝」「朱肉拵やう」「石ずりしやう」などの記事を載せる。〔小泉〕
◇しょうそくぶんじょう [1675]
消息文帖(仮称)‖【作者】坂井某書。久保忠兵衛序。律師了祐跋。【年代】寛政五年(一七九三)跋・刊。[江戸]了祐蔵板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。袋綴じの折り目が下にくる異色の半紙判横綴じ手本。正月一日の御宮大般若転読会等の報告から始まる武家の公私用文章一七通を綴り、末尾に詩歌各一二編を載せる。本文を大字・概ね八行・無訓で記す。安永元年(一七七二)春の火事で焼失を免れた唯一の手本を覆刻したものという。筆者は浅草在住の書道家・坂井某。〔小泉〕
◆しょうそくぶんぱん [1676]
〈女子〉消息文範‖【作者】小原燕子作・書・序。星野泰復・本居豊頴・黒川真頼(金子真頼・寛長・荻斎・墨水・万里)校・序。間宮八十子跋。【年代】明治一二年(一八七九)序。明治一三年(一八八〇)序・跋・刊。[東京]近江屋半七(吉川半七・文玉圃)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈訂正・女子〉消息文範』。半紙本二巻二冊。四季折々の手紙を中心とする往復文を集めた女用文章。例文はいずれも雅語を多用した和文で、上巻が一月「年始の文」から七月「やまひにわつらふ人をとふ文、おなしく返し」までの二〇通、下巻が八月「朝よりおこせたる文」から一二月「歳暮の文、同答」までの一三通で、合計三三通を収録する(目録に載る例文のいくつかは実際には本文で削除されている)。四季の例文を中心としながらも、海外留学中の娘からの手紙や、嫁いでいく娘への手紙なども含む。本文を大字・六行・所々付訓で記す。頭書「消息文例の略」は書簡用語(雅語)・作法・語法等に詳しく、上巻では「文の詞遣ひの心得」「人に物語る折の事」「文に歌書事」「文におのが事を書例」「上書の事」、以下女文に多用する和語について詳細な注記、下巻にも「文中語并詞の解」を載せる。なお、目録を散らし書きにするのは独特である。〔小泉〕
◆しょうそくぶんれい [1677]
消息文例‖【作者】藤井高尚(松乃屋・松斎)作。本居宣長序。鳥越常成(新助・橿斎・橿園)跋。【年代】寛政一二年(一八〇〇)跋。享和二年(一八〇二)刊。[伊勢]藤井高尚蔵板。【分類】消息科。【概要】異称『せをそこ文例』。大本二巻二冊。雅文の種類や体裁、また、雅言と俗言の相違などを『源氏物語』『今昔物語』『伊勢物語』『大和物語』『住吉物語』などの中古文に基づいて解説した雅文の参考書ならびに案文集で、一般の用文章とは性格が異なる。上巻では、まず「むかしのせうそく文のさた」「文のこゝろばへ」「文の詞づかひのこゝろえ」「音便の詞の事」「古風の文」「物語なる文」「今やうの文」など一五項に分けて雅文を概説し、さらに「何事かおはしますらん」「うけたまはりぬ」「さふらふ」「はべる」以下三〇項について詳述する。下巻では、「かならず」から「恐惶謹言・あなかしこ」まで七〇項にわたり雅言・俗言を解説する。消息文や消息用語における雅俗の比較研究に重要な資料である。本文を小字・一〇行・無訓で記す。本書の初刊は享和二年の私家版だが、一般には文化二年(一八〇五)板(大阪・河内屋儀助ほか板)が流布した。〔小泉〕
◆しょうちくおうらい [1678]
松竹往来‖【作者】角田儀右衛門・佐々木作左衛門作。池田玄斎(祐治・礼之・愛山・避喧叟)書。【年代】寛文一二年(一六七二)作。享和三年(一八〇三)書。【分類】地理科。【概要】異称『庄内松竹往来』。半紙本、または大本一冊。「孟趣之吉兆珍重々々。富貴万福幸甚。日々新而自他之繁栄重畳…」で始まる全一通の新年祝儀状形式で、まず城中で行われる新年儀式や正月行事の概略を示し、続いて、この時に献上される「在々所々之進物」として、同地周辺の名産品(果実・菓子・鳥獣・魚類・青物・山菜・虫類・樹木・織物・染物・醸造品・工芸品・穀類等)などを極めて多く列記し、さらに、羽黒山・月山・湯殿山・金峰山等の寺社結構や信仰の様子、南部田川郡の名湯と効能、各地の四季や自然、寺社・名勝・古跡などを紹介した往来。かなりの長文で、その約半分を物産の記述に当てるのが独特で、かつ、初期の地誌型往来として注目される。前半を書簡文風、中程を「字尽」風、後半部を記事文体で綴り、最後に、如上の国土富饒が「英主之恩沢」によるものと説き、「万歳之亀崎、千代之鶴岡者、繁昌豊栄、今此時也」と結ぶ。なお、矢嶋寿軒が享保(一七一六〜三六)頃に編んだ『庄内往来』†は本書の内容を全一二通の書簡文体に改編したものである。〔小泉〕
◆しょうちくさいしょうそくじょう [1679]
小竹斎消息帖‖【作者】篠崎小竹(小竹斎・弼・南豊・長平・長左衛門)書。篠崎竹陰(O・長平・訥堂・武江)跋。【年代】嘉永三年(一八五〇)書。嘉永五年跋・刊。[大阪]篠崎小竹蔵板。藤屋禹三郎(北尾禹三郎・墨香居)売出。【分類】消息科。【概要】折本一帖。有馬温泉へ入湯した知人からの手紙に対する返状、新築祝儀の手紙など、日常書翰八通を認めた手本。半折(一頁)に大字・一行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょうちくさいながしらやごう [1680]
小竹斎名頭屋号‖【作者】篠崎小竹(小竹斎・弼・南豊・長平・長左衛門)書。【年代】嘉永(一八四八〜五四)頃書・刊。[大阪か]刊行者不明。【分類】語彙科。【概要】異称『在名屋号』。縦長本一冊。「京都・江戸・大阪・津国・浪花・奈良…」から「…鉄砲・鍋・釜・釘・針・錺屋・八百・万屋」まで、屋号に用いる全国の主要地名や商品等の語彙を大字・二行・無訓で列挙した手本。行毎に短冊形の色刷り匡郭を設ける。〔小泉〕
◇しょうちくさいわぶんしょう [1681]
小竹斎和文章‖【作者】篠崎小竹書。篠崎竹陰作・跋。【年代】嘉永六年(一八五三)跋。嘉永七年刊。[大阪]梅花書屋蔵板。藤屋禹三郎板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「新年挨拶状」以下、上巳・端午の節句、紅葉見物誘引状、その他四季に伴う消息文例など一三通を収録した往来。大字・二行・無点の手本で、草書体で綴る。〔小泉〕
◇しょうちゅうようぶんしょう [1681-2]
〈頭書替文〉詳註用文章‖【作者】岡本竹藪(方円斎)作・書・序。【年代】江戸後期刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。全ての消息例文に詳細な注釈を施し、さらに頭書に例文の替え言葉を多数掲載した用文章。四季・五節句や吉凶事に伴う消息例文三四通(「年始祝儀状」〜「忌明状」)を収録する。消息例文を数段に分けて大字・五行・付訓で記し、随所に長文の割注を施すのが特徴。例えば、冒頭の「鳳暦之御吉慶不可有際限御座候」の部分では「鳳暦といふ事は、改まる年のめでたきを表す。鳳といふ鳥は、聖人の御代ならでは出ぬなり。暦はこよみと訓て、正月朔日より十二月晦日迄一日も欠る事なく、日の吉凶を挙たる大切の書なるが故に、其上へめでたき鳳の字を冠らせ「鳳暦」と熟字て其年を祝する語なり…」のように詳しく説く。また、注釈内容は語注に止まらず関連知識、書簡作法に及ぶ。目録部分の頭書に「大日本国尽」「五性名頭」を掲げる。本書の続編に『〈頭書替文〉続注解用文章』†があり、本書とこの続編を合本したものに明治三年(一八七〇)刊『〈頭書替文〉増補詳註用文章』†がある。〔小泉〕
◆しょうとくおんしきもく/しょうとくごしきもく [1682]
〈御制札〉正徳御式目‖【作者】不明。【年代】宝暦二年(一七五二)以前刊。刊行者不明。【分類】社会科。【概要】異称『御制札之写』。現存本は大本一冊の端本だが、本来は二巻二冊であろう。正徳元年(一七一一)五月制定の高札のいくつかを大字・四行・付訓で綴った手本。上巻には「一、親子・兄弟・夫婦を始め、諸親類にしたしく下人等に至る迄これをあはれむへし…」以下の九カ条の高札、また、「きりしたん宗門は累年御制禁たり…」の一カ条の高札と、「一、毒薬并似せ薬種売買の事…」以下の七カ条の高札を収録する。植木直一郎著『御成敗式目研究』によれば正徳元年制定の五高札を収載するという。従って、上記以外の二高札を下巻に載せたものであろう。収録順序に異同があるが、同類の往来に正徳二年(一七一二)刊『〈堀氏手本〉正徳御式目』†がある。〔小泉〕
◆しょうとくおんしきもく [1683]
〈堀氏手本〉正徳御式目‖【作者】堀流水軒(観中・直陳)書。【年代】正徳二年(一七一二)刊。[大阪]青木久兵衛板。【分類】社会科。【概要】大本一冊。『商売往来』†の作者・堀流水軒の往来物の一つ。正徳元年五月制定の高札を大字・三行・無訓で書き綴った手本。収録した高札類は、@「一、親子、兄弟、夫婦を始め諸親類にしたしく、下人等に至る迄これをあはれむへし…」以下九カ条、A「一、毒薬并似せ薬種売買の事禁制す。若違犯の者あらは、其罪重かるへし…」以下七カ条、B「一、火事出来の時みたりに馳集るへからす。但、役人指図の者は格別たるへき事」以下三カ条、C「一、火を付る者をしらは、早々申出へし。若かくし置においては、其罪重かるへし…」以下五カ条、D「きりしたん宗門は累年御制禁たり。自然不審成者これあらは申出へし…」で始まる一カ条、E「一、公儀之御船はいふに及はす、諸廻船とも逢難風時は助船出し…」以下七カ条。巻末に細字で正徳元年五月制定の「駄賃・人足・荷物定め」六カ条を載せる。なお、本書と同様の手本に江戸中期(宝暦二年以前)刊『〈御制札〉正徳御式目』†がある。〔小泉〕
◆しょうないおうらい [1684]
庄内往来‖【作者】矢嶋寿軒(八島寿軒)作・書。【年代】享保一五年(一七三〇)以前作・書。【分類】地理科。【概要】異称『荘内往来』。江戸中期書と思われる玉川大本は特大本一冊。次項の文政(一八一八〜一八三〇)頃書『庄内往来』と同題だが別内容。正月から一二月までの各月一通ずつの書簡体で、藩内の地名や名所、名産、その他事物の名を列挙した往来。寛文一二年(一六七二)作『松竹往来』†を改編した往来で、ほぼ同じ語彙を採録する。玉川大本末尾には「享保年中写之」の記載があるが、作者・寿軒は享保一五年九月に享年七三で没しているからそれ以前の作である。玉川大本は、「艶陽佳慶富貴万福幸甚々々。日々新而自他之繁栄重畳、雖於于今事旧候、尚更不可有尽期。先以、年頭之御規式…」で始まる文章を大字・五行・無訓で記す。各状の内容は、正月状が元日〜一八日の行事、二月状が正月の飾り物や祝儀に調える物等、三月状が御城下(鶴ヶ岡城)の市で売られている商品、四月状が藩内各地の海藻類・鳥獣、五月状が職人・酒類、六月状が各地の名物、七月状が神社仏閣、温泉、八月状が羽黒三山とその周辺の寺社、九月状が草木、虫、藩内の名木、一〇月状が菓子(果物)、青物(野菜)など、一一月状が薬種、御城下周辺の地勢、一二月状が諸芸、武術、庄内二郡の範囲という構成であり、藩内の地理学習とともに様々な語彙習得を目的に編まれたものと思われる。なお、寿軒の著作には別に『夜学往来』があるというが未詳。〔丹〕
◇しょうないおうらい [1685]
庄内往来(異本)‖【作者】不明。【年代】文政(一八一八〜一八三〇)頃書か。【分類】地理科。【概要】異称『酒田往来』『荘内往来』『出羽往来』。矢嶋寿軒が享保(一七一六〜三六)頃に編んだ『庄内往来』†とは別内容。「元明帝御宇、和銅二年陸奥国を割、出羽を置給ふ。此出羽の国をは庄内とかや申伝候…」で始まり、「…人安らひ、千鶴の岡(鶴岡)、万亀の崎(亀崎)と申納候」(末尾は諸本により異同あり)と結ぶ文章で、庄内の田川・飽海二郡の地理や沿革・故事等を記した往来。最上川の水運と流域の地名・物産、また諸国との交易・流通・年貢米輸送、北部の鳥海山と南部の湯殿山、領内の神社仏閣とその霊験・信仰の様子、各地の地勢や自然などに言及する。最後に、児童は師について手習いに励み、無知の者は学校で学んで身を修めるように、仁政の恩沢を讃えて擱筆する。なお、本書の改編本に安政三年(一八五六)書『鶴亀往来』†がある。〔小泉〕
◇しょうないきたなかはまどおりむらなづくし [1686]
庄内北中浜通村名尽(仮称)‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】庄内藩の中浜通の北部(由良・淀川・三瀬・田川・温海等)と京田通の一部の町村名を書き集めた往来。〔石島〕
◆しょうないにぐんごにんぐみおきてちょう [1687]
荘内二郡五人組掟帳‖【作者】不昧軒編。建部山比子(敬義・重太郎・山彦・本之)書。【年代】文政二年(一八一九)刊。[庄内]庄内藩板。【分類】社会科。【概要】異称『庄内二郡五人組掟之条々』。大本一冊。庄内藩が文政元年九月に板行して領内に頒布した『五人組帳前書』と、文政二年六月に町役人・村役人を通じて領民へ周知徹底を図った触書『在野へ申渡書』『郷村へ申諭書』を大字・六行・無訓で認めた手習い手本。『五人組帳前書』は五九カ条からなり、毎年正月と七月の二回に大小農および水呑百姓に至るまで寄合でよく言い聞かすべき旨を末尾に綴る。また『在野へ申渡書』は戸籍人別帳の完成に伴い、戸籍人別を厳密にさせた趣旨を十分に理解させるようにと言い渡したもので、『郷村へ申諭書』も村々への布達だが、前者が準漢文体の一文で綴られているのに対し、後者はより平易な仮名交じり文の前文と七カ条の条々で、家業出精その他細かい日常生活上の心得にまで言及するのが特徴である。〔小泉〕
◆しょうにんさくぶんせんだい [1688]
〈楢崎隆存著述〉商人作文千題‖【作者】楢崎隆存作。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[大阪]中野啓蔵ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈小学〉商人作文千題』。小本一冊。銅版刷り和装本。商人向けの消息文例を集めた用文章。「新年ヲ祝スル文」から「友人ニ質問ヲ頼ム文」までの一六二通を収録するが、そのほとんどは商取引や日常の雑事に関するものである。本文を六行・付訓で記す。頭書に消息関連の類語集である「作文摘語」を載せる。〔小泉〕
◇しょうにんつうようしゅう [1689]
商人通用集‖【作者】不明。【年代】天保一三年(一八四二)書。【分類】産業科。【概要】特大本一冊。天保一三年写本『御手本』中に所収(本往来のほかに「名頭字尽」等を合綴)。最上川舟運での積み下ろし、金銭支払い、京都への輸送など商取引上の手続きについて、庄内地方の地名を盛り込みながら略述した往来。「旧冬者、例年より深雪ニ而往来之…」で始まる本文を大字・三行・無訓で記す。〔石島〕
◆しょうばいおうらい [1690]
商売往来‖【作者】堀流水軒(観中・直陳)作・書。【年代】元禄七年(一六九四)刊。[大阪]高屋平右衛門(高谷平右衛門・棣鄂堂)板。【分類】産業科。【概要】大本一冊。「凡、商売持扱文字、員数、取遣之日記、証文、注文、請取、質入、算用帳、目録、仕切之覚也…」で始まり「…恐天道之働者、終富貴繁昌、子孫栄花之瑞相也。倍々利潤無疑。仍如件」と結ぶ文章で、商業活動に関する@商取引の記録文字等、A貨幣名、B商品、C商人生活の心得の四分野について記した往来。特にB商品が占める紙幅が大きく、しかもその殆どを類別の商品名(語彙)の形で掲げるのが特徴。その内訳は、被服七三語、食品・食物二三語、家財・家具・雑具七〇語、薬種・香料四五語、武具三八語、動物(主として魚介)四三語、その他四語となり、合計二九六語を収録。日常に必要な商品名を列挙するため、結果としてこの分野は生活関係語彙集としての役割も果たしたと思われる。最後の商人心得は、勤勉・正直・節倹の諸徳に重点を置いて諭しており、商人のみならず四民に通ずる教訓となっている。こうした内容上の特徴から、本往来は都市ばかりでなく農山漁村の子弟にも使われ、江戸後期より明治前期にかけて、数百の版を重ねたほか、幾多の類書や亜流書を生むなど、著しい流布を遂げた。ちなみに、元禄年間の刊記を持つものとして、元禄七年・高屋板(三次市立図書館蔵)、元禄八年・大野木市兵衛板(小泉ほか蔵)、元禄八年・勝村治右衛門後印(酒田市立光丘図書館ほか蔵)があり、いずれも首題下部に「堀流水軒筆」と記す。このほか、無刊年本など堀氏筆の『商売往来』が数種見つかっている。なお、初板本は本文を大字・四行・付訓で記し、巻末に「此一巻筆徒わらはへの便にと書あつめしなり。堀氏流水軒(直陳)」の識語を付す。〔石川〕
◆しょうばいおうらい [1691]
商売往来‖【作者】不明。【年代】江戸中期刊か。刊行者不明。【分類】産業科。【概要】異称『〈商売〉字尽往来』。大本一冊。小異はあるが、堀流水軒作・元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†とほとんど同文。外題は『商売往来』のままだが、首題を『〈商売〉字尽往来』と改め、元禄板の冒頭「凡、商売持扱文字」を「凡、諸商売持扱文字」と「諸」の一字を挿入した。付訓等の改訂もごくわずかである。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1692]
商売往来‖【作者】不明。【年代】明治年間刊。[山口]山口県蔵板。【分類】産業科。【概要】半紙本二巻二冊。「凡、商業の世に広く物の有無を通するは、人の庶用を弁ふ為め無くて協わぬ道にして…」で始まる明治期新編『商売往来』。大字・三行・稀に付訓の手本様に綴る。上巻では、発明品・新製品が氾濫する時代にはことさら物の精粗や品質を見極める眼が必要なことを冒頭に諭し、新貨、両替、穀類、野菜、醸造品、交通・通信まで、続いて下巻では近代日本の主産業たる養蚕・製糸業や衣類・日用品、軍事、金石、家財・諸道具、植物、鳥類、魚類、獣類、虫類までの基本語彙を列記し、最後に遅滞なく出荷し、生業に出精し、きちんと納税すべきことを説く。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1693]
〈絵入普通〉商売往来‖【作者】高峰寅二良作。【年代】明治一六年(一八八三)刊。[大阪]秋田屋太右衛門(田中太右衛門)板。また別に[京都]長谷川福太郎板(明治一七年板)あり。【分類】産業科。【概要】異称『〈画入普通〉商売往来』『画入商売往来』。和装小本一冊、または小型洋装本一冊(銅版印刷・袋綴じ)。元治元年(一八六四)刊『商売往来絵字引』†の改編版の一つ。挿絵・割注とも『絵字引』にほぼ等しいが、部分的に増補または削除が見られる。例えば、本文中の「一歩」について『絵字引』で「これは当時銀にて額なる物也」とするのを「是はむかし銀にて、当時二十五銭にあたる」と改めて明治期の実情に合わせるなどの微細な変化が大半である。ただし、「野菜・獣類」については約五〇語を追加するなど大幅に変えた箇所もある。本文を大字・四行・無訓で記す。巻頭に「大阪停車場之図」など挿絵三葉を掲げるほか、頭書に「内国郵便規則」「印紙貼用ノ心得」「日用書証文之類」「名頭」「苗字尽」「日本国尽」等の記事を載せる。〔小泉〕
◇★しょうばいおうらい [1694]
〈絵引〉商売往来‖【作者】中村浅吉(正法有益か)作。【年代】明治三〇年(一八九七)刊。[京都]中村浅吉(風祥堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『〈画引日用〉商売往来』。中本一冊。銅版和装本。江戸末期刊『商売往来絵字引』†を模倣した往来で、近世流布本『商売往来』†(堀流水軒作)本文をやや小字・八行・付訓で記し、本文の所々に小さな挿絵を入れる。初板から二二〇年近くを経た明治四〇年代にも、なお堀流水軒の『商売往来』が広く行われたことを示唆する。頭書に「筆の説」「墨の説」「紙の説」「硯の説」「文字乃始」「名頭」「苗字」「日本国名」を載せるが、全て旧態依然とした内容である。〔小泉〕
◆★しょうばいおうらい [1695]
〈音曲〉商売往来‖【作者】竹本染太夫章直作。浪花某序。【年代】宝暦一二年(一七六二)刊。[江戸]鱗形屋孫兵衛ほか板。【分類】産業科。【概要】異称『音曲商売往来』。半紙本一冊。堀流水軒作・元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†の本文に浄瑠璃の節まわしを施した往来。本文を浄瑠璃本風に大字・五行・付訓で記し、節付けを付す。浄瑠璃の稽古をしながら、商売の基本語を習得させようとした異色の往来で、謡本の形式で諸知識を綴った享保八年(一七二三)刊『便用謡』†と同様の趣向である。〔小泉〕
◇しょうばいおうらい [1696]
〈開化〉商売往来‖【作者】深沢菱潭(巻菱潭)作・書。【年代】明治九年(一八七六)刊。[東京]星野松蔵板。また別に[東京]山崎清七(山静堂)板あり(明治一七年板)。【分類】産業科。【概要】中本一冊。近世中期以降に広範な流布を遂げ、数々の亜流を産んだ堀流水軒作『商売往来』†の明治期改編版の一つ。同様の文章で近代商業の要語を紹介する。「凡、商法売買に扱ふ文字之概略は、第一両替通用之、金銀・銅貨・紙幣・洋銀、国立銀行為換方、証券・印紙請渡…」と七五調の文章で筆を起こし、通貨、記帳、雑穀・野菜、金石、舶来品・発明品、通運・商社、食品、家財・諸道具、布帛・織物・衣類・染色、薬種、魚・鳥・獣類までの語彙(新語も少なくない)を列記し、最後に商家児童の心得を述べて結ぶ。本文を大字・四行・付訓で記す。なお、本書とほぼ同内容のものに、鶴田真容編・明治一二年刊『〈開化〉商売往来〈附録家名部類〉』†や明治初年刊『〈開化〉商売往来』(大阪・田中安治郎板)等がある。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1697]
〈開化〉商売往来‖【作者】岡本懐徳作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]瀬山佐吉(順成堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『開化商売往来』。中本一冊。編者名・題簽題等が改竄されたほかは、明治一〇年刊『開化商売往来』†(吉田小吉作)と全く同内容。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1698]
〈開化〉商売往来‖【作者】鶴田真容作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]小林鉄次郎板。【分類】産業科。【概要】異称『開化商売往来』。中本一冊。元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†の改編版の一つ。「凡、勧商売買取扱文字之員数、雖巨多、先日用着手之概略、取遣之日記、証券、受渡、注文、質入、手形…」で始まる本文で、帳簿・証券・通貨・金融関連の基本語彙から商取引される諸財貨や商家子弟心得までを記す。元禄板同様の文章で、「株式取引」「地球儀」「測量器」「望遠鏡」「顕微鏡」「写真」「電信線」「汽車」「自転馬車」「商社」「会社」「麪包(パン)」「法蘭泥(ブランデー)」「比留酒(ビールしゅ)」など、近代社会に必要な新語を随時導入する。本文を大字・六行・付訓で記す。見返に、西洋度量衡に関する「水量」「薬量」の記事および挿絵を付す。本書と同一人作、同一書名の往来(次項)が、同一年に別の板元から刊行されたが異本である。〔小泉〕
◆★しょうばいおうらい [1699]
〈開化〉商売往来〈附録家名部類〉‖【作者】鶴田真容作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]小森宗次郎(木屋宗次郎・紅木堂)板。【分類】産業科。【概要】中本一冊。近世流布本『商売往来』†の改編版の一つで、同人作・同名の往来が同年に出ているが内容が異なる。「凡、商法売買に扱ふ文字之概略は、第一両替、通用の金銀、銅貨、紙幣、洋銀(ドル)、国立銀行、為換方、証券、印紙請渡、注文、仕切、当座、仕入、出納、算用…」と筆を起こし、金融、雑穀、金石、発明品、商社・取引、食品、酒類、家財、文具、食器、諸道具・雑貨、履物、布帛、織物、衣類、染色、薬種、鳥獣、魚類等の語彙を列挙し、最後に商家児童の心得を略述して結ぶ。本文を大字・六行・付訓で記す。見返に「家名部類」を載せる。なお、本書とほぼ同内容のものに、深沢菱潭作・明治九年刊『〈開化〉商売往来』†や明治初年刊『〈開化〉商売往来』(大阪・田中安治郎板)等がある。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1700]
〈開化〉商売往来‖【作者】米山栄吉編。漲雲書か。【年代】明治二〇年(一八八七)刊。[東京]吉田桂之助板。【分類】産業科。【概要】中本一冊。明治改編版『商売往来』の一つ。近世流布本『商売往来』†と同様の編集様式で商品名を列記した簡易な往来。「凡、商法上取扱文字、其数雖多、先掲其大略者、第一日用不可缺者注文、日記、出入帳、売上当座判取帳、水揚帳…」で始まる文章で、まず必要帳簿、金銀・通貨、呉服、衣服(和服・洋服)、食物、家具・調度、器財、農具、大工道具、青物・野菜、紙・紙製品、魚類等の基本語彙を大字・三行・付訓で綴る。なお、本書は明治二六年刊『〈開化〉名頭国尽・〈開化〉商売往来』†(東京・吉田桂之助板)にも合綴されている。また、本書の改題本に明治二四年(一八九一)刊『〈新選〉商売往来』†(檪堂居士書)があるが、こちらは大字・四行で記す。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1701]
〈改正〉商売往来‖【作者】深沢菱潭作・書。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]吉田直次郎(宝聚堂)蔵板。[東京]鈴木常助売出。【分類】産業科。【概要】異称『改正商売往来』『開明商売往来』。半紙本一冊。近世流布本『商売往来』†の改編版の一つ。近世流布本に新語や当時の通用語などを増補した往来。「大凡、商法、売買、取扱文字、員数、取遣、受送、日記、日誌、日嘉恵(控え)、大宝恵(覚え)、手控、証文、券書、注文、請取…」で始まるように、適宜改めるが、文章の形式や流れは近世流布本と同様。なお、楷書版と行書版の二様あり、いずれも大字・三行・無訓で記し、巻末に楷書・やや小字・八行・付訓の本文を採録する。このうち、先に出版された楷書版の首題には『開明商売往来』とあり、行書版では『改正商売往来』と改められた。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1702]
〈開明〉商売往来〈附録物産斤目表〉‖【作者】鶴田真容作。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]辻岡文助(金松堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『開明商売往来』。中本一冊。明治期新編『商売往来』の一つ。「凡、商法売買取扱文字之員数、雖多、先日用之概略者、取遣之日記・証文・証券・確証・受取・註文・典入・手帳・切手・送状・算用・仕切之覚也…」と起筆し、帳簿・書状類や両替・通貨・貿易、穀類、輸送・売買・保管、醸造品、日用品、絹布・織物、衣類・染物、軍用品・武具・馬具、金石・文具・雑貨・家具・食器・雑具類、諸道具・機械・発明品類、薬種・香具類、鳥獣・魚類、野菜・果物類などの主要語彙を列記し、最後に学芸や商売に対する童蒙心得を記して結ぶ。本文を楷書・六行・付訓(しばしば左訓)で記し、巻頭に「物産斤目表」を載せる。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1703]
〈簡易科・手習の文〉商売往来‖【作者】東京府学務課編。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[東京]椀屋喜兵衛(江嶋喜兵衛・万笈閣)板。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。明治期新編『商売往来』の一つ。近世流布本『商売往来』†を基本に、明治期の新語・新知識を大幅に導入したもの。「凡、商売取扱文字、会社・銀行・問屋・仲買、免許・鑑札・資本・為替・取次・売捌、証文・注文・請取・質入・取組・振込・仕入・譲受…」と起筆して、商業用語、通貨(海外通貨)・金融、日用品(食品)、文具・家財等、化粧具、穀物・野菜・山菜・海草類、織物・衣類・染色、兵器・馬具、金石・薬品・絵具、鳥獣・魚貝、舶来品・発明品、運輸・交通、芸能、商家子弟心得までを記す。なお、本文を行書・大字・三行・付訓で綴り、巻末に楷書・小字・一〇行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1704]
〈滑稽〉倡売往来‖【作者】十返舎一九作・序・画。酒上登呂里(十返舎一九か)序。山里亭東士跋。【年代】文化二年(一八〇五)序・跋・刊。[江戸]青陽堂米助板。【分類】産業科(洒落本)。【概要】異称『〈頭書辨解〉倡売往来』。中本一冊。近世流布本『商売往来』†の構成にならって、倡家用語・隠語や遊女心得、遊里風俗などを戯文で書き綴った往来。「凡、商売持扱啾々蹉蛛iやっさもっさ)取遣之節季、大門、提灯、掛取謫(ねじいり)、算用矣、番新頻之思也…」と書き始め、『商売往来』もどきの文言で、遊郭における算用・勘定、倡家備品・雑具、客人高下、芸者揚げ代、注文用の食品などを書き連ね、最後に、倡家児童の手跡修行、歌・誹諧・香・生花・茶道・琴等の稽古の必要性、また、無益な浪費の戒め、店内清掃・接客の心得などを説く。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書に遊里風俗の挿絵とともに、本文要語の解説「倡売往来辨解」を置くほか、巻頭に「里鹿子品定写」(鳥居清経原画)や「積物送物之図」「諸礼躾方大概」「当用之折形」「状之上書認様」「男芸者名尽」「倡家重宝秘伝」「潮来唄つくし」「客帳のしたゝめやう」等の記事を掲げる。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1705]
〈小学習字〉商売往来‖【作者】伊藤桂洲(信平)作・書。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[越生]新井政司(文明堂)ほか板。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。明治期新編『商売往来』の一つ。元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†に模して、近代商業に必要な語彙や心得を列記したもの。「凡、商売取扱文字、公私会社、銀行、問屋、営業、鑑札、資本、為替、取扱、売捌、証文、注文、請取、質入、取組…」と元禄板さながらに起筆し、商業用語、通貨、日用食品・雑貨類、文具・家財、女性用品、雑穀・野菜・海草類、果実・樹木類、織物類、衣類(仕立物)・染色、兵器・馬具、金石、薬種・薬品・絵具類、鳥獣・魚介類、舶来品・発明品、交通・乗物、貿易・流通等の基本語彙を列記し、商人心得をもって結ぶ。まず、本文を行書・大字・三行・無訓で掲げ、巻末に小字・楷書・一四行・付訓の本文を再掲する。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1706]
〈少年必携〉商売往来‖【作者】槐亭賀全作。【年代】明治二八年(一八九五)刊。[東京]栗本長質(墨華堂)蔵板。[大阪]吉束任天堂ほか売出。【分類】産業科。【概要】異称『〈新刻〉商売往来絵抄』。中本一冊。慶応元年(一八六五)刊『商売往来画抄』†から序文・口絵の計三丁を除いて改題したもの。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1707]
〈新撰〉商売往来‖【作者】土屋伊兵衛編。伊藤桂洲(信平)書。【年代】明治一二年(一八七九)書・刊。[東京]土屋伊兵衛(寒玉堂)板。また別に大草常章(松栄堂)板もあり。【分類】産業科。【概要】異称『新選商売往来』。半紙本一冊。近世流布本『商売往来』†の改編版の一つ。「凡、商売・通商持扱文字、員数、数量、多寡、取遣之日記、日誌、証文、証券…」で始まる本文は、近世流布本をベースに部分的に新語を加えた程度のものである。およそ商売に必要な用語を若干の心得とともに、通貨、雑穀、運輸、日用品、織物・衣類(染色・模様)、武器・軍用品、家財(舶来品)、薬種・香具、野菜・山菜・果実類、魚鳥類の順に列挙し、最後に商家子弟の学芸・商売上の心得を記して締め括る。本文を行書・大字・三行・無訓で記し、巻末に楷書・小字・一三行(あるいは二一行)・付訓の本文を再録する(この付訓本文を省いた版もある)。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1708]
〈新撰〉商売往来‖【作者】千葉忠三郎作。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治一八年(一八八五)刊(求板)。[東京]大倉孫兵衛(錦栄堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『新撰商売往来』。半紙本一冊。明治期新編『商売往来』の一つ。まず、「凡、商家日用之文字、会社・銀行・商会・問屋・仲買・小売、営業・免許・鑑札・資本・株金・地券・公債・証書・為替・振込・仕入・売捌・証文・注文・受取・質入・手附・入金・取組・取扱・送荷・贈状・帳合・決算・総額…」と商取引上の要語を列挙し、続いて、通貨・金融、日用品(食品・燃料・文具)・家具・諸道具・雑貨、穀類・野菜・山菜・果実・海草、材木、織物・衣類・染色、兵器・馬具、金石・薬種、鳥獣・魚貝、舶来品・発明品、運輸・交通・貿易・通商、芸能等の基本語彙を書き連ね、最後に商家児童の心得を略述して結ぶ。本文を行書・大字・三行・無訓で綴り、巻末に楷書・小字・八行・付訓の本文を再録する。錦栄堂板は明治一八年求板で、初刊は奥付に記した「版権免許」取得年、明治一四年であろう。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1709]
〈新選〉商売往来‖【作者】米山栄吉編。檪堂居士書。【年代】明治二四年(一八九一)刊。[東京]牧金之助(金寿堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『〈開化〉商売往来』。中本一冊。米山栄吉編、明治二〇年(一八八七)刊『〈開化〉商売往来』†の改題本。同往来の本文(大字・三行)を四行・付訓に書き改めたもの。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1710]
〈新選画入〉商売往来‖【作者】赤沢政吉作。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[大阪]花井知久(聚文堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『〈新撰画入〉商売往来』。中本一冊。近世流布本『商売往来』†の明治期改編版の一つ。まず商業において成功しようと思うなら、小学校に入学して、日本や世界各国の位置・物産の名称を憶え、特に読書・算術・習字・記簿法に習熟することが大切であると説き、続いて、日本の三都五港、これら大都市での産業・物産の様子、商取引や貿易、運輸、商用文書、金融などのあらましを述べ、さらに雑穀・林木・金物・衣服・日用品・金属・染色・金石・機織具・織物・野菜・果実・陶器・食品・魚貝(塩物については諸国の主要産物を挙げる)・鳥類・書画・家財・諸道具・薬種・香具・農耕具・兵器・獣類・植木・盆栽・職人等の語彙を列記する。末尾に商人としての志や心得を諭す。本文を大字・五行・付訓(漢語の多くに左訓)で記し、商品を主体とした図解を多く掲げる。〔小泉〕
★◆しょうばいおうらい [1711]
〈新選絵入〉商売往来‖【作者】田中菊雄編(宮本興晃原作)。【年代】明治一八年(一八八五)刊。[東京]伊藤福太郎(扶桑書屋)板。【分類】産業科。【概要】異称『〈新撰絵入〉商売往来』『新撰絵入商売往来』。小本一冊。『商売往来絵字引』†の増訂版たる明治一二年刊『開化商売往来図解』†の改題本(銅版和装本)。『開化商売往来図解』とほとんど変わらないが、題字の年号を一部改めたほか、首題・見返題などの書名や作者名を変更してある。「凡、商売通用之文字、当座、注文、仕切、仕込、出納、算用等の諸帳簿、其外、証文、判取帳、先、流通之貨幣ニ者、金貨、銀貨、銅貨幣、紙幣、洋銀、公債…」で始まる文章で、通貨・穀類・青物・山菜・海草・金石・船舶・運送・食品・醸造品・絹布・衣類・染色・染模様・器財・小道具・武具・馬具・薬種・鳥類・魚介類・虫類・獣類・家屋・樹木・草花等の語彙を列挙し、商家児童の心得を述べて結ぶ。本文を大字・五行・付訓で記し、『絵字引』同様に図解と割注を挿む。また、巻頭に「士農工商図」を掲げる。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1712]
〈新はんおどけ〉商売往来‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】産業科。【概要】半紙本二巻合一冊。二巻で表紙とも合計六丁の小冊子。元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†にならって遊女の心得や遊女に必要な語句などを書き記した往来。上巻は「凡、娼売持扱文字、員数、色狂之客、三文無当…」と始まり、客の善悪をわきまえて踏み倒されぬように稼ぐことや、質入れについての諸注意、客の病気の処置、色里のある地名や娼家諸役の名称などを述べる。下巻では、これら構成員ともども悪評を得ないように努めることや、業界用語や地域別の呼称などを列記し、最後に日々出精して勤めること、余力に応じて歌・連歌・俳諧など諸芸を嗜むべきこと、乱行や分不相応の贅沢をしないこと、身だしなみや挨拶などに気を付けることなどを教える。本文をやや小字・七行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1713]
〈新編〉商売往来‖【作者】中島操作。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[長野]西沢喜太郎(小桝屋喜太郎・松葉軒)板。【分類】産業科。【概要】異称『新編商売往来』『〈小学習字・新編〉商売往来』『〈小学習字〉新編商売往来』。半紙本一冊。元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†(堀流水軒作)にならって編んだ明治期改編本の一つ。「夫、商売、営業上所用之文字、其数雖夥多、先最要之者、取遣之日記、証文、証書、証券、受取、註文、注文、質入…」で始まる文章で、随時新語を採り入れながら通貨・金融、穀類、輸送・通信、日用品(醸造品・燃料・雑貨)、絹布・織物・衣服・染色・染模様、兵器・武具、金石、工芸品、文具、家具、調理具・食器、化粧品類、農工商道具類、薬種、鳥・獣・魚類、野菜等の語彙を列記した後で、学問・教養・態度など商人子弟の心得を述べる。本文を行書・大字・三行・無訓で記し、巻末に楷書・小字・九行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1714]
〈増続〉商売往来‖【作者】堀流長軒(杢之丞)作・書・跋。【年代】享保一四年(一七二九)刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)ほか板。【分類】産業科。【概要】二巻合一冊。上巻『〈増続〉商売往来』と下巻『続商売往来』から成る。前者は堀流水軒作『商売往来』†を部分的に増補・改訂したものである。特に衣類・武具・馬具や「捕手之道具」、家財などの語彙を増補した一方、商人の嗜むべき芸能から「謡・舞・鼓・太鼓・笛」を削除した点が主な変更点。後半部『続商売往来』は、前半部の続編として「士・農・工の三姓」のあらましを綴ったもので、「凡、一切之道有躰用。士農工商之四職、何可輙乎…」で始まる文章で、武士以下三民の職務心得や家職関連語彙を列記する。本文をいずれも大字・四行・付訓で記す。巻末識語に「堀氏流水軒家続/同姓流長軒」とある。〔小泉〕
◆しょうばいおうらい [1715]
〈和洋〉商売往来‖【作者】酔々堂作・序。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[東京]伊勢屋庄之助(松延堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『和洋商売往来』。中本一冊。近世流布本の祖となった元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†(堀流水軒作)の各単語毎に該当の英単語(イタリック体)を掲げ、その読み方を示した往来。例えば冒頭は、「the(ゼ)、merchandisig(メルチエンジシンタ)、lesson(レツソン)/商売往来(シヨウバイワウライ)、about(エバウト)、traffic(ツレフエツシ)/凡ソ商売(シヨヲバイ)ハ/procese(プロセツス)、letters(レタース)/取(トリ)扱フ文字(モンジ)…」のように英字と漢字をそれぞれほぼ二単語ずつ交互に示す(半丁四行)。文章の英訳ではなく、あくまでも英単語の羅列に過ぎない。〔小泉〕
◆しょうばいおうらいえじびき [1716]
商売往来絵字引(初編)‖【作者】柳河春三(又玄斎南可・楊江・暾・春蔭・喫霞楼仙客)作・序。長谷川実信(信天翁)画。【年代】元治元年(一八六四)序・刊。[江戸]大和屋喜兵衛板。また別に[大阪]綿屋喜兵衛板、[大阪]小島伊兵衛ほか板等あり。【分類】産業科。【概要】異称『画本商売往来』。中本一冊。堀流水軒作・元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†本文のほとんどの語句に図解と割注を施した、庶民の生活図鑑とも言うべき往来。各丁とも大字・四行・付訓の本文に、語句に続けて図解等を挿入する。挿絵は多く五〜一〇色の多色刷り(単色の場合もある)で、その大半に平易な略注を付す。本書には異板が多く、又玄斎南可の序文を付さないもの、狭川半水の序と長谷川貞信画の「士農工商図」等を付すもの、小型化したものなど様々ある。また、本書に続いて二編(次項)も刊行されたほか、本書にならった元治元年刊『道具字引図解』†(初・二編)もほぼ同時期に刊行されている。〔小泉〕
◆しょうばいおうらいえじびき [1717]
商売往来絵字引(二編)‖【作者】柳河春三(又玄斎南可・楊江・暾・春蔭・喫霞楼仙客)作・序。歌川広重二世画。【年代】元治元年(一八六四)序・刊。[江戸]大和屋喜兵衛板。【分類】産業科。【概要】異称『商売往来絵字引弐編』。中本一冊。『商売往来絵字引』†(初編)の続編として編まれた図鑑風の往来物。初編に漏れた語彙を集めたもので、見返の序言によれば、「和漢の産物、其出る処を糺し、先、呉服・織物類を始め、青物・野菜・果物・乾物・餅菓子・酒肴・魚類より鳥獣・草花・虫・石・紙・書画・竹木等迄図解して悉く記す」とある。ただし、これらの分野についても、初編との語彙の重複がないように編集する。初編と同様に、本文を大字・四行・付訓で記し、語彙毎に図解を挟んで割注を施す。巻頭に「聖徳太子の略伝」を載せる。〔小泉〕
◆しょうばいおうらいえしょう [1718]
商売往来画抄‖【作者】槐亭賀全作・序。歌川芳盛画。【年代】慶応元年(一八六五)序・刊。[江戸]吉田屋文三郎(文江堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『商売往来絵抄』。中本一冊。幕末に吉田屋文三郎が出版した絵入りの往来物シリーズ(『消息往来画抄』†『女大学絵抄』†等)の一つだが、本書は若干体裁が異なり、挿絵を全て頭書に収録する。元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†の本文を大字・四行・付訓で掲げ、それに対する略注(例えば「商売」の左側には「あきなひの事をいふ」といったごく簡単な注)を囲み罫付きの細字で示す。巻頭に「日本橋風景」「寺子屋風景」「板元店頭風景」などの挿絵を掲げる。なお、本書の改題本に、明治二八年(一八九五)刊『〈少年必携〉商売往来』†がある。〔小泉〕
◇しょうばいおうらいおさなだから [1719]
商売往来稚宝‖【作者】山田野亭作。川部天受・柳斎重春画。【年代】天保一三年(一八四二)刊。[大阪]河内屋長兵衛板。【分類】産業科。【概要】異称『商売往来おさなだから』。中本一冊。流布本『商売往来』†(堀流水軒作)の本文に頭書絵抄(本文に関する挿絵や記事)を加えたもの。本文をやや小字・六行・付訓で記す。巻頭に王羲之・小野道風の略伝等の記事、巻末に「大日本国尽し」「篇冠尽し」「十二月異名」等を載せる。なお、表紙ならびに見返は色刷り。〔小泉〕
◆しょうばいおうらいかんご [1720]
商売往来刊誤‖【作者】北相ユ人書。須原屋伊八跋。【年代】文化六年(一八〇九)刊。[江戸]須原屋伊八板。【分類】産業科。【概要】大本一冊。流布本『商売往来』†の注釈書の一つ。本文と頭書注釈の見出し語を陰刻にするのが特徴。『商売往来』本文を大字・六行・付訓で掲げ、本文要語を頭書に掲出して語意・語法・由来などを施注する。正字・通用字・俗字・倭字を区別して原本や世俗の誤りを正したり、出典を明記するなど考証的で詳しい。扉絵に表題と唐子図を掲げる。〔小泉〕
◆しょうばいおうらいこうしゃく [1721]
商売往来講釈‖【作者】高井蘭山注・序。【年代】文政一〇年(一八二七)序・刊。[江戸]英平吉(万笈堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『商売往来抄』。大本一冊。流布本『商売往来』†注釈書の一つ。一五段に分けた本文を大字・六行・無訓で記し、各段毎に二行割注を施す。また、頭書に総振り仮名付きの本文を再録する。注釈文の冒頭で『商売往来』の字義・由来などを示し、以下本文について平易な注を施すが、しばしば関連知識や類語に言及し、例えば第二段目では、大判・小判その他金銀貨幣の種類・沿革・由来等を詳述し、他の段でも適宜関連語を掲出する。見返に板元の店頭風景を描く。〔小泉〕
◆しょうばいおうらいこうしゃく [1722]
〈万家童訓〉商売往来講釈‖【作者】富士谷東遊子校。【年代】嘉永(一八四八〜五四)頃刊。[大阪]靖共閣板。他に[大阪]河内屋平七板(後印)、[大阪]藤屋宗兵衛ほか板あり。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。堀流水軒作『商売往来』†の注釈書。『商売往来』本文を単語または複数の類語で句切って、やや小字・七行・付訓で記し割注を施す。施注内容は、文化一一年(一八一四)刊『大全商売往来』所収の「商売往来講釈」(近沢幸山注)同様の簡単なもので、稀に故事来歴に触れた長文の注解を含む。また、本書後半(あるいは前半)に『商売往来』を合綴するが、これには行書・大字・付訓の一本と、さらに楷書・小字・付訓(左訓)の別本の二様ある。なお、東書文庫本のように「天保一四年、山崎久作著」の奥付を付す版があるが、これは『実語教童子教具註抄』†の刊記の流用であって本書本来のものではない。〔小泉〕
◆しょうばいおうらいちゅうしょう [1723]
〈改正再板・図会〉商売往来注抄‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[大阪]河内屋太助板。【分類】産業科。【概要】大本一冊。流布本『商売往来』†本文に頭書絵抄を加えた往来。頭書はあくまでも本文要語の図解に過ぎず、書名の『注抄』にかかわらず語注を一切含まない。本文を大字・六行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょうばいおうらいどくほん [1724]
〈長崎県師範テ編輯〉商売往来読本‖【作者】長崎県師範学校編。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[長崎]長崎県師範学校蔵板。鎌田幹次郎売出。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。近世流布本『商売往来』†(堀流水軒作)の明治期改編版の一つ。元禄板同様に「凡、商売取扱文字、会社、銀行、本店、支店、問屋、仲買、荷主、得意先、卸売、受売、小売、取次、売捌、交易、両替…」で始まる文章で、商取引に関する基本語彙を列挙する。所載語彙は取引関連、不動産、有価証券、金融、帳簿関連、通貨、両替、食品その他消費財、家財・諸道具・手回品、化粧品、穀物・野菜・山菜類、草木、布帛・織物、衣類・染色・模様、兵器・馬具、金石、薬種、絵具、鳥・獣・魚類、舶来品・発明品、運輸・交通、貿易国と貿易品、芸能・遊興等の語彙で、最後に学問・勤勉・倹約等の商人心得を述べる。本文を楷書・やや小字・七行・無訓で記す。巻頭に近代商人図二葉を掲げる。〔小泉〕
◇しょうばいおうらいならびにむたまがわ [1725]
〈御家〉商売往来〈并〉六玉川‖【作者】中西一舟(見幾・濯縷)書。佐藤比路志(広当)序。紀月窗跋。【年代】文久四年序・書・刊。[酒田]門人蔵板。【分類】産業科。【概要】大本一冊。酒田の書家・中西一舟が書した手本を門人が出版した田舎板。『商売往来』と『六玉川』を大字・四行・無訓で記した手本。前者は堀流水軒作『商売往来』†に同じ。後者は、山城・井出の玉川を始めとする六つの玉川を詠んだ古歌で、女子用往来等の付録記事にしばしば見られる。〔石島〕
◇しょうばいじょう [1726]
商売状‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】産業科。【概要】商人に必要な心得と商売上の用語を列記した往来。「夫、商人之身持者、先朝起早天、見世店奇麗掃除。買人来則取拍機嫌取、仮虚者押柄働候共、不出我□(侭カ)、堪忍□様…」と筆を起こして、まず「商人の極意」を述べ、続いて、「朝夕取扱文字」として帳簿、通貨、穀類、輸送・流通、醸造品等、絹布・織物類、染色等の語句を列挙し、最後に商人心得で結ぶ。文言は流布本『商売往来』†からの抜粋に近いが、冒頭に商人の基本を説く点では『商家往来(商人往来)』†に似る。〔小泉〕
◆しょうばいづくし [1727]
〈英語二体〉商売づくし(初・二編)‖【作者】不明。【年代】明治五年(一八七二)頃刊。[東京]吉田屋文三郎(文江堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『〈英語横文字〉商売尽』。中本二編二冊。半丁に六種ずつの商売名を、漢字・ローマ字(大文字・小文字)の三体で「銘酒屋/MEISHIUYA/meishiuya」のように記した往来。初編・二編ともそれぞれ一二〇種ずつの職業名を収録する(ただし重複語あり)。本書広告には五編まで紹介するが、三編以降については未詳。〔小泉〕
◆しょうばいようじづくし [1728]
商売用字尽‖【作者】長友松軒書。【年代】寛政三年(一七九一)刊。[大阪]塩屋平助(高橋平助)板。【分類】産業科。【概要】大本一冊。明和八年(一七七一)刊『類字鑒』†の改題本。商売の対象となる農・林・水産業の生産物を中心に語彙を集めた手本。語彙はほぼ一定の分類(前後の多少の出入りはある)に従って配列されており、順番に穀物・野菜・キノコ・山菜・草花・海草・魚介・昆虫・動物・果実・樹木・鳥類の語彙合計八一〇語を掲げ、末尾に十干十二支を載せる。本文を行書・大字・四行・無訓で記した後、末尾に楷書・小字・七行・付訓(ごく稀に割注や左訓)の本文を再録する。〔小泉〕
◆しょうぶせんじもん [1729]
尚武千字文(楷書之部)‖【作者】片寄利武(南峯)作・書。横井忠直(古城)・河野通之(筌汀)序。【年代】明治二九年(一八九六)序。明治三〇年刊。[東京]鶴屋喜右衛門(小林喜右衛門・仙鶴堂)板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。尚武の国風や、武事・軍事国家としての日本の沿革や現状を述べた『千字文』型教科書。「志気ヲ鼓舞シ尚武ノ念ヲ喚起セシメン」ために編んだ習字手本で、本文を楷書・大字・三行・無訓で綴る。「寰宇渺茫、唯茲扶桑、皇祖開基、沢洽祚長…」と始まる本文で、@国体と尚武の風俗、A古今の治乱興亡、B近代日本の隆盛と内外の形勢、C軍備の進歩と軍隊の精神、D軍事関連用語・諸知識、E死を恐れず武勇たれとの教訓の六段を綴る。〔小泉〕
◆しようぶん [1730]
私用文(初編)‖【作者】槙村正直作・書。平井義直書。【年代】明治七年(一八七四)作・書。明治九年刊。[京都]羽仁謙吉蔵板。大黒屋太郎右衛門(京都書籍会社)売出。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。消息文の基本を記した教科書。まず、消息の基本的な心得について手紙文風に綴り、文章は簡潔明瞭を旨とすべきこと、実用的な世間通用の熟語で綴るべきことから説き始め、新年挨拶状・同返事、小学校稽古始めにつき地理誌講義の依頼・同返状、寒気見舞状・同返事、紀元節祝宴催し状の七通の消息文例を掲げる。収録文例は少ないが、追伸文の書き方を紹介するなど手紙の内容や書き方に変化を持たせる。本文を大字・二行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しようぶん [1731]
私用文(二編)‖【作者】槙村正直作・書。平井義直書。【年代】明治一〇年(一八七七)刊。[京都]書籍会社蔵板。松木米太郎ほか売出。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。基本例文を掲げた手本兼用文章。冒頭に「私用文巻二、任御所望書綴候。此著述文作は拙しとはいへとも、古語に所謂藍より出て藍より青し之理りにて、各方の才学を以、熟字・助語を御活用候はゝ、いかなる文章も自在に相調ふ基と可相成候也。二月十八日、槙村正直…小学生御中」という序文めかせた手紙文を配し、以下、博覧会案内(二月二八日)、同返状(三月一六日)、嵐山遊覧の誘い(四月六日)、扇子・団扇買い付けの相談(四月七日)、洛西遊覧の誘い(五月五日)の手紙を並べる。五月五日の手紙の中に、太陽暦となって時節の違和感を述べた箇所があり興味深い。本文を大字・二行・無訓で記す。〔母利〕
◇しようぶん [1732]
私用文‖【作者】大蔵虎年作。【年代】明治一一年(一八七八)年刊。[奈良]小瀬弥三郎板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「跡式譲状」を始め、「委任状」「為替手形書式」「送り状」「商物切手」などの認状・願状・届状などの書式計三五通を収録した用文章。簡便な作りで実用本位に編集する。本文を大字・六行・付訓で記す。〔母利〕
◇しようぶん [1733]
〈黒田行元習字〉私用文(一集)‖【作者】黒田行元作。川瀬白巌書。【年代】明治七年(一八七四)刊。[京都]石田忠兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『〈習字〉私用文』。半紙本一冊。明治六年刊『〈開化習字〉私用文章』†の改題本。〔小泉〕
◆しようぶん [1734]
〈女学必用〉私用文(初編)‖【作者】宇喜田小十郎作。平井義直(春江)書。【年代】明治一〇年(一八七七)書・刊。[京都か]半月堂板。【分類】女子用。【概要】異称『状用文章』『女学必用私用文』。半紙本二巻二冊。ただし下巻は未見。上巻に「新年挨拶状」以下三〇通の四季用文を載せた女用文章。特に、八坂神社・清水寺・嵐山・宇治など、季節に応じた京名所の見所を紹介した例文が多い。本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◇じようぶんあん [1735]
時用文案‖【作者】赤井得水(明啓・文次郎)書。微通堂耕水(親茂)跋。【年代】延享三年(一七四六)以前書。江戸中期刊。[江戸か]門人蔵板。【分類】消息科。【概要】枡形本に近い横本で、一状おきに陽刻と陰刻をほぼ交互にした特異な体裁の手本。「改暦之吉慶者不可有尽期候…」で始まる新年祝儀状以下五〇通を収録する。四季・慶事・雑用など公私諸般の例文から成るが、初午の奉納和歌や額字揮毫、発句の集いや詩歌の添削など作者の文人墨客としての生活を窺わせる例文が少なくない。本文を行草体・大字・六〜七行・無訓で記す。なお、筆者は金沢出身の書家で、後、江戸に住み、延享三年に没したが、例文中にも「昨夜谷中筋用事在之、罷越候処…」とか「小石川筋へ」とあるから、本書は江戸で出版されたものであろう。明和六年(一七六九)刊『古今書家人物志』によれば「正徳時代之人」とあるため、刊行もその頃か。〔小泉〕
◆しようぶんご [1736]
私用文語(初〜三編)‖【作者】槙村正直作・序。平井義直書。【年代】明治一一年(一八七八)序。明治一一・一二年刊。[京都]羽仁謙吉蔵板。村上勘兵衛売出。【分類】消息科。【概要】半紙本三編三冊。消息に用いる語句や表現を多く集めた手本。本書の初印本には「初編」の記載なく、後印本で埋め木されていることから、最初は単行本として刊行され、その後、二編以降を続刊したものであろう。初編は、冒頭に寒暑二候についての模範文を掲げ、さらに叙時(四季時候)・人称・自称、自他の両親の称号や居所・動作の言葉を始め、追伸文の書き方、また正体文(布啓・叙事・候問・自叙・結文・結尾で構成される正格の手紙文)や略文体用語などを教える。二編は、布啓〜結尾に用いる表現や、年始状用語(起首・候問・自叙・経文)・筒短年始状・雑語の各項に関する語句を集める。また三編は、初・二編に漏れた消息用語を集録したもので、婚礼并縁談・出産・疱瘡・学事・商法・職業・農業・賞覧・災難・官位・軍事・賞賜・疾病・死亡并弔表・祭祀・旅行并餞別・家居并転居・隠居家督・年賀の一九項目について集める。各編とも本文を大字・二〜三行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しようぶんしょう [1737]
私用文章‖【作者】深沢菱潭作・書。渡辺資書(傍訓)。【年代】明治八年(一八七五)刊。[東京]書学教館蔵板。[甲府]内藤伝右衛門(温故堂)売出。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。「年始状」を始め「寒中伺候状」「御祭日招友状」など、時節・雑の私用文例一五題、往復三〇通を収録した手本兼用文章。文例は「鳳暦之嘉儀目出度申納候…」のように旧来通りの穏当なものだが、文中、「万国雑誌」「汽車」「開明楼」「郵便船」「牛肉」など、当時流行の事物を交え新味を出す。本文を大字・五行・所々付訓で記す。〔母利〕
◆しようぶんしょう [1738]
〈開化習字〉私用文章‖【作者】黒田行元作。川瀬白巌書。玉水画。【年代】明治六年(一八七三)刊。[京都]石田忠兵衛(文明書楼)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈習字〉私用文章』『〈習字〉私用文』。半紙本一冊。「新年を祝する文」以下三一通を収録した手本兼用文章。個人間で取り交わす手紙や四季に伴う手紙も若干含むが、「会社廻状」「注文之品請取之文」「海運荷物催促之文」「交易物品注文之文」「海外より本国社中へ遣す文」など商取引に伴う例文が過半を占める。本文を大字・四行・付訓(稀に左訓)で記す。巻頭に色刷り口絵一葉を掲げる。なお、本書は明治七年に『〈黒田行元習字〉私用文』†の書名で再刊された。〔小泉〕
◆じょうぶんしょう [1739]
状文章‖【作者】鈴木忠侯(青羊)書。書台閣(書台円)編・序。【年代】寛政八年(一七九六)序・刊。[京都]銭屋長兵衛板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。寛政二年刊『〈早道〉改正用文章』†の改題・改刻本。本文に一般の消息文である「状文章」を載せ、頭書に仮名文の「かな文章」と「ちらし書文章」を掲げる。「状文章」は、「年始之状」以下一年中の各月の往復文二四通と移徙・元服・安産・振舞・餞別の祝儀状五通の合計二九通を収録し、各例文を大字・五行・付訓で記す。「かな文章」は各月毎の手紙で往復二四通で、「ちらし書文章」は三段・五段・七段各様の散らし方も示す。このほか、巻末頭書に「万書状ふうじ方」を掲げる。〔小泉〕
◆じょうぶんしょう [1740]
状文章‖【作者】田中安治郎作。【年代】明治一六年(一八八三)刊。[大阪]田中安治郎(錦菜堂)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。前半の「諸文章」と後半の「証書并届文例」から成る簡易な用文章。「諸文章」はそれぞれ往復の漢語消息で、新年状・愛花状・梅雨状・酷暑状・賞月状・厳寒状・歳末状の一四通を載せる。同本文を行書・大字・六行・付訓で記す。後半の「証書并届文例」は証書から借地之証までの証書類七通と、婚姻届から改印届までの五種の公式書類の書式を上下二段組、楷書・やや小字・九〜一〇行・無訓で記す。なお、表紙は墨・紺の二色刷り。〔小泉〕
◆しようぶんのおしえ [1741]
〈林正躬著〉私用文之教‖【作者】林正躬作・序。川瀬白巌書。玉泉画。【年代】明治八年(一八七五)序・刊。[東京]石田忠兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈学校必用〉私用文之教』。半紙本一冊。自序によれば、文は発端・時候・起居・用事・決尾の五部から成るものとする。本書はその考えに基づき、それぞれ五部について、例えば「発端」は「一翰謹啓」、「時候」は「春寒料哨ニ御座候所」、「起居」は「弥御多祥奉賀候」、「用事」はさらにそれらを招待・相談・報知・案内・催促・送り・賀・集会・披露・遊歩断・見舞・悔・注文・物を借・誘引・婚姻賀に分け、「決尾」は「以書中相伺候。不一」のように例文を示す。中心を占める「用事」の中には、「英国より窮理学之名人御雇入」「佛朗西人パカチラ」「活字印書」「電気銅版(エレキーロタイプ)」「支那戦争記並東台戦記(トウエイザンセンキ)」など際物的な題材も多く興味深い。本文を大字・四行・無訓で記す。〔母利〕
◆しょうほうおうらい [1742]
〈開化一新〉商法往来‖【作者】深沢菱潭(巻菱潭)作・書(本文)。藤彰書(頭書)。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]内田弥兵衛(正栄堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『一新商法』。中本一冊。近世流布本『商売往来』†の字句を入れ替えた改編版。「大凡、商法売買取扱文字、員数、取遣・受送之控、日記、証文、公債証書、地券書、注文・請取・受納、質品…」で始まる本文に、帳簿類、通貨、雑穀、野菜・山菜・果実類、売買・運送手順、飲食品、絹布・織物類(名産品)、衣類・染色・染模様、武器、金石、器財・家財、その他日用品、薬種・香具・絵具、鳥獣・魚介類、虫類、国内地方物産(地域別に詳述する)等の語彙を列挙した後、これら産物の出荷・税関手続きや、商家勤務に関する用語・心得に触れて締め括る。本文を行書・大字・四行・無訓で記し、巻末に楷書・小字・一三行・付訓の本文(銅版刷)を再録する。頭書「日用証書類」には、「手附金請取証」以下の証文類文例を載せる。なお、本書は『一新商家往来』†に影響を与えた。〔小泉〕
◆しょうほうおうらい [1743]
〈開化日用〉商法往来‖【作者】村松義次(邨松義次)作。伊藤桂洲書。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]荒木新兵衛(開運堂)蔵板。小林喜右衛門ほか売出。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。近世流布本『商売往来』†の明治期改編版の一つ。「凡、商売取扱ふ文字は其数多けれと、日々入用の荒増は、取遣・日記・諸証文・手形・注文・送状・請取・切手・手扣也…」と筆を起こし、文明開化期に普及した西洋の文物・舶来品等の新語や商家子弟に必要な新知識を列記する。まず、通貨(金・銀・銅貨、紙幣)・金融・度量衡・貿易(船舶・航海関連語)について比較的詳しく述べ、続いて、衣類・雑貨・流通、穀類・野菜類・果実類・肉類その他食品、食器・調理具・燃料、家屋・家財、兵器、農具・工具、金石・薬種、交通・通信・発明品、草木・鳥獣・虫・魚貝類の語彙を列挙した後、商人および商家児童の心得(学問・芸能、倹約・礼儀等)を説く。なお、本文を行書・大字・四行・無訓で綴り、巻末に楷書・小字・一五行・付訓(稀に左訓)の本文を再録する。〔小泉〕
◆しょうほうおうらい [1744]
〈明治新刻〉商法往来‖【作者】本多芳雄作。圭斎山史書。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]山口屋藤兵衛(荒川藤兵衛・錦耕堂)板。【分類】産業科。【概要】中本一冊。堀流水軒作・元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†の文言に似せて綴った明治期改編版の一つ。「凡、商法売買、持扱文字、員数、取遣之日記、証文、証書、公債、地券、注文、受取、領受、質入、典物、抵当、引当、算用、簿記、仕切之覚也…」で始まる本文で近代商法に必要な基本語彙を羅列する。所載語は、両替・通貨・秤量、雑穀・野菜・果物・山菜、交通・通信、貿易・輸送・貯蔵、飲食品、布帛・織物・衣類・染色・染模様、兵器、器財・日用品、薬種・香具・絵具、鳥獣・魚介・虫類等で、末尾に商家児童の心得を述べる。本文を大字・五行・付訓(所々左訓)で記す。見返に西洋・中国の度量衡一覧表、頭書に「日本国尽」「諸国物産(五畿内・東海道・東山道・北海道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道)」を載せる。〔小泉〕
★しょうほうとりひきようぶん [1744-2]
商法取引用文‖【作者】深川右平編。【年代】明治九年(一八七六)序・刊。[名古屋]山内六助ほか蔵板。[東京]山中市兵衛ほか売出。【分類】消息科。【概要】中本一冊。異称『商業取引之文』。「新年初荷之文」から「取次金催促之文・同返事」までの消息文例三〇通と「建家請負人証」から「年季奉公人請証」までの証文類例文一三通を収録した用文章。書名のごとく諸職・諸商売における商用文のみを集める。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「綴文」と題して、商用文に用いる表現を列挙する。〔小泉〕
◆しょうほうまんじもん [1745]
〈川上泊堂著輯〉商法万字文‖【作者】川上泊堂(由蔵・布衣)作。藤廼舎序。【年代】明治八年(一八七五)序・刊。[大阪]広瀬藤助(泰山閣)板。また別に[京都]竹岡文祐板(後印)あり。【分類】産業科。【概要】異称『〈川上由蔵著輯〉商法万字文』『〈開化〉商法万字文』『開化商法万字文』。半紙本一冊。主として商業従事者の教育用に編まれたもので、舶来品などの新語を含む日常語を多く集めた往来。天文・地理・身体・疾病・人倫・度量衡数・家宅・雑穀・菜蔬・飲食・菓物・草木・染物・紙筆・書画・家財・兵具・馬具・農具・金石・薬種・禽獣魚虫介・文言の二三項に分けて語彙を列挙する。「万字」と称するが、実際の収録語彙数は六七〇五字である。本文を行書・大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょうみんしょくにんおうらい [1746]
〈新撰〉商民職人往来‖【作者】勝間竜水(定安・利右衛門・流水・新泉・松葉軒)作。【年代】天明二年(一七八二)刊。[江戸]西村屋与八板。また別に[江戸]亀屋文蔵板(後印)あり。【分類】産業科。【概要】異称『職人往来』。中本一冊。江戸の繁栄と府内の諸職・諸商売のあらましを書き記した往来。宝暦六年(一七五六)刊『〈新板〉商民職人往来』†を大幅に簡略したうえ、若干の頭書を加えたもの。「抑国家安全之此時、堯舜可比、聖主日本六十余州知召給故…」と筆を起こし、基本的に宝暦板と同傾向の記述だが、各種商品名をほとんど削除した点が最大の変更点。要するに本書は、宝暦板のうち江戸の発展と江戸府内各地の産業・職種に関する記述に絞った簡略版である。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「唐子図」と「竹馬の由来」、頭書に経書からの金言名句や「十二月異名」「日の異名」「篇冠構字」「筆法指南」「年中廿四節」の記事を掲げる。なお、本書に微細な改訂を加えた往来に『江戸諸職往来』†がある。〔小泉〕
◆しょうみんしょくにんおうらい [1747]
〈新板〉商民職人往来‖【作者】勝間竜水(松葉軒)作・書。【年代】宝暦六年(一七五六)刊。[江戸]鱗形屋三左衛門(山野三左衛門・鶴林堂・邸古堂)板。また別に[江戸]鱗形屋孫兵衛板あり。【分類】産業科。【概要】異称『〈増補〉諸商買往来』『名産諸色往来』『新商売往来』『農人往来』。宝暦五年板は大本一冊。「陽春之慶賀如恒例、上下賑鋪規式、珍重々々…」で始まり「…万代不易之御仕置、天下泰平目出度々々。恐惶謹言」で終わる一通の新年状に、江戸府内の諸職・諸商売とその関連語を盛り込んだ往来。冒頭に平和で繁栄した日本社会を謳歌する文言を掲げ、長崎を通じて流入する「異国之美物・奇物」等や儒仏その他の文化が江戸に集積することや、江戸の治安、町々の様子などにも触れ、続いて、呉服・絹布・布帛類、薬種、荷売り、その他諸商い、和紙、名酒・醸造品、穀類、材木・工芸品、日用品、魚介類、その他海産物、鳥獣類、野菜・果実・山菜・茸、小道具その他、草木などの商人用語、さらに、大工道具、家屋・家財、その他諸職関連語を列挙する。末尾で、当今の「富貴万福」が前代未聞であり、それが徳政のお陰にほかならないこと、また、日光・上野を始めとする神社仏閣の建立などに触れて締め括る。単に産業に関する語彙を羅列するだけでなく、諸国の地名や名産を多く掲出して地理学習にも役立つように編集した点が注目される。本書の外題替え本『〈増補〉諸商買往来』が江戸中期に同じ鱗形屋から刊行されたほか、本書を半紙本に改編した改題本『新商売往来』(高井蘭山校訂)も天保(一八三〇〜四四)頃に出版された。以上はいずれも同文で、本文を大字・五行・付訓で記す。このほか、本書の簡略版に天明二年(一七八二)刊『〈新撰〉商民職人往来』†がある。なお、岡山大学附属図書館には『農人往来』と題した貞享二年(一六八五)写本が存する。表紙に「貞享二歳桃浪七日、農人往来、荻野猶右」と記し、序文に松葉軒流水が著し、柏屋与市(延宝〜寛延頃の江戸書肆)が開板した旨を記載する。貞享二年刊が事実なら最古の産業科往来になるが未詳。〔小泉〕
◆しょうもんてがたあんしょごくいしゅう [1748]
〈御家流〉証文手形案書極意集‖【作者】月斎(月斎峨眉丸か)作・書。【年代】文化一三年(一八一六)刊。[江戸]鶴屋喜右衛門板。【分類】消息科。【概要】異称『当用諸証文手形之類認方文法指南極意集』。中本一冊。文化一三年刊『通用案書』†の後半部を独立させた用文章。「借店(たながり)請証文」から「売上之案文」まで、一般的な証文類二四通を収録する。本文を大字・ほぼ六行・所々付訓で記し、稀に細注を施す。また、巻末に証文類の心得を略述した「書法大概」を載せる。〔小泉〕
◇しょうやいまがわきょうくんしょ [1749]
庄屋今川教訓書‖【作者】不明。【年代】江戸後期作・書か。【分類】産業科。【概要】異称『今川了俊対諸庄屋共制詞条々』。庄屋の子弟教育用に編まれた往来で、一六カ条の条々と全体の三分の二以上を占める後文から成る教訓。形式・内容とともに『今川状』†の影響を多分に受け、第一条「耕作の道を知らずして田畑終に勝利を得ざる事」から始まり、続けて、大酒を好み農業を忘れること、田畑の善悪を考えないこと、公儀を軽んじて私用を重んじ不正を働くこと、先祖伝来の田畑や人馬、私宅を失うこと、己の分限を弁えないこと、己の愚痴に気付かず百姓を嘲笑すること、役人視察の際に虚病を構えること、代官手代に無礼であることなどの禁止条項を述べ、最後に、これらの条々を朝夕心掛け、耕作・農業に専念し、幼少より農業成功者と交わるべきことや、百姓の善悪は庄屋の善悪に起因することなど、庄屋としての心得全般を説く。〔小泉〕
◆しょうやおうらい [1750]
庄屋往来‖【作者】不明。【年代】天保一二年(一八四一)書。【分類】産業科。【概要】大本一冊。天保七年(一八三六)書『在郷往来』†とほぼ同内容の往来。「抑庄屋之為役儀事、天照大神之御治世、村々に邑君を定め給ひ、庄官と号け、又は名主と呼ぶ…」と書き始めて、まず庄屋の起源と当代の農村支配体制における職務に触れ、庄屋子弟に必要な知識(諸法令、『御成敗式目』†『四書』『五経』等)や資質(正心・始末・倹約・智恵・才覚・分別・思案・堪忍)、村政管理書類、宗門人別改め、他出人の把握、救恤政策、検地対応、年貢・諸役、寺社管理、災害・飢饉時の対応、治安・法令遵守、公事・訴訟、風紀維持と庄屋の心構えまでを記す。天保一二年写本は、本文を大字・六行・付訓で記す。〔小泉〕
◆★じょうようぶんしょう [1751]
常用文章‖【作者】宮南耕斎(進・退蔵・徳雲)作・書。【年代】安永七年(一七七八)刊。[大阪]吉文字屋市兵衛板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。典型的な御家流の書体で書かれた武家用の消息手本。「今度殿様京都御在番に就き…」のようにいかにも武家用の趣を漂わせるが、「…前刻者途中に於ゐて目礼に預り候処、久々拝顔能ざる故歟、見損無礼の為躰、本意に背き存候。心底安からざるの趣、愚札を以て斯くのごとく御座候」(原準漢文体)等の文例には、武家社会の儀礼が忍ばれて興味深い。また、第二八丁からは、和気清麿・正親町天皇・菅原高能・藤原公行等の金言を列記する。本文を大字・五行・無訓で記す。〔母利〕
◆しょうりんようぶんしょう [1752]
〈弘化新版〉松林用文章‖【作者】不明。【年代】弘化四年(一八四七)刊。[江戸]藤岡屋慶次郎(松林堂)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「正月之文」「三月の文」「五月の文」「暑中見舞の文」「中元の文」「九月の文」「恵美寿講の文」「寒中見舞の文」「歳暮の文」「元服祝の文」「婚礼悦の文」の一一通を収録した簡易な用文章。本文を大字・五行・付訓で記す。書名の『松林』は板元の堂号による。〔小泉〕
◇★しょうれいしゅう [1753]
詔令集‖【作者】石川県学校編。【年代】明治六年(一八七三)刊。[金沢]石川県学校蔵板。山田耕吉ほか売出。【分類】社会科。【概要】異称『〈官許〉詔令集』。半紙本一冊。明治元年二月二八日の「詔」や同年三月一四日の「五箇条の御誓文」「御宸翰」以下、明治五年一一月九日の「改暦詔書」、同一一月二八日の「徴兵詔書」までの詔書・勅宣・勅語・勅書を年月順に列記した教科書。楷書・八行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょおうらい [1754]
諸往来‖【作者】飯川某書。【年代】安政三年(一八五六)書。【分類】合本科。【概要】大本一冊。教訓科・歴史科・産業科・地理科・社会科などに属する多様な往来を集めた筆写本。「大和家訓」以下二四の往来を収録する。大半が『古状揃』†等に所収の往来だが、中には「大和家訓」「赤松状」「日本兵揃」「福右衛門状」といった他に例を見ないものや、「御高札」「御教諭書」なども含む。このうち、「大和家訓」は五倫や義の徳を教えた教訓、「赤松状」は元弘二年(一三三二)に次良入道用心が赤松律師則祐にあてた形で綴った擬古状、「日本兵揃」は貞純親王の子・経基から武蔵坊弁慶までの有名な武将を紹介した往来、「福右衛門状」は福右衛門が貧之助に宛てた教訓状である。本文をやや小字・八行・無訓で記す。〔小泉〕
◆じょかい [1755]
女誡‖【作者】曹大家作。自警訳。【年代】慶安元年(一六四八)跋。慶安五年刊。[京都]中野道伴板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。中国後漢の曹大家(班昭)作『女誡』を和文に翻案したもの。劉向の『古列女伝(劉向列女伝)』†とならんで中国を代表する女訓書であり、清時代の王晋升によって「女論語」「仁孝文皇后内訓」「女範捷録」とともに『女四書』のうちに組み込まれた。内容は、卑弱第一・夫婦第二・敬慎第三・婦行第四・専心第五・曲従第六・和叔妹第七の七編を設けて、女子に大切な教訓の数々を記述する。慶安五年板は本文をやや小字・一〇行・付訓で記す。末尾には、作者・班昭と本文の要諦について解説した「附録」、また、「胎教集」として胎教にかかわる一〇カ条、「十ケ月孕育の法」一〇カ条、「物にあやかる事」二カ条、「食の禁物」を収録する。本朝で普及した『女誡』には絵入本・注釈本など種々あるが、慶安五年板は類書中で最も早く、次いで古い明暦二年(一六五六)刊『女四書』†所収の邦訳本によって相当に普及した。〔石川〕
◆じょかい [1756]
女誡‖【作者】加倉井松山(松林・忠珍・豊吉・江水・好水)注・序。宮部等玄(翼憑)序・画。鈴木重宣序。山本北山(信有)跋。【年代】寛政七年(一七九五)序。寛政八年刊。[水戸]加倉井久泰(資)蔵板。[江戸]須原屋伊八売出。【分類】女子用。【概要】異称『女誡新註』『女誡新注』。大本一冊。『女誡』注釈書の一つ。『女誡』本文を数段に区切って楷書・やや小字・八行・無訓で記し、各章の題号と本文の語注を割注(漢文注)形式で施したもの。巻頭に中国風俗画(女子教諭図)を掲げる。〔小泉〕
◆じょかいふくよう [1757]
〈絵入〉女誡服膺‖【作者】田山敬儀注。藤原公敬序。大原東野(民声・如水)画。釈斎跋。【年代】文化二年(一八〇五)跋・刊。[京都]河野伊兵衛ほか板。また別に[京都]細野十右衛門板、[京都]岡本嘉七板あり。【分類】女子用。【概要】異称『女誡国字解』『〈女誡服膺〉女教大全』。大本一冊。曹大家作『女誡』の絵入り注釈書。『女誡』本文を数段の短文に分け、段毎に本文を行草体の大字で記し、語注や大意を割注形式で付記する。随所に見開きの挿絵を掲げ、三従・七去、胎教の教訓や和漢賢女等の略伝を紹介する。〔小泉〕
◆★じょかいりげん [1758]
女誡俚言‖【作者】倉次重約(松泉)訳・書。清水謙光序。【年代】嘉永五年(一八五二)作・序・刊。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】大本一冊。『女誡』†を仮名書きの平易な文章に改めた邦訳書。倉次重約が娘のために著したものという。『女誡』本文(漢文)を数段に分けて楷書・やや小字・一〇行・付訓で記し、語注や大意を本文と同じ大きさの行書体・付訓で綴ったもの。〔小泉〕
◆じょかいわくん/おんないましめわくん [1759]
〈女学必用〉女誡和訓‖【作者】細野栗斎注。奥斎序。【年代】明治六年(一八七三)序。明治七年刊。[名古屋]秋田屋源助(文光堂)板。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。曹大家『女誡』†の注釈書の一つ。『女誡』本文をいくつかの短文に分けて楷書・大字・九行・付訓で記し、続いて該当個所の大意を述べた割注(楷書)を掲げ、さらに頭書に本文要語についての漢文注を載せる。個々の語意よりも教訓の主旨の敷衍に重点を置く。巻頭に曹大家小伝を掲げる。〔小泉〕
◇しょがくおうらい [1760]
〈寺沢〉書学往来‖【作者】寺沢政辰書。【年代】江戸中期刊。刊行者不明。【分類】消息科。【概要】大本一冊。消息文例三二通と詩歌八編を収めた御家流手本。新年状返状、男子誕生を祝う手紙、婚礼祝儀状、大坂・奈良・堺等の歴覧を知らせる文、伊勢参宮を企てた友へ餞別状など武家日用の例文や、各種披露文などを載せる。末尾に、春を主題とした詩歌数編を掲げる。〔小泉〕
◆しょがくおうらい [1761]
〈当用玉置〉初学往来‖【作者】玉置茂八(栄長・伴直・筆華堂)書。寺沢某跋。【年代】元禄一六年(一七〇三)刊。[江戸]須原屋茂兵衛(千鐘房・千鐘坊)板。【分類】消息科・教訓科。【概要】大本一冊。「消息文」「筆道教訓」「詩歌」から成る玉置流手本(大字・三行・無訓)。冒頭「消息文」は、「新年祝儀状」から「献上品披露の礼状」までの一七通で、献上・拝領・拝命・着任など武家公私にわたる祝儀状・礼状・報告状その他書状から成る。続く「筆道教訓」は、「入木之道多年御執心令感悦候…」で始まる長文で、著者が天和二年(一六八二)三月に式部卿に伝授した筆法書。「御手本一段々々御習あるへき事」「字の勢分事」「筆遣肝要たる事」「古賢筆遣事」など七カ条と後文からなり、途中で本朝書道史にも触れる。さらに巻末に『和漢朗詠集』等からの詩歌一二編を付す。なお、本書の改題本に享保(一七一六〜三五)頃刊『〈玉置〉筆海専要』、江戸中期刊『〈当用玉置〉初学要集』等がある。〔小泉〕
◆じょがくかなおうらい [1762]
〈新板〉女学仮名往来‖【作者】不明。【年代】延宝(一六七三〜八一)頃刊。[江戸]山形屋(市郎右衛門か)板。【分類】女子用。【概要】大本三巻三冊。蘭と妙智、または蘭と綾小路住の女性など複数の女性間で交わす四季折々の手紙(各月一通合計一二通)の形をかりて女子一生の教訓を述べた往来。各状は修辞に富んだ四季時候の挨拶から始まるが、その主内容は女子心得についての問答である。まず一月状で、御所奉公が長く学問の機会が少なかったとする蘭が比丘尼妙智へ人の道を尋ね、その返状である二月状で『列女伝(劉向列女伝)』†『礼記』によりながら「胎教」の概要を説くという具合に展開する。以下、『小学』『礼記』『孝経』等に基づいて、人間生得の「良知・善心」の発現を根本としながら、年齢別・男女別の教育法や心得、六徳(智・仁・聖・義・忠・和)、八刑(不孝、夫または妻の親類との疎遠、兄への不敬、友への欺瞞、他人の不孝への不仁、空言、惑乱)、五倫、孝行、夫婦の道、女子三従、七去・三不去、長幼、朋友までの諸教訓を諭す。本文を大字・五行・稀に付訓の並べ書きで記す。教訓を説いた女筆手本類の早い例として重要。なお、本文内容や筆跡などの点で、延宝六年(一六七八)刊『四季仮名往来』†と密接な関連がある。なお、吉海本・下巻末尾に「通油町、山形屋」と記すため、年代からして山形屋市郎右衛門板か。〔小泉〕
◆しょがくきょうくんしょ [1763]
初学教訓書‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】合本科。【概要】大本一冊。「初学教訓書」「大内駅路の鈴」「江戸名所往来」「米相場探し之事」「万利足之事」「秤目之事」「諸物目方之事」「いろはの説」「地震ゆる時善悪を知る事」「一代守り本尊を知る事」を収録した往来物。「初学教訓書」は、「出(いで)や此世に生れ来て物書業(わざ)を不知は諸芸に暗く智恵浅く、実に口惜き事ぞかし…」で始まる教訓文で、幼時の手習いの重要性や社会での学問・教養の必要性と、礼儀作法などを諭したもの。「大内駅路の鈴」は、「我君の在す長安都路は五十地に余る三つの宿…」で始まる文章で、『東海道往来』†を改編したもの。七五調の文章は同様だが、『東海道往来』の特色である「文字鎖(七・五、七・五と続く文言の最初と最後が同音で結ばれる)」にはなっていない。「江戸名所往来(御府内名処往来)」†は、「南山献寿鳳城之楽未央…」で始まり江戸各地の名所を案内したもので、単行刊本はなく、安永九年(一七八〇)刊『連玉古状揃宝蔵』の頭書所載のものが早い例である。以下、相場や度量衡についての簡単な解説を付す。最後の二つは占いに関する和歌で、うち前者は「九はやまひ五七の雨に四干魃、六八ッ時は風のふく也」のように地震が発生した時間による占いである。本文をやや小字・七行・付訓で記す。〔小泉〕
◆じょがくこうきょう [1764]
〈鄭氏〉女学孝経‖【作者】片山笹藍メ(訓点)。南摩綱紀(羽峯・環碧楼・士張)序。川瀬白巌(益)書。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[京都]須原屋平左衛門(遠藤平左衛門・文華堂)ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『飜刻女孝経』。半紙本一冊。唐・鄭氏作『女孝経』本文に訓点を施した教科書。本文を楷書・大字・六行・無訓で記す。序文で『女孝経』撰作の由来と本書刊行の経緯に触れるが、その中で、京都府下七〇郡の小学校入学者が男女で約二万五千人に及ぶことを紹介し、就学人口が増える一方で『女孝経』を学ぶ女性が果たしてどの程度いるかとの疑問を投げかけ、本書出版の目的が「徳教之本源」を知り「修斉治平之基礎」を明らかにし、欧米諸国を凌いで万国の冠たらんことを図るものであると強調する。〔小泉〕
◇しょがくこうしゅう [1765]
初学向衆‖【作者】鳥養宗晰書か。【年代】天正一九年(一五九一)書。【分類】古往来。【概要】異称『書簡要語』『書札ノ書』。大本一冊。「御書、貴札、御札、御状、打紙、奉書、面謁、面拝、面謝…」以下の単語を大字・三行・無訓で記した古往来。表紙に「諸学向衆」と大書し、その左側にやや小さく「書簡要語」、下方にさらに小さく「書札ノ書」と記す。内容は、天正一一年(一五八三)書『消息手本』†(鳥養宗?筆)に同じ。ただし、第六丁に相当する一丁分、すなわち「被仰究、被仰出」より「未明、早旦」に至る一八語・三八字を欠くほか、末尾の脇付を一〇語から九語に減らし、さらに若干の変更が見られる。裏表紙には、やや乱雑な筆跡で「天文十八年/慶長十年/寛文十年三月十日伝之/此本小坂氏彦作之手渡事/貞享二年六月二十五日(花押)」と記す。「天文十八年」と記す理由は不明だが、天正一九年筆の手本を慶長・寛文・貞享と伝えて学んだ証跡は教育史的に注目される。〔石川〕
◆しょがくさくぶんびんらん/しょがくさくぶんべんらん [1766]
初学作文便覧‖【作者】鈴木貞次郎(貞二郎)作・序。【年代】明治一〇年(一八七七)刊。[東京]稲垣武八板。【分類】消息科。【概要】異称『〈初学〉作文便覧』『作文便覧』。中本二巻二冊。全体を「日用往復ノ尺牘ニ用フル文詞」を集めた「牘詞之部」(一六題)と、「漢文及ビ新聞様ノ文章ヲ作ル」ための「文語之部」(六題)とに分けた略注付きの書簡用語集。しかし「牘詞之部」もまた、「片楮粛敬」「寸札拝呈」「献尺箋」(簡頭詞類)などのように全く「雅馴ナル者ヲ集メ出」したものであり、漢文系の作文教科書という性格が強いものであろう。本文を楷書・小字・八行・付訓で記す。〔母利〕
◆しょがくしつけかた [1767]
〈新板絵入〉初学しつけ方‖【作者】不明。【年代】江戸中期刊。[江戸]西村屋与八板。【分類】消息科・教訓科。【概要】異称『初学万しつけ方』『〈初学〉万しつけ方』。中本一冊。江戸初期刊『初学文章抄』†の内容を簡略化して頭書絵抄(九丁分)を加えた往来。「一、用の事ありて状をつかはす事」〜「八十三、引わたし七五三の事」までの合計八三項目について記し、頭書に種々図解を施す。本文をやや小字・約一五行・所々付訓で記す。〔小泉〕
★じょがくしょうけい [1767-2]
女学捷径‖【作者】前田夏繁作。【年代】明治八年(一八七五)刊。[甲府]協力社蔵板。内藤伝右衛門(温故堂)売出。【分類】女子用。【概要】異称『〈前田夏繁編輯〉女学捷径』。半紙本一冊。女性の学問や四季行事、行住坐臥の作法などの生活教訓と生活用語を六回に分けて綴った絵入り教科書。冒頭の第一回は主に生涯関わる女児の学業を説くが、第二回以降は「私は庭に出て遊ばむと思へり…」とか「こゝに五人の女児、多くの書を抜きて見居れり…」といった複数の情景を設定して問題提起とし、絵図と文章で関連する語彙・知識・心得などを諭していく構成をとる。「凡世界の女に五の教あり。○幼よりして物和かにすべし。○六、七歳より学校に入りて必学問すべし。○十三、四歳よりは殊に慎ふかく、仮初にも戯れ騒ぐ可からず…」で始まる本文を楷書・やや小字・一〇行・無訓で記し、上欄に本文要語を再掲する。〔小泉〕
◆しょがくしょうそくしゅう [1768]
〈玉置〉初学消息集‖【作者】玉置茂八(栄長・筆華堂)書・跋。【年代】享保一四年(一七二九)跋・刊。[江戸]西村源六板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。元禄(一六八八〜一七〇四)頃から享保頃にかけて流行した玉置流手本の一つ。前半の消息例文二三通と後半の女子消息文五通、および三体イロハ(漢字楷書・同行書・平仮名)から成る。前半の消息文例は主に武家方の公私にわたる書状で「新年状」「端午祝儀礼状」「暑中見舞い」「七夕祝儀礼状」など季節に伴う書状を含むが、多くは祝事の贈答や用件に関するもの。公的用件では「京都出張につき餞別を贈る手紙」「着府の報告と将軍への土産物献上の手紙」「日光祭礼の務めを終えた者への祝儀状」など、また私的用件では「家督相続祝儀礼状」や「産後の七夜祝儀の礼状」などを載せる。女子消息文は「新年状」「久々の訪問者への礼状」「暑中見舞い」「十五夜月見の会の準備についての手紙」「寒中見舞い」から成る。本書目録では「当用珍敷文章をあつめ、消息手本并に仮名文いろは迄を載す」と記すから、当時としては斬新な内容であったのであろう。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょがくてほん [1769]
〈新板〉初学手本(仮称)‖【作者】不明。【年代】江戸前期刊。[大阪]秋田屋市兵衛板(文化(一八〇四〜一七)頃後印)。【分類】消息科。【概要】大本二巻合一冊。書名は表紙の書き入れによる。半丁に大字・三行(付訓)ずつ、一丁六行で一つの消息文が完結する短文ばかりを集録した初学者向けの手本兼用文章。唯一の現存本は江戸後期後印の零本で、正確な書状数は不明だが、前後から判断すると上下巻合計で二四通程度と思われる。一例として冒頭の一状を引けば「改年之吉兆重畳申納候。依之二種両樽致進献之候、祝詞迄御座候。恐惶謹言」と約三〇字程の短文で、書止に代えて相手の名を置く場合や、日付や脇付を記す場合など、各書状により形式は若干異なる。以下、南都薪能見物、弘大寺辺花見、諸道具拝借、和歌添削、清水寺参詣、青鷺進呈、立花の会、重陽の祝儀、快気祝い、歳暮見舞いなどを主題とする例文を収めるが、うち数通は準漢文体書簡ながら「かしく」と結ぶ。巻頭に手習い図など二葉を掲げるほか、巻末に「日本国尽(諸国/国尽手本)」と数量呼称等の記事(後印本の増補部分か)を載せる。〔小泉〕
◆じょがくどくほん [1770]
〈高田義甫著〉女学読本‖【作者】高田義甫作。深沢菱潭書。寧斎画。【年代】明治初年刊。[東京]若林喜兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】半紙本二巻二冊。明治期新編『女大学』の一つ。近世流布本『女大学宝箱』†と同様の箇条も多い。上巻に「一、夫女子は成人の後、人の家に適き、舅姑に事へて中饋を主(つかさどる)を常とす…」で始まる第一条以下一二カ条、下巻に「一、婦人は我が家に在ては、父母に事へて孝道を尽すは理なれども…」で始まる第一三条以下一二カ条の合計二四カ条から成る。女子教育の重要性、容姿よりも心情の重視、男女同権・自主自由、夫婦の道、男女の別、女子の初等教育、貞節、分限・倹約、清潔・身だしなみ、舅姑への孝養・親戚づきあい、信仰、夫への態度、嫉妬の戒め、朋友との交際、言論・行跡、家事への従事、下僕への憐愍、さらに末尾数条で小児養育法を比較的詳しく説く。本文を大字・四行・付訓(所々左訓)で記し、上巻巻頭に色刷り口絵二葉(女子の読書・裁縫・紡績等の図)を掲げる。〔小泉〕
◆じょがくのすすめ [1771]
〈開明〉女学のすゝめ‖【作者】深沢菱潭(巻菱潭)作・書。河鍋暁斎画。【年代】明治元年(一八六八)刊。[東京]椀屋喜兵衛(万笈閣)板。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。孝・貞に象徴される理想的女性像とそのために必要な心得を大字・四行・付訓で記した手本。「女児(おみなご)は、幼き時より自ら、其身を清く艶く、なしつゝ人にほめられむ、ことを望むは常ぞかし…」で始まる七五調の文章で、学問によって道を知り、容飾甚だしい女性よりも、忠孝・貞節・和睦・慈悲・才智を備えた女性こそが文明開化の時代の鑑であると述べ、以下、父母の恩と孝行、夫婦の礼節と妻の役割などを説く。〔小泉〕
◆じょがくのはしだて/おみなまなびのはしだて [1772]
〈勝浦鞆雄編纂〉女学の梯‖【作者】勝浦鞆雄(氷雪書屋・氷雪堂)作。倉田績序。【年代】明治八年(一八七五)刊。[日向]勝浦鞆雄(氷雪書屋)蔵板。[大阪]吉岡平助売出。【分類】女子用。【概要】異称『〈官許〉女学の梯』『女学乃梯』『をみなまなひのはしたて』。半紙本三巻三冊。近代女性が「良知・良能」を発揮するために学業・勉励を説いた女訓書。冒頭で、神から「奇はしく妙なる知識」を授かった人間として、女性もまたそれを磨くべきことを諭し、具体的には学問成就の基本たる「三款」、すなわち、人民の義務、精神の保全、妻・嫁の心得を説く。「天地の、万物の其中に、独(ひとり)傑出(ぬけで)て奇(くず)はしく…」で始まる七五調の本文を大字・四行・付訓(稀に左訓)で記す。〔小泉〕
◆しょがくひつようしゅう [1773]
初学筆要集‖【作者】石川柏山(信義・園智・圀昭・勘介・勘助)書。【年代】享保九年(一七二四)書・刊。[江戸]稲村儀右衛門(提要軒)ほか板。【分類】消息科。【概要】特大本二巻二冊。上巻に「書簡」、下巻に「文字濫觴」および「詩歌」を記した手本。いずれも大字・三行・無訓で綴る。「書簡」は、「新年祝儀礼状」以下一五通で、乗馬始師範役拝命、暦法伝授、額直、法談聴聞、屏風絵・襖絵依頼など、武家の公私にわたる消息文である。また「文字濫觴」は、伏犠・蒼頡以来の漢字・書体の起源や、日本の書道の歴史や能書などを述べた仮名交じり文である。さらに末尾に詩歌数編を掲げる。なお、筆者は佐々木志津磨の門人で、幕命により享保六年に『〈官刻〉六諭衍義大意』†を浄書したことで知られる。〔小泉〕
◇しょがくぶんしょう [1774]
〈当用玉置〉書学文章‖【作者】寺沢政辰書か。【年代】享保一五年(一七三〇)以降刊。[京都]大和屋伊兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「改年之御慶不可有休期候…」で始まる新年祝儀状以下三二通を収録した玉置流手本。武家公私にわたる四季贈答の書状、献上・拝領その他公務に伴う書状、能興行等の催し物に関する書状、婚礼その他慶事の祝儀状などから成る。本文を大字・三行・無訓で記す。なお、巻末広告中に享保頃刊行の寺沢流・近衛流手本と並んで、享保一五年刊『臨池堂書札〈並詩歌〉』†の書名が見えるから、大和屋板は享保末年頃の刊行であろう。ただし政辰の手本に「玉置」の角書が付くのは宝永(一七〇四〜一一)頃で、概ね正徳(一七一一〜一六)以降は「寺沢」に変わるため、本書が政辰筆なら初刊はさらに遡ると思われる。〔小泉〕
◆しょがくぶんしょうしょう [1775]
初学文章抄‖【作者】不明。【年代】寛永六年(一六二九)刊。[京都]中嶋四良左衛門板。また別に同年刊[京都]黒沢源太郎板あり。【分類】消息科・教訓科。【概要】やや小型の半紙本三巻三冊、または三巻合一冊。江戸前期に普及した『初学文章并万躾方』†の原型で、書札礼と礼儀作法(座礼・給仕方)の基本を記した往来物。上巻に「用の事ありてよそへ状をつかはす事」〜「留主の間に人来りてあはずして帰りたるかたへ状をつかはす事」の二六カ条、中巻に「月次の歌、連歌、誹諧の事」〜「折かみの状之かき様次第之事」の二七カ条、下巻に「主人え扇を参する事」〜「書状之日付の下に判形之事」の三八カ条の合計九一カ条から成る。主に上・中巻は書札礼を基本とし、随時書簡用語や消息例文も載せる。下巻は主人や客への給仕の際の作法が中心である。本文を大字・七行・ほとんど付訓で記す。なお、本書の下巻を大幅に改編した『初学文章并万躾方』が寛永一一年に登場したり、絵入り簡略版など数種の異本・類本が生まれたほか、万治三年(一六六〇)刊『女初学文章』†の題材や構成にも影響を与えた。奥野彦六『江戸時代の古版本』によれば、寛永六年四月・中嶋板に先立つ寛永六年一月・源太郎板があるという。いずれにしても、本書は改訂版(『初学文章并万躾方』†)を含め約三〇種あるが、ほとんどが江戸前期の刊行である。刊年が明らかなものでは、寛永七年板、同一一年・西村又左衛門板、同一三年・中野道也板、同一四年・中尾仁左衛門板、同一五年板、同一六年板、同二〇年板、同二一年・五郎左衛門板など、寛永期のみで一〇本以上存し、以後、正保二年(一六四五)板、同三年板、同四年板、承応二年(一六五三)板、万治三年板、寛文五年(一六六五)板、同六年板、延宝七年(一六七九)板、同九年板、天和元年(一六八一)板などの江戸前期刊本が続き、江戸中期以降も、文字を小さくして丁数を減らした簡略板の『〈初学〉万しつけ方』†など五本が確認されている。〔小泉〕
◆しょがくぶんしょうならびによろずしつけかた [1776]
初学文章并万躾方‖【作者】不明。【年代】寛永一一年(一六三四)刊。[京都]西村又左衛門板。【分類】消息科・教訓科。【概要】異称『初学文章増補』。半紙本変形二巻合一冊。寛永六年刊『初学文章抄』†の改編版。寛永一一年板は、本文を大字・七行・所々付訓で記す(後に消息文以外は割注形式となった)。上巻の「初学文章」と下巻の「万民可嗜躾方(同絵図之事)」からなり、前者は『初学文章抄』三巻本の上・中巻、後者は同下巻に相当するが、異同も少なくない。特に目立つ変化は寛永六年板の中巻第九条「親、師匠、おやかたなとの留守之間によ所(そ)より状之来(きたる)時の事」など『初学文章抄』の中・下巻から合計一六カ条を削除、また三カ所で二カ条を合併した結果、合計一九カ条の減少となったが、逆に末尾に「くわしをくふべき事」など一七カ条に及ぶ食礼を増補したため、最終的に実質八九カ条となった。すなわち『初学文章抄』三巻の構成を書札礼とその他礼法の二部構成とし、特に下巻の礼法を「食礼」に重点を置いて大幅に改訂したものが本書である。以後、『初学文章』系の往来物はこの二部構成が主流となり、また、近世後期までに数多く出版された小笠原礼法書の基本スタイルにもなった。本書・正保二年(一六四五)板あたりから絵入本(礼法部分)が登場したほか、内容の一部を削除して小字で綴った簡略版の『〈新板絵入〉初学しつけ方』†等が江戸中期以降に出版されている。〔小泉〕
◇しょがくようぶんしょう [1777]
〈画入註釈〉初学用文章‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。「年始祝儀状」以下三四通の消息文例を収めた用文章。五節句・四季に関する書状は四通のみで、ほかは全て吉凶事についての書状(湯治見舞状・近火見舞状・洪水見舞状・病気見舞状・道具借用頼状・婚礼祝儀状・安産歓状・元服祝儀状・隠居剃髪悦状・移徙祝儀状など)である。本文を大字・五行・付訓で記す。関連の消息用語・書札礼・進物関係の記事を集めた「文章辞〈并〉認之心得・進物等之事」を随所に載せる。〔小泉〕
◆しょがくようぶんはんえいぐら [1778]
初学用文繁栄庫‖【作者】不明。【年代】江戸中期刊。[大阪]天満屋久次郎板。【分類】消息科。【概要】異称『用文章』。半紙本一冊。各月一通ずつの消息文例一二通と伊勢講開催の口上から成る絵入りの用文章。いずれも四季折々の行事や会合等に関するもので、本文中の難解語句に略注を施し、また、各状末尾に月の異名を掲げる。本文を大字・六行・付訓で記す。本文中に四季行楽の図を挿むほか、巻頭に「和漢文字の由来」、頭書に「書札乃式法」「箱・曲物書やう」「吉書始詩歌」「色紙短冊書様」「七夕詩歌」「本朝三蹟」「男女名づくし」「篇冠づくし」「時服のさた」「十干十二支」等の記事を収録する。〔小泉〕
◆しょがくようぶんひつどうおうらい [1779]
初学用文筆道往来‖【作者】寺田正晴(与右衛門・絮柳)作。【年代】享保六年(一七二一)刊。[大阪]寺田正晴(寺田与右衛門)板。【分類】消息科・教訓科。【概要】大本一冊。「筆道訓」「用文章」「手形案文」「大日本国尽」等から成る往来。「筆道訓」は、手習の心得や文房具に関する知識、また和漢能書など筆道全般の事柄を記した往来で、頭書に詳細な「筆童訓注」を付す。「用文章」は、四季折々の往復書簡、佳節祝儀状やその他用件の手紙など三六通を収録する。「手形案文」は、「家質証文之事」など四通の証文文例。「大日本国尽」は、特に各国の城下町も示した「国尽」である。以上の本文を大字・四〜五行・付訓で記す。前付に「諸流筆形図」「文房四友」「野馬台詩註」「諸流筆跡」、頭書に初見と思われる「天神教訓状」(寺田正晴原作か)を始め、「商売往来」や寺田正晴作「諸職往来」、また「小野篁歌字尽」「世話用字并唐音」「江戸道中付」「象形文字」等の記事を掲げる。以上のうち「筆道訓」は、寛政二年(一七九〇)頃刊『筆道稽古早学問』†の第一巻にも収録された。なお『大阪出版書籍目録』によれば、本書の抜刷本『新用文章』が享和二年(一八〇二)頃、大阪・吉文字屋市左衛門により板行されている。〔小泉〕
◆しょかひつよう [1780]
〈御家〉諸家筆用‖【作者】川関惟充編・序・跋。橘正敬書。【年代】享和二年(一八〇二)書・刊。[江戸]須原屋市兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『〈四季用文〉諸家筆用』。大本一冊。前半部に「書札文体」(消息例文・手本様)、後半に書簡用語・作法を収録した用文章。目録についても消息文よりも後者の方が具体的かつ詳細なように書簡用語・作法の比重が高いのが特徴。例文を大字・四行・付訓で記し、見出や目次を完備しない点では手本に近い。「書札文体」は、「新年祝儀披露状」から「歳暮祝儀状」までの四二通で、武家公用文から私用文までの各種書状から成る。後半の書簡作法は同類のものでは特に詳しく、「墨次之事」以下四三項にわたってあらゆる状況における書状・証文等の用語・形式・作法の基本を豊富な図解や例文によって示す。〔小泉〕
◆しょかんおうらい [1781]
〈寺沢〉書簡往来‖【作者】寺沢政辰書。【年代】正徳(一七一一〜一六)頃刊。[江戸]奥村喜兵衛板(後印)。【分類】消息科。【概要】大本一冊。寺沢政辰の手本の一つ。本書は三つの部分からなり、@前半一六通とB末尾八通が主として武家生活上の書状で、その間に、A女用文章六通を挟む。@は、「灌仏会参詣に誘う手紙」以下、暑中見舞状、端午節句祝儀状、元服祝儀状、馳走礼状等で、このうち第八状は『新撰往来』†の第二〇状と全く同じであり、部分的な被せ彫りと思われる。Aは、新年状、婚礼祝儀状、出産祝儀状、重陽の節句祝儀状、歳暮見舞状など六通の仮名文、Bは、奉書の新年状や阿蘭陀船入港の報告、献上品披露の礼状、参勤交代に伴う手紙など、武家公用向けの例文である。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
★しょがんかいぶんれい [1781-2]
〈開化〉諸願届文例‖【作者】鴻田真太郎作・書。【年代】明治年間刊。[東京]大橋堂板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「諸願文例」「諸届書式」「普通証書類」の三部に分けて、それぞれ「地所売買願書法」以下一三例、「雇人届」以下一六例、「雇人引取」以下二例の合計三一例を収録した用文章。各丁上下二段、概ね大字・七行・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆しょかんけいはつ [1782]
書簡啓発‖【作者】高島清作。【年代】安永九年(一七八〇)刊。[京都]梅村宗五郎ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本三巻三冊。尺牘(漢文体書簡)の書簡用語集ならびに書簡作法書。まず胆仰門・贈答門・詢侯門・交際門・請待門・訪尋門・懇諾門・餞別門・請帖門の九門、さらに各門中を五〜一三項に分けて尺牘用の類語を列挙し、随時略注を施す。例えば冒頭「未会胆仰」項では「未御目見仕候」「未奉拝貴顔」などの俗用書簡文(準漢文体書簡)の用語を見出し語(大字・行書・陰刻)として掲げ、小字・楷書の割注形式で同義の尺牘類語を掲げる。末尾の「請帖門」には振舞状や進物用目録の例文を準漢文体・漢文体の二様(各一通)で掲げて類語を掲出するほか、「称呼」(人称)、「珍宝」(数量)の呼称について付記する。なお、上巻冒頭には尺牘の心得などを記す。本文をやや小字・八行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょかんしょがくしょう [1783]
書翰初学抄‖【作者】不明。【年代】寛文九年(一六六九)刊。[京都]谷岡七左衛門板。また別に[大阪]大野木市兵衛板(後印)、[大阪]井筒屋伝兵衛板(同)、[大阪]敦賀屋九兵衛板(同)あり。【分類】消息科。【概要】異称『鼇頭類語書翰初学抄』。大本三巻三冊、後、三巻合一冊。漢文体尺牘と和様消息文体とを対照的に示した用文章の先駆。上巻(一四双二八通)、中巻(一五双三〇通)、下巻(一一双二二通)の三巻からなり、合わせて四〇双八〇通の消息文を収録する。四季消息的なものは少なく、ほとんどが「未だ会はざる人に遣す書」「旅行の人に遣す書」といった様々な場面を想定した人事的なものとなっている。各消息とも和文体のものを行草書・大字・四行・無訓で記し、漢文尺牘体の語句を楷書・小字で添え、さらに頭書に本文中の要語の類語等を掲載する(同類語は、それぞれ上輩・同輩に応じての使い分けを記号で示す)。巻末には、各種語彙の「異名分類」、差出人・宛名人の身分差に即した書簡形式を示す「書式」を添える。なお、本書本文欄を陰刻にした享保一五年(一七三〇)板があるほか、本書の随所に増補を加えた『増補書翰初学抄(増続書翰初学抄)』†四巻が延宝七年(一六七九)に刊行されている。〔母利〕
★しょかんせつぎょく [1783-2]
〈藤沢清風輯〉書柬屑玉‖【作者】藤沢清風編。岡本長満序。【年代】明治九年(一八七六)序・刊。[金沢か]環翠堂蔵板。[富山]大橋甚吾ほか売出。【分類】消息科。【概要】中本四巻合二冊。巻之一「慶賀類」一二題、巻之二「凶弔類」七題、巻之三「行楽類・会遇類」一七題、巻之四「寄贈類・貸借類・時令類」一三題および「通用雑語(書簡用語集)」二〇題に分けて、さらに各類に「歳首」「紀元節」「天長節」「婚姻」「出産」「仕官」「寿賀」「卜居」「開鋪并商業」「就学」「旅出」「還郷」(以上「慶賀類」)のような小項目を設けて、まず関連用語を数丁にわたって掲出し、続いて各項ごとに一〜四通の例文を示した用文章。関連語を楷書・小字・九行・所々付訓(しばしば割注)で記し、各例文を行書・やや小字・七行・所々付訓(漢語の多くに左訓)で記す。〔小泉〕
◆しょかんせんてい [1784]
〈和様〉書簡染鼎‖【作者】楠黙斎書。西河寧(泉界)跋。【年代】宝暦八年(一七八五)書。宝暦一二年刊。[大阪]村上伊兵衛(本屋伊兵衛)板。【分類】消息科。【概要】異称『黙斎法帖』。大本一冊。新年状以下二六通の書状と杜甫の「飲中八仙歌」を認めた書道手本。本文を大字・三行・無訓で記す。各書状の主内容は五節句祝儀状や季節の行事に関する招待状・誘引状、また寒暑折々の見舞状などであるが、そのほか、公務で地方へ下向した者への手紙、長崎帰りの友人から珍しい贈り物を頂いたことへの礼状、婚礼祝儀状や病気見舞状、また、親の米寿の祝宴を催す人への手紙など諸事に伴う手紙も含む。〔小泉〕
◆しょかんたいせい [1785]
〈文政新鐫〉書翰大成‖【作者】木村明啓編。筒井一堂(怕徳)書・序。暁鐘成画。【年代】文政六年(一八二三)書・序。文政七年刊。[大阪]河内屋平七ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。「年頭披露状」から「天下富饒を悦ぶ状」までの一〇六通を収録した用文章。五節句・四季の書状、通過儀礼祝儀状等、旅行・参詣・交際にまつわる書状、商取引に伴う書状、諸用件に関する依頼状・礼状等から成る。本文を大字・五行・付訓で記し、所々、漢語に左訓を施す。頭書に「硯・墨・筆・紙之図説」「参議佐理卿之図説」「晋王羲之之図説」「小野道風之図説」や、「掛物見様之事并図」以下の諸礼法、「短冊の書様の事」以下の書法や書札礼、「篇冠尽并図」「万字尽并図」「大日本国尽并図」「華夷国尽并図」「相似字づくし」「相生人名字尽」等の字尽類や「証文手形案紙」等を掲げる。なお、本書の増補版『増補書翰大成』†が天保二年(一八三一)頃に刊行されたが、西川竜章堂による改編も少なくなく、この増補版では本文よりも頭書の方が比較的忠実に踏襲された。〔小泉〕
◆しょかんたいぜん [1786]
〈漢語注解〉書翰大全‖【作者】萩原乙彦(対海)作・序。深沢菱潭書。【年代】明治六年(一八七三)序。明治七年刊。[東京]長野亀七ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈漢語註解〉書翰大全』『漢語書翰大全』。半紙本二巻二冊。上巻に「贈年始書」から「贈渡西洋人書・其答」までの往復文三六通、下巻に「訪不遇翌日遣書」から「賀百歳之寿書・其答」までの往復文三四通の合計三五双七〇通を収録した用文章。本文を大字・五行・付訓(漢語の多くに左訓)で記し、各例文毎に類語・類句を数多く掲げるほか、所々書簡作法や種々の参考文献(このうち『新撰尺牘往来』†と『新体書翰便蒙』†は萩原乙彦著)にも言及するのが特徴。また下巻末に俗間通用の消息文の基本形式である「消息十五式」と「十五式串成奉書体」に続けて、称呼・傍書・具名・称書・時令・起居・欣喜・間闊・瞻仰・自叙・入事・祈亮・保重・結尾・即日等の類語(書簡用語)や、「書後月日異名、陰陽暦異用之心得」「封套類語」「廻帖書様」「請取書様」「金子借用券」「借地之証書」「雇人請状」など二四項にわたる記事を載せる。〔小泉〕
◆しょかんようぶんしょうたいせい [1787]
〈新板改正・増続文章・鼇頭合類〉書翰用文章大成‖【作者】不明。【年代】享保六年(一七二一)刊。[京都]柏屋四郎兵衛(樹徳堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈鼇頭〉書翰用文章大成』『大広益新選頭書書翰用文章大成』。大本三巻三冊、また三巻合一冊。比較的詳しい語注と類語を頭書に置いた用文章。上巻は「遣為致手習師匠書」以下二八通、中巻は「雨中遣人書」以下三六通、下巻は「慰人病書」以下六通および付録「覚書八ヶ条」を収録。四季折々の贈答文や見舞状、五節句その他慶事祝儀状等から成るが、準漢文体書簡合計七〇通中に「穴賢」「かしく」を含む例文が三一通も含むのが特徴。本文を大字・四行・ほとんど付訓で記す。頭書に本文中の要語解を掲げる。注釈は比較的詳しく、漢籍等からの引用も多いが、口語体の平易な記述に努め、語注とともに類語を適宜掲出する。下巻後半部には付録として、「手ならひ仕やうの事」「祝言状の法式」「弔状之法式」「請状筆たての法」「献立書やう并魚鳥精進物」「月之異名」「日之異名」「名字尽」の八項から成る「覚書八ヶ条」を収録するほか、巻末に「篇并に冠」を載せる。なお、延享四年(一七四七)再板本では、収録書状が相等割愛されたほか、付録記事にも変更が多く、前付に「指南車図」「うけむけ六十の図」「月之異名」「日之異名」「名字尽」「太刀折紙書様之事」「進上目録之書法」「廻文・触状之書様」、巻末に「五性名頭字」「七ッ伊呂波」「法体名つくし」を載せる。〔小泉〕
◆しょかんようぶんしょうふくじかい [1788]
〈新撰字典〉書翰用文章福字海‖【作者】不明。【年代】元禄一一年(一六九八)刊。[江戸]鱗形屋孫兵衛板(宝暦(一七五一〜六三)頃後印)。【分類】消息科。【概要】異称『書翰用文』『新用文』。大本一冊。「年始ニ遣ス状」から「舟荷物送リ状」までの消息文二九通と、「たなうけ(店請)状」から「御関所手形案文」までの証文類六通を収録した用文章。本文を大字・五〜七行・付訓で記し、稀に、書簡用語や書簡作法に関する注記を伴う。巻頭に孟母の故事や和漢人物略伝、「文字略上中下の事」「男女相生極秘伝」「廻状書様并口上書」「献立書様」等、頭書に「諸礼之図抄」「万積物之図」「掛物并軸の物かけまき仕様」「数字並べやう術」「八算かけわりの図」「大文字小字に模術」「錯字(あやまりじ)を取去法」「墨を用の法」「日本四季之釈名」など独特の記事を掲げる。刊年を記さない場合が多いが本書巻末の「近代年号記」には大永(一五二一〜二七)以降の元号を記し、年号が随時増補されたためおおよその刊年が分かる。〔小泉〕
◆しょかんようぶんてがたかがみ [1789]
〈御家〉書翰用文手形鑑‖【作者】不明。【年代】文化三年(一八〇六)刊。[江戸]北沢貞介(貞助)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。前半に消息文例、後半に証文類文例を載せた用文章。前半は「年始状」から「産之祝状・同返事」までの往復文三〇通で、主に五節句・四季の文と婚礼・元服・新宅等の祝儀状や花見誘引状などを含む。後半には「関所通り手形」から「離別状」まで一三状の証文類を収める。本文を大字・五行(証文類は七行)・所々付訓で記す。前半部には頭書を有し、「書状封じ様」「魚鳥つみやう」「万折方の図」「商売往来」「十二月異名」「国尽」等の記事を掲げる。なお、本書の改題本(異板)として文化四年刊『諸状用文手形鑑(書状用文手形鑑)』†等のほか、本書後半部を模倣した文政七年(一八二四)刊『恐惶謹言』†などがある。〔小泉〕
◆じょきょうせんきんほう [1790]
〈女今川状・女手習状〉女教千金宝‖【作者】北尾重政初世書・画。【年代】天明四年(一七八四)刊。[江戸]山崎金兵衛板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。『女今川状(今川になそらへて自をいましむ制詞の条々)』と『女手習状(女手ならひ教訓の書)』を合綴した往来。前者は元禄一三年(一七〇〇)板系統の『女今川』†を、また、後者は、享保元年(一七一六)刊『女手ならひ教訓の書』†をそれぞれ大字・五行・付訓で記したもの。巻頭に「紫式部金言の事」「三保浦富士山之景」「女三十六歌仙絵抄」「色紙・短冊書やう并寸法の事」「進物積様之図式」「女中平生身持鏡」「春秋祝ひ月の事」「新改御所言葉」「女中五性名頭字」、頭書に「教訓短我身の上」「婚礼式法指南」「女文章十二つき」「小笠原流折形」などを収録する。〔小泉〕
◇じょきょうちよのとも [1790-2]
〈女用文章・諸礼躾方・百人一首〉女教千代友‖【作者】下河辺拾水画。【年代】寛政七年(一七九五)刊。[大阪]河内屋太助ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文千代の友』。大本一冊。女用文章「女千代の友」に「百人一首」を増補した往来。前半部『女用文千代の友(女千代の友)』は、「正月に遣はす文」から「里かへりに遣す文」までの一八通から成る女用文章。末尾五通(「婚礼に遣す文」以下)のみ大字・五行・所々付訓の並べ書きで、他は全て散らし書きで記す。ほぼ五節句・年中行事・婚礼の手紙から構成される。また、後半部に「文の要々」「百人一首よみくせ」「百人一首」、前付に「父母に仕える事」「夫に仕える事」「舅姑に仕える事」「女子教育の事」「和歌」「歌かるた」「双六」「裁縫」「婚姻」「折形包物の図」「高砂の台」「六歌仙」「三十六歌仙」「産養」、頭書に「文したゝめやう」「料紙の事」「文ふうじやう」「短尺・色紙寸法、同書やうの事」「女ことばつかひ」「十二月異名」「女中名」「四季衣服の事」「染色四季心ゆへき事」「当流裁物秘伝并図」「七夕歌つくし」等を掲げる。なお、『女千代の友』に天明五年(一七八五)刊『女要福寿台』†を増補したものが『女用書通案文』†である。〔小泉〕
◆じょきょうふだんぶくろ/じょきょうほだんぶくろ [1791]
女教補談嚢‖【作者】村井淇水(雪悦斎)作・序。鈴木春信画。【年代】宝暦四年(一七五四)刊。[大阪]村井喜太郎板。また別に[京都]菊屋七郎兵衛板(後印)あり。【分類】女子用。【概要】大本または半紙本一冊。「何某大納言殿御消息」を主内容とする女子用往来。「何某大納言殿御消息」は、一通の消息文に見立てて女子に必要な教訓を箇条書きにした、いわゆる『仮名教訓』†系の往来で、『仮名教訓』一一カ条を改編した七カ条から成る。第一条「慈悲の心」、第二条「接客態度」、第三条「使用人指導法」、第四条「夫婦和合」、第五条「非情な友への誠意」、第六条「社交上の会話や礼儀」、第七条「謡・舞等の鑑賞態度」について説く。本文をやや小字・九行(附録は一一行)・付訓で記す。続いて、「附録」として、女子一生の心得をまとめた全四六カ条の教訓と、「茗話はなし」と題した説話一七話を載せるほか、前付・頭書に「女子之三習」「婦人之評林」「百人一首」「初春祝」「七夕祭同歌尽」「産帯秘鑑」「懐胎十月心得事」「ふみつくし」「祝言千代見艸」「女中やまと言葉」「女中名尽」「男女相性吉悪」「小笠原流折形」等の記事を収録する。〔小泉〕
◆じょきょうぶんかいちえぶくろ [1792]
〈筆海子長谷川筆〉女教文海智恵嚢‖【作者】志田垣与祐(与助)作。長谷川貞寿(筆海子)書。寺井重房(尚房・雪蕉斎)画。伊丹屋茂兵衛(鳴井茂兵衛・成井茂兵衛・白雲館)跋。【年代】寛延二年(一七四九)刊。[大阪]伊丹屋茂兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『女文海智恵袋』『女文硯』『女文硯四季玉章』。大本一冊。ほぼ全通が往復文で、「初春の文」から「十種香の文」までの四〇通を掲載した女用文章。四季消息やその他吉凶事に伴う手紙など一通りを載せ、全文を大字・無訓の散らし書きで記す。各例文に丸付きのイロハ文字が付けられ、目次からの検索が容易にできるように工夫されている。また筆者は長谷川妙躰に学んだというが、筆勢は妙躰に及ぶものではない。前付に「歌・琴・貝合・碁・双六の始」「島台の図式」「男女の始并官号」「玉津島・竜田・厳島ほか由来」「女諸礼の事」等、頭書に「本朝列女伝」「婚礼式法」「五節句の由来」「婦女故事談」「香道の事」ほか香道関連、「女中詞づかひ」「あらひ粉の方」「懐胎養生の事」「色紙短冊歌の書やう」「時の鐘の事」「手道具図式」「服忌令」「七夕歌づくし」「小笠原流折形図」などを掲げる。〔小泉〕
◆じょきょうぶんしょうかがみ [1793]
女教文章鑑‖【作者】林蘭作・書。西川祐信画。【年代】寛保二年(一七四二)刊。[京都]菊屋喜兵衛(菊秀軒)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈日用重宝〉女教文章鑑〈文法大成〉』『女文章稽古』。大本二巻合一冊。享保一三年(一七二八)刊『女万葉稽古さうし』†の改題本。本文は『女万葉稽古さうし』と全く同じだが、前付記事を大幅に増補し、「清少納言の事」「文言葉手引草」「文書様指南抄」「六根の和歌絵抄」「月のから名字尽」「男名頭字尽」「女の名字尽」「女中言葉事」「法体の名づくし」「尼の名つくし」「五段かへし散し文」「三段がへし散し文」等を収録する。本文を大字・七行・付訓で記す。〔小泉〕
◆じょきょうへいせいたまぶんこ [1794]
〈女年中用文章手習本〉女教平生珠文庫‖【作者】不明。【年代】天明三年(一七八三)刊。[江戸]蔦屋重三郎板。また別に[江戸]英大助板(後印)あり。【分類】女子用。【概要】異称『〈新撰〉女教平生珠文庫』『〈女教訓初学鑑〉女教平生珠文庫』。中本一冊。「正月の文章」以下二五通を収録した女用文章。五節句祝儀状など季節の行事を主題としたものが多く、末尾に婚礼・出産の祝儀状往復四通を付す。例文は散らし書きと並べ書きを交互に掲げ、並べ書きは概ねやや小字・九行・所々付訓で記す。前付に「色紙短冊の寸法」「御厨子・黒棚の図」「七夕和歌」、頭書に「源氏香の図」「黄門定家卿花鳥和歌」「小笠原流折形」等、巻末に「女中文封様」を載せる。〔小泉〕
◆じょきょうやまとぶんこ [1795]
〈文章通宝〉女教倭文庫‖【作者】長谷川妙躰書。北尾辰宣画。【年代】宝暦四年(一七五四)刊。[大阪]平井源助板(『江戸本屋記録』)。他に[大阪]糸屋市兵衛板あり。【分類】女子用。【概要】大本三巻合一冊。享保二〇年(一七三五)刊『見寿乃雪』†の改題本。同書各巻巻頭の挿絵を削除し、巻頭に「衣通姫」「六歌仙」「四季和訓」「女日用文字尽」「女中言葉づかひ」等の記事を増補した。〔小泉〕
◆しょくぎょうおうらい [1796]
〈初等習字〉職業往来(一級用)‖【作者】徳島県学務課編。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治一五年(一八八二)刊。[徳島県]徳島県学務課蔵板。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。農業・工業・商業に関する用語と心得を記した往来。本文を大字・二行・無訓で綴る。「凡、人之職業者、其種類多しと雖も、最要用なる者は農・工・商の三也。農は国家の基にして、田畑の耕耘、荒地の開墾、及び山林の樹芸等を業務とす…」で始まる文章で、産業別の役割や農具・工具名、産物・商品名、業務心得等の基本を述べたもの。〔小泉〕
◇しょくにんづくし [1797]
〈狂歌絵入〉職人尽‖【作者】十返舎一九作。【年代】文政一〇年(一八二七)刊。[江戸]森屋治兵衛板。【分類】産業科。【概要】中本一冊。『宝船桂帆柱』†前編を単行本仕立てにして改題本。各面に二葉ずつ働く職人の図を掲げ、「鋸のめでたき御代のためしとて、げにや子の日の松の木をひく」(番匠)のような狂歌と、「もふひるだらう。だいふんほぞがはづれてきた」のような詞書(台詞)を添えた往来。職人は番匠・鍛冶・鋳物師・刀拵師・弓箭師・具足師など三八種の諸職に及び、当代の主要な諸職のほとんどといってよいが、このうち扇折職と紙漉に女性職人が描かれているのが注目される。室町時代後期に貴族の嗜んだ『職人歌合』の系譜を引く往来といえよう。頭書には『和漢三才図会』を参照した「百工具之図」「家宅之用」の記事、また巻末に「諸職人の濫觴」「泰平武鑑」「足利武鑑」等の説明を添える。〔石川〕
◆じょくん [1798]
女訓‖【作者】福井敬斎(イ・小車・衣笠山人)作・序。【年代】寛政三年(一七九一)作・序・書。【分類】女子用。【概要】大本三巻合一冊。上臈の巻・中臈の巻・下臈の巻の三巻から成る女訓書。まず上臈の巻では、上流階級婦人の心得として、たとえ天子の姫宮でも諸侯に嫁いだ後は、婦道を守って舅姑や夫に仕えよと諭し、経典や故事を引きながら婦道や女徳について概説し、以下、「夫君に事ふ」「舅姑に事ふ」「子を育ふ」「貞節を守る」「内事をつとむ」の五項を述べる。また中臈の巻では、孝婦・順妻のありようを示して、「夫につかふ」「舅姑につかふ」「子を育ふ」「(よめ)をそだつ」「貞節を守る」「内事」の六項、さらに下臈の巻では夫婦和合・婦道の大切さや「貞静純一」を述べたうえで、「夫につかふ」「舅姑につかふ」「子を育ふ」「貞節を守る」の四項を説く。身分別の婦道を説いた点に特色があるが、全ての女性に共通する心得を随所で述べる。本文を大字・八行・稀に付訓(任意の語句に左訓)で記す。〔小泉〕
◆じょくん [1799]
〈女黌必読〉女訓〈一名・一新女大学〉‖【作者】高田義甫作。前田夏繁序。伊藤桂洲書。鮮斎永濯画。【年代】明治七年(一八七四)序・刊。[滋賀]協力舎蔵板。[東京]須原屋茂兵衛(北畠茂兵衛・千鐘房)ほか売出。【分類】女子用。【概要】異称『一新女大学』。大本一冊。近世流布本『女大学宝箱』†を模した新編『女大学』の一つ。「夫、女子の自主自由の権と云ものは、成長して他人の家へ行、舅姑に事、家政をつかさとり治るものにして、幼稚の時より学校に入て学ぶべし…」で始まる第一条以下、長短を含む合計四三カ条から成る。本文を大字・五行・付訓で記す。部分的に西洋の新知識や新たな女性観を導入した新鮮味(自由・平等の思想、経済学その他実学や育児・家庭医学の重視など)も見られるが、編集形式・本文内容・教育理念において、『女大学』を脱皮したものになっていない。頭書に要語を解説した「女訓注解」と、「西洋縫機器図」「蒸気織布図」「金モールを付る図」「西洋あらひもの機械」「西洋料理のうつはの名」「女学校試験の図」等の挿絵、また巻頭に「養蚕之図」「織帛之図」の色刷り挿絵を載せる。〔小泉〕
◆じょくん [1800]
〈萩原裕著〉女訓‖【作者】萩原裕作。深沢菱潭書。中村敬宇(正直)序。【年代】明治一一年(一八七八)序。明治一二年刊。[京都]大石秀実(見山書屋)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈再鐫改正〉女訓』『〈改正〉女訓』。半紙本二巻合一冊。上巻に男女の性の違いに関する序説と女性の「修品」として女子の性・徳・学・才・芸・言・容の七項、下巻に女性の「修行」として「夫を敬ふ」「舅姑に事ふ」「子を教ふ」「叔姑に和く」「ラリに睦ふ」「家事を勤む」「婢僕を恤む」「賓客を待つ」の八項を記した絵入り教訓書。女子が守るべき徳目や修行目標と、家庭での女子教育のあり方について説く。本文をやや小字・八行・無訓で記し、巻末に要語を楷書・小字・一〇行・付訓、割注付きで抄出する。〔小泉〕
◆じょくんおきなぐさ [1801]
女訓翁草‖【作者】竹田春庵(定直・子敬・七之助)作・序。【年代】元文五年(一七四〇)序。寛保元年(一七四一)刊。[京都]永田長兵衛(永田調兵衛・菱屋長兵衛・文昌堂)ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女訓おきな草』『女訓おきなくさ』。半紙本二巻四冊。作者が師事する貝原益軒の『和俗童子訓』(特に「教女子法」)を敷衍しながら、自らの女子教育論などを補足した女訓書。上巻では五常五倫、四端、七情、婦女四徳、三従などを説いたうえで、「教女子法」に含まれる「嫁する時かねて父母の教ゆべき事十三ヶ条」を逐条的かつ詳細に解説する。下巻では、まず男女の気質の違いに触れ、益軒の『楽訓』を引きつつ人生における真の楽しみ(読書)について述べ、女子の読むべき書物を列挙する。さらに自慢の戒めや女性の務め、教養(裁縫・読書算・音楽等、特に算法の必要性を強調)について諭す。本文を小字・一〇行・所々付訓で記す。なお、孝貞・五常・礼儀・教養・家政等の挿絵(蔀関牛画)を増補した改題本『女童子訓翁艸』が文政一一年(一八二八)に大阪書肆・加賀屋善蔵から板行された。〔小泉〕
◆じょくんかがみぐさ [1802]
〈古歌絵抄〉女訓鏡久種〈日用身持鑑〉‖【作者】桃江舎漁舟編・序。【年代】延享元年(一七四四)序・刊。[大阪]糸屋市兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『女訓身持鏡』『女訓鏡』。半紙本一冊。「あるやんごとなきひとのおほせられし」事どもを書き付けて編んだ、絵入りの女子教訓。女子幼少時からの養育や躾、化粧・身だしなみ、家政その他、婦女子に必要な心得・教養等を、やや小字・一〇行・稀に付訓で記す。後半に、婚礼の大意や見合い・結納・祝儀物・漿付・婚式・祝言座敷や祝言後の儀式までの次第を記した「万代妹背草」を付す。このほか巻頭に教訓歌を伴った口絵、巻末に「小笠原流万折形之図」を載せる。本書の本文は、宝暦二年(一七五二)刊『女要操文庫』†の前半部と全く同じであり、刊行年からすれば本書が先だが、刷りなどからいって、本書は『女要操文庫』(またはその先行書)の増補版(巻頭口絵と「万代妹背草」を増補)と思われる。〔小泉〕
◆じょくんこうきょうおしえことぶき/にょくんこうきょうおしえことぶき [1803]
〈和漢絵入〉女訓孝経教寿‖【作者】田尻梅翁(八隅山人)作。高井蘭山校・序。須原屋新兵衛跋。【年代】文政五年(一八二二)序・刊。[江戸]須原屋新兵衛(小林新兵衛)板。【分類】女子用。【概要】異称『女訓孝経』。大本一冊。唐の鄭氏作『女孝経』を邦訳した往来物で、本書は『女四書』†所収本と並んで、類本(板種は近世〜近代初頭に約三〇種)中最も普及したもの。『女孝経』は唐・鄭氏の原作で、『孝経』にならって、曹大家が姪に種々諭した教訓。「開宗明義章第一」から「挙悪章第一八章」までの一八章で「孝」の大切さ、婦徳、勤倹、舅姑への孝、礼儀、五刑、父母への孝養、夫への諌言、胎教等について述べる(ただし序文に相当する「進女孝経表」を欠く)。本文を大字・五行・付訓(任意の漢語に左訓)で記す。付録記事は諸本によって異同があるが、初板本と思われるものによると、蘭山序文(色刷りのものと単色刷りの二様ある)に続く前付に「婦女四徳」「孝女伝(無塩君以下一八名)」「孝徳図」「時頼の母禅尼の図」「太公望の図」「孔子御一代の記」、頭書に「越後国蒲原郡孝女の伝」「宋の大儒勤学の図」「農業の図」「農家の図」「女子手業の図」「本朝廿四孝」、後付に「和歌三神像」「慈鎮和尚五常の歌」「三夕之図」「六歌仙」「十二月和名」「六玉川」等の記事を掲げる。また、類書に半紙本・大本など板種数種が存し、池田英泉による注釈書『女孝経講釈(女訓孝経)』†も天保(一八三〇〜四四)以降に流布した。〔小泉〕
◇じょくんこじ [1804]
女訓故事‖【作者】中江藤樹作。【年代】正徳二年(一七一二)刊。[京都]和泉屋茂兵衛板。【分類】女子用。【概要】大本六巻六冊。正保四年(一六四七)刊『鑑草』†から、巻頭序文を削除し、さらに各巻の冒頭に目次一丁を加え、各章の編目にあった「報」を故意に「篇」(「孝逆之篇」〜「淑睦篇・廉貪篇」)と改めた改題本。〔小泉〕
◆じょくんさんのみち [1805]
女訓三乃道‖【作者】中村新斎(中邨弘毅・士卿・安右衛門・梅華)作・序。原在中(致遠・臥遊)・森川保之画。【年代】文政六年(一八二三)序。文政九年刊。[京都]玉成堂蔵板。吉野屋仁兵衛ほか売出。【分類】女子用。【概要】異称『三の道』『教草』。大本一冊。著者が子孫のために書き綴った教訓で、「娘の道」「婦の道」「母の道」の三教訓の後に、婦道全般を説いた「通論」を置く。「娘の道」では男女の別、手習い・女功、四徳、恥を知ること、貞節、三従など、「婦の道」では夫婦、舅・姑への孝養、内助、倹約など、「母の道」では胎教、幼児教育について諭す。また「通論」では女性の心持ち一般についてや、言葉を慎むこと、酒に対する心得、堪忍などについて説く。『和俗童子訓』等の先行書の影響が随所に見られ、展開する教訓も当代一般のものである。本文を大字・六行・ほとんど付訓で記す。頭書には「孝女」「貞婦」「賢母」のテーマ毎に和漢女性の略伝(薩摩の福依売以下二四人)を掲げる。〔小泉〕
◆じょくんじゅうにがつじょう [1806]
〈究理捷径〉女訓十二月状‖【作者】高田義甫作・序。伊藤桂洲書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]若林喜兵衛(玉養堂)板。【分類】女子用・理数科。【概要】異称『女十二月状』『〈究理捷径〉女十二月状』『〈窮理女訓〉十二月状』。半紙本二巻二冊。明治五年刊の内田晋斎作『〈究理捷径〉十二月帖』†にならって、手紙文形式で窮理学の初歩知識、すなわち自然現象の理屈を説明した手本兼読本。「年始の文」から「歳暮の文・同返書」まで、各月一題往復二通の計二四通を収め、本文を大字・五行・付訓で記す。内容は、雪・氷の温度、四季暑寒の生じる原因、潮の満干の原因、炭酸ガスの有害性、妖怪の正体が水蒸気であること、地球が丸いこと、氷室の作り方、洗剤の種類、仲秋の名月の由来、燐火、地球の大きさ・自転・公転などである。〔母利〕
◆じょくんしょう [1807]
女訓抄‖【作者】不明。【年代】永正七年(一五一〇)以前作。寛永一四年(一六三七)刊。[京都か]刊行者不明(古活字本)。また別に[京都]林甚右衛門板(寛永一九年製版本)、[京都]婦屋仁兵衛板(万治元年(一六五八)板)等あり。【分類】女子用(仮名草子)。【概要】異称『女訓集』。大本三巻三冊、または三巻六冊。寛永(一六二四〜四四)から享保(一七一六〜三六)にかけて普及した近世初期の代表的女訓書。ただし、永正七年作『慈元抄』(『群書類従』巻四七八所収)下巻に「『女訓集』云。天上人中より始て。山野の鳥獣。江河の鱗。螻蟻蚊虻に至るまで。子をおもふ道に不惑といふ事なし…」と、本書序文の四分の一相当(寛永一九年板の半丁分)を引くため、室町中期以前(一説に鎌倉時代)の成立で、原題は『女訓集』であったと考えられる。序文には還暦を過ぎた老人が子女のために書き記した教訓とするが、虚構とする説もある。第一「四たう八く(四道八苦)の事」、第二「五しやう三しう(五障三従)の事」、第三「けいし(継子)をかへり見る事」、第四「しよしうふち(諸衆扶持)の事」、第五「しんだい(身体)をおさむへき事」、第六「しゆくん(主君)につかふへき事」、第七「とも(友)にましはるへき事」、第八「げいのふ(芸能)あるへき事」、第九「こけ(後家)のふるまいの事」、第一〇「ごしやう(後生)ぜんしやう(前生)の事」の一〇章から成る。和漢の故事・略伝や内典(『華厳経』)・外典(『孝経』『帝範』)を引きながら、四道・四苦八苦・女の五障・三従・四恩、女性の三事(身だしなみ)、悪女の容姿と行跡、七去、分限、養生・化粧、十悪(十戒)、交友、諸芸、仏教的世界観、十二月異名・五節句、仏名、後家の心得、後生菩提・仏教諸宗など、仏教中心の女子教訓を展開する。寛永一六年古活字本は本文をやや小字・一三行・無訓、寛永一九年製版本はやや小字・一一行・無訓のほとんど仮名書きで、漢字を多用した『慈元抄』とは趣を異にする。また、寛永一九年板の再板本である万治元年(一六五八)板には挿絵(全二五丁・五〇葉)を交えた版もあるが、絵入り本の初見は『延宝三年書目』以降だから、その刊行は寛文(一六六一〜七三)末年以降と思われる。なお、徳島県阿波国文庫旧蔵の寛永一四年古活字本は戦災で焼失したため、現存最古本は大東急記念文庫蔵の寛永一六年古活字本である。〔小泉〕
◆じょくんだいがく [1808]
〈女子必読〉女訓大学‖【作者】不明。【年代】天保一一年(一八四〇)以降刊。[京都か]刊行者不明。【分類】女子用。【概要】大本一冊。『女大学宝箱(女大学)』†の板元・柏原屋清右衛門との間で天保一一年に訴訟となった『〈御家〉宝訓女大学』(京都・丸屋半兵衛板という)の改題本。本文内容は流布本『女大学』と全く同じで、外題・主題・尾題の全てを『女訓大学』と改めたもの。ただし、『宝訓女大学』が大字・五行・付訓で記すのに対して、本書は六行書きに改刻したため、合計で丁数が五丁減っている。巻頭口絵も『宝訓女大学』と同じで「牡丹」「大弐の三位」等を掲げる。『宝訓女大学』は柏原屋一行が上京して本屋行事に訴え、板木没収・販売停止等を要求したが、ただちに和解したようで、販売停止は撤回されたが(『大坂本屋仲間記録』)、本書の改題もこの問題に起因するものであろう。〔小泉〕
◆じょくんたんか [1809]
〈浦野鋭翁編輯〉女訓短歌‖【作者】浦野鋭翁(三益堂)作。加藤信一郎書。三浦弘夫序。【年代】明治一六年(一八八三)刊。[静岡]三益堂蔵板。博雅堂売出。【分類】女子用。【概要】半紙本二巻二冊。童女らが口遊び・手遊びに「百行万善」の根本である孝行の趣を自然と身に付けることを目的に編んだ七五調の教訓。上巻では「凡そ世に、生れいてたる人々に、あしきものとてあるましき…」で始まる文章で、孝行の意義と日常生活における孝の具体例を説き、続く下巻では「幼稚ときは両親を、しはしかうちもはなれしと、したひしものを子の愛や、夫にひかれいつとなく…」と結婚後の女性が孝から離れやすいことを指摘し、子を持ったら一層孝行に励むべきこと、また夫への仕え方、舅姑への接し方などを諭す。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆じょくんつれづれぐさ [1810]
〈新板絵入〉女訓徒然草‖【作者】都の錦(宍戸与一・鉄舟・梅園堂・光風女紫)作・序。【年代】元禄一五年(一七〇二)刊。[京都]岩田屋半七板。【分類】女子用。【概要】異称『女訓つれ草(艸)』。半紙本七巻七冊。序文によれば、『諸抄』、すなわち浅香(浅加)山井注、貞享五年(一六八八)刊『徒然草諸抄大成』を「やはらげて七巻に」綴り、「上は錦の玉だれの中、下賤女におよぶまでめやすからしめん」とした、女性用絵入り注釈書。『徒然草』本文を数段に分けてやや小字・八行大・ほとんど付訓で掲げ、字義・出典・故実・大意など、平易・簡潔な傍注・割注を施したもの。各巻に数葉の挿絵を載せるほか、割注にも稀に図解を交え、読者の理解を促す。〔小泉〕
◆じょくんてならいかがみ [1811]
女訓手習かゝ美‖【作者】内野善邦(文敬堂)作・書。歌川国貞二世(歌川国政三世・歌川豊国四世・一寿斎・梅蝶楼)画。内野屋弥平治(柏悦堂)序。【年代】慶応二年(一八六六)序・刊。[江戸]内野屋弥平治板。【分類】女子用。【概要】異称『〈御家〉女訓手習鏡』『女子往来』。中本一冊。多種多様の往来物を集めた携帯型の女子合本型往来。本文には「女今川(元禄一三年板系統)」「女手習状」「女消息往来」「源氏名寄」「婚礼女国尽」「女大学」「隅田川往来」「女用文章」「女庭訓倭文庫(女庭訓往来)」を収録する。付録記事は膨大で、前付に「賢女略伝」「六玉川絵抄」「七小町の伝」「名女伝」、頭書に「婦女四徳の事」「女手習文」「四季の詠」「女江戸方角」「都路往来」「洛陽往来」「婚礼の式」「仮名づかひ心得」「女専要衣服の文字」「女相性名尽し」「文封じ方の事」「小笠原流折かた」「むすびかた」「竜田詣」「十二ヶ月文の言葉」「月の異名」「名香尽文字鎖」「源氏の歌づくし」「源氏物語一部の大意」「女平生身持かゞみ」「女官名之事」「御所言葉」「四季皇帝の占」「生年守本尊の事」「生性三世相略解」、巻末に「男女相性の事」「懐胎十月の図解」「孔明六曜の善悪」等を載せる。近世後期に広く行われていた女子用往来の大半を一冊にまとめており、小型の中本としては最も多彩な部類といえよう。本文をやや小字・六行・付訓で記す。なお、巻頭序文・目次・題字等は四色刷りである。〔小泉〕
◆じょくんなにわめいしょ [1812]
〈新撰絵入〉女訓浪華名所‖【作者】蔀関牛(藤原徳風・子偃・蔀屋仙三・摎k斎二世)作・書・画。黒田庸行(具徳・成章館)序。【年代】天保五年(一八三四)序・刊。[大阪]河内屋徳兵衛(抱玉堂・中島徳兵衛)ほか板。【分類】地理科。【概要】中本一冊。ほぼ七五調の文章で、大坂の沿革や各地の名所旧跡・神社仏閣のあらましを紹介した往来。「難波がた、名にしおほ江の故事(ふるごと)に、今見るさまをまじへつゝ、あら示しまいらせ候。抑人皇十七代、仁徳天皇はじめて此地を都とし…」と筆を起こして、仁徳帝以来の大坂の歴史、続いて、生玉神社・八幡宮・専修院・大江坂の釣鐘・八軒屋・天神橋など寺社・橋梁・河川等の縁起・由来・景観・結構について記す。古代から近世前半までの故事来歴を多く紹介するのが特色。末尾では、大坂の産業の発展ぶりや諸国産物が集積する様子、また「天下の大湊、繁華無双の都会」たる所以を述べて締め括る。本文を大字・五行・付訓で記し、本文中に「道頓堀より南方遠景の図」など四葉の見開き挿絵、巻頭に色刷り口絵一葉を掲げる。序文には、従来の『難波名所』†が『京名所(都名所か)』に劣るので、それに勝る内容の往来として本書を編んだ経緯を記す。〔小泉〕
◆じょくんぶんしょうまさごのはま [1813]
〈児女躾方・万宝〉女訓文章真砂浜‖【作者】蘭下人乞童作。鳥飼幸十郎編。【年代】享保一四年(一七二九)刊。[大阪]吉文字屋市兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『女文真砂の浜』。大本三巻合一冊。元禄一七年(一七〇四)刊『女文常盤の松』†(蘭下人乞童作)の増補・改題本。刊記に「鳥飼幸十郎作」とあるが鳥飼は改編者。本文は『女文常盤の松』と全く同じだが、前付記事をかなり増補したうえ、もと三冊本を一冊にまとめた。一年一二カ月の往復文二四通(各巻八通ずつ)を収録する女用文章の形式だが、実用本位の例文集というよりは、五節句や四季の行事や故事、季節によって変化する花鳥風月を綴った往来である。すなわち、各状の冒頭・文末を除けば、ほとんど年中行事や四季の風趣に関する語句の列挙に過ぎない。改題に際して削除された蘭下人乞童の序文(『女文常盤の松』)には、女子の和歌の教養のために四季風物を多く盛り込んで編んだとする。本文をやや小字・八行・付訓で記す。頭書には本文中の任意の語句に関する略注・挿絵のほか、「万包物折形図」「源氏物語目録」「かたこと・重言」「女用器財字」等の記事を載せる。また、前付にも人物略伝や暦占・女子教訓・女用文章(実用的な案文)など種々の記事を掲げる。このうち書誌的に重要なのは「紋尽」で、この部分にはもと葵紋が存したが、宝暦六年(一七五六)九月の絶版命令により、削除されることとなった。なお、本書本文に約三五丁の前付記事を追加した改題本『女年中往来真珠海』が宝暦(一七五一〜六四)頃に刊行されたというが未見。〔小泉〕
◆じょくんまんようしなかがみ [1814]
女訓万要品鏡‖【作者】桃江舎漁舟作。【年代】延享元年(一七四四)刊。[大阪]河内屋八三郎(向井八三郎・文典堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女中雨夜品定(あまよのしなさだめ)』。横本一冊。『源氏物語』帚木の巻に出てくる「雨夜の品定め十八問答」を男女間の良い教訓であるとする著者が、婦女子に平易に会得できるように当世風に書き改めた教訓。本文を小字・一三行・所々付訓で記し、本文中に挿絵六葉を挟む。〔小泉〕
◆じょくんみさごぐさ [1815]
女訓みさこ草‖【作者】井沢長秀(蟠竜・亨斎・元水叟・無名氏)作。井沢須賀序。【年代】享保一四年(一七二九)刊。[京都]小川多左衛門(茨城多左衛門・柳枝軒)板。【分類】女子用。【概要】異称『女訓美左古草』『女訓みさこ艸』『みさこ草』。半紙本二巻二冊。一名を『後編大和女訓』とするように、享保五年刊『大和女訓』†に漏れた内容を集めた絵入りの女訓書。上巻では、「女子は閨中にのみ居て端ちかく出ることなかれ」との教訓を始め、礼儀、婚姻(嫁迎え・嫁入り)、夫への服従、分限、嫉妬、夫婦和合などを故事や教訓歌を用いて諭す。また下巻では、寸暇を惜しんで芸能を学ぶべきことから説き始め、婦人の職分(家政)、自慢の戒め等を記すほか、和漢の賢女・貞女の小伝を引きながら縷々心得を述べる。基本的に『大和女訓』と同趣旨の教訓であり、益軒の『和俗童子訓』によったと思われる箇所も少なくない。本文をやや小字・八行・付訓で記す。なお、本書に『大和女訓』三巻三冊を合わせた五巻五冊本(題簽『大和女訓〈前編(後編)〉』†)が文化一四年(一八一七)に大阪書肆・加賀屋善蔵から刊行された。〔小泉〕
◆じょくんようぶんみやこにしき [1816]
〈重宝大成〉女訓用文都錦‖【作者】義笑作。【年代】宝暦五年(一七五五)刊(求板)。[京都]菱屋治兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『〈用文章・重宝大成〉女訓都錦』『女文章』。半紙本一冊。半丁に一通ずつ女文を載せ、さらに本文要語の略注を頭書に掲げた女用文章。散らし書きと並べ書きをほぼ交互にして、概ね大字・五行・ほとんど付訓で記す。「恵方参り」に同道したい旨を伝える手紙や新年祝儀状、七種祝儀状、また、五月雨の徒然の季節に種々の「物語」拝借を願う文など合計二三通を収録する。巻首に「結納の式」や「若子(わこ)の宮参り」など婚礼・出産に関する挿絵と説明文を載せる。なお、本書巻末に『百人一首』(半丁に四首ずつ)を合綴した版もある。〔小泉〕
◆しょけえいたいうけじょう [1817]
諸家永代請状‖【作者】風鑑斎積水書。大橋楽水(積文斎)跋。【年代】寛政九年(一七九七)書・刊。[江戸]須原屋市兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。全編を一通の奉公人請状(奉公人の身元保証書)の形式で、奉公人の日常生活上の知識を綴った特異な往来。四カ条からなり、奉公人の給米や仕着に関する第一条では数量の単位や衣類の種類・名産地を紹介し、第二条では御公儀・御法度の遵守について述べる。また、奉公の内容に関する第三条では、奉公人がなすべき仕事を書き連ねながら、家事・家財・営繕の全般について詳しく紹介しており、宗門上の保証について記した第四条では、諸宗の名称を列挙する。このように、本書は通常の証文手形類とは一線を画すもので、奉公人請状の書式とともに、奉公人に必要な種々の知識を教えた往来である。末尾に詩歌二編を置く。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょこくぐんめい [1818]
諸国郡名‖【作者】平井義直書。出雲路定信序。【年代】明治五年(一八七二)官許・明治六年刊。[京都]京都書籍会社(大黒屋太郎右衛門)板。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。全体を「畿内五箇国」「東海道十五箇国」「東山道十三箇国」「北海道十二箇国」「北陸道七箇国」「山陰道八箇国」「山陽道八箇国」「南海道六箇国」「西海道十一箇国」に分け、各国郡名を楷書・大字・五行で記した手本。〔母利〕
◇しょこくじょうかならびにめいしょ [1819]
諸国城下〈并〉名所‖【作者】杉崎長之助書。【年代】延享元年(一七四四)書。【分類】地理科。【概要】山城から壱岐・対馬二島までの畿内七道の各国別に城下町および名所を列記した往来。「山城・城州、京洛中・同洛外・稲荷山・六条・愛宕・神楽岡…」のように、まず国名・州名を掲げ、やや字下げして名所等の地名を羅列する。〔小泉〕
◆しょこくしょじょうさし [1820]
〈御家〉諸国書状指‖【作者】十返舎一九作(仮託か)。橘正敬(山子篤)書。【年代】寛政九年(一七九七)刊。[江戸]須原屋市兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『書状指』。横本一冊。豊富な例文と付録記事から成る用文章。文化一〇年(一八一三)再板本には「江都、重田一九撰集」と記すが、寛政九年初板本や嘉永二年(一八四九)求板本には記さないため、十返舎一九作は仮託と思われる。「年始披露状」から「後妻を迎たる方へ遣文・同返事」までの一一三通を収録する。五節句や季節に伴う手紙は冒頭の約二〇通のみで、他は通過儀礼その他慶事に伴う祝儀状、また、売買取引、金銭貸借、旅行など実生活上の諸用件の手紙や、趣味・療養・病気・入学・奉公・災害・死去その他諸事に関わる手紙から成る。本文を大字・七行・付訓で記し、所々、細注で書簡作法や言い替え表現、類語、異名などを示す。末尾に、諸証文文例として「借用申金子之事」以下一六例、また「毎月之異名」「時候之差別」「書簡尊卑之差別」等の書簡作法・用語、さらに、「新年の文」など女文六通を収録する(以上を一九編とする)ほか、イロハ引きの商用語集である「諸商売平生取扱文字」や「苗字大概并百官平名」「平人之名概」「十干・十二支」を付す。なお、このうち証文類以下の記事を除いた『書状指』や、本書に漏れた例文を増補した『諸国書状指大全』などの類書も刊行されたようである(文政五年板『文化用文章』†広告)。〔小泉〕
◆しょこくめいざんおうらい [1821]
〈文政新版〉諸国名山往来‖【作者】十返舎一九作。【年代】文政七年(一八二四)刊。[江戸]岩戸屋喜三郎板。また別に[江戸]森屋治兵衛板(後印)あり。【分類】地理科。【概要】異称『名山往来』。中本一冊。日本各地の名峰を地域毎に紹介した往来。三国第一の名山たる富士山を始め、ほぼ関東・東北・中部・近畿・中国・九州・四国の順に五〇の名山について故事来歴や位置・威容などを略述する。特に、駿河国富士山・下野国日光山・奥州金華山・出羽国羽黒山(月山・湯殿山)、越中国立山・加賀国向山・甲斐国身延山・山城国愛宕山・肥後国阿蘇嶽・豊前国彦山・大和国吉野山・同大峯山・河内国金剛山の一三の山については、頭書でも詳しく説明する。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょこくめいぶつおうらい [1822]
〈新版大字〉諸国名物往来‖【作者】不明。【年代】安永七年(一七七八)刊。[江戸]伊勢屋幸七板。【分類】地理科。【概要】異称『名物往来』。安永七年板は大本一冊。「凡、諸国名物者、先於洛陽西陣綾織…」で始まり「…都而唐土・天竺・高麗・南蛮・阿蘭陀・新羅・百済七珍万宝一而無不足、猶期後慶之時節候。恐惶謹言」と結ぶ全一通の書状形式で、全国の名産品を列挙した往来。同本文を大字・七行・付訓で記す。頭書に「万対名(ついな)づくし」「片仮名伊呂波本字」「居判正法」「書状高下認様」「廻文・触状認様」「書状書初高下」「潮時」「不成就日・願成就日」「十幹之図・十二支之図」、巻末に「廿四節」「十二月之異名」を掲げる。本書以後、『名物往来』『名物往来文宝蔵』†等の書名で数種出版されており、本文のみの版や「日本名所大概」等の頭書を伴う版などがある。安永七年板は、これら諸本の中で現存最古だが、題簽角書に「新版」の二字を加える点では、初板本がさらに遡る可能性も十分ある。〔小泉〕
◆しょこくめいぶつおうらい [1823]
〈日本〉諸国名物往来‖【作者】不明。【年代】享保一二年(一七二七)刊。[江戸]板木屋甚四郎板、また別に[京都]梅村判兵衛板(後印)あり。【分類】地理科。【概要】異称『〈日本〉諸国名物尽』『名物往来』。半紙本一冊。畿内・山城国から九州・対馬までの各国毎の名産品を列挙した往来。まず国名を大字で掲げ、その異称(州名)、郡数、江戸からの里程(陸路、稀に海路も示す)を細字で注記し、そこまでを子持ち罫で囲み、続けて同国の物産品を羅列する。本文を大字・七行・付訓で記し、所々割注を置いて、物産品の産地・特色等を付記する。見返に「いろはの本字」「九九之次第」、前付に「大日本国図」「海のなき国をしる和歌二首」「日本の異名」「日本高山」「日本大河」「日本の三景」「国々詞づかひ」「世上詞の言ちがい」「江戸年中行事」等の記事を載せるが、このうち「国々詞づかひ」「世上詞の言ちがい」は方言資料として重要である。〔小泉〕
◆じょこせんもん [1824]
叙古千文‖【作者】胡明仲作。姜立綱(東谿)書。【年代】延享四年(一七四七)刊。[大阪]田原屋平兵衛(抱玉軒)板。【分類】歴史科。【概要】異称『古千字文』。大本一冊。『叙古千文』は、周興嗣作『千字文』形式で、伏犠・禹・少康・湯・武丁・孟津・孔子・楊朱以下の中国の聖賢の政治、特に春秋時代の歴史を記したもの。「太和@A、二儀肇分、清濁奠位、乾坤為門…」で始まる本文を楷書・大字・三行(一行七字)・無訓で記した陰刻手本(延享板)と、楷書・大字・六行・無訓で記した陽刻手本(文化八年(一八一一)板)の二種ある。〔小泉〕
★しょさつおうらい [1824-2]
書札往来‖【作者】不明。【年代】享保(一七一六〜三五)頃刊。[大阪]伊丹屋新七板。【分類】歴史科。【概要】大本一冊(もと三巻三冊か)。本文の三分の二を準漢文体書簡、のこりを和文体書簡と詩歌に宛てた往来物。準漢文体書簡は「婚礼祝儀状」から「筆道教訓状(「字の勢分の事」を含む)」までの二三通で、本文を概ね大字・四行・ほとんど付訓で記す。また、末尾の仮名文は上巳節句祝儀状・端午節句祝儀状や春山散策についての手紙、また、春や秋の風情を伝える手紙など六通(散らし書き・並べ書き各三通)で、さらに詩歌(所々散らし書き)一〇編を付す。このうち、「字の勢分の事」などは、元禄一六年(一七〇三)刊『初学往来』†等に見られるものと同様であり、直接または間接の影響が考えられる。前付に「十二月の異名之事并十二時」「書札日用当流記」「大日本国尽」「五性名頭」「七夕のうたつくし」「学問、和歌、能・謡、茶の湯、文字、医道」「書札礼」「日本広邑三十所京・江戸・大坂之外」「諸色折形」「今様歌問答・同上戸返答」「煙艸の詩歌」、頭書に「多田満仲」から「徳川家康」までの歴史的人物の小伝、さらに巻末に「篇・冠・構字尽」を載せる。〔小泉〕
◇しょさつかいねんじょう [1825]
〈上田〉書札改年帖〈小野〉‖【作者】片山素俊(随雙軒・忠倫)・小野素玉(随琢堂)書・跋。【年代】安永四年(一七七五)・寛政一二年(一八〇〇)書。寛政一二年跋・刊。[江戸]須原屋伊八板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。『孟春帖』と『改年帖』という二種類の上田流手本を一冊に合綴したもので、本来は別々の単行本と思われる。前半は、素俊が安永四年に書いた消息手本で、「孟春之御慶賀不可有尽期…」で始まる新年状から歳暮祝儀状までの三三通を大字・三行・無訓で記した手本。後半は、素玉が寛政一二年に執筆したもので、「改年之御慶不可有尽期御座候…」で始まる新年祝儀披露状以下一三通の準漢文体書簡と四季の仮名文八通(うち二通散らし書き)を大字・三〜四行・無訓で記した手本である。いずれも武家公私にわたる書状が中心。題簽題下部に「小野」の記載があり、後半部冒頭が「改年…」で始まることからすれば、標記書名は後半部の書名であろう。事実、『江戸出版書目』によれば、前半部は『孟春帖』の書名で安永四年に須原屋伊八から出版されたという。〔小泉〕
◆しょさつしゅう [1826]
〈御家〉書札集〈上田氏〉‖【作者】上田素鏡(随古堂・当孝)書。【年代】寛延二年(一七四九)書。寛延三年刊。[江戸]須原屋四郎兵衛板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。「新春之御慶不可有休期候…」で始まる新年祝儀状(披露状)から、昨夜の訪問の礼を述べる書状までの合計四四通を記した上田流手本。本文を大字・五行・無訓で記す。前半部(全体の三分の二)に「三御所様」への各種披露状(献上・拝領その他公務に伴う手紙、時節の見舞状、祝儀状など公用文)、また、後半部に婚礼祝儀状、馳走招待状、口切り茶会招待状、拝領品披露の招待状、寒気見舞状、無沙汰を詫びる書状、梅花の贈り物への礼状等々の私用文を掲げる。巻末に順・逆の筆遣いに関する小文を付す。〔小泉〕
◆しょさつしゅう [1827]
〈御家〉書札集‖【作者】清水斎宮書。【年代】安永四年(一七七五)書・刊。[江戸]遠州屋弥七(雪花堂)ほか板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。消息例文二七通と詩歌一六編を収録した手本。将軍家宛て新年祝儀状(披露状)、馬・巻物拝領の礼状(披露状)、御用命の礼状、加増拝領祝儀状、長崎役交替に関する書状など武家公用向けの書状と、弓会案内状、学問や立花稽古の激励状を始めとする各種私用文を載せる。本文を大字・六行・無訓で記す。末尾に、『和漢朗詠集』から抜粋した詩歌を様々な散らし書きで記す。〔小泉〕
★しょさつしゅう [1827-2]
〈大橋・篠田〉書札集〈国尽・百官〉‖【作者】大橋重政・篠田行休(長三郎)書。篠田長道跋。【年代】延享四年(一七四七)跋・刊。[江戸]前川六左衛門板。【分類】消息科。【概要】異称『大橋書札集』(『宝暦四年書目』)。横本一冊。各丁の折り目が下になる特異な横綴じ手本。篠田行休および大橋重政筆「消息文」(大字・四〜八行・無訓)と、篠田行休筆「諸国(大日本国尽)」「百官」「詩歌」(大字・約五行・無訓)から成る大橋流手本。「消息文」は、年頭祝儀披露状以下、武家公用向けの書状四四通。そのほとんどが行休筆で、重政筆はわずかに五通のみである。〔小泉〕
◆しょさつしゅうよう [1828]
〈当用玉置〉書札集要‖【作者】玉置某(喬直か)書。寺岡蘿葉軒跋。【年代】元禄九年(一六九六)書。元禄一五年跋・刊。[江戸]須原屋茂兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『当用書札集要』。横本一冊。「青陽之御慶賀不可有尽期御座候…」で始まる新年祝儀状(披露状)以下五二通の書状を収録した手本。大字・八行・無訓で綴る。老中方への披露文を始め、各種祝儀状、拝命・拝領礼状、献上挨拶状など武家公用向け書状が大半を占める。〔小泉〕
◆しょさつしようしゅう [1829]
〈寺沢〉書札私用集‖【作者】寺沢政辰書。【年代】享保六年(一七二一)書・刊。[京都]蓍屋勘兵衛板(後印)。【分類】消息科。【概要】横本一冊。『書札筆用集』†などと同様に、武家公私にわたる消息文例四六通を集めた寺沢流手本。新年の嘉儀に始まり、加増祝儀、京都御留守居役就任祝い、若殿様御誕生祝いなど、武家社会における形式的な儀礼上の挨拶文を謹厳な書体で綴る。ただし、末尾四通のみは仮名文とする。本文を大字・八行・無訓で記す。〔母利〕
★しょさつしようしゅう [1829-2]
〈長雄〉書札私用集‖【作者】数楽耕文(富利)書。【年代】江戸中期刊。[江戸]山崎金兵衛板(後印)。【分類】消息科。【概要】横本一冊。武家公用向けの書状を集めた長雄流書道手本。「東海道駅々御見聞御用」で出発する知人への手紙から始まり、家督祝儀招き礼状、切支丹宗門改め報告状、献上の塩引鮭披露の礼状など合計二一通を収録する。本文を大字・五行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょさつせつようぶんしょう [1830]
書札節用文章‖【作者】森下風洌軒書。【年代】宝永七年(一七一〇)刊。[京都]丹波屋茂兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本三巻三冊。本書の改題・改編本に享保一九年(一七三四)刊『千載用文章網目』†あり。上・中巻に「年始之書札事」以下八通と「大坂下りに遣す状」以下一〇通の四季消息、下巻に「普請場へ遣す状」など諸用件の手紙九通の合計二七通を収録した用文章。本文を大字・四行・付訓で記す(定家流)。例文に際立った特徴は見られないが、頭書の替え言葉(消息中の類語)や、各種の異名尽・字尽は独特で、例えば「小児祝義物字」「宮笥物名寄」「城下(地名)」「諸神御名」「作事材木用字」や、桃・柳・月・菊・紅葉・雪の異名などを載せる。なお明和二年(一七六五)求板本では前付に「七以呂波」「天神図」「聖人(聖徳太子ほか)略伝」「不成就日・願成就日」「六十図」「七夕の詩歌」を増補した。〔小泉〕
◆しょさつせつようようじかい [1831]
書札節用要字海‖【作者】晩香堂(輝貞)作・序。【年代】宝暦一一年(一七六一)序・刊。[江戸]植村藤三郎(伏見屋藤三郎・錦山房)ほか板。【分類】消息科(節用集)。【概要】異称『書札節用合文』『書札節用集』。横本一冊。節用集に用文章など種々の記事を付録したもの。本文は一般的な一三部門分け節用集(乾本)で、所載語を行書・楷書の二体で表記して音訓を付すほか、ごく稀に割注を施す。また、頭書前半部の「世宝用文章」には、佳節門(「年始に遣文」以下五二通)・祝儀門(「婚礼之文」以下三二通)・宮室門(「賀棟上之文」以下八通)・遊興門(「花見之文」以下二四通)・寺社門(「年忌之文」以下二〇通)・凶儀門(「弔状」以下一九通)・花木門(「牡丹之文」以下一〇通)・雑章門(「振舞之文」以下一三〇通)の八門毎に消息文例(合計二九五通)を掲げる。さらに、頭書後半部に「借家請状之事」以下一五例を載せた「手形証文尽」や、「中興武将伝」「改正御武鑑」「日本広邑」「年代六十図」「願成就日」「十二月異名」「不成就日」「判形相生」「篇冠字尽」「御改正服忌令」「献立・十二月献立之部」「肴魚鳥拵様・精進肴拵様・焼物に用肴・煎鳥の取合ほか」「名頭字」「封状上書高下」「京町尽」等の記事を収める。〔小泉〕
◆しょさつせんよう [1832]
〈本目〉書札撰要‖【作者】飯田鳥邇q跋。本目某(本目親宣か)書。【年代】元禄九年(一六九六)刊。[江戸]平野屋吉兵衛(燕雀堂)板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。武家公用向け・尊卑別の書翰文習得のために編まれた横本の手本。筆者識語はないが、題簽角書の「本目」は、将軍・家綱に仕え、本目流元祖となった右筆・本目親宣(勝左衛門)を示すものであろう。「新年披露状」から「安産祈祷願書」までの五八通を大字・八行・無訓で綴る。いずれも諸侯や老中格宛ての上流武家公務に関わる例文が中心である。〔小泉〕
◆しょさつちょうほうき [1833]
書札調法記‖【作者】中村三近子編・書。【年代】元禄八年(一六九五)刊。[京都]小佐治半右衛門ほか板。また別に[京都]金屋半七郎(小佐治半七郎・整文堂)ほか板(享保元年(一七一六)板)、[京都]礒嶋宇右衛門ほか板(元文五年(一七四〇)板)、[京都]中川藤四郎ほか板(天明三年(一七八三)板)、[京都]吉野屋仁兵衛板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】異称『手本重宝記』『書状調法記』『〈新板〉書札調法記』『〈新撰〉書札調法記』。半紙本六巻六冊、後に六巻三冊。一〜四巻「文章替字部」、五巻「書状式目・万請状部」、六巻「異名字尽・難字世話字尽」から成る、各種例文や書簡用語・日用語を網羅的に集めた用文章。消息例文は各巻六題往復一二通で、各状とも尊卑別に上・中・下の三種を載せるが、例外的に尊卑別を示さない場合や、上・中・下のほかに披露状を掲げる場合もある。一巻が「年始之書状」以下六題往復一二通三六種、二巻が「暑気比遣状」以下六題往復一二通三六種、三巻が「他国へ行人江遣状」以下六題往復一二通三六種、四巻が「元服之所へ遣状」以下六題一二通三三種(「死去弔状返事」に披露状一種を追加したほか、末尾の「神事に遣状・同返事」は上中下別を示さず各一種のみ)の合計二四題四八通一四一種を収録する。例文を大字・五行・付訓で記し、例文毎にかなりの分量の「替字」を掲げる。この替字は上・中・下別の消息用類語集で、本文の二分の一程度の小字で綴るが、必要に応じてさらに割注を施した箇所もある。五巻は前半が書簡作法で「書札はしがき高下」「書留高下」「脇付高下」など一二項を載せ、続く「万手形づくし」(「金銀預手形」以下一七例)や「書翰便略」「月の異名」「同一字異名」「五節句のいみやう」「日のいみやう」「吉日のいみやう」「衣服詞づかひ」「道具詞づかひ」その他の字尽を載せる。また、六巻には「書状言葉字・替字高下」「万物異名之部」「世話難字尽(乾坤・人倫・支体・気形・生植・衣食・彩色・器財・言語の九門)」「同訓にて心ちがふ文字」「十干十二支のいみやう」を収める。このように、本書の約半分が語彙に関する内容となっている。なお、本書の一部を改訂した改題本に嘉永四年(一八五一)刊『書状独稽古』†がある。〔小泉〕
◆しょさつてほん [1834]
〈堀氏流水軒〉書札手本‖【作者】堀流水軒作・書。【年代】正徳三年(一七一三)刊。[大阪]安井嘉兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『書札文章』。大本三巻合一冊。武家向け消息文四六通を集めた手本。上巻は、「新年挨拶状」を始め、下賜品や参勤交代、役替えに伴う加増の礼状など公用書状、地方滞在中の芳情に対する礼状、海路無事到着の知らせなど私信を含む一六通。中巻は、婚礼・安産・剃髪等に対する祝儀状や、病気見舞状・悔み状、その他の例文一五通。下巻は、オランダ船長崎入港の知らせや朝鮮国通信使来朝に伴う諸準備についての手紙、寺社奉行への訴訟に関する書状など、公私両用の一五通。いずれも本文を大字・四〜五行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょさつひつようしゅう [1835]
〈寺沢〉書札筆用集‖【作者】寺沢政辰(友大夫・玉流亭)書・跋。【年代】享保九年(一七二四)書。享保一〇年刊。[江戸]野田太兵衛(盧橘堂か)ほか板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。武家公私にわたる消息文例七三通を収録した武家右筆向け手本。本文を大字・八行・無訓で記す。幕府・将軍家周辺の儀式や参勤交代等の公務に関する書状、また時候や祝儀に伴う書状(披露状)が中心で、親しい者との例文はわずかである。刊記を表紙見返に記し、そこに政辰筆の手本一四点を列挙した「寺沢師手本目録(書林盧橘堂板)」を掲げる。〔小泉〕
◆しょさつひとりげいこ [1836]
書札独稽古‖【作者】岩田夫山(忠恕・子貫・来助・寒松堂・見石亭)・千形仲道書。蘭浄斎(叟馬)序。【年代】文化一三年(一八一六)序。文化一四年刊。[江戸]角丸屋甚助(衆星堂・衆星閣・森甚助)板。また別に[江戸]岡田屋嘉七ほか板あり。【分類】消息科。【概要】大本一冊。女文を含む各種の消息文例から成る用文章で、四季・非常・住居・寺社・祝儀・雑・女用の七部に分類して集録した点に特色がある。収録書状数は、「四季之部」が「改年之文」以下三○通、「非常之部」が「葬礼之文」以下一八通(うち三通は離縁状関係で異色)、「住居之部」が「上棟祝儀」以下一一通、「寺社之部」が「入院祝儀之文」以下八通、「祝儀之部」が「婚礼祝儀」以下一一通、「雑之部」が「疱瘡見廻文」以下一○通、女用之部が「初春之文」以下五通(五節句祝儀の仮名文)の合計九三通。本文は大字・五行・無訓を基本とし、頭書に楷書・小字・一〇行・付訓の本文を再録する(ただし女用之部の頭書は「源氏之歌同香図」)。〔小泉〕
◆しょさつぶんかい [1837]
〈御家正流〉書札文海‖【作者】源賜(梅香E十時)作・書。篁臨江跋。【年代】享和元年(一八〇一)跋・刊。[名古屋]大観堂・風月堂板。また別に[名古屋]永楽屋東四郎(東壁堂)板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】異称『〈御家正統〉書札文海』。大本一冊。寛政六年(一七九四)刊『〈御家〉諸用文通』†とほぼ同内容。「年始状」以下五七通の消息文例と「初春の文」以下六通の女子消息文例を収録した手本兼用文章。本文を大字・四行・付訓で記す。いずれも季節に伴う書状や、各種見舞状・礼状・祝儀状・誘引状などから成る。巻末に時候の端書(はしがき)や月の異名を集めた「四季之時候大概・十二月異名」や「文章上中下の差別」を載せる。〔小泉〕
◆しょしきぶんれいたいせい [1838]
〈官民必携〉書式文例大成‖【作者】宇喜田小十郎作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[大阪]華井知久板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。明治初年の社会生活に必要な公的書類の文例を集めた用文章。「諸願之部」「諸届之部」「諸証券之部」の三部からなり、それぞれ「試堀并借区願」以下七八例、「孝子御届」以下三六例、「往来券之書式」以下四二例、合計一五六の文例を載せる。本文をやや小字・七行・所々付訓で記す。頭書には関連記事が豊富で、「諸書表紙雛形」以下の諸書式や諸規則・心得など一〇六項を収める。なお、明治一九年の改題本『〈新撰〉書式文例大成』†では作者が「加藤伴之」と改竄された。〔小泉〕
★しょしきぶんれいたいせい [1838-3]
〈新撰〉書式文例大成‖【作者】加藤伴之編。【年代】明治一九年(一八八六)刊。[大阪]田中太右衛門(宋栄堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈新撰〉書式文例大全』『新撰書式文例大全』。中本一冊。前項『〈官民必携〉書式文例大成』†の改題本(ただし作者名を改竄)。本文は書名の改刻以外は全く同じだが、巻頭に新たに明治一七年に改正・施行された「〈改正〉証券印税心得規則」一〇三カ条を掲げてある。〔小泉〕
◆しょしきぶんれいたいぜん [1838-2]
〈訴答必携〉書式文例大全‖【作者】吉見重三郎作。【年代】明治一五年(一八八二)刊。[彦根]広田七治郎ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈訴答必携〉書式文例大成』。小本一冊。銅版・袋綴じの洋装本。「諸願之部」(「土地開墾之願」以下一三一例)、「諸届書之部」(「止宿之届」以下七七例)、「訴答文例并訴状式」(「裁判所御門入之届」以下四七例)毎に、各種例文を示した用文章の一類。本文を小字・約一一行・稀に付訓で記す。巻末に「改正徴兵応否条例」「治罪法諸書式」を付すほか、頭書に「地券預り証書」以下多数の証書類、関連規則・心得集である「普通諸証券并諸規則類」を掲げる。なお、口絵に「大審院・司法省」の図(青色・銅版刷り)を載せる。〔小泉〕
◇しょしきるいご [1839]
書式類語‖【作者】不明。【年代】明治年間刊。刊行者不明。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。書名のように、公私に用いる手紙・文書の書式や類語を集めた用文章。初めに消息用語(端書(はしがき)・時候の言葉など)を掲げ、次に用件毎の口上の例を示し、後半に「金子預り証」「不参届」「旅行届」「入校届」「退校届」の書式を掲げる。〔小泉〕
◇じょしこうさいようぶん [1840]
〈婦女錦嚢〉女子交際用文‖【作者】柾木正太郎作。芳洲画。【年代】明治二一年(一八八八)刊。[大阪]秋田屋太右衛門(田中太右衛門)板。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。手紙の内容により細かく分類して編まれた女用文章。「時候之部」以下一一部と「電信文案」から成る。各部の収録書状は、「時候之部」が「年始の文」以下一二通、「祝賀之部」が「出産祝の文」以下二七通、「招待之部」が「新年人を招く文」以下一一通、「誘引之部」が「初天神に人を誘う文」以下二四通、「訪問之部」が「時候不順見舞の文」以下一〇通、「贈進之部」が「梅花を贈る文」以下六通、「報知之部」が「安産知らせの文」以下四通、「憑頼之部」が「入門を頼む文」以下一〇通、「餞別之部」が「友に送る文」以下三通、「礼謝之部」が「招かれし礼に送る文」以下八通、「吊悔之部」が「悔み状」一通で、巻末の電信文(安着知らせの文・火事報知の文)二通を加えると、全部で一一八通の文例を収録する。本文をやや小字・七行・付訓で記す。頭書に「婦女の義務」「和洋衣服裁縫手引草」「西洋服裁縫の心得」「毛絲編物の法」「和洋料理拵の部」「婦人消息用語解」など近代生活上の心得を種々載せる。〔小泉〕
◆じょしさくぶんかいてい [1841]
〈七条峯太郎編輯・生徒必携〉女子作文楷梯〈鼇頭作文字類〉‖【作者】七条峯太郎作・序。【年代】明治一八年(一八八五)序・刊。[東京]丸谷新八(九春堂)板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。「年始の文」から「帰宅を知らせる文」までの五八通を収録した女用文章。序文に、手紙が満足に書けない者は「恰も口なき人」のようだが、昨今の「男女混合の文躰」の傾向は忌むべきとして、本書編集の意図を述べる。四季・吉凶事・諸事など一通りの例文を載せるが、「試験日を問合せる文」「試験及第を賀する文」など目新しい題材も散見される。本文をやや小字・六行・付訓で記す。頭書に類語や言い替え表現を所々掲げるが、余白が多いのも特徴。また、本文冒頭・末尾・目録には「巻之上」と記し、題簽・見返にはその旨を記さないため、上巻のみの刊行と思われる。〔小泉〕
◆じょしさくぶんごせんだい [1842]
〈婦女錦嚢〉女子作文五千題‖【作者】前川柳子編・序。北邨建谿校。【年代】明治二六年(一八九三)序・刊。[大阪]秋田屋太右衛門(田中太右衛門・宋栄堂)板(明治三四年板)。【分類】女子用。【概要】異称『女作文五千題』。中本二巻二冊。活版和装本。「四季門」以下九門毎に伝統的な文例と当世風の文例(今様文)の二様を掲げた女用文章。「五千題」と称するが、実際に収録するのは、「四季門」が三六題七二通、「慶賀門」が一〇題二〇通、「訪問門」が九題一七通(「外国に留学したる人の許に」は今様文なし)、「誘引門」が三題六通、「報知門」が四題八通、「依頼門」が一〇題二〇通、「招請門」が一一題二二通、「報謝門」が四題八通、「雑事門」が七題一三通の合計九四題一八六通である。本文をやや小字・八〜一〇行・付訓で記す。前付・頭書に「婦女子の技芸及礼式の事」「文書く心得の事」「文を書くに心して書くへき事」「文の心ばへの事」「文の詞づかひの事」「歌よむ心得」「婦女子修身の事」「家事経済」「奉公人の使ひ方」「婚姻の事」など書簡作法や女子教訓、生活関連の記事を種々掲載する。〔小泉〕
★じょしさくぶんじざい [1842-2]
女子作文自在‖【作者】山崎慎一編・序。太田聿郎書。若林長英画。【年代】明治一四年(一八八一)序・刊。[大阪]前川善兵衛板。【分類】女子用。【概要】中本二巻二冊。上巻に「年始の文」から「近火見舞の文・同かへし」までの五六通、下巻に「病気見舞の文」から「借物返却の文」までの三九の合計九五通を収録した女用文章。主に上巻には四季の手紙と各種祝儀状、下巻には見舞状、仏事・祭礼・遊興・旅行等にまつわる例文等を載せる。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書「消息乃類語」に「年始乃言葉」「寒中見舞の語」「梅花を送る語」などの小項をたてて類語を多く列挙するほか、下巻末尾に「時候認様」「言葉遣ひ様」「仮名つかひの大略」の記事を付す。〔小泉〕
◆じょしさくぶんしんぽう [1843]
〈小学必用〉女子作文新法‖【作者】勝川宝太郎作。石川真清(敬重・清澄・三川屋太兵衛・方円軒・鶴山)校・序。芳堂書・画。【年代】明治一三年(一八八〇)序・刊。[名古屋]万屋東平(栗田東平)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈女子〉作文新法』。半紙本一冊。口上書と女文の模範例文と書簡用語・書簡作法の記事を集めた女用文章。冒頭部に「口上書短文」五六例を掲げ、続いて女文の「往復正文」合計八〇通(往状のみの例文も少なくない)を収録する。この往復文は「年始の文」から「年忘の文」まで四季順に配列し、その所々に吉凶事や諸用件の手紙を配置する。刊行地にふさわしく「熱田詣誘引の文」や近代社会を反映した「博覧会しらせの文」「天長節の文」「勲章年給拝賜祝儀の文」等も見えるが、多くは四季時候・四季行楽・通過儀礼に伴うもので、伝統的な女用文章の文体が多い。本文を大字・六行・稀に付訓で記し、任意の語句に左訓や漢字表記を示す。頭書には、「口上書式」「言葉よせ(発端の語・詢候の語・結尾の語・脇付の語ほか)」「一月ヨリ一二月マデの言葉及節物」「文の封じやうおよび認めふり、并に文八章」「大和詞」「請取証」「送り状類」「諸証文類」などを収録する。このように、女用文章に証文手形類の書式を載せるのも明治期ならではである。〔母利〕
◇じょしさくぶんたいせい [1844]
〈和漢〉女子作文大成‖【作者】窪田梁山(久保田行)作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]吉田屋文三郎(木村文三郎・文江堂)板。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。本文欄に「年始の文」から「年回に人を招く文」までの三六通、また、頭書に同内容の漢語用文章(「賀歳首書」〜「告先妃大祥祭期書」)三六通の合計七二通を収録した女用文章。四季挨拶・四季行事、慶賀祝儀、凶事見舞の順に配列し、各文例に続けて本文類語(頭書部分の類語には割注)も列挙する。例えば本文欄冒頭状の「…千代の御寿、五洲も同じ御事…」のように文面にも若干の新鮮味を出しつつ、漢語を多用する。本文欄を行書・大字・六行・付訓(稀に左訓)、頭書欄を楷書・やや小字・一〇行・付訓(漢語に左訓)で記す。〔小泉〕
★じょしさくぶんちかみち [1844-2]
〈南部竹雄編輯〉女子作文ちかみち‖【作者】南部竹雄作。燿斎学人序。【年代】明治一三年(一八八〇)序・刊。[滋賀県]南北堂板(出版人:土肥顕逸、発兌人:中村藤平)。【分類】女子用。【概要】異称『女子作文捷径』。半紙本三巻三冊。当時の女用文章が乏しいのに加えて、しばしば手紙文に用いる熟字・類句等を「男子の作文資材」に求めることを憂えた著者が「女子平生用ゆる文辞と例文」によって編んだ女用文章。巻之一は、冒頭に「書式類語」「日用諸物大略」に分けて書簡用語・日用語を列記した後、「受取送り注文状」二五例を掲げる。巻之二は全て「口上書式」で消息等に用いる短句・短文、巻之三は「年始状」から「不幸悔の文・同返事」までの往復五四通をそれぞれ収録する。単語、短文から実用例文までを習得できるように編まれている。本文はいずれもやや小字・九行・無訓で記す。〔小泉〕
◇じょしさくぶんようほう [1845]
〈小学必用〉女子作文用法‖【作者】中根八之進作。【年代】明治一八年(一八八五)刊。[名古屋]鬼頭平兵衛(鬼頭書屋)板。また別に[名古屋]浅見鉦太郎(文昌堂)板(明治二九年求板)あり。【分類】女子用。【概要】異称『〈頭書類語〉女子作文用法』。半紙本二巻合一冊。上巻は初等小学科、下巻は中等小学科用に編まれた女用文章。前者は他人に伝える種々の用件の口上の例(約七〇例)を掲げた「口上書」と、「果物を贈る文」など用件中心の手紙文往復三〇通、後者は「婚礼祝儀状」以下約八〇通の各種書状から成る。本文をやや小字・八行・無訓で記す。頭書に「諸証文文例」「電信文」「書簡用語」「大和言葉」などの記事を掲げる。〔小泉〕
◇じょししゅうじてほん [1846]
〈小学〉女子習字手本(第三冊)‖【作者】田辺正典作。福井孝治校。村田海石(浩蔵)書。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[岡山]伏見恒吾(暢智堂)蔵板。細謹社売出。【分類】女子用。【概要】半紙本三巻三冊。上・中巻は未見。第三冊(下巻)は、「新年祝儀状」から「歳暮祝儀状」までの一一通を収録した女用文章。新年・歳暮の挨拶状や暑寒の見舞状、神武天皇祭礼状など四季の女文からなり、各例文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆じょしじゅうにがつようぶん [1847]
〈新撰〉女子十二月用文‖【作者】宮本興晃作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]増田利助板。【分類】女子用。【概要】異称『〈新撰〉女子十二ヶ月用文』『女用文』。中本一冊。「季始の文」から「わたましをいわふふみ」までの二三通を収録した女用文章。毎月一、二通の月次順の四季文と婚礼・出産・移転に伴う祝儀状などを載せる。近世期と同様の例文ばかりで近代的な特色に乏しい。本文を大字・五行・付訓の並べ書きで記し、書法上の変化を示した箇所もある。〔小泉〕
◆じょじしようぶんれい [1848]
〈水原操編輯〉女児私用文例(初・二編)‖【作者】水原操(翠香)作・序。【年代】明治一一・一二年(一八七八・七九)刊。[京都]田中治兵衛(文求堂)板。【分類】女子用。【概要】半紙本二編二冊。明治初年の実情を踏まえ、あるべき女文の用語・仮名遣い・語法など女性書札礼全般と、種々の女子消息例文を載せた女用文章。単なる例文の列挙ではなく、女文に必要な知識と心得を社会の動向にも即して説き、女文の総合的な教養書の趣を持つ。初編前半部で、女性の言葉遣いや「文かく心得」「大かたの人の誤やすき事とも」「言葉よせ(手紙の冒頭語や時候の言葉、その他書簡用語)」について詳しく述べ、後半部で「年頭之文」など四八通の例文を載せる。中には「開店を賀す文」「昇進之祝」「及第之祝」「電信の文」など近世の女用文章とは異質の例文も散見される。また二編には、まず女文における漢語の使用など近代社会にふさわしい女文についての主張を載せ、さらに「友の縁付を賀する文」以下一七題往復三四通の例文を収録する。また同後半部には「仮名遣之部」として漢語や外国地名を含むイロハ引き用語集を付す。本文の体裁は記事によりまちまちであるが、概ね、大字・四〜六行・所々付訓(または無訓)で記す。〔小泉〕
★じょししょかんぶんてい [1848-2]
〈小学〉女子書簡文梯‖【作者】中邨秋香作。小中邨清矩校。【年代】明治一五年(一八八二)刊。[東京]福田仙蔵(不二書屋)蔵板。[大阪]岡島真七ほか売出。【分類】女子用。【概要】異称『小学女子書簡文梯』。半紙本三巻三冊。小泉本は上巻を欠くが、次項『〈小学〉女子書簡文梯前編』†巻末広告によれば、「小学中等科より高等科に渉りて作り習ふべき女子の書簡文にて、第一巻は十二ヶ月の往復文、第ニは日用雑事の文、第三は稍々高尚なる雑事文、並に尊長及び親族に寄する文にて何れも文例を挙げて其題意・心得を示し、頭書に類句を多く掲げ」た女用文章。また表題には「小学」とあるものの、一般女性の手紙文にも必須のものと宣伝する。第一巻には全二六通(二七通目より第二巻)の四季消息文、第二巻には冒頭に「収結類語」と「饗応を受けしを謝する文」以下三一通、さらに第三巻には「旅行の事を打合する文」以下一九通の合計七六通を収録する。各例文には関連の書簡作法等を付記するほか、頭書に替え文章(替え言葉)を数例掲げる。「○○候。以上」のように簡潔を旨とした例文になっているのが特徴。本文を大字・五行・所々付訓で記す。〔小泉〕
★じょししょかんぶんていぜんぺん [1848-3]
〈小学〉女子書簡文梯前編‖【作者】中邨秋香作・序。【年代】明治一七年(一八八四)刊。[東京]福田仙蔵(不二書屋)蔵板。[東京]青山清吉ほか売出。【分類】女子用。【概要】異称『小学女子書簡文梯前編』。半紙本一冊。本書広告文によれば、「小学初等科より中等科の初に渉りて作り習ふべき女子の書簡文にして、年始寒暑の贈答より吉凶弔賀の文、其外とも何れも文例を挙げて題意を解き、之を作る心得方を示し、頭書には類句を多く掲げ」た女用文章。先に出版された明治一五年刊『〈小学〉女子書簡文梯』†に対し、各方面から初等科用の要望が多く、実際に九歳の女児が中等科以上の『〈小学〉女子書簡文梯』を用いて作文していることに著者が共鳴して初等科用の本書が編まれたという。冒頭に便箋や封書における「自他の名前認方の事」を丁寧に解説したうえで、「年始の文」以下三一通の日用例文を作法等の注釈とともに掲げ、頭書に類語(替え文章)を載せる。その他、例文の傾向や体裁は明治一五年板と同様。〔小泉〕
◇★じょしぜんこうろく [1849]
〈教訓絵入〉女子善行録‖【作者】干河岸貫一作。榕陰道人(連城)序‖【年代】明治一三年(一八八〇)序・刊。[東京]干河岸貫一蔵板。吉岡平助売出。【分類】女子用。【概要】半紙本二巻二冊。和漢の賢女・孝女の略伝を集めた女訓書。上巻に第一章に序説として婦女子心得の主旨を述べ、第二章「恵心僧都の母公」から第五章「板東某法師の女」までの小伝を載せ、さらに下巻において第六章「筑紫の何某が女」から第十一章「左衛門尉渡が妻」までの小伝を収録する。都合約二〇人の女性について挿絵を交えながら紹介する。〔小泉〕
◆しょしせんじもん [1850]
書史千字文‖【作者】陸島立誠(城南)作。竜草廬(武田草廬・竜公美・鳳鳴)序。武田大(琴亭)跋。【年代】明和四年(一七六七)刊。[京都]日野屋左兵衛ほか板。【分類】社会科。【概要】大本一冊。「太極是先、両儀已全、嶽涜闢地、星辰麗天…」で始まる『千字文』形式で、河図(かと)・洛書(らくしょ)、伏犠(ふっき)・神農・蒼頡(そうけつ)など中国における文字や書体の起源、書体百余種の変遷や書家一八〇人の事跡など中国書道史を詳述した往来。本文を楷書・やや小字・八行・無訓で綴り、一句または二句毎に割注(漢文注)を施すほか、頭書に書体名・書家名などを付記する。諸書からの引用や諸説を引きながら中国の書道・書流という特定の歴史を記した、比較的高度な内容である。〔小泉〕
◆じょしてがみぶん [1851]
女子手紙文‖【作者】大倉保五郎編。小野鵞堂書。【年代】明治二九年(一八九六)刊。[東京]大倉書店(大倉保五郎)板。【分類】女子用。【概要】異称『女子手紙の文』。半紙本一冊。「年始の文」から「手製の新茶をおくる文・返事」までの六六通の文例を収録した女用文章。四季の手紙、見舞状、祝儀状、依頼状、その他の手紙から成る。うち、海水浴・卒業祝い・写真依頼など近代的な題材を扱った例文も見える。本文を大字・六行・無訓で記す。巻頭に「皇后陛下御製金剛石歌」、頭書(活字)に「源氏五十四帖歌」「包結折紋帳」「女子手紙の文類語」等の記事、巻末に新聞購読申し込みや、送り状・受取書き等の文例、色紙・短冊その他の書き方について記す。〔小泉〕
◆じょしてならいようぶん [1852]
〈作文兼用〉女子手ならひ用文‖【作者】岡本竹二郎(可亭)作・書。【年代】明治三二年(一八九九)刊。[東京]池村鶴吉(松陽堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈作文兼修〉女子手ならひ用文』。半紙本一冊。「年始之文」から「悔みの文」までの三〇通を収録した女用文章。各書状は四季または諸事に伴う一般的な例文ばかりで独自性は乏しい。本文を大字・四行・付訓で記す。頭書には本文に対応した類語・言い換え表現を掲げる。〔小泉〕
◆しょしなすんぽうおうらい [1853]
諸品寸法往来‖【作者】鼻山人作。【年代】文政六年(一八二三)刊。[江戸]岩戸屋喜三郎板。また別に[江戸]森屋治兵衛板(後印)あり。【分類】産業科。【概要】異称『寸法往来』。中本一冊。「凡、諸品々寸法并目方之事。先、材木屋に而取扱候杉、大貫は四寸に二寸…」で始まる文章で、各種寸法について述べた往来。材木(杉・松・敷居・鴨居)、石材(岩岐・新山・長物・土台石・隅石・検地石・板石等)、紙類(唐紙・間似合・青土佐・上程村・仙過・鳥子・地唐紙・西内・美濃紙等)、枡類(京枡)の寸法の違いを示す。巻頭に「文房四友譜」、頭書に「諸品目方之事」を掲げる。本文を大字・五行・付訓で記し、適宜、割注形式で寸法を付記する。〔小泉〕
◆じょしふくぶんしょう [1854]
〈窮理短簡〉女子復文章(初編)‖【作者】佐久間環作。平井義直(春江)書。【年代】明治七年(一八七四)書・刊。[京都]吉野屋仁兵衛板。【分類】理数科・女子用。【概要】半紙本一冊。全三八通の女子消息文(二〜六行程度の短文)で窮理学に関する諸知識を綴ったもの。往復一双の問答形式になっており、一例をあげれば第三五状「手拭のぬれ乾き、洗濯物の乾く次第は如何に候哉、御尋申上まゐらせ候。かしく」の問いに対して、第三六状「其乾くわけは皆温気によりて水気を蒸し騰るものにおはしまし候。かしく」と答えるという具合である。このような文面で、太陽や月の大きさ、地球からの距離、諸惑星、銀河、虹・雨等についての初歩知識を紹介する。本文を大字・四行・無訓の手本用に記し、巻末に小字・七行の片仮名で本文の読方を示す。〔小泉〕
◆じょしふつうぶんしょう [1855]
〈四季音信〉女子普通文章‖【作者】寺井与三郎作。小笠原香雨書。兼子由利序。【年代】明治一六年(一八八三)序。明治一七年刊。[大阪]鹿田清七(松雲堂)蔵板。柏原政次郎売出。【分類】女子用。【概要】中本二巻二冊。「年始之文」から「忌明の文」までの六五通を収録した女用文章。季節の行事・行楽を題材にした手紙と、通過儀礼や慶事に伴う文、不幸に対する見舞状、種々用件の手紙などから成る。各例文毎に言い替え表現や類語を掲出して多用な案文に備える。本文を大字・五行・付訓の並べ書きで記す。頭書には所々挿絵を挟みつつ、「文を書心得大概」「文の発言」「四季の時候」「年始の文言」「他人を指て云詞」など書簡作法・書簡用語を適宜紹介するほか、「婚礼式の心得」「婦女礼式」「婦人修身談」等の記事を収録する。〔小泉〕
◆しょじょうあんもん [1856]
〈万民平生〉書状案文‖【作者】名需堂書。【年代】天明八年(一七八八)書・刊。[江戸]山崎金兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『万民平生書状案文』。横本一冊。主に商人用文、四季用文、日常の諸事や吉凶事に伴う書状の順に、「他国より帰て遣す状」から「届物遣す手紙・同返事」までの一〇五通の消息文例を収録した用文章。本文を大字・七行・稀に付訓で記す。年頭状などでは「貴人」「懇意」「尋常」のように相手の尊卑に応じて書き分けるほか、所々長文の消息文を入れる。本文を大字・七行・所々付訓で記す。なお、本書例文の約半分を抄録したものに文化一四年(一八一七)刊『手紙文言』†がある。〔小泉〕
◆しょじょうことばづかい [1857]
〈新板日用〉書状言葉遣〈貴賤高下部分〉‖【作者】不明。【年代】文化一三年(一八一六)刊。[江戸]岩戸屋喜三郎板。また別に[江戸]森屋治兵衛板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】異称『〈新版日用〉書状言葉遣〈貴賤高下部分〉』『〈新選日用〉書状言葉遣』。中本一冊。上輩・同輩・下輩の三部に分けて編んだ消息用語集。特に上輩之部では、さらに相手の身分の高下により極上・上々・上の表現の違いを示した箇所もある。通常は消息科往来の頭書などに収録されるこの種の内容を単行本にした点が特徴。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書には端書・書留・上書・脇付その他諸飾りについての記事を載せる。なお、本書に他の二本の往来を合綴した『寺子教訓往来・年中行事文章・書状言葉遣』†もほぼ同時期に刊行されている。〔小泉〕
◆しょしょうしきてきようべんらん [1858]
〈山田信次著書〉諸証式摘要便覧‖【作者】山田信次作・序。【年代】明治一〇年(一八七七)序・刊。[金沢]稲田英慶(明証社)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。第一類から第三類までの類別に証文類文例を掲げた用文章。第一類に「金預り証文」以下一五例、第二類に「金借用証文」以下三三例、第三類に「喰類切手」以下四例の合計五二例を収録する。例文は楷書・やや小字・一一行・所々付訓で記し、印紙等の位置も正確に示す。また目録には見出し語を羅列するばかりでなく、「右之証類ハ金拾円以上総テ一銭ノ印税、未満ハ界紙ヲ用フベシ…」のように類別の印税規則を付記するのが特色。本文を楷書・小字・一一行・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆しょしょうしょぶんしき [1859]
〈改正〉諸証書文式‖【作者】鶴田真容作。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]辻岡文助(金松堂)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「金銀及諸品請取証」以下一五の証文手形類書式と「地所規則略」から成る簡易な用文章。本文をやや小字・九〜一〇行・所々付訓で記す。用紙の種別や必要な印紙についての注記も施す。見返に「代理委任状并に規則の略」、頭書に願書・届け書書式一七例を載せた「諸願届文例」を掲げる。〔小泉〕
◆しょじょうたいぜん [1860]
〈通達仕用〉書状大全‖【作者】戸田栄治書。【年代】寛政七年(一七九五)刊。[大阪]吉文字屋市左衛門板。【分類】消息科。【概要】異称『増補書状大全』。横本一冊。「四季(五節句・暑寒・歳暮までの祝儀状)」「祝儀(造作・婚礼・年賀・安産・袴着・開店・振舞等の祝儀状)」「商人要用(家業や諸事に関する手紙)」「混雑(遊山・翫水・見舞・貸借その他の手紙)」の四部に分けて種々の例文を収録した用文章。「四季之部」には「年頭披露文」以下二四通、「祝儀之部」には「縁談聞合之文」以下三〇通、「商人要用之部」には「春注文申遣文」以下二〇通、「混雑之部」には「遊山事誘引文」以下二九通の合計一〇三通を載せる。本文を大字・六行・付訓で記す。巻末に「文章上中下次第」等の書簡用語(作法)や「十二ヶ月異名之事」「五節句異名之事」「十干・十二支」を掲げる。なお、本書に付録記事を増補した『早見書状大全』†が同じ板元から寛政一二年に刊行されたが、同書巻末広告によれば、『書状大全』の増補版として『書翰大全』一冊が存したという。また、嘉永七年(一八五四)刊『〈文通自在〉書状大全』†は本書の巻末記事を除いた海賊版である。〔小泉〕
◇しょじょうたいぜん [1861]
〈通用案書〉書状大全(仮称)‖【作者】十返舎一九作。月斎(月斎峨眉丸か)補。橘正敬(竜斎・山子篤)書。【年代】弘化三年(一八四六)刊。[江戸]英屋大助板。【分類】消息科。【概要】中本二巻二冊。完本未発見だが東大本(下巻のみ存)は文化一三年(一八一六)刊『〈取遣文言〉通用案書』†と同内容である。よって、文化一三年板の改題本とも思われるが、刷りの状態から文化一三年板よりも後印と見られるため、本書奥付の「文化元年八月発行、同十二年一月増補、弘化三年九月求板」の記載は、文化一三年板の増補・改訂の推移を示すものであろう。なお、書名は後簽および巻末広告による。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
★しょじょうたいぜん [1861-2]
〈文通自在〉書状大全‖【作者】橘正敬書。【年代】嘉永七年(一八五四)刊。[山形]北条忠兵衛(崑崙堂)板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。寛政七年(一七九五)刊『〈通達仕用〉書状大全』†(戸田栄治書)または、寛政一二年『早見書状大全』†の海賊版。巻末の「十二ヶ月異名之事」「五節句異名之事」「十干・十二支」を削除し、書名および筆者識語を改めたほかは全くの同内容。「四季(五節句・暑寒・歳暮までの祝儀状)」「祝儀(造作・婚礼・年賀・安産・袴着・開店・振舞等の祝儀状)」「商人要用(家業や諸事に関する手紙)」「混雑(遊山・翫水・見舞・貸借その他の手紙)」の四部に分けて種々の例文を収録する。〔小泉〕
◆しょじょうちょうほうき [1862]
書状重宝記‖【作者】守一編(「七夕歌づくし」)。【年代】元治(一八六四〜六五)頃刊。[安中]千巻屋喜平治(古香軒)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈頭書諸証文附七夕歌〉書状重宝記』。中本一冊。「用文章」「手紙早引集」「七夕歌づくし(種機うたづくし)」を合綴した往来物。うち「手紙早引集」には「東都書肆、大坂屋半兵衛板」の記載があるから、江戸板を求板して上州安中で再板されたものであろう。「用文章」は、各月の手紙と「婚礼を賀遣文」から「旅行之人え送文」までの計一六通からなり、例文を大字・六行・所々付訓で記す。また、頭書に「御関所切手」から「離縁状」までの一三通の証文類文例を掲げる。「手紙早引集」は、手紙に多用する用語をイロハ順に列記した往来で、頭書に比較的詳しい書簡作法を載せる(やや小字・九行・付訓)。さらに、「七夕歌づくし」は「ちきりこそひと夜といへと浅香山、あさくはあらし世々の星あひ」以下一一〇首(うち一首跋文風に詠む)の七夕和歌を掲げたもの。〔小泉〕
◇★しょじょうてならいかがみ [1863]
書状手習鑑‖【作者】西川竜章堂書。松川半山画。【年代】天保九年(一八三八)頃刊。[大阪]秋田屋太右衛門板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。「年頭祝儀状」から「帰国土産饋状」までの六一通の消息文例を収録した用文章。内容による分類はなく、四季・五節句贈答の手紙や通過儀礼等の吉凶事に伴う手紙、その他諸行事の招待状(「椀飯饗応招状」「狂歌之会催状」)などを含む。本文を大字・六行・付訓で記す。頭書に、「曽我状・同返状」「試筆(書初詩歌)」「大日本国尽」「天筆和合楽」「百官名尽」「男女五性相生名頭文字」「扁冠尽」「書札端作之法」「七夕詩歌」「書状認様指南」「歳月五節親族異名」「寺子往来教訓書」「真名片かないろは」「今川状」「腰越状」「義経含状」等の記事を収める。なお、刊記に天保一二年一月補刻の旨を記すが、『大坂本屋仲間記録』によれば初刊年代は天保九年頃で、本書に『増補手習鑑』を合綴した『大全手習鏡』†も同時に刊行された。〔小泉〕
◆しょしょうにんのしきもく・しょしょくにんのしきもく・のうかのしきもく [1864]
諸商人之式目・諸職人之式目・農家之式目‖【作者】渓斎英泉原作。加藤又五良書。【年代】文久元年(一八六一)書。【分類】産業科。【概要】方形に近い横本一冊。弘化二年(一八四五)刊『〈主従日用条目附録〉民家必用条目』†から「諸商人之式目」「諸職人之式目」「農家之式目」の三章を抜粋した往来。それぞれ前文で各業の基本を述べ、続いて五ないし八カ条の心得を列挙し、さらに締め括りの後文を付す。本文を大字・八行・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆しょじょうはやしなん [1865]
〈万民調法〉書状早指南‖【作者】不明。【年代】文化一〇年(一八一三)刊。[仙台]池田屋源蔵(芳潤館)ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。寛政一二年(一八〇〇)刊『諸通文鑑』†の海賊版。同書上巻の「奉公人請状書様」〜「家質証文書様」の一九通と、下巻の「法事指紙書様」以下四一通を削除して一冊に編んだもの。その結果、収録書状は「年始状」から「歳暮祝儀状・同返事」までの五四通となった。本文を大字・五行・付訓で記す。字配りやレイアウト、頭書の内容まで全て『諸通文鑑』と同様で、巻末に「書状上中下次第」〜「十二月異名」を増補する。〔小泉〕
◆しょじょうひとりげいこ [1866]
〈手紙通用〉書状独稽古‖【作者】山崎美成作・序。楼霞散人(松軒)書。【年代】嘉永四年(一八五一)刊。[江戸]山城屋新兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】中本二巻二冊、後、二巻合一冊。全ての例文を貴人・同輩・下輩の三様に認め、さらに類語や替え言葉も上中下別に満載した用文章。元禄八年(一六九五)刊『書札調法記』†を改訂して中本仕立てにしたもの。消息例文を大字・五行・付訓で記し、類語を小字・一〇行・付訓で掲げる。上巻には「年始之書状」から「花見催状・同返書」までの三二題九六通、下巻には「移徙之所へ遣状」から「神事に遣状・同返事」までの一六題四五通の合計四八題一四一通を収録する。例文中の漢語に多く左訓を施したり、書簡作法上の略注を付記するなど丁寧で、さらに例文毎の「替字(類語・類似表現)」には極めて多くの語彙を収録し、しばしば割注を付す。下巻付録には、「時候之差別」「書札端書高下」「返事はし書」「書留高下」「脇付高下」「返書脇付」「封状上書高下」など一四項に及ぶ書札礼、「借用申金子之事」など一八例から成る「万手形尽」、消息関連の各種異名を集めた「書翰便略」、「月の異名」「同一字異名」「五節句異名」「日之異名」「衣服并魚鳥詞づかひ」「書状言葉字高下」その他の記事を載せる。中本仕立てながら近世後期では最も詳しい用文章の一つといえよう。〔小泉〕
★しょじょうぶくろ [1866-2]
〈急用間合〉書状袋‖【作者】十返舎一九(重田一九)作・序。橘正敬書。【年代】文政二年(一八一九)刊。[江戸]鶴屋金助ほか板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。「文章に漢語を用ひ、あるひは下俗に解しがたき迂遠の文、花をふるひ無益の長文」は日用の俗字には便利ではないことから、「農工商の生業」に携わり世事に余念がない者に即時に役立ち、幼童にも分かりやすい例文を集めた携帯用の用文章。「年頭之状」から「歳暮之文」までの七三通と、「譲一札之事」以下一四通を集めた「証文手形尽」、さらに巻末に「時候之差別」「月々之異名」「書簡尊卑差別」「苗字を不書事」「連名順逆之事」を収録する。本文を大字・八行・付訓で記す。なお、奥付に『〈急用間合〉続書状袋』の広告を載せるが未刊か。〔小泉〕
◇★しょじょうぶんしゅう [1867]
〈堀氏〉書状文集‖【作者】堀流水軒作・書。【年代】宝永五年(一七〇八)刊。[大阪]浅野弥兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。消息文例五〇通を収録した堀流水軒の手本。長短まちまち、また収録順も月次順ではなく任意だが、披露文の「新年挨拶状」以下の公用向け文書から、「相談を希望するのでお越し下さい」という旨の私的書状まで各種例文を載せる。本文を大字・七行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょじょうぶんつうたいせい [1868]
〈日用〉書状文通大成‖【作者】梁田鳥水(梁田忠美・観古堂)書。【年代】嘉永二年(一八四九)刊。[京都]丁子屋源次郎(福井源治郎・正宝堂・延宝堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈万家日用〉書状文通大成』『士農工商用文大成』。半紙本一冊。享和三年(一八〇三)刊『士農工商用文大成』†の改題本。同書から原作者の序文と跋文を削除し、上段に「証文手形案文」「太刀折紙認法」「四季時候の事」「書札始末上下」「殿・様高下」「脇付高下」「書札封し様」「月々異名」を掲げた目録八丁を増補した。「士之部」「農工商之部」の二部に分けて合計八四通を収録する。本文および頭書は享和三年板に同じで、本文を大字・五行・付訓で記す。なお、刊記部分に「十干・十二支」および広告を掲げる。〔小泉〕
◆しょしょうぶんれい [1869]
〈絵入〉諸証文例‖【作者】不明。【年代】明治初年刊。[山形か]刊行者不明。【分類】消息科。【概要】異称『画入諸証文例』『画入文例』。中本一冊。証書・願書類の文例や書式を示した用文章。丁付が「十一丁」から始まるため、先行の用文章からの抜粋であろう。「金銀及ビ人力車検印御願」など一七例を載せる。本文を小字・一〇行程度・所々付訓で記し、印紙・用紙・添付書類などの注意事項も付記する。頭書は、全て本文要語または関連語の図解である。なお、学芸大本には「山形県羽前国南置賜郡座頭町云々」の書き入れがあるため、同地方の出版か。〔小泉〕
◆しょしょうぶんれい [1870]
〈頭書規則全書〉諸証文例‖【作者】深沢菱潭(巻菱潭)作・書。渡辺資書(頭書傍訓)。【年代】明治八年(一八七五)刊。[大阪]岡島真七ほか板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。本文欄に証文類文例、頭書に関連法令を収録した用文章。「手付金請取証」から「借地入札書」までの五七通を大字・五行・稀に付訓で記す。頭書には「改正証券印税規則」から「貸金利足之御布令」までの諸規則等一八項を載せ、さらに巻末に書式四例を示す。〔小泉〕
◆しょじょうべんらん [1871]
〈年中案文〉書状便覧‖【作者】西川竜章堂書・跋。【年代】文政一〇年(一八二七)跋。天保一四年(一八四三)刊。[京都]山城屋佐兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈年中案文〉諸用文集』。横本一冊。武士・商人向けの豊富な文例(全一一四通)を集めた用文章。消息文を「諸祝儀之部(五節句や通過儀礼に伴う祝儀状三七通)」「商家用文章(「荷物積付状」ほか商業用文二三通)」「諸見舞之部(「暑気見舞状」ほか各種見舞状一四通)」「雑之部(「節振舞状」ほか日常の雑事に関する書状一六通)」「武家文章(「年始状」を始めとする武家用消息文二四通)」の五部に区分する。本文を大字・七行・付訓で記す。見返に「偏冠尽」、巻末に「書札上中下之事」「諸証文案紙(証文手形一〇通の文例)」「月之異名」「十干・十二支」を付す。本書には「武家文章」を省いた版も存する。なお、跋文によれば大阪書肆・文精堂(堺屋新兵衛)の求めに応じて執筆した旨を記すから、初板本は文精堂板か。〔小泉〕
◆しょじょうもんじじざいびき [1872]
〈日用案文〉書状文字自在引‖【作者】池田東籬(東籬亭・悠翁・正韶・鳳卿・尚古館)作・書。井上春曙斎(北頂・春曙)画。【年代】天保一三年(一八四二)刊。[京都]蓍屋幸助(松栄堂)ほか板。【分類】消息科(節用集)。【概要】異称『〈日用案文〉書状早字引』『書状字引』。三切本一冊。用文章(消息および証文類文例)や字尽を付した携帯型の節用集・往来物。本文は「一筆啓上、一翰呈上、愈、弥、無異議、異変…」で始まるように、書翰に用いる日用語を集めた一種の早引節用集で、各語彙をイロハ順に大字・九行・付訓(所々左訓)で列記する。冒頭部の「書札案文」「証文案文」は基本的な例文集で、前者は「年始状」以下一九状(各状毎に類語・類句・語注を付す)、後者は「養子一札」「乳母奉公人一札」「年季奉公人一札」の三状と証文心得を載せる。このほか巻頭に「蘇武以雁音故郷の図」「文字引やうの事」、巻末に「書状高下大旨」「月々異名」「偏冠旁構尽」「百官諸職名尽」「東百官名尽」「男女名頭尽」「六十の図」「十干十二支図」等の記事を掲げる。〔小泉〕
◆しょしょうもんていそくかがみ [1873]
〈改正〉諸証文定則鑑‖【作者】知足斎松旭(友鳴)序。【年代】明治三年(一八七〇)序・刊。[大阪]河内屋正助(金華堂・尚友堂・松田正助)板。また別に[大阪]河内屋亀七板、[大阪]秋田屋市兵衛ほか板あり。【分類】消息科。【概要】異称『〈改正〉諸証文定則』『改正諸証文定則鑑』『定則鑑』。半紙本一冊。明治三年三月の官令改正に伴い、法律で規定された各種証文類の書式を集めた用文章。借用証文・預り金証文・年賦証文・質証文・田畑小作証文・年季奉公人請状・奉公人請状・借屋証文・並合物証文・跡式証書・養女貰い受け証文・養女差し遣わし証文・女房敷金証書・乳母請状・売り渡し証書・売り預け証書・両替通い証書・手付金証書・手付金買主証書・家屋敷質物証文の二二例を収録する。本文を大字・七行・所々付訓で記す。稀に補足説明を加えたり、押印の位置なども示す。なお、本書の改訂版に明治七年刊『〈柾木氏輯・改正〉諸証文定則鑑』†がある。〔小泉〕
◆しょしょうもんていそくかがみ [1874]
〈柾木氏輯・改正〉諸証文定則鑑‖【作者】柾木正太郎作・序。【年代】明治七年(一八七四)刊。[大阪]河内屋亀七板。【分類】消息科。【概要】異称『〈柾木正太郎輯・改正〉諸証文定則鑑』。半紙本一冊。明治三年刊『〈改正〉諸証文定則鑑』†の改訂版。同書と同様の体裁で「借用証文雛形」から「並合物証文雛形」までの二五例を掲げた用文章。本文を大字・七行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょしょうもんていそくべんらん [1875]
〈改正〉諸証文定則便覧‖【作者】新井隆存作。【年代】明治九年(一八七六)刊。[大阪]松田幸助蔵板。中川勘助売出。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「請取証文」(二通)から「乳母請状」までの二八通の証文類文例を掲げた用文章。本文を大字・六行・稀に付訓で記し、明治八年九月・第四八号布告の「建物書入質書式之事(第一号〜第四号書式)」も図解(二色刷り)する。〔小泉〕
◆しょしょうもんはやみべんらん [1876]
〈改正定則〉諸証文早見便覧‖【作者】木戸捧内編。松川半山(翠栄堂・直水)序。【年代】明治七年(一八七四)序。明治八年刊。[堺]鈴木久三郎(双鶴堂)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。異称『〈木戸捧内輯〉諸証文早見便覧』『〈木戸捧内編・改正定則〉諸証文早見便覧』。「妄言(むだごと)を省き法則肝要の文言を手短かに」認めた証文類例文集。「田畑山林質証文雛形」から「小作証文雛形」までの二五例と「諸証文印税之心得」から成る。大字・七行・所々付訓で記し、「印紙貼用」の位置を示したり、稀に規則等の略解を施す。〔小泉〕
◆しょしょうもんるいかん [1877]
〈住真一郎編輯・改正〉諸証文類鑑‖【作者】住真一郎作。【年代】明治七年(一八七四)刊。[堺]北村佐平板。【分類】消息科。【概要】異称『〈改正〉諸証文類鑑』。半紙本一冊。明治初年当時の各種証文類の例文・書式を示した用文章。「第一類、印紙貼用之部」(「預リ金子之事」以下六例)、「第二類、印紙貼用之部」(「金子借用証文之事」以下九例)、「罫紙可用部」(「小作証文之事」以下六例)の三部合計二一例を、大字・六行・稀に付訓で記す。目次には、第一類は「証券金高ニカヽハラズ一銭印紙ヲ貼用」する書類で、第二類は「証券面十円ニ付一銭、十円毎ニ一銭ヅヽ増シ貼用」する書類とある。〔小泉〕
◇しょじょうようぶんあんえいかがみ [1878]
〈御家〉書状用文安永鑑‖【作者】葛飾北斎画。青木臨泉堂書か。【年代】文化四年(一八〇七)刊。[大阪]柏原屋清右衛門ほか板。また別に[大阪]河内屋喜兵衛ほか板(刊年不明)あり。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。安永四年(一七七五)刊『安永用文章』†の改題・改訂本。『安永用文章』後半の証文類を除いて、付録記事を改めた用文章。「年始の文」から「奉公に出る人への文」まで五題につきそれぞれ貴人・同輩・下輩毎の例文を往復二通ずつ掲げ、合計三〇例を収録する。また、新たに北斎の口絵「亀戸天満宮図」を掲げたほか、巻頭に「書法心得」、巻末に「年暦六十図」「五性男女名頭字」を載せる。なお、文化板の刊記は『女大学宝箱』(半紙判)の流用である。〔小泉〕
◆しょじょうようぶんしゅう [1879]
〈諸人日用〉書状要文集‖【作者】不明。【年代】弘化三年(一八四六)頃刊。[江戸]梅屋半兵衛(柳動堂)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。表紙とも四丁の小冊子で、弘化三年刊『町々いろは分独案内』ほかと合綴された用文章。内容はごく一般的な四季用文と諸用件の手紙で、「年始之状」から「死去悔之文」までの二〇通を収録する。本文を小字・一一行・付訓で記す。刷外題の表紙には、書名のほかに四季時候の言葉やその他書簡用語についての簡単な記事を掲げる。〔小泉〕
◆しょじょうようぶんしょう [1880]
〈御家〉諸状用文章‖【作者】不明。【年代】文化元年(一八〇四)刊。[江戸]花屋久治郎板。【分類】消息科。【概要】異称『〈御家流〉諸状用文章』。中本一冊。「年始の文」から「豊年満作を祝文」までの消息文三一通と、「金子借用証文」から「御関所通証文」までの証文類七通を収録した用文章。消息文は五節句・四季、通過儀礼、吉凶事、旅行その他に関する例文である。本文を大字・五行(証文類は六行)・所々付訓で記す。頭書に「菅公略伝」「五十音相通」「本朝三跡名筆伝記」「偏冠尽」「五性名頭字」「書札端作認様の事」「封文書様の次第」「学問大意」「読書のてい」「唐土歴代号」「和漢名筆略伝記」「近江八景」「十二ヶ月異名」等を収録する。〔小泉〕
◆しょじょうようぶんしょう [1881]
〈御家〉諸状用文章〈手形証文入〉‖【作者】不明。【年代】文化三年(一八〇六)刊。[江戸]北沢貞介ほか板。また別に[江戸]村上林兵衛板(文化三年板)、[江戸]釜屋佐次右衛門ほか板(文政六年(一八三三)板)、[江戸]山口屋藤兵衛板(刊年不明)、[江戸]英文蔵板(同)あり。【分類】消息科。【概要】異称『〈新撰〉諸状用文章』。半紙本一冊。五節句・四季の手紙を中心に、「年始状」から「道具借用口上・同返事」までの合計四五通を収録した用文章。通過儀礼(婚礼・出産・髪置・元服)に伴う祝儀状や凶事(死去・洪水・火事・嵐・病気)に伴う見舞状などを含む。うち四通は口上書きで、「肴遣口上書」「道具借用申口上」をそれぞれ返事の例とともに載せる。本文を大字・五行(証文類は七行)・ほとんど付訓で記す。後半の「諸手形」には「御関所手形」から「離別一札」まで一三例を紹介する。〔小泉〕
◇しょじょうようぶんしょう [1881-2]
〈商家〉書状用文章‖【作者】西川竜章堂書。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「年頭敬方え遣す状」から「用人同輩え伺状」までの一三四通を収録した用文章。五節句・年中行事、通過儀礼に伴う祝儀状、諸用件・商取引関連の消息文、凶事等見舞い状、諸依頼・注文状等を収録する。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょじょうようぶんしょう・てがたしょうもんしゅう [1882]
〈諸人日用・両点早引〉書状要文章・〈諸民通用・両点早引〉手形証文集‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。近川板。【分類】消息科。【概要】中本二巻合一冊。頭書にイロハ分け単語集、本文欄に消息・証文類文例を掲げた用文章。まず上巻『書状要文章』には、表紙に「時節言葉遣之事」「書簡冒頭語」を列記し、頭書にイロハで始まる日用語六語(付訓・語注)を載せ(下巻頭書も同様)、本文欄に「年始状」〜「悔之状」の一八通を収録する。また下巻『手形証文集』には、表紙に「諸国御関所御番」を掲げ、本文欄に「所々御関所切手差上申一札之事」〜「りゑん状」の一一通を収録する。本文をやや小字・九行・所々付訓で記す。本書と同様の往来が幕末に多数刊行されている。〔小泉〕
◆しょじょうようぶんてがたかがみ [1883]
〈御家〉書状用文手形鑑‖【作者】松臨堂書。【年代】文化三年(一八〇六)刊。[江戸]北沢貞介板。また別に[江戸]三河屋善兵衛板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】異称『諸状用文手形鑑』。半紙本一冊。文化三年刊『書翰用文手形鑑』†の改題本。同内容だが異板で、特に目録部分の頭書記事削除した点が異なる。本文を大字・五行(証文類は七行)・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆しょしょくおうらい [1884]
諸職往来‖【作者】寺田正晴(寺田与右衛門・大津屋与右衛門・絮柳・文煕堂)作・序。【年代】享保五年(一七二〇)刊。[京都]菊屋七郎兵衛板。【分類】産業科。【概要】異称『〈士農工商・増字宝鑑〉諸職往来』『四民往来永楽通宝』『諸職往来大成』。初板本は大本一冊。序文によれば、元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†に触発されて、それに漏れた語句を中心に綴った往来である。冒頭に四民が「国家之至宝」であり、「日用万物調達之本源」であることを述べ、以下、四民の順にそれぞれの本務と心得を列記する。武士は庶民の指導者としての人格と教養、農夫は四季耕作・年貢収納と農事関連知識、工匠は諸職業名と必要な道具名、商人は算用と売買の心得などについて記す。中でも、職人(大工・屋根葺・壁塗・鍛冶・烏帽子折・経師・仏師・宮大工・組糸師・傘張・檜物師・鋳物師・油絞等)に重点を置くのが特徴。初板本は、「夫、士農工商者、国家之至宝、日用万物調達之本源也…」で始まる本文を大字・五行・付訓で記し、前付に「筆道指南大意」「童子教訓和歌」、同頭書に「武門肝要之図」「正徳御制札御式目」「武家用字」「農業用字」「工職用字」「商家用字」「諸証文文例」等の記事を載せる。享保五年板を始祖として広く普及し、併せて本書の増補版たる享和三年(一八〇三)刊『〈再板士農工商・増補〉諸職往来』†のほか、明治七年(一八七四)刊『〈黒田行元習字〉改正諸職往来』†や明治一二年刊『〈開化〉諸職往来』†などの亜流も生まれた。〔小泉〕
◆しょしょくおうらい [1885]
〈開化〉諸職往来‖【作者】鶴田真容作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]小森宗次郎(木屋宗次郎)板。【分類】産業科。【概要】異称『開明諸職往来』。中本一冊。近世流布本『諸職往来』†にならって近代四民諸職のあらましと心得、また、職務に関する日常語を記した往来。「夫、四民之掌業たるや、森羅万象、国土之至宝、日要動植調達之基源也…」と筆を起こして、まず公務関連の語彙とともに官吏の職務に必要な諸学科に触れ、以下、農民・職人・商人の順に諸道具・原材料・商品・職務等に関する語彙を列挙する。末尾では「皇威を仰ぎ、親を敬し、測隠之心を以、職業に怠らず出精勉励」すべきことなどを説いて締め括る。本文を大字・六行・付訓で記す。見返に「諸道具之部」と題して「盆盃、茶碗、手箱、提重…」以下四二語の家財・調度類を列記する。〔小泉〕
◆しょしょくおうらい [1886]
〈再板士農工商・増補〉諸職往来‖【作者】不明。【年代】享和三年(一八〇三)刊。[江戸]西村屋与八板。また別に[江戸]森屋治兵衛板(弘化三年(一八四六)板)あり。【分類】産業科。【概要】異称『増補職人往来』『〈増補〉諸職往来』『〈嘉永改正・増補〉諸職往来』。中本一冊。享保五年(一七二〇)刊『諸職往来』†を大幅に改訂・増補した往来。特に農民・職人の用いる道具類の名称や工・商の業務・心得についての増補が目立つ。本文を大字・六行・付訓で記す。巻頭に「宝船図(板元にちなんで永寿丸(再板本では錦森丸)と記す)」「士農工商図」、頭書に「文章法式指南」「近代年号記」を掲げる。なお、板元序文によれば本書は「元禄年中」の開板というが、それは享保五年板とは別種のものであろうか(元禄年間板『諸職往来』は未発見)。あるいは、『諸職往来』の模範となった元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†との混同か。いずれにしろ、本書角書の「再板」は、享保板の増補再板の意である。〔小泉〕
◆しょしょくおうらいちゅうしょう [1887]
〈頭書絵抄〉諸職往来註抄‖【作者】一荷堂半水注。香蝶楼芳梅画。溝江小笠斎書。【年代】文久年間(一八六一〜六四)以前刊。[大阪]綿屋喜兵衛板。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。享保五年(一七二〇)刊『諸職往来』†の絵入り注釈書。同書本文を大字・六行・付訓で掲げ、頭書「諸職往来注訳」に本文要語を掲出して割注を施し、数葉の挿絵を載せる。なお、小泉本見返しに作者等の記載があり、「文久再板」と記すため、それ以前の刊行と思われる。〔小泉〕
◇しょしょくしょうばいやごうづくし [1888]
諸職商売屋号尽‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】語彙科。【概要】「初心文」「請取書」「女初心文」「数量」「用字」「名頭」「在名」「町尽」「屋号(本往来)」「国尽」「女国尽」「片仮名」「万葉色葉」から成る合本科往来『初心文章』中に所収。諸職・諸商売で扱う商品名や基本語彙、また、業種など屋号に用いる名称を列挙した往来。「士農工商、金・銀・銅座、升・秤・、朱・座、弓矢・具足・脇差・刀…」と通貨・武具等の語彙から始まり、各業種毎に語彙を羅列した後、「…鶴・亀、戎・大黒、千歳・永楽」の佳句をもって結びとする。〔小泉〕
◆しょしんしゅがくしょう [1889]
初心手学抄‖【作者】蓮池堂文盟書。義泉跋。【年代】文政五年(一八二二)刊。[江戸]西村屋与八板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。蓮池堂門弟の義泉(修学山来門寺)が「弱冠(文字通りなら二〇歳)」の頃に師から与えられた手本を上梓したもの。前半の消息文例と後半の詩歌から成る。前半では、消息短文三三通を掲げ、続いて、筆道入門心得として「常の筆づかい」「平生の心」を大切に基本の修練に励むべきことを説く。後半では、『和漢朗詠集』上巻「春」「秋」の部より抜粋した詩歌二六首、さらに七夕詩歌一〇首と散らし書き女子消息文二通(正月の文・七夕の文)を載せる。巻末を除く本文の大半を大字・二行・無訓で記す。表紙には、鶴と雲をあしらった文様を紺色に刷り出す。〔小泉〕
◆しょしんぶんこ・どうてがたしょしょうもん [1890]
〈手紙諸状〉初心文庫・同手形諸証文‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。表紙とも全三丁から成る小冊子の用文章。上下二段に分け、上段に消息例文の『初心文庫』、下段に証文類例文の『手形諸証文』を掲げる。前者は「年始状」から「元服之文」までの一三通で、大半が二〜五行程度の短文。後者は「御関所手形」から「去状之事」までの八通の証文類文例。いずれも本文を小字・一六行・所々付訓で記す。表紙には、時候の言葉・端作(手紙の冒頭語)・脇付や、「如件之故実」「印形之故実」など書簡用語に関する若干の記事を載せる。〔小泉〕
◆しょしんぶんしょう [1891]
初心文章‖【作者】不明。【年代】寛文一〇年(一六七〇)以前刊か。刊行者不明。【分類】消息科。【概要】大本。二巻二冊か。貴賤・僧俗別などの書簡作法を頭書等に付載した初学者向けの用文章。師に手習いを学んでも身に付く者は少なく、まして消息における上中下の作法を心得た者はさらに少ないと序文で述べるように、基本的な例文や作法に主眼を置いて編んだもの。全一九通のうち前半部に「年始ひろう状之事」「御書の御うけ之事」「程とをき所へ遣状事」「とふらひ状之事」「たより有て遣状事」「よめ入有方へ遣状事」「せいほのしうきの事」など一二通を収録する。いずれも差出人・日付・名乗判・宛名・脇付などを伴う例文で、書簡の格式を重視する。後半七通は、「文のうは書之事」〜「触状書様之事」までの書簡作法についての記事と思われるが、現存唯一の学芸大本はこの大半を欠くため未詳。本文を大字・五行・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆しょせいおうらい [1892]
処世往来‖【作者】成島錦江(成嶋信・鳳卿・帰徳・子陽・芙蓉道人)作。奥山翼序。【年代】文政一二年(一八二九)序・刊。[秋田]広島孫右衛門(良栄堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『処生往来』。中本一冊。冒頭に貧富・貴賤は天命であるからわが身を不足に思ってはならず、世の中の平和が聖世の恩恵であることに感謝して、四民がそれぞれの任務を果たすべきことを説く。そしてそのように怠らず努力する者は必ず天から福分を授かるもので、父母・妻子を養い、子弟や下僕を教育して天命に報いんとして人生を全うするものは天晴(あっぱれ)であると述べ、さらに士農工商それぞれに肝要な事柄をあげ、また読書・書法の師匠を重んずべきこと、家業以外のことは慎むべきこと、国法を守るべきことなどを諭す。本文を大字・五行・無訓で記す。秋田地方で出版された、数少ない往来の一つである。〔小泉〕
◆じょちゅうきょうほか [1893]
女中教補歌‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「世の中に親に孝ある人たらば、何につけてもたのもしきかな」から「女性こそ罪深きとていやしめと、我国はかり天津ひきつに」までの教訓歌四六首を列挙した往来。立居振る舞いや言葉遣い、その他婦人の心得全般について諭す。本文を大字・四行(冒頭のみ五行)・稀に付訓で記す。『婦女身持狂歌(教訓身持狂歌)』†と同類の往来であり、刊本の付録記事からの抄録か。〔小泉〕
◆じょちゅうしつけひゃくしゅ [1894]
女中躾百首‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】女子用。【概要】異称『女礼指南歌百首』。大本一冊。化粧・身だしなみ、立ち居・振る舞い、座礼・食礼・給仕法など女性礼法の要点を和歌に詠んだもの。『百首』と称するが、「女房のたしなむへきは髪けしやう、ゑりのまはりとすそのはつれを」以下一一三首と、さらに「はゝ子草」「いはた帯」「桃花」「更衣」「ゆつり葉」と題した教訓歌六首の合計一一九首を収録する。本文を小字・一二行・無訓で記す。〔小泉〕
◆じょちゅうてほん [1895]
女中手本(仮称)‖【作者】不明。【年代】江戸前期刊か。【分類】女子用。【概要】大本。二巻二冊あるいは三巻三冊から成る女筆手本類。完本未見だが、現存の端本には、政所様より小袖拝受の礼状(披露文)や四季贈答の手紙、諸用件の手紙など短文の女文一五通を収録し、例文の大半を大字・四行・無訓の並べ書きで記す。原題不明のため、標記書名は柱『女中』によった。〔小泉〕
◆じょちゅうぶんしょうかがみ [1896]
女中文章鑑‖【作者】居初津奈作・書。【年代】享保五年(一七二〇)刊。[京都]中村孫三良板。【分類】女子用。【概要】大本二巻合一冊。貞享五年(一六八八)刊『女文章鑑』†の改題本。合計三二通りの女文章について誤字や俗語、女性に不適当な表現を交えた手紙文を最初に掲げ、続いてそれを添削した適切な例文を示す。本書に作者の記載はないが、元禄三年(一六九〇)刊『女書翰初学抄』†序文や記述内容の関連から居初津奈作とほぼ断定し得る。本文を概ね大字・五行・稀に付訓の並べ書きで記す。〔小泉〕
◇じょちゅうみちしるべ [1897]
女中道しるべ〈女名目抄〉‖【作者】井沢長秀作。【年代】正徳二年(一七一二)序・刊。[京都]小川多左衛門板。【分類】女子用。【概要】異称『女中道知辺』『女みちしるべ』。横本五巻五冊。序文によれば、本書はもと冷泉為兼卿息女某編『女名目抄』(鎌倉末期以降作か、未詳)に削除または増補を加えたものといい、女子の心得や諸知識を網羅的に収録した一種の重宝記である。各章末尾の説明文に「『女名目抄』にあり…」のように記載するが、本書は『女名目抄』を大幅に改訂したものであろう。一巻は「女官の次第の事」以下二〇章で、「御袋」「五もじ」「妹背」の由来、婚礼道具・諸飾り、装束、身だしなみ、女性用具等について。二巻は「さげがみ髪をゆふはじめの事」以下二一章で、化粧・美容法、匂袋・薫物について。三巻は「懐妊を火とまりといふ事」以下一五章で、産前・産後・乳児の養生・妙薬・呪い等。四巻は「女人粟島大明神を信仰する事」以下二二章で、女性の信仰、七夕、読書、手紙、貝合、その他故事など。五巻は「ねりざけの方」以下九章で、甘みぞれ酒・酢・醤・糠味噌・漬物など各種食品や、染物、妙薬、洗濯等の家政的知識。以上の本文をやや小字・一二行・付訓で記し、各巻とも挿絵数葉を掲げるが、挿絵・本文ともに、後世の女子用往来への影響も少なくない。なお、本書のうち、二・三・五巻のみを抽出した改題本が寛政八年(一七九六)刊『女日用大全』†である。〔小泉〕
◆じょちゅうようぶんたまてばこ [1898]
〈錦橋堂・改正〉女中用文玉手箱‖【作者】山東京山(岩瀬百樹・鑾山・涼仙)作・序。松岡鶴斎書。【年代】嘉永四年(一八五一)作・序。嘉永六年刊。[江戸]山田屋庄兵衛(錦橋堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文』。中本一冊。五節句・四季の手紙や女子一生の祝事に関する祝儀状などを収録した女用文章。付録記事に故実や書簡作法を詳述するのが特徴。冒頭に「往古(むかし)の女の消息(ふみ)」と題して女子消息の由来を『源氏物語』『読詞花集』などから検討し、以下、「初春のちらし文」〜「家督成の喜び」「同娵よりへんじ」の三二通の例文を掲げる。本文は大字・五行・所々付訓の並べ書きを基本とし、稀に語注や書簡作法についての注記を施す。また、冒頭七通では散らし書きや追伸文の書法も示す。巻末に脇付・封じ目についての知識や、女文に月日を書かない理由などを『女房秘抄』から引きながら説明する。頭書「秀閨一夕話」では、「めて度かしくとかく事」「まゐらせ候の本字」などの書簡用語、女性の称号、化粧(道具)の故事来歴等について紹介する。なお、本書の一部を改編した改題本『〈頭書女子教草〉開化女用文章』†(島田豊三郎編とする)が明治初年に刊行された。〔小泉〕
◆しょつうあんもん [1899]
〈即席必用〉書通案文‖【作者】@山赤城(周之)書。清竹序。【年代】寛政一一年(一七九九)序。寛政一二年書。寛政一三年刊。[名古屋]永楽屋東四郎板。【分類】消息科。【概要】異称『千里百談書通案文』。横本一冊。「年頭同輩江遣す文」から「旅より手代へ遣す書状」までの六六通を収録した@山流手本。まず四季・五節句の手紙、続いて通過儀礼その他の祝儀状、火事・洪水・病気等に関する書状、最後に貸借・注文・商売周辺の例文を盛り込む。本文を大字・六行・稀に付訓で記す。本書のように、@山流手本の初板本が名古屋で出版される例は珍しい。〔小泉〕
◆しょつういちらん [1900]
〈万家必用〉諸通一覧‖【作者】溝江小笠斎書。長谷川実信画。【年代】安政(一八五四〜六〇)頃刊。[大阪]綿屋喜兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『〈万家日用〉諸通一覧』。半紙本二巻合一冊。主に商家向けの簡潔な消息文例を集めた用文章。前半の消息例文と後半の「諸証文手形大全(諸証文手形類)」から成る。消息例文は「年頭祝儀状」から「年賀歓之状・同返事」までの八〇通で、季節折々の手紙や諸用件の書状、各種祝儀状・見舞状等を含むが、半分近くが商人用文である。「諸証文手形大全」は、「預り証文」から「御関所手形」までの二二通で、巻末に証文類の書き方について触れる。本文を大字・五行(証文類は六行)・付訓で記す。目録部上段(頭書)に「十二月の異名」「十干十二支図」「扁旁冠字づくし」「富士山之図」「大日本国名づくし」「片仮名以呂波」「御改服忌令」を載せる。〔小泉〕
◆しょつうたいせい [1901]
〈文章字引〉書通大成‖【作者】溝口筆海堂編・書。竹村つねしげ序。【年代】文化元年(一八〇四)刊。[大阪]藤屋弥兵衛板。【分類】消息科(節用集)。【概要】異称『太平節用』『文章筆牘』。大本二巻二冊。『太平節用福寿往来』†の改題本。用文章と節用集を合わせた大部な往来。本文欄に用文章(消息例文)、また、二段に分けた頭書の上段に「節用集」、下段に「替詞(消息例文要語の言い替え表現)」を収録した「三階板」形式。上巻未見だが下巻「用文章端書」によれば、上巻九〜二六丁に「書札秘説」、五五丁に「書法口伝」等の記事を載せるという(恐らく『太平節用福寿往来』と同様と思われる)。下巻本文は全て用文章で、「年頭に遣す状」から「他国にて立身仕たる人へ遣状・同返事」までの一九三通、さらに頭書が一段に変わる巻末七丁に「夫より女房へ遣文の格」「女房より夫へ返事の格」「人の女房の方へ言伝の格」「女の方より男へ物を頼遣格」「母より娘方へ文乃格」の仮名交じり文消息五通を収録する。いずれも、例文を大字・七行・付訓で記す。頭書上段の「節用集」は一三門分け、真草二行の形式で、上巻に「い」部〜「か」部(途中まで)、下巻に「か」部〜「京」部を掲げる。この「節用集」のほか、頭書に「万物数の書様」「御改正服忌令」「潮の満干」「国づくし」「書札法式」を載せる。〔小泉〕
◆しょつうたいぜん [1902]
〈万家専用〉諸通大全‖【作者】西川竜章堂(美暢・閑斎)書(本文)。池田東籬亭書(前付)。菱川清春画。宋栄堂・西川竜章堂序。【年代】天保五年(一八三四)書・刊。[大阪]秋田屋太右衛門ほか板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。「新年之状」から「披露状」までの七二通を収録した用文章。五節句・四季に伴う書状を基本にこれらを月順に配列し、その間に通過儀礼・商取引・吉凶事・諸用件の書状を分散させた配列になっている。本文を大字・五行・付訓で記し、手本向けにも使用できるように作られている。巻頭序文の背景に「住吉略図」、口絵に「本朝三筆略伝」を掲げ、巻末に端作その他消息に関する待遇表現を示した「書状上中下次第」や「十二ヶ月異名」を載せる。〔小泉〕
◆しょつうぶんかん [1903]
〈必家撰用〉諸通文鑑‖【作者】戸田栄治(玄泉堂・韶光)作・書・序。宝文堂(大野木市兵衛)・鎌田環斎(禎・資庸・志庸)序。【年代】寛政一二年(一八〇〇)刊。[大阪]秋田屋市兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『必家撰用諸通文鑑』。半紙本二巻二冊。上巻に「年始状」から「暑気伺之状・返事」までの五四通、下巻に「中元祝儀状」から「歳暮祝儀状・返事」までの六〇通、合計一一四通の消息文例を収録した用文章。時候の文や年中行事に関するものなど四季折々の手紙を季節順に配し、その間に季節とは無関係の各種書状を挟む。これらの書状は、吉凶事に伴う祝儀状・見舞状、その他諸用件の手紙が大半を占めるが、一部、手形証文類や結納目録等の例文も含む。手形証文と用文章を同一視して配列するのが特徴。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書に替え文章・替え言葉(言い換え表現)を載せるほか、下巻巻末に「書状上中下次第」「書式心得之事」の記事を掲げる。なお、本書の海賊版に仙台板の『〈万民調法〉書状早指南』†がある。〔小泉〕
◆しょてがたしょうもんしゅう [1904]
諸手形証文集‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[江戸]藤屋音次郎板。【分類】消息科。【概要】異称『諸手形証文』。中本一冊。「御関所手形」「御門切手」「奉公人請状」「乳母奉公人請状」「店請状」「養子貰請一札」「金子借用証文」「奉公人引取一札」「喧嘩内済取扱一札」「りゑん状」の一〇通の手形証文文例を収めた用文章。本文を大字・六行・ほとんど付訓で記す。見返に「諸国御関所附」を載せる。〔小泉〕
◆じょどうおしえぐさ [1905]
女童教草‖【作者】小川持正作。深沢菱潭書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]書学教館蔵板。播磨屋喜右衛門(播磨屋勝五郎・鈴木喜右衛門・文苑閣)売出。【分類】女子用。【概要】異称『〈小学必携〉女童をしへ草』『女童をしへ草』『女童おしへ草』。半紙本一冊。『教の玉つさ』†巻末の「文苑閣新刻書目」中に「女子平常の心得より終身の行澡等、仮名を交て文を和け、読易くして解し易く、実に婦女修身の亀鑑」と記す。維新後の文明開化の御代において、女はいかにあるべきかを、天神・人皇の歴史に即して説いたもの。要は、父母によく仕え、親の定めた夫に貞操を守り、嫉妬心を持たず、下人を慈しみ、舅姑を大切に、といった理想像を教えるものだが、旧来の『女大学』†的な考え方を一歩も出るものではない。半丁に大字・四行・付訓でゆったりと書かれた習字手本・読本兼用の教科書である。〔母利〕
◇しょとうかさくぶんしょ [1905-2]
〈小学〉初等科作文書‖【作者】福田宇中作。石斎居士(活澹虚心)序。【年代】明治一五年(一八八二)序・刊。[大阪]花井卯助(積善館)板。【分類】消息科。【概要】中本二巻二冊。日常語彙や消息短文などを多数盛り込んだ「作文ニ供セン為メ、毎科順序ヲ追ヒ尽ク其作例ヲ載」せた初等用教科書。上巻七章は初等科一年前期から同二年前期までに習う「単語綴字」「単句綴字」「接続文法」、下巻二章(第八・九章)は二年後期より三年までに習う「口上書類」「日用書類」を内容とする。例えば「単語綴字」では、第一章の冒頭で「絲、イト、いと」と漢字の読みと表記を紹介し、第二章で「絲、いと△きものをぬふもの」(△に「は」を入れる問題)のように意味と文章の基本を示す。第三章は、「ウサギ、ウマ、セミ、キンギヨ、ナマヅ、カハラ…」といった日常語の漢字書取練習や、「井、水、出」の漢字を使って「井ハ水ヲ出ス」とするような単文の作文練習というように、近代的な国語教科書の体をなす。下巻第八章では「御出、何時比」の語句に対して「何時比御出被下度候」のように展開する口上書の作例や「受取諸券」「電信書類」の例文、さらに第九章では「昇級するを賀する文」のようなテーマに対して類語と日用文の作例を示す。本文をやや小字・八行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しょとうざんきょうくんしょ [1906]
初登山教訓書〈并寺子教訓書〉‖【作者】不明。【年代】宝永二年(一七〇五)作。明和(一七六四〜七二)頃刊。[大阪]糸屋市兵衛板か。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。寛永一九年(一六四二)刊『初登山手習教訓書』†の本文と、宝永二年(一七〇五)作『寺子教訓書』(『〈堀氏〉寺子往来』†所収)の二本を合本した往来。本文を大字・五行・付訓で記す。なお、本書末尾の「宝永二暦六月中旬」の記載は、『〈堀氏〉寺子往来』の堀流水軒識語をそのまま写したものであり、刊年とは到底考えられない。装訂等から明和(一七六四〜七一)頃、大阪書肆・糸屋市兵衛板とも推定される。事実、本書後半部のみの抄録本に『寺子教訓文章(寺子教訓書)』(大阪・糸屋市兵衛板)がある。〔小泉〕
◆しょとうざんてならいきょうくんのしょ [1907]
初登山手習教訓書‖【作者】不明。【年代】寛永一九年(一六四二)刊。[京都]安田十兵衛板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈新板〉教訓書〈并〉含状』『手習状』『初登山教訓書』『手習教訓書』。寛永板を始め江戸初期刊本は大本一冊。手習いの心構えを「合戦と手習、ここをもつて同事か」と武士の合戦に臨む心構えになぞらえ、「文武二道に達せし者、名を天下に揚げ、徳を四海に顕し、才智芸能故、上古末代の名人の聞えあるべし」と結論づけた教訓。成立年代は不明だが、遅くとも室町末期までには編まれていたと考えられる。手習いの重要性を説く後続の往来、例えば『寺子教訓書』(『〈堀氏〉寺子往来』†所収)等と比べれば、その内容は極めて観念的である。本往来は、既に寛永二年(一六二五)書『古状揃』†中の「手習学文之事」に見えるが、刊本の最初は寛永一九年板で、以後の刊本には後半部に「義経含状」を合綴するのが常である。なお、寛永一九年板は本文を大字・六行・無訓で記す。〔母利〕
◆じょどうしきのたまずさ [1908]
女童四季乃章‖【作者】宮本興晃作・序。【年代】明治一六年(一八八三)序。明治一八年刊。[東京]柳河梅次郎(中外堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女童四季の章』。中本一冊。「初午を祝ふ文」から「安産悦ひのふみ・同返事」までの五五通を収録した女用文章。前半は四季時候・四季行事の手紙、後半は入学・交際・移転・劇場見物・書物拝借や婚礼・出産に関する女文から成る。うち「潮干狩誘引状」には同意の返事と断りの返事の二通を載せる。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書「本文かへことば」には類語や言い替え表現を多く掲げ、対応関係を丸付き漢数字で示す。巻末に「大祭日の散しふみ」(四方拝から新嘗祭まで)一〇通と「受取の証」の例文を掲げる。〔小泉〕
◆じょどうてならいぶん [1909]
女童手習文‖【作者】深沢菱潭編・書。小川持正序。光斎画。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[東京]島屋儀三郎板。【分類】女子用。【概要】半紙本二巻二冊。語彙・消息・教訓にわたる内容を含む女子用往来。上巻には「いろは(真書いろは・平仮名いろは・かたかないろは)」「数字」「手習ふみ(女子の学芸を説いた教訓文)」「行書名尽」「ひらかな名尽し」を収録し、いずれも大字・二〜四行・無訓(「手習ふみ」のみ付訓)で記す。下巻は「語彙集(衣服類・絹布類・糸類・染色類・器財類)」と「四季の文(年始の文・花見に招く文・暑中見舞い・祭礼に招く文・歳末の文の往復文八通)」を大字・四行・付訓で記す。内容や表記が徐々に高度になるように編集されている。〔小泉〕
◆じょどうのしるべ [1910]
〈脩身〉女道乃しるべ‖【作者】竹内無覚作。【年代】明治一五年(一八八二)刊。[東京]竹内無覚板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。皇国婦人が守るべき女道を示した女訓書。まず女道の前提として「天地の神の理」を心によくとめて「廉直(すなお)」の徳を身に付けるように努めることや、万人生得の天地の心、即ち「仁」に基づく実践(孝養・夫婦和合など)を説く。また、「女は男に及ばぬゆゑに国に報ゆる力なし」と考えるのは誤まりであり、女工(家事)や女性の嗜みをよく行なうことが大切であって、こうすることで男性は女性への愛憐の誠がいやまして家業に励むようになり、その結果として富国の基にもなると述べ、さらに柔和・従順な心ばえ、妊娠中や子育ての心得、男女同権の意味、皇国への献身的奉仕などを諭す。本文を楷書・やや小字・六行・付訓で記す。なお、明治一一年刊『脩心子守話』も無覚の著作である。〔小泉〕
◆じょどうようぶん [1911]
〈開化〉女童用文‖【作者】深沢菱潭(巻菱潭)作・書。【年代】明治九年(一八七六)刊。[東京]奥川留吉蔵板。岩波長蔵売出。【分類】女子用。【概要】半紙本二巻二冊。手紙文の体裁を借りて文明開化の世における女子への教訓を平易に説いた特殊な女用文章。「書看を友に勧る文」「動物の有用を告る文」「身体の保護を諭す文」「人たるものの義務を諭す文」「学問のしかたを告る文」「孝養をすすむる文」「嫁して後の行常を告る文」「妊娠中の行ひを告る文」「童蒙教育の仕方を告る文」「人の自由を妨げざるを諭す文」「乳母育養したる娘を諭す文」の都合一一通から成る。本文を大字・四行・付訓の手本兼読本用に作る。古語の「あらみだま」を持ち出して、「女のをしへには第一と致候」と述べたり、天恩を力説する一方で、今の世の学問は「見聞を先とし思慮を後に」するものであるから、中国の書籍よりも日本・西洋の書籍を読み学問に励めと説いたり、他人の自由を妨げないことを諭すなど、現実的・功利的で自由な考えも読みとれる。〔母利〕
◇じょどうようぶんしょう [1912]
〈海内一般〉女童用文章‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】中本一冊。天保(一八三〇〜四四)頃刊『女年中文案詞』†の改題本。「年始之文」から「歳暮之文」までの往復文三〇通を収録した女用文章。本文を大字・五行・ほとんど付訓で記す。さらに本書の付録記事(前付)の一部を改めた改題本が明治初年刊『〈皇国〉女用文宝箱』†である。〔小泉〕
◆じょとく [1913]
女徳〈一名、よめいりのみやけ〉‖【作者】福羽美静作・書。【年代】明治二〇年(一八八七)刊。[東京]松田周平板。【分類】女子用。【概要】異称『よめいりのみやけ』。折本一帖。婦道を記した書道手本。「すべて世のなか婦女の道、高きいやしきわかちなく、をみなの徳をつゝしみて、をみなの道にかなふべし…」で始まる七五調の文章で、女性の本分が内治(家政・育児)とはいえ、学問を不要とするのは誤りであると指摘し、才智を磨くことや婦人が幼児教育の要であることなどを説く。本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょとくあんもん [1914]
〈頭書類語〉書読案文‖【作者】安井乙熊作。巻菱潭書。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[東京]湯浅虎三(霊湖堂)蔵板。内田弥兵衛ほか売出。【分類】消息科。【概要】異称『〈頭書類語〉書牘案文』。中本一冊。漢語消息四六通を収録した用文章。内容により「時令案文(「年始之文」以下二四通)」「慶賀案文(「仕官を賀す文」以下一〇通)」「雑事案文(「留守中頼の文」以下一二通)」の三つに配列するのが特徴。本文をやや小字・六行・所々付訓(稀に左訓)で記す。本文上欄の「頭書類語」には本文要語の類語・類句を多数掲げる。〔小泉〕
◆しょとくしょしょうもん [1915]
〈大阪府学校用〉書牘諸証文‖【作者】大阪府学務課編。本城新書。【年代】明治八年(一八七五)刊。[大阪]大阪府学務課蔵板。【分類】消息科。【概要】異称『書牘』『書牘諸証文』。半紙本二巻二冊。証文類文例を大字・三行・無訓で認めた手本(大阪府学校用教科書)。上巻に「家作地所・家屋敷等受取証文」から「人請証文」までの六通、下巻に「預り証文」から「売渡証文」までの一〇通の合計一六通を収録する。〔小泉〕
◆しょねがいとどけしょうしょしき/しょがんかいしょうしょしき [1916]
〈増補〉諸願届証書式‖【作者】鶴田真容編。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]木屋宗次郎(小森宗次郎・紅木堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『願届文例』。中本一冊。本文欄に「諸願書之部」「諸届書之部」、頭書に「諸証書之部」を収録した用文章。順に「営業願」以下七例、「出産届」以下九例、「地所書入証」以下一一例を収録する。本文をやや大字・七行・所々付訓で記す。刊年は巻末広告によるが、本書と同年同月に同一著者・同一板元によって『東京名所方角』†『千字文』『〈開化〉商売往来』†が刊行されている。〔小泉〕
◇じょはん [1917]
〈改正〉女範‖【作者】小田深蔵訳。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[東京]穴山篤太郎板。【分類】女子用。【概要】半紙本三巻三冊。ラレス(ドイツ)著の「経済、養生、教育等の書につき、女子の規範となるべきものを鈔訳し、傍ら諸書を参考して」編んだ女訓書。原文を取捨し、あるいは下敷きにした意訳と考えられる。全体を体育、心育、妻箴・家政に分け、巻之上に「体育」第一〜八章、巻之中に「体育」第九〜一一章、「心育」第一章〜第四章、巻之下に「妻箴・家政」第一章〜第六章を収録する。各巻末に「字書」として、章毎の難解語句をあげて略注を施す。〔天野〕
◇しょほうおうらい [1918]
書法往来‖【作者】中沢雪城(俊卿・子国・行蔵・雪生)作・書。【年代】安政四年(一八五七)刊。[江戸]高木五郎兵衛(法古斎)板。【分類】消息科。【概要】折本一帖。「貴翰辱致拝見候。弥御健勝奉珍賀候。然者、書法初学之大意預御尋致承知候。浅学固陋之私膚見之誤も可有之候得共、任筆其大略を可申述候…」で始まる書簡文の形式で入門者向けに書法の基礎を説いた往来。半折(一頁)に大字・二行・無訓で記した陰刻手本。初学者の質問に答える形で、「実指虚掌」「縣腕直筆」の執筆法や、学習すべき書体の順序その他の基本や、修行上の努力・工夫について説く。〔小泉〕
◆しょほうせんじもん [1919]
書法千字文‖【作者】巻菱湖書。大槻東陽注。【年代】明治八年(一八七五)刊。[東京]博文館(大橋新太郎)板(明治二七年求板)。【分類】社会科。【概要】半紙本二巻合一冊。文政七年(一八二四)刊『書法千字文略解』†とほぼ同内容の往来。ただし、字句の異同が随所に見られる。「羲皇得図、画卦生茲、蒼頡摸文、鳥迹為基…」で始まる本文を楷書・大字・二行(一行四字)・無訓で大書し、その左側に細字の略注を置く。本文を陰刻、略注を陽刻とする。中国の文字・書体および書道の起源、各時代の書家や書法などについて説く。〔小泉〕
◆★しょほうせんじもんりゃっかい [1920]
書法千字文略解‖【作者】大彭山人(華翁・蘭渓)注。【年代】文政七年(一八二四)刊。[江戸]不如学斎蔵板。和泉屋庄次郎(慶元堂)板。【分類】社会科。【概要】異称『〈書法〉千字文略解』。大本一冊。『書法千字文』†の注釈書。『書法千字文』は、「書法・書論ノ熟字ヲ集メテ韻ヲ押シ」た『千字文』型往来で、中国の著名な書家や、六書、象形、会意、諧声、指事、仮借、端的、転注、大勢の法、永字八法、七十二法、書法、信仰、筆勢、変化、運筆法、点画法、書道の心得などを記す。「羲皇画卦、河図爰規、蒼頡摸写、鳥跡維基…」で始まる『書法千字文』の本文を四言二句毎に楷書・大字・四〜五行大・無訓で記し、詳しい注解を施す。〔小泉〕
◆じょようかながきふで [1921]
〈新板〉女用仮字書筆‖【作者】村井範啓作・跋。北尾辰宣(北尾仁右衛門・銭屋仁右衛門・雪坑斎・仁翁)画。中谷楮同書。【年代】寛延二年(一七四九)刊。[大阪]村井喜太郎板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。全文を散らし書きで綴った頭書入りの女用文章。「春のめてたさ何方も思しめすまゝといわゐ入まいらせ候…」で始まる新年状以下二一通を収録する。内容は季節折々の挨拶や京・江戸等の四季風物、慶事その他に関する手紙で、いずれも長谷川妙躰風に綴る。前付・頭書には挿絵も多く、「摂津国五景詠物」「三曙和歌図」「初春祝」「七夕の由来」「女歌仙姿絵抄」「花月占伝授」「懐胎十月教歌」「人間一生の祝儀」「染物のひでん」「しみ物おとしやう」「まじなひの秘術」「万病妙薬」「男女相性并歌」等を載せる。なお、本書に「千種姫」「百人一首」「色紙短冊懐紙書様」などの付録記事を増補した改題本が宝暦一〇年(一七六〇)求板『〈女筆大成〉女要婦見硯』で、同書見返には「浅田氏女書」と記す。〔小泉〕
◆じょようくんもうずい/じょようきんもうずい [1922]
女用訓蒙図彙‖【作者】奥田松柏軒作・序。吉田半兵衛(定吉)画。【年代】貞享四年(一六八七)刊。[江戸]本屋清兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『当流女用鑑』。半紙本五巻五冊。婚礼や女性礼法、化粧・身だしなみ・衣装風俗、妙薬・養生など、女性教養・心得全般を記したもので、うち一・三・四巻は『訓蒙図彙』風に挿絵を掲げる。第一巻は、婚礼の際の嫁入道具を主とする女性用諸道具の図解で、巻頭に祝言道具請取に関する記事と図を掲げ、以下道具を九分類して「女器財」七九図、「衣服」一九図、「茶湯具」七図、「化粧」一九図、「花車(きゃしゃ)」一五図、「所作具」二三図、「湯殿具」七図、「産所」七図、「宮参・髪置」七図、合計一八三図を載せる。第二巻は、「諸礼之巻」と題して「衣装四季のかはり」以下、祝言儀式や膳部に関わる礼法を始め、起居進退、香道全般について説く。第三巻は、扉題に「模様姿比(くらべ)并紋尽、帯・拘帯之品」とあるように、女性風俗に関する巻で、婦人衣装図二二図(頭書に「紋尽」を置く)、髪型一六図、帯一二図を載せるが、元禄元年(一六八八)板では、さらに「今様眉之図」「ひたいの事」「髪の事」などの記事を増補した。第四巻は、「大風流模様尽」と題し、衣装図や紋様図を掲げるが、文様の一部が判じ物になっているのが興味深い。第五巻は、「万包やう折形」以下、化粧・染物・洗濯・妙薬・養生等の記事で、貞享四年板末尾には、四二の文章で吉凶を判断する「善悪文占」を収録するが、元禄元年板ではこの部分に代えて女性教訓を綴った「女式考学之巻」を掲げた。〔小泉〕
★じょようしきのふばこ [1922-2]
〈至宝〉女要四季の文箱‖【作者】桂佐助作。長友松(玄海堂)書。上宮永久(玄海堂門人)跋。【年代】宝暦一二年(一七六二)書・刊。[大阪]玉水源次郎板。【分類】女子用。【概要】異称『四季女用文』。大本一冊。「年始祝の文」から「歳暮祝の文・同返事」までの四八通を収録した女用文章。五節句祝儀状など四季折々の手紙や諸用件の手紙など一般的な例文を集め、大字・五行・付訓の並べ書きや散らし書きで綴る。また、頭書の全てを本文の図解に当てるのも特徴。巻頭に「桐に鳳凰」の色刷り口絵に続いて、「色紙短冊之事」「慶賀和歌絵抄」「四季景物之歌」を掲げ、巻末に「文の封しやう」「十二月之異名」を載せる。なお『明和九年書目』いよれば、本書の口絵を改めた二つの改題本『女要千代の玉章』と『女要筆のしらべ』が明和元年(一七六四)に刊行された。〔小泉〕
◆じょようしつけいまがわ [1923]
〈万宝〉女用躾今川‖【作者】寺田正晴(寺田与右衛門・大津屋与右衛門・絮柳・文煕堂)作。【年代】享保一三年(一七二八)刊。[大阪]寺田正晴板。【分類】女子用。【概要】異称『今川の掟によせて女躾の条々』。大本一冊。『女今川』†を模倣して編んだ女子教訓。「一、客来り給ふ時遅く出、或はゑがほなき事」以下、女性礼法の基本を綴った三一カ条と後文から成る。主人方の接客作法あるいは客方礼法、身だしなみ、食礼・座礼その他行住坐臥の礼儀について「○○の事」という禁止条項を列記する形で綴り、後文では女性の嗜み・教養・心掛けなどを概説する。本文を大字・四行・付訓で記す。口絵に「平安朝貴族風俗図」「花鳥寿図」、頭書に「躾方訓歌(おしえうた)」「正月書初詩歌・七月七夕歌尽」「片言なをし」を収録する。〔小泉〕
◆じょようしょうそくおうらい [1924]
〈頭書年中消息替文〉女用消息往来‖【作者】不明。【年代】文化元年(一八〇四)刊。[江戸]鶴屋喜右衛門(仙鶴堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女詞消息往来』。中本一冊。江戸後期に数種の異本が生まれた『女消息往来』†のうち、最も早いものの一つ。序文に「文つくる言葉の高き卑きのしな、万の事に用ゆる類ひを分て、あまた綴りあつめし物也」とあるように、男子用の『累語文章往来(消息往来)』†にならって女文に多用する語句を連綿と続く一文中に列挙したものである。「夫、玉章の初には、文して示、一筆染、便に任せ、御床しさの侭、筆に問し、余り打絶参らせ、返事は、御文のやう、御玉章、御水茎御示のごとく、御消息頂き、下され、送られ…」で始まり、「…都(すべ)て文体は応対の詞よりも上て書習はしといへ共、不相応の慇懃も却て不礼と知り給べし。穴賢」と結ぶ。本文中には四季時候の語句を盛り込まず、頭書「年中消息詞」にそれらを集録するのが特徴。本文を大字・六行・付訓で記す。また、巻頭に書簡作法・心得を略記するほか、頭書に「文認る心得」「女中名の文字」の記事を載せる。〔小泉〕
◆じょようしょじょうあんもん/おんなようしょじょうあんもん [1925]
女用書状案文‖【作者】山崎道記作。【年代】寛政五年(一七九三)刊。[江戸]近江屋新八ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女用平生書状案文』『用文章』。横本一冊。「初春の文章」から「年始のふみ」まで、庶民日用の女子消息文七六通(うち二六通散らし書き)を収録した女用文章。いずれも往復文で、前半三分の一に月次順の四季文、後半に各種祝儀状・見舞状、その他諸用件の手紙を収録する。本文を概ね大字・七行・付訓で記す。〔小泉〕
◆じょようたまぶんこ [1926]
〈湖月文章・万用宝訓〉女要珠文庫‖【作者】寺田正晴(絮柳)作。【年代】享保六年(一七二一)刊。[大阪]寺田正晴(寺田与右衛門)板。【分類】女子用。【概要】異称『湖月女文章』。大本一冊。付録記事が充実した特異な女用文章。本文の「湖月女文章」は、『源氏物語』の各帖を詠んだ和歌一首と、主要な登場人物一名の肖像画を最初に掲げ、さらに各帖にちなんだ仮名文(計五四通)から成る。『源氏物語』『伊勢物語』を女子教育に用いるべきでないという意見が少なからず存在した時代に、これらを題材にした点は注目される。いずれも、大字・九行程度・稀に付訓の散らし書きあるいは並べ書きの書簡文形式で綴られるが、一般的・実用的な消息文例ではない。むしろ頭書「女用ぶんしやう」の方が実用案文であって、五節句祝儀状を始め、部屋見舞い、出産祝い、弔状、伊勢参宮下向の文など一九通の例文を掲げる。付録記事にも独特なものが多く、前付に「伊勢道中記」「女実語教(躾実語教)」†、頭書に「風流文字人形(絵の中にデフォルメした文字を組み込んだもの)」、当時流行のデザインを紹介した「当世櫛ひいながた」「当世もやうかんざし」を始め、和歌の教養、言葉遣い、被服、養生、家庭医学、婚礼、出産、暦占関係の記事を収録する。本書は寛保二年(一七四二)以降に記事が若干増補され、『〈湖月文章・躾実語教〉女要新玉文庫』の書名で再刊された。〔小泉〕
◆じょようちえかがみ [1927]
女用智恵鑑‖【作者】柏原屋清右衛門作。【年代】正徳二年(一七一二)刊。[大阪]柏原屋清右衛門板。【分類】女子用。【概要】異称『〈万宝〉女用智恵鑑錦織』。大本一冊。女性の教養や、生活上の諸知識についての記事を種々集めた一種の重宝記・女子合本型往来。正徳二年三月の刊記を有する柏原屋板が実在したらしいが、今日確認できる最古本は享保五年(一七二〇)一月刊本(小泉本)である。本文欄には、二〇カ条の諸教訓・諸知識から成る「女用智恵鑑」、また『和俗童子訓』「教女子法」から一三カ条を抽出してアレンジした「新女訓抄」(一一カ条)、仏説による美人相を述べた「三十二相之事」を始め、「しみ物おとしやうの事」「絹のねりやうの事」「万年暦大ざつしよ相生の事」「男女相生の事并に歌」「四季四皇帝の占ひ」「当流女秘伝書」「女文章指南」「琴の組指南」を収録する。このうち「新女訓抄」は、『女大学』†の母体となった点で重要であり、『女大学』が板元・柏原屋清右衛門によって編集されたことを示唆するものである。本文を小字・ほぼ一六行・所々付訓で記す。頭書を上下二段に分かち(本文を含めて三段になることから、俗に「三階板」と呼ばれる)、生まれた年・月・日・時などの干支でその一生を占う「女一代かゞ見」を始め、「女諸礼」「女中文書やう」「万包やう折形」「万積やうの図」「女中名づくし」「秘伝男女相生」「かなづかひ」「風流紋尽(この記事は享保一四年の改刻により「当流裁物秘伝」に替わる)」「双六手引」「女中文ことばの事」「増補やまとことば大成」を載せる。また、巻頭に「十界和歌」「女中書物目録(享保一四年板では削除)」「五常和歌」などを掲げる。なお、本書を大幅改訂した改題本『女用智恵鑑宝織』†が明和六年(一七六九)一月に刊行された。〔小泉〕
◆じょようちえかがみたからおり [1928]
女用智恵鑑宝織‖【作者】柏原屋清右衛門作。【年代】明和六年(一七六九)刊。[大阪]柏原屋清右衛門板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。正徳二年(一七一二)原板・享保一四年(一七二九)再刻『女用智恵鑑錦織(女用智恵鑑)』†の本文をほぼ受け継ぎながら、付録記事を増補するなど全面改訂したもの。巻頭や頭書・本文の記事の異同が多く、例えば本文の場合、享保板所収の「新女訓抄」を同本文の「女用智恵鑑」第一条の一部と合体して「女用智恵鑑」とし、また、享保板の「女用智恵鑑(第一条を除く)」「三十二相の事」「女中言葉づかひの事」「女中ならふべき条々の事」等の記事を一本化して「婦人常に心得べき故事」と改題したほか、享保板「当流女秘伝書」の第一条を除く七カ条をもって「婚姻心得べき条々」と改題するなどかなりの変更を加えた。また、女用文章は、享保板ではほとんどの例文が上・中・下別の尊卑の別を意識して編まれていたのに対し、本書では上下の区別は最初の例文のみとなり、より多彩な例文を盛り込み、施注を増補するという方向での改編がなされた。その他の付録記事は大同小異だが、本書には「夢はんじ秘伝」を始めとする暦占関係の細々とした記事を随所に盛り込むのが目立つ。このように、これら種々の変更は、半世紀間に生じた意識や世相・流行などの違いを反映したものであろう。本文をやや小字・八〜一五行・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆じょようちひろのはま [1929]
女用千尋浜‖【作者】浅田恒隆書。下河辺拾水画。【年代】安永九年(一七八〇)刊。[京都]菊屋長兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「新玉の文」から「舛掛の文・同返事」までの七五通を収録した女用文章。季節の挨拶状や寒暑の見舞状、また四季の行楽・娯楽に関する手紙、出産・育児や通過儀礼に伴う手紙などを主内容とする。本文を大字・六行・付訓の並べ書きで記す。頭書に五節句の記事や「女教訓唐和鑑」「源氏貝おほひ并歌かるた」「胎内をしへ草」「産前産後の養生」「当世衣類裁物仕様」「万しみものおとし葉」「万絹物張やう」「婦人諸病妙薬方」「当世染物仕やう」「男女あいしやう」等の記事、前付に「名歌八題集」や「婚礼相生式鑑」「小笠原女礼式并図」「祝言膳部くひやうの事」など婚礼関連記事を載せる。なお、本書前半四一通を抽出して付録記事を改めた改編本『女文章教草』†が天明五年(一七八五)に刊行された。〔小泉〕
◆じょようてならいかがみ [1930]
女用手習鏡‖【作者】田中秋麿作・序。松川半山画。観章堂書。【年代】天保一二年(一八四一)刊。[大阪]秋田屋太右衛門ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文章手習鏡』。半紙本一冊。「四季の部」と「雑の部」の二部に分けて例文を集録した女用文章。「四季の部」には「初春祝儀文」から「歳暮のふみ・同かへし」までの三七通、「雑の部」には「神事によびに遣文」から「元服祝儀文」までの二二通、合計五九通を収録する。「雑の部」はほとんどが吉凶事に伴う手紙である。各例文は、大字・五行・所々付訓の並べ書きを基本とするが、末尾など部分的に散らし書きにした例文も少なくない。巻頭口絵に「紫式部、石山寺にて『源氏物語』を作り給ふ図」を掲げ、目録および本文の頭書に「大日本国尽」「御所洗粉の方」「懸香・匂袋方」「文言葉つかひ」「五節句故事」「対名の事」「小笠原折かた」「封じやうひな形」「十二月の異名」を載せる。なお、本書に約二〇通の例文を増補した『〈増補〉女用手習鏡』†が嘉永二年(一八四九)に刊行された。〔小泉〕
◇じょようてならいかがみ [1931]
〈増補〉女用手習鏡‖【作者】田中秋麿作・序。松川半山画。観章堂書。【年代】嘉永二年(一八四九)刊。[大阪]秋田屋太右衛門ほか板。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。異称『増補女用文章手習鏡』。天保一二年(一八四一)刊『女用手習鏡』†(収録文例五九通)に、「宿這入悦の文」から「奉公人頼みぶみ」までの二三通を増補した女用文章(合計八二通)。増補部分のほとんどが日常の諸事に関する手紙で、すなわち本書は『女用手習鏡』の「雑の部」に増補を加えたものである。本文を大字・五行・付訓で記す。なお、増補部分の頭書に「女消息往来」「女中名づくし」「衣服裁縫指南」等の記事を載せる。〔小泉〕
◆じょようはなのえん/じょようはなのその [1932]
女用華の宴‖【作者】中谷治八作・書。【年代】宝暦一三年(一七六三)刊。[京都]菱屋治兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文』。大本一冊。寛延二年(一七四九)刊『女用紅葉の錦』†の抜刷・改題本。『女用紅葉の錦』のうち、前半一八通(「正月の文」〜「五月雨に遣わす文」)のみを収録した女用文章。『女用紅葉の錦』と同様に前付に「五節句由来」を載せ、巻末に「東山の少婦」の記事を掲げる。〔小泉〕
◆しょようはやだより [1933]
〈即席自在〉諸用早便‖【作者】十返舎一九作・序。内山松陰堂書。【年代】天保(一八三〇〜四三)頃刊。[江戸]森屋治兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『即席用文書』。中本二巻合一冊。文政六年(一八二三)刊『即席用文』†の増補版である『即席用文大全』†の改題本。目録では上下二巻に分けるが、実際は『即席用文』の消息文例と証文類文例との間に「出立怡之文」以下の文例と、「四季時候」「月の異名」「名頭字」「国尽」「苗字」を増補して、丁付けなどを改刻したものである。本文を大字・五行・付訓で記す。天保三年刊『女用文宝箱』†広告中に本書の書名が見え、また本書奥付に天保一〇年刊『女筆花鳥文章(文素)』†の広告を載せるから天保年間以前の刊行である。〔小泉〕
◆じょようふくじゅだい [1934]
女要福寿台‖【作者】堺屋清兵衛(高田清兵衛・政度・嘉平次)作。戸田儀左衛門(正栄・玄泉堂)書。竹原春潮斎(松本信繁・門次・春朝斎)画。【年代】安永三年(一七七四)刊。[大阪]堺屋清兵衛板。また別に[京都]芳野屋為八(吉野屋為八・永昌堂・殿為八)板あり。【分類】女子用。【概要】異称『女要文章福寿台』。大本一冊。多彩な付録記事を伴った女用文章。「初春の文」から「婚礼披露文・同返事」までの二五通を全て無訓(例外的に付訓あり)の散らし書きで綴る。例文は、ほぼ四季風物や婚礼・出産・通過儀礼に関するもので、末尾四通を披露文形式にする。さらに巻末「増補目録」にあるように、「元服祝儀文」から「和歌の会」までの八通と「歌ものかたり」と題した教訓文を増補するため、本書は先行書の増補版とも見られる。巻頭に花盃の和歌と色刷り挿絵を置き、前付に「春秋花壇の図」「婚礼式」や種々礼法・飾り方、手紙・色紙・短冊書法、「大和こと葉」「弘法大師四目録占」「和歌をよむ事」「茶の湯の事」等、頭書に「貞女鑑(菅家の御母公ほか)」「浪花遊山車」「女中の名相性附」「妙薬集」「染色の方」「頭書百人一首大成」「琴の組」「琴の名所」「香道たしなみの事」「十種香の事」「不成就日・諸願成就日」等を収録する。なお、本書の増補・改題本に江戸中期刊『女用書通案文』†がある。〔小泉〕
◆じょようふでのたまも [1935]
女要筆玉藻‖【作者】長谷川品(筆海子)書。梅月堂編・序。西川某画。【年代】明和七年(一七七〇)刊。[大阪]丹波屋伝兵衛(梁瀬伝兵衛・文貨堂)板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。宝暦三年(一七五三)刊『女要文通筆海子』†の改題本。なお、本書を三分冊とした改題本『女筆御世の春』が明和八年頃、大阪・丹波屋伝兵衛より刊行された。〔小泉〕
◆じょようふみすずり [1936]
〈四季文章〉女用婦見硯‖【作者】長友松軒書。文海堂(敦賀屋九兵衛)序。【年代】江戸中期刊。[大阪]敦賀屋九兵衛板。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。「初春祝儀文」から「花見のふみ・同返事」までの四一通を収録した女用文章。前半に一二カ月の女文(祝儀状・見舞状)、後半に歯黒付けから婚礼、出産、髪置までの通過儀礼に伴う手紙などを載せる。各例文は大字・五行・所々付訓の並べ書きを基本とするが、所々、散らし書きで綴る。頭書に「ふみ封じやう」「文字のはじめ」「女子文章訓」「女誡和解」「化粧の仕やう」「紅のつけやう」「万しみおとしの伝」「染もの秘伝」「男女相性」「婦人諸薬の心得」「あらひ粉の伝」など女子教訓・家政関連の記事を掲げる。巻頭口絵に菅原道真の母を描く。なお、『大阪出版書籍目録』『江戸出版書目』には寛延二年(一七四九)刊『女用婦見硯(女用仮字書筆)』†(泉屋喜兵衛作・村井範啓筆)が見えるが、これは本書とは別本である。〔小泉〕
◇じょようぶんしょうかがみ [1936-2]
〈新板〉女要文章鑑‖【作者】不明。【年代】宝暦(一七五一〜六三)頃刊。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】異称『女文章』。半紙本一冊。「年の始の文章」から「てらいりのふみ」までの八通を収録した女用文章。五節句・婚礼・出産・入学に伴う女子消息文を散らし書きで綴る。各例文毎に関連の挿絵と記事(例えば冒頭は「春の七草」、末尾は「入学の吉日」など)を掲げるのが特徴。前付に「和歌三神」「徳・言・容・功(婦の四徳)」、頭書に「吉書始詩歌」「七夕の歌つくし」「ふみふうじやう・脇付のこと・同返事」「月のかわり名」「女中名つくし」「女中ことばつかひ」、巻末に「小笠原折形」「祝言嶋台之図」を掲げる。刊記はないが、原題簽下部に屋根形に「イ・ト・一」を組み合わせた板元商標(糸屋市兵衛か)を記す。〔小泉〕
◆じょようぶんしょうたからかがみ/じょようぶんしょうほうかん [1937]
女要文章宝鑑‖【作者】吉文字屋市兵衛作。【年代】明和三年(一七六六)刊。[江戸]吉文字屋次郎兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「初春に遣す文」から「夏の暑気見舞に遣す文・同返し」までの合計一一二通を収録した大部な女用文章。例えば、正月に出す手紙も近辺・遠方、初旬・下旬、上輩宛て・下輩宛てなど八通、婚礼祝儀に関する例文も結納から膝直しまで一八通もの例文を用意するように微妙な状況の違いを反映した例文の豊富さが最大の特徴。通常の女用文章に見られる五節句・四季の例文はもとより、四季の行楽や通過儀礼に伴う例文も多く含まれる。一部、並べ書きに近いものを含むが、原則として全て散らし書き(所々付訓)。付録記事も多彩で特徴的なものが多く、「松明(ついまつ)の事」「歌人故実」「三代集寄歌」「十二月異名和歌」「清輔叡聞歌」「十二月屏風和歌」「三十六人歌仙」「難題和歌五首」「源氏物語」等の和歌に関する記事や、「女工具」「錦嚢秘伝抄」「衣服智恵車」「器工伝受抄」「珍術秘伝書」「妙薬重宝記」「料理重宝記」「万生菓子貯様(よろずくだものたくわえよう)」などの生活情報が中心で、ほかに「硯・墨・紙・筆之来由」「行成卿入筆伝受」「立春書初詩歌」など筆道関連や「諺絵づくし」等の俚諺集、「諸願成就日之事」「暦之中段を知事」など暦占関連の記事も見える。なお、本書を大幅に増補したものが明和六年(一七六九)刊『女文苑栄花』†で、逆に本書の末尾一〇数通を省いた改題本が江戸後期刊『女手習教文』†である。〔小泉〕
◆しょようぶんつう [1938]
〈御家〉諸用文通‖【作者】橘正敬(山子篤)書。申椒堂(須原屋市兵衛)序。【年代】寛政六年(一七九四)刊。[江戸]須原屋市兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。四季の手紙、吉凶時に伴う手紙、諸用件の手紙など種々の例文を集めた手本兼用文章。大半を占める準漢文体書簡は「年始状」以下六三通で、四季順に配列された四季文の間に、季節とは無縁の例文を挟み、それぞれ大字・四行・付訓で記す。いずれも五節句ならび四季折々の手紙、また、通過儀礼や災害・病気などに伴う祝儀状・見舞状、その他諸事に関わる一般的な例文だが、例外的に「娘婚礼相整候方手紙」と「婚礼整候方之遣手紙」のように重複的な例文も見られる。末尾六通(「初春の文」「花見に誘引候文」「やくそくにて人を招文」の往復文)は多くが散らし書きの女子消息文で、やや大字・ほぼ六行・無訓で記す。巻末に「四季之時候荒増」「十二ケ月の異名」「文章上中下の差別」等の記事を掲げる。なお、本書の増補版(むしろ続編に近い)が『増補諸用文通』†である。〔小泉〕
◆じょようぶんつうひっかいし [1939]
〈女教文章〉女要文通筆海子‖【作者】長谷川品(筆海子)書。梅月堂編・序。西川某画。【年代】宝暦三年(一七五三)序・刊。[大阪]秋田屋伊兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『〈女要文通〉筆海子』『女文通筆海子』。大本一冊。跋文によれば、長谷川妙躰の書号である「筆海子」を受け継いだ長谷川品(妙躰と同じ洛陽四条の人)が書した女筆手本で、その号を書名としたものである。各頁に匡郭を設け、全文を妙躰流の散らし書きで綴る。天下太平を謳歌した手紙文を冒頭に掲げ、続いて新年状以下の年中行事や花鳥風月の風情を綴った手紙文、さらに櫛置(髪置)・婚礼・成人等の祝儀状(礼状)など合計二三通を収める。巻頭に「琴・双六由来」「小笠原流折形」「女の四徳」「女用大和詞」「女中文の封じ様」などの記事(挿絵)を掲げる。なお、本書の改題本に明和七年(一七七〇)刊『女要筆玉藻』†や『女筆御世の春』(未発見)などがある。〔小泉〕
★しょようべんめいじびき [1939-2]
〈増補改正〉書用辨明字引‖【作者】望月某(信陽望月先生)作。【年代】弘化二年(一八四五)刊。[江戸]松坂屋金之助(積玉堂)板。【分類】語彙科。【概要】異称『四民日用字引』。中本一冊。魚・貝・虫蛇・禽鳥・獣・食火・衣服・道具・草木・支体病疾・宮室・時令・天地の一三部毎に、日用語を列挙して、音訓(ごく稀に略注)を示した往来。本文をやや小字・七行・付訓(語彙の左右に音訓)で記す。巻頭に「真行草」の解説と「六芸細釈(図解)」「正俗文之誤(俗文の誤りを正す)」、また頭書に「千字文」と「秘伝重宝記」を収録する。〔小泉〕
◆じょようみさおぶんこ/にょようみさおぶんこ [1940]
〈教訓絵抄〉女要操文庫‖【作者】花月堂敬夕作・序。長谷川光信画。糸屋市兵衛(糸舎弘昭軒)跋。【年代】宝暦二年(一七五二)刊。[大阪]糸屋市兵衛板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「あるやんごとなきひとのおほせられしをはしきゝおきしまゝ、たよりにもとかきはべりぬ…」と筆を起こして、女子生涯の心得を綴った教訓。本文をやや小字・一〇行・稀に付訓で記す。ほとんどが仮名文で江戸前期の撰作とも思われる。女子幼少時からの教育や躾、身だしなみや身体の清潔、化粧、その他行住坐臥の礼儀作法、また、女子三従・素直・慈悲・貞節等を説く。さらに後半では、女子の読むべき書物、嗜むべき教養・芸能、四季衣装、家財・調度、匂い袋、その他手道具など諸般の心得を記す。本文中に女性の教養や風俗を描いた挿絵数葉、巻頭に教訓文を伴う女子風俗図一三葉を掲げる。なお、本書の前半部を抄録したうえ、口絵を改めたものに延享元年(一七四四)序・刊『女訓鏡久種』†があるため、この事実からも宝暦二年板に先立つ先行書の可能性は高い。〔小泉〕
◆じょらかんしょうそく [1941]
女蘿館消息‖【作者】泉必東(銭必東・女蘿館・貞・経貞)書。赤羽阮虚跋。【年代】寛延元年(一七四八)跋・刊。[大阪]村上伊助板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。泉必東が「女蘿館」において揮毫した書を、弟子の赤羽阮虚が譲り受け、後年それを上梓して手本としたもの。女子消息文ではなく準漢文体書簡を大字・三行・無訓で記した手本で、新年状から始まる四季折々の手紙や、慶事に伴う祝儀状、各種見舞状・誘引状、その他の書状合計三二通を一丁に一通ずつ載せる。なお、本書の改題本に寛政八年(一七九六)頃刊『必東和文章(倭文章)』(大阪・柏原屋清右衛門板)がある。〔小泉〕
◆しょれいきょうくんかがみ [1942]
諸礼教訓鏡‖【作者】不明。【年代】元禄(一六八八〜一七〇四)頃刊。[大阪]河内屋宇兵衛(菅生堂・伴宇兵衛)板(元文二年(一七三七)板)。また別に[京都]菊屋七郎兵衛板(明和(一七六四〜七二)頃後印)あり。【分類】教訓科。【概要】半紙本二巻合一冊。江戸前期に出版された比較的初期の童蒙向け絵入り礼法書。上巻は「給仕・配膳并しつけ」一三二カ条を載せ、給仕方礼法、客方食礼、座礼その他礼法、書札礼などの諸礼法とともに、「智恵の三色」や読み書きの大切さを説く。下巻では、まず薬種処方や効能書きに見立てた「仁孝・停辞・堪笑・利有能・白談・邪興」の六味の教訓を掲げ、さらに俚諺・道歌をしばしば引きながら六〇カ条に及ぶ心得を述べ、最後に、「長者山を望むうた」一五首、「同きんぜいのうた」一〇首、「ひんになるさうのうた」一〇首、「貧福ともに心得へきうた」一〇首、「老の後心得へき歌」一〇首、「やうしやうのみちに心得へき歌」一〇首、「友に善悪のうた」一一首、「すべて世の中に善悪のうた」一〇首の教訓歌を載せる。本文をやや小字・一〇行・稀に付訓で記す。〔小泉〕
◆しょれいしつけがた [1943]
諸礼しつけかた‖【作者】与四郎書か。【年代】享保一九年(一七三四)書。【分類】教訓科。【概要】異称『しつけかたさほう』。横本一冊。食礼を始めとする礼儀作法全般を七五調の文章で綴った教訓書。「夫、人の身の、たしなみは、ものゝ喰やう、しよれいなり、小児方は教ん為、あら爰に、かきしるす、食椀揚て、すこしつゝ、ふた箸喰て、しるのみを…」と書き始め、膳部一般の食礼、言葉遣い、酒肴の受け方、祝言の酌と忌み言葉、掛け物鑑賞法、その他種々の座礼、また、書簡作法の基本、五色の誉め言葉など、礼法一般の基本事項を紹介した後で、礼を始めとする「五常」が人たる所以であると説いて結ぶ。本書は礼法のあらましを平易な文章で綴った早い例として注目される。本文をやや小字・一二行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょれいしつけがた・しんようしゅう [1944]
〈新板〉諸礼しつけがた・〈男女〉心要集‖【作者】近藤清春(助五郎)画。【年代】享保(一七一六〜三六)頃刊。[江戸]中村屋太郎兵衛板。【分類】教訓科。【概要】枡形に近い半紙本二巻合一冊。『諸礼しつけがた』も『心要集』も表紙込みで三丁という小冊子の教訓書。『諸礼しつけがた』は、表紙に清春画の挿絵(「さけののみやう」ほか図)、本文中にも立花の図を掲げ、本文は「つらせけんを、かんずるに、くがいする身の、たしなみは、ものゝのくいよう、しよれいおは、しらでかなはぬ、ことぞかし…」で始まる七五調の文章で諸礼全般を説いたもの。食礼・座礼・忌み言葉・膳部その他の礼法を記して、最後に「何事もせけんを見たる人々の、そのよきまねを見ならいてせよ」の教訓歌一首を掲げる。同様に『心要集』も、「松たけのよゝをかさぬる、君がよは、四かいのなみかせ、おたやかに、いろめきたわたる、けふのはる、まづせうしきをほんとせよ…」と語調を整えた文章で、正直・孝行・遵法・忠節・兄弟・夫婦、その他の人倫や躾、処世訓を説いたもの。途中で「子共づかひにみちくさ、わらんべのこがたなづかひ、かぜふきにたいまつ…」といった不作法・非道・非行を列挙して戒めとする。巻末に、効能書き風に徳目を並べ、「ふつきじゆみやう丸」と題した教訓を付す。本文を小字・一八行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しょれいだいがく [1945]
諸礼大学‖【作者】田島養元(泥尾・池竜)作・跋。高井蘭山序。滄浪子序(異本)。自寛斎画。【年代】文政(一八一八〜一八三〇)頃刊。[名古屋]永楽屋東四郎(東壁堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『礼道階梯』。大本一冊。口絵の鳳凰図に『礼道階梯』の書名を載せるのが初刊と思われ、改刻本ではこの書名が削除されている。また序文には滄浪子序と高井蘭山序の二種があり、さらに本文前半部を「食礼大学」(やや小字・八行・付訓)、後半部を「諸礼大学」(大字・五行・付訓)とする一本のほかに、その双方を「諸礼大学」とする別本や、前半部を「食礼楷梯」とする別本など異板が数種ある。前半「食礼大学」は、冒頭に「大概食礼のはしがゝりを物語申候ゆへ御聞候へ」とあるように、読者に話しかけるような口調で食礼(客方礼法)のあらましを平易に説く。一方、後半「諸礼大学」は、礼の大意や給仕方礼法、起居進退、請け取り渡し、進物積み方などの作法全般を説き、特に孝養について言及するのが特徴。頭書には「諸礼之図式」「中国善行伝」を掲げ、さらに前付に「五節句由来」等の記事を載せる。〔小泉〕
◆しょれいちょうほうき [1946]
〈童子専用・増補絵入〉諸礼調法記‖【作者】速水春暁斎作・画。【年代】享和三年(一八〇三)刊。[京都]菱屋治兵衛板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈童子専用〉当流諸礼調法記』『小笠原流諸礼調法記』。半紙本一冊。小笠原流諸礼法の基本を記した図解入り童蒙教訓書。巻頭に「帯参らする図」「茶参らする図」「飯喰様」など給仕方礼法・客方食礼に関する図を掲げ、「小笠原流」の由来に触れた後、「素礼の事」以下約六〇項と「婚礼の次第」一〇数項を載せる。例えば婚礼式法では、武家方一般の作法に続けて「町家作法」を掲げるなど、武家礼法にならった略式礼法が庶民に浸透していたことを物語る。江戸初期礼法に見られた秘伝的性格は払拭され、適宜図解を交えて分かりやすく説明する。頭書にも「五節句の事(年中行事を含む)」「四季上下の事」「四季の衣服の事」「生花の事」「常に香を嗅事」「立花見物の事」「茶菓子の事」「濃茶の事」「飯喰様嫌の事」「酌取様の事」「喰初の事」「婚礼忌詞」「髪置の事」「封目の事」など関連知識を盛り込む。さらに巻末に、書簡用語や書札礼のあらましを記した「初学用文章」を付載する。なお、本書に口絵を増補して二巻仕立てに改編したものが天保九年(一八三八)刊『〈童子専用・増補絵入〉小笠原諸礼調法記』†である。〔小泉〕
◆★しょれいてびきぐさ [1947]
諸礼手引種‖【作者】渋川大蔵作。渡辺居由序。【年代】宝暦一三年(一七六三)序・刊。[大阪]渋川大蔵ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『諸礼手引草』『諸礼手引』。縦長小本一冊。「人前にて脇差取心持之事」から「番所幕内様之事」までの一一四カ条を記した礼法書。座礼・給仕方礼法や飾り物・着衣の心得、書画・諸道具鑑賞法などを記す。見返しに「小笠原流町方通用」と明記するように、武家礼法を庶民向けに改変・簡略化したものである。一つ書きの各条に続けて、それぞれ数行の解説を加える。本文をやや小字・八行・所々付訓で記す。なお、本書の続編・後編・拾遺各一冊と、渡辺居由著『〈祝言〉絵本双葉種』全五冊の予告を載せるが未刊か。〔小泉〕
◆★しょれいてほん [1948]
〈新板〉書礼手本〈尊円流〉‖【作者】置散子作・書。【年代】延宝五年(一六七七)刊。[江戸]吉田屋喜左衛門板。【分類】消息科。【概要】異称『書礼要粋手本』。大本三巻三冊。題簽題に『書礼手本』、目録題に『書礼要粋手本』とあるように書札礼全般を説いた礼法書・往来物。上巻には「料紙事」以下一二章、中巻には「連札之事」二四章、下巻には「制札事」以下二二章の合計五八章から成る。料紙・礼紙等の定法・作法、御内書・女房奉書・御奉書・宛状・宛所書・披露状・二重留・連札・触状・盛合書・産所書札・弔状・僧中宛て書状(宛所・脇付等)・各種目録・箱上書・制札・高札・掟書・壁書・法度・条々・絵馬・願書・寄進目録・寄進灯籠銘・女中宛て書状・色紙・短冊までのあらましと、以呂波正字・以呂波読様等について記す。消息例文も随時載せるが、いずれも書簡作法あるいは故実が中心で、一般の用文章とは異質のものである。本文を大字・五行・付訓、または小字・九行・付訓で記す。なお、筆者・置散子は、延宝期の往来物数点を手掛けており、当時江戸で活躍した御家流の書家と思われる。作品には、本書のほかに延宝六年刊『四季仮名往来』†(江戸・井筒屋三右衛門板)、延宝七年刊『富士野往来』†(江戸・本屋三右衛門板)、延宝頃刊『今川状』†(刊行者不明、享保(一七一六〜三六)頃刊『花幼往来』†にも所収)がある。〔小泉〕
◆しょれいどうじくん [1949]
諸礼童子訓‖【作者】小林其楽(南里亭)作。葛飾北洋画。和田正兵衛書。【年代】文政八年(一八二五)刊。[大阪]河内屋長兵衛ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『新刻諸礼童子訓』『〈新鐫〉諸礼童子訓』。小本一冊。小笠原流礼法の基本を綴った絵入りの往来。巻頭口絵に「老子像」(色刷り)を掲げ、以下、礼の本義を始め、「身の上に嗜むべき条々」六四カ条、「鷹に行逢たる礼之事」一カ条、「駕輿(かご)に行逢たる事」一カ条、「林泉を見る事」一カ条、「鞠を見物いたす事」一カ条、その他座礼・食礼、婚礼・葬礼、四季時服から旅行時心得、茶礼等の基本事項をしばしば図解を交えて簡潔に説く。本文を小字・八行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しらいわじょう [1950]
白岩状‖【作者】不明。【年代】延宝四年(一六七六)書。【分類】社会科。【概要】異称『白岩目安』『御目安』『出羽国村山郡白岩郷八千石之惣百姓乍恐奉捧御目安事』『出羽之国村山之郡白岩八千石惣百性乍恐御目安奉捧候事』。大本一冊。江戸後期には概ね『白岩状』と称されるようになった特異な往来で、寛永一〇年(一六三三)に羽前白岩郷(山形県西川町と寒河江市の一部)で起こった百姓一揆に際して、幕府へ提出された訴状を手習い手本としたもの。最上家改易の後に同地方に入部してきた酒井長門守忠重の過酷な支配を二三カ条にわたって告発する。本往来は種々の形態で東北地方に広く流布しており、その数は現在確認されるものだけで四〇本にも及び、半数近くに学習の痕跡が認められることから、基本的には読み書き教材として普及したものと思われる。なお、延宝四年写本(小泉本)は本文を大字・六行・無訓で記す。〔石島〕
◆しらかわおうくんかしんみつふさしのうこうしょうのどうちにたいしてせいしのじょうじょう [1951]
白川王君家臣光房対士農工商之童稚制詞条々‖【作者】源光房作。栗田義居跋。【年代】安永七年(一七七八)作。天明元年(一七八一)跋・刊。[江戸]源光房板。【分類】教訓科。【概要】異称『御神教書』(仮称)。大本一冊。白川王君(白川資顕)の家臣が綴った白川神道系の童蒙教訓書。書名からも明らかなように、『今川状』†を模した二三カ条の条々と後文を大字・六行・無訓(ごく稀に付訓)で記した陰刻手本である。第一条「一、不知神道而、天道終不得神慮之事」、第二条「一、好唐詩・仏意、楽無益之早死事」、第三条「一、小児時不教国明、令惑元在之事」のように全条が禁止項目で、仏教等の「他国の理」に偏らず、幼時より神道を崇拝すべきことを諭す。また後文では、「五行十種の神徳」や陰陽和合説などを略述し、家職出精、正直、忠孝等を説く。条々では異教への傾斜を戒めるが、後文では「神儒仏三道を捨へからす。実に吾国を治る道具なり」と述べる。末尾に「神拝之式礼」「三種大祓」を記す。〔小泉〕
◆しらかわおうらい [1952]
白川往来‖【作者】古里佐次右衛門書か。【年代】天保九年(一八三八)書。【分類】地理科。【概要】飛騨国大野郡白川郷(岐阜県大野郡白川村)一帯の地勢・風俗・物産・名所旧跡等を記した往来。「抑白川郷は分内狭く、殊に道甚嶮岨にして、往還輙からさるといへとも…」と起筆し、まず同所が往来の激しい要地であることや、人々の人情が「柔和にして嵩徳の礼譲厚」く平和なことを述べ、続いて「小白川材木、小呂同、黄蓮…」以下各地の産物を列挙し、後半で四方の地勢、運送手段や番所の様子、また、同地に伝わる伝承や照蓮寺の由来、現在に至る仁政などに言及して結ぶ。〔小泉〕
◆しらかわじょう [1953]
白川状‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】歴史科。【概要】異称『白川小針彦次郎敵討』。大本一冊。白川領主・本田下総守の家臣・小針彦次郎の敵討ちを綴った古状単編型往来。彦次郎の父・小針四郎右衛門殺害の経緯から仇討ちの経緯を三段(二段以下一つ書き)で述べる。「小針彦次郎元来、白川領主本田下総之守殿家臣有之…」で始まる本文を大字・五行・無訓の手本用に記す。〔小泉〕
◇しりゃくせんじもん [1954]
史略千字文‖【作者】伊藤徳裕(益郷・蘭林・山陰)作。【年代】明治八年(一八七五)作・書。【分類】歴史科。【概要】写本は大本一冊。日本開闢以来の歴史を綴った『千字文』型教科書。作者は、現高知県高岡郡佐川町の寺子屋師匠・伊藤徳裕。本文は、「造化神工、乾坤始闢、鴻荒曖昧、ユ焉難測…」と起筆して、天孫降臨、神武天皇東征から日本武尊の征伐や仁徳天皇の仁政、聖徳太子の十七条憲法など主要な事件を点描し、また、公家・武家政治のあらましを述べ、最後に幕末のペリー来航から王政復古までの経緯、新政府下で発展する社会と国際社会で台頭する日本の様子を描く。本書は、明治九年一二月九日付『東京日日新聞』に全文掲載されたものの写しで、本文を楷書・やや小字・一〇行・無訓で記す。〔小泉〕
◆じりんおうらい [1955]
字林往来‖【作者】斧麿作。小池蘭水子書。永綏堂序。【年代】正徳六年(一七一六)作・刊。[大阪]紀伊国屋吉右衛門ほか板。【分類】産業科。【概要】大本一冊。「海上波静、道中風穏時節、求便宜、誂物之注文、并新金・古金・往古金・慶長銀・元字銀…」で始まる全編一通の商品発注書の体裁で庶民通用の語句を列挙した往来。序文には「俗に用来る文字を傍に附して看見に備ふものあり。しかれとも錯乱すくなからす。併、幼童書検の便ともならんかし」とある。収録語彙は順番に、金銀通貨・員数(数の単位)・書籍・絹布織物・寝具・衣類・建築・家財諸道具・穀物その他食品・野菜・植物・魚類・鳥類・獣類・虫類・樹木および草花という具合に前後に関連を持たせながら配列し、最後に、諸国名物は数々あるが高価なものは奢りの基、安価なものは費えの基であると戒め、算用の狂いが生じないように心掛けよと諭す。本文を大字・四行・付訓で記し、所々、漢字の別表記を小字で添える。〔小泉〕
◆じりんちょうか [1956]
字林長歌‖【作者】源堅(竹隠)作・序。戸崎淡園(碕哲・子明・哲夫・允明・五郎太夫・浄巌)跋。細井広沢(知慎)書。【年代】宝永七年(一七一〇)序。明和六年(一七六九)跋・刊。[江戸]小川彦九郎板。また別に[大阪]河内屋嘉七郎(文栄堂)板(後印)あり。【分類】語彙科。【概要】大本一冊。「翰の林、深き習の、それならで、手習ふ道の、浅香山、あさきを汲て、難波津の…」のように七・五、七・五と続く長歌形式で、漢字の点画や正字・俗字・誤字の別を教えようとした往来。『小野篁歌字尽』†と並んで教育史上注目すべき語彙科往来である。日用漢字約一六〇〇字について、例えば「樣(さま)・漾(ただよう)の、旁もと、羊に永(ながし)、隷字には、省て様(よう)を、用ゆべし…」のように本字・正字と略字・俗字の違い、あるいは字形の似た漢字の区別を説くが、「只正と訛を、しりわきて、俗に随がひ、用ゆべし」というのが筆者の主張である。また単に漢字に関する知識のみならず、末尾で寸暇を惜しんで学問せよと諭すように若干の教訓も含む。本文をやや小字・一〇行・付訓で記す。本書後印本(河内屋板)には本文冒頭部(本文第一丁裏二行一段目まで)の詳細な語注「字林長歌釈文(巻一)」を付すが、巻二以降を合綴したものは未発見。〔小泉〕
◆じりんようぶんしっかいぶくろ [1957]
字林用文悉改袋‖【作者】不明。【年代】明和七年(一七七〇)頃刊。[京都]菊屋安兵衛板(寛政四年板)。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。「大雑書」「風月往来」「年中手紙文章」「書状要文章」「万証文亀鑑」「書札用文章」を合綴した用文章主体の往来。各本文を概ね大字・五行・付訓で記す。「大雑書」は暦の中段・下段や日月吉凶・相生占いなどの記事から成る暦占書『大雑書』の簡略版。「風月往来」†は流布本と同様。「年中手紙文章」は「白梅を贈る手紙」「道具鑑定依頼状」など二四通、「書状要文章」は「絹布類販売につき取り計らい依頼状」「材木その他調達依頼状」など商家用文章一九通、「万証文亀鑑」は「預申銀子之事」「永代売渡申家屋鋪之事」など九通の証文類文例、「書札用文章」は「新年祝儀披露状」以下一七通をそれぞれ収録する。頭書に「筆道秘伝」「相馬百官名尽」「小笠原流折形」「世話難字づくし」「進物絵馬之書様」「封状上書高下」その他、書札作法、字尽類や「御制札之写」「武家花押藪」等の記事を載せる。頭書中に「明和七年」の記載があり、絵柄などからも明和頃の初刊と考えられる。〔小泉〕
◆じりんようぶんひっぽうぞう [1958]
〈書札大成〉字林用文筆宝蔵‖【作者】不明。【年代】安永八年(一七七九)刊。[京都]正本屋吉兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。『万代用文字宝大全』†の改題・改訂本。本文は同書とほとんど同じで、「正月祝儀状」から「振舞礼状」までの四〇通を収録する。準漢文体ながら「かしく」「穴賢」で終わる例文数通を含む。本文を大字・四行・付訓で記す。頭書に「諸物異名」を追加したほかは全て『万代用文字宝大全』に同じ。ただし、巻首・巻末記事は本書独自のもので、前付に「漢字の伝来」「武将伝記」「本朝三跡の事」等、後付に「立花砂物并生花」「万請状手形案紙尽」等を載せる。〔小泉〕
◆じるいたんか [1959]
事類短歌‖【作者】藤田維正作・序。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[金沢]中村喜平(知新堂)板。【分類】語彙科。【概要】半紙本一冊。『事類短歌』『続事類短歌』から成る往来。『事類短歌』は「童幼(わらんべ)の、習しるべき文字まて、其大概を書示す、先(まず)天文は日月星、雨風雷(いかずち)電(いなびかり)、雲霧露や霜霰(あられ)、雹(ひょう)や氷柱(つらら)や雪氷、…」で始まる七五調の文章で、天文・時令・地理・宮室・人倫・官職・身体・衣服・飲食・器用・草木・禽獣の一二分類の語彙を列挙したもの。『続事類短歌』も同様に「夫、絹布(きぬぬの)の其類は、金襴錦繍(ぬいもの)や、紗綾綸子(りんず)や縮緬や…」で始まる文章で、絹布・染色・金石・響器・兵器・耕具・紡織具・身具・舟輿・玩具・穀菜・果類・花草・花木・鱗介・蟲類・数目の一七分類の語彙を列記する。いずれも本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◇しろいしじょう [1960]
白石状‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】歴史科。【概要】伊達政宗から伊達越前守・最上出羽守に宛てて綴られた古状型往来。「急度令啓達候。去る五日之状、今日之辰之刻に相届、令拝見候…」で始まる短文の書状で、直江兼続の攻撃の様子や白石城攻略後の福島進出について記す。なお、岩見氏旧蔵本は弘前地方で使用された手本。〔小泉〕
◇しんいまがわじょうえしょう [1961]
〈新撰首書〉新今川状絵抄‖【作者】不明。【年代】江戸中期刊か。[仙台か]刊行者不明。【分類】教訓科。【概要】異称『今時登山児童手習制詞条々』『手習新今川』。大本一冊。享和三年(一八〇三)刊『手習今川制詞条』†と同一の本文に頭書絵抄を加えたもの。本書は大本で、体裁等から仙台板と推定され、刊行年も享和三年板よりも早い可能性もある。もともとは享保七年(一七二二)に始まる京都板の合本科往来『童訓往来(仮称)』†の頭書などに収録されていたもので、それを単行本仕立てにしたものであろう。「一、不達文筆而諸道終不得自由事」の一条から始まる全二三カ条と後文から成る構成は『今川状』†を模したもので、主として手習いをする子どもたちの稽古や生活態度に関する事柄を禁止条項の形で列挙する。また後文には、幼少の時に正しい筆法を身に着けることの大切さや、筆道修練に励むべきことなどを諭す。見返に「用字集」および挿絵を載せる。〔小泉〕
◇しんいまがわどうじきょうくんじょうじょう [1962]
新今川童子教訓条々‖【作者】不明。【年代】宝暦一〇年(一七六〇)刊。[大阪]鳥飼源十郎ほか板。【分類】教訓科。【概要】宝暦一〇年刊『新童子往来万世宝鑑』†を始めとする大阪板系統の合本科往来に収録された往来で、単行刊本はない。『今川状』†の改編版では比較的早く、また掲載頻度も高かった。「一、不順父母之命而、不可立人道事」以下の二九条と後文から成る。全体の構成と文面は『今川状』の模倣だが、条数が異なる。また、条々の大半が「不可(ざるべからず)」で終わるのも、「…事」と結ぶ『今川状』とは異なる。条々の内容は、兄弟友愛、師仕え、読書・手習い、諸勝負・好色本等の戒め、忠孝、礼儀・起居進退、婚姻、孝養・看護、先祖崇拝、家来への憐愍、公儀・法度遵守、約束厳守、家職精励、収賄禁止、和歌・音曲・茶道の嗜みなどで、後文では、四民の分限に応じた学問・芸能・諸礼や五倫その他の処世訓である。〔小泉〕
◆しんえどおうらい [1963]
新江戸往来‖【作者】呉陵軒可有(呉綾軒・緑江)作。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。安永六年(一七七七)刊『繁栄往来』†の改題本。安永板の題簽題・首題・尾題および刊記部分を改刻しただけのもの。近世後期における江戸府内の社寺の年中行事について記す。巡りくる月日の順序に従って、主として社寺の行事名を書き連ねるが、社寺と関係なく江戸庶民の行事もいくらか含まれる。本文を大字・六行・付訓で記す。巻頭に「真崎隅田川之風景」「隅田川八景之和歌」を掲げる。〔石川〕
◇しんおんないまがわひめこまつ [1964]
〈頭書絵入〉新女今川姫小松‖【作者】不明。【年代】正徳四年(一七一四)刊。[江戸]西村伝兵衛(紅屋伝兵衛)板。別に[江戸]吉文字屋治郎兵衛板(後印)あり。【分類】女子用。【概要】異称『〈日用重宝〉女今川宝嚢』『今川になぞらへて自をいましむ制詞の条々』。大本二巻二冊。元禄一三年(一七〇〇)刊、沢田吉作『女今川』†の本文に頭書絵抄を加えたもの。本文を大字・四行・付訓(稀に左訓)で記す。頭書には女性礼法一般や「五節句の文」「七夕新歌尽」「短我身の上」「食物くい合わせ」「毒消し」等の記事を載せるが、宝永六年(一七〇九)刊『女節用集文字袋家宝大成』†所載記事の模倣と思われる。〔小泉〕
◆しんおんなだいがくようかん [1965]
〈教訓〉新女大学要鑑‖【作者】白崎尭谷(竜走軒)作・書。【年代】慶応二年(一八六六)刊。[江戸]大和屋作次郎(衆芳堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『新女大学』。大本一冊。享保元年(一七一六)刊『女大学宝箱』†の編集形態に倣い、四八カ条の壁書形態をとって女性教訓の数々を大字・五行・ほとんど付訓で記した手本。最初の一六カ条は、誕生・幼児より五、六〇歳になるまでの女性が営む生活と生涯に沿った教訓が記されている。各条の概要は次の通り。第一条、六、七歳まで男女の教育は隔たりなく行われる。母の教育上の責任は重い。第二条、女子は七歳より男子と席を別にして教育される。第三条、七、八〜一一、二歳まで習字・読書に励む。第四条、一二歳より手技をならう。第五条、婚姻までに女性として必須の教訓・教養を身につける。第六条、人生における夫婦婚姻の意義。第七条、婚家の法式・法度を覚える。第八条、舅・姑に孝養を尽くす。第九条、夫婦の道は五常が第一であり、懐胎しては身持ちを大切にする。第一〇条、懐胎中の心得(特に胎教)。第一一条、夫に隋順して悋気を慎む(在原業平の事例)。第一二条、嫁入りに際しての衣装・食物をはじめとする種々の心構え。第一三条、内を守って、見物・遊山などの外出は慎む。第一四条、婚家の生業にも心を付ける。第一五条、四〇歳は老いの初め、行く末を案ずる。第一六条、女性は五〇、六〇と歳を重ねて僻みやすくなるので、慎みが肝要。──ここまでは各条とも長文であり、特に第一〇〜一三条は、具体的で詳細な内容に及ぶのが特徴。また、第一七〜四八条の三二カ条は、「子として親に背く事なかれ」「女として男に勝つ事なかれ」と、当代の女性に求められた種々の心構えを箴言風に綴る。『女大学宝箱』と同一の女性観・女性教育観に立ちながら、内容を大きく変容・敷衍した点で注目すべき女子用往来であろう。〔石川〕
◆しんおんなようぶんたいせい [1966]
〈三輪剔著述・頭書教訓挿画・明治〉新女用文大成‖【作者】三輪剔作。岡本彦信書・序。長英画。【年代】明治一四年(一八八一)序。明治一五年刊。[大阪]吉岡平助(宝文軒)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈頭書教訓挿画〉明治新女用文大成』『明治新女用文』。中本二巻二冊。上巻に四季折々の手紙、下巻に種々雑多の手紙文を収録した女用文章。各例文とも比較的長文で、本文の所々に挿絵(全部で一〇葉)を掲げる。上巻には「年始の文」以下四四通(いずれも往復文)を載せ、四季時候の文や蛍狩・納涼・蓮見・観月・虫の音鑑賞・茸狩り・紅葉狩といった四季行事の誘引状のほかに紀元節・天長節・博覧会等を扱った例文も見える。下巻は雑の部で、「縁談問合を頼む文」から「悔みの文・同返事」までの五六通を収録する(上下巻合計で一〇〇通)。近代的な題材は手芸学校入門くらいで近世の女用文章とさほど変わりばえしない。本文を大字・五行・付訓(任意の漢字に左訓を施す)で記す。上巻頭書に賢女略伝を集めた「中外賢女鑑」、下巻頭書に九章に分けて説いた「女子教訓」を載せる。〔小泉〕
◆しんかがみぐさ [1967]
〈新板絵入〉新鑑草‖【作者】光風子作・序。雪巌散人序。【年代】宝永八年(一七一一)序。享保一四年(一七二九)以前刊。[大阪]千草屋新右衛門(千種屋・赤松閣・平瀬新右衛門)板(宝暦九年(一七五九)板)。【分類】教訓科。【概要】異称『〈和語陰隲〉新鑑草』。大本九巻五冊。「古今の忠臣・孝子・貞女・烈婦の潔志・徳行」と「乱臣・賊子・姦婦・淫女の暴悪・濫行」の数々とその因果応報のあらましを記した教訓書。巻之一「王秀人の命を救ひ禍変じて福と成事」以下三話、巻之二「王優鶏をたすけて水難を遁幸を得し事」以下四話、巻之三「高慶不義をなして福ひを失し事」以下三話、巻之四「楊白之金を還して福を得たる事」以下五話、巻之五「薛東之乳母を棄る事」以下三話、巻之六「宋明常天を祈て妻を得る事」以下三話、巻之七「楊備城隍を祷て金を得たる事」以下三話、巻之八「黄琢狐を娶る事」以下四話、巻之九「林旁妖怪を捉へし事」以下五話から成る。古語などを引用するが出典等の詮索は避け、説話の展開を重視する。また、説話毎に挿絵を掲げる。本文をやや小字・一〇行・ほとんど付訓で記す。〔小泉〕
◆★しんがくいろはいましめ [1968]
心学いろはいましめ‖【作者】小山駿亭(政紀・士綱・甚兵衛・器慶)作・画(文政板)・序。鶴亭九皐・梅亭華渓画(天保板)。小山紫烟跋。【年代】文政七年(一八二四)序。文政八年跋・刊。[名古屋]玉野屋新右衛門(玉華堂)板。また別に[名古屋]美濃屋伊六(本屋・静観堂・三輪伊六)板(天保四年(一八三三)板)あり。【分類】教訓科。【概要】異称『〈心学〉以呂波戒〈絵入童戒・真仮附録〉』『絵本いろは戒』。半紙本一冊。作者が児童の玩びに作った「いろは譬(たとえ)」と称する一種のカルタを、ある晩に講釈したところ、子ども達が強い関心を示した。これを求める親も多かったため、その内容を上梓したのが本書である。半丁にい・ろ・は…の丸付き文字と同音の漢字を楷書で掲げ、さらに「い」なら「いちを聞て十を知る」、「ろ」なら「ろく十の三ッ子」といった俚諺を掲げてそれを平易に注釈し、さらに俚諺とは別に「いつまてもたくはへおけよいろは歌、よむ度毎に身のほとをしる」のような教訓歌一首を添えたもの。本文をやや小字・一二行大・ほとんど付訓で記し、本文中に九葉の挿絵と教訓文を挟む。なお、文政板(駿亭画)と天保板(鶴亭九皐ほか画)では挿絵が全て変更されており、一部挿絵(半丁)の有無により左右の配置が異なるなどの異同がある。〔小泉〕
◆しんがくおうらい [1969]
〈両点〉進学往来‖【作者】鶴田真容作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]小森宗次郎板。【分類】教訓科。【概要】中本一冊。寛政六年(一七九四)刊『童子進学往来』†を部分的に改編した往来。例えば冒頭部の「凡、人生れて八歳にして小学に入、十五歳にして大学を学ぶ事和漢其教へ異なる事なし」の一文中の「八歳」を「七歳」とし、「和漢」を「和漢洋」に改めるといった、微細な改編である。寛政板とほぼ同様に学問の大意を説き、さらに司馬温公ら中国の七賢人による勧学の教えを敷衍する。本文を大字・六行・付訓(漢語の大半に左訓)で記す。寛政板の頭書、すなわち「聖賢之異意」等の記事を一切省いたが、例外的に「司馬相如伝」だけを表紙見返に掲げた。〔小泉〕
◆しんがくじんこうき [1970]
〈狂歌地口〉心学人孝記‖【作者】豊年舎泰平(宝田千町・賜堂・谷金川・金兵衛)作・序。歌川貞房画。【年代】弘化二年(一八四五)序・刊。[江戸]森屋治兵衛(錦森堂)板。【分類】教訓科(心学書)。【概要】異称『人孝記』。中本一冊。本書の書名は和算書『塵劫記』†のもじりであるが、書名にふさわしい内容は本文欄ではなく頭書欄である。即ち、頭書は九九の読み声に似せた地口であり、例えば「二二ケ四」は「二人が仕合」、「二三ケ六」は「ぢいさんがらく」、「二四ケ八」は「武士がかち」のようにそれぞれ挿絵入で教諭するもので、「九九八十一」まで三六の地口を掲げる。また本文欄には、石門心学に見られる正直、堪忍、分限、孝行等の教訓文を掲げ、道歌を絵解きする。文政二年(一八一九)刊の『尽孝記』†にならって編んだものであろう。〔小泉〕
◆しんぎょくようぶんじくんかがみ [1971]
〈初学通宝〉新玉用文児訓鑑‖【作者】不明。【年代】江戸中期刊。[大阪]糸屋市兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『新玉用文』。半紙本一冊。「年始しうぎ状」から「歳暮しうぎ状」までの二五通を収録した用文章。四季折々の手紙を基本に、各種の祝儀状・依頼状・誘引状・見舞状なども載せる。本文を大字・五行・付訓で記す。裏見返に「書状のふうじやう」を掲げる。〔小泉〕
◆しんけつさんじきょうちゅうかい [1972]
新嚴O字経註解‖【作者】陳翰迅注。【年代】明暦四年(一六五八)刊。[京都]婦屋伝左衛門(麩屋伝左衛門・林伝左衛門)板。【分類】教訓科。【概要】異称『三字経註解』。大本一冊。『三字経』†の本文を三字一句毎に楷書・大字・六行大・無訓で掲げ、語注主体の簡潔な割注(漢文注)を施した注釈書。本書は、享保一三年(一七二八)に京都・額田正三郎らによって再刊された。〔小泉〕
◆しんげんごしきもく [1973]
信玄御式目‖【作者】武田信玄・武田信繁作。竜山子・武田信繁跋。【年代】天文一六年(一五四七)〜永禄元年(一五五八)作。寛文(一六六一〜七三)頃刊。[京都]水田甚左衛門(習文軒・習成軒)板。【分類】教訓科。【概要】異称『信玄家法』『信玄式目』『甲州法度之次第』。大本二巻二冊。上巻に、信玄が天文一六〜二三年に制定したという『信玄家法(上巻)』五七カ条(天文一六年六月に五五カ条制定、同二三年五月に二カ条を追加)、下巻に、信玄の弟・信繁が永禄元年四月にその子・信豊に示した家訓『武田信繁家訓』九九カ条を収録した手本。大字・五行・付訓で記す。上巻は検地・年貢・諸役、その他行政、訴訟・民法・刑法・治安などの領国統治を規定した「家法」であり、下巻は、「屋形様(信玄)」に対する忠誠など、武田家一族や家臣が守るべき心得を『論語』『孟子』『史記』等の言葉を借りて述べた家訓である。近代以前は、この上下巻とも信玄作と広く信じられていたために『信玄家法』等の書名で普及した。『寛文一〇年書目』に「二冊、信玄式目」と見えるが、刊本はこの江戸前期板や『群書類従』本の二種のみと思われる。〔小泉〕
◆じんこうき/じんごうき [1974]
塵劫記‖【作者】吉田光由(七兵衛・久庵)作・序。【年代】寛永四年(一六二七)刊。[京都]吉田光由蔵板。【分類】理数科。【概要】初板本は大本三巻三冊。寛永四年板を初板として、最も広く長く普及した算書。寛永四年本は四巻二六条で、ほかに寛永四年の序を有する五巻四八条本や五巻五〇条本、また三巻四八条本など寛永期のみで最低二〇種以上の板種が推定される。ただし、直接の祖本となって後世に普及したのは寛永二〇年板(三巻五六条本。京都・西村又左衛門板)といい、以後三〇〇種以上の類本を生んだ。典型的な内容・特徴を備えた寛永一一年板を基準にすると、上巻は前半に数の単位・度量衡・掛け算九九・割り算九九・そろばん図付きの乗除算、後半に米の売買・俵の数え方・両替・利息計算等を収める。中巻では検地(面積計算)・知行物成り(租税計算)・普請割り(工費計算)等を扱い、下巻は高度や距離の計算・「からす算」「ねずみ算」のような大きな数字、また遊戯的な問題をあげ、最後に開平(平方根)・開立(立方根)の問題に及ぶ。算数、特に算盤による計数能力の開発を期しながら、庶民が営む日常生活、とりわけ経済活動に即した多くの問題が設定されていること、興味を持たせる豊富な挿絵を掲げる点が特徴的である。本書は山田正重作・万治二年(一六五九)刊『改算記』†とともに、近世中期より後期・末期の算数型往来に与えた影響は深甚であり、『塵却記』の名称は算数教科書の代名詞となった。〔石川〕
◆じんこうき [1975]
〈改正〉ぢんこうき‖【作者】不明。【年代】明治頃刊。[東京]小森宗次郎(木屋宗次郎)板。【分類】理数科。【概要】異称『早割塵劫記』。中本一冊。見返に「十露盤之図」や割声を掲げ、以下、本文に「九九の数の事」、簡単な例題とともに図解した八算見一、「銭相場割の事」などを収録した簡易な算書。〔小泉〕
◆じんこうき [1976]
〈教訓狂歌〉尽孝記‖【作者】入江致身作・序。上河正楊補。鎌田柳泓(鵬・玄珠・曲肱庵)跋。笙洲画。【年代】文化一〇年(一八一三)序。文政二年(一八一九)跋・刊。[京都]橘屋儀兵衛(広徳軒・玉照堂)板。【分類】教訓科(心学書)。【概要】異称『寄十露盤教訓(そろばんによするきょうくん)』。半紙本一冊。算盤の割声や掛声の言い回しに似せて綴った教訓歌五〇首を収録した絵入り教訓書。「二之段」〜「九之段」「余意」と上河正楊の「追加」から成る。一例として「二之段」の冒頭を示すと、「算盤のあふても二一天作の、五常にあはぬ事は御無用」のように、各首の中に読み声を含む狂歌で、いずれも孝徳を諭す。本文をやや小字・八行・付訓で記す。なお、作者・入江致身は恭敬舎主。〔小泉〕
◆しんごおうらい [1977]
〈開明〉新語往来‖【作者】深沢菱潭作・書。【年代】明治七年(一八七四)刊。[東京]書学教館蔵板。吉田屋文三郎(文江書房)売出。【分類】語彙科。【概要】異称『〈文明〉新語往来』。半紙本一冊。「偉哉(おおいなるかな)方今、開明・盛大の御聖世、徳化・徳沢・仁恤の恵は四海八隅と万国世界に浹洽(きょうごう)し…」で始まる七五調の文章で、新語を中心に同義語や類語を列挙した往来。文明開化の著しい日本の姿(国体・国政)と、天皇・皇族・官僚・国民が一体となって「脱旧除弊」「去古迎新」に努めること、また文明社会における学問・文化周辺の語彙や心得、さらに、人倫、学校教育、学習すべき書物(和漢洋の具体的書名を列挙)、日本の国土・地理・政治、諸外国名、神国日本の沿革、東京の歴史や現況、日本の治安、風俗、物産、経済、行政、諸官庁、通信・運輸等の語彙を羅列し、最後にめざましく発展してゆく日本の現状を述べて締め括る。本文を大字・四行・付訓で記し、語句の大半に左訓を施す。〔小泉〕
◆しんこくしょうがくぞうし [1978]
神国小学ぞうし‖【作者】村上松太郎作。石亭画。【年代】明治年間刊。[東京]村上松太郎板。【分類】教訓科(戯文)。【概要】中本一冊。戯画を交えながら、皇国民としての心得を七五調の戯文で綴った草双紙。まず「神さまを敬ひまつり我国を大事にする」のが神国の道の要であると述べ、商人・百姓・職人の心得や、神国のなりたち、非道への天罰、神民たる者のあり方などを説いた通俗道徳である。なお、見返や本文中に「三則の旨を神社宝前に於て説教のところ」など五葉の挿絵を掲げる。本文を大字・六行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しんこくじょくんしょう [1979]
神国女訓鈔‖【作者】大神貫道(山口日向守)作・序。高橋りう書。【年代】明和二年(一七六五)序・刊。[大阪]田原屋平兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『神国女訓抄』。半紙本一冊。仏説を排除し、神道思想に即して説いた、近世中期の絵入り女訓書。作者は摂州東成郡上宮の神主。神国日本の濫觴や本朝が「女王国」と称される理由、また仏教とは正反対に神道で女性が尊ばれる所以などを説く。男女ともに「淳(すなお)に、正直(まっすぐ)に、親につかへ、君を敬ひ、夫婦・兄弟むつましく…」といった理想を神話に基づいて諭すのが特徴で、仏説の非なることを縷々述べる。本文をやや小字・九行・付訓で記し、本文中に挿絵数葉を掲げる。また巻末に、散らし書きの跋文を載せる。また、末尾に「長玄海堂門人、高橋氏りう女書、十三歳」とある。〔小泉〕
◆しんこくようどうおしえぐさ [1980]
神国幼童おしへ草〈附孝行和讃・因果和讃〉‖【作者】存統和尚作。宇田総兵衛編。e宏(勲誉)序。【年代】明治二六年(一八九三)序・刊。[東京]宇田総兵衛(大村屋総兵衛)板。【分類】教訓科。【概要】異称『神国幼童教艸』『神国幼童おしえ艸』。やや小型の中本一冊。「諸法実相の眼」をもって見れば、あらゆる言葉に真理が含まれるとの考えから、「ちやうち」「あわ」「あたまてんよ」など一三の幼児語を掲げて、仏教的または儒教的な解釈を加えたもの。各頁に家庭での幼児の姿態を描き、上欄に幼児語とその説明を置く。説明の内容は、例えば「にぎれろ」の「にぎ」は「仁義」で、「れろ」は「礼に居れ」を意味するといったような牽強付会である。なお、巻末に「孝行和讃」†と「因果和讃」を収録する。本文をやや小字・概ね九行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しんこしょうばいおうらい [1981]
〈小学須用〉新古商売往来‖【作者】桜井頴麿作。福岡欽崇(敬堂)書。伊勢良量校。【年代】明治一二年(一八七九)序・刊。[名古屋]溝口嘉助蔵板。細川小八郎売出。また別に[名古屋]小沢吉三郎(百架堂)板(明治一六年板)あり。【分類】産業科。【概要】異称『〈小学新古〉商売往来』。中本または半紙本一冊。堀流水軒作の近世流布本『商売往来』†にならって明治期に編まれた新編『商売往来』の一つ。『新古』と銘打つのは、大字・楷書で綴った新編本文の脇に小字・行書の旧『商売往来』を添えるためである。このうち新編の方は「都(すべて)商法、採鬻(とりひさぐ)、書翰、計算、運輸者、記表、証券、報知、掌握、抵当、決算簿、陳烈、為替之標(しるし)也…」で始まる文章で、金融・秤量・穀類・交通(運送・貯蔵)・郵便・衣類(洋服)・染模様・武器(近代兵器)・金属・発明品・家財諸道具・日用品・実験用器財・薬品・魚鳥類等の語彙を列記し、最後に商人心得(教養・芸能・質素倹約・店内美化・接客・信仰心など)を述べて結ぶ。中本は本文を大字・三行・付訓、半紙本は大字・二行・無訓で記す。〔小泉〕
◆★しんさつおうらい [1982]
新札往来‖【作者】眼阿(素眼)作・書。【年代】貞治六年(一三六七)書。【分類】古往来。【概要】巻子本二巻二軸。全編一通(新年状)の手紙文形態を採りながら、この間に新年の言葉から歳末の言葉に至るまで四六項にわたって当代の社会生活に必要な厖大な単語・短句集団(合計四三条六〇六句、四六五二字)を収めた古往来。上巻には年始の言葉、新年儀式、天神祭、返状冒頭語、初午詣、花見、茶、香の種類、餝氈の諸道具、軸物、加茂祭、祇園御霊会、馬の種類、弓・鎧・甲の細工、刀鍛冶、朝飯の料理、点心、茶の子、菓子、遊戯、勅撰集、歌集、物語本の注抄、手跡、漢籍、蹴鞠、犬追物、笠懸、田楽、猿楽に関する語句を、下巻には音楽、御輿動作、医薬・医療、卜占術、加持祈祷、施政心得、地頭心得、除目補佐、裁判の公正、神事・神領・神社、寺院、浄土宗教義、禅寺行事・儀式、律宗諸寺、歳末の言葉に関する語句をそれぞれ収録する。貞治六年写本・応安七年(一三七四)写本(いずれも尊経閣文庫蔵)は下巻のみ。完本の最古本は康暦二年(一三八〇)写本(謙堂文庫蔵)で、本文を草書体・一行約九字・無訓で記す。なお、『続群書類従』巻三六三所収の天文一五年(一五四六)亀松丸筆写本は、四二条五七八句、四四五三字を収録する。〔石川〕
◆しんしきもく [1983]
新式目‖【作者】不明。【年代】明暦二年(一六五六)刊。[京都]村上平楽寺板。【分類】社会科。【概要】大本二巻二冊。「第一、訴訟人作法事」から「第六十、御公家衆之事」までの六〇カ条の法令(式目)を手習い手本としたもの。各条を大字・六行・付訓で記し、付則を割注形式で綴る。内容は、判決を下したり取り締まったりする側の基準や心得が中心で、凶悪犯の扱いから跡目争い、夫婦の問題・商売・耕作・質屋・風呂屋・遊女屋などの庶民の日常卑近なことにまで及ぶ。封建的・儒教的な色彩は免れ難く、「五人組(本書では「十人組」)」式の連帯責任制、子が親を訴えることを事実上禁止する「孝」の重視などが見られる。また、奉行所の手を煩わせなくとも解決できるものは自治的に解決するように求めている。その一方で、取り締まる側にも、改心した者は追いつめないなどの恩情、賄賂の授受や依怙贔屓の禁止、証拠がないまま犯人として捕らえることの禁止等が求められている。要するに、公儀の考え方や治世方針の一端を示すものとなっているわけで、これを学習者に浸透させようとするのが本書編集のねらいであったと考えられる。なお、本書は『京都所司代板倉氏父子公事扱掟条々』と内容的に重なるものがあり、史実的当否は置いておくとしても、この式目が名裁判官板倉父子の名を喧伝するための材料として用いられたことは確かであろう。なお、本書の後印本に宝暦二年(一七五二)、大阪・平瀬新右衛門求板本(筑波大蔵)がある。〔丹〕
◆しんじつごきょう [1984]
新実語教‖【作者】不明。【年代】宝永五年(一七〇八)刊期。安永(一七七二〜八〇)頃刊。[京都]墨屋(炭屋)文蔵板。【分類】教訓科(心学書)。【概要】半紙本一冊。一説に明の陳元贇作とされる『朱子家訓』本文(ほぼ漢字七字一句で、二句を一条とする一九条と後文から成る)を概ね単句毎の四一段に区切り、陳元贇作とされる『朱子家訓』(『朱子家訓便蒙抄』†参照)本文の単句を大字・二行・所々付訓で記し、さらに各句の理解を助ける教訓歌を出典とともに小字で掲げる。冒頭「父之所貴者慈也/「後撰」人のおやのこゝろはやみにあらねとも、子をおもふみちにまとひぬるかな、兼輔」のように、儒教の抽象的な処世訓を和歌によってより深く理解させようとした点に特色がある。ただし、『朱子家訓』の第三・四条に相当する部分が本書第一〇条の間に挟まるなど語句の転倒も見られる。『新実語教』と称するが、『実語教』†からの影響はほとんど皆無であって、手島堵庵作『新実語教』†(漢字六字一句から成る)が『実語教』に似通った文言で綴られているのとは対照的である。しかしながら本書は、『わがまもり』『子孫繁昌記』等の心学書にも収録されており、堵庵の『新実語教』とともに石門心学においては有益な教訓書として用いられた。〔小泉〕
◆しんじつごきょう [1985]
新実語教‖【作者】手島堵庵作・書・跋。【年代】天明元年(一七八一)跋・刊。[京都]淡海治郎吉ほか板。また別に[京都]淡海庄兵衛ほか板(寛政元年(一七八九)板)あり。【分類】教訓科(心学書)。【概要】異称『新実語教〈続編〉』『理学津梁』。半紙本または大本一冊。『朱子家訓』を改編した前項『新実語教』†の続編として編まれた往来・心学書。『実語教』†形式の文章に聖賢の語を織り込んで綴る。本文は「人有私智不貴、義理以直為貴…」で始まる漢字六字一句、合計二七〇句から成る。「私智」「文辞の学」「記聞の学」に対する「無我」「実学」「孝弟の教え」を強調し、「一個の小天地」たる人間が悟るべき「本心」から人倫全般の諸教訓までを説く。天明元年板は堵庵自筆本を上梓したもので、行書・大字・六行・無訓(稀に付訓)で綴るが、ほぼ同時期(天明元年刊か)に本文を行書・大字・六行・付訓(総振り仮名)で記した異板もある。さらに翌年の天明二年には本文を楷書・大字・六行・無訓で綴り、上河淇水の頭注を付した改題本『〈標註〉理学津梁』も刊行された。なお、『理学津梁』の巻末には前二者を「手嶋先生手書之本、一冊/草書平仮名附之本、一冊」と紹介するから、前二者(無訓本・付訓本)はほぼ同時期に刊行されたものである。〔小泉〕
◇しんしゅういなりおうらい [1985-2]
信州稲荷往来‖【作者】中村甚平(茂)作・跋。【年代】慶応二年(一八六六)跋・書。【分類】地理科。【概要】重写本は半紙本一冊。信州更級郡稲荷山(長野県更埴市北部)周辺の地理を綴った往来。「そも稲荷山といふは、むかしより故有て里の名とす。此地都を去て百里に足らず、北越に近き事纔に二日路なり。山多くして焚物に事欠ず…」と書き始め、同地の地勢や気候、戸数、市が立つ回数、町名、祭日、寺社・堂塔・宝物、本陣、民間医療、修験者・巫女、町家、農家、職人、市で取り引きされる山間部の物産、穀類・青物・商品作物、呉服・衣類・日用品等の諸商品、工芸品、旅籠屋、魚屋、酒屋、茶屋、紙屋、材木屋、瀬戸物屋、鍋屋、藍屋、糀屋、青物屋、豆腐屋、煙草屋、菓子屋、大工、鍛冶屋、左官、研ぎ師、表具師、傘屋、桶屋、髪結い等々の多様な職業を概説し、さらに田畑での作付けや農閑期の余業に触れた後で、衣食住が揃って暮らしやすい地で、余力があれば嗜みたい学芸にも言及する。地域の名所よりも諸職・諸商売の紹介に重点を置くのが特徴。〔小泉〕
◆しんじゅうにがつじょう [1986]
〈童蒙必携〉新十二月帖‖【作者】河村祐吉作。小島巌書。蘭畦序。【年代】明治七年(一八七四)序・刊。[大津]秋香書屋蔵板。琵琶湖新聞会社ほか売出。【分類】理数科。【概要】半紙本二巻二冊。「太陽回暦、四海各国新禧一般至祝無彊」という本文の左側にさらに「トシノハジメ、イヅクモメデタク、イチドウイハヒ、カギリナシ」という、旧来の例文に相当するよみを示す。二四通の例文中、国旗掲揚、紀元節などの新しい習慣に触れた箇所があるが、全体としては、神道に由来する様々な行事を、人々の耳目を引く太陽暦採用という出来事を背景に若干の新味を出しつつ、手紙文例の形をとりながら説明しようとしたものであろう。太陽暦採用間もない頃、二月の手紙に「今日立春、東風解氷…」とあるのは、確かに異様に感じられたであろう。本文を大字・四行・付訓で記し、漢語の多くに左訓を施す。〔母利〕
◆しんじゅうにげつおうらい/しんじゅうにがつおうらい [1987]
新十二月往来‖【作者】藤原良経(後京極良経)作。伝慈鎮(慈円・道快)書。【年代】鎌倉前期(建永元年(一二〇六)以前)作。嘉禄元年(一二二五)以前書。【分類】古往来。【概要】巻子本一軸。中流貴族と武家との間で交わされた、「年賀とともに相手の昇任を内報する状」から「諸料の早期到着を賞する状」までの往復書簡二四通(各月往復二通)を収録した古往来。新年の賀詞、初午詣、桃花・曲水の宴、七夕、放生会を始め、四季の景趣・行事を主題にする。最古の伝慈鎮筆写本(服部家蔵)は、草書体・一行約一〇字で記し、返り点・送り仮名を付す。良経は建永元年没なので本書はこれ以前の作、慈鎮は嘉禄元年示寂なので上記古写本はそれ以前の書写であろう。なお『群書類従』本は大本一冊で、本文を大字・一〇行・無訓(例外的に付訓)で記す。〔石川〕
◆しんしゅんじょう [1988]
〈御家〉新春帖‖【作者】乙部重政(竜渓堂・子明)書。【年代】安永六年(一七七七)刊。[江戸]奥村喜兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。新年披露状以下三八通の消息例文を載せた陰刻手本。書名は第一状の冒頭「新春之御吉慶不可有際限…」にちなむ。冒頭七通は将軍その他高位に対する新年状(あるいは新年の行事に際した書状)で、続いて、暇乞いの許可および種々拝領の礼状(披露状)、重陽祝儀状拝受に関する書状、湯治見舞状(披露状)など上輩向け書状が大半だが、親しい者とやりとりする種々の手紙や仮名文・散らし文も含む。本文を大字・三行・無訓で記す。末尾に詩歌八編を散らし書きで綴る。〔小泉〕
◆しんしゅんじょう [1989]
新春帖〈書札文集〉‖【作者】坂川暘谷(坂川貴文・芝泉堂)書。熊谷暘周(東泉堂)跋。【年代】弘化四年(一八四七)書・跋・刊。[江戸]和泉屋吉兵衛(泉栄堂)板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。「新春之御慶不可有際限御座候…」で始まる新年祝儀状(披露状)以下三九通の消息(準漢文体・和文体)と詩歌八編を綴った手本。本文を大字・八行・無訓で記す(詩歌は五行程度)。冒頭に披露状など武家公用の最高位の例文数通を掲げ、続いて美酒嘉肴の礼状や湯治見舞状、その他四季消息文等の私用文、最後に並べ書き・散らし書きの仮名文数通を収録する。巻末に「青蓮院宮御門弟/芝泉堂先生書/泉栄堂蔵板目録」と題して、芝泉堂および門人筆の手本二四本の書名を列挙する。〔小泉〕
◆しんしょうそくおうらい [1990]
新消息往来‖【作者】高井蘭山作。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】消息科。【概要】中本一冊。もともと農家子弟用に編まれた『田舎消息往来』†の冒頭部分のみを改編した改題本。同題だが次項『〈万家日用〉新消息往来』とは別内容。序文には『累語文章往来(消息往来)』†『続消息往来』†に漏れた「日用書通の文字」を集めて『新消息往来』と題したとするが、『田舎消息往来』の冒頭「農民日用書状…」を「万民日用書状…」と直しだだけで他は全く同じである。巻首部分改刻にあたり、口絵を削除して蘭山の自序に置き換え、頭書「文通上下の心得」(三丁表まで)も一部省略した。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しんしょうそくおうらい [1991]
〈万家日用〉新消息往来‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[大阪]敦賀屋義助ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。流布本『累語文章往来(消息往来)』†の遺漏を補う目的で編まれた往来。同題だが前項とは別内容。「書者、雖不尽言、再馳筆補前章之遺漏。凡通達・書牘之文義、四季寒暖之深浅、贈答・言語之次序…」と筆を起こし、一二月異名や、臨時の変・不慮の事故、四〇歳以上の祝儀(不惑、初老、知命・半百、本卦・還暦、古稀、米年)、家宅等の佳節など手紙に書かれるあらゆる状況を列挙し、さらに、人道・非道、士農工商の家職や心得、遊興・悪行、学問・修身、家財・宝物、妙薬・扶助、筆道・十露盤のすすめなどに関する語句や心得を書き連ねる。本文を大字・五行・付訓で記す。流布本『消息往来』が書簡用語に徹しているのに対して、本書は後半部で『諸職往来』†にも似た様相を呈するなど、一種の産業科往来・教訓科往来の趣を持つ。〔小泉〕
◆しんしょうそくおうらい [1992]
〈文明〉新消息往来‖【作者】松浦果作。【年代】明治七年(一八七四)刊。[彦根]小川九平(圭章堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『文明消息』。半紙本一冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†と同様の文面で綴った明治期新編『消息往来』の一つ。「夫、消息者、近所・近国・遠方・隔地を不論、面談・対話之外…」と起筆し、消息の意義を知り消息用語をよく学ぶことは、郵便や電信が発達した世の中に一層重要であると諭し、以下、手紙文に多用する語句を漢語を中心に列挙する。本文を大字・五行・所々付訓で記し、漢語に多く左訓を施すほか、語句の句切りを○印で示す。手紙の尊称、時候の表現、高位高官に対する挨拶語から自らの近況を述べる言葉、以下、様々な状況下で用いられる語句や表現を類語でまとめながら載せる。〔小泉〕
◆しんしょうばいおうらい [1993]
新商売往来‖【作者】不明。【年代】寛延二年(一七四九)刊。[京都]木村八郎兵衛ほか板。【分類】産業科。【概要】異称『〈男女〉新商売万宝記』。大本一冊。元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†の影響をほとんど受けていない独自の内容で、特に京都周辺からの商人や京中の諸商売の様子と、日常生活に関わる語彙を列挙した往来。まず人口の多い所に必ず富裕者がおり、富裕の家には人の出入りが頻繁だが、貧困になると人は寄りつかないことなどを述べ、京都で消費される各種木材の流通や、白川・大原・八瀬からやってくる女性の石売り・黒木売り、商家組織・役割分担と商売の趣、荷売り商人・旅商人、さらに日用生活品や家財、裁縫・紡績・化粧用具、武具、漁労・魚類、酒・菓子などの名称を列挙し、最後に手習いの徳を述べて結ぶ。内題角書に「男女」とあるように、女性の職業や女性関連語彙を採り入れて、男子のみならず女性の学習をも期待して編まれている点が注目される。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆★しんしょがくてほん [1994]
〈寺沢〉新書学手本‖【作者】寺沢政辰書。【年代】宝永三年(一七〇六)書・刊。[江戸]野田太兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。準漢文書簡・和文書簡と「国尽」から成る寺沢流手本。大字・三行・無訓で綴る。小泉本は巻首数丁を欠くが、最初に「婚礼祝儀状」「馳走招待状」「梅花の礼状」など合計約二四通の準漢文書簡を収録する。続いて、和文書簡一二通を収録するが、冒頭の「朝みとり春たつ空にうくひすの初音まちつけて聞ものから、よものけしきの長閑さ、松の色そふ御代なれは…」で始まる一通は、『女学仮名往来』†上巻冒頭部とほとんど同文である。そのほか、『枕草子』などによって綴った和文書簡も見える。巻末の「国尽」は畿内七道順に国名を列記したものである。筆者自らの跋文に、政辰が玉置流を学んだ事実を記す。本書の模刻に享保六年(一七二一)・信州高島板(不朽斎文器ほか板)がある。なお、書名が似るが『〈長雄〉新書学手本』とは別内容。〔小泉〕
★しんしょがくてほん [1994-2]
〈長雄〉新書学手本‖【作者】石田耕陶(助隠)書。【年代】天明七年(一七八七)書・刊。[大阪]加賀屋善兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。前項『〈寺沢〉新書学手本』と書名が似るが別内容。全体が大字・三行・無訓の陰刻手本。冒頭が「改年之御慶不可有休期候。貴様弥御堅固可為御越年珍重存候…」で始まる新年祝儀状で、以下、加増拝領祝儀状、音物礼状、息女婚礼祝儀状、晩餐招待状など、主として私人間の準漢文体書簡一九通を収録する。うち、末尾一通は隅田川など江戸の夏の夜の風情を綴った仮名文である。〔小泉〕
◆しんしょにちようぶん [1995]
真書日用文‖【作者】村田海石(浩造)書。【年代】明治三四年(一九〇一)刊(求板)。[大阪]又間安次郎(精華堂)蔵板。田中宋栄堂売出。【分類】語彙科。【概要】大本一冊。『日用文』と称するが消息文例集ではなく、実際は日常生活上の用語を集めて大字・二行・無訓で記した手本である。「家宅・建具・雑類・本舗・支店・土蔵…」で始まり、家屋・家財(中に武器・兵器等も含む)・衣類・動植物・魚介・昆虫・草木等々の語句を列挙する。全体として語彙の収録順序が雑然としており、思い付くままに羅列したものと思われる。巻末に小字・九行・付訓の本文を再録する(この部分のみ活版)。〔小泉〕
◇しんせわせんじもん [1996]
〈中宮誠之著〉新世話千字文‖【作者】中宮誠之作・序。【年代】明治七年(一八七四)序・刊。[金沢]鶴山堂板。【分類】社会科。【概要】中本一冊。明治初年の社会状況を『千字文』形式で述べた往来。「王政復古、皇綱振起、広興会議、}聴衆論…」と筆を起こして、目覚ましい明治維新の様子と理想的な皇国統治・富国強兵・殖産興業や国民生活のあらまし、厳正な賞罰、国民の心得などについて記す。新時代を象徴する語彙と皇国民の自覚を促す語句で綴るのが特色。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しんせんおうふくようぶん [1997]
新選往復用文‖【作者】巌谷一六(修)作・書。矢土勝跋。【年代】明治一九年(一八八六)跋・刊。[東京]鈴木吉蔵(文選楼)ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈新選〉往復用文』『新撰往復用文』。半紙本一冊。「賀新年」から「購求書籍・同答」までの六七通の消息例文を収録した手本兼用文章。本文を行草体・大字・四行・所々付訓(漢語の多くに左訓)で記す。書名の通り大半が往復文で、前半に四季や季節の行事に伴う手紙、続けて吉凶事に関する手紙、また、公私諸用件の手紙などを載せる。なお、草書で大きく崩した字に所々楷書の小字を補うのも特徴の一つである。〔小泉〕
◆しんせんおうらい [1998]
〈当用寺沢〉新撰往来‖【作者】寺沢政辰(友斎・玉流亭・玉流軒・友太夫・深淵堂)書。【年代】享保(一七一六〜三六)頃刊。[大阪]安井弥兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。寺沢政辰の手本の一つ。主に武家生活を題材にした書状で、冒頭の新年状から文末の家督相続祝儀状までの合計二六通を収録する(三次市立図書館蔵)。ただし無刊記・後印本(日本大学蔵)は、収録書状数が合計三三通と増補されている。例文の多くが日常生活上の私信で、訪問、案内、贈答などに伴う誘引状・礼状・依頼状・祝儀状・披露状などを収める。なお、第二〇状は『〈寺沢〉書簡往来』†の第八状と全く同じで、同一板木の被せ彫りと思われる。本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆しんせんおんなだいがく [1999]
新撰女大学‖【作者】西野古海作。水田得哉書。鮮斎永濯画。【年代】明治一五年(一八八二)刊。[名古屋]永楽屋東四郎(片野東四郎・東壁堂)板。また別に[大阪]中川勘助(明善堂)板あり。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。明治期新編『女大学』の一つ。「一、婦人のことは閨門を出ず。男子の外を営むとは大いに事ことなれば、貞順の徳、不二の志かたく家政をよく治れば、其余の学問は人々の心によることにて…」で始まる第一条以下合計二六カ条と後文で、婦人の四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)の大要を説いた往来。第一条「女子教育の要諦・貞順」、第二条「婦人の四徳」、第三条「嫉妬の戒め」、第四条「内助の功」、第五条「舅姑への孝養・先祖の祭礼・姑の跡継ぎ・子孫相続の大役」、第六条「人情」、第七条「奉公人への慈悲・誠意」、第八条「育児」、第九条「質素倹約」、第一〇条「倹約と吝嗇の相違」、第一一条「姑・小姑」、第一二条「言葉遣い」、第一三条「多言は無用」、第一四条「言葉の慎み」、第一五条「他人の批判に対する戒め」、第一六条「婦容は心の貞順から」、第一七条「応対行儀」、第一八条「婦人の立ち居振る舞い」、第一九条「婦功」、第二〇条「婦功は全ての女性の基本」、第二一条「調理の大切さ」、第二二条「裁縫および婦人の芸」、第二三条「婦功を努める女性が上等」、第二四条「衣裳」、第二五条「化粧・身嗜み」、第二六条「善悪の分別・積善」の条々と、男女同権等について触れた締めくくりの後文から成る。本文を大字・六行・付訓で記す。頭書には、婚礼・出産・宮参り・食い初め・袴着・養蚕・裁縫等に関する記事と図解を載せる。なお、本書の前に『新撰女用文章』†を合綴した厚冊本も刊行された。〔小泉〕
◆しんせんおんなだいがく [2000]
新撰女大学‖【作者】佐久間舜一郎・松平直温作。名和竹堂(名和対月か)書。長谷川貞信画。【年代】明治一七年(一八八四)刊。[大阪]渡辺貞吉(東洋閣)板。【分類】女子用。【概要】異称『新選女大学』。半紙本一冊。近世流布本『女大学(女大学宝箱)』†にならって、「幼稚の時父母の教養を受るの事より既に人の妻となり、家を治め、子を養育するに至るまでの終身の教」を一三カ条(いずれも長文)に綴った教訓。旧『女大学』には「開明の今日に適し難き条々」があるため本書を新たに編んだという。第一条「順良・温和」、第二条「女性の礼法・嗜み」、第三条「謙譲・慇懃」、第四条「妻の務め」、第五条「妻の心得・三従」、第六条「舅姑への務め」、第七条「家政」、第八条「婚家家内和睦」、第九条「婿養子尊重」、第一〇条「嫉妬」、第一一条「子育て」、第一二条「継子」、第一三条「接客」の条々から成る。『新撰』と銘打つものの、内容的には伝統的色彩が濃い。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書には礼儀作法全般を記した「小学女礼式」「熨斗包折かたの図」を載せるほか、巻頭に岩倉具視の和歌一首と貞信筆の色刷り挿絵を掲げる。〔小泉〕
◇しんせんおんなやまとだいがく [2001]
新撰女倭大学‖【作者】洛北唱子作。【年代】天明五年(一七八五)刊。[京都]菊屋太兵衛(菊舎太兵衛・田中太兵衛)ほか板。【分類】女子用。【概要】享保元年(一七一六)刊『女大学宝箱』†本文とは全く異なる文章で綴られた異本『女大学』。「一、夫女は陰にして、万事に順ふは道なり。既に嫁して、再び父の家に帰らざるを本意とすべし…」で始まる第一条以下、全九カ条から成る。舅姑への仕え方、容貌よりも心情の大切さ、夫婦間での心得、言葉遣い、大酒その他女性にあるまじき行為、産前心得、女性に有益な書物(『百人一首』『古今集』『伊勢物語』『源氏物語』『栄華物語』『倭小学』『本朝列女伝』『姫鑑』『本朝孝子伝』『堪忍記』『鑑草』『枕草子』)、従順・堪忍等を諭す。前付に「新製教訓いろは歌」「七去の事」「女中文の認めやうの事」、頭書に「四季衣裳の色」「大和詞大概」「片言直の大概」「当流折形」「書初の詩歌」「七夕詩歌」「片仮名伊呂波」「三十六歌仙」、巻末に「女一代道中絵画并図解」をそれぞれ収録する。なお『大坂本屋仲間記録』によれば、本書は刊行直後の天明六年に、『女大学宝箱』の板元・柏原屋清右衛門の訴えにより類板訴訟へと発展した。この事件は程なく内済したが、本書の伝本がほとんどないのは、板木没収または販売停止処分になったたためであろう。〔小泉〕
◆しんせんおんなようぶんしょう [2002]
新撰女用文章‖【作者】西野古海作。水田得哉書。月岡芳年画。【年代】明治一五年(一八八二)序・刊。[名古屋]片野東四郎(永楽屋東四郎・東壁堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『新撰女用文』。半紙本一冊。「初春に遣す文」を始めとする女子私用文例六三通を集めた女用文章。文例は「年の始の御悦び千里も同じ常磐なる松の緑も折を得て今一入の御祝…」のような典型的な女文である。序によれば、「古きは無用の長語多く、新きは不通の漢語居多」であって、女子用にふさわしくないと考え、本書を著したという。本文を大字・六行・付訓で記す。頭書には「書状心得並緘封様」「目録認方」「女教訓百ケ条」「女詞つかひ」「和歌法式」「万しみぬきの法」など『女重宝記』†的な知識を集める。また、巻末に「東壁堂蔵板発売書房」三丁を付す。なお、本書の後に明治一五年刊『新撰女大学』†を合綴した大部な増補版もある。〔母利〕
◆しんせんかいかようぶん [2002-2]
〈頭書〉新撰開化用文‖【作者】立野胤政作。小笠原東陽(半漁)書・序。【年代】明治一七年(一八八四)序・刊。[藤沢]川上九兵衛板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。手紙用文(新撰開化用文)・端書用文・証書文例の三部から成る用文章。それぞれ「賀新年之文」から「戒遊惰生之文」までの五六通、「直段問合之文」から「赴喪之文」までの一一通、「株券表面」から「荷物積出之証」までの一七通の合計八四通を収録する。手紙用文では四季折々の手紙を始め吉凶事・諸用件の文面、端書用文では緊急連絡に類する文面などを主眼とする。本文を大字・五行(証文類は七行)・所々付訓(稀に左訓)で記す。頭書に消息文例の言い替え表現(単語・短句等で割注を付す)を列挙した「用文語類」、また主要語彙の異名集である「異名字類」や「書柬定式」「諸届書文例」を掲げる。〔小泉〕
◇しんせんがっしょおうらい [2003]
新撰合書往来‖【作者】宇都宮貞輔作。【年代】明治三四年(一九〇一)刊。[金沢]宇都宮源平板。【分類】合本科。【概要】中本一冊。「七いろは」「万葉いろは」「小野篁歌字尽」「実語教・童子教」「世話千字文」「千字文」「消息往来」「商売往来」「小謡」を収録した往来。合綴順序は異なるが『〈合書〉新童子往来』†とほぼ同内容。本文等は木版刷りだが、題簽・奥付は活版印刷である。〔小泉〕
◆しんせんこうしようぶん [2004]
〈岸野武司・村田巧同著〉新選公私用文‖【作者】岸野武司・村田巧作。川瀬白巌(益)書。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[大津]小川義平(圭章堂)板。【分類】消息科。【概要】半紙本二巻二冊。四季用文章から諸願書・諸請取証までの例文・書式から簡潔・平易なものを選んで編んだ用文章。消息文例は「時令之部」「遊賀之部」「慶賀之部」「慰問及雑文之部」の四部に分けて収録する(収録書状数は順に一六通、一六通、一四通、三三通の合計七九通)。各例文を行書・大字・五行・付訓(漢語に左訓)で記し、要語・要句の言い替え表現や割注を楷書で示す。頭書を「諸願之部」「諸証之部」「諸規則之部」の三部に分けて各種公文書書式等を載せる。〔小泉〕
◆しんせんこうようぶん [2005]
新撰公用文‖【作者】松尾熊蔵作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[鳥取]横山安次郎(竜淵堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈新選〉公用文』。中本一冊。「入学願」から「振興願」までの願書・届書など公用文五三例を収録した用文章。本文を楷書・やや小字・一〇行・無訓で記す。鳥取板の教科書として先駆的な例であろう。〔小泉〕
◆しんせんごせんじ [2006]
〈深沢菱潭輯并書〉新選五千字‖【作者】深沢菱潭作・書。碧潭書(頭書・傍音訓)。【年代】明治八年(一八七五)刊。[東京]書学教館蔵板。[甲府]内藤伝右衛門(温故堂)売出。【分類】語彙科。【概要】半紙本一冊。天文・時令・地理・人倫・身体・疾病・衣服・布帛・飲食・居処・器財・宝貨金石・穀菜・果実・草木・薬材・獣類・鳥類・魚類・蟲介・言語(単字・二字イ部〜ス部)の二一分類で、約五二〇〇字に及ぶ語彙を集めた手本。本文を行書・大字・四行・付訓で記し、頭書に楷書・小字の本文(字音を付記)を再録する。〔小泉〕
◆しんせんさくぶんけいこぼん [2006-2]
新撰作文稽古本‖【作者】藤堂卓作。【年代】明治二七年(一八九四)刊。[大阪]青木恒三郎(嵩山堂)蔵板。[京都]山田直三郎ほか売出。【分類】消息科。【概要】異称『新撰男子作文稽古本』『中等作文稽古本』。半紙本四巻合一冊。各巻に私用文と公用文を適当に振り分けて配置した用文章。家庭・学校生活から社会生活に及ぶ手紙文を一通り載せる。巻之一は「年始之文」から「帰国土産ヲ贈ル文」までの書状一六通と「結婚届」以下七通の諸届書式。巻之二は「暑中見舞之文」から「川狩誘引之文・同返書」までの書状一九通と「小学入校願」以下六通の諸願書式。巻之三は「新年ヲ祝スル文」から「借地問合ノ文」までの書状一七通と「委任状」以下六通の諸証書式。巻之四は「友人ノ仕官ヲ賀スル文」から「歳暮ノ文」までの一四通と「養女貰受ノ証」など三通の諸証書式。合計六六通の私用文(書状)と二二通の公用文を収録する。本文はやや小字・一〇行・無訓(二、三の例外的付訓あり)で、私用文を行書、公用文を楷書で記すのが特徴。また、頭書に本文類語(略注付き)を羅列する。〔小泉〕
◇しんせんじもん [2007]
新千字文‖【作者】辻満三行作。横川章庵(三羊)書。【年代】明治一〇年(一八七七)刊。[横浜]尾崎富五郎(錦誠堂)板。【分類】社会科。【概要】中本一冊。明治初年の社会風俗・日常生活周辺の漢語を列挙した『千字文』型教科書。「維新明政、開化形勢、従前弊習、一洗芟除…」で始まり、新政府下の政治・治安・経済・交通・産業・文化・教育その他に関わる語彙を列挙し、最後に「安穏静謐、万姓億兆、鼓腹快楽、国土豊饒、天下泰平」と結ぶ。本文を行書・大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◇しんせんじもん [2008]
新千字文‖【作者】田原秀毅(笛船)作・跋。中村敬宇校・跋。片桐霞峯書。【年代】明治一〇年(一八七七)跋・刊。[東京]田原秀毅蔵板。松崎半造売出。【分類】社会科。【概要】折本一帖。日本の歴史や中国・西洋の故事などを引きながら明治初年の社会情勢その他を『千字文』形式で綴った陰刻手本。本文を楷書・大字・三行・無訓で記す。「天資系統、地具旧新、星皆世界、空際列陳…」と書き始め、まず天地や地球、日本の国土や近隣諸国について述べ、次に人倫・金石・身体等の語句を掲げ、続いて日本の政治史(神武天皇から江戸幕府滅亡まで)を概説し、さらに建物・四季風物・文明社会・諸産業・草木・鳥獣・人称等の語句を書き連ねる。特定分野に絞り込まず諸分野にわたって記述するのが特徴で、語彙科往来とも見なせる。〔小泉〕
◆しんせんじもん [2008-2]
〈開化〉新千字文‖【作者】苅谷保敏(天海)書。【年代】明治八年(一八七五)刊。[名古屋]三輪文治郎(三輪文次郎・玉潤堂・静観堂・文明書館)板。【分類】社会科。【概要】半紙本二巻二冊。明治六年刊『〈改正〉世話千字文』†(綱基房板)と同内容の本文に若干の付録記事を増補した改題本。上巻巻頭に「永字八法」など点画の書法や、「千字文運筆」と題して本文中の任意の漢字の筆法を示す(この部分は陽刻)。それに続けて「鳳暦嘉慶、御代太平、四海静謐、衆庶歓楽…」で始まる『〈改正〉世話千字文』本文を楷書・大字・二行・無訓の手本様に記す(本文は陰刻)。さらに下巻巻末に、楷書・小字・九行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◆しんせんじもん [2009]
〈戸塚積斎編輯〉新千字文‖【作者】戸塚積斎作。菊池晁塘(基)書。村松肅(晩村)序。【年代】明治七年(一八七四)序・刊。[静岡]杉本大次郎(文明堂)板。また別に[静岡]浪花屋松次郎ほか板(後印)あり。【分類】歴史科。【概要】異称『〈戸塚積斎著〉新千字文』。半紙本一冊。「天孫垂統、列聖継位、提整戎馬、剪滅醜類、威稜洽行、膏沢普施、四境静謐、八荒欣憙…」と筆を起こし、神代、天孫降臨から近世までの歴史を略述し、さらに文明開化期の発展著しい近代日本の現状を記した『千字文』型往来。本文を楷書・大字・五行・無訓で記し、巻末に読法を兼ねた略注「新千字文児解」を付す。なお明治七年刊『速成帖』†の巻末広告(文明堂蔵板)に、本書とは別に、大字折手本六帖からなる『新千字文』の近刊予告を載せるが未見。〔小泉〕
★しんせんしょうがくせいとこころえ [2009-2]
〈稲垣千頴閲正・大島一雄著〉新撰小学生徒心得‖【作者】大島一雄作・序。稲垣千頴校。【年代】明治一六年(一八八三)序。明治一七年刊。[大阪]沢宗次郎ほか板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。「凡生徒のこゝろえは、身の行をつゝしむが、第一肝要なるなれば、常に我身に反(かえ)り省(み)よ…」で始まる七五調・和讃体の文章で、日常生活における基本的な生活習慣や道徳を諭した教科書。第一篇・第一章「およそ生徒」、第二章「学校通ひ」、第三章「障子・襖」、第四章「父母は我身」、第五章「人の悪事」、第二篇・第一章「凡ての人」、第二章「人の病」、第三章「凡そ食ふべき」、第四章「身の運動」、第五章「衣服に品」、第六章「風呂に入なば」の合計一一章からなる。本文を楷書・やや大字・八行・付訓で記し、頭書には本文の要旨を「障子の開閉は静かにすべし」「書物・器械を大切にすべし」のように付記する。文章形式は江戸後期に流布した『孝行和讃』†と同類だが、保健・衛生分野の心得を随所に盛り込んでいるのが目新しい。また序文で、詩歌の音声は人の心に強く訴えるものであることから、難解な金言明語よりも幼童に分かる平易な言葉で綴った詩歌の方が望ましいことを指摘する。〔小泉〕
◆しんせんしょうそくおうらい [2010]
新撰消息往来‖【作者】日実書か。【年代】室町後期書。【分類】古往来。【概要】異称『新撰消息』。一般に『異制庭訓往来』†と呼ばれる古往来で、詩賦・和歌・管弦・連歌・文談・法談の会について述べ、これ以外の遊宴を問う一月往状から、終身・斉家・治国平天下がすべて仏法の徳であることを賛美した一二月返状までの計二四通(各月往返二通)から成る。『庭訓往来』†同様に各書状中に類別単語集団を含み、仏教一二二語、漢学・文学・教養四六一語、人倫・職分職業三二語、衣食住・武具二九九語、雑二四語の合計九三八語を列挙する。早稲田大学蔵本は大本一冊で、本文をやや小字・一〇行・付訓で記し、類本中では振り仮名が多いのが特徴。なお、本往来には、『百舌往来(冷水往来)』『百舌往来(十二月往来)』『百舌鳥往来』『新撰之消息』†など様々な書名の古写本が伝わるが、『異制庭訓往来』を通称とする。〔石川〕
◆しんせんしょうそくおうらい [2011]
新撰消息往来(中等五級習字帖)‖【作者】岡田定作。津山碧山書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[福山]村上常蔵板。整理社売出。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。近世期流布本『累語文章往来(消息往来)』†を模した明治期改編版。全体が一続きの文章の形で、「一筆啓上」などの端作(冒頭語)、時候の言葉、尊称、また相手の安否を問い、その健勝を祝う言葉などを列挙する。「凡、消息者、通音信、人間万用を達する之基也。先、書状取扱文字、発端は一筆啓上・一翰拝呈、片楮奉呈…」で始まる本文を大字・三行・無訓で記す。本文末尾が「…親切・厚誼」で終わる(丁付けは「五ノ一」から「五ノ十四」)ため、謙堂文庫本は前半部のみの零本と思われる。〔小泉〕
◆しんせんしょうそくおうらい [2012]
新撰消息往来‖【作者】宮本興晃作。伊藤桂洲書。果難序。【年代】明治一二年(一八七九)序・刊。[東京]鈴木伊四郎(鱸石楼)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†の編集様式により明治初年の消息一般に用いる語彙を書き連ねた往来。本文を大字・五行・付訓で記す。類語(異称、替え言葉など)を全て小字の割注形式で掲げるのが独特で、例えば「書状」の場合、その左側に○印を付し、それに続けてその類語「手紙・手翰・文章・尺牘・書箋・書牘」を二行割注にする(一部略注もある)。手紙の冒頭語、四季時候、相手を見舞う言葉や相手の尊称など、ほぼ手紙に登場する順序で語句を列挙するが、特に、紀元節、神武天皇祭・天長節など皇室関係の行事を多く掲げる一方、近代社会、経済や法律に関する語句が乏しいのが特徴。〔小泉〕
◆しんせんしょうそくおうらいちゅうしゃく [2013]
新撰消息往来註釈‖【作者】不明。【年代】明治一二年(一八七九)以降刊か。[金沢か]桜井保市板か。【分類】消息科。【概要】中本一冊。『新撰消息往来』(作者不明)の注釈書。同往来の主要語句(「消息・音信・基・啓上・啓達…」から「…返報・大概・畢」まで)の消息用語・用句約四五〇語を大字・五行・付訓で記し、語彙毎に二行割注を施したもので、『大全消息往来』等に所収の「消息往来講釈」と同体裁・同傾向の往来(収録語彙はやや異なる)。また、本書の前に『新撰消息往来』を合綴した『新大全消息往来』†が明治初年に刊行されたが、これとは別に『新撰消息往来』だけの単行刊本も存したと思われる。〔小泉〕
◆しんせんしょうばいおうらい [2014]
新撰商売往来‖【作者】成瀬正忠作・序。小島春(雲渓)書。【年代】明治一五年(一八八二)序・刊。[東京]東京府商法講習所蔵板。大和屋松之助(西宮松之助)売出。【分類】産業科。【概要】折本一帖。「夫れ商売の目的は天産、人造数々の品の有無を相通し自他の便利を謀るなり…」と商売の根本を始め商業のあらましや商人の心得を綴った折手本で、近世流布本『商売往来』†とは全くの別文。近代商業における実務上の基本心得、帳簿類・簿記法、債権・証書類、金融・通貨(日本と外国の通貨)、貿易・運輸(貿易品目・貿易港)等を述べ、末尾では商業発展が富国のためであると諭す。半折(一頁)に大字・二行・無訓で記す。本来、東京府商法講習所の教諭である著者が同所一〇級生用に編んだ習字手本であったが、それを一般にも頒布したものが本書である。また、明治二〇年一一月には補訂版『〈補正〉新撰商売往来』(高等商業学校蔵板)が刊行されたほか、用語解説や関連法規を頭書に収録した読本『〈鼇頭〉新撰商売往来』(半紙本)も併せて刊行された。なお、近代商業八〇業種を詳述した『商業慣習誌(一名、商売道案内)』も同一著者・板元によって上梓されている。〔小泉〕
★しんせんじょれいしき [2014-2]
新選女礼式‖【作者】青木恒三郎(嵩山堂)編。【年代】明治二六年(一八九三)刊。[大阪]青木恒三郎(嵩山堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『新撰女礼式』『小学女礼式』。半紙本一冊。小学校女子生徒用に編まれた明治中期の絵入り女性礼法書。「起居進退」「物品薦撤」「陪侍周旋」「授受捧呈」「進饌程儀」「飲食程儀」「附録」「女生徒の心得」の順に、それぞれ「起ち様」「歩み様」「座する様」「拝する様」などの小項目を立てて数行の説明を付す。概ね各丁に図解を挿む。本文を楷書・小字・一一行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しんせんせきとくおうらい [2015]
新撰尺牘往来‖【作者】萩原乙彦(対海・寒鰥翁・鈴亭・六斎)作。小室樵山(正春・正治)書・序。【年代】明治五年(一八七二)序・刊。[東京]星野松蔵(耕文堂)ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈新撰〉尺牘往来』。中本一冊。近世以来の『累語文章往来(消息往来)』†の形式にならって漢文体消息(尺牘)に多用する漢語を列挙した往来。「大凡尺牘者、達声問、往復餽受晋接、親戚故旧不間闊、近郊・遠邦・路程・路途・山川迢逓…」と起筆し、書簡の冒頭語や自他の書簡の呼称、脇付、返事端作、四季時候の語、安否に関する語句、官吏登用、日時、その他日常諸般の漢語を書き連ね、最後に書止の語を掲げて、「…叩首・端粛・九拝・稽首、俗習、以上・穴賢」と結ぶ。本文を大字・五行・付訓(しばしば左訓)で綴り、ごく稀に割注を施す。巻末付録では、尺牘の文面に関する「十八式」など基本的な書式・作法について述べる。〔小泉〕
◆しんせんせんじもん [2016]
〈楷行二体〉新撰千字文‖【作者】橋爪貫一作。大久保忠保校。安田誠庵書(楷書)。荒井機斎書(行書)。【年代】明治七年(一八七四)刊。[東京]雁金屋清吉(青山堂)ほか板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。主に文明開化後の日本社会の様子と日本を取り巻く国際情勢などについて、漢字四字一句、一行二句の『千字文』形式で綴った往来。各行とも楷書・両点(音訓)付きの本文と行書・無点の本文の二体を大字・四行・付訓で記す。内容は「皇国方今、開化文明、地球如橙、有気還宦c」と、まず天地の成り立ちや寒暑・風雨について述べ、以下、海外列強諸国、運輸・交通、陸海の地形、通信その他、物産(鳥獣・昆虫・植物・樹木・文具・楽器・武具・工具・家財・食器・日用品)、家屋・建造物・寺社、職業、装身具、身体、言動、職務、学問、任官等、法令、経済、公安、病気、祭礼などについて書き記し、最後に明治維新の王政復古によってますます国が盛んになる旨を述べて結ぶ。〔小泉〕
◆しんせんせんじもん [2017]
〈小学習字〉新選千字文‖【作者】青木東園作・書・跋。【年代】明治九年(一八七六)刊。[東京]角松久次郎(甘井堂)板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。「神武創業、三器伝紹、皇統一系、日月同光…」で始まる『千字文』型教科書。全九六〇字。日本が尊い皇国であることを冒頭に述べ、続いて明治初年の日本の国情を諸外国との関連(外交・通商・洋行遊学)、国民生活、社会・風俗などについて綴る。本文を楷書・大字・四行・付訓(両点)で記す。〔小泉〕
◆しんせんそがおうらい [2018]
〈甲申新版〉新撰曽我往来‖【作者】十返舎一九作・序。歌川国安画。【年代】文政六年(一八二三)序・刊記。文政七年刊。[江戸]山口屋藤兵衛板。【分類】歴史科。【概要】異称『〈新撰〉曽我往来』『曽我往来』。半紙本一冊。江戸書肆・山口屋藤兵衛から出版された一連の一九作の伝記型往来の一つ。演劇・講談・謡曲・書籍等で人々によく知られていた曽我兄弟の一生を題材とする。まず曽我兄弟(兄・十郎祐成、弟・五郎時宗)の出自や祐重(本文中は誤って「祐泰」と表記。曽我兄弟の父)、祐親(同祖父)、祐高(祐親の父)、祐経(仇敵)とその父・祐継らとの関係に触れ、続いて家督相続の恨みから祐親が祐継を暗殺したことに始まる仇討ち話を展開し、祐経の郎等があやまって祐重を殺したこと、その仇を果たすまでの経緯と曽我兄弟の最期を述べ、最後に兄弟の勇壮武烈さとその名が不朽であると讃える。本文を大字・五行・付訓で記し、末尾を「恐惶敬白」で結ぶ書翰形式を部分的にとる。巻頭に「曽我兄弟氏系」、頭書に「武用兵器尽」、巻末に「六曜当日操様之伝」「不成就日」「諸願成就日」等を載せる。〔小泉〕
◆しんせんていきんしょう [2019]
新撰庭訓抄‖【作者】武藤某書。【年代】万治二年(一六五九)刊。[京都]松長(松永)伊右衛門板。【分類】古往来。【概要】大本三巻四冊。『庭訓往来』†の注釈書。『庭訓往来』の各状を一五〜一七段に分けて大字・七行大・付訓で記し、段毎に詳しい割注を施す。注釈文は、行書体・付訓の漢字・平仮名交じり文で、所々に頭注を施す。注記内容は、室町時代成立の真名文の注を、漢字・平仮名交じり文に改めたものを骨子とするが、部分的に改訂・増補・削除を施す。〔石川〕
◆しんせんてがみのぶん [2020]
〈漢語類聚〉新選手紙之文‖【作者】川田兼治編。【年代】明治二三年(一八九〇)刊。[東京]吉沢富太郎(開文堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『新撰手紙之文』。中本一冊。時令門・慶賀門・商業門・贈答門・学芸門・農事門・雑門の七門に分類して例文を集めた漢語用文章。収録書状は、それぞれ「新年を賀する文」以下一一通、「新婚を賀する文」以下六通、「商品注文之文」以下一〇通、「梅花を贈る文」以下九通、「詩文会を催す文」以下五通、「種物所望之文」以下四通、「洋行する人に送る文」以下一二通の合計五七通。本文をやや小字・七行・付訓(漢語に左訓)で記す。頭書に語注付きのイロハ引き漢語集「漢語類聚」を掲げる。〔小泉〕
◆しんせんとうけいほうがく/しんせんとうきょうほうがく [2021]
新選東京方角‖【作者】漲雲居書。【年代】明治年間刊。刊行者不明。【分類】地理科。【概要】中本一冊。『御江戸名所方角書(江戸方角)』†と同様の編集方式で文明開化後の東京府下の町・寺社・橋など約三二〇の地名を列挙した往来。「皇城外東者、和田倉、八重洲街、永楽町、竜之口、大手街、常盤橋、呉服橋…」と大字・三行・付訓で書き始め、「…此外名勝・古跡、又は街町数多く、旦夕に揚て算へ難し。因而、其概略を載て爰に筆を止めて畢」と結ぶ。〔小泉〕
◆しんせんながしらじづくし [2022]
新撰名頭字尽〈附郵便端書用文〉‖【作者】鎌田在明作。【年代】明治二五年(一八九二)刊。[東京]鎌田在明(深松堂)蔵板。【分類】語彙科。【概要】異称『名字尽(なじづくし)』。中本一冊。近世以来の『名頭』†を改訂したもので、名前に用いる漢字約三一〇字を集めて、楷書・大字・四行・付訓で記す。頭書に「年始之文」「旅行安着報」「暑中見舞」など一五通の葉書用消息短文を集めた「はがき用文」を掲げる(行書・小字・一〇行・付訓)。〔小泉〕
◆しんせんにちようぶん [2023]
〈深町房吉編輯〉新撰日用文〈女子之部〉‖【作者】深町房吉作。【年代】明治一五年(一八八二)刊。[大聖寺]能登安平(朝盛堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈学校用〉新撰日用文〈女子乃部〉』『〈小学用書〉新撰日用文』。中本一冊。「年始乃ふみ」から「学校卒業を祝ふ文」までの四九通を収録した女用文章。主に四季時候・四季行事、吉凶事、雑事の順に例文を配列し、それぞれ大字・五行・付訓で記す。例文よりも頭書に特徴があり、「煮熬烹熟の心得」「飯の炊き法」「漬物の法」「腐敗を防ぐ法」「縫裁の心得」「洗濯等の心得」など家政関連の記事を中心に掲げる。〔小泉〕
◆しんせんのうぎょうおうらい [2024]
新撰農業往来‖【作者】小川副長作。田辺格序。【年代】明治一三年(一八八〇)序。明治一四年刊。[大聖寺]能登安平(朝盛堂)板。【分類】産業科。【概要】中本一冊。明治期新編『農業往来』の一つ。「古人云、農者国之本也と。又云、人民職業中最健全、最尊貴而最有益なる者と…」と筆を起こし、日本における農業の意義や近代農業に必要な知識や心得を綴った往来。伝統的農業に加えて近代以後の農業に焦点をあて、新しい農業技術や作物(商品作物を含む)、近代養蚕業、農学への研鑽等について述べる。本文を行書・大字・五行・無訓で記し、頭書に楷書・小字・一〇行・付訓の本文(稀に欄外に略注)を再録する。巻末に、蠶棚・蠶籠・籠置台や近代農業機械等の挿絵を掲げる。なお、柱に「巻上」「巻一」と記すが本書の続編については未詳。〔小泉〕
◆しんせんのうこうしょうおうらい [2025]
新撰農工商往来‖【作者】石川県尋常師範学校編。塚谷浅(竹軒)書。【年代】明治二〇年(一八八七)刊。[金沢]益智館(倉知新吾)板。【分類】産業科。【概要】異称『農工商往来』。半紙本三巻三冊。農・工・商の各部毎に必要な語句と心得を列記した往来。一巻「農の部」は、巻頭に教授時の教師心得(「教師須知」)を掲げ、以下本文で農業の基本、五穀・四木・三草、その他青物等作物、肥料・農具、農業技術、商品作物、近代的な農業経営と農民心得について述べる。二巻「工の部」は、工業の範囲、衣食住日用の工業製品(種類や素材・原料等)、日本の特産品、工業従事者に必要な教養・心得等を記す。さらに三巻「商の部」は、「凡、商売は貨物を交換し、有無を通し、余剰を以て不足を補ふ業にして、先つ、日々の取引に用ゐる帳簿には、受取手形、証文、注文、送状、仕切書、日記帳、台帳、金銭出入帳…」のように、近世流布本『商売往来』†同様の形式で商業の基本や帳簿に必要な語彙、商品名などを順々に列記する。文中、「手紙の往復は寒暖・安否なとの贅を省き、必用の事のみには郵便はかき・往復はかきにて事足へし。大切なる書類を送るには、書留郵便あり。商機迅速を要するときは電信を用ゐるへし」と説くように、合理的で実用重視の記述を旨とする。いずれも本文を行書・大字・五行・無訓で記す。なお、農工商をともに扱った明治期の往来として、栃木県師範学校蔵板の『三業往来』†がある。〔小泉〕
◆しんせんのしょうそく [2026]
新撰之消息‖【作者】泗水贄法師書。【年代】天文一四年(一五四五)書。【分類】古往来。【概要】大本一冊。一般に『異制庭訓往来』†と呼ばれる古往来で、『新撰之消息』のほか『百舌往来』『百舌鳥往来』『新撰消息往来』†等の異称を持つ。類別単語集団を含む一二カ月往復二四通の消息文から成る。各状の主題は、一月状「宴会・遊戯」、二月状「酒宴の材料・珍奇な料理」、三月状「喫茶の本義・方式・茶の名産地」、四月状「香の本義・名香の品目」、五月状「財物・珍物・五穀と盗賊」、六月状「文武兼備・武具の種類」、七月状「学問の徳・力・功、内典・外典」、八月状「手習い・書体・筆法・書風・消息」、九月状「詩文・和歌・連歌」、一〇月状「音楽の本義と活用」、一一月状「五山十刹・僧位僧官・寺院の構造・年中行事」、一二月状「法会・僧具・僧服・仏法の徳」などである。天文一四年本(謙堂文庫蔵)の場合、以上の消息文中に「仏教」一二二語、「漢学・文学・教養」四六一語、「人倫・職分・職業」三二語、「衣食住・武具」二九九語、「雑」二四語の合計九三八語を盛り込む(大字・一〇行・所々付訓)。天和三年(一六八三)刊『異制庭訓往来』や江戸後期刊『群書類従』所収本と比較すると、六カ所合計一〇〇字の脱落と、逆に一一カ所二一二字の増加がある。また、天和板や『群書類従』本では文末を「候」で結ぶのに対して、本書では「也」で結ぶ場合が多いのが特徴。〔石川〕
◆しんせんふじもうで [2027]
〈文政板行・永寿蔵書〉新撰富士詣‖【作者】晋米斎玉粒作・書。【年代】文政六年(一八二三)刊。[江戸]西村屋与八板。【分類】地理科。【概要】中本一冊。十返舎一九作『〈大山廻〉富士詣』†の本文を部分的に改編し、頭書に若干の増補を行った改訂版。冒頭に駿河国の名称の起源に触れ、前半でもっぱら富士山の由来や霊験について詳述する。富士山出現の伝説や役行者(えんのぎょうじゃ)が初めて登山したことなどを綴る。富士登山口等について説く部分は一九の『富士詣』とほとんど同文だが、参詣路や道中についてはほとんど割愛し、代わりに頭書にその行程を示した「富士詣道しるべ」「不二山眺望名所案内」「不二山の異名」「富士山景物」等の記事を掲げる。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しんせんまんじもん [2028]
新選万字文‖【作者】佐瀬得所作・書(本文)。吉田淳(愚渓)書(再録本文)。庄田坦・岡千仭序。南摩綱紀跋。【年代】明治八年(一八七五)序・跋。明治一〇年刊。[東京]和泉屋市兵衛(山中市兵衛・甘泉堂)板。【分類】語彙科。【概要】半紙本二巻二冊。『千字文』と同様に漢字四字を一単位とする合計三三二四字を集めた往来。上巻には「一・二・三・四…」で始まる一六三六字を、下巻には「言・辞・事・業…」で始まる一六八八字を収録する。上巻には、主として数字・度量衡(単位)・暦・四季・心身・衣食・鉱物資源・兵器・楽器・家財・農具・地名・地形・建物・鳥獣・魚貝・昆虫・植物・樹木に関する語彙を、また下巻には、徳目・心情・行為・動作・賞罰・農耕・通商・立法・行政・司法・犯罪・戦闘・外国・状態・形状その他の語句を集める。本文を行書・大字・三行・無訓で記し、各行の左側に楷書の表記を小さく付す。また各巻の巻末にそれぞれの本文を楷書・やや小字・六行・付訓(両点)で再録する。〔小泉〕
◇しんせんめいじがっしょ [2029]
〈増補〉新撰明治合書‖【作者】供田太七作。【年代】明治一九年(一八八六)刊。[金沢]供田太七蔵板。【分類】合本科。【概要】中本一冊。出版年などにより収録内容が異なるが、ある本には「消息往来」「新撰消息往来註釈」「商売往来」「名物往来」「苗字尽」「百官名尽」「篇傍冠尽」「〈明治〉幼稚早学」「国名尽」「〈増補〉名頭字尽」「七ッいろは」「五体伊呂波(ローマ字付き)」を収録する。うち「新撰消息往来註釈」は明治期新編『消息往来』の要語の略解であり、「〈明治〉幼稚早学」は十干十二支・五常五倫・七情・五味・天文ノ部・時令・地理ノ部・居処之部・人倫之部・身体・疾病・衣服・飲食・器財・殻菜・果類・草木・鳥獣・魚蟲介・雑部に分けて基本語彙を楷書・大字・四行・付訓で記したもので、稀に図解を挿む。また、別の本には「大全消息往来(真草二体両点、講釈付き)」「商売往来」「名物往来」「七ッいろは(アルファベットおよび頭書入り)」「苗字尽」「七ッいろは」「万葉いろは」「〈増補〉名頭字尽」「百官名尽」「篇傍冠尽」「世界国名尽」を収録する。従って、刊行のたびに収録内容を異にした往来だった可能性も高い。〔小泉〕
◆しんせんやまとおうらい [2030]
〈寺子重宝・名所文絵入〉新撰大和往来‖【作者】不存斎白鳥作。【年代】天明七年(一七八七)刊。[京都]菊屋安兵衛(鹿野安兵衛・菊英館)板。【分類】地理科。【概要】異称『新撰大和名所往来』『大和名所往来』。大本一冊。大和国の名所旧跡等を記した往来。頭書に多彩な往来を盛り込み一種の合本科往来の趣を持つ。「夫、大和一国中は神武帝より代々の帝所々へ宮居ましませし国なれば、名所・古跡多く、神社仏閣頗多し。其名跡霊跡等具(つぶさ)に書集て其志を達せんとおもはん人々委鋪(くわしく)順覧させん事を願ふ…」で始まる文章で、京都・伏見街道・稲荷明神・藤の森神社から玉井寺・東観音寺・木津川・笠置山・柞杜(ははそのもり)・西大寺・唐招提寺・薬師寺・般若寺・東大寺・春日大社・三笠山・興福寺・三輪大明神・長谷寺・多武峰(とうのみね)・大織冠鎌足公廟・吉野山・法隆寺・竜田川・葛城明神・橘寺・飛鳥・橿原(かしはら)等々を歴覧し、さらに紀州和歌浦・紀三井寺・粉川寺、河内観心寺・叡福寺・道明寺・天王寺・住吉明神・大坂城下を経て京に戻るまでの沿道の名所・古跡の景趣・縁起・古歌・名物・風俗などを紹介する。内容が豊富で、大和一国のみならず周辺諸国にも言及するのが特徴。本文を大字・六行・付訓で記し、主要名所の風景画を頭書に載せる。前付・頭書に「奈良春日図」「和州初瀬景」「十二月之異名」「商売往来」「小野篁歌字尽」「七伊呂波」「廿四孝絵抄」「大日本国尽(郡附)」「書初乃詩歌」「小笠原諸礼之図式」「百官名尽」「東百官」「京町づくし」「〈西山名所〉嵯峨野の秋」を収録する。〔小泉〕
◆しんせんゆうがくおうらい [2031]
新撰遊覚往来‖【作者】不明。慶恩書(天文五年(一五三六)写本)。【年代】室町前期、応安五年(一三七二)以前作。古写本は天文五年書(高野山金剛三昧院蔵)。古刊本は寛文二年(一六六二)刊、[京都]袋屋十良兵衛板のほか、[京都]栗山右兵衛板、[大阪]柏原屋佐兵衛板、[京都]菊屋利兵衛板等がある。【分類】古往来。【概要】異称『〈尊円流庭訓続〉遊学往来』『〈尊円新板〉続庭訓往来』。一カ月往返二通ずつ、一年一二カ月で計二四通から成る古往来。連歌・和歌・喫茶・仏事・遊戯・香・習字・管弦等を主題とし、各状に当代の社会生活にかかわる単語集団を含むのが特徴。その内訳は仏教一二〇語、漢学・文学・教養五五九語、衣食住八六語。天文五年写本は大本一冊で、本文を大字・六行・無訓(ただし返り点・送り仮名を付す)で記し、「於泉州或人本借、如形書写之、慶恩、天文五年極月三日、星霜五十七歳、禅識」の奥書を有する。一方、寛文二年刊本は大本二巻二冊で、本文を大字・六行・付訓で記す。このほか、近世刊本には寛文二年板の改題本である江戸中期刊『続庭訓往来』、またこれとは異板の江戸前期刊『遊学往来』三巻三冊本があり、後者の改題本に宝永二年(一七〇五)刊『童子諸覚往来』†がある。〔石川〕
◆しんせんようがくおんなようぶん [2032]
新選幼学女用文‖【作者】村松義次作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]小森宗次郎(木屋宗次郎)板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文』。中本一冊。「年始之文」「梅見之文」「祭典之日友を招文」「花見誘引之文」「梅雨友を招文」「暑中見舞之文」「花火見物に伴ふ文」「芝居見物之文」「歳暮之文」「開板に人を招之文」「婚姻を賀す文」の一一通の消息文例を収めた簡易な女用文章。本文を大字・五行・付訓(任意の漢語に左訓)で記す。〔小泉〕
◆しんせんようさんおうらい/しんせんようざんおうらい [2033]
新撰養蠶往来‖【作者】加藤祐一作。松川半山(直水・翠栄堂・安信)画。【年代】明治六年(一八七三)刊。[大阪]河内屋喜兵衛(柳原喜兵衛・積玉圃)板。【分類】産業科。【概要】異称『〈新撰〉養蠶往来』。半紙本一冊。二月の日付を付けた往復一対の手紙文(問答文)で近代養蚕業の知識と養蚕業者の心得を説いた往来。往状は養蚕業を志す者が経験者の知人に対し、「皇国を富ますべき最第一の業」たる養蚕業のあらましについて尋ねる手紙で、その文面からも養蚕の重要性や貴賤に限らずこれを学ぶべきことなどを間接的に諭す。そして、本文の大半を占める返状で、日本の養蚕業の濫觴、養蚕技術の知識や心得、製糸会社の実務や法規などを明治初年の実情に即して詳述する。広告文によれば、「近来追々の御布告書に基き、其要を摘、文を和げ」たものという。本文を大字・六行・付訓で記す。また頭書には、蚕種・養蚕具・摘桑・蚕食・毛蚕(けご)・養蚕過程・収繭(しゅうけん)・繭の品質・製糸・出荷事務(印紙・封印・鑑札)・蚕種紙・養蚕関連布告等々の実務的知識や図解を多く載せる。なお、見返・巻頭題言・口絵「養蚕祖神・保食神尊像」は色刷りである。〔小泉〕
◆しんせんようぶん [2034]
〈開化〉新撰用文‖【作者】深沢菱潭(巻菱潭)作・書。仁科静書(頭書傍訓)。【年代】明治九年(一八七六)刊。[東京]書学教館蔵板。菊屋幸三郎(菊池幸三郎・金幸堂)ほか売出。また別に[東京]山口屋藤兵衛(錦耕堂)売出あり。【分類】消息科。【概要】異称『新選用文』。半紙本一冊。漢語を多用した消息文例と諸証券書式を載せた用文章。前者は「賀歳端文」から「社中廻状」までの五〇通で、主に四季の行事・行楽と時候の挨拶などで、借用願状、婚礼祝儀状、病気見舞状、弔状、貸金催促状なども含む。例文は「新甫之慶兆、更不有涯候…」のように漢文系の用文章であるが、年始の文に「写真十葉」を御覧にいれたり、修善寺への遊行を勧める手紙の返事に、ぜひ「横須賀造船所」も一見したいと語らせるなど、明治初頭の社会・風俗を随所に取り入れた内容となっている。後半の「諸証券」は「預り金之証」から「人請之証書」までの一二例を収録する。本文を大字・五行・ほとんど付訓で記す。頭書には消息用漢語を分類して列挙し割注を施した「作文字彙」を掲げる。〔母利〕
◆しんせんようぶん [2035]
〈頭書類語〉新選用文‖【作者】伊藤栄次郎作。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治二二年(一八八九)刊。[東京]伊藤栄次郎(金鱗堂)蔵板。高木伊三売出。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「極メテ簡ニシテ且ツ軽ナル書牘」を集めて、時令・慶賀・慰問・雑事の四門に分けて配列した用文章。それぞれ「年始之文」以下二四通、「仕官を賀す文」以下一〇通、「留守見舞の文」以下一〇通、「留守中頼の文」以下一二通の合計五六通を収録する。例文はいずれも漢語を多用した文章で、頭書にも言い替え用の漢語表現を種々掲げる。なお、本文を大字・六行・付訓(漢語の多くに左訓)で記す。〔小泉〕
◆しんせんようぶんじかいほうかん [2036]
新撰用文字海宝鑑‖【作者】梶尾蘭山書。金非書林山序。東野画。【年代】延享四年(一七四七)序・刊。[江戸]奥村喜兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『当用文藻』。大本二巻合一冊。「消息文例」「小野篁歌字尽」を主内容とし、それに種々の付録記事を加えた往来物(用文章)。上巻および下巻前半部の「消息文例」は新年状以下の月次状一二通と「漬松茸献上披露状」など公私用文二一通の計三三通からなり、各例文を大字・四〜五行・所々付訓で記す。下巻後半部の「小野篁歌字尽」は、「木・椿・榎・楸・柊」以下一二六行から成る延宝三年板系統である。巻頭・頭書・巻末に「男女相性之事」「今川状」「手習状」「義経含状」「熊谷送状」「経盛返状」や「奉公人請状」等の諸証文類、「篇冠事」「衣服事」「諸国関所御番所」「月異名」「百官」「号名尽」「七ッいろは」等の記事を載せる。本文の途中で書体が変わったり、頭書の前後に重複的な記事を含むなど、本書は複数の先行書の取り合わせと考えられるが、あるいは元禄一六年(一七〇三)刊『初学往来』†巻末の「須原屋茂兵衛蔵板書目」に載る梶蘭山筆『常要書札集』一冊がその先行書であろうか。〔小泉〕
◆しんせんようぶんしょう [2037]
〈鼇頭作文字引〉新撰用文章‖【作者】菱田政次郎作。【年代】明治二四年(一八九一)刊。[名古屋]若山文二郎(大成堂)板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。四季折々の手紙、慶事・凶事に伴う祝儀状・見舞状など四三通の文例を集めた用文章。各文例とも漢語を多用した準漢文体で綴る。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書「作文字解」はイロハ引きの漢語集で、字音や略注を付す。また巻頭に、著者自筆の題字に続いて各種の勲章図(勲一等〜勲八等や憲法発布記念章、従軍記章、赤十字社社員徽章など)を載せる。〔小泉〕
★しんせんようぶんしょう [2037-2]
〈贈答百題〉新撰用文章‖【作者】吉見重三郎編。【年代】明治一〇年(一八七七)頃刊。[京都]辻本九兵衛(尚古堂)原板か。山城屋佐兵衛(藤井文政堂)板(後印)。【分類】消息科。【概要】半紙本二巻二冊。角書に「百題」とあるように、「年頭之章」から「転宅を祝する章・同答」までの合計一〇〇通の消息文例を収録した用文章。ただし下巻末「附録」に、「人之男子に諌言を加ふる章」「婦女子を異見の章」の教訓文二通と「郵便はがき之案」「電信機にて報知の案」を掲げる。例文は前半六四通を「四季之部」として季節に伴う例文を掲げ、続いて、還暦・長寿・新婚・安産・疾病・死亡・近火・洪水等の吉凶事に伴う例文などを載せる。本文を大字・六行・付訓(漢語にしばしば左訓)で記す。頭書には、「会社設立之願」から「養子離別之訴」までの公用文一六二通を集めた「公用諸願届之案文」のほか、「月の称呼」「日の称呼」「時日雑称」「自他之名称」を掲げ、下巻末に銅版刷りで「郵便賃銭之表」「電信賃銭之表」「駅逓物貨賃銭表」「鉄道賃銭表」「年齢の早繰」「生れ月之繰方」を収録する。このうち一二七丁裏は木版刷りの空白部分に銅版を加えた点が珍しい。なお、柱に「尚古堂梓」とあるため、山城屋板は後印と思われる。〔小泉〕
◆しんせんようぶんしょうたいぜん [2038]
新撰用文章大全‖【作者】奥田清十郎作・書・序。門脇拙庵・柳村野史序。【年代】明治二七年(一八九四)序。明治三八年刊。[四日市]岩田与七(金港堂)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。口上書や種々消息例文・公用文書式、また、書簡用語・書簡作法、関連法令等を載せた大部な用文章。まず種々「口上書式」二七例を掲げ、続いて「四季書牘(四季用文)」三四通、「日用書牘報知之部」六通、「尋問之部」七通、「招待之部」六通、「請托之部」七通、「返済之部」五通、「謝絶之部」四通、「祝賀之部」一〇通、「見舞之部」五通、「奨励之部」五通、「寄贈之部」三通、「雑牘之部」三通、「送并請取之部」二通、「証券書式之部」九通、「公用書式之部」一四通に加えて、「入営ヲ両親ニ報ズル文」から「兄ノ戦死ヲ報ジタル書」までの一四通を収録した「軍人用文(一部、軍人が書いた実際の手紙文を含む)」を付すのが独特である。この「軍人用文」は日露戦争後の社会を反映して急遽増補されたものであろう。例文に軍事関連の内容が混入してくる変化を示すものとして興味深い。本文を大字・五行・付訓(稀に左訓)で記す。また、前付に「封緘書式」、頭書に各種書簡用語や替え言葉、「電信文」「郵便心得」「証券書類心得」「印紙貼用心得」等の記事を載せる。〔小泉〕
◆しんせんようぶんしょうほうぎょくたい [2039]
新選用文章宝玉袋‖【作者】堺屋清兵衛編。【年代】宝暦四年(一七五四)頃作。宝暦一二年刊。[大阪]吉文字屋市兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『新選用文章宝玉蟲』『宝暦通宝』。大本一冊。「新年祝儀披露状」から「寒中見舞返礼状」までの四三通を収録した用文章。武家貴人向けの各種例文や、知人とやり取りする書状(婚礼祝儀状・平産祝儀状・快気祝儀状・五節句祝儀状・参宮成就祝儀状・普請祝儀状・饗応礼状・暑中見舞状等)などから成る。例文を大字・五行・付訓で記す。前付に「三福神の図」「四端の絵抄」「琴碁書画の図」「字訓略」「茶湯指南」「立花手引草」「近江八景の図」「本朝古今物之始事」「年数一覧」、頭書に「小野篁歌字尽」「四季料理之献立」「食物喰合之事」「四季衣服着様」「四目録占」「官職之註」「歌読方指南」「誹諧指南句法」「諸流能書」「本朝名画」「中将棋之図」等の記事を掲げる。なお、『大阪出版書籍目録』によれば、本書は宝暦一一年刊『百川学海錦字選』(京屋治兵衛作。吉文字屋市兵衛板)の改題本で、さらに本書を改題したものに宝暦一二年刊記『宝暦用文章宝玉袋』(玉川大学蔵)がある。本書前付記事に「宝暦四年迄…」の文言が見えるため、その頃の原作であろう。〔小泉〕
◆しんせんようぶんひつぎょくおうらい [2040]
新撰容文筆玉往来‖【作者】不明。【年代】宝暦四年(一七五四)刊。[京都]蓍屋勘兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「正月初て遣す文」「田舎へ下るとて暇乞文」「用事に付飛脚を遣す時の文」「約束の物を急ぎに遣文」など諸用件に関する書状一四通と、「銀子借状書様」「銀子受取手形」「借家請状」など手形証文七通を収録した手本兼用文章。本文を大字・四行・所々付訓で記す。前半の消息文例には四季の書状はほとんどなく、諸用件に関する短文の手紙が中心で、宛名・差出人名・脇付などを適宜変えながら綴る。後半の手形証文には明暦三年(一六五七)刊『新用文章(新板用文障)』†の明らかな影響が認められ、版式も江戸前期の趣を遺すため、先行書が存したと考えられる。巻首に「本朝言語始りの事」「教訓十首和歌」「兵法廿三箇条」「手習十箇条」や「披露状認様之事」「至極下輩の文言」を始めとする書簡作法、巻末に「手形証文書法大概」「京都町づくし」を掲げる。〔小泉〕
◆しんせんるいじゅうおうらい [2041]
新撰類聚往来‖【作者】丹峯和尚作。【年代】室町中期、明応〜永正(一四九二〜一五二〇)頃作。古写本は天正四年(一五七六)書。刊本は慶安元年(一六四八)刊、[京都]敦賀屋久兵衛(敦賀屋九兵衛)板。【分類】古往来。【概要】天正四年写本(東京大学国語研究室蔵)は大本一冊で、楷書に近い行書・大字・七行(一行約一三字)・付訓で記す。第一状(往)より第八状(返)までを収める。慶安元年刊本は大本三巻三冊(後に三巻合一冊)。本文を近衛流の行書・大字・七行(一行約一四字)・ほとんど付訓(返り点・送り仮名)で記す。看花・花苑、絵画、館経営、饗応、音楽、薬方、遊戯、教養、学問、連歌、農業などを主題とした一五条・三〇通の手紙文より構成され、各状に厖大な類別単語集団(神祇・仏教二九三語、漢学・文学・教養三二九語、地名・人倫・職分・職業一六八三語、衣食住・武具一三三五語、自然三七四語、雑九一語、計四一〇五語)を盛り込む。〔石川〕
◆しんそうしょうそくおうらい [2042]
〈絵図註入〉真艸消息往来‖【作者】不明。【年代】文政八年(一八二五)刊。[名古屋]松屋善兵衛(昭華堂・松華堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈画図標注〉真草消息往来』『絵鈔消息往来早学』『教真草消息往来』『諸民必用消息往来』。半紙本一冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†の本文を行書・大字・六行・無訓で記し、その上段(頭書)に楷書・小字・八行・付訓(音訓)の本文を再録したもの。本文の所々に要語の図解(一丁一二葉の計四丁)を掲げ、文化(一八〇四〜一八)以降に見られる「独稽古」の体裁を成す。口絵に童子四人の手習い図、巻末に「片仮名イロハ」「十干十二支」「東百官名尽」「月異名」を載せる。〔小泉〕
◆しんぞうてらこおうらい [2043]
〈童子必用〉新増寺子往来‖【作者】国晴画。【年代】江戸後期刊。[大阪]河内屋平七板。【分類】合本科。【概要】半紙本一冊。「実語教・童子教」「商売往来」「天神経」「今川状」「腰越状」から成る往来。本文を大字・五〜六行・付訓で記す。頭書に「当流小謡」「伊呂波文章」「手習教訓書」「篇冠づくし」「大日本国尽」「小野篁歌字尽」「相生人名字尽」等の記事を載せるほか、巻頭に色刷り口絵(「寺入図」「寺子遊戯図」)を掲げる。〔小泉〕
◆★しんぞうようぶんひつどうたいぜん [2044]
〈広益〉新増用文筆道大全‖【作者】蔀関月(徳基・子温・千種屋源次郎・摎k斎初世・青莪堂)作・画。【年代】寛政一二年(一八〇〇)刊。[大阪]塩屋平助(高橋平助)板。【分類】消息科。【概要】異称『新増用文章』。大本一冊。「年始に遣す状」から「上棟祝賀之状」までの全七九通を収録した用文章。四季・五節句の贈答の手紙から、一生の祝儀に伴う書状や、凶事の際の見舞状、諸用件の手紙などから成る。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書に書簡作法全般の記事や「小笠原折形」「万対名之事」「手形証文券書」「日本国名」「商売往来」「小野篁歌字尽」「世話字づくし」「百官名尽」「名字尽」「名乗尽」等を掲げるほか、前付に「城州長岡天満宮之景」「摂州住吉明神」「士農工商」「琴碁書画」、その他諸芸能関連や「内裏之図並故実」「公方将軍家故実」「門跡之事並公家之事」「武家故実」「大名衆つかい言葉」など上流階級に関する記事なども収める。なお、『大阪出版書籍目録』に見える、高橋平右衛門作・天明五年(一七八五)頃刊『新増用文筆道訓』(大阪・塩屋平助板)の改訂版が本書であろう。〔小泉〕
◆しんぞくしょうばいおうらい [2045]
新続商売往来‖【作者】忍岡常丸(常陸屋甚兵衛・藤本常丸・東川)作・画。【年代】文政五年(一八二二)刊。[江戸]山本平吉板。【分類】産業科。【概要】中本一冊。「凡、商売取扱文字数多前為漏取遣之日記、請状、請負、売券状、会所、回文…」で始まるように、元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†に漏れた商業用語を集めた往来。旅行・交通・輸送等に関する語彙を始め、商人の姿勢・心得や、江戸後期の主要な各種商品(しばしば産地を付記)などを記す。また、元禄板『商売往来』の記載と異なる現行通貨にも触れる。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書には「九九之数」「清濁の事」「猫の眼瞳にて時を知事」「海なき国を知歌」「水に溺れ死したる人を救ふ伝」「風を引ざる法」など種々の記事を載せるほか、巻頭に商人の教訓を綴った「金生樹阿登見世蘓和歌(かねのなるきあとみよそわか)」を掲げる。〔小泉〕
◆しんぞくわごうおうらい [2046]
親族和合往来‖【作者】十返舎一九作。歌川国安画。晋米斎玉粒書。【年代】文政七年(一八二四)刊。[江戸]山口屋藤兵衛板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈頭書絵抄〉親族和合往来』。半紙本一冊。六親九族など人倫関係の語彙や親疎別の喪中期間(服忌令)などについて述べた往来。一九が編み山口屋が出版した一連の往来物(半紙判に大判の色刷り絵題簽を付す)の一つ。冒頭に親類・縁者の交際には「其の忌服・附合の応答、高下、深浅」の相違が大切なことを述べ、父母・祖父母・外祖父母・曽祖父母・高祖父母(以上「五世の先祖」)を始めとする人倫関連の語句を概説し、続いて後半で親族における服忌の期間を示し、最後に親族のうちにも礼譲が大切であり、互いに和合して信義がある時には子孫まで栄えることを諭して締め括る。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書に「六親九族」「五等の親属」「長翁幼弱の称」「誕生の事」「老人の子影無し」「倚人・異相の弁」「面皮・奇疾の弁」等の記事を載せる。〔小泉〕
◆★しんたいあんようがん [2047]
心安養丸‖【作者】正直屋日三郎書か。【年代】江戸末期以降書。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。「一、親孝行は我身子孫の為」「一、忠義は末代出情の手本」「一、不忠儀は人面のけたもの」「一、朝夕のかんきんはみよか御礼」以下、一行に一つずつ、合計二八の金言・俚諺を列記した往来。本文を大字・五〜八行・無訓で記す。末尾に「右此御薬之儀は、極楽伝来にして、其功能あつてかそへかたし…」と綴るように、効能書きに見立てた教訓だが、文化一三年(一八一六)刊『子供早学問』†と共通する文言も多いため、同書にならって編んだものであろう。なお、本書と同類の往来に、江戸後期刊『〈極楽伝来〉心体安楽丸』(大阪・小谷氏施印)や別宮又四郎作・明治一四年(一八八一)刊『心体安楽丸』(金沢・別宮又四郎板)があり、このいずれかにならったものと考えられる。〔小泉〕
◆しんたいおうらい [2048]
身体往来‖【作者】藤村秀賀(鶴亭・春霞楼・光朝)作。薄文堂(簿文堂)書。【年代】万延元年(一八六〇)刊。[江戸]辻岡屋文助(金松堂)板。【分類】理数科。【概要】中本一冊。身体に関する基本語彙と若干の心得を綴った往来。明治以降は近代的な生理学教科書が種々編まれたが、本書は江戸中期刊『名頭字国尽・身躰文字尽』†に続く身体生理関連の数少ない往来物の一つとして注目される。まず、上半身・両手両足各部の「五体」の名称、種々の分泌物・排泄物である「五腋」の名称や「五臓六腑」等について述べ、最後に人身を天地に譬えて、身体の健康こそが斉家であり、米穀・金銀を貪る者は短命になるとして、質素・倹約、飲食・房事の節制、平常心の保持により天寿を全うすべきことを諭す。本文を大字・四行・付訓で記す。頭書に、本文と全く無縁の「万物起原」「十干十二支異名」「十二月異名」「三十日異称」「八宗九宗祖師略伝記」を載せる。〔小泉〕
◆じんだいさんじし [2049]
神代三字史‖【作者】宮内君浦作。山本水哉(保)序。谷下田博民跋。【年代】明治三年(一八七〇)序・跋。明治四年刊。[東京]山城屋佐兵衛(稲田佐兵衛・玉山堂)板。【分類】歴史科。【概要】半紙本一冊。序文によれば、兄・天浦先生(吉川多節)校訂の『皇国三字史』†にならって日本神代の歴史(神話)を略述した往来。「天中主、統元気、両産霊、造天地、浮膏下、葦牙萌、彦舅化、国底成…」で始まるように、『皇国三字史』や『三字経』†と同様の三言一句・計二二二句(六六六字)から成る文章で、神武天皇以前の天神七代・地神五代の日本神話の歴史を綴る。本文を楷書・大字・四行(一行二句)・無訓で記す。〔小泉〕
◆しんたいしょかんべんもう/しんていしょかんべんもう [2050]
新体書翰便蒙(月儀之部)‖【作者】萩原乙彦作・序。青木東園(理中)書。【年代】明治四年(一八七一)序・刊。[東京]須原屋伊八(青黎閣)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈新体〉書翰便蒙』。中本一冊。「贈年首書」から「歳暮之書・同答書」までの往復二八通を収録した漢語用文章。首題下に「月儀之部」と記すように月々の行事や季節の変わり目の際に書く手紙ばかりを集める。本文をやや小字・六行・付訓で記す。頭書には例文に関する類語や言い替え表現を載せ、所々割注を施す。巻末付録には起居・欣喜・具礼・結尾・称呼・宗匠・書称・居所・郷里の類語と、扇・酒・桜花・茶・蛍・船・菊・雪の異名などを集録する。序には「近時文運盛大ニシテ女子モ漢語ヲ暗唱シ」という、明治初頭の漢語流行の状況が記され注目される。〔母利〕
★しんたいぜんしょうそくおうらい [2050-2]
新大全消息往来‖【作者】不明。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[金沢]桜井保市板。【分類】合本科。【概要】中本一冊。宮本興晃作『新撰消息往来』†と『新撰消息往来註釈』†に数々の往来を合本したもので、標記書名は見返しによる。収録内容は、収録順に「新撰消息往来(真草両点)」「同註釈」「商売往来(真草両点*明治七年発行)」「大日本国尽(府県改置概略表・鎮台分割表・御祭礼並に祝日・上等及地方裁判分轄表等を付す」「七ついろは(偏冠構字集等を付す)」「万葉いろは」「名頭字尽」「世話千字文(真草両点*明治一〇年刊)」「苗字尽」。巻末広告にも『〈真草両点〉新大全消息往来』『〈真草両点〉商売往来』『大日本国尽』『苗字づくし』『〈真草両点〉七ッ以呂波』『〈真草両点〉世話千字文』等の広告を載せるため、同時期に単行本もあわせて刊行されていたと見られる。〔小泉〕
◆しんたいぜんしょうそくおうらい [2051]
〈明治改正〉新大全消息往来‖【作者】不明。【年代】明治一二年(一八七九)以降刊か。[金沢か]桜井保市板か。【分類】消息科。【概要】中本一冊。宮本興晃作『新撰消息往来』†と『新撰消息往来註釈』†を合本した往来。両書ともに単行本も存した。前半部『新撰消息往来』は、「凡、消息者通音信、近所・遠国不限何事、人間達万用之基也…」で始まり「…貴答・御報・御返事・返報・返答書、其品々多き故、先大概有増書記畢」と結ぶ文章で、ほぼ書簡文の順序に従って冒頭語(端作)から書止・脇付等までの消息用語・日常語を列記する。本文を大字・四行・付訓の行書体と、小字・四行・付訓(単漢字の音)の楷書体の二体で記すのが特徴。また、同本文の主要語彙を大字で掲げ、割注を施したものが後半部『新撰消息往来註釈』である。すなわち、本書は『大全消息往来』†の改編版である。〔小泉〕
◆じんだいせんじもん [2052]
〈小川長秋著〉神代千字文‖【作者】小川長秋作。田村(田邨)弥平・藤本甕樹校。青木東園(理中・隆)書。田村弥平序。【年代】明治六年(一八七三)序。明治七年刊。[滋賀か]香芸堂板。【分類】歴史科。【概要】半紙本一冊。『古事記』『日本書紀』によって日本神代の歴史を四字一句に綴った史詩型ならびに『千字文』型教科書。「高天寂寥、一物漂揺、中主無始、産霊有僚、乾坤茲剖、陰陽乃邀、清軽既靡、重濁漸調…」で始まる四言一句、全二八〇句(一一二〇字)で日本建国の経緯や日本の祭政・風俗などを述べて、国体観念の高揚を図ったもの。まず楷書・大字・五行(一行二句)・無訓の本文を掲げ、巻末に楷書・小字・一〇行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◆しんたいのけたはじめ [2053]
〈官許〉身体の階始め‖【作者】関息定(村松)・飯尾朋央(郡山)作。岡村得助(杉圃)書。【年代】明治八年(一八七五)刊。[大阪]思斎舎蔵板。山内八十七ほか売出。【分類】理数科。【概要】異称『〈童蒙〉身体の階始め』。中本一冊。総論・脳・心・肺・脾・肝胆・胃・腸・腎の九項に分けて、身体各部の名称・形状・機能等を略述した手本風の教科書。「大凡地上に粘居する数万の動物中に於て人は最も霊と称す。是を以て身体の部分・機関の順序を知らざれば、従て其身の養生を知らず…」で始まる本文を大字・五行・付訓(稀に左訓)で記す。また、巻頭に「身体内部略図」二葉を掲げる。〔小泉〕
◆じんだいみちしるべ/しんだいみちしるべ [2054]
神代道しるべ‖【作者】染崎延房作・序。小室樵山書。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[東京]青松軒蔵板。相模屋七兵衛ほか売出。【分類】歴史科。【概要】中本一冊。神代より神武天皇即位までの歴史を神話伝承によって紹介した往来。「かけまくも最(いと)も恐(かしこ)し天地(あめつち)の、まだ判らざる大虚空(おおぞら)に、成まさる神の御名を、天之御中主の神と言ふ…」で始まる七五調の文章で、天地開闢以来の神々と歴史のあらましを述べる。本文を大字・四行・付訓で記す。巻頭に、以上の経緯を図解した挿絵数葉を掲げる。〔小泉〕
◇じんたいもんどう [2055]
〈小学教授〉人体問答‖【作者】松川半山作・序。【年代】明治九年(一八七六)序・刊。[大阪]三木佐助板。【分類】理数科。【概要】異称『小学教授人体問答』『〈増補〉小学人体問答』。半紙本一冊。人体各部の名称や機能など、身体に関する基礎知識を一問一答式に綴った小学生徒用教科書。「夫、人ハ此地球上ニ於テ如何ナル物体ナルヤ」から「動脈トハ何レノ所ヲ指テ云フヤ」までの八九題について解説する。巻頭に色刷り銅版画の「全体骨格之図」「全体面背之図」「動脈循環之図」「全体之中部内臓位置之図」の四葉を掲げて理解の一助とする。〔小泉〕
◆しんたつおうらい [2056]
信達往来(仮称)‖【作者】安積艮斎(重信・信)作・書。【年代】弘化(一八四四〜四七)頃作・書。【分類】地理科。【概要】異称『奥州信達往来』。折手本四帖。奥州信達地方(福島県)の歴史と地理を扱った往来。前半は「抑奥州信達両郡は、和銅年中、天子勅命有之、諸国の郡郷を分ち給ふ時、行基此処へ来り給ひ…」と書き始め、信達両郡(信夫郡・安達郡)設置の由来、四周の境位と霊地、藤原秀衡・佐藤庄司の寺社勧請、佐藤継信・忠信兄弟の武勇、北畠顕家の忠勤、寛正元年(一四六〇)の大洪水以降の地形・地勢の変化、『伊達古事談』による旧跡・霊場等の説明などを記す。後半は両郡の石高・村数を挙げたうえ、七五調・美文体の文章で地名・村名、名所旧跡名、社寺霊場名などを綴る。半折に一行ずつ(一折二行)大字・無訓で記す。ちなみに、本書末尾には「二本松安藤氏応需。艮斎」の識語が見られる。この識語を信用すれば、作者の安積艮斎が二本松藩の儒官となった天保一四年(一八四三)より江戸の昌平坂学問所の教官に転任する嘉永四年(一八五一)にいたる八年間のうちに編まれたことになる。〔石川〕
◆しんちょうようおうらい [2057]
〈童蒙必読〉新聴用往来‖【作者】河村貞山(与一・白巌・欽)作・書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[京都]吉野屋甚助(杉本甚助)ほか板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。天保五年(一八三四)刊『新幼学往来(聴用往来)』†と同様の趣向で近代社会生活周辺の用語・心得を記した往来。『官途必携』『布告全書』等から、維新後の公私通用の語彙を抽出する。「夫、人民、稟生於天地間、種族分派すといへども、孰も銘々分限之作業ありて、積功、食力ものなれば、一日も空手・座食して徒に費光陰を…」で始まる文章で、まず幼時から青年期の学問や生き方、家業・企業、選挙、時事経済、経営、金融、祭礼、救民、神官・僧侶について触れた後、訴訟を中心とする社会生活関連語を列挙する。本文を大字・五行・付訓で記し、難解語句に左訓や語意を付す。巻末の広告には、本書を暗誦すれば「対話(ハナシ)談論(ワウタイ)のときにあたりて、流行語(ハヤリコトバ)に富み、口誼爽利(コウジヤウサハヤカ)にして、文盲不弁の毀嘲(ワルクチ)を免るべき」書であるといい、実際そのような便宜があったのではないかと推察される。巻頭に、色刷り口絵「聴訟折獄之図」を掲げ、頭書に「内国郡名并名産大概」「府県名」「大日本国周囲里程」「戸券状御定書」「司法省并府県庁御官員大概」「裁判所訴訟書写」「証拠物」「八算之除声」「見一九段」「数目大概」等を載せる。〔母利〕
◆しんていきんおうらい [2058]
新庭訓往来‖【作者】巽行精(静庵)作・書。清水行澄(進斎)跋。【年代】嘉永二年(一八四九)跋。嘉永三年(一八五〇)刊。[大阪]秋田屋市兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。『庭訓往来』†のうち、収録書状が各月往復二通を基本とし、各書状に語彙集団を挿む点を模倣した江戸末期の往来・用文章。跋文によれば、『庭訓往来』は多彩な語彙学習には比類無き教材だが、その文章は商家子弟には通じ難いため、「商家の文躰をもて専ら商家に取用ゆる文字をあつめ」て編んだのが本書である。例えば、一月往状は新年祝儀とともに初荷の内容を伝える文面で各地の代表的な織物類を列挙し、その返状として荷物到着の報告と追加発注をする文章で他の織物類を列挙するという具合である。以下、衣類、武具・馬具、染模様・染色、裁縫・仕立、綿類・糸類、舶来品(織物・日用品)、雑穀・乾物類、塩物類(魚貝)、川魚類、鳥類、青物・果実・山菜・茸類、家財・諸道具・食器類、農家・職人、その他諸職業・文芸関連などの語彙集団を含む合計二四通を収録する。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◇しんどうじおうらい [2059]
新童子往来‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[金沢か]刊行者不明。【分類】合本科。【概要】中本一冊。「商売往来」「消息往来」「実語教・童子教」「千字文」「世話千字文」「七いろは」「万葉いろは」「南膽部州大日本国尽」「偏冠尽」「仮名遣」「名頭字」「小野篁歌字尽」から成る往来。本文を大字・四行程度からやや小字・八行程度まで様々に綴る。〔小泉〕
◆しんどうじおうらい [2060]
〈頭書絵入〉新童子往来‖【作者】不明。【年代】弘化二年(一八四五)刊。[大阪]河内屋政七ほか板。【分類】合本科。【概要】半紙本一冊。『〈昼夜便蒙〉新童子往来万家通』†から「庭訓往来」と「消息往来」を削除して改題したもの。他は同書と全く同じで、「商売往来」「今川状」「江戸往来」「実語教・童子教」の四編を収録する。本文を大字・七行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しんどうじおうらい [2061]
〈合書〉新童子往来‖【作者】不明。【年代】明治年間刊。[金沢か]刊行者不明。【分類】合本科。【概要】中本一冊。前掲『新童子往来』†や『新撰合書往来』†と酷似した合本科往来で、「消息往来」「商売往来」「実語教・童子教」「小野篁歌字尽」「千字文」「七ッいろは」「万葉いろは」「名頭字」「偏冠尽」「仮名遣」「大日本国尽」「小うたひ」「十干十二支」を収録したもの。本文を大字・四行程度からやや小字・八行程度まで様々に綴る。〔小泉〕
◆しんどうじおうらいばんかつう [2062]
〈昼夜便蒙〉新童子往来万家通‖【作者】不明。【年代】天保一四年(一八四三)作。弘化二年(一八四五)刊。[大阪]河内屋政七ほか板。また別に[大阪]塩屋平七板あり。【分類】合本科。【概要】半紙本一冊。本文欄に「商売往来」「今川状」「庭訓往来」「江戸往来」「実語教・童子教」「消息往来」の七本を収録した合本科往来。本文を大字・七行・付訓で記す。頭書に「風月往来」「証文認様之事」「御成敗式目」「諸職往来」「大日本国尽」「手習状」「熊谷状」「経盛返状」「曽我状」「同返状」「当流小うたひ」を掲げるほか、前付・後付に「菅公詩を賦給ふ図」「士農工商図」「野馬台詩」「十干十二支」「六十之図」等を載せる。なお、本書から「庭訓往来」と「消息往来」を削除した改題本に『〈頭書絵入〉新童子往来』†がある。〔小泉〕
◆★しんどうじおうらいばんせいほうかん [2063]
〈初学須知・万物大成〉新童子往来万世宝鑑(付訓本)‖【作者】吉文字屋市兵衛作。【年代】享保一七年(一七三二)刊。[大阪]吉文字屋市兵衛(鳥飼市兵衛)ほか板。【分類】合本科。【概要】異称『〈初学須知・万物大成〉新童子往来千歳宝鑑』。大本一冊。元禄一一年(一六九八)刊『童子往来綱目』†に「商売往来」等を増補した享保元年(一七一六)刊『童子往来富貴宝蔵』†を被せ彫りにした本文に、さらに「小野篁歌字尽」を増補して改題したもの。本文に「商売往来」「庭訓往来」「実語教・童子教」を大字・六〜八行・付訓で掲げ、頭書に「文房四友」「曽我状」「手形証文」「今川状」「腰越状」「義経含状」「手習状」「熊谷状・経盛返状」「弁慶状」「風月往来」「御成敗式目」等、前付に「天神経」「教訓歌」「小野篁歌字尽」「七以呂波」等を収録する。本文と付録記事の双方に増補または改編を加えたが、享保元年板で増補された「大坂状・同返状」をあえて削除し、代わりに「七以呂波」「文字・筆の始まり」「弘法大師故事」「手形証文」などを追加した。本書はこれ以後同じ書名で安永〜寛政頃までに多少の変更を加えながら、元文二年(一七三七)・元文六年・寛延四年(一七五一)・宝暦一〇年(一七六〇)・同一一年・明和四年(一七六七)・安永三年(一七七四)・安永四年・寛政四年(一七九二)と少なくとも九回以上の版を重ねた。特に、宝暦一〇年板は、「大増補」の角書を冠するように大幅な増補がなされた(『新童子往来万世宝蔵』†と改題)。次項の無訓本を含め、『新童子往来万世宝鑑』は、普及面において他の追随を許さない、江戸中期を代表する合本科往来である。〔小泉〕
◆しんどうじおうらいばんせいほうかん [2064]
〈初学須知・万物大成〉新童子往来万世宝鑑(無訓本)‖【作者】不明。【年代】元文二年(一七三七)刊。[大阪]吉文字屋市兵衛(鳥飼市兵衛)ほか板。【分類】合本科。【概要】大本一冊。元禄一一年(一六九八)刊『童子往来綱目』†、享保元年(一七一六)刊『童子往来富貴宝蔵』†をもとに増補・改編を繰り返して江戸中期約一世紀にわたって盛行した『新童子往来万世宝鑑』†の亜流に属する往来。本文は「木曽義仲願書」「庭訓往来」「実語教」「童子教」の四本からなり、元禄一一年板を直接増補した形になっているが、付録記事などは享保元年板の影響も受けており、「曽我状」「同返状」「月のから名尽」「今川状」(以下「御成敗式目」までは元禄一一年板等に同じ)などを載せる。また前付には「士農工商図(七福神ではない)」「礼・楽・射・御・琴・碁・書・画」「七十二点筆法」「永字之八法」を載せる。他の『新童子往来万世宝鑑』と異なり、本書は本文に一切振り仮名を付さない無訓本で、大字・六行(「実語教・童子教」のみ八行)・無訓で記す。なお、『大阪出版書籍目録』では「増補改板」と付記することなどから、先行板の可能性も大いにある。〔小泉〕
◆しんどうじおうらいばんせいほうぞう [2065]
〈大増補〉新童子往来万世宝蔵‖【作者】吉文字屋市兵衛作。【年代】宝暦一〇年(一七六〇)刊。[大阪]鳥飼源十郎ほか板。【分類】合本科。【概要】大本一冊。江戸中期に盛行した合本科往来である享保一七年(一七三二)刊『新童子往来』†は約一世紀にわたり八回以上重版されたが、その中でも最も大幅な増補・改編が加えられたのが本書である。従来「小野篁歌字尽」など五つの往来を収録していた本文に、新たに、「新今川童子教訓条々」「高倉宮、頼朝被下令旨」「江戸往来」「年中往来」「瀟湘八景」「近江八景」「書初詩歌」「七夕詩歌」を増補し、「小野篁歌字尽」を頭書末尾へ移動させた(本文は大字・六〜八行・付訓)。さらに、前付に「聖徳太子故事」「七福神吉書図」「諸芸絵抄」、頭書に「本朝三筆・三跡」「九九之次第」「人名頭相性」「破軍星くりやう」「永字八法」や、「木曽願書」「頼朝令旨国々施行之状」「流人赦免状」「義経注進状」「猶重被下院宣」「寺子教訓書」「諸職往来」「親戚字尽」「大日本国尽」「異国名尽」などを付け加え、従来後付にあった「篇并冠」を頭書へ移して、代わりに「童子可読習書目大概」を掲げた。このように、本書は江戸前期から後期にかけて内容が豊富・多彩になっていく合本科往来の流れを如実に示している。なお、本書は安永四年(一七七五)に『新童子往来万世宝蔵』の書名で再板されている。〔小泉〕
◆しんどうじおうらいばんだいほうかん [2066]
新童子往来万代宝鑑‖【作者】長友松軒書。鳥飼酔雅跋。【年代】明和元年(一七六四)刊(再板)。[大阪]吉文字屋定太郎ほか板。【分類】合本科。【概要】大本一冊。享保一七年(一七三二)に始まる『新童子往来万世宝鑑』†の本文内容を、ほぼそのまま手本用に無訓で記したもの。合本科往来はほとんどが付訓の読本用だが、手本用としては大坂ではすでに元文二年(一七三七)刊『新童子往来万世宝鑑』が登場していた。ただし、内容的には享保一七年板の亜流であり、その後盛んに重版されたのも基本的に享保一七年板系統であった。その内容に即して手本向けに編まれたのが本書である。本文に「商売往来」「庭訓往来」「実語教」「童子教」の四本を収録し、いずれも大字・六〜八行・無訓で記す。頭書も「諸証文認様」「今川状」以下「弁慶状」に至るまで一部順序の変更を除けば全く同じである。その反面、前付は大幅に変更され、「日本学文始り」「七福神遊芸図」「筆道七十二点」、さらに「庭訓往来の事」以下では「手習状」を除く収録往来のほとんどに言及し、また「五音相通」や「進物箱曲もの樽書付仕やう」等の記事が追加された。なお、『大阪出版書籍目録』によれば、明和二年と安永八年(一七七九)に本書の再板が出願されているが、重板については未詳。〔小泉〕
◆しんどうじおうらいばんぷくたいせい [2067]
〈文化新刻〉新童子往来万福大成‖【作者】神谷勇蔵校。【年代】文化四年(一八〇七)刊。[大阪]吉文字屋市左衛門板。また別に[大阪]海部屋勘兵衛板、[大阪]塩屋平助ほか板あり。【分類】合本科。【概要】異称『新童子往来万代宝蔵』。大本一冊。『新童子往来万世宝鑑』†の亜流に属する合本科往来。本文欄に「商売往来」「庭訓往来」「実語教・童子教」を収録するほか、頭書に「諸証文手形公案(したがき)」「今川状」「腰越状」「義経含状」「手習状」「熊谷状」「経盛返状」「御成敗式目」「風月往来」「弁慶状」、また前付等に楠木正成らの略伝や、「天神経」「七以呂波」「七情画解」など種々の記事を載せる。本文を大字・六〜八行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しんどうじおうらいばんぽうたいぜん [2068]
新童子往来万宝大全‖【作者】吉文字屋市兵衛作か。【年代】寛政四年(一七九二)刊。[大阪]敦賀屋九兵衛ほか板。【分類】合本科。【概要】大本一冊。享保一七年(一七三二)刊『新童子往来』†に大幅な増補・改編を加えた宝暦一〇年(一七六〇)刊『〈大増補〉新童子往来万世宝蔵』の改訂版。本文に「新今川童子教訓条々(新今川)」「平家追討之院宣」「商売往来」「庭訓往来」「実語教・童子教」「江戸往来」「年中往来」「瀟湘八景」「近江八景」「書初詩歌」「七夕詩歌」を置く。また、前付に「聖徳太子故事」「七福神吉書図」「天神経」「諸芸絵抄」、頭書に「本朝三筆・三跡」「篇冠づくし」「九九之次第」「人名頭相性」「十二月五節句異名」「七以呂波」「証文認様之事」「破軍星くりやう」「永字八法」「今川状」「腰越状」「義経含状」「手習状」「熊谷状・経盛返状」「御成敗式目」「風月往来」「曽我状・同返状」「木曽埴生八幡宮願書」「頼朝東国源氏施行状」「流人赦免状」「義経注進状」「猶重被下院宣(園城寺院宣)」「寺子教訓書」「諸職往来」「親戚字尽」「大日本国尽」「異国名尽」「小野篁歌字尽」を掲げる。なお『大阪出版書籍目録』によれば、天明元年(一七八一)初刊というが未見。〔小泉〕
◆しんどうじてならいかがみ [2069]
〈頭書絵入〉新童子手習鑑‖【作者】暁鐘成(木村明啓・重雄)作・画。和田正兵衛書。【年代】文政八年(一八二五)刊。[江戸]山城屋佐兵衛ほか板。【分類】合本科。【概要】半紙本一冊。「商売往来」「今川状」「実語教・童子教」「小野篁歌字尽」を本文とする合本科往来。本文を大字・七行・付訓で記す。頭書に「大日本国尽」「能之濫觴」「当流小謡」「改算塵功(劫)記」「以呂波の濫觴」「七以呂波」「名乗字尽」等を掲げるほか、前付・後付に「五倫の図」「四民図解」「諸芸図説」「東百宮名尽」「相性人名字づくし」等の記事を載せる。なお、本書の改題本に天保六年(一八三五)刊『合書童子訓』†があり、その増補版に嘉永元年(一八四八)刊『合書童子訓大成』†があるように、本書は江戸後期に京都・名古屋・江戸(改題本は大阪でも)で販売され、合本科往来の一つの流れを成した。〔小泉〕
◇しんどうちゅううたおうらい [2070]
新道中歌往来‖【作者】不明。【年代】文政(一八一八〜三〇)以降作・書。【分類】地理科。【概要】「江戸下り千住の馬のいさましく、草賀(草加)ときけば直に越谷」「かすかへ(春日部)に富士と筑波を詠(つゝ)、すき戸(杉戸)もさつて(幸手)栗橋の土手」「よい中田小歌で古河の松原を、野木のまゝ田と過る道連」のように、江戸千住より奥羽街道を辿って、仙台長町に至る宿駅の名を、短歌形式で次々に詠み込んだ往来。文化一三年(一八一六)刊『道中往来』†が仙台長町より江戸千住にいたる奥羽街道にある宿駅の名を列記するのに対して、その帰路を教材化したものであろう。従って、文政以降の成立と推測される。〔石川〕
◆じんどうにじゅうしかじょう [2071]
〈孝行繁栄・目ざまし艸〉人道二十四箇条‖【作者】荒井方久(玉泉堂・玉宝)作。長秀画。【年代】天保七年(一八三六)刊。[京都]北村屋太助(文華堂・西川耕蔵)ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『人道廿四哥状集書』。半紙本一冊。『人道二十四ヶ条掟書』†の増補・改題本。同書の後に『孝の道しるべ』†『〈家内安全〉富貴繁栄丸』『絵本目ざまし艸』の三編を合綴したもの。実際に文政八年刊『〈家内安全〉富貴繁栄丸』(菱屋半兵衛板)や天保三年刊『孝の道しるべ』(刊行者不明)等の単行本が存し、同書広告で各単行本を紹介するように、それぞれの単行本がまず出版され、後にそれらを合冊した本書が板行されたと考えられる。『孝の道しるべ』は、『孝行和讃』†風に「希々(たまたま)に人と生れし果報には、万物(もの)の霊(つかさ)と聞からに、たゞ両親(ふたおや)の大恩を、しらでは人といはれまじ…」と七五調で親の高恩と孝のあり方を説いたもの。『富貴繁栄丸』は、薬の能書き風に家内和合・子孫長久・修身斉家の秘訣を説いたもので、「一、第一上をすみやかにして下のいたみをやはらげ…」のように効能(心得)を一つ書きにし、続く「薬味調合」では、「富貴繁栄丸」の成分である「堪忍・思案・了見・分別・善事・陰行・実儀」の七味を掲げ、さらに禁忌(毒だち)として「大酒・博奕・諸勝負・遊芸」など一〇の毒やこの薬の使用法などを教える。最後の『絵本目ざまし艸』は、短冊型に縦長に仕切って半丁に二葉ずつの挿絵とイロハ短歌を掲げた往来で、例えば冒頭「いとけなきよりならはぬ文字は」「ろうごくやめどせひがない」のように七・七・七・五で完結する教訓歌になっている。本文の多くを大字・九〜一〇行・付訓で記す。〔小泉〕
◆じんどうにじゅうしかじょうおきてがき [2072]
人道二十四ヶ条掟書‖【作者】荒井方久(玉泉堂・玉宝)作。長秀画。【年代】文政七年(一八二四)跋。文政八年刊。[名古屋]菱屋半兵衛板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。人間一生の身持ち・心得を「御公儀より御法度之事」「聖人・君子よりの五常之事」「諸神諸菩薩を可敬事」「師匠様の御影之事」「大酒呑で喧嘩口論之事」など二四カ条にまとめたもの。金言・俚諺を引いたり、所々挿絵を伴った教訓歌を入れて処世訓を説く。本文をやや小字・九行・付訓で記す。天保(一八三〇〜四四)頃に本書の増補・改題本である『人道二十四箇条』†が編まれたが、この増補版は明治後期まで数度にわたって再刊された。〔小泉〕
◆しんとうやまとぶんしょう [2073]
神統倭文章‖【作者】高井蘭山校。葛飾北馬画。【年代】文化元年(一八〇四)刊。[江戸]花屋久治郎板。また別に[江戸]山口屋藤兵衛板(後印)あり。【分類】社会科。【概要】中本一冊。日本は神国であり、日本人たるものは神道を学ばなくてはならないとの前提で、本来一つの神道が三種に分かれるに至った経緯や、「王法即神道」の所以、また、神を拝する者の心得などを書き記した往来。まず、天神七代・地神五代の二所宗廟、軍神などについて述べ、さらに「唯一宗源の神道」「両部習合の神道」「本跡縁起神道」の三種の神道は中古に王法が衰えて異端が盛んなために生じた違いであって、その根本は一つであると説く。また、王法と神道が一致するのは「政」と「祭」の訓が同じことからも明白であること、三種の神器の神璽・宝剣・神鏡はそれぞれ仁・勇・智の三徳を示し、この三つは王法には欠かせないものであること、さらに「祓」「神書」また神の拝し方や神社の正統などを述べ、最後に、神に向かう時は「唯心を清く正直にして」「鏡の如くなる心」で拝むことが大切であると諭す。「夫、吾朝者、神国也。凡生於日本者、不可不学神道…」で始まる本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「天磐戸之図」、頭書に「年中略神事」(三丁表まで)を掲げる。〔小泉〕
◆しんねんちゅうようぶんしゅう/しんねんじゅうようぶんしゅう [2074]
〈長雄〉新年中用文集‖【作者】佐藤対雲(春久・利右衛門)・長坂慶雲(尹兄)書。【年代】安永八年(一七七九)書・刊。[江戸]奥村喜兵衛板。また別に[江戸]前川六左衛門板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「扇子を添えて贈る新年祝儀状」から「歳暮祝儀礼状」までの二六通を認めた長雄流手本。五節句・八朔・歳暮等の季節の贈答に関する書状などを大字・三行・無訓で記す。巻末に対雲門人・長坂慶雲揮毫の詩歌二編を付す。〔小泉〕
◇★しんぱんぶんしょう [2074-2]
新板文章‖【作者】不明。【年代】寛文(一六六一〜七二)頃刊。刊行者不明。【分類】消息科。【概要】異称『新用文章』。大本二巻二冊。『〈江戸〉新用文章』†の影響下に編まれた用文章の一つで、版式等から寛文頃の刊行と思われる。上巻には「正月初て状を遣事」から「庭前の花盛に人をよびに遣す状の事」までの一五通と「瀟湘八景詩歌」(絵入り)、下巻に「家沽券状(うりけんじょう)書様の事」「金銀借状書様の事」「借家請状書様之事」「奉公人年季之書様之事」の四通と「平安城竪横町之名(京町尽)」「十二月之異名」「偏并冠の字尽」「細川幽斎状」を収録する。本文を大字・四〜五行・ほとんど付訓で記す。冒頭などに『〈江戸〉新用文章』と同様の主題や似通った例文が数通含むが、五節句・四季など『〈江戸〉新用文章(新板用文障)』にはあまり見られない四季用文や差出人・宛名人・脇付等の表記も多く、全体として他の『新板用文障』類に比べて独自性が強い。また上巻後半部の「瀟湘八景」は、各風景の漢詩文(八景詩)一首毎に大字・五行・ほとんど付訓で記し、その裏側に風景画とともに「瀟湘八景和歌」を掲げたもの。『新板用文障』類では亜流に位置づけられるが、逆に初期用文章の展開を知る好史料となろう。〔小泉〕
◇しんぱんようぶんしょう [2075]
〈百家通用〉新板用文章‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[大阪]河内屋太助板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「年頭披露状」以下七〇通の消息文例と「諸証文手形」二〇通を収めた用文章(後半部首題「諸証文手形大成」)。本文の所々に挿絵と関連記事(「書札認様の心得」等)を載せる。〔小泉〕
◆しんぺんおうじもうで [2076]
新編王子詣〈頭書七福神詣〉‖【作者】朝輝斎千春作。常英斎画。【年代】寛政一〇年(一七九九)書・刊。[江戸]花屋久治郎板。また別に[江戸]山口屋藤兵衛板(文政四年(一八二一)板)あり。【分類】地理科。【概要】異称『〈新編〉王子詣』。中本一冊。「兼而御咄申候王子詣之事、来る幾日は幸ひ初午にて候侭、此日思召被為立候半哉…」で始まる全一通の手紙文で、江戸・神田から王子権現に至る沿道の名所旧跡・神社仏閣、また王子権現の縁起・景趣等を記した往来。下谷の不忍池(しのばずのいけ)・弁財天、上野東叡山、谷中・感応寺、日暮里・養福寺、護国稲荷、白髭神社、西ヶ原・御殿山などを経て飛鳥山に出て、王子権現・別当金輪寺・王子稲荷・滝野川・岩窟弁財天を廻り、さらに駒込富士権現・目赤不動尊・本郷へと抜けるコースで順々に紹介する。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭口絵に「王子稲荷社前之風景」を掲げ、頭書に「七福神詣」「西国三十三所写(江戸上野ヨリ王子・駒込辺ニ限ル)」「諸国名物集」、巻末に「江戸桜の名所」を載せる。〔小泉〕
◆しんぺんしょうそくおうらい [2077]
〈小林義則編・巻菱潭書〉新編消息往来‖【作者】小林義則作。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]文学社(小林義則)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。近世流布本『累語文章往来(消息往来)』†と同様の文面で綴った、明治期改編版『消息往来』の一つ。連綿と続く一文中に、手紙文に多用する端作(冒頭に来る書簡用語)から書止までの語句を盛り込んだ往来。平仮名交じり文にした点は流布本と異なる。本文を行書・大字・四行・無訓で記し、巻末に楷書・小字・一〇行・付訓の本文を掲げる。このほか頭書に、本文と異なる改編版『消息往来』を載せる。〔小泉〕
◆しんぺんしょうばいおうらい [2078]
〈小林義則編・巻菱潭書〉新編商売往来‖【作者】小林義則作。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[東京]文学社(小林義則)板。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†(堀流水軒作)にならって編んだ明治期新編『商売往来』の一つ。「凡、商売に取扱ふ文字、其数多けれ共、先づ日々入用の概略は、取遣、日記、手形証文、註文、請取送り…」で始まる本文で、帳簿関連、通貨、輸送・貯蔵、飲食品、器財・日用品、衣類、薬品、魚・鳥・獣類、公安、農・工諸道具、商家子弟心得(学問・教養・質素倹約・正直・才覚)を略述して結ぶ。本書の所載語は少ないが、単なる語彙の列挙にとどまらず、例えば「問屋・倉廩(そうりん)の積置きは時機を量りて売却す。損失・利潤を差引て残る総額を資本とす」のように説明文に重点を置くのが特色。本文を行書・大字・四行・無訓で綴り、巻末に楷書・小字・一〇行・付訓の本文を再掲する。また、頭書に本文の関連語を載せる。〔小泉〕
◆しんぺんしょうばいおうらい [2079]
〈小学習字〉新編商売往来‖【作者】中島操作。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[長野]西沢喜太郎(松葉軒)蔵板。[東京]小林喜右衛門ほか売出。【分類】産業科。【概要】異称『〈小学習字・新編〉商売往来』。半紙本一冊。「夫、商賈営業上所用之文字、其数雖夥多、先最要之者、取遣之日記、証文、証書、証券、受取、注文、質入、手牒、切手、送状…」で始まる明治期改編『商売往来』(元禄板をベースに適宜変更を加える)。帳簿、有価証券・通貨類、金融・相場、穀類、運輸・通信、日用品、織物・衣類・染色・染模様、軍用品、和漢・西洋の物産(金石・文具等)、家具、化粧道具、農工商用具、薬種、鳥獣虫魚、野菜・果実類等々の語彙と商家子弟心得を記す。本文を行書・大字・三行・無訓の手本用に綴り、巻末に楷書・小字・九行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◆しんぺんしょさつしなん [2080]
〈文章書替〉新編書札指南‖【作者】長友松軒(玄海堂)書。高垣秀武(玄海堂門人)跋。【年代】宝暦一三年(一七六三)跋・刊。[大阪]大野木市兵衛板。また別に[大阪]河内屋太助板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】異称『指南』『〈文章書替〉書札指南大全』。大本一冊。「十二月章」「雑用章」「賀章」の三部から成る用文章。「十二月章」部は「年始に遣状」から「歳暮に遣状・同返事」までの四季折々の手紙二六通、「雑用章」は「未逢方え遣状」から「法事に遣状・同返事」までの諸事に関する手紙三四通、「賀章」部は「婚礼に遣す状」から「預馳走候礼状」までの生涯の佳節に伴う祝儀状二五通で、合計八五通を収録。本文を大字・五行・所々付訓で記す。頭書には例文の言い替え表現(上中下の尊卑別も示す)のほか、「大坂独案内」「文章連歌」「西三条殿逍遙院御作源氏文字久佐里」「問屋往来」「洛陽文章」「隅田川詣」「東山泉涌寺八景」「武州修学十二景」「住吉八景」「諸職家名尽」など特色ある往来を載せる。このうち「問屋往来」は最古の例(単行刊本では最も早い明和三年(一七六六)刊『問屋往来』†とは別内容)で、本書からの抄録と思われる単行本『〈商家〉問屋往来』†が安永八年(一七七九)に刊行された。巻末に、士農工商別の用語集「武具字尽」「農具字尽」「雑工字尽」「雑商字尽」を付す。なお、本書の柱に「再板用文章指南」とあるため、初刊年代はさらに遡ると思われるが未詳。あるいは元禄二年(一六八九)刊『〈新編〉用文章指南(新編用文章指南)』†を意識しての命名か。なお、本書の題簽題は不明で、扉題『新編書札指南』によったが、弘化三年後印本(題簽題『〈文章書替〉書札指南大全』)では扉題の左右二文字が削除され、『書札』となった。また、本書の増補版に明和六年刊『連玉用文筆法蔵』†、江戸後期刊『連玉用文章大成』†がある。〔小泉〕
◆しんぺんまつしまおうらい [2081]
〈頭書・名所和歌・絵入〉新編松嶋往来‖【作者】不明。【年代】文化四年(一八〇七)刊。[仙台]池田屋源蔵板。また別に[仙台]高橋屋忠吉(敬業堂)板(天保四年(一八三三)板)、[仙台]西村治右衛門(本屋治右衛門・流輝軒)ほか板(同)あり。【分類】地理科。【概要】異称『〈新版頭書〉松島往来』『松嶋往来』『松島往来文章』『奥羽往来』。中本一冊。滕耕徳作・天明八年(一七八八)刊『新編松嶋往来』†を改編した往来。「兼而御物かたりいたし候、奥羽再遊之事、塩竃路よりおもひ立、躑躅岡歌枕とりつなけ…」で始まる冒頭は、一見天明板とは全くの異本に見えるが、天明板の冒頭部(江戸〜日光〜白河〜仙台)を削除して、塩竃路から仙台までの短文を置いただけのもので、要するに仙台を中心に書き改めたものが本書である。本文を大字・五行・付訓で綴る。巻頭に「塩竃浦望松島之図」、頭書に躑躅岡・木の下薬師・宮城野・末の松山等の「松島名所和歌(挿絵)」「七夕の和歌」、巻末に「不成就日」「片仮名伊呂波」「万葉仮名字」などを収録する。なお、本書天保四年(一八三三)板は、付録記事を一新し、巻頭に「奥州松島の図」、頭書に「瑞巌寺縁起」「松嶋産物」を載せる。また、本書の改題本に『松島象潟往来』†や『奥羽往来』がある(いずれも写本)。〔小泉〕
◆しんぺんまつしまおうらい [2082]
〈増補・頭書・絵入〉新編松島往来‖【作者】滕耕徳作・書。【年代】天明八年(一七八八)刊。[江戸]花屋久治郎(星運堂)板。【分類】地理科。【概要】異称『松嶋往来』。中本一冊。「去頃、奥州暦覧いたし、此程令帰府候…」で始まり「…猶、紀行校合出来候は、可入御覧候。恐惶謹言」と結ぶ一通の手紙文で、江戸から日光、白河、白石、仙台、塩釜、松島、平泉、出羽三山を経て象潟に至る道中の名所旧跡・神社仏閣の景観や縁起・故事などを記した往来。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「松島遠景図」「書案諸道具尽」「色紙短冊之書法・詩歌書様之事」、頭書に「男女書学論」「洛陽文章」「吉書始詩歌」「七夕の詩歌」、巻末に「片仮名伊呂波本字」「男蝶・女蝶・錫子の図」を掲げる。『松島往来』と題した往来は数種あるが、本書はその先駆となったものである。また、本書の改編版に、文化四年(一八〇七)刊『〈頭書・名所和歌・絵入〉新編松嶋往来』†や明治三年(一八七〇)書『奥州もふて』†がある。〔小泉〕
◆しんぺんみうらおうらい [2083]
新編三浦往来‖【作者】戒珠庵慧光(竜崎某)作・刊。【年代】天保一五年(一八四四)作・刊。[三浦]戒珠庵慧光蔵板か。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。相模国三浦郡(神奈川県三浦市一体)における沿革・地勢風土・名所旧跡・神社仏閣・物産等を記した往来。「新春之佳辰、千里同風、富貴万福、白地無際限、重畳目出度祝納候…」で始まる新年祝儀状の形式で、陸地が狭く三方を海浜に囲まれた地形や三浦という地名の由来に言及し、この地は「田舎之最中」であるが『源平盛衰記』や『東鑑』に出てくる古城・神社仏閣も数多いことを述べて、以下、三浦平太夫為通に始まる同地の歴史と各地の由来・沿革、産業・産物等を紹介する。本文をやや小字・八行・無訓で記す。跋文に老衰して(八二歳)執筆し難いが後世初学児童のために本書を綴った旨を述べ、末尾に「三浦大津邑池田竜崎氏、戒珠庵慧光編述、行年八十二」と記す。同地方の私家版の往来として貴重である。〔小泉〕
◇しんぺんようぶんしょう [2084]
新編用文章‖【作者】不明。【年代】江戸中期刊。[大阪]勝尾屋六兵衛(小林六兵衛)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。もと単行本であるが、玉川大本は「実語教・童子教」「風月往来」などを合綴する。書名は柱による。巻末を欠くため全体の書状数は不明だが、五節句の往来文一〇通以上を収録していたと思われる。本文を大字・五行・付訓で記す。見返等に「書礼墨継の事」「文字賦(くばり)の事」等や、「書状留書恐惶高下」など書札礼についての記事を載せる。〔小泉〕
◆しんぽのめあて [2085]
〈開化〉進歩の目的‖【作者】加藤祐一作・序。松川半山画。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[大阪]石川和助ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『開化進歩の目的』。半紙本。三巻三冊か。文明開化にふさわしい学問の在り方、学ぶべき学問領域とその目的とを記した絵入りの教訓書。上巻には「第一、心の目的」「第二、開化の目的」「第三、初学の目的」「第四、詞学の目的」「第五、筆学の目的」「第六、算学の目的」の六項について述べ、まず、万事、「正理を目的として進むを日進の人とはいふべき」であって、「心を以て情の裁判人となす」べきことを諭し、さらに、外国人の物真似ではない、本来的な開化進歩の目的を明らかにし、学問の基本心得と諸学問の概要を平易に説く。また上巻以外は未見だが、目録によれば、修身学・農業学・商法学・百工・経済学・国学・漢学・仏学・西洋学の順にそれぞれ説明し、最後に「むしのあらそひ」と題した一文(教訓文か)を付す。〔小泉〕
◆しんみやこじ [2086]
新美屋古路‖【作者】葵足軒漆姑作・書・序。【年代】嘉永五年(一八五二)作・刊。[江戸]雁金屋清吉ほか板。【分類】地理科。【概要】異称『新都路』『新宮古路』。大本一冊。本文に『新宮古路』『木曽路のしるべ』『日光道の記』『身延まうで』の四編を収録した往来。いずれも七五調美文体で、大字・六行・付訓で記す。『新宮古路』は「鳥が啼、吾妻路よりぞ九重の、都に上る駅路(うまやじ)は、皇御国(すめらみくに)の名にしおふ、日本橋よりわたりそめ…」で始まり、江戸から京都までの東海道の宿駅を詠みこんだ往来で、『東海道往来』†の異本というべきもの。『木曽路のしるべ』は、「旅衣、木曽路は六十九つの、駅(うまや)の数を宮古路と、いへるかなぶみとりが啼、吾妻に名ある日本橋…」で始まる文章中に江戸〜京都間の中仙道六十九次の宿駅を詠みこんだ往来。『日光道の記』は、「天津日の、光る御山を拝まんと、旅立道のつぎは、家居もしげく建続く、千住よりやみまかへる…」と筆を起こして、江戸〜日光間の日光街道の駅名を列記した往来。『身延まうで』は、「甲斐が根や、妙なる法(のり)の華ひらく、御山詣の駅路は…」と起筆して、江戸より身延に至る甲州街道の駅名を紹介した往来。頭書には「七夕歌づくし」と、『婚礼女国尽文章』†の改編版たる「教訓女国尽」を載せる。〔小泉〕
◆じんみんこくゆたいい [2087]
〈京都府下〉人民告諭大意(初・二編)‖【作者】京都府編。【年代】明治元・二年(一八六八・九)刊。[京都]京都府蔵板。村上勘兵衛売出。また別に[京都]越後屋治兵衛(越後屋次兵衛・井上治兵衛・東塘亭)ほか売出、[東京]和泉屋市兵衛ほか売出等あり。【分類】社会科。【概要】異称『告諭大意』。半紙本二巻二冊、後、二巻合一冊。王政復古・明治新政府の樹立に伴い「王政の御趣意」を諭すために京都府が編集・出版した教諭書。京都府は各郡に五冊ずつ本書を配布し、役人や領民教育に使用させたほか、京都府御用書林として村上勘兵衛に本書を販売させた。初編は「夫、人は万物の霊とて天地間に稟生(うまるる)もの、人より尊きものはなし。殊に我国は神州と号(いう)て、世界の中あらゆる国々我国に勝れたる風儀なし…」で始まる文章で、世界で最も尊い神国日本に生まれた皇国民としての自覚や道徳、また皇統の歴史と広大な国恩を説き、国民生活のあらゆる場面に行き渡る天皇の恩沢・威光や仁政を讃えたもの。また二編では、東京遷都以後の変わり行く日本の様子を綴り、万国に勝れた日本の風儀にふさわしい言動や、国家に役立つ心懸けを諭す。本書は京都板のみならず、福山藩板、若松県板など各地で覆刻され普及した。概ね本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆じんみんまんじもん [2088]
〈新撰〉人民万字文〈小室樵山先生編并書〉‖【作者】小室樵山(正春・正治)作・書。萩原乙彦(対海・寒鰥翁・鈴亭・六斎)校。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]別所平七板。【分類】語彙科。【概要】異称『新撰人民万字文』。半紙本五巻合一冊。明治六年刊『皇朝単語字類』†五巻五冊を若干補訂して一冊本に仕立て直した改題本。日常語を網羅的に集録した教科書。改題に際して、巻之二の「国郡(府県)」などを現状に合わせて一部変更したほか、萩原乙彦による補訂箇所の一部を削除した。なお、刊記には「明治六年第三月」とあるが、これは他書の刊記の流用で、見返の「明治十一年九月新刻」が実際の刊年であろう。〔小泉〕
◆★しんようがくおうらい [2089]
新幼学往来‖【作者】文華堂作。西川竜章堂書。【年代】天保五年(一八三四)刊。[大阪]播磨屋幸兵衛ほか板。【分類】社会科。【概要】異称『〈日用文章〉新幼学往来』『〈幼学必用〉聴用往来』『庁用往来』『訴訟往来』『華陽帖』。半紙本一冊。訴状など公辺・武家方の社会生活上の用語を列記した往来。「凡、訴訟之事、非仮初容易之沙汰…」と筆を起こし、まず争論の発端、最初の入訳、伝来の仕癖、互いの鬱憤を双方が聞き正し、十分に話し合うべきだが、それで解決しない場合には訴訟を起こすべきことを述べ、続いて寺社内の階層や訴訟にまつわる種々の心得、犯罪・非社会的行為のあらましなどを交えながら、訴状に多用する文言や訴訟、その他社会・家庭生活周辺の語句までを列記する。五人組帳を基本にしながら関連の語句を増補した内容になっている。本文を大字・四行・付訓で記す。なお、『世話千字文』†を合綴した増補版を始め、口絵や前付記事の異なる諸本がある。〔小泉〕
◆しんようじづくし [2090]
〈新判〉新用字尽‖【作者】不明。【年代】江戸前期(明暦三年(一六五七)以後)刊。刊行者不明。【分類】消息料。【概要】異称『新板用文障』。大本二巻二冊。江戸前期に流布した『新用文章(新板用文章)』の異本。上巻に消息文例、下巻に手形証文文例等を収録した用文章。内題はともに『新板用文障』となっているが、下巻に残る原題簽には『〈新刊〉新用字尽、下〈両点〉』とある。ただし、この外題は本書の内容を代表するものとは言い難く、あるいは別本の題簽の貼り違いの可能性もある。明暦三年(一六五七)刊『〈江戸〉新用文章』†(松会板)と比べると、本書は上巻の書状配列に大きな相違が見られ、明暦三年板第五〜七状を本書第一六〜一八条、また明暦三年板第一二条を本書第一五条とする。上巻には「正月初て状を遣事」から「留主の間に人来りてあはずして後にやる状之事」までの一九状の短文を収め、季節に伴う書状よりも任意の用件や特定の状況下での書状が中心である。また、下巻中「六、万着類之分」のうちの半丁が重複するため、先行板の覆刻であることは疑いない。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆しんようぶんしょう [2091]
新用文章‖【作者】不明。【年代】江戸中期刊。[大阪]糸屋市兵衛板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。明暦三年(一六五七)刊『〈江戸〉新用文章』†(またはその系統に属する一本)から、「新年祝儀状」から「歳暮祝儀状」までの一三通を抜粋して若干の手を加えた用文章。冒頭の一状にのみ日付と差出人名を記すが、他は文面のみで、朝茶湯案内状、田舎下向の餞別状、上京祝儀状、神事見物誘引状、その他贈答に伴う書状などを載せる。本文を大字・五行・付訓で記す。末尾に「十干十二支」を付す。〔小泉〕
◆しんようぶんしょう [2092]
〈江戸〉新用文章‖【作者】不明。【年代】明暦二年(一六五六)頃作。明暦三年刊。[江戸]松会板。【分類】消息科。【概要】異称『新板用文障(章)』ほか。大本二巻二冊。江戸前期から中期にかけて普及した初期用文章の典型。書名を異にする異板や異本、また改題本などが多数存在するが、本文のみの純然たる手本である明暦板系統と、頭書に絵抄・注釈を加えた寛文板系統の二種に大別される(それぞれ下巻第二状「借用申銀子之事」の末尾に「明暦二年」または「寛文二年(一六六二)」と記載)。明暦板系統は、上巻に「正月初て状を遣事」から「年の暮に祝を得たる時礼状之事」までの一九通(大半が用件中心)、下巻に「家売券状之書様之事」以下四例の証文類文例と「諸道具字づくしの事」「着類字づくしの事」「編并冠字づくしの事」の語彙集に加えて「義経含状」(寛文板系統では削除されたり、「国尽」と置き換えられた)を収録する。いずれも、本文を大字・四行・付訓で記す。以上の例文は寛文板系統では書状数が若干減ったり配列が変更されたほか、消息例文中第七状の「かしく」、第一〇状の「恐惶かしく」といった書止が「謹言」「恐々」等に改められるなど、「かしく」の使用を意図的に排除した形跡も窺われる。さらに証文文例では寛文板系統では「売主誰」「請人誰」のように署名について注意を喚起するなど実用面での前進が見られる。今日知られる板種には明暦板系統として、@明暦三年・松会板(外題『〈江戸〉新用文章』)、A明暦頃・松会板異板、B明暦頃刊異板(少なくとも三種。うち一本の外題は『〈かわり〉新板用文章』)、C万治三年・山本板、D寛文六年・秋田屋板(外題『新板用文章』)、そして、これらを大幅に改めた改題本E江戸前期刊『〈新判〉新用字尽』†の八種、また寛文板系統としてF頭書注釈付き村田屋板、G頭書注釈付き異板(外題『〈大字〉新板用文章』)、H頭書絵抄付き村田屋板、I頭書絵抄付き異板の四種が見られ、このほか明暦板系統の改題本として『筆得要文春秋袋』†(江戸中期・糸屋板)、また本書の影響を受けた用文章として正徳二年(一七一二)以前刊『至宝用文章』†、正徳二年頃刊『万物用文章』†、宝暦四年(一七五四)刊『新撰容文筆玉往来』†、安永二年(一七七三)以前刊『〈新板〉万宝用文章』†、江戸中期刊『新用文章』†、文化五年(一八〇八)求板『通宝用文章』†、江戸後期刊『〈証文字尽〉用文章手習鑑』†などが知られる。このように、本書は後続の類本に多大な影響を与えた江戸期最初の用文章として極めて重要である。〔小泉〕
◇しんりゅうしょさつ [2092-2]
真流書札‖【作者】逍遙堂書。寺崎文右衛門(張翠)跋。【年代】元禄年間(一六八八〜一七〇三)書。寛延二年(一七四九)刊。[京都]金屋治助板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。寺崎家に伝わる逍遙堂の筆跡を上梓した手本。逍遙堂の識語に「元禄辰春日」と記すから、元禄元年または元禄一三年の書である。前半「真流書札」と後半「並次風月往来之文章」から成る。前者は、「新年祝儀状」から「諸社礼式御改に伴う御用拝命状」までの一二通で、武家公用文を主とする。後半は『風月往来』†の一〜五月状を抄録したもので、部分的に書き改めてある。いずれも大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆じんりんしなさだめぶんしょう [2093]
人倫品定文章‖【作者】十返舎一九作。晋米斎玉粒書。歌川国安画。【年代】文政八年(一八二五)刊。[江戸]山口屋藤兵衛板。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。文政六〜八年に山口屋が出版した一九作の一連の往来物の一つ。故事来歴等によって士農工商その他諸職業のあらましと関連知識を述べた往来。「剛強直理而(ごうちょくちょくりにして)、威権敵徳(いけんとくにてきし)、克定禍乱(よくからんをしずめ)、刑民(たみをけいし)、克服(よくふくす)」のが「武」で、「学而居位(まなんでくらいにおる)」のが「士」であるといった字義や故事の説明が中心で、以下、農人・工匠(大工・旋物家(さしものや)・桧物師)・商人(仲買)・儒者・医師(本道・外科・鍼立・按摩)・相人・卜筮(ぼくぜい)・師範(弟子)・覡(かんなぎ)・神子・湯立(ゆだて)・法師(沙門)・鍛冶・陶工(すえものづくり)・鋳冶(いものし)・瓦師・相刀・研刀(とぎや)・石工(いしきり)・仏工(ぶっし)について説明し、その他あらゆる職業で人々が各々の渡世を全うしてこそ万民が安楽に生活できると諭して締め括る。頭書に「嫁娶之事」「朋友之事」「鰥寡孤独之事」「疱瘡之事」「寿夭之事」「尚歯会の事」の記事、巻頭に「勇士虎退治の図」と「諸職業の図」を掲げる。〔小泉〕
◆じんりんじょう [2094]
人倫状‖【作者】不明。【年代】安政四年(一八五七)書。【分類】教訓科。【概要】大本一冊。わずかな一生をありのままに送り、奢る心を持たずに有徳で暮らすことを諭した、合計一〇〇字程度の短い教訓文。「実(げに)世之中を、渡るとても、さもおそろしき…」で始まる本文を大字・六行・無訓で記す。紀州地方で用いられた往来物。〔小泉〕
◆じんりんたいい [2095]
人倫大意‖【作者】中村忠亭(正尊・正高・正敬・仲亭・忠助・感斎)作・跋。高本紫溟(高本順・慶順・慶蔵・万松廬)跋。【年代】安永九年(一七八〇)・天明二年(一七八二)跋。天明五年刊。[大阪]柏原屋与左衛門ほか板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。もともと熊本藩儒・大塚孚斎の講義を門人・中村氏が記録したものを、後年に「先賢・古典の言を考へ、窃に其意を取て補説・潤色し」て子弟に与えた教訓書。内容はもっぱら人倫の根本たる「父子有親」「君臣有義」「夫婦有別」「長幼有序」「朋友有信」の五つの教え(五典・五教)を概説する。本文をやや小字・九行・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆じんりんめいづくし [2096]
人倫名づくし(仮称)‖【作者】不明。【年代】承応三年(一六五四)刊。[京都か]刊行者不明。【分類】語彙科。【概要】異称『人倫名』。大本一冊。現存本二種はいずれも零本で、母利本(一〜七丁)は「百官名并侍小姓名」「坊主名」を掲げ、学芸大本(七〜一五丁)は「坊主名」「尼名」「仮名(通称)」「少名(幼名)」「姫名」「名字」の順に列挙するが、前者は無界、後者は有界で明らかな異板である。このうち母利本には、「承応三年仲春吉辰 開板」の奥付を記す。いずれにしても、この両者により「百官名」から「名字」までの人倫関係の語彙を列挙した往来と考えられる。中でも語彙数の多い「坊主名」(一三〇語)などはイロハ順の配列が見られる。本文を大字・五行・付訓で綴る。なお、享保二年(一七一七)刊『童子節用字尽往来』†後半部所収の「人倫名」には、本書からの影響が認められる。〔小泉〕
◆しんれいくかい/しんれいくげ [2097]
〈武家諸法度〉新令句解〈白石先生諺解〉‖【作者】新井白石注。【年代】宝永七年(一七一〇)作。正徳二年(一七一二)刊。[江戸]唐本屋清兵衛(玉芝堂)板。また別に[京都]中川新七(昌雅堂)板(後印)あり。【分類】社会科。【概要】大本一冊。宝永七年の『武家諸法度』†(宝永令)の頒布に伴い、新井白石が成稿した『武家諸法度』の注解本を手本に認めたもの。本文を大字・四行・無訓で記し、語句の所々に割注を挿入する。白石の『折たく柴の記』によれば、本書の頒布に至る経緯は次の通り。『武家諸法度』は将軍の代替わり毎に発布するのが慣例となっていたため、新将軍家宣は土屋相模守政直に命じ、林大学頭信篤と白石に起草させた。結果的には白石の稿が採用されたが、将軍からは「用字は『元和令』のように漢文体で、助語は仮名で記し、後に仮名を削っても文の体裁をなすように」との注文が付いていた。白石の草稿に対し、土屋政直は「この書き方では今の世の人々に通じない」と苦情を呈したが、「それならば『句解』をつくって一緒に発布せよ」という家宣の提言により白石が『句解』をも起草することになった。なお、本書の刊本は正徳二年板のみで、他は写本である。絶版の説もあるが、京都の永田長兵衛板『享保書籍目録』に本書の書名が見えるので、少なくとも享保頃までは刊行が確認できる。また、八代将軍吉宗が「宝永令」を改めて「天和令」に戻してからは代々これが踏襲されたというから、実際には「天和令」が行われていたが、天明四年(一七八四)刊『〈静世政務〉武家諸法度』†や嘉永元年(一八四八)刊『儀則帖』†など、往来物の中では幕末に至るまで「宝永令」が命脈を保っていた。〔丹〕
◆しんれいせんじもん [2098]
新令千字文‖【作者】大岡移山(忠道)作・書・序。【年代】明治七年(一八七四)序・刊。[横浜]佐野屋富五郎(錦誠堂)板。【分類】社会科。【概要】異称『千字文』。半紙本一冊。「方今形勢、革命維新、従前弊習、一洗芟除、布告律令、遵奉体認、倫理明了、鰥寡孤独…」で始まる文章で、明治初年の法規類に頻用されている語彙を集録した『千字文』型教科書。慶応末年〜明治初年に出版された『新令字解』等に出てくる法令用語を主とし、新社会の政治・産業・文化、家庭生活に至るまでを述べる。本文を大字・六行・付訓(ほとんど左訓)で記す。〔小泉〕
◆しんれきくんもう [2099]
〈童蒙必読〉新暦訓蒙‖【作者】島邨泰(橘泰)作。深沢菱潭書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]山崎屋清七ほか板。【分類】理数科。【概要】半紙本一冊。明治五年一二月の太陰暦から太陽暦への移行に伴い、暦法の歴史的変遷と新暦のあらましを綴った往来物。「我国通行の暦たる太陰の朔望を以て月を立て、太陽の纏度に合す故に二、三年の間かならず閏月を置ざるを得ず…」で始まる文章で両暦の違いや新暦採用の趣旨などを説き、さらに西洋の古暦の変遷や太陽暦の原理、日月の運行と年・月・日・時・分・秒の定め、時刻法・時差、週(七曜)、四季などを略述し、最後に「人民各其時気を誤ることなく、常に産業を勤て以て新年を賀し、祭日を祝すべきことにこそ。穴賢」と結ぶ。本文を大字・五行・付訓の手本用に綴る。〔小泉〕
◆しんれきしゅかん [2100]
新暦手簡‖【作者】東野新三郎作。亀谷省軒校・序。伊藤桂洲(信平)書。【年代】明治七年(一八七四)序・刊。[東京]蜩笑社蔵板。丸屋正五郎ほか売出。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。明治六年の新暦移行に象徴される文明開化の様相や発展する近代社会の現状を一二カ月の消息文に託して綴った教科書。一二通の月次消息に近代化の様子を点描しており、一月状が百官朝賀風景と発展著しい東京府下の景観、二月状が汽車等の交通・小学校教育・諸官庁、三月状が布告・新聞・博覧会、四月状が物産・郵便、五月状が製糸業・商会・商法・国立銀行、六月状が殖産興業・商法、七月状が条約・郵便・汽船・貿易・電信、八月状が電信・器械・北海道開拓、九月状が洋服・人力車、一〇月状が新港(勢州四日市)・陸海交通、一一月・一二月状が紀元節・天長節・新嘗祭等を主題とする。本文を大字・四行・無訓の手本用に記す。〔小泉〕
◆しんれきめいかい [2101]
新暦明解‖【作者】黒田行元作・序。横田重登・黒田梁太郎・黒田洲吉校。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[京都]須原平左衛門ほか板。【分類】理数科。【概要】半紙本二巻二冊(初編)。ただし目録によれば二編(四冊か)まで刊行という。新暦・旧暦の相違、太陽暦に関する諸般の知識や天文・暦学上の諸説などを紹介した教科書。初編上巻には「太陰暦法の解」「太陽暦法の解」「天文二家の辨」「占候天学種類」「実測天学説」の五章、同下巻には「渾天説の大略」「地動説の大略」「時刻の解」「千八百六十六年和蘭領暦略表」「遊星の大小并日を距(さ)るの遠近表」「年月区別」「七曜日」「年圏并五帯」の八章を収録する。二編は未見だが、目録では「天体区別の解」から「気中発象諸説」までの一四章から成る。本文を楷書・やや小字・九行・付訓で記す。〔小泉〕





◆ずいいちようぶんしょう [2102]
〈士農工商〉随一用文章‖【作者】若山玩竜斎書。融和斎序。【年代】明治二年(一八六九)序・刊。[名古屋]井筒屋文助板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。「年頭状」に始まり「歳暮祝儀状」に終わる一四題往復二八通の私用文例を集めた手本兼用文章。文例は「陽春之御吉慶不可有際限御座目出度申納候…」の如く一般的な旧来の用文章で、本文を大字・四行・付訓で記す。幕末期の入木道指南家・玩竜斎の手本を、門人・融和斎が上梓したもの。明治の出版ながら、依然として「士農工商」の語を角書に用いるのは興味深い。〔母利〕
◆★ずいいちようぶんしょう [2103]
〈諸家取引〉随一用文章‖【作者】不明。【年代】天保一四年(一八四三)刊。[大阪]綿屋喜兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。「随一用文章」と題した用文章の前に、「大日本国づくし(大日本国尽し)」「人名づくし」「家名づくし」「改正偏冠尽」「九九のこゑ」「八算わり声」「〈生れ年により〉伊勢参善悪」「しほのみちひ」「いろは」「片かな三体いろは」「十干・十二支」「破軍のほしくりやう」「生れ年により一生灸をいむ日」「願成就日・不成就日」「御大名武林言語」等の記事を載せたもの(再刊時の増補か)。以上は『二徳いろは往来』†と同じであり、本書から後述の用文章部分を除いたものが『二徳いろは往来』である。「随一用文章」には、「貴人え上る年始状」から「仕切銀遣す状」までの四一通を収録するが、四季や諸事に関わる手紙は一七通で、残りの二四通は商人用文章である。本文を大字・五行・所々付訓で記す。同目録・頭書には「五音相通之事」「男女四悪十悪知事」「常に覚置、益ある歌」「五性により商売吉凶」「不成就日」「懐胎の子、男女を知る事」を掲げる。なお、後印本では付録記事の順序や位置(前付・後付)、記事内容(例えば後印本では「伊勢参善悪」を割愛するなど)に異同が見られる。〔小泉〕
◆すいはつおうらい [2104]
垂髪往来‖【作者】愚宝作。綱厳(慈観・法林院)書。【年代】建長五年(一二五三)作。応安四年(一三七一)書。【分類】古往来。【概要】大本一冊。寺院における垂髪(出家前の童子)が営む生活の種々相を主題とした消息文から成る古往来。「年賀の辞を述べ、及打の会参加を促す誘引状」から「嫉妬し合う二人の垂髪に対して同様の愛情を注ぐべきことを説いた状」までの一二双・二四通を収録する。唯一の伝本である応安四年本は、本文を行書体・大字・八行・稀に付訓で記す。‖〔石川〕
◆すいふめいしょならびにしょうみんおうらい [2105]
水府名所〈并〉商民往来‖【作者】源雅礼(某里庵)書。【年代】天保八年(一八三七)書。【分類】地理科・産業科。【概要】異称『水府名勝・商民往来』。大本一冊。前半『水府名所』は、水府(水戸)城下の地理を七五調の文章で紹介した往来。「抑水戸之御城は常陸大椽国香王鶴の美な髪を舞納たる土地を見立・築立給御城也…」と筆を起こし、まず水戸城の景観や由来を述べ、続いて、城下各町の様子(地名・名所・物産等)や付近の名勝を列記する。後半『商民往来』は、宝暦六年(一七五六)刊『商民職人往来』†と同内容。いずれも本文をやや小字・八行・無訓で記す。〔小泉〕
◆すうがくじょうじょおうらい/すうがくじょうきおうらい [2106]
数学乗除往来‖【作者】池田昌意(古郡彦左衛門・古郡之政)作・序。【年代】寛文一二年(一六七二)作。延宝二年(一六七四)刊。[京都]秋田屋平左衛門(秋田屋常知・山本平左衛門)板。【分類】理数科。【概要】異称『乗除往来』。半紙本三巻三冊。上巻は、序文に人間生活上、暦と数字は切っても切れない関係にあり、数は人道の本であると強調して、算法の意義やそれを学ぶ者の心得を述べ、続く「解九々の理」「乗除の名の字」以下で、乗除計算の基本や算木による計算法を説く。中巻「開平方術」以下では、例題を掲げながら各種の面積計算等を説明する。下巻には「難好四十九」という例題(解答なし)を四九問を載せるが、最後の一問は暦に関するものである。本文をやや小字・九行・無訓(例外的に付訓)で記す。なお、本文中、「乗除」に「じやうき」と読み仮名を付す。〔小泉〕
◆すうりょうじづくしちょうほうき [2107]
〈改正〉数量字尽重宝記‖【作者】不明。【年代】安政三年(一八五六)刊。[江戸]千金堂板。【分類】語彙科。【概要】異称『数量字尽』。中本一冊。一から三〇までの数量・名数関係の語彙を集めた往来。冒頭「一冊〈書物〉、一巻〈経文〉、一軸〈掛物〉…」以下、合計二〇〇語を収録する。本文を大字・六行・付訓で記し、語句の大半に用例などの略注を施す。なお、文久元年(一八六一)に刊行された増補版では、本書に続けて『〈改正要文〉熟字講釈(四民要用熟字尽講釈)』†『〈早引両点〉節用集』†『〈新板改正〉懐中手紙案文集』†『〈新板改正〉懐中手形証文集』を収録する。また、安政(一八五四〜六〇)頃刊『〈改正要文〉熟字講釈』†中にも本書が合綴されている。〔小泉〕
◆すがわらしんのうがんしょえしょう [2108]
〈新板改正〉菅原親王願書絵抄‖【作者】不明。【年代】江戸中期刊。[仙台]伊勢屋半右衛門(裳華房)板(江戸後期板)。【分類】歴史科。【概要】異称『〈尊朝末流〉菅原親王願書』『〈新板〉菅原親王願書』。大本一冊。源氏一統の暴政を嘆いた菅原親王が願主となり、「日本大霊権現社」に源氏討滅を祈るという願書の体裁で綴られた往来。書名に『願書』と銘打つが、実質的には「日本大霊権現社」なるものの縁起・由来・景趣・結構について記述したもので、地理科参詣型往来の趣を有する。本文の上部四分一ほどに、願書の内容に即した稚拙な挿絵が一八葉あり、絵解き風の読まれ方もされたのであろう。異板が数種あるが、本文を概ね大字・五〜六行・付訓(または無訓)で記す。〔母利〕
◇すながわむらふきんのそんめい [2109]
砂川村付近の村名(仮称)‖【作者】宮崎某作・書。【年代】江戸後期作・書。【分類】地理科。【概要】『寺子教導集字』と題した手本中に収録。武州砂川村(東京都立川市)を中心に、東・巽・南・坤・西・乾・北・艮の方角毎に周辺の一三三カ村の村名・字名を列記した往来。「先、砂川に近き村々の、東ノ方は、榎戸・小川・野中・田無・鈴木・小金井・萩久保…」で始まって村名を羅列した後で、「…此ノ外、数多筆紙に尽しがたく候得共、猶追々書あつめ進じ候。かしく」と結ぶ。なお、『寺子教導集字』には、本往来のほか「名頭字」「都路」「国尽」「都名所往来」「江戸方角」「商売往来」「隅田川往来」などを収録する。また、本書は江戸後期に寺子屋を経営していた阿豆佐味神社社家・宮崎氏の撰作と思われる。〔小泉〕
◇すまぶんしょう [2110]
須磨文章‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】摂津国の景勝須磨(神戸市)の秋の風景を綴った短文の往来。『源氏物語』須磨の巻に取材したもの。「須磨には、いとゝ心つくしの秋かせに、海はすこし遠けれと、行平の中納言の、関ふき越ゆるといひけむ浦なみ夜なは…」と筆を起こし、秋の風趣を述べた後、「恋わひてなくねにまよううちなれば、おもふかたよりかせやふくらん」の一首で結ぶ。〔小泉〕
◆すみだがわおうらい [2111]
隅田川往来‖【作者】禿箒子作。溝口庄司書。【年代】宝暦四年(一七五四)刊。[江戸]辻村五兵衛板。【分類】地理科。【概要】異称『角田川往来』『須美多川往来』『隅田川』『隅田川詣』。初刊本は大本か。後述の明和八年板には大本一冊と中本一冊の二種ある。「昨日は御庭前の花に戯れ、流石に永き春の日を黄昏早きと惜(かなし)み侍りき…」と書き始め、梅柳山木母寺の梅若忌(旧暦三月一五日)に際して隅田川一帯を散策する計画を奨める一通の女文形式で、江戸・両国橋から亀戸天満宮・永代島八幡宮までの隅田川周辺の名所旧跡・神社仏閣を紹介した往来。『江戸出版書目』等によれば溝口庄司筆の宝暦四年板が最古本だが、この初板本と、これに次ぐ明和二年(一七六五)板(禿箒子作)も未発見であり、現存最古本は明和八年三月刊の『〈新板・絵入・頭書〉隅田川往来〈并〉八景和歌』(中本)と同年九月刊の『〈長雄〉隅田川往来』(大本)である。前者は本文を大字・四行・付訓で記し、末尾に散らし書きの「隅田川八景和歌」を添え、さらに、巻末に巻頭に「隅田川八景図」、頭書に「食礼之式」「書法大概」「和製文字」「万汚物おとし秘伝」「万折形包物」「七夕歌つくし」「作事大吉日」などを掲げる。後者は長雄耕雲筆の消息文二通と「隅田川八景詩歌(和歌および漢詩文)」「隅田川往来」を大字・二〜四行・無訓で記した手本である。なお、本書の作者・禿箒子と溝口庄司を同一視する説もあるが信じ難い。また、前記の明和八年板以後、明和九年刊『〈@山〉隅田川往来』(江戸・雁金屋義助板)など、手本・読本ともに種々の板種が誕生し流布した。〔小泉〕
◆すみよしおうらい [2112]
住吉往来〈筆学文章〉‖【作者】翠松堂如竜書。【年代】文政五年(一八二二)刊。[江戸]西村屋与八板。また別に[江戸]山口屋藤兵衛板(後印)あり。【分類】地理科。【概要】異称『住吉詣』。中本一冊。摂津国一の宮・住吉神社(大阪市住吉区)およびその周辺の神社仏閣・名所旧跡の景趣・縁起・祭礼等を記した往来。「梅綻ひ月朧に春も漸気色整ふほどに成まいらせ候。兼々御噂の住吉もふでの事、いかゞ思召候哉…」で始まる女文形式で、椎寺・毘沙門堂・勝鬘院・一心寺・清水天神・有栖川・聖霊院・亀井の水・松むし塚・経塚等を順々に紹介した後で、住吉神社の景観や故事、五月二八日の住吉御田植の神事の様子、さらに慈眼寺など周囲の名所や町々の様相・名物等に言及する。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「御田植の神事」、頭書に「住吉ノ風景」「住吉踊」「住吉名所十首」「住吉社祭祀」「住吉の三忘」「住の江の事」「住吉名産」「住吉の歌・御神詠」等を掲げる。〔小泉〕
◆☆するがじょう [2113]
駿河状‖【作者】間宮喜平次作・書。【年代】慶長一七年(一六一二)作。明暦四年(一六五八)刊。[京都]水田甚左衛門板。【分類】地理科。【概要】異称『駿河往来』『駿府往来』『駿府状』『駿河八景』。大本一冊。地誌型往来の先駆と目される往来で、@駿府城を中心とした東西南北それぞれに所在する神社や名所旧跡、それらの景趣・縁起等、A駿府城の威容と結構、B慶長一七年正月、同城における年頭の儀式次第等について記す。特にBについて、年頭にあたり大御所(徳川家康)に伺侯する全国の諸大名、諸宗の僧侶、大坂・堺・奈良・伏見・京都・長崎・江戸・駿河の町人等を詳述するのが特徴。また本往来は、江戸前期より明治初年に流布した寛文九年(一六六九)刊『江戸往来』†の構成と内容と深い関わりがある。江戸前期に数種の板種が見られるが、初刊本と目される明暦四年板は「抑駿河国府中与申者、多景一入無限、先東者、八幡・清水寺、愛宕山者峙巌松、諸木連枝、南者、滄海漫々無果…」で始まる本文を大字・四行・無訓で記す。また、識語に「慶長十七年孟春日、右之一巻者、於駿河国、間宮喜平次為覚書畢」とある。なお、本書から駿府およびその周辺の名所旧跡等の記述のみを抽出した簡略版に『駿府周覧』(謙堂文庫蔵)がある。〔石川〕
◆するがふうどか [2114]
〈平山陳平編輯〉駿河風土歌‖【作者】平山陳平(三省堂)作・序。菊池晁塘(基)書。香峯・泰山・泰撫ほか画。【年代】明治七年(一八七四)序・刊。[静岡]匹田(疋田)正喜板。【分類】地理科。【概要】異称『〈挿画訓蒙〉駿河風土歌』。半紙本二巻二冊。駿河地方の地理と歴史を扱った明治期の往来物。「此国を打寄る、駿河の国と名つけしは、管下に三つの川ありて、西の果(はて)には大井川、中には安倍川東には、富士川流る此三つの、流れ早くて駿(と)き馬に、鞭を当たる如くなれは、するとき川の心もて、する河の国と號(なづ)けけん…」で始まる七五調の文章で、駿河国の名称の由来や各県の管轄範囲、地勢、県勢、気候、風土、物産、故実、名所、地名、諸官省、産業、教育、文化などのあらましを紹介する。上巻は富士山や静岡を主とし、続く下巻に沼津方面を記す。さらに下巻後半部では駿河地方の神代から近代までの沿革を詳述する。本文を大字・五行・所々付訓で記し、本文中に「駿河国七郡十二駅之縮図(色刷り)」を始め、富士山図・浅間神社中教院など色刷り挿絵数葉を掲げる。〔小泉〕
◆すわぐんがっぺいそんおうらい [2115]
諏訪郡合併村往来‖【作者】不明。【年代】明治初年作・書。【分類】地理科。【概要】異称『合併往来』。半紙本一冊。信濃国諏訪郡の位置・規模(撰作当時の人口を七九四六人とする)・地勢・風俗のあらましと郡下各地の地理・自然、新旧名所・神社仏閣の景趣・縁起・産業・風土などを七五調で記した往来。まず「信濃なる東の端の諏訪郡(すわごおり)、其境界を訪ぬれば、北ニ並べる小県(ちいさがた)、東のかたは佐久郡…」で始まる文章で信濃国全域の概要を示し、次に「名にしおふ諏訪の湖水の風景は、霞ぞこめる衣が崎、雲井秀ずる富士の根は…」と同郡の自然の描写から始め、以下、遊覧場・酒楼客舎・官衙・高嶋校など文明開化後の建造物を含む郡下の地名・名所を列挙する。本文を大字・五行・付訓で記し、挿絵四葉(巌温泉・滝ノ湯・苗代瀑布・大瀑布の図)を掲げる。なお、原本は版下用の筆写本と思われるが未刊か。〔小泉〕





◇せいがくぶんしょう [2116]
聖学文章‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】教訓科。【概要】「的便に呈愚札を候。爾来無良縁、疎遠に打過候。貴躰御万福に可被成御入と欣喜の至りに存候…」で始まる全一通の消息文の体裁で、「学問の奥義」を略述した往来。学問が、治国から斉家・修身に至るまでの「万代不易の道」であること、また、四民の職分や孝行のあらましを説く。和歌山県東牟婁郡地方で使用された往来物。〔小泉〕
◇せいきかげんかい [2116-2]
正気歌諺解‖【作者】牛尾以直(巌屋主人・万屋主人)作・書。【年代】慶応三年(一八六七)作・書。【分類】教訓科。【概要】異称『正気歌童子訓』。半紙本一冊。宋・文天祥作『正気歌』と藤田東湖作『日本正気歌』†の童蒙用注釈書。まず天祥の事跡および人物像を比較的詳しく紹介し、続いて『正気歌』本文を四句ずつ大字で掲げ、それぞれ割注を施す。また後半に『日本正気歌』の東湖序文「和文天祥正気歌并序」を数段に分けて施注した後、『日本正気歌』本文を概ね四句毎に掲げて割注を施す。注釈文中で彼我における「正気」字義の違いに触れ、文天祥は天地の正気を「浩然ノ気」としたが、東湖はその説を押し広めて「正気ノ道ハ義ノツム所ニシテ、忠孝ノ発スル所、イハユル大和魂ヲ以テ正気トハ名ツクル」のであって、治乱興亡の激しい中国の「正気」は各王朝によって異なるのに対し、日本の「正気」は「万世ヲワタリテ変ゼス、天地ヲキハメテカハラサルモノ」であり、東湖は中国の「正気」に憤りを感じて日本の「正気」を示したと説く。〔小泉〕
◆せいきかぞっかい [2117]
正気歌俗解‖【作者】小山春山(弘・朝弘・毅卿・士遠・楊園)注・序。【年代】慶応三年(一八六七)序・刊。[下野か]春山楼(小山春山)板。【分類】歴史科。【概要】半紙本一冊。幕末〜明治初年に手習い手本としても使われた藤田東湖作『日本正気歌』の童蒙向け注釈書。冒頭に藤田東湖の才能や人物、また、本書撰作の経緯などに触れ、続いて『日本正気歌』本文(漢字五字一句)を一〜四句毎に分けて注釈を加える。注釈文を一字下げにするほかは、本文・注釈文とも同一の体裁で、楷書・やや小字・一〇行・無訓(ごく稀に付訓)の漢字・片仮名交じり文で綴る。〔小泉〕
◇せいごうおうらい/せいこうおうらい [2118]
西郊往来(仮称)‖【作者】不明。藤原忠通書。【年代】平安中期作。長寛二年(一一六四)以前書。【分類】古往来。【概要】異称『法性寺関白忠通公筆消息往来』。平泉澄『中世に於ける社寺と社会との関係』が記す長寛二年写本(『書苑』四巻二号に図版あり)のほか明らかでない。同書によれば、「西郊遊覧、不随後塵…」で始まる書状など六通、すなわち冬三カ月に配された手紙文で、もとは一年一二カ月二四通の手紙文を収録した古往来と推測されるが未詳。なお現在、原本の所在は不明。〔石川〕
◆せいすいきげんぺいおうらい [2119]
盛衰記源平往来‖【作者】不明。【年代】元禄一四年(一七〇一)刊。[大阪]保武多伊右衛門(保武田伊右衛門・誉田屋・文言堂)板。【分類】歴史科。【概要】異称『源平往来』。大本二巻二冊。寛文一○年(一六七〇)刊『武家往来』†の上・中巻を抄出・改題した往来。序文を除き同一版下を用いる。跋文によれば、本書中にいわゆる『古状揃』†中の「熊谷送状・返状」†があるところから、『源平往来』と名付けたとする。また、『武家往来』下巻は、『太平記忠臣往来』と改題され、同様に単行出版されたらしい。本文を大字・六行・付訓で記す。〔母利〕
◇せいせいせんじもん [2120]
西征千字文‖【作者】越智宣哲(貝陵)作・序。越智敏雄校。笠田I蔵注。藤沢恒(南岳)序。山本憲跋。【年代】明治二八年(一八九五)序・跋。明治二九年書・刊。[京都]竹田I蔵(正気書院)蔵板。[奈良県]木原保吉売出。【分類】社会科。【概要】大本一冊。明治二七年の西征の役(日清戦争)の勃発から、日本の勝利までの経緯を『千字文』形式によって書き綴ったもの。朝鮮の内乱に乗じてこれを侵略しようとした清国に対して、挑んだ日本の大義名分や正当性を強調・美化し、その戦略や兵力を誇示した内容になっている。末尾では、講話条約による日本の権益や、日本の領土となった台湾の統治、また、朝鮮との親善などに触れ、この征討の事業と天皇の徳化の偉大なことを讃えて締め括る。なお、本文を一句ないし二句毎に楷書・やや小字・一〇行・無訓で記して割注(漢文注)を施すほか、頭書に山本梅崖や藤沢南岳らの説による補注を付す。〔小泉〕
◆せいたいきげん [2121]
〈万国〉政体起原‖【作者】天香斎作・書。河鍋暁斎画。伊藤桂洲(信平)書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]天香書屋(天香斎)蔵板。椀屋喜兵衛(万笈閣)売出。【分類】地理科。【概要】異称『万国政体起原』。半紙本一冊。「抑も政事の始りを、数多の書に因り考れは、四千余年の其昔し、人は此世にありけれと、智識も愚蒙も渾一にて…」で始まる七五調の文章で、人間社会における国家・政治の濫觴や、世界主要国(英・米・仏・日)の政体の違いを述べた往来。本文を大字・四行・付訓の手本用に綴る。また、本文中に「ナポレオン大戦ノ図」「皇城二重橋繁栄之図」二葉を掲げる。〔小泉〕
◇せいとおうらい [2122]
〈開化〉生徒往来〈一名内田不賢著習字帖仮字附〉‖【作者】内田晋斎(不賢)作。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[岡崎]伊藤文造(本屋文造・環翠堂)板。【分類】合本科。【概要】異称『習字帖』『小学習字帖仮字附』。中本一冊。「イロハ」「国音五十字」「数字(名数を含む)」「名字尽」「国尽」「苗字尽」「消息類語(一名「改正消息往来」)」「雅俗往復文」「新製太陽暦十二月和名」「草書知楷書運筆(書き順)」を収録した往来。うち「雅俗往復文」は、「新年歌会を催すの文」以下、四季に伴う消息文二四通を収録したもので、『〈雅俗〉往復用文章』†の書名で単独板行されている。本文を概ね大字・五行・付訓(所々左訓)で記す。〔小泉〕
◆せいとのこころえ [2123]
生徒乃心得‖【作者】新井居敬作。【年代】明治六年(一八七三)刊。[大阪]河内屋平七(三木平七)板。【分類】教訓科。【概要】異称『生徒の心得』。半紙本一冊。明治初年における学問事情や学問を志す者の心得を述べた教科書。まず学問の大意、読書の目的、維新政府の文教政策の主旨などを説き、続いて、良知良能を身に備えた人間は教育によって必ず知識が開くこと、従って親たる者は子どもを小学校に入れ、一四、五歳までは「人間普通士農工商今日の用を達すべき実学」を学ばせるべきこと、また、特に優秀者は中学・大学での専門教育を受けさせることなどを述べる。漢学・印度学・洋学なども皇国に役立つものとして奨励しており、とりわけ、算術(西洋筆算)の重要性を強調する。本文を大字・五行・付訓(所々左訓)で記す。〔小泉〕
◆せいふめいしょき [2124]
〈奥州〉盛府名所記‖【作者】新渡戸仙岳書か。【年代】文化(一八〇四〜一八)以降作・書。【分類】地理科。【概要】異称『奥州盛府名所記』。大本一冊。南部盛岡方面の町村・山川・交通路・名所旧跡・神社仏閣や各地の物産を記した往来。現存本は末尾を欠く零本で、本文を大字・四行・無訓で記す。「奥州岩手郡盛岡は、郡は十郡也。高、文化ヨリ二十万石、当太守様ヲバ南部美濃守様ト申奉リ、先、南ヨリ国ノ入口、鬼柳ト申シ候…」と筆を起こし、地域毎に地名・郡数・石高・人口・道程・名産・名所・縁起等の特徴を略述する。形容句や叙情的記述が乏しく、地理的事象を簡潔に記すのが特徴だが、本文末尾、横山八幡宮あたりからは一転して参詣型往来の記述に変わり、周囲の寺社や物産などを街道に従って順々に紹介する。前半が地誌型、後半が参詣型というやや特殊な形態をとるのが特徴。〔小泉〕
◆せいほう [2125]
制法‖【作者】山梨県制定。【年代】明治六年(一八七三)刊。[山梨]山梨県蔵板。【分類】社会科。【概要】異称『条々』。大本一冊。山梨県下の人民に対して発布された二四カ条の布達を大字・四行・無訓で綴った手本。まず第一条に「一、追々御布告之旨并布達する趣不可違背事」を掲げ、以下、宗門、伍組、人別・戸籍、相互扶助、他国旅行、家職精励、博奕・賭事の禁止、死者・怪我人・捨て子、旅宿、寺社の新規建立、祭礼・興業・芸妓、華美な饗応、道路整備、田畑管理、開墾、道路等の修復、役人の心得、賄賂禁止、公論の尊重と王政の趣意徹底などを説く。この種の手本では既に明治二年に京都府で町方用の『市中制法』†と村方用の『郡中制法』†が出版され、大阪・岐阜などでも同種のものが種々編まれたが、本書はその両者を合わせたような内容である。〔小泉〕
◆せいみんおうらい [2126]
生民往来‖【作者】浩甫堂(至誠翁)作・書。【年代】天保(一八三〇〜四四)以降書。【分類】教訓科。【概要】異称『諸民誡訓往来』。特大本一冊。文政一三年(一八三〇)刊『〈農民専用〉百姓往来』†(西川竜章堂書)後半部所収の「農民教訓状」を改訂した改題本。庶民子弟用に家業・生活上の諸教訓を説いた往来。「先、四民之内、士之外者、諸工人・商人共、皆百姓と云也…」で始まる本文は二部より成り、前半部は、農工商それぞれが従事する職務内容と特徴、職務実行上の諸注意、生活万端の心得等について記述する。後半部は、農民を対象とした触書の形態を採って、年貢皆済始め農民が公民として果たすべき義務と労働・生活経営上の心得について諭す。さらに末尾で「従幼少可習之第一者手習読書素読数算之術也」と、農民の子弟に読・書・算の学習を施す重要性を強調するのが注目される。本文を大字・三行・無訓で記す。なお、本書前半部に「消息往来」†、巻末に「七夕歌」数首を合綴する。〔石川〕
◆せいめいづくし [2127]
姓名尽‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】語彙科。【概要】異称『旦那衆名寄』。大本一冊。『姓名尽・婦今川』と題した筆写本中に所収。各行に一名ずつの姓名、あるいは数名の名前などを記した手本(大字・三行・無訓)。「松井万右衛門、永井杢兵衛、伊藤半次郎、松井七郎兵衛…」以下約五〇名分を列記する。途中「関川町」と見出しを付けて書き分ける点などから、作者と関わりのあった実在の人物名を列挙したものであろう。なお、後半の『婦今川』は元禄一三年(一七〇〇)板系統の『女今川』†と同文。また、裏表紙に「竜玄師門人、正法寺蓬女」と記す。〔小泉〕
◆★せいようおうらい [2128]
〈童蒙楷梯〉西洋往来‖【作者】松川半山(翠栄堂)画。【年代】明治元年(一八六八)刊。[神戸か]中井某板。【分類】地理科。【概要】中本一冊。横浜を出帆し、上海・香港・セイロン等を経てヨーロッパ諸国を歴訪し、さらにアメリカ大陸に渡り、太平洋を横断して神戸に帰港する順序で、世界主要国の地勢・気候・風俗等の特色を記した往来。「抑地球之広大なるは皆人のしる所なれとも、今度、商法開成のため五大洲を航海せしに、先横浜表を出帆いたし…」で始まる一通の手紙文を装い、蒸気船による世界一周の旅を想定して諸国のあらましを紹介する。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に色刷り口絵「異国の港を一見する図」「同婦人の幼子を寵愛するを視る」「同男女の通行を視る」「摂州神戸に異船入港なす図」四葉を掲げる。〔小泉〕
◆せいようかいかおうらい [2129]
〈頭書小伝〉西洋開化往来‖【作者】片山勤作・序。【年代】明治五年(一八七二)序。明治六年刊。[京都]熊谷久兵衛ほか板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。西洋列強の沿革や偉人、近代文化などを紹介した往来。「凡、世界万国土地之広大なる、人類の衆多なる、互に開化の進歩を競ひ、倶に旧染の汚習を除き、今日文物隆盛に至る事…」と書き始め、アダムとイブ以来の歴史や西洋諸帝国の治乱興亡、西洋の代表的偉人や西洋文明の推移を点描する。本文を大字・五行・付訓で記し、漢字表記の人名・地名に片仮名の読み仮名や国籍などを付記したり傍線を施す。頭書「西洋畸人伝」に発明家等の偉人伝と発明品等の挿絵を載せるほか、巻頭に、アレキサンダー・ナポレオン・ワシントンの色刷り肖像画を掲げる。〔小泉〕
◆★せいようさんじきょう [2130]
〈鈴木柔著〉西洋三字経‖【作者】鈴木柔作・序。藤田維正(容斎)跋。【年代】明治五年(一八七二)作。明治七年跋・刊。[金沢]中村喜平(知新堂)板。【分類】歴史科。【概要】異称『鈴木柔著西洋三字経』『真理三字経』。半紙本一冊。大橋若水作・嘉永六年(一八五三)刊『本朝三字経』†にならって、ノアの洪水からナポレオンの敗亡に至る、西欧の歴史を点描した往来。「昔西洋、有洪水、人与物、無孑残、諾尼者、逆知此、制大匣、似巨艤…」で始まる三言一六八句(計五〇四字)の文章を、楷書・大字・四行(一行二句)・概ね無訓(西洋の地名・人名に片仮名の読み仮名)で綴る。各時代の重要事件・人物のいくつかに焦点を当て主要帝国の興亡の歴史を記した、一種の西洋史入門書である。〔小泉〕
◆せいようじょう [2131]
青陽帖‖【作者】大谷永庵(業広)書。大谷栄庵(業延)跋。【年代】天保二年(一八三一)跋。天保三年刊。[京都]山城屋佐兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】特大本一冊。天保頃に続々と出版された大谷永庵の手本の一つ。前半に「新春御吉兆以参上可申候之処…」で始まる新年祝儀状以下二五通の消息文(仮名文数通を含む)を掲げ、後半に王建「宮詞」、雍陶「城西訪友人別野土」の漢詩や藤原家隆らの和歌を載せる。いずれも大字・三行・無訓で記す。後掲の『〈長雄〉青陽帖』†とは全くの別内容。〔小泉〕
◆せいようじょう [2132]
〈長雄〉青陽帖‖【作者】百瀬耕元(南谷山人・久継・耕呂)書。若林思孝(耕養)跋。【年代】天明五年(一七八五)書・跋。寛政六年(一七九四)再刊刊。[江戸]三崎屋清吉板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。主に武家公私用の消息文例一三通を集めた手本。冒頭に「青陽之御慶賀…」で始まる書状を収めたことから『青陽帖』と称す。同名の前掲書とは別内容。将軍家宛ての新年挨拶状(披露文)や献上品披露の礼状、朝鮮通信使来朝に伴なう報告、その他種々挨拶状などを載せる。本文を大字・三行・無訓で記す。なお、巻末に「百瀬耕元先生法帖目録(三崎屋板)」を掲げる。〔小泉〕
◆せいようせんじもん [2133]
〈田中内記著〉西洋千字文‖【作者】田中内記(源顕美・安土坊紀律堂)作・序。水谷克庸書。【年代】明治七年(一八七四)刊。[大阪]田中内記(安土坊紀律堂)蔵板。藤屋禹三郎(北尾禹三郎)売出。【分類】歴史科。【概要】半紙本一冊。イギリス・フランス・ロシア・ドイツ(プロシア)・オーストリア・オランダ・ベルギー・スペイン・ポルトガル・イタリア・スウェーデン・スイス・アメリカなど、西欧列強の歴史や地理を記した『千字文』型教科書。「西洋欲遊、東溟亦浮、因知世界、宛如全毬、彼十余国、称欧羅洲、既結条約、尽通皇州…」と筆を起こして、上記各国について略述する。本文を楷書・大字・四行・所々付訓(主に地名・人名)で綴る。また、自序には、当時、大阪府下に七二校もの西洋建築の小学校が存在したことや、これらの小学校児童用に本書を著したとの編集意図を述べる。なお、著者兼蔵板者の田中内記は「大阪府漢方試業職」という。〔小泉〕
◆せいようせんじもん [2134]
〈村井清著〉西洋千字文‖【作者】村井清作・刊。【年代】明治九年(一八七六)刊。[東京]村井清(会粋堂)蔵板。【分類】歴史科。【概要】異称『〈傍訓註釈〉西洋千字文』。半紙本一冊。西洋史を略述した『千字文』型教科書。「西洋太古、遼ユ難辨、亞早iアダム)夏娃(イブ)、人類鼻祖、第二世界、諾ル(ノア)始生…」と書き始め、西洋神話・伝説の時代から、バビロニア帝国、キリスト生誕、十字軍遠征、新大陸発見、絶対主義・専制君主時代、ナポレオン遠征、アヘン戦争、日本へのペリー来航など、古代・中世・近世・近代に至る西洋略史(政治史・文化史)と、近代日本に流入した西洋文明・制度等のあらましを四言二五〇句・一〇〇〇字で綴る。本文を楷書・大字・二行(一行二句)・付訓(漢語の多くに左訓)で記し、二句毎に三行程度の丁寧な細注を付す。巻頭に渋沢栄一の題字、巻末に編者による『日本史略』前後二編五冊と『和洋年数早見』(銅版一枚刷り)の広告を載せる。〔小泉〕
◆せいようてならいかがみ [2135]
西洋手習鏡(巻之一)‖【作者】梶川弘作・序。松沢慧乗(和泉屋庄次郎か)跋。【年代】明治六年(一八七三)序・跋・刊。[東京]和泉屋庄次郎(慶元堂)板。【分類】語彙科。【概要】異称『仮名手本』。半紙本一冊。イロハ・五十音等のローマ字表記を大字で綴った手本。「ローマ字イロハ(イタリック体・小文字)」「日本五十音(イタリック体・小文字)」「日本五十音ニゴリ(濁音・半濁音)」「アルファベット(イタリック・ローマン各体のそれぞれ大文字・小文字の計四体)」を順に記す。なお、柱に「巻之一」とあるが二巻以降未刊か。また、跋文を書いた門人松沢氏は和泉屋庄次郎か。〔小泉〕
◆せいようもじおさなえとき [2136]
西洋文字稚絵解‖【作者】不明。【年代】明治四年(一八七一)頃刊。刊行者不明。【分類】語彙科。【概要】折本一帖。左開きで左から右に読む形式の薄型の折本で、本文上欄に「い・I・イ・I」のような四体(アルファベットは上下で書体を変える)イロハを掲げ、下段には「INU/いぬ」「ROOONIN/ろうにん(牢人)」のようにイロハで始まる語彙一、二語とそのローマ字綴りを色刷り挿絵とともに掲げる。末尾に、数字・アルファベットやその書体に関する記事若干を付す。〔小泉〕
◇せいりせんじもん [2137]
性理千字文‖【作者】夏迪作。【年代】成化七年(文明三年(一四七一))作。寛文九年(一六六九)刊。[江戸]田中市兵衛ほか板。【分類】語彙科。【概要】「一大為天、万物之祖、気者其體、理者其主、何謂之気、陰陽五行…」で始まる『性理千字文』の本文(合計一〇六四字)を楷書・大字・四行・無訓で記した手本。『性理千字文』は、明の夏迪が童蒙用に性理の概念を説いた異種『千字文』で、天・気・理・命・性・仁・道の関係や五行・四端・四教などについて述べ、学問と教育のありようを示す。〔小泉〕
◆せいろうせんじもん [2138]
青楼千字文‖【作者】清谷(茶楽斎)画。【年代】文化六年(一八〇九)刊。[京都]叶屋喜太郎ほか板。また別に[東京]藤井利八(松山堂)板(後印)あり。【分類】女子用(洒落本)。【概要】半紙本一冊。周興嗣作『千字文』形式で、京都祇園・江戸新橋などの花街における慣習・料理・酒宴・調度・服飾等の語彙を集録した往来物。「色道豊年、金銀融通、洛陽繁昌、遊里滑稽、祇園縄手、冨永末吉、新橋宮川、川端石垣…」で始まる漢字四言二五〇句を大字・四行(一行二句)・付訓で記し、本文中に遊里風俗図四葉を掲げる。なお、『遊状文章大成』†と合綴された版もある。〔小泉〕
◆せかいいちらん [2139]
世界一覧‖【作者】閑戸斎作・序。柳雨女史書。【年代】明治五年(一八七二)序・刊。[東京]樋口徳蔵ほか板。また別に[東京]藤岡屋慶次郎板あり。【分類】地理科。【概要】異称『〈頭書横文・地図挿画〉世界一覧』。半紙本二巻二冊。世界各国の国名と関連知識をほぼ七五調の文章で綴った往来。「惑星のめくりて今茲に、文華盛に開け行、秋(とき)に方(あたり)て万国の、土地の大小強弱も…」と書き始めて、まず地球の表面、五大洲とその地形などに触れ、続いて、日本・中国・チベット・シベリア以下、世界各国の国土・人口・主要都市・気候・物産・文化等(これらの全てを網羅的に記載するわけではない)について略述し、最後に世界の中でも気候が温暖で幸福な日本で学問に努めず世をむなしく過ごすのは鳥獣にも劣るものであると戒める。本文を大字・五行・付訓で記し、本文中の国名・都市名は線種を変えて区別する。巻頭に日本・世界地図(銅版色刷り・メルカトル図法の世界地図の周囲に国旗図)を載せるほか、頭書に「世界大別」や世界各地の地図・挿絵、世界地名の英語表記(英国の活版見本からの転載のため、書体が様々)を掲げる。〔小泉〕
◆せかいおんなおうらい/せかいふじょおうらい [2140]
世界婦女往来‖【作者】山本与助作・序。荻田長三(筱夫)書。長谷川実信画。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)板。【分類】女子用・地理科。【概要】中本二巻二冊(後二巻合一冊)。序によれば、前著『万国掌覧』に続く著作で、女子用に世界地理・万国事情を平易に説いた往来。本文を大字・五行・付訓(漢語の多くに左訓)で記す。「夫、文明開化(ガクモンヒラケタル)の盛時にあたりては、婦人女子といへども万国の事情風俗は知らずんば有るべからず…」と本文を書き始め、文明開化の世の女子には「ひたすら読書(ヨミカキ)の道を専一として事理を暁」ることが肝要なことを説く。次いで、支那(中国)・印度諸州・東印度・西蔵・比耳西亜(ペルシャ)・蘇門答喇(スマトラ)・英吉利・佛蘭西・普魯西・墺地利(オーストリア)・阿蘭陀・白耳義(ベルギー)・西班牙(イスパニア)・葡萄牙(ポルトガル)・峨羅斯(オロシヤ)・土耳其・埃及(エジプト)・摩羅歌(モロツコ)・阿米利加合衆国・墨西歌(メキシコ)・伯剌西(ブラジル)・布哇国(ハワイコク)・墺太利(オーストラリア)等の順に地理・風俗を紹介し、最後に「…我日本の上等国に生まれ得る身の幸ひは、よろこびても猶あまりあり…其身其身のつとめに怠らず、文学・技芸を励みて開化を助くるこそ国家の為なれ」と締め括る。西洋への極端なまでの賞賛とそれに対する東洋諸国への蔑視が顕著だが、「勤勉ノ力ヲ致サバ開化ノ域ニ進ミ富強ノ基隨テ立チ列国ニ並馳スルモ難カラザルベシ」(頭書「勅諭之略」)という命題が女子にも等しく求められていたことを窺わせる。頭書には、「勅諭之略」「皇后の宮へ蚕桑の業を教へ奉りし上州の女子四人」「京都女学生」などの実名、津田梅子たちのアメリカ留学の詳細を始め、「英語(イギリスコトバ)」として「日はさん、月はむーん…」など一五六語、「御布令の文字の略解」として「勅命(てんしのおおせだされ)…」など五二語の漢語を掲げる。〔母利〕
◆せかいかいびゃくおうらい [2141]
〈訓蒙〉世界開闢往来‖【作者】中邑一翠作。迂疎居士序。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[東京]樋口徳蔵ほか板。【分類】歴史科。【概要】異称『開闢往来』。半紙本一冊。旧約聖書創世記の伝説や古代ギリシャ神話によって、世界六大洲の起源などを概説した往来。「天地の恵をうけて世の中に、生とし活る万物の、上に立たる人間の、出来し始は瓢方(ひさかた)の、天降(あまくだり)たる者なるか、土に湧しかいざ知らず…」で始まる七五調の文章で綴る。まず、往古世界誕生の起源を約五〇〇〇年前として「亜当(アダム)」と「挨窩(イブ)」の神話や「ノアの方舟」の伝説を紹介し、「閣竜(コロンブス)」の新世界発見や「羅百爾(バベル)の塔」建立など史実と伝説を混交した西洋古代〜中世史を記すが、単に歴史ばかりでなく、「皆人の本の心は善ものを、倣ふて悪を為すとかや…」のように随所に教訓を盛り込むのが特徴である。末尾では、「玉磋(磨)ねば光なし」と『実語教』†を引いて、文明開化の良き時代に自らの技芸を琢磨せよと激励する。本文を大字・五行・付訓で記し、漢字を宛てた西洋地名に二重線、人名には一本線を引いて学習者の注意を促す。〔小泉〕
◆せかいくにづくし [2142]
世界国つくし〈附各国首府・里数・人員〉‖【作者】岡田伴治(博真堂)作。島田仙洲書。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]博真堂板。【分類】地理科。【概要】中本一冊。「世界の国土を大別して五大洲と為す…」と起筆して、世界五大洲の主要諸国の国名を紹介した短文の往来。末尾では北亜米利加を人民最も開化した「文明開化の国」と呼び、日本も近年に大いに開化しアジアの文明国となったことに触れる。本文を大字・四行・付訓で記す。表紙見返に「通商貿易条約之図并本条約之年月」(日本と通商する一六各国と通商条約締結年月日)、頭書に「世界ニ名高都府ノ名」「万国里数」「各国広さ・人民の数大略」を掲げる。〔小泉〕
◆せかいくにづくし [2143]
〈頭書大全〉世界国尽‖【作者】福沢諭吉作・序。【年代】明治二年(一八六九)序・刊。[東京]慶応義塾蔵板。岡田屋嘉七売出。【分類】地理科。【概要】異称『〈頭書大全〉世かい国つくし』。半紙本六巻六冊、後、六巻合三冊。「児童婦女子ノ輩ヲシテ世界ノ形勢ヲ鮮セシメ、其知識ノ端緒ヲ開キ、以テ天下幸福ノ基ヲ立ン」ために編んだ世界地理入門書。凡例によれば、米英で出版された数種の地理・歴史書類に取材し、通俗書として翻訳したものという。一の巻「発端」「亜細亜洲(同頭書図入)」、二の巻「亜非利加洲(同頭書図入)」、三の巻「欧羅巴洲(同頭書図入)」、四の巻「北亜米利加洲(同頭書図入)」、五の巻「南亜米利加洲(同頭書図入)」および「大洋洲(同頭書図入)」、六の巻附録「地理学の総論」「天文の地学」「自然の地学」「人間の地学」に分けて、地理・政治・経済・産業・歴史・風俗など世界各国の実情を簡潔にまとめて紹介する。本文を行書・大字・五行・付訓で記し、外国地名・人名の漢字表記には暗誦の便を図る工夫もなされている。各巻に色刷りの折込地図(東西半球図と各洲図)を綴じ込むほか、頭書に関連記事や挿絵を豊富に盛り込む。また、巻の六附録(楷書・やや小字・九行・付訓)では、「地理学(じようがらひい)」の字義や地理学の柱である「天文の地理(あすとろのみかる・じようがらひい)」「自然の地学(ひしかる・じようがらひい)」「人間の地学(ぽりちかる・じようがらひい)」の大意について略述する。なお、本書の頭書を省いた簡易な製本の一冊本『世界国尽』(明治八年以前刊)を始め、明治五年刊『〈素本〉世界国尽』†、明治八年刊『〈真字素本〉世界国尽』†など類書も多く刊行された。〔小泉〕
◆せかいくにづくし [2144]
〈真字素本〉世界国尽‖【作者】福沢諭吉作。【年代】明治八年(一八七五)刊。[東京]福沢諭吉蔵板。【分類】地理科。【概要】異称『真字素本世界国尽』。半紙本一冊。明治二年刊『〈頭書大全〉世界国尽』†の改編本の一つ。序章「発端」で世界を五大洲に分けることや、それぞれ土地の風俗・人情が異なることなどを述べ、続いて「亜細亜洲」「阿非利加洲」「欧羅巴洲」「北亜米利加洲」「南亜米利加洲」「大洋洲」の順に、それぞれの範囲や位置、主要諸国・都市の政治・経済・社会・文化・沿革・風俗等について概説する。本文を楷書・小字・九行・付訓で記す。特に、振り仮名を全て語句の左側に付すのが特徴。〔小泉〕
◆せかいくにづくし [2145]
〈素本〉世界国尽‖【作者】福沢諭吉作。内田晋斎(嘉一)書。【年代】明治五年(一八七二)刊。[東京]福沢諭吉蔵板。【分類】地理科。【概要】中本三巻三冊。明治二年刊『〈頭書大全〉世界国尽』†の改編本の一つ。第一巻「発端」「亜細亜洲」「亜非利加洲」、第二巻「欧羅巴洲」、第三巻「北亜米利加洲」「南亜米利加洲」「大洋洲」から成る往来。まず「発端」では、「世界はひろし万国は、おほしといへと大凡、五に分けし名目は、亜細亜・亜非利加・欧羅巴、北と南の亜米利加に、堺かきりて五大洲…」で始まる七五調の文章で、世界の五大洲に触れ、以下、同様の美文体で、各洲の地勢・主要国の国土・政体・沿革・文化・風俗・物産等について略述する。本文を大字・四行・無訓(ただし地名等に左訓)で記す。なお、第一巻巻頭に色刷り地図「東之半世界」「西之半世界」を載せる。〔小泉〕
◆★せかいぐんとおうらい [2146]
世界郡都往来(欧洲仏国之部)‖【作者】小林謙吉訳。横尾謙七序。長谷川実信画。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[大阪]小島伊兵衛(大野木伊兵衛・宝積堂)板。【分類】地理科。【概要】異称『郡都往来』。半紙本一冊。仏人・ユルタンヘル作の地理書(一八七〇年刊)を典拠に編んだ往来物。一九世紀後半のフランスだけに焦点を当てて記述する。本文は「欧羅巴洲は五大洲の一にして、東半球の西北に位し、北緯三十六度一分より起り…」と書き始め、まずヨーロッパの範囲(経緯度)と主要国名(一五カ国)を示し、そのうち英・仏・独の三カ国は強大で雌雄を争う勢いであることを略述する。続いて、フランスの位置・国土(巻頭の地図の色分けの説明を含む)・行政区分(郡名・都市名、河川名など)を列記し、末尾にわずかながら政体・気候・宗教・沿革などを点描する。本文を大字・五行・付訓で記し、漢語の多くに左訓を施すほか、鉤括弧により外国地名の漢字表記を目立たせる。世界地理を扱った当時の教科書が多く諸外国の概要紹介に終始する中で一国に焦点を絞った点は特徴と言えるが、本文の大半が地名の羅列に過ぎない。巻頭に「仏蘭私名数之記」および色刷りの「仏蘭私全国都府図」を掲げる。また、本書題簽および本文冒頭に「欧州仏国之部」と記すが、他地域を扱った続編は未刊の模様である。〔小泉〕
◇せかいこくめいしょうらん [2147]
〈頭書挿画〉世界国名詳覧‖【作者】河村(河邨)貞山作。【年代】明治六年(一八七三)刊。[京都]出雲寺文次郎(出雲寺文治郎・松栢堂)ほか板。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。世界主要国の地名とその概要、また世界地理名数や政体などを記した教科書。亜細亜洲・後印度・前印度・東印度諸島・欧羅巴洲・北亜墨利加洲・中亜米利加洲・南亜米利加洲・亜非利加洲(北部・東部・南部・西部・中部)・阿西阿尼亜洲・英国海外属部・仏国海外属部・和蘭海外属部・西班牙(イスパニア)海外属部・葡萄牙(ポルトガル)海外属部・嗹国(デンマーク)海外属部の順に、各国国勢(国土面積・人口・首府・政体・国教等)を略述する。国名を大字・六行大・付訓で記し、割注形式の説明を付す。巻末に六帝国・四大教・欧五大国・五大洋・地方海・世界大湖・世界大川・世界高山・五等政体等の世界名数を解説するほか、頭書に「神武創業功臣の図」「御代々御謚号(おくりな)」「皇朝年号」等や、電信機・蒸気船・など発明品の概要、「横浜より外国へ道法」「各国里法」「世界人口大積」「五種人物」、その他世界地理の補足的記事を収録する。〔小泉〕
◆せかいこくめいづくし [2148]
世界国名尽‖【作者】青木東江(清輔)作。桑野松霞(雪朗)書。【年代】明治四年(一八七一)刊。[埼玉]埼玉県洋学校蔵板。[東京]紀伊国屋源兵衛ほか売出。【分類】地理科。【概要】異称『〈行書〉世界国名尽』。半紙本一冊。一八六九年版『地理誌』(米国・コルネル作)を参照して世界主要国の名称や地理(面積・人口等)について記した手本。初めに「五大洲」の名を掲げ、以下、亜細亜洲一四カ国、欧羅巴洲一七カ国、亜非利加洲一七カ国、亜米利加洲(北部・南部)二三カ国、澳太利洲一カ国の順に紹介する。後半の「各国大都府並通商之地概略」に、世界の主要貿易港や日本からの距離などを示し、「各国内大別」に主要国内諸地域名(漢字表記)を記す。本文を楷書・大字・四〜六行・付訓(地名のみ)で記す。〔小泉〕
◆せかいこくめいづくし [2149]
〈習字〉世界国名尽‖【作者】深沢菱潭作・書(大字本文)。東潭(泳)書(再録本文)。【年代】明治年間刊。[東京]書学教館蔵板。藤岡屋慶次郎(松林堂)売出。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。世界六大洲(亜細亜・亜非利加・欧羅巴・北亜米利加・南亜米利加・大洋洲)・五大洋(太平洋・大西洋・印度洋・北大洋・南大洋)や、六大洲主要国の国名・島名・地域名を綴った手本。本文を楷書・大字・三行・無訓で記し、巻末に楷書・小字・九行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◆せかいさんぶつおうらい [2150]
世界産物往来‖【作者】橋爪貫一(松園)作。滕月摸山画。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]大和屋喜兵衛(宝集堂)板。【分類】地理科。【概要】異称『世界物産』。中本一冊。アジア諸国の風俗(物産上の特色)や物産について略述した往来。まず、「抑々物産は一国一邑の物にあらず。万国共用の物なり…」と書き始めて通商・物産の大意や心得を示し、日本を始め、蒙古・満州・朝鮮・西蔵・越南・シャム・ビルマ・インド・アフガニスタン・アラビア・ペルシア・トルコ・シベリア等の物産について記す。「世界」と銘打ちながらもアジア諸国に限って記述する。本文を大字・四行・付訓で記す。巻頭に「鉱山切出之図」を掲げ、頭書にアジア諸国の鳥獣を紹介する。〔小泉〕
◆せかいしょうばいおうらい [2151]
世界商売往来(正・続・続々・補遺・追加の五編)‖【作者】橋爪貫一(松園)作。加藤雷洲・暁雲斎・滕月摸山画。【年代】明治四〜六年(一八七一〜七三)刊。[東京]雁金屋清吉(青山堂)板。【分類】産業科。【概要】中本五編五冊。『世界商売往来』は、明治初年における貿易商子弟用の教科書として作られたもので、明治四年板を初編として以後五編まで刊行された。初編『世界商売往来』は、主要貿易国名、海運上の測量、日本へ入港する船舶、商船の構造や機械類、軍艦の兵器・器具類、外国商人を迎える旅館・商店、主要貿易品などについて記す。本文中の要語に注解または図解を施し、頭書に要語の英単語とその読みを示す(二・三編も同様)。また、この初編は明治六年に『日新表(第二輯)』†の書名で刊行されたほか、頭書・付録記事を削除し、作者名を故意に隠蔽した『改正商売往来(〈改正〉世界商売往来)』†など数種の類書が出回った。二編『続世界商売往来』は、貿易商に必要な知識・教養・心得等について記したもので、主要貿易品名については初編とほとんど異なる語彙を集録する。明治六年には『日新表(第二輯)』の書名で刊行された。三編『続々世界商売往来』は、外国商事に必要な語彙、貨幣換算、主要貿易品、工人の種類、欧米国名と主要生産物などについて記す。四編『世界商売往来補遺』は、印紙の貼用、貨幣・紙幣、秤の種類と効用、枡の種類と効用、貿易商人の教養と心得等について記すが、貿易品に関する語彙を全く収めず、もっぱら貿易取引上の技術や心得に終始するのが特徴。また、同頭書には内国郵船による運送費や内国郵便等について記載する。五編『世界商売往来追加』は、日本の豊かな物産や主要産物等について記し、世界貿易よりも、国内の商取引物資・生産物資に関する語彙を広く採録する。頭書に秤・尺度・平積・立積・貨幣についての解説を収める。全編とも本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆せかいしんめいすう [2152]
世界新名数‖【作者】松川半山(直水・安信)作・画。藤原祐一(加藤祐一)序。【年代】明治六年(一八七三)序。明治七年刊。[大阪]鹿田静七(松雲堂)板。【分類】地理科・歴史科・理数科。【概要】異称『〈松川安信編輯〉世界新名数』。半紙本二編四巻四冊か。ちなみに目録によれば、一巻は「天文略説」「太陽并自転・公転之説」「月之行動并盈虚之図解」、その他天体・気候等に関する諸説、二巻は「地理之説」「地球之周囲」「地球之表面」「海面之広サ」「世界三大地」「六大洲」「五大洋」「世界人種区別」「地球表面之形状」「世界総国名」「大日本郡名」「日本歴世都地」「日本海岸燈明台并初点年月」「日本貿易開港年月次第」「万国都府」「日本大橋」など世界・日本の地理・名数その他の記事、三巻は「歴代山陵之地」「西洋電信機之説」「米国鉄道并火輪車之説」「英国火輪車総計」「日本東京之鉄道」「北京万里長城」「世界万国広狭」「地震之説」等、四巻は「世界万国名山」「世界万国之大河」「世界万国之湖水」「西洋之鑛山」「西洋之諸島」「日本之諸島」「日本船路里程」「西洋海底浅深」「日本諸国温泉」等、五巻は「人紀之部」で「日本歴世人皇略記」、六巻は「日本中興将軍略記」「英国方今王族」「万国帝王年齢」「万国人員大略」「世界之七不思議」「世界之五大業」「世界之婦人三奇風」「日本古戦年譜」等の記事を収録する。以上のように、当時の窮理学を始め地理・歴史にわたる雑多な記事を収録するのが特徴。本文をやや小字・一〇行・ほとんど付訓で記す。なお、本書の広告や目録によれば全六巻だが、完本は見つかっていないうえに、明治九年に刊行された本書の改題本『開化普通雑書』†の内容が上記の四巻分しかない事実から判断すると、本書は実際には二編までしか刊行されなかったと考えられる。また、第一巻巻頭に色刷り挿絵「閣竜(コロンブス)新世界を発明す」の図と説明を掲げるほか、各巻の随所に単色または色刷りの挿絵を載せる。〔小泉〕
◆せかいとふづくし [2153]
〈地学大意〉世界都府尽‖【作者】黒田行元作・序。松川半山画。【年代】明治六年(一八七三)序。明治七年刊。[京都]田中治兵衛(文求堂)板。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。当時最新の西洋地理書(大半は米国ミッチェル氏の『地誌』に基づく)数部を典拠にして編んだ往来物。まず総論として、世界の政体(君主・民主)や首都(約七〇〇都市中、百万都市は東京やニューヨークなど六都市と紹介)、地球の海陸の様子、世界三大洲などを説明し、続いて亜細亜・阿弗利加・欧羅巴・新世界(南北アメリカ)・何遮加(オセアニア)に分けて、主要国家・主要都市の概要(政治・経済・社会・文化・地理・気候等)を紹介する。頭書は本文と対応しており、「地学大意」「政体大略」「亜細亜洲総説」以下各洲毎に本文に登場する諸国家について挿絵を交えながら詳述する。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆せかいのあらまし [2154]
世界乃大略‖【作者】荻田長三(筱夫)作・序。松川半山(直水)画。【年代】明治五年(一八七二)作。明治六年頃刊。[大阪]河内屋喜兵衛(柳原喜兵衛・積玉圃)板。【分類】地理科。【概要】異称『世界のあらまし』。半紙本二巻二冊。世界主要国の国土(面積・人口)や主要都市名、五大洲毎の産物・風俗・文化その他関連知識を七五調の文章で綴った手本。「久かたの、天の浮橋かけしより、道ある御代に生れ出…」と書き始め、世界五大洲や学問の心得などに触れ、亜細亜洲、欧羅巴洲、阿非利加洲、大洋洲、南北亜米利加洲の順に紹介する。本文を大字・三行・付訓で記し、漢語の多くに左訓を施す。巻頭口絵に富士山全景図(色刷り)を掲げる。〔小泉〕
◆せかいのとみ [2155]
世界乃富〈一名産物往来〉‖【作者】荻田長三(筱夫)作・書。長谷川実信画。【年代】明治六年(一八七三)頃刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)板。【分類】社会科。【概要】異称『世界のとみ』『産物往来』。半紙本一冊。世界五大洲別に主要国の物産名を列挙した往来。亜細亜洲一七カ国および東洋群島、欧羅巴洲二〇カ国、亜非利加洲一六カ国、澳太利洲(オーストリア)、北亜米利加洲四カ国、南亜米利加洲一〇カ国の合計六八カ国について紹介する。冒頭「璞(あらたま)も琢磨(みが)けは光る人も亦、学問博(ひろ)く智慧あらば、人に勝(すぐ)れてとみ栄ふ…」のように、全文を七五調の文章で綴り、まず、学問の重要性と致富の要諦、富国の義務を説き、続いて亜細亜洲・日本から南亜美利駕(アメリカ)洲・巴西(ブラジル)までの諸国名産を縷々紹介する。本文を大字・四行・ほとんど付訓(稀に左訓)で記し、さらに見出し語(国名等の地名)に囲み罫を付ける。巻頭に色刷り挿絵「神港(こうべ)の交市(こうえき)盛大(はんじょう)にて各国船泊(ふくきゅう)の図」を掲げる。〔小泉〕
◆せかいふうぞくおうらい [2156]
世界風俗往来(初編)‖【作者】中金正衡作。荻田長三(筱夫)書。薇陽陳人序。【年代】明治五年(一八七二)刊。[名古屋]井上廉平蔵板。[大阪]秋田屋市兵衛売出。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。文明開化の動向に従って、「世界国々風俗の異同、政事の得失」を綴った往来。本書を初編として三編まで続いた。まず地球の大きさ・形状、五大洲の名称・面積および各洲の人口・人種・言語・宗教・国民性・衣食住・産業・政治制度・文化等の特色を略述し、さらに中国の中華思想を批判する一方、日本は維新以後、中国よりも西洋の先進諸国に学んで政治を行うようになったことに触れ、国民は世界の風俗・歴史などからあるべき「経世の道」を考え、国家および自己のために役立てよと諭す。本文を大字・三行・付訓で記す。〔小泉〕
◆せかいふうぞくおうらい [2157]
〈増補〉世界風俗往来〈初編〉(二編)‖【作者】中金正衡作・書。飯島光峨画。【年代】明治六年(一八七三)書・刊。[東京]中金正衡(四時香書屋)蔵板。三家村佐平(弘文堂)売出。【分類】社会科。【概要】異称『〈増補〉世界風俗往来』『増補世界風俗往来(欧魯巴之部)』。半紙本一冊。明治五年刊『世界風俗往来』†の続編として出版されたもので、特に西欧各国の政治制度や風俗等について記す。まず西欧主要国一六カ国を列記し、そのうち英・仏・普・魯・墺を「五大国」と称することなどを述べ、西欧諸国をおしなべて「国之内外(うちと)の隔(へだて)なく互に縁を結び合ひ親み広き風俗」であるとする。以下、西欧の産業・文化・教育・社会・家族制度、また、各国の政治制度の特色や通貨・経済・主権・兵役・宗教などのあらましを紹介する。本文を大字・三行・付訓で記す。〔小泉〕
◆せかいふうぞくおうらい [2158]
世界風俗往来〈外篇〉(三編)‖【作者】中金正衡作・書。河鍋暁斎画。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]中金正衡(四時香書屋)蔵板。和泉屋市兵衛売出。【分類】社会科。【概要】異称『世界続風俗往来』。半紙本一冊。明治六年刊『〈増補〉世界風俗往来』†(二編)に続いて編まれた往来で、英国の政治制度や文化・風俗から始まり、末尾では日本についても言及する。冒頭に権力が集中する絶対王政を批判し、西欧の開化国が採用している「君民同治」の政体をよしとする。そして政治が行き届き、人民の風俗もよく開けている英国の国政や議会制度・産業・文化・行政・租税・諸施設・学問・教育などの概要を紹介する。また、人の知識こそ一国の宝にほかならないことをワットの蒸気機関の発明などを例に引いて説きつつ、学問への出精を諭して締め括る。本文を大字・三行・付訓で記す。巻頭に、ワット・ニュートンの図(多色刷り)を掲げる。〔小泉〕
◆せかいみやこじ [2159]
〈首書絵入〉世界都路‖【作者】仮名垣魯文作・序。平田思成補・書(頭書)。深沢菱潭書(本文)。河鍋暁斎画。【年代】明治五年(一八七二)序・刊。[東京]回春楼蔵板。椀屋喜兵衛(江島喜兵衛・万笈閣)板。【分類】地理科。【概要】異称『世可以美やこじ』。半紙本二編七巻七冊。初編一〜三巻(一・二巻「亜細亜洲」・三巻「欧羅巴洲」)。後編四〜七巻(四巻「亜弗利加洲」・五巻「北亜墨利加洲」・六巻「南亜米利加洲」・七巻「墺地利亜洲」)。諸訳書を参考に世界六大洲各国の国情・名所旧跡を紹介した教科書。各国の情報を網羅的に記すのではなく、それぞれに特徴的な事柄(国土・気候・人口・首都・地名・沿革・政体・産業・文化・生活・風俗等)を点描するのが特徴。「天津日の、光りを受て、中空に、浮びながらに、打廻る…」(第一巻冒頭)で始まる七五調・美文体の本文を大字・五行・付訓で記す。頭書に本文に対応する各国関連知識や図解を施す。また、各洲毎に色刷り地図を掲げるほか、第一巻巻頭に「地球上五人種」の挿絵・記事を載せる。なお、序文から、本書の著述が福沢諭吉の『世界国尽』†に触発されたことが読みとれる。〔小泉〕
◆せかいものしりもんどう [2160]
〈山本義俊翻訳・訓蒙〉世界物識問答‖【作者】山本義俊訳。【年代】明治七年(一八七四)刊。[東京]澱涯堂蔵板。椀屋喜兵衛(万笈閣)売出。【分類】社会科。【概要】異称『訓蒙世界物識問答』『物識問答』。半紙本二巻二冊。序文によれば、英国ロンドン刊『ステッピングストヲン・トウ・ノウレッヂ』を翻訳した教科書である。イギリスを中心とした西洋の歴史・地理・天文・窮理学等の諸学の基礎知識を、「問フ、麺頭(パン)ハ何ヨリ製スル乎」「答、粉」、「○粉ハ何ヨリ製スル乎」「△麦」のような一問一答形式に綴る。西洋度量衡を日本通用の単位に換算するなどの改訂を施しつつ、文明開化以後流入した西洋の生活・社会・文化の概要を簡潔にまとめる。本文を楷書・やや小字・九行・付訓で記す。〔小泉〕
◆★せかいれきしのいとぐち [2161]
世界歴史の緒(巻一)‖【作者】高見沢茂(三驚迂史・天籟逸人)作・序。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[東京]紀伊国屋源兵衛板。【分類】歴史科。【概要】異称『世界歴史緒』『歴史緒』。半紙本一冊。序文によれば、人類の誕生から近代に至るまでの約五〇〇〇年の歴史を綴った往来。現存本の首題や柱に「巻一」とあり、「上古(アンセント)の史」と題して古代の世界史を概説した略述する。従って、数巻にわたって世界史のあらましを紹介しようとしたものであろう。ただし、二巻以降は未発見(あるいは未刊か)。巻一は、「抑我らが棲息(すまい)なす、世界は遊星の一にして、是を地球と称(たた)えしも、形ちに因みて云ふぞかし、水と土との二部(ふたわけ)に、分れし面(おも)の大約(おおよそ)は、三千三百零七万、九千四百里余りある、四分の三は海にして、其一分の陸地なる…」のように七五調の文言を連ねて、地球の形状や東西半球・五大洲に触れた後、アダムとイブに始まる人類の歴史を比較的詳しく紹介する。本文を大字・四行・付訓で綴り、地名には右側、人名には左側に傍線を付して理解の一助とする。〔小泉〕
◆せきがきのじゅくじ [2162]
〈名頭国尽〉席書之熟字‖【作者】不明。【年代】天保一五年(一八四四)頃刊。[江戸]山口屋(山口屋藤兵衛か)板。【分類】語彙科。【概要】江戸中期刊『〈名頭字尽〉国づくし・席書字づくし』†(江戸・村田屋治郎兵衛板)の改題本。中本一冊。内容は全て同じだが、掲載順序が異なり、「席書之熟字」を冒頭に掲げてその名を外題とした。他は表紙見返から裏表紙見返まで村田屋板と同様。本文を大字・五〜六行・付訓で記す。〔小泉〕
◆せきぜんじくん [2163]
積善児訓‖【作者】小沢正時(伯史)作。柴田艾軒(笹島謙蔵・柴田武修・厚・遊翁)序。【年代】弘化四年(一八四七)序・刊。[京都]斉政館蔵板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。童蒙入学者用に聖賢の教えや歴代の聖賢のあらましを綴った教訓書。「或曰(あるひといわく)」で始まる四話に種々解説を加えた形式で、学問の初め、人道・五倫、言行一致、積善・積悪、孔子の一生、日本における聖学の歴史、復聖顔子・宗聖曽子・述聖子思子・亜聖孟子・先賢閔子騫など一三人の小伝を載せる。本文をやや小字・九行・付訓で記す。所々に詳しい頭注を施すほか、孔子肖像・聖廟の図を掲げる。また、巻頭に「朱子勧学文」「白楽天勧学文」を題字として掲げる。〔小泉〕
◆せきそおうらい [2164]
尺素往来‖【作者】伝一条兼良(一条禅師・桃花翁)作。【年代】室町中期作。古写本は長享三年(一四八九)書で、現存本では大永二年(一五二二)写本(橋本公夏筆。内閣文庫蔵)が最古本。古刊本は万治(一六五八〜六〇)以降刊と思われる無刊年本と寛文八年(一六六八)板の二様あり、前者は[京都]山岡市兵衛ほか板、後者には[大阪]和泉屋卯兵衛(和泉屋宇兵衛・喜嚮堂・上田宇兵衛)板、[大阪]紀伊国屋宇兵衛板、[大阪]田原屋平兵衛板、[京都]石田治兵衛板、[京都]村上三郎兵衛板等がある。【分類】古往来。【概要】古写本は大本二巻合一冊。江戸初期刊本は大本二巻二冊。室町時代中期、永享一二年(一四四〇)より寛正五年(一四六八)に至る二五年間に作られたと推測される古往来で、南北朝時代に成立した『新札往来』†に大幅な増補を加えたもの。上下両巻合わせて一通の新年状形式をとり、その間に六〇条目(上巻二五条、下巻三五条)もの豊富な語彙集団、すなわち、神祇三〇語、仏教二四一語、漢学六三語、文学一〇〇語、教養一八五語、人倫一二語、職分職業三八語、衣食住四五五語、武具六四語、自然一三語、その他七五語の合計一二七六語を収録する。この語彙数は、室町後期『新撰類聚往来』†に次いで多く、そのうち三分の一以上を占める四五五語が衣食住の生活関係語彙である点が注目される。また、江戸初期刊本に二様あり、寛文八年刊本(武藤某筆)は本文を大字・五行・稀に付訓、江戸前期・無刊年本(井上忠兵衛・山岡市兵衛板)は大字・六行・稀に付訓で記す。〔石川〕
◆せきとくかいてい [2165]
〈消息文鑑〉尺牘楷梯‖【作者】市原子静(青霞・啓斎)作・序。【年代】文政七年(一八二四)刊。[大阪]加賀屋善蔵(吉田松根堂)板。【分類】消息科。【概要】中本四巻四冊。漢文尺牘体書簡の入門書。一〜三巻が例文・用語集で、四巻は書札礼を収録する。一巻は四季の手紙で「新正啓(シンセイノケイ=年頭状)」以下往復三二通、二巻は吉凶事に伴う手紙などで「賀人娶(ヒトノメトルヲガス=婚礼祝儀状)」以下往復三二通、三巻は諸事に関する手紙で「候起居(キキョヲウカガウ=時候見舞状)」以下三〇通の合計九四通を収録する。各例文毎に準漢文体の日用書簡(行書・六行・付訓)と漢文体書簡(楷書・八行・付訓)の二様を掲げ、頭書に漢文体書簡の言い替え表現(類語)を掲げる。四巻は、「書柬十八体定式」「答書之十六式」「書式」「答書式」に分けて書簡作法を略述し、頭書に時候・地理・人倫・凶弔・気形・草木・飲食・器財の八部毎に類語を集めた「異名分類」を収録する。〔小泉〕
◇せきとくせん [2165-2]
尺牘筌‖【作者】鈴木y洲(y州・吉明・嘉章・煥卿・子煥・嘉蔵)作・跋。井上金峩(立元・純卿・文平)校・序。富長行(子健)校。【年代】明和五年(一七六八)跋・刊。[江戸]雁金屋伊兵衛(衡山堂)ほか板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。同一書名だが次項とは別内容。漢文尺牘体の書簡文に用いる語句を分類・列挙したもの。時令風雨類・起居保重類・辱書奉書類・間濶自叙類・賁臨交友類・情思感謝類・物儀敬意類・詩文作字類・親戚奴隷類・称呼仕官類・疾病喪祭類・雑事語笑類の一二類に分けて二字熟語から数語の短文を掲げる。いずれも楷書・やや小字・六行・付訓(所々左訓)で記す。〔小泉〕
◆せきとくせん [2166]
〈翰墨蒙訓〉尺牘筌‖【作者】新井白石(君美・片雲)作・序。【年代】貞享五年(一六八八)序。文政元年(一八一八)刊。[大阪]加賀屋善蔵(吉田松根堂)板。【分類】消息科。【概要】大本二巻二冊。前項と同一書名だが別内容。貞享五年刊『翰墨蒙訓』†の改題本。同書の板木のうち目録や四巻末尾「書式」以下の付録記事を全面的に改刻し、二巻二冊仕立てに改めた。本書巻末広告には「白石先生著。二冊。此書ハ尺牘ノ文法ヲ述ベ、カタハラニ真字ヲ附ス。頭書ニハ書替ノ雅文ヲ挙グ。巻尾ニ異名類、并ニ書束ノ式法ヲ詳ニ記ス」と紹介する。本文を草書・大字・四行・無訓で記し、楷書(稀に付訓)の表記を小字で添える。〔小泉〕
◆せきとくはやびき [2167]
〈小学作文〉尺牘早引‖【作者】本田吉雄(宗圀夫か)作。【年代】明治九年(一八七六)刊。[東京]宗圀夫蔵板。伊藤岩次郎売出。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。尺牘体の消息文に用いる漢語(熟語)を分類・集録した作文教科書。天象・地理・時令・四時熟語・時日雑語・居室・人倫・人事・文書・言辞・衣服・飲食・器財の一三分類で語彙を楷書・やや小字・八行・付訓で記す。語彙の多い分類には、「手紙・名札・御手紙・郵便・啓上・口上書・拝見…」(文書之類)のような下位分類を設けて列挙する。本文を楷書・やや小字・八行・付訓で記す。なお、刊記に「著述并出版人」として宗圀夫の名を記載するが、その理由は不明である。〔小泉〕
◆せきとくべんらん [2168]
尺牘便覧‖【作者】青木可笑作。【年代】明治六年(一八七三)頃刊。[名古屋]万屋東平(栗田東平・慶雲堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈開化用文〉尺牘便覧』。中本三巻三冊、または三巻合一冊。漢語消息例文と漢文を交互に配列した用文章。まず行草体・大字・五行・付訓の準漢文体書簡を掲げ、続いてほぼ同一主題の漢文尺牘(主題を異にする場合もある)をやや小字・楷書体で綴る。上巻は「初春贈答」以下一四通、中巻は「七夕召飲」以下一五通、下巻は「贈士官朋友」以下一四通の、合計四三通を収録する。概ね、上・中巻に四季用文、下巻に吉凶事・諸用件の例文を載せる。〔小泉〕
◆せけんもんごんずいいちようぶん [2169]
世間文言随一用文‖【作者】不明。【年代】天保一三年(一八四二)刊。[江戸]藤屋宗兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『随一用文』。中本一冊。「年始の文」以下五二通の消息文例を集めた用文章。初めに四季・年中行事に伴う書状を掲げ、続いて、一生の祝事に関する手紙、最後に凶事に際しての見舞状や依頼状などを載せる。本文を大字・五行・付訓で記す。巻末に消息用語を集めた「略字大概」と、証文手形文例(「金子借用証文」以下一一通)を掲げる。〔小泉〕
◆せたいおうらい [2170]
〈新撰童学〉世帯往来‖【作者】不明。【年代】天明二年(一七八二)刊。[江戸]鶴屋喜右衛門(仙鶴堂)板。【分類】社会科。【概要】異称『〈増補〉世帯往来』『新撰世帯往来』。中本一冊。衣食住に関する知識と心得を略述した往来。「夫、人間一生涯を息(いこう)には、先(まず)斉其家。欲斉其家者、先修其身…」で始まる文章で、まず渡世・家業・身上(しんしょう)・世帯について説き、続いて人間生活に不可欠な「三財」である住・食・衣の順に、近所付き合い、家作普請、家財・諸道具、農工商の任務、食物と養生、衣装、子育て、孝行、信仰等について述べる。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書に「文字の始り」「諸職名尽」「躾方之事」「教誡八首の歌」、巻頭に「藤原不比等の教訓」「天理・立教・事業・積善」についての記事を載せる。また、巻末広告に「『〈頭書絵入〉増補世帯往来大全』、大本全一冊、近日出来」と記すが未刊に終わった。〔小泉〕
◆せっかおうらい [2171]
〈本目氏〉摂河往来‖【作者】本目某(本目親信か)書。【年代】元禄一一年(一六九八)頃作・刊。[大阪か]刊行者不明。【分類】地理科。【概要】大本一冊。摂津在住の三津浦之丞(芦錘軒奇金)から河内住の猿猴庵水月宛ての往状と、水月から三津氏への返状の二通から成る文章で、摂津・河内両国の年中行事・名所・名物のあらましを記した往来。まず往状で、三津氏が念願の河内壺井の通法寺や楠木正成ゆかりの千早赤坂古戦場等の歴覧を果たせずにいることを悔やむ文面から始まり、主に春から冬(特に七〜一〇月に詳しい)にかけての摂津における年中行事・生活・風俗などを記す。季節の庶民行事や芸能・娯楽、また武家儀式や参勤交代の壮観な様子、さらに歓楽街の風景、長崎からの荷物(舶来品)、元禄年間の堂島川普請、日用料理・精進料理および献立、寺社祭礼などを一通り紹介した後で、このように「栄耀繁華之地」を去って「孤村片里」の地に移住した「貴殿はさぞ残念であろう」と同情する文章で結ぶ。一方、河南に住む水月からの返状は、まず往状を受けて河内の古跡のいくつかをあげ、また、様変わりする摂津の発展に驚き、さらに「田舎生活もまんざらではない」と河内の生活を縷々述べる内容となっている。衣食住に不自由なく、自然が美しく、また気楽で人間的、健康的な生活を謳歌し、河内の名工・名物、諸産業・諸職人、芸能、農作物、その他食品、運送業までを紹介する。本文を大字・六行・稀に付訓で記す。なお、小泉本の原表紙に「加西又玄作也」と記すのは事実かどうか不明だが、版下の筆耕は、角書と刊行年代から本目流初代・親信筆と推定される。また、本書同様の「都鄙論」に触れた往来として、明治一六年(一八八三)書『山里国村記』†がある。〔小泉〕
◆せっきょうてびきぐさ [2172]
〈童蒙魁読〉説教手引草‖【作者】小川持正作。深沢菱潭書。【年代】明治年間刊。[東京]広瀬新兵衛(菱湖堂)ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『手引草』。半紙本一冊。「神と君との恵にて、世にある人は、たれも皆…」と七五調の文章で「日本政教一致の御政体」のあらましや、皇国民としての心得などを書き記した手本。前文に続く「敬神愛国」章では、天孫降臨の神話から天壌無窮の皇統や国恩の偉大なことを説き、それに対する報国・愛国を強調する。また「天理人道」章では、神の恵みと神の道を知り、天理人道を行なうべきことを述べ、さらに「皇上奉戴・朝旨遵守」章では、今日の政体・政令が神代の法に即していることや、従って皇国民はこれらを尊重・遵守すべきことなどを諭す。本文を大字・四行・付訓で記す。巻頭口絵(色刷り)に「後醍醐天皇御製」および西条季知書の題字を掲げる。〔小泉〕
◇せつまっしゃもうで [2173]
摂末社詣‖【作者】不明。【年代】天保一五年(一八四四)書。【分類】地理科。【概要】伊勢神宮(内外両宮)と、その摂社・末社を巡拝する形で、両宮・各社と沿道の名所旧跡の景趣などを記した往来。「両宮摂末社巡拝の事、先、外宮地廻りより始申候」で始まり、「…両宮の摂末社ことく参拝を遂、日頃の願望をはたし申べく候。穴賢」と結ぶ手紙文体で記す。まず外宮・内宮参拝、続いて摂末社参詣の順に、折々、古歌を引いたり、沿道からの風景描写を交えながら、参詣の次第と両宮・各社の様子を略述する。〔小泉〕
◆せつようじさんおうらい [2174]
節用字纂往来‖【作者】不明。【年代】元禄二年(一六八九)刊。[江戸]万屋清兵衛板。【分類】語彙科・消息科。【概要】異称『字纂往来』。大本二巻二冊。閏一二月を含め全一三カ月往復二六通の消息文中に種々の単語集団を含んだ往来。古往来の『異制庭訓往来』†や『新撰類聚往来』†と同様の編集形式を取る。上巻は一月往状から六月往状の一一通を載せるが、その冒頭は「年華始換之後、千祥万悦更不可有際限也。抑東武之御規式厳重而、従元正之日被任御嘉例、御一門之歴々・諸侯・太夫、御旗本之面々、近国遠地之僧侶至迄…」という新年儀式の書状で洛陽百官・百士・在国諸大名等の名称を列挙する。以下、ほぼ全状に文面から導かれる特定の単語集団を包含させ、武陽諸芸名人等(一種の『名頭字尽』†)、屏風・襖等の画題および絵の具、珍宝・画賛類、屋具・屋躰(家屋各部の名称)・堂塔(寺社建築)・番匠および鍛冶用具、草花・獣類、食物・果実・山菜類、家具・穀類・食品・青物類、楽器、薬種、魚類等の語彙集を盛り込む。他方、下巻は六月返状(日付に「季秋」とあるが、書状配列から「季夏」の誤り)から一二月返状までの一五通を載せ、例えば六月返状の場合は馬の借用と珍禽異鳥を贈るという文面で、鳥類約八〇語を掲げ、以下、神具、俗服、物具(武具・馬具)、五穀、虫類、樹木、草、硯・筆・墨、家具・器財、人倫、仏具、旅行用具、天地等の語彙を収録する。このほか、文面中に酒類や酒の故事、書筆・芸能の故事・知識等を織り込んで綴った例文もある。例文はそれぞれ書止・月日・上所・宛名・脇付などを含む正格の消息文で、いずれも大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆せつようしゅう [2175]
〈早引両点〉節用集‖【作者】不明。【年代】安政(一八五四〜六〇)頃刊。[江戸]千金堂板。また別に[江戸]松坂屋板あり。【分類】語彙科。【概要】中本一冊。『節用集』と称するが、「(イ)委細・意趣・隠居、(伊)威勢・遺帳・暇乞」のような二字熟語をイロハ毎に六語ずつ集めた簡易な語彙集。本文をやや小字・七行・付訓(両点)で記す。表紙に「十六島」以下三五の世話字(俗語)と字形が類似する漢字を集めた「大同小異文字」を載せる。なお、松坂屋板には後半に江戸・永栄軒板の『〈諸用辨明〉手紙要文集』†と『〈必要重宝〉手形証文集』†を合綴する。〔小泉〕
◆★せつようしゅう [2176]
〈両点〉節用集‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊か。[江戸か]刊行者不明。【分類】語彙科。【概要】半紙本一冊。江戸前期刊『節用集〈両点〉字尽』†の改編版、また、明和七年(一七七〇)刊『童子節用集』†の改訂版。近世中期以降の『節用集』から庶民通行の基本語を抽出した往来。一般的な『節用集』とは異なり、簡易な語彙集である。「稲光・稲荷・異国・陰陽・一周忌・市場・晩鐘(いりあい)・生見玉・従弟・妹・医師・音信…」以下、イロハ引きにした各語彙を大字・五行・付訓(語彙の左右に音訓を施した両点形式)で記す。ただし、割注などの語注は一切ない。また、末尾「京」の部に「師九陌・横竪小路・一条・正親町・土御門…」で始まる「京町尽」を置くほか、巻頭に「匡衡」「祖瑩」の略伝と「名頭字つくし」を掲げる。なお、欠落した題簽の跡から、原題簽は表紙の三分の二以上を掩う大判の題簽であったことが分かる。〔小泉〕
◆ぜひたんか・きらさぎ [2177]
是非短歌・衣更着‖【作者】稲塚仙次郎書。【年代】天明四年(一七八四)書。【分類】教訓科・地理科。【概要】特大本一冊。教訓科往来『是非短歌』と地理科往来『衣更着』などを合綴した手本。『是非短歌』は、「夫、手習の児童嗜の道は是そ先机を直に聢と置、硯の水を八分に…」と七五調の文章で、まず手習いの作法・心得を述べ、続いて、手習い嫌いの子どもの悪癖・悪行を列挙し、幼時の習練が重要なことを説く。また『衣更着』は、「衣更着中旬より弥生打過、卯月初頃迄致在京、洛中・洛外之名所旧跡無残処一見仕候…」で始まる文章で、三十三間堂・京都五山など京都・奈良の代表的な寺社・名所旧跡を略述する。天明四年写本(小泉蔵)は、本文を大字・三行・無訓で記し、巻頭に「吉書始(佳句)」と歳暮祝儀状・新年祝儀状の二通、巻末に「借用申金子事」と土用見舞状など消息文例二通を掲げる。〔小泉〕
◆せみのおがわ [2178]
蝉小川‖【作者】長谷川妙躰書。中村三近子補注。【年代】享保一八年(一七三三)刊。[江戸]小川彦九郎ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『〈寿福〉瀬見緒河』。大本三巻三冊。極めて長文の雅文六通を綴った散らし書きの女筆手本。上巻に「初子日の文章」「八はたまふで」、中巻に「あやめの節句」「花の宴」、下巻に「都の春」「小倉山のもみち」と題した消息文を収録する。各例文の末尾にそれぞれ同様の趣を詠んだ和歌を掲げ、また、稀に任意の語句について細注を施す。本文は大字・無訓の散らし書きだが、細注は付訓。上巻巻首に「女文用世話字づくし」「婦人相性の名寄」「同礫仮名」「女中文章手爾波かなづかひ重宝記」「大ちらし書の例」などを載せるが、これらは全て中村三近子によるものである。〔小泉〕
◆せわじおうらい [2179]
〈頭書・新板・絵入〉世話字往来‖【作者】禿箒子作。【年代】安永五年(一七七六)刊。[江戸]鱗形屋孫兵衛板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈頭書・手習便蒙〉世話字往来』『〈新撰増補〉世話字往来』『世話字』『世話字往来教車』。中本一冊。「夫、人の教は兎角幼少の時より習馴ぬれば左而己(さのみ)格別六ケ敷事にも非(あらず)」で始まる七五調美文体で童蒙の心得全般を記した往来。まず幼少時の教育の重要性を述べ、続いて、朝起きてからの家庭生活上の注意、手跡稽古を主とする学業や芸能についての心得、礼儀作法や孝行などを説く。さらに後半では我が侭育ちの子どもの悪態・悪行とその成れの果てを示して戒め、末尾で再び幼時から心を磨き、主人や親に従うべきことを諭して締め括る。初板本は、本文を大字・五行・付訓で記し、巻頭に「読・書・算・勘」の記事と挿絵、頭書に「親族字尽」「諸芸修行之歌」「忠孝の歌」等を載せる。本書を始祖として江戸後期には多数の板種が登場し相当に流布した。また、本書を若干校訂しただけの改題本『童子訓』†も出版(施印)されている。〔小泉〕
◆せわじようぶんせんざいぶくろ [2180]
〈節用字尽〉世話字用文千歳袋‖【作者】苗村丈伯原作。【年代】寛延元年(一七四八)刊。[大阪]柏原屋与市(本屋・渋川与市)板。【分類】消息科。【概要】異称『世話用文千歳袋』『世話用文章』。大本三巻合一冊。「世話用文章」(上・中巻)と「世話字節用集」(下巻)から成る往来。元禄五年(一六九二)刊『世話用文章』†の改題・求板本で、原作者の序文および「世話字節用集」の旧目次を削除し、見返、前付(「梁の江夏王鋒」および新目次)と巻末記事「十二月異名」「十干異名」「十二支の異名」を増補した。〔小泉〕
◆せわせんじもん [2181]
世話千字文‖【作者】桑原空洞作・書。自若軒蘭渓跋。【年代】享保二年(一七一七)刊。[京都]文台屋次郎兵衛板。また別に[大阪]糸屋市兵衛ほか板(後印)あり。【分類】社会科。【概要】初板本は大本一冊。『千字文』形式(一句四字、全二五〇句一〇〇〇字)で社会生活全般にかかわる語句を集めた往来。享保二年板を最初として明治初年まで、絵抄本・注釈本を含め多くの板種が見られるほか、明治期には本書の改編版も数種出版された。本文は「鳳暦賀慶、御代泰平、何国静謐、自他幸甚、市店交易、廻船運送、荷物米穀、駄賃員数…」で始まり、商売、普請、相続、徳目、婚姻、交際、人倫、師弟、装束、犯罪、交通、消息、観光、神社仏閣、宗教、病気・養生、公務等々に関する事柄を記し、最後に幕府の仁政を讃えて「千秋万歳」と結ぶ。初板本は行書・大字・三行・無訓の手本用で、巻末または巻頭に楷書・小字・八行・付訓の本文を再録する。自若軒の跋文には日用俗語を収めた本書が初学者に最適の手本であると強調する。なお、刊記部分に『続世話千字文』の近刊予告があるが出版された形跡はない。また、本書の改題本に明和四年(一七六七)刊『倭千字文』†がある。〔小泉〕
◆★せわせんじもん [2182]
〈開化〉世話千字文‖【作者】宇喜田小十郎(宇喜多練・浮田練・練要堂・翠雲山人・練雲)作・書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[京都]国器堂板。また別に[大阪]書籍会社板、[大阪]細谷市松蔵板あり。【分類】社会科。【概要】異称『開化世話千字文』。半紙本一冊。享保二年(一七一七)刊『世話千字文』†と同様の体裁で、明治初年の国内外の社会情勢一般を綴った往来。「天聖垂憐、万民沐徳、朝憲綱紀、四海祥平、選賢抜擢、時勢沿換…」で始まる『千字文』形式で産業・金融・経済、国民生活、富国強兵、公安・風紀、疾病・医療、人倫、信仰、自然、交通、教育、行政など文明開化期の変動著しい社会の様相を略述する。本文を楷書・大字・四行・付訓(稀に左訓)で記す。〔小泉〕
◆せわせんじもん [2183]
〈改正〉世話千字文‖【作者】不明。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]綱基房板。【分類】社会科。【概要】異称『改正世話千字文』。半紙本一冊。享保二年(一七一七)刊『世話千字文』†の語句のごく一部(約二〇字)を借りながらもほぼ全文を書き改めた明治期新編『世話千字文』。冒頭は「鳳暦嘉慶、御代泰平、四海静謐、衆庶歓楽…」と旧『世話千字文』の面影を残すが、他はほとんど新時代にふさわしい語句で綴る。産業・交通・建設・風俗・交際・非社会的行為・衛生・災害・芸能・道徳および心得・賞罰・租税・治安・祭祀・人倫・教育周辺の語句を列挙し、最後に新政府や皇国の尊いことを讃える。なお、全く同内容の教科書(京都中学校蔵板)が翌明治七年に刊行されたほか、明治八年に『〈開化〉新千字文』†(苅谷保敏書)の書名で出版されている。綱基房板は本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆せわせんじもん [2184]
〈改正〉世話千字文‖【作者】山口圭蔵注。【年代】明治八年(一八七五)刊。[京都]山内正五郎(文華堂)板。また別に[京都]辻本九兵衛(尚古堂)板(後印)あり。【分類】社会科。【概要】異称『〈山口圭蔵略解〉世話千字文』。半紙本一冊。明治六年刊『〈改正〉世話千字文』†の本文を各丁上段に大字・五行・付訓で掲げ、下段に数行の割注を施した注釈書。〔小泉〕
◆せわせんじもん [2185]
〈頭書絵入〉世話千字文‖【作者】山田野亭(好華堂)注・序。松川半山画。【年代】天保一四年(一八四三)刊。[大阪]河内屋和助ほか板。【分類】社会科。【概要】中本一冊。享保二年(一七一七)刊『世話千字文』†の絵入り注釈書。『世話千字文』の本文を大字・七行・付訓で掲げ、各句毎に割注を施す。頭書に、本文中の任意の語句を掲げて絵解きし、前付に「文字の始まり」「周興嗣略伝」を掲げる。〔小泉〕
◆せわせんじもんえしょう [2186]
〈寺子教訓〉世話千字文絵抄‖【作者】暁鐘成(木村明啓)作・注・画。浦辺良斎・森英三書。浪速竹屋序。【年代】文政七年(一八二四)序。同九年刊。[大阪]河内屋平七ほか板。【分類】社会科。【概要】異称『世話千字文教訓絵抄』。半紙本一冊。享保二年(一七一七)刊『世話千字文』†の絵入り注釈書。『世話千字文』本文を四四段に分けて、概ね大字・六行・付訓で記し、ほぼ全丁に挿絵と細注を施す。語注・文意を中心に、適宜、比喩・故事を引いて平易に説く。〔小泉〕
◆せわせんじもんこうしゃく [2187]
世話千字文講釈‖【作者】山崎美成注。【年代】弘化二年(一八四五)刊。[江戸]英文蔵(青雲堂)板。【分類】社会科。【概要】異称『〈世話〉千字文講釈』。中本一冊。享保二年(一七一七)刊『世話千字文』†の注釈書の一つ。同本文を四字一句毎に大字・五行・付訓で記し、続いて小字の割注を施す。例えば「鳳暦といふ鳥が出れば、目出度例にいへば、当世を祝して、鳳暦(めでたきとし)とはいへり…」のように、語注を主とした平易な略解である。なお、後掲の二書も同一書名だが、全くの別内容である。〔小泉〕
◆せわせんじもんこうしゃく [2188]
世話千字文講釈‖【作者】佐藤掬泉堂(慎一郎・史鼎)書。【年代】嘉永(一八四八〜五四)頃刊。[江戸]菊屋幸三郎(金幸堂)板。【分類】社会科。【概要】中本一冊。享保二年(一七一七)刊『世話千字文』†の注釈書。同名だが弘化二年(一八四五)刊本や元治元年(一八六四)刊本とは別内容。『世話千字文』本文を四言一句毎に大字・五行・付訓で綴り、各句毎に簡潔な割注を施す。本文中の漢語を平易な俗語に言い換えたり、金言など古典等からの若干の引用を交えて解説する。〔小泉〕
◆せわせんじもんこうしゃく [2189]
世話千字文講釈‖【作者】松川半山(翠栄堂)注・画。溝江小笠斎書。【年代】元治元年(一八六四)刊。[大阪]河内屋喜兵衛板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。享保二年(一七一七)刊『世話千字文』†の本文を大字・六行・付訓で記し、頭書に絵抄を施した注釈書。同名の弘化二年(一八四五)刊本や嘉永(一八四八〜五四)頃刊本とは別内容。本書板元の河内屋は各種の『世話千字文』を出版したが、本書はその一つで、『世話千字文絵抄』†よりも相当簡略化され、「鳳暦」「市店」「廻船」など任意の語句について語注や図解を施す。巻頭に「本朝文字の始」「本朝能書三筆」「同能書三跡」の記事・挿絵、また巻末に豊富な挿絵とともに「日本国尽」を掲げる。〔小泉〕
◆せわせんじもんよし [2190]
世話千字文余師‖【作者】不明。【年代】弘化三年(一八四六)刊。[江戸]三河屋甚助(誠徳堂)板。【分類】語彙科。【概要】中本一冊。首題に「世話千字文…」とあるが、本書は天保一五年(一八四四)刊『〈教訓画入〉幼稚千字文』†の冒頭の四句(すなわち本文第一丁表)のみを享保二年(一七一七)刊『世話千字文』†冒頭の四句にすりかえ、首題を改めたもので、他の語句・注釈・挿絵は『幼稚千字文』と全く同じ。『幼稚千字文』の類板を隠すために改竄したものであろう。〔小泉〕
◆せわまんじもん [2191]
〈諸家学要〉世話万字文‖【作者】和田耕斎作。蔀関牛(藤原徳風)校・序。香川琴橋(徽)跋。【年代】天保六年(一八三五)序・跋。同七年刊。[大阪]河内屋徳兵衛ほか板。【分類】社会科。【概要】大本一冊。『世話千字文』†にならって日用の語彙を集めた往来物。ただし『千字文』の漢字四言一句の体裁とは異なり、「夫、日用取遣消息、文躰要用之文字、熟惟(つらつらおもんみるに)、譬先(たとえばまず)、年始之書翰発端者、新春・鳳暦…」で始まる文章で、文言・乾坤・武事・武具・農事・農具・造作具・居家・諸職・縫紙・絹布・染色・薬種・酒磁・仏具・雑船・宝財・家財・衣食・菜蔬・菜肴・草木・禽鳥・魚介・獣蟲・祭祀・神事・人事の二八門にわたり約一万字(九九九六字)の語句を収録する。本文を大字・六行・付訓で記し、語彙の多くに左訓を施す。序文には、日常手紙を書く際に自分の思う言葉を手早く引けるように、「書牘・贈答」に必要な語句を始めとするあらゆる語句を集めたため『世話千字文』よりも実用的であると強調する。柱に、用語検索のための「検出目案(みだしめやす)」を付すのもその一例である。〔小泉〕
◆せわようぶんしょう [2192]
〈図画出処〉世話用文章〈節用集〉‖【作者】苗村丈伯(艸田子)作・序。【年代】元禄五年(一六九二)刊。[京都]佐野九兵衛板。また別に[京都]佐野彦三郎(貞節軒)板あり。【分類】消息科(節用集)。【概要】異称『世話字用文章』『世話字節用集(下巻)』。大本三巻三冊、のち三巻合一冊。世話字を多用した『世話用文章』(上・中巻)と、『世話字節用集』(下巻)から成る往来物・節用集。跋文によれば、格式の高い披露状や朋友・親族への略札にも世話字が含まれることがあり、この場合、通常は平仮名で書かれるが、本書では「埒を明る事をおもひて世話の正字を文章に綴」ったとする。上・中巻は庶民世俗の諸事を題材に、「震動雷電(しだらでん)」「不落離(ぶらり)」「鼠栗々々(そろそろ)」といった俗語(世話字)を多く用いた消息文例集で、上巻二六通、中巻二三通の合計四九通を収録し、頭書に要語略注と絵抄を加える。うち中巻一通は「かしく」で終わる特異な準漢文体書簡である。本文を大字・四行・付訓で記す。下巻『世話字節用集』は、基本的に通常の『節用集』に未掲載の世話字を集録したもので、乾坤・人倫・支体・気形・生植・衣食・器財・言語と碁双六将棊詞字の九門に分類して世話字を掲げ(やや小字・七行・付訓)、頭書に任意の語句の注釈と絵抄を施す。なお、本書の改題本に寛延元年(一七四八)刊『世話字用文千歳袋』†があり、本書の女性版とも言うべき前田さわ作『女世話用文章』†が元禄一三年(一七〇〇)に刊行されている。〔小泉〕
◆せんかくようぶんかんぎらく [2193]
千鶴用文歓喜楽‖【作者】不明。【年代】安永九年(一七八〇)刊。[江戸]鶴屋喜右衛門板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「年頭祝儀状」を始めとする五節句・四季折々の手紙、また「道具借請状」「病気見廻状」「饗応申入状」「元服を祝する状」「移徙之状」「日待推参之状」「誂物出来遣状」「伊勢下向ニ遣状」「医師へ遣状」「娶之祝儀状」など諸事に伴う書状を収録した用文章(全三七通)。本文を大字・五行・付訓で記す。前付に「忍の字訓」「四悔之銘」「書法指南」「五性居判之法」「諸色書付認方の絵図」等、頭書に「平生心得宝箱」「小野篁歌字尽」「手形証文」等を掲げる。なお、本書に消息文例二〇通を増補した『広徳用文薫墨林』†が寛政一〇年(一七九九)に同じ鶴屋喜右衛門より出版されている。〔小泉〕
★せんきんこ [2193-2]
〈書翰〉千金壺‖【作者】三山保(祐軒・命伸)作・序。【年代】貞享五年(一六八八)刊。[江戸]村上源兵衛ほか板。【分類】消息科・語彙科。【概要】大本三巻三冊。書簡用語(上・中巻)および日用語(下巻)を集めた往来。まず、「一筆致啓上候」「未獲御意」「出会申候」「御出待入候」「忙敷」「幾度」などの書簡用語(語句)をイロハ順に行草書・大字で掲げて縦の界線で仕切り、割注風に楷書・小字でそれぞれの同義語を列挙したり、簡単な注解を施す。また下巻では、「人倫類」「天文類」「地理類」「節序類」「居所類」「器用類」「飲食類」「樹木類」「百花類」「諸果類」「禽獣類」「走獣類」「昆蟲類」の一三類毎に主要語彙を大字で、その異称などを小字で掲げ、さらに巻末に往復書簡の基本形を解説した「具書式」を付す。〔小泉〕
◇せんきんようぶんばんざいだから [2194]
千金用文万歳宝‖【作者】長友松軒作・書。【年代】明和九年(一七七二)頃刊。[大阪]糸屋市兵衛板。【分類】消息科。【概要】現存しないが、明和四年頃刊『寺子宝久種』†中に合綴の「千金用文」の板下を用いて単行本としたものであろう。〔小泉〕
◇ぜんこうじまちなびかえ・ぜひたんか [2195]
善光寺町名扣・是非短歌‖【作者】中村ふさ書。【年代】万延元年〜文久二年(一八六〇〜六二)書。【分類】合本科。【概要】「数字」「伊呂波」「尺升」「五行」「方角」「五常」「十干十二支」「町名」「善光寺町名扣」「是非短歌」「名頭文字」等を合綴した手本中に収録。このうち「善光寺町名扣」は大門町から横沢町までの二二の町名(一部橋名・小路名・寺社名)を列記した地名尽だが、それぞれ「毎日市をなしにきはしく候」「薪野菜持出し売買へんりニ候」のように各地の特色を簡潔に延べた小文を添えるのが特徴である。また、「是非短歌」は天明四年(一七八四)書『是非短歌』†と同内容。〔小泉〕
◇ぜんこうじもうで [2196]
善光寺詣‖【作者】瀬下敬忠(鶴叟・玉芝・子信)作・書。【年代】安永二年(一七七三)書。【分類】地理科。【概要】「疇昔は留守江御尋訪忝奉存候…」で始まり「…近日以参上、貴面て御噺可申上候。頓首」と結ぶ全一通の書簡文(漢字仮名交じり文)で、信濃国埴科郡下戸倉(長野県埴科郡戸倉(とぐら)町)から同国水内郡の善光寺参詣を果たして帰郷する行程で、善光寺を始めとする寺社・名所旧跡とその風趣・縁起由来などを記した往来。千曲川や参詣路沿いの、更級郡の八幡宮・姥捨山・長谷寺・康楽寺、水内郡の観世音普門院・西光寺・大門町について列記した後、善光寺大伽藍や仏像・宝物等の威容、参拝者で賑わう様子、さらに戸隠山・四社権現に至るまでの風景を紹介する。〔小泉〕
◆せんざいにちようぶんしゅう [2197]
〈御家〉千歳日用文集‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[江戸か]刊行者不明。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。庶民日用の手紙と証文の文例を集めた用文章。「主人え年始之文」から「婚礼之文」までの消息文三七通を収録。消息文例は五節句祝儀状や各種見舞状などが中心で、本文を大字・五行(証文類は六行)・所々付訓で記す。後半の手形証文類には「奉公人請状」「店請状」など七通を収録する。〔小泉〕
◆せんざいようぶんしょうこうもく [2198]
千載用文章綱目‖【作者】森下風洌軒書。【年代】享保一九年(一七三四)求板。[大阪]正本屋九右衛門板。【分類】消息科。【概要】異称『書札節用文章』。大本一冊。宝永七年(一七一〇)刊『書札節用文章』†の改編・改題本。宝永七年板から数通の例文を削除し、さらに頭書の一部を改編し、前付に種々の記事を増補したもの。「鳳暦之嘉祥、万歳不易之御祝、不可有窮候…」で始まる一月状以下、各月一通(一月のみ二通)を配した四季用文一三通と雑用文七通の計二〇通を収録する(大字・四行・付訓)。宝永板同様に各例文に対応する類語を頭書(字尽)に掲出する。本文の書体は典型的な三貊院流で、この種の用文章では珍しい。また、冒頭に「七いろは」「不成就日」「願成就日」「七夕の詩歌」、口絵に道真・聖徳太子・吉備大臣・楠正成・鎌足大臣・内大臣平重盛・中納言藤房各像、また、頭書にも数丁おきに春日大明神・摂州住吉・男八幡宮・ぎをん・賀茂・吉田・北野・稲荷・厳島・三輪明神・阿蘇・西宮・竜田大明神・鹿島・富士・あわしま・蟻通大明神・玉津嶋・竹生嶋・箱根・比叡山・熊野権現の図ならびに説明を付す。〔母利〕
◆ぜんじくん [2199]
善事訓‖【作者】洛西散人作・序。【年代】安永八年(一七七九)刊。[京都]八文字屋仙次郎(脇坂専二郎・脇坂知足・群玉堂)ほか板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。禅宗(黄檗宗)の信者と思われる洛西散人なる人物が、『作福(念仏)図説』『和字功過自知録』をもとに著わした童蒙教訓書。特に『自知録』のうちの「善門」から主要な善行を抜粋し、若干の増補を加え、主として日常生活上の四五の善行について説く。また、これらの善事の全てに教訓歌を添え、和漢の故事を時おり引用し、父母への孝養、兄弟・親族への思いやり、主人や下人に対する心得、人命救助等を教え諭す。本文をやや小字・八行・付訓で記し、挿絵数葉を掲げる。〔小泉〕
◆せんじげん [2200]
〈家訓〉千字言‖【作者】戸嶋重巽(僻易盲人)作・序。歓斎画。東巒書。【年代】明治三〇年(一八九七)序。明治三四年刊。[秋田]金政吉板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。作者が子弟教育用に綴った語彙集の中から抜粋して編んだ『千字文』型教科書。「五情人事、学芸什具、花鳥風流、地方生産、歴史提要」など日常生活に必要な語句を集めたもので、例えば冒頭部には、まず「立神天地、懌J烝嘗」と四言二句を掲げた後に「抑も人と生れては、先つ我国の章を読み、天津国津の神達の、時の祭を怠るな」のような七五調の教訓文をそれぞれ付す。人倫、礼儀、妙薬、養生、日月、職業、鳥獣、魚介、穀類・野菜、日用品・諸道具、物産、日本歴史等について記す。本文を楷書・大字・三行・無訓(例外的に付訓)で記し、所々に挿絵を掲げる。自序も四言一句の文章で綴る。〔小泉〕
◆せんじもん [2201]
千字文‖【作者】渡辺重石丸(国前直・豊城)作。藤原光善序。渡辺重春(上野介・桜園)跋。【年代】慶応三年(一八六七)作。明治二年(一八六九)序。明治三年跋・刊。伊吹廼屋塾蔵板。【分類】歴史科。【概要】大本一冊。神代から明治初年に至るまでの歴史を綴った『千字文』型往来で、いわゆる周興嗣作『千字文』とは別内容。「天位地旋、自彼上世、匏形混沌、載在御系…」と筆を起こし、国体観念や神道思想に基づき、政権の推移など政治史中心に描く。本書は国学の立場から描いた、いわば「国史千字文」であり、撰者「題言」では大友皇子を天皇の位に収めたことや、吉野宮を南朝と称してはならないことなどを強調する。本文を楷書・大字・六行・無訓で記し、通常を三字下げとし、身分の高貴を厳密に区別した三段階の台頭や平出による記述が特徴。〔小泉〕
◆せんじもん [2202]
〈両点〉千字文‖【作者】橘園古人作。【年代】安政二年(一八五五)以前作・書。【分類】社会科。【概要】異称『世話千字文』。大本一冊。享保二年(一七一七)刊『世話千字文』†を模倣して編んだ往来。「天地開闢、日月星辰、山河草木、尊卑勝劣…」で始まる全二五五句一〇二〇字の『千字文』形式で、天地、人倫、地形・交通、衣食住、主従、法令、社会、教訓、学問、治安・軍事、宝物、賞罰、苗字、十干十二支等々の日常語(漢語)を列挙する。本文を楷書・大字・三行で綴り、各漢字の左右に音訓(両点)を施す。巻末に、「熊野山之詩」「高野山之詩」「富士山之詩」「磐梯山之詩」「野馬台之詩」「金竜山浅草寺詩」「野夫題之詩」「亞番台之詩」「高野山二之詩」の漢詩九編を掲げる。なお、末尾に「維時安政二乙卯秋十月求之」の記載がある。〔小泉〕
◆せんじもんえしょう [2203]
千字文画抄‖【作者】八島五岳(定岡)作・序。隣太郎画。【年代】慶応二年(一八六六)刊。[江戸]吉田屋文三郎(文江堂)板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈新刻〉千字文絵抄』『千字文講釈』。中本一冊。周興嗣作『千字文』本文の各句毎に関連の挿絵を挟み、各句の音訓(訓は囲み罫)を左右に付したもの。本文を大字・四行・付訓で記す。本文と同じ行中に小さな挿絵(全て色刷り)を載せるのは吉田屋板特有のスタイルで、『消息往来画抄』†『実語教童子教絵抄』†『庭訓往来絵抄』(槐亭賀全編)†『古状揃絵抄』†『女大学絵抄』†『〈両点絵抄〉七ッいろは』†『百姓往来絵抄』†『用文章絵抄』†『商売往来画抄』†等と同様のもの。前付に孔子等の図や、『帝範』等の漢籍から抄録した金言・名句と挿絵(色刷り)を掲げるほか、巻末に「月の異名尽」を付す。〔小泉〕
◆せんじもんこうしゃく [2204]
千字文講釈‖【作者】文花堂槐山注。【年代】嘉永三年(一八五〇)刊。[江戸]吉田屋文三郎板。【分類】語彙科。【概要】中本一冊。『千字文』の本文(四字一句)を二句ずつ注釈したもの。本文を大字・五行大・付訓で記し、注釈文を割注形式で掲げる。漢字一字ずつの字義、または熟語の意味を平易・簡潔に説くが、稀に中国の故事を引きながら詳しく注解した箇所もある。〔小泉〕
◆せんじもんこくじかい [2205]
千字文国字解‖【作者】越元中(元仲・回立節・大麻山人)作・序。【年代】明和六年(一七六九)序・刊。[大阪か]換鵞堂板。『大阪出版書籍目録』によれば、板元は[大阪]本屋十兵衛(重兵衛)。また別に[大阪]吉文字屋市兵衛板あり。【分類】語彙科。【概要】半紙本一冊。周興嗣作『千字文』の本文を二句(四字一句)ずつ楷書・大字・八行大・所々付訓で記し、続いて小字・付訓の片仮名・漢字交じり文の詳細な割注を施したもの。『易経』『爾雅』『准南子』等の諸書から引用しながら比較的長文で詳しく施注する。〔小泉〕
◆せんじもんよし [2206]
千字文余師‖【作者】渓百年注。【年代】天保一三年(一八四二)刊。[江戸]三河屋甚助(誠徳堂)板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈国字講釈〉千字文』。中本一冊。いわゆる「経典余師」形式で編んだ『千字文』注釈書。本文の数句を楷書・大字・七行・無訓で記し、各句毎に平易な割注を施す。さらに頭書「国読(よみかた)」に、小字・付訓の書き下し文を掲げる。〔小泉〕
◆せんじもんよし [2207]
〈増補絵抄〉千字文余師‖【作者】渓斎英泉作・序。【年代】弘化三年(一八四六)再刊。[江戸]山崎屋清七板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈増補〉千字文余師絵抄』。中本一冊。『千字文』の絵入り注釈書の一つ。『千字文』本文を一句ないし二句毎に大字・六行・無訓(ただし返り点・送り仮名を付す)で掲げ、各句の略注を小字・割注形式を施したもの。施注内容は、簡単な字義に触れたり大意を示す程度の簡単なもので、頭書に本文の書き下し文(総振り仮名)と関連の挿絵(和漢の風俗画が中心)を置く。〔小泉〕
◆せんじもんりゃっかい [2208]
〈若林喜助略解〉千字文略解‖【作者】若林喜助注・序。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[京都]若林喜助(春風堂)板。【分類】語彙科。【概要】小本一冊。銅版刷り。周興嗣作『千字文』に簡単な施注を行った携帯型の往来。本文を四字一句を一行として半丁六行で記し、各行の下段に大意や語注を細字で示す。〔小泉〕
◆せんじるいごう [2209]
千字類合‖【作者】貝原益軒作・跋。【年代】元禄五年(一六九二)序・刊。[京都]大井躍鯉堂板。また別に[京都]堺屋仁兵衛(尚書堂)板(後印)あり。【分類】語彙科。【概要】異称『類合千字文』。大本一冊。朝鮮国正本『類合』をもとに、貝原益軒(一六三〇〜一七一四)が編んだ語彙・語句関係の手本。『類合』は、『千字文』類の一種で、朝鮮成宗朝の碩儒であった徐居正(一四二〇〜一四八八)の作と伝えられ、漢字一五一二字で構成される。益軒がこれに四八字を補足して一五六〇字とし、『千字文』にならって四字一句、三九〇句の手本としたものが本書である。句数・字数が多いばかりでなく、「目録」に示されるように、この三九〇句を発端・乾坤・歳時・地理・衆艸・植木・五穀・菜蔬・羽族・毛群・鱗蟲・人品・都邑・人倫・身体・居所・調度・貨財・食器・雑器・饌具・服用・人事・物態の二四項を設けて配列する。本文を楷書・大字・四行・付訓(しばしば左訓)で記し、手本兼読本用に編む。上記二四項目中に、「人事」に関する語彙が多数に上る点から象徴されるように、日常の社会生活に関わる語彙が豊富な手本である。〔石川〕
◇せんそのふみ [2210]
践祚の文‖【作者】三井慎斎書か。【年代】江戸後期書か。【分類】語彙科。【概要】「践祚の義、御尋被遣候。是は皇子御代を御内位に即せ給ふ事也…」で始まり「…其外委敷は追而可申進候。かしく」と結ぶ女文形式で、即位(大嘗会)、禁裏・雲上、公卿、官位などに関する語彙を紹介した往来。三井慎斎寺子屋に伝わる手本という。〔小泉〕
◇せんだいき [2211]
仙台記‖【作者】不明。【年代】貞享〜元禄(一六八四〜一七〇四)以降作・書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。江戸前期作『仙台状』†や『青葉山之由来』†の影響下に編まれた異本『仙台状』。「爰粟散辺地境有嶋、名扶桑国。又、依為天照御神御開闢国、蒙日、大日本国。凡分六十余州、彼日本以艮、名奥州…」と筆を起こして、奥州の由来、伊達政宗の威徳、青葉城の要害・結構、武家諸役、一門・一家等の屋形、城下町の形勢、伊達家の氏神(正八幡大菩薩)、城下の寺院、正月三日の牧狩、領内社寺の年中行事・祭礼(縁起・景趣)等を記す。『仙台状』『青葉山之由来』に比べて密教的色彩が一掃され、理路整然とした記述になっているのが特徴。〔小泉〕
◆せんだいじょう [2212]
仙台状‖【作者】不明。【年代】江戸前期作。宝永三年(一七〇六)書。【分類】地理科。【概要】異称『仙台威風状』。特大本一冊。「奥州五十四群之内、宮城之郡仙台ト申者、抑忝茂松平陸奥守政宗権中納言之御在城也。頃者、慶長六年…」と筆を起こし、青葉城の沿革や城下の様相、伊達政宗の御諚、六奉行の設置、仙台の名称の由来、奉行所評定および国境警備などを記した往来。最も流布した『仙台状』の一系統。享保元年(一七一六)書『青葉山之由来』†と比べると、本書には用明天皇から寛永一六年(一六三九)の二の丸完成までの歴史、また、御台所主催の酒宴遊興に関する冒頭部が欠けており、享保元年系統(『青葉山之由来』)の方が古態に近いと考えられるから、本書はその異本というべきであろう。なお、宝永三年写本は本文を大字・五行(後半部は七行)・無訓で記し、末尾に藤原鎌足から松平吉村までの「仙台御系図」を掲げる。〔小泉〕
◇せんだいじょう・なんぶじょう [2213]
〈奥州〉仙台状・南部状‖【作者】畑某書。【年代】享保一二年(一七二七)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。『仙台状』と『南部状』を合綴した往来。仙台城下と南部城下の双方について、領主・風土・気候・物産・名所旧跡・神社仏閣などをかなりの長文で記す。前半『仙台状』は、「謹言上。抑上古之諺曰、水流下于低、黎民依于徳、寔哉…」で始まり「…以此趣、可有御披露候。恐惶謹言」で終わる全一通の書簡文で、仙台城下の沿革・地勢、仙台城の結構・威容、周囲の建物や大小名一門・藩内諸役、新年儀式の様子、城下の繁栄、流通する諸物資や諸国名産品(特に舶来品にも言及)・領内の産物(魚貝・鳥獣・青物・果実・草花・樹木等)、各町の概要、寺社および祭礼、四季の遊興・文芸、その他を詳述した往来。本文を大字・六行・所々付訓で記す。また、後半部の『仙台状』は、寛永〜慶安(一六二四〜五二)頃撰作の『青葉山之由来(仙台状)』†と貞享〜元禄(一六八四〜一七〇四)以降撰作『仙台記』†の双方の影響下に編まれた、類書中最も詳細な往来である。後半『南部状』は、「夫、奥州者、五十四郡、超絶乎隣国、侍跡名蹤更不知其幾千万落…」で始まり「千秋万歳自珎之。誠恐懼謹言」と結ぶ書簡文体で、南部藩内諸郡と地勢・概要、名山・寺社とその由来、主要な河川・名所旧跡、村名および産物、盛岡の沿革、民家の様相などを記す。本文をやや小字・七行・稀に付訓で記す。なお、原題簽に『〈奥州〉仙台状・南部状〈合巻、かなつき・ゑつき〉』と記すことから、挿絵入りの別本(刊本か)が存した可能性もある。いずれも本文を大字・六〜七行・付訓で記す。〔小泉〕
◆せんだいりょうちめいしょわか [2214]
仙台領地名所和歌‖【作者】不明。【年代】正徳二〜四年(一七一二〜一四)作・刊。[仙台]刊行者不明。【分類】地理科。【概要】中本一冊。仙台領内の名勝地(陸奥山・末松山・磐手山・宮城野など二〇景)を選び、冷泉為綱による出題に対して公家二〇人が詠んだ和歌を各一首ずつ収録したもの(正徳二年作)。後半には塩釜・松島の美景を詠った「塩松八景」を載せる(正徳四年作。前半二〇人のうちの八人が詠む)。本文を大字・五行・無訓で記す。なお、玉川大本に「正徳五春仙台領一見之節求之」の書き入れがあることから、仙台板とみて間違いないであろう。〔小泉〕
◆せんちゅうさんじきょうこうほん [2215]
箋註三字経校本‖【作者】小笠原寛注。五十川」堂(渕・淵・士深・左武郎)序。【年代】明治一七年(一八八四)序・刊。[東京]松雲堂(野田文之助)板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。明治期に編まれた『三字経』†の注釈書の一つ。『三字経』本文に対する注釈を頭書に置くが、頭書を二段に分けて上段に韻字や異本との異同などを示し、下段に本文の注釈(漢文注)を掲げるのが特徴。本文を大字・五行・無訓で記す。〔小泉〕
◆せんとうてびきぐさ [2216]
洗湯手引草‖【作者】向晦亭等琳(河原風来・河原英吉・雪山・河丈紀・岡丈紀・琴亭文彦)作・序・画。【年代】嘉永四年(一八五一)序・刊記。慶応三年(一八六七)頃刊。刊行者不明。【分類】教訓科(戯文)。【概要】異称『湯語教』。半紙本一冊。湯屋の日常業務に必要な知識や心得を『実語教』†にならって書き記した往来。「薪高故不焚多分(まきたかきがゆえにたんとたかず)、以有古木薪為貴(ふるぎあるをもってたっとしとす)…」のように、『実語教』の文言を模倣した漢字六字一句、全一五六句の文章を大字・五行(一行二句)・付訓で記す。湯屋という職業や湯株が恒久的なことを始め、湯屋商売の秘訣、湯屋仲間との駆け引き、銭湯内でのトラブルや対策、江戸湯屋仲間の成立と解散などについて述べる。巻頭に光明皇后にまつわる「洗湯之由来」を、巻末に湯屋仲間の沿革や組織・規則・公文書記録等の記事(湯屋十組割附并男女風呂員数・中興大行事順番・湯屋万年暦・店法度書之事・湯屋預り申証文之事・薪買出し早割附等々)を付す。なお、本書巻末「吉例三宝の日を知る事」に「嘉永四年」の記載があるため、これを刊行年代と誤る場合が多いが、本文中に「慶応三年」の記載があるため、同年以降の刊行である。〔小泉〕





◆ぞうえきひゃくしょうおうらい [2217]
〈農家専要〉増益百姓往来‖【作者】不明。【年代】文化一三年(一八一六)刊。[大阪]藤屋弥兵衛ほか板。また別に[大阪]北尾善七ほか板あり。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。『百姓往来(農業田家百姓状)』と『農民教訓状』を合綴した往来。前半の『百姓往来』は流布本『百性往来豊年蔵』†とは異なり、「夫、農業之田家産輩者、従幼稚之時、耕作之道第一心委、不学無益芸能、不荘衣服花美、不欲酒食佳味之奢…」と起筆して最初から農家児童の心得を説き、続いて、地方全般、種蒔・植付など四季耕作、穀類、その他栽培すべき作物と農地利用、農業施設・農具、巡見・検地、納税・雑役、村役人と農村経営、文書・帳簿類に関する語彙や知識を列挙し、最後に再び若干の農民心得を説いたもの。後半『農民教訓状』は、文政一三年(一八三〇)刊『〈農民専用〉百姓往来』†所収の「農民教訓状」と同内容。いずれも本文を大字・五行・付訓で記し、本文中に挿絵数葉を載せる。巻頭に「種機之由来」「社日之図」「野社講之図」「三社御託宣」、頭書に「木棉之辨」「農家節用字尽」「手織木綿早積」「下機道具之図」「木綿斤目」「〈男女相性〉名頭字尽」「知死期繰様」「九九之次第」「諸人家職を司給ふ神」「諸証文公案」、巻末に「十干十二支図」「十二月異名」「片仮名イロハ」「御改正服忌令」「潮汐満干」「四季地震占」「守本尊を知る歌」「大数・小数」「男女相性之事」「小諷早伝授」「妙薬頓知袋」「田法之事」「風年中耕作吉凶」等の記事を掲げる。〔小泉〕
◆そうかくじょう [2218]
雙鶴帖‖【作者】大谷永庵(業広)書。【年代】天保三年(一八三二)刊。[京都]山城屋佐兵衛ほか板。【分類】社会科・地理科。【概要】特大本一冊。書名の由来は巻頭の詩歌「雙鶴出皐披霧舞、孤帆連水与雲消」による。この詩歌のほか、「手本三巻を贈る手紙」以下、借用状、贈答品礼状、納涼誘引状など九通の消息文、『和漢朗詠集』から抄録した詩歌一六編、そして最後に「竜田詣」を掲げた手本。いずれも大字・三〜四行程度・無訓で記す。末尾の「竜田詣」が同年に単行本としても刊行されたほか、本書から「竜田詣」を除いた『詩哥帖』†も同じ年に板行された。〔小泉〕
◆そうがちがくおうらい/さしえちがくおうらい [2219]
挿画地学往来‖【作者】伊藤桂洲(信平)作・書。三浦省(三ゥ)序。橋本貞秀(玉蘭斎)画。【年代】明治五・六年(一八七二・三)刊。[東京]伊藤桂洲蔵板。高木和助ほか売出。【分類】地理科。【概要】異称『〈挿画〉地学往来』『地学往来』。半紙本三編七巻七冊。初編三巻「亜細亜洲ノ部」、二編二巻「欧羅巴之部」、三編二巻「亜非利加洲」「北亜美利加洲」。日本を含む世界主要国のうち四大洲について記述した往来。まず初編「亜細亜洲ノ部」は、「地球形勢ノ説」「陸地ノ説」「水面ノ説」「水土分界之説」「赤道及地図ノ説」といった総説を述べた後、亜細亜大洲の地名・地理・国勢・風土・文化等について、適宜図解をしながら説く。二編以降も同様の記述で、まず最初に各洲の概説を述べ、続いて洲内の主要国や周辺諸地域を紹介する。各巻の口絵に、色刷り国旗図や洲別世界地図を掲げる。本文を大字・五〜六行・付訓で記し、国名等の主要地名を漢字で、また他の地名を片仮名で表記する。当時の類書と同様に、西洋の地理書を参酌しながら編んだものであろう。〔小泉〕
◆ぞうしがやもうで [2220]
〈新鐫〉雑司谷詣‖【作者】高井蘭山作。章水(燕山)書。【年代】寛政七年(一七九五)刊。[江戸]花屋久治郎(星運堂)板。【分類】地理科。【概要】中本一冊。雑司ヶ谷(東京都豊島区)・鬼子母神と、筋違橋より鬼子母神に詣で、さらに淀橋・内藤新宿に至る沿道の名所旧跡・神社仏閣の景趣・縁起等を記した往来。「時雨する空も晴れは長閑にて、冬を忘るゝ小春月、当十三日は祖師日蓮の会式とて、貴賤袖をつらね、かの宗の寺院に詣す…」と筆を起こし、神田明神・神田川・江戸川・新長谷寺・目白不動・護国寺・本性寺・西方寺・穴八幡・法明寺・鬼子母神・妙法寺などを順々に紹介する。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「鬼子母神周辺図」「日蓮上人の弟子六老僧」「八境」等、頭書に「諸国神社考略」を掲げる。〔小泉〕
◆ぞうじしょうそくおうらい/ましじしょうそくおうらい [2221]
増字消息往来‖【作者】近沢幸山(信敬)書(本文)・跋。駒喜道書(再録本文)。【年代】弘化四年(一八四七)跋・刊。[江戸]玉金堂蔵板。山城屋政吉(玉金堂か)売出。【分類】消息科。【概要】異称『〈増字〉消息往来』『消息往来』。大本一冊。享和二年(一八〇二)刊『改撰消息往来』†(川関惟充編)を改訂した、いわゆる『増字消息往来』の一つ。「凡、消息者通音信・贈答・安否、近遠国長途不限何事、人間万用達之基本也…」で始まる文章で、書状冒頭の語句、相手の手紙の尊称、一二月異名および時候の言葉、相手の安否を問う言葉を始め、書状に用いる語句を列挙する。行書・大字・五行・無訓の本文に続いて、楷書・小字・九行・両点付きの本文を再録する(この部分は駒喜道書)。〔小泉〕
◆ぞうじしょうばいおうらいたいぜん/ましじしょうばいおうらいたいぜん [2222]
増字商売往来大全‖【作者】不明。【年代】文化八年(一八一一)刊。[江戸]須原屋新兵衛ほか板。また別に[江戸]角丸屋甚助ほか板、[江戸]西村屋与八板(文政八年(一八二五)板)、[江戸]大和屋久兵衛板(後印)あり。【分類】産業科。【概要】異称『大増補商売往来』『〈増補〉商売往来〈大全〉』『〈増補大全〉商売往来』『増補商売往来』『商売用字訓』。大本一冊。元禄七年(一六九四)刊『商売往来』†の語句の入れ替えや増補などを大幅に行った往来。「凡、商売持扱通用之文字、員数殖、都而取遣日記…」と書き始め、ほぼ元禄板と同様の語句を同様の順で列記するが、全体としては文字数で約一・五倍の長文になっており、特に、穀具・山海の物産・菓子類・馬具・化粧具・茶・煙草・鋳物・材木・家作・青物等の語彙を増補する。要するに、食品を中心により広範な生活関連語彙を網羅的に集録した点に特色がある。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆ぞうしひゃくしゅ [2223]
蔵笥百首‖【作者】藤井懶斎作。【年代】万治(一六五八〜六一)頃作・刊。[京都]村上勘兵衛板(延宝六年板)。【分類】女子用。【概要】大本三巻六冊。『百人一首』†から一二首、『八代集』から八八首の合計一〇〇首を選び、「その歌の本説にかゝはらす、ひたすら婦道のうへにとりこなし、ことばをいやしくして注」を加えた女訓書ならびに異種百人一首。主に児女の教訓となる和歌を集めて、訓話的解説と挿絵を交えたのが特徴で、その解説も教訓に重点が置かれ、例えば第三九首解説は六丁半に及ぶ長文で婦女子の学問の大意・心得を綴る。また、同解説文中に、「此ごろ『女四書』†『大和小学』†『列女伝(仮名列女伝)』†『鏡(鑑)草』†なといふ物、ひらかなにかきて世にもてあそべり…」の記述があることから撰作年代は万治年間と推定される。〔小泉〕
◆そうしゅうろくあみだもうで [2224]
〈順道詠歌絵入〉総州六阿弥陀詣‖【作者】雲鱗画。【年代】文政一一年(一八二八)刊。[江戸]西村屋与八板。また別に[江戸]文網堂板(求板)あり。【分類】地理科。【概要】異称『六阿弥陀詣』『六あみだ』『下総名所往来』。中本一冊。総州(上総・下総)の六阿弥陀(一番徳満寺、二番延命寺、三番泉倉寺、四番長楽寺、五番三宝院、六番勢至堂)参詣の順路に沿って、同地域の名所旧跡、風景などを書き記した往来。「嚮(いつぞや)御物語申候総州六阿弥陀参詣の事、幸ひ山々の桜真盛(まさかり)に候まゝ、心置なき友とち申合せ、硯、懐紙等を用意し、道筋は先(まず)布川を始とし…」で始まる手紙文風に綴る。各霊場にまつわる故事・宝物、境内の様子、また近辺の名所(回向所最勝院・納経所来見寺・木余無量寺・懺悔所念仏院・供養所瑞光院等)や道中の風景などの描写も採り入れながら順々に紹介する。本文を大字・六行・付訓で記す。巻頭口絵に「海珠山望布川之図」を掲げ、頭書には六阿弥陀その他名所風景図と順道詠歌、また参詣路の里程などを載せる。なお本書求板本(江戸・文網堂板)では『下総名所往来』と改題された。〔小泉〕
◆★そうそくせんじもん [2225]
早速千字文‖【作者】梅麹・跋。【年代】文化二年(一八〇五)刊。[名古屋]永楽屋東四郎ほか板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。異種『千字文』の一つであるが、漢字四字一句で区切れない所もあり、また、合計一○○○字の中には重出する漢字が多数ある点では厳密な意味での『千字文』形式と異なる。内容は、まず「一筆拝啓、呈上奉捧、奉達拙牘…」と書翰用語(冒頭語)の列挙から始まり、続いて六親九族・人倫、諸候、諸宗、武家等に関する語句などを連綿と続く文章中に掲げ、さらに「菟道(うじ)茶壺、八代蜜柑」等の名産品以下、様々な漢字を文意の通じるように配列し、末尾は「恐惶謹言、左冲猶追、許容頓首…」と書止語などをいくつか掲げて締め括る。掲出語彙を類語毎にまとめることは少なく、分脈を主体に綴る。なお、本文を行書・大字・三行・無訓で記した後、巻末に楷書・小字・六行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◆そうたいこおんなろんごずえ [2226]
曹大家女論語図会‖【作者】畑銀鶏作。中林子博書。村田嘉言校・画。【年代】文政一二年(一八二九)刊。[大阪]加賀屋弥兵衛(松庇閣)ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女論語図会』。大本一冊。曹大家作『女論語』を邦訳した和文『女論語』で、明暦二年(一六五六)刊『女四書』†所収の『女論語』と同内容の本文に、近世後期の庶民風俗を多く採り入れた和漢の挿絵を随所に配置した往来。本文を小字・一五行・付訓で記す。巻頭・巻末は多色刷り。当初は、本書(文政一二年刊)を始め『曹大家女誡図会』†(文政一一年刊)、『鄭氏女孝経図会』†(文政一二年刊)、『明孝慈列女伝図会』†(文政一三年刊)の四冊が別々の単行本として出版され、天保六年(一八三五)に四冊揃いの『女四書芸文図会』†として再刊された。〔小泉〕
◆そうたいこじょかい [2227]
曹大家女誡‖【作者】江上苓洲(源蔵・源・伯華)序。亀井南溟(南冥・魯・道載・信天翁・苞楼)跋。【年代】天明元年(一七八一)序。同八年(一七八八)序・刊。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】大本一冊。曹大家の『女誡』本文(漢文)に訓点を施したもの。本文を楷書・大字・六行で記す。末尾(跋文)に曹大家および『女誡』の解題を付す。〔小泉〕
◆そうたいこじょかい・そうたいこじょかいわげ [2228]
曹大家女誡・曹大家女誡和解‖【作者】上巻「女誡」は斎藤鶴磯(敬夫・得衆・琢玉斎・之休)注・序、亀田鵬斎(長興・穉竜・文左衛門・善身堂)序、熊高英校、新井司跋。下巻「和解」は薗田行保注・序、斎藤鶴磯校。【年代】上巻は寛政三年(一七九一)序・刊、下巻は文化三年(一八〇六)刊。[江戸]斎藤鶴磯(琢玉斎)蔵板。葛飾屋理吉(石井理吉)売出。【分類】女子用。【概要】異称『曹大家女誡附注』『曹大家女誡七篇』『女誡七則』(以上上巻)、『〈曹大家〉女誡和解』『曹大家女誡七編和解』。大本二巻二冊。寛政三年初刊『曹大家女誡附注』を文化三年に再刻した際に、『和解』を増補して二冊本としたもの。上巻『女誡附注』は、『女誡』本文を楷書・大字・八行で記し、短句もしくは短文毎に簡潔な割注(漢文注)を施す。下巻『和解』は、同形式で片仮名交じり文の割注を施したもの。〔小泉〕
◆そうたいこじょかいずえ/そうたいかじょかいずえ [2229]
曹大家女誡図会‖【作者】太田晋斎作。村田嘉言校・画。浦辺良斎書。松庇閣主人(加賀屋弥兵衛)序。【年代】文政一一年(一八二八)刊。[大阪]加賀屋弥兵衛(奥田弥兵衛)ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『漢曹大家女誡図会』『女誡図会』。大本一冊。曹大家作『女誡』を邦訳した和文の『女誡』で、明暦二年(一六五六)刊『女四書』†所収の『女誡』と同内容の本文に、近世後期の庶民など和漢風俗図を随所に配置した往来。巻頭・巻末を多色刷りにする。また巻末に「小野小町一代由来并七小町ものがたり」「三十六歌仙」を載せる。本書(文政一一年一一月刊)を始め、『鄭氏女孝経図会』†(同一二年一月刊)、『曹大家女論語図会』†(同一二年一二月刊)、『明孝慈列女伝図会』†(同一三年一二月刊)の四冊をまとめた『女四書芸文図会』†が天保六年(一八三五)に刊行された。〔小泉〕
◆そうたいこじょかいわげ [2230]
曹大家女誡和解‖【作者】堀田正穀(宮川正穀・紀正穀・門次郎・三四郎)注。定信序。林衡跋。【年代】文化九年(一八一二)序・刊。[近江]宮川藩(鼓文堂)板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。曹大家(班昭)作『女誡』を平易な和語に翻訳したもの。明暦板『女四書』†(明暦翻刻張氏校正後漢書)を始め、『寄板廿一史後漢書』『汲古閣十七史毛氏正本後漢書』『陳仁錫評閲後漢書』『説郛曹大家女誡』の五本を校合して施注したもの。まず作者・班昭と撰作の次第を略述し、続いて『女誡』の書名や各章の題名とともに、本文の和解を数段に分けて掲げる。本文を楷書・やや小字・一〇行・付訓で記し、注釈文を字下げして本文と同一大で綴り、特に施注者自身の意見や疑問については細字の割注形式にする。また、末尾に諸本の異同について注記する。なお、序文では、明暦板『女四書』が大意のみの諺解でその趣旨を十分伝えるものではなく、また、『女範』に代えて『女孝経』を収録するなど王相編『女四書集註』と異なるため、杜撰の誹りを免れないと批判する。〔小泉〕
★ぞうていめいじこうみんようぶん [2230-2]
〈万民活益〉増訂明治公民用文‖【作者】福井淳作。八木外茂雄補。【年代】明治三二年(一八九九)刊。[大阪]石田忠兵衛(積善館)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈鼇頭作文類語〉増訂明治公民用文』。半紙本二巻二冊。和装活版本。上巻に消息例文である「用文之部」、下巻に証文等の公用文例である「日用諸証書門」等を収録した大部な用文章。刊記によれば、明治二二年版の用文章を増訂したもの。まず「用文之部」は、祝賀・照会・註文・送致・請求・報知・訪問・依頼・招待・誘引・謝礼の一一門に分けて、それぞれ「年始の文」以下二一通、「遠地の同商へ品物の取引を談ずる文」以下一八通、「配り団扇を誂る文」以下九通、「見本を送る文」以下一四通、「誂物の催促文」以下六通、「物価騰貴を報ずる文」以下二三通、「寒中訪問の文」以下二四通、「新聞紙へ公告を頼む文」以下二六通、「新年宴会に人を招く文」以下二一通、「梅見に誘ふ文」以下一七通、「来訪の人に謝す文」以下一〇通の合計一八九通を収録し、二段に分けた頭書の上段に「記事之部」「記遊門」「祝文門」「紀事門」毎に各種の記事、頭書下段に「日用文章熟語」を載せるほか、目録頭書に「日用書簡大意」を掲げる。また、下巻前半部「日用諸証書門」には、「金円借用之証」以下三四例と頭書に「諸証書参考律」として証券印税規則・収入印紙規則・金穀貸借証書ニ付心得・利息制限法等の関連諸規則等を載せ、下巻後半部「附録」に「群盲古器ヲ評スル図ニ題ス」等の種々の文章を集録する。本文の例文等はやや大字・九行・ほぼ付訓で、頭書及び付録は、小字・一五行・付訓。〔小泉〕
◇ぞうとうようぶん [2231]
贈答用文‖【作者】杉本陽水書。杉本佐介跋。大江匡彦序。【年代】天明四年(一七八四)序。天明五年書・刊。[江戸]刊行者不明。【分類】消息科。【概要】異称『馬場贈答用文』『贈答用文〈并〉詩歌』。特大本一冊。四季時候の手紙を主とする二四通の例文(「新年状」から「婚姻祝儀状」まで)と詩歌三四編を収録した手本。序文によれば、杉本陽水は、大江匡彦とともに馬場東水に書を学んだ。また、馬場流の手本には本書のほかに『馬場消息詞』があるという(『江戸出版書目』)。〔小泉〕
◆ぞうひつおうらい/ざっぴつおうらい [2232]
雑筆往来‖【作者】尊円親王書。【年代】鎌倉中期作。古写本は鎌倉後期書。古刊本は慶長五年(一六〇〇)刊、[長崎]日本耶蘇会板。近世刊本に寛文七年(一六六七)刊、[京都か]紙屋利兵衛板あり。【分類】古往来。【概要】異称『雑筆抄』『雑筆集』『百也往来』『百也消息詞』『〈尊円親王〉百也往来』『尊円親王真跡(尊円親王御真跡)』。古写本は巻子本一軸または大本一冊。慶長五年刊本(キリシンタン版)は大本一冊。寛文七年刊本(進藤貞栄書)は折本一帖。消息文に頻用される短句を収めた古往来。鞠の会、客人の待遇、公務課役についての心得、訴訟を裁く心得、不埒な臣下の処置、処世の心得、叙任・叙用、奉行人の心得、酒席の心得、遊戯・奢侈、契約実行、霖雨と蟄居、同遊同行を求める、近頃になって風儀頽発、王威凌夷、己の得分を第一とする、民烟衰微、警察力強化の必要、反逆・強盗の横行、服罪後の措置、勧賞・昇進、処罰、不学者の不幸、学習の態度、養老、通信、交際、会合、旅行、手紙、財政の精算、建物修理の要、農耕、貿易、狩猟漁業、神仏信仰、祖先崇拝、一族親和、本書編纂の動機などを主題とする。これから察せられるように、本往来は主として武家の社会活動ならびに日常生活に関わる短句を集めたものであり、当代社会の明暗双方に着目して記述するのが特徴。撰作年代は鎌倉中期と推測されるが、それより江戸初期にかけての写本の数が極めて多く(ほとんどが『雑筆往来』『雑筆抄』と題する)、写本間で短句数や文言の異同が著しい。〔石川〕
◆ぞうひつりゃくちゅう/ざっぴつりゃくちゅう [2233]
雑筆略注‖【作者】桧山源七郎(相賁)注・書。【年代】永禄四年(一五六二)書。【分類】古往来。【概要】異称『雑筆注』。やや枡形に近い半紙本一冊。『雑筆往来』†より二一四語を取り出し、「希代、ヨニモマレナル事ナリ」「勝事、スクレタル事ナリ」のような簡潔な語注を各語につき一行ずつ施した古往来。本文をやや小字・八行・所々付訓で記す。奥書に「辛酉永禄四年九月吉日、桧山源七郎相賁」とある。〔石川〕
◇ぞうほかいかようぶんしょう [2233-2]
〈楢崎隆存著述〉増補開化用文章‖【作者】楢崎隆存作。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[大阪]中野啓蔵ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈増補〉開化用文章〈画入替文附〉』。半紙本二巻合一冊。「民間平常往復の文通を記載して、人の耳目に触るゝ処の漢語を雑へ、行文の例に替文を抱し」た用文章。上巻に祭日部・時候部・游覧部・慶賀部、下巻に依頼部・問慰部・餞別部・報知部・問訊部・傷悼部・雑纂部の合計一〇部毎に例文を掲げる。各部とも順に「新年之文」以下一二通(往復・替文を含む、以下同じ)、「春寒見舞之文」以下二四通、「花見誘引之文」以下三二通、「婚姻を賀する文」以下一二通、「医者を招く文」以下一四通、「火事見舞之文」以下一〇通、「人の洋行を送る文」以下六通、「旅行を報ずる文」以下九通、「友人の安否を問ふ文」以下一〇通、「親を喪ひたる人を悔む文」以下四通、「新聞紙の取消を憑む文」以下一〇通の合計一四三通を収録する。頭書には適宜挿絵を施すとともに、イロハ引きの漢語集である「作文雑語」や、「郵便規則」「電信規則」等を掲げ、巻頭に書店店頭風景や文明開化期を象徴する大阪の町並みを描いた見開きの口絵を載せる。本文を大字・五行・概ね付訓で記す。〔小泉〕
◆ぞうほかつえきようぶん [2234]
〈雅俗普通〉増補活益用文‖【作者】樋口文次郎作。名和菱江(喜七)書。河村貞山(与一郎)序。【年代】明治二一年(一八八八)序・刊。[大阪]河内屋忠七(赤志忠七・忠雅堂)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。明治一九年刊『〈雅俗音信〉活益用文』†の増補版。前半に消息文例、後半に「諸証文之類書式」を載せる。前者は「文章之部」と「郵便はがき文」の二つに分けて例文を載せ、それぞれ「年首之部」以下八〇通、「草花ヲ乞フ文」以下三〇通、さらに増補追加として「撰挙会立合ヲ誘文」以下一六通を掲げ、合計一二六通を収録する。特に日常の諸事に関する例文が多彩で、入学・博覧会・書画会・汽船出港・新聞広告・訴訟代言人・牛肉贈答・新聞配達依頼など新時代に即したものが多く見受けられる。後半には、「諸証文之類書式」「諸願書之書式」「諸届之書式」として五六例を掲げる。本文を大字・五行(証文類は八行)・付訓(漢語に左訓)で記す。前付(銅版刷り一七丁)には、主要法令・諸規則をまとめた「大日本諸規則条例一覧表」や、「大日本神代略系譜」「本朝歴代皇謚并ニ遷都・山陵」「大日本官幣神社表」「記事論説祝辞作例」「大日本国郡名并ニ府県管轄」等の極めて豊富な記事、また、頭書にイロハ引き漢語集「漢語字類」や「書簡之類語」「月之異名」等を載せる。〔小泉〕
◆ぞうほこうばいようぶんしょう [2235]
〈新撰〉増補紅梅用文章‖【作者】青木臨泉堂(至誠・子精)書・跋。【年代】文化五年(一八〇八)刊。[江戸]須原屋文五郎ほか板。また別に[江戸]和泉屋金右衛門板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】異称『御家流紅梅用文章〈并〉手形証文』。大本一冊。「年始の文」から「歳末の文・同返書」までの消息文例六二通と、「金子預証文」から「譲請一札」までの手形証文一四通(「新撰手形証文」)を収録した用文章。前半の消息文は、四季折々の手紙の間に諸事に関する手紙を織り混ぜたもので、四季用文章が多い。頭書に、類語や言い換え表現数例を掲げる。本文を大字・四〜五行・所々付訓で記す。〔小泉〕
◇ぞうほさくぶんじざい [2236]
増補作文自在‖【作者】志貴瑞芳(梅月・湖月)作・序。名和対月書。【年代】明治一〇年(一八七七)序・刊。[大阪]花井知久(聚文堂)ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈漢語用文〉増補作文自在』。中本二巻二冊。漢語を多用した消息例文と類語・異名等の漢語集を収録した用文章。上巻は「年始之文」〜「物を借に遣す文・同答書」の五〇通、下巻は「未だ逢ざる人に遣文」〜「師に贈る文・同答書」の四一通。上巻は主に季節の行事や生涯の吉凶事に関する手紙、下巻は主に諸用件の手紙から成る。頭書に「時候月異名」やその他異名、「漢語文章イロハ引」を掲げるほか、例文間に本文中の語句の類語を多数列挙する。〔小泉〕
◆ぞうほさくぶんひっけい [2237]
〈新選要文〉増補作文必携‖【作者】福田宇中作・序。志貴瑞芳校。【年代】明治一一年(一八七八)序。明治一二年刊。[大阪]真部武助ほか板。【分類】消息科。【概要】中本二巻二冊。上巻に「年始之文」から「仕官を賀する文・同復書」までの四四通、下巻に「店開き吹聴之文」から「遊郭へ案内之文・おなじく答書」までの四二通の合計八六通を収録した用文章。四季・諸事・慶弔・取引等について、漢語を多用して綴った例文で、例文に続けて本文類語を数多く列挙するのが特色。本文を行書・大字・五行・付訓(漢語の多くに左訓)、類語を楷書・小字・一〇行・付訓・割注付きで記す。前付に「年首状類語」を始めとする書簡用語集、封じ方図解、頭書にイロハ引き漢語集である「類語イロハ引」と「禁中類語」「脇付・返翰脇付」「十幹異名」「十二支異名」「時候月異名」「雑字」「称人之親族・御親族」「自称・親族」等の語彙集を載せる。〔小泉〕
◆ぞうほさくぶんびんらん/ぞうほさくぶんべんらん [2238]
〈名和喜七編輯〉増補作文便覧‖【作者】名和喜七著。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[大阪]河内屋喜兵衛(柳原喜兵衛)ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈雅俗日用〉増補作文便覧』。中本二巻二冊と思われるが下巻のみ存。上巻未見。下巻は、「婚礼を賀する文」に始まり、以下「生子を祝する文」「任官を賀する文」など、火事見舞い・退隠祝・病気見舞い・弔い・餞別・転宅祝い・児童入塾依頼その他人事に関する私用文例一七種往復三四通を収めた用文章。上巻は恐らく四季用文を集めたものであろう。文例は、典型的な転倒文で、大字・五行・付訓(所々左訓)で記す。頭書に「類語」を掲げ、各例文の後に「彙語」として、漢文体の替え文章を並べる。〔母利〕
◆ぞうほしきぶんしょう [2239]
〈頭書漢語字解〉増補四季文章‖【作者】長橋間右衛門作・書。藤原宗紀・近藤元粋序。【年代】明治八年(一八七五)序。明治一〇年刊。[大阪]河内屋茂兵衛(岡田茂兵衛)板。【分類】消息科。【概要】異称『日用文』。半紙本一冊。「年始之文」を始め私用文例を五一通を収録した用文章。文体は「恵教謹読新年委福御同悦に存奉候」のような非実用的な漢文体で、各例文を大字・五行・付訓で記す。頭書に「書簡類語」および「増補漢語字解」としてイロハ順に三三二〇語の二字熟語を「一握(イツアク)ヒトニギリ」の如く示す。〔母利〕
◆ぞうほしょうちゅうようぶんしょう [2240]
〈頭書替文〉増補詳註用文章‖【作者】岡本竹藪(方円斎)作・書・序。【年代】明治三年(一八七〇)刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)板。また別に[京都]風月荘左衛門板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】中本二巻合一冊。江戸後期刊『〈頭書替文〉詳註用文章』†の増補版。全ての消息例文に詳細な注釈を施し、さらに頭書に例文の替え言葉を多数掲載した用文章。前半には四季・五節句や吉凶事に伴う消息例文三四通(「年始祝儀状」〜「忌明状」)、後半には季節の行事や通過儀礼、その他の慶事に伴う消息文礼三六通(「節祝に招く状」〜「年忘に人を招く状」)をそれぞれ収録する(前半部は『〈頭書替文〉詳註用文章』と同じ)。消息例文を数段に分けて大字・五行・付訓で記し、随所に長文の割注を施すのが特徴。注釈内容は語注に止まらず関連知識、書簡作法にも及ぶ。巻頭に時候の挨拶語を列挙した「年中時候案文」や「書状封じ様の事」などの書札礼関連の記事を載せるほか、目録部分の頭書に「大日本国尽」「五性名頭」を掲げる。本書の続編に、同年刊『〈頭書替文〉続注解用文章』†(本書と全く同じ序文を付す)があるが、本書の柱に丸付き漢数字で「一」「二」とあるのに対して、この『続注解』には「四」とあるため、「三」に相当する他の一本が別に存したか。〔小泉〕
◇ぞうほしょかんしょがくしょう [2241]
増補書翰初学抄‖【作者】不明。【年代】延宝七年(一六七九)刊。[京都]文台屋次郎兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『増続書翰初学抄』『〈増続〉鼇頭類語書翰初学抄』。大本四巻四冊。寛文九年(一六六九)刊『書翰初学抄』†の増補版。三巻本の寛文板のうち、上・中巻は頭書各所の類語をかなり増補しており、本文についてはほとんど同じ字配りを踏襲したため、のど方向に余白をとる結果となった。また、寛文板下巻最後の例文「遣隠者書・同返書」に続けて、「托寄信書・同返書」から「索借物書・同返書」までの三双六通を追加してこれを第三巻とし、さらに寛文板下巻末尾の付録記事である「異名分類」「書式」にも相当の増補を行いこれを第四巻とした。従って延宝末年以降は寛文板と本書延宝板の二種が並行的に刊行されたが、広く流布したのは寛文板であった。〔小泉〕
◆★ぞうほしょかんたいせい [2242]
増補書翰大成‖【作者】西川竜章堂編・書。一楊斎嘉言画・序。【年代】天保二年(一八三一)頃刊。[大阪]河内屋平七ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈嘉永新鐫〉増補書翰大成』。半紙本一冊。文政七年(一八二四)刊『書翰大成』†の増補版に位置づけられる用文章。ただし、旧版に対する単なる増補ではなく、西川竜章堂自身の改編が随所に見られる。四季折々の手紙や日常の諸事、吉凶事や商取引に伴う多くの消息文例を集める。「年頭同輩え遣状」から「家老え時候伺状」までの合計一一〇通のうち、約四〇通が商人用文で、商取引に伴う種々の例文を含むほか、諸用件の手紙や見舞状・祝儀状なども数多い。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書も豊富で、消息用語や書簡作法に関する記事(「消息詞」「書札したゝめやう心得」等)や諸礼躾方(「諸礼図式」)、各種字尽(「偏冠字づくし」「万字尽し」「相似たる字づくし」「日用要字」「相生人名尽し」)や故事来歴(「蒼頡」「郭子儀」「蘇武」「車胤」「孫康」)、証文手形(「証文手形書やう」)、および、その他往来(「大日本国郡名尽し」「華夷国名尽し」「異国名づくし」「商売往来」)などを掲げる。また巻末に「年中時節案文(時候の言葉集)」を付す。なお、本書の改題本に嘉永年間(一八四八〜五三)刊『〈頭書新増〉年中案文大全』†がある。〔小泉〕
◆ぞうほしょじょうべんらん [2243]
〈当世案文〉増補書状便覧‖【作者】西川竜章堂(美暢)書。蔀関牛(摎k斎)作・画。春樹序。【年代】天保一五年(一八四四)序。弘化二年(一八四五)刊。[大阪]秋田屋市兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。「年頭祝儀状」から「分家歓び状・同返事」までの一四八通を収録した用文章。本書前半四八丁(「歳暮祝儀状」までの四八通)は『増補寺子用文章』†と同じで、本書はその増補版。前半三分の一が四季用文、残りが商人用文または日用文で、諸用件に関する例文が多い。特に「欠落追手状」「占事頼状」「振市案内状」「算用違ひ咎状」「飛脚間違状」「中違挨拶状」など特色のある例文が少なくない。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書記事も豊富で、「苗字尽」「家名尽」「俗名頭字尽」「法躰名尽」「当用万字尽」など約五〇種の字尽のほか、「初心書札式法」「書札時候案文」「目録書方式」「箱・曲物の書法」「額・絵馬の書法」「歌書・冊子の書法」「扇の書法」「掛軸・箱の書法」「色紙・短冊の書法」「万物数の称呼」「万包物の作法」「小笠原諸礼図式」「台折・積物図式」「料理献立書法」「廻状案文、并表包」「五性名乗字鑑」「花押吉凶之辨」「年代六十の図」「大日本帝王年代記」「日本年号続次」「改算塵劫記」「銭遣ひ相場割」「潮汐の満干」「不成就日・成就日」「十干十二支の図」など多彩な記事を載せる。〔小泉〕
◆ぞうほしょようぶんつう [2244]
〈御家〉増補諸用文通‖【作者】橘正敬(竜斎)書。【年代】文化一四年(一八一七)刊。[江戸]須原屋茂兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。寛政六年(一七九四)刊『諸用文通』†の増補版と見なせるが、『諸用文通』の旧版下を用いた箇所は皆無で、全面的に書き改めており、増補というより続編に近い。『諸用文通』と比べると文例が豊富で、適宜語注を加えたり証文類を追加した点が大きな違いである。「年始の文」以下七三通の消息文例と「金子借用証文」以下一二通の手形証文、さらに「はつ春の文」以下一七通の女子消息文を収録し、本文を大字・四行(証文類は七行、女子消息文は六行)・付訓で記す。冒頭の消息文例では、文例毎に主要語句の略注を施す。巻末には、書簡用語(一般用語・祝詞・凶詞)を集めた「文章之類語」や、「節句の異名」「月の異名并時候の差別」「文言上中下之事」等を載せる。なお、本書刊記の寛政六年五月新刻の記載は、先行書『諸用文通』の初刊年代を指すと思われる。〔小泉〕
◆ぞうほつうぞくぶんしょう [2245]
〈御家〉増補通俗文章‖【作者】中村暘嶂(林泉堂)書。【年代】天保一三年(一八四二)書・刊。[江戸]和泉屋吉兵衛(泉栄堂)板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。庶民日用の手紙文ならびに証文類を綴った手本兼用文章。寛政一二年(一八〇〇)書・文化元年(一八〇四)再刊『長雄通俗文章(増補通俗文章)』†を模倣したもの。前半の消息文例は、「貴人へ上る年頭状」から「貴人之目見拝領物礼状」までの五一状で、季節順に並んだ四季・五節句の例文の間に婚礼祝儀状・悔状・安産祝儀状・移徙祝儀状・髪置祝賀状・元服祝儀状・出水見舞状・病気見舞状等を挟む。特に新年状では、貴人・同輩・下輩への往状(三通)と貴人・同輩への返状(二通)、さらに遠方の者へ送る場合の例文など六例を掲げる。巻末には「店請状」「養子証文」「譲証文」「荷物送状」「道具売渡手形」の六状と「書状上中下振合」「結納目録書」を収録する。本文を大字・四行(証文類は五行)・付訓で記す。〔小泉〕
◆ぞうほてらこようぶんしょう [2246]
〈天保新鐫〉増補寺子用文章‖【作者】蔀関牛(摎k斎)作。西川竜章堂(美暢)書。【年代】天保六年(一八三五)刊。[大阪]秋田屋市五郎ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。「年頭祝儀状」から「歳暮祝儀状」までの四季用文章を主とした四八通の例文を集めた用文章。未見だが先行する『寺子用文章』(『往来物分類目録』によれば文化二年(一八〇五)刊)の増補版と思われる。本文を大字・五〜六行・付訓で記す。頭書には、「文房四友の起」「難波津・安積山の歌」「いろはの起」「仮名書替并訳字」「片仮名以呂波」「大日本国名尽」「日本三都会広狭」のほか、語彙集として「苗字尽」「家名尽」「俗名頭字尽」「法躰名尽」や、天文・地理・時令・宮室・人倫・身躰・疾病・服飾・絹布・金玉・禽鳥・畜獣・蟲介・鱗魚・樹竹・艸花・果。・菜蔬・米穀・食類・器財の二一門の語彙を集録した「当用万字尽」などを載せる。なお、本書後半に増補を加えた『増補書状便覧』†が弘化二年(一八四五)に刊行されている。〔小泉〕
◆ぞうほどうじせつようしゅう [2247]
〈日用重法・字尽大成〉増補童字節用集‖【作者】浅田恒隆作。【年代】安永五年(一七七六)刊。[京都]菊屋安兵衛板。【分類】語彙科(節用集)。【概要】異称『増補童子字尽』『童字節用大成』。中本一冊。イロハ毎に子どもの学習にふさわしい基本語彙を集めた節用集兼往来物。意義分類としての部門分けはない。巻末広告によれば「通例『節用集』ニ洩タル世話字絵抄、重宝入」とあるように、通常の節用集とは異なる語彙をイロハ順に六行・付訓で掲げ、稀に割注を施す。前付や頭書に「小笠原諸礼之図式」「当流躾方」「五穀并野菜字尽」等の礼法、「家名尽」「禅門名尽」「尼名尽」等の字尽、「初学文章抄」「手形証文書様」等の消息文例、「九九之次第」「八算掛割之術」等の算法等の記事を収録しており、全体として往来物と節用集を折衷したような構成である。〔小泉〕
◆ぞうほなのりじい [2248]
増補名乗字彙‖【作者】養鵞樵夫(知足)作・序。【年代】文化七年(一八一〇)序。嘉永四年(一八五一)刊(求板)。[江戸]英文蔵板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈増補〉名乗字彙』。中本一冊。名前に用いる漢字を画数順に配列して楷書・やや大字・七行(一行六語)で記し、それぞれの名乗(名前に用いる字訓)の読みを小字の片仮名で付記した字引。例えば第三画「子」には「タヾ、ミ、チカ」、「之」には「ユキ、クニ、ノフ、コレ、ヨリ」のように複数示した箇所も多い。収録漢字は二六一六字。〔小泉〕
◆ぞうほにちようぶんしょう [2249]
〈巻菱潭編〉増補日用文章‖【作者】深沢菱潭(巻菱潭)編・書。渡辺資次郎書(頭書・傍訓)。【年代】明治八年(一八七五)刊。[大阪]三書堂板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈頭書公用文・規則全書〉増補日用文章〈附諸証文例〉』『〈増補〉日用文章』『日用文章』。中本一冊。「年首之文」から「拝命請書」までの六六通を収録した用文章。四季贈答の手紙に適宜、用件中心の手紙などを交え、特に洋行、新聞、小学校、輸入果物(「贈米利堅種菓文」)等の例文で新鮮味を出す工夫もする。本文を大字・五行・所々付訓(漢語に左訓)で記す。頭書「公用文」では、願書・届書・訴状・証書等の書式や例文を示す。〔小泉〕
◆ぞうほぶんしょうたいぜん [2250]
〈万家通用〉増補文章大全‖【作者】西川竜章堂書。蔀関牛画。【年代】文政九年(一八二六)書。天保六年(一八三五)刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。文政一一年(一八二八)刊『〈百家通用〉文章大全』†と天保六年(一八三五)刊『〈雅俗通用〉続文章大全(〈百家通用〉続文章大全)』を合綴した大部な用文章。見返上欄に「文章替字・当用調法鑑」と記すように、替え言葉・替え文章と語彙集・書簡作法についての記事が頗る豊富である。本文を大字・五行・付訓で記す。前半の『文章大全』には「年頭状」以下六八通の消息文例と「諸証文案文」などを、後半の『続文章大全』には「初市案内状」以下八七通と「年中時候案文」を載せる。それぞれ四季折々の手紙や日常の雑事に関する書状、また通過儀礼や吉凶事に伴う手紙や商人用文章から成る。所々に見開きの挿絵と記事を掲げるほか、頭書に「文章替字」や消息用語集、その他消息関連の知識を載せる。なお、本書後半部を独立させた改題本に文久元年再刊『〈雅俗通用〉永代用文章』†がある。〔小泉〕
◆ぞうほぶんつうじざい [2251]
〈御家〉増補文通自在‖【作者】松崎周山(東光堂)書。【年代】天保一二年(一八四一)書・刊。[江戸]須原屋茂兵衛(千鐘房)板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。@「準漢文体書簡」に、A「四季仮名文」やB「四季散らし文」、また、C「証文類文例」や書簡用語全般に至るまでを収録した大部な手本兼用文章。@は、「年始之文」から「俳諧催文・同返事」までの八一通で、五節句祝儀状や四季の行事にまつわる手紙、また、通過儀礼に伴う祝儀状や病気・死去・火事・出水などの凶事の際の見舞状、その他諸用件の手紙、各種礼状等から成る。Aは、「初春の文」から「歳暮の文・同返事」までの四季の書状一七通。Bは、四季の風情を述べた雅文四通を三段〜五段の散らし書きにする。Cは、「借用申金子之事」以下一二状の証文文例。B以外は本文を概ね大字・四〜五行・所々付訓で記す。巻末「文章之類語」に、消息一般の用語のほか、祝詞之部・凶詞之部・時候之部・節句異名・月異名并時候差別・文言上中下之事・宛所脇付之事の各項毎に類語を集める。〔小泉〕
◆そがじょう [2252]
曽我状‖【作者】不明。【年代】万治二年(一六五九)刊。[京都]山本長兵衛板。【分類】歴史科。【概要】異称『曽我状〈并〉義仲願書』『曽我状往来』『富士往来』。万治二年板は大本一冊。ただし江戸中・後期の単行本は半紙本一冊。曽我十郎五郎兄弟が富士野の御狩場において工藤祐経らを討ったことをめぐる建久四年(一一九三)五月晦日付け梶原景時書状と、同六月五日付け曽我太郎書状の往復書簡を装った往来。室町初期頃に成立した『富士野往来』†から取材したものと思われる。単行刊本の例は江戸中期以降のものに数種あるが、江戸初期刊本は現存しない。合綴本としては、万治元年・山本長兵衛板『古状揃』†所収のものが最古で、もともとは『熊谷状』†と合本した形での単行版として行われていたものであろう。このほか、万治二年刊『駿河状並曽我状』†(村上平楽寺板)や江戸初期刊『時宗状・曽我状絵抄』などもあるという。また、一般に『古状揃』においては『大坂状』†と入れ替わる形で『曽我状』が収録されるケースが多い。なお、『時宗状』†の後半部にも合綴されている。〔母利〕
◆ぞくえどおうらい [2253]
続江戸往来‖【作者】勝間竜水作・書。【年代】宝暦五年(一七五五)刊。[江戸]江北七郎兵衛ほか板。【分類】地理科。【概要】宝暦板は大本一冊、寛政七年(一七九五)板以降は中本一冊。寛文九年(一六六九)刊『江戸往来』†の続編として作られた往来。江戸府内における町々の様相、各町で働く諸職・諸商・諸芸のもの、生産ないし商取引物資の名称、名所旧跡・神社仏閣といった庶民生活に関する記事が詳しく、反面、武家の活動や生活にほとんど触れない点で、『江戸往来』と対照的である。「夫、武江之繁栄、市中之工商、並軒継甍町数凡及千七百余町歟…」で始まる冒頭で江戸の繁栄を謳った後、@江戸府内の町名と各町の商店、A江戸近郷の物産、B手工業の種類、C普請方、D諸商品の品目、E遊民の類、F町医者、G儒者・軍学者・連俳の宗匠、H筆道・手跡・算術の師匠、I社寺の賑わい、J諸遊芸の師匠、K江戸の殷盛と四季の遊覧、L四民ともに法度を守るべきことを記す。本文を大字・五行・無訓で記す。さらに、本書を中本仕立てにした『〈頭書絵入〉続江戸往来』(再刊本は『〈文政再版〉続江戸往来』)が寛政七年に江戸・蔦屋重三郎によって板行されたが、同書巻頭には漢籍からの「金言絵抄」(二葉)、頭書には「民家必用占」を掲げる。〔石川〕
◆ぞくおんなだいがく [2254]
〈新板重宝〉続女大学‖【作者】渡辺其寧作・跋。【年代】天保五年(一八三四)刊。[名古屋]藤屋市郎右衛門(成山堂か)板。【分類】女子用。【概要】異称『女孝行教訓箱』。大本一冊。『女大学宝箱』†の類板訴訟によって改題を余儀なくされた往来で、『大坂本屋仲間記録』によると、天保三年頃から柏原屋清右衛門ら大坂本屋仲間と京都本屋仲間の間で取り沙汰されているので、本来は天保三年頃に京都で出版されたものであろう。この事件は天保四年一月までに「外題替ニ而願相済、近日留板相渡」すこととなったが、現存の天保五年・名古屋板を見ると外題および見返題に『続女大学』とあり、首題に『女孝行教訓箱』とあるから、一時は『女孝行教訓箱』と改題されたが、旧板木はそのまま名古屋書肆にわたり、外題が再び元の『続女大学』に戻ったのであろう。「夫、女子は幼少の時より親のをしへ緩かせにすべからず…」と始まる本文は、『女大学』と似通ったもので、他の付録記事にも模倣性が認められる。ただし本文は箇条書きではなく、幼少時の女子教育(読み書き・縫い物・分限に応じた稽古事)の重要性、結婚前における両親への孝行、結婚後の舅姑への孝養、家政上の心得、読み書きの重要性、堪忍・辛抱・素直・質素倹約・貞節・不嫉妬・柔和・慈悲等を順々に諭した教訓文で、最後に以上のような女性は必ず聡明かつ孝行な子どもを授かり、親子・兄弟睦まじく、子孫繁盛すると結ぶ。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に農耕その他職業に従事する女性の図のほか、「洛東十二景」「日本名所」「西山八景」「八行(仁義礼智・孝貞忠信)の図絵」「女諸芸の図」、頭書に「師をえらむべき事」「文かき様文章の事」「脇付上中下の事」「女手がみ小口書やうの事」「女の名の字」「七夕哥づくし」「衣裳たつとき唱るもん」「町家婚礼之略式」「男女相しやうの事」「言葉づかひの事」「万養生心得の事」「懐妊の心得の事」、「草花の字づくし」「木の名の字づくし」以下各種字尽、さらに巻末に「年中行事」「五常の図絵」「折かた品々の事」「書ぞめ初春の歌」「庚申まちの事」等の多彩な記事を収録する。〔小泉〕
◆ぞくかいかしょうがくようぶん [2255]
〈喰代豹蔵編輯〉続開化小学用文‖【作者】喰代豹蔵作。青木東園(理中)書。【年代】明治八年(一八七五)刊。[東京]別所平七ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『続小学用文』。半紙本一冊。明治七年刊『開化小学用文』†の続編として編まれた用文章。消息文例および届書・願書・証文類その他の書式・例文を集める。冒頭に「寒中見舞之文」から「人に菊花を送る文・同答」までの二二通の例文(用件中心の文例)を掲げ、続いて、届書類(「地所引請人届」以下一四例)、願書類(「出版板権免許願」以下三三例)、証文類(「代言委任状」以下一七例)、雑之部(「学校創立を謀る檄に擬す」以下八例)毎に書式等を示す。本文を大字・五行・付訓(任意の語句に左訓)で記す。頭書に「改正地所名称区別」「公用土地買上規則」「地券ヲ失ヒタル時書替願」など税則・諸規則等の記事七四項を載せる。〔小泉〕
◆ぞくかちょうほうしゅう [2256]
〈文政新刻〉俗家重宝集(初編)‖【作者】劉卜子(豊副道人)作。【年代】文政七年(一八二四)刊。[江戸]岩戸屋喜三郎板。【分類】その他(家政)。【概要】異称『重宝集』『奇薬五十ヶ条』『常用奇方俗家重宝便集』。中本一冊。本文「奇薬の部」、頭書「奇徳の部」の二部から成る家庭医療・生活の通俗書・準往来物。「奇薬の部」は、「時疫の奇薬」から「後産下す奇方」までの五〇カ条で、怪我・疾病等の薬や予防法を簡潔に記す。頭書「奇徳の部」も同類の記事で、「疱瘡を軽する法」「蚊を水にする法」「掃除の匂止ル法」「虫歯根を切ル法」「魚の眼の奇法」「針の失たる時出る法」「汗かゝぬ法」「扇子日時計の法」など、俗信・迷信から生活情報まで雑多な記事を載せる。本文をやや小字・八行・付訓で記す。なお、本書の後編が文政一〇年刊『〈常用奇法〉俗家重宝集』†である。〔小泉〕
◇ぞくかちょうほうしゅう [2257]
〈常用奇法〉俗家重宝集(後編)‖【作者】劉卜子(豊副道人)作。【年代】文政一〇年(一八二七)刊。[江戸]西村屋与八ほか板。また別に[江戸]森屋治兵衛板(後印)あり。【分類】その他(家政)。【概要】異称『後編奇薬奇方百ヶ条』『重宝集後編』。中本一冊。初編(文政七年刊『〈文政新刻〉俗家重宝集』†)と同様に本文に「奇薬の部」、頭書に「奇徳の部」を収録した家庭医療・生活関連通俗書。本文「奇薬」に「餅咽窒たるを治す薬」から「猫の病ひを治す妙薬」までの五〇カ条、頭書「常用奇法部」に「落下顎を治法」から「蚊去大秘法」までの五〇カ条の合計一〇〇カ条を収録。初編同様、俗信・迷信の類も多い。本文をやや小字・八行・付訓で記す。巻頭に「金竜山浅草寺風景」を掲げる。〔小泉〕
◆ぞくこうちょうさんじきょう [2258]
〈小林卓蔵著述〉続皇朝三字経‖【作者】小林卓蔵作・序。南摩綱紀序。【年代】明治七年(一八七四)序・刊。[京都]北村四郎兵衛(文石堂)板。【分類】歴史科。【概要】異称『〈皇朝〉続三字経』。半紙本一冊。『本朝三字経(皇朝三字経)』†の続編として、近世から近代までの歴史を同体裁で記した往来。『本朝三字経』が神代から織豊政権の時代までを綴るのに対して、本書は、「王室衰、武門盛、治乱間、互執政、其為将、孰出類、秀吉功、最是大…」で始まるように、秀吉以後の天皇・武将・儒者等の人物や事跡に触れつつ、明治初年までの歴史を綴り、さらに文明開化により弥栄の皇国を讃えて締め括る。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆ぞくごきょう・どうげきょう [2259]
俗語教・道戯興‖【作者】不明。【年代】元禄一一年(一六九八)刊。[大阪]岡野安兵衛板。【分類】教訓科(戯文)。【概要】大本一冊。『実語教・童子教』†をもじった戯文調の往来物。『俗語教』は、『実語教』のパロディーで、「頭兀故不貴、以有髭為蛄、娘肥故不美、以有靨為屑…」で始まる九六句から成る。『童戯興』は、『童子教』のパロディーで、「夫檀那側蹲、気随不得嚏、出殿堂屹跪、有挨拶六居…」以下三三〇句から成る。全文が世話を中心とした俗文だが、多少の教訓を含む。既存の往来物に「世話字」を多く盛り込んで綴った点で、元禄五年刊『世話用文章』†や元禄一三年刊『女世話用文章』†と同類の往来物である。また、頭書の「実語教」「童子教」は、各頁とも本文欄の『俗語教』『童戯興』と対応するように収録されており、さらに随所に当時の風俗画を掲げる。後に、それぞれ『新実語教』『新童子教』と改題され、さらに寛政四年(一七九二)刊『画本廿四孝』(『廿四孝絵解』†改題本)を合わせた一冊本『〈増補〉絵本廿四孝』†へと引き継がれた。本文を大字・六行・付訓で記す。〔小泉〕
◆ぞくじしなんしゃ/ぞくじしなんぐるま [2260]
〈筆海重宝〉俗字指南車‖【作者】中村三近子作・書・序。【年代】享保一六年(一七三一)序。享保一七年刊。[京都]西村市郎右衛門(寿詞堂・載文堂)板。【分類】語彙科(節用集)。【概要】異称『筆海俗字指南車』『〈俗字〉筆海重宝指南車』『〈福寿〉筆海重宝俗字指南車』。半紙本一冊。「書状つかひ世話字」以下、天象・地理・時節・樹竹・草花・鳥類・畜類・虫類・魚類・貝類・青物類・五穀并食物・菓子・着物・絹布・武具・諸道具・家宅・人倫・五体・疾病・不仁・衣服染色・六芸・員数・日本諸物濫觴・偏夷(えびす)国尽・東百官・百官・薬種・片言直し・一二月異名の三三分類で日常語を網羅的に集めた往来物。語彙をやや小字・八行・付訓で記し、任意の語句に類語・同義語・語意等の割注を付す。首題下部に「三近子、常にこれを童蒙ニ教へて手近く利益あり」と記して、本書の教育効果が実証済みであることを強調する。頭書に九四通の例文を集録した「当流文章尽」、巻末に「書札書初高下・同書止高下」等の書簡作法や証文文例の「手形かゞ見」、さらに巻頭に「指南車の由来」「仁・義・礼・智・信・慈・睦」「献立認様」「茶の湯」「立花」「孝・悌・忠・信・礼・楽・射・御・書・数の教訓歌」等の記事を載せる。なお、巻末広告に『筆海俗字指南車〈後篇〉』を紹介するが未刊に終わった。〔小泉〕
◆ぞくしょうそくおうらい [2261]
続消息往来(小学習字本巻八)‖【作者】岡部信誠作。伊藤桂洲書。【年代】明治一六年(一八八三)刊記。明治一七年書・刊。[小田原]石川忠兵衛板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。江戸後期に数種刊行された『続消息往来』と趣向は似るが全くの異文。「夫、内外之通商、貿易、渡海、出帆、陸運、海送、無障、格別、意外、天気克、日和能、遊覧、遊歩…」で始まる文章で、主に通商・天候・挨拶・通信・疾病・治療・慶祝・貴意・婚姻・出産・学業・出世等の語句や、書止・脇付等の書簡用語を列挙する。本文を大字・三行・無訓の手本用に記す。なお、柱に「小学習字本巻八」と記載する。〔小泉〕
◆ぞくしょうそくおうらい [2262]
〈御家〉続消息往来‖【作者】中村暘嶂(林泉堂)書。【年代】文久二年(一八六二)書・刊。[江戸]山崎屋清七(山静堂)板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。『大全消息往来』†所収の「続消息往来」、あるいは次項、弘化(一八四四〜四八)年間再刊『〈弘化再刻〉続消息往来』本文を大字手本に認めたもの。「最前、先般、其刻、悠々滞座、及長座、沈夜、翌日、翌朝、黄昏、未明、早朝、明方…」で始まる本文を大字・四行・付訓で記す。既刊の『続消息往来』と比較して語句の省略や出入り、語順の転倒など微細な変更が見られる。〔小泉〕
◆ぞくしょうそくおうらい [2263]
〈弘化再刻〉続消息往来‖【作者】不明。【年代】弘化(一八四四〜四八)頃再刻。[江戸]糸屋庄兵衛(新庄堂)板か。【分類】消息科。【概要】中本一冊。『累語文章往来(消息往来)』†に漏れた消息用語を列挙した往来。「最前、先般、其刻、悠々滞座、及長座、沈夜、翌日、翌朝、黄昏、未明、早朝、明方、路次、寄宿…」で始まり、「…板行、彫刻、鏤梓、漸々、逐一、一覧、拝借、借用、永々、抑留、任幸便、返進、令返却候。穴賢」と結ぶ。時日、旅行、饗応、酔狂、失態、疾病・生死、才智、零落、教誡、親族、書筆、学芸、子弟、通過儀礼、法要・信仰、犯罪・悪事、財産・相続、書物・著作等の関連語を採録する。本文を大字・五行・付訓で記す。また、本書は江戸後期に多数出版された『大全消息往来』†中に合綴されており、あるいは『大全消息往来』からの抜刷本とも思われる。なお、板元は原題簽下部の商標による推定。〔小泉〕
◇ぞくしょうそくじょう [2264]
続消息帖‖【作者】不明。【年代】文化八年(一八一一)以前書。【分類】消息科。【概要】文化八年頃書『往来物集録(仮称)』中に合綴。『累語文章往来(消息往来)』†と同様の形式で、書状の文頭・文末の言葉や時候の言葉、種々の尊称など消息に用いる語句を列挙した往来。本文を大字・六行・ほとんど付訓で記す。〔小泉〕
◆ぞくじょそく/ぞくにょそく [2265]
続女則‖【作者】大高坂維佐子作・跋。【年代】元禄八年(一六九五)頃作。書写年不明。【分類】女子用。【概要】大本一〇巻一〇冊。元禄七年作『唐錦』†の補遺として編まれた浩瀚かつ体系的な女訓書。第一巻巻頭に「いにし年、『女則』九章をえらひ、さらに『五経』の書をあはせて『唐錦』となん号し侍りける。それより後、つやみるに、こゝかしこいまたそなわらさることおほかる…」とあって、『唐錦』脱稿の翌年の冬に書き始めたとするから、本書は元禄八年冬〜九年春頃の撰作と思われる。一巻「新教訓」五一章、二巻「古教訓」三九章、三巻「倭教訓」四二章、四巻「装束」一四章、五巻「姿見」七章、六巻「写絵」六章、七巻「柳桜」四八章、八巻「松楓」五七章、九巻「月雪」六八章、一〇巻「唐錦」四六章の一〇巻合計三七八章と膨大な内容を含む。『唐錦』から丸々引用した箇所もあり同書の改訂版ともいえるが、『唐錦』に関する質疑や問答を踏まえた補足的な説明を「新教訓」として加えるなど増補部分も多い。跋文では『唐錦』の「女則六巻」(「女則」五巻と「古教訓」一巻か)を「本」とし、『続女則』一〇巻はその「枝」であると述べるように、『唐錦』の主旨を本書によって敷衍したものであろう。重要な「三教訓(新・古・倭教訓)」を巻の最初に据えるなど、本書は作者の明確な意図のもとに再編成されたものであり、『唐錦』を理解するうえでも重要である。なお、各巻冒頭に該当巻の概要や執筆の経緯などを記す。本文をやや小字・一一行・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆ぞくじんめい [2266]
続人名〈女中の巻〉‖【作者】法忍作。松宮観山(左司馬・主鈴・東岳散史・観梅老人・菅原俊仍)補・校・跋。【年代】宝暦九年(一七五九)以前作。宝暦頃刊。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】大本一〇巻一〇冊。婦道の基本である「貞・孝・温・順」「婦人の四徳(婦言・婦徳・婦功・婦容)」や「女中の善悪」「女の常の心操、身の行ひ」などを説き示した女訓書。巻一は、「貞・孝・温・順」の意義、女性の学問・芸能、女子教育と奉公、色欲の戒めなど四章。巻二は、夫婦の道、婚姻後の心得(貞節・孝行)、従順、夫婦の礼儀・恩愛、婦人の四徳、七去・三従など七章。巻三は、貞婦、家政、舅姑への孝養、家内和睦、嫁入持参金など五章。巻四は、聟養子、女性の心延えなど七章。巻五は、嫁・姑の仲、嫁の心遣い・姑の慈愛、継母の心得など三章。巻六は、悋気と嫉妬の戒めと説話など四章。巻七は、女中の古今風俗や身だしなみ、奉公人への慈悲、色欲と酒など六章。巻八は、衣食住の心得、女性の悪事と罪、積善など四章。巻九は、「貞・義・賢・孝」の字義とその模範たる女性の略伝など八章。最後の巻一〇は、常々読み直して心得とすべき事柄をまとめた巻で、幼少よりの孝行、宮仕えの態度・心得、「女の常の身持・心たて」のあらましなど三章に、松宮観山作「続人名の奥に書付侍りける長歌并序」を添える。庶民女性の日常生活に焦点を当て、嫁入り前や結婚後の諸教訓を、金言・俚諺・道歌・訓話を織り交ぜながら具体的かつ平易に説く。また、各巻の結びに「世の人をすくはむためにすつる身は、よそにそしらん名をもいとはす」といった教訓歌二首ずつ掲げるのも特徴。仮名主体の本文をやや小字・八行・所々付訓で記す。なお、法忍は宝暦九年九月に二七歳で夭折し、宝暦頃にいくつかの著作を刊行しており、また、酒田市立光丘文庫に法忍の弟子・垂蓮による宝暦一一年写本が伝わるから、本書は宝暦頃の刊行であろう。〔小泉〕
◆そくせいじょう [2267]
〈石塚積斎編輯〉速成帖‖【作者】石塚積斎(広)作・跋。菊池晁塘(基)書。百木普i太撫)画。【年代】明治七年(一八七四)刊。[静岡]杉本大次郎(文明堂)蔵板。[静岡]浪花屋市蔵ほか売出。【分類】社会科。【概要】半紙本二巻二冊、後、二巻合一冊。地理・交通・保健・生物などに関する文章を集めて手本としたもの。「地面分形」「土之分形」「水匯(すいわい)」「道路・鉄道」「船」「人生歯序」「健康」「学館」「工商及農事」(以上九章上巻)「房屋」「人居必通風気」「生物」「乳哺生物」「飛禽」「魚類」「爬虫(はちゅう)」「真木・苞木」「金類」の一八章から成る。近代的な西洋科学の見地からの記述が目立つ。本文を行書・大字・三行・無訓で記し、上巻巻頭「速成帖訓解」に楷書・小字・付訓(しばしば左訓)の本文読方を掲げる。〔小泉〕
◆そくせきあんもん [2268]
即席案文‖【作者】十返舎一九作。【年代】弘化二年(一八四五)刊(求板)。[江戸]和泉屋市兵衛板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。十返舎一九作『手紙之文言』†の前半部、すなわち「年頭披露状」から「医師断申遣す文・同返事」までの五五通を抜き取り、冒頭四通と末尾二通を改編、さらに、巻末に「差上申手形之事」〜「奉公人請状之事」の証文手形八状を増補した用文章。本文を大字・五行(証文類は六行)・所々付訓(任意の漢語に左訓)で記す。〔小泉〕
◆そくせきようぶん [2269]
〈諸人文通〉即席用文‖【作者】十返舎一九作・序。雪枝堂書。【年代】文政六年(一八二三)刊。[江戸]森屋治兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『即席用文書』。中本一冊。「年頭之文」から「移徙怡(わたましよろこび)之文・同返事」までの消息例文五八通を収録した用文章。例文の大半は五節句や四季・年中行事に伴うものであり、後半に髪置・元服・婚礼などの通過儀礼や、奉公・家督相続・見世開き・棟上など各種の祝儀状を載せる。巻末には手形証文類を付録し、「金子借用手形之事」〜「酒狂之上誤一札之事」の一四状を掲げる。本文を大字・五行・稀に付訓で記す。なお、本書の増補版に文政六年刊『〈諸人文通〉即席用文大全』†や江戸後期刊『諸用早便(はやだより)』†がある。〔小泉〕
◇そくせきようぶんたいぜん [2269-2]
〈諸人文通〉即席用文大全‖【作者】十返舎一九作・序。雪枝堂書。【年代】文政六年(一八二三)刊。[江戸]森屋治兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『即席用文書』。中本一冊。前項『即席用文』†の増補版。同一刊記を使用することから『即席用文』とほぼ同時に刊行されたものであろう。目録では上下二巻に区別するが、実際は『即席用文』の消息部と証文部の間に例文その他の記事を増補したもの。まず『即席用文』と同様に「年頭之文」以下の消息例文五八通を掲げ、続いて、「旅立怡之文」〜「法躰を祝す文・同返事」の三九通と「四季の節」「月の異名」「名頭字尽」「大日本国尽」「苗字尽」を新たに増補し、さらに『即席用文』の証文部(「金子借用手形之事」〜「酒狂之上誤一札之事」の一四状)を収録する。本文を大字・五行・稀に付訓で記す。なお、本書の改題本に江戸後期刊『諸用早便(はやだより)』†がある。〔小泉〕
◆ぞくせんおののたかむらうたじづくし [2270]
続撰小野篁歌字尽‖【作者】西村重信(西邑重信)画。【年代】正徳四年(一七一四)刊。[江戸]板木屋清兵衛板。【分類】語彙科。【概要】半紙本一冊。寛文二年(一六六二)刊『小野篁歌字尽』†の続編として編まれた往来。「富・輻・幅・福・副(宀(いえ)とみて車あつまるはゞの巾、さいわい示(しめす)刀きるなり)」から「賞・裳・當・掌・甞(貝たまふ衣はもすそ田はあたる、手はたなごゝろ甘(あまき)こゝろむ)」までの一一四行・五六五字の漢字を列挙する。本文を行書・大字・四行(概ね一行五字)で記し、右側に暗誦用の和歌、左側に各漢字の楷書と字訓をそれぞれ小字で付記する。頭書に各行の任意の一字をとって絵解きするほか、巻末に「十二月異名づくし」を掲げる。『小野篁歌字尽』の改編版としては最も早い例である。〔小泉〕
◆ぞくちゅうかいようぶんしょう [2271]
〈頭書替文〉続註解用文章‖【作者】岡本竹藪(方円斎)作・序。【年代】明治三年(一八七〇)刊。[大阪]秋田屋市兵衛(宝文堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈頭書替文〉註解用文章(続篇)』。中本一冊。各消息文をいくつかの段落に分けて大字・五行・付訓で記し、所々に丁寧な割注を施し、さらに頭書に替え言葉(同義語・類語)を掲げた用文章。「遠方へ歓申遣す状」から「為替金取組之状・同返事」までの三四通を収録する。出店案内・仕入・荷物送付・銀子催促などの商用文や、手習い入門・道具借用・相談・借金など諸用件の手紙文のみで、四季や五節句、また、通過儀礼、その他吉凶事に関する手紙などは全く含まれていない。時代的には江戸から明治への転換期の用文章として注目されるが、内容的には「其御地とは先の城下又は町内などをいふ也」などの注に窺えるように江戸期の文例といえよう。巻末に「年中時候案文」として二十四節気に準じた時候の挨拶語を掲げるほか、巻頭・巻末の頭書に「苗字尽」や各種書簡作法を載せる。なお、前編と本書を合綴した『増補詳註用文章』†が同年に刊行されている。〔母利〕
◆ぞくにじゅうしこうえしょう [2272]
続二十四孝絵抄‖【作者】森川保之作。小川保麿序。浦川公佐(公左・播磨屋佐兵衛)画。【年代】嘉永二年(一八四九)刊。[江戸]須原屋新兵衛ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『続二十四孝子伝』。中本一冊。天保一三年(一八四二)刊『二十四孝絵抄』†の続編として編んだ同体裁の往来。いわゆる元・郭居敬の『二十四孝』とは別に選んだ(序文では貝原益軒撰とする)仲由・杜孝・鮑永・毛義・曹娥・王脩・顧悌・李密などの二五人(うち兄弟一組)の「続二十四孝子」の肖像、略伝とその典拠等を示す。本文をやや小字・八行・付訓で記す。見返に「貝原先生遺稿」と記すが、宣伝のための仮託である。〔小泉〕
◆ぞくにほんさんじし [2273]
続日本三字史‖【作者】植松金兵衛作・序。植松謹治跋。【年代】明治二四年(一八九一)序・跋・刊。[銚子]植松金兵衛蔵板。【分類】歴史科。【概要】半紙本一冊。活版和装本。『三字経』†形式で、慶長八年(一六〇三)徳川幕府成立から明治二年(一八六九)の函館戦争(五稜郭の戦い)までの歴史を綴った往来。「豊臣衰、徳川盛、慶長八、源家康、為将軍、纔二年、第三子、源秀忠、継軍職、後水尾、即帝位、年十六…」以下の計二三七四句(三字一句)から成る。江戸時代各期の主要人物・事件、政治・文化・社会・世相、また海外列強との交渉などを詳述する。特に函館戦争などでは「船身破、二分間、遂沈没、官救溺、二十免、賊竜退、投大砲、賊失艦…流弾破、坐上死、七人余、松前及、津軽兵、砲病院」などと戦況を臨場感のある文言で綴る。なお、序文・跋文も本文と同様に三字一句形式で記す。〔小泉〕
◆ぞくひゃくしょうおうらいたいへいらく [2274]
〈新編農家用字〉続百性往来太平楽‖【作者】不明。【年代】享和三年(一八〇三)刊。[江戸]西村屋与八(永寿堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『〈享和新撰〉続百姓往来泰平楽』『続百性往来』。中本一冊。明和三年(一七六六)刊『百性往来』†の続編として編まれた往来。ただし直接の関連や脈絡は見られない。まず、冒頭で「稼穡(かしょく)の業功の大なるや、天下万民の命を相続する根元、日夜歓楽を人に与る大善行たり。是を仏道に比せば菩薩の戒にも勝るべし」と農業の重要性を強調し、四民における農民の位置づけと心得、稲・麦の四季耕作の手順、収穫・年貢上納、農民の住居・食生活、旅宿その他、夫役、農民心得(高札等の遵守、博奕・公事訴訟の禁止、人倫)の順に説く。本文を大字・五行・付訓(稀に左訓)で記す。巻頭に「倭姫故事」、頭書に「諸品植物字尽」と農作業の図(教訓歌)を収める。〔小泉〕
◆ぞくぶんしょうじざい [2275]
〈小川為治著〉続文章自在‖【作者】小川為治作。菅井東洲書。【年代】明治七年(一八七四)刊。[東京]鶴屋喜右衛門(小林喜右衛門)ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『続文章自在〈附諸証文〉』。中本一冊。前半に「続文章自在」、後半に「諸証文」を収録した用文章。前者は「歳始に年玉を贈る文」から「遊歩を催す文・上に答る文」までの五四通を収録。四季行事やその他諸用件の手紙を主とし、博覧会見物・紅茶贈答・蒸気船規則・新聞注文・銀行規則など新時代にふさわしい題材も多い。後者は「借用証文」から「奉公人請状」までの一六状を収め、随所に関連法令(地所規則・諸品売買取引心得方規則・代理人規則・出訴期限規則等)を載せる。本文を大字・五行(証文類は六行、諸規則は一〇行)・所々付訓(漢語に左訓)で記す。〔小泉〕
◆ぞくるいごうせんじもん [2276]
続類合千字文‖【作者】福井応周(馬円・一瓢斎・源応周・子行・直蔵)作・書。速水春暁斎画。【年代】文政四年(一八二一)刊。[京都]堺屋仁兵衛板。【分類】語彙科。【概要】三切本一冊。貝原益軒編『千字類合(類合千字文)』†の続編を思わせるような名称であるが、本書には『類合千字文』の如き語彙分類もなく内容的には全く無縁であって、実際は安永九年(一七八〇)刊『四季千字文』†の改題本に過ぎない。本文は「賢君啓戸、四海長閑、外餝門松、内積蓬莱」から「怒眼噬歯、削掛戯閧、豊年瑞相、冨泰平民」までの一〇〇〇字から成り、冒頭の「東君」が「賢君」と変わるなど微細な変更は見られるが、ほとんど『四季千字文』同様である。むしろ大きな違いは、携帯に便利な三切本仕立てになった点であろう。内容は、京都の年中行事やそれに伴う風俗を四字一句に表し二五〇句連ねたもので、正月の景物に始まり月を追って年末に至るまでの小さな行事や歓楽の様子、身辺の事物にも言及し、人々の姿を活き活きと描写する。行事に伴う食べ物の記述も多く、全体にユーモアと生彩を与えている。本文を大字・八行・付訓で記す。巻頭に手習い図を始め、「孝・弟・忠・信・礼・楽・射・御・書・数」の一〇項の教訓歌と挿絵を載せる。なお、本書巻末広告によれば、応周の作品には『類合千字文(御家流手本)』『類合千字文(小本かな付)』『続類合千字文』『都会用文章大成』†がある。〔丹〕
◆そだてぐさ [2277]
〈童子教訓〉撫育草‖【作者】脇坂義堂(脇坂庄兵衛・脇坂知足・布袋庵・不学斎・八文字屋仙次郎・専次郎・群玉堂)作・序。【年代】寛政八年(一七九六)作・序。享和三年(一八〇三)刊。[京都か]以徳舎蔵板。[大阪]吉文字屋市左衛門ほか売出。また別に[京都]山城屋佐兵衛(藤井文政堂)板(後印)あり。【分類】教訓科(心学書)。【概要】異称『〈童子教諭〉撫育草』『〈児女教諭〉撫育草』『童子(わらんべ)撫育草』。半紙本二巻二冊。町人子弟向けに編まれた種々の教訓と小児養生の記事から成る往来物・心学書。本文は上・下巻合わせて八章からなり、「公儀・法度の遵守」「神仏崇拝」「町人子弟の教育法」「学問の大要」「朋友の選択」「小児養育の心得」「幼時に学ぶべき書物」「幼児の教育法と幼児に必要な一二カ条」について述べる。本文を大字・六行・付訓で記す。また、付録記事が豊富で、前付・頭書等に「家業家職大明神」「永字八法」「孝の字解」「童教訓廿八首」「丁稚教訓廿八首」「司馬温公ほか略伝」「小児急病・急難対処法」等を載せる。〔小泉〕
◆★そっこくあんもん [2278]
〈袖珍〉即刻案文‖【作者】池田東籬作・書・序。【年代】天保(一八三〇〜四四)頃刊。[京都]大文字屋仙蔵ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『袖珍案文』『年中日用并商人掛引文章』。小本一冊。実用的な庶民用文を集めた用文章。「年中用文章」「商人取引之部(「髪置祝儀状」など非商用文を含む)」「証文手形案文」の三部から構成され、それぞれ「年始状」以下三七通、「店出し注文状」以下二九通、「為替手形之事」以下一二通の合計七八通を収録する。本文を大字・五行(証文類は六行)・付訓で記し、本文の所々に「新年の事」「書札大意」「三月節供」「祇園会」「暑中の音物」「重陽の節物」「御玄猪」「追儺」「諸商人の店出し」「諸売買」「唐物」「諸祝儀目録書やう」など年中行事・手紙等に関する記事や挿絵を載せる。巻末に「月々の異名」「殿様并脇付高下之事」「書状平安書高下」「月日付之事」「書状封じやう并名前書やう」を掲げる。〔小泉〕
◆そほんにほんくにづくし [2279]
〈瓜生寅著〉素本日本国尽‖【作者】瓜生寅作。【年代】明治七年(一八七四)刊。[東京]瓜生寅蔵板。【分類】地理科。【概要】異称『〈素本〉日本国尽』。中本二巻二冊。明治五年刊『〈瓜生氏〉日本国尽』†から地図・挿絵の一切を割愛し、本文を楷書・やや小字・八行・無訓の教科書に仕立て直したもの。上巻に「総論」と畿内〜北海道、下巻に北陸道〜琉球を収録。底本の明治五年板は付箋・朱書き入りの諸本が見られるように、出版以後、数度に渡る改訂が行われたと見られるが、本書においてもその改訂が反映されており、黒く塗り潰した抹消箇所を伴う版もある。これらの改訂箇所は主に地方制度の変遷に伴うものや、例えば近江・滋賀県の「善を露(あらわ)し非を包む身持上手の人おほし…」とか、越前・敦賀県の「人気は軽薄、邪智多く」といった人情・風俗に関する差別的な記述で、このような記述に対する近代人の意識の変化を示すものとして興味深い。〔小泉〕
◇そろばんはやでんじゅ [2279-2]
算盤早伝授‖【作者】古谷定吉作。古谷弥太郎編。【年代】明治初年刊。[江戸]大川屋錠吉(聚栄堂)板。【分類】理数科。【概要】中本一冊。巻頭目次に続いて「算顆盤(そろばん)之図」を掲げ、以下「算法用字之事」「諸物軽重の事」「九々の合数」「八算割こゑの事」「見一割掛之事」「八算割見一之法」「永銭を金に直す法」「金銀銭両替之部」「金銀利息勘定の事」「米売買之事」以下各種売買計算法、「開平法」「開立の法」「三角の法」「六角の法」「求積の法」など五一項にわたって解説する。〔小泉〕
◆そろばんひとりげいこ [2280]
〈塵劫記・いろは引〉十露盤独稽古‖【作者】東観堂作・序。【年代】享和元年(一八〇一)刊。[江戸]須原屋市兵衛板。【分類】理数科。【概要】異称『〈いろはひき・ぢんこうき〉十露盤独稽古』。半紙本一冊。算盤計算の基本や基礎数学を記した和算書。算盤を使った八算・見一の計算手順をイロハ引きで示すのが特徴。まず、「位の見やうの事」(説明・例題)を説き、次に簡単な例題と詳しい図解により八算見一・亀井算を教えるが、これは乗除を対照させて相互の検算が可能な配列をとる。また、後半に「米うりかひの事」「金銀銭相場の事」「酒うりかひの事」「油うりかひの事」「砂糖うりかひの事」「呉服・木綿類割物の事」「たばこうりかひの事」「紙うりかひの事」「利足さんの事」「開平法の事」等の記事を載せる。〔小泉〕
◆そろばんめやす [2281]
算盤目安‖【作者】長谷川仙果作・跋。小野広胖(友五郎)序。【年代】嘉永元年(一八四八)序。嘉永六年刊。[江戸]竹屋次郎吉板。【分類】理数科。【概要】中本一冊。乗除から応用問題まで算盤の各種計算法を説いた算書。まず基数・大数・小数、度量衡単位、九九、九帰法、撞除法等の基本事項を述べ、続いて算盤図を掲げて加減乗除の法を一問一答形式で詳述し、さらに通貨換算法や「金銀銭相場割」「乗除定位」「異乗同除」「割増・割減」「杉形」「利息」「反別」「差分」「求積」「開平方」「開立方」などについて説明する。〔小泉〕
◆そんえんしんのうしんかんしょうそくことば [2282]
尊円親王真翰消息詞‖【作者】菅原為長作。尊円親王書。小林義文(五峯)跋。【年代】江戸中期刊か。[江戸]翰香館板。【分類】古往来。【概要】異称『畳字・消息』。折本一帖。『消息詞』†の改題本。尊円親王の筆跡を模刻した陰刻の折手本で、「進上・謹々上・謹上」以下一五五行にわたり消息用の語句を列記する。会津の小林義文家に伝わる尊円親王の真跡を書肆の勧めによって出版したものという。本文を大字・二行(一折四行)・無訓で記す。〔小泉〕
◆そんちょうほっしんのうしょ [2283]
尊朝法親王書(仮称)‖【作者】尊朝親王書。【年代】元禄四年(一六九一)刊。[京都]榎並甚九郎板。【分類】語彙科。【概要】大本一冊。尊朝親王の筆跡を集めた手本。まず「いろは」「数字」を各二体ずつ書したものを掲げ、続いて、「消息文」四通(わずかに仮名が混じった準漢文体書翰で、書止に「かしこ」を置く)、「十種香之記(「春夏秋冬」から「花鳥風月」までの題目)」、詩歌三〇編、また手習い初心者用の和歌である「浅香山」「難波津」、さらに巻末に和歌二首を載せたもの。一部、散らし書きを含むが、概ね大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆そんどうひつどく/そんどうひっしょう [2284]
〈小学実用〉村童必誦‖【作者】神崎某編。川瀬白巌書・序。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[兵庫]鳩居堂蔵板。[京都]伊東久兵衛ほか売出。【分類】産業科。【概要】異称『地方農業往来』。半紙本一冊。種々の幼童教訓書から「専ら当時必要之言」を集めたとするが、その中心は「田租・地税に関係する事件」で、「地方」全般の用語や知識を綴った往来。「夫、田甫に租税あるは、宇内一般之通規にして、人主、是を受納し、天に代り万民を支配する所以之者也…」と筆を起こし、地方・地方官・検地・租税・農耕・農事・農村経営の大略を示し、最後に「…老少養育、子弟教育、家業出精、家室親睦、質素倹約相守り、偏に民家生業之法方を求むる事を要とすべし」と結ぶ。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕