往来物解題辞典へもどる
あ行






◆あいだしょうそく [0001]
相田消息‖【作者】相田嘉内(朝鼎・幽水軒)書。相田幸次郎(藤原貞雄)跋。【年代】宝暦九年(一七五九)刊。[大阪]丹波屋半兵衛(玉笥堂)板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「新年祝儀披露状」から「歳暮祝儀に池田炭を送る手紙」までの二六通を大字・三行・付訓で綴った手本。四季の贈答や季節の行事に関する書状を主とし、他に書物借用状、旅行または帰宅の手紙など、武家公私にわたる各種書状を収録する。〔小泉〕
◆あいづおうらい [0002]
会津往来‖【作者】不明。【年代】元文二年(一七三七)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。会津地方の地理や諸産業について綴った往来。会津城における新年儀式の光景から書き始め、さらに庶民子弟の正月の遊びなど町内の生活に触れ、続いて同地方各地の名産品や、季節毎の遊興(特に諏訪神社の祭礼に詳しい)、また、城下周辺の民家における職業・商売について詳述し、最後に庶民の信仰の様子を書いて締め括る。本文を大字・六行・稀に付訓で記す。〔小泉〕
◇あいづしきおうらい [0003]
会津四季往来‖【作者】石井宇平書。【年代】寛政一三年(一八〇一)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。「春始之御祝貴方に向て先祝申候畢。富貴万福猶以幸甚々々…」で始まる全一通の手紙文で会津地方の年中行事や名所・名物などを綴った往来。若松城下の繁栄から書き始め、前半には猪苗代など領内全域の名所・名物、他国から流入する物産品等について記し、後半は七五調の文章で花見風景や名所、四季の様子や諸行事、また、猪苗代地方の地名・物産・名所旧跡を紹介する。本文をやや小字・七行・付訓で記す。〔小泉〕
◆あおばやまのゆらい [0004]
青葉山之由来‖【作者】不明。【年代】江戸前期作。享保元年(一七一六)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。異称『青葉山の由来』『青葉山由来』。大本一冊。「往昔、用明天皇之御時、始而築此城…」と筆を起こし、用明天皇の時代から慶長五年(一六〇〇)に伊達政宗がこの地を本拠とし、さらに翌年に築城を開始し寛永一六年(一六三九)に二の丸が完成して二代・忠宗が移り住んだ経緯など、青葉城の由来や繁栄ぶりを記した往来。『仙台状』の類本中最も流布したもので、宝永三年系統(『仙台状』†)と享保元年系統(『青葉山之由来』)の二つがあるが、後者は室町後期作『富山之記』†の影響が見られ、より原型に近いと考えられる。内容は、「青葉山の由来」「城内・城下の様子」「伊達政宗の御諚、御台の計らいによる酒宴遊興のありさま」「奉行所の評定」の四段と結尾の言葉から構成される。享保元年写本(新田家本)はやや小字・一二行・無訓で記す。なお、本書と関連の深い往来に、『仙台記』†『仙台状(仙台威風状)』†『仙台状(仙台状・南部状)』†がある。寛永一六年より慶安三年(一六五〇)に至る約一〇年間の作と推測される。なお、謙堂文庫本は概ね大字・六行・無訓で記す。〔石川〕
◇あかぎもうで [0005]
赤城詣‖【作者】奈良一徳斎(文蔵・右門・峻沢・光竜)作・書。【年代】天保一一年(一八四〇)作・書。【分類】地理科。【概要】『上毛古書解題』によれば、原本の所在は不明で孔版一冊本が伝わる。本書は寛政六年(一七九四)刊『上州妙義詣』†、享和三年(一八〇三)刊『上州榛名詣』†に次ぐ上州地方の地理科往来三部作と言われるが、ついに刊行を見なかった。内容は『上州妙義詣』の文をかりて江戸から高崎までの道程は略し、高崎から赤城山に至る道筋と沿道の名所旧跡をあげて綴った往来という。なお、『泰産詣』†も一徳斎作と伝えられる。〔小泉〕
◆あかしもうで [0006]
明石詣‖【作者】不明。【年代】天明八年(一七八八)書。【分類】地理科。【概要】折本一帖。京都より明石浦を訪ねる文章で同地の風光・景趣を描写した往来。「明石国や蓬生のかす、源氏の巻をしるし、いまもむかしを御年の糸、縁にひかれて我々も、清き流をすみの江の、こすえはかはらねと…」のように七五調で綴る。識語に「天明八戊申年蠶月於武昌模之」とある。原本は手習い師匠の稿本という。〔石川〕
◆★あかほんじつごきょうどうじきょう [0007]
赤本実語教童子教‖【作者】八島五岳(岳亭丘山・岳亭定岡・神歌堂丘山・黄園・丸屋斧吉)作・画・序。【年代】天保一二年(一八四一)刊。[大阪]河内屋長兵衛(石倉堂・文栄堂・杉岡長兵衛)板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈赤本〉実語教〈並〉童子教』『〈赤本〉実語教・童子教』『赤本実語教』『〈首書絵鈔〉実語教・童子教』。中本一冊。『実語教・童子教』†の本文(漢字五字一句)を平易な仮名交じり文(やや小字・八行・付訓)に直したもの。頭書に本文中の要句の図解を掲げる。また、寛文二年(一六六二)板『実語教・童子教』(現存せず)と諸本との校合による注記が六カ所ある。巻頭に二教の由来を示し、また、『忠孝図賛』の楊威略伝、『孝子伝』の董永略伝を引く。本書は書名の通り、赤色表紙(貼り題簽)または赤色を基調とした刷表紙(刷り題簽)の体裁をなすが、これは童蒙向けの赤本の印象と色彩の効果を狙ったものであろう。〔小泉〕
◇あきたおうらい [0008]
穐佃往来‖【作者】館岡茂左衛門書。【年代】安政五年(一八五八)書。【分類】地理科。【概要】異称『秋田往来』。大本一冊。出羽国の起源・由来と郡数、久保田城下における町と寺院、六郡とこれに属する代表的な地名、五輪坂より見た東西南北の風光、土崎湊の様相、秋田郡における村落・寺院等(追分、男鹿半島、八郎潟、五条目)、山本郡の町村と寺院、檜内郡の町村等を記した往来。「夫、出羽の国と申は和銅年中に始り、都て十二郡也…」で始まり、「…大概如斯ニ御座候。目出度かしく」と結ぶ本文をやや小字・八行・無訓で記す。また、後半の「三倉鼻略縁記」は、山本郡三倉鼻の地名由来や同地の伝承を綴った一種の往来物である。〔石川〕
◆あきんどおうらい/あきうどおうらい [0009]
〈安政新板〉商人往来‖【作者】不明。【年代】安政(一八五四〜六〇)頃刊。刊行者不明。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。天保(一八三〇〜四四)頃刊『商家往来』†より、後半の「寺子教訓書」を削除して改題したもの。首題・尾題の一部を除き、全て『商家往来』の被せ彫り。表紙見返に「片仮名以呂波」「箱書附の仕やう」「目録認めやう」を載せる。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆あきんどしょかんべんらん [0010]
商人書翰便覧‖【作者】西川竜章堂(美暢)書。蔀関牛(徳風・摎k斎)画。塩屋平助(興文堂)序。【年代】文政一一年(一八二八)序。文政一二年刊。[大阪]河内屋太助(河内屋多助・森本太助・文金堂)ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈絵入新板〉商人書翰便覧』。半紙本一冊。商家日用の消息例文を集めた用文章。「早春注文状」から「馳走逢たる礼状」までの六二通を収録する。前半に商用文、後半に五節句・吉凶事に伴う例文等を載せ、各例文を大字・五行・付訓で記す。目録上段に「伊勢参宮巡路之図」、本文中に「銭相場早割并曲尺割算之伝、附問屋繁昌之図」「万染物脱之伝、附職方之麁忽を侘る図」「潮汐時之暗記并年中風雨之考、附早綿出船之図」「婚礼式之心得略法手引、附祝言之図」「老人食物製方之伝、附年賀寿筆之図」「疱瘡之心得并妙薬方、附同神送り之図」を掲げる。〔小泉〕
◆あきんどしょじょうかがみ/あきうどしょうじょうかがみ [0011]
商人書状鏡‖【作者】西川竜章堂(美暢・閑斎・正蔵・正造・源祐)書。【年代】弘化三年(一八四六)刊。[大阪]近江屋善兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】『〈御家流〉商人書状鏡』。半紙本一冊。文政三年(一八二〇)刊『当用書状鏡』の改題本。一般の書状と商取引上の書状を収めた用文章。「年始状」以下四季の手紙九通、「家督祝儀状」以下通過儀礼に伴う祝儀状一一通、「花見誘引状」以下日常の雑事についての悦び状・見舞状・依頼状など二八通、さらに「買先問屋引付状」以下商人用文章二五通、合計七三通を収録し、本文を大字・五行・付訓で記す。巻末に「十二支・十干」を掲げる。異板だが本書の刊記は『一代用文章』†の刊記と全く同じで、見返も酷似する。なお、本書の一部を削除した改編版(『商人書状用文章』†)があるほか、本書と同題で一部変更を加えた改訂版(内題『増補書翰大成』)がある。〔小泉〕
◆あきんどしょじょうかがみ/しょうにんしょじょうかがみ [0012]
商人書状鑑‖【作者】不明。【年代】嘉永(一八四八〜五四)頃刊。[大阪]河内屋平七(三木平七・文繍堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『増補書翰大成』『〈御家流〉商人書状鏡』。半紙本一冊。弘化三年(一八四六)刊『商人書状鏡』†または同年刊『商人書状用文章』†を大幅に変更したもの。同書の途中を省いたり、前後を複雑に入れ替えて再編集した改竄本。内題が同じだが嘉永四年刊『増補書翰大成』†とは別内容。収録書状は「年頭祝義状」から「直上(ねあげ)申遣す状」までの四二通。前半部には、主として四季・五節句、一生の祝儀に伴う書状、続いて「初而荷主へ遣状」など商取引状の例文を収録するが、純然たる商人用文は一二通に過ぎない。本文を大字・五行・付訓で記す。目録上段に「年中時候之案文」「名頭字尽」、巻末に「篇并冠尽」を掲げる。また、本書後半部に「金子借用証文」から「跡式譲り状」までの証文類文例二二通を増補した版(大字・五行・所々付訓)もあり、その頭書には「証文認之心得」「屋号尽」「苗字尽」「消息往来」「仏法宗名」を掲げる(なおこの増補部分の単行本が『万証文手形便覧』†である)。なお、本書の簡略版(末尾の「銀子借用申遣状」以下一五通を削除)たる『〈嘉永新彫〉商家用文章』†が嘉永年間に刊行されていることから、本書の刊行もその頃であろう。〔小泉〕
◆あきんどしょじょうぐら [0013]
商人書状蔵‖【作者】松岡成章斎書。蔀関牛画。【年代】文化元年(一八〇四)刊。[大阪]勝尾屋六兵衛(玉栄堂・小林六兵衛)ほか板。また別に[京都]鈴木半兵衛ほか板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。商人の日常活動に必要な消息例文を「商人用向取引応対状」「諸祝儀状并悦状」「諸見舞状」の三部に大別して編んだ商人用文章。収録書状はそれぞれ「代呂物相談状」以下一五通、「年始祝儀状」以下四六通、「暑気見廻状」以下三六通の合計九七通。本文を大字・六行・付訓で記す。なお、本書の補遺として文化一四年刊『商人文章』†が刊行されている。〔小泉〕
◆あきんどしょじょうぶんこ [0014]
商人書状文庫‖【作者】福井一則(玄泉堂)書。【年代】文政四年(一八二一)刊。[京都]山城屋佐兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。巻頭に掲げた口上風の序文によれば、冗舌な文言を省いた必要最小限の商人用文だが、実際にはそれほど簡潔とは言えない。概ね前半に商用文、後半に日用文(「諸祝儀之部」と題するが凶事等の文例を含む)を載せる。前半の商用文は「始而得意へ遣す書状」〜「為替取組申遣す状・同返書」の四〇通、後半の日用文は「年始祝儀状」〜「出世振舞状・同返書」の七四通で、合計一一四通を収録する。商用とともに祝儀状の比重が大きい。また、その間に「手形案文」を挟むが、これは「為替手形証文」一通のみで、一般の用文章と比べて証文類の例文が少ないのも特徴である。本文を大字・六行・付訓で記す。〔小泉〕
◆あきんどしょじょうようぶんしょう/あきうどしょじょうようぶんしょう/しょうにんしょじょうようぶんしょう [0015]
〈万家日用〉商人書状用文章‖【作者】西川竜章堂書。【年代】弘化三年(一八四六)刊。[大阪]近江屋善兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。同年・同一書肆刊行の『商人書状鏡』†のダイジェスト版。同書から三二丁分(第二一丁〜第五二丁)、すなわち「庚申待招状」〜「買先問屋引付状」の二八通を除いた用文章。「年始状」〜「取替銀催促状」の四五通を収録。本文を大字・五行・付訓で記す。また目録部分の頭書に「名頭」「九々の声」「片仮名イロハ」、巻末に『商人書状鏡』と同様の「十二支」「十干(絵抄)」を掲げる。〔小泉〕
◆あきんどづくし [0016]
〈狂歌絵入〉商人尽‖【作者】十返舎一九(重田貞一・重田一九・駿河屋藤兵衛・十返斎・十遍斎)作。【年代】文政一〇年(一八二七)刊。[江戸]森屋治兵衛板。【分類】産業科。【概要】異称『〈宝船〉商人尽』『たから舟』。中本一冊。『宝船桂帆柱』†後編を単行本として独立させ、改題したもの。挿絵や狂歌で、呉服店・両替屋・材木屋・金物屋など三八業種を紹介する。巻末に「諸商人通り賦帳(太物店・紙問屋・荒物・たばこ茶店・せともの店・書物店・小間物店・魚問屋等)」を付す。なお、本書に若干の変更を加えた改題本に『〈弘化新刻〉諸商人尽』†がある。〔小泉〕
★あきんどてびきようぶんしょう [0016-2]
商人手引用文章‖【作者】池田東籬(東籬亭・悠翁・正韶・鳳卿・尚古館)作・書。【年代】文政一三年(一八三〇)刊。[京都]山城屋佐兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈宝船〉商人尽』『たから舟』。中本一冊。概ね、五節句・慶事祝儀状、商取引用文、各種見舞状、その他の順に配列した用文章。「年始状」から「歳暮祝儀状」までの五四通を収録する。本文を大字・五行・付訓で記す。見返しに「十二月異名」等、目次上欄に「日本国尽〈都会城下〉」を掲げる。〔小泉〕
◆あきんどとりひきじょう [0017]
〈新板絵入〉商人取引状‖【作者】西川竜章堂書。蔀関牛画。【年代】文政四年(一八二一)刊。[大阪]塩屋季助ほか板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。商家で多用する各種書状の例文を集めた用文章。「売先得意を頼状」から「注文物出来遣す状・同返事」までの商用文二八通と「正月祝儀状」から「歳暮祝義状・同返事」までの年中用文七九通の合計一〇七通を収録。各例文をやや小字・六行・付訓で記す。本文中に「諸国の商船大湊に着岸の図」「大坂堂嶋米市場之図」など数葉を挿む。巻頭に「金山堀口之図」「金山鋪口之図」「住吉宝市之図」などを掲げるほか、目次上欄(頭書)に「大日本国尽」「片仮名イロハ」「十干十二支」「様の字之事」等、前付に「手紙書やう心得の事」「諸国の商船大湊に着岸の図」「書状封じ様の事」、巻末に「願成就日・天赦日(高橋興文堂店頭風景図)」「十二月異名」「〈文字早覚〉小野篁歌字尽」「小野篁小伝」「興文堂蔵版目録」「破軍星くりやう」を掲げる。なお、本書の増補版(改刻本)に江戸後期刊『〈商人平生・日用文章・一番〉大福帳』†がある。〔小泉〕
★あきんどにちようしょじょうたいぜん/しょうにんにちようしょじょうたいぜん [0017-2]
〈頭書増補〉商人日用書状大全‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[大阪]河内屋平七板。【分類】消息科。【概要】異称『要文章』。半紙本一冊。嘉永(一八四八〜五四)頃刊『〈嘉永新板〉万宝要文章』の改題本。「年頭祝儀状」以下四九通の消息文例を載せた用文章で、本文と頭書は『〈嘉永新板〉万宝要文章』と変わりなく、本文末(刊記部分)に「十干・十二支」と「一二月異名」を掲げる。〔小泉〕
★あきんどにちようしょじょうばこ/あきうどにちようしょうじょうばこ [0017-3]
商人日用書状筥‖【作者】浅野鷹三(高造・高蔵)作・書。【年代】文化一一年(一八一四)書。文化一三年刊。[大阪]河内屋太助(五傑堂か)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈商人日用〉書状筥』。半紙本一冊。次項、西川竜章堂筆の文政一二年(一八二九)板と同名だが、内容が全く異なる用文章。前半に「近国注文下状」から「銀子催促状・同返事」までの商用文二二通、後半に「年始状」から「本復之方へ贈状・同返事」までの四季用文・雑用文三〇通の合計五二通を収録。本文を大字・五行・付訓で記す。また巻末に「書札上中下書様心得之事」と四季時候の言葉を列挙する。〔小泉〕
◆あきんどにちようしょじょうばこ/あきうどにちようしょうじょうばこ [0018]
商人日用書状筥‖【作者】西川竜章堂(正造)書。【年代】文政一二年(一八二九)刊。[大阪]塩屋平助(高橋平助・興文堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈商人日用〉書状筥』。半紙本一冊。五節句・四季、また種々慶弔事に関する書状に各種商用文を盛り込んだ用文章。「年頭状」から「歳暮祝儀状、付剃髪歓・同返事」までの二八題往復五六通を収録する。季節・月次順に配列された四季用文の間に、「店開注文状」「縁談歓状」「婚礼祝儀状」「船積案内状」「嫁入道具誂物状」「新渡物入札案内状」などの商用文や日用文を適宜盛り込む。本文を大字・五行・付訓で記す。なお、同名の文化一三年(一八一六)板(浅野鷹三書)と似通うが、全くの異本。〔小泉〕
◆あきんどぶんしょう [0019]
商人文章‖【作者】川島匡晴書。【年代】文化七年(一八一〇)作。文化一四年刊。[京都]中川藤四郎(文林堂・文林舎)ほか板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。序文によれば、文化元年(一八〇四)刊『商人書状蔵』†が二、三年で数万部も販売されたが、さらに『書状蔵』に漏れた「日用入用之書状」をもって編んだのが本書である。「同所ニ而商人掛ヶ合応対状部」「祝儀状部」「諸見舞状部」の三部に分け、それぞれ「注文状」以下二二通、「年始状」以下四通、「暑気見舞状」以下一六通の合計四二通を収録する。『書状蔵』と比較して、商用文を多く載せるのが特徴。本文を大字・五行・付訓で記す。なお、本書も好評につき、さらに文化一三年に『〈都文章〉状十二月』†が刊行された。〔小泉〕
◆★あきんどようぶんしょう [0020]
〈御家〉商人用文章‖【作者】不明。【年代】嘉永(一八四八〜五四)頃刊。[江戸]吉田屋文三郎板。また別に[江戸か]溜屋善兵衛板あり。【分類】消息科。【概要】異称『〈御家正流〉商人用文章』『〈御家〉一筆啓上』。中本一冊。四季折々の手紙や、髪置・婚礼・元服などの祝儀状を集めた用文章。「年頭之文」〜「元服怡之文・同返事」までの往復四〇通を収録。『商人用文章』と題するものの、商人特有の文章は「蛭子講申遣之文」一通のみである。後半には「差上申一札之事」から「離縁状」まで八通を収めた「諸用手形案文」を付す。本文を大字・五行(証文類は七行)・所々付訓で記す。なお、小泉本の書袋に「吉田屋文三郎板」と記し、本文末尾に「溜屋善兵衛板」と記す。また、溜屋板には外題を『一筆啓上』とするものもあるが、刷りから言って、本書はこの『一筆啓上』の改題本に相当するものであろう。〔小泉〕
◆★あきんどようぶんしょう [0021]
〈御家〉商人用文章‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[江戸]丁子屋平兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『〈世俗通用〉商人用文章』。中本一冊。前掲と全く同名だが別内容。同名の三河屋鉄五郎ほか板に大幅な増補を加えた用文章で、「正月の文」から「俳諧催しの文」までの五四通を収録する。ほぼ収録順に五節句等祝儀状、商用文章、婚礼等佳節祝儀状、見舞状、種々用件の手紙を載せる。本文を大字・五行・所々付訓で記す。巻末に「御関所証文」以下六通の証文手形文例を載せ、頭書に「肢体名所の事」「着類仕立名所」「着類の名」「織物・太物」「書法端作」「草木の名」「諸道具類」「魚鳥獣」「七ッいろは」「諸国御関所」「苗字尽」、巻末に「名頭字五性分」を掲げる。〔小泉〕
◆あきんどようぶんしょう [0022]
〈書状〉商人用文章‖【作者】渡辺玉壺斎書。【年代】文政六年(一八二三)刊。[京都]蓍屋勘兵衛(向陽堂・霊耆軒・上坂勘兵衛)ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『商人要文章』。半紙本一冊。口上風の序文によれば、本書に先立って出版された文化元年(一八〇四)刊『商人書状蔵』†が好評であったため、さらに別の例文により本書を編んだとする。「商人用文章」「諸祝儀状之部」「諸見舞状之部」の三部から構成され、それぞれ、「注文物為持(もたせ)遣す状」以下三〇通、「年始祝儀状」以下四四通、「暑気見舞」以下二八通、合計一〇二通を収録する。本文を大字・六行・付訓で記す。まず、文政六年に『商人要文章』として刊行され、翌七年に『〈書状〉商人用文章』と改題された。〔小泉〕
◆あさいなじょう/あさひなじょう [0023]
〈名頭曽我〉朝夷奈状‖【作者】不明。【年代】延享(一七四四〜四八)頃刊。[大阪か]糸屋市兵衛板か。【分類】歴史科。【概要】異称『朝日奈状』『朝比奈状』。半紙本一冊。木曽義仲の子息・朝日奈三郎義秀から鎌倉諸将にあてた書状形式で、彼の生涯を記した古状単編型往来。「驚破(すわ)朝比奈社(こそ)来たれ…」「拙者九尺之金樶棒を振て、当るを幸い、打伏せ薙倒し…」のようないわゆる講談調の筆致で詳しく戦闘状況を描くが、全体として朝日奈三郎の生涯を点描する点では、後世の伝記型往来の先駆とも見なし得る。本文をやや小字・七行・付訓で記し、所々割注を付す。冒頭一丁半に簡単な義仲・巴の伝、本文には半丁おきに挿絵と解説文を置く。また頭書に、男女僧俗の命名の参考に供する名頭字を曽我兄弟の物語にして読み込んだ「名頭字曽我状」を収めるが、これは『曽我状』†とは別内容である。〔母利〕
◆あさかがみ [0024]
〈女教〉朝かゝみ‖【作者】島村泰(島邨泰・橘泰)作。柴田花守(咲堂・咲園・笑園・咲行)校。加藤千浪・久我好圀(好懿・黙叟)序。【年代】明治八年(一八七五)序・刊。[東京]久我好懿蔵板。磯部屋太郎兵衛(文昌堂)売出。【分類】女子用‖【概要】異称『〈女教〉朝鏡』。半紙本一冊。「児女ノ入学肄業ヨリ以テ婦妻ノ養胎育嬰ニ至ルマテ」の要を記した女子教訓。「凡、女子のをしへ草、世々にしげりて武蔵野の、はてしあらねど若草の、つまの由縁(ゆかり)をかごとにて、開化(ひらけ)ゆく世に生長(そだち)つゝ…」で始まる修辞に富んだ七五調の文章で、学習すべき事柄(浅香山・難波津・五十音・倭歌いろは・数字・九九・数学・地理学、その他諸学)、嗜むべき諸芸、家政全般、婚姻・夫婦生活、出産・養育等の心得を述べ、最後に「日本魂(やまとごころ)」の真心を万代の鑑として「朝なみがかは、いかてくもりはつべき」と結ぶ。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆あさかやま [0025]
浅香山‖【作者】服部康音作・書。爪木晩山序。【年代】元禄一五年(一七〇二)刊。[京都]丸屋源兵衛板。【分類】女子用。【概要】大本二巻二冊。異称『あさかやま』。年中行事を主題とした女子消息文を大字・所々付訓の散らし書きで記した手本兼女用文章。上巻に一〜六月(「はつ春月文章」〜「水無月文章」)、下巻に七〜一二月(「文月文章」〜「春まち月文章」)の合計一二通を収録。頭書に、年中行事故実等について極めて詳細かつ考証的に施注するのは女筆手本類中随一。例えば、冒頭の「はつ春月文章」一通に対して「年始元日并歳徳神の事」「千里の外并寿の事」「院并五摂家の事」「機嫌と云言葉の事」「十五日粥并爆竹(さぎちょう)の事」「歌の会の事」「賭并調度の事」「門松并歯朶(しだ)杠(ゆずりは)の事」など一四項に及ぶ注釈を付す。〔小泉〕
◆あさくさもうでぶんしょう [0026]
〈享和新編〉浅草詣文章〈頭書名物尽〉‖【作者】中原耕張作・書。黒男亭東玉画。【年代】享和二年(一八〇二)作・刊。[江戸]花屋久治郎(星運堂)板。また別に[江戸]山口屋藤兵衛(錦耕堂)板(後印)あり。【分類】地理科。【概要】異称『浅草詣』。中本一冊。江戸柳橋より浅草寺に至る道順を「兼々御約束申候、浅草詣の御事、思召立候はんや…」で始まる手紙文体で記し、次いで、「柳橋より小舟に乗、先向ふなる御寺こそ、有無の二ゑんの回向院…」のような七五調・美文体で同寺の景趣、由来・縁起、名物、賑わいの様子などを記した往来。本文を大字・五行・付訓で記す。口絵に「浅草寺山門図」、頭書に「浅草名物尽」を収める。〔竹松〕
◇あさゆうのぎょうじょう [0027]
朝夕之行状‖【作者】松柏亭寿山作。吉田与蔵書。【年代】天保二年(一八三一)跋。天保八年書。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。穴一の穴を掘るのは、その身を陥れる穴の掘り始めであるという旨の文章から書き始め、幼時の習慣が一生涯続くことを強調する。毒(悪事)と知りつつ、毒を好む者は、ついには百草の薬力も効かず、己のみならず妻子をも不幸にしてしまう。従って「良薬」である幼時の親の教訓をよくよく守るべきであると諭す。また、遊興・道楽を好まず、手習い・学問に辛抱強く努めるべきことや、その他の生活教訓・女子の心得などを、『実語教』†などの金言や俚諺を引いて説く。なお、後半に「五人組御仕置之条々」「御制札之写」を付す。〔小泉〕
◆あしかがこせきあんない [0028]
足利古跡案内‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。「日外(いつぞや)御約諾いたし候物詣の事、いつ頃思召立候半や…」で始まる全編一通の女文に託して、足利地方の寺社を中心とする名所旧跡の景趣・由来・縁起等を記述した往来。著名な足利学校にも足を運ぶ筋立てで、小野篁創建説を採り、「字降(かなふり)の松」の伝承にも触れる。なお、この学校と密接な関係とされる鑁阿寺については、この地の領主であった足利義兼建立の大日堂として紹介する。本文を大字・五行・無訓で記す。〔石川〕
◆あすかやまおうらい [0029]
〈百瀬〉飛鳥山往来‖【作者】佐熊耕梁作。百瀬耕元(南谷山人・久継・耕呂)書。松尾芳久(耕章)跋。【年代】寛政三年(一七九一)跋・刊。[江戸]須原屋市兵衛板。また別に[江戸]三崎屋清吉ほか板あり。【分類】地理科。【概要】大本一冊。江戸町中より飛鳥山に遊ぶ沿道の名所旧跡、神社仏閣、ならびに享保時代(一七一六〜三五)に徳川吉宗の命により多くの桜が植樹された飛鳥山の由来・景趣などについて記した往来。「先日山荘雅宴の節、花鳥を翫ひて日を送るは、治る御代の賜なり…」で始まる文章を、草書に近い行書体・大字・四行・無訓で綴る。なお、跋文を欠く版もある。〔石川〕
◆あずまくだり [0030]
吾妻下り‖【作者】不明。【年代】文政(一八一八〜三〇)頃書。【分類】地理科。【概要】異称『阿都満下里』『東下里道中名所尽』。竹中おくわん筆の文政頃写本(謙堂文庫蔵)は特大本一冊(大字・二行・無訓)。「呉竹の伏見を出て夜ふかくも、大亀谷と聞からに、名さへ木幡の関越て、妻手は醍醐の山高く、みねに木伝ふ猿の声、なれもや月を愛ぬらん、行も帰るもあふ坂の…」で始まる七五調の文章で、伏見から江戸・日本橋までの東海道の主要地名とその情景などを綴った往来。末尾を「…浪に漂ふ品川や、朝露分る道芝の、末は京橋・日本橋、掛て目出たき御代そとは、見て猶聞に勝りけり」と結ぶ。〔小泉〕
◇あずまげこうおうらい [0031]
吾妻下向往来‖【作者】三井慎斎書か。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】「此度関東御下向被成候に付、路次次之有様可記進之由、相心得候…」で始まり「猶、江都御下着之刻、従彼地可預御手簡候。不具余(謹カ)言」と結ぶ準漢文体書簡(一部仮名交じり)で、伊勢から尾張・名古屋を経て東海道を北上して鎌倉・江ノ島までの順路と沿道の名所旧跡・神社仏閣等の景趣・縁起などを記した往来。三井慎斎寺子屋で使用された手本であろう。〔小泉〕
◆あずまじ [0032]
吾妻路‖【作者】渚梅園船盛(渚楳園船盛)作。関雪江(思敬・鉄蔵・弘道・雪江楼)序。鈴木鵞湖画。【年代】嘉永七年(一八五四)刊。加藤某(考古堂)板。【分類】地理科。【概要】異称『吾妻路往来』。半紙本一冊。中山道の宿駅名を詠み込んだ往来の一つ。京都から江戸へ下る順路で書き綴るのが特徴。「東路は六十あまりに九の宿、との居守る身も出て見よ、世は秋なれやてる月の、都にぎはし敷島の、道の行手や両国寺…」で始まる七五調・美文体・文字鎖の本文を大字・五行・付訓で記す。口絵に、旅宿の図一葉を掲げる。〔竹松〕
◆あずまのぼりみやこじぶんしょう [0033]
〈幼童初学〉東登都路文章‖【作者】不明。【年代】明治初年作・書。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。冒頭に「夫、賢モ皇国豊芦原全地(おおみくにとよあしはらぜんち)之内東海道五拾三駅次(しゅくつぎ)并名所勝地(などころしょうち)国銘長歌」との表題を掲げるように、東海道の名所を京都から東京までの宿駅を中心に、国名・地名や周辺の名所旧跡と、その縁起・由来、名物・物産などを七五調の文章で綴った往来。特に東京では、文明開化以後の銀行・郵便局や舶来品取扱店などを紹介する。「魁て花咲頃の麗かに、昇る旭も東海の、道は五十に三つ余る、其駅(うまやじ)の名所を、今踏始(そめ)る山城の…」で始まる本文を大字・四行・付訓で記し、本文の随所に細注を施す。また後半に、同体裁で綴った『〈成田・香取・鹿島詣〉房総常紀行文章』と『〈日光山・松島・塩竃〉金華野陸字摺廻記』を収録する。すなわち本書は、京都から仙台方面までの広範囲にわたる、極めて長文の往来三編を合綴したものである。〔小泉〕
◇あたごやま [0034]
愛宕山‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】異称『愛宕詣』。「愛宕山の社は王城の戌亥にして、朝日嶽白雲寺と号く。一の鳥居より坂路五十町ありて、初に試の峠あり…」と起筆して、京都の北西端、比叡山と対峙する愛宕山頂の愛宕権現(朝日嶽白雲寺)の由来・縁起・景趣について略述した往来。漢字・平仮名交じりの散文体で記す。本文末尾は、「…常に詣人多賑しきも只権現の遺徳ぞかし(以下不明)」とし、さらに「右小南氏蔵本より写す」と注記する。〔石川〕
◆あだちおうらい [0035]
安達往来‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】大本一冊。奥州安達郡(福島県北東部)霞ヶ城(二本松城。戊辰戦争で焼失)の普請・破損修復にあたり、必要な物資を羅列するという形で、城中の様子や武家の公職、また数々の生活物資・諸職業等を綴った特異な往来。「霞城御普請并破損修復繕之場所、館、御殿、廊下、玄関…」で始まる本文を大字・四行・付訓で記す。「安達」の地域名を冠するものの地誌的記述はほとんどなく、武家生活に必要な、草木・昆虫・天候・工具・武具・馬具・家具調度品・工芸品・訴訟・諸職人・田舎渡世など種々の語彙集団を含む社会科往来の側面が強い。末尾を「博学・賢才ニ而自惰弱改、堪忍を本と而…」のような処世訓全般で結ぶ。〔小泉〕
◆あつみおうらい [0036]
温海往来(仮称)‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】特大本一冊。前半に『温海往来』、後半に『大和巡り之文章』を収録した手本。前半は、「兼々相催之通、浜へ乍遊、参温海へ、湯治可仕候…」で始まる一通の書状形式で、羽前国西田川郡温海温泉(山形県温海町)とその周辺の名所を紹介する。五十川(いおかわ)・大波渡(おおはと)・暮坪以下の名所を、時に由来にも言及しながら列記し、さらに鶴岡までのコースと名所の概要を述べる。また後半は、明治四年(一八七一)書『大和廻』†とほぼ同文。いずれも大字・七行・無訓で記す。〔小泉〕
◆あつめじ [0037]
集字‖【作者】宮本源之市書。【年代】明治四年(一八七一)書。【分類】語彙科。【概要】特大本一冊。日用語と童蒙手習いの心得を記した手本。四方・四季・色・気象・自然・十干十二支・五倫・親類・四民・宗教(宗派)・単位(数量呼称)・料理・芸能に関する語句を羅列した後で、老いて後悔しないために早くから学問に励むよう教え諭す。本文を大字・五行・無訓で記す。〔小泉〕
◆★あゆみぞめ [0038]
〈習字〉あゆみぞめ‖【作者】荻田長三(筱夫)作・書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈習字〉歩行ぞめ』。半紙本一冊。正徳三年(一七一三)刊『近道子宝』†と同様に基本的な日常語と生活心得を綴った手本。「百敷の、大宮人も足曳の、深山の賤もおしなべて、貧富尊卑の差別なり、人は万物の霊にして、学べば進む智恵才識…」で始まる七五調の文章で、まず、学問の必要性や怠惰が禍の基であることや、「童の時よりも習ひ知るべき人の道」のあらましを説き、以下、左右・四方・前後・天地・十二支・日月時・四季・国土・三光・風雨・自然・水陸・地形・初等教育・五倫等の語彙と心得を順々に述べ、最後に「…立身出世人材と、呼るゝまでに勤労(つとむ)べき也」と結ぶ。本文を大字・二〜三行・付訓で記す。〔小泉〕
◆あわおうらい [0039]
阿波往来‖【作者】妹尾沢瓊書。【年代】安政四年(一八五七)書。【分類】地理科。【概要】安政四年写本(謙堂文庫蔵)は大本一冊(大字・三行・無訓)。阿波国(徳島県)の概要と、地名・名所・物産等を列記した往来。「夫、阿州者、三好・麻植・名東・名西・勝浦・那賀・板野・阿波・美馬、凡九郡也…」で始まる文章で、阿波国の規模(郡数・石高)や地勢・風土・地名・寺社・産物などの大略を記す。〔竹松〕
◆あわのくにふうどおうらい [0040]
安房国風土往来‖【作者】石川善五郎書。【年代】天保元年(一八三〇)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。安房国(千葉県南端部)の歴史や地理的位置、また同国所在の寺社名を列記した往来。「抑、房州は日本東南の果に当り、至て辺土にして、安房郡・平群(へぐり)郡・朝夷(あさひな)郡・長狭(ながさ)郡四郡…」で始まる本文を大字・三行・無訓で綴る。なお、現存本は末尾を欠く零本である。〔竹松〕
◆あわめぐり [0041]
安房めくり‖【作者】幼々軒作か。【年代】天保九年(一八三八)刊。[江戸]幼々軒蔵板。須原屋佐助売出。ただし折込地図に「江戸・須原屋茂兵衛板」とあり。【分類】地理科。【概要】異称『あわめくり』。半紙本一冊。安房国内の村名を「安房郡」「平群(へぐり)郡」「朝夷(あさひな)郡」「長狭(ながさ)郡」の順に列記した往来。巻頭に「安房国全図」を載せ、頭書中に寺社・名所由来記と挿絵二六葉を掲げる。典型的な「国尽型」往来だが、頭書中に安房国の寺社・名所由来記を収めることにより、地誌的事項をある程度補うものとなっている。本文を大字・四行・付訓で記す。〔竹松〕
◇あんえいばんぶんしょうじょう [0042]
安永板文章状(仮称)‖【作者】安藤善兵衛(上田与五郎門弟)書。【年代】安永五年(一七七六)書・刊。[江戸]随静堂蔵板。川村弥兵衛売出。【分類】消息科。【概要】大本一冊。大字・三行・無点の上田流手本。収録書状は正月状(往復)、上巳の節句祝儀状、端午の節句祝儀状、暑気見舞い、以下、中元・八朔・重陽の節句・寒気見舞い・歳暮の祝儀状など四季用文章の間に婚姻・元服・移徙などに伴う祝儀状をはさむ。全一三状収録。〔小泉〕
◆あんえいようぶんしょう [0043]
〈翰墨通宝〉安永用文章‖【作者】滕雪仙画。【年代】安永四年(一七七五)刊。[江戸]花屋久治郎(花屋久次郎・星運堂)板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。「貴人え年始の文章」から「奉公に被召出たる返事」までの消息文例三〇通と、「差上申手形之事」から「道具売手形」までの手形証文文例一一通を収録した用文章。季節の推移に伴う書状と商用文が中心で、同一テーマで上輩・同輩・下輩の三通りの例文を掲げるのが特徴。本文を大字・五行(証文類は六行)・稀に付訓で記す。巻頭口絵に「亀井戸天満宮図」、前付に「五性男女名頭字」「書法心得」、巻末に「片仮名・真字・古文字いろは」を掲げる。なお、本書後半の証文類を省き、付録記事を一部変更した改題本『書状用文安永鑑』†が文化四年(一八〇七)に刊行されている。〔小泉〕
◆あんしょうこころのたね [0044]
〈学校入門〉諳誦心の種‖【作者】若林長栄作。【年代】明治七年(一八七四)刊。[大阪]広瀬藤助(藤輔・泰山閣)板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈学校入門〉心乃種』。半紙本一冊。@「五十韻」、A「府県名」、B「大日本郡名づくし」、C「開化日用篇」、D「帝号」、E「年号」を収録した教科書。@は、イロハ・五十韻を平仮名・片仮名で綴ったものや数字・九九、また「袖時計(西洋時計の見方)」について記したもの。Aは、府県名毎に石高・国号・郡数・郡名を一覧にしたもの。Bは、旧国名毎に郡名を列挙したもので、後半に「各国地名尽(世界の主要地名)」を載せる。Cは、日月・一週(曜日)・月名や新貨(単位と旧貨との換算)、また各種舶来品の英語読みと漢字表記に説明を加えたもの。Dは歴代天皇名、Eは元号名。頭書「英和通辨」は、基本英単語の筆記体綴りと読み、対応する日本語の漢字表記と読みを付した、イロハ引きの語彙集である。〔小泉〕
◆あんせいうたじづくし [0045]
〈拾遺新著〉安政歌字尽‖【作者】紐野吉治(楳一堂・雪蛍)作・序。【年代】安政五年(一八五八)序・刊。[因幡]紐野吉治蔵板。【分類】語彙科。【概要】半紙本一冊。『小野篁歌字尽』†にない漢字を用いて作った新編『歌字尽』。『小野篁歌字尽』と同様に字形の似通った漢字五字を一行(例外的に一行二〜四字の箇所もある)集めてこれを一単位とし、各単位毎に暗誦用の狂歌を付けた往来物。例えば第九行では、「吉(きち)・吝(あわれむ)・召(めす)・呑(のむ)・唇(くちびる)」と漢字を列挙した後で、「しはきちよ、ぶんはあはれむ、かたなめす、てんはのむなり、たつはくちひる」の狂歌を細字で添える。このようにして全一三〇行六三七字を連ねるが俗字も相当数含まれる。また、冒頭一六句の頭字のみを続けると、「因幡御城下住、紐野吉治、歌字尽作如此」の一文になるのは作者の遊び心が見えて興味深い。また巻頭「古代見之辨」に、小野篁が破軍星の化身との俗説を紹介する。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆あんせいようぶんしょう [0046]
〈新刻・頭書画入〉安政用文章‖【作者】井亀道人作・序。【年代】安政四年(一八五七)刊。[江戸]井上葦月蔵板。[大阪]河内屋茂兵衛ほか売出。【分類】消息科。【概要】異称『〈頭書重宝・日用便蒙〉安政用文章』。半紙本一冊。序文に「中人以下、工商等の多く用うるを旨として…」と述べるように、江戸町人に有用な消息例文を集めた用文章で、井上氏の私家版。「年始披露状文」から「時候伺披露状」までの一一二通を収録する。五節句や四季折々の手紙、また通過儀礼や商売向けの手紙、さらに諸用件の手紙まで庶民に必要な例文をほぼ網羅し、火事・地震・津波・病気など凶事の見舞状や、旅行・死去・事件などに関する独特な例文も含む。各例文を大字・五行・付訓で記す。本文の随所に「俊成卿詠歌之図」など一五葉の挿絵を掲げる。また、本書の増補版(内閣文庫本)には、上記に続けて「手形証札之部」を付し、「金子為替手形」〜「跡式譲状」の一八通の証文類文例を載せる。付録記事も豊富で、前付に「漢蘇武雁書を贈図」など三葉の口絵、目次・本文の頭書に「近江八景詩歌」「手習教訓往来」「筆学道話」「文章類語」「苗字尽」「小笠原諸礼之式」「諸書物認之図」「万呪術名方鑑」「書札認之大旨」「文章四季時候詞」「算学塵劫記」「四季料理献立抄」「茶湯心得并器物」「生花指南抄」「服忌令」などのほか、天象・地儀・時令・殿舎・神仏・人倫・武器・服飾・絹布・肢躰・病疾・宝貨・器財・食物・樹木・草花・禽獣・魚鱗・蟲介の一九部から成る語彙集「日用字尽」を収録し(増補部分の付録記事を含む)、さらに刊記部分に「十干之図」「十二支之図」「不成就日」を掲げる。〔小泉〕
◇あんせいようぶんしょう [0047]
〈通用案文〉安政用文章‖【作者】十返舎一九作。橘正敬書。【年代】安政六年(一八五九)刊。[江戸]山口屋藤兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『〈文言取遣〉通用案書』。中本一冊。文化一三年(一八一六)刊『〈取遣文言〉通用案書』†、または文化元年(一八〇四)原板・弘化三年(一八四六)求板『〈通用案書〉書状大全』†(仮称)のいずれかの改編本と思われる用文章。本書の奥付に「文化元年八月発行、同十二年一月増補、安政六年七月再刻」の旨を記すように、『安政用文章』の書名は再板時の書名であって、初板本の原題ではない。前半部「〈取遣文言〉通用案書」は、「年頭披露状」〜「商売向御用承礼状」の一四三通で、四季・五節句・通過儀礼・商取引等の多様な例文から成る。後半部「〈通用案書〉証文手形案文」は、「店請状」〜「りゑん状」までの証文類二六状から成る。本文を大字・五行(証文類は六行)・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆あんせいようぶんしょうたいせい [0048]
安政用文章大成‖【作者】不明。【年代】万延元年(一八六〇)刊。[京都]山城屋佐兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈御家流〉安政用文章大成』『安政用文章』。半紙本一冊。「四季之部」「祝儀之部」「商人要用之部」の三部構成で編んだ用文章。「四季之部」は「年頭状」から「年忘に人を招文・同返事」までの二二通で、四季・五節句の手紙。「祝儀之部」は「縁談取持致す文」から「病気全快歓之文・同返事」までの二五通で、通過儀礼その他吉事に伴う書状。「商人要用之部」は「年頭状」から「仕切銀差登す状」までの商用文章一四通。合計六一通を収録し、うち、年頭状・暑気見舞い・寒気見舞い・婚礼祝儀状については、上下の違いに応じた二、三の例文を載せる。本文を大字・五行・付訓で記す。本書は万延元年新刻であるから、書名のように安政末年、改元間近の編集であろう。〔小泉〕
◆あんもんしょかんぶくろ [0049]
〈御家〉案文書翰袋‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[江戸]品川屋久助板。また別に[東京]品川屋朝治郎(浅治郎)板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】中本一冊。消息例文と証文文例を集録した用文章の一つ。前半の消息部は、「年始之文」から「米(よね)を賀す文」までの四〇通で、五節句や四季の手紙、通過儀礼、その他吉凶事に伴う手紙から成る。後半の「諸証文之部」は、「奉公人請状」から「御関所手形」までの一般的な証文文例一九通で、「養育証文」や「離縁状」などを含む。消息文を大字・四行・付訓、証文類をやや小字・七行・付訓で記す。前付に「七夕歌づくし」「封状上書高下」「廻状書様」「口上書」「折紙・目録書様」等の書簡作法関連記事(この前付がない版もある)、頭書に「大日本国尽」「百官名」「東百官」「五性名頭字」「十二支・十干」「月之異名」「消息往来」「手紙書様心得」「千字文」「書初詩歌」「三体いろは」「七夕の歌つくし」、巻末に「日の異みやう」「封状上書高下」等の記事を収録する。〔小泉〕





◇いいだおうらい [0050]
〈肥前〉飯田往来‖【作者】木原梅太郎書。【年代】嘉永六年(一八五三)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。「御私領者、藤津東郡能古見郷之内也。南者、隣諌早私領江岡為境…」で始まる文章で、飯田(肥前国藤沢郡七浦村)の地理的位置、住民、地勢風土、生産物資、さらに名所旧跡や神社仏閣の景趣・由来・縁起等を記した往来。本文を大字・五行・無訓で記す。〔石川〕
◆いえなづくし [0051]
〈相性名頭・偏冠字尽〉家名尽‖【作者】山栖堂書。【年代】江戸後期刊。[江戸]吉田屋文三郎(文江堂)板。【分類】語彙科。【概要】中本一冊。「家名尽」「相性名頭字」「偏冠構字尽」から成る往来。「家名尽」は「糸屋・池田・伊丹…」から始まる二五八の屋号をイロハ順に収めるが、その中には鱗形屋、鶴屋、敦賀屋、永楽屋など、当時実在した板元の名も多く含まれる。また、「相性名頭字」は木・火・土・金・水の五性毎に男女ともに吉運の名頭字を列記したもので、「偏冠構字尽」は漢字の部首を列挙した字尽である。上記本文を大字・四行(「偏冠構字尽」は五行)・付訓で記す。〔竹松〕
◇いえひさこうきょうくんなにわづのうた [0052]
家久公教訓難波津の歌‖【作者】島津家久作か。【年代】書写年不明。【分類】教訓科。【概要】手習い入門者の手本にしばしば用いられる『難波津』の歌(「難波津にさくやこの花冬ごもり、今を(は)はるべとさくやこの花」)の各音(三一音)を冒頭に据えて詠んだ教訓歌。第一音が「な」で始まる「何事もやつより学ふ道なれは、こゝろをかけよ高きいやしき」以下三一首を収録する。筆道・学問から人倫までの諸教訓を説く。〔小泉〕
◆いえやすたいへいじょう [0053]
家康太平状(仮称)‖【作者】不明。【年代】寛永一七年(一六四〇)作・書。【分類】歴史科。【概要】大本一冊。慶長三年(一五九八)に豊臣秀吉が没し、同五年に関ヶ原戦争が起こるまでの経緯、同合戦の様相と経過、徳川方の勝利と石田三成らの処刑、慶長一九年の大坂の陣に至る経緯、同合戦の様相と経過、同合戦の結末による豊臣家の滅亡と太平の招来までの歴史について記した往来。要するに、徳川家康が関ヶ原・大坂の両合戦に勝利して太平の世を開いたことを謳歌した内容であり、近世歴史科往来の先駆の一つと見なすことができる。また、特定の戦争の後に、その合戦の様相を記事文体で伝える往来としては、古往来の一つ『応仁乱消息』†の後身と見なすことができる。本文を大字・五行・無訓で記す。〔石川〕
◆いがくじげん [0054]
為学邇言‖【作者】宮崎畏斎(成美・子慎・襄谷)作。宮崎成身(栗軒)校・跋。【年代】文政五年(一八二二)跋・刊。[江戸]学習館板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。著者経営の私塾・学習館の門弟のために編んだ童蒙教訓書で、子の成身が出版したもの。「教の基」「教は早きを尊ぶ」「学問にあらざれば本然の性に復する事あたはず」「学問せずして事足といふは非なり」「為学の法」「格物致知」「修身」「道」「教」「儒」「博学」「審問」など、学問の主旨・心得を二五項にわたって説き示す。本文をやや小字・一〇行・稀に付訓で記す。〔小泉〕
◇いかせんじもん [0055]
医家千字文‖【作者】惟宗時俊作・序。【年代】永仁元年(一二九三)序。天保(一八三〇〜四四)頃刊。[京都]銭屋惣四郎板。【分類】語彙科。【概要】異称『医家千字文註』。大本一冊。天地自然、人体の構造、医薬の歴史、医薬の特徴と効用、鍼灸、健康法などを綴った医学・生理学関係の千字文。本文を楷書・大字・八行大・無訓で記し、二句毎に詳細な割注を付す。奥書には惟宗時俊が鎌倉中期(永仁元年)に撰作したとあるが、事実であるかは疑わしい。〔竹松〕
◇いがのくにめいしょぶんしょう [0056]
伊賀国名所文章‖【作者】川口雉言作。【年代】享保一七年(一七三二)書。【分類】地理科。【概要】原文は不明だが、高木利太著『家蔵日本地誌目録』(昭和二年)中にあり。同書によれば、「名所消息往来を三種三様の文章にて或る人のために書き送る体にした名所記で、其中の一種は年中行事式に社寺の祭や祈日を知らせたもの」という。〔小泉〕
◇いけんじょう [0057]
異見状‖【作者】不明。【年代】文政(一八一八〜三〇)頃書。【分類】教訓科。【概要】大本一冊。種々の格言・俚諺風の心得を羅列して手本としたもの。「松竹の、代々を重て君が代の、久しかるへき例にも…」で始まる七五調の一文に、まず第一「孝行」、第二「師の教えに背かない」、第三「主の下知に従う」、第四「世間の法を破るな」の四カ条を示し、続いて「兄は弟を憐み、弟は兄を敬え」「年寄の骨折業に、若者の骨おしみ」などの教訓を列記する。明治初年まで弘前地方で使用された往来物という。〔小泉〕
◇いけんじょう [0058]
異見状‖【作者】山本勘蔵書。【年代】江戸後期書か。【分類】教訓科。【概要】前項と同名、同趣旨だが別内容の往来。「夫、悪党之徒もの、先寺通を忌嫌ひ、辻屋小路に隠れんぼ、鶏を追廻し、近所隣にあらはれて、親や師匠の世話になり、邂逅(たまさか)寺に来りても、机・文庫をよこに置、顔や手足にすみを塗…」で始まる七五調の文章で、怠学者の生活態度やその不幸な将来を描いて戒めとする。後半ではそうならないために、礼儀、早起き、正直、勤勉などを諭す。山口県豊和郡和久村で使用された手本という。〔小泉〕
◆いけんたがみのうえ [0059]
異見短歌身濃上‖【作者】不明。【年代】文政三年(一八二〇)書。【分類】女子用。【概要】異称『短歌身の上(たがみのうえ)』。大本一冊。「ふりくらしぬるあめの中、筆にまかせることのはわ、うはのそらなることならす、よそのこととなおもひそよ、みなひとのうゑぞかし…」で始まる七五調の文章で、養育の高恩や孝行の必要性、結婚後の行住坐臥の心得などを諭した往来。文中、「ことに女はほどもなくよそへむかゑてゆく」のであるから、なおさらのこと孝行せよと説き、最後に日々己の心を省みて身持ち正しく生き、「いくよろづよもにぎやかに目出度春を送るべし」と結ぶ。本書と同様の記事は、江戸中期以降の女子用往来(その最古の例は享保(一七一六〜三六)頃刊『女手ならひ教訓の書』†頭書「短歌身の上」)の付録記事などに見られるが、本書もこれら刊本からの写しであろう。文政三年写本は、本文を大字・七行・無訓で記す。なお、江戸後期書『子供異見』†も本書とほぼ同内容である。〔小泉〕
◆いけんはやびきだいぜんせつよう [0060]
意見早引大善節用‖【作者】為永春水(佐々木春水・鷦鷯斎・鷦鷯貞高・狂訓亭・教訓亭)作・序。渓斎英泉(斎・池田義信・池田英泉・善次郎・一筆庵可候・無名翁・楓川市隠・白水)画。【年代】天保一四年(一八四三)刊。[江戸]山崎屋清七ほか板。【分類】語彙科(節用集)。【概要】異称『意見早引大善節要』。中本一冊。いわゆる一般的な節用集とは異なり、格言・俚諺中の冒頭語やその他の日用語を語彙の第一音によってイロハ順に配列した語彙集。『節用集』風の体裁で語句を大字・七行・付訓で記し、語彙のほとんどに教訓色や滑稽味を帯びた戯文調の割注を施す。例えば、「イ」項「衣服」には「びれいなるは人のにくしみをうけるもと也」とある。本文中または頭書に庶民風俗画を配し、また巻末には「遠類は近隣に如かず」「堪忍」「三患(富貴がもたらす三つの災い)」等の教訓や、日用生活上の心得を記した「毎日食事の心得」を載せる(後半部はやや小字・八行・付訓)。〔小泉〕
◆いさめぐさ [0061]
いさめ草‖【作者】勝田祐義作か。【年代】宝永三年(一七〇六)序・刊。[京都か]梅村某板。【分類】女子用。【概要】異称『以佐免草』『諌草』『愚蒙いさめ草』『〈教訓〉意散迷艸』。大本二巻四冊、後に二巻二冊。自らの亀鑑として、また子孫の教訓のために「聖賢ノ金言佳句」を集めて編んだ童蒙用教訓書。上巻に一三一項、下巻に九六項の合計二二七項を収録する。主に、学問・教育の大切さや儒教倫理、金銭の価値、その他日常生活の心構えなど諸般の内容に及ぶ。本文をやや小字・一二行・稀に付訓で記す。本書には、挿絵数葉を含む絵入り本もあるが、天明二年(一七八二)再板本では挿絵が削除された。また、本書から約半分の一〇九項を任意に抽出した改編本『子孫宝草』†(伊藤芳脩編)が文化一三年(一八一六)に刊行されている。なお、本書初板本には作者・板元名とも無記載だが、『正徳五年書目』には板元に「梅村」とあり、『享保一四年書目』は作者を勝田祐義とする。〔小泉〕
◆いしきかいいずかい [0062]
〈今江五郎解〉違式モ違図解‖【作者】今江五郎作。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[名古屋]万屋東平(栗田東平・蘇香・慶雲堂)板。【分類】社会科。【概要】異称『〈御布令〉違式モ違図解』。中本一冊。明治六年に始まる日本最初の軽犯罪取締法令である「違式モ違条例」を図解した教科書。第一条「違式の罪を犯す者は、七十五銭より少からず、百五十銭より多からざる贖金を追徴す」に始まる違法行為の罰則規定「違式モ違条令」全一〇五カ条を図解とともに掲げたもの。巻頭に、太政大臣・三条実美の名で公布された明治六年七月の太政官布告を掲げる。本文を楷書・小字・一二行・所々付訓(稀に左訓)で記す。〔小泉〕
◆いしやまぶんしょう [0063]
石山文章‖【作者】三井慎斎書か。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】「きのふ石山え詣まいらせ候道すから、野山の風景おもしろく、殊に彼等は類ひなき古跡にて、昔上東門院につかへ給ひし紫式部…」で始まる女文形式で、石山寺近辺の名所や景趣・故事などを略述した往来。三井慎斎寺子屋で使用された手本という。〔小泉〕
◇いしやまもうで [0064]
石山詣‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】異称『石山まふて』。横本一冊。「隅田川詣」「都詣(都往来)」とともに合綴された往来で、次項とは別内容。地理科・参詣型往来の体を装うが、実質は『源氏物語』の由来に終始した内容で、石山寺についての地理的記述はほとんど見られない。「年月久々の願にて、石山参詣致しまいらせ候道すから、野山の風景おもしろく、ことに彼の寺はむかし上東門院につかへしむらさき式部、此所にこもり…」と筆を起こして、以下『御家流源氏六十帖』†と似通った文言を交えながら、六〇帖の成立や五四帖になった経緯に触れる。〔小泉〕
◇いしやまもうで [0065]
石山詣‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。石山寺(滋賀県大津市)への参詣を想定して、近江八景などの景観を略述した短文の往来。同題だが前項とは別文。「池のおもに照す月なみをかそへ候得は、無程秋の最中に移り候まゝ、徒に眺なんも本意なき石山寺に詣…」と筆を起こし、「…三井の晩鐘もつけ渡候まゝ、又野伏と帰候。穴賢」と結ぶ。本文をやや小字・一〇行・無訓で記す。〔小泉〕
★いしょくじゅうてんちけいけんじづくし [0065-2]
衣食住天地見計字尽‖【作者】不明。【年代】江戸中期書か。【分類】語彙科。【概要】異称『衣食住・家財・五穀〈并〉魚鳥・草木・虫獣計見字尽〈附人倫門・支躰門〉』。大本一冊。羽後仙北郡金沢西根村(現・秋田県横手市)で使用された『字達集』と題した手本の冒頭に所収。「凡衣服・染色・家財・五穀并ニ山海之魚鳥・草木・虫獣ニ至迄可取扱文字、先、衣類者素袍上下、肩衣、袴、小袖、被袷、単物、帷子、布子、羽織、夜着、蒲団、蚊帳、浴衣、帯、頭巾、帽子…」と起筆し、タイトルに示された衣食住関連の日用語を列記した往来。虫獣類の語彙を列記した後で、「右大概任思出書畢。終」と結ぶ。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆いしんかんごおうらい [0066]
〈童蒙必読〉維新漢語往来‖【作者】不明。【年代】明治七年(一八七四)刊。[東京]丸屋正五郎板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈維新〉漢語往来』。中本一冊。明治初年までに数種板行された『漢語往来』の一つ。『消息往来』†と同様の編集形式で日用漢語を列記した往来。ほぼ手紙の冒頭から書止までの順に従って書簡用語を列挙した文章中に時候・人称、学問、人倫や社会生活全般に関する語彙を多く織り込む。本文を大字・五行・付訓で記し、任意の語句に左訓や割注を施す。〔竹松〕
◆いしんせんじもん [0067]
〈堀川慶造編輯〉維新千字文‖【作者】堀川慶造作・刊。堀川庫次書。岡本鶴斎序。【年代】明治一〇年(一八七七)序・刊。[奈良]惜陰書屋(堀川慶造)蔵板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。文明開化期の社会を象徴する語彙を列挙した『千字文』型教科書(全九九二字)。「方今開化、六合推移、万邦比隣、交際多端、宇宙静謐、黔首安穏、億兆競起、陋習廃去…」と起筆して、まず天地全般の語句を掲げ、世界における日本の位置を示し、続いて明治初年の政治・行政・文化・産業・国民生活・風俗・治安・貿易・学問の状態を縷々述べる。特に文明の象徴とされた鉄道・蒸気船・電信・博覧会・写真・種痘・断髪・翼傘(こうもりがさ)・帽子・洋服・靴・椅子・煉瓦・ガラス・証券・印紙・窮理学などの語彙を列挙する。末尾では奢侈を捨てて倹約に努め、無益な遊戯に耽ることなく世の模範たるべく切磋琢磨せよと諭す。本文を楷書・大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆いしんようぶん [0068]
〈雅俗〉維新要文‖【作者】西野古海編。佐瀬得所書。許山寒士序。【年代】明治一二年(一八七九)序・刊。[東京]河井源蔵(有則軒)板(明治一八年求板)。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。近代社会における交際・儀礼、家事経済から社会生活に及ぶ公私諸用件の豊富な例文を盛り込んだ用文章。「年始之文」から「依頼引受報告文」までの一〇八通を収録。書状配列は、明確な季節順や内容別にはなっておらず、概ね関連の書状を羅列したもので、しばしば同一主題について複数の例文を掲げるのも特徴。各例文を大字・四行・付訓(漢語に左訓)で記す。頭書には本文に関連した類語・類句を列挙するほか、巻末に「月之異称」を掲げる。〔小泉〕
◆いずちりおうらい [0069]
〈渡辺輝寿編輯〉伊豆地理往来‖【作者】渡辺輝寿(雪斎)作。渡辺菊寿校。菊池晁塘書。【年代】明治七年(一八七四)刊。[三島]小西又三郎(小西章・栄樹堂)板。【分類】地理科。【概要】異称『〈小学教授〉伊豆地理往来』。半紙本一冊。「東海道の伊豆の国、北緯三十五度にして、乾に富峰(ふじ)の高嶺をうけ、北に函嶺(はこね)の嶮を負ひ、三面海を環らして…」で始まる七五調・美文体で伊豆方面の地理を記した往来。まず伊豆国の管轄範囲・地勢・人口・風土等の概略を示し、伊豆国第一の都会である三島町から初島までの主要地の地理・産業・文化・沿革などを紹介する。本文を大字・五行・付訓で記す。また明治一五年改正版では、本文上欄に「明治九年足柄県廃県、静岡県ニ合併」「人口明治十年五月調」などのようにその後の動向や推移を注記する。巻頭に「伊豆国宿町村名」(一覧)を掲げ、巻末に折込の伊豆国全図(色刷り)を付す。〔小泉〕
◆いずみめいしょ・ひゃくしょうおうらい・いけんじょう [0070]
和泉名所・百姓往来・異見状‖【作者】不明。【年代】文政一三年(一八三〇)書。【分類】合本科。【概要】半紙本一冊。『和泉名所』以下三本を合綴した手本。いずれも大字・四行で、『和泉名所』のみ無訓、他は付訓で記す。『和泉名所』は「陽春之弥生中はも長閑にて、我住国の寺院・古跡一見仕度、近隣之一両輩令誘引、先茅渟(ちぬ)之浦浜寺より出懸候…」で始まる文章で和泉国内の名所とその故事などを紹介した往来。『百姓往来』は、『耕作往来』†や『耕作文章』†とほぼ同内容の往来で、流布本『百性往来』†とは異文。「抑、百性を指て御宝の民と仰とかや。春夏秋冬、七十二侯、時節之応変を考、営むへき条々常々存知事なれども、愈能(いよいよよく)童蒙ニ覚さしめんがため次第不同を厭ず愚なる筆にまかす…」と起筆して、農作業の身支度、四季の変化に応じた耕作手順と必要な道具、栽培すべき作物、折々の心得、また収穫期の検地・納税までを述べて、「…千秋万歳、万々歳、仏神加護、弥増ニ君の恵ぞ難有々々」と結ぶ。『異見状』は、別項二種の『異見状』†とは異なり、「屋根者笹葺に、外は自然之竹垣(ささがき)に、十四、五なる少人独使はれて、家に杖突齢にて…」で始まる教訓で、自らの人生を回顧しながら幼時の生活態度を諭す老人の話を立ち聞きした著者がその場で扇に書き付けたものとする。なお、『異見状』と酷似した往来に『徒往来』†や『垣越状』がある。〔小泉〕
◆いせいていきんおうらい [0071]
異制庭訓往来‖【作者】伝虎関師錬作。東西軒書(天和三年(一六八三)板)。【年代】室町前期作。古写本は寛正二年(一四六一)書。刊本は天和三年刊。[京都]小河多右衛門板。【分類】古往来。【概要】異称『〈虎関和尚〉異制庭訓往来』『百舌(鳥)往来』『新撰之消息』†『新撰消息往来』†『冷水往来』『十二月往来』ほか。寛正二年写本『冷水往来』(陽明文庫蔵)は大本二巻合一冊。天和三年刊本は大本一冊。南北朝時代、延文〜応安(一三五八〜一三七二)の頃に作られた古往来。各月往返二通、一年二四通の手紙文で構成され、各手紙文中に、撰作当時の社会生活に必要とされた類別単語集団を含むのが特徴。単語は、仏教(一二二語)、漢文・文学・教養(四六一語)、人倫・職分職業(三二語)、衣食住(二二二語)、武具(七七語)、雑(二四語)、計九三八語に及ぶ。天和三年刊本は本文を大字・六行・無訓(例外的に付訓)で記す。〔石川〕
◆いせさんぐうおうらい [0072]
〈文政新撰〉伊勢参宮往来〈童学文章画入〉‖【作者】十返舎一九作。【年代】文政五年(一八二二)刊。[江戸]西宮新六(翫月堂・春松軒)板。【分類】地理科。【概要】中本一冊。江戸・品川を発って伊勢へ向かう道中のうち、四日市(三重県四日市市)の追分から伊勢街道を通って伊勢神宮に至る行程を綴った参詣型往来。伊勢までの行程は、文化三年(一八〇六)刊の『東海道中膝栗毛』五編下および五編追加とほぼ同じで、四日市追分、白子、上野、津、松坂、小畑(小俣)、中河原、山田と歩を進める。伊勢では、『膝栗毛』が繁華街の妙見町、古市を先にして、内宮、外宮の順に回るのに対し、本書では外宮、内宮、妙見町、古市に至る通常の参詣順となっている。また、『膝栗毛』のような滑稽味を払拭するが、取り上げた名所旧跡は同様で、四日市追分、白子、津、小畑、中河原、山田から外宮に入り、五十鈴川を渡って内宮へ至るまでの各地を紹介する。旅人の投銭を三味線の撥で受け止めるというお杉・お玉や、沿道で袖乞いする女・子どもの様子にも触れる。「伊勢参宮記行之事、先、東海道筋品川より勢州四日市迄之道之記者、数多道中記に委敷故省略畢…」で始まる本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「伊勢参宮道中図会」を掲げる。〔丹〕
◇★いせどうちゅう [0073]
伊勢道中‖【作者】不明。【年代】嘉永(一八四八〜五四)頃書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。同題だが次項とは異文。京都を出発点とし、伊勢神宮を終着点とする道中記風に、京都より伊勢神宮までの沿道の地名・名所旧跡の景趣などを詠みこんだ往来。「実も都を立出て、東の空も白川に、日の岡峠名はかりは、しる谷こへて朝草を、追分過て相坂の…」で始まる七五調・美文体で綴る。なお本書の後半部を大幅に増補した異本『伊勢道中』†もある。〔竹松〕
◆いせどうちゅう [0074]
伊勢道中‖【作者】津国屋金蔵書。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】折本一帖。前項『伊勢道中』と同様に、京都から伊勢神宮までの沿道の名所旧跡風景や寺社縁起等を記した異文の往来。無題の折手本中に「消息」「数字」「単位」「証文」に続いて収録する。「皇の、花の都を立出て、先三条小橋大はし打過て、吾妻の空も白河や、粟田神明額て、蹴上の茶見せ日の岡の、峠を越して、扨天智天皇の古都とて…」と起筆して、末尾が「…斎宮通者祓川、小畑遙に宮川に、代垢C取し童の、山田を過て間の山」で終わる零本である。半折(一頁)に大字・二行・無訓で綴る。〔小泉〕
◇いせもうで [0075]
伊勢詣‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】「御参宮被成候よし、天気もよろしく、道すがら克御慰と存まいらせ候…」で始まり「…御退屈之御事長途の御草臥も如何と存まいらせ候へは、筆留まいらせ候。かしく」と結ぶ七五調の女文で、日野岡峠・渋岩・逢坂・大津から伊勢神宮までの行程と伊勢神宮の景趣などを略述した往来。次項とは異本。〔小泉〕
◇いせもうで [0076]
伊勢詣‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】天明六年(一七八六)年刊『伊勢まうてかな文』†とほぼ同内容の往来。「神風や、伊勢の内外の御宮居は、日の本第一の宗廟にておはしませば、我朝の貴賤いづれか此御神の御恵蒙ぶらざらんや…」と筆を起こして、伊勢神宮までの名所を紹介したもの。早朝に京都・白川を出発し、蹴上の水・粟田山天智天皇陵・安祥寺・走井の水・逢坂から近江八景方面までの名所旧跡とその景趣・縁起由来・古歌を記す。末尾を欠くため、伊勢神宮に関する記述内容は不明。〔小泉〕
◆いせもうでかなぶみ [0077]
伊勢まうてかな文‖【作者】西谷良恵(西谷道・篤志軒)作・序。八木利愛跋。【年代】天明六年(一七八六)序・跋・刊。[京都]菊屋長兵衛(文生堂・今井長兵衛)板。また別に[京都]田中屋宗助(田中宗助・煥章堂)板あり。【分類】地理科。【概要】異称『かな文伊勢詣』。大本一冊。「神風や伊勢の内外の御宮居は、日の本第一の宗廟にておはしませば…」と書き始め、伊勢神宮は日本第一の神社であるから貴賤老若を問わずに参拝すべき旨を強調し、次いで、京都白川より粟田・鈴鹿などを経て伊勢神宮に至る沿道の名所旧跡、ならびに同神宮の景趣・由来・縁起などを七五調・美文体で記した往来。地理科往来の都路型と参詣型を折衷したような本文を大字・四行・無訓の手本様に綴る。前項『伊勢詣』†とほぼ同内容。〔石川〕
◆いせものがたりたいぜん [0078]
伊勢物語大全‖【作者】戸部尚作・書。【年代】正徳三年(一七一三)刊。[京都]田井利兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『万葉伊勢物語』。大本一冊。『伊勢物語』を本文に据え、「よみくせ、注釈をくわへ、頭書には女中諸礼躾方、其外常に用ゆへき事を集め」た往来。『伊勢物語』本文はほとんど仮名書きで、やや小字・一三行・稀に付訓で記すほか、随所に細字の略注を付し、さらに多くの挿絵を掲げる。巻頭に「清水之図」「琴の図」「琴の組指南」「男女相生善悪を知事并に歌」「四季花鳥の歌」「源氏名寄長歌」「三夕の和歌」「五行の歌」「五色の歌」「在原業平略伝」、また頭書に「つねにわきまへしるべき条」「五節句」「みやづかへする人こゝろへ有べきしな」「相性の事」「祝言道具」「婚礼祝言」「祝言の夜膳部」「しやく人の事」「物くふべきしだい」「産前後心得・養生」「女性諸病妙薬」「かけ香名方」「たき物の方」「名香名寄」「やまとことば」「しみ物をとす事」を載せる。〔小泉〕
◇いそみなとおうらい [0079]
磯湊往来‖【作者】守屋峨眉(煥明・峨眉山人)作。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】常陸国久慈郡磯湊およびその周辺の景趣・名所旧跡・神社仏閣などについて記した往来。「歳比之願望にて、此度、常陸国久慈郡、村松虚空蔵へ参詣いたし候に付、那珂湊、磯の浜は其近きあたりにて、さしも謂ある神社・仏閣も多く…」と筆を起こし、目標を一つに定めずに、いくつかの名所旧跡を歴訪する形式で綴る。〔竹松〕
◇いたずらおうらい [0080]
徒往来‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】教訓科。【概要】文政一三年(一八三〇)書『和泉名所・百姓往来・異見状』†中の『異見状』とほぼ同内容の往来。八一歳のある老人が子どもに聞かせる教訓として綴ったもので、「或人の閑居と相見へ候家根之笹葺きに、外は自然の竹垣に、十四、五歳成る少人独つかはれて…」と筆を起こし、自らの体験の反省から、幼時よりの手習い・学問の大切さを説く。かの老人は、幼少時に手習いが嫌いで、悪戯や悪行に耽けっていたため、この年になっても書物や手紙も読めず、きちんと話をすることもできないと、自らの後悔を述べる。〔小泉〕
◆いちぎょうひとこと [0081]
一行一言‖【作者】一行花(於花・此花)作。守忠(生々堂)画・跋。【年代】明治初年刊。[大阪]実行舎(神戸三藤か)板。【分類】女子用。【概要】異称『一行一言〈附〉あづま立』。半紙本一冊。富士講初代教主・一行花が富士講の教えに基づいて説いた女子教訓書。「縫針の芸能」や女子の心持ち(和順・礼儀・柔和・孝行・貞節等)、また色欲に耽るな、信を破るな、家を乱すな、人を誹るなの四つの戒めを守り、天下泰平、国土安穏を朝夕祈るべきことを諭す。巻末の「東立」は、「いともたふとき参鏡(みかがみ)の、をしえの道をてらしたる、食行そんしと申せしは…」で始まる七五調の文章で、食行身禄が享保一八年(一七三三)六月の断食から七月に入定するまでの逸話を記したものである。いずれも本文を大字・六行・付訓で記す。〔小泉〕
◇いちじょきょうくん [0082]
一助教訓‖【作者】不明。【年代】嘉永元年(一八四八)書。【分類】教訓科。【概要】岡山県邑久郡豊原村地方で使用された往来物。本文の末尾を欠くが、冒頭に人間は生まれながら貴いのではなく、道を学ぶのが人たる所以である旨を述べ、続いて生涯の吉凶・善悪は学と不学とにあること、学問の本質を見失わないことなどを説く。伝本は零本で、「生れなからにして貴きものなし。人として学ばざれば川を渉りて橋無が如し、空を凌いて翼なきが如しと云り…」で始まる冒頭部分のみが伝わる。〔小泉〕
◆いちだいしょようひつりんほうかん [0083]
〈文章大全〉一代書用筆林宝鑑‖【作者】中村三近子(一蒼・平五・平吾・三近堂・絅錦斎)作。長谷川光信(永春・庄蔵・松翠軒・柳翠軒・梅峯軒)画。【年代】享保一四年(一七二九)序。享保一五年刊。[京都]植村藤次郎(伏見屋藤次郎・藤治郎・錦山堂・通書堂・玉枝軒)板。【分類】消息科。【概要】異称『一代書用』『一代書用文集』『〈増補〉一代書用文集』。大本一冊。最も例文が豊富な用文章の一つ。例文中の割注や説明文に関連知識を多く盛り込み、各種語彙集など付録記事も多彩で、一種の生活百科の趣を持つ。収録書状数は一部、口上書や往来物を含み合計二二二通(一部の例外を除き全て往状)を収録し、それらを「佳節門」以下一〇門に分類する。一〇門の概要は「佳節門」(「年始披露状」以下三二通)、「祝儀門」(「婚礼状」以下二六通)、「宮室門」(「賀棟上」以下九通)、「遊興門」(「花見催文章」以下一七通。ただし末尾「京内参」は往来物)、「寺社門」(「年忌の文章」以下一八通)、「凶儀門」(「弔状」以下二〇通)、「花木門」(「牡丹の文章」以下六通)、「雑章門」(「振廻(ふるまい)の文章」以下五一通)、「工商門」(「具足屋え遣文章」以下四〇通)、「三教門」(「忠孝君父文章」以下三通)である。一〇門中、「宮室」「寺社」「花木」門は独特であり、「工商」門は職業別用文章『四民往来』†の着想に連なるものである。各例文をやや小字・九行・付訓で記し、例文中随所に掲げた割注は詳細で、語注・類語・異名や書簡作法・用語を中心に、年中行事、故実、風俗習慣、通過儀礼、信仰、妙薬、礼法、気象などに及ぶ。さらに、前付・頭書には「七芸十能の図」「篆字篇冠」「和語童蒙訓」「居判(すえはん)の要書」「和漢人物略伝」「六芸細釈」「正俗文之誤」「名乗重宝記」「見人相事」「書面走廻用字(魚類・貝・虫蛇・禽鳥・獣・食火・衣服・道具・草木・支体病疾・宮室・時令・天地・言語(げんぎょ)の一四部。最後の言語部のみイロハ引き)」「六々貝歌仙」「日本国尽」、また『和漢三才図会』からの抜粋である「外偏国」や全国各地の主要な年中行事を集めた「年中行事并産物」、「証文手形かゝ見」などを収録する。〔小泉〕
◆いちだいようぶんしょう [0084]
一代用文章‖【作者】文慶堂書。【年代】弘化三年(一八四六)刊。[大阪]広嶋屋伊助ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈御家流〉一代用文章』『商家用文章』。半紙本一冊。天保一五年(一八四四)刊『〈商人通用〉商家用文章』†の増補・改題本。同書前半の書状に、「出火見舞状」から「取替銀催促状」までの二八通の商人用文を追加し、合計六二通を収録。天保板の収録書状は四季や吉凶事に伴うものばかりであったが、本書において商取引上の書状が多く収録され、名実ともに「商家用文章」となった。末尾に文慶堂の跋文(書肆・三省堂主人の依頼によって揮毫した旨を記す)を付す。また後半に「借用申金子之事」〜「里子預り一札」の一〇通の手形証文文例を載せる。本文を大字・五行(証文類は六行)・付訓で記す。天保板巻末の「国尽」は本書において削除され、巻頭に「士農工商」および「書のこと」、巻末に「十干・十二支」を掲げる。〔小泉〕
◆いちねんじょう [0085]
一年帖〈玄海堂四季消息并ニ附録釈文〉‖【作者】長友松軒(玄海堂・東栖散士)書・序。山崎明矩跋。【年代】宝暦六年(一七五六)刊。[大阪]本屋又兵衛(文魁堂)板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。一年の各月にふさわしい消息文例二四通(往復文ではないが各月二通ずつ)を収録した手本。年頭挨拶状から始まり、庭の梅の色香を問う手紙や五節句祝儀状、祇園会に際し上京の同伴の希望を述べた手紙、また、暑中見舞い、寒中見舞いなどの時候の手紙のほかに、殿への謁見の心積もりを知らせる文や、唐船入津による安価な薬種の注文を促す手紙、筆算の達者な手代の依頼の了承を伝える書状、さらに、初節句・元服・婚礼・被衣初など通過儀礼に伴う祝儀状を含む。本文を大字・五行・無訓で記し、巻末(または巻頭)の「一年帖釈文」に主要語句の読み方を示す。また、巻頭(または巻末)に書簡作法全般について記した「書札式」を載せる。〔小泉〕
◆いっきうたづくし [0086]
一騎謌尽‖【作者】加藤桜老作・書。【年代】嘉永五年(一八五二)作。文久三年(一八六三)刊。[江戸]和泉屋金右衛門板。また別に明倫館板あり。【分類】教訓科。【概要】異称『一騎歌尽』。特大本または大本一冊。「楠公の教へには、身正直に邪欲なく、義をよく守り死を忘れ、上を敬して下をなで、大事に臨み動かぬは、是こそ上の武士としれ…」で始まる七五調の文章で、戦場に向かう武士の心得、山河原野での戦い方、戦術・兵法、軍事の要務などについて記した往来。七・五を一句とする全三七三句からなり、七・五の句切りによって上下二段に分けて掲げる。巻末に戦闘時の心得や軍事について補足した「附歌一篇」を付す。文久三年・和泉屋金右衛門板ならびに同年・明倫館板ともに、本文を楷書・大字・七行・付訓で綴る。〔竹松〕
◆いっきうたづくし・ぶぐたんか [0087]
一騎歌尽・武具短謌‖【作者】「一騎歌尽」は加藤桜老(熈)作。「武具短謌」は山鹿素行(高祐・高興・子敬・甚五左衛門)作。【年代】文久三年(一八六三)刊。練武館蔵板。【分類】教訓科。【概要】異称『一騎歌尽〈并ニ武具短歌〉』。中本一冊。「一騎歌尽」と「武具短謌」から成る往来。「一騎歌尽」は、文久三年板『一騎謌尽』(前項)に同じ。また「武具短謌」は、「それ武具は鐙、腹巻、太刀、刀、冑は筋や星冑…」で始まり、甲冑・干盾・刀槍・弓弩・火炮以下の武具・馬具の名称や部品名などを七五調で列挙した往来。なお元治二年(一八六四)の加藤熈自序を付す無刊記本(異板)もあり、界線等に異同があるが、いずれも本文を楷行書・やや小字・七行・付訓で記す。〔小泉〕
◆★いっきゅうきょうかもんどう [0088]
一休狂歌問答‖【作者】松亭金水作。歌川貞房画(以上『国書総目録』)。【年代】享和三年(一八〇三)刊。[江戸]西村屋与八板(文化一四年(一八一七)刊)。【分類】教訓科。【概要】異称『〈文化新撰・一休蜷川〉狂歌問答』『〈頭書〉狂歌問答』。中本一冊。一休和尚と武士・蜷川新右衛門元春がほぼ交互に詠み交わす狂歌に仮託して編んだ教訓。「門松はめいどのたびの一里づか、馬かごもなくとまり屋もなし」に始まる前半五〇首を二人の狂歌問答(ただし一首は光明皇后の詠歌、末尾の一首は上の句蜷川、下の句一休)とし、「雨漏ぢより無漏ぢへかへる一休(ひとやすみ)、あめふらばふれ風ふかばふけ」以下の後半二二首(諸本により異同あり)を一休独吟の狂歌とする。頭書には、神儒仏三教一致に基づく教訓「捷径(ちかみち)をしえ草」を載せる。寛文八年(一六六八)刊『一休咄』以後、問答で本領を発揮する一休の逸話は多数の読み物となったが、そのような一休の絶大な人気が生んだ往来物といえよう。和泉屋板は本文を大字・八行・付訓で記す。〔小泉〕
◇いっしんしょうかおうらい [0089]
〈鼇頭挿画〉一新商家往来‖【作者】佐野元恭作。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[大阪]吉岡平助板。【分類】産業科。【概要】中本一冊。近世流布本『商売往来』†の形式のみを模倣し、全く異なる文面と語彙によって綴った往来。「夫、商売は物品を交易し有無を通する業にして…」と起筆して、多数の商業関連語と若干の商人心得を盛り込む。所載語彙は、順に帳簿類、金融・通貨、価格、運輸、飲食品、布帛(国内名産)、衣類、染色(染模様)、武器・馬具、舶来品、金属、器財、文具、玉石、工芸品、日用品・食器・諸道具、薬種・香具・絵具、穀物、野菜・果物、海草、茸類、鳥獣・魚介類、虫類等で、以下、国内各地の物産を詳述する。さらに、これら名産品の検査・出荷・流通までの手順に触れたうえで、商家子弟の目標や心得を諭して結ぶ。本文を行書・大字・五行・無訓で綴り、巻末に楷書・小字・一三行・付訓の本文を再録する。本書は『〈開化一新〉商法往来』†の影響を受けており、似通った点が多く見られる。頭書「商家心得」に、「廻船送り荷の証」以下、各種証文類の例文を示す。なお、巻頭「博物館内列品之図」と巻末本文再録部は銅版印刷である。〔小泉〕
◆いっしんのうかおうらい [0090]
〈鼇頭挿画〉一新農家往来‖【作者】佐野元恭作。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[大阪]吉岡平助板。【分類】産業科。【概要】中本一冊。近世流布本『農業往来』†等を参考にしながら、近代農業に必要な語彙と知識を網羅的に綴った往来。和漢の農業の由来や農業が国家の基である所以などから書き始め、余暇における手習い・学問の出精、用水・耕地・地味など四季耕作のあらまし、四季時候の作物、整えておくべき農具、西洋舶来の農機具、貿易・通商、主要国産品、五畿七道・道府県、租税、諸職・諸商売、農民心得までを述べる。「夫、農は我日本の神代より始ると雖とも、上古遼ユにして…」で始まる本文を行書・大字・五行・無訓で記し、巻末(銅版刷り)に楷書・小字・一三行・付訓の本文を再録する。頭書「農家心得」には一一章に分けて農家子弟に必要な知識・心得を説く。なお、巻頭挿絵(農耕図・田畑潅水之図)も銅版刷である。〔小泉〕
◆いっしんようぶん [0091]
〈雅俗〉一新要文‖【作者】高畠藍泉(柳亭種彦三世・転々堂)作。岸田吟香校・序。佐瀬得所書。【年代】明治一三年(一八八〇)再刊。[東京]武田伝右衛門(文永堂ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『雅俗一新要文』。半紙本一冊。「賀新年文」以下四四通を収録した手本兼用文章。上巻はほぼ季節順に日用文章を、下巻は「雑文之部」として「婚姻を賀する文」「出産報知之文」「金子借用文」「家相之吉凶を問ふ文」「孝子之写真を贈る文」「伊勢参宮を催す文」など用件中心の書状を載せる。本文を大字・四行・付訓で記し、漢語にしばしば左訓を施す。再板本の刊記によれば初刊は明治八年頃である。〔小泉〕
◇いっぴつあんもん [0092]
〈万民平生〉一筆案文‖【作者】不明。【年代】天保六年(一八三五)再刊。[仙台]伊勢屋半右衛門板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。文化八年(一八一一)刊『〈万民平生〉手紙之案文』†(全一一五通)の前半部分を独立させた用文章。「年頭披露状」〜「病中見廻之文・同返事」の五一通(同書の目次には最後の六通を記載せず)を収める。巻末に「時候之差別」「書簡上中下之差別」「様之字之事」など関連記事を追加する。〔小泉〕
◆★いっぴつけいじょう [0093]
一筆啓上‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[江戸]藤屋棟助(鶴仙堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『一筆』。小本一冊。式亭三馬作『一筆啓上』†とは別内容。前半部「諸状案文」と後半部「手形証文」を合綴した用文章。「年始之文」から「帰国之上土産配る文」までの消息例文三八通と、「店請状」から「御関所通手形」までの証文文例一四通を収録。本文を大字・五行・所々付訓で記す。見返に「二十四孝」のうちの車胤・孫康の図を掲げ、巻末に「諸国御関所附」を載せる。なお本書と同内容の異称本に江戸後期刊『〈御家〉手紙之文』†がある。〔小泉〕
◆いっぴつけいじょう [0094]
〈御家〉一筆啓上‖【作者】式亭三馬(菊地泰輔・久徳・西宮太助・游戯堂・四季山人・洒落斎・滑稽堂)作。青木臨泉堂書。【年代】文化一一年(一八一四)刊。[江戸]英屋平吉板。【分類】消息科。【概要】異称『〈世俗通用〉一筆啓上』『早引用文』『早引用文章』。式亭三馬編でも大本・半紙本・中本・小本など多様な判型で何度も出版されたほか、編者の異なる同題の異本も多く、また、他の用文章に模倣されるなど、江戸後期で最も影響力のあった用文章である。文化一一年板は中本一冊で、「年始の文」から「豊年満作を祝寿(いわいことぶ)く文」までの六九通を収録し、五節句や四季行事、人間一生の慶事や凶事、その他諸用件の手紙などを載せる。例文中には当時の江戸庶民の風俗を彷彿させる記事が多く、また、「遊女狂ひする人を戒る文」「大酒する人を戒る文」は特に長文で教訓色が強く、一種の教訓科往来である。本文を大字・五行(証文類は六行)・所々付訓で記す。さらに、用文章のほかに書簡に頻用する消息用語集(連綿体)である「略字」と、「借用申金子之事」以下一一例の証文類文例を載せる。なお、弘化二年(一八四五)求板の布袋屋市兵衛板や刊年不明の北条忠兵衛板では、匡郭をなくすとともに式亭三馬撰作を隠蔽して「梅泉堂筆」と記すように、改竄本も多数板行された。板種が頗る多く、文化一一年板・文政二年(一八一九)板・文政六年板・文政一三年板・天保五年(一八三四)板・天保一一年板・弘化四年・嘉永三年(一八五〇)・嘉永七年板・万延元年(一八六〇)板・元治元年(一八六四)板・慶応四年(一八六八)板がある(慶応四年板で一二刻)。〔小泉〕
◆★いっぴつけいじょう [0095]
〈御家〉一筆啓上‖【作者】不明。【年代】嘉永五年(一八五二)刊。[江戸]吉田屋文三郎ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『永代用文』。中本一冊。嘉永三年刊『〈御家〉永代用文章』†に約六〇丁(目録とも)以上増補した用文章。「年頭披露状」から「年賀を祝す文」までの六六通を収録するが、このうち「転宅怡之文」以下三六通が増補部分。例文は五節句や四季、通過儀礼に伴う書状などで、後半に「金子借用証文」から「御関所通手形」までの証文類(「離縁状」を含む)一一状を載せる。消息文は大字・五行(証文類は六行)・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆いっぴつけいじょう [0096]
〈御家〉一筆啓上‖【作者】上野華山(可保)書。【年代】安政三年(一八五六)再刊。[江戸]三河屋善兵衛(池多善兵衛・大栄堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈御家〉年中手紙の文』『〈御家〉年中手紙案書』。中本一冊。「年始の文」から「家督悦之文」までの消息文例二一通を収録した用文章。五節句に伴う書状や、吉事・凶事その他の雑事に関する手紙から成る。本文を大字・五行(証文類は六行)・所々付訓で記す。巻末に手形証文五通(店請状之事、奉公人請状之事、永代売渡申す家屋敷之事、借用申金子之事、差上申手形之事)と「諸国御関所附」を付す。〔小泉〕
◆いっぴつけいじょう [0097]
〈御家〉一筆啓上‖【作者】十返舎一九作。【年代】安政五年(一八五八)以前刊。[江戸か]刊行者不明。【分類】消息科。【概要】異称『〈文言取遣〉通用案書』。中本一冊。文化一三年(一八一六)刊『〈取遣文言〉通用案書』†から抄録して外題替えした用文章。『〈通用早便利〉万代用文』†とも類似するが別本。題簽題と目録題の不一致、目録と本文例文の数の不一致など不備な点も目立ち、海賊版とも思われる。実際に集録されている例文は「年頭披露状」から「医師へ断申遣す文」までの合計七八通(文化板『〈取遣文言〉通用案書』の前半部に相当)で、収録された例文内容は文化板と同様である。本文を大字・五行・稀に付訓で記す。〔小泉〕
◇いっぴつけいじょう [0098]
〈御家〉一筆啓上‖【作者】不明。【年代】慶応二年(一八六六)以前刊。[江戸]森屋治兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『〈世俗通用〉一筆啓上』。中本一冊。「年頭披露状」以下一九題往復三八通の消息文例を収録した用文章。相手の尊卑・上下に適した年頭状や、五節句祝儀状など四季に伴う書状が大半で、一部、夷講・髪置き・出産・死亡・火事など吉凶事の例文も載せる。式亭三馬作を明記しないため、海賊版と思われる。なお、謙堂文庫本には「慶応二丙寅」の書き入れがある。〔小泉〕
◆いっぴつけいじょう [0099]
〈御家〉一筆啓上‖【作者】中村翠雲堂・松亭金水書。【年代】天保一四年(一八四三)以降刊。[江戸]山城屋平助(松栄堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈当時通用〉一筆啓上』。中本一冊。天保一四年(一八四三)刊『〈当時通用〉万代用文章』†の改題本。「年頭披露状」から「悔申遣す文」まで七九通と「金子借用証文」〜「御関所手形」の証文文例一一通を掲げる。本文を大字・五行(証文類は六行)・所々付訓で記す。柱に「万代」とあり、巻末広告にも『万代用文章』の書名を掲げるように、もともと『万代用文章』と称していたものを、『一筆啓上』†の売れ行きに便乗して改題したものであろう。〔小泉〕
◆いっぴつけいじょう [0100]
〈御家〉一筆啓上‖【作者】梅泉堂書。【年代】天保三年(一八三二)再刊。[山形]北条忠兵衛板。【分類】消息科。【概要】異称『〈世俗通用〉一筆啓上』『用文』。中本一冊。式亭三馬作『一筆啓上』†を模倣しながら、作者名を故意に隠蔽した海賊版。江戸板と山形板の二様あるがいずれも、オリジナルとは異なり無郭。「年始の文」から「豊年満作を祝寿(いわいことぶ)く文」までの五二通を収録する。五節句・四季行事等の手紙、通過儀礼に伴う祝儀状、不幸事への見舞状、その他諸用件の手紙の順に掲げ、本文を大字・五〜六行・付訓で記す。末尾に消息用語を列挙した「略字大概」と、「借用申金子之事」以下一一通の手形証文文例を載せる。なお、本書とは別に梅泉堂筆の『一筆啓上』(小本)が江戸・玉泉堂から出版されている。〔小泉〕
◇いっぴつけいじょう [0101]
〈世俗通用〉一筆啓上‖【作者】式亭三馬作。凌雲堂書。【年代】弘化四年(一八四七)刊。[江戸]森屋治兵衛板。【分類】消息科。【概要】小本一冊。大いに流行した式亭三馬の『一筆啓上』†を要約・小型化した用文章。基本的な構成は、前半の消息文例(「年始之文」〜「豊年満作を祝寿く文」の四七通)と後半の証文類(「金子借用証文」〜「御関所通証文」の八通)。巻末広告にも「大本・中本・寸珍本」と各種判型を紹介するが、本書は寸珍本で、中本版と比べて、消息文例で約二〇通(「潮干帰宅後礼申遣す文」「嫁むかへたる人の親に遣す文」等)、証文類文例で三通(「家屋敷永代売渡証文」等)ほど削除したほか、巻末の「略字大概」も全て省いてある。〔小泉〕
◆いっぴつぶんしょう [0102]
〈郵便〉一筆文章‖【作者】宇田川直三郎作・序。【年代】明治一〇年(一八七七)序・刊。[東京]松坂屋金之助(佐野金之助・積玉堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『開化一筆文章』。中本一冊。「年始之文」から「芝居誘引之文」までの短文の消息文例三七通を収録した用文章。いずれも二〜四行程度の短文で、季節に伴う手紙文よりも、諸事に関する祝儀状・案内状・誘引状・依頼状・見舞状などが多い。本文をやや小字・八行・所々付訓で記す。巻頭に二丁分の漢語・俗語・畳字などの用語集を収める。〔小泉〕
◆いなかいわいぶんしょう [0103]
〈御家〉田舎祝文章‖【作者】不明。【年代】文化(一八〇四〜一七)頃刊。[江戸]花屋久治郎板。【分類】消息科。【概要】一名『田舎用文章』。中本一冊。書名の如く短文の祝儀状のみを集めた用文章。移住(わたまし)・家督相続・平産・旅行・婿取・嫁取・元服・養子・袴着・帯解を賀す文の一〇通を収める。本文を大字・四行・付訓で記す。書名に『田舎…』としたのは、農家でも佳節には祝儀状を書くべきとする意識から最低限の例文を集めたためであろうか。なお、文化一〇年板『堀内詣』(花屋久次郎板)広告中に『田舎用文章』の書名が見えるので、文化頃の刊行と思われる。〔小泉〕
◆いなかおうらい/でんしゃおうらい [0104]
田舎往来‖【作者】岩崎矩満(青柳軒)作。【年代】宝暦八年(一七五八)刊。[江戸]須原屋四郎兵衛板。また別に[江戸]須原屋茂兵衛板(後印)あり。【分類】産業科。【概要】大本一冊。農業型往来の模本とされた宝暦一二年作・刊『〈手本〉農業往来』†や明和三年(一七六六)刊『百性往来』†ほどの普及は見なかったが、本書は刊本最初の農業型往来である(写本では元禄一〇年(一六九七)書『農民鑑』†や宝永七年(一七一〇)書『農文蔵』†が農業型の先駆)。「改暦之慶賀不可有際限候」で始まり、「猶、来陽目出度可申述候。恐惶謹言」で結ぶ全文一通の手紙文(新年書状)に約一〇〇〇語の語彙を収録する。本文を大字・四行・付訓で記し、種物(穀類)、青物・山菜類、樹木・果実・草花類、農具・機具類、養蚕、農業施設、肥料、天候判断、水損・風損その他被害、地方・検地関連、四季耕作、五人組その他法規類、農村の秩序や風紀・相互扶助、年貢、村役人の心得、公事訴訟、農村経営全般、交通・夫役、祭礼・神楽・芸能、宗教・法事・神事、農民の衣食住と生活心得、魚介類、衣類、年中行事および正月飾り、家財・調度・諸道具類など、農事・農村経営・農民生活に関わる語彙を網羅する。なお、本文後半では、諸商売・諸職業の名称も随所に散見される。本書は、類書中最も記述内容が広範かつ詳細であり、主に村役人など郷村支配に関わる階層の子弟用に編まれた往来であろう。〔小泉〕
◆いなかしょうそくおうらい [0105]
〈文化新編〉田舎消息往来‖【作者】高井蘭山作。【年代】文化(一八〇四〜一八)頃刊。[江戸]西村屋与八板。【分類】消息科。【概要】異称『〈農家〉消息往来』。中本一冊。高井蘭山編の異本『消息往来』の一つ。本文冒頭が「農民日用書状、手紙、返書、返書之文通、先、改年之御慶…」で始まる全文一通の文章に、農家日用の語句を盛り込んだ往来。収録語彙はほぼ手紙に登場する順に、四季時候の言葉、相手の安否を問う言葉や相手の祝儀を慶ぶ言葉、己の相変わらざるを伝える言葉、農村にふさわしい一二月毎の文面(月々の農作業や農耕生活に関する語彙を多く載せる)、さらに年貢貢納や公事訴訟などの公民関連語彙、また、農民心得や農具・家財・諸道具全般の名称を列挙し、最後に農業の際に手習い・学問を学び、人たる道を行うべきことを諭す。本文を大字・五行・付訓で記す。巻首に「農家児童算術の図」と「文通上下の心得」を掲げる。なお、本書の改題本に『新消息往来』†がある。〔小泉〕
◇いながたじょう [0106]
伊那形状‖【作者】後藤染之助書。【年代】文化四年(一八〇七)書。【分類】地理科。【概要】異称『伊奈形状』。「抑、伊那郡境続五国二郡、先東、甲斐、根高、前岳、釜沢之峰、白根雪…」で始まり「…其外巨細不遑毛挙。仍如件」と結ぶ準漢文体の文章で、信濃国伊那郡を中心に隣接諸国・諸郡の地理を記した往来。地名や主要交通路、宿駅、村名・河川名、地域の産物(魚類、樹木、鳥獣、山菜・青物、穀類、果実、草花、大工道具、細工物等)のあらましを述べる。〔小泉〕
◇いなかめいぶつ [0107]
田舎名物‖【作者】不明。【年代】文化八年(一八一一)頃書。【分類】地理科。【概要】横本一冊。文化八年頃書『往来物集録(仮称)』中に合綴。冒頭に「凡、前之名物の洩たるを筆に任せ粗集候也」とあり、この「名物」は金沢近辺の地理を記した『名物往来(名物状)』†を指すと考えられ、同書の補遺として編まれたものであろう。笠舞の茄子・大桑村麻宇堂の薄(すすき)・野田の桃雲寺・寺地山の卜治(しめじ)…のように、金沢とその周辺、山間部に及ぶ名所や名産品を列挙する。本文を大字・六行・ほとんど付訓で記す。〔小泉〕
◆いほんじゅうにげつおうらい/いほんじゅうにがつおうらい [0108]
異本十二月往来(仮称)‖【作者】伝尊円親王書。【年代】鎌倉時代作。康永二年(一三四三)書。【分類】古往来。【概要】異称『尊円親王十二月文章』。巻子本一軸。貴族・武家間の日用消息文を綴った古往来。「若宮参詣につき浄衣・馬の借用状・同返事」(一月状)から「歳暮につき薗湯招待状・同返事」(一二月状)までの各月往復二通の合計二四通を収録する。楷書に近い行書体・一行八字・無訓で記す。謙堂文庫本が唯一の伝本で、同書の由緒書きによると、文政元年(一八一八)一〇月に内藤備前守に謁見の際、馬吉(旧蔵者)が「御家流熱心之儀」につき拝領した一巻であった。〔石川〕
◆いまがわえしょう [0109]
今川絵抄‖【作者】山田野亭注。松川半山画。【年代】天保一四年(一八四三)刊。[大阪]河内屋喜兵衛板。また別に[大阪]河内屋長兵衛板あり。【分類】教訓科。【概要】中本一冊。『今川状』†(応永一九年(一四一二)系)の平易な絵入り注釈書。『今川状』の本文を四七段に分け、大字・六行大・付訓で掲げて細字の注を施し、また、本文の大意を象徴する挿絵を頭書に置く。本文の漢字の多くに振り仮名、また、返点で後から読む漢字に左訓を施す。注釈は跋文にあるように、武士の教訓を町家・農家に引き当てて説く点に特色がある。巻頭に士農工商図、巻末に「薬王丸」「神仙神明湯」の能書きを記す。表紙および表紙見返は色刷りで、表紙には平和の象徴である閑古鳥を描く。〔小泉〕
◆★いまがわげんかいたいせい [0110]
今川諺解大成‖【作者】山岡元隣(而慍斎・而媼斎)注か。【年代】元禄二年(一六八九)刊。[京都]永原屋孫兵衛(中村孫兵衛・昌陽軒)板。【分類】教訓科。【概要】異称『今川諺解』。大本一冊。『今川状』†の初期注釈書の一つ。本書を山岡元隣注『今川抄』と見なす説もあるが確証はない。本書以前に、明暦三年(一六五七)刊『今川抄(今川之抄)』†や、脇野光正注、寛文一三年(一六七三)刊『今川諺解大成(今川之抄増補)』が存在するため、少なくとも江戸前期刊本で三種以上の注釈書が存在したことになる。『今川状』の本文を五一段に分かち、それぞれ大字・六行大・無訓で記して細注を施す。注釈文は本文より若干字下げし、さらに要語を四角で囲むなど、読みやすさにも工夫を凝らす。施注内容は、類書中でも群を抜く精密さで、享保一三年(一七二八)にも再刊されるなど考証的な注釈書として江戸中期に広く行われたと見られる。『下学集』『字彙』『事物紀原』『説文』『字訓字彙』『残儀兵的』『尉繚子』『帝範』『徒然草』『定家卿小倉問答』『梵網経』など和漢の諸書を引きながら、『今川状』の書名の由来から各条の要語の語意・典拠・故事等を詳述する。巻頭には「今川了俊系図」と了俊の和歌一首を掲げる。〔小泉〕
◆★いまがわげんかいたいせい [0111]
〈新板増補〉今川諺解大成‖【作者】脇野光正注。【年代】寛文一三年(一六七三)刊。[大阪]本屋市兵衛板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈新板〉増補今川抄』『今川之抄増補』『今川抄』。大本二巻合一冊。上記板元名は『日本教育文庫・家訓篇』による。本書の書名や注釈内容(注記を「抄に云」と「愚に云」を区別して記載)から本書以前に別の『今川抄』が流布していたことを示唆するが、これが『万治二年書目』に載る『今川抄』、則ち明暦三年(一六五七)刊『今川抄(今川之抄)』†である。従って、本書は明暦三年板を基本に、施注者自らの考えと和漢・儒仏の諸書からの引用によってより詳しく注解したものである。『今川状』本文を各条ごと(後文は一九段に分割)に大字・七行大・付訓で掲げ、それに続いて長文の割注を施す(注釈文は小字・一五行・付訓)。注釈内容は、語注や同種の金言名句、関連の故事などを主とし、典拠も逐一明示する。同名の元禄二年(一六八九)刊『今川諺解大成』†とは別内容でそれに先行するが、江戸中期以降は、本書よりも元禄二年板の方が普及した。〔小泉〕
◆いまがわじょう [0112]
今川状‖【作者】伝今川了俊作。【年代】寛永一九年(一六四二)刊。[京都]安田十兵衛板。【分類】教訓科。【概要】異称『今川了俊対愚息仲秋制詞条々』『今川帖』『今川』『今川之条目』『今川壁書』『今川腰越状』『今川了俊制詞』ほか。寛永板を始め江戸初期刊本は大本一冊。寛永一九年板は大字・六行・ほとんど付訓で記す。今川貞世が弟(首題に「愚息」とあるが子息ではない)の仲秋にあてた教訓で、「一、不知文道而、武道終不得勝利事」で始まる二三カ条と後文から成る往来。文武両道を強調する室町初期を代表する武家家訓とされる。以下、無益の殺生の戒め、罪人の公正な裁き、領民に対する非道と己の奢侈の戒め、先祖の建造物保持、忠孝怠慢の戒め、公平な賞罰、臣下を見て己を慎むこと、他人の不幸を己の利としないこと、分限相応、賢臣・侫人の見極め、非道の富裕と正しい零落、遊楽と家職など、武人として弁えるべき条々を列挙し、後文でも文武両道を繰り返し強調し、上下や友人の善悪、また己の心の善悪の見極めなど武士の心得を諭す。なお、近世刊本では本文末尾に「応永一九年(一四一二)」と記すものと「永享元年(一四二九)」と記すものの二様がある。また、『今川状』古写本における二巻本の存在から前半の二三カ条が先に(応永七年以前に)成立して、後文がやや遅れて増補された可能性もある。また、近世には『腰越状』†や『手習状(初登山手習教訓書)』†と合本した単行刊本が多いが、ほかに『古状揃』†の一編(ほとんど例外なく冒頭に所収)としても非常に流布した往来であり、注釈書も刊本・写本とも種々編まれた。後世への影響は甚大で数々の類書が生まれたが、これを大別すると、@教訓系の宝暦一〇年(一七六〇)刊『新今川童子教訓条々』†、江戸中期刊『新今川状絵抄(今時登山児童手習制詞条々)』†、享和三年(一八〇三)刊『手習今川制詞条』†、A農業系の天明二年(一七八二)刊『百姓今川准状(農家今川)』†、文化六年(一八〇九)書『養蚕今川』†、江戸後期刊『百姓今川』†、江戸後期書『農家今川状』†、江戸後期書『農業今川(今川了俊学壁書児童制詞之条々)』†、江戸後期書と思われる『庄屋今川教訓書』†、B女子教訓系の貞享四年(一六八七)刊『女今川』†、元禄一三年(一七〇〇)刊『女今川(新女今川)』†、享保一三年(一七二八)刊『女用躾今川』†、文化一四年(一八一七)刊『今川娘教訓』†などがある。〔小泉〕
◆いまがわじょうしょうちゅうかい [0113]
今川状証註解‖【作者】今井有鄰(鷲山)注・書。【年代】天保七年(一八三六)〜慶応三年(一八六七)作・書。天保七年序。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。『今川状』†と『手習状(初登山手習教訓書)』†の注釈書。末尾に「天保七丙申春正月未定稿」と記し、注釈文中に「慶応三丁卯年迄…」の記載があることなどから、本来は『今川状』各条の注釈書であったが、後に『今川状』の後文や『手習状』の注釈が増補されたものと思われる。『古状揃』の代表的な注釈書として普及した高井蘭山の天保四年刊『児読古状揃証註』†を最も優れた注釈とし、同書を援用しながら『今川状』と『手習状』を施注する。それぞれ本文を短句または短文に区切って大字・八行・無訓で記し、割注を施す。注釈文は、まず「翁曰」として蘭山注を引用し、続いて「余按」として、有鄰自らの注釈を補足するもので、中心はあくまでも蘭山注であり、有鄰の注は諸書によって要語や四声に言及した補完的なものに過ぎない。〔小泉〕
◆いまがわぞっかい [0114]
今川俗解‖【作者】奥山五子注・序。阿部某書。【年代】享保一四年(一七二九)作・序。明和八年(一七七一)書。【分類】教訓科。【概要】特大本一冊。羽前飽海郡鵜殿河原(現山形県北西部)在住の著者が友人の求めに応じて編んだ『今川状』†の注釈書。当時同地では『今川状』が手習い入門書として多く用いられており、序文には「此書田舎の塾にしてもつはら初学に入(いる)のもんとす…」と記す。まず、首題の解説とともに今川了俊の略伝や人物像に触れ、以下、各条毎に(後文は数段に分けて)漢字の字義や和漢の故事、また古語・俚言等を紹介しながら詳しく施注する。現存する明和八年写本は原作より約半世紀後のものだが、同地方に流布した民間の施注書として興味深い。本文を概ね大字・五行大・無訓で記し、注釈文を割注様に小字・一〇行大・稀に付訓で記す。〔小泉〕
◆いまがわどうもうかい [0115]
今川童蒙解‖【作者】蕪菜軒狸臍(一竿舎釣翁)注・序(『江戸出版書目』には「節茶軒作」とあるが誤りであろう)。垂竿舎釣夫跋。【年代】宝暦四年(一七五四)序。宝暦五年刊。[江戸]大坂屋平三郎(宣揚堂)ほか板。また別に[江戸]前川六左衛門(崇文堂)板(文政七年(一八二四)板)あり。【分類】教訓科。【概要】半紙本三巻三冊。『今川状』†の絵入り注釈書。『今川状』(永享元年系統)本文を箇条ごと、あるいは後文を数段に分けてやや小字・一〇行大・無訓で掲げ、大意や語注とともに、関連する金言や和漢の故事を添えて注解する(注釈文は小字・一〇行・所々付訓)。あくまでも童蒙の理解・関心に照準を合わせての施注である。各巻に数葉ずつ素朴な挿絵を挟む。〔小泉〕
◆いまがわへきしょかい [0116]
今川壁書解‖【作者】伊勢貞丈(安斎)注。【年代】安永五年(一七七六)作・書。【分類】教訓科。【概要】異称『今川壁字解』。大本一冊。伊勢貞丈が子孫のために注解した『今川状』†注釈書。『今川状』の二三カ条を各条毎に(後文は数段に分けて)、語意・語法・故実・出典、また異本との異同などを詳しく注記する。『今川状』本文を楷書で書し、注釈文を行書で記す。故実家にふさわしく考証的記述が中心である。末尾には、『今川状』の年号に「応永十九年」と記すものと「永享元年」と記すものの二様が伝わることにも触れ、了俊が応永二七年(一四二〇)八月に九六歳で没したことから、後者の年号を後人が重写した年代と推定する。なお、小泉本は『今川状』本文も注釈文も同じ大きさ(やや小字・一一行・無訓)で記すが、本文を二行行間に配置して前後を注釈文よりも広く空けて区別する。〔小泉〕
◆いまがわべんもうしょう [0117]
〈校正〉今川便蒙抄‖【作者】鈴木忠侯(青羊)注・跋。碓井一丸序。【年代】寛政元年(一七八九)序。寛政三年跋・刊。[江戸]和泉屋幸右衛門板。また別に[江戸]前川六左衛門板(寛政九年求板)、[大阪]河内屋喜兵衛ほか板あり(後印)。【分類】教訓科。【概要】異称『〈絵入註解〉今川童子訓』『今川抄』。半紙本一冊。『今川状』†の注釈書の一つ。『今川状』(永享元年系統)を約四〇段に分けて大字・五行・付訓で記し、頭書および各段の段間に細字の注釈を施したもの。語注に加えて、各条の教訓を和漢の豊富な故実とからめて平易に説くのが特徴。巻頭に「今川家系譜」「六芸諺解」の挿絵と説明文を掲げる。〔小泉〕
◆いまがわむすめきょうくん [0118]
〈文化丁丑新刊〉今川娘教訓‖【作者】不明。【年代】文化一四年(一八一七)刊。[江戸]和泉屋市兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『今川了俊息女教訓文』『今川了俊息女異見文』。中本一冊。『仮名教訓』†(『群書類従』巻第九四六所収)を始祖とする一連の往来物の一つ。ただし、『仮名教訓』一一カ条のうち、本書では最初の五カ条を採用する。第一、慈悲の心を持ち、柔軟に振る舞う一方、心は金石のように貞節を守ること。第二、賓客には家内の事情をさしおいて、季節毎の折に触れた話などをして機嫌よく応対すること。第三、召使い等の不行跡は密かに教諭したうえ直らなければ罰を与えること、また、決して怒りを顔に表さないこと。第四、夫婦の仲が睦まじいこと、また、あまり悋気深くしないこと。第五、親しい人が疎遠にしても、こちらから遠のかないこと、また、親しい人の忠告をよく聞くこと。内容的には『仮名教訓』に添うものだが、省略や改変が全体にわたって見られる。第四で「遠道鷹野の草臥」を主人の他出ととる誤解や、適当に漢字を当てたために意味の通り難くなった箇所もある。本文を大字・五行・付訓で記す。前付等に「鏡の教訓」「撫育の心得」「琴歌表題」、頭書に「婚礼之事」「女中慎べき事」「孟母故事」「小笠原折形」を掲げる。〔丹〕
◆いまようかなしょうそく [0119]
今様かな消息〈淡雅題籤〉‖【作者】柳田貞亮(正斎・定蔵・仲静)作・書(本文)。香雲女史書(跋文)。大枝通明跋。【年代】弘化四年(一八四七)刊。[江戸]嘯秋窩蔵板。【分類】女子用。【概要】異称『今様加奈消息』。大本一冊。柳田正斎が門下婦女子のために「俗ならす雅にあらぬ文章をあつめ」て編んだ女用文章。「初はるの文」から「歳暮のふみ」までの四季女用文一七通を収録する。文面には長短があり、第一五状「霜月はかりに越の国にまかりける人の許よりの返し」などは従来の抽象的・形式的な文面に比べ、より具体的で実感のこもった例文になっている。例文を草書・大字・六行・無訓で綴る。なお、本書は明治一三年(一八八〇)に東京書肆・松崎半造によって再刊された。〔小泉〕
◇いよふうどおうらい [0120]
伊予風土往来‖【作者】不明。【年代】文化五年(一八〇八)書。【分類】地理科。【概要】異称『伊予往来』。大本一冊。伊予国各地の地理・物産・風土・沿革等を記した往来。「夫、伊予国は、南海道四州之一島也。神代之昔、出淡路国…」と書き始め、国号の由来や沿革、地理的位置ならびに地勢風土、富饒な国土がもたらす山海の名産・名物、各地の名所旧跡、領主の変遷などを略述する。最後に、「人之風俗尋常にして言語不怪…」などと地域の風土にも触れ、城下の賑わいが三都にも劣らないと強調して締め括る。なお、謙堂文庫本には原本所蔵者・景浦稚桃の手による解題・解説文を付す。〔石川〕
◇いりうだおうらい・ふなばしおうらい [0121]
入生田往来・船橋往来‖【作者】近野奈裕充福(蘭渓)作。【年代】天保七〜八年(一八三六〜七)頃作。天保一四年書。【分類】地理科。【概要】特大本一冊。『入生田往来』と『船橋往来』を合綴した手本。前者は「天保七之年、金銀・米銭・万宝、入生田之屋鋪々々の小名は数々よ、月舘之月朗にして阿蘭陀堂水落る月影は…」と筆を起こし、入生田(山形県南東端の高畠町)地区の小字名を織り込みながら当地区の風物を紹介したもの。また、後者は「天保八ッ之年、船橋村之名所旧跡一見せんと旅宿を求め尋るに…」で始まる文章で、船橋村(高畠町)の周囲の山々・名所旧跡・神社仏閣とその由来・景趣などを紹介した往来。いずれも本文を大字・六行・無訓で記すが、現存本は昭和一四年の重写本である。〔渡辺〕
◆いりのやおうらい [0122]
入野谷往来‖【作者】不明。【年代】弘化(一八四四〜四八)頃作・書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。信濃国高遠城の沿革や藩の領域、入野谷郷一体の地勢、風土、生産物資、名所旧跡、神社仏閣について書き記した往来。冒頭は「抑、笠原之庄有栖川之城、天文二年当高遠移し、稲荷山甲の御城と定め、東は月蔵、北は藤沢川…」で始まるが、途中から「其村々の一ノ宮、山号寺号仮抓、千鶴万亀千代八千代…」のような七五調の美文体に変わり、末尾を「…名残惜も筆を留、あら綴、目出度かしく」と結ぶ。また、末尾に「亜馬利嘉の軍噺しや涼み台」などの雑俳・教訓歌を載せる。〔竹松〕
◆いろは [0123]
いろは‖【作者】世尊寺経朝(藤原経朝・寂朝・勘解由小路)書。持明院基敦(羽林基敦)跋。【年代】鎌倉中期書。寛政一〇年(一七九九)奥書。【分類】語彙科。【概要】巻子本一軸。平仮名の「いろは」を一行六字ずつ八行に記した手本。現存する「いろは」手本では最古の部類。末尾に、本書が経朝の自筆である旨を述べた藤原基敦の奥書を付す。〔小泉〕
◆いろはうた [0124]
いろは歌‖【作者】菊屋いと作。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】教訓科。【概要】大本一冊。表紙を含めわずか三丁の小冊子。「いつまてもたしなみおけよいろはうた、よむたびにみのとくとなる」で始まるイロハ教訓歌四八首を収録したもの。日常卑近な事柄を諭す。本文をやや小字・九行・無訓で記す。巻末に「菊屋/十四歳/おいと作」とある。〔小泉〕
◆いろはうた [0125]
〈教訓〉いろはうた‖【作者】辻慶儀作・刊。【年代】天保一五年(一八四四)作・刊。[京都か]辻慶儀施印。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。人倫・処世訓一般を説いたイロハ教訓歌。「いつとてもこゝろたゞしき人そみな、身のをさまりに目をとめて見よ」から「京ゐなかとこでも親子中よしが、何よりもつていつちめでたい」までの四八首を収録し、それぞれ歌の趣旨を説いた一文を付す。半丁に概ね二首ずつ大字で掲げ、さらに小字・約五行・所々付訓の注解を付す。刊行時点で「八十三歳、辻慶儀」と記すが、国会本にはさらに「弘化二巳年三月、辻氏到来。山形屋真七蔵」と、刊行翌年に著者から直接贈られた旨の書き入れがある。なお、本書は辻氏の他の著作三点(『養生女の子算』『仁述勧心鈔』『四徳配当鈔』)とともに、『〈辻忠郎兵衛著述・宇喜田小十郎校正〉立身虎之巻』†(四巻四冊)の書名で明治八年(一八七五)に再刊された。〔小泉〕
◇いろはうた [0126]
〈教訓〉いろはうた‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。山本板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈しんはん〉いろはうた』。半紙本二巻合一冊。表紙ともわずか三丁の小冊子。冒頭が「いにしへのれいぎの道をならはすわ、とりけたものにおとるべきかな」で始まるイロハ教訓歌(全四八首)で、半丁に一〇首ずつ二段五行の短冊状に配置する。それぞれ見出し語(平仮名のイロハ)のみを陰刻にして、簡単な挿絵を一葉ずつ載せる。表紙に「雪中にうまれ出たる竹の子が、おや孝行をするぞうれしき」(孟宗説話)の一首と挿絵を載せる。〔小泉〕
◆いろはうた [0127]
〈心学道話〉以呂波歌‖【作者】滝可也(悟性楽)作。【年代】江戸後期刊。[江戸]滝可也板。【分類】教訓科(心学書)。【概要】半紙本一冊。前半に『〈心学道歌〉以呂波歌』、後半に『〈御代廼潤沢(みよのうるおい)〉松影御和讃』を載せた小冊子の教訓。前者は「いでや此世に生産(うまれ)ては、露命ははづか朝顔の、はなのさかりはひと時そ、憎い可愛にかたぶくな…」で始まるイロハ短歌で、幼時からの手習い・学問、礼儀、孝行、家業出精等を諭す。また末尾に「今日といふけふを慎みつとめなば、けふもけふ(狂)なし明日もけふ(凶)なし」以下四首の道歌を掲げる。後半の『松影御和讃』は、「帰命頂礼御名君、神聖仏の化身にて、此世に出現し給へし…」と筆を起こして、天下泰平の高恩を述べ、それに報いるように日々生きよと説いた和讃風の教訓である。末尾に道歌三首を付す。前半はやや小字・一一行・所々付訓、後半は八行・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆いろはうた [0128]
〈男女・諸礼教訓〉以呂波歌‖【作者】不明。【年代】江戸中期刊。刊行者不明。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。「いゑのしよくを大事にきわめつゝ、げいのふゆさんぶんにしたがへ」「ろうしてはなにをおもふとかいあらじ、わかきときよりみのほどをしれ」のように、第一音がイロハで始まる狂歌(イロハ教訓歌)を集めたもの。「い〜京」と「一〜十および百・千」までの合計六〇首を半丁に一二首ずつ一二のます目に載せる。イロハ各音を有する漢字(伊・露・葉など)を、各欄の中心にすえ、その周囲に仮名書き(ごく稀に漢字交じり)の狂歌を配置する。分限・勤勉・正直を始めとする処世訓全般を説く。〔小泉〕
◆いろはうた [0129]
〈童子教訓・早心学・開化〉いろは歌‖【作者】不明。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]山田藤吉板。また別に[東京]島田金治良板(明治一六年板)あり。【分類】教訓科。【概要】異称『〈開化〉いろは歌』。中本一冊。表紙を含めわずか四丁の小冊子で、「今のよは文明開化とあらたまり、まもりたまへよ民の人々」で始まるイロハ教訓歌四八首を収録したもの。日常生活上の教訓や処世訓を説く。明治一六年刊『開化童子教訓いろは早心学』†など類書がいくつかある。〔小泉〕
◆いろはうたえしょう [0130]
〈男女教訓〉伊呂波歌絵鈔‖【作者】南勢野叟書。下河辺拾水(藤原拾水・行耿)画。講古堂(藤原長兵衛)序。【年代】安永四年(一七七五)刊。[京都]菊屋喜兵衛(今井喜兵衛・菊秀軒・文繍堂)板。また別に[京都]山城屋佐兵衛(藤井文政堂)板(天保七年(一八三六)板)あり。【分類】教訓科。【概要】異称『伊ろは歌絵抄』『〈児童教訓〉伊呂波歌』『〈児童教訓〉いろは歌』『〈男女教訓〉以呂波歌絵抄』『〈児童教訓〉伊呂波歌絵抄』。半紙本三巻三冊、後に三巻合一冊。和歌(教訓歌)の第一音がイロハ…で始まるイロハ歌をそれぞれ三首ずつ掲げ、うち冒頭の一首を絵解きした絵本。種々の処世訓を説く。例えば、冒頭は「祈る身はよこしまならぬねがひこそ、神もあはれとうけたまふらん」の一首を上方に散らし書きにし、見開き一丁分の挿絵(老若男女の神社参拝風景)を掲げ、さらに左端にイ音で始まる教訓歌二首を二行書きにする。以下、種々の風俗画(大半が半丁の挿絵)を交えながら「イ」〜「ス」までの教訓歌三首ずつを載せ、「京」(京といへは便(たより)うれしくおもはるゝ、難波の事のきかまほしさに)以下(「人」「一」〜「十」「百」「千」「万」)は各一首ずつとなり、末尾に「手習の始も梅のさきかけて、いろはにゆづる難波津の歌」の一首で締め括る(合計一五七首)。一部中国風俗も含むが、挿絵のほとんどが日本の庶民風俗である。〔小泉〕
★いろはうたきょうくん [0130-1]
〈五字折句〉いろは歌教訓‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。イロハ教訓歌系の往来。表紙を含め三丁の小冊子。半丁を上下二段・四列ないし五列に区切り、各欄にイロハ順に同音の漢字四字を「以・伊・委・意」のように掲げてそれぞれ字訓を付し、次に見出し語(片仮名)と同音の漢字一字(篆書)を「イ・已」のように示し、さらに「いく千代も、いでくらしなば、いかほどの、いゑやしきでも、いく世さかへん」のように五七五七七の冒頭が同音になる教訓歌一首を掲げたもの。表紙に、書名と「永字八法」「編冠構字尽」を載せる。〔小泉〕
◆いろはうたこうこうかがみ [0131]
いろは歌孝行鏡‖【作者】菅原友山(川瀬友山・孝学舎・孝学道人)作か。【年代】江戸後期刊。[京都]孝学社中某施本。【分類】教訓科。【概要】異称『孝行鏡』。半紙本一冊。孝学所(京都の水火天神内に設けられた結社)が孝道実践のために編んだ教訓書で、作者は同天神神主で孝学所の指導者・菅原友山と考えられる。孝道を諭したイロハ歌で、「いつまでも人の鏡となる孝の、をしゑは世々のたから成けり」以下四八首を載せる。半丁に四首(一首二行・付訓)ずつ掲げる。〔小泉〕
◆いろはうたとうわくん [0132]
〈たとゑづくし〉いろは歌当和訓‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】教訓科(戯文)。【概要】中本一冊。「いしのうへ三ねんなんでいられふぞ、いちにちゐてもぢがおこるぞや」「ろんごよみろんごしらずばろんはない、だんごくわぬはだんごきらいか」「はちじうの手ならひするはもつともじや、百にたらぬをぬけさくといふ」のように、全編が俚諺・俗言をパロディー化したイロハ歌。表紙とも全二丁の小冊子。〔小泉〕
◆いろはきょうくん [0133]
伊呂波教訓‖【作者】清流山(無為道人)作・跋。【年代】文化二年(一八〇五)跋・刊。清流山蔵板。【分類】教訓科。【概要】横本一冊。「伊呂波教訓」「孝行冥加訓」「善行篇」の三本を合綴した往来。「伊呂波教訓」は、「幼稚(いとけ)なきとき習ふておけよ、老後にかならず後悔するな、恥かく事も習わぬゆへぞ、日記付する程も学んでおけば、ほんに重宝身の一徳ぞ…」のように、七・七、七・七と続く各行の第一音がイロハ順になった教訓歌で、親や師匠に報いるべく悪行・悪態をやめて手習い・学問に出精すべきことを諭す。「孝行冥加訓」は、「父の深き恵みを報ふには、此身の上を尋ね見よ、父有らざれば生れ得ず、母あらざれば養われず…」と筆を起こして父母の高恩を説いた教訓。「善行篇」は、「夫、人と生れては、まづ孝行が第一ぞ、善を見てはかならず行ひ、あやまちを聞ては必ず改め…」で始まる人倫・処世訓。両者とも『孝行和讃』†同様の文言が随所に見られ、七五調の文章が『孝行和讃』よりも乱れている点などから、『孝行和讃』中の任意の語句を抽出したうえ、大幅に増補・改編したものと考えられる。各往来の末尾に和漢の金言・名句・名歌若干を掲げる。本文を大字・八行・付訓で記す。〔小泉〕
◆いろはきょうくん [0134]
伊呂波教訓‖【作者】岡本太郎吉書か。【年代】江戸後期書。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。「イ、出やこの世に生れては/ロ、露命はわつかあさかほの/ハ、花のさかりは一時そ…」のように七・五、七・五と続くイロハ短歌形式で綴った教訓。片時も油断なく筆跡稽古に励むこと、礼儀を常に心懸けること、親の恩を常に思い起こすことなど諸教訓を説く。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆いろはきょうくん [0135]
〈倭歌〉いろは教訓‖【作者】不明。【年代】文政七年(一八二四)刊。[仙台]伊勢屋半右衛門板。【分類】教訓科。【概要】異称『児童教訓いろはうた・菅丞相御一代絵抄』。中本一冊。まず「いにしへの聖の道をならはずば、とりけだものにおとるなりけり」以下のイロハ教訓歌を半丁に六首ずつ掲げ、続いて『やしなひ草』等の心学書から採録した挿絵と教訓歌数首を載せ、後半に「七ッいろは」を収録した往来。頭書に「菅丞相御一代絵抄(挿絵と御詠歌のみ)」「手習教訓歌」「東海道往来」を盛り込む。挿絵と記事のほとんどが、京都板の往来物や心学書からの模倣と思われる。巻頭に「菅公大和国手向山行幸図」を掲げる。なお、「七ッいろは」は大字・六行・両点付きで記す。〔小泉〕
◆いろはぐりみょうじづくし [0136]
〈新版〉伊呂波繰苗字尽‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[金沢]刊行者不明。【分類】語彙科。【概要】異称『〈増補〉伊呂波繰苗字尽』『苗字尽』『武家苗字尽』『苗字づくし』。中本一冊。「伊藤・伊勢・伊関…」以下六五七家の名字をイロハ別に配列した往来。それらの名字は必ずしも大名・旗本のみに限らず、武士にありふれた名字も広く集録する。本書(中本)のほかに同内容の半紙本『苗字づくし』が文化七年(一八一〇)に刊行されたほか、本書と同一板木を用いたものが金沢板の合本科往来(『合書往来』†等)中に合綴されて普及した。あるいは文化七年、金沢・八尾利右衛門板がこれらの最初とも思われる。〔竹松〕
◆いろはざんしじゅうはちしゅう [0137]
以呂波算四十八集‖【作者】阿野金重郎作。蟾蜍窟散人序。【年代】享保一七年(一七三二)序・刊。[常州]阿野金重郎蔵板か。【分類】理数科。【概要】横本一冊。通常の和算書とはやや異なり、例題と解答を掲げた後で、解法のポイントをイロハ歌で示した和算書。例えば「は」項は「一、はりかね目方八百目有合申候。長銭百文ニ七拾六匁、直して何程ト問」に対して、解答と解法を略述したうえで、「(は)はりがねのありをう目方百文の、相場に割て代銀をしる」のようなイロハ歌でまとめる。半丁に概ね三問ずつ掲げる。上記のような換算計算・銭相場割りから、面積・数量など地方関連の計算までを含む。また、巻末に十露盤計算・数の単位などの記事を付す。〔小泉〕
◆いろはじづくし [0138]
色葉字尽‖【作者】不明。【年代】天和二年(一六八二)書。【分類】語彙科(辞書)。【概要】大本一冊。丹州多陀郡小多田村で使用された手本で、イロハ順に単語を集めたもの。イ部の「慇懃、因果、印可、印治、引物、音信、隠居、違背、違乱、異変、遺恨、意義…」以下約一六六〇語を収録する。語彙を大字・五行・付訓(稀に左訓や略注)で記す。巻末に「十干十二支」「於日本三草四木之事」を載せる。〔小泉〕
◇いろはじづくし [0139]
〈新板〉いろは字づくし‖【作者】不明。【年代】江戸前期刊。刊行者不明。【分類】語彙科。【概要】大本一冊。いわゆる『七ッいろは』†と同体裁でイロハ順に同音の漢字を集めたもの。篆書・平仮名・片仮名に続けて行書で同音の漢字六字を掲げ、大字・四行・付訓(両点)で記し、界線を設ける。「い」〜「京」と「一」〜「十」で始まる語句を列挙した後、「十干十二支」「唐以呂波」を載せる。〔小泉〕
◇いろはじびき [0139-2]
いろは字引‖【作者】不明。【年代】文政一三年(一八三〇)刊。[仙台]相沢屋甚二郎(甚次郎・律堂)ほか板。【分類】語彙科。【概要】異称『字引』。中本一冊。イロハ別に日常語を八語ずつ掲げた往来。半丁を縦三列に分けて、それぞれ見出し語のイロハを平仮名・字母となった漢字・片仮名で掲げ、その下に冒頭「イ」部の「慇懃・委細・音信・異言・暇乞・遺恨・違背・引導」から末尾「京」部の「教訓・胸中・業界・京都・恐悦・恐惶・謹言(畢)」まで、二字熟語八語を二行書き・両点付きで記す。見返に「司馬君実・祖瑩小伝」、頭書に「字形の酷似する漢字」「こゝろえの教訓歌」「学問之近道」「一代之守本尊」、巻末に「十幹・十二支」「片冠構字尽」「難字名字尽」「五音五性のかなの事」を掲げる。〔小泉〕
◇いろはじびき・てがみのふみ [0140]
いろは字引・手紙之文‖【作者】不明。【年代】嘉永(一八四八〜五四)頃刊。[江戸]上州屋政次郎板。【分類】語彙科・消息科。【概要】異称『〈嘉永改正〉早引両点集』。中本一冊。前半の「いろは字引」と後半の「手紙之文」から成る。前者は、卑近な日常語をイロハ順に六語ずつ掲げ、語句の左右に読みを付す、いわゆる「両点」形式の簡易な日用語彙集。後者は、「医者へ断之状」「婚礼之文」「元服之文」「去状之事」の四通を載せた用文章。見返に「冠構字づくし」等を収める。〔小泉〕
◆いろはじびき [0141]
〈書状案文・手形証文集〉いろは字引‖【作者】不明。【年代】安政(一八五四〜六〇)頃刊。[江戸か]積玉堂板。【分類】語彙科・消息科。【概要】中本一冊。「両点早引節用集」「四民要用熟字尽講釈」「消息往来」「用文章」「商売往来」「手形証文」を収録した往来。「両点早引節用集」は二字熟語をイロハ順にそれぞれ一五語〜一九語ずつ載せ、各語彙に音訓(両点)を付す。「四民要用熟字尽講釈」は、消息に多用する語句(「消息往来」中の語彙)を中心に集めたもので、それぞれ略注を施す。「用文章」は、年始状以下一五通の消息文例を載せ、「手形証文」は御関所手形から離縁状まで一一通を収める。本文をやや小字・六〜八行・付訓で記す。巻頭に「書十体始難字尽」「いろは四十八文字」「偏冠構字尽」を掲げる。なお、本書後半部に二三丁の日用語集を加えた増補版もあるが、これは魚・貝・虫蛇・禽鳥・獣・食火・衣服・道具・草木・時令・天地・支体疾病・宮室の一三門別の語彙集(大字・六行・両点)で、頭書に「用文章」「諸国御関所御番」「手形証文」「阿蘭陀文字」「いろは訳文」「朝鮮国之文字」「天竺国の文字」等を掲げたものである。また、本書とほぼ同内容の往来に『〈両点早引熟字解釈〉手紙証文集』†がある。〔小泉〕
◇いろはじょう [0141-2]
いろは帖‖【作者】蓮池堂書。【年代】文化(一八〇四〜一七)頃刊。[江戸]西村屋与八板。【分類】語彙科。【概要】折本一帖。「いろは」などを認めた折手本。楷書・行書の「いろは」とイロハ音の漢字など、仮名・数字・漢字を縦横に学べるように工夫する。各頁に一行(一行四〜六字大)ずつ大字(無訓)で、楷書の「平仮名いろは」、行書の「数字」に続けて「以・路・半・尓・暮・辺・東…」で始まる行書の「万葉イロハ」と、「伊・廬・波・仁・保・遍・止…」で始まる行書の「万葉イロハ」、さらに散らし書きにした行書の「平仮名いろは」までを収録する。〔小泉〕
◆★いろはじょう [0142]
いろは帖‖【作者】巻菱湖(大任・致遠・弘斎)書。【年代】江戸後期刊。[江戸か]刊行者不明。【分類】語彙科。【概要】異称『以呂波帖』。大本一冊。『〈菱湖先生書〉七ッいろは帖』†の改訂版。「い・以・伊・移…」のように、同音の漢字をイロハ毎に掲げ、漢字や数字を楷書・行書・草書など複数の書体で認めた陰刻手本。本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◇いろはせつよう [0143]
〈一ト口にはか〉いろは節用‖【作者】丹亭作。松旭画・書。【年代】江戸後期刊。[大阪]本屋為助板。【分類】語彙科(戯文)。【概要】異称『にはか節用』。中本。三編三冊か。イロハで始まる語句(日常語)をそれぞれ六語ずつ列挙し、挿絵と地口を並べた戯作。二編以下は未見だが、初編に「い」〜「た」までを収録するため、三編三冊と推定される。〔小泉〕
◆いろはたんか [0144]
いろは短歌‖【作者】栄邑堂邑二(栄邑亭)作。子興画。【年代】寛政一一年(一七九九)序・刊。刊行者不明。【分類】教訓科(黄表紙)。【概要】中本二巻二冊。「いかにせうばいだひじとて、ろくひとのつきあいも、はなしにいでざる事ものう…」のようにイロハを頭字に読み込んだ七五調の文言で諸教訓を綴ったもの。上巻に「い」〜「す」「京」、下巻に「イ」〜「ス」「京」のそれぞれ四八句・合計九六句を載せる。下段には関連の小話と挿絵を載せる。〔小泉〕
◆いろはたんか [0145]
いろは短歌(仮称)‖【作者】十返舎一九作・画・序。【年代】享和元年(一八〇一)刊。刊行者不明。【分類】教訓科(黄表紙)。【概要】中本二巻二冊。「(い)いつの子にいかなる神のむすびてや、(ろ)らうずものをばひつこんで、(は)はゝのついたるおとこをば…」のように、イロハを頭字に読み込んだ七五調の短歌形式で諸教訓を綴ったもの。前半に「い」〜「す」「京」、後半に「イ」〜「ス」「京」のそれぞれ四八句・合計九六句を載せ、下段に「かつぱやのおばけ」を女房に貰った「へらへいすけ」の話と挿絵を掲げる。〔小泉〕
◆いろはたんか・なぞづくし [0146]
いろはたん歌・なぞづくし‖【作者】為永春水作・序。歌川国安(安次郎・一鳳斎)画。【年代】文政九年(一八二六)序・刊。[江戸]鶴屋喜右衛門板。また別に[江戸]山口屋藤兵衛板(後印)あり。【分類】教訓科。【概要】異称『いろは短歌』『謎合』。中本一冊。『いろは短歌』と『新撰謎合』を合綴した往来。『いろは短歌』は、まず「いかなれば、せけんに女もおほいのに、ろくなつらでもある事か、ははそつぱにていろ黒く…」で始まり、妻の悪行を批判し離縁を申し出る夫からのイロハ短歌で、それに対して妻が「いけもせぬ、いろはたんかもすさまじい、ろくなことでもかくことか、はらすじをよる事ばかり…」で始まる短歌で答える趣向になっている。この「いろは短歌」を本文上段に置き、下段には、婚礼・夫婦喧嘩・離縁状・夫婦和合・出産など夫婦関係を描いた挿絵と教訓文を載せる。また『新撰謎合』は、「はげあたま」とかけて「おとしみその汁」と解く、その心は「するせわがない」といった謎かけである。巻頭序文に、なぞなぞの由来について記すが、『永正御撰奈曽合(後奈良院御撰何曽)』(『群書類従』巻第五〇四)を根拠の一つに挙げる。同序文によると、仙鶴堂(鶴屋喜右衛門)蔵板の『謎尽』に『いろは短歌』を増補したものという。ただし後印本の題簽には「馬喰町山口板」(山口屋藤兵衛)と記すから、仙鶴堂から錦耕堂へ板木が譲渡されたのであろう。〔小泉〕
◇いろはづくし [0147]
伊呂波尽‖【作者】上杉謙信(政虎・輝虎)作・書。【年代】天正五年(一五七七)書。【分類】語彙科。【概要】折本一帖。「い・ろ・は…」といった単音の同音または同訓をもつ文字を集めた往来の最も早い例とされ、天正五年一二月二三日に上杉謙信が子の景勝に書いて与えたという折手本。一行四〜五字詰でイロハの順に従い、同音・同訓の漢字を九〜一〇字ずつ集めて記す。左側に複数の字訓を片仮名で付し、同一漢字にいくつもの字訓や字義があることを示す実用性の高い往来である。〔竹松〕
◇いろはてならいぶん [0148]
〈和英〉以呂波手習文‖【作者】狭川半水(峯二)作・序。【年代】明治年間刊。刊行者不明。【分類】語彙科。【概要】半紙本一冊。イロハ順にローマ字三体(ローマン体大字・小字、イタリック体小字)とローマ字の読み方、ならびに同音の漢字二種二体(真・草)を掲げたもの。「い」〜「す」に続いて数字(一〜十、百、千)、さらに天地に関する語句を例えば「天(てん・アメ)/haven(テン)/HAVEN(ヒーブン)…」のように列挙する。また、後半部には「西洋時計十二字・日本十二時対語」「羅馬体大字」「子母五十韻字」などローマ字・アルファベットについての記事を載せる。〔小泉〕
◆いろはぶんしょう [0149]
伊路半文章‖【作者】西川竜章堂書。辻大成跋。【年代】天保四年(一八三三)書・刊。[京都]升屋勘兵衛(須磨勘兵衛・弘簡堂)板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。四〜九行程度の短文の消息文例四七通を集めた手本。書名は、収録書状の冒頭語の第一音がイロハ順に並ぶ(例えば最初の書状は「一流之書籍…」のようにイ音で始まり、末尾の書状は「末万民共迄…」のようにス音で始まる)ことに由来する。本文を大字・三行・付訓で記す。季節順や内容分類によらず、冒頭語によって書状を配列する点は独特だが、内容自体に目立った特色はない。主に京都を背景にした季節の行事や日常の諸用件にまつわる手紙である。〔小泉〕
◆★いろはべんらん [0150]
〈和英通韻〉以呂波便覧‖【作者】尚友堂校・序。巻菱湖書。【年代】慶応四年(一八六八)刊。[土佐]海援隊板。【分類】語彙科。【概要】異称『和英通韻以呂波便覧』『和英接言』。大本一冊。安政七年(一八六〇)刊『商貼外和通韻便宝』の改題本。「いろは」「数字」「実用単語」「十二時」「十干十二支」「五十音」等を収めた手本。「いろは」と「五十音」は、一つの音について平仮名・片仮名・ローマ字で表記する。「数字」は、一つの数字について算用数字と英単語(one・two・three…)の双方を記す。また、「実用単語」「十干十二支」は、単語の英訳も載せ、英単語はローマン体とイタリック体の両方で記す。アルファベットや英単語には片仮名で読み方を付す。本文を概ね大字・二行の手本用に記す。〔竹松〕
◆いんしきょうくん [0151]
因士教訓‖【作者】島田半左衛門(浄雲)作。【年代】元文(一七三六〜四一)頃作。文化九年(一八一二)書。【分類】教訓科。【概要】異称『島田教訓書』。大本一冊。因州鳥取藩士の島田半左衛門が讒言により伯州河村郡で浪人になった後、同所で剃髪して浄雲と改名し、田畑を買い求めて一二歳になる半治郎の教育にあたった。その際に書き綴った教訓書が本書である。半左衛門は、「毎朝一編ずつこれを読むべし」と半治郎に本書のみを与え、他書を習わせなかったが、半治郎は一八歳で父を越える立身出世をし、父の誉れを明らかにしたという。内容は前文と長短二一カ条から成る教訓で、前文で「古より多くの聖賢が人の道を説いているが、今日では親が不学のために子も道を学ぼうとせず、一生を無為に過ごすことは全く残念なことである、そこでこの一巻をお前だけのために書き記したのであるから他見は無用である」と述べ、続いて家業と学問への出精、五常、人の三毒、神への信心、男女の道、衣食住の心得、本末を転倒するな、後世を思え、他人との和睦、驕るな、老人の忠言を大切にせよ、妻子や使用人を慈しめといった心得を説く。文化九年写本(小泉本)は本文をやや小字・九行・稀に付訓で記す。〔小泉〕
★いんじゅんいっそう [0151-2]
因循一掃‖【作者】増山守正作・序。【年代】明治八年(一八七五)序。明治一〇年刊。[京都]福井孝太郎ほか板。【分類】理数科。【概要】半紙本一冊。文明開化期にあって、近世以来の因循・旧習のいくつかに検討を加えて、それらが根拠なき虚説たることを示した啓蒙書。所々、窮理学等の新知識に基づく説明を加えるが、多くは古来の説の矛盾を突いたり、疑問を投げかけたものである。序によれば、著者が既に著していた『旧習一新』に続く著作として刊行されたもの。「竜」「麒麟」「鳳凰」「亀」「灸」「鶴」「鎮帯」「肉食」「結髪」の九編からなり、付録として「勧学以呂波歌」を付す。例えば「竜」の俗説については、万物が「六十余元素」に帰すことなどに触れて、竜がこの世に存在しないことを述べ、また、「肉食」では肉食を忌む俗習に対して、牛を「滋養物第一」として食用に供してきた事実をあげ、「獣肉喰ふ参詣を忌まば、糞汁肥大する野菜の類も忌ならん」と反駁する。また巻末の「勧学以呂波歌」は、「勇め唯類ひ稀なる大君の 殊に新たな御代の学びに」から「進み行く我が日本の文の道 皆人毎にひかるこゝろぞ」までの勧学・学問奨励のイロハ歌である。いずれも本文をやや小字・一一行・付訓で記し、所々に挿絵を掲げる。〔小泉〕






◆うえだおうらい [0152]
上田往来‖【作者】古松貞幹(周政・白鵞・海風堂)作。田中某書。【年代】文化一一年(一八一四)書。【分類】地理科。【概要】文化一一年写本(謙堂文庫蔵)は特大本一冊(大字・三行・ほとんど無訓)。「信陽上田之風景者、東西十里南北纔五十余町之平地にして、連々たる山嶽八方を囲而、波濤に似たり…」で始まる文章で、上田(長野県小県郡)方面の地理を記した往来。信濃国上田松尾城の由来、同城下の地勢風土、交通の要衝に位置すること、領内で生産される諸物資、また名所旧跡ならびに神社仏閣の景趣・縁起・由来などを順々に紹介する。〔石川〕
◆うおじづくし [0153]
魚字づくし(仮称)‖【作者】不明。【年代】江戸前期刊。刊行者不明。【分類】語彙科。【概要】異称『魚字尽』。中本一冊。書名は本文冒頭記事の題名による。一部『童学万用字尽』†と似た体裁で同様の記事を含むが、全くの異本。本文を大字・四〜五行・付訓(各漢字の音訓を左右に付す両点形式)で記す点も『童学万用字尽』と異なる。集録語彙(小字並記も含む)は、「魚字づくし」が一一四語、「万木の名」が一一五語。また、後半に「篇并冠之事」「七ッいろは(仮名二体と漢字六体、古文字イロハ」等を付す。漢字の音訓が相対的に詳しい)」「大日本国尽(日本六十余州并二嶋字尽)」を付す。以上のうち「七ッいろは」に代えて「名字」を掲げる異本もある。なお、筑波大本には「享保八歳九月」の書き入れがある。〔小泉〕
◆うけとりしょけん [0154]
〈大坂府学校用〉受取諸券‖【作者】大阪府学務課編か。【年代】明治六年(一八七三)刊。[大阪]大阪府学務課蔵板。書籍会社ほか売出。【分類】消息科。【概要】大本一冊。商業活動に必要な手紙文・証文類・手形類などの雛形を収録した手本。主として大阪・京都方面の小学校用に編まれたもの。木綿、綿、生糸、白砂糖、塩、玄米、小麦、小豆、菜種などの売買の際における受取証四例を大字・三行・無訓で記す。なお、表紙は色刷り模様表紙。〔竹松〕
★うじがわじょう [0154-2]
宇治川状‖【作者】作者不明。【年代】明治二八年(一八九五)書。【分類】歴史科。【概要】大本一冊。『御城落状』と題した写本中に所収。古来より急流で知られる宇治川をめぐる源平合戦の伝承などを綴った往来。「頼朝公よりの御誤には、彼宇治川を渡而見むとの御誤也…」と筆を起こして、この宇治川での合戦で多くの武将・名馬が先陣を競ったが、「西国一之大川に而、二丈余りに水早」いこの川に苦難を強いられたことなどを記す。〔小泉〕
◇うすきもうで [0155]
臼杵詣‖【作者】加島英彦作・書。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】豊後国海部郡臼杵里の名所旧跡・神社仏閣などを順次にめぐり歩く紀行の形式をとって、それらの縁起・由来・景趣などについて記した往来。作者・加島英彦(明治九年(一八七六)八月に六九歳で死去)は寺子屋を開いており、そこで習字手本の教材の一つとして本書を使用していた。〔竹松〕
◆うすひきうた [0156]
うすひき歌‖【作者】不明。【年代】嘉永二年(一八四九)以前刊。刊行者不明。【分類】教訓科。【概要】大本一冊。「神の御国の、この日本(ひのもと)に、生れ出たる、うれしさよ、神の御末の、其たねつゐで、人と生れし、うれしさよ…」のように七・七・七・五、七・七・七・五と続く文章で、神道の教えや月々の神事の心得を述べ、また日常生活の諸相を神の教えに結びつけて、正直・誠実・孝行・家業出精などを諭した教訓書。末尾では、「明日の事より今日こそ大事」と現実世界を重視し、神や先祖の恩、神国日本の尊いことを強調する。末尾に神の恵みを讃えた教訓歌二首を掲げる。本文をやや小字・九行・付訓で記す。なお、小泉本の裏表紙見返に「嘉永二年酉七月吉日」の書き入れがある。〔小泉〕
◆うずらじょう [0157]
鶉状‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】教訓科。【概要】異称『鶉之申状』。大本または特大本一冊。籠舎に閉じ込められて「迷惑千万」な鶉の口をかりて、賢人・聖人の教えに従う武家の道、領主の心得の数々を諭した往来。「抑、我等身体之事、思之外被籠舎之義、是以迷惑千万之次第也…」で始まる本文を大字・四行(五行書きの別本あり)・無訓で記す。本往来は、松代藩家老・恩田木工が治世の道について説いた『日暮硯』によったものとも思われる。〔石川〕
◆うせきさんじんわぶんしょう [0158]
烏石山人和文章‖【作者】松下烏石書。【年代】安永七年(一七七八)刊。[江戸]須原屋新兵衛(嵩山房)板。【分類】消息科。【概要】異称『和文章〈附録手紙数通〉』。大本一冊。新年状を始め、四季時候の手紙、贈り物礼状、筆跡鑑定快諾状など八通の準漢文体書簡を大字・二行・無訓で綴った陰刻手本。巻末「和文章訳文」に楷書・小字・一〇行・付訓の本文を採録する(この部分は陽刻)。そのほか、陰刻部分の末尾六丁に、烏石筆の書状七通(行草体・四〜五行・無訓)を載せる。〔小泉〕
◇うたいづくし [0159]
謡尽‖【作者】不明。【年代】文化八年(一八一一)頃書。【分類】社会科。【概要】横本一冊。異称『謡尽文章』『謡つくし』。文化八年頃書『往来物集録(仮称)』中に所収。「治る御代の印とて、八嶋の浪は静にて…」で始まる七五調の文章で、随所に「八嶋」「初音」「玉の井」といった謡の題目を多く詠み込んで綴った往来。謙堂文庫本は、本文を大字・六行・ほとんど付訓で記す。〔小泉〕
◇うたいなよせ [0160]
謡名よせ‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】語彙科。【概要】大本一冊。「治る御代のしるしとて、八嶋の波は静にて、谷の戸出る鴬の、軒端の桜に初音して、四方の景色は一入に、光り輝く玉の井の、底居濁らぬ影清く…」で始まる七五調の女子消息文中に代表的な小謡の題目を織り込んだ往来。本文をやや小字・一〇行・無訓で記す。〔小泉〕
◇★うたいばんぐみぶんしょう [0161]
謡番組文章‖【作者】不明。【年代】江戸中期成立か。文政一二年(一八二九)書。【分類】社会科(戯文)。【概要】主に近世後期に普及した、小謡を題材とした往来の一つ。「以金札申入候。弥御弦上珍重々々。一昨日知章一両人、同道いたし鵜飼々々と出かけ候而、采女方へ一寸頼政致候へば、竜田今御噂申候処…」のような戯文で謡の番組名一三五番を織り込んだ往来。重写本(昭和三年書)は大本一冊で、本文を大字・七行・無訓で記し、番組名に朱筆の傍線を付す。なお、江戸中期刊『用文章手形鑑(仮称)』†の前付にも収録されている。〔竹松〕
◆★うつのみやげ [0162]
うつのみやげ‖【作者】高田千代三作。真直画。戸田香園(占春亭)書。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[宇都宮]田野辺忠平(万年屋忠平・臨雲堂)板。【分類】地理科。【概要】異称『宇都宮解』。半紙本一冊。「東路やおほくのえみし平伏(たいら)けて、背けば宇つの宮ときく、二荒(ふたら)の山にふたゝびと、動かぬ御世をしめ給ふ…」で始まる七五調・美文体で、まず二荒山神社の荘厳なたたずまいを描き、次いで、宇都宮の人口、戸数、町々の様相を書き記した往来。本文を大字・四行・付訓で記す。巻首に香園の題言を載せ、口絵に銅版刷りの「二荒山神社内ヨリ市外眺望之図」三葉を付す。〔石川〕
◆うないごのくちずさみ [0163]
髫髦口遊‖【作者】かただのうら人・象水弘道作。かただのうら人序。【年代】文化一三年(一八一六)序・刊。刊行者不明。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。『着甲短歌』『武詞短歌』『武功短歌』の三編から成る教訓。前二編はかただのうら人作、『武功短歌』は象水弘道作。いずれも、武具・兵器・兵法・戦闘における武士の心構えを七五調で綴った往来。『着甲短歌』は、「武具(もののぐ)ヲ、着脱(きぬぎ)ヲスルニ、次第アリ…」で始まり、文字通り武具の名称と着甲の順序、軍礼・作法、救急薬・非常食、武士の心得などを記す。『武詞短歌』は、「武士(もののふ)ハ、詞ノ上モ、気ヲツケテ…」と筆を起こし、武士の言葉遣いを中心に行住坐臥の心得を説く。『武功短歌』は、「モノヽフノ、ヤタケ心ノ、一筋モ…」と始まり、戦闘時における武功の優劣や武器の名称などを列記する。上記三編を、いずれも楷書・やや小字・九行・所々付訓の片仮名交じり文で記す。〔小泉〕
◆うないのおしえ [0164]
童之教‖【作者】河村(河邨)重子(河村宗澹女)作。江里川千照・橋本直香(靱雄)跋。【年代】明治九年(一八七六)刊。[東京]河邨女校蔵板。[東京]須原屋佐助(金華堂)売出。【分類】女子用。【概要】異称『うなゐのをしへ』。半紙本一冊。作者が一五歳の時に著した教訓文を上梓したもの。「此日本国は外国とはちがひ、天子様と申上る尊き御方おはします也…」で始まる短文の教訓で、天子・諸役人の尊さ、父母の恩、兄弟の大切さ、師匠への尊敬、神崇拝の五項について述べる。本文を行書・やや小字・六行・無訓で記す。〔小泉〕
◆うねめのたまずさ [0165]
采女玉章‖【作者】伝小野菊作。長友松軒書。穂積以貫(伊助・能改斎・遵古先生)序。戸出某(玄海堂門人)跋。【年代】明和五年(一七六八)序・刊。[大阪]安井清蔵ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『采女文』。大本一冊。跋によれば、竜造寺政家家臣である瀬川采女の妻・菊女(小野摂津守息女)が文禄の役(文禄元年(一五九二))に出征した夫を偲んで書いた女文一通を手本にしたもの。その恋慕の情の深いことが秀吉の心を打ち、瀬川采女の帰国が許されたという。「こかるゝまゝの胸の煙はるゝ間もなき泪の雨、一かたならぬおもひの闇にふししつみ、いつをかきりに露の身のきえはてぬまに、夢はかりかくそとしらせまいらせ度…」で始まる本文を大字・ほぼ四行・無訓で記す。多く並べ書きに近い散らし書きだが、引用した古歌では散らし方に変化を持たせる。なお、『大阪出版書籍目録』によれば、本書の改題本『女教操文章(女教操文庫とも)』が安永三年(一七七四)に刊行された。また、江戸後期にはほぼ同内容の『貞女志満津文』†が出版された。〔小泉〕
◆うまおうらい [0166]
馬往来‖【作者】不明。【年代】書写年不明。【分類】教訓科。【概要】大本一冊。馬に関する諸行事、馬の種類とそれぞれの特徴、馬具等の語彙や基礎知識を消息文形式で記した往来。正月六日状(明日は白馬の節で、信濃・上野・甲斐・武蔵・陸奥等より駒が集まる)、一一月二五日状(このたび召し上げられた仙台・南部の御馬について)、九月二五日状(馬の目利きについての問い合わせ)、九月二六日状(調馬の心得を述べた返状)、一〇月二日状(馬の健康についての問い合わせ状)、九月二〇日状(近国の明城を請け取るため馬道具を調えるための問い合わせ)、二月一〇日状(馬医を召し出し馬の病状について診断してもらう)、年月日不記(駒季の節、逢坂の関より迎とった竜馬のことなど)の八通を収録する。本文を大字・四行・無訓で記す。〔石川〕
◇うまやじ [0167]
駅路‖【作者】三浦久之丞(庚妥)作。【年代】享保八年(一七二三)刊。[大阪]柏原屋佐兵衛(永昌堂・荒木佐兵衛)板。【分類】地理科。【概要】大本一冊。享保八年(一七二三)刊『便用謡』†中に所収。西国に住む飯田の兄弟が都に上り、さらに東国へ下ろうとして伊勢路・東海道・木曽路・中山道の様子について尋ねる形式で、それらの街道にある宿駅の名を記した謡本。各街道の宿駅名は上りと下りで異なる漢字表記をする。本文を大字・七行・稀に付訓で記す。〔竹松〕
◇うまやじのしおり [0168]
駅の栞‖【作者】不明。【年代】万延元年(一八六〇)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。長門国萩城下より京都に至るまでの道中沿道の宿駅名や名所旧跡の景趣などを記した往来。本文は「八江萩のにしきかさねて九重の、花の都路はると、けふおもひ立たひ衣…」のように、漢字・平仮名交じりの七五調・美文体で書かれ、振り仮名や句点等を付さない習字用手本である。なお、唯一の伝本と思われる大正一〇年(一九二一)写本の奥書には「此ふみは、長門国萩の城下に於て寺子屋にて用ゐたるものにてありき。世に行はれつゝありし東路に書き続くるの意にあみたるが如し…」とある。〔竹松〕
◇うみべむらなづくし/かいへんそんめいづくし [0169]
〈田名部五千石領与唱所之〉海辺村名尽‖【作者】不明。【年代】安政二年(一八五五)書。【分類】地理科。【概要】異称『村名』。大本一冊。陸奥国田名部五千石領(青森県むつ市方面)の村名を列記した手本。「田名部」から「野辺地」まで半丁に一〇カ村ずつ、合計一〇〇カ村の名称を大字・五行・無訓で記す。末尾に田名部郡が代官支配の厳重な要害であることを記した小文を付す。〔小泉〕
◆うめづくし [0170]
梅尽‖【作者】不明。【年代】安政四年(一八五七)書。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「幾千代と冬のうちより白梅の一重衣の珍しく…」で始まる全文一四〇字程度の短文の往来。全編一通の女文風に綴り、七五調で豊後好文木、飛梅、江戸紅梅、伊予丸栄八朔梅など梅の名木を紹介し、「香にふれそめし世中の人の心も花に成りまいらせ候。かしく」と締め括る。本文をやや小字・七行・無訓で記す。〔小泉〕
◇うめわかもうで [0171]
梅若詣‖【作者】三井慎斎書か。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】「過しやよひの半月満頃かとよ、或人の依誘引、金竜山え詣、夫より前川に臨めは遙々と、あつまの橋に流れ来て…」で始まるほぼ七五調の文章で、隅田川・梅若参詣のあらましや名所風景を略述した短文の往来。末尾で、著者の自詠か、「つくと音を思ひ入相の、鐘よりいつる山の端の月」の一首を掲げ、「有しむかしのもの語つふやき可申候。かしく」と結ぶ。三井慎斎寺子屋に伝わる手本という。〔小泉〕
◇うらいちのおうらい [0172]
浦市野往来‖【作者】某市左衛門作。重国書。【年代】寛政一〇年(一七九九)作。天保一五年(一八四四)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。羽後国平鹿郡八沢木村(現秋田県南東部)の高岳山・保呂波神社を始め、同地方の代表的な霊場の縁起や神事・儀式・参詣・霊験などを記した往来。「春にもなれば雪もまばらに村消て、霞に萌し若草に、四方のけしきの麗かさ…」で始まる後半部は、四季の名所・風物・風景や故事・伝説を七五調で綴る。本文をやや小字・七行・無訓で記す。〔小泉〕





◆えいかいようぶんしょう [0173]
〈手本〉栄海用文章‖【作者】戸田儀左衛門書・序。【年代】宝暦八年(一七五八)刊。[大阪]堺屋清兵衛(高田清兵衛・政度・嘉平次)ほか板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。庶民日用の手紙文三二通を収録した手本。序文で書翰における「尊卑・親疎の礼節」を説くように、新年状五通(返状を含む。うち一通は披露状)、歳暮祝儀状四通など上下別の複数の例文を掲げた箇所もある。そのほか、婚礼・元服・知行加増の祝儀、帰着・荷物到着の知らせ、お目見えならびに時服拝領の礼状(披露文)等を載せるが、末尾一〇通は諸事に関する短文の消息文である。本文を大字・五行・所々付訓で記す。巻頭に「当用畳字尽」「助字之訳解」「和辨」等の語彙集を掲げる。〔小泉〕
◆えいがくてびきぐさ [0174]
〈童蒙〉英学手引草‖【作者】雪外逸人校。岸野復序。【年代】明治四年(一八七一)序。明治五年刊。[東京]雁金屋清吉(青山堂)板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈童蒙〉英学手引艸』『童蒙英学手引草』。中本一冊。ローマ字表記や数字等の基礎英単語の表記・読みなどを記した英学入門書。まず「四体アルファベット(ローマ字大字・小字・イタリック体大字・小字)」とそれぞれの片仮名表記を示し、続いて「数文字(貨幣その他単位を含む)」「四体イロハ(片仮名・ローマ字大小字・イタリック体小字)」「英単語」「子母五十韻字(母音・子音、五十音順のローマ字表記)」を収録する。通常の和本とは逆の左開きに作る。〔小泉〕
◇えいがくにゅうもんみょうじづくし [0175]
英学入門苗字尽‖【作者】仁科静太郎作。【年代】明治年間刊。刊行者不明。【分類】語彙科。【概要】中本一冊。イロハ分けで配列した日本人の苗字にそれぞれ活字体と筆記体の二通りのローマ字表記を示した教科書。「稲川(Inagawa)」から「須山(Suyama)」まで三〇九の苗字を掲げる。さらに巻末には「増補ノ部」として「樋口」以下二〇の苗字を同体裁で載せる。〔小泉〕
◇えいがぶんしょう [0175-2]
栄花文章‖【作者】不明。【年代】江戸中期書か。【分類】女子用。【概要】異称『栄花文章〈并〉本歌四十帖』。大本一冊。「武家諸法度」「愚蒙諌草(いさめ草†)」「三十六歌仙」「介婦遺言」「長恨歌」「琵琶行」「野馬台」「女用文章」「女用花鳥文章」†「手習筆遣心持之覚書」等の往来を収録した合本科往来(原題不明)中に所収。「一、月のゑん」から「四十、柴野」までの四〇題・四〇通を収録した女子消息型往来。各題毎に「君がため花うへけむとつげねども、ちよまつむしのねにぞなきぬる」のような本歌を掲げ、それを踏まえた女子消息文を展開する。主題とともに本歌を小字・二行書きで右端に掲げ、消息文を各丁見開き・上下二段組形式で、種々の散らし書きで記す。〔小泉〕
◆えいきゅうかたくおうらい [0176]
永久家宅往来‖【作者】十返舎一九作・序。晋米斎玉粒書。【年代】文政七年(一八二四)序・刊。[江戸]山口屋藤兵衛板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。人間生活に不可欠な衣食住のうち、特に日本の家屋・建築物に焦点を当てて、そのあらましを『和漢三才図会』巻八一「家宅類」に取材して記した往来。「伝聞上古之人者、穴居而、山野に処(おれ)りと。後世、是に易易(かう)るに宮室を以すと謂り…」で始まる本文を大字・五行・付訓で記す。冒頭で、人々が家屋に住むようになった起源に関して、『世本』の禹王説、『呂氏春秋』の高元説を否定して黄帝がその権輿たることを述べ、続いて、宮(御屋)・殿・堂・楼(たかどの)・櫓(やぐら)・房・院・城・多門・武者走・砦・台(うてな)・貴人の住居・舞台・廊(ほそどの)・回廊・宮(神社)・社・祠堂(しどう)・尊霊屋(たきや)・寺・方丈・庫裏(くり)・食堂など約四〇項目について、由来・用途・異称等を概説する。いずれも『三才図会』の記述通りに抄出したもので、ごく一部文末表現を改編した程度に過ぎない。巻首に「宮室・寺院・神社、家宅、市居之図」を掲げるほか、頭書「家造(やづくり)の用大概」に住居各部の名称(棟・甍・檐(のき))など約六五語とその語源・形状・素材・用途を略述するが、これらも『和漢三才図会』を典拠とする。〔丹〕
◆えいごおうらい [0177]
〈童蒙暗誦〉英語往来(一輯)‖【作者】橋爪貫一(松園)作。【年代】明治五年(一八七二)刊。[東京]雁金屋清吉(青山堂)板。【分類】語彙科。【概要】異称『英語初学』『英語うひ学』。中本一冊。「ウォヌ一つ。ツーは二つ。三スリー、フォーアルは四つ。五はファイフ。セキスは六つ…」というように単語の発音と日本語の意味をつなげた文章で基本的な英単語を列挙した往来。頭書にもそれぞれの英単語の綴りと発音を示すなど、数字・季節・時間・単位など基本的な英単語の習得の重点を置く。本文を大字・五行・付訓で記す。なお、柱に「第一輯」とあるが、二輯以下は未刊であろう。〔竹松〕
◆えいごひとりげいこ [0178]
英語独稽古‖【作者】仁科某(仁科静太郎か)作。井口松之助編。【年代】明治二四年(一八九一)序。明治三三年刊(再刊か)。[東京]井口松之助板。【分類】語彙科。【概要】異称『THE TRANSLATED OF ENGLISH』『〈英学捷径〉七ッ以呂波』『YEIGAKU SHOUKEI NANATSU IROHA』。中本一冊(袋綴じ洋装本)。単語・短文を中心とした英学入門書。序文に「英人著述の日本文法書又日本解書より抄出したる者」と記す。「英国廿六文字(大字・小字・頭字・頭字小字)」「アルファベット各体」「数字」「アルファベット手の図」「英字以呂波(英字三体・仮名二体・漢字二種)」「単語之部(図解・訳語入り)」「子母五十韻字」「宇宙之部(天地・日月に関する単語集)」「会話之部」「習字例(筆記体の書き方)」から成る。序文の年代と刊行年の乖離が著しいため、先行書の存在は明かであろう。〔小泉〕
◇★えいじゅようぶんしょう [0179]
〈万家便用〉永寿用文章‖【作者】不明。【年代】安永五年(一七七六)再刊。[江戸]西村屋与八板。【分類】消息科。【概要】異称『〈西与板元〉永寿用文無量蔵』『永寿用文』。大本一冊。五節句祝儀状(七夕を除く)や四季折々の手紙、また、その他諸事に関する手紙などを収録した用文章。大半が往復文で「年始遣状」から「見世出シ悦状」までの二六通を載せる。いずれも一般的な日用消息文で、大字・五行・付訓で記す。前付に「方巨山詠詩解」や「文通書添等格式」「廻状書様并口上書」「献立書様」等の記事、頭書に「吉書始詩歌」「七夕之詩歌」「字画指南」「大日本国尽」「五性名頭字」「官名」「万手形つくし」「諸国御関所御番所」等を収録する。刊記に「増補再板」と記すが先行書については未詳。〔小泉〕
◆えいしょうよしいえおうらい [0180]
〈甲申新版〉英将義家往来‖【作者】十返舎一九作・序。歌川国安画。【年代】文政六年(一八二三)刊記。文政七年刊。[江戸]山口屋藤兵衛板。【分類】歴史科。【概要】異称『〈首書絵抄〉英将義家往来』。半紙本一冊。一九が著わし、江戸書肆・山口屋藤兵衛が出版した一連の伝記型往来の一つ。義家の事跡よりも、彼の逸話や伝説を中心に綴るのが特色。日照りによって軍勢が窮地に立たされ、伊勢大神宮に祈願した途端に清泉が涌出した故事を始め、騎射や和歌に通じ、一たび怒れば鬼神の如く、逆に笑顔の時は女性のように柔和であったという人物像、また、飛雁乱行で敵の伏兵を知る兵法の達人ぶりなど、義家の人物像や神格化された側面が強調されて綴られており、源氏一門には名将が多いが、特に義家は「源氏累世群之名将」であり、生涯の勲巧は枚挙に遑がないと讃える。末尾を「恐惶欽白」で結ぶように準漢文体書簡を装った本文を大字・五行・付訓で記す。なお、頭書には本文とは無縁の「四民之略訳」「男女之訳」「僧官之次第」等の記事を載せる。〔小泉〕
◇えいたいおうらい [0181]
永代往来‖【作者】不明。【年代】明治五年(一八七二)書。【分類】消息科。【概要】奉公人請状などの証文類に頻出する要語を請状風に列挙した往来。「永代年限、金銀貸借、質物売渡、譲受、当冬扣持高々結入候…」で始まり「…月雪花見慰而、世々連綿と相続、子孫繁昌無疑。穴賢」と結ぶ文章で、類語を列記する。明治初年、愛知県で使用された手本という。寛政九年(一七九七)刊『諸家永代請状』†と同種の往来といえよう。〔小泉〕
◆えいたいようぶんしょう [0182]
〈御家〉永代用文章‖【作者】源善教書。【年代】江戸後期刊。[名古屋]永楽屋東四郎板。【分類】消息科。【概要】異称『〈御家正流〉永代用文章』。中本一冊。「年始敬方え遣状」から「得意旅宿え遣状」までの手紙文三八通と、「借用申金子之事」「式金手形之事」「乳母奉公請状之事」の手形証文文例三通を載せた手本兼用文章。四季折々の行事や通過儀礼に伴う祝儀状・誘引状が主で、末尾に特定用件の手紙も若干含む。本文を大字・四行(証文類は五行)・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆えいたいようぶんしょう [0183]
〈雅俗通用〉永代用文章‖【作者】不明。【年代】文久元年(一八六一)再刊。[大阪]秋田屋市兵衛ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『〈百家通用〉永代用文章』。大本一冊。天保六年(一八三五)刊『〈雅俗通用〉続文章大全』、または同年刊『増補文章大全』†の後半部(「〈百家通用〉続文章大全」)を独立させて改題したもの。「初市案内状」から「鏡餅遣す状・同返事」までの八七通と「年中時候案文」を載せる。題簽題・見返題・目録題等を改めたほかは『増補文章大全』に全く同じ(ただし異板)。すなわち、ほぼ同時期に『〈雅俗通用〉永代用文章』と『増補文章大全』の二種が販売されていたと推定される。〔小泉〕
◆えいたいようぶんしょうたいせい [0184]
〈新版改正・万宝絵入・増益頭書〉永代用文章大成‖【作者】不明。【年代】宝永四年(一七〇七)刊。[京都]荒川源兵衛ほか板。【分類】消息料。【概要】異称『永代重宝用文章大成』『用文章』。大本三巻三冊。主として京洛に生活する武家の日用消息文を集録した用文章。上巻は年頭嘉例の規式についての挨拶を始めとする例文二〇通、中巻は移徙(わたまし)祝儀状以下二〇通、下巻は仕官実現への祝儀として肴を贈る手紙以下二〇通の合計六〇通を収録する。このように、年中行事・通過儀礼を始め、日常生活の様々な題材を求めて、数多くの例文を収めるのが特徴。本文を大字・四行・付訓で記す。上巻見返に『礼記』内則篇によりながらの随年教法と文字・硯・筆・紙の濫觴についての記事、また、頭書に「増補初学文章抄」「万手形の書きよう」など書簡作法全般や、「日本国尽(付・郡付)」「近江八景の図並に詩歌」「小野篁歌字尽」「家名字尽」「都名所古迹文章」「料理献立書きやう」「武家式目」「茶の湯たてやう」等の記事を載せる。〔石川〕
◆えいたつあしかがおうらい [0185]
〈甲申新版〉栄達足利往来‖【作者】十返舎一九作・序。歌川国安(安次郎・一鳳斎)・歌川国丸(一円斎・五彩楼・軽雲亭・彩霞楼・朝霞楼・翻蝶庵)画。【年代】文政六年(一八二三)刊記。文政七年刊。[江戸]山口屋藤兵衛板。【分類】歴史科。【概要】半紙本一冊。足利尊氏の武将としての生涯を題材にした往来。江戸書肆・山口屋から出版された一連の伝記型往来の一つ。一九はこれらの作品群の中で数々の名将の事蹟や人物像を紹介しているが、近世以来「忠臣」とされた楠木正成や新田義貞らのほかに、朝敵とされた「足利尊氏」にも焦点をあてている点は興味深い。冒頭で彼の出生に触れ、続いて、元弘の乱で北条高時を裏切って京都に乱入して六波羅を陥落させてからの彼の戦乱の歴史を概説し、最後に、新田義貞の戦略や楠木正成の智謀を打ち破ってついに京都室町に幕府を開き、万民が安堵の床に臥し、万歳千秋の楽しみを極めるに至ったと結ぶ。本文を大字・五行・付訓で記し、末尾が「恐々欽白」で終わる書翰風の文章で綴る。頭書には、本文とは無縁の暦占関係の記事(「十二支指掌図」「六壬時のうらなひ」「病算うらなひ」「厄歳之心得」など)を載せる。〔小泉〕
◆えいふくおんなようぶんしょう [0186]
永福女用文章‖【作者】佐藤掬泉堂(慎一郎・史鼎)書。【年代】天明三年(一七八三)刊。[江戸]菊屋幸三郎(菊池幸三郎・金幸堂)板(万延元年(一八六〇)補刻)。【分類】女子用。【概要】異称『女日用玉文庫』『女用文』。中本一冊。「正月の文章」から「年賀の文」までの七一通を収録した女用文章。季節の手紙から、日常生活上の諸用件の手紙まで一通りを収録する。四季の女文や婚礼・出産・移徙祝儀状その他に各種の散らし書きの書法を示すが、「人をまねく文」や「疱瘡見廻の文」などを散らし書きにするのは独特。また、「手習はしめ祝の文」「和歌まなひの文」「躾方弟子入頼のふみ」など女子教育に関する例文も目立つ。さらに、「料理献立誂遣す文」は九丁に及ぶ長文で、「三方かさりのし/三ッ組盃台」以下の献立を詳細に紹介するとともに、必要な食材も列挙する。目録末尾に「天明三年初刊、天保一四年(一八四三)再刻、万延元年補刻」とあり、見返等に「佐藤掬泉堂案并書」と記すが、掬泉堂の活動時期からするとこの「掬泉堂案」は不審であり、本書の初刊が天明三年板としても、当初より『永福女用文章』と題したとは考えにくい。本書の前半五八通を収録した菊屋幸三郎板『女日用玉文庫』(外題・内題とも同じ)が別に存するが、『女日用玉文庫』の増補版が本書であり、その際の編集に掬泉堂が関与したものと考えられる。〔小泉〕
◆えいふくようぶんしょう [0187]
永福用文章‖【作者】十返舎一九作。佐藤掬泉堂(慎一郎・史鼎)補・書。【年代】享和二年(一八〇二)刊。[江戸]菊屋幸三郎板(万延元年(一八六〇)板)。【分類】消息科。【概要】中本一冊。『〈年中吉事〉手紙之文』†に「大酒を好む人に贈る文」から「伊勢太々講之回文」までの一七通を増補した用文章。「年頭披露状」以下七四通の消息文例を載せる。本文を大字・四〜五行・所々付訓で記す。巻末に「手形証文自在(一一通の証文類文例)」「諸国御関所附」「諸宗名目」等の記事を掲げる。このほか、巻頭に七夕詩歌数編を掲げる場合もある。万延元年板の刊記には「享和二年三月発行、文化二年正月二刻、同一三年七月三刻、嘉永二年五月四刻、万延元年九月補刻」の旨を記載するが、本書と対になる『永福女用文章(女日用玉文庫)』†が万延元年一月に刊行(求板・改題)されており、刊記の享和二年板は『〈年中吉事〉手紙之文』など先行書の刊行年であろう。〔小泉〕
◇えいらくしんどうくんおうらい [0188]
永楽新童訓往来‖【作者】高井蘭山序(「諸礼大学」)。葛飾北斎画(「絵本庭訓往来」)。【年代】天保一二年(一八四一)以降刊。[名古屋]永楽屋東四郎板。【分類】合本科。【概要】異称『〈校正増益〉永楽新童訓往来』『新童訓往来』。半紙本または大本一冊。北斎の『絵本庭訓往来』†を始めとする永楽屋板の単行本数点を合綴した往来物。刊行年代等により収録内容や順序に小異があり、「絵本庭訓往来」「諸職往来」「江戸往来」「実語教・童子教」「風月往来」「百姓往来」「農民教訓状」「百姓今川准状」「永楽千字文(流布本『千字文』に同じ)」「世話千字文」の一〇点を合本した版や、以上のうち「諸職往来」「江戸往来」の二本を割愛した版、また、「諸礼大学(田島養元作)」†「永楽古状揃大全」「実語教・童子教」「商売往来」「消息往来」「絵本庭訓往来」を一冊にした版などがある。〔小泉〕
◆えいりしょうばいおうらい [0189]
〈滝沢清著・開化〉絵入商売往来‖【作者】滝沢清作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]松崎佐兵衛(稲花堂)板。【分類】産業科。【概要】異称『〈開化〉絵入商売往来』。小本一冊。銅版刷り和装本。「凡、通商持扱文字・員数許多(あまた)なりと雖も、平常専用之概略者、日記・判取・当座帳、仕入・仕切に大帳也…」で始まる明治期新編『商売往来』。内容は堀流水軒作『商売往来』†同様の文章で、適宜当用に改めるが、通貨のくだりでは「天保・寛永・文久銭、耳白銭を取交て毎時之流通幾許ぞ…」のように近世以来の通貨が通用していたことを示す。通貨、呉服・布帛・織物・洋服、襖類・染色、穀類、青物・山菜類、禽鳥、魚貝、虫類、家屋・建物、果物類、薬種、飲食物(料理)、器財・諸道具類、草木類、金石類、武具・兵器類までの語句を列挙して、「其他雑品数多にて、難指算止筆畢」と結ぶ。本文を小字・六行・付訓で記し、頭書に本文に対応した挿絵を掲げる。〔小泉〕
◆えいりぶんしょう [0190]
〈開化〉絵入文章‖【作者】鶴田真容作。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]上坂久次郎(松永堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『開化絵入文章〈附録諸証文〉』『画入文章』。中本一冊。葉書に用いる二〜六行程度の短文を集めた用文章。冒頭に四季用文一六通を掲げ、続けて「雑」の部として旅中見舞い、借金、尋ね人、三回忌法事、新聞借用等々の諸事に関する例文一九通を収録する(合計三五通)。本文をやや小字・七行・付訓で記す。頭書に「四季の物産」と題して、四季の花鳥風月・産物等の挿絵と説明を載せるほか、巻末に届書・証書・願書類一一例の書式と「時候之区別」(時候の言葉)を掲げる。〔小泉〕
◇えいわいろはべんらん [0191]
英和いろは便覧〈一名横文字師匠いらず〉‖【作者】梅原市松作。【年代】明治一九年(一八八六)刊。[大阪]梅原市松板。【分類】語彙科。【概要】中本一冊。ローマ字(ローマン体またはイタリック体の大字・小字)をアルファベット順・イロハ順・五十音順で示し、また、アラビア数字やローマ数字、さらに初歩的な英単語などを紹介した教科書。具体的には、「英国廿六文字」「英廿六文字草体」「英和通韻いろは」「曜日・方角」「ローマ字五十音」「算用数字」「羅馬数字」「西洋時計の見方」「横文字手習法(イタリック体の筆記法)」「英単語」の順に記載する。〔小泉〕
◆えいわしょかん [0192]
英和書翰(初編)‖【作者】日高実広作。ワクマン校。【年代】明治五年(一八七二)序・刊。[大阪]水哉亭蔵板。【分類】消息科。【概要】半紙本一冊。「新年祝儀状」から「カルタ遊び誘引の文」までの六二通を英文と和文を対照させて収録した用文章。和装本仕立てであるが、本文を洋書風に左開きの体裁で編み、半丁一通を原則(例外的に見開きの書状二通)とする。その上段三分の一ほどを頭書として、行書体・縦書き・一〇行前後の和文書簡を掲げ、同義の英文を下段に横書きの筆記体で載せる。和文例文の殆どが準漢文体だが、末尾一通(カルタ遊び誘引状)のみを女文(漢字仮名交じり文)とする。〔小泉〕
◆えいわせんじもん [0193]
英和千字文‖【作者】仁科静太郎作。【年代】明治一九年(一八八六)刊。[東京]山崎杲平(正々堂)板。【分類】語彙科。【概要】中本一冊。周興嗣作『千字文』をローマ字で表記し、その読みを片仮名で示した教科書。『千字文』原文を左から右へ読む縦書きに一行二句八字ずつ綴り、各漢字のローマ字表記と読みを「Ten(テン)・Chi(チ)・Gen(ゲン)・Kuwawu(クワウ)(天・地・玄・黄)」のように横書きで記す。通常の和装本とは異なる左開きの装訂である。〔小泉〕
◆えいわようぶんしょう [0194]
〈挿訳〉英和用文章‖【作者】是洞能凡類編。村田海石(邨田海石・浩蔵・寿)書。鎌田政末序。【年代】明治五年(一八七二)序。明治六年刊。[東京]是洞能凡類蔵板。[大阪]河内屋真七(宝玉堂・岡島真七)ほか売出。【分類】消息科。【概要】異称『挿訳英和用文章』。中本一冊。英国の日用書翰例文集数書よりいくつかの消息文を抄出し、同英文に片仮名の読法と直訳に近い日本語(邦訳の際の語順も付す)を付け、さらに、これとほぼ同義の仮名交じりの準漢文体書簡を掲げた用文章。「両親エ年始之文」から「為替手形之文」までの二〇通を収録し、それぞれ、英文(横書き・イタリック体・小字・七行・付訓)・和文(縦書き・大字・五行・付訓)を交互に掲げる。英文の読みと語順、各単語の字義を示しつつ、さらに通常の和文によって英文の意味を一層分かりやすくした点に特色があり、同時期の他の英学教科書が多く単語の対比に終始するのに比べると、実質的な意味での前進である。例文の主題は四季にまつわるものよりも、社交や商取引その他の経済行為に関するものが中心。巻末に、「書翰封ジ雛形」「書翰認方之雛形」「手形証文認方之雛形」と題して、英文書翰の基本作法に触れる。本書は和綴じ本ながら左開き(縦書きも左から右へ読む)の特殊な装訂をなす。〔小泉〕
◆えきろおうらい [0195]
駅路往来‖【作者】小川保麿(安麿・玉水亭・小川屋辰蔵)作。堀原甫(赤鯉亭)序。西川竜章堂書。春翠斎祐春(西川祐春か)画。【年代】天保四年(一八三三)作。嘉永六年(一八五三)刊。[京都]丸屋善兵衛(瑞錦堂・山中善兵衛)ほか板。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。主として本陣・旅宿の子供の教育向けに、道路交通に関する常用語を綴った往来。「夫、道中筋、駅路泊宿、本陣、問屋、役人、宿場、年寄、馬借、月行事等、日夜不致油断、諸事廻深慮、麁略無之様叮嚀第一也…」と起筆して、東海道中の状況、旅行用具、旅宿の注意等、旅行に関する注意を詳細に記す。本文を大字・四行・付訓の手本様に記し、本文中に挿絵二葉を掲げるほか、巻頭に「三都諸方行程附(みちのりづけ)」、巻末に「大日本国尽」を収める。なお、序文に代えて「菅公肖像」などの色刷り口絵を付した後印本もある。刊記に「天保四年己十月官許」と記すが、刊行年代と二〇年も離れており、既に死去していた竜章堂の遺筆を何かの事情で後年に刊行したものであろう。〔竹松〕
◇えちごおうらい [0196]
越後往来‖【作者】五十嵐八百蔵書。【年代】安政三年(一八五六)書。【分類】地理科。【概要】越後各地の地名、沿革、名所旧跡および神社仏閣の景趣・縁起・由来、さらに名産の数々について書き記した往来。「陽春の慶賀、珍重珍重。千鶴万亀祝籠候畢。抑、越後国、上は高田上杉景勝…」と筆を起こし、「…豊年の御恵、万歳、万万歳、民快楽ぞ目出たけれ」と筆を納める全文一通の手紙文形式で綴る。謙堂文庫本は楷書・大字・六行・無訓で記す。同一書名だが、江発田佐久治作『越後往来』†とは別内容。〔石川〕
◆★えちごおうらい [0197]
〈江発田佐久治著〉越後往来‖【作者】江発田佐久治作。寒翠序。【年代】明治八年(一八七五)序・刊。[越後]関口卯之介蔵板。[東京]島屋儀三郎ほか売出。【分類】地理科。【概要】半紙本二巻二冊。明治初年の越後国内の地理を綴った往来。同名だが、五十嵐八百蔵写本『越後往来』†とは別内容。まず上巻「発端」で「抑も越後の国たるや、往古は方今に異名(ことよび)て、越の国とぞ称(とな)ひける、さて此国の地の勢(なり)は、縦には長く横狭く、国の境に山おほく、国の中央(なかば)は平地にて、五穀の実る沃野あり…」で始まる七五調・美文体の文章で、越後国の領域・地形・気候・行政区域・名所・寺社・諸施設・物産などの概要を示す。続いて、第一大区新潟、第二大区平島、第三大区弥彦以下、第二五大区岩船までの各区毎に主要都市を中心に地理・物産等を紹介する。本文を大字・五行・付訓で記す。また、上巻巻頭に三色刷りの越後国行政区画図一覧を掲げる。〔石川〕
◇えちぜんおうらい [0198]
越前往来‖【作者】高島正(翠山)書。【年代】江戸末期〜明治初年作。明治一七年(一八八四)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。「兼て申談候敦賀気比詣ての事も、漸々時分ニ成候間、何日頃思召立ち候半や…」で始まる一通の手紙文で、大野地域より敦賀気比神宮に参詣する路次の名所旧跡・神社仏閣、ならびに同神宮の景趣・縁起・由来等について記した往来。従って、本書は「越前」と特定地域を名称とするが、参詣型の往来とも見なせる。本文を大字・五行・無訓で記す。巻末識語に「右、神武天皇即位紀元二千五百四十四年、明治十七甲申年旧杪冬下旬、大野郡折立村四十九番地、平民農、高島長兵衛九代目、号翠山、高島正写、生年十三年九月」とある。〔石川〕
◆えどおうらい [0199]
江戸往来‖【作者】堀観中作か。【年代】寛文九年(一六六九)刊。[大阪]柏原屋与左衛門板。また別に[京都]文台屋治郎兵衛(中村次郎兵衛・臨泉堂・治重・百川)板あり。【分類】地理科。【概要】異称『江都往来』『燕都往来』『御江戸往来』『御江戸自遣往来』『自遣往来』『東武往来』『吾妻往来』ほか。寛文九年板(数種あり)はいずれも大本一冊。全編一通の手紙形式を採り、第一に年始の挨拶、第二に千代田城内での将軍家を中心とする年始の儀式ならびに行事の有様、第三に諸国より流入する土産・菓肴・衣服・器財・舶来の品々、第四に江戸の広さおよび町々の方角と武家民家の密集する様子、第五に明暦年中(一六五五〜五八)に玉川の水を東南の地に引いたことや、万治年中(一六五八〜六一)に隅田川に両国橋をかけたこと、第六に不忍池遊興の状況を叙して御代の泰平を謳歌する。このように江戸の案内書も兼ねることから、内題を『自遣往来』としたとも考えられ、この書名によっても普及した往来である。その構成においては、『駿河状(駿府往来)』†よりの影響を受けているが、同時に第三〜六項は江戸の武家・庶民が営む生活に即した独自の内容であり、地理科往来・地誌型の代表的な往来となった。すなわち、本往来自身が多くの板を重ねて普及したのみでなく、江戸中期・後期そして明治初年の各地で作られた地誌型往来の編集方式や記事内容に深甚の影響を及ぼしている。寛文九年板の『江戸往来』には、寛文九年三月・柏原屋板、同年同月・文台屋板、同年四月板(武藤氏書。刊行者不明)、同年五月・西沢板の四本が発見されているが、これらは概ね本文を大字・四行・付訓(片点または両点)あるいは無訓で記す。また、本書本文の約半分を抄録した改題本に明和八年(一七七一)刊『長雄諸産往来』†があるほか、江戸中期以降に『江戸往来(異本)』†『続江戸往来』†『新江戸往来』†等の異本や、編集形式を模倣した『繁関往来』†等が誕生した。なお、文政三年(一八二〇)刊『童子初学往来』†所収の「江戸往来」に「堀観中作」と記すが事実か否か未詳である。〔石川〕
◆えどおうらい [0200]
江戸往来(異本)‖【作者】不明。【年代】江戸後期作・書。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。寛文九年(一六六九)刊『江戸往来』†とは別内容の異本。「芦原や靡かぬ草もなかりけり、日のひかりそふ松風の御めくみに、戸さゝぬ江戸の繁昌は言葉にも及かたく、東西の町々、南北の家々雲のことく集り…」で始まり、江戸府内の地名・町名・社寺名・名所旧跡名・橋名・川名などを挙げながら、それぞれの風光・景趣・由来・縁起等について簡潔に記す。本文を大字・五行・無訓で記す。明和二年(一七六六)刊『御江戸名所方角書』†にならって漢字・仮名交じり文で記述した往来とも見られるし、採りあげた地名等についての解説が詳しいので、地誌型の一種とも見なせる。筆者も書写年月も記してないが、記述の内容より江戸後期の作であることは疑いない。〔石川〕
◆えどおうらい・おおさかおうらい [0201]
江戸往来・大阪往来‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】大本二巻二冊。『江戸往来』と『大阪往来』から成る大字・二行・無訓の手本で、いかなる刊本とも内容が異なる。『江戸往来』は、「抑、国家安全之此時、尭舜可比聖主、日本六十余州知召給故、支那四百余州者不及申、東夷、南蛮、西戎、北狄迄今世時奉感慕御政道…」で始まる文章で、『御江戸名物往来』†風に経済・文化の中心たる江戸の繁栄ぶりや江戸府内の様子や各地から集積される名産品、また諸職人・諸商売、芸能・信仰・風俗等を記す。また『大阪往来』は、「難波津、大坂町中并近在之諸色、先、京橋之馬場…」で始まる文章で各地の産業や産物を綴る。〔小泉〕
◆えどおうらい [0202]
〈首書絵入〉江戸往来‖【作者】不明。【年代】元禄二年(一六八九)刊。[大阪]深江屋太良兵衛板。【分類】地理科。【概要】大本三巻三冊。『江戸往来(自遣往来)』†本文を大字・四行・付訓で記し、頭書に本文要語の略注や挿絵を掲げたもの。この頭書絵抄は元日の諸大名出仕風景から始まり、当日の装束や「三日の御礼」の献上品や三日夜の謡初め、また、正月の江戸城中の主要行事と江戸城中に運ばれる全国の名産品や、江戸府内の名所などを図解する。〔小泉〕
◆えどおうらいえしょう [0203]
〈改撰頭書〉江戸往来絵抄‖【作者】不明。【年代】宝永五年(一七〇八)刊。[江戸]鱗形屋孫兵衛(鶴林堂・鶴麟堂・山野孫兵衛)板。また別に[江戸]若林清兵衛(逍遙堂)板(後印)あり。【分類】地理科。【概要】異称『〈若林〉江戸往来絵抄大成』。大本一冊。『江戸往来』†本文を大字・六行・付訓または無訓で記し、頭書に本文要語(「陽春」から「不忍池」までの八〇語)の語注および図解を掲げたもの。総振り仮名を付けた付訓本(有界)と、振り仮名を施さない無訓本(無界)の二種ある。特に江戸の地名についての説明が詳しい。頭書には要語解のほかに「本朝書翰之初」「制札寸法書法」等も掲載する。『江戸往来』の絵抄本は六種以上あるが、その中で本書は比較的早く、広く流布したものである。なお、『江戸往来絵抄』の書名は既に『元禄五年書目』に見えるため先行書が存在した可能性もある。また、本書の改刻板が明和四年(一七六七)に仙台書肆・柳川屋庄兵衛(金華房)によって刊行されている。〔小泉〕
◆えどおうらいえちゅうしょう [0204]
江戸往来絵註抄‖【作者】藤村秀賀注・序。橋本貞秀(玉蘭斎)画。巻鴎洲跋。【年代】文久二年(一八六二)作。元治二年(一八六五)刊。[江戸]山崎屋清七(山静堂)板。【分類】地理科。【概要】大本一冊。『江戸往来』†の本文を四三段に分けて行書・大字・八行・無訓で記し、各段毎に詳細な二行割注を施した注釈書。各段の大意を平易に解説したうえで、一つ一つの語句・語彙についても詳しく具体的な施注を加える。結果として、諸国より流入する土産・菓肴・衣服・器財・舶来の品々の箇所(語彙集の形をとる)も、長大な紙幅を費した注解となっている。そのため、例えば江戸後期の注釈本『〈万世〉江戸往来註解』†の二二丁に対して、本書では六二丁にも達する。頭書欄の編集形式は『註解』とほぼ同様だが、挿絵が六五葉に及び、図柄も異なる。また頭書には漢字・平仮名交じり文に改めた本文を楷書・小字・一四行・付訓で記す。これらの編集のねらいや特徴については、巻頭の藤村秀賀自序および巻末の巻鴎洲跋文に的を射た記述が見られる。〔石川〕
◆えどおうらいちゅうかい [0205]
〈万世〉江戸往来註解‖【作者】高井蘭山注・跋。【年代】文政一一年(一八二八)跋。天保八年(一八三七)刊。[江戸]須原屋茂兵衛(千鐘房)板。【分類】地理科。【概要】異称『万世江戸往来註解』『江戸往来示蒙鈔』。大本一冊。『江戸往来』†本文を三八段に分かち割注を施した注釈書。同本文を大字・八行・無訓で記し、頭書には所々図解を交えながら小字・付訓の本文を再録する。注釈内容は、「江戸」の地名の由来や、「往来」の字義から始まり、各段毎に本文要語を平易に解説する。語句により注解の深浅があり、舶来品などは簡潔に説く一方、江戸の町々の歴史や変貌については比較的詳しく述べる。また、注釈文中には『江戸往来』本文の不適切箇所を指摘するなど、蘭山の私見も散見される。なお、地名等について未詳とするものが少なくないが、そのいくつかは元禄二年(一六八九)刊『〈首書絵入〉江戸往来』†で明快に説明されている箇所であり、一世紀余の間に江戸における物産・流通に種々の変遷があったことを窺わせる。〔小泉〕
◆えどおんしきもく [0206]
〈増補〉江戸御式目‖【作者】不明。【年代】天和三年(一六八三)刊。[江戸]表紙屋七右衛門板。【分類】社会科。【概要】異称『御式目』。大本。二巻二冊か。現存唯一の三次本は下巻のみ。江戸町奉行より頒布された町触を認めた手本で、下巻には、@天和二年五月頒布(忠孝の奨励など生活の心構えについて諭した七カ条)、A同年同月頒布(御朱印伝馬など交通運輸に関して定めた六カ条)、B同年同月頒布(キリシタン禁制)、C同年同月頒布(毒薬・偽薬の売買の禁止、偽金銀の売買の禁止など商取引に関する六カ条)、D同年同月頒布(米豆高値対策の各種駄賃についての規制)、E同年同月頒布(火事・火事場対策等三カ条)、F天和三年四月頒布(祭礼諸事等について定めた五カ条)の七法令を収録する。本文を大字・六行・所々付訓で記す。〔石川〕
◇えどじおうらい [0207]
江戸路往来‖【作者】三井慎斎書か。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】「去頃御物語申候江戸発足之儀、折節も咲出候得は、今月中旬可然候…」で始まり「…四ッ谷・大木戸は則、江戸の入口にて候。猶道すから御咄可申候。穴賢」と結ぶ全一通の女文形式で、甲府から江戸までの甲州街道沿道の名所旧跡・神社仏閣を紹介した往来。寺社縁起や故事、風趣などにも触れる。三井慎斎寺子屋に伝わる手本という。〔小泉〕
◆えどしょしょくおうらい [0208]
江戸諸職往来‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。宝暦六年(一七五六)刊『商民職人往来』†を部分的に改編したもの。江戸府内各地の産業や諸職等を紹介した往来。学芸大本は『諸国名物往来』と題した写本中に合綴する。まず、中国の尭舜の時代にも比すべき仁政下で毎年異国の奇物がことごとく流入する有難い時代であることを述べ、続いて東・西・南・北の江戸町内の形勢について触れ、以下、商人・職人の順に各町毎の主要業種や物産・流通の様子などを列記する。また末尾では人々が群集する遊所・名所を挙げ、国家泰平を讃えた一文で結ぶ。本文をやや小字・八行・無訓(例外的に付訓)で記す。〔小泉〕
◇えどどうちゅうおうらい [0209]
江戸道中往来‖【作者】不明。【年代】江戸後期作。明治初年書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。写本『会津往来集』中に所収。「春霞、今日たちそめて若松の、みとりの空も長閑にて、波の花咲く滝沢の、坂を上りて三十八駅、数の初めは赤井原…」で始まる七五調の韻文体で会津から江戸までの三八駅の名称と風景を詠みこんだ往来。明治期になって、本書本文中の文言を改編した『東京道中往来』†が普及した。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆えどどうちゅうき [0210]
江戸道中記‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。「京立て大津や草津・石部にて、一夜泊りて水口の、土山・鈴鹿・坂の下、とまりて関の亀山や…」で始まる七五調の短文で、京都から江戸までの大雑把な行程を述べた往来。文末を「めてたくかしく」と結ぶ女文形式で綴られており、本文を大字・三行・無訓で記す。次項明治七年(一八七四)写本と同題だが別内容。〔小泉〕
◇えどどうちゅうき [0211]
江戸道中記‖【作者】藪井於浅書。【年代】明治七年(一八七四)書。【分類】地理科。【概要】「此度不存寄、急に出府の仰を蒙り、早旅立の支度を調へ、吉日を撰び発足し、京橋御門を立出て、宮川大橋、林田町、松原淋林…」と筆を起こして、美作国津山城下より江戸津山藩屋敷に至る道中の宿駅名、沿道の名所旧跡、名産・名物等を記した往来。道中記の出発点を津山城、終着点を江戸津山藩屋敷としているように、武士が記した道中記風の編纂形式をとる。〔竹松〕
◆えどねんちゅうぎょうじ/えどねんじゅうぎょうじ [0212]
江戸年中行事〈附月並参詣の寺社〉‖【作者】不明。【年代】嘉永三年(一八五〇)刊。[江戸]新庄堂(糸屋庄兵衛か)板。【分類】社会科。【概要】中本一冊。通常、往来物の頭書などに掲げられる年中行事関係の記事を単行本仕立てにしたもの。年中行事関係の往来物の一種と見なせるが、本書のように暦風に掲げるのは少ない。物見遊山の案内書的な内容で、「(正月)△元日、芝居式三番見物群集翁渡と云。△二日、初芝居、△三日、上野元三大師詣、同所谷中護国院にて大黒の湯を諸人に与ふ…」のように、江戸府内の寺社の祭礼日を中心に各月の行事と開催場所、またその概要や由来・風俗などを略述する。本文を小字・一三行・所々付訓で記す。見返に「月並参詣の寺社」(江戸の寺社参詣一覧)を掲げる。〔小泉〕
◆えどほうがく [0213]
江戸方角‖【作者】成章堂書。【年代】江戸後期刊。[江戸]松坂屋板。【分類】地理科。【概要】異称『江戸名所方角』。中本一冊。明和二年(一七六五)刊『御江戸名所方角書(江戸方角)』†の改編版。明和板と比べ、町名・寺社名・橋梁名・河川名などで約五〇以上の地名を増加(一方、六の地名を削除)したほか、「永代観音」を「永代橋」、「九段長屋」を「九段坂」、「吉原」を「新吉原」に改めるなど一部を変更した。本文を大字・三行・付訓で記す。なお、本書と同内容・同体裁で筆者を雲成堂とする江戸・新庄堂板や、筆者を山栖堂とする江戸・吉田屋文三郎板もあり、さらに、明治初年には本書に微細な校訂を加えた改題本『東京方角(東京名所方角)』†も刊行された。〔小泉〕
◆えどほうがくぐちゅうしょう [0214]
江戸方角愚注抄‖【作者】松亭金水注・序。【年代】天保一四年(一八四三)再刊。[大阪]吉文字屋市右衛門板。他に[江戸]藤屋宗兵衛板(後印)、[江戸]山城屋新兵衛ほか板(後印)あり。【分類】地理科。【概要】異称『江戸方角抄』『江戸名所方角講釈』。中本一冊。明和二年(一七六五)刊『御江戸名所方角書(江戸方角)』†の注釈書の一つ。「童部が手習ふ『江戸方角』に神社仏閣或ひは古跡の註釈を加えて、その来歴を」記した往来。『江戸方角』の本文を一八九段に区切って行書・大字・六行・無訓で記し、語句毎に『甲陽軍艦』『順和名抄』『庭訓往来』†などの出典を随時示しながら詳細な割注を施す。本文内容を『江戸方角』と比べると、「目白不動・高田馬場・田安・飯田町・九段長屋・赤木明神」を欠き、「感応寺」を「天王寺」に改め、「青松寺・三緑山・猿若町」を増補するなどの異同がある。頭書には『江戸方角』本文を楷書・小字・付訓で再録して読方を示す。なお、天保一四年板には「再刻」と記すが、初刊は天保初年頃か。また、本書の改題本に明治初年刊『東京方角講釈』†がある。〔石川〕
◆えどほうがくちめいき [0215]
江戸方角地名記‖【作者】加藤船盛(渚梅園)作。静軒老人(寺門静軒か)序。孔年画。【年代】江戸後期刊。[江戸か]加藤船盛板。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。明和二年(一七六五)刊『御江戸名所方角書(江戸方角)』†にならい、主として女児の手習い用に七五調・韻文体で江戸の地名を綴った往来。「掛麻久母(かけまくも)阿耶(あや)に畏伎(かしこき)其功、鎮護神祖の御膝元、聖の御代の大島も、槍も絶せぬ大江戸や、うへ八衢(やちまた)の八百八町…」で始まる文章に、地名(町名)一〇四、社寺名八三、橋名一七、川名四、その他五の合計二一三の名称を織り込む。明和二年板と比較すると、五九語が増加し、三二語が減少している。また、「小名木川」を「小名木沢」に、「九段長屋」を「九段坂」に、「不忍池」を「篠輸津弁天」に、「真間の継橋」を「接木の継橋」に改めるなど、『江戸方角』の文面に優雅さを加えて、より女性向けの体裁に整える。本文を大字・五行・所々付訓で記す。巻頭に「日本橋・富士眺望図」を掲げる。〔竹松〕
◆えどほうがくちゅうかい [0216]
江戸方角註解‖【作者】葛西老圃(三遷)注。白水真人序。【年代】文政五年(一八二二)序。天保九年(一八三八)刊。[江戸]石井佐太郎ほか板。【分類】地理科。【概要】異称『江戸名所方角註解』。大本一冊。明和二年(一七六五)刊『御江戸名所方角書(江戸方角)』†の本文(ただし地名に微細な変更あり)を一八九段に分けて大字・八行大・無訓で記し、段毎に詳細な割注を施した注釈書。江戸後期には『江戸方角』が広く普及し、『江戸方角』の注釈本・絵抄本が種々生まれたが、本書はその一例で、類書中では最も詳細なもの。序文に続く付言に『江戸方角』の撰者、撰作年代についての考証を載せるが、それによれば撰者は不明、撰作年代は元文(一七三六〜四一)頃とする。また、続く「江戸大意」では三浦浄心の『見聞集』を典拠に「江戸八百八町」について言及し、江戸草創期の沿革を考証的に記す。さらに巻末附録「江戸郷の考」でも中世の文書から「江戸」の称号についての考察を披瀝する。〔竹松〕
◆えどほうがくひとりあんない [0217]
〈新刻〉江戸方角独案内‖【作者】不明。【年代】明和三年(一七六六)刊。[江戸]鱗形屋孫兵衛板。また別に[江戸]西村屋与八板(享和三年(一八〇三)板)あり。【分類】地理科。【概要】異称『江戸名所独案内』『御江戸名所独案内』『江戸地名尽』。中本一冊。改編本に『女江戸方角』†がある。明和二年刊『御江戸名所方角書(江戸方角)』†を原型としつつも、地名等にかなりの変更を加えたもの。地名・町名七語、寺社五語、川二語を増加し、地名・町名八語、寺社三一語、橋一語、川一語、その他三語を削除する。「開威(かけまくもかしこき)大江戸の街(ちまた)を云はゞ、其員(かず)八百八町に別れ、東は和田倉・八代洲河岸、雨ぐも襲(さそ)ふ竜の口…」で始まる七五調の美文を大字・五行・付訓で記す。口絵に「両国橋之風景」、頭書に「大日本国尽」「生花指南」「文章高下文字」「物の数書様事」「六曜の伝」を収める。〔竹松〕
◆えどほうがくめいしょづえ [0218]
江戸方角名所杖(初・二編)‖【作者】柳河春三(又玄斎南可・楊江・暾・春蔭・喫霞楼仙客)注。歌川広重二世(歌川重宣・安藤広重・立斎広重・一立斎・立祥)画。【年代】慶応二年(一八六六)刊。[江戸]大和屋喜兵衛板。【分類】地理科。【概要】異称『江戸方角杖』。中本二編二冊。明和二年(一七六五)刊『御江戸名所方角書(江戸方角)』†の本文をほぼ地名毎の一八九段に分け、大字・六行大・付訓で記し、段毎に割注を施した絵入りの注釈書。施註内容は天保九年(一八三八)刊『江戸方角註解』†とほぼ同じで(ただし、地名には若干の出入りがある)、半丁に二葉(各丁とも右側上段と左側下段)ずつ該当の風景図を入れる。なお、初編・二編とも、「富士眺望図」「四民男女図」「江戸城郭図」「江戸府内図」などの色刷り口絵を掲げる。また、本書を模倣した明治期改編本に安保兼策作・明治一三年(一八八〇)刊『開化東京方角』†がある。〔竹松〕
◆えどめいしょほうがく・らくようおうらい [0219]
〈御家〉江戸名所方角・洛陽往来‖【作者】青木臨泉堂書。【年代】江戸後期刊。[江戸]英屋大助板。【分類】地理科。【概要】小本一冊。『御江戸名所方角書(江戸方角)』†と『洛陽往来』を合綴した往来。前者は、明和二年(一七六五)刊『御江戸名所方角書』に同じ。後者は、『わかみどり』†(上巻)とほぼ同内容。本文を大字・五行・付訓で記す。なお、本書の前に同じ臨泉堂筆の『消息往来(累語文章往来)』†と『商売往来』†を合綴した増補版(外題不明)もある。〔小泉〕
◆えのしまかまくらおうらい [0220]
〈頭書数条〉江島鎌倉往来‖【作者】不明。【年代】享和元年(一八〇一)刊。[江戸]鶴屋喜右衛門(仙鶴堂)板。【分類】地理科。【概要】異称『鎌倉往来』。中本一冊。「鎌倉一見の事、あら筆にまかせかい付け御覧に備へ参らせ候…」で始まる文章で、鎌倉の地名の由来や沿革、四方の地勢、鶴ヶ岡八幡宮を始めとする神社仏閣の縁起や周囲の名所旧跡の景趣などを記した往来。本文を大字・六行・付訓で記す。巻頭に鎌倉・江ノ島を中心とした関東一円の遠景図を掲げ、頭書に「物数之書法(ものかずのかきよう)」「落筆墨移伝」「入学の吉日」「相州温泉記」「救急妙薬方」「江の島の図」を収める。〔竹松〕
◆えのしまもうでぶんしょう [0221]
〈寛政新編・名所案内〉江島詣文章‖【作者】勝間竜水作か。滕耕徳(長雄耕徳)書。【年代】寛政(一七八九〜一八〇一)頃刊。[江戸]花屋久治郎板。また別に[江戸]鶴屋喜右衛門板(再刻)あり。【分類】地理科。【概要】異称『〈頭書絵入〉江島詣文章』『〈新版再刻〉江之島詣文章』『江嶋詣』。中本一冊。「連日快晴融和之時節、実にたれ籠て春の行衛もしらぬも心憂。今度、江の島参詣存立候…」で始まり、「…鎌倉六浦、金沢の巡覧追日御同伴可申合候。不備」と結ぶ一通の手紙文で、江ノ島参詣路沿道の名所旧跡や江ノ島の景勝などを紹介した往来。まず、芝神明宮・増上寺・泉岳寺・高輪・東禅寺・御殿山・東海寺・海晏寺など江戸府内の寺社を中心に縁起・由来・景趣などを記し、さらに鈴の森八幡宮・大森・羽田村弁財天・矢口の渡し・川崎宿・大師河原・子安観音、以下、戸塚・鎌倉までの名所を前半部の記述にあて、後半に浄光寺や江ノ島・与願寺の開基・沿革・縁起・結構・宝物等をやや詳しく記す。本文を大字・五行・付訓で記す。前付に「江島金亀山与願寺之図」「別当巌本院宝物(一覧)」、頭書(冒頭一丁半)に「七里ヶ浜」「稲村ヶ崎」「袖の浦」の記事を載せる。刊年を明記しないが、花屋板の原題簽に「寛政新編」とある。〔小泉〕
◆えほんあそびうた [0222]
絵本あそび歌‖【作者】静之作。下河辺拾水画。【年代】寛政三年(一七九一)序・刊。[京都か]刊行者不明。【分類】教訓科。【概要】異称『あそびうた』。半紙本一冊。手島堵庵作『〈児女〉ねふりざまし(ねむりざまし)』や知慎庵作『子もりうた』にならって編んだイロハ教訓歌に挿絵を添えたもの。日常卑近な処世訓を諭す。「幼稚(いとけなき)より教が大事、行義大事に友だいじ」「善事(ろくな)あそびをせぬ子はいやよ、どうでろくでははてぬもの」以下の教訓歌を半丁に二首ずつ掲げ、末尾「京も田舎もうらまでも、はげみ給へよ忠と孝」までの四八首を収録する。〔小泉〕
◇えほんいけのかわず [0223]
絵本池の蛙‖【作者】東鶴(赤松堂)作・序。西川祐信(丹青・自得斎・自得叟・文華堂)画。【年代】明和五年(一七六八)刊。[京都]菊屋喜兵衛板。【分類】教訓科。【概要】半紙本三巻三冊。清少納言の『枕草子』にならって「にくい物」「おかしい物」「うれしい物」といった主題で詠んだ狂歌を添えた絵本。例えば「にくい物尽/うたゝねに顔のあたりを飛めぐる蚊のほそ声は二ッ三ッ四ッ」のような狂歌七九首を収める。〔小泉〕
◇えほんいけのこころ [0224]
絵本池の心‖【作者】西川祐信作・画。【年代】元文四年(一七三九)刊。[京都]菊屋喜兵衛板。【分類】教訓科。【概要】異称『最明寺殿続百首』。半紙本三巻三冊。『最明寺殿教訓百首』†にならって童蒙児女のために詠んだ一〇〇首の教訓歌を一首半丁ずつに挿絵とともに並べた絵本。書肆の求めにより、『絵本清水の池』†の後編として編んだもの。〔小泉〕
◆えほんいまがわじょう [0225]
絵本今川状‖【作者】小山駿亭(政紀・士綱・甚兵衛・器慶)作・序。秦鼎・小山政寿(駿亭の男)序。沼田月斎画。【年代】文政三年(一八二〇)序。文政七年補刻・刊。[江戸]前川六左衛門板。また別に[名古屋]永楽屋東四郎(東壁堂)板(文政八年板)、[大阪]秋田屋太右衛門ほか板(後印)あり。なお、文政四年刊記の[京都]丸屋善三郎ほか板があるが、他書の刊記の流用か。【分類】教訓科。【概要】異称『今川講釈』。半紙本二巻二冊。『今川状』†の絵入り注釈書の一つ。『今川状』(永享元年(一四二九)系統)の各条毎に(後文は一三段に分けて)本文を大字・七〜八行大・付訓で掲げて詳細な割注を付す。注釈は初めに本文の大意を示し、次に和漢の故事を長々と紹介するのが特徴。注釈文は平易に徹し、総振り仮名のほか、仮名の脇に漢字表記も示す。本文中の挿絵は和漢の風俗画や故事にちなんだ題材が中心。上巻巻頭に「了俊鶴の鷹狩古実の図」「今川貞世仲秋両卿之像」を載せる。なお、本書版下用の駿亭自筆稿本『絵本今川講釈』が東京都立中央図書館(特別文庫)に収蔵されている。〔小泉〕
◆えほんいろはうた [0226]
絵本以呂波歌‖【作者】禿箒子(禿帚子)作・序。鈴木春信(穂積春信・次兵衛・長栄軒・思古人)画。【年代】安永四年(一七七五)序・刊。[江戸]須原屋市兵衛(申椒堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『教訓いろは歌』。半紙本三巻三冊。イロハ教訓歌四八首の一つずつに、イロハがるた風の挿絵を施した絵本。「いつわりをいはぬ人こそ潔よし、いつはり多きいやな世の中」のように、五・七・五・七・七各句の第一音が同じになるイロハ教訓歌を各丁の上欄に大字・付訓の散らし書きで綴り、その下に教訓画、さらに各丁の左端に数行の略注を掲げる。教訓歌はいずれも俗言・俚諺等も含んだ世俗的な処世訓である。なお、本書後半に寛政八年刊『大学女子訓』†を合綴した一冊本(題簽題不明)も存する。〔小泉〕
◆えほんうたじづくし [0227]
絵本歌字尽‖【作者】北尾辰宣作・画。【年代】明和九年(一七七二)刊。刊行者不明。【分類】語彙科。【概要】半紙本三巻三冊。宝暦五年(一七五五)刊『〈小野篁歌字尽〉画本浦千鳥』の改題本。延宝三年(一六七五)板系統の『小野篁歌字尽』†本文を見開き一葉毎に一、二句掲げ、掲出語彙に関連する挿絵を添えた絵本である。〔小泉〕
◆えほんおやこうこう [0228]
絵本親孝行‖【作者】上河淇水(正揚・子鷹・東海・愿蔵・柿園)作・序。酔適斎画。小西興来子書。善士長跋。【年代】江戸中期原板。文化五年(一八〇八)求板。[京都](野田儀兵衛・広徳軒・玉照堂)板。【分類】語彙科。【概要】半紙本二巻合一冊。『会津孝子伝』『本朝孝子伝』『筑前良民伝』等に取材した孝子略伝を孝子行状図とともに掲げた絵本。陸奥・駿河・肥後・筑前・紀伊・京などの庶民を主とする孝子・孝婦の小伝を集め、上巻に陸奥国耶麻郡漆村・遠藤庄七郎以下九名、下巻に筑前国宗像郡武丸村・某正助以下一〇名(うち一話は和州今市村の姉いま・弟長兵衛二名)の合計一九名を紹介する。見開き頁のほとんどを挿絵に用い、奇数丁表の左端に小字・五行・付訓の小伝を付す。〔小泉〕
◆えほんおんないまがわ [0229]
絵本女今川‖【作者】葛飾北斎画。源序。【年代】文政(一八一八〜三〇)頃刊。[名古屋]永楽屋東四郎ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『北斎女今川』『〈北斎〉女今川』『今川になぞらへて女子をいましむる制詞の条々』。半紙本一冊。『女今川』†の二大系統である貞享四年(一六八七)板と元禄一三年(一七〇〇)板の両者から任意の箇条を採り、後文も双方を混ぜ合わせて編んだ独特の『女今川』。例えば冒頭の三カ条は元禄板に倣うが、元禄板第四条の前に貞享板第三条を模倣した「一、小事をも愚にして、考なく見聞を誹謗する事」の一条を挿入し、さらに末尾に「一、身の垢より心のあかを清る事」の一条を新たに追加して二五カ条とする(貞享板・元禄板ともに二三カ条)。さらに後文は元禄板を主体としながらも随所に種々の手を加える。本文を大字・五行・付訓で記す。本文一丁おきの見開き挿絵は北斎の見事な筆触で、近世後期の庶民風俗や生活を生き生きと描く。なお、幕末から明治初年にわたり、挿絵部分を色刷りにしたものなど体裁を異にする諸本が何度も板行された。〔小泉〕
◆えほんおんなざっしょ [0230]
絵本女雑書‖【作者】岡田玉山(玉山初世・尚友・子徳・金稜斎)作・画。【年代】寛政一三年(一八〇一)刊。[大阪]柏原屋重兵衛板。また別に[大阪]播磨屋嘉助ほか板あり。【分類】女子用。【概要】半紙本五巻五冊。仮名書きの暦占書である『大雑書』の記事から、特に女性に関する部分を中心に集め、絵本仕立てに編んだもの。暦注を極力省く一方、占いや女子教訓に比重を置くのが特徴。第一巻「相生之部」では六十図や男女相性について、第二巻「誕生之部」では婚礼・出産・養生に関するものや「弘法大師四目録(占い)」「裁物の日の事」など、第三巻「干支之部」は生まれ年の占い、第四巻「月日之部」は生まれ月・日の占い、第五巻「時呪之部」は生まれ時の占いや女性用の種々の呪い、また、畳算(畳の目を使った占い)等の記事をそれぞれ収録する。本文を概ね小字・一五行・ほとんど付訓で記す。なお、本書の改題本に文化九年(一八一二)刊『女雑書教訓鑑』†(大本一冊本)がある。〔小泉〕
◇えほんかがみひゃくしゅ [0231]
絵本鏡百首(前編)‖【作者】中村満仙作・序。光闡南溟注。西川祐尹(得祐斎・文生堂)画。【年代】寛延四年(一七五一)序。宝暦二年(一七五二)刊。[京都]菊屋喜兵衛板。【分類】教訓科。【概要】半紙本三巻三冊。ある人の求めに応じて、「かがみ」という言葉を各首に折り込んで詠んだ教訓歌に挿絵を付した絵本。「ひろまへにかくるかゞみをぬかづきて、なおきに心うつせ諸人」で始まる一〇〇首を載せる。各首に略注を施す。同じ趣向で編まれた後編が本書の翌年に刊行された。〔小泉〕
◇えほんかがみひゃくしゅ [0232]
絵本鏡百首(後編)‖【作者】中村満仙作・跋。光闡南溟跋。西川祐尹画。【年代】寛延二年(一七四九)作。寛延三年跋。宝暦三年(一七五三)刊。[京都]菊屋喜兵衛板。【分類】教訓科。【概要】異称『賀々見百首』。半紙本三巻三冊。『絵本鏡百首(前編)』†と同様の絵本。「正直のかゞみにかけていつはりの、すがたをくゆるこゝろあれかし」のように鏡になぞらえた教訓歌一〇〇首を載せる。〔小泉〕
◆えほんこじょうぞろえ [0233]
絵本古状揃‖【作者】静斎寿山(北江老漁)作。歌川国直(浮世庵・一楊斎・後素園・柳烟亭)・柳川重信二世(谷城重信・清允・子義・雪蕉斎・松影)画。【年代】嘉永元年(一八四八)作。嘉永三年刊。[江戸]平林庄五郎(収文堂・平林堂)板。【分類】歴史科。【概要】中本一冊。『古状揃』†から「今川状」「手習状」「腰越状」「義経含状」の四状を抽出して平易な注釈と挿絵を加えた往来。序文に、これらの古状のうち前二者は教訓の書であるが、後二者は同一人が古人の事蹟に擬してみだりに作ったものと推測する。本文を大字・五行・付訓で記し、ほぼ単文毎に割注を施す。注釈は単なる語注に止まらず、行間に込められた意味や、人物の事跡、また歴史的背景、当時の状況などにも言及した箇所もあり、数行あるいは数丁にわたって述べる。また、本文中の所々に、今川了俊・青砥藤綱・弘法大師・源義経らの略伝や逸話を紹介するほか、「文字の権輿」「入木道の由来」「臨池の古事」など関連の記事を絵入りで掲げる。なお、本書は間もなく増補され、『絵本古状揃注釈』†(二巻二冊)の書名で再刊されたが、その奥書により「今川状」「手習状」の挿絵は歌川国直画、「腰越状」「含状」は柳川重信画と判明する。〔小泉〕
◆★えほんこじょうぞろえ [0234]
画本古状揃‖【作者】渓斎英泉(一筆庵)注・画・序。歌川国芳(井草国芳・一勇斎・朝桜楼)・歌川芳虎(辰五郎・一猛斎・錦朝楼・孟斎)画。【年代】弘化二年(一八四五)頃刊。[江戸]和泉屋市兵衛(甘泉堂)板。【分類】歴史科(合巻)。【概要】異称『ゑとき古状』『絵解古状』。中本二巻合一冊。弘化二年刊『幼稚絵解古状揃』†の二編以降を抄録した改題本。上巻に「弁慶状」、下巻に「熊谷状」「同返状」「曽我状」「同返状」までを収録する。各巻の口絵には関連の人物略伝や名場面を見開きで描く。また、各本文を数段に分けてやや大字で記し、挿絵と詞書を付す。『実語教稚絵解』†のように、読み書き教材を娯楽的な読み物にした例である。表紙・見返は色刷りで、見返に「甘泉堂」と明記し、裏表紙には堂号をあしらった模様を刷り込む。〔小泉〕
◆えほんこじょうぞろえちゅうしゃく [0235]
絵本古状揃注釈‖【作者】静斎寿山作・序。歌川国直・柳川重信二世・橋本貞秀画。【年代】弘化二年(一八四五)刊記。安政四年(一八五七)刊。[江戸]平林庄五郎(収文堂・平林堂)板。【分類】歴史科。【概要】中本二巻二冊。『絵本古状揃』†に「弁慶状」「熊谷状」「経盛返状」「曽我状」「同返状」の五状の注釈・挿絵を増補して二分冊としたもの。上巻には「今川状」以下三状、下巻には「義経含状」以下六状を収録する。施注内容・編集形式等は『絵本古状揃』と同様で、各古状の本文を数段に分けて大字・五行・付訓で記して割注を施し、本文の随所にレイアウトなど変化に富んだ挿絵を入れる。また、下巻の増補部分には、弁慶・源義経・熊谷直実その他の武将の挿絵や略伝も加える。なお、刊記に「弘化二年開板」の旨を記すが、これは『絵本古状揃』の上梓年月を示す。〔小泉〕
★えほんこんれいみちしるべ [0235-2]
絵本婚礼道しるべ‖【作者】堀田連山画。【年代】文化一〇年(一八一三)刊。[京都]菱屋治兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『婚礼道しるべ』。半紙本二巻二冊。「幼女の翫(いとけなきむすめのもてあそび)」に備えて、婚礼のあらましを簡潔な説明を添えて示した絵本。上巻に、「見合」「結納の式」「嫁入道具」「嫁入之式」「祝言献立」「祝言の座敷」「色直し」「部屋入の盃」の八題、下巻に「部屋見舞」「聟入」「東福寺通天(紅葉狩)」「若子(わこ)出産」「宮参り」「袴着」「洛西竜安寺(鴛鴦)」の七題を概ね見開き挿絵で紹介する。〔小泉〕
◆えほんさわばたおうらい [0236]
絵本沢端往来‖【作者】織養軒清信(松月庵・巌岳散人)作。嵩元斎画。【年代】嘉永二年(一八四九)作。文久二年(一八六二)書。【分類】地理科。【概要】異称『〈羽州最上〉沢畑往来』。半紙本一冊。「内々申合沢村之事ふりたる景色、一日御同道仕度候。幸廿八日は岩倉山不動尊御祭礼にて候…」と書き始め、散策のお供を所望する者が同地を案内するという設定で、沢畑(山形県河北町)地区の名所旧跡を記した往来。「名にし逢ふ児ヶ墓、一の関なる姥神や、左に見なし竜の口…」のような七五調の文章を大字・五行・付訓で記す。挿絵も豊富で、巻頭に「竜神霊言の図」や嘉永二年一一月の「松月庵秋の句」および「秋野の図」、また、高瀬帰帆・梵天夜雨・岩倉晴嵐・金谷晩鐘・小坂秋月・浦田落雁・葉山暮雪・沢畑夕照の「羽州最上沢畑八景和歌図」等、また本文中にも仏生山・姥が神・小坂・仏ヶ森・一の滝・嵩の嶽等の風景画を掲げる。原本は出版を意図した稿本と思われるが、異彩を放つ羽州地方の往来物が未刊に終わったのは惜しまれる。〔渡辺〕
◇えほんじつごきょう [0237]
絵本実語教‖【作者】北尾辰宣作・画。【年代】宝暦(一七五一〜六四)頃刊。[大阪]田原屋平兵衛(抱玉軒)板。【分類】教訓科。【概要】半紙本三巻三冊。『実語教』†の本文と、それを敷衍した和歌や挿絵を掲げた絵本。例えば冒頭は、「山高故不貴、以有樹為貴」の二句を掲げ、「兀山は花も紅葉もなかりけり、梅のしげり也きやらの春かせ」の和歌を掲げる。以下、概ね見開きの挿絵を三巻合計で三四葉載せる。なお、同名だが、次項の鷦鷯斎春水注『絵本実語教』†とは全くの別内容。〔小泉〕
◆えほんじつごきょう [0238]
絵本実語教‖【作者】為永春水注。【年代】天保一五年(一八四四)頃刊。[江戸]大嶋屋伝右衛門(文永堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈絵入〉実語教』『〈絵本〉実語教・童子教』『実語教絵入稚講釈』『〈幼童必読〉実語教絵抄』。中本一冊。同名だが、宝暦(一七五一〜六四)頃刊『絵本実語教』†(北尾辰宣編)とは別内容。本書はまず『実語教』のみの絵入り注釈書である『絵本実語教』(大嶋屋板)として上梓され、後に「東都、積玉堂蔵」の奥付のある「童子教絵入註訳(「ちゅうしゃく」と読ませる)」を合綴して『実語教童子教絵本講釈』の書名で江戸・松坂屋から刊行され、その際に色刷表紙(または見返)に「貝原先生撰」と記載された。この合綴本の後印に「文久三年春新刻」の入木のある江戸・松坂屋金之助板がある。前半部は『実語教』†本文を一〜八句毎に大字・付訓で掲げ、続いて平易な略注を小字で添えたもので、随所に挿絵を掲げる。注釈には和漢の故事を引用したり、部分的に『実語教画本』†の影響も見られるが、本書独自の注解も多く、教訓歌や俚諺を交えた、こなれた処世訓となっている。後半の「童子教絵入註訳」は上記とは全く異なる体裁で、半丁に「童子教」本文をやや大字・七行(一行二句)ずつ配置して頭書に略注(稀に挿絵)を施す。なお、初刷りに近い小泉本には「天保十五年辰四月」の書き入れがあるため、天保末年の刊行と思われる。〔小泉〕
◆えほんしみずのいけ [0239]
絵本清水の池‖【作者】西川祐信画。中村三近子(絅錦斎)校・序。【年代】享保一六年(一七三一)序。享保一九年刊。[京都]菊屋喜兵衛板。【分類】教訓科。【概要】異称『最明寺殿教訓百首』『清水乃池』。半紙本三巻三冊、のち三巻合一冊。全九九首の教訓歌を収めた絵本で、最明寺殿(北条時頼)の作と伝えるが、近世の後人によって編まれたものであろう。同類の往来が数種存し、諸本により異同があるが、本書では「能人にむつびてあしきことあらじ、麻の中なる蓬みるにも」の一首を冒頭に掲げ、「善人にむつびてもまた心なり、麻の中なるあさを見るにも」で終わる九九首を掲げ、それぞれ教訓歌毎に挿絵と注釈を付す。教訓歌は五倫にまつわる種々の心得や処世訓を詠み込んだもので、さらに『論語』等の漢籍や『実語教・童子教』†から引用して教訓歌の趣旨を平易に説く。なお、本書の和歌を抄録した往来に、江戸後期刊『最明寺教訓百首』†がある。〔小泉〕
◆えほんしょうばいおうらい [0240]
絵本商売往来‖【作者】不明。【年代】文化(一八〇四〜一八)頃刊。[京都]銭屋長兵衛(鹿書堂・枝芳軒)板。また別に[京都]堺屋嘉七(尚文館)板、[京都]清水屋次兵衛板(後印)あり。【分類】産業科。【概要】異称『〈絵図註入〉商売往来〈独講釈読方入〉』。半紙本一冊。近世流布本『商売往来』†の絵抄本の一つ。本文欄に『商売往来』本文を大字・七行・無訓で記し、本文中に出てくる要語について一丁おきに図解(商品に関するものが中心)を加え、さらに頭書「商売往来よみかた」に付訓の書き下し文を掲げる。なお、同時期にこの種の往来を「独講釈」「師匠いらず」などの宣伝文句で売り出していたことが広告により知られる。〔小泉〕
◆えほんしょうばいおうらい [0241]
絵本商売往来‖【作者】不明。【年代】明治四年(一八七一)以降刊。刊行者不明。【分類】産業科。【概要】中本一冊。明治四年刊『世界商売往来』†初編(橋爪貫一作)の付録記事(頭書等)を削除し、本文のみを抽出して編んだ改題本。『世界商売往来』同様に語彙の挿絵や略注を所々に挿入するが、部分的に挿絵を増補するなど若干の変更を加える。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆えほんせんじもん/がほんせんじもん [0242]
画本千字文‖【作者】葛飾北斎画。【年代】天保六年(一八三五)刊。[京都]天王寺屋市郎兵衛板。【分類】語彙科。【概要】半紙本一冊。往来物を題材にした北斎絵本の一つ。周興嗣作『千字文』の本文を一、二句ずつ大字・六行大・付訓(両点)で記し、簡潔な割注を施すほか、全ての丁に和漢の故事や風俗にちなんだ挿絵を掲げる。『絵本庭訓往来』†と同様の体裁で、横長・縦長・半丁全面・半丁二分の一など挿絵の構図を活かした様々な形で組み込まれているのが特徴。巻頭二丁には『千字文』の由来や「晋帝雨車図」などを載せるが、この部分のみ色刷りである。〔小泉〕
◆えほんせんじもんよし [0243]
絵本千字文余師‖【作者】清水芳玉画。【年代】嘉永四年(一八五一)以前刊。[江戸]笹屋又兵衛板。【分類】語彙科。【概要】異称『画本千字文稚絵解』『絵本千字文』『絵入千字文余師』。中本一冊。頭書に天保六年(一八三五)刊『画本千字文』†(北斎画)を模倣した挿絵を置いた『千字文』の絵入り注釈書。本文欄に『千字文』本文を楷書・大字・六行・無訓(返り点・送り仮名のみ付す)で記し、四字一句毎に割注形式で簡潔に施注する。本文の冒頭または巻末に、『千字文』の全文を楷書・やや小字・八行・付訓で再録する。〔小泉〕
◆えほんたまのいけ [0244]
〈今川教訓〉絵本玉濃池‖【作者】北尾辰宣(雪坑斎)作・画。銭舘序。【年代】宝暦八年(一七五八)刊。[大阪]糸屋市兵衛板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈今川教訓〉絵本玉の池』『玉の池』。半紙本三巻三冊、後三巻合一冊。角書「今川教訓」が示すように、『今川状』†本文(二三カ条と後文)とそれに関連した故事等を付載した絵本。上・中巻には『今川状』の各条毎に一葉ずつの挿絵と記事、下巻には同後文を九段に分けて挿絵と記事を掲げる(挿絵は上巻一一葉、中巻一二葉、下巻九葉の合計三二葉)。挿絵等は、和漢人物(源義経・源斎頼・細川満元・千代童子・殷の紂王・武田晴信・小林修理亮・源頼朝・大内義隆・晋の陳達・晋の阮孚・後醍醐天皇・原憲・徳大寺実時・馬内侍・漢の高祖・北条時頼・行基・豊臣秀吉・武田信玄・宣胤の娘中子・司馬温公・老子・和気清麻呂・仁徳天皇・平重盛・伊吉古麿・結城秀康・今川了俊等)の故事や金言を題材にしたものや、近世中期の町人生活を反映したもので、これらによって、『今川状』の説く教訓を具体的に敷衍する。〔小泉〕
◆えほんつやていきん [0245]
〈児女教訓〉絵本艶庭訓‖【作者】可耕(窓梅舎)作。【年代】宝暦四・五年(一七五四・五五)序・刊。[京都]正本屋善兵衛板。【分類】古往来。【概要】異称『艶庭訓』『絵本風流庭訓』。半紙本二編二冊。『庭訓往来』†の前半部(一〜六月の往状・返状)より、三二の語句(または短文)を抽出して、各語句毎に見開き一葉の挿絵(前後編とも第八図のみは同一挿絵中に二つの語句)と狂歌一首を添えた絵本。例えば、上巻第一図は「春始御悦向貴方先祝申候」という『庭訓』の冒頭の一文を掲げ、続けて「親芋が先目出鯛と鰯ます、子芋も豆で祝ふかね餅」の狂歌を添えて武家家庭の新年風景を描く。両編とも一五葉ずつの挿絵からなり、ほかに巻末に狂歌一首を載せる。なお、後編巻末に「『絵本続艶庭訓』追々出来」とあるため、『庭訓往来』後半部から抽出した語句により同様の絵本を編む予定であったと思われるが、この『続艶庭訓』は未刊に終った。〔小泉〕
◆えほんていきんおうらい [0246]
絵本庭訓往来‖【作者】葛飾北斎画。石川雅望(六樹園)序。橋出孝(廬山)跋(初編)。山会外史序(二編)。高雄文蜘堂(翰台)書(書籍広告による)。【年代】文政一一年(一八二八)〜嘉永元年(一八四八)刊。上巻は[江戸]西村屋与八板、中・下巻は[名古屋]永楽屋東四郎板。【分類】古往来。【概要】半紙本三巻三冊、または三巻合一冊。『庭訓往来』†に豊富な挿絵を施した絵本。『庭訓』本文を大字・七行・付訓で記し、上段または下段二分の一、あるいは左右半分、もしくは半丁全部を挿絵に宛てた絵本で、合計一六〇葉を掲げる。中世に作られた本文に、近世後期の庶民風俗画を設けるのが特徴で、従来の『庭訓往来』絵抄本に見られる事物中心の挿絵ではなく、事柄の光景や風俗を主体とする。上巻末、卯月(四月)一一日の日付部分に本問屋を描いて「文政十一戊子歳」「問屋、西村与八」「永寿」などの文字を差し挟み、また、中巻第三丁表、五月九日状の客人を迎える絵図の縵幕の絞りに「永楽蔵板」(銭形)を書き入れて、板元の宣伝に供する。なお、本書は『永楽新童訓往来』†中にも合綴された。〔石川〕
◆えほんどうようはやまなび [0247]
絵本童幼早学‖【作者】横枕清七(本谷清七か)作。【年代】明治七年(一八七四)序・刊。[金沢]本谷清七(美玉堂)板。【分類】語彙科。【概要】異称『〈絵本〉童幼早学』『早学』。中本一冊。『商売往来絵字引』†に始まる「絵字引」の要素を盛り込んで各種語彙を集録した往来。まず、巻頭に数・方・形・尺度・距離・量地・量・衡・貨等の度量衡や数量呼称中心の語彙を掲げ、続けて「日・月・星・風・雨・雷・電・雲…」で始まる本文を載せる。天地・自然・建造物・人倫・身体・衣服・食品・日用品・道具・家財・金石・穀類・山菜・果実・樹木・草花・鳥獣・魚貝・虫の順に基本語彙をそれぞれ両点(音・訓)付きで列挙する。本文を大字・四行・所々付訓(しばしば左訓)で記し、任意の語句について図解を施す。口絵に「小学校五十音教授図」を掲げるほか、巻末に「歴代帝号」「年号尽」「苗字略」等の語彙集を付す。〔小泉〕
◇えほんにじゅうしこう [0248]
絵本廿四孝‖【作者】鳥居清経(大次郎・餅十)画。【年代】江戸中期刊。刊行者不明。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。大舜・漢文帝・老莱子以下二四人の話を収めた「全相二十四孝詩選」系統の『二十四孝』の一つ。半丁に各一話を掲げ、各話は全て「清経画」と落款のある色刷り絵を中心に、その上部余白に、わずかに「大舜、ちゝは瞽叟とて、もうもく也。ちゝはゝともに大あくなり。舜、孝行をつくして、親を少しもうらまず、かへつてわが身をせめて、象をひきいてかうさくをたがへし給ふ」のように簡潔な解説を添える。〔母利〕
◆えほんにじゅうしこう [0249]
〈増補〉絵本二十四孝‖【作者】岡田玉山作・画。【年代】寛政(一七八九〜一八〇一)頃刊。[大阪]塩屋忠兵衛板。【分類】教訓科。【概要】異称『増補絵本二十四孝』。大本一冊。寛政四年(一七九二)刊『画本廿四孝』(『廿四孝絵解』†改題本)に『新実語教』『新童子教』を増補したもの。『画本廿四孝』は、いわゆる「二十四孝」の行状を象徴する漢字四字の標題(例えば虞舜なら「孝感動天」)を巻頭に掲げ、それぞれ一人につき見開き一丁分の略伝と挿絵を載せた絵本で、二四人の孝行譚を各話見開き一丁で左に絵、右に小伝という形で編集する。岡田玉山による挿絵は、伝統的な図柄によりながらも、かなり自由な形で話の特徴を巧みに描き出す。巻末に「大炊御門御手跡画賛写」という教訓的な「慈恵大師山王七猿の和歌」を添える。続く『新実語教』『新童子教』の増補部分は、元禄一一年(一六九八)刊『俗語教・道戯興』†の首題部分を改刻したものに過ぎない。従って、本書は『俗語教・道戯興』を改題し、さらに『画本廿四孝』と合綴したものということになる。〔母利〕
◇えほんはしなづくし [0250]
絵本橋名尽‖【作者】不明。【年代】明治六年(一八七三)以降刊。[大阪]石川和助ほか板。【分類】地理科。【概要】異称『橋名』。小本一冊。大阪府学務課が明治六年に刊行した『〈大阪府学校用〉橋名』†の本文に多くの挿絵を交えた往来。大川・堀川・曽根崎川以下の河川や堀毎に橋の名称を列挙する。本文を大字・三行・付訓で記すが、誤写と思われる箇所がいくつかある。表紙・刊記とも色刷りで、表紙にはガス灯を備えた橋を描く。〔小泉〕
◇えほんふかみぐさ [0251]
絵本深見草‖【作者】吉文字屋市兵衛作・序。月岡雪鼎画。【年代】宝暦一一年(一七六一)序・刊。[大阪]吉文字屋市兵衛(鳥飼市兵衛・定栄堂・鳥飼酔雅・雅寿)板(『大阪出版書籍目録』による)。【分類】女子用。【概要】異称『絵本深見艸』。大本三巻三冊。日本古来の賢女・列女・貞女など多くの名女の小伝を集めた教訓絵本。上段に小伝、下段に挿絵の構成。上巻には巻頭に「源氏物語一部之大意」を掲げた後、「賢女部」として紫の上等三名、また「列女部」として横ふゑ等九名、中巻には「列女部」の続きとして梶原妻一名と「文学秀女」として赤染衛門等六名、「貞女部」として尾はり等七名、「歌学智子」として臥柴加賀等六名を載せる。下巻は未見。なお本書に百人一首を合綴したもの(跡見学園本)が宝暦一四年に大阪・吉文字屋市兵衛と江戸・吉文字屋次郎兵衛によって刊行されたほか、さらに安永三年(一七七四)頃に本書と『古今百人一首』を合本した『女故事選深見草』が出版された(『大阪出版書籍目録』)。〔小泉〕
◇えほんふでつばな [0252]
絵本筆津花‖【作者】西川祐信画。【年代】延享四年(一七四七)刊。[京都]菊屋喜兵衛板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。イロハを頭字にした教訓歌を各丁に掲げた絵本。「いつはりをおさなき人にいひぬれば、成人の後うそつきとなる」以下の四七首を載せる。〔小泉〕
◇えほんみさおぐさ [0253]
絵本操節草‖【作者】鈴木春信画。【年代】安永七年(一七七八)序・刊。[江戸]山崎金兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『絵本みさほ草』『今川になぞらへみづからをいましむ制詞条々』『貞節草(みさおぐさ)』。半紙本二巻二冊。元禄一三年(一七〇〇)刊『女今川』†(沢田吉作)の全文を掲げた絵本で、上巻に『女今川』の条々、下巻に後文を載せる。本文内容と挿絵は必ずしも一致しないが、挿絵は中流階級の女性の日常生活を題材にしたものが多い。なお、下巻冒頭の和歌二首は『女今川』本文とは無縁である。また、原本序文に「安永かのえいぬ」と記すのは「つちのえいぬ(戊戌)」の誤りである。〔小泉〕
◆えほんめでたぐさ/えほんめでたくそうろう [0254]
絵本目出度候‖【作者】多賀如圭(慈平・子健・朴仙・流光斎)作・画。【年代】享和三年(一八〇三)序・刊。[大阪]正本屋清七(玉置清七)板。【分類】教訓科。【概要】異称『いろはうた』(下巻)。半紙本二巻二冊。各首の第一音をイロハ…とするイロハ教訓歌に挿絵を加えた絵本。上巻に「いつまてもたしなみおけよいろはうた、よむたひことにみのとくとなる」以下三〇首、下巻に「けんとんとしやけんをやめてかうを、たいいちにするひとそひとなり」以下二四首の合計五四首を収録する。半丁に二首ずつ上方に教訓歌を置き、下半分に教訓の趣旨を絵解きする。人倫から処世訓一般を諭すもので、挿絵も庶民風俗を反映したものが多い。なお、標記書名は巻末広告による。〔小泉〕
◆★えんかくごじし [0255]
〈本朝〉沿革五字史‖【作者】坂昇平(坂棧平・松濤軒・佐香松濤)作。橘茂序。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]天籟書屋(高見沢茂・子公・三驚・過矣斎・天籟逸人)蔵板。和泉屋半兵衛(林半兵衛・奎文堂)売出。【分類】歴史科。【概要】異称『沿革五言』。半紙本一冊。神武天皇より明治天皇新政に至る約二五三〇年の歴史を略述した往来。書名のように五言一句、一行二句を基本とする計一九九行・三九八句(一九九〇字)から成る。「十三世対初、曚昧事渺茫、懿哉神武帝、創無窮基業、綿々一皇統、百二十二世、非無僭乱臣、乃有治有乱…」と書き始め、皇統と武家政治の治乱興亡を綴るが、特に、徳川幕府成立の経緯と歴代将軍の政治、また、幕府滅亡や明治維新後の社会の発展を詳述し、「…皇威輝海外、与万国並立、皇祖在天霊、嗚呼果如何」と結ぶ。本文を楷書・大字・五行・無訓で記す。なお、『〈帝王〉歴代五言』†の巻末広告に「高見沢茂著述」と記しており、坂昇平といずれが著者であるかは未詳。〔小泉〕
◆えんぽうおうらい [0256]
延宝往来‖【作者】巨勢卓軒(卓幹・直幹・正徳・子映・彦仙)作。【年代】延宝九年(一六八一)作・書。【分類】社会科。【概要】異称『邇近往来』。消息文の形式で諸知識を綴った往来で、「人間十品位事」「神仕之事」「仏法之事」「国郡土産事」「十二月之事」「徳芸之事」「政道之事」「姓氏之事」「京・江戸之事」「詩人・才女事」「諸国古迹事」の一一項よりなる。その冒頭には、「抑、往来者消息之義也」として、『菅家往来(十二月往来・菅丞相往来)』†など五本の古往来を紹介し、「天子」「将軍」「公家」以下、「十品」について述べる。続いて日本諸国の神々や仏教諸京ならびに総本山、日本諸国の国名・郡数・城数・石高や諸国名物、年中行事、諸芸ならびに名人、和漢の名君、姓氏の起源や由来、京ならびに江戸の規模や概観、和漢の草木・鳥獣・金石・聖賢・文人・才女・武将、諸国名所・物産等を紹介する。〔小泉〕





★おいえしいかじょう [0256-2]
御家詩哥帖‖【作者】藤原順清(日下部順清)書。【年代】寛政一〇年(一七九八)刊。[江戸]花屋久次郎(星運堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『御家詩歌帖』。大本一冊。『和漢朗詠集』から抜粋した詩歌を綴った大字の書道手本。「池凍東頭風度鮮、窓梅北面雪対寒」および「としのうちに春はきにけりひとゝせを、こぞとやいはむことしとやいはむ」を始め詩歌各一六編を収録する。本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆おいえしょうえんようぶんしょう [0257]
御家松延用文章‖【作者】和山臨海堂書。【年代】明治年間刊。[東京]伊勢屋庄之助(松延堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『〈御家〉松延用文章』。中本一冊。消息文例四三通と手形証文一二例を集録した用文章。庶民の年中行事や祝事・凶事に伴う一般的な例文をほぼ網羅し、「潮干狩帰宅後礼状」「稲荷奉額清書頼む文」「雨具を借而礼を申遣文」など特徴的なものも載せる。手形証文は、「借用金証文」から「引取一札」までの一般的な例文を一通り掲げるが、「離縁状」は含まない。本文を大字・五行(証文類六行)・所々付訓で記す。頭書に「名頭字尽」「大日本国尽」「江戸方角」「詩歌合」以下種々の記事を収録するほか、「英字伊呂波・同員数」「外国商通ことば附」「ゑいべい数」「ふらんす数」を掲げるのも、多くの英学関連書を出版した板元ならではの特色であろう。〔小泉〕
◆おいえしょさつ [0258]
〈坂川〉御家書札〈仮名文・詩歌〉‖【作者】坂川暘谷(芝泉堂)書。荒川暘湊跋。【年代】文政五年(一八二二)跋・刊。[江戸]和泉屋吉兵衛(泉栄堂)板。【分類】消息科。【概要】横本一冊。新年祝儀状(披露状)以下一六通と詩歌四編を綴った手本。年始の儀式を終えた将軍家への年頭祝儀状、昇進祝儀状、京都御用拝命の礼状、入門願い状、暑中見舞い礼状、南都産油煙墨贈答状など公私にわたる例文で、うち四通は四季仮名文である。末尾の詩歌は全て散らし書きで書かれている。前半の準漢文体書簡は大字・六行・無訓。〔小泉〕
◆おいえしょさつたいせい [0259]
御家書札大成‖【作者】松川竜軒(松明谷・昌泉堂)・神代明斎(泰川堂)書。【年代】弘化二年(一八四五)書・刊。[江戸]和泉屋吉兵衛(泉栄堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『書札大成』。大本一冊。女子消息文を含む消息文例と証文手形文例を集めた用文章。消息文例は「年始披露状」以下八四通で、四季および年中行事に関する書状や、慶事・凶事に伴なう手紙、その他雑事についての手紙から成る。相手の身分や職業を考慮した例文も見られる。また、女子消息文は「年始之文」以下の四季用文七通、証文手形類は「金子為替手形」「書入借用証文」など六状をそれぞれ収録する。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書には「書札認様の大概」以下の書札礼全般と、「年始状替字」「五節句の替字」「都て物の員(かず)をしるすに心得の事(数量呼称)」「世俗通用字」「世話難字」等の類語集・語彙集・異名集を満載する。〔小泉〕
◆おいえにちようぶんしょう [0260]
御家日用文章‖【作者】藤村秀賀(鶴亭)作。竹内嶂山(林盛堂)・中村暘嶂(林泉堂)書。【年代】文久元年(一八六一)作・刊。[江戸]山崎屋清七板。【分類】消息科。【概要】異称『〈御家〉日用文章』。半紙本一冊。前半に消息文例(林泉堂筆)、後半に証文手形文例(林盛堂筆)を収録した手本兼用文章。本文を大字・四行(証文類は五行)・付訓で記す。前者は「上輩之遣す年始之文」〜「年賀を祝す文」の三四通、後者は「借用申金子之事」〜「差上申手形之事」の六通から成る。消息文例は五節句や四季の行事・娯楽に関するものを前半部に、また出世・安産・婚姻・病気・死去・火事などの吉凶事やその他諸用件に関するものを後半部にまとめ、文面には具体的な人名・地名をあげる。〔小泉〕
◆おいえようぶんしょう [0261]
御家用文章‖【作者】不明。【年代】文化一〇年(一八一三)刊。[江戸]須原屋平助ほか板。【分類】消息科。【概要】中本一冊。五節句および四季折々の手紙、各種祝儀状その他諸事に関する手紙などを集めた用文章。「年頭状之事」以下三七通を収録する。特に「見世出し祝儀状」「別宅宿遣し之状」「売掛之滞を催促する状」などの商人用文が目立つ。本文を大字・五行・所々付訓で記す。巻首に「九九之声」「片仮名以呂波」「十二ヶ月異名」「斤目不同之事」「四季月々時節之言葉」等、巻末に「男女五行相生相剋之事」を載せる。〔小泉〕
◆おいえようぶんしょう [0262]
御家用文章‖【作者】玄考堂書。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】消息科。【概要】中本一冊。各月一通合計一二通の消息文例を収録した簡易な用文章。内容は「年始の状」「初午に招状」「上巳祝状」「誕生会詣の事」「端午の状」「暑中見舞」「七夕祝状」「月見に招状」「重陽の状」「恵比子講に招」「寒中見舞」「歳末の状」から成る。本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おいえりゅうげんじろくじゅうじょう [0263]
御家流源氏六十帖‖【作者】不明。【年代】書写年不明。【分類】女子用。【概要】異称『源氏六十帖』。特大本一冊。『源氏名寄文章』†『源氏表白文章』†と同様に『源氏物語』五四帖の名称を形容句を伴う女子消息文中に列記した往来。「昔、上東門院につかへし紫式部といえる女郎、近江なる石山寺に籠りて『源氏物語』といひしことを作り給ひしと聞なれ参らせ候…」で始まり、「かす替る物語、かきあつめたることの葉の、ひかりを照すなる道の教そ、さかへまいらせ候べく候。かしく」と結ぶ。『源氏物語』の成立に簡単に触れたうえで各巻の名を紹介する。なお、書名の『源氏六十帖』は、当時広く「源氏物語六〇巻説」が信じられていたことを示す。この説は既に平安時代末期には見られるが、女子用往来中にも、五四帖に添物六巻を付けて六〇帖としたという説や、「天台の六十巻になぞらえ」たとする説(『女源氏教訓鑑』†)等の俗説が登場する。巻末に「桃の節句祝儀状」「端午節句祝儀状」など六通の準漢文体書簡を付す(やや小字・五行・無訓)。なお、本書と密接な関連のある往来として『石山詣』†がある。〔小泉〕
◆おううじんみんこくゆ [0264]
奥羽人民告諭‖【作者】明治政府編。【年代】明治二年(一八六九)刊。明治政府板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。「天子様は、天照皇太神宮様の御子孫様にて、此世の始より日本の主にましまし、神様は御位正一位など、国々にあるもみな、天子様より御ゆるし被遊候わけにて、誠に神さまより尊く、一尺の地も一人の民もみな天子様のものにて、日本国の父母にましませば…」と起筆して、天皇主権や天皇の絶対性を説いた教諭書。天皇に敵対する者は滅ぼされても当然だが、これを教化不十分のためとして、会津藩の如き賊魁すら助けた天皇の慈悲について述べ、さらに、人民が騒動を起こすことなく、天皇の仰せに背かず、家業に出精すべき旨を諭す。戊辰戦争の最中、会津藩降伏(明治元年九月)後の東北地方の民衆に配布された啓蒙書である。本文を大字・四行・付訓で記す。なお、刊年(明治二年二月)の箇所に大判の「行政官印」(朱印)を押す。〔小泉〕
◆おうぎのまい [0265]
扇乃舞‖【作者】梶谷文書。【年代】文化五年(一八〇八)以降書。【分類】社会科。【概要】大本一冊。文化五年刊『〈風月余情〉四季扇文章』†の本文の一部を抜き取り、七五調・美文体に改編した往来。四季の扇の種類や、絵柄・模様について述べる。「四季の扇の数々は、しら骨石川九すん五歩、絵から模様梅・桜、雪折もなき青柳に…」で始まる本文を大字・二行・無訓で記す。〔小泉〕
◆おうこうようぶん [0266]
欧行用文(初編)‖【作者】瓜生寅(三寅・政和・於莵子・梅亭金鷺・楳亭・橋爪錦蔵・橋爪錦造)作・序。【年代】明治年間刊。[東京]吉田屋文三郎ほか板。【分類】地理科。【概要】異称『欧行用文章』。中本一冊。作者が海路で西洋各国を順覧した際の紀行文を往来物風にまとめたもので、いわゆる用文章ではなく、消息文形式で世界地理を綴ったもの。本文を大字・五行・付訓で記す。仏国の郵船で横浜を出港してから、仏国、マルセイユ港に到着するまでの航路に従って、上海・香港・サイゴン・シンガポール・セイロン・アデン・スエズ運河・など各地の風俗・産業・歴史・地形・気候距離その他について略述し、頭書に本文中の語句や関連の挿絵を掲げる。なお、題簽に「初編」とあり、続刊の予定があったことを示すが、二編以降は未刊と思われる。〔小泉〕
◆おうしゅうもうで [0267]
奥州もふて‖【作者】頂星書。【年代】明治三年(一八七〇)書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。天明八年(一七八八)刊『〈増補・頭書・絵入〉新編松島往来』†の改題・改編本。奥州巡覧を終えて帰国した者がその旅行の行程を紹介するという文章で、同地方の名所旧跡を記した往来。まず日光で長旅の道中の安全祈願をするところから始まり、同地の故事・由来や東照宮の景観などに触れた後で、中禅寺・黒髪山・華厳の滝、また、那須野八幡宮、白川の関、忍の里、伊達の大木戸、白石城、岩沼宿、名取川、仙台、宮城野、多賀の古城、壺の石碑、塩竈明神、松島、瑞巌寺、平泉古戦場、さらに岩手の里より南部路に入り、山形、最上川、陸奥、酒田、出羽三山までを綴り、最後に「校合が済み次第、旅行記をご覧に入れましょう」との文言を置いて結ぶ。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◇おうにんのらんしょうそく [0268]
応仁乱消息‖【作者】小入丸書。【年代】室町後期作。文明一八年(一四八六)書。【分類】古往来。【概要】異称『応仁記一札』『応仁私記』。大本一冊。「今度就一乱、可入字、凡注侍也。天下属静謐、先以目出度候…」で始まる全文一通の手紙文形式で応仁の乱のあらましを記した古往来。具体的には、@山名宗全の謀反、A騒乱の前兆(寛正六年(一四六五)九月一三日の月食等)、B討伐軍の将・細川勝元、C陣構えと戦闘の状況、D武具甲冑その他、E足軽の出現、F今出川殿の動静(足利義視の出所進退)、G牢人軍の活動、H公家の没落や惨状、I都会人の田舎への疎開。足軽・牢人群の活動などから構成され、戦国時代の戦闘の様子を示す好資料である。現存本は文明一八年写本を写した大永三年(一五二三)重写本で、本文を大字・六行・無訓で綴り、識語に「応仁記一札、大永三季己未(正しくは癸未)閏三月十四日書之」と記す。〔石川〕
◆おうふくにちようぶん [0269]
〈民間普通〉往復日用文‖【作者】宇喜田小十郎(宇喜多小十郎・練要)作・序。川瀬白巌(益)書。【年代】明治一一年(一八七八)序・刊。[京都]石田忠兵衛(文華堂・文明書楼)板。【分類】消息科。【概要】中本二巻二冊。当時通用の漢語で綴った五〜七行程度の消息例文を集めた用文章。上巻に「年始之賀文」から「賀新家遷居文」までの七四通、下巻に「賀入学文」から「謝新聞紙贈与文」までの六〇通、上下巻合計で一三四通を収録する。上巻は四季の佳節・行楽、通過儀礼その他祝事に関する例文、下巻は種々用件の手紙や凶事に伴う手紙が中心。本文を大字・五行・付訓(漢語に左訓)で記す。頭書に、イロハ引きの漢語集である「漢語俗語引」、また下巻末にその補遺として「手紙之類語」「同報類語」「機嫌克類語」「時候類語」を載せる。〔小泉〕
◆おうふくようぶんしょう [0270]
〈雅俗〉往復用文章〈附十二月和名・楷書運筆法〉‖【作者】内田晋斎(不賢・嘉一)作。【年代】明治一一年(一八七八)頃刊。[岡崎]本屋文造板。【分類】消息科。【概要】異称『雅俗往復文』『習字帖仮字付』。中本二巻合一冊。上巻に「新年歌会を催すの文」から「雨中詩をおくるの文・同復」までの一二通、下巻に「暑中見舞の文」から「歳暮乃文・同復」までの一二通の合計二四通を収録した用文章。全編が四季に伴う手紙で、本文を大字・五行・付訓(漢語の多くに左訓)で記す。なお、首題に「二級・雅俗往復文」とあり、丁付けも「四十六」から「七十七」までとなっているように、本書は巻末広告に載せる『小学習字帖』(初級〜八級・計八冊)の一部であり、これらを一冊に合綴したものが明治一一年刊『〈開化〉生徒往来』†である。従って、その抜刷本(あるいは単独本)である本書もその頃の刊行であろう。なお、東書文庫本には題簽題下部に「附十二月和名・楷書運筆法」と記載するものの、東書文庫本には該当の記事が見当たらない。あるいは、『〈開化〉生徒往来』所収の「新製太陽暦十二月和名」「草書知楷書運筆」などを収録した別版も存在したか。〔小泉〕
◆おうみはっけい [0271]
近江八景‖【作者】長谷川妙躰書。【年代】享保一八年(一七三三)刊。[江戸]小川彦九郎(柳枝軒・松雲斎)ほか板。また別に[大阪]渋川与左衛門ほか板(後印)。【分類】地理科・女子用。【概要】異称『近江八景〈并序〉』。大本一冊。近江八景(琵琶湖南西岸の八勝景。本書の順に従えば、粟津晴嵐・勢(瀬)田夕照・矢橋(やばせ)帰帆・辛(唐)崎夜雨・石山秋月・三井晩鐘・比良暮雪・堅田落雁)の景趣を述べた短文と「近江八景和歌」を綴った女筆手本。まず「近江八景序」として、近江八景を描写した七五調・美文体の文章を大字・三行・無訓の並べ書きで記し、続いて八景和歌(「雲はらふあらしにつれて百舟も、ちふねもなみのあはつにそよる」以下八首)を大字・無訓の散らし書きで記す。〔小泉〕
◇おうみはっけい [0272]
近江八景‖【作者】三宅利明書。【年代】天保四年(一八三三)書。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。「浪風も治まる御代にあふ坂の、関を越れはうち出の、浜の真沙に大津のみや、むかしなからの山桜、志賀の花園三井寺の、入相つくる鐘の声…」で始まる七五調の文章で、「近江八景」の風趣を綴った短文の往来。なお逓博本は、本往来のほかに「松嶋賦」ほか八編が合綴されており、播磨国明石郡江井ヶ島で使用された手本という。〔小泉〕
◆おうみはっけい [0273]
近江八景‖【作者】伊藤東雲軒(東泉か)作・書。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】大本一冊。「草まくら、伏見の里のかりそめに、旅立まゐらせて、けふそはしめて近江路や、志賀唐崎の一つまつ、よそに名たつる夕風に、入相近くきこゆなる、三井の晩鐘これとかや、秋はと頼むことの葉も…」で始まる七五調の文章で、近江八景の景趣や故事を綴った短文の往来。本文を大字・三行・無訓で記す。なお、表紙に「東泉草稿」の付箋を付す。〔小泉〕
◇おうみはっけいおうらい [0274]
近江八景往来‖【作者】三井慎斎書か。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】「村雨の、波も音せぬ琵琶の海、書交ぬる筆すさみ、名所を跡先に、云つゝくれは我なから、我身に志賀を顕せり…」で始まり「…名残惜くはありなから、都の空にそ登りぬ」と結ぶ七五調の文章で、『源氏物語』の故事や近江八景の景趣などを紹介した往来。三井慎斎寺子屋に伝わる手本という。〔小泉〕
◇おうみはっけいぶんしょう [0275]
近江八景文章‖【作者】吉岡いわ書。【年代】文化(一八〇四〜一八)頃書か。【分類】地理科。【概要】大本一冊。「春過ぎて早や葉桜の頃と成りまいらせ候。誠に隙行く駒のいと世話しく、花見て暮す春のすくなく、いたづらに過ぐる月日のくり返し候得ば、去年の秋、二人みたりの友どちに誘はれ、名に近江路の八景…」で始まる手紙文のスタイルで、『源氏物語』ゆかりの石山寺以下、近江八景等の秋の風趣や故事を紹介した往来。大字・無訓の手本で、「大和めぐり(竜田詣)」「女文章名所往来」を合綴する。〔小泉〕
◆おうみふうどし [0276]
〈河村祐吉著述〉近江風土誌‖【作者】河村祐吉作。川瀬白巌書。【年代】明治八年(一八七五)刊。[大津]秋香書屋蔵板。琵琶湖新聞会社売出。【分類】地理科。【概要】異称『〈頭書〉近江風土誌』『近江風土志』。半紙本二巻二冊、後二巻合一冊。「近江全国は滋賀県の管轄にして、県庁を大津に置り。此国たるや、北緯三十五度、西経三度五十分(東京を以て零度とす)、東西凡十六里、南北三十二里余…」で始まる文章で、近江国の地理を述べた小学校用教科書。近江国の範囲、周囲の地形、郡・町・村数、石高、人口、学区、軍管轄、寺社(名刹)、名所(名山その他名勝)・旧跡、地名、施設(橋梁等)、物産などのあらましを綴る。本文を大字・四行・無訓で記した手本兼読本用。頭書には「延喜式神名」「日吉七社」「諸大社」など関連の寺社・瀑布・河川・原野・都市・学区・街道・宿駅・港湾郵便役所・渡船場所等々の地名等を分類・列挙する。〔小泉〕
◇おうらいしゅう [0277]
往来集‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】合本科。【概要】半紙本二巻二冊。地理科往来を中心に、産業・消息・教訓科など二四編の往来物を集めたもの。収録する往来は、「松島往来」「東山往来」「日本国尽名所往来(『女国尽』†と同様)」「和歌往来(『和歌浦名所文章』†と同様)」「商売往来」「諸職往来」「名物往来」「消息往来」「自遣往来」「真間中山詣」†「池上詣」「女竜田詣(『竜田詣』†と同様)」「弥生隅田川詣(『隅田川往来』†と同様)」「都巡り(『京内詣』†と同様)」「忍ヶ岡詣」「童子教訓」「朱子家訓(『新実語教』†と同様)」「駿河八景(『駿府状』†と同様)」「近江八景」「吾妻土産」「虫づくし文」「今川八景」「武州金沢八景」「鎌倉八景」「烏丸殿より三条殿御息女へ被遣候文言(『烏丸帖』†と同様)」の二四編。大半が刊本の写しと思われるが、本書独自の往来も少なくない。例えば、京都東山周辺の地理を綴った「東山往来」、池上本門寺から目黒不動方面の参詣路について記した「池上詣」、東叡山寛永寺周辺の名所・古跡・由来などを綴った「忍ヶ岡詣」、八歳の小学入門から一五歳の大学に及ぶ学問のあらましを略述した「童子教訓」、京都から江戸へ下向する順路に沿って東海道各地の名物を紹介した「吾妻土産」、秋の風情と虫の名前を書き綴った「虫づくし文」、各地の八景を詠んだ和歌(あるいは教訓歌)を主とする「今川八景」「武州金沢八景」「鎌倉八景」などを載せる。いずれも、本文をやや小字・七行・無訓(例外的に付訓)で記す。〔小泉〕
◇おうらいせんじもん [0278]
往来千字文‖【作者】戸田仙橘作・序。青木東園書。【年代】明治七年(一八七四)序・刊。[東京]角松久次郎(甘井堂)板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。『庭訓往来』†『世話万字文』†などの旧往来物が教材として時流に合わないことから、明治初年の日用漢語を漢字四字一句の『千字文』形式(ただし合計二四〇句九六〇字)で綴った往来。「大日本国、五畿八道、一使三府、及六十県、土地膏腴、物産富饒…」で始まり、日本の国土や王政復古後の優れた政治や強大な国力、目覚ましい文明開化や西欧列強との貿易の様子、物心両面で豊かな社会、信仰・学芸・風俗・治安・軍事・災害などについて述べる。本文を楷書・大字・四行・付訓(両点)で記す。〔小泉〕
◇おうらいづくし [0279]
往来づくし‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】合本科。【概要】半紙本一冊。次の四三編に及ぶ往来物を集めた写本の往来。大半が刊本の写しであるが、一部未刊と思われるものも含まれる。「都名所往来」「花洛東山詣」「洛西嵯峨名所」「京町尽」「京内詣」「洛陽文章」「大坂独案内」「自遣(江戸)往来」「江戸名所方角」「江戸繁栄往来」「王子詣」「七福神詣」「武陽菅原詣」「浅草詣」「隅田川往来」「真間中山詣」「矢口詣」「雑司谷詣」「東海道往来」「木曽街道往来」「同(異本)」「松嶋往来」「松嶋名所文章」「和歌浦名所」「立田詣」「鎌倉詣」「鎌倉往来」「江之嶋詣」「鹿嶋詣」「日光拝覧文章」「上州妙義詣」「榛名詣」「成田詣」「身延詣」「府中六社詣」「問屋往来」「島津文」「小湊誕生寺詣」「筑波詣」「北野詣」「堀内詣」「女古状揃(園生竹)」「女五経」を収録する。末尾の「女五経」は、小亀勤斎作『女五経』†とは全くの別内容で、「女易経」「女詩経」「女書経」「女礼記」「女春秋」に分けて、『五経』の大意を平易な仮名交じり文で示したもの。本文を小字・一〇行・ほとんど付訓で記す。巻末に名数関係の語句を列記する。〔小泉〕
◆★おえどねんちゅうおうらい/おんえどねんじゅうおうらい [0280]
〈享和新編〉御江戸年中往来‖【作者】不明。【年代】享和元年(一八〇一)刊。[江戸]鶴屋喜右衛門(仙鶴堂)板。また別に[江戸]藤岡屋慶次郎板(後印)、[江戸]亀屋文蔵(文林堂)板(後印)等あり。【分類】社会科。【概要】異称『江戸年中往来』『御江戸季中往来』『〈江戸〉年中行事往来』。中本一冊。江戸における年中行事の風景を月毎に記した往来。「夫、江都の歓楽は四時更々(かわるがわる)に来りて尽期(つくるとき)なく、其月々の佳儀嘉興、先正月は、柳営三ヶ日の御吉例、御規式の数々、爰に申は懼(おそれ)あり…」と書き始め、江戸庶民の年中行事や寺社祭礼を中心に列記し、最後は「歳暮の音信、餅搗(もちつく)音、金銀は足無して走。是皆、治世の恩沢也。嬉見城の楽とは此地を云也。穴賢」と結ぶ。本文を大字・六行・付訓で記す。巻頭に「日本橋より諸方参詣の道程」および日本橋風景図、頭書に「五節句の故事」「月々養生訓」を掲げる。〔小泉〕
◆おえどめいしょほうがくしょ [0281]
御江戸名所方角書‖【作者】不明。【年代】元文(一七三六〜四〇)頃作。明和二年(一七六五)刊。[江戸]鱗形屋孫兵衛板。【分類】地理科。【概要】異称『江戸方角』『〈文化再板〉江戸名所方角書』『〈再版補訂〉江戸方角名所附』『江戸名所(処)方角』『〈頭書画入〉江戸方角往来』『御江戸方角往来』ほか。刊本のほとんどが中本一冊。「御城外東者、和田倉・八重洲河岸・竜口・呉服橋・日本橋・堺町・杉森稲荷・鎧渡・霊巌島・新田島・永代八幡・三十三間堂…」と筆を起こし、千代田城を中心に東・巽・南・未・申・酉・戌・亥・北・丑・寅の一一の方角毎に江戸府内の地名・名所等を記した往来。地名・町名九〇、神社仏閣七五、橋一五、川三、その他六の合計一八九の地名を列記する。末尾は「凡、三十里四方之間、六拾余州之群集、誠日々富貴而万歳春、不可有際限候。恐惶謹言」と書簡風に結ぶ。明和板を始めとする初板本系は、本文を大字・五行・付訓で記し、明和二年板(現存せず)に続く寛政五年再板本(西村屋与八板)によれば、前付に「御江戸日本橋の風景」東叡山(寛永寺)図」「江戸日本橋より所々へ道のり細記」「玉川六景」、頭書に「江戸名所案内」、巻末に「十幹・十二支」を掲げる。本書は明和二年板を始祖とする初板本系統を含め多数の板種が登場したほか、類書として天保九年(一八三八)刊『江戸方角註解』†、天保一四年刊『江戸方角愚注抄』†、慶応二年(一八六六)刊『江戸方角名所杖』†などの注釈書や、江戸後期刊『江戸方角』(成章堂書)†、明治初年刊『東京方角』(成章堂書)†などの一部改編版、また、明和三年刊『江戸方角独案内』†、天保一一年刊『〈東都地名案内〉女江戸方角』†、嘉永元年(一八四八)刊『をみなえと方角』†、元治元年(一八六四)刊『〈名所〉女江戸方角』†、江戸後期刊『江戸方角地名記』†、明治一三年(一八八〇)刊『開化東京方角』†等の亜流も続出した。〔小泉〕
◆おえどめいぶつおうらい/おんえどめいぶつおうらい [0282]
〈頭書東都神籬仏堂〉御江戸名物往来〈文化新撰案内方角図入〉‖【作者】不明。【年代】文化二年(一八〇五)刊。[江戸]鶴屋喜右衛門(仙鶴堂)板。また別に[江戸]亀屋文蔵板(後印)、[江戸]藤岡屋慶次郎板(後印)等あり。【分類】地理科。【概要】異称『江戸名物往来』『名物往来』。半紙本または中本一冊。江戸府内各地の産業・名物・名産品などを紹介した往来。「夫、東都之分野(ありさま)は山遠く海近く、方廿里平地にして日本無双の大都会なれば、慶長の時より以来(このかた)将軍家の御座所と為給ふ…」と起筆し、江戸および江戸周辺の地理・風俗・沿革について述べ、続いて、江戸各町の主要産業・物産や周辺地域との商品流通等を紹介する。後半では海上交通や関八州の名産品にも触れ、このようにあらゆる物資が江戸に満ち満ちているのは善政の恩沢によるものと締め括る。本文を大字・六行・付訓で記す。巻首に江戸城を中心とした方位図(「御江都方角図」)や武蔵国郡名を掲げ、頭書に府内の寺社の位置(里程)や開基・建立年を示した「江戸神社仏閣記」や、寺社の祭礼に関する「江戸年中参詣記」「年中神社祭礼」を載せる。〔小泉〕
◇おおいがわぶんしょう [0283]
大堰川文章‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】地理科。【概要】京都府中央部の丹波高地・大悲山付近から流れる大堰川(桂川)流域の景趣・故事などを記した往来。河川を中心に記述する点が独特。「大堰川の水上は北丹波より流れて水尾川・清滝川に落合ひ、猿飛・竜門滝・大瀬等の名ありて嵐山を帯し渡月橋を経て、末は梅津・桂のさとの東を流て、淀川に落る…」と筆を起こして、大堰川の位置や風景、流域の地名や名所、故事等を略述する。末尾に「大井川はるかに見ゆるはしの上に、行人すこし西の夕暮」などの和歌を掲げる。〔小泉〕
◇おおいしじょう [0283-2]
大石状‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】歴史科。【概要】重写本は大本一冊。禄一五年(一七〇二)一二月、いわゆる赤穂浪士の討ち入りの際の大石内蔵助の口上を題材にした古状単編型往来。元禄一四年三月に江戸城中本丸の松之廊下で浅野長矩が吉良義央に斬りつけた殿中刀傷事件や、その結果、浅野家が受けた処分、また、件の事件で吉良を殺傷できなかった主君の仇をまさに今日果たさんとする旨を綴る。「去る三月内匠頭義、伝奏就御馳走之儀、吉良上野介殿へ含意趣、罷在候処、於殿中、当座難遁義御座候歟…」で始まる本文をやや小字・七行・無訓で記す。〔小泉〕
◇おおえやま [0284]
大江山‖【作者】不明。【年代】書写年不明。【分類】歴史科。【概要】丹波国大江山に棲む妖怪である酒呑童子が洛中での狼藉を働き、人々に恐れられていたのに対し、源頼光にその退治の勅命が下り、これにより頼光は家来とともに山伏姿となって鬼(酒呑童子)の住む岩屋へ赴き、童子に毒酒を飲ませて、これを打ち倒すという顛末を綴った往来。〔小泉〕
◇おおかごおうらい [0285]
大籠往来‖【作者】千葉霜国作。【年代】慶応二年(一八六六)以降作・書。【分類】地理科。【概要】陸奥国東磐井郡大籠村(岩手県藤沢町)の地理的位置と四周の状況、村民が礼儀正しく穏和で生産に励む風儀、伝えられている民俗・伝説、村内の主要地名、農産物、名所旧跡・神社仏閣の景趣・由来・縁起、村内の旧家とその家等を記した往来。「陸中・陸前間有桃源、号大籠郷。前有田束山、突兀而貫九天。後有保呂羽山、峨々而接虚空…」で始まる準漢文体の記事文体(多く付訓)で記す。著者が神官を務めながら塾(寺子屋)を経営していた慶応二年〜明治一四年(一八八一)頃に使用されたものと思われる。巻末に「諸兄写之」としてあり、また「明治拾四年西東磐井郡長大久保親彦、巡同郡内、遂抵于大籠。覧此往来手本、感賞持帰謄写而添礼状、還之。郡長称前後郡長中之学者云…大正六年八月十四日記。藤沢町大籠・千早兵衛氏蔵」との記事を付す。〔石川〕
◆おおさかおうらい [0286]
大坂往来‖【作者】不明。【年代】江戸前期刊。刊行者不明。【分類】地理科。【概要】異称『〈仲安〉事物往来』。大本二巻二冊、後、二巻合一冊。上巻は「新春之慶賀不可有尽期候…」、下巻は「先、名茂高難波之梅、片葉之芦、鵜殿之芦、須磨寺…」で始まり、上下合わせて全一通の手紙文形式で大坂の地理・風俗等を記した往来。本文を大字・五行・付訓で記す。上巻には、大坂の年中行事・縁日・遊興の景物・男女の風俗などについて述べ、大消費都市、信仰の盛んな土地、享楽の巷としての大坂を描く。下巻には、大坂ならびに周辺地域における生産物資・商取引物資そして消費物資について、主に語彙集団の形式で列挙する。これらを類別にして示すと、被服三四語、食品・食物二三九語、家財・家具・雑具六三語、薬種・香料一〇一語、燃料五語、生産道具一三語、植物六六語、動物四一語、嗜好品一語、武具五語、その他四語、諸職・諸商・諸芸のもの四二語、語彙合計六一四語となる。食品・食物、家財・家具・雑具ならびに薬種・香料に関わる分野の語彙が豊富であるのに、武具関連が少数に止まるなど、大坂町人の営む産業や生活の実情に即したものとなっている。なお、本書首題に『大坂往来』とあるが、『貞享二年(一六八五)書目』に見える『大坂名所往来』に該当するものか。また、享保(一七一六〜三五)頃刊『〈仲安〉事物往来』は本書の首題を削除した改刻本であり、嘉永元年(一八四八)刊『〈絵入文章〉大坂往来』†は本書に大幅な増補を加えた往来である。〔石川〕
◆おおさかおうらい [0287]
〈絵入文章〉大坂往来‖【作者】蔀関牛(藤原徳風・子偃・蔀屋仙三・摎k斎二世)作・画。黒田庸行(見徳・成章館)書。【年代】嘉永元年(一八四八)刊。[大阪]秋田屋市兵衛ほか板。【分類】地理科。【概要】半紙本一冊。貞享二年(一六八五)以前刊『大坂往来』†を大幅に増補した往来。「一翰令啓達候。先以御健勝之条、珍賀千万…」で始まる往状と「去程遼遠之処、御報書速到着、珍重々々…」で始まる返状の二通の書状形式で、「大坂津の賑ひ、神社仏閣月並・日なみ祭礼・縁日、名所旧跡・遊興の地、名物・名産、河海の魚肴・絹布・器財・薬種丸散・衣服・諸道具・草木・野菜に至るまで」(本書広告)を網羅的に列記する。江戸前期刊本よりもはるかに浩瀚な(約二倍強)地誌であり、同書の語彙集団を膨張させて一種の日用語辞典へと発展させている。本文を大字・五行・付訓で綴り、見開き挿絵八葉(大坂川口廻船入津・年始諸礼・天神祭夕涼・魚貝・住吉反橋・草花・天王寺遠望・四ッ橋景色)を掲げる。〔小泉〕
◆おおさかおうらい [0288]
〈新撰〉大阪往来‖【作者】牧野静夫(昌=j作。村田海石書。【年代】明治六年(一八七三)作。明治七年刊。[東京]若林喜兵衛ほか板。【分類】地理科。【概要】異称『新撰大阪往来』『新選大阪往来』。半紙本一冊。明治初年の大阪の地理や社会の様子を七五調・美文体で記した往来。「明治紀元の辰の年、四海に仰ぐ王政の、昔に復る聖代は、無辺無彊の各国に、肩をならぶる知識の道、学べば進む文明の、基開けし天の戸の…」と筆を起こし、大阪の経緯度・気候・面積・戸数・人口や学校・通商などの現況に触れ、以下、各地の名所・寺社・諸施設や産業・文化・風俗等の様相を紹介する。「夜は瓦斯燈の輝きて…」など新文明の最中に発展していく大阪を前面に出すのが特色。本文を大字・四行・付訓で記す。巻頭に、折込地図「大坂市中略図」および「市中風景画」(色刷り)を掲げる。〔小泉〕
◆おおさかじょう [0289]
大坂状‖【作者】不明。【年代】寛文九年(一六六九)以前刊。江戸前期刊として[江戸]藤田板、[江戸]本問屋板、[江戸]山形屋利平板、[大阪]正本屋九兵衛(山本九兵衛)板などがあるが、刊行者不明板も多い。【分類】歴史科。【概要】異称『大坂進状・同返状』『大坂状〈并〉返状』『〈進状・返状〉大坂状』『〈新板〉大坂〈進返〉状〈ひらかな・てん付〉』。江戸前期刊本は大半が大本一冊。大坂冬の陣の開戦にあたり、徳川家康が豊臣秀頼に送った挑戦状としての「大坂進状」と、秀頼から家康に宛てた受諾状としての「同返状」という二通の擬古状から成る往来。寛永二年(一六二五)正月筆写の『古状揃』†に含まれており、かなり早くから成立していた模様であるが、現存する初期刊本に江戸板が多いことから、あるいは江戸で先に出版されたものか。文中、「家康表裏侍」など、一見、当時としては不穏当な文言が見えるものの、草双紙の取り締まりが厳しくなる江戸後期に至っても引き続き同じ文句が載せられており注目される。江戸中期以後は半紙本の単行版も刊行され、判型も一定しないが、本文を概ね大字・四〜五行・付訓で記す。〔母利〕
◆おおさかじょうえしょう [0290]
〈首書〉大坂状絵抄‖【作者】不明。【年代】元禄(一六八八〜一七〇四)以前刊。[江戸]本問屋喜右衛門板。【分類】歴史科。【概要】大本一冊。『大坂状(大坂進状・同返状)』†の絵抄本。『大坂状』の本文を大字・七行・無訓で記し、本文の要語解と図解を頭書に掲げたもの。初めに『大坂状』の名称の由来を述べ、以下「片桐市正・条数・青野合戦・安国寺・会稽・太閤・助令…」など二〇語について解説する。本書は江戸中期(宝暦九年(一七五九)以前)に改刻本が刊行されたが、改刻本では差出人名および宛名から「家康」の字句を削除するものの、文中に「家康表裏之侍」「家康父子」等の語句をそのまま残す。また、本書を模した仙台板『〈新板〉大坂状絵抄』なども江戸後期に出版されている。〔小泉〕
◆おおそれおうらい [0291]
大他往来‖【作者】不明。【年代】弘化四年(一八四七)書。【分類】教訓科(戯文)。【概要】異称『大他阿房噺』。大本一冊。「大他外方噺し種(腫カ)札覚、古今秀し利口者、鼻高々と御咄しもうそう。わしは一体木の俣崩れ、青天井の下生、立呑喰達者を押かくし、銭金持すの無筆が屑え…」で始まる戯文で、田畑度量衡、検地・地方、銭相場などについて述べた往来。内容から書名の『大他』は「おおそれ」と読むべきか。本文を大字・四行・無訓で記す。前後に消息例文・詩歌を掲げるが、例文は四季・人倫・武家諸役などの語彙集団を挿んだ往来であって、実用的な案文ではない。〔小泉〕
◇おおのおうらい [0292]
大野往来‖【作者】横田市興書。【年代】文化一三年(一八一六)書。【分類】地理科。【概要】異称『大野藩年中行事』。大本一冊。越前国大野郡(福井県大野市)大野城下における年中行事や周辺諸地域を含む物産、城下の町々や神社仏閣・山・川等のあらましを記した往来。「青陽之御吉兆、千里同風、不可有尽期、猶以幸甚々々…」で始まり「寔以、免伝多久かしく」と結ぶ一通の書状形式で、まず城中での新年儀式や善導寺参詣など正月行事を中心に一〇月玄猪の祝いまでの藩行事を詳述し、続いて、献上品の品々を列記する形で地域の名産品(果実・山菜・青物・魚類・鳥類・穀類・布帛等)を紹介し、さらに城下の規模や方角別の町名、同城鎮守の清滝大権現や山川の景勝、庶民の文芸について略述する。本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◇おおはしえどめいしょ [0293]
大橋江戸名所‖【作者】畑官左衛門書。【年代】安永三年(一七七四)以降刊。[名古屋]永楽屋東四郎板(後印)。【分類】地理科。【概要】大本一冊。安永三年刊『大橋都往来』†の改題本。本文を大字・三行・無訓で記した陰刻手本。「江戸名所(都往来)」は、全一通の手紙文で江戸の神社仏閣・名所旧跡の由来・景観を紹介したもので、巻末の準漢文体・和文体の手紙文五通と和歌一首も『大橋都往来』に同じ。〔小泉〕
◆おおはしかいねんじょう [0294]
大橋改年帖〈篠田〉‖【作者】大橋重政(長左衛門・小三郎)書。篠田行休編・跋。【年代】寛延四年(一七五一)書・刊。[江戸]前川六左衛門板。また別に[名古屋]永楽屋東四郎板(後印)あり。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「改年之御慶申納候…」で始まる新年状以下三七通を収録した大橋流手本。前半は四季折々の短文の書状が多く、いずれも大字・三行・無訓だが、途中、「改年之後富貴万福…」で始まる新年状からは四行書き(やや長文)となり、さらに「改年之御慶不可有際限候…」で始まる新年祝儀状からは披露状など武家公用の書状、次いで「改年之御慶申納候」で始まる新年状からは追伸文を行間に挿む返書(かえしがき)で書かれている。このように、本書は「改年状」毎に手紙の格式・作法・書法を変化させ、これらを段階的に学習できるように編集されているのが特徴である。〔小泉〕
◆おおはしかなでほん [0295]
大橋かな手本〈并三躰いろは〉‖【作者】篠田行休書。関口道順跋。【年代】宝暦六年(一七五六)跋・刊。[江戸]前川六左衛門板。また別に[名古屋]永楽屋東四郎板(後印)あり。【分類】女子用。【概要】大本一冊。五節句・四季の手紙や袖留祝い・婚礼祝いの文など仮名文一八通を収録した大橋流手本。並べ書きと散らし書きの双方を含み、概ね大字・四行・無訓で記す。巻末に「春の和歌」と「三体いろは」(平仮名と漢字行草二体)などを載せる。〔小泉〕
◆おおはしざつぶんしょう [0296]
大橋雑文章‖【作者】大橋重雅(長平・菊卿)書。【年代】享和三年(一八〇三)書・刊。[江戸]柏屋半蔵(柏栄堂)ほか板。【分類】消息科。【概要】異称『雑文章』。大本一冊。国元へ帰国した人への祝儀状以下一四通を収録した大橋流の陰刻手本。種々贈答の手紙や礼状、新年祝儀状、春の野山散策に同意する手紙、上巳・端午節句、また乗初等の祝儀状、熱海湯治餞別状などを含む。本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆おおはしさんじゅうろっかせん [0297]
大橋三十六歌仙‖【作者】大橋重雅(長平・菊卿)・大橋重卿・能勢重孝・今井重良・大橋重友(大梁堂)・中村重章・田中重信・岡邑重之・中川重敬・大和重純・松浦重民・松井重彰書。【年代】文化九年(一八一二)書・刊。[江戸]柏屋半蔵(柏栄堂)板。【分類】社会科。【概要】異称『詩歌三十六謌』『詩哥三十六歌仙』。大本一冊。大橋重雅の書を中心に、同門一二名の大橋流書家の筆跡を集めた陰刻手本。冒頭に「春来遍是桃花水、不辨仙源何処尋」(『和漢朗詠集』春よりの抜粋)以下四編の詩歌、続いて色紙の体裁で三十六歌仙の和歌と詩歌二編を載せ(以上が重雅筆の「三十六歌仙」の部分)、さらに同門の書家の面々による書(書状一通を除き全て詩歌)を収録する。〔小泉〕
◆おおはしさんせきしゅう [0298]
大橋三蹟集‖【作者】大橋重政・大橋重雅・西村重幸書。【年代】文政七年(一八二四)書。文政八年刊。[江戸]中村幸雄ほか門人蔵板。花屋久治郎売出。【分類】消息科。【概要】異称『三蹟集』。特大本一冊。中村幸雄が、彼の手元にあった大橋重政ほか三師の筆跡を門人とともに上梓した大橋流手本。冒頭に大橋重政筆の武家消息文八通を掲げ、続いて大橋重雅筆の武家消息文三通およびかな文一通、さらに西村重幸筆の詩歌一〇編(『和漢朗詠集』からの抜粋)を収録する。概ね本文を大字・四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆おおはししょがくてほん [0299]
大橋初学手本‖【作者】大橋重政書。【年代】宝暦七年(一七五七)書・刊。[江戸]玄々斎蔵板。前川六左衛門売出。【分類】消息科。【概要】大本一冊。江戸中期に種々刊行された大橋流手本の一つ。前半に準漢文体、後半に和文体(仮名文)の消息例文を収録した大字・ほぼ三行・無訓の陰刻手本。「年甫之御慶…」で始まる新年祝儀状を始め、「十種香開催案内状」「昨日の饗応に対する礼状」など九通を掲げ、続いて、「久々の手紙への礼状」「新年祝儀礼状」など一〇通の散らし書きを載せる。〔小泉〕
◇おおはししょかん [0300]
大橋書翰‖【作者】明浦定孝書。【年代】安永七年(一七七八)書・刊。刊行者不明。【分類】消息科。【概要】横本一冊。各丁の折り目が下になる特殊な横綴じ本で、武家の公私にわたる各種書状三二通を収録した大字・無訓の手本。「御鷹の鶴拝領の礼状」(披露文)から始まり、前半に主として公用文、後半には主に四季贈答の文など私用文を載せる。末尾一通は仮名文の新年状で、ほかに花鳥風月に関する短文を掲げる。〔小泉〕
◆おおはししょさつしゅう [0301] 欠番
◇おおはししょじょうしゅう [0302]
大橋書状集‖【作者】大橋重政書。篠田行休跋。【年代】延享四年(一七四七)跋・刊。[江戸]須原屋新兵衛板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「知行所の鼠大根を献上する披露状」から「歳暮祝儀状」までの一九通を収録した大橋流手本。大字・四〜五行・無訓で綴り、武家公私・高下の五節句その他佳節の祝儀状や礼状等から成る。例文中「篠尾平左衛門」を宛名とする例文が目立つため、篠尾家に伝わる実際の書簡を上梓したものであろう。〔小泉〕
◇おおはししょよう [0302-2]
大橋書用‖【作者】大橋重政書。篠田行休跋。【年代】宝暦九年(一七五九)跋・刊。[名古屋]永楽屋東四郎板(後印)。【分類】消息科。【概要】大本一冊。「為年頭之御祝儀、禁裏様え如目録進上仕候。伝奏衆え被仰入御披露候之様奉頼候…」で始まる「年頭祝儀披露状」から、「材木・板・縄・竹・石等を進上する状」までの一四通と、「春来庭是桃花水…」など六編の詩歌を綴った大橋流手本。前半部の書状には武家公用向けの披露状や四季贈答の手紙、節句祝儀状等を収録する。本文を大字三〜四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆おおはししんねんじょう [0303]
大橋新年帖‖【作者】大橋重政書。竹山氏之跋。【年代】江戸前期書。文政一二年(一八二九)跋・刊。[江戸]三田屋喜八板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。竹山氏秘蔵の大橋重政の真筆を上梓した陰刻手本。前半に消息文、後半に詩歌を収録する。新年祝儀に太刀一腰、馬一頭を頂いた礼状を始め、「快気祝儀状」「暑中見舞い」など七通(うち一通仮名文)と詩歌一六編を綴る。本文を大字・二〜四行・無訓で記す。〔小泉〕
◆おおはしせんせいいじょう [0304]
大橋先生遺帖〈篠田先生書附〉‖【作者】大橋重政書。大橋忠貞(関口黄山・金渓)跋。【年代】寛文六年(一六六六)書。延享元年(一七四四)跋・刊。[江戸]前川六左衛門板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。寛文六年の筆跡など大橋重政の遺墨数点を合わせて上梓した陰刻手本。馬・時服拝領の礼状など武家用文六通と和歌一首(以上が寛文六年書)、さらに、長野氏宛の七夕祝儀礼状・贈り物礼状の二通と、新年祝儀披露状、婚礼祝儀状、領地加増祝儀状など一六通(うち一通仮名文の新年状)の合計二四通を載せる。本文を概ね大字・四行・無訓で記す。また、末尾に「いそのかみ…」で始まる一文(六行書き)を付す。〔小泉〕
◆おおはしせんせいちとうじょう [0305]
大橋先生池凍帖‖【作者】大橋重政書。【年代】寛文一〇年(一六七〇)書。寛延四年(一七五一)刊。[江戸]玄々斎蔵板。前川六左衛門売出。また[名古屋]永楽屋東四郎売出あり(後印)。【分類】社会科・教訓科。【概要】大本一冊。冒頭に「池凍東頭風度解、窓梅北面雪対寒」の漢詩文を置くことからの書名で、以下六編の詩歌(『和漢朗詠集』からの抄録)を前半に収録し、後半に「今川了俊対愚息仲秋制詞条々(今川状)」†(永享元年系統)を掲げた陰刻手本。いずれも大字・三行・無訓で記し、「今川状」末尾に「寛文庚戌陽月上旬浸書之」の識語を付す。ちなみに、書名が酷似する『池凍帖〈并〉義経含状』†の詩歌とはほとんど異なる。また、本書を含め大橋流手本の多くが、まず江戸・前川六左衛門によって上梓され、後に名古屋・永楽屋東四郎によって再刊されたが、これは板木が一括譲渡されたためであろう。〔小泉〕
◆おおはしちょうざえもんしょ [0306]
大橋長左衛門書(仮称)‖【作者】大橋重政書。篠田行休(興貞・嘉兵衛・長三郎・金鶏陳人・関口金鶏)跋。【年代】宝暦九年(一七五九)跋・刊。[江戸]前川伝三郎ほか板。【分類】消息科。【概要】大本一冊。原題不明。跋文によれば、篠田家に伝わる重政の真蹟を上梓した手本。年頭披露状以下一四通の消息文を大字・四行・無訓で記す。諸役・諸行事に伴う武家公用向けの例文が主で、後半に日用文章数通と作事を祝う仮名文一通を載せ、巻末に詩歌各三首を付す。〔小泉〕
◆おおはしちらしぶみ [0307]
大橋散し文‖【作者】大橋重政書。【年代】文化三年(一八〇六)刊。[江戸]双松堂息純蔵板。越中屋文次郎ほか売出。【分類】女子用。【概要】特大本一冊。書名は『江戸出版書目』による。全て大橋重政からの返状で、第一状「新年祝儀の返状」以下八通を収録した陰刻手本。饗応の礼状や八朔祝儀の礼状、その他贈答品の礼状などからなり、いずれも「御めいかたへ返事申給へ」「おめいかたへ御返事」など同一人へ宛てである点と、実際の手紙を展開して封じ目までを正確に模刻する点が特徴。また、『散らし文』と称するものの、一般の女筆手本のような雁行様式の細かい散らし書きではなく、大字の主文の行間に返書をした並べ書きに近いものである。〔小泉〕
◆おおはしみやこおうらい [0308]
大橋都往来‖【作者】畑官左衛門書。【年代】安永三年(一七七四)刊。[江戸]前川六左衛門板。【分類】地理科。【概要】大本一冊。畑官左衛門(「篠田行休門人/小倉家中」とある)筆の大橋流陰刻手本。本文を大字・三行・無訓で記す。本文の前半に「都往来」、後半に消息文例を載せる。「都往来」は、「此春は花の比、神社仏閣御順礼有へきよし、順路申進し候」で始まる一通の仮名交じりの準漢文体書簡で江戸周辺の名所旧跡を書き記したもの。神田明神・湯島天神から、隅田川付近、深川霊巌寺、永代島八幡宮、佃島などを観光し、翌日に芝・品川方面から九品仏、池上本門寺、目黒不動、さらに麹町・小石川・市ヶ谷から護国寺・雑司ヶ谷・目白目赤不動と抜けて、最後に王子権現・飛鳥山・根津権現までを紹介する。各地の風景や神社仏閣の縁起・宝物・年中行事等にも適宜触れる。後半には、昨晩の馳走に対する礼状など五通(うち二通仮名文)の消息例文と和歌一首を認める。なお、本書の改題本に『大橋江戸名所』†がある。〔小泉〕
◇おおやおうらい [0309]
大谷往来‖【作者】某彦七作。【年代】元禄七年(一六九四)作。江戸中期書か。【分類】地理科。【概要】大本一冊。羽前国西村山郡大谷村(山形県朝日町)周辺の名所や名産を記した往来。「倩(つらつら)徒然之紛に、村之風景書続候畢。抑、大谷村東西南北、北は山続、谷深ふして、其景殊に盛也…」と筆を起こし、まず東部の最上川流域から順に地域の産業・風景・物産・故事等に言及しつつ同地の地理・名所・寺社等を紹介する。末尾に「元禄七年、作者彦七」とあるが、三都を除く地方の地誌型往来の初期の例として注目される。なお、現存本の筆写年代は不明だが、同本文を大字・四行・付訓(後人の加筆か)で記す。〔渡辺〕
◆おがさわらおおしょれいしゅうたいぜん [0310]
小笠原大諸礼集大全‖【作者】大江文全作・序。木村利厚校。村田嘉言画。【年代】文政八年(一八二五)序。文政九年刊。[大阪]加賀屋弥助(奥田弥助)ほか板。【分類】教訓科。【概要】異称『小笠原大諸礼集』『大諸礼集大全』『小笠原流諸礼躾大全』『〈小笠原流〉諸礼躾大全』。大本九巻三冊。童蒙用の小笠原礼法書の一つ。第一冊は、第一巻「書札の次第(仮称)」、第二巻「酌の次第、盃の事」、第三巻「聟取・嫁取の次第」。第二冊は、第四巻「通ひの次第、喰やう并七五三台の事」、第五巻「万躾かたの次第(上)」、第六巻「同(下)」。第三冊は、第七巻「万請取渡の次第」、第八巻「幕の次第」、第九巻「諸礼式の次第」。寛永九年(一六三二)刊『大諸礼集』などを大幅に簡略化し、平易な記述に徹する。各巻毎に目録と見開き挿絵を掲げる(第一巻のみ欠)が、この挿絵は本文内容の図解ではなく、礼法を象徴した挿絵である。本文を小字・一三行・付訓で記す。管見の数本は「一ノ一」丁を欠くが、これら装訂の不備等から、本書は先行刊本を改訂した可能性も十分ある。〔小泉〕
◆おがさわらしょれいたいぜん [0311]
〈児童男女・画図手引〉小笠原諸礼大全‖【作者】岡田玉山作。石田玉山(石峰・玉峰・蓼華斎・揚輝斎・修徳)画。青木玄古堂書(付録)。細香序。【年代】文化六年(一八〇九)序・刊。[大阪]植田善七ほか板。『大阪出版書籍目録』によれば、[大阪]勝尾屋六兵衛(玉栄堂・小林六兵衛)板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈児童躾方・画図手引〉小笠原諸礼大全』。半紙本二巻二冊と三巻三冊の二種あり。『大阪出版書籍目録』によれば初刊本は二巻で、後に増補されて三巻三冊となったようである。二巻本は礼法全般、食礼・婚礼、通過儀礼、小謡等に関する童蒙用の絵入り礼法書で、上巻は日本礼法の起源や礼の根本、五節句および時服、貴人や客人への応対、物の請取渡し、種々座礼、食礼などからなり、下巻には縁談・結納から始まる婚礼全般と出産以後の生涯の通過儀礼に関する記事と、「式礼座席小謡(祝言・佳祝・追福の三門から成る一二一番)」「茶の湯の事」「茶道百首教歌」「生花仕やう」「香の事」など芸能関連の記事を載せる。いずれも図解とともに礼法の心得を詠んだ教訓歌を多数載せるのが特色。本文をやや小字・九〜一二行・付訓で記す。また、後に増補された付録一冊は『式礼用文章』と題した用文章で、「年頭披露状」以下四九通の消息例文(大字・五行・付訓)と頭書「書札要例集(書簡作法や手形証文文例など)」から成る。なお、本書を大幅に簡略化したものが、明治一四年刊『〈児童男女・画図手引・刪定〉小笠原諸礼大全』である。〔小泉〕
★おがさわらしょれいたいぜん [0311-2]
〈児童男女・画図手引・刪定〉小笠原諸礼大全‖【作者】岡田玉山作。篠田正作編。細香序。【年代】文化六年(一八〇九)序。明治一四年(一八八一)序・刊。[大阪]高橋平三郎蔵板。[東京]山中孝之助ほか売出。【分類】教訓科。【概要】異称『〈刪定〉小笠原諸礼大全』。半紙本一冊。文化六年刊『〈児童男女・画図手引〉小笠原諸礼大全』の簡略版。文化六年板より、「礼の本を知るべき事」から「酒宴教歌」までの約七〇項目(礼法起源や礼の本義、食礼、座礼、給仕方礼法等)を抽出する。挿絵・記事などはほぼ旧版通りで収録したもの。編者序文で文明開化のこの時代にあって知識だけでなく礼法や徳行が重要であることを指摘し、本書が「概ネ維新以前武家ノ礼法ヲ記載セシモノ」であるが本書以外に適切な礼法書が見当たらないため、当世に適さない部分を除いて再編集した旨を記す。〔小泉〕
◆おがさわらしょれいちょうほうき [0312]
〈童子専用・増補画(絵)入〉小笠原諸礼調法記‖【作者】速水春暁斎・松川半山画。【年代】天保九年(一八三八)再刊。[大阪]堺屋新兵衛(文精堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈童子専用〉当流諸礼調法記』『小笠原流諸礼調法記』『諸礼調法記』。半紙本二巻二冊。享和三年(一八〇三)刊『〈童子専用・増補絵入〉諸礼調法記』†の改編版。童蒙向けの小笠原礼法書の一つ。巻頭に和漢の礼法の由来を略述し、以下、「素礼の事」から「御厨子・黒棚の図」までの約八〇項に分けて、礼法の基本を解説した絵入り礼法書。上巻には太刀・刀・脇差その他の受け取り渡しに関する作法や、菓子・果物・赤飯・餅その他の食礼、下巻には婚礼全般の作法を記す(本文はやや小字・一一行・付訓)。さらに下巻後半部に、五節句や吉凶事に伴う消息例文や基本的な書簡作法、証文手形文例等を載せた「初学用文章」を収録する(大字・七行・所々付訓)。頭書には「五節句の事」「四季衣服の事」「本菓子の事」「濃茶の事」「懐妊帯の事」「食初の事」など佳節・時服・華道・茶道・通過儀礼等の記事を掲げる。婚礼時の「三盃饗膳献々本式」に続けて「同町家作法」にも言及するなど、武家礼法の庶民への浸透・普及ぶりを示す記述もある。享和板は全て春暁斎画であったが、本書において松川半山の挿絵(「足利義満」「立花生花之見様」「立花手引指南之事」など)数葉が増補されたほか、下巻に『〈当流観世〉泰平小謡童児訓』が収録された(同頭書に「国尽」「書札文字略大中小の事」「万物の数書様之事」「八さんのわりごゑ」「銭小遣ひ相庭割」「五性名がしら」等を掲げる)。〔小泉〕
◆おがさわらりゅうしつけがたのしょ [0313]
小笠原流躾方書‖【作者】不明。【年代】文政八年(一八二五)以前刊。[名古屋]円文院蔵板。菱屋金兵衛(文林堂)売出。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。前半「小笠原流躾方書」と後半「小笠原流書法秘伝」から成る童蒙用小笠原礼法書。前者は、まず奉公人心得として人と交わる際の礼儀の基本、続いて「先第一披露書可嗜次第乃歌」を説く。通常は箇条書きにされるところを、本書では「まづ人々のたしなみは、人の前にて歯をみがき、やうじくわえてものいふな、大きなやうじつかふまじ…」と七五調の文章に改めるのが特徴。さらに、「太刀折紙請取渡しの事」以下約九〇項に分けて、給仕方・客方作法・婚礼作法などを略述する。所々に図解・挿絵を交え、頭書に「万積物之図」「万折形之図」「茶湯指南」を載せる。後半の「小笠原流書法秘伝」は、「硯に紙をそへ持出る事」など文房具の扱い方や、書札礼を始め各種書法を示したもので、約四〇項を載せる。なお、小泉本に文政八年の書き入れがあるため、初刊はそれ以前となる。いずれも、本文をやや小字・一一行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おがさわらりゅうしょれいおりかた [0314]
小笠原流諸礼折形‖【作者】菊池貞蔵(松山・武直)作・序。【年代】享和元年(一八〇一)序・刊。[江戸]菊屋幸三郎板。【分類】教訓科。【概要】異称『小笠原諸礼折形』『折形本体伝』。半紙本一冊。小笠原流折形の詳細な図解書で、「極真の熨斗包」「おふき包」「こんぶ包」など約一三〇種を紹介する。特に、「男蝶」「女蝶」「結納妻かくし熨斗」以下は水引を朱刷りにするのが特徴。序文に、「折形は五行より生じて、五色の性を有する」旨を説く。なお、本書後印本には、前半に嘉永四年(一八五一)刊『良薬躾方』†を合綴する。〔小泉〕
◆おがさわらりゅうひゃくかじょう [0315]
小笠原流百ヶ条‖【作者】不明。【年代】万治二年(一六五九)刊。[京都]山本長兵衛(金屋長兵衛・草紙屋長兵衛・弘章堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『小笠原流躾方百ヶ条』『小笠原百ヶ条』。半紙本一冊。小笠原礼法書の一つ。冒頭に奉公人の心得として「主のきにちかはし(気に違わじ)とほうこう申事かんようなり」との一文を掲げ、以下「先第一披露書百ヶ条可嗜次第」、すなわち「一、人前にて楊枝をつかひ候事」以下九〇カ条を掲げる。主に楊枝・手水を始め、立ち居・進退に関する条々だが、一切説明を載せないのが特徴。続いて「鷹に会時の礼の事」から「出来間ぜんふ(膳部)の次第」まで、起居進退・受け取り渡しの作法、また食礼・婚礼を主とする七七項目を解説する。万治二年板は、ほとんど仮名書きの本文を小字・一一行・所々付訓で記し、わずかながら膳部の図解を掲げる。江戸初期刊本の小笠原礼法書は、多くが本書と大同小異である。〔小泉〕
◆おがさわらりゅうひゃくかじょう [0316]
小笠原流百箇条‖【作者】下河辺拾水書・画。【年代】明和七年(一七七〇)刊。[大阪]勝尾屋六兵衛板。【分類】教訓科。【概要】異称『小笠原流躾方百ヶ条』『〈児童日用・諸礼図式〉小笠原流百箇条』。半紙本一冊。絵入りの童蒙用小笠原礼法書。冒頭に、奉公人は「主人の気にあわんとする事はあしく候」とする心得を説き、「先第一披露書百ヶ条可嗜次第」、すなわち「一、人前にて楊枝をつかふ事」以下八九カ条を掲げ、続いて、「鷹に会時の礼の事」から「出来間の膳部の次第」までの八五項について解説する。前半は物の授受(受け取り渡し)やその他の給仕方礼法、後半は食礼(客方礼法)と婚礼作法が中心。また、巻末の「文法用文章」には、「ひさしくあはぬ人につかはす状」以下の消息例文、また「証文のしたゝめやう」までの書簡作法を合計五一カ条に分けて記す。この「文法用文章」の例文のみ大字・八行・付訓で記すが、他は概ね小字・一一行・付訓で記す。なお、初板本の原題簽は横長の方簽で、書名の両脇に板元序文(文末「浪華書房、玉栄堂梓」)を置いた独特なものである。〔小泉〕
◆おきつおうらい [0317]
息津往来‖【作者】川口せん書。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。駿河国庵原(いはら)郡息津郷(静岡県清水市興津)近辺の地名・寺社名を列記した往来。冒頭部は「近き辺りの地名には、神沢、堰沢、中村、小金、蒲原宿中之郷、岩淵、木島、南北松野…」で始まり、途中、名刹・清見寺などの寺社名も紹介する。本文は「…瀬名川、瀬名、長尾、平山」で終わっているように、全文が単なる地名の列挙である。本文を大字・二行・無訓で記す。後半に度量衝の単位語や「天地・陰陽・日月・星辰…」などの熟語を掲げる。〔小泉〕
◆おきつしのむすめにあたうるしょ [0318]
与興津氏女書‖【作者】稲葉迂斎(稲庭迂斎・正義・十五郎・十左衛門)作・書。【年代】元文五年(一七四〇)作・刊。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】異称『与興津氏之女書付』。大本一冊。元文五年一二月に興津氏の女が奥田某に嫁ぐにあたり、迂斎が記して贈った女訓書を上梓したもの。前文と一二カ条の条々から成る。まず前文で、当代は女子教育が疎かになっていることや、この書付の執筆理由などに触れ、以下、一つ書きで、婦人は外出しないこと、婦人の徳・婦人の職、他家へ嫁ぐ意味と心得、信・貞、父母・舅姑への孝、嫉妬、懐妊中の慎み、子育て、女子三従、心の慎み、狂女、真の幸福について説く。本文をやや小字・一二行・無訓で記す。〔小泉〕
◆おくどうちゅううた [0319]
〈文政新刻〉奥道中歌‖【作者】新関与斎(直和・四代庵)作。【年代】文政二年(一八一九)刊。[仙台]伊勢屋半右衛門(裳華房)板。【分類】地理科。【概要】異称『松前道中歌往来』『奥道中往来』。中本一冊。仙台・国分町より北海道・松前に至る道中の駅名を詠みこんだ往来。交通路を中心に編んだ往来は都市をめざすものが圧倒的に多いが、本書は仙台から松前という辺境の地をめざすのが特徴。「国分の町よりここえ七北田よ、富谷茶のんてあちは吉岡、さむひとて焚べきものは三本木、雪の古川荒谷つめたや…」と筆を起こして、「…むかしより今別なれや三馬屋の、往来(ゆきき)にきほふ人を松前」と結ぶ本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「国分町遠景図」、頭書に国分町から松前までの道法および道中風景図を掲げる。なお、本往来は天保四年(一八三三)刊『〈江戸〉道中往来』†の頭書にも収録されている。〔小泉〕
◇おぐにめやす [0320]
小国目安‖【作者】不明。【年代】宝暦一三年(一七六三)書。【分類】社会科。【概要】異称『小国百姓共御訴詔(訟)申上候事』。特大本一冊。寛文五年(一六六五)三月、山形県西置賜郡小国地方で起こった一揆の訴状を御家流の手本に認めたもの。本来二五カ条から成るが、手習い用のためか若干簡略化している(『小国町史』により原文に近い訴文を載せる)。宝暦一三年写本は、「一、小国役人衆手当しかと無御座付而、百姓困窮仕候事…」で始まる本文を大字・五行・無訓で記す。〔石島〕
◆おぐらおうらい [0321]
〈佐州〉小倉往来‖【作者】新井精斎(元禎・万輔・嶺松軒・東寧・鞭羊居愚僊)作。【年代】文政四年(一八二一)書。【分類】地理科。【概要】重写本(日本大学蔵)は大本一冊。佐渡国小倉村(新潟県佐渡郡畑野町)を中心とした地域の地理を記した往来。「我小倉村者、雑太郡ニ而、分米高三千廿余石。従相川御役宅、巽之方山村也。郷内、東西長、南北狭…」で始まる文章で、まず同村の石高や地形、周囲の村々に触れ、続いて、村内の民家三〇〇戸が点在することや内外の交通路、また、地域の寺社および祭礼・信仰の様子、流通する渋手湊や蝦夷松前産の海産物、花鳥風月・四季の自然美などを紹介する。重写本は本文を大字・八行・無訓で記す。〔小泉〕
◆おざきししょうそく [0322]
尾崎氏消息‖【作者】尾崎敬孝(伴右衛門)書。伊藤某・水尾某跋。【年代】明和二年(一七六五)刊。[江戸]奥村喜兵衛(佐野屋喜兵衛・太保堂・喜鶴堂)板。【分類】消息科。【概要】異称『尾崎消息集』。大本一冊。消息文と詩歌を綴った陰刻手本。初雪に際し機嫌を伺う披露文、若君加冠の祝儀状(披露文)等の貴人向け書簡や、上巳節句祝儀状、納涼船催しの餞別状、仲秋の名月祝儀状、雪の日の酒宴の誘引状といった知人との手紙など、合計九通を収録する。本文を大字・四行・無訓で記す。巻末に『和漢朗詠集』から抜粋した詩歌六編を載せる。なお巻末広告中に、尾崎氏の手本として本書以外に『尾崎書札集』『尾崎吉野詣』『尾崎要翰集』をあげる。〔小泉〕
◆おさだじょうえしょう [0323]
〈新板〉長田状絵抄‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[仙台]伊勢屋半右衛門板。また別に[仙台]本屋治右衛門板あり。【分類】歴史科。【概要】異称『〈新板〉長田状』。大本一冊。平治二年(一一六〇)一月三日(あるいは四日、また元年一二月二九日とも)、尾張国野間の長田庄司忠宗に殺害された源義朝の故事をふまえて作られた擬古状型往来。同年正月一日、平清盛から忠宗にあてて、義朝誅殺の命が下されたという体裁をとる。短いながらも、孝行の徳を称賛し、対句的な美辞麗句、あるいは「槿花一日栄」などの成語を盛り込んだ文章で綴る。本書後半には、文治元年(一一八五)四月二〇日付の「昌俊起請(正尊起請文)」を収録する。仙台板に数種の板種があるが、概ね本文を大字・五行・付訓で記す。また、頭書に「おや・きやうだいをほろぼす」「六しんふわのところ」などの主題に即した教訓画を掲げる。〔母利〕
◆★おさなえときこじょうぞろえ [0324]
幼稚絵解古状揃‖【作者】渓斎英泉注・画・序。【年代】弘化二年(一八四五)序・刊。[江戸]和泉屋市兵衛板。【分類】歴史科(合巻)。【概要】異称『稚絵解古状揃』『絵解古状』『ゑとき古状』。中本四編八巻八冊。『古状揃』†本文に挿絵と略注を施した絵草子風の往来物。概ね挿絵の上欄に置かれた注釈はほとんど仮名書きで、「文と武はとりのつばさのごとく、くるまのりやうわのごとし。ぶんぶともにまつたからざれば、くにをおさむることかたしと也…」のように語意と大意を平易に説く。初編に「今川状」と「手習状」を収録し、上巻冒頭に「今川家系譜」ならびに了俊・仲秋図を掲げる。また、二編に「義経腰越状」と「義経含状」、三編以降に「弁慶状」「熊谷状」「同返状」「曽我状」「同返状」を収録する。各編とも上下二巻構成で、表紙が色刷りの続き絵となっている。なお、本書の改題本(抄録)に『画本古状揃』†がある。〔小泉〕
◇おさなこうきょう [0325]
幼孝経‖【作者】八島五岳作・序。【年代】天保一二年(一八四一)序。天保一五年刊。[大阪]河内屋長兵衛ほか板。【分類】教訓科。【概要】中本一冊。『孝経』の本文を大字・六行・付訓の平易な仮名書きに改め、さらに要句について割注、または頭書で解説した往来。巻頭に陳栄以下五名の和漢の孝子(または不孝者)の略伝を載せる。表紙は色刷り。〔小泉〕
◆おさなしんがくずえ [0326]
幼心学図絵‖【作者】勧善堂作。八文舎四世序。歌川国芳画。【年代】天保一四年(一八四三)序・刊。[江戸]丁子屋平兵衛(文渓堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『〈教訓善悪〉近道子宝』。中本一冊。各頁または見開き二頁毎に挿絵とイロハ短歌(教訓歌)をあしらった教訓絵本。童蒙向けの教訓で、特に挿絵は寺子屋での学習や悪ふざけ、屋外での遊戯や喧嘩など、子どもの百態を生き生きと描く。冒頭には「いろとむやくな事をさし置て、まづ手習を専らにせよ」の一首と手跡稽古に励む寺子の姿を示し、以下同様の教訓歌を並べ、最後は「京わらべおしへのためのいろは歌、人の見る目もはづかしぞおもふ」と作者の謙辞に代わる狂歌となっている。〔小泉〕
◆おさなせんじもん [0327]
〈教訓画入〉幼稚千字文‖【作者】為永春水(鷦鷯貞高)注。勧善堂序。【年代】天保一五年(一八四四)刊。[江戸]本屋又助(頂恩堂)板。【分類】教訓科。【概要】中本一冊。漢字四字一句、合計二五〇句一〇〇〇字の『千字文』形式で諸教訓を綴った往来。天恩・国恩、忠孝、礼儀、その他農民・町人心得など、種々の生活教訓・処世訓を説く。「渾沌未分、清濁昇降、天地開闢、陰陽乾坤…」で始まる本文の二〜六句毎に大字・五行大・付訓で記して割注を置き、さらに所々に見開きまたは半丁分の挿絵を掲げる。なお、本書の本文第一丁表のみを『世話千字文』†にすり替えた改題本『世話千字文余師』†が弘化三年(一八四六)に刊行されているが、これは冒頭四句のみを改刻した改竄本である。〔小泉〕
◆おしえいまがわ・おしえこしごえじょう [0328]
教今川・教腰越状‖【作者】渡辺玉壺斎書。森川保之画。【年代】文政八年(一八二五)刊。[京都]鈴木半兵衛ほか板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。『今川状』†と『腰越状』†の本文を大字・七行・無訓で記し、その読法(書き下し文)を頭書に掲げて、関連の挿絵と略注を随所に施した往来物。巻末に「三体いろは」「十幹十二支」を掲げる。また、同体裁に編んだ他の古状と一まとめにした『〈絵図注入〉教古状揃大成』が刊行された。なお、この『教○○』と題した一連の往来物は『教庭訓』†を嚆矢とし、さらに『教実語教』『教商売往来』等の亜流が数種刊行された。〔小泉〕
◆おしえぐさ [0329]
〈教訓絵入〉おしヘくさ‖【作者】不明。【年代】寛政八年(一七九六)刊。[大阪]海部屋勘兵衛(多田勘兵衛・定学堂・多田直洪)板。【分類】教訓科(心学書)。【概要】異称『おしへ草』『夷曲集絵抄おしへ草』。半紙本二巻二冊。教訓歌・金言とそれを敷衍し、故事・挿絵を添えた心学系教訓書。例えば、上巻巻頭には「正直な人のかうべの鉢まきや、やどらせ給ふ神のしめなは」など教訓歌二首と七福神の挿絵を掲げ、続いて正直・正利(正路商い)についての教訓文を載せる。以下同様に、孝行、小欲、家業出精、飲酒、堪忍、色欲、養生などを教える。また、下巻末尾の「附録」では、朝起き、主人の心構え、妻の心得、「婦人の四徳」、旅行心得等について諭す。〔小泉〕
◆おしえぐさ [0330]
〈童子教訓〉おしゑ種‖【作者】鼻山人(東里山人)作。勝川春好二世(勝川春扇)画。【年代】文政一二年(一八二九)刊。[江戸]岩戸屋喜三郎板。【分類】教訓科。【概要】中本一冊。十返舎一九作・歌川貞房画と記すが、本書は文政六年刊『〈童子教訓〉昔製諭近道(むかしじたてたとえのちかみち)』の前編(二巻)のうち下巻のみを抄録した改題本。玉川大本見返の『神風倭国功(じんぷうやまとのいさおし)』(十返舎一九作、歌川貞房画)は、故意に(あるいは誤って)付けられたものか。「金貯囲人は小車の猿のごとし」「後世をねがふ人は土蔵をたつるがごとし」のように「○○は○○のごとし」という格言を掲げ、それについて平易な解説と挿絵を加える。〔小泉〕
◆おしえていきん [0331]
〈絵図註入〉教庭訓〈独講釈読方入〉‖【作者】下河辺拾水書。下河辺拾水・森川保之画。【年代】寛政七年(一七九五)刊。[大阪]奈良屋長兵衛(宣栄堂・宣英堂・葛城長兵衛)板。また別に[京都]蓍屋勘兵衛ほか板(寛政一二年板)。【分類】古往来。【概要】異称『教庭訓往来』。半紙本一冊。『庭訓往来』†の本文を大字・七行・無訓で記し、頭書に小字・一四行・付訓の書き下し文(本文読方)を掲げ、さらに随所に豊富な挿絵(合計五一八葉)を盛り込んだもの。挿絵には所々略注も施す。中世に作られた『庭訓往来』を、近世後期の庶民風俗に即した絵図と注解で直観的に理解できるように編集する。〔石川〕
◆おしえのさきがけ [0332]
〈童蒙習字〉教の魁‖【作者】小川持正作。深沢菱潭書。【年代】明治年間刊。[東京]書学教館板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。仁・義・礼・智・信の五常を七五調美文体で諭した教訓。まず「世の人の常に有べき行ひを、五の文字に書別て…」と筆を起こし、五常は要するに「誠(真事)」の一字に集約でき、これは人たる者の「真の事業」であり、天地を貫く真理であることを述べ、仁・義・礼・智・信に分けて、それぞれ大意を敷衍する。本文を大字・三行・付訓の手本用に記す。〔小泉〕
◆おしえのたねまき [0333]
〈農家童蒙〉教の種蒔‖【作者】深沢菱潭作・書。【年代】明治年間刊。[東京]樋口徳蔵(弘成堂)ほか板。【分類】産業科。【概要】半紙本一冊。近代農家子弟に必要な日常語・農業用語、生活心得などを七五調で綴った手本。本文を大字・四行・付訓で記す。まず「抑農業は国家の本にして、緊要なるは今更に、言に及ばぬことながら、方今宇内万国と、交通なして相互ひ、富強を図る秋(とき)なれば…」と、富国のための農業を基本に、勉励・先祖崇拝・和睦・友情・報国等の心得を説き、また、方角・単位・日月・地理・住居・人倫・衣類・食品・器財等の基本語彙を前半に掲げ、後半に、農具・機具、各地の織物、穀類・茸類・青物・果物・草木等の語彙を列挙する。農業関連語に比べて一般用語の比重が高い。本文末尾を「猶、此他の種るゐをも続く後編に示すなむ」と結ぶが、後編については未詳。〔小泉〕
◆おしえのたまずさ [0334]
〈女童脩身〉教の玉章‖【作者】小川持正作。深沢菱潭書。月岡芳年(吉岡芳年・歌川芳年・米次郎・玉桜楼・一魁斎・大蘇)画。【年代】明治七年(一八七四)刊。[東京]書学教館蔵板。播磨屋喜右衛門(播磨屋勝五郎・鈴木喜右衛門・文苑閣)売出。【分類】女子用。【概要】異称『〈女童脩身〉教のたまつさ』『〈女童脩身〉教乃玉つさ』『〈女童〉教乃文章』。半紙本二巻二冊。巻末広告に本書を「婦女子の教戒になるべき五常の行ひ、躾方等を贈答の仮名文章に綴り、且、習字の手本に兼備の珍書」と紹介する。上巻は第一〜五章、下巻は第六〜一一章で構成され、例えば、第一章は「書物をおほく見聞し候は、智をまし心をかたむるの基ひに候まゝ…」と書き始め、「…ふと心づき候まゝ申上置まいらせ候。めてたくかしく」と結ぶように、各章毎に手紙文形式で記す。上巻は第一章から順に、読書心得、殺生と子育て、柔和と因循など女性の心延え、天分と職業、学制と近代の学問について、下巻は、父母の高恩、夫・舅姑への態度、胎教、子育ての要諦、思いやりと人道などを述べ、最後に鞠歌を引いて女子の心得を再確認する。本文を大字・四行・付訓の手本・読本兼用に作る。上巻巻頭に色刷りの題字と挿絵を掲げる。〔天野〕
◆おしえのちかみち [0335]
教のちか道‖【作者】橋爪貫一(松園)作。【年代】明治六年(一八七三)頃作・刊。[東京]橋爪貫一蔵板。相模屋七兵衛ほか売出。【分類】教訓科。【概要】異称『〈童蒙〉教乃近道』『教之近道』。半紙本一冊。正徳三年(一七一三)刊『近道子宝』†(平井自休作)と同様の形式・文面で、文明開化に即した新時代の諸知識を綴った往来。まず、天地・四方・一年・地球の公転・五大洲・東西半球など天地間の事柄を述べ、続いて、日本の国土と皇統の歴史・太陽暦・月の大小・閏年・四季・時間・小学(児童六歳からの学問)・十二支・度量衡(単位)・九九・金銀貨幣・住居および建築物・地形等について説き、最後に、父母の恩や報徳としての孝行を教える。「人は万物の長たるもの故に、農工商の差別なく、幼き時より物読み手習ふ事はなさて叶はさるものなり…」で始まる本文を大字・四行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おしえのちかみち [0336]
〈加藤氏〉教の近道‖【作者】加藤裕一作・序。松川半山(直水)画。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[大阪]河内屋忠七(赤志忠七・忠雅堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『教之近道』『教乃近みち』『をしへの近みち』。半紙本一冊。冒頭に「人民をして高きに進ましめむ」ためには「宜しく通俗の書籍を著し、懇ろに有用の学術を教ふべし」との、英国人クオートルレイ・レウイユーの言葉を引いて問題提起とし、開化文明の時における学問のあり方と内容を説いた教訓。「日用の実学」を重視する観点から学問における旧習を徹底的に批判し、まず五十韻・五十字の仮名、日用語、通用の手紙文、算術、職業知識(「職分実用の学問」)、修身学、経済学の順に学ぶべきであると主張し、特に修身学と人倫一般について詳述する。さらに、歴史学・地理学・究理学などに言及し、最後に、不学の者は禽獣以下であること、皇国民の誇りを持って学び行うべきことを諭す。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おしえのひとふし [0337]
〈小学生習字本〉教の一ふし‖【作者】苅谷保敏(天海)書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[福井]岡崎左喜介(振藻堂)板。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。学問の意義と学業出精を説いた手本兼教訓書。神が創られた地球にはあらゆる生物が存在するが、その中で人間はとりわけ神の恵みを受け、生まれながらに比類なき良智・良能を備えている、しかしこれらの才能も学問によって磨くことが大切である、人の人たるゆえんは人道、すなわち五倫の教えを学ぶことにあり、これを教え諭さんと聖帝が明治五年に学制を定めた、これにより不学の民もなくなるという有難い時代に生まれた幸せに思いをめぐらし、学業に励めと教え諭す。本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆おしえのみちすじ [0338]
〈童蒙〉教の道須知‖【作者】箕作麟祥(貞一郎)作・序。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治六年(一八七三)序・刊。[東京]山城屋佐兵衛(稲田佐兵衛・玉山堂)板。【分類】教訓科。【概要】異称『教の道すち』。半紙本二巻二冊。『勧善訓蒙』に続く箕作麟祥の著作で、同書から抄録した金言等に、英米の教訓書からの訓戒の言葉を盛り込んで編んだ教科書。「人は万物の霊なれは、善を為し、悪を避て、其身を辱かしめさる様心得べし」といった短い教訓文を、「第一、己れに対するの務」「第二、人に対するの務」「第三、家族に対するの務」「第四、国に対するの務」「第五、貧富貴賤の別」の五章に配列する。いずれも大字・四行・付訓の手本用に記す。〔小泉〕
◆おしかじょう [0339]
牡鹿状‖【作者】小嶋信春作。小嶋栄三郎書。【年代】天明三年(一七八三)書。【分類】地理科。【概要】特大本一冊。奥州牡鹿郡(宮城県東部)の郡名の由来、産業・物産(魚類・鳥獣・草木)・流通、諸職・諸芸・遊興、神社仏閣およびその縁起・祭礼等を記した往来。「抑、奥州牡鹿郡と申すは、一牡鹿女鹿之栖江、笹喰通路之其笹、今ニ喰切儘に生なり…」で始まる文章で、古今の伝承・故事来歴等を多く交え、また、魚類を始めとする二、三の語彙集団を挿み、地域社会の歴史と地理のあらましを述べる。末尾でも名産の魚介類・薬草などを付記して、「初学幼童可取扱文字為令読遺書之者也」と結ぶ。本文をやや小字・八行・所々付訓で記す。〔小泉〕
◆おだわらじょう [0340]
〈新板〉小田原状‖【作者】置散子書。【年代】延宝八年(一六八〇)刊。刊行者不明。【分類】歴史科。【概要】大本一冊。榊原康政より加藤主計頭清正に宛てた書簡の形態により、天正一八年(一五九〇)三月より七月にかけて豊臣秀吉が行った小田原攻めと、北条氏降伏直前に至る軌跡について記述した往来。特に、出陣と箱根を越えて小田原城包囲の経緯、大名の配置、陣立の様相、関東各地の制圧、落城寸前の状況と捕虜の処置等を詳述する。本往来は、歴史科古状型(古状単簡)に属するが、戦陣・戦場の様相を詳述したものとして、他に類例を見ない独自性を持つ。「遠路御礼本望之至候。仍、家康方江御帷子被進之、一段祝着被存候…」で始まる本文を大字・五行・所々付訓で記す。なお、本書とほとんど同内容の往来に『清正え康政より返書』†がある。〔石川〕
★おちあいおうらい [0340-2]
落合往来‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】地理科。【概要】大本一冊。「夫落合は慶長六丑年三ヶ村に分、東は正徳寺村号し、西は山之根邑と号、当村は其侭落合と唱、御検地御改相済候…」で始まる文章で、甲斐国東山梨郡(現在の塩山市・山梨市辺)・平等村(ひらしなむら)周辺の地理を綴った往来。名称の由来、領域から始まって、地勢、石高、神社仏閣(由来、開山、宗派、本尊、外観等)を紹介する。古くは慶長年間からの記述だが、本文中に「そののち、享和年中経王塔建立有、祖鎚和尚、法華経六万九千三百八拾四字一字一石に書写し給ひ…」の記載が見えるため、本往来は明らかに江戸後期に成立したものである。ただし現存本は末尾を欠く零本で、本文を大字・四行・無訓の手本用に綴る。〔小泉〕
◆おてほん [0341]
御手本‖【作者】西沢八十平書。【年代】安政六年(一八五九)頃書。【分類】社会科。【概要】大本一冊。嘉永六年(一八五三)六月のペリー来航から安政六年五月横浜・長崎・箱館での貿易自由化以降の国内情勢を綴った一文と、安政六年七月二四日の大雨による江戸大洪水とその被害の模様などを綴った文章から成る手本。前者は、「北亜墨利加ワシントン之提督」が書翰をもって開国を迫った結果、開港後の横浜に諸国の産物が山積して貿易商は莫大な利潤を得たが、諸物価高騰により庶民生活が困窮した様を述べる。後者は、安政六年の大洪水が寛保二年(一七四二)の関東・信濃大洪水にも劣らぬ程であったこと、また、この時に小諸領滝原村と上田領岩下村で白竜の鱗数百枚が見つかり、領主へ奉納されたという言い伝えを記す。特に前者は、当代・近年の時事問題を教材化している点で注目される。いずれも本文を大字・三行・無訓で記す。〔小泉〕
◆おてほん [0342]
〈御家正筆・消息往来〉御手本‖【作者】成章堂書(「消息往来」)。【年代】江戸後期刊。[江戸]松坂屋板。【分類】消息科・語彙科。【概要】中本一冊。「いろは四十八字書様伝法」「消息往来」「〈両点真字〉七ッいろは」「三体偏冠尽」等から成る往来。単行刊本数種の合綴と思われる。「いろは四十八字書様伝法」は、永字八法を特にイロハに当てはめて解説したもの。「消息往来」以下は流布本『累語文章往来(消息往来)』†と同様。「〈両点真字〉七ッいろは」は、本文に行書・楷書の二体で書したいわゆる『七ッいろは』で、頭書に「五体名頭字」「相性名乗字」、末尾に「三体偏冠尽」を付したもの。本文を大字・概ね三行・付訓で記す。巻頭に「大文字筆つかひの伝」を載せる。〔小泉〕
◇おとぎおんなぶんしょう [0343]
御伽女文章‖【作者】不明。【年代】江戸後期作・書か。【分類】女子用。【概要】異称『御伽草女文章』。特大本一冊。所々に特定の知識・心得を盛り込んだ女用文章。序文で断るように、「中ごろより下つかた」宛ての文章を基本とし、「月に花に折々の言の葉をまじえ」た文面で記す。「年始に遣す文」から「歳之暮に遣す文・同じく返し」までの四三通を収録する。前半三分の二が四季時候、または諸用件の手紙、残りが通過儀礼に伴う手紙である。例えば「奉公に出る方え遣す文」では宮仕えする女性への心得とともに「御所詞」八二語を列挙し、「弔に遣す文」では弔状に関する作法に触れ、さらに「親里え之用事頼に遣す文」では五節句等の祝日の主旨や由来を記した長文の「年中祝日の事」を挿むように、単なる例文集とは異なる。〔小泉〕
◆おなごてならいじょう/おんなてならいじょう/じょしてならいじょう [0344]
〈文政改正〉女子手習状‖【作者】栄松斎(栄松斎長喜か)書。【年代】文政一二年(一八二九)刊。[江戸]森屋治兵衛板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。異称『女手習教訓書』『女手習教訓』『女手ならい状』。享保元年(一七一六)刊『女手ならひ教訓の書』†の末尾に若干増補したもの。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書に「猿と蟹ばなし」「正月二日宝舟のはなし」を収める。〔小泉〕
◇おぬまだいらのき/こぬまだいらのき [0345]
小沼平之記‖【作者】清水弥助書か。【年代】明治初年書か。【分類】地理科。【概要】「馬を華山の北に放つとは、此大平の御代に社(こそ)、飯笠山の東に当る、小沼平の一里也。如意福田の勝地にて、鼓腹の民の住所、先東には千曲川…」で始まる七五調の文章で、信濃国水内(みのち)郡(長野県飯山市周辺)一帯の名山・名所とその風趣を紹介した往来。千曲川、小菅大権現、野沢温泉、長嶺・茶臼ヶ嶽、戸隠大権現、黒姫・飯綱ヶ嶽などの風景や、そこからの眺望(越後国斑尾山、妙高山等)を略述する。〔小泉〕
◇おのおづうふで [0346]
小野おづう筆(仮称)‖【作者】小野通(二世か)書。【年代】江戸前期刊か。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】大本一冊。小野通の女筆手本の一つ。現存するお通の手本には、江戸前期刊『女筆手本(女筆手ほん)』†や元禄四年(一六九一)刊『〈四季〉女文章』†、享保(一七一六〜三六)頃刊『女筆春の錦』†、宝暦(一七五一〜六三)頃刊『〈女筆文章〉大和にしき』†があるが、そのいずれとも共通する内容を含むものの、書状内容・配列がいずれも異なり、ほとんどが異板である。ただし、字配りなどは『女筆春の錦』に酷似しており、その先行板の可能性が高い。収録書状は「あらたまりぬるこの春のめてたさ…」で始まる新年状から、「一筆申まいらせ候。両御所様…」で始まる並べ書きの挨拶状までの二〇通である。小野通の手本は『寛文一〇年書目』に見える『女筆手本』(二冊本)など少なくとも数本が存在したが、伝本には同一のものがほとんど存在せず、江戸初期刊本の板木を組み替えたり被せ彫りにした改編本・改刻本が何度も出版されたと考えられる。〔小泉〕
◆おののたかむらうたじづくし [0347]
小野篁歌字尽(寛文二年板系統)‖【作者】不明。【年代】寛文二年(一六六二)刊。[大阪]近江屋次良右衛門板。また同年刊に[京都]山森六兵衛板あり。【分類】語彙科。【概要】初板本を始め江戸初期刊本はほとんど大本一冊。何らかの意味で類似している漢字を一行に並べ(これを仮に一単元と呼ぶ)、これに和歌を添えて記憶の便を図った往来。一単元の文字数は二〜八字と様々で、全体の八三%が、@偏・冠・構・旁など漢字の字形の共通点を基準にした単元である。このほかは、A「aiたばかる)・姦(かしまし)・轟(とどろく)」などの俗字や、B「東来(ひらり)・西来(しゃらり)・左右袖(ともかふも)」などの世話字、また、C字形が似通った「末・未・賣・買」等の類字、さらに、D一つの物名を表す熟語のうち、その文字の一つが共通するものを選んで構成した同字を含む異語、E「美人草(びじんさう)・女郎花(をみなへし)」「鶏冠木(かへで)・鴨脚(いちやう)」のように奔放な連想によって連ねた二つの宛字などである。このような構成で、寛文二年本系統では「椿・榎・楸・柊・桐」以下全一二六単元・六二五字(重複分を除くと五八六字)を載せる。本往来は、江戸中期より明治初年にかけて著しい普及の足跡を遺したが、その原型となった寛文二年一月刊本(近江屋次良右衛門板)は本文を大字・四行・付訓で記す。〔石川〕
◆★おののたかむらうたじづくし [0348]
小野篁歌字尽(寛文一一年板系統)‖【作者】不明。【年代】寛文一一年(一六七一)刊。[江戸]板木屋彦右衛門(亀屋)板。【分類】語彙科。【概要】延宝三年板を含め江戸初期刊本はほとんどが大本一冊。寛文二年(一六六二)刊『小野篁歌字尽』†の改編本で、寛文板系統と並んで普及した別系統の『小野篁歌字尽』。何らかの意味で類似的あるいは対照的な語彙を一行に並べ(これを仮に一単元と呼ぶ)、これに和歌を添えて記憶の便を図った往来で、内容・構成ともに寛文板と酷似するが、@寛文板の第一単元「椿・榎・楸・柊・桐」を本書で「木・椿・榎・楸・柊」に改めた点、A寛文板の第六四単元(「広・店・庇…」の行)から第八七単元(「桶・涌・踊…」の行)までの二四単元を、本書では第八八単元以後に移動させ、それに替えて寛文板の第八九単元(「討・腕・腰…」の行)以下の二四単元を挿入した点などが異なる。本系統は寛文一一年板を最古として延宝三年(一六七五)板木屋彦右衛門板、天和三年(一六八三)鱗形屋板など多くの重板・異板が存するが、その嚆矢となった寛文一一年板は本文を大字・五行・付訓で記す。〔石川〕
◆おののたかむらうたじづくしたいぜん [0349]
小野篁歌字尽大全‖【作者】不明。【年代】嘉永(一八四八〜五四)頃刊。[東京]須原屋伊八板(明治年間後印)。【分類】語彙科。【概要】横本一冊。寛文一一年(一六七一)刊『小野篁歌字尽』†に語彙を増補した往来。同題の嘉永三年板とは別内容。後半に多くの語彙科往来を合綴する。まず、「木・椿・榎・楸・柊」以下一二七行六二二字から成る延宝三年系統の増補『歌字尽』を大字・四行・付訓で掲げ、各行の左側に暗誦用の和歌を小字・二行書きにする。以下、@家財・諸道具・日用品・衣類を主とする「万字つくし」、A漢字の部首集である「片造冠沓構」、B「名頭字」に五性の区別を付記した「人の名を付頭字・五性相生にて付る」、C「摂政」以下諸官の名称を列記した「百官類」、D「十宗」および僧侶官位の名称である「諸宗名目」、E「細川・水野・三浦」以下の名字集である「名字類」、F「七ッいろは」†等を収録する。後半部の文字の大きさや行数はまちまちで、四〜一一行・付訓で認める。〔小泉〕
◆おののたかむらうたじづくしたいぜん [0349-2]
小野篁歌字尽大全〈頭書子供節用集〉‖【作者】不明。【年代】嘉永三年(一八五〇)刊。[江戸]吉田屋文三郎板。また別に[江戸]福島屋留次郎ほか板あり。【分類】語彙科。【概要】中本一冊。寛文二年(一六六二)板系統の『小野篁歌字尽』†に天明八年(一七八八)刊『訓蒙夷曲歌字尽(きんもうきょうかじづくし)』†を増補した往来。前半部は、寛文二年板の末尾に「蕪・芹・蔕・萌・苧」以下の六行を増補したもの(この増補版の初見は宝暦六年(一七五六)鶴屋喜右衛門板)で、これに続けて『訓蒙夷曲歌字尽』の全文を付す(合計二八三行)。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書に、魚・貝・鳥・獣・虫・木・草花・青物・菓物(果物)・穀物・器財・居所・寺院・神社・芸能・諸職・食類・降物・時候・山類・水辺・天象の二二部から成る日用語集「子供節用字(子供節用集)」と、「月の異名」を掲げる。〔小泉〕
◆おののたかむらりごうか [0350]
小野篁離合歌‖【作者】比丘円一作。【年代】康応元年(一三八九)作。天和三年(一六八三)刊。[京都か]井上忠兵衛板。【分類】古往来。【概要】異称『瑣玉集』。半紙本一冊。比丘円一編『瑣玉集』†の異本の一つ。部首とその合成から漢字の字形を示した古往来。「天一大、日月明(てんはもっぱらおおいにしてじつげつあきらかなり)、地土也、卉木(ちはあつくしてまたそうもくしげれり)、日者暑、月良朗(ひはあたたかにしてつきはよくほがらかなり)、弗人佛、茲心慈(ひとならざるものをすくうはこれこころのいつくしみ)…」で始まる一行四句(一句三字)の合計五四四句から成る。天和三年板は本文を楷書・やや大字・七行・付訓で記す。跋文には、信州小菅住の比丘円一が羽州に旅した際、ある老父から得た小野篁筆の古写本に円一が加筆して童蒙教育に用いた旨を記すが信じ難い。なお、『瑣玉集』の近世刊本には本書のほかに貞享(一六八四〜八八)頃刊『弘法字尽』†がある。〔小泉〕
◆おののばかむらうそじづくし/おのがばかむらうそじづくし [0351]
〈新奇妙案〉小野\]字尽‖【作者】式亭三馬作。楽亭馬笑(楽山人・楽斎)校。歌川豊国(三世か)画。【年代】文化三年(一八〇六)刊。[江戸]紙屋利助(文成堂・文盛堂)板。また別に[江戸]英文蔵(青雲堂・英屋小堀房)板(後印)あり。【分類】語彙科(滑稽本)。【概要】異称『〈新版不正誤字〉小野\]字尽』『〈道外節用〉小野\]字尽』『小野の馬鹿村虚字尽』『〈皆化節用〉小野\]字尽』『〈皆化節用〉儒者の肝つぶし』『]字尽』。中本一冊。『小野篁歌字尽』†に似せて作った本文を始め、語彙を中心とする種々のパロディーを集めた往来物風の滑稽本。本文は「^(うわき)・_(げんき)・`(ふさぎ)・a(いんき)・b(まごつき)」のように字形の似た俗字を集め、さらに「春うはき夏はげんきで秋ふさぎ、冬はいんきで暮はまごつき」といった狂歌を添える。また、後半の「編冠構字尽」「五性名頭字尽」「異類異名尽」「妄書(むだがき)かなづかひ」「手の筋早見」「どういふもんだ痕紋図説」「人相小鑑」「人相図論」「諸流小謡」のほか、前付・頭書等に種々の戯文を載せるが、「胸算用早割乃法」「じれ子さん」「年中通用文章」「紋づくし」「〈大篆・小篆〉似字尽」「無礼不躾方」など、いずれも往来物のもじりである。本文を概ね大字・四行・付訓で記す。なお、明治一六年(一八八三)に『〈皆化節用〉小野\]字づくし』、あるいは『〈皆化節用〉儒者の肝つぶし』と改題・再板されたほか、明治初年に本書の一部を採って改編した鴻田真太郎作『開化小野\c字尽』†も出版された。〔小泉〕
★おふきかえじょうもく [0351-2]
〈金銀〉御吹替条目‖【作者】堀流水軒書・跋。【年代】正徳四年(一七一四)刊。[大阪]浅野弥兵衛。【分類】社会科。【概要】異称『金銀吹替御条目』『金銀吹替御触書』。大本一冊。正徳四年五月に幕府が出した「金銀復旧令」に伴う覚書や法令類を手本として認めたもの(筆者の巻末識語に「為小子之手本書与之訖」とある)。いずれも正徳四年五月一五日付けで、「覚」、「金銀通用の法を定められ候条々」七カ条、「新古金銀割合次第」四カ条、および「諸国商人両替し候輩に可申渡事」を大字・四行(最後の「諸国商人…」は五行)・無訓で認める。例えば、冒頭の「覚」は、「一、慶長年中被定置候金銀の法、元禄年中に至て始而其品を被改、宝永の始ふたゝひ銀の品を被改候より以来、諸物価も年々に高直になり来り、世の難儀に及ひ候によりて前御代御治世の始より、金銀の品慶長の法のことくになし返さるへきよし…」と起筆して正徳二年一〇月の「金銀吹替ニ付被仰出御書付」に至る事情から正徳の改鋳の経緯に触れたうえで、この方針を遵守しない者は厳罰に処せられる旨を述べる。また、これに続く各条々には、このたびの改鋳に伴う金銀貨幣の取り扱い、また諸国両替商に対する訓戒等を載せる。『吹替御式目』†と同様に、当時の金融政策に敏感に呼応し、これを手習い手本化した点が注目される。〔小泉〕
◆おみなえどほうがく [0352]
をみなえと方角‖【作者】色葉堂芸台作・書。桃葉堂萋台・梧葉堂鳳台序。楊葉堂ヱ蓙。【年代】嘉永元年(一八四八)刊。[江戸]三田屋喜八(栄川堂)板。【分類】地理科。【概要】異称『女江戸方角』。特大本一冊。「とりかなく、あつま大城(おおき)に咲そめて、さかりひさしき江戸の花、はるになそらふ東には、やはらく色の和田倉や…」と筆を起こして、江戸府内の地名を列挙した往来。本文を大字・五行・所々付訓で記す。天保一一年(一八四〇)刊『女江戸方角』†と同様に七五調で綴った『女江戸方角』の一種だが異文。明和二年(一七六五)刊『御江戸名所方角書(江戸方角)』†に比べ、地名に大幅な削減(六八カ所削除し二カ所追加)が見られる。なお、巻末の「おほみ世」、すなわち「おほみよ(大御代)こそ(社)さき(幸)くたえせね(無絶)あめつち(天地)と、まひろ(真広)のをり(時)ゆゑ(故)いやすら(弥安)に、けふ(今日)なむわかへ(我経)て、ゐ(居)ぬるはうれ(娯)しも」は、音の異なる仮名四十七文字の歌から成る一種のイロハ歌である。〔小泉〕
◆おやこうこういろはきょうくん [0353]
親孝行いろは教訓‖【作者】不明。【年代】明治二四年(一八九一)刊。[前橋]大平金三郎板。【分類】教訓科。【概要】中本一冊。孝行を説いたイロハ教訓歌を集めた小冊子の教訓。見返に「学文わ真事たゞせむ孝乃道、親を見すてゝなんの学文」の一首を据え、続く本文で「いにしへのたゞしき世には人々の、うへしたともにこゝろすぐなる」以下の四八首を、半丁に二段・三列、合計六首ずつ掲げる。〔小泉〕
◆おやこうこうぐさ [0354]
親孝行草‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】教訓科。【概要】半紙本一冊。「正直を本とせよ、神のめくみもふかゝらん」「おやに楯つき不孝すな」「世間の法をやぶるなよ」「主の下知にしたかへや」「師匠のおしへそむくなよ」といった金言を数多く列挙した往来。冒頭は「花をなかむる世の中に、わか身さびしき春のあめ、ふりくらしたるつれに、かたき枕をかたふけて、みゝのいたさよよそなから…」のような七五調の文章で始まるものの本文の大半は上記の如き金言・箴言風の文言を羅列したもので、最後に「…よくをはなれてとにかくに、世をばたいじとおもふべし、それとてもことによるべし世の中は、たゞいちがいにおもふべからず」と再び七五調に戻って締め括る。本文をやや小字・八行・稀に付訓で記す。〔小泉〕
◆おやごろしあくすけおうらい [0355]
親弑悪輔往来‖【作者】茂逸(茂市)書。【年代】江戸後期作。明治三年(一八七〇)書。【分類】教訓科。【概要】異称『悪介往来』。大本一冊。讃州高松の悪助(悪輔)なる人物が親を刺殺したという架空の事件を設定し、その事件のあらましや悪助の手配人相書を綴って手本とした特異な往来。「先月十七日之夜、讃州高松御領芳野村震働雷右衛門と申者之嫡子、悪助理不尽に親を刺弑、其身者所を立除き候に付…」で始まる本文を大字・四行・無訓で綴る。末尾では、事件後間もなく金毘羅町口で悪助が逮捕される結末とともに、天罰は逃れ難いと述べて締め括る。〔小泉〕
◇おやませんだつおうらい [0356]
御山先立往来‖【作者】野沢武右衛門作。【年代】文化(一八〇四〜一八)以降作。安政(一八五四〜六〇)頃書。【分類】地理科。【概要】異称『御山先達往来』。「御山」とは陸奥国早池峯山(岩手県北上高地中央部の最高峰)を指し、同山の由来・沿革(文化年中造立の仁王門の記事あり)、また、薬師ヶ嶽・河原の坊・七里河原から早池峰神社までの参詣路の名所風景・故事・伝承(早池峰山七不思議等)などを記した往来。「林鐘十八日、例年之通、生出(おいで)新山御祭礼御座候。諒に深山幽谷なれども、御分国の大社也。仁王は慈覚大師の作…」で始まる参詣誘引状の形式で綴る。作者・野沢武右衛門は寛政二年(一七九〇)生まれ、文久二年(一八六二)没で、遠野南部一門・八戸氏家臣であり、手習師匠でもあった。また、太田本には「後裔、野沢謹弥氏蔵」と注記する。なお、同地域の地理科往来に中館衛門作・江戸後期書『早池峰詣』†がある。〔小泉〕
◆おやまめぐり [0357]
尾山巡里‖【作者】不明。【年代】文化八年(一八一一)頃作・書。【分類】地理科。【概要】横本一冊。文化八年頃書『往来物集録(仮称)』中に合綴。金沢城下の名所旧跡を記した往来。「尾山(御山)」とは金沢城を指す。まず、上野ヶ原から出発し、金沢城、小立野、天徳院、如来寺、法花経王寺、宝円寺…と順々に付近の名所を、寺社中心に紹介し、所々その風景を詠った和歌を挟みながら、寺々の開基・宗派・伽藍の様子・沿革・年中行事等にも触れる。なお、本文中に「文化七、八年」の表記があることから、その頃の成立と考えられる。本文を大字・六行・ほとんど付訓で記す。〔小泉〕
◇おりでほん [0358]
折手本(仮称)‖【作者】一円子書・跋。【年代】慶応三年(一八六七)跋・書。【分類】教訓科。【概要】折本一帖。「道歌集(一休和尚など名僧の道歌集)」「水戸黄門光圀卿垂訓(「一、主人と親は無理なるものとおもへ…」以下五カ条)」「沢庵和尚法語(「それめしはなにのために喰ふものそ、ひもしさをやすめむためなり…」で始まる問答)」「右大小頼朝公垂訓(「一、公事をふかくつゝしめ」以下九カ条)」「童子早学問(「忠孝者末代繁昌の種蒔」以下二八カ条)」などの教訓歌・金言・壁書類を集めた折手本。同本文を各頁に大字・二行・無訓で記す。なお、冒頭「道歌集」の一部を欠く零本である。〔小泉〕
◆おんうつし [0359]
〈御誓文・御震翰・三枚御高札〉御写‖【作者】編者不明。【年代】明治六年(一八七三)刊。[京都]村上勘兵衛(邨上勘兵衛・平楽寺)板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。「御誓文之御写」「御震翰之御写」「三枚御高札之写」から成る手本。「御誓文之御写」はいわゆる「五カ条の誓文」で、明治天皇が慶応四年(一八六八)三月に京都紫宸殿で発表した新政府の方針で「一、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決ス可シ」で始まる五カ条と後文から成るもの。「御震翰之御写」は「朕幼弱を以て猝(にわか)に大統を紹(つ)ぎ、爾来、何を以て万国に対立し、列祖に事へ奉らんやと、朝夕恐懼(きょうく)に堪ざる也…」で始まる天皇の所信表明の宸翰。また「三枚御高札之写」は慶応四年三月の三高札である(『三御高札』†に同じ)。それぞれ大字・四行・無訓で記した後、巻末に小字・八行・付訓の読方を付す。〔小泉〕
◆おんうつし [0360]
〈御誓文・御震翰〉御写‖【作者】編者不明。【年代】明治年間刊。[甲府]内藤伝右衛門板。【分類】社会科。【概要】半紙本一冊。「御誓文之御写」と「御震翰之御写」から成る全七丁の小冊子で、「甲府新聞」(新聞本局・内藤伝右衛門)の付録として出版されたもの。内容は『〈御誓文・御震翰・三枚御高札〉御写』†の前半部に同じ。〔小泉〕
◆おんがおうらい [0361]
御賀往来‖【作者】尊円親王書。鈴木正真(臨池堂・向若子)跋。飯田棟隆(独清軒)序。【年代】元禄一〇年(一六九八)跋。元禄一一年序・刊。刊行者不明(『臨池求源鈔』)。【分類】消息科。【概要】『臨池求源鈔』(大本三巻三冊)上巻に所収の往来で、同目録によれば尊円親王筆。「御賀次第相協法度旁、見斎会歓宴之新儀、不異天永・仁平之故事…」で始まる「三月日」付けの権少僧都から春宮大夫宛て書状(往状)と、「御賀奉行事被院宣、以降随分隆勘青海波赴節之躰…」で始まる「三月日」付けの春宮大夫からの返状の二通を大字・三行・無訓で記した手本。内容は、御賀奉行について問う文とそれに対する回答であるが、『御賀往来』と題するには余りに例文が少ないため、先行する古往来の抄録か。〔小泉〕
◆おんしきもくどうじくん [0362]
〈絵入〉御式目童子訓‖【作者】沢華陽斎注。合川和(秀成・士陳・雪山)画。【年代】文化八年(一八一一)刊。[大阪]加賀屋善蔵ほか板。また別に[京都]蓍屋儀兵衛ほか板あり。【分類】歴史科。【概要】半紙本一冊。『御成敗式目』†の童蒙向け注釈書。『式目』本文を大字・七行・付訓で記し、頭書に平易な本文要語解を置き、さらに本文・頭書に数葉の挿絵を掲げる。巻頭に「士農工商図」「読書・手習い図」等、巻末に「九々のこゑ」を載せる。〔小泉〕
◆おんないちだいみさおかがみ [0363]
女一代操鏡‖【作者】二松庵作・序。【年代】安政六年(一八五九)序・刊。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】中本一冊。女性一生のあらましを綴った教訓絵本。刷外題・色刷表紙で、全一〇丁の小冊子。「手習い」「三味線・琴の稽古」「裁縫」「茶道」「和歌」「見合い」「祝言座敷」「夫婦床さかずき」「鉄漿(かねつけ)」「出産」の一生の成長や通過儀礼の各場面を描き、「…どなたもおやしきへよめ入するとおふみ(文)をかいたり、まちへゆくとてう(帳)をつけたりせねばならぬ。そのときがふじゆうなに、せいをだしな」のような教訓を含んだ台詞を付す。〔小泉〕
◆おんないまがわ [0364]
女今川(貞享四年板系統)‖【作者】窪田つな書・跋。【年代】貞享四年(一六八七)刊。[京都か]福森三郎兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『今川になぞらへて女いましめの条々』。大本二巻二冊。『女今川』は、貞享四年板系統と元禄一三年(一七〇〇)板系統の二種に大別されるが、江戸中期から明治期に至るまで両系統で二五〇種以上の板種と二〇種近くの異本を生み、最も普及した女子用往来である。両系統とも同趣旨の教訓を全二三カ条と後文から成る壁書形式だが、これは『今川状』†のスタイルを踏襲したものである。貞享板系統は第一条が「一、常の心ざし無嗜にして女の道不明事」で始まり、以下、女性にあってはならない禁止項目を列挙し、家庭における女性の心得全般を諭す。各箇条は、日常諸般の心得を、親や舅、姑、夫、その他家内の構成員(下僕等)、親類、友人、他人、特に僧侶や夫以外の男性との関係の中で説いたものが中心である。後文を含め全文とも大字・三行(跋文のみ四行)・付訓の並べ書きで記す。なお、本文を四行にして丁数を減らした模刻板では窪田つなの署名を削除する。また、本書の本文に多彩な付録記事を盛り込んだ宝暦一三年(一七六三)刊『女今川姫鏡』や安永七年(一七七八)刊『女今川教文』など貞享四年板系統も多数出版されたが、そのうち明らかな女筆手本は本書を含め数本に過ぎない。〔小泉〕
◆おんないまがわ [0365]
女今川(元禄一三年板系統)‖【作者】沢田吉作・序。菱川師宣(吉兵衛・友竹)画か。【年代】元禄一三年(一七〇〇)刊。[江戸]板木屋新助ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『〈新板〉新女今川』『自を戒む制詞の条々』。大本二巻二冊。『女今川』の二大系統の一つ、元禄一三年板系統の始祖・貞享四年(一六八七)刊『女今川』†の改編版で、特に元禄板には菱川師宣画と推定される挿絵八葉を掲げるのが特徴。沢田吉の自序に「此比有人の書し『女今川』をみるに…」とあり、「然るに、今また改かふる事は、全我言をよしとするにあらず。自かたましき所をひそかにしるして…」と述べることから、執筆動機が知られるが、このことは貞享板の首題『今川になぞらへて女いましめの条々』をあえて『自を戒む制詞の条々』と改めた点にも象徴されている。各条々は貞享板とほぼ同傾向だが、後文については改編の跡が著しく、具体的には「心かだまし」と「心すなほ」の強調が目立つ。本書を自戒の書として書いた吉の理想は、「かだまし」き点のない、「すなほ」な心延えの女性だったのであろう。また、第五条では「主・親の深き恩」を「父母の深き恩」と言い換え、「忠孝」の代わりに「孝の道」とした点、さらに後文で、天地の道や五常を説いた抽象的な表現や、下僕や他人に対する心得などを割愛する一方、孝・貞の見地から己の心の善悪を内省することを説いた点に特色がある。本文を概ね大字・四行・付訓で記す(後文は一部散らし書き)。なお、本書の改刻板に『〈新板〉新女今川』と『女今川〈教訓書〉』の二種あるが、いずれも挿絵と刊記を削除して一冊に合本した異板である(このうち前者は、元禄当初からの題簽題が『新女今川』であったことを物語る)。元禄板系統の『女今川』も、元文二年(一七三七)刊『女今川錦の子宝』を始め種々刊行された。〔小泉〕
◆おんないまがわ [0366]
〈改正〉女今川‖【作者】関葦雄作。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[東京]青木栄治郎(万籍堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『今川に准へてみつからを禁む制詞の条々』。半紙本一冊。明治期改編『女今川』の一つ。「一、常の志かたましく女の道明瞭ならさる事」で始まるように、元禄一三年(一七〇〇)刊『女今川』†を下敷きにしながらもかなり文言を改めた全二四カ条と後文から成る。父母や舅姑への孝、夫への服従、分限、本分、朝寝、無断外出、高慢、言動、親戚付き合い、その他の禁止条項を列挙したうえで、夫婦の別、朋友、家政を始めとする生涯の女性心得を綴った後文で締め括る。本文を行書・大字・四行・無訓で記し、巻末に楷書・小字・一〇行・付訓の本文を再録する。なお、同一書名・同年刊だが、浦野直輝作『〈改正〉女今川』†とは別内容。〔小泉〕
◆おんないまがわ [0367]
〈改正〉女今川‖【作者】浦野直輝作。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[東京]江島喜兵衛(江島金太郎・万笈閣)蔵板。[下総]茂木林蔵ほか売出。【分類】女子用。【概要】異称『改正女今川』『今川になずらへて婦女をいましむるの条々』。半紙本一冊。近世期に流布した『女今川』†の明治期改編版の一つ。「一、女は生なからのしまつに暗き物なれば、総て人の教えに随ふべき事」の一条から始まる二三カ条と後文から成る。第二条以下は禁止条項で、男の如き荒々しき所業、神社仏閣など群集の場に近づくこと、人の談話を破毀すること、少しの過を改めないこと、君父の物語を他人に語ること、開化風俗を喜び古法を誹ること、自分の親を譽め舅姑に従わないこと、分限を忘れ他人の栄華を羨み父兄を恨むこと、富貴の人に諂うことなど、家庭における女性の心得を列記する。後文では、以上の条々を幼い時から身に付ければ、他人の家に嫁いでも家を斉え、身を修め、名を挙げる基となるであろうと諭し、さらに、女子三従、西洋の男女同権、女の務め、一家和順などについて説く。本文を大字・四行・無訓で記す。同一書名・同年刊ながら、関葦雄作『〈改正〉女今川』†とは全く異なる。〔小泉〕
◆おんないまがわ [0368]
〈明治〉女今川‖【作者】小原燕子作・書。中村敬宇(中邨正直・敬輔・鶴鳴・梧山)・信夫粲(恕軒・天倪迂叟・天倪邇人)序。【年代】明治一三年(一八八〇)作・序・刊。[東京]松山文平(文囿堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『今川になずらへて婦女をいましむるの条々』『明治女今川』。半紙本一冊。近世流布本『女今川』†に習った明治期新編『女今川』の一つ。「一、婦徳明らかならず、只行正しからざれば、芸能ありといへども家ををさむる事得べからざる事」以下二三カ条と後文から成る。いずれも禁止条項の列挙で、婦徳・婦行、女性の学問・職分、品行、礼儀作法、母の責務、夫への内助と思慮などを説く。特に「女子の学芸」「世の交際」「人の自由」等の所論や、医薬治療・伝染病の知識など近代的養生論の斬新な一面を見せる一方、「男女同権」を否定するなど保守的要素も色濃い。後文では、「家は開化の学校、善良の母は百人の教師にあたる」と家庭教育の重要性を強調し、「婦徳の長短を観て邦国開化の度を知る」と述べて女性の自覚を促す。本文を大字・四行・無訓の手本用に記し、巻末に本文要語の読法と略注を示した「釈語」(一丁)を付す。〔小泉〕
◆おんないまがわおぐらにしき/おんないまがわおぐらのにしき [0369]
〈頭書女用〉女今川小倉錦‖【作者】不明。【年代】天保一〇年(一八三九)刊。[江戸]須原屋茂兵衛(千鐘房)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈女今川入〉女用文小倉錦(おぐらのにしき)』。中本一冊。『女用文章(女用文小倉錦)』と『女今川(女今川小倉錦)』を合綴した往来。前半の女用文章は「正月の文」から「わたまし悦の文・同返事」までの三八通を収録するが、大半が五節句・四季の手紙で末尾に婚礼祝儀状や花見誘引状ほかを載せ、一部貴人とやりとりする場合の例文(仰書・請状)も含む。後半の『女今川』は、沢田吉作の元禄一三年(一七〇〇)板系統で、本文を大字・五行・付訓で記す。頭書に「女教平生益鏡」「婦人七去の事」「婚礼之図式」「飲食給様心得」「女手習状」「人間一生涯祝事」等の記事を載せる。〔小泉〕
◆おんないましめ [0370]
〈曹大家〉女いましめ‖【作者】樋口邦古(滕邦古・万山)注・序。樋口好古跋。成昌画。【年代】享和二年(一八〇二)序・跋・刊。[名古屋]永楽屋東四郎(永楽堂・東壁堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女誡』。大本一冊。近世に数多く出版された『女誡』†注釈書・邦訳書の一つ。卑弱・夫婦・敬順・婦行・専心・曲従・和叔妹の七編の原文(漢文)をほぼ文章毎に句切って楷書・大字・七行・付訓で掲げ、割注形式の邦訳文を施し、さらに各編末尾に各編を全体の「通解」を付す。語注と大意の双方を示して学習者が理解を深められるように工夫する。また、邦訳・通解ともに「われいま病身でけふの命もしれぬ事じや(吾今疾在沈滞。性命無常)」といった極めて平易な口語体で綴るのも類書に見られない特徴である。巻頭に「曹大家諸女ををしふる図」と「男子穀早朝の図」を掲げる。〔小泉〕
◆おんなえどほうがく [0371]
〈東都地名案内〉女江戸方角‖【作者】内山松陰堂書。芙泉画。【年代】天保一一年(一八四〇)刊。[江戸]森屋治兵衛(錦森堂)板。【分類】地理科。【概要】異称『女文江戸方角往来』。中本一冊。明和三年(一七六六)原板『江戸方角独案内(江戸名所独案内)』†とほぼ同内容の女性版『江戸方角』。『御江戸名所方角書(江戸方角)』†を女文に書き改めたもので、「先大江戸のちまたをいはゝ、其数八百八町にわかれ、東は和田倉、八代洲河岸、雨雲襲ふ竜の口、綾とりかけし呉ふく橋…」で始まる七五調の文章で江戸府内の地名のあらましを綴る。本文を大字・六行・付訓で記す。巻頭に「東都江戸橋之図」、頭書に「女日用の文」「七夕の和歌」「文封じやう」を載せる。〔小泉〕
◆おんなえどほうがく [0372]
〈名所〉女江戸方角‖【作者】柴宮輝山(信親・鱒堂)書。【年代】元治元年(一八六四)書・刊。[江戸]大和屋作次郎(衆芳堂)板。【分類】地理科。【概要】大本一冊。天保一一年(一八四〇)刊『女江戸方角』†の本文を大字・四行・付訓で綴った手本。天保板の本文に若干の補訂を加えたほか、天保板にあった頭書等の記事を一切省いた。〔小泉〕
◆おんなおしえぐさ [0373]
女教草‖【作者】内藤末須(ます)作。深沢菱潭書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[甲府]内藤伝右衛門(藤村屋伝右衛門・温故堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女をしへ草』。半紙本一冊。「天地の法」を中心に女性心得を綴った手本。「道は天地をえて本とす。天は高く地は卑く、天は上にありて下地を養ひ、地は天気を受て万物を生む…」と筆を起こし、女性は地であるから幼少より人に従うことが大切なことや、姿正しきは夫を敬う礼儀であるとして九つの容を示すなど、近世の儒教的な女性観の流れを汲む。本文を大字・四行・無訓で記す。〔天野〕
◆おんなかがみ [0374]
をむなかゝ見‖【作者】野田弥兵衛作か。【年代】慶安三年(一六五〇)刊。[京都]野田弥兵衛(橘屋弥兵衛・合哺堂・庸春)板。【分類】女子用(仮名草子)。【概要】異称『女鏡秘伝書』『〈新板〉女鏡(女かゝ見)』『〈絵入〉女かゝ見』『〈当用躾方〉女鏡秘伝書改成』。大本三巻三冊。他に絵入りの三巻六冊本もある。江戸前期の代表的な女訓書で、江戸中期まで何度も板行された。序文によれば、本書は「夫婦の間」をよりよく保つために編んだもので、朝晩見る鏡のように本書を座右の書にせよと諭す。上巻「一、五しやう三じうの事」以下三四項は女性の教養や衣裳・化粧等の心得、中巻「一、ふみの書やう上中下の事」以下三五項は書札礼と婚礼全般、下巻「一、おとこ・をんなわかうせぬときの事」以下五一項は産前・産後の心得、通過儀礼、食礼、養生について述べる。ほとんど仮名書きの本文をやや小字・一一行・所々付訓で記す。本書は、女性に必要な教養全般を具体的に詳述した近世最初の文献であり、特に近世最初の女性書札礼としても重要。また、本書の記述には万治三年(一六六〇)刊『女式目』†と共通する部分が多く見られる点も注目される。板種の大半が江戸前期刊本で、慶安三年板を初刊として、慶安五年板、承応元年(一六五二)板、万治二年(一六五九)板、寛文一〇年(一六七〇)板、延宝三年(一六七五)板、延宝六年板、元禄五年(一六九二)板、江戸前期板(松会板・本問屋板・山本板)のほか、長谷川光信の挿絵を入れた明和四年(一七六七)刊『〈当用躾方〉女鏡秘伝書改成』等の諸本がある。〔小泉〕
◆おんなかがみじょうならびにきょうくん [0375]
女鏡状〈并〉教訓‖【作者】不明。【年代】文政四年(一八二一)書。【分類】女子用。【概要】大本一冊。前半「女鏡状」は、照子(貞信公室昭宣公女)・紫式部・和泉式部・貞子・待賢門院堀河・宣秋門院丹後・小野小町・小宰相の局・相模・仙子・赤染衛門・慶子大納言佐の賢女一二名の言葉を列挙した女子教訓。「照子のいはく、われに誠ある時は、もろの人みな我兄弟なり。われまことをうしなへは、兄弟親子のあいたもあたてきなり…」で始まる本文を大字・五行・無訓で記す。また後半「婦人教訓」は享保一四年(一七二九)刊『婦人教訓書』†と同内容。前半も刊本の写しか。〔小泉〕
◆★おんながくそく [0376]
女学則‖【作者】吉文字屋市兵衛(鳥飼市兵衛・定栄堂・鳥飼酔雅・雅寿)作・序。月岡雪鼎画。【年代】明和元年(一七六四)序。明和二年刊。[江戸]吉文字屋次郎兵衛ほか板(『大阪出版書籍目録』によれば[大阪]吉文字屋市兵衛板)。【分類】女子用。【概要】異称『女学則操鑑』『女訓』。大本一冊。『和俗童子訓』巻之三「随年教法」、巻之四「手習法」、巻之五「教女子法」等によりながら年齢別の女子教育法や女子心得、また、和漢名女の略伝を引きつつ婦道のあらましを述べた往来。まず「女子は外に出て師に従ひ、友に諌らるゝの道なく、世のよしあしにもうとく、ひとへに父母のおしへをもつて世を立るものなれは…」と女子教育の必要性を強調し、以下、箇条書きで、第一条「早期教育の重要性」、第二条「乳母の選択」、第三条「男女の別」、第四条「浄瑠璃・三味線の禁止」、第五条「右手の使用(二、三歳)」、第六条「方角・数字・いろは・百人一首の学習(四、五歳)」、第七条「男女の別と礼儀作法(七歳)、手跡修行・読書・礼儀(八歳)、裁縫教育・諸芸(一〇歳)」、第八条「やさしき心延え」、第九条「柔和な態度」、第一〇条「父母・舅姑への孝行」、第一一条「傲慢の戒め」、第一二条「侮蔑の戒め」、第一三条「下僕への憐愍」、第一四条「家内の風紀」、第一五条「言葉の慎み」、第一六条「堪忍」、第一七条「女の五徳」を説く。第八条以下の条々に『大和国義婦伝』から井筒姫等の略伝を多く引用して主旨を敷衍するのも特徴。本文を大字・七行・ほとんど付訓で記す。初板本前付には「智仁勇の三徳」「十喩の歌」「数題十首」「古今秀歌十首」等、また、再刊本前付には「高野山の図」「ひいな道具の図」「女中風俗図」「諸芸手業教草」「名所六之川」「産前産後心得之事」「当流しつけ方」等を掲げ、頭書には「日本歳時記略(日本月令筌)」、再刊本の巻末には「百人一首よみくせ伝」「男女相性事」「五性相生名頭字」「六十図」等を掲げる。なお、本書後半に「女用文章」を合綴した版(文化一四年板)もある。〔小泉〕
◆おんながくはん [0377]
女学範‖【作者】大江玄圃(資衡・穉圭・時習堂・久川靭負)作。眉谷麻野於起奈序。【年代】明和五年(一七六八)序・刊。[京都]菱屋四郎右衛門(河南四郎右衛門・英華堂)板。【分類】女子用。【概要】大本二巻二冊。上巻に「学問大意」「三従道」の心得や「女官品階」「読書(よみもの)」「三十六人歌合」「歌人名数(うたびとのなかず)」「百人一首」「和歌法式」「和歌読方」「物語・草子」「賢女并孝婦」「女中学者」「女中詩人」など一八章、下巻に「十種香」「薫物方」「懸香方」「懐紙短冊」「歌貝」「絵貝」「衣服」「染色」「布帛(ぬのきぬ)」「器物并御厨子・黒棚図」「大和詞」「和琴」「双六」「七夕祭」など一八章から成る絵入りの女性教養書。ほとんど仮名書きの本文をやや小字・一一行・付訓で記し、所々に漢字表記や句読点を施す。下巻末に「大江玄圃先生著述目録」を掲げる。〔天野〕
◇おんなかくん [0378]
〈教戒〉女家訓‖【作者】保井怒庵(老寿軒)作・序。西川祐信画。【年代】天和三年(一六八三)作・序。享保一四年(一七二九)刊。[京都]和泉屋茂兵衛(山口屋茂兵衛・楊文軒・山口茂白)板。【分類】女子用。【概要】半紙本三巻三冊。中江藤樹作『鑑草』†を平易かつ簡潔に書き改めた絵入りの女訓書。幸福な一生を送るために、『鑑草』に示された「八の理」、すなわち孝逆・守節・不嫉・教子・慈残・仁虐・淑睦・廉貧の八条目をよく弁えて「心を善にうつして身をつゝしみ守る」べきことを諭す。『鑑草』に見える多くの説話から各条目毎に一話ずつを抄出して、締め括りに『鑑草』とほぼ同文の寸評を付す。本文をやや小字・七行・付訓で記し、本文中に孝徳・婦順・貞節・嫉妬・養育・教子・慈善・残悪・寛仁・淑睦・正直の一一葉の挿絵(祐信画)を掲げて理解の一助とする。なお、本書の挿絵のみを替えた改題本に安永一〇年(一七八一)刊『本心近道真一文字』†がある。〔小泉〕
◆おんながぞくようぶん [0379]
女雅俗要文‖【作者】為永春笑(為永春水二世・染崎春笑・狂仙亭)作。梅沢敬典(月林園)書・序。【年代】弘化三年(一八四六)序・刊。[江戸]英文蔵(青雲堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈御家〉女雅俗要文』『雅俗女要文』。半紙本一冊。年始の文に始まる四季折々の行事、元服や婚礼などの通過儀礼、交際等の日常諸事の例文を集めた女用文章。本文を大字・六行・付訓の並べ書きで記し、後半部に年始散文三段の体、同五段の体、本文七段の体など散らし書きの例を載せる。なお、明治二四年(一八九一)に『雅俗女要文』と改題され、東京・武田伝右衛門(文永堂)により再刊された。〔天野〕
◆おんなかなめぐさ [0380]
女かなめくさ‖【作者】熊田某書。【年代】天保一三年(一八四二)書。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「夫、女は堪忍としたかふを以て本とす…」と筆を起こし、まず女子三従を説き、続いて女性は「水」のように柔和だが、時には水が山を覆すこともあるように怒りや嫉妬で心が覆われている場合には恐ろしい旨を述べ、戒める。以下、外見よりも内面を重視すべきこと、堪忍のあらまし、その他女性の心持ちなどを縷々諭す。なお、後半部に「筆意断」「手本(孝行教訓)」「手本(諸教訓)」を合綴する。いずれも大字・三行・無訓で記す。書名は石門心学の諸教訓を集めた『かなめぐさ』に因んだものであろう。〔小泉〕
◆おんなかんにんきやまとぶみ [0381]
女堪忍記大倭文‖【作者】長谷川妙躰書。【年代】正徳三年(一七一三)刊。[大阪]吉田孫兵衛板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。比較的短文の女文一八通を収録した女用文章。四季・五節句等の手紙を妙躰独特の散らし書きで綴るが、妙躰の手本では数少ない頭書入りの女子用往来である(本文の付訓も妙躰の手本では異例)。書名の由来は、巻頭「忍の字解」や頭書「女堪忍記(「姑につかふる堪忍」の教訓や孝女・賢女の略伝)」などの記事による。このほか、養蚕から製糸までの過程を詳述した記事や、「女歌人の伝」「百人一首」「秋野七種」「鴬蛙牛歌よむ事」「諸寺略縁起」「女用文章(本文とは主題を異にする「結入の方へ遣文」以下一五通の例文)」「女中文の封様の事」「女中髪結やう」「女大和こと葉」「歌書かなつかひの事」「五色のほめことば」「当流紋つくし」「女和歌三神」等の記事を載せる。本書には書家名を記さないが、享保二〇年(一七三五)刊『女用文章唐錦』†に妙躰筆と明記する。なお、本書の改題本に明和五年(一七六八)刊『女文章色紙箱』†がある。〔小泉〕
◆おんなきょうくん [0382]
女教訓‖【作者】石田梅岩(興長・勘平)作。【年代】江戸中期刊(施印)。【分類】女子用(心学書)。【概要】異称『石田先生語録之内女教訓』。半紙本一冊。女子の心得を簡潔にまとめた石門心学書。表紙共紙、刷外題の簡易製本が一般的で、見返に「此書は板ちん入不申候。御のぞみの御方様は御ゑんりよなく御すらせ可被成候。施主・大橋自門」と刷り込まれたものもあるように、心学講舎の門人などに配られた施本である。「姑、心の主とする所の教」「嫁、心の主とする所の教」「下女、心の主とする所の教」の三章からなり、いずれも「最初の願ひのごとく」すれば、姑・嫁・下女おのおのの鑑となるであろうと諭す。要は「初心を忘れるな」という基本を説いたもので、締め括りに「いにしへの婦(よめ)のつらさをおもひなば、鬼姥(おにばば)じやとはいかでいはれん」などの教訓歌を掲げる。本文をやや小字・八行・付訓で記す。なお、心学講舎の施印集である江戸後期刊『かなめぐさ』中にも本書が合綴されている。〔小泉〕
◆おんなきょうくんいわねのまつ [0383]
女教訓岩根松‖【作者】不明。【年代】明和三年(一七六六)刊。[江戸]鶴屋喜右衛門板。【分類】女子用。【概要】異称『女教訓用文章』。中本一冊。他家へ嫁ぐ女性に対する教訓を全一通の女文形式で綴った、いわゆる『仮名教訓』†系の往来物の一つ。宝暦四年(一七五四)刊『女教補談嚢』†と全く同内容の七カ条の教訓で、原型の『仮名教訓』一一カ条の一部を省略する。同本文を大字・六行・付訓で綴り、さらに前付・頭書に「視・聴・言・動」「書・縫・読」「華笄(はなこうがい)の図」「新撰大和詞」「七夕祭并歌尽」「産帯秘鑑」「婚礼千代見艸」等の記事を加えたものであって、『女教補談嚢』よりも簡易な作りである。なお、巻頭の「視・聴・言・動」図は明和三年刊『女教訓嚢』†の模倣と思われる。〔小泉〕
◆おんなきょうくんこがねぶくろ [0384]
〈□□身持・躾方大全・福寿〉女教訓嚢‖【作者】居初津奈原作。下河辺拾水画。【年代】明和三年(一七六六)刊。[京都]銭屋庄兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『女教訓黄金嚢』。大本一冊。元禄八年(一六九五)刊『女実語教・女童子教』†(居初津奈作)の本文に種々の付録記事を満載した女子用往来。本文を大字・五行・付訓で記す。『女実語教』四七カ条と『女童子教』一二八カ条をひとまとめにした一七五カ条を本文にすえ、元禄板にあった挿絵等を一切削除する一方、元禄板の序文を本書の跋文とし、さらに下記のような付録記事を増補した。すなわち、前付に「伊勢両宮風景図」「京嵯峨風景図」「女中風俗図(「御所風」から「遊女風」まで)」「四計之図」「視聴言動図」「女中教訓之図」「女中名字尽」「男女相性之事」「女言葉づかひ」「女官之称号」「女中文書様」「女諸礼万躾方」「裁もの秘伝」「十種香聞様口伝」「楊枝指仕様秘伝」「教訓身持狂歌」等、頭書に「宝船因縁」「女中身持鑑」「和漢貞女鑑」「五節句錺物図」「十二月倭名并節日由来」「祝言座次第」「盃の次第」「婚礼之法式」「懐胎身持の事」「三十六歌仙」「小笠原流折形」等を収録する。本書は享和二年(一八〇二)に『女実語教嚢』と改題され、京都・鉛屋安兵衛らにより再刊されたが、本書以後、『女実語教』中に『女童子教』を含めて『女実語教』と総称するようになり、さらに原作者(居初津奈)の名も記載されなくなった。〔小泉〕
◆おんなきょうくんしょ [0385]
女教訓書‖【作者】不明。【年代】元禄五年(一六九二)書。【分類】女子用。【概要】異称『烏丸殿より三条殿御息女へ』。大本一冊。江戸初期撰作と見られる『仮名教訓』†(『続群書類従』巻九四六所収)を始祖とする女子用往来の一つ。『仮名教訓』系の往来物は、江戸初期から明治期に至るまで本文内容を少しづつ変えながら種々の改編・改題本(『女手本〈かほよ草〉』†『西三条殿長文』†『長雄かな文章』†『女教訓岩根松』†『今川娘教訓』†『烏丸帖』†等)が編まれたが、『女教訓書』はその中でも比較的原型に近いものである。『仮名教訓』は、他家へ嫁ぐ女性宛てに綴った全一通の消息文の体裁をとるが、本書は烏丸殿から三条家息女へ宛てた手紙に仮託する。構成は、『仮名教訓』全一一カ条の第七・八条を合わせて一カ条とした合計一〇カ条で、基本的に『仮名教訓』と同じである。ただし、部分的には大幅な削除・増補も見られ、また時代を反映したためか「まいらせ候」の多用が目立つ。具体的には、第一条「慈悲の心」、第二条「接客態度」、第三条「召使い指導法」、第四条「夫に対する心懸け」、第五条「非情な友への誠意」、第六条「見せかけの信仰心への戒め」、第七条「人中での会話や礼儀」、第八条「謡・舞・講席等での態度」、第九条「奥ゆかしい心延え」、第一〇条「他人からの贈り物」などの心得を古歌を引きながら諭し、「よきうへにもよく、人にも敬れさせ給るゝやうにと思ひて、か様に申入まいらせ候…」と結ぶ。元禄五年写本は本文を大字・五行・無訓で記す。なお、本書後半部に「女房の行跡ひの事(前記「よき女房の身もち」の改編)」と「香之銘」を付す。〔小泉〕
◆おんなきょうくんたからかがみ(ふじょきょうくんたからかがみ)・おんなきょうくんしょたいかがみ(ふじょきょうくんしょたいかがみ)・おんなみもちきょうか(ふじょみもちきょうか)・てならいきょうくんいろはきょうか [0386]
婦女教訓宝鏡・婦女教訓所体鏡・婦女身持狂歌・手慣教訓以呂波狂歌‖【作者】和田某書。【年代】江戸後期書。【分類】女子用。【概要】縦長本一冊。『婦女教訓宝鏡』以下四本を合綴した女子用往来。『婦女教訓宝鏡』は、第一条「嫁入りの大意」、第二条「貞節・守節」、第三条「悋気の戒め」、第四条「子育て・胎教」、第五条「温和・慈悲」、第六条「家政と婦人の徳」、第七条「家内和睦の努め」、第八条「正直・廉直」の八カ条の教訓。『女教訓所体鏡』は、主に女性の「四徳」や女性の化粧・身だしなみなどを説いた全一カ条の教訓。『婦女身持狂歌(教訓身持狂歌)』は、「世の中に親に孝ある人は唯、何に付てもたのもしきかな」から「初めより嫁をいたわる姑は、我身もよふて家も栄へん」までの、女子の身持ちを説いた四八首の教訓歌(狂歌)。最後の『手慣(手習)教訓以呂波狂歌』は、「いづくとも文字の光りはわりなくに、唯読かぬる悪筆の文」以下五三首のイロハ教訓歌。本文をやや小字・八行・稀に付訓で記す。多くが刊本からの写しと思われる。〔小泉〕
◆おんなきょうくんちよのつる [0387]
女教訓千代乃鶴‖【作者】伝烏丸光広作。木村暘応(京仙堂)書。牧野満久(泉栄堂)跋。広近画。【年代】弘化二年(一八四五)書・跋・刊。[江戸]和泉屋吉兵衛(泉栄堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女教訓千代の鶴』『千代の鶴』。大本一冊。『仮名教訓』†から派生した女子用往来の一つ。全一通の女文形式で、女性としての道徳やあるべき姿、日常の心構えなどを一一項目に綴る。「一筆申まいらせ候。偖もそもし事、幾千代の色もかはらぬ常盤木の枝をつらぬる御祝として与所へ越給ふへきよし…」で始まる本文を大字・五行・付訓で記す。前付に「女中詞つかひの事」「六歌仙」「六玉川」、頭書に「貞孝節婦の伝」「年中行事の春の文(新年の行事の由来等を女文に綴ったもの)」「七夕の歌づくし」「女教の詩」「女子平生の心得」や妙薬・衣装等の記事を収録する。〔天野〕
◆おんなきょうくんてびきぐさ [0388]
女教訓手引草‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】女子用。【概要】縦長本一冊。「それ人と生ては、身の行ひ慎み敬ふを以、本とす。殊更、女の身としては先、父母の許に在て二親の教を能守り、朝な夕な敬ひ仕へ…」と筆を起こして、嫁入り前の親への孝や、結婚後の舅姑・夫への仕え方、家来への慈悲、嫉妬の戒め、他人との接し方など、女子教訓全般を綴った往来。本文を大字・三行・所々付訓で記す。刊本の付録記事に同様の教訓が見られるため、先行板本からの抄録か。〔小泉〕
◆おんなきょうくんともかがみ [0389]
〈新板〉女教訓ともかゝ見‖【作者】朽木某女作。東門子(辻村五兵衛)序。静阿斎画。【年代】明和四年(一七六七)序・刊。[江戸]辻村五兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『女教訓友かゝ見』『友かゝ見』。半紙本二巻二冊。冒頭で、鏡で「形容(かたち)の善悪を見ない者はいないが、昔の賢女の行いを鏡にして我が身を振り返る女性は稀である」と述べ、以下、孝行、親類付き合い、禍福と人の心、身だしなみ、参詣遊山、仏道修行、女子三従(以上上巻)、読むべき教訓書、下女や巫女の言、衣装の奢り、歌舞伎見物、三味線その他の芸能、裁縫など計一六カ条を連ねた女子教訓。各条々の書き出しは、一つ書きに替えて花弁模様を置き(後述の改題本では全て「一、…」と改編)、本文末尾を「…左様に思召被下べく候。めて度かしく」と女文風に結ぶ。本文を大字・六行・付訓で記す。巻頭に永代橋・両国橋・新大橋・駒形堂・三圍山・待乳山・隅田川・真先の風景図五葉、巻末に「女中相性名字つくし」「女翫へき書物大概目録」を掲げる。なお、本書巻頭の風景画を女子教訓に関する記事・挿絵一葉に代え、さらに本文中に教訓歌付きの挿絵一六葉を増補した改題本が、寛政五年(一七九三)刊『〈心学〉女子訓』†(後に『大学女子訓』†と再改題)である。〔小泉〕
◆おんなきょうくんひゃっかじょう [0390]
女教訓百ヶ条‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】異称『女百ヶ条』。大本一冊。文化一四年(一八一七)刊『〈教訓躾方〉女今川姫小松』(大阪・秋田屋太右衛門ほか板)の後半部に収録された往来。第一条に「生れ落ると取揚て其まゝやはらかなる絹を用意し置て、それをゆびにまきて児の口中にふくみたるけがれをぬぐひとるべし」と、いきなり出産時の産婆の心得から説き始めるように、複数の女訓書からの抜書集という印象を拭えない。以下、全一〇〇カ条と後文から成る女子教訓。まず出産後の婦人と新生児の養生、続いて、幼児の養育法や通過儀礼、七歳以降の女子教育、女性の心延えや行住坐臥の作法、嫁入り前の心得、婚礼式法のあらまし、結婚後の主婦の心構え、食礼・給仕方礼法までを説き、後文で以上の条々が「女義の恥かしめ」を受けない秘訣であると諭して結ぶ。本文をやや小字・八行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おんなきょうくんぶんしょう [0391]
〈絵入〉女教訓文章‖【作者】居初津奈作・書・画。【年代】元禄七年(一六九四)刊。[京都]文台屋治郎兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『鏡にむかひてあしき所をなをし、よきを猶いつくしくす女の本心明らかなるべき教訓』。大本二巻二冊。中江藤樹作『鑑草』†八章の根本理念を「孝は孝行也。逆は不孝なり。孝行なる人には天道さいはひをあたへ、不孝なる人には天罰をくだしたまふ…」のように簡潔・平易に綴った教訓文。上巻に「孝逆之教」「守節背夫の教」「不嫉妬毒の教」「教子のをしへ」「慈残のをしへ」の五章、下巻に「仁虐のをしへ」「淑睦の教」「廉貪の教」の三章を載せる。『鑑草』に頻出する説話等は一切省き、各章の主旨のみを記す。本文を大字・四行・付訓の並べ書きで綴り、任意の漢語に左訓を施す。元禄八年刊『女実語教・女童子教』†同様に自画の挿絵を章毎に掲げた、津奈ならではの女筆手本である。〔小泉〕
◆おんなきょうだん [0392]
女教談‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊か。【分類】女子用。【概要】異称『女教談三箇条』。半紙本一冊。賢妻・賢母のための三カ条の教訓を綴った小冊子の女子教訓書。第一条は、「家に賢妻有れば、夫横禍に遭わず」という教えで、中国の賢女の故事を引く。また、第二条は女性の貞烈と継母の心得、第三条は舅姑への孝養と男女の別について平易に諭す。本文を小字・一二行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おんなきょうゆしつけぐさ [0393]
〈松川半山編輯〉女教諭躾種〈一名、新女大学〉‖【作者】松川半山作・画。【年代】明治八年(一八七五)刊。[大阪]河内屋茂兵衛(岡田茂兵衛・群玉堂)板。また別に[大阪]伊丹屋善兵衛(前川善兵衛・文栄堂)板あり。【分類】女子用。【概要】異称『新女大学』。半紙本一冊。冒頭に「夫、女子は幼なき時に習字(てならい)、算術(そろばん)、学問をはじめ織縫、績紬より蚕飼の道に至るまで習熟せしむるは言に及ばず、殊更平日は柔和にを本として、何事も穏順に貞信なるやう教訓を為すべし」と述べ、主に結婚後の婦人心得を綴った往来。嫁・姑の摩擦の原因は多くが女子教育の失敗にあるとし、家風厳重にして娘の気随を許さないこと、幼時よりの教訓の重要性、孝行、胎教、子育て、婦人の四徳、夫婦・父子その他人倫、身だしなみ、礼儀、女の五病、七去、曲従、婚姻について説く。原題簽下部に「一名、新女大学」と付記するように、概して『女大学宝箱』†流の教訓であり、その模倣と思われる箇所も多い。本文を大字・四行・付訓(所々左訓)で記す。巻頭に色刷り口絵「女子芸道を勉強し習ひ務る図」「舅姑に仕へ嫁孝行をなすの図」の二葉を掲げる。なお、本書の改題本に明治二三年刊『〈教訓躾種〉女子脩身之務』†がある。〔小泉〕
◆おんなくくのこえ [0394]
〈稚児教訓〉女九九乃声‖【作者】大江文坡(大江匡弼・菊丘臥山人・臥仙子)作・序。下河辺拾水書・画。【年代】天明七年(一七八七)刊。[大阪]丹波屋伝兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。九九の読み声と教訓歌、さらにそれを敷衍した挿絵と頭書で構成された女子用往来。冒頭で、「民の家に生れ、他に嫁し、夫の家業をたすけぬる事によりては、算の道も知らずしては、事かけなん。算の道はしらずとも、この九九の声をおぼへぬれば、日用たりぬる事、いろは四十七(よそな)文字にて一切の事を弁ずるにひとし…」と述べて女性における九九の知識の重要性を強調する。続いて、「二二が四」より「九九八十一」に至る九九の読み声毎に、「暮れぬればひるならひしをくりかへし、読むにぞすすむ学文の道」のような教訓歌三六首と挿絵三六葉を掲げ、さらに頭書に「手習をする事」等の教訓を載せる。頭書の大半が本文記事に関連するもので、冒頭から順に「万包様折形の図」「男女あいしやうの事」「手習はじめの吉日」「手習をする事」「書を学ぶ事」「父母につかゆる事」「小児をしへ草」「問は恥にならぬ事」「口ごたへする事」「髪ゆひもらふ事」「千草むすびの事」「ますかゞ見の事」「人々癖ある事」「香を聞事」「女中神前へ向ふ事」「茶の湯心得の事」「女中の綿をつむ事」「ぬいはりの事」「悔て後かへらぬ事」「すがたかたちの事」「身じまひの事」「立花を見る事」「口は是禍の門の事」「万衣装裁縫吉凶」「さつまの福依売(ふくよめ)の事」「双六のはじまりの事」「御料人といふ事」「歌がるたの事」「五もじといふ事」「羽子板はねの事」「うぐひすの事」「智恵といふ事」「しつとの事」「御厨子・黒棚の事」「女中風俗品々の事」「むつかしといふ事」「化粧する事」「にやわしき縁の事」「さかゆる家の事」を収録する。巻頭に「菅家の母御詠」「新春教訓歌」「七夕教訓歌」、巻末に「十干」「十二支」等の記事を収める。〔小泉〕
◇おんなげいぶんさんさいずえ/おんなげいもんさんさいずえ [0395]
女芸文三才図会‖【作者】吉文字屋市兵衛作・序。潜竜渓美啓補。三浦茂樹序(天保一二年(一八四一)板)。【年代】天明(一七八一〜八九)頃刊。[大阪]吉文字屋市兵衛板。なお別に[奈良]岡本清右衛門ほか板(後印)、[大阪]秋田屋良助ほか板(天保一二年板)等あり。【分類】女子用。【概要】大本五巻五冊。大阪・吉文字屋板の女子用往来数点を組み合わせた往来。諸本により収録内容・順序に若干の異同があるが、「十二月和歌」「蹴鞠和歌」「娘教訓和歌百首」「百人一首」など各種の和歌・教訓歌、「幼女そだて草」「女手習状」「女躾方百箇条」「教訓百箇条」などの女性教訓一般、本朝賢女略伝、婚礼祝言・食礼等の礼法、香道・化粧その他種々の記事から成る。なお、旧版下の明和五年(一七六八)の序文や明和八年の刊記をそのまま流用した版もあるが、これをもって刊行年代とするわけにはいかず、また、安永九年(一七八〇)刊『娘教訓和歌百首』†も収録されていることから、実際の刊年は天明年間以降と考えられる。〔小泉〕
◆おんなげんじきょうくんかがみ [0396]
女源氏教訓鑑‖【作者】山本序周(山朝子)作・序。【年代】正徳三年(一七一三)刊。[大阪]大野木市兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『女源氏教訓宝鑑』。大本一冊。『源氏物語』五四帖の概説を中心とした女子用往来。冒頭に「源氏物語之大意」および「源氏六十帖目録」を掲げ、続いて、各丁の表に「桐壺」以下各帖を詠んだ和歌(例えば「いとけなき初もとゆひにながきよを、契る心はむすびこめつや」)を散らし書きで認め、平安貴族風俗の挿絵を添え、さらにその裏側に、同巻の源氏香図、巻名由来・登場人物等の概要を載せる。また、巻末に「山路の露」「系図」「引歌」「目安(上・中・下)」の六帖(これらが後代の作で、先の五四帖に加えて六〇帖とすることを付記)、「雲隠大意」「源氏物語一部大意」などを補足する。付録記事も多彩で、再板本との間で一部記事の増減が見られるが、初板本には前付に「石山近江八景」「唐土瀟湘八景」「洛陽東山之図」「女中一生記」「茶之湯指南」「立花之指南」「香之記」「女風俗教訓図」「異国人形図」「忠孝五欲之図」「女教訓宝草」「七小町物語」「女不断身持鑑」「年中行事」「御所言葉」等、また頭書に「祇園会行列之図」「女謡教訓絵抄」「四季の歌づくし」「七夕詩歌尽」「女たしなみ草」「諸病之薬方」「献立書様の事」「有馬湯の山由来」「つれ四季之段」「暦の中段をしる事」等を収録する。なお、序文に「浪花住、山朝子」とあるが、『大阪出版書籍目録』には「山本序因(序周の誤り)作」と記すので、山朝子は序周の別号であろう。〔小泉〕
◆おんなこうきょうかがみぐさ [0397]
女孝経鏡草‖【作者】不明。【年代】延享五年(一七四八)刊。[大阪]本屋又兵衛板。【分類】女子用(仮名草子)。【概要】異称『女孝経かゝ美草』『女孝経かゝみ草』。大本二巻二冊。貞享五年(一六八八)刊『〈絵入〉蛍随筆』二巻に、一巻を追加して再板した元禄一六年(一七〇三)刊『犬つれ草月見の友』を継承し、再び上下二巻構成に改めて板行した改題本。首題・尾題を改刻、あるいは下巻末の一条を削除したほかは旧板木をそのまま流用したものと思われる。内容は、実用本位ですべてを割り切ろうとするのではなく、心を慰める花・紅葉を賞翫する精神性を求める条に始まり、交際の心得、主・親・師匠に仕える順、信仰、学問、夫婦の仲、子供の躾方、貸借、食物、文字、その他、七去・三不去、三従などの女訓や年中行事の来由、諺の解説など種々雑多な事象について随筆風に記す。各条の長さは一定しないが、上・下巻ともに二五条から成る。生死、善悪や徳目(忠、義理など)に関する考え方や行動について、最初に両極端の二例を挙げ、最後にその中庸をとってまとめる形式を多用する点と、下巻後半で季節、夫婦相性、弔いなどについて重点的に陰陽五行説を展開する点が特徴。本文をやや小字・一〇行・付訓で記す。〔丹〕
◆おんなこうきょうこうしゃく [0398]
〈改正新刻〉女孝経講釈‖【作者】渓斎英泉注・画。【年代】天保一四年(一八四三)刊。[江戸]藤屋宗兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『〈嘉永再版〉女孝経講釈』『〈嘉永再版〉女訓孝経』『〈頭書絵入講釈〉教訓女孝経』。半紙本一冊。鄭氏の『女孝経』を邦訳した和文の『女訓孝経(女訓孝経教寿)』†の注釈書。『女訓孝経』の本文を大字・五行・付訓で綴り、頭書に略注を掲げる。また、巻頭に「鄭氏略伝」および「孝」についての記事・挿絵を載せる。類書中では『女訓孝経教寿』とともに幕末〜明治期に最も頻繁に板行されたものと思われる。〔小泉〕
◇★おんなごきょう [0399]
女五経‖【作者】小亀勤斎(益英・叔華・三左衛門・益奥・嘉琴)作。【年代】寛文一一年(一六七一)跋。延宝三年(一六七五)刊。[京都]西村市郎右衛門(寿詞堂・載文堂)板。また別に[京都]梅村弥右衛門(甘節堂・玉池堂)板(延宝九年板)、[江戸]松会三四郎(正本屋・草紙屋・村田氏・加藤三四郎)板(同)あり。【分類】女子用(仮名草子)。【概要】異称『〈新板絵入〉女五経』『〈新板〉あ閑し物かた李(明石もの語・阿賀志物語)』『〈教訓故事〉女五経大全』『やまと五経』『あかし(明石)物語』。大本五巻五冊。第一「あかし物語・春秋」、第二・三「詩経」、第四・五「礼記」から成る仮名草子・女訓書で、全体を『女五経』と銘打つ。第一巻から第三巻の前半部は、明石入道の娘(姫君)と公家の大臣との恋愛を綴った物語で、これは『源氏物語』『岩屋の草子』『中将姫本地』などを下敷きにしたもの。また、第三巻後半部に、女房達に語った姫君の話を通じて『礼記』に基づく男女の在り方や『列女伝(劉向列女伝)』†に見える貞女・賢女の例を紹介する。第四巻では女子三従を主とした教訓と『列女伝』からの悪女の例について述べ、第五巻では「女礼儀の事」以下、衣類、女子の身持ち・心入れ、遊山・遊興、娘・妻・後家の心持ち、女子教育、女性の悪行、宮仕え等について諭す。なお、本書の板種には延宝三年板を最初として、延宝九年板(松会板・梅村板等)、元文六年(一七四一)板(丹波屋板)があり、さらに『大阪出版書籍目録』によれば、安永四年(一七七五)に『女五経益鑑』の書名で再刊された。〔小泉〕
◆おんなこころえぐさ [0400]
女心得草(初編)‖【作者】江馬春煕作。【年代】明治六年(一八七三)作・刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛)板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。明治初年の実情を鑑み、女性に対して実学の重要性を説いた教訓書。貧富の原因を「身の才力」に求め、文明開化の時にあたって女子にも学問が必要なことを強調し、「女とても人間普通の学問を務め、夫を助けて家を富まし、子を教て後を永くし、自ら励みて人の人たる道を尽くし、天恩に報ずべき」であると諭す。本文をやや小字・七行・付訓で記す。なお、本書の続編(佐野元恭作)が翌年に同じ板元から出版された。〔小泉〕
◆おんなこころえぐさ [0401]
〈佐野元恭輯〉女心得草(二編)‖【作者】佐野元恭作。【年代】明治七年(一八七四)作・刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈佐野元恭輯〉女心得草二編』。中本一冊。明治六年刊『女心得草』†(江馬春煕作)の続編として編まれた小冊子の教訓。まず、学問の本義を再確認したうえで、学問を心懸ける者が最も慎むべきは「我意」と「慢心」の二つであることを示し、続いて、女子が守るべき恭順・和敬・義理・倹約等について述べ、さらに手習い・算盤・歴史等の実学の重要性を説く。本文をやや小字・七行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おんなごじょうくん [0402]
女五常訓‖【作者】坂本源兵衛作。【年代】享保一四年(一七二九)刊。[大阪]本屋庄太郎ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『〈文化補刻〉女五常訓倭織』。大本一冊。貝原益軒の『五常訓』によりながら、仁・義・礼・智・信の「五常」を女子向けに平易に説いた往来。序に、五常の道は男女の分かちがないが、一般の書物は真字で幼女には読みにくいため、「五常の心ばせ」を仮名にやわらげたものとする。まず五常のあらましを述べ、本朝の女性には『百人一首』『伊勢物語』『源氏物語』『土佐日記』など風雅の書を学ばせるのが習わしだが、これらでは五常を習得できないことを強調する。以下、五カ条に分け、淳和天皇の后正子・霊照女・孟母の故事を引きながら「五常」を詳述する。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書に「きぶつのゆらい」「南都興福寺由来」「文章散書常法」「女中鑑草」「千世見草祝言式」を掲げるほか、前付等に「三十二相之図」「名所滝尽図」「名等女画事」「しま台の錺様」等を載せる。本書は数度にわたって再刻されたが、元文三年(一七三八)板までは刊記に「作者・坂本源兵衛」と記してあったものの、その後は抹消され、あたかも貝原益軒作であるかのように宣伝された。また、文化三年(一八〇六)板『〈文化補刻〉女五常訓倭織』からは前付・後付記事が大幅に変わり、新たに「教訓文の栞」「女妙薬秘伝名方」「万しみ物おとし様」などが収録された。なお、『羽陽叢書』所収本には「治広公御六女長姫君へ文化十一年之を進せらる」との記載があることから、本書を上杉鷹山作とするが誤伝であろう。〔小泉〕
◆おんなこじょうぞろえ [0403]
〈教諭必用〉女古状揃‖【作者】堀原甫作。森川保之画。西川竜章堂書。三五園(帰童翁)序。池田東籬補。【年代】天保二年(一八三一)刊。[京都]林権兵衛(文泉堂)ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女古状』。半紙本一冊。『古状揃』†に模した女子用往来。文政五年(一八二二)刊『女古状揃園生竹』†とは別内容。「女今川(元禄一三年板系統)」「女手習織縫教訓状」「貝原氏老女諭状」「同孫息女返章」「女教訓冥加状」の五本を収録し、いずれも本文を大字・五〜六行・付訓で記す。「女手習織縫教訓状」は、いわゆる『女手習状(女手ならひ教訓の書)』†とは異文で、男子用の『古状揃』等に所収の『初登山手習教訓書(手習状)』†を女子用に改編したもの。「夫、手習・織縫の有増は、古の巴板額、其外猛武士の闘に異ならず…」と筆を起こし、手習い・裁ち縫いを「武士の合戦」に譬えて諭す。「貝原氏老女諭状」および「同孫息女返章」は、貝原益軒の妻・東軒とその孫娘とがやり取りする往復書簡に仮託して、嫁入りする女性の心得を述べたもの。「女教訓冥加状」は、「夫、稲は命の根といふべきを略していねと称し、米は世の根というべきを省きてよねとは申すなり…」と書き始め、四季農耕のあらましや農業用語、農家女性心得などを綴ったもので、女子用農業型往来の唯一の例として重要。巻頭に「上巳雛祭、洛東八景眺望之図」「四季之異名」「月々異名」「女懐妊をしへ艸」、頭書に「女初春往来」「桜文章」「女流丗六俳仙」「裁物之辨」「男女五性名頭字尽」「十干十二支男女相性之吉凶并四悪十悪之事」等を掲げる。〔小泉〕
◆おんなこじょうぞろえそのうのたけ [0404]
〈新刻〉女古状揃園生竹‖【作者】高井蘭山作。【年代】文政五年(一八二二)刊。[江戸]須原屋新兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】大本または半紙本一冊。標記書名は大本・半紙本の内題。半紙本の外題は『〈新彫〉女古状揃園生竹』、大本の外題は『〈女古状揃〉女今川教鑑』または『〈女古状揃〉女今川園生竹』。本書は、天保二年(一八三一)刊『〈教諭必用〉女古状揃』†とは全く別物で、文政五年に大本仕立てと半紙本仕立ての二様が同時に出版されたが、大本と半紙本では記事内容がかなり異なる。まず大本は、@「女今川(今川に准へて自を禁む制詞の条々)」、A「女手習状」、B「(俳林)存義の母書(ふみ)を勧る文」、C「(江州)智月(尼)三道の文」、D「(加賀)千代女(ちよめ)四民の文」、E「最明寺殿の母公殺生の禁(最明寺殿の母公教訓の文)」、F「(祇園)梶女七情の教訓(教解)」、G「千代能欣求(ごんぐ)浄土の文」、H「園女(そのめ)兄弟姉妹の間を論ずる文」の九状を収録する。@は元禄一三年(一七〇〇)板系統の『女今川』†に同じ。Aは享保(一七一六〜三六)頃刊『女手ならひ教訓の書』†と同趣旨だが全くの異文で、「右、大躰は孝行の一端に異ならず。其故いかん、初心の女童入門の時は、母親より行儀正しくすべき旨急度(きっと)申含べし…」で始まる一文で、いわゆる『初登山手習教訓書(手習状)』†を女性用に改編したもの(ただし、『〈教諭必用〉女古状揃』†所収「女手習織縫教訓状」とも異文)。合戦時の武士の覚悟で手習い稽古すべきこと、また能書の誉れと無筆の恥辱を説く。Bは、『小学』や『六諭衍義大意』†を紹介しながら五倫を説いた教訓。Cは、神道の正直・質素を本に、儒教による修身、仏道による先祖崇拝を専念すべきことを述べた教訓。Dは、四民の職分と四民それぞれにおける女性の役割や心得を略述したもの。Eは、最明寺殿が説く教訓文の形で、仏道と文武の弁えや殺生の戒めを諭したもの。Fは、「七情(喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲)」から見た凡夫と聖人の別を述べた教訓。Gは、来世のための念仏修行を説いた教訓。Hは、六親九族における和睦等の心得である。さらに、大本の付録記事として、前付に「男女縁結の教解」「婦人胎内の教解」「子育并教訓和歌」「四智教解并和歌」「琴碁書画嗜之解」「女平生持遊之教訓」等の教訓や、本文の作者(仮託)の肖像と小伝を集めた「女古状作者略伝」、頭書に「女児訓」「女訓照月次」「女訓世事談」などを載せる。他方、半紙本は上記@〜Hの本文のみを抽出し、前付に「婚姻式法之図」「女化粧之躰」「教訓子育の体」の口絵三葉を加える。半紙本・大本とも、本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◇おんなことぶきちえぶくろ [0405]
〈百人一首・女躾方〉女寿智恵嚢‖【作者】暁鐘成書・画。【年代】文政五年(一八二二)刊。[大阪]河内屋平七ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女通用文章』。小本一冊。「新年の文」以下二五通を収録した女用文章。例文は、五節句・四季や、婚礼・出産に関するもので、概ね五行・付訓の並べ書きと散らし書きを織り交ぜて綴る。巻頭に鶴亀・松竹梅の色刷り口絵を掲げ、前付に「女六歌仙之図」や女子教育・女子教養に関する若干の記事を載せ、頭書に「女中朝夕心得の事」「百人一首」、巻末に「文封じ様の事」「折形・包物の図」「七夕のうたづくし」「胎内十月の間之事」「産婦心得の事」「改正三世相大全(生れ年の占い)」「善悪夢はんじ絵抄」「男女相性善悪」等を載せる。〔小泉〕
◆おんなこんれいくにづくし [0406]
〈猪瀬〉女婚礼国尽‖【作者】猪瀬尚賢書。【年代】嘉永二年(一八四九)書・刊。[江戸]和泉屋善兵衛(誠格堂)板。【分類】地理科。【概要】異称『〈御家〉女婚礼国尽』。大本一冊。江戸後期(天保八年(一八三七)以前)刊『婚礼女国尽文章』†と同内容の本文を大字・四行・無訓の手本用に認めたもの。大名の縁組に伴う婚礼祝儀状の形式で、日本六〇余州の国名および国々の名所・物産名を記す。〔小泉〕
◆おんなさくぶんあやにしき [0407]
女作文綾錦‖【作者】平山政作。五岳小史序。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[京都]佐々木慶助(九如堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女作文あや錦』。半紙本一冊。言い替え表現や類語を数多く載せた明治期の女用文章。「年始の文」から「安産を祝する文・おなしく返辞」までの三一通を収録する。各例文を一〜三行程度に区切って大字・六行・付訓で記し、それぞれ関連語や替え言葉を細字の割注風に列挙する。頭書にも「新年之文」〜「新嘗の公祭に友達を招之文・同じく答へ」の四三通の消息例文(いずれも四季時候の文)を掲げ、文中の要語に左訓や漢字表記を付記する。このほか頭書に、月の異名・人倫・居所・人事等の項目毎に類語を数多く載せる。〔小泉〕
★おんなさくぶんさんぜんだい [0407-2]
〈増補〉女作文三千題‖【作者】篠田正作作。【年代】明治二六年(一八九三)刊。[大阪]浜本伊三郎板。【分類】女子用。【概要】中本三巻三冊。銅版和装本。上・中巻に女子消息文例および諸知識、下巻に裁縫関連の記事のみを集めた「裁縫うひまなび」を収録した生活百科風の女用文章。消息文例は上巻に「慶賀」「弔悔」「訪問」の三部三二題、下巻に「贈遺」「報謝」「催設」「招待」「誘引」「読托」「謝絶」「照会」「忠告」「催促」「謝罪」「探索」「質問」「報告」の一四部四六題を載せ、各題目毎に「言文(ことばぶみ)」と「俗文(なみぶみ)」の二様を掲げるため、収録例文数は合計一五六通となる。各例文をやや大字・八行・付訓で記す。また、上巻巻頭に色刷り銅版画数葉を掲げ、「和歌三神」「令婦小伝」「懐胎の養生」「女中生花口伝」「小児教育」「しみもの落し・たしなみの秘伝」「本朝孝女伝」「裁縫」「婚礼の式」「西洋会礼式概略」「洋服裁縫」「茶の喫かた」「百人一首」「活花の大意」「日用の烹●(食+任)」「洗濯の心得・しみ物落しの伝」「紋切形の図」、さらに上巻頭書に「〈普通〉女礼式(座礼、食礼給仕方礼法、書札礼・消息用語等)」、中巻頭書にその続きと「雅言俗言対照伊呂波引」「詞の品種の事」「鏡の由来」「香道具図」等を掲げる。また下巻「裁縫うひまなび」は全て裁縫関係の記事で、上欄に「割附模様并に雑巾刺方の事」から「東京婦人教育談話会を奨励す」までの記事四九項と下欄に「雑巾刺方模様」から「足袋裁方の図」までの八二図を載せる。〔小泉〕
◆おんなざっしょきょうくんかがみ [0408]
〈女子教誡・日用重宝〉女雑書教訓鑑‖【作者】岡田玉山作・画。【年代】文化九年(一八一二)刊。[大阪]柏原屋庄兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。寛政一三年(一八〇一)刊『絵本女雑書』†五巻五冊(半紙本)を改訂して一冊に合本した改題本。本文を概ね小字・一五行・ほとんど付訓で記す。主な変更点は、『絵本女雑書』の第一巻扉と第五巻末「畳算」の記事を削除した点と、第一巻「男女相性」、第二巻「懐胎十月守本尊並びに婦人養生」「弘法大図目録」「裁物の日の事」等を任意に移動した点で、その結果、『絵本女雑書』の各巻テーマ別の編集が無視され、また丁付けが従来のままであるため乱丁が生じた。〔小泉〕
◆おんなさんじきょう/じょさんじきょう [0409]
〈小学必読〉女三字経‖【作者】東条琴台(信耕・子蔵)作。東条信亨・信升校。伊藤桂洲(信平)書。【年代】明治六年(一八七三)刊。[東京]松崎半造(万鐘房)ほか板。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。『三字経』†の編集形式にならって、三字一句を基本とする全三三〇句の文章で女子教訓を記した往来。「女子道、在於貞、天常覆、地久載、男女析、夫婦判、参造化、配陰陽…」と書き始め、まず男女の別や女子三従、また四徳・五常・五倫・七教・六順・十教・十礼・八統・九思等に触れ、続いて「女ノ貴賤」の五等、育児心得、子どもの躾、女子教育法、婚礼後の心得を説き、『劉向列女伝』†『鄭氏女孝経』を紹介して婦道の要旨を示す。本文を楷書・大字・五行・無訓で記し、末尾に小字・一〇行・付訓の本文読方を掲げる。なお、東条琴台は本書刊行の翌年に『女四字経』†も著している。〔小泉〕
◆おんなしきぶんしょう [0410]
女しき文章〈沢田おきち筆〉‖【作者】沢田吉書。【年代】元禄(一六八八〜一七〇四)頃刊。[江戸]山口屋権兵衛(山口権兵衛・山泉堂・須藤権兵衛)板。【分類】女子用。【概要】異称『女四季文章』『をんな四季文章』『女用四季文章』。大本三巻三冊。沢田吉の女筆手本の一つ。上巻には新年挨拶状から七夕祝儀状までの七通、中巻には八朔祝儀状から小姓の踊りを讃える文までの五通、下巻には歳暮祝儀状から婚礼祝儀状までの六通を載せる。全一八通のうち七通が並べ書きで、他は散らし書き。元禄四年(一六九一)刊『女筆手本』†(沢田吉筆)と同様に、隅田川や目黒の遅桜といった江戸の名所を題材にした例文を含む。〔小泉〕
◆★おんなしきもく [0411]
女式目‖【作者】中野弥兵衛作。【年代】万治三年(一六六〇)刊。[京都]中野弥兵衛板。【分類】女子用(仮名草子)。【概要】異称『女式目并儒仏物語』『〈貞節教訓〉女式目』。『女式目』は大本二巻二冊だが、本来は『儒物物語』一巻を合わせた三巻三冊本で、後に二巻本も流布したようである。近世の女訓書では寛永一四年(一六三七)刊『女訓抄』†や慶安三年(一六五〇)刊『をむなかゝ見』†に次いで古い。上巻には「一、うへの上臈方の作法」以下、「町人などの女房」「みやづかへの女房」「町人などにつかふる女房」「おなじくお乳うば」「尼」など各種作法と、「女子おさなき時よりそだてやうの作法」「もろこしのしうげんの作法」「五常の次第」「五倫の次第」「五戒の次第」のまでの一一章、下巻には「女とりわけ手ならひし給ふべき事」「文かき給ふべき上中下の次第」「文ことばおなじやうなる事あらまし」の三章を収録する。上巻では女性の作法・心得や、女子の養育や五常・五倫、五戒・十悪などの儒仏の教えについて諭す。下巻は、女子の手習いや手紙の書法・用語など日常生活に必要な教養を主とする。本書は『をむなかゝ見』からの影響が色濃く、例えば下巻第二章の女性書札礼なども同様の主張を展開するが、『をむなかゝ見』よりも具体的な記述が目立つ。本文の大半が仮名書きで、やや小字・一一行・所々付訓で記し、本文中に「下々おほくめしつかい給ふてい」「びくに物かたりのてい」「しうげんのざしきのてい」など八葉の挿絵を掲げる。再刊本に『〈貞節教訓〉女式目』の題簽を付した寛延四年(一七五一)板や宝暦四年(一七五四)板があり、序文や挿絵等が一新された。また、書名が類似する江戸前期刊(松会板)『〈ゑ入〉女しきもく(女式集)』†や高井蘭山作・嘉永五年(一八五二)刊『女式目鏡草』†は、本書とは全くの別内容である。〔小泉〕
◆おんなしきもく [0412]
〈ゑ入〉女しきもく‖【作者】浅井了意作か。【年代】寛文(一六六一〜七三)刊。[江戸]松会板。【分類】女子用(仮名草子)。【概要】異称『〈絵入〉女式目』『女式』『女式集』。大本三巻三冊。女性一生の心得を、序および一〇章に分けて説いた絵入りの女訓書。上巻には「序(男女の事・女つねにまもりつゝしむへき事)」および「はじめて生する女式の式(幼女の養育等)」「女工ををしゆへき式(女性の生理や衣装裁縫)」「女に三従の道ある式」「婦人は四徳をそなふべき式」の四章、中巻には「夫につかふる式」「舅・姑につかふる式(孝行や女性としての嗜み・教養)」の二章、さらに下巻には「人を召つかひ、人につかはるゝ式」「うはなり、妬をいましむる式」「継子をはごくむ式」「後家の式」の四章を収める。和漢の故事・説話を多く引用して平易に女子心得を説く。ほとんど仮名書きの本文をやや小字・一四行・付訓で記し、本文中に挿絵数葉を掲げる。なお、本書は寛文元年(一六六一)刊『本朝女鑑』†の巻一一・一二にも収録されているが、本書と『本朝女鑑』のいずれが先かは未詳である。〔小泉〕
◆★おんなしきもくかがみぐさ [0413]
〈嘉永新刻〉女式目鏡草‖【作者】高井蘭山作・序。島英琳画。【年代】天保三年(一八三二)序。嘉永五年(一八五二)刊。[江戸]山崎屋清七ほか板。また別に[江戸]森屋治兵衛ほか板(後印)あり。【分類】女子用。【概要】異称『女式目』。半紙本一冊。『御成敗式目』†の書名と形式に似せて「女生涯の心得」を記した往来。冒頭に、貴賤の別なく全ての日本人が諸神の子孫であること、由緒正しき神々を厚く祀るべきことを述べ、以下条々の形式で、第一条「盆・歳暮その他菩提所への布施」、第二条「若い女性の宮寺参りへの戒め」、第三条「父母・舅姑への孝養」、第四条「身体を傷つけないこと」、第五条「士庶の妻の仕え方」、第六条「音曲等の稽古の心得」、第七条「不義密通の厳禁」、第八条「密通の罪」、第九条「家事の取り締まり」、第一〇条「近所付き合い」、第一一条「嫉妬」、第一二条「密通その他悪事に関わらないこと」、第一三条「再嫁の戒め」、第一四条「嫁の選び方」、第一五条「三親・三族・九族と服忌・再縁等」、第一六条「子育て・教育」、第一七条「農工商の子弟教育」の一七カ条と、祖父・祖母と孫の関係、行儀作法、草双紙の害、日本人としての教養などを諭した後文から成る。条々は長短様々で比重の置き方はかなり異なる。本文を大字・六行・付訓で記す。巻頭に「士農工商婦人図」「小督局略伝」、頭書に「本朝女廿四孝」「衣服裁ものゝ伝」「万しみ落し秘伝」「女けしやうの巻」「懐妊心得の事并養生の事」等の記事を収録する。〔小泉〕
◆★おんなしきようぶんしょう [0414]
〈頭書漢語字解〉女四季用文章‖【作者】長橋間右衛門作・書。長栄画。【年代】明治八年(一八七五)刊。[大阪]中川勘助ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女四季文章』。中本一冊。文明開化で様変わりする社会を反映した例文や頭書記事を盛り込んだ女用文章。例文は「年始のふみ」から「歳末に酒莚を催ふして客を招く文・同しくこたへふみ」までの二八通を収録するが、梅花見物、嵐山花見、伊勢参宮、神武天皇祭参詣、暑気見舞、楠公祭参詣、秋の野辺散策、天長節参詣などの季節の行事に関する例文が大半を占め、「西洋留学生帰朝を告る文」など四季以外の手紙も若干含む。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書は、より斬新で、「漢語字類(漢語字解)」「内国産物」「世界国名」「洋語(せいようことば)」を掲げる。例えば「洋語」は「女子ハ、たふうとる」「処女ハ、がいる」「頭ハ、へつと」「口ハ、まうつ」のように、英単語の発音を仮名表記した程度だが、他の記事も含め、近世の女用文章とは異なる様相を示す。なお、巻頭に当代の女性風俗図(色刷り)二葉を載せる。〔小泉〕
◆おんなしじきょう [0415]
〈小学必読〉女四字経‖【作者】東条信耕(琴台・子蔵)作。関雪江(思敬)序。柳田正斎(貞亮)書。【年代】明治七年(一八七四)序・刊。[東京]松崎半造(万鐘房)ほか板。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。明治六年に『女三字経』†を著した東条信耕が、その続編として『四字経』†の編集形式にならって著した女子教訓。漢字四字一句を基本とする全三八二句(一五二八字)から成る。まず、天地の真理に即した夫婦の在り方から説き始め、夫婦の性生活や結婚後早く子どもを設けるべきこと、また、婦道の目標たる「四学(四徳)」やその模範的中国女性の例、また、中国の女性の称号にも触れ、さらに、婚礼・学問についての心得を述べた後で、班昭の『女誡』†を推奨して結ぶ。「洪荒肇判、玄牝滋萌、ユ然旻昊、杳乎寰瀛…」で始まる本文を大字・五行・無訓で記し、巻末に小字・一〇行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◆おんなししょ/じょししょ [0416]
女四書‖【作者】辻原元甫作。【年代】明暦二年(一六五六)刊。[江戸]中野仁兵衛ほか板。【分類】女子用(仮名草子)。【概要】大本七巻七冊。中国の経典の原文を邦訳した仮名書き女訓書を代表するもの。唐の陳ユ(ちんばく)の妻・鄭氏作『女孝経(じょこうきょう)』、唐・宋若昭作『女論語(じょろんご)』、明・仁孝文皇后作『内訓(ないきん)』、漢・曹大家(そうたいこ)作『女誡』の四書を意訳抄録した女訓書で、中国の『女四書』(王晋斤編)のうち清・王節婦作『女範』に代えて『女孝経』を収録する点で異なる。第一冊巻頭に「女四書の序」を載せ、男女ともに学問が必要なことや、「淫乱好色の事」ばかりを綴った物語や草子を排除して、「いにしへの聖后・賢女のたゞしきをこなひ」を鑑として我が身の善悪をわきまえ知るべきことを諭す。以下、第一・二冊に『女孝経』「開宗明義章」〜「挙悪章」の一八章、第三・四冊に『女論語』「立身章」〜「守節章」の一二章、第五・六冊に『内訓』「徳性章」〜「待外戚章」の二〇章(上巻)および漢馬皇后以下二〇人の列女伝(下巻。この部分は『内訓』原典にはない)、第七冊に『女誡』「卑弱章」〜「和叔妹章」の七章を収録する。原典に即した要約・翻訳ばかりでなく、適宜、『古列女伝(劉向列女伝)』†『続列女伝』『新続列女伝』中の説話や『尚書』『毛語』『易経』等からの引用を交えるなど、元甫が独自に改編した箇所も多い。本文を大字・一〇行・所々付訓で記し、各巻とも数葉の挿絵(全て中国風俗)を掲げる。本書には明和九年(一七七二)求板本があるほか、新たに編集し直して、色刷り模様表紙や色刷り挿絵を加えた天保六年(一八三五)刊『女四書芸文図会』†など明治初期まで種々の類書が刊行された。〔小泉〕
◆おんなししょ [0417]
〈安藤一郎校補〉女四書‖【作者】安藤一郎(瓶岳・逸良)作。内田晋斎(嘉一)・跡見花蹊(滝)序。河鍋暁斎(惺々暁斎・猩々暁斎・狂斎・猩々庵・惺々庵)画。【年代】明治一四年(一八八一)序・刊。[東京]安藤一郎(瓶岳書房)蔵板。蓮沼善兵衛売出。【分類】女子用。【概要】異称『〈安藤一郎校補・改正〉女四書』『校訂女四書』。半紙本七巻七冊。『女誡』一冊、『女論語』二冊、『内訓』二冊、『女孝経』二冊から成る。明暦二年(一六五六)刊『女四書』†を補訂し、挿絵等を一新した『和解女四書』。原書(相晋升編『女四書』)の序文を割愛したり、逆に、原書にはない中国「孝女・節婦の言行」を紹介したり、原書にあって『和解女四書』に欠ける『女範』の趣旨を随所に盛り込むなど、平易かつ具体的な記述に努める。また、同じ「和解」でも明暦板の如き仮名書きをやめ、適宜、漢字表記に改める。さらに、各書の冒頭に、三条智恵子九歳筆の扉題と原作者(順に曹大家・宋若昭(実際は宋尚宮作とも)・仁孝文皇后・鄭氏)の肖像画・略伝を掲げる。〔小泉〕
◆おんなししょげいぶんずえ/おんなししょげいもんずえ [0418]
女四書芸文図会‖【作者】畑銀鶏(時倚・節昴・毛義・平亭・燕石楼)編か。清原宣明序。浦辺良斎・中林子博書。村田嘉言画。【年代】天保六年(一八三五)刊。[大阪]秋田屋太右衛門板。また別に[大阪]敦賀屋喜蔵ほか板(後印)あり。【分類】女子用。【概要】異称『女四書図会』。大本四巻四冊。明暦二年(一六五六)刊『女四書』†(辻原元甫編)の本文に、和漢の風俗図を加えたもの。『図会』と称するように挿絵が豊富で、上流階級ばかりでなく当代の町人風俗を随所に描く。また、色刷り模様表紙(唐草模様と源氏香図の二様あり)や色刷り口絵(初印・後印で異同あり)等を加え、一段と凝った装訂になっている。本書は最初、文政一一〜一三年(一八二八〜三〇)に単行本で段階的に出版された文政一一年一一月刊『曹大家女誡図会』†、同一二年一月刊『鄭氏女孝経図会』†、同一二年一二月刊『曹大家女論語図会』†、同一三年一二月刊『明孝慈列女伝図会』†の四編をまとめたもので、花鳥風月の順に『女誡図会』『女論語図会』『女孝経図会』『列女伝図会』を収録する。うち、『列女伝図会(明孝慈列女伝図会)』は明暦板『女四書』の『内訓』と同内容であり、『内訓』下巻所収の「列女伝」を書名としたものである。なお、本書に編者の記載はないが、『曹大家女論語図会』は畑銀鶏編という。従って、他巻も銀鶏の編集であろう。〔小泉〕
◆おんなしちほうみさおぐら [0419]
女七宝操庫‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】女子用。【概要】異称『〈教訓日用調法〉女七宝操庫』。大本一冊。女子の心得となるべき金言・俚諺などをイロハ順にほぼ七語ずつ(書名の「七宝」の所以か)書き出した教訓。例えば「イ」項では、「古をかゝみとして」「今の世の手本とすべし」「徒に月日を送るべからず」「命は義によつて軽といへ共」「色ゆへにすつる事賤ものゝしわざなり」「幾許の親の恩を思べし」と六つの心得をあげる。末尾の「京」項では、「京に田舎有。鄙に都はづかしき賢女こそ多かめれ」と述べ、「婦人の十等(孝・母儀・賢明・仁・智・貞順・節義・功・弁・容)」を兼ね備えるべく努めよと諭す。〔小泉〕
◇おんなしつけきょうくんじょう [0420]
女躾教訓状‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】女子用。【概要】異称『女のぎやうぎきやうくんの条々』。大本一冊。女子日常生活上の立居・振る舞い・作法などの心得を記した箇条と後文から成る教訓。「一、客人の御出の時おそく出、或はゑかほなき事」の一条から始まり、接客時や人前での態度、また交際上の諸教訓についての禁止項目三〇カ条を列挙する。後文では女性の心持ち、特に他人の前よりも夫の前での身嗜なみを強調する。本文をやや小字・七行・無訓で記す。〔小泉〕
◆おんなじつごきょう [0421]
女実語教(異本)‖【作者】不明。【年代】享保六年(一七二一)以前作。江戸中期刊。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】異称『躾実語教』。単行刊本は横本一冊。元禄八年(一六九五)刊、居初津奈作『〈女誡絵入〉女実語教・〈女誡絵入〉女童子教』†とは全く異なる七二カ条の女子教訓。男子一般の『実語教』†からの文言借用が目立つように、元禄板よりも一層『実語教』に似通った内容になっている。「髪美しき故にたつとからず、品よくゆひたるを以(て)たつとしとす。人に愛ある計(ばかり)たつとからず、家にぎはへるを以(て)たつとしとす…」で始まり、一代限りの富貴と万代不易の智恵を対比させて、才智を磨く学問への努力、嫁入り後の心得や婦人の勤め、孝行・貞節等の人倫を縷々説いたうえで、最後に手習いの徳を強調し、「農人の娘たりとも文章を読、物を知べし。其ゆへに、当世の親は先、娘に手習をさす。是、教訓のはしめ、身終(る)迄わするゝ事なかれ」と結ぶ。なお、本書は享保六年刊『女要珠文庫』†頭書に収録されたのがその最初と思われ、続いて、これを模倣したと考えられる単行本『女実語教(異本)』†も江戸中期に刊行されている。同単行本は本文をやや小字・一二行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おんなじつごきょう・おんなどうじきょう [0422]
〈女誡絵入〉女実語教・〈女誡絵入〉女童子教‖【作者】居初津奈作・書。【年代】元禄八年(一六九五)刊。[京都]文台屋治郎兵衛板。また別に[京都]銭屋庄兵衛板(後印)あり。【分類】女子用。【概要】大本二巻二冊。近世流布本『女実語教(女童子教)』の初板本で、上巻『女実語教』、下巻『女童子教』から成る。本書以降、『女教訓嚢(女実語教嚢)』†『女実語教宝箱』『女実語教千代鏡』『女実語教姫鏡』『女実語教操鏡』『女実語教操種』『女実語教操稚』など約三〇種の板種が生まれた。『女実語教』は「一、品勝たるが故に貴からず。心正しきを以てよしとす」で始まる四七カ条、『女童子教』は「一、夫、上つかたの御前には恭有て、立事をせざれ」から始まる一二八カ条の条々(合計一七五カ条)で、容姿よりも女性の心持ちの大切さを諭し、そのほか忠孝・礼節など諸般の教訓を説く。初板本は大字・四行・付訓の並べ書きで認めた女筆手本で、本文の随所に津奈自画の挿絵を掲げる。沢田吉作・元禄一三年刊『女今川』†と同様に女性自身の著作であり、いずれも広範に流布した点で注目される。〔小泉〕
◆おんなしょうがく [0423]
〈佩戒絵入〉女小学‖【作者】宇保某作。慎斎書。艮斎跋。【年代】享保一〇年(一七二五)刊。[大阪]敦賀屋九兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『〈佩戒〉女小学』『女小学訓』『佩戒』。大本二巻二冊。初板本の序文によれば、本書は京都の宇保某の娘・よつのために書き綴った教訓文という。金言・俚諺・教訓歌や和漢貞女・節婦の故事を引きながら、「孝行の道をしへの事」から「心のかゝ見といへる事」まで二九項(孝行、婚姻、舅姑への孝、夫への服従、他人との和順、堪忍、報恩、その他心の修養、婦女四徳、教養等)にわたって述べる。また、本文の主題に沿った「忍の字訓の歌」「心つよからぬおしへの歌」「独をつゝしむ訓歌」等の教訓歌と挿絵を随所に掲げる。本文をやや小字・九行・所々付訓で記す。『女小学』には約三〇種の板種があり、江戸後期にかけて『女小学教艸』†『女小学教鑑』『女小学宝文庫』『女小学姫鏡』『女小学操鏡』『女小学操艸』等の書名で次々と出版されたが、後世への影響力の点では享保板よりもそれを大幅改訂した宝暦一三年(一七六三)刊『女小学教艸』の方が大きかったと思われる。なお、角書「佩戒」は「おもののいましめ」と読む。〔小泉〕
◆おんなしょうがく [0424]
〈新撰〉女小学‖【作者】山県順作・序。【年代】明治八年(一八七五)刊。[江州水口]薮音次郎(含章堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈官許〉女小学』。半紙本一冊。近世流布本『女今川』†とは全くの異文。「万物の霊たる人と生れし上は、飽まて食ひ暖に衣、逸居して教なく、一生碌々と世を渡り、無智無能にして天賦の明徳を陰らせ、其器を成さす朽果るは豈遺憾ならすや…」で始まる女子教訓。男女が等しく学校に行ける文明開化の時代には、女子も学問に努めるべきことを諭し、習うべき学問や技能、守るべき婦道・婦行、家業における主婦の努め、主人の補佐と家政、子育ての要点、謙遜・辞譲、嫉妬、その他の心得を説く。本文を大字・六行・無訓で記すが、巻末に主要な漢語を楷書で再掲して読み仮名を付す。〔小泉〕
◆おんなしょうがくおしえぐさ [0425]
女小学教艸‖【作者】北尾雪坑斎画(宝暦一三年(一七六三)板)。大石真虎(小泉真虎・樵谷・鞆舎)画(天保四年(一八三三)・嘉永五年(一八五二)板)。敦賀屋九兵衛(文海堂)序(天保四年板以降)。【年代】宝暦一三年刊。[大阪]敦賀屋九兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『〈女四季用文章〉女小学教草』『女小学』。大本一冊。享保一〇年(一七二五)刊『〈佩戒絵入〉女小学』†の本文を大幅にリライトして、種々の付録記事を増補した往来。本文の骨子は享保一〇年板同様だが、部分的に削除(特に作者や娘に関する個別的記述など)または増補を加え、大字・五行・付訓を基本とする読み書き兼用の往来に再編集し、併せて、享保板にあった挿絵・序・跋の全てを削除した。後世への影響は享保板よりも本書の方が明らかに大きく、「婦女と生れては、身の行ひ男子とかはれり。先父母のかたはらに居て、あさなゆふないつくしみうやまひよく仕へ侍ること大やう婦女たるものゝ道…」で始まる改編板が後続の諸本に引き継がれた。前付に「蛤合之記」「歌かるたの記」「近江八景」「古今集撰者四人」「牡丹・蓮・菊」「女中品定」「婚礼之図式」「女中躾方之事」等、頭書に「和漢女鏡(至徳皇后〜斉の孝女)」「手習文字の事」「伊呂波の事」「和歌の事」「和歌読心得之事并人倫和歌絵抄」「しみものおとし」「そめもの秘伝」「諸病めうやく」「七夕祭の事」「琴・三絃の事」「三十六歌仙」「女中詞の事」「四季文章」等、巻末に「当世艶おしろい」「男女相性絵抄」等を掲げる。なお、本書の再板本(天保四年・嘉永五年板)では、「画図のおもむきも時代のたがひたれば、これらをもことごとく今様の風俗に書あらため」たほか、付録記事にも部分的な改訂を施した。〔小泉〕
◆おんなしょうがくみもちおうぎ [0426]
女小学身持扇‖【作者】不明。【年代】天保一四年(一八四三)以前刊。[仙台]本屋治右衛門板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。享保一〇年(一七二五)刊『女小学』†の異本。享保板と同傾向の女子教訓を綴った往来で、概ね享保板の前半部の内容を要約し、文言を入れ替えたり、語句を補ったもの。ただし、末尾は全くの別内容で、多言の戒め、詩歌・碁・将棋・三味線・舞い等の芸能の心得、「女の利根だて」の戒めや良友を選ぶべきことなどを諭す。「それ人と生れては身の行ひ敬をもとゝす…」で始まる本文を大字・五行・付訓で記す。前付に「難題和歌」「女教訓所体鑑」、頭書に「文のふうじやう并脇付の事」「染物のひでん」「しみ物おとしやう」「女諸礼かゞみ」「教訓身持狂歌」「小笠原流折形」「三十六人歌仙」等、後付に「女和歌三神」等を載せる。これらの付録記事には、明和三年(一七六六)刊『女教訓嚢』†等の先行書の影響が認められる。なお、刊年を明記しないが、小泉本に天保一四年の書き入れがあるため、それ以前の刊行である。〔小泉〕
◇おんなしょうがくようぶん [0427]
女小学用文‖【作者】藤懸貴重作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]目黒十郎板。【分類】女子用。【概要】異称『〈開化〉女小学用文』。半紙本一冊。四季折々の行事を中心に、その他日常生活で必要な女性の消息文例を集めた女用文章。春・夏・秋・冬・雑の五部に分類され、三二題往復六四通と「容体書」を収録する。頭書に「要文適語」を掲げる。〔天野〕
◆おんなしょうそくおうらい [0428]
女消息往来‖【作者】不明。【年代】天保(一八三〇〜四四)頃刊。[江戸]和泉屋市兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『〈天保新刻〉女用消息往来』。小本一冊。『女消息往来』中、最も普及した高井蘭山作の文化二年(一八〇五)刊『女消息往来(消息女往来)』†に増補を加えたもの。冒頭部は「夫、士男子の書状・手翰(てがみ)の文章を婦女子(おなご)言葉もていふ時は、文・玉章、又は御消息拝見、拝し上、御細々との御文いたゞき、下され、御ふみのやう有がたく…」のように、文化二年板とはかなり異なり、本文中の随所に語彙や書簡作法などを補足する。本文をやや小字・六行・付訓で記し、所々に挿絵を加える。頭書に、年中行事や月の異名などを解説した「十二月の倭名」を掲げる。〔小泉〕
◆おんなしょうそくおうらい [0429]
女消息往来‖【作者】香勢堂書。【年代】江戸後期刊。[江戸]松坂屋板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。文化二年(一八〇五)刊『女消息往来(消息女往来)』†の異本。「凡、婦人の文玉章は一筆申上、文して示し、御細々とも御文難有拝し、拝見、繰返し詠め入まいらせ候…」で始まる全文一通の女文中に、様々な消息用語を列挙する。末尾では親類・他人、吉事・凶事の違いや上下の違いによって文言を区別すべき旨を説いて締め括る。本文を大字・四行・付訓で記す。頭書に「和歌の由来」や三六の職業を狂歌に読んだ「浮世三十六歌仙」を載せる。〔小泉〕
◆おんなしょうそくおうらい [0430]
〈開化〉女消息往来‖【作者】鶴田真容作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]小森宗次郎(木屋宗次郎・木屋惣次郎・紅木堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『開化女消息往来』。中本一冊。女性の消息文に使用される語句、短句を集めて列挙した女子用往来。全体を、「夫、作文・玉章の初には、文して示し、一筆染、便に任せ、御床しさの侭、筆に問し…」で始まる一通の消息文に仕立てるのが特徴。本文を大字・六行・付訓で記す。角書に「開化」と記すが、近世流布本と比べて目新しい語句はあまりなく、全体として日常語に重点が置いた編集になっている。また、見返に女文の基本作法について記す。〔天野〕
◆おんなしょうそくおうらい [0431]
〈小学〉女消息往来‖【作者】深沢菱潭作・書。【年代】明治一一年(一八七八)刊[東京]青木栄治郎(万籍堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『小学女消息往来』。半紙本一冊。文化二年(一八〇五)刊『女消息往来(消息女往来)』†の明治期改編版の一つ。「凡、消息は思ひを筆に運せて便りを人に通すものなり…」で始まり、「親類縁者、友達、朋友まゐらせ候。めて度かしく」で終わる全一通の女文で明治初年の実情に合わせた女子消息用語を列挙する。冒頭語、時候の挨拶語、種々贈答にまつわる文言等に続けて、手紙の文面に従って類句・類語を次々書き連ね、近代社会に登場した日用品や施設などの新語を随時交える。本文を大字・四行・無訓の手本用に記し、巻末に楷書・小字・一二行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◆おんなしょうそくおうらい [0432]
〈小学習字〉女消息往来‖【作者】中島操作。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治一三年(一八八〇)書・刊。[東京]内田弥兵衛(正栄堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈小学習字〉女消息』。半紙本一冊。女子消息文に使用される語句や短句を集めて全体を一通の消息文に仕立てた往来。「夫、普通尺牘のはしめには、文して示しあけ、一筆染、便りに任せ、以手紙申上、寸楮拝啓、卑札呈上仕候…」で始まり、「都て文体は慇懃にして詞の柔かなるを旨とすへし。まつはあらまし筆止畢」と結ぶ。全体の構成は明治一二年刊『〈開化〉女消息往来』†に類似するが、類語や新語が豊富である。本文をまず大字・三行・無訓で書し、巻末に小字・一〇行・付訓の本文を再録する。〔天野〕
◆おんなしょうそくおうらい [0433]
〈小学習字〉女消息往来‖【作者】伊藤桂洲(信平)書。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[東京]土屋伊兵衛(寒玉堂)蔵板。高木和介ほか売出。【分類】女子用。【概要】異称『女消息』。半紙本一冊。高井蘭山作・文化二年(一八〇五)刊『女消息往来』†をベースにしながらも、かなり手を加えた明治期新編『女消息往来』。「凡、消息は、貴きも賤しきも、遠近となく親疎となく、四季時々の音信也。暑寒の安否、問ひ答へ、其他日用何事も万つ用達す基なり…」と筆を起こして、手紙の冒頭語(端作)を始めとする種々の語句を、連綿と続く一文中に盛り込む。本文を大字・四行・無点の手本様に記すが、巻末に付訓本文(読法)は載せない。〔小泉〕
◆★おんなしょうそくおうらい [0434]
〈小学習字〉女消息往来‖【作者】安井乙熊作。巻菱潭・青木東園書。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[栃木]小林八郎(集英堂)蔵板。[東京]和泉屋市兵衛(山中市兵衛)売出。【分類】女子用。【概要】半紙本二巻二冊。明治期新編『女消息往来』の一つ。上巻は「凡婦女之日用往復、四時問候、探花看月、冠婚葬祭等に用ゆる文字は其数多しと雖も先は大概を記さんに、一筆申上、以手紙申入、以葉書申進、一寸申上候…」と起筆して「簡端、人倫、就学、婚姻、妊娠、出産、新居、転宅、疾病、死去、仏事等之往来に用ゐる文字之大略」を掲げ、続く下巻で「四時問候、探花、看月等之贈答之文字、其他、衣服、機具、櫛装具、勝手道具之名称」を列記する。このように従来の『女消息往来』とやや異なり、消息用語のほかに広く生活全般にわたる用語を採録するのが特徴。本文を大字・三行・無訓(所々左訓)で綴り、各巻末尾に小字・一〇行・付訓の本文を再掲する。〔小泉〕
◆おんなしょうそくおうらい [0435]
〈七夕歌尽〉女消息往来‖【作者】高井蘭山作。千葉奈尾書。【年代】文化二年(一八〇五)書・刊。[江戸]岩戸屋喜三郎板。また別に[江戸]山口屋藤兵衛板あり。【分類】女子用。【概要】異称『消息女往来』『御家女消息往来』『女消息教草』『女消息栄文庫』『女用消息往来』。文化二年板は中本または半紙本一冊。文化元年刊『女用消息往来』†に続いて編まれた『女消息往来』の一種で、むしろ本書の方が普及した。編集形式は同様だが、「凡、婦人・女子の文・玉章は、一筆文して申上、示しまいらせ候、御書拝見、御消息拝しあけ、御細々との御文被下、御文の様繰返し眺入まいらせ候。年始七種までは、初春、新玉。七日過は、尽せぬ春、此春の御寿御めでたさ…」のように、女文に多用する語彙や表現、また四季時候の言葉を盛り込むのが特徴。本文を大字・五行・ほとんど付訓で記す。前付に「女手習師匠読書指南図」と「七夕歌づくし」を載せる。板種も多く、半紙本の文政五年(一八二二)板や半紙本・頭書付きの嘉永四年(一八五一)板(一名『女消息栄文庫』)、半紙本・無刊年板のほかに、中本・無刊年板等がある。なお、本書の随所に増補を加えた『女消息往来』†(江戸・和泉屋市兵衛板)も天保(一八三〇〜四三)頃に刊行されている。〔小泉〕
◆おんなしょうそくおうらい [0436]
〈明治新刻〉女消息往来‖【作者】本多芳雄作。【年代】明治一二年(一八七九)刊。[東京]山口屋藤兵衛(荒川藤兵衛・錦耕堂)板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。『累語文章往来(消息往来)』†と同様に、女性の消息文で使用される語句、短句を集めて全体を一通の消息文に仕立てた女子用往来。「凡、婦人・女子の消息・文・玉章は、一筆、文して、申上、申入、示しまいらせ候…」と起筆する本文は、文化元年(一八〇四)刊『女消息往来』†と形式・内容・語彙が酷似するが、四季折々の行事の一部を明治以後の実状に即して改めるなど、若干の異同がある。本文を大字・六行・付訓で記す。見返に「日用器財名尽」、頭書に本文要語解である「頭書講釈」や「四体以呂波」を載せる。〔天野〕
◆おんなしょうそくはなぶんこ [0437]
女消息華文庫‖【作者】植村玉枝子(内藤玉枝・晩香散人・清福斎)編・跋。丹羽房作・書。【年代】元文六年(一七四一)刊。[京都]植村藤右衛門(伏見屋藤右衛門・錦山堂・玉枝軒)板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。跋文によれば、房女が「『源氏』『伊勢物語』を始、大和歌の詞をとり交、四季通用の文章」に仕立て、それを玉枝が編集して上梓した女用文章。内容は、新年の祝意を伝える手紙から歳暮祝儀状までの二八通で、四季の風物や年中行事を主題とした例文ばかりを収録する。例外的に並べ書き一通を含むが、他は全て散らし書きでいずれも付訓。前付に「女中人相鑑」「百人一首和歌絵図」「男女相生善悪を知事」等、頭書に「女文章教訓鑑」「五節句并万物の由来」や、「女用手道具字尽」ほか語彙集、「男女諸礼躾歌」「和歌威徳伝記」「新撰大和詞」「女中言葉遣」「女中忌詞」「女中難病妙薬集」等の多彩な記事を掲げる。〔小泉〕
◆おんなしょうばいおうらい [0438]
〈遊里〉女性売往来‖【作者】鈍通人(根柄金内)作。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】産業科(戯文)。【概要】異称『〈遊里〉性売往来』。中本一冊。堀流水軒作『商売往来』†の文言に似せて、主として「新造(初心の遊女)」に必要な用語や心得を綴った戯文。「凡、性売持扱紋日、淫事、交合之日記、証文、身之代、仕切之覚也…」と起筆して、遊女の各階級毎に分別をわきまえ如才なく働くべきであるといった心得や、遊郭で使われる用語や隠語を列記し、また、「株絶、しんせうをぼうにふりし人をいふ也」のような割注を所々に施す。続いて、衣類染色・武具・家財・諸道具・薬種・香具・魚鳥等の語彙を列挙し、最後に、遊郭に勤める娘は若いうちから手習い・給仕・掃除などの基本を身に付け、余力に応じて各種芸能を稽古すべきこと、また、座敷に出た際の注意や客を大切にすべきことなどを諭す。本文を大字・五行・付訓で記す。巻首「性売往来発端」に、遊女の道ある所以や本書の由来について、また頭書にも「七夕(契りの薄い客の異称)への心を詠んだ「七夕歌づくし」や、遊女の隠語を集めた「篇冠づくし」、「契情五ッの徳」等の記事を載せる。〔小泉〕
◆★おんなしようぶん [0439]
〈小学科用〉女私用文‖【作者】前田覚治郎作・序。太田聿郎(聿良)校。加藤祐一序。長谷川実信画。【年代】明治一三年(一八八〇)序・刊。[大阪]河内屋卯助(華井卯助)板。【分類】女子用。【概要】異称『女私用文章』『〈小学科用〉女私用文初編』。中本三編三冊。第一編に春・夏の四季時候の文、第二編に秋・冬や吉凶事に伴う手紙、第三編に吉凶事および諸用件の手紙を収録した女用文章。順に「年始の文」〜「納涼を誘ふ文・同しく答」の二六通、「舟行を誘ふ文」〜「火事見舞の文・同じく返事」の三〇通、「近火見舞の文」〜「電信にて死去を知らす文」の二七通を収録し、時代柄、「電信にて安産を知す文」などの電信文も盛り込む。各編とも本文を大字・五行・付訓で記す。また、頭書にも種々の記事を載せ、第一編に「書状認方心得」「発語(手紙の冒頭語)」「一月〜一二月の言葉」その他消息用語全般、第二編に「裁縫心得」、第三編に「母親の心得」を掲げ、さらに巻頭に色刷り口絵(「東京花の遊」「大坂月の遊」「西京雪の遊」)を掲げる。〔小泉〕
◆おんなしょがくぶんしょう [0440]
女初学文章‖【作者】和田宗翁(以悦・一華堂・一花堂・切臨・持阿上人)作。窪田やす書。【年代】万治三年(一六六〇)刊。[京都]丸屋源兵衛板(後印か)。【分類】女子用。【概要】大本三巻三冊。寛永六年(一六二九)刊『初学文章抄』†上・中巻の主題に沿って編んだ女筆手本兼女用文章(本書主題の六二%は『初学文章抄』の模倣)。上巻に「用の事ありて文をつかはす事・同返事」以下の往復文二〇通、中巻に「やくそくなしに物をかりにやる文・同返事」以下二一通(うち「弔状」のみ返事なし)、下巻に「乱舞に人をしやうじて礼にやる文・同返事」以下二二通の合計六三通の例文を収録する。娘の宮仕えのための事前教育を依頼する手紙や、賀茂川の石伏(淡水魚)や桂川の鮎を贈る手紙など、主として京都の上・中流階級の女性の日常生活に関する例文が多い。四季時候の手紙がごく少数で、実用的な用件中心の例文が大半を占めるのが特徴。いずれも大字・無訓の散らし書きにするが、そのうち弔状の散らし書きは異例で、他の往来物にはほとんど例がない。また、本文上欄を界線で仕切って頭書欄を設け、例文中の語注や若干の書簡作法を記し、本文との対応関係を丸付き数字で示す。女子用往来における頭注の最初の例と思われる。いずれにしても本書は、女用文章・女筆手本の先駆的な例として重要である。なお、『貞享二年書目』には本書の増補版と目される『増補女初学文章』が見えるが未詳。〔小泉〕
◆おんなしょかんしょがくしょう [0441]
女書翰初学抄‖【作者】居初津奈作・書・序。【年代】元禄三年(一六九〇)刊。[京都]小佐治半右衛門(小佐治宗貞・金屋半右衛門・整文堂)板。【分類】女子用。【概要】大本三巻三冊。ある人の求めに応じて女子手習いの手本として居初津奈が著わした女用文章。例文を月次順に配列し、上巻は一〜五月の例文(「正月初て遣文之事」以下二一通)、中巻は五〜一〇月の例文(「五月雨に遣文之事」以下二一通。ただし、第一六状「紅葉を送る文之事」の返状は頭書欄に掲載するため、これを含めると二二通)、下巻は一一〜一二月の例文(「雪のふりたる時遣文之事」以下一五通)と付録記事六項から成る(全五七通収録)。四季時候の手紙を主とするが、用件中心の例文や弔状なども含む。上巻のほとんどが散らし書きなのに対して、中・下巻は大半が並べ書きである。本文の要語に振り仮名や漢字表記、略注などを添えており、特に頭書注釈が広範かつ詳細(類語や出典も明記)なのは、女筆手本中随一である。また、下巻末に「女中詞遣字尽」「文かきやうの指南十ヶ条」等の記事を載せる。本書は後続の女用文章に多大な影響を及ぼし、付録記事を改めただけの改題本・改刻本として、元禄一一年刊『女用文章大成』†、元禄一二年刊『当流女筆大全』†、享保六年(一七二一)刊『女文庫高蒔絵』†、元文三年(一七三八)刊『女文林宝袋』†、宝暦五年(一七五五)刊『女通要文袋』†の五本があるほか、元禄一〇年刊『女万用集』†にも本書の大半を収録する。〔小泉〕
◆★おんなしょさつちょうほうき [0442]
〈文章替字〉女書札調宝記‖【作者】不明。【年代】天明四年(一七八四)刊。[大阪]柏原屋与左衛門板。また別に[大阪]柏原屋清右衛門ほか板(文化四年(一八〇七)板)あり。【分類】女子用。【概要】異称『女書札重宝記』。半紙本一冊。享保五年(一七二〇)刊『女文翰重宝記』の改題本という。「正月いわゐの文」から「普請祝ひの文」まで三九通を載せた女用文章。前半に四季・五節句の文、続いて出産・髪置・疱瘡見舞い・庚申待ち・縁組み・湯治見舞い等の文章を収める。各例文を大字・五行・ほとんど付訓で記し、随所に「文章の替字」をやや小字で掲げるのが特色。任意の語句の略注や古歌の引用も見られ、表現の変化に重点を置く。巻頭に「七情(喜・怒・愛・楽・哀・悪・欲)」についての教訓、巻末に「男女性に依て用べき字尽(男女名頭相生文字)」「女中文の封様之事(女中文の封じやうの事)」を載せる。〔小泉〕
★おんなしょさつひゃっかこう [0442-2]
女書札百花香‖【作者】春名須磨書。【年代】宝暦一二年(一七六二)刊。[大阪]吉文字屋治郎兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。享保二〇年(一七三五)刊『女用文章唐錦』†の増補・改題本。ただし前付の一部は宝暦九年刊『女千載和訓文』†の流用であり、本書は両者の板木を組み合わせて再編集したものといえる。すなわち『女用文章唐錦』の前付に代えて、『女千載和訓文』の前付などを収録したもので、巻頭に柿本人麻呂図(色刷)や宝船の図を掲げ、続いて「年中故実并五節句由来」「立春書初詩歌」「文章指南抄」「小笠原流折形・結形」「女歌人伝」「ちらし文認やう」「三十六歌仙」「恋歌二十歌仙」「十名和歌」「難題和歌五首」「和歌をよみならふ事」「色紙短冊認やう」「衣裳の式正」などを載せる。〔小泉〕
◆おんなしょさつぶんこ [0443]
女書札文庫‖【作者】西川竜章堂書。茂広序。【年代】文政三年(一八二〇)序。文政五年刊。[京都]伏見屋半三郎(順応堂)ほか板。また別に[京都]銭屋庄兵衛(雲箋堂)ほか板、[京都]西涯軒板(後印)あり。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。「年始の文」に始まる四季折々の行事、婚礼などの通過儀礼、その他日常のさまざまな場面に必要な女性の消息文例五〇通を収録した女用文章。ほとんどが大字・六行・付訓の並べ書きだが、末尾三分の一を概ね散らし書きとする。巻末に「状封じ様の事」「脇付の事」「月の異名」「女中名づくし」「文面ひながた」等の簡単な記事を載せる。〔天野〕
◆おんなしょつうふみかがみ [0444]
〈日用調法〉女諸通文鑑‖【作者】戸田栄治(栄次・韶光・玄泉堂・玄泉堂・玄仙堂・正陰)書・序・跋。宝文堂序。【年代】享和二年(一八〇二)刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)ほか板。また別に[大阪]播磨屋九兵衛(赤松九兵衛・小雅堂)ほか板(後印)あり。【分類】女子用。【概要】異称『女用調法諸通文鑑』。半紙本二巻二冊。四季折々の用文を中心に慶弔文やその他日常生活に必要な女文を収めた女用文章。上巻に「はつ春の文」から「土用見舞の文・返し」までの五一通、下巻に「中元祝儀文」から「歳暮祝儀文・返し」までの五三通、合計一〇四通を収録する。例文の配列は四季順で、概ね上巻には春・夏、下巻には秋・冬の例文を載せるが、季節に無縁の例文(日用文、商用文、見舞状、婚礼祝儀状その他)も多く鏤める。本文の大半が、大字・五行・付訓の並べ書きで、一部、新年・桃の節句祝儀状などの散らし書きや、返書(追伸文)を伴う例文も見える。本文に対応する替え文章や替え言葉を頭書に載せるほか、下巻末に「書状上中下次第」「月の異名」「封じやう折かた」および「戸田玄泉堂書目録」を付す。〔天野〕
◆おんなしょれいあやにしき [0445]
〈袖玉〉女諸礼綾錦‖【作者】池田東籬(悠翁)作。川部天受(玉園)書・画。【年代】天保一四年(一八四三)刊。[大阪]河内屋喜兵衛板。【分類】女子用。【概要】小本一冊。天保一二年刊『〈新増〉女諸礼綾錦』†の簡略版。記事配列は異なるが、『〈新増〉女諸礼綾錦』上・下巻から抽出した約二〇項を載せる。具体的には、冒頭に女子心得全般の教訓文、続いて「常の居ずまひの事」から「麪るいくひやう」までの女性礼法の基本をやや小字・六行・付訓で記す。本文末に、本書以外の礼法については『後編』に記すと予告するが、これは未刊と思われる。口絵に色刷りで和歌三伸・六歌仙等を掲げるほか、頭書にも「文字の始并いろは之事」から「大和ことば」まで一七項の記事(一部は新たに追加されたもの)を収録する。〔小泉〕
◆おんなしょれいあやにしき [0446]
〈新増〉女諸礼綾錦‖【作者】暁鐘成作。蔀関牛・森春渓(有煌)画。河内屋喜兵衛跋。【年代】天保一二年(一八四一)刊。[大阪]河内屋喜兵衛板。【分類】女子用。【概要】半紙本二巻二冊または三巻三冊。寛延四年(一七五一)刊『女諸礼綾錦』†を模倣して編んだダイジェスト版。『女諸礼』だけの二冊本と、それに蔀関牛編『女諸通用文章』を加えた三冊本の二種がある。辰宣の『女諸礼綾錦』から巻之三「懐妊の巻」の内容を丸々削除し、その他の記事を本文欄や頭書欄に挿絵を交えて任意に移動させたほか、上巻では巻頭に女性の諸芸など色刷り口絵数葉のほか、「女子三従の事」「女子平生に心得べき事」「女子の読むべき本」「笛・三絃」などの記事、中巻では「見合の事」(寛政八年(一七九六)刊『嫁入談合柱(後篇)』の模倣)、「(結納)目録書様の事」(寛延三年刊『婚礼仕用罌粟袋』の模倣)などの記事を増補した。ただし中巻では辰宣の『女諸礼綾錦』巻之二の「婚礼之巻拾遺」の記事の大半が削除されるなど、全体として増補された内容よりも削除された内容の方が多い。一方、下巻本文には「初春に遣す文」以下四八通の女文(四季・用件・通過儀礼その他吉凶事などの手紙)を載せるほか、頭書に詳細な「女書礼式」を掲げるが、これは辰宣の『女諸礼綾錦』よりも充実しており、江戸後期では最も詳細な女性書札礼の一つである。なお、本書が編まれた直後に、本書の内容をさらに抄録した小本の『〈袖玉〉女諸礼綾錦』†が出版された。〔小泉〕
◆おんなしょれいあやにしき [0447]
〈日用重宝〉女諸礼綾錦‖【作者】北尾辰宣作・画。田千里序。【年代】寛延四年(一七五一)序・刊。[大阪]田原屋平兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『女諸礼集大全』『女諸礼集十寸鏡(ますかがみ)』。大本七巻六冊、後に七巻合一冊。江戸中期を代表する庶民女性用の礼法書・女子用往来。本文をやや小字・一二行・付訓で記す。諸礼法については万治三年(一六六〇)刊『女諸礼集』†に基づき、その他の記事や全体の構成を元禄五年(一六九二)刊『女重宝記』†にならって編んだもの。口絵・前付に相当する「序の巻」を除いた本文は七巻から成る。一の巻は、「女教真見鑑(ますみのかがみ)」「婦人七去の事」など女性教養一般について。二の巻「婚礼の巻」は、「結納(ゆいいれ)の事」以下婚礼儀式全般と婚式後の付随的慣習について。三の巻「懐妊の巻」は、「懐妊か懐妊にあらざるを知る事」以下、産前から産後までの養生や、子どもの養育、通過儀礼について。四の巻「通方(かよいかた)の巻」は、「酌取りやうの事」以下、酒食の際の給仕法で、もてなす側(主人方)の礼法。五の巻「飲食給様の巻」は、小項目を立てずに食礼の教えを列挙したもので、前巻に対する客方礼法である。六の巻・七の巻はいずれも「諸芸嗜之巻」で、六巻が手習い、手紙・短冊・色紙の書き方、和歌の心得、七巻が歌がるた・貝覆い、茶道・香道について述べ、末尾に妙薬・染物・裁縫・包み方・大和言葉等の記事を補う。また、序の巻には「女十芸の図」から「源氏短歌」まで種々の記事を収録する。このように本書は、『女諸礼集』から庶民に縁遠い内容を削除し、逆に、女子教訓や生活心得、また教養・諸芸など『女諸礼集』に見られなかった内容を大幅に増補した一種の重宝記で、後続の類書の母体となった。〔小泉〕
★おんなしょれいいとすすき [0447-2]
女諸礼糸すゝき‖【作者】池上礒右衛門(守屋汀霍)作・書。【年代】天保一三年(一八四二)書。【分類】女子用。【概要】異称『女諸礼』。大本一冊。「めしくひやう」以下一二カ条に分けて女性礼法の基本を述べた往来。第一条「飯の食べ方」、第二条「湯づけの食べ方」、第三条「通いの事」、第四条「粽の食べ方」、第五条「茶の飲み方」、第六条「人の物語する時などの種々座礼」、第七条「三方の持ち方」、第八条「座敷の整頓、茶の出し方」、第九条「立ち居、歩行、言葉遣い」、第一〇条「酒の汲みよう」、第一一条「香をたく心得」、第一二条「読み書きの修練」について簡潔に説く。第一二条では、「をさなきより百人一首をよみ習ひ侍れとも、歌の心をしれる女すくなし」と戒めて、書物の説く道理や心を学ぶべきことを諭して結ぶ。本文を大字・四行・稀に付訓で記す。〔小泉〕
◆おんなしょれいしゅう [0448]
女諸礼集‖【作者】不明。【年代】万治三年(一六六〇)刊。[京都]田中文内板(大本)。また別に[京都]升屋平兵衛(本屋平兵衛)板(半紙本)あり。【分類】女子用。【概要】異称『女諸礼』。大本または半紙本七巻七冊。近世最初の大系的な女性礼法書。万治三年板には大本と半紙本の二様があり、後者は稀書複製会版が知られる(ただし稀書複製会版は明らかに落丁が存するうえ、乱丁も甚だしい)。このうち大本によれば、一之巻が「女房つねにわきまふべき色々」「女はうしつけかたの次第」「よろづくいかたの次第」「くいかたかよひの次第」の四章、二之巻が「ぢよようかたかよひの次第」「みやづかへする人心いれの次第」の二章、三之巻が「嫁取云入真草の次第」「よめ入の次第」の二章、四之巻が「真のしうげんの次第(女房向輿座入の次第)」「さうのしうげんの次第」の二章、五之巻が「産屋の次第」「誕生の次第」「元服の次第」の三章、六之巻が「四季の小袖模様」「酌取やうの次第」の二章、七之巻が「正月かゞみのかざりやうの事」「女官の次第」「服いとまの次第」「諸神さんけいの事」等の記事から成る。食礼や給仕方礼法、婚礼・出産その他通過儀礼、四季時服、化粧、諸飾り、服忌・参詣などにおよぶ女性礼法のあらましなど、主として宮仕えする女性のために編まれたものだが、当時家々で秘伝とされた礼法を公開した意義は大きく、本書を町人向けに再編集した寛延四年(一七五一)刊『女諸礼綾錦』†や天保一二年(一八四一)刊『〈新増〉女諸礼綾錦』†などの展開を通じて、女性礼法の一般化に多大な影響を及ぼした。〔小泉〕
★おんなしょれいちょうほうき [0448-2]
女諸礼調法記‖【作者】不明。【年代】江戸後期書。【分類】女子用。【概要】異称『小笠原流女諸礼調法記』。大本一冊。膳部作法を主とした客方礼法等の女性礼法を列記した庶民向け礼法書。まず、膳・餅・強飯・雑煮・饅頭・粽・麺類・吸物・茶・盃以下各種食礼を重点的に掲げ、続いて、給仕方作法、日常生活での行住坐臥の作法を紹介し、さらに末尾で「仮字がちに、いやしからず、しとやかに、美麗に」手紙を書くべきことや、男女の年中時服に触れ、日常生活でも一時として礼を忘れるべきでないことを述べて結ぶ。本文を小字・一二行・稀に付訓で記す。〔小泉〕
◆おんなせつようしゅうもじぶくろかほうたいせい [0449]
女節用集文字袋家宝大成‖【作者】山本序周作。月岡雪鼎画(宝暦一二年(一七六二)板)。【年代】宝永六年(一七〇九)刊。[大阪]秋田屋市兵衛(大野木市兵衛・宝文堂)板。【分類】女子用(節用集)。【概要】異称『女節用集文字嚢』『女節用文字袋』『女節用罌粟嚢』。大本一冊。天地・神祗・人倫・年月・衣食・草木・生類・器財・言語の九部門(「十門部分」最後の「正誤」は事実上の部門ではない)で、主に御所言葉など女性語に比重を置いて語彙を集めた独特の節用集。享保元年(一七一六)刊『男節用集如意宝珠大成』と対をなす。この両節用集と、同じく山本序周編の享保二年刊『文林節用筆海往来』†の頭書「節用字づくし」とは相互に密接な関連を持つ。このうち『女節用集』は文字通り女性用の語彙と記事が集められており、特に人物に関する注記は極めて長く、『節用集』としては異例である。語彙をやや小字・八行・付訓で記し、所々に割注を施す。また、付録記事は一般の女子用往来と同類のものが多く、享保六年板以降の改刻本とは若干の差はあるが、宝永六年板によれば、前付に「諸礼形之図」「〈当世風流〉紋所」「百人一首絵鈔」「万年暦大ざつしよ相生之事」「女ふみこと葉」「男の名づくし」「女中名づくし」等、頭書に「女二十四孝絵抄」「女武者物語絵抄」「茶の湯立様、喫茶之事并諸礼」「諸人片言なをし」「産前産後養生之事」「銭の売買相場之割付事」「男女かたぎ枕」「生下未分之語」等の記事を掲げる。さらに巻末に「〈京都・南都〉大仏殿之伝記」「夢うらなひの事」を収録するが、前者の記事中に「元禄二年(一六八九)まで○○年」という表記が数カ所見えることから、この年に編まれたものと推定され、あるいは宝永六年以前初刊の可能性もある。なお、現存する板種として宝永六年板・正徳元年(一七一一)板・享保五年板・同六年板・寛保三年(一七四三)板・宝暦一二年板が知られる。〔小泉〕
◇おんなせわようぶんしょう [0450]
〈首書絵抄〉女世話用文章‖【作者】前田さわ作・序。【年代】元禄一三年(一七〇〇)序・刊。[大阪]万屋彦太郎ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女世話字用文章大成』『女世話用文章大成』。大本三巻三冊。元禄五年刊『世話用文章』†の女性版ともいうべき異色の女用文章。例文には『世話用文章』の明らかな影響が見られる。序文に「章句めつらしく、其上女の弁かたき難字を加へ」とあるように、世俗諸般の事柄を俗語で綴った女文を集めたもの。上巻には「正月遊び云やる世話ぶんしやう并返事」「伊勢ぬけ参りの事云やるせわ文并返事」など一六通、中巻には「娘によひ子に成し事しらせやる文并返事」「かたびら染もやうたのみにやる文并返事」など一八通、下巻には「加茂の競馬見物に行し事云やる文并返事」「お物師紅たち損ないし事云やる文并返事」など一四通の合計四八通を収録する。全文を大字・ほとんど付訓の散らし書きで綴る。頭書にも「浦嶋物語并鶴亀島台の由来」「浦嶋大明神御縁起」「今やう薄雪物語并歌つくし、ふみつくし」「五節句の由来」「色紙短尺書やう」「女手かゝ見」など独特な記事を多く載せる。〔小泉〕
◆おんなぜんくんしつけぐさ [0451]
〈女訓姿見〉女前訓躾種‖【作者】手島堵庵(信・喬房・近江屋源右衛門・東郭・五楽舎・朝倉隠居)作。下河辺拾水書・画。【年代】安永八年(一七七九)刊。[京都]炭屋勘兵衛ほか板。また別に[大阪]河内屋茂兵衛ほか板(天保一四年(一八四三)板)あり。【分類】女子用(心学書)。【概要】異称『女子口教(にょしくきょう)』。大本一冊。石門心学書である安永二年刊『〈男子・女子〉前訓』のうち、女子の部に相当する「女子口教」の大意を綴った往来物。「手嶋堵庵先生著述」などと記すが、実際は板元などが勝手に編集したものであろう。本書頭書「前訓」にも「御男子七才より十五才まで、御女子七才より十二才まで、右之年に相応之御おしえを手嶋先生御講釈にて…」とあるように、もともと七〜一二歳位の女子を対象に編んだものと推測される。いずれもかなりの長文で、第一条「男女の別・女性の身持ち」、第二条「三従・身だしなみ・四徳等」、第三条「舅姑への孝・嫁入り・夫への服従・女訓書の学習・孝行」の三カ条に分けて説く。「一、第一、女は別といふ事をよく御辨へなさるべく候…」で始まる本文を大字・五行・付訓で記す。前付に「七種の若菜」「あるべきやうはといふ事」「婚礼の式」「結納の事」「愛宕参詣の心得の事」「御神楽大意」「孝の字解」「堪忍の字辨」「いろは板」等、頭書に「司馬温公家範婦人六徳和解」「賢女が梅訓」「屏風の慈愛」「身の養生の事」「家内和合する事」「前訓」「童部を育る事」「新敷衣服着初る心得」「衣服之事」「女用文章」「女たしなみ草」「万しみ物おとしやう」などを収録するが、多くが心学流の教訓である。なお、天保一四年(一八四三)再板本では、前付の一部が「神功皇后三韓退治御帰国之図」(色刷り口絵)や「本朝賢女鑑」などの記事に変更された。〔小泉〕
◆おんなせんざいわくんぶん/おんなせんざいわくんぶみ [0452]
〈文章必用〉女千載和訓文‖【作者】文正堂(紅屋長右衛門か)作(『江戸出版書目』によれば玉花子作)。月岡雪鼎画。【年代】宝暦九年(一七五九)刊。[江戸]吉文字屋次郎兵衛ほか板。なお『大阪出版書籍目録』によれば、板元は[大阪]吉文字屋市兵衛。【分類】女子用。【概要】異称『文章指南抄』『女文章手引草』。大本一冊。主題のイロハ分けによって例文を配列した独特な女用文章。冒頭に「亥子のいはゐに遣す文」「いまだあはざる方へ遣す文」「いむきよ(隠居)したる人へ遣す文」など「イ」音で始まる主題の例文を掲げ、以下、イロハ順に「せちふるまひよびに遣す文」まで合計一〇七通を収録する。本文をやや大字・八行・付訓の並べ書きで記し、原則として書止の「めでたくかしく」を省略する。例文も多いが付録記事も豊富で、巻頭に「神・尊・聖・賢・貞・列」の教訓と「文章指南抄」と題した散らし書き・並べ書きの各種書法(七通)、「小笠原流折形・結形」「しうげんの次第」「女の名字づくし」「女諸礼教草」などの記事を掲げ、頭書にも「四季衣装の事」「文枝折」「月の異名」「衣服の数詞遣」「道具数言葉づかひ」「名女伝記」「文のかきやう指南」「女言葉づかひ」「大和言葉」「呪咀調法記」「万病妙薬嚢」「しなさためけしやうの巻」「万染物の仕やう」「万しみ物おとしやう」「衣服秘事海」「道具智恵海」「女中智恵箱」「食物喰合之事」「料理重宝記」「色紙短冊寸法」「歌のよみやうの事」「名所古歌略集」等の多彩な家政・女子教訓関連の記事を盛り込む。なお、本書の増補版に明和七年(一七七〇)刊『女大成錦書』があり、本書の改題本『女用手引草』が寛政一二年(一八〇〇)頃、大阪・吉文字屋市兵衛により板行された。〔小泉〕
◆おんなせんじもん [0453]
〈頭書註解〉女千字文‖【作者】森川保之作・画。静亭南山序。西川竜章堂書。【年代】天保四年(一八三三)序・刊。[京都]吉野屋仁兵衛ほか板。[京都]丁子屋源次郎(福井源治郎・正宝堂・延宝堂)板(後印)あり。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。『千字文』にならって女性用の語彙・歴史・教訓に関わる内容を列挙した往来。「夫、我皇国(それわがみくには)、諾冉二柱(ぎみのふたはしらより)、万物造化(よろずのものなりいでて)、磐余彦尊(いわわれひこのみことより)…」のように漢字四字一句を基本とする合計二五〇句・一〇〇〇字から成る本文を大字・四行・付訓で記し、送り仮名等を小字で付記する。内容は、伊弉諾・伊弉冊による国造りの神話より筆を起こし、儒教・仏教の渡来、女性に関わりの深い史上の事象、烈婦・節婦などを中心に記述を進め、この間に、女徳、紡績裁縫、手習い、和歌・文学、医療・薬種など、女性に要用の語彙および生活心得について諭す。巻頭に「遊女(ゆづる)」等の小伝・挿絵、頭書に本文を解説した「女千字文註解」を掲げ、巻末に「十干十二支絵抄」を載せる。〔石川〕
◆おんなだいがく [0454]
〈改正〉女大学‖【作者】関葦雄作。深沢菱潭(巻菱潭)書。【年代】明治一三年(一八八〇)序。明治一四年刊。[東京]江島喜兵衛(万笈閣)板。【分類】女子用。【概要】異称『改正女大学』。半紙本一冊。近世流布本『女大学(女大学宝箱)』†を大幅に改編した明治期新編『女大学』。第一条「親の教えと娘を持つ親の心構え」、第二条「貞・信・孝・慈」、第三条「男女の別」、第四条「異性との交際」、第五条「夫への服従」、第六条「舅姑への孝」、第七条「夫の尊重」、第八条「親戚・朋友との付き合い」、第九条「緒言動の慎み」、第一〇条「家事への専念」、第一一条「勤倹・分限」、第一二条「使用人への慈悲」の一二カ条と、この条々を幼時より学ぶべきことを諭した後文から成る。本文を行書・大字・四行・無訓で記し、巻末に楷書・小字・一一行・付訓の本文を再録する。〔小泉〕
◆おんなだいがく [0455]
〈新撰増補〉女大学‖【作者】萩原乙彦(対梅)作。【年代】明治一三年(一八八〇)序・刊。[静岡]今津美之助(文正堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『新撰増補女大学』『増補女大学』。半紙本一冊。近世流布本『女大学(女大学宝箱)』†の明治期改編版の一つ。従来の『女大学』は「民間婦女ノ教誡」にふさわしいが、その「風俗、今昔ニ少シク異ナル所アレバ、則チ取捨セザル可カラズ」として、近代社会に馴染むように補訂を行い、その趣旨を一二節に分けて説く。第一節が女性の「僻み心」で始まるように、近世以来の女性観・女子教育論を踏襲しながら、男女の性の違い、幼少時の女子教育、婦容、親の教え、女性らしい心掛け、男女の別、七去(二不去)、舅姑への孝、夫への服従、婦人の衣装、婦人の外出や家政について言葉を尽くして丁寧に説く。本文を楷書・やや小字・一〇行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おんなだいがく [0456]
〈新編〉女大学‖【作者】指原安三作・序。福羽美静序。西村茂樹・細川潤次郎校。【年代】明治二六年(一八九三)作。明治二九年刊。[東京]原亮三郎(金港堂)板。【分類】女子用。【概要】半紙本二巻二冊。水戸景山・松平楽翁(定信)・上杉鷹山・曹大家・蔡中郎・呂近渓など和漢先哲の女訓書や『西洋節用論』『西洋女大学』等の西洋教養書などから、日本の風俗に合う教訓や伝記を集録した絵入り女訓書。「世界平等の道徳」「国土によりての道徳」「時世によりての道徳」の三つの観点から編んだ全八編六六章からなる。上巻には「勧学」「女子前訓」「孝行」「孝貞」「貞淑」の五編合計三六章、下巻には「家政」「母訓」「節義」の三編合計三〇章を収録する。古語・故事・伝記などをしばしば引用して詳しく説く。また、「七去」のような近世以来の教訓を否定する一方で、万民の国家への滅私奉公を説く国家主義的な教訓になっている。本文を楷書・やや小字・一〇行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おんなだいがくえしょう [0457]
女大学絵抄‖【作者】光盛舎作丸作。歌川芳盛(一光斎)画。【年代】元治元年(一八六四)序・刊。[江戸]吉田屋文三郎板。【分類】女子用。【概要】異称『〈元治新板〉女大学絵抄』。中本一冊。『女大学(女大学宝箱)』†の本文を大字・四行で記し、本文中の所々に本文要語を絵解きした小さな挿絵を加え、さらに本文の左側にごく簡単な解説文を小字で付記した往来。本書と同体裁の往来物が、幕末に江戸書肆・吉田屋文三郎によって数多く出版された。〔小泉〕
◆おんなだいがくたからばこ [0458]
女大学宝箱‖【作者】柏原屋清右衛門作か。【年代】享保元年(一七一六)刊。[大阪]柏原屋清右衛門板。【分類】女子用。【概要】異称『女大学』。大本一冊。『女大学』本文のみ、またはそれに多少の記事を付録させたり、『百人一首』その他の女子用往来と合綴するなど種々の形態で、また、その書名も初板本『女大学宝箱』を始め『女大学宝文庫』『女大学教文庫』のように『女大学○○』の書名で極めて多数の刊本が伝わるほか、『女訓大学』†なる改題本も存する。普及の面では『女今川』†と並んで最も板種の多い女子用往来だが、その背景には一般に「貝原益軒作」と信じられてきた事情があったと考えられる。しかし本書の成立に柏原屋清右衛門が関わっていたことは疑いない。まず『和俗童子訓』巻之五「教女子法」全一八カ条のうちの一三カ条を抽出して改編した『新女訓抄』(全一一カ条。正徳二年刊『女用智恵鑑』†中に所収)が益軒生存中に成り、さらにこの『新女訓抄』中の七カ条を母体に、各条を短文に分けて全一九カ条および後文としたものが『女大学』であった。内容は、第一条「親の教え」、第二条「女徳」、第三条「男女の別」、第四条「七去」、第五条「舅姑への孝」、第六条「夫への服従」、第七条「夫の兄弟との和睦」、第八条「嫉妬と諌言」、第九条「言葉の慎み」、第一〇条「家事への専念」ほか、第一一条「信仰について」、第一二条「分限に基づく家政」、第一三条「男女の隔て」、第一四条「衣服の心得」、第一五条「親戚付き合い」、第一六条「舅姑への孝と婚姻後の心得」、第一七条「自ら家事を行うべきこと」、第一八条「下女を使う心得」、第一九条「婦人の心の五病」で、後文には以上の条々を幼時よりよく学ぶことが女子生涯の宝となることを強調して締め括る。初板本系『女大学宝箱』は、「女大学」本文を大字・五行・付訓で記し、頭書に「女職人之図」「同商人之図」など庶民女性の職業を紹介し(往来物では最も早い)、さらに前付に「女農業之図」「南都八景之図」「十二月色紙和歌」「源氏物語絵抄」「同引歌」、後付に「(婦人)世継草」「同産前之次第」「同産後之養生」「小児やしなひ草」「同急病妙薬」「二十四孝和解」「百人一首絵抄」などを収録する。また、本書に『百人一首』を加えた増補版も寛政期以降に数回出版されるなど、初板本系統だけで明治初年までに約二〇種の板種を数える。そのほか、『百人一首』や『女今川』、あるいは女用文章等と合冊されたものなども含め、『女大学』は江戸中期〜明治期にかけて一八〇種以上の刊本が発見されている。近世・近代に与えた影響も甚だしく、近世期に天明五年(一七八五)刊『新撰女倭大学』†、天保五年(一八三四)刊『続女大学』†、慶応二年(一八六六)刊『新女大学要鑑』†の異本三種と、明治期に明治七年(一八七四)刊『女訓(一新女大学)』†『土居光華編近世女大学』†、明治九年刊『文明論女大学』†、明治一〇年刊『修身女大学』†、明治一五年刊『新撰女大学(西野古海作)』†、明治一七年刊『新撰女大学(佐久間舜一郎ほか編)』†、明治二二年刊『明治女大学』†など一〇種以上の改編版を生んだ。〔小泉〕
◆おんなたしなみにちようだから [0459]
女嗜日用宝‖【作者】山田野亭作。池田東籬書。【年代】天保一四年(一八四三)刊。[京都]大文字屋専蔵ほか板。また別に[京都]大文字屋与三兵衛(積文堂)ほか板あり。【分類】女子用。【概要】異称『女中嗜日用宝』。横本一冊。「衣服のたち様、日々惣菜の仕やうを始とし、貯食の拵やう、男女相性、守り本尊、ゆめはんじ、其外女の嗜になるべき事」(方簽)をコンパクトにまとめた携帯用の往来。巻頭に女子教養図や「女一生道中記の図(婦人一生道中記細見図)」などの色刷り口絵を掲げ、「仕立物并衣裁心得」「女文認やう并脇付」「のし塩包の折形」「女の用べき守品々」「懐胎十月の図」「女中妙薬秘伝」「万しゆみおとしの法」「四季惣菜心得」「食物貯やう秘伝」「男女相性善悪」、その他暦占関連の記事を種々収録する。女子用往来などに付載される種々の記事を集めた、一種の重宝記でもある。なお、本書の増補版に『女文章躾鑑』†がある。〔小泉〕
◆おんなちゅうきょうみさおぶんこ [0460]
女忠教操文庫‖【作者】岡鳳鳴(懋徳・粛夫)作。【年代】天明元年(一七八一)以前作。享和元年(一八〇一)刊(再板)。[大阪]勝尾屋六兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女忠教』。大本一冊。漢の馬融作『忠経』にならい、『大載礼』の「七去」説を仮名書きにした往来。「不順章」「無子章」「淫章」「嫉妬章」「悪疾章」「多言章」「竊盗章」の七章と前文・後文から成る。まず、前文で忠・孝の大切さを説き、続く七章で「七去」を説明し、さらに後文で本書を繰り返し読むことや、母としての心掛けについて諭す。本文を大字・六行・付訓で記す。前付に「十二月衣装」「諸職歌仙宗祇詠猩々翁定図」、頭書等に「賢女伝」「小笠原折形の図」「進物類折かみ書様」「御厨子・黒棚等飾り方」「婚姻むねの守」「結納小袖の事」「女言葉づかひ」「男女相性」等を収録するほか、享和元年板の末尾には「女今川」を合綴する。なお、享保一五年(一七三〇)刊『女中庸瑪瑙箱』†広告中に『女忠教御伽文庫』の書名が見えるが、本書の先行書であろうか。〔小泉〕
◆おんなちゅうようめのうばこ [0461]
女中庸瑪瑙箱‖【作者】植村玉枝子(内藤玉枝・晩香散人・清福斎)作。中村三近子書。漱石子・方国画。【年代】享保一五年(一七三〇)刊。[京都]植村藤次郎(伏見屋藤次郎・藤治郎・錦山堂・通書堂・玉枝軒)板。【分類】女子用。【概要】異称『女中庸』『〈日用重宝・頭書絵抄・増補教訓〉女中庸瑪瑙箱』ほか。大本一冊。跋文によれば、植村の叔父である渡辺氏が「賢き人の教訓、みぬ唐(もろこし)の書を探、漢文字(おとこもじ)に書」き綴ったものを植村が「和文字(おんなもじ)に和解(やわらげ)」たものが本書という。また巻末では、『女大学宝箱』†と『女中庸瑪瑙箱』の両書が「女子の心操(こころいれ)を直くするの明鏡」であると宣伝する。「一、夫、人の妻を親迎(むかふ)る事は、第一、我父母に我身と与(とも)に能(よく)つかへさせむか為也」で始まる第一条「舅姑への服従」以下、第二条「三従・貞節」、第三条「婦人の四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)」、第四条「継母・継子」、第五条「貞心一筋」、第六条「不邪淫・貞節」、第七条「婦人の務め」、第八条「堪忍」、第九条「忍耐・和順・慈愛」、第一〇条「下人を使う心得」までの条々を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「百行教忍図」「女教誡諌歌」「修学寺八景図」「三十六人新歌仙図」「五節句和歌図」「五倫和歌図」、頭書に「唐土賢女鑑」「女教誡故事談」「産前重宝記」「産前養ひ草」「産前後禁好物」「女消息近道仮名遣」「香道秘事」「狂歌奇妙集」「七夕新名歌集」「女通用文字宝」「女中伝授嚢」等の多彩な記事を掲げる。後、明治四年(一八七一)に藤村秀賀校訂の改刻本(色刷り口絵を付し、前付等に異同あり)が出版されるまで数回に渡って再板されたほか、本文のみを抽出した『御家流女中庸』『女中庸宝文庫』『女中庸教訓鏡』など比較的多くの板種を生んだ。〔小泉〕
◆おんなちょうほうき [0462]
〈ゑ入〉女重宝記‖【作者】苗村丈伯(艸田寸木・三径)作・序。【年代】元禄五年(一六九二)刊。[京都]吉野屋次郎兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『〈ゑ入〉女重宝記大成』『〈ゑ入図入〉女重宝記大成』『〈万事〉女重宝記大成』『〈新板絵入〉女重宝記大成』『新板増補女重宝記』『増補女重宝記』『女重宝記諸礼鑑』。半紙本または大本五巻五冊、後、五巻合一冊。元禄期以降に数多く板行された重宝記類のうち最も流布したもの。自序に「今、この五冊の草子に、女の善を述べあらわして、かのひがみを揉めなをし、女の覚へてよき事を書あつめて、かの拙を直ならしめ申候」とあるように、女子一般の教訓を含む女性生活百科の嚆矢である。一之巻「女中万たしなみの巻」は、「女は人間のはじまりの事」以下七項で、養生・風俗・教養・言葉遣い・化粧・衣裳など日常生活全般の心得。二之巻「祝言の巻」は、「祝言の次第」以下一〇項で、婚礼祝言・諸飾り・給仕作法・食礼について。三之巻「懐妊の巻・子育て様」は、「懐妊の事ならびに養生の次第」以下一七項で、産前後の養生、妙薬、新生児養生、服忌など。四之巻「諸芸の巻」は、「手習ひの事ならびに文書く事」以下九項で、手習い・和歌・琴・貝覆い・歌かるた・香などの諸芸と「女中諸病妙薬」「万染み物落し様の事」。五之巻「女節用集字尽」には、器財・衣服・絹布・染色等の字尽や「源氏物語目録」、仮名遣い、五節句、「新大和言葉」「小笠原流万包様・折形之図」など一〇項を載せる。本文をやや小字・九〜一二行・所々付訓で記し、各巻に挿絵数葉を掲げる。板種も頗る多く、元禄五年・同一三年・同一五年(八月・一二月)・宝永八年(一七一一)・刊年不明(数種)などが知られるほか、享保一四年(一七二九)以前の改題本として『〈ゑ入〉女宝蔵(女たから蔵・おんな宝蔵)』があり、さらに挿絵を一新した全面改訂版『〈絵入日用〉女重宝記』†(高井蘭山校訂)が弘化四年(一八四七)に出版された。〔小泉〕
◆おんなちょうほうき [0463]
〈絵入日用〉女重宝記‖【作者】高井蘭山作・序。葛飾応為(栄女・阿栄)画。【年代】文政一二年(一八二九)序。弘化四年(一八四七)刊。[江戸]和泉屋金右衛門ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『〈増補日用〉女重宝記』。大本五巻五冊、または五巻合一冊。元禄五年(一六九二)刊『女重宝記』†の一部を増訂し、挿絵を一新したもの。その繊細な挿絵は北斎の娘・阿栄によるもので、元禄板の挿絵とは衣装・髪型・風俗、婚礼儀式等に変化が見られるように、本書は元禄板の「流行におくるゝ事多」き点を修正・補訂したものである。一巻「女中万たしなみの巻」の「七、衣類の沙汰ならびにそめやうの事」で、文政年中の風俗を補足説明したり、二巻「しうげんの巻」の巻頭で婚礼における迷信・俗習の悪弊を指摘するなど部分的な増訂のほか、同巻「十一、貝合の紀元」と「十二、天児(あまがつ)の事」のように、項目そのものを新設した箇所もある。このほか、風俗・家庭医療・産育・迷信・故実など随所に加筆・修正が加えられた。〔小泉〕
◆おんなちょっとあんもんたいぜん/おんないっすんあんもんたいぜん [0464]
〈増補〉女一寸案文大全‖【作者】山田屋佐助作。松堂(村上松堂か)書。【年代】嘉永四年(一八五一)再刊。[江戸]山田佐助ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『〈婦人日用〉女一寸案文』。中本一冊。「年始の文」から「雪見舞のちらし」までの四九通を収録した女用文章。主に前半部に四季行事など各月の例文、後半に女性の通過儀礼や吉凶事に伴う例文を載せる。ここまでは全て大字・五行・付訓の並べ書きで綴り、さらに末尾に四季の散らし文九通を収める。内容上際立った特色はないが、王子稲荷参詣、小船町天王祭礼、上野・日暮里(ひぐらし)遊覧、両国山田屋、柳橋など、江戸庶民に馴染みのある風物や地名を点在させて雰囲気を出す点が特徴。巻末に「女中名つくし」「片かないろは」等の記事若干を付す。なお、男子用の『一寸案文』†のように本文冒頭が「一寸(ちょっと)」で始まる例文はない。〔小泉〕
★おんなつうようふみぶくろ [0464-2]
女通要文袋‖【作者】居初津奈作・書。西川祐信画。【年代】宝暦五年(一七五五)刊。[京都]銭屋庄兵衛(斉藤庄兵衛・雲箋堂)板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。元文三年(一七三八)刊『女文林宝袋』†の改題本。元禄三年(一六九〇)刊『女書翰初学抄』†の改刻本・模刻本は多いが、本書は元禄三年板の旧版下の一部)を改刻した『女文林宝袋』の付録記事を一新したもの。前付に「紫式部小伝」「女教誡八花形」「和歌十体絵抄」「和歌并文章仮名遣之事、付和字之由来」「楊子指仕様秘伝」「色紙短冊寸法并書様」「女言葉づかひ」「養蚕の由来」「十桃&キ様口伝」「目録折紙書様」「小笠原流折形」「両指花笄之図」「進物積様之図」「当世替りかんざし雛形」「三味線名所図」「裁物秘伝」「琴名所の図」「女中文の封様事」「双六之図」「謡歌十徳」「女中教訓所体鑑」「婚礼之図説」「七夕祭の由来」、また、巻末に「錺煖鍋之図」「蝶花形之由来」を収録する。〔小泉〕
◆おんなつれづれしきしぞめ [0465]
女つれ色紙染‖【作者】中村甚之丞原作。【年代】享保六年(一七二一)刊。[大阪]敦賀屋九兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『女つれ』『色紙染』。大本一冊。元禄六年(一六九三)刊『女筆四季文章』†(中村甚之丞作)の改題本。本文を大字・五行・所々付訓で記す。『女筆四季文章』と異なる点は、@本文冒頭の首題『四季往来(上)』を『女つれ』に改刻し、中・下巻の首題を削除した結果生じた空白を埋めるために上巻最終丁裏の末尾「四月八日」に続けて「白たえ/桃の井殿」の二行、中巻最終丁裏の末尾「八月朔日」に続けて「梅かへ/いさよひ様」の二行を埋め木した点、また、Aもと三巻三冊本を合わせて一冊としたのに伴い、各巻毎の丁付けを全巻通しに改刻した点、B冒頭一丁表に梅の図一葉を掲げた関係で、その部分の頭注を第一丁裏に移動させた点(そのため同丁の挿絵一葉を削除)、C本文末尾(刊記部分)は全面的改刻となり、中村甚之丞の跋文と頭注(「神馬藻(ほだわら)」)を削除し、本文末尾「十二月廿五日」の後に「初花との、参る」の一行と「享保六年」云々の刊記を追加し、頭書に「女中文の封じ様の次第」を掲げた点である。以上の微細な点を除いて本文には全く変わりがなく、むしろ序文一丁に替えて増補した前付七丁が大きな変化で、そこには「諸国名所(和歌浦名所ほか八景」「女中風俗」「歌よみやう」「連歌の仕やう」「俳諧の仕やう」「狂歌づくし」「女中しつけ方」「女中諸げい図式」「小笠原折形」「台のつみ物」などの記事を収録する。〔小泉〕
◆おんなていきん [0466]
女庭訓‖【作者】和田宗翁作。窪田やす書。【年代】万治(一六五八〜六一)頃刊。[京都]丸屋源兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『女庭訓往来』『〈女訓日用〉女庭訓宝種』。初板本は大本三巻三冊、また後印本『〈女訓日用〉女庭訓宝種』は三巻合一冊。後続の諸本は多くが大本または半紙本一冊。『女庭訓往来』は、江戸中・後期にかなりの普及を見た代表的な女子用往来で、本書はその初板本。代々女筆を輩出した窪田家(窪田宗保)の娘・やすによる女筆手本で、『女庭訓〈女筆〉』の題簽を有する三冊本である。上巻には一〜四月、中巻に五〜八月、下巻に九〜一二月の各月往復二通、一年一二カ月で合計二四通の女文を収録するが、年中行事の故実を主とする教養や女性の言葉遣い・心得等に重点を置いて編まれたものであって、実用本位の一般的な女用文章とは異なる。一月は、宮中の正月風景や行事について述べた後で楊弓の会を案内する往状とその返状。二月は、東山の花見の誘引状とその返状。三月往状は任国に赴く道中について問う文で、その返状で粟田山から関の藤川までの名所旧跡をかなりの長文で紹介する。四月往状は女性の道について教示を求める手紙で、その返状で「四徳(婦徳・婦容・婦言・婦功)」などを詳しく説く。五月状は端午の節句祝儀状で、特に御厨子・黒棚の飾り方について述べる。以下、六月状は祇園会、七月状は乞巧奠、八月状は八朔祝儀と秋の極楽寺参詣、九月状は重陽の節句と庚申待ち、一〇月状は猪子の祝儀と女性の心延え、一一月状は新嘗祭、一二月状は着物の染色についての問答文を収録する。いずれも往状で問い、返状で答える形式のため、多くの場合返状が長文で綴られる。このように、本書は女性としての知識・教養・心得の習得に重点を置いた往来である。全文を大字・五行・所々付訓の並べ書きで綴り、任意の語句に細注を施す。なお、本書三巻本の重版本に『〈女訓日用〉女庭訓宝種』(京都・菊屋七郎兵衛板)があるが、この書名は『延宝三年(一六七五)書目』から見え、文化一四年(一八一七)板『女庭訓御所文庫』†等の書目にも見えるため、三巻本の重版は一五〇年以上行われたことになる。このほか、本書を始祖として、数多くの類書(板種約六五種)が刊行されたが、中でも多数の挿絵や付録記事を加えた享保二年(一七一七)刊『女庭訓御所文庫』†は最も普及した。〔小泉〕
◆おんなていきん [0467]
〈長歌〉女庭訓‖【作者】橘東世子(東世)作。橘道守書。【年代】明治一三年(一八八〇)刊。[東京]椎本文庫(橘道守)蔵板。[信州佐久]浅井増太ほか売出。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。夫への仕え方を説いた長歌形式の教訓。「天皇(すめろぎ)の、遠き御代より、女子(おみなご)と、生れつる身は、吾父の、家をば継かず、我母の、家には住ず、夫(せ)とたのむ、男にそひて、その家を、家と住べき、ことわりに、定まりたれば、夫の父を、ちゝといたゞき…」と筆を起こし、「夫の命にかしづきてつかへまつらん心得」を縷々述べる。末尾に「をし出る枝より花もうつろへば、奥ゆかしくて香に匂はなん」「おりたちて夫(つま)に従へ陸奥の、けふの細布むねあはずとも」など反歌八首を付す。本文を大字・四行・稀に付訓で記す。なお、筆耕の橘道守は作者の子である。〔小泉〕
◆おんなていきんごしょぶんこ [0467-2]
〈頭書絵抄・和漢女礼式〉女庭訓御所文庫‖【作者】下河辺拾水・月岡丹下(昌信・雪鼎)画(明和四年(一七六七)板以降)。【年代】享保二年(一七一七)刊。[大阪]万屋彦太郎板。【分類】女子用。【概要】異称『女庭訓往来』『女庭訓』。大本一冊。万治(一六五八〜六一)頃刊『女庭訓』†に豊富な挿絵や付録記事を加えた読本用の往来物。『女庭訓往来』は、一年一二カ月合計二四通の女子消息文の形式で、年中行事の故実を主とする教養や女性の言葉遣い・心得等を説いた往来で、本書は初板本以後の類書中で最も流布した。『女庭訓』の本文を大字・七行・所々付訓で記し、各月に一葉ずつ合計一二葉の四季風物の挿絵を掲げる。また、前付に「文車ちりつかの図」「紫式部石山記」「源氏香の図」「源氏貝和歌」「蝶花形酒の始、并四季嶋台図」、頭書に「女教訓躾方」「手習并女文字の始り」「玉章のはじまり」「女信の道を守事」「夫人と傅妾道を正す事」「はうその妻女宗が事」以下種々の和漢故実、また「女に七ッの嗜の事」「歌賃の始の事」「口は禍の門と云事」「正月儀式の事」「三月三日祝(ことぶき)の事」「五月五日祝の事」「七月七日祝の事」「九月九日祝の事」、巻末に「女中かなづかひの事」「四季紙和歌并月の異名」等を収録する。本書は、享保二年板に続く明和四年板で挿絵等が一新された後は明和板が踏襲され、寛政二年(一七九〇)板・文化一四年(一八一七)板・天保六年(一八三五)板・天保七年板・慶応二年(一八六六)板など何度も版を重ねた。〔小泉〕
◆おんなていしん [0468]
女貞信‖【作者】慶行三向(恵行)作・書・跋。【年代】文政八年(一八二五)作・書。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。小谷三志に師事した著者が三人の妹へ説いた不二道系の女子教訓。第一条「事に勝れるといへども、是を貴しとはせず、父母に孝あるを以良とす」や第四条「貞女は是万代の宝、命終れば人の鏡と成」のように、『女実語教』†(一部『女今川』†の影響も見られる)にならった長短含む全一八カ条と後文から成る。忠孝・貞心、天道への服従、謹身、財貨・物欲への戒め、参詣その他群衆へ近づかないこと、気(魂)の不滅、性生活の意義などを諭す。後文では、四恩に思いをいたし、身を省み、日々報恩のための修行に努めるべきことなどを説く。本文を大字・三行・付訓の手本用に綴り、所々細注を施す。跋文には著者が常々鳩三志の教えを受けてきたことや、本書執筆の経緯、不二道の根本等について述べ、末尾に「兄、三人之女子とも伝也」と記す。〔小泉〕
◆おんなてならいおしえぶみ [0469]
女手習教文‖【作者】吉文字屋市兵衛作。【年代】江戸後期刊。[大阪]吉文字屋市兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『女要文章宝鑑』。大本一冊。明和三年(一七六六)刊『女要文章宝鑑』†の改題本。『女要文章宝鑑』末尾の例文一三通を削除し、結局、「初春に遣す文」から「孫をもふけたる方へ遣す文」までの合計九九通を収録する。頭書は「三十六人歌仙」から「料理重宝記」までを掲載。前付は明和三年板を一部流用しつつも他の往来物の前付なども流用し、「稲田姫略伝」「出雲国大社図并八景」「歌人故実」「しうげんの次第」「女の名字つくし」を収録する。〔小泉〕
◆おんなてならいきょうくんのしょ [0470]
女手ならひ教訓の書‖【作者】不明。江見屋吉右衛門(蘭香堂・上村吉右衛門)序。【年代】享保元年(一七一六)刊。[江戸]江見屋吉右衛門板。【分類】女子用。【概要】異称『女手習教訓書』『女子手習状』『〈大字新刻〉女手習教訓鏡』『女手習状』『女手ならひ状』。大本一冊。『初登山手習教訓書(手習状)』†にならって、手習いの心得を綴った女子教訓書。「古しへは物かゝぬ人も世におほかりしとはきけ共、今は此めて度御代にむまれて物かゝねは、常にふじゆうなるのみにあらす…」と書き始め、まず手習いの重要性を述べ、特に学習期間が限られた女子はまず第一に心掛けよと説く。さらに、成人後も大いに役立つ手習いの徳を讃え、最後に「物かく事」は「現世・来世の宝」であり、「物かくゆへに仕合よき女性も世に多し」とその有益さを強調して結ぶ。本文を大字・五行・ほとんど付訓で記す。数種の板種が存在するが、そのうち最古と思われる江見屋板には前付に「女しつけがた」「女たしなみ草」「女一代身もちかゝ見」、頭書に「短歌身の上(たがみのうえ)」「食物くい合」「万どくけし」「七夕うた尽」「百人一首よみくせのならひ」「文の封しの事」を載せる。この江見屋板(大本)は、明和八年(一七七一)刊『新女今川姫鑑』中に合綴されているように、江戸中期の刊行であることは間違いない。さらに、文政二年(一八一九)板『女手ならひ教訓の書』(江戸・江見屋吉右衛門板)半紙本(または中本)一冊の刊記に「享保元丙申開板」と記すため、この享保元年板が初刊と推定される。大本の江見屋板には文政二年板とほぼ同文の序文を付し、版式からいっても享保頃の刊行であることは疑いなく、大本の江見屋板は享保元年板もしくはその改刻板と位置づけられる。序文に「ある方にて門弟の女子に書てあたへ給ふをひたすら乞もとめて」上梓したとあるため、作者は江戸府内の手習師匠であろうか。なお、『江戸本屋出版記録』によれば、二冊本の『女手習状』(門尚太郎叟作。江戸・平野屋善六板)が享保一七年に刊行されている。元文五年(一七四〇)刊『女文章艶姿』†の後半部に合綴された「女手習状」(柱で上下巻を区別)がこれに相当すると思われるが、大本の江見屋板とは異板である。〔小泉〕
★おんなてほん [0470-2]
女手本(仮称)‖【作者】不明。【年代】宝永元年(一七〇四)刊。[京都]和泉屋茂兵衛(揚文軒)板。【分類】女子用。【概要】大本二巻二冊。『〈新板〉女手本』†の改編本で標記書名は仮称であり、現存本は上巻のみ。ただし上巻冒頭(第一丁裏)に上下巻の目録および刊記があり、概要が知られる。それによれば、上巻に「はやさきの梅花おくる文」から「物をもらいて礼にやる文」までの八通、下巻に「ほとゝぎすの初音聞てやる文」から「さん所へ祝ひやるふみ」までの一〇通の合計一八通を収録する。類書・異板が多く、いずれも刊年・刊行地未詳であり、本書は、これらが京都で出版されたことを示唆する。なお、巻頭口絵(手紙を書く貴婦人の図)は明らかに元禄(一六八八〜一七〇三)以前のものであり、宝永板が先行書の再板であることを如実に物語っている。〔小泉〕
◆おんなてほん [0471]
〈新板〉女手本〈かはり〉‖【作者】不明。【年代】万治(一六五八〜六一)頃刊か。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】異称『〈新板〉女てほん』。大本二巻二冊。江戸初期女筆手本の一つ。筆者名や刊年の記載がないが、装訂などから万治頃の刊行と思われる。上巻には新年から早春の頃の手紙や、旅立ち餞別状、男子出産祝儀状など六通を載せ、下巻には弥生節句祝儀の礼状以下、郭公の初音、端午節句、夕涼みの祇園散策、七夕、八朔、通天の紅葉見物などを題材にした七通を収録する。全文散らし書きで、中には同一文中に「かしく」を三回使用する例も見られる。また、原題簽下部に「かはり」、角書に「新板」の文字を添える版があることから、江戸前期に数度にわたって刊行されたことが明らかであり、事実、異板数種が確認されている。その一つである吉海本は、下巻七通に続けて「初雪の詠歌の披露を求める文」と「歳暮祝儀の礼状」の二通を増補したもので、この増補版にも異板が確認されている。このほか、挿絵数葉を加え、字配りが大幅に異なる別本(学芸大本)もあり、それには「宝永(一七〇四〜一一)」の書き入れがある。なお、本書の改編版に宝永元年(一七〇四)刊『女手本』†二巻二冊がある。〔小泉〕
◆おんなてほんかおよぐさ [0471-2]
女手本〈かほよ草〉‖【作者】素証子書。【年代】承応三年(一六五四)以前刊。[京都か]刊行者不明。【分類】女子用。【概要】異称『ある人むすめのかたへ教訓の文』。大本一冊。江戸期を通じ、『西三条殿長文』『烏丸帖』『今川了俊息女教訓文』など様々な書名で呼ばれ、異本も多種に及ぶ一群の女子教訓書の一つで、類書中最古の刊本。大字・五行・付訓の並べ書きで記す。古態を持つと思われる『仮名教訓』†と較べると、第四条の後半からの条目の順序が大きく入れ替わる。すなわち『仮名教訓』を基準にしていえば、第四条後半部が独立して第一〇条に、以下第五条が第八条、第六条が第六条、第七・八条は削除され、第九条が第五条、第一〇条が第七条、第一一条が第九条となり、さらに各条に引用される和歌の配置にもかなりの異同がある。また、条文が最も長文の第四条には、他の類本にはない「源氏品定」に言及する記述もあり、注目される。巻末にはこの一連の教訓書の成立に関わると見られる内容を含む奥書が記されるが、それによれば、まだ幼い娘をもつ友が、「かれが手本にもとて、此案草ふところにして」訪ねてきたのを、素証子なる者が「みづからつたなき筆のすさびにうつしつかはし」たものであるという。「案草」を文字通り原稿の意味ととれば、この『かほよ草』こそが、本系列の原本ということになる。奥書の末尾と「素証子浄書之」という間には一行文の余白があり、そこに本文と同筆で「承応三歳純陽中旬」と墨書きしてある。おそらく肉筆手本の代用として、要望のあるたびに年時を書き込んでいったものであろう。〔母利〕
◆おんなてらこちょうほうき [0472]
〈童女専用〉女寺子調法記‖【作者】池田東籬作。小沢南画。【年代】文化三年(一八〇六)刊。[京都]鉛屋安兵衛ほか板。また[京都]菊屋喜兵衛ほか板あり。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。男子用の合本科往来である安永五年(一七七六)刊『寺子調法記』†を模倣して編んだ女子用往来。文化板では「女実語教」「女商売往来」「女今川」の三本を収録する。一方、天保一三年(一八四二)再板本では「女手習教訓状」を増補し、収録順序を「女実語教」「女今川」「女手習教訓状」「女商売往来」と改めた。このうち、「女実語教」は元禄八年(一六九五)刊『女実語教・女童子教』†(居初津奈作)の本文を「女実語教」と「女童子教」に分けずに一本化したもの。「女今川」は貞享四年(一六八七)刊『女今川』†とほぼ同文。また、「女商売往来」は、元禄七年刊『商売往来』†(堀流水軒作)を単に仮名交じり文に和らげたもの。冒頭に「凡、商売の家に生ゝ人は勿論、女とてもいづれの妻となるらん、持扱文字、員数、取遣之日記、証文、注文…」と述べるが、特に女性を意識して書かれた箇所はない。従って、その内容面よりも『商売往来』が初めて女子用往来に導入された意義の方が重要である。また、この部分を抽出した単行本もある。さらに、天保板で追加された「女手習教訓状」は享保元年刊『女手ならひ教訓の書』†とは異文であり、実は天保二年刊『〈教諭必用〉女古状揃』†所収の「女手習織縫教訓状」をほぼそのまま踏襲したものである。いずれも本文を大字・六行(それぞれ冒頭丁表のみ五行)・付訓で記す。文化板の前付・頭書には「琴・三味線由来」「香のきゝやう」「歌かるたの事」「茶湯の事」「双六のはじまり」「女身持鑑」「女中言葉づかひ」「婚礼云まじき詞」「小笠原折形の図」「大日本国尽」「京都町尽」「男女相性の事」「縫物秘伝」「家名尽」「女中名頭字」「諸道具字尽」「衣類の字」「草木字尽」「四季の文づくし」「書初詩歌」「七夕詩歌」「十二月倭名」等の記事を載せるが、天保板では「女手習教訓状」部分の頭書が追加されるなど若干の変更が生じた。〔小泉〕
◆おんなでんしんしょう [0473]
〈日用重宝〉女伝心鈔‖【作者】玉水画。【年代】嘉永四年(一八五一)刊。[京都]平楽寺勘兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女伝心抄』。横本一冊。裁縫・調理・暦占・通過儀礼・産育・四季礼法・年中行事等に関する記事を集めた女性教養書で、一種の女性版『大雑書』。本書を座右の書として繰り返し読めば自然と心に通じるという意味で『女伝心鈔(抄)』と名付けたとする。また、本書に書かれた事柄が「家内和合の基本」であると諭す。「一、大意」「二、年徳神の事」「三、ぬいそめの事」「四、女伝心の事」「五、煮焚の事」「六、女言葉遣ひの事」など六四項目と「巾着仕立上の事」「くはんぜ形巾着の図」を収録する。本文を小字・一五行・ほとんど付訓で記す。また、巻頭の色刷り口絵を始め、随所に裁縫図などの図解・挿絵を載せる。巻末に、縁談から婚礼儀式・祝儀物、その他の記事二三七カ条から成る『〈万代重宝〉観世流婚礼女伝心抄』一冊の近刊予告を載せるが、未刊と思われる。〔小泉〕
◆おんなどうじおうらい [0474]
〈百人一首・三十六人歌仙・伊勢物語〉女童子往来‖【作者】不明。【年代】正徳五年(一七一五)刊。[大阪]油屋与兵衛(文革堂)ほか板。また別に[大阪]渋川清右衛門ほか板(後印)もあり。【分類】女子用。【概要】大本一冊。角書にあるように『百人一首(歌仙絵・略注入り)』『三十六人歌仙』『伊勢物語』を中心に、前後や頭書に種々の付録記事を収録した女子用合本型往来。巻頭に「大和国中名所之図」を掲げ、以下「二十四孝」「大和廻竜田詣さそひにやる文」「三条西殿御息女への文(一〇カ条)」「染呉服見せに遣す文(もやうつくし)」を載せる。このほか頭書等に「はちかつき物語」「いろは歌(身もちかゞ見・しつけがた)」「色紙の書やう」「短冊の書やう」「うす雪物語」、巻末に「七月七日たなはた歌づくし」を収める。特に、「大和廻竜田詣さそひにやる文」「三条西殿御息女への文」は後の『竜田詣』†や『仮名教訓』†系女子用往来の先駆的な例であると同時に、「染呉服見せに遣す文」は呉服関連の最初の往来物と目されるなど、いくつかの点で重要な意義を有する。〔小泉〕
◆おんなどうじようぶんしょう [0475]
女童子用文章‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[京都]墨屋吉兵衛(葉山堂・山口吉兵衛)板。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。「新年の文」以下、五節句・四季・婚礼その他の女文二〇通を収録した女用文章。巻頭・巻末の数通は散らし書きで、他は大字・六行・付訓の並べ書き。頭書には、挿絵のほか「男女相性の事」「女中名頭相性」「女中文の書やう」「不成就日・願成就日」「女たしなみ艸」等を掲げる。〔小泉〕
◆おんなとうようぶんしょう [0476]
〈頭書注釈〉女当用文章‖【作者】竹村一玄(晴雲堂)書。【年代】文化一〇年(一八一三)刊。[大阪]河内屋嘉七(文栄堂・前川嘉七)ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『〈御家〉女当用文章』。大本一冊。女用文章では比較的少ない頭注付きの手本兼女用文章。「年始の文」から「歳暮の祝儀仰書の文」までの往復文五一通(二六題の往復文。弔状のみ返状なし)を収録し、四季折々や佳節に伴う祝儀状・誘引状、諸事に関する依頼状や礼状、病気・寒気見舞状など一通りの例文を載せる。頭書に語注や書簡作法・年中行事等に関する注記を多く掲げるのが特徴。また、追伸文を伴う例文も多く、書籍広告ともとれる『難波往来』『都名所図会』等の書名を文章中に盛り込み、巻末には脇付の上下を示す。なお、本書の小口方向に検索用の丸付き漢字(例文見出しの頭字)を配置して読者の便を図るのも一工夫であろう。〔小泉〕
◇おんなにちようたいぜん [0477]
〈万世珍宝〉女日用大全‖【作者】不明。【年代】寛政八年(一七九六)刊。[江戸]須原屋平助ほか板。【分類】女子用。【概要】横本三巻三冊。正徳二年(一七一二)刊『女中道しるべ』五巻五冊の抜刷本。上巻は『女中道しるべ』の二巻、中巻は同三巻、下巻は同五巻を当て、各巻に数葉ずつ掲げられていた見開き挿絵を全て削除した(もと第三巻二五丁表にあった半丁分の挿絵のみ残す)。ただし、丁付けの丸付き漢数字は旧版のままであるため、随所に飛び丁が生じた。また、序文・跋文も一切省き、作者名も伏せる。なお、表紙上部に竜の紋様を刷り出す。〔小泉〕
◆おんなにちようぶん [0478]
〈開化小学〉女日用文〈附裁縫の教・女礼式〉‖【作者】村田徽典作。青木東園書。暁翠画。【年代】明治九年(一八七六)書。明治二六年刊。[東京]小川寅松(尚栄堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『開化女小学用文』。半紙本一冊。明治九年刊『〈村田徽典著述〉開化女小学用文』†の改題本。和語と漢語を適宜織り交ぜ、旧来の女用文章にとらわれることなく、目新しい文面で綴った女用文章。「年頭之文」以下四季折々の行事や吉凶事に伴う女子消息文六五通を収録する。前半は季節の挨拶状や贈答の文、また各種誘引状で、これが本書の大半を占める。後半には婚礼・出産・新居等を知らせる手紙や、出火・大風などの見舞状を載せるが、特に末尾の一通が「容体書」になっているのが独特。本文を大字・五行・付訓(任意の漢語に左訓)で記す。頭書「要文摘語」に春・夏・秋・冬・雑の五部毎に消息用の類似表現を分類して列挙するほか、巻頭に女性芸能の図三葉(色刷り)と「裁縫の教」「婦女諸礼式」の記事(銅版印刷)を掲げる。〔小泉〕
◆おんなにちようぶん [0479]
〈小学〉女日用文‖【作者】高橋鎌三郎作。深沢菱潭書か。【年代】明治一〇年(一八七七)刊。[東京]奥川留吉蔵板。近江屋岩次郎売出。【分類】女子用。【概要】中本一冊。「年始を賀する文」から「歳末を賀る文・同答」までの往復文二六通を収録した女用文章。近世以来の五節句の文はほとんど見えず、四季行事や日用諸事に関する例文が中心。本文を大字・四行・付訓で記す。漢語の使用も目立ち、そのいくつかに左訓を施す。〔小泉〕
◆おんなにちようぶんしょう [0480]
〈新撰〉女日用文章‖【作者】深沢菱潭作・書。歌川芳盛(光斎)画。【年代】明治初年刊。[東京]島屋儀三郎(巣枝堂)板。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。「年始のふみ」を始めとする女子私用文例を時節順に往復二四通収録した手本兼女用文章。本文を大字・四行・付訓で綴る。「新年は名のみにて、いまだ臘雪深くおはしまし候へども…」のような一般的な例文とともに、「女学校入校歓びのふみ」など新味を醸し出す例文も見える。また、例文中に自らの著作『元摺日本国尽』等を巧みに盛り込んで宣伝するのは、当時の往来物にしばしば見られる手段である。なお、裏表紙見返に鳥屋儀三郎蔵板の「菱潭先生書目」として、本書のほかに『皇国姓名誌』†『女童手習文』†『確証文例』(初編〜四編)†等の広告を載せる。〔母利〕
◆おんなにちようぶんれい [0481]
〈開化小学〉女日用文例‖【作者】内藤正明作。青木東園書。シェーレル作・永崎秀樹訳(頭書「女訓玉手匣」)。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[東京]岡村屋庄助(尚友堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『開化小学女日用文例』。半紙本一冊。全体を「通信雑例」「通信雑例摘要」「時令贈答令」の三部に分けて種々の漢語消息例文を集めた女用文章。「通信雑例」は、「相続吹聴」〜「医師に贈る容躰書」の二二通で、軽気球見物・博物館見物など当時の世相を想起させる例文も多い。「通信雑例摘要」は、「禁苑拝見」〜「浅草市」の一五通で、主に気節の行事に関する女文である。「時令贈答令」は、「年賀」「寒中見舞」「暑中見舞」「歳暮の賀」の往復八通と「受取書例」七例で、女文でありながら漢語を多用した例文が多く、とりわけ「鄭重年賀状」などは女子消息文に「恐惶謹言」を伴う極めて特異な例文で、ほとんど準漢文体の文章と大差ない。各例文を大字・五行・付訓(漢語の多くに左訓)で記し、書簡作法や語法等について注記を加えた箇所も多い。頭書「女訓玉手匣」は、英国シェーレルの著作からの抄訳で、「学問の楽」「読書(よみかき)の事」「尺牘(てがみ)の事」「恋」「婚姻前の心得」「夫の撰ひ方」「妻の務」など一一項の心得である。このほか頭書等に「電信文例十則」「用文類語」を収録する。〔小泉〕
◆おんなねんじゅういわいごとのはじめ [0482]
女年中祝事の始‖【作者】不明。【年代】天保(一八三〇〜四四)頃刊。[江戸]和泉屋市兵衛(甘泉堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『年中祝事の始婦人心得草』。小本一冊。女性が知っておくべき月の異名や年中行事、各種礼法の基本を簡潔な説明と挿絵で示した往来。まず月々の異名や年中行事の故事を記し、続いて客方の嗜みである食礼全般に関する「女中食礼指南」と、給仕方の作法についての「婦人給仕指南」を概説する。本文を小字・一〇行・ほとんど付訓で記す。頭書等に「万象器財和歌」「婦人教訓以呂波歌」「御所言葉」「女中名の字」「和琴の図」「琵琶・三味線之図」などを載せる。なお、刊行年代や板元は広告による推定である。〔小泉〕
◆おんなねんちゅうぶんあんことば/おんなねんじゅうぶんあんことば [0483]
女年中文案詞‖【作者】不明。【年代】天保(一八三〇〜四四)頃刊。[江戸]和泉屋市兵衛板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。天保一四年(一八四三)刊『女用文宝蔵』†と同内容(ただし口絵を省く)。「年始之文」から「歳暮之文」までの往復文三〇通を収録した女用文章。五節句・四季の手紙の間に、出産・結納・婚礼等の祝儀状や「奉公へ出る人へ遣す文」「病気見舞之文」「新宅移徙之文」などを挟む。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に「文字の始」「書初乃詩歌」「婦人御所大和言葉」「女中文の封じやう」、頭書に「近江八景并歌」「女手習教訓状」「女今川教訓状」「女教筆の愛(すさみ)」「婦人平生和訓」ほかを載せる。本書の改題本に『女童用文章』†や明治初年刊『〈皇国〉女用文宝箱』†(後者は前付等一部変更)がある。なお、刊年および板元は広告による推定である。〔小泉〕
◆おんなねんちゅうようぶんしょう/おんなねんじゅうようぶんしょう [0484]
女年中用文章‖【作者】沢井随山作・書。岡田玉山編。下河辺拾水原画。【年代】文化五年(一八〇八)刊。[京都]小川彦兵衛(英発堂)ほか板(文化一〇年求板)。【分類】女子用。【概要】大本一冊。天明七年(一七八七)刊『女万宝大和文林』†の改題本。同書より前付を除き、本文の全てを採って、新たに目録を付けたもの。「年の始の文」から「歳暮の文」までの八六通を収録する。五節句・四季行事の文、通過儀礼等種々祝儀の文、その他諸用件の文からなり、散らし書きと並べ書き(大字・六行・ほとんど付訓)を取り混ぜて綴る。〔小泉〕
◆おんなねんちゅうようぶんしょう/おんなねんじゅうようぶんしょう [0485]
〈新撰〉女年中用文章‖【作者】松川半山(翠栄堂・直水)作・序。長橋香雪書。【年代】明治一一年(一八七八)序・刊。[大阪]河内屋茂兵衛(岡田茂兵衛)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈新選〉女年中用文章』『新撰女年中用文章』『新撰年中女用文章』。中本一冊。「はつ春の文」を始め、四四通の女子消息文例を集めた女用文章。「初春の御寿いづ方も同じ御事に目出度祝ひ納めまいらせ候…」のような穏当な女子消息文を大字・五行・付訓で記す。頭書に「蚕を養ふ大略」「衣服裁縫の法」「大和言葉」などの女性用知識を載せるほか、「漢語弁解」として「郵便しゆくつぎのたより」など二六九語を採録する点が注目される。〔母利〕
◆おんなのしつけ [0486]
〈石川県第一女子師範学校編輯〉女のしつけ‖【作者】石川県第一女子師範学校編。藤田維正(容斎)序。飯山華亭画。【年代】明治一二年(一八七九)序。明治一三年刊。[金沢]益智館蔵板。近田太平ほか売出。【分類】女子用。【概要】半紙本二巻二冊。石川県小学校用の女性礼法書。上巻(巻の一)は主として立居や物の受け取り渡しに関する作法で、「発端」「起居ふるまひ及び礼節」「品物まゐらせ様」「起ちまはりの事」「諸品受取渡し并に披露納方の事」、下巻(巻の二)は食礼・婚礼、その他礼法で、「配膳の次第」「飲食の次第」「盃事の次第」「嫁娶のしたい」「雑部(応接、進物、飾り物等)」の各章から成る。本文をやや小字・一〇行・無訓で記し、随所に割注を挟む。凡例によれば、従来の小笠原礼法のうち「軽便簡易を旨とし、古来伝はりたるところを多く省略し、なるへく時風にかな」うように、基本作法を示したものである。記述にあたっては、動作に関する詳細は「右へ開く時は右手、左へ開く時は左手」のような割注で済ませ、配置や飾り方・折り方・結び方に関する事柄を図解で示す。なお、上巻巻頭に色刷り口絵二葉を載せる。〔小泉〕
◇おんなはやがくもん [0487]
女早学問‖【作者】大江玄圃(資衡・穉圭・時習堂・久川靭負)作。【年代】安永六年(一七七七)刊。[京都]武村嘉兵衛(博厚堂)ほか板。【分類】女子用。【概要】半紙本二巻二冊。明和五年(一七六八)刊『女学範』†を簡約し、平易な文章に改めた往来。上巻は「学問大意」より「絵事」に至る一八項、下巻は「十種香」より「七夕祭」に至る一八項を設けて、女性の教養や心得全般を述べる。当代の女子教育に必須の婦訓・婦言・婦容・婦功、特に婦功(女性に大切な技芸)に重点を置いた内容になっている。本文をやや小字・一一行・付訓で記す。〔石川〕
◆おんなはやみあんもん [0488]
女早見案文‖【作者】西川竜章堂書。秋田屋太右衛門(宋栄堂)序。【年代】文政七年(一八二四)刊。[大阪]敦賀屋九兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】横本一冊。「新玉の年始より四季おりの文、音信・見舞・祝儀の文、あらゆる要用、はな見・遊山誘引の文、其ほか女文通もらさず」集めた女用文章。「初春の文」から「披露の文」までの八六通を収録し、四季、婚礼・出産、その他通過儀礼、凶事・死去、遊楽、法事、交際、教授、奉公、各種依頼など、町人生活全般に関する例文を網羅的に載せる。巻頭に手紙を書く貴婦人の色刷り挿絵を掲げ、巻末に「男女相性の事」「月の異名之事」「のし包折形」を付す。本文を大字・八行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おんなひいながたようぶんしょう/おんなひながたようぶんしょう [0489]
女雛形用文章‖【作者】橘納軒永康作・序。【年代】元禄一〇年(一六九七)序・刊。[京都]吉永七郎兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女ひいながた用文章』。大本三巻三冊。上・中巻に女用文章、下巻に染色その他衣装関連を始めとする一種の重宝記「女のもてあつかう重宝」を収録した往来。上巻本文は「正月に遣す文之事」から「あつき時分に遣文・同返事」までの二一通を収録する。全文散らし書き(所々付訓)で、四季折々(上巻には春〜夏)の手紙の間に、婚礼祝儀状や出産祝儀状をはさむ。中巻は未見だが、秋から冬にかけての手紙を二〇通前後収録したものと思われる。書名は、頭書に当時流行の衣装の染模様(雛形)を多く載せていることに由来し、上巻には「松にくまざゝのもやう」など春・夏向きの四二例を図解する(従って中巻には秋・冬の染模様と推定される)。下巻は、本文欄に「諸色てぞめの事」「おとしものゝ事」「かなづかひの事」「衣装裁ちよう」「草木の異名」「女字づくし」、頭書に「双六手引」を載せる。〔小泉〕
◆おんなふうげつおうらい [0490]
〈四季要文〉女風月往来‖【作者】堀原甫(赤鯉亭)作。森川保之画。西川竜章堂(西河竜章堂)書。【年代】天保五年(一八三四)刊。[京都]林権兵衛ほか板。また別に[京都]額田正三郎ほか板あり。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。四季折々の風景や風物を中心とする一二通の例文から成る女用文章。各例文は、一月歌会の兼題、二月鴬の贈り物、三月花見誘引、四月初瀬寺参詣、五月菖蒲祝儀御礼、六月訪問の可否、七月北野天満宮参詣、八月名月の会、九月重陽祝儀、一〇月源氏香・軍香の会、一一月初雪の嵐山散策、一二月歳暮祝儀を主題とする。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書には「上巳雛祭の来由(女子教訓を含む)」と、三条大橋から出発する伊勢参宮路に沿って名所旧跡等を紹介する「女参宮状」を掲げる。〔小泉〕
◆★おんなふみかがみ/おみなふみかがみ [0491]
〈御家〉女文鏡‖【作者】林博授(新玄教堂・眉寿)作・書。翰林子(和耀)序。【年代】嘉永元年(一八四八)刊記。嘉永二年序・刊。[江戸]永楽屋丈助(東海堂・東魁堂)ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文章鏡大全』『女用文章かゞみ』。横本一冊。「初春の文」以下六六通を載せた女用文章。五節句や四季に伴う手紙、女性の通過儀礼に伴う手紙、「留守見舞文」などの見舞状、「花見誘の文」などの誘引状や依頼状などを収録する。本文を大字・八行・付訓で記す。なお、最後の一通は「御触書請取」で、女用文章中に法令関係の例文を載せるのは極めて珍しい。巻末に「十二月異名」を掲げる。〔小泉〕
◆おんなぶみくにづくし [0492]
〈御称号・曲輪長歌〉女文国尽し‖【作者】根本清五郎ほか書。【年代】安永二年(一七七三)刊。[江戸か]刊行者不明。【分類】地理科・女子用。【概要】異称『国づくし長歌』。半紙本一冊。「御称号(百十七氏集)」「曲輪(くるわ)長歌」「女文国つくし」「女文」から成る陰刻手本(一部陽刻)。「御称号(百十七氏集)」は、「松平、前田氏、伊達、嶌津、黒田、細川、浅野氏、毛利、藤堂、井伊…」のように、「氏」を付けるなどして七五調に整えた文章で一一七氏を列挙した苗字尽。「曲輪長歌」は、「江城をこまかに申せは恐れ有。三重二重の御櫓、奇々として実朝日にかゝやきて、陰々として黄雲に入粧ひや、しやちほこの上にひな鶴舞遊ひ…」と書き始め、江戸城の威容や城門・城濠、周囲の橋の名称を列記した往来。『曲輪の歌』『御江戸繁栄往来』とも呼ばれる。「女文国尽し」は、「よし芦原の秋津洲の、千々に別れし浦山を、つたなき筆にて書つゝりまいらせ候。先、我国を大日本千五百秋瑞穂の国と申侍るかな…」で始まる七五調の国尽。また「女文」は並べ書き一通と散らし書き三通で、その後に、詩歌各一編を掲げる。いずれも本文を大字・四〜六行・無訓の手本用に作る。なお、本書は複数の少年・少女によって執筆されており、所々「根本清五郎十四歳」「土屋氏わか十四歳」のように氏名と年齢を付記する。〔小泉〕
◆おんなぶみときわのまつ [0493]
〈頭書絵抄〉女文常盤の松‖【作者】蘭下人乞童作・序。【年代】元禄一六年(一七〇三)序。元禄一七年刊。[京都]原田佐右衛門板。【分類】女子用。【概要】異称『常盤のまつ』『ときわの松』。大本三巻三冊。序文によれば、和歌の教養の一つとして月々の風物などを多く採り入れた、各月往復二四通の女用文章。いずれも実用的な手紙の案文というよりも、「曙の空を見送ば、新玉の賀として、若ゑびすの声、大福・蓬莱・きそ初、祝終ば、福寿草を愛して、屠蘇を汲。いねつめば初夢を結び、元方(えほう)棚に打向ひ、年徳神を祭りて、書初・歯固・蔵開・かるた・宝引・謡初…」のような女文形式で五節句を始めとする年中行事故実等の諸知識を綴った往来である。本文をやや小字・八行・付訓で記す。頭書には本文要語の注解・図解または関連知識を掲げ、特に下巻には女性が多用する器材・衣服・絹布類・染色等の字尽を収める。なお、本書に前付記事を増補した改題本が享保一四年(一七二九)刊『女訓文章真砂浜』†である。〔小泉〕
◆おんなぶんえんえいが [0494]
女文苑栄花‖【作者】吉文字屋市兵衛作。【年代】明和五年(一七六八)一月刊記。明和六年刊。[江戸]吉文字屋次郎兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女要文章』『女要文章宝鑑』。大本一冊。明和三年刊『女要文章宝鑑』†の増補・改題本。「初春につかはす文」から「隠居したる人に遣す文」までの往復約四二〇通に及ぶ浩瀚な女用文章。全体を佳節(五節句その他の祝儀状)・月花(遊山・月・花・雨・雪に関する手紙)・祝儀(婚礼・出産・通過儀礼等の祝儀状)・音信(各種見舞状)・神仏(神楽・仏事関連の手紙)・頼事(種々の依頼状)・雑(相談・手習い入門・振る舞い・旅行・留守その他の手紙)の七部に分けて、多彩な例文を収録するのが特徴。そのほとんどが散らし書き、または返し書きのある並べ書きになっている。付録記事にも独自の内容が目立ち、前付に「至徳天皇(色刷り)」「宰相雅経(ほか略伝)」「女工具」「鶏之辨」「鴉之辨」「鳩之辨」「蟻之辨」「蜘蛛之辨」「蟷螂之辨」「待宵侍従」「清少納言」「紫式部(ほか略伝)」「しうげんの次第」「女の名字づくし」「文書やう指南」等、頭書に「三十六人歌仙」「十名和歌」「難題和歌五首」「諺絵づくし」「硯墨紙筆之来由」「行成卿入筆伝授」「三年ふさがりの事」「諸願成就日之事」「暦之中段を知事」「一代守本尊」「錦嚢秘伝抄」「源氏物語(五十四帖引歌・香図)」「衣服智恵車」「器工伝受抄」「珍術秘伝書」「妙薬重宝記」「料理重宝記」「万生菓子貯様(よろずくだものたくわえよう)」「立春書初詩歌」「狂歌絵抄」「七夕詩歌」「京都年中行事」「諸国年中行事」「斤目を知る事」「ぢんてきもんだう」などを掲げる。〔小泉〕
◆おんなぶんこたかまきえ [0495]
〈万宝〉女文庫高蒔絵〈女かがみ・文章しな〉‖【作者】不明。【年代】享保六年(一七二一)刊。[大阪]柏原屋清右衛門(渋川清右衛門・称w堂)板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。居初津奈作・元禄三年(一六九〇)刊『女書翰初学抄』†の海賊版である元禄一二年刊『当流女筆大全』†の前付記事を一新した改題本。例文は、『女書翰初学抄』下巻末尾の一状、弔状を削除したほかは全く同じで、合計五六通の例文を収録。また、前付記事は、「紫式部之事」「管絃器物の由来」「生れ年のうらなひ」「喜怒哀楽の図」「胎内の子男女を知事」等を新たに増補した。板元の柏原屋は、先に元禄一一年にやはり『女書翰初学抄』の海賊版『女用文章大成』†を出版しているから、少なくとも三種以上の類板出版を行なったことになる。〔小泉〕
◆おんなぶんしょう [0496]
〈四季〉女文章‖【作者】小野通(二世か)書。【年代】元禄四年(一六九一)刊。[大阪か]大塚屋板。【分類】女子用。【概要】異称『四季女文章』。大本三巻三冊。文面の偏りや文字の大きさ、字配り等の不統一が見られるが、換言すれば、各状の書法が変化に富んだ女筆手本。江戸前期刊『女筆手ほん(女筆手本)』†の改訂版で、同書から第九状「男子誕生の祝儀状」、第一一状「『源氏物語』借用状」の二通を削除し、「あらたまりまいらせ候此春の御祝…」で始まる新年祝儀状を増補し、全く異なる順序で配列したもの。小野通の手本は本書の前後で、数種の改訂版が刊行されているが、収録内容に出入りがあり、収録順序が大幅に異なるのが特徴である。結局、本書においては、巻頭に新年祝儀状六通を掲げ、以下、五節句祝儀状や四季折々の贈答の手紙を中心に合計二二通を収録する。うち四通が大字・三〜五行・無訓の並べ書きで、他は大字・無訓の散らし書き。さらに、本書のうち第六通を二通に分割し一部文言を補って文章を整え、また、第九状「上巳節句祝儀状」、第一二状「端午節句祝儀状」、第二二状「手紙礼状」の三通を削除し、「『源氏物語』拝借の文(前記「『源氏物語』借用状」とは別内容)」「通天の紅葉見物誘引状」「男子出産祝儀状」の三通と、独特な散らし書きの和歌四首を増補した改題本が享保(一七一六〜三六)頃刊『女筆春の錦』†である。〔小泉〕
◆おんなぶんしょうおしえぐさ [0497]
女文章教草‖【作者】浅田恒隆書。下河辺拾水画。【年代】天明五年(一七八五)刊。[京都]菊屋長兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文章』。大本一冊。安永九年(一七八〇)刊『女用千尋浜』†より「新玉の文」から「被初(かずきぞめ)のふみ」までの四一通を抜粋し、さらに前付記事を変更した改題本。本文を大字・六行・付訓で記す。末尾数通を除き全て五節句・四季行事(芝居見物・壬生参詣・花見・開帳参り・雨中見舞い・涼見物・月見・亥子等)に関する例文である。頭書に「若菜の節句」ほか五節句の解説記事、また「女教訓唐和鑑」「源氏貝おほひ并歌かるた」「胎内をしへ草」「産前産後の養生」等の記事を載せる。〔小泉〕
◆おんなぶんしょうかがみ [0498]
女文章鑑‖【作者】居初津奈作・書。【年代】貞享五年(一六八八)刊。[京都]永原屋孫兵衛(中村孫兵衛・昌陽軒・中村富平)板。【分類】女子用。【概要】異称『女文章かゝ見』。大本二巻二冊。本書には執筆者の記載がないが、元禄三年(一六九〇)刊『女書翰初学抄』†の序文から、ある人の依頼により津奈が執筆したものと判明する。津奈の往来物には独特なものが多いが本書も例外ではなく、上巻に二〇種、下巻に一二種ずつ不適当な例文と適切な例文の二通り(従って実質的には六四通)を掲げて女性らしい手紙文を教えようとした独特な手本である。それぞれ日常の交際に伴う五行程度の短文で、各丁の表には俗語、片言、男言葉など不適当な女文を掲げてその問題点を指摘し、その裏に正しい文章(正風躰)を載せる。本文を概ね大字・五行・稀に付訓で記す。下巻末に女性書札礼全般に関する記事を掲げるが、これらは後、『女書翰初学抄』下巻「文かきやうの指南十ヶ条」に集約された。なお、本書の改題本に享保五年(一七二〇)刊『女中文章鑑』†がある。〔小泉〕
◆おんなぶんしょうくにづくし [0499]
女文章国尽‖【作者】大和屋吉兵衛作。【年代】寛政五年(一七九三)刊。[京都]大和屋吉兵衛板。【分類】地理科。【概要】大本一冊。日本六〇余州の国名を美文体で綴った往来物で、本文は宝暦一二年(一七六二)刊『女筆初瀬川』†と同内容。ただし『女筆初瀬川』と異なり、本書の散らし書き(大字・所々付訓)は雁行様・立石様を織り交ぜ変化に富む。巻頭に平安貴族の挿絵四葉、頭書に「集外歌仙」「万落し物秘伝」の記事を載せる。なお、寛延四年(一七五一)原板・寛政八年(一七九六)再刊『女文選料紙箱』のように、本書を合綴した『百人一首』が数種刊行された。〔小泉〕
◆おんなぶんしょうしきしかがみ [0500]
女文章四季詞鑑‖【作者】北尾政美(赤羽紹真・子景・三二郎・鍬形斎・心斎)画。【年代】天明九年(一七八九)刊。[江戸]前川六左衛門板。【分類】女子用。【概要】異称『〈新版〉女文章四季詞鑑』。大本一冊。「初春祝義之文」から「歳暮寿之返事」までの二九通を収録した女用文章。例文は書名の通り、ほとんどが四季の挨拶・風物・行事にまつわるもので、「雷見舞之章」「祭礼見物之文」「年わすれ催之文」なども含まれる。年始・年末等の例文に散らし書きを採用するが、多くは大字・五行・無訓の並べ書きである。また、例文毎に目次と共通した印(花や草木の図柄)を付けるのも特徴。付録記事にも独自の内容が少なくなく、前付・頭書等に「和歌の事」「女風俗躾時」「里海士人麿像」「男女相性」「賢女四季之和歌」「女中名五姓により善悪の事」「婚礼之図式」「香道たしなみの事」「松之目出度謂」「娘を五文字云説」「教訓手ならひ短歌」「躾方教短歌」「我儘育教短歌」「国尽を習べき事」「大日本国尽」「苗字の文字を習給ふべき事」「苗氏文字尽」「花咲草木の字を嗜おぼへ給ふべき事」「四季花の名づくし」「十二月之異名并引うた」「松之異名和歌之詞」等を掲げる。〔小泉〕
◆おんなぶんしょうしきしばこ [0501]
〈文章書替・百人一首〉女文章色紙箱‖【作者】長谷川妙躰書。【年代】明和五年(一七六八)刊。[大阪]和泉屋卯兵衛板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。正徳三年(一七一三)刊『女堪忍記大倭文』†の改題本。題簽・見返(目次上欄の『女堪忍記大倭文』の書名を削除)・奥付(刊記および「不成就日」「灸忌日」の記事を載せる)のみを改めたほかは正徳板に同じ。なお本書の刊記は、明和五年再刊『女中庸瑪瑙箱』†と同じものである。〔小泉〕
◆おんなぶんしょうしつけかがみ [0502]
女文章躾鑑‖【作者】山田野亭作。池田東籬書。【年代】天保一四年(一八四三)刊。[京都]大文字屋与三兵衛(積文堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女中用文章』『女用文章』。横本一冊。女用文章に生活百科的な記事を収録した往来。巻頭の付録記事は一種の重宝記で、「婦人一生道中記細見図(色刷り)」「女子一生の教訓」「仕立物心得之事」「衣服たつ心得の事」「女中文認やうの事」「縁遠き女の守符(まもり)」「妊娠の心得」「女重宝妙薬秘伝」「万しみおとしの法」「四季惣菜の心得」「男女相性善悪」「一代守本尊の事」「灯花のうらなひ」「夢はんじの事」など、手紙・暦占・妙薬、その他生活全般の記事を種々載せる。続く本文では、四季・五節句の文、結納・婚礼・出産・疱瘡見舞いなどの消息文二七通を収録し、うち末尾三通(「娘へ異兄の文」〜「妊娠の人へ遣す文」)は案文というよりも手紙文形式で綴った女子教訓である。同例文を大字・七行・付訓で記す。巻末に「十二月異名」を載せる。なお、巻頭付録記事だけを抄録して単行本にしたものが、同年刊行の『女嗜日用宝(女中嗜日用宝)』†である。〔小泉〕
◆おんなぶんしょうたいぜん [0503]
女文章大全‖【作者】川本重房(永昭堂)作・書。【年代】文化六年(一八〇九)刊。[江戸]須原屋伊八ほか板。【分類】女子用。【概要】横本一冊。「祝儀文」「見廻文」「遊楽誘ひ文」「人をまねく文」「雑」の五部に分けて多くの例文を集録した女用文章。それぞれ、「初春の文」以下四季祝儀状、婚礼・出産等祝儀状二二通、「部屋見廻の文」以下各種見舞状二四通、「花見を催す文」以下四季行事誘引状一八通、「節会案内の文」以下諸行事案内状一二通、「無沙汰の方へ遣す文」以下日用諸事の女文三〇通の合計一〇六通を収録。その大半を大字・六行・付訓の並べ書きで記す。巻末に「文章上中下の事」「脇付之事」「月の異名」等の記事を掲げる。〔小泉〕
◇おんなぶんしょうたからかがみ [0504]
〈百人一首・女教□□・安永□□〉女文章宝鑑‖【作者】沢井随山作。【年代】安永四年(一七七五)刊。[京都]銭屋庄兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。五節句や四季行事、通過儀礼、吉凶事、その他諸用件の手紙など多彩で豊富な例文を集め、しかも主題のイロハ分けに配列した独特の女用文章。まず「正月の文」から「九月節句の文」までの往復一〇通を載せ、続いて「イ」部の「伊勢参悦びの文」「伊勢物語講釈の文」「医者頼に遣す文」「田舎へ行人に頼の文」から「ス」部の「涼誘ひに遣す文」まで、例文主題(見出し)冒頭語のイロハ順に往復一三四通を収録する(合計一四四通)。冒頭の数通を除く大半が大字・六行・付訓の並べ書きである。付録記事も極めて多彩で、前付・頭書等に「吉野山風景(色刷り)」「野々宮(以下名女略伝)」「視聴言動」「養蚕」「女教誡八花形」「婚礼之図説」「楊枝指仕様秘伝」「女中文封様事」「七夕祭の由来」「百人一首」「十二月倭名并節日由来」「三十六歌仙」「女用文章書替字」「花鳥目附絵尽」「賢女鑑」「女式・女食法要式」「男女相姓之事并歌」「女中名字相性」等の記事を掲げる。なお、本書の改題本に江戸中期刊『女万要品定』がある。〔小泉〕
◆おんなぶんしょうはつかりがね [0505]
女文章初雁金‖【作者】松川竜軒(松明谷・昌泉堂)作・書。【年代】弘化四年(一八四七)書・刊。[江戸]和泉屋吉兵衛(泉栄堂)板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「年始之文」から「賀の祝ひの文」までの三三通と「五節のちらし文」五通を収録した女用文章。四季・年中行事に関する手紙が大半を占め、後半に移徙(わたまし)・大風・火事など吉凶事に伴う書状を数通掲げる。大字・五行・所々付訓の並べ書きを基本とし、返書(かえしがき)を伴う例文も多い。頭書に「女中生涯心得草」「四厄十惑の事」「食物製造并貯方」「衣服裁縫の事」「万染落しの秘宝」「年中行事并月の異名」「男女生れ年の吉凶」「経水不順の薬方」など家政中心の記事を載せる。〔小泉〕
◆おんなぶんしょうみさおかがみ [0506]
〈日用有益〉女文章操鏡‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】異称『〈婦人日用〉四季用文章』。中本一冊。江戸後期刊『〈婦人日用〉四季用文章』†の改題・改編本。内題は旧来通りで外題のみを改め、旧『四季用文章』前半の二五通(「年始文ちらし書」から「安産のふみ・同返事」まで)のみを収録し、残りを全て削除した抄録本。本文の大半を大字・五行・所々付訓の並べ書きとする。〔小泉〕
◆おんなぶんしょうみやこおり [0507]
女文章都織‖【作者】居初津奈(つな・都音・つね)作・書。田中友水子(甚助)補。寺井重信画。【年代】延享四年(一七四七)刊。[大阪]安井弥兵衛板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。享保一四年(一七二九)以前刊『琵琶の海』†の改題本。歌書・物語・軍書など種々の古典についての知識を手紙文中に盛り込んだ異色の女用文章で、新年状以下二〇通を収録する。例えば冒頭に、新年の挨拶かたがた『伊勢物語』を贈る手紙を掲げ、その返状で『伊勢物語』の書名の由来について述べ、続いて石山寺参詣を果たした旨を伝える手紙で紫式部を偲びつつ『源氏物語』の話題を展開し、その返状で『源氏物語』執筆までの経緯を述べるという具合に、四季折々の手紙や結納・婚礼祝儀状などの消息文形式をとりながら、『伊勢物語』『源氏物語』『狭衣物語』『枕草子』『栄花物語』『万葉集』『百人一首』『徒然草』『太平記』『保元・平治物語』『平家物語』『源平盛衰記』等の作者・内容・故実等を紹介する。大半が散らし書きだが、一部、大字・四〜五行・所々付訓の並べ書きを交える。頭書記事も豊富で、特に軍記物語に言及するのは女子用往来としては異例である。前付に「女孝行の事」「文の道しるべ」「女中ちくさ教訓」「七夕新歌づくし」などを載せる(この部分は新たな増補)。改題本は津奈没後の刊行と思われるが、津奈生前中に成った『琵琶の海』が改題・再刊された事実は女筆としての津奈の人気を物語るものであろう。〔小泉〕
◆おんなぶんしょうみやこのふばこ [0508]
女文章都文箱‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[京都]辻本九兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。「年始の文」から「歳暮の文・同返事」までの四〇通を収録した女用文章。ほとんどが季節の挨拶や四季行事に関する例文で、後半に婚礼・出産・死去等に伴う例文数通を収める。本文を大字・五行・ほとんど付訓で記し、本文の随所に生き生きとした庶民風俗図数葉を掲げる。付録記事も多く、前付に「見合」「結納」「嫁荷物送り」「嫁入」等の婚礼記事、頭書に「女教誡」「三十六歌仙」「源氏五十四帖」「賢女鑑」「鏡の由来」「男の衣服裁縫吉日」、巻末に「百人一首よみくせ」「六十の図」などを載せる。なお、巻頭口絵「鶴亀・相生の松図」は色刷り。〔小泉〕
◆おんなぶんしょうやさすがた [0509]
〈四季文章・年中故事〉女文章艶姿‖【作者】万屋かめ作・書。時枝左門編。【年代】元文五年(一七四〇)刊。[大阪]河内屋喜兵衛板(寛政元年(一七八九)求板)。【分類】女子用。【概要】異称『女筆手本』。大本一冊。宝永六年(一七〇九)刊『女用文章綱目』†の改題・増補版。現存の寛政元年板(江森本)は、前付に明和四年(一七六七)刊『女鏡秘伝書改成』の口絵を流用し、さらに巻末に享保(一七一六〜三六)頃刊『女手ならひ教訓の書』†を合綴する。上巻には新年状から歳暮祝儀状までの一五通、中巻には「るすに来る文かへりて遣すへんじ文」以下一四通、下巻は「ほとゝきすの歌所望しにやる文」以下一四通の合計四三通を収録する。全文を散らし書きで綴り、漢字の多くに読み仮名を付す。頭書には年中行事、京都の寺社・名所・名物に関する記事や、「女詞字づくし」など各種語彙集を載せる。巻末に「封じやう」「脇付の事」「月々のかはり名」の記事を掲げる。〔小泉〕
◆おんなぶんしょうやまとにしき [0510]
女文章大和錦‖【作者】池田東籬作。西川竜章堂書。菱川清春(可隆・俊蔵・彦三郎・半夢)画。【年代】天保六年(一八三五)刊。[京都]伏見屋半三郎ほか板。また別に[京都]蓍屋嘉助(中西嘉助)ほか板(後印)あり。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。「年始の文」から「枡懸の文・同返事」までの一一五通を収録した女用文章。前半に四季・五節句の文など四季の手紙や、結納・婚礼・出産・髪置・元服等の祝儀文を掲げ、続いて後半に各種依頼状・見舞状などを載せる。本文を大字・五行・付訓で記す。巻末に「封じやう」「脇付の事」「月々のかはり名」の記事を付す。〔小泉〕
◆おんなぶんだいあやぶくろ [0511]
女文台綾嚢‖【作者】田中友水子作・序。寺井重信画。【年代】延享元年(一七四四)序・刊。[大阪]河内屋茂兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。言い替え表現を多く伴った江戸中期の女用文章。「正月の文」から「法躰祝の文・同敷返事」までの五四通(全て往復文)を収録する。五節句・四季の手紙から婚礼、出産、死去、その他諸用件に伴う例文を一通り載せる。各例文に続けて「右文章の替字」として同様の表現を種々列挙している点が特徴で、さらに敬意の上下別も示す。本文を大字・六行・所々付訓の並べ書きで記す。付録記事も豊富で、前付に「小野於通が伝」「女中身持八景」「五節句錺之図」「女中文の枝折」等、頭書に「歳時故事略」「本朝賢女伝」「女中化粧箱」「香袋の方」「婚礼略式」「女諸礼手引草」「染物しなん」「万しみ物落やう」「裁物口伝」「縫物の手号(てずさみ)」「日用大和詞」「家伝妙薬袋」、巻末に「三十六歌仙」「男女相性」等を載せる。なお、上記のうち「女中身持八景」を陰刻手本(単行刊本)に仕立てたのが寛政八年(一七九六)刊『女身持八景』†である。〔小泉〕
◆おんなぶんつうたからばこ [0512]
〈絵入〉女文通宝箱‖【作者】西川竜章堂書。速水春暁斎画。菊すけ序。【年代】文化一四年(一八一七)序。文化一五年刊。[京都]銭屋庄兵衛ほか板。また別に[京都]求好堂板(後印)、[京都]吉野屋仁兵衛(津逮堂)板(後印)あり。【分類】女子用。【概要】異称『〈絵入〉女文通宝袋』。半紙本一冊。「初春祝儀文」から「不幸悔の文」までの七〇通(大半が往復文)を収録した女用文章。四季行事を中心に、婚礼・出産、その他諸事に関する手紙若干を収める。例文は並べ書きと散らし書きが相半ばし、概ね大字・五行・所々付訓で記す。頭書に「文こと葉つかひ」と題して本文に対応する言い替え表現・類語・略注や「年中行事」「小笠原折形」「対名の事」などを載せるほか、巻頭に挿絵、巻末に「月異名」等の記事を付す。なお、表紙は青色刷りに着色した彩色画で、諸本によって異同があり、また、題簽題のみを『女文通宝袋』と改めた改題本も存する。〔小泉〕
◇おんなぶんつうはなのその [0513]
〈□勢手本・□和列女〉女文通華苑‖【作者】春名須磨書・序。【年代】寛延二年(一七四九)刊。[大阪]吉文字屋市兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『女文通花の園』『女文通花の苑』。大本一冊。享保二〇年(一七三五)刊『女用文章唐錦』†を改題した女筆手本兼女用文章。前付の一部と本文は全て『女用文章唐錦』と同じだが、巻頭口絵(文を読む女性図で、文の内容が目録代わりになっている)と前付前半部に「女風俗品定(「我心かゝ見にうつる物ならは、さこそは影の見にくかるへき」等の教訓歌)」「楽器の始り」の記事など三丁を増補し、他の前付記事の収録順序を改めた。〔小泉〕
◆おんなぶんようそですずり [0514]
女文要袖硯‖【作者】北尾辰宣(雪坑斎)作(『宝暦四年書目』)。【年代】宝暦一一年(一七六一)刊(求板)。[京都]野田藤八(藤八郎・橘屋藤八・橘枝堂)板。【分類】女子用。【概要】小本一冊。女能書略伝や書簡作法等の付録記事を伴った女用文章。全文が無訓の散らし書き。「はつはるのふみ」から「平産のふみ」までの一六通を収録するが、その多くが五節句・四季の手紙である。巻頭に「本朝女筆鑑」「色紙短冊之事」「懐紙書様之事」「同女中の書やう」「ふみ認やうの事」等、巻末に「七夕歌つくし」「月のかわり名」を掲げる。いずれにしても、小本の女子用往来としては現存最古の部類である。〔小泉〕
◆おんなぶんりんたからぶくろ [0515]
〈万用文章〉女文林宝袋〈日用教訓躾方〉‖【作者】居初津奈作・書。西川祐信画。【年代】元文三年(一七三八)刊。[京都]銭屋庄兵衛(斉藤庄兵衛・雲箋堂)板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。居初津奈作・元禄三年(一六九〇)刊『女書翰初学抄』†の旧版下の一部(頭書など)を改刻して、付録記事を増補した改題本。『女用文章大成』†等が大阪板における『女書翰初学抄』の模刻・改題本であるのに対して、本書は京都板、しかも『女書翰初学抄』の旧板木を直接改刻した改題本である。津奈の序文はないが、刊記に「作者、居初氏女筆都音」と記して原作者を明らかにする。本文では、各月冒頭部分の注書きを全て削除したほか、下巻第一三状「いはた帯の祝義請たる返事之事」を巻末に移動させた。また、注番号を示す丸付き数字はそのままで、頭書注釈の大半を残したが、祐信の挿絵一五点を埋め木したため、注の一部が欠落した。前付は本書独自のもので、「文字の由来并女文の書様」「曲水の由来」「女教訓身持鑑」「女中文書様」「裁物仕様」「女言葉づかひ」「女の四芸」「女官之称号」「祝言座の次第」などの記事を収録する一方、『女書翰初学抄』の巻末記事を全て削除し、裏見返に「女中文の封様之事」「不成就日之事」を掲げた。本書は『女書翰初学抄』の改題本の中では唯一作者名を残すものであって、他の元禄一一年刊『女用文章大成』†、元禄一二年刊『当流女筆大全』†、享保六年(一七二一)刊『女文庫高蒔絵』†は、いずれも作者名を隠蔽した海賊版である。なお、本書の付録記事(前付・後付)を一新した改題本に宝暦五年(一七五五)刊『女通要文袋』†がある。〔小泉〕
◆おんなまんぽうやまとぶんりん [0516]
〈女要躾方・伊勢物語・天明新刻〉女万宝大和文林〈女年中用文大全〉‖【作者】沢井随山作・書。下河辺拾水画。山田三郎兵衛(山田好・向栄堂)序。【年代】安永四年(一七七五)官許。天明七年(一七八七)刊。[京都]西村平八(青雲館)ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『〈女用〉女万宝倭文林』『〈天明新刻〉女万宝倭文林』『女年中用文章大全』。大本一冊。四季折々の女文に種々の記事を付録した女用文章。「年の始の文」から「歳暮の文」までの八六通を収録する。上・中・下の三部に分かれており、上之部は四季・五節句の文と吉凶事に伴う文(病気見舞・婚礼祝儀等)から成る四七通、中之部は吉凶事およびその他諸事に伴う手紙文九通、さらに、下之部で再び「初春の文」以下三〇通の四季・五節句、その他諸用件の手紙を掲げる。本文を概ね大字・六行・ほとんど付訓で記す。同一主題の文章を重複して収録するが、上・中之部を主に上輩・貴人向けの手紙、下之部を同輩・下輩向けの手紙と想定して編んだためであろう。頭書に「伊勢物語」「源氏物語目録」、前付・後付に「女中言葉遣」「女の名つくし」「婚礼の本」「しみ物おとしやう」「七夕の歌」「九九の次第」「知死期繰やうの本」などの記事を載せる。また、本書は文化一〇年(一八一三)に『女年中用文章』†と改題・再刊(文化五年頃初刊か)された。〔小泉〕
◇おんなまんようけいこぞうし [0517]
女万葉稽古さうし‖【作者】林蘭作・書。西川祐信画。【年代】享保一三年(一七二八)刊。[京都]山口茂兵衛蔵板。[江戸]小川彦九郎売出。【分類】女子用。【概要】異称『女万葉稽古草紙』『女万葉稽古草紙文章』。大本三巻三冊、後、三巻合一冊。祐信の挿絵をあしらった独特な女用文章。「初春につかはす文章」から「歳暮の祝遣文章・同返事」までの五六種の例文を載せ、それぞれ尊卑上中下の違いに応じた三通りの文面を掲げるため、実質的な書状数は一六八通となる。上中下を記号で区別するのも特徴で、貴人向けが「桜」、同輩向けが「紅葉」、下輩向けが「若竹」とし、○印に「通」の字は「上下通用」を示すなどの工夫をする。全文が大字・七行・付訓の並べ書き。また、本文中に一三葉の女性風俗図を挟むが、いずれも当時の女性風俗を生き生きと描く。なお、本書の改題本に寛保二年(一七四二)刊『女教文章鑑』†がある。〔小泉〕
◆おんなまんようしゅう [0518]
女万用集‖【作者】不明。【年代】元禄一〇年(一六九七)刊。[大阪か]北国屋権兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『〈女重宝記〉女万用集』。半紙本三巻本(東大本)と五巻本(謙堂文庫本)の二種ある。三巻本は婦人心得、女文の作法・案文まで、また五巻本はさらに染め物・染み抜き、香の嗜み、諸病妙薬までを記した絵入りの女性教養書。第一巻は「子育やうの事」以下九項の教訓で、和漢の人物伝数例を引きながら子育て・孝行・貞心等を諭す。このうち第四項「漢鮑宣花(ほうせんか)妻をいとふ事」、第九項「婦たるものは猶も博奕忘へき事」は元禄二年刊『婦人養草(やしなひ草)』†からの丸写しである(前者は五巻四一項、後者は三巻二項の模倣)。第二・三巻には四季の女文やその他諸用件の手紙の例文を収録し、頭書に例文中の要語を詳しく解説し、さらに第三巻末尾に「女中詞遣字尽」以下の語彙集を付すが、これらは全て元禄三年刊『女書翰初学抄』†のほとんど(中巻第二状一通と下巻末尾「文かきやうの指南」「目録折紙かきやうの事」の二項を除く)を模倣したものである。ちなみに『女書翰初学抄』は各例文を散らし書きまたは並べ書きで比較的大字に綴るが、本書では全て並べ書きで比較的小字(一〇〜一二行程度)で記す。従って、『女万用集』では例文を各頁に凝縮したために頭書の注釈を適宜割愛する結果となった。さらに、第四・五巻には「本紫染やうの事」「似紫染やうの事」以下種々の染色方法や、「万しみ物おとしやうの事」など洗濯方法や「香を聞事」など香関連、さらに「女中諸病妙薬並秘方」等の家政関連記事を収録する。要するに本書は、『女書翰初学抄』をベースに『婦人養草』その他諸書からの教訓や知識を加えた、一種の重宝記である。〔小泉〕
◇おんなみだれがみきょうくんものがたり [0519]
〈新板〉女みだれかみけうくん物語〈長哥絵入〉‖【作者】不明。【年代】寛文一三年(一六七三)刊。[大阪か]作本徳右衛門板。【分類】女子用(仮名草子)。【概要】七五調の長歌形式で綴った女子教訓。表紙方簽によれば、「むすめ心もちやう事」「おつとにしたかふべき事」「いろごのみする事」「しうとめにしたがふ事」「ほうこうにん之事」「まゝはゝまゝこの事」「ごけ之身の持様事」「をひの心もちやう事」の八項から成る。「いたつらに、くらしかねつゝ、ながむれば、およばぬめにも、あまるなる、しつのをんなの、身もちをは、ふでにまかせて、かきしるす…」と序文風に述べた後で、「さればをんなは、おさなくと、こゝろしづかに、ゑがほよく、ものかずいわず、さしいでず…」以下の本文を続け、七字または五字一句を各行四句(ただし下半分に挿絵を掲げる三丁表のみ一行二句)ずつ並べる。江戸前期作と見られる『仮名教訓』†後半部「宗祇法師長うた」の体裁で女子一生の心得を説いたものである。なお、本書はさほど普及しなかったが、正徳(一七一一〜一六)以降に「〈子どもいけん〉短我身の上」(正徳四年刊『新女今川姫小松(女今川宝袋)』頭書)、「短我身の上」(享保元年(一七一六)刊『女手ならひ教訓の書』†頭書)など、本書と同体裁の往来が流布した。〔小泉〕
◆おんなみもちはっけい [0520]
〈積水〉女身持八景‖【作者】風鑑斎積水作・書。大橋楽水(積文斎)跋。【年代】寛政八年(一七九六)跋・刊。[江戸]花屋久治郎板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。『瀟湘八景』†になぞらえた女子教訓を大字・四行・無訓で綴った陰刻手本。「誦松依雨」「産子清乱」「孝天母節」「通貞顕尽」「縁甫気判」「禦損積誠」「並座楽顔」「遠慈繁昌」の八項毎に教訓文と教訓歌を掲げ、婚家の盛衰に心迷わす事なく婚家に一生を捧げるべきことや、子育ての肝要、父母への孝、貞節、結婚後の心得、良友と悪友、夫婦の和合、万人への慈悲などを説く。本書以前の延享元年(一七四四)刊『女文台綾嚢』†中に本書と同内容の「女中身持八景」が見えるため、これを抄出して手本としたものであろう。なお、巻末広告に風鑑斎の手本として『諸家永代請状』(出来)†『書札法帖』(近刻)の書名を掲げる。〔小泉〕
◆おんなみょうがかい [0521]
女冥加解‖【作者】手島堵庵作。【年代】安永五年(一七七六)作・刊。[京都]手島堵庵施印。【分類】女子用(心学書)。【概要】半紙本一冊。安永五年五月二三・二四日、石田梅岩三十三回忌法要の際に門人女性に配布された施印の女訓書。表紙見返にその旨記載するが、後に多くの一枚刷りや小冊子等と合冊し、『かなめぐさ』と題して刊行された。女性は「心せばきものものなれば、我が身のみを思ひて、天の冥加を知らざるもの多し」と冒頭に述べ、「冥加」の字義や「一身の奢」が冥加を失う基となることを説く。特に女性の奢りはもっぱら衣服にあるとし、衣服が分相応で礼儀にかなう時は、人から憎まれることもなく、倹約にかなって安楽な暮らしとなり、心も穏和になって慈悲の志も起き、ひいては家内一門の和睦や子孫長久につながることを強調する。また、私心・私欲を捨てて安楽の根本たる「本心」に立ち帰ることが幸福の源泉であり、故先生(梅岩)の遺志にかなうものであると諭す。本文をやや小字・一〇行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おんなもうぎゅうやさことば [0522]
女蒙求艶詞‖【作者】広沢嘉兵衛作。【年代】享保一四年(一七二九)刊。[京都]菊屋七郎兵衛(今井七郎兵衛・菊華堂・菊花堂)板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。女性の言葉遣いや口上の例などを中心に綴った異色の往来。女性は必要最小限の言葉で、順序よく相手に応じて適切に述べることが大切であるとして、「四季常席の言葉」「御一家御揃いの目出たきよし」「安否の言葉」「近親者の息災」「御見舞いもしない当方の非礼」の五段の言葉を前置きしたうえで用件を話すべきと教える。この「五段の挨拶」を含む口上の例として、花見・婚礼・病気・出家・隠居・養子・旅行など一九例について具体的に説く。本文を大字・六行・所々付訓で記す。頭書に「帽子被綿の図」「畳紙折形」「女系図名目抄」「染色万種出生」「諸国祭礼記」など本書独自の記事を多く掲げる。〔小泉〕
◆おんなもじほうかん [0523]
女文字宝鑑‖【作者】長谷川妙躰書か。【年代】正徳三年(一七一三)刊。[京都]中川茂兵衛板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。比較的初期の頭書絵入りの女用文章。巻頭に「五段書文のちらしやう(三通)」「三だんの文ちらしやう(一通)」の散らし書きの基本(読み順を記す)を示し、続いて「はつ春につかはす文」以下の五節句・八朔・歳暮等の祝儀状一四題二八通(各題につき上下二通りの例文)を収録する。その筆跡は妙躰風で、いずれも大字・稀に付訓の散らし書きで綴る。このほか、頭書末尾「女ふみこと葉」に「縁組究たる方への文」「祝言に遣す文」など三九通(並べ書き)を掲げる。前付に「父母に孝行のてい」「姑にしたがふてい」その他の挿絵や「女用鑑」「紋尽」「万積様の図」「万年暦大ざつしよ相生之事」「男女相姓之事并ニ歌」「むまれ月善悪の事」、頭書に「五節句之次第」「女教訓絵抄」「七夕新歌づくし」「三十六歌仙」「女歌仙」「女節用集」等、巻末に「弘法大師いろは作り給ふ」「いろはづくし」など多彩な付録記事を載せる。〔小泉〕
◆おんなもろもろようぶんしょう [0524]
〈御家〉女諸用文章‖【作者】橘正敬書。【年代】寛政一一年(一七九九)書・刊。[江戸]須原屋茂兵衛ほか板。また別に[江戸]須原屋伊八板、[江戸]須原屋市兵衛板等あり。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「年始の文」から「歳暮祝儀の文」までの女文(往復文)七八通を収録した手本兼女用文章。四季折々の挨拶状や年中行事等に伴う女子消息文をほぼ季節順に並べるが、季節と無縁の婚礼、出産、仕立物依頼、普請移徙、奉公、病気見舞い、借用、通過儀礼等の例文も含む。いずれも大字・六行・付訓の並べ書きで記す。巻末に、散らし書きの書法を示した「文散形書十躰」や、「文認様の差別」「十二月異名」の記事を付す。〔小泉〕
◆おんなようがく [0525]
女幼学‖【作者】雅雁作。田山敬儀(元良・順吉・淡斎)序・画。獅子拳書。【年代】享和三年(一八〇三)刊。[京都]灰方伊兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「それ人はじめて胎内にやどりてより十月の間、母の労したまふ事大方ならず…」で始まる文章で、まず、出産から保育、また成人までの一連の教育に関わる親の苦労・慈愛とその高恩を記し、続いて、女子の心掛けとして、婉順、孝行、女子三従、慈悲、交友、舅姑への孝養、男女の別、家政・内治・倹約、先祖崇拝・信心、悋気、陰徳などを諭した往来。本文を大字・五行・付訓の手本用に記す。巻頭に「孝貞誠慈愛図画(千代能媛ほか)」「桜に孔雀の図(敬儀詠歌)」を掲げる。また、本書に『百人一首』を増補したものが文化八年刊『女幼学操艸』である。なお、刊年を明記する小泉本は、奥付と別版で「享和三年亥閏正月新彫」と刷り込まれており、再刊以降は刊年の刷り込みが省略されたものらしい。〔小泉〕
◆おんなようかちょうぶんしょう [0526]
〈万家重宝〉女用花鳥文章‖【作者】寺田正晴作。【年代】享保一四年(一七二九)刊。[大阪]毛利田庄太郎(森田庄太郎・本屋庄太郎・崇文軒・文栄堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『花鳥文章』。大本一冊。花鳥風月の趣を綴った四季文を集めた女用文章。四季の挿絵(見開き挿絵四葉)を所々に挟み、季節毎に往復二双四通ずつ、合計一六通の例文を収録する。例えば春の場合、最初の二通が初春から中春まで、後の二通が中春から晩春までという具合に細かく区分されて、微妙な季節の変化に応じて、四季の草花や樹木、鳥の名などを数多く列挙するのが特徴。本文を大字・六行・付訓で記す。巻首に「女用四季絵抄」「津国有馬風景」等の記事、頭書に「日本女国之事」「中将姫の由来」「小児衣服器財抄」「万袋物縫様の指南」「女用筆記指南事」「女用文章字訓」など独特の記事を多く掲げる。このうち「十二子宝分算法」は、一般の女子用往来にはほとんど見られない算法関連の記事として注目される。なお、本書は『百人一首』と合綴した形でも出版された。〔小泉〕
◆おんなようことわざぐさ [0527]
女用事業草‖【作者】禿箒子作・序。【年代】宝暦一三年(一七六三)序・刊。[江戸]竹川藤兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『女用ことわさくさ』『女用ことわさ草』。半紙本二巻二冊。人道は「遙に遠きこと」ではなく「目の前のことわざ」の中にこそ存在するという視点から、日常生活における女性の行住坐臥の心得や産前後養生を説いた絵入りの教訓書。まず「婚礼の行規」を正すべきことを強調し、婦人の務めやあらゆる場面での所作や態度の是非を細々と記す。例えば、男と話す時に見つめ合ったり、うつむき加減に話すことは不義の端緒になるなどと説く。また、「女の五障」「女子三従」「貞節」、さらに下巻では「胎教」「産前・産後養生」について和漢の故事を紹介しながら諭す。本文をやや小字・九行・ほとんど付訓で記す。首題に続けて「摂之西成郡三津浜・禿箒子述」と記す。〔小泉〕
◆おんなようしょう [0528]
〈倭規〉女用章‖【作者】進藤秀(藻雪)書・跋。【年代】宝暦二年(一七五二)書。宝暦三年刊。[京都]小川源兵衛(松月堂・興文閣・友松堂)ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『倭散し』。特大本一冊。新年の福引に際しての祝儀状から、雛人形飾り役に関する質問状までの全三九通を収録した女筆手本。前半二四通は、ほぼ一年各月の行事や節句に伴う手紙で、それぞれ往復一双ずつ収録し、後半一五通は往状または返状のみで、新年祝儀の披露文や山桜を贈る文、賀茂祭見物の文、暑中見舞いなど季節折々の手紙が大半を占める。一枚散らし、三段〜五段散らしなど全文を各種散らし書きで綴る。例文に丸付きのイロハ文字で読み順を示すのは女筆手本としては異例である。〔小泉〕
◇おんなようしょつうあんもん/じょようしょつうあんもん/にょようしょつうあんもん [0529]
女用書通案文‖【作者】戸田儀左衛門(正栄・玄泉堂)書。【年代】江戸後期刊。[大阪]河内屋太助(文金堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女要文章福寿台』。大本一冊。天明五年(一七八五)刊『女要福寿台』†の前半に寛政七年(一七九五)刊『女千代の友(女教千代友)』等を増補した女用文章。巻頭に文を書く女性などの口絵を掲げ、前半部に「女用文千代の友」として「正月に遣はす文」以下一八通、後半部に『女要福寿台』増補部分の「元服祝儀文」「病気見廻」など九通(うち一通教訓文)と頭書「琴の組」を掲げ、最後に『女要福寿台』本文の「初春の文」以下二五通を掲げる(合計五二通)。書名の読み方は、原題簽によれば「によようしよつうあんもん」。〔小泉〕
◆おんなようはつねのにしき [0530]
〈御家〉女用初音錦‖【作者】梁田鳥水書。【年代】文化二年(一八〇五)書。文化五年刊。[江戸]北島長四郎ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文章初音錦』『〈新撰〉女用文初音錦』。半紙本一冊。文化五年刊『文化女用文章』†に『女用初音錦』を増補し、後者を題簽題としたもの。前半の『女用初音錦』は、「初春しうきの文」から「歳暮祝儀のふみ」までの四季折々の手紙二四通を収録した女用文章で、後半の『文化女用文章』も一二カ月の往復文であるから主題は変わり映えしないが、『女用初音錦』は全て往状のみで例文の多様性が増した点と、各例文が返書(追伸文)を含む長文になっている点で異なる。前者は大字・四行程度・付訓、後者は大字・五行・付訓で記す。なお、前者の頭書部分には、散らし書きの女文一二例と「烏丸殿より三条殿姫君へ教訓の御文」「七夕歌尽し」「女消息言葉」「書初詩歌」を載せる。〔小泉〕
◆おんなようふみぶんこ [0531]
〈万宝調法〉女用文文庫‖【作者】西川祐信画。【年代】宝暦一三年(一七六三)刊。[京都]菊屋七郎兵衛(菊花堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文章』『四季文づくし』。大本一冊。散らし書き消息と日常の女子消息の例文を集めた女用文章。冒頭「四季文づくし」は全て散らし書きで、「初春の文」〜「年の暮の文」の一一通(いずれも五節句・四季に伴う内容)を収録する。続く本文で「あらましの文」〜「金銀もたせ遣す文・同返事」の往復四〇通(季節の見舞状、通過儀礼に伴う文、貸借・贈答・取引に関する文など)を載せる。女用文章ながら商用例文が二、三収録されているのが特徴。本文を大字・六行・付訓で記す。前付に「女宗が貞節」「染殿皇后」「鄙卑が妻」「典侍直子」「女一宮紀伊」「たらし姫」の略伝、頭書に「婦人身持鏡」「女節用字づくし(器財・衣服・絹布・染色字尽・同文)」「謡づくしの文」「十二月の文」「いろはうた」「料理献立」「まじなひ重法記」「服忌令」「一代守本尊」「弘法大師四目録の占」「九九の次第」「銭相場小割付」「知死後操様」、裏表紙見返に「和歌三神」および「女用書物蔵板品目(菊花堂)」を掲げる。〔小泉〕
◆★おんなようぶん [0532]
〈小学教科〉女用文‖【作者】三尾重定作。河鍋暁斎画。【年代】明治一一年(一八七八)序・刊。[東京]富田彦次郎(東崖堂)板。【分類】女子用。【概要】半紙本一冊。「年始の文」以下八題往復一六通を集めた女用文章。付録として「金子借用証」「荷物為替手形」「電信文綴方心得」「内国郵便規則之略」「仮名遣心得」を収める。各文は同種の用文章類にくらべかなり長文で、内容も女子にふさわしくないものが少なくない。中でも「入校吹聴及暦書質問の文」とその返事は、「日柄の良悪」や「物忌」に拘る「旧弊無二」の親が、娘の女学校入学に際し、「開明政府」の役人である知人に「四方拝」「元始祭」など目新しい暦の記載について問い合わせたものに答える形をとり、「四方拝」「元始祭」「新年宴会」「孝明天皇祭」の「御大祭祝日」の意味、「御国旗(ヒノマルノハタ)」掲揚のこと、「祈念祭」「紀元節」「天長節」などを説明し、さらに明治五年一二月三日を明治六年一月一日とする太陽暦採用について詳述する点が注目される。本文を大字・五行・付訓で記す。巻末に「仮字遣心得」「書状封じ方心得」等の記事を載せる。〔母利〕
◇おんなようぶん/ふじょようぶん [0532-2]
〈新体〉婦女用文‖【作者】脇野慶子作。槌間鴎処書。【年代】明治三三年(一九〇〇)再刊。[大阪]又間精華堂(又間安次郎)板。【分類】女子用。【概要】異称『新体婦女用文』『新体婦女用文章』『新体女用文』。半紙本一冊。「四季往復題」「雑文題」の二部構成で、種々例文を集めた女用文章。前者は「新年慶賀之文」から「歳暮の文・同返事」までの三六通、後者は「旅行に人に誘ふ文」から「大風見舞之文」までの三九通の合計七五通を収録する。適宜、文明開化後の近代的な生活振りを示す内容を盛り込む。本文を大字・七行・所々付訓で記す。頭書には適宜挿絵を交えて極めて詳細な解説を施した「著の湯独案内」や、膨大な替え言葉・替え文章を収録した「女子用文類語」を載せる。〔小泉〕
◆おんなようぶんあやにしき [0533]
女用文綾錦(仮称)‖【作者】西村末昭(恵十・収雷堂・一茎舎・恵十郎)書。【年代】宝暦(一七五一〜六四)頃刊。[江戸]奥村喜兵衛板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。宝暦一二年刊『女用文立田川』†の増補・改題本で、標記書名は巻末広告に「女用文綾錦、一冊出来」とあることや奥村喜兵衛蔵板書目(広告)によって推定。『女用文立田川』の前半部に、「春のとくたる事、一夜を隔てこゝろ新玉り…」で始まる新年祝儀状から歳暮祝儀状までの短文の女文二〇通を増補したもので、末尾に「にし村恵十書(花押)」の署名がある。全て大字・稀に付訓の散らし書きで綴る。頭書には、「初春の文章」「久敷逢さるかたへ遣文章」「雪ふりに遣す文章」など一九通の例文を始め、「小笠原流折形」「五性名頭」「裁物口伝」「縫物乃しなん」等の記事を載せる。この前半部分は宝暦頃刊『女今川春錦』中にも合綴されている。また、後半部分は『女用文立田川』に同じ。〔小泉〕
◆おんなようぶんあやにしき [0534]
女用文綾錦‖【作者】不明。【年代】安永九年(一七八〇)刊。[仙台]伊勢屋半右衛門板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「初春に遣す文」以下五節句・四季の手紙、また「いなかへ遣す文」や「平産の祝に遣す文」「誂えの染物を届ける文」など二〇通を収録した女用文章。ほとんどが散らし書きで、概ね大字・三〜四行大・無訓の手本用に作る。巻頭に読書する婦人の図を掲げ、頭書に女子の教養・家政・化粧・礼法等や「年中行事」、また「庚申せぬ時の歌」「死人に逢ふ時の歌」などの呪いについて記す。〔小泉〕
◆おんなようぶんおしえぐさ/ふじょようぶんおしえぐさ [0535]
婦女用文教草‖【作者】篠崎純吉作。【年代】明治二五年(一八九二)刊。[大阪]敦賀屋九兵衛(松村九兵衛・文海堂)板(明治三〇年板)。【分類】女子用。【概要】中本一冊。女用文章と口上書の例を掲げた女子用往来(銅版和装)。前半の女用文章には「年始の文」から「年祭に供物を贈る文」までの六五通を収める。四季や吉凶事に伴う手紙が主だが、当時の世相を反映した「海水浴(病気にもきく「潮の浴」と説明)に誘ふ文」「天長節祝儀文」「舞踏会切符を贈る文」などの例文も見える。本文をやや小字・七〜一〇行・付訓で記し、要語には随時、略注を施す。後半の「言文の部」は、幼女や小僕などに使いをさせる場合の口上の例で「人を呼に遣す文」から「忘年会に招く文」までの三三例を掲げる。頭書等に消息・大和言葉・修身・飲食物・家政・芸能その他種々の記事を載せる。〔小泉〕
◆おんなようぶんかがみばこ [0536]
女用文鏡箱‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[名古屋]玉立堂板。【分類】女子用。【概要】異称『〈御家流〉女用文鏡箱』『女用文』。中本一冊。「正月の文」から「わたまし悦の文・同返事」までの三八通を収録した女用文章。うち新年状および寒中見舞状のみ往復四通収録する。本文を大字・五行・付訓の並べ書きで記すが、例外的に散らし書き二通を含む。内容は、四季・五節句にまつわる例文が大半を占め、末尾に婚礼・出産・招待・借用等の例文数通を載せる。〔小泉〕
◆おんなようぶんくにづくし [0537]
女用文国尽し‖【作者】竜珠堂書。【年代】江戸後期刊。[江戸]松坂屋板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。「女用文章」と「婚姻女国尽」の二編を合綴した往来。「女用文章」は、年始の文以下二〇通を収録し、四季・五節句に伴う手紙が大半を占める。なお、それぞれの返状は頭書欄に掲載する。また「婚姻女国尽」は『婚礼女国尽文章』†と同内容。本文を概ね大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おんなようぶんしきしぞめ [0538]
女用文色紙染‖【作者】十返舎一九作・序。【年代】文政七年(一八二四)刊。[江戸]鶴屋喜右衛門(仙鶴堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文章色紙染』『女用文』。大本一冊。序文によれば、元文三年(一七三八)原刊『〈新板女筆〉女用文色紙染』†を、十返舎一九が「文章の古めかしきを悉く当流に改め、長短を用捨し、卑文を省き、雅章を専として、しかも用弁の速なるを撰」んだものという。しかし、全二〇通の文面は元文三年板とは全く異なるもので、各状の主題などが踏襲されているにすぎない。本文を概ね大字・四行・付訓で記す。元文三年板に比較して文章がやや長く、文言中に人名・地名などの固有名詞を含む点に特色がある。付録記事も元文三年板とは全くの別内容で、前付に「衣服調法秘伝抄」「十二月之異名」等、頭書に「文の書様心得の事」「年中故実・五節句ゆらゐ」「源氏物がたり目録」「婦人たしなみ草」「女中詞づかひの事」「薫ものの銘づくし」「万染ものの類仕やう」等を掲げる。〔小泉〕
◆おんなようぶんしきしぞめ [0539]
〈新板女筆〉女用文色紙染‖【作者】田村よし尾書。石川豊信(石川孫三郎・糠屋七兵衛・西村重信・秀葩)画。【年代】元文三年(一七三八)刊。[江戸]村田治良兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『〈女筆新板〉女用文色紙染』。大本一冊。五節句祝義状を含む四季の手紙二〇通を収めた女筆の女用文章。一部の例外を除いていずれも季節の花鳥風月を織り混ぜた女文で、奇数状を散らし書き、偶数状を並べ書き、いずれも大字・所々付訓で記す。前付・頭書には働く女性の姿(海人・女農業・塩汲み・蚕婦人)の挿絵や、「女諸礼」「女いましめ草」「諸芸鑑」等の記事を掲げる。後に、十返舎一九によって改編され同一書名で出版されたが(前項参照)、各書状の主題は踏襲されたものの、文面にはかなり手が加えられた。〔小泉〕
◆おんなようぶんしのぶぐさ [0540]
女用文忍草‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】女子用(艶書)。【概要】異称『〈艶書手引〉女用文思能風草』『女用文忍艸』。半紙本一冊。一般の女用文章の如き書名だが、実際は「初て送る恋の文」から「首尾を告るふみ」までの一五通(末尾一通を除き往復文)を収録した男女両用の艶書で、いずれも大字・五行・付訓の並べ書きで記す。頭書に本文に即した種々の言い替え表現・類語を掲げるほか、「艶書の大意」「初恋に送る文の心得」「初めて返しの文の事」「妾に送る文の事」「後室に送る文の事」「尼にをくる文の事」「目上成人へ送るふみの事」「奥の女中に送る文の事」「下女に送る文の事」「恋路の心得の事」「男女交合忌日の事」「男女愛敬守の事」など恋文や色道全般の記事を載せる。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょ [0541]
女用文書‖【作者】不明。【年代】江戸中期刊。[江戸]榎本吉兵衛板。また別に岩戸屋喜三郎板(文政三年(一八二〇)再板)あり。【分類】女子用。【概要】異称『女用文』。中本一冊。四季に伴う消息文一六通を収録した女用文章。新年の文など五節句祝儀状や、種々の誘引状から成る。本文を大字・五行・付訓で記す。前付・頭書には聟入・嫁入から産後養生までの通過儀礼に関する記事や「女今川図解」「牽牛織女祭(たなばたまつり)の図」「万しみ物おとし様」「懐胎心へべき事」「月異名」「片仮名伊呂波」などを載せる。なお、本書刊年不明板の巻末には「色紙短冊押法、并歌の題書様」を掲げる。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょう [0542]
女用文章‖【作者】墨池堂竜圭書。【年代】嘉永三年(一八五〇)刊。[江戸]吉田屋文三郎ほか板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。「年始のふみ」から「婚礼之文」までの往復文三二通を収録した女用文章。四季に伴う手紙が大半で、いずれも大字・五行・ほとんど付訓の並べ書きを基本とするが、「年始ちらしふみ・おなしく返事」の二通だけは散らし書きにする。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょう [0543]
婦女用文章‖【作者】蘭皐子書。【年代】江戸後期刊。[名古屋]永楽屋東四郎板。【分類】女子用。【概要】異称『婦女用文章吾妻錦』。半紙本一冊。「正月の文」から「縫物稽古の文」までの四五通を収録した女用文章。五節句や四季の挨拶状を始め、婚礼・出産・通過儀礼・死去・不幸事、その他の例文を載せる。例文を大字・五行・付訓の並べ書きで記す。なお、『婦女用文章』の題簽を付す菊花図入りの色刷表紙本と『婦女用文章吾妻錦』の題簽を付す紺表紙本(無地)の二様がある。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょう [0544]
〈開化〉女用文抄‖【作者】平山銓作・書。【年代】明治一一年(一八七八)刊。[沼津]小松浦吉(尚古軒)板。【分類】女子用。【概要】半紙本二巻二冊。各例文毎に詳細な語注を施した女用文章。上巻に「年始の文」〜「書籍を借る文・同返事」の二二通、下巻に「誕生日に人を招く文」〜「歳暮の文」の二一通、合計四三通を収録する。手紙の主題自体に目立つ特徴はないが、編集形式では各例文を大字・五行・無訓で掲げた後、特定の語句について詳しい細注(半丁に一〇行の割注)を施すのが独特。例えば、冒頭「年始の文」では、例文が約一丁半、一五行に対して、『冠辞考』『源氏物語』『徒然草諺解』などを引きながら「あら玉」など八語について四丁半、八一行に及ぶ長文の注釈を載せる。また下巻末の「附録」では、脇付、封じ目、人称、異名、数量呼称等について解説する。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょう [0545]
〈雅俗〉女用文章‖【作者】岡大次郎作。【年代】明治二二年(一八八九)刊。[東京]井上勝五郎(薫志堂)板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。前半に「女用文章」、後半に「和服裁縫独案内」を収録した女用文章。前半は「年始の文」〜「出産を賀する文」の一二通で、四季贈答状や婚礼・出産等の祝儀状から成る。本文をやや小字・七行・付訓で記す。後半部「独案内」は、一ッ身〜四ッ身の裁ち方・縫い方を図解したもの。さらに頭書「女礼式教草」には、通論、孝養・交友、心術・行状、準備、接待、起居・進退の六章に分けて女性礼法の基本を教える。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょう [0546]
〈小学〉女用文章‖【作者】永井浩作。深沢菱潭書(「名称類」)。柳堤子序。【年代】明治一四年(一八八一)序。明治一五年刊。[東京]山田藤太郎(文宝堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『小学女用文章』。半紙本一冊。「年始のふみ」「花見に人を招く文」「暑中見舞文」「祭礼に人を招く文」「歳末の文」など八通を集めた手本兼女用文章。本文を大字・四行・付訓で記す。巻末に、衣服類・糸之類・絹布類・染色類・器財類の五類で日用語を集めた「名称類」、また、四季時候の言葉を始めとする消息用語集「四季熟語」と「仮名遣ひ」を載せる。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょう [0547]
〈新撰普通〉女用文章‖【作者】鷹觜房吉作・序。名和対月書。【年代】明治一二年(一八七九)序・刊。[大阪]河内屋源七郎(文栄閣)板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。「新年宴に人を招く文」から「歳暮の文・おなじくへんじ」までの四七通の例文を収録した女用文章。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書に本文中の短文・短句の言い替え表現を掲げており、全文あるいは部分で相互に入れ替えて書くことにより、豊富な表現ができるように工夫する。四季折々の手紙を順に配列した所々に、諸用件の手紙を挿んで収録し、初天神参詣、小学校入学祝い、博覧会見物、神武祭の日の桃花遊覧、手芸学校入学祝い、教師拝命祝儀、演舌会拝聴など、近代女性の生活を映し出した例文も多い。目録部分の頭書「書状認様心得」には、手紙文を構成する九つの規則(発語・時候・起居・欣喜・自叙・降心・入事・結語・結尾)と作例を示すが、このような記述は近世の女用文章には見られなかったものである。末尾に結び文等の封じ方を図解する。なお、角書を「婦女交際」と改め、作者名を改竄した『〈婦女交際〉女用文章』†が明治二三年に再刊されている。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょう [0548]
〈当流〉女用文章‖【作者】源女書。【年代】天和二年(一六八二)刊。[京都]吉野屋次郎兵衛(次良兵衛)ほか板。【分類】女子用。【概要】大本三巻三冊。江戸初期の女筆手本兼女用文章の一つ。跋文によれば、本書はある人の娘のために認めた散らし書き手本という。上巻は一月から一二月までの一二カ月往復二四通の例文、中巻は三・五・九月の節句祝儀状と通過儀礼に伴う手紙の二〇通および「しん上のおりかみかきやう」の記事、下巻は「ふるまひよひにやる文」など諸用件に関する手紙二〇通および「字つくし(万着類之分・諸道具之事)」の記事で、書状数は合計六四通。例文の大半が散らし書きだが、並べ書き数通を含み、全て大字・無訓で記す。頭書に本文要語の略注を載せた女用文章としては、万治三年(一六六〇)刊『女初学文章』†が現存最古で、本書はそれに次いで古い。また、本書の目次および下巻末の語彙集の全てと本文約四〇丁分を割愛して例文の配列を任意に改めた改編版(現存本は二巻二冊)が後に刊行された。この改編版は江戸中期刊と思われ、題簽と本文の丁付けを改刻したほか目録および書簡作法、各種字尽等の記事を一切省いてある。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょう [0549]
〈婦女交際〉女用文章‖【作者】松田寅造作(実は鷹觜房吉原作)。名和対月書。【年代】明治二三年(一八九〇)刊。[大阪]武田福蔵板。【分類】女子用。【概要】異称『〈新撰普通〉女用文章』。中本二巻二冊。明治一二年刊『〈新撰普通〉女用文章』†と同内容。同書を二分冊して、外題等の角書を変えただけのもの。原作者・鷹觜房吉を隠蔽して題簽・見返・刊記に「松田寅造作」と明記するが、序文にはもとの「たかはししるす」の署名を残す。〔小泉〕
◆★おんなようぶんしょう [0550]
〈明治小学〉女用文章‖【作者】宮本仲子作。【年代】明治一四年(一八八一)刊。[東京]簑田屋精三郎(浜島精三郎・精華書屋・精華圃)板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文』。中本一冊。笠亭仙果作・嘉永四年(一八五一)頃刊『〈女教〉女用文章袖硯』†の改訂・改題本。本文の冒頭・末尾を除いて全く同内容である。「年始披露の文」を始め、四季・雑を交えた四〇通の女子私用文例を集めた女用文章。うち、「七夕の文」「月見に人を招く文」「夷講の文」「餞別の文」「年賀悦びの文」が散らし書きで、他を大字・五行・付訓の並べ書きで記す。文例は「先もじは娘かたへ御しんもじに御見事のしな贈下され…」のように典型的な女文である。頭書「女中必用」には、「手紙認かた心得の事」「文の封じやう」「色紙短冊其外歌書様」「仮名遣の大旨」「やまとことば」「いろは早引みやび詞注」「歌道早稽古」「女中諸病妙やく」「教訓誰身の上」など実用的知識一二項を掲げる。なお、本書末尾に「女礼式」を増補した改題本に、明治二二年(一八八九)刊『〈明治小学〉女用文章』†(露村政子作と改竄)がある。〔母利〕
◆おんなようぶんしょう [0551]
〈明治新撰〉女用文章‖【作者】細谷定子(「女用文章」)・甲子たま(「裁縫独稽古」)作。精華堂序。【年代】明治二三年(一八九〇)刊。[東京]関由蔵板。いろは書房売出。【分類】女子用。【概要】中本一冊。前半の女用文と後半の「〈普通〉裁縫独稽古」から成る女用文章。女用文は、「新年祝の文」から「金子借用之文」までの四四通で、五節句や吉凶事に伴う祝儀状・見舞状が大半を占める。末尾数通を除いて基本的に往復二通で、往状を本文欄、返状を頭書欄に収録する。巻頭に「手紙認かた心得之事」を掲げ、頭書に「新年帖のへんじ」以下の返状と、「女中文封やう」「婦人諸病妙薬」「しみ抜の妙法」等の簡単な記事を挿む。後半の「裁縫独稽古」は裁縫の基本を説いた図解書で、「衣服之名所」「襦袢裁方」「襦袢の縫方」「一ッ身の裁方」以下種々裁縫の仕方や、「衣服の穢を除く法」以下様々な染み抜き法について説明する。なお、序文には「…よつて『袖かゝみ』となづくるなり」とあるため、原題は『女用文章袖鏡』といった書名であろう。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょういとぐるま/じょようぶんしょういとぐるま [0552]
女用文章糸車‖【作者】田中友水子原作。北尾辰宣書・画。西川竜章堂書(天保一二年(一八四一)板以降)。【年代】明和九年(一七七二)刊。[大阪]柏原屋清右衛門(渋川清右衛門・称w堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文章』。大本一冊。『大阪出版書籍目録』によれば、宝暦七年(一七五七)頃刊『女文要悉皆嚢』(田中友水子作、大阪・泉屋喜太郎板)の板木を明和五年頃に渋川清右衛門が買い受けて改題・板行したもので、さらに安永三年に本書の前付一八丁を削除するなどしたうえ『女用文章倭錦』†と再改題した。ただし本書明和九年板には「倭口ノ二十」などの丁付けを持つ口絵が合綴されており、『糸車』と『倭錦』は並行的に刊行されたようである。江戸中期を代表する女用文章で、例文と付録記事が充実している。例文は「正月文章」から「歳暮の文・同返事」までの六三通で、季節・四季行事の手紙や通過儀礼に伴う手紙など一通りを載せ、冒頭の一通を除き、全て大字・七行・付訓の並べ書きで記す。巻頭口絵に色刷りの「麒麟・鳳凰図」を掲げ、前付に光明皇后・長谷川妙躰等の「女能書略伝」を始め、「女中風俗品定」「女いとなみ草」「日用の字尽」「女手わざ草」「女中大和詞」「色紙・短冊の本説」「文の道しるべ」(以下丁付に「倭…」と記す)「染物の法」「しみ物落やう」「七夕歌尽」「薫物の方」「匂袋の方」「婚礼略式」「四季衣桁錺の説」「教訓おきな草」等、頭書に「女中文の志折」「年中の故事」、巻末に「即座之占」などを載せる。なお、明和九年板には、前記とは別に「和歌三神図」「婚礼略式」「御厨子の図説」「黒棚の図説」「化粧の間の図説」「貝桶の図説」「四季衣桁錺の説」「女中名づくし」「男女相性の事」「教訓おきな草」などを収録した異本もある。また、天保一二年(一八四一)再刻本では、前付を削除して頭書の挿絵を一新したうえ、文面に多少の改訂と巻末記事に若干の増補を加えた。さらに明治期再板本では、従来の前付記事に代えて、翠栄堂半山画の色刷り挿絵数葉が加えられた。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょうえいがかがみ [0553]
〈婦人調法・暦事和解〉女用文章栄花鏡‖【作者】北山兼芳(文宜堂枢斎)書。芳鄰斎画。【年代】天保一二年(一八四一)刊。[江戸]岡村庄助ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文章栄花鑑』。大本一冊。豊富な付録記事と多様な女子消息例文を収録した女用文章。本文欄に「年始のふみ・同返事」から「年賀の悦の文」までの五八通を収録。概ね、五節句あるいは四季折々の手紙、他国逗留に伴う手紙、通過儀礼、吉凶事等の手紙の順に収録し、例文をほぼ大字・七行・付訓で記す。追伸文(返書)の変化を示すなど書法にも配慮する。巻頭に色刷り口絵二葉を掲げ、前付に「白馬の節会」「養蚕・農耕図」「源氏文字鎖」「在原業平故事」「山城国宇治の里・茶摘の図」「曲水の宴故事」「月之出入潮満干之事」「四皇帝占い」「婚礼式法指南」「大和詞大概」「近代集外歌仙」「〈四季〉ちらし文」「近世七夕歌づくし」「たなはた発句集」等、頭書に「女性書札礼」「暦の事訣(ことわけ)」「有卦無卦十二運の事」「六曜毎日善悪を知る事」「懐妊腹帯する日、并諸の心得」「産に臨み心得の事」「産前産後食物禁忌」「服忌令」「弘法大師四目録の占方」「珍術器工智恵袋」「諸病妙薬調法記」「江都年中行事」「女中諸礼しつけ方」「皇朝年数早見」「将軍家御代々御治世の巻」「篇冠構字づくし」「四季并十二月異名」、巻末に「破軍星繰様」を掲げる。なお、本書に『桃花百人一首曲水宴』その他を増補した厚冊本(全二三一丁)が『大宝百人一首紅葉錦(じよようちゑふくろ)』である。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょうからにしき [0554]
〈当世女鑑〉女用文章唐錦‖【作者】春名須磨作・書。【年代】享保二〇年(一七三五)刊。[大阪]吉文字屋市兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『〈当世女鑑・歌人尽〉女用文章唐錦』。大本一冊。幼くして能書の名声を得た春名須磨の手本の一つ。新年状以下五節句や四季の手紙、出産・婚礼等通過儀礼に伴う手紙など全二二通を収録。そのほとんどが散らし書きだが、散らしの程度はさほど大きくない。概ね、大字・三〜四行・無訓で記す。前付に「左衛門尉真勝」「太田道灌」「桜の和歌三首」「蛍のあそひ」「紅葉の和歌三首」「雪の朝」「七夕扇ながし」「小野小町」ほか略伝、頭書に「和漢列女伝」「女訓智恵海」「女用器財字・女衣服の類・絹布類・万染色の名ほか」「万包折形図」「女中和歌の道しるへ」「源氏物語目録」「香道の秘伝」「琴の引やう指南」「双六の手引」「女中手習の指南」「女中文のかきやう」「蒸菓子秘伝抄」「絹布の手引」を載せる。なお、本書の改題本に、寛延二年(一七四九)刊『女文通華苑』†、宝暦一二年(一七六二)刊『女書札百花香』†、江戸中期刊『女文書大成』がある。〔小泉〕
◇おんなようぶんしょうこうもく [0555]
〈頭書拾遺〉女用文章綱目‖【作者】万屋かめ作・書・序。【年代】宝永六年(一七〇九)刊。[京都]荒川源兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女筆用文章絵抄』『女筆手本』。大本三巻三冊。全編散らし書きの女用文章。上巻には新年状から歳暮祝儀状まで四季・五節句の手紙八項目一四通を、中巻には「るすに来る文かへりて遣すへんじ文」から「髪置のいわゐよひに遣す文」まで季節の諸行事に関する手紙など一四通を、さらに下巻には「ほとゝきすの歌所望しにやる文」から「学文をうらやみつかはすふみ」までの諸用件の手紙一四通を収録する。頭書には五節句や年中行事、京都の寺院・名所・名物に関する記事や、「女詞字尽」「草花字づくし」「木の名字づくし」「鳥の名字尽」「虫の名字尽」「青物の名字尽」「諸道具字尽」「衣服字尽」「絹布字づくし」「染物色字尽」「魚の名字尽」等の語彙集を載せる。なお、本書に享保(一七一六〜三六)頃刊『女手ならひ教訓の書』†を合綴した改題本『女文章艶姿』†が元文五年(一七四〇)に刊行された。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょうしなんぐるま [0556]
女用文章指南車‖【作者】巽行精(静庵)作・序・書。松川半山画。【年代】嘉永四年(一八五一)序。嘉永六年刊。[大阪]柏原屋清右衛門ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『女文章指南車』。半紙本一冊。「年始の文」から「家督祝儀の文・同返事」までの五一通の消息文例を収録した女用文章。最初に四季・五節句や季節の行事に伴う書状、続いて、新宅祝い・結納・鉄漿付け・婚姻・部屋見舞い・帯の祝い・出産・七夜・宮参り・髪置き・袴着・元服・家督相続など一生の祝事に伴う書状を収録する。このように季節の手紙と各種祝儀状だけを載せ、日常諸事に関する手紙が見えないのが特色。本文を概ね大字・五行・付訓で記すが、部分的に散らし書きや追伸文などを取り入れて変化を持たせる。なお、本文欄上下に褐色の飾り罫を刷り込む。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょうそですずり [0557]
〈女教〉女用文章袖硯‖【作者】笠亭仙果作。凌雲書。【年代】嘉永四年(一八五一)頃刊。[江戸]山本平吉板。【分類】女子用。【概要】異称『〈鼇頭・深窓必用〉女用文章袖硯』『女用文』。中本一冊。「年始披露の文」から「年賀悦の文」までの四〇通を収録した女用文章。五節句や四季行事に関する手紙、髪置・婚礼・出産その他慶事や病気・死去・大風等の凶事に伴う手紙などの一般的な例文とともに、「衣類借に遣す文」「金子借りに遣す文」「金子断の文」「金子催促の文」「約束変改の文」のように庶民の実際生活に即した文面が目立つ。全文を大字・五行・付訓の並べ書きで綴る。頭書に「手紙認方心得の事」「進物目録上書の事」「色紙・短冊其外歌書書様」「仮名格の大旨」「万の物包様・折形口伝」「結び物の口伝」「大和詞」「いろは早引みやび詞の注」「歌道早稽古」「箏・三絃の名所」「女中諸病妙薬」「万しみ物おとし様」「古今染色名目」「教訓誰身上」等の多彩な記事を盛り込む。なお、本書の本文のみを抽出し作者名を隠蔽した改題本に江戸後期刊『女用文袖鏡』†がある。また宮本仲子によって一部改編された『〈明治小学〉女用文章』†が明治一四年(一八八一)に刊行された。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょうたいせい [0558]
〈頭書絵抄〉女用文章大成‖【作者】居初津奈原作。改編者不明(柏原屋清右衛門か)。【年代】元禄一一年(一六九八)刊。[大阪]柏原屋清右衛門板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文章綱目』。大本三巻三冊。居初津奈作、元禄三年刊『女書翰初学抄』†の改題・改編本。本文と下巻末記事の一部を模倣して序文・前付・頭書を全て改め、居初津奈作であることを隠蔽した。下巻末尾の「とふらひ文遣事」一状が削除されたほかは、全ての例文が『女書翰初学抄』と同じ。ただし、『女書翰初学抄』の例文が各丁の表から始まるのに対して、本書は常に裏から始まるように(改編時の編集の都合であろう)、全くの異板である。付録記事として、上巻には口絵「鄭氏女孝経を作事并絵抄」「七夕まつりの事」等と頭書「七夕歌尽并絵抄」、中巻には口絵「紫式部の事并絵抄」「源氏物がたりもくろく」と頭書「加茂の斎宮の事」「増補大和詞絵抄」、下巻には口絵「女諸芸の事并絵抄」と頭書「女孝行鏡(熱田縁采女ほか略伝)」「万しみ物をとしやうの事」「同あらひ粉の事」「同そめ物仕様の事」および巻末「小笠原流包折形の図」「女中節用字尽」「文の書やう指南十ヶ条」「目録折紙書やうの事」を収録する。要するに、本書は作者名を故意に隠して付録記事等を改編した海賊版である。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょうたいぜん [0559]
〈明治〉女用文章大全‖【作者】堀中以津子(鎰)作。深沢菱潭(巻菱潭)書(遺筆)。【年代】明治二二年(一八八九)刊。[東京]榊原友吉(文盛堂)板(明治二六年板)。【分類】女子用。【概要】異称『女用文大全』『明治女用文章』。半紙本一冊。明治一二年刊『小学女用文大全』†の上巻から末尾一〇丁を削除して改題したもの。本文冒頭部と末尾の数行のみ改刻し、『小学女用文大全』の下巻は未収録。収録書状は「年始の文」から「舟遊び催しの文・同返書」までの四二通で、祈年祭、油画、開校、女子師範学校入学、裁縫教授依頼、小学昇級、神武天皇祭日などを題材にした近代特有の例文が中心。それぞれ大字・四行・無訓で記す。また、本文要語について読み・略解・類語を頭書「作文語類」に掲げるのも『小学女用文大全』と同様である。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょうたからかがみ [0560]
女用文章宝かゝ美‖【作者】玉亭常麿画。【年代】文政元年(一八一八)刊。[江戸]須原屋伊八板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文章宝鑑』。大本一冊。「正月のふみ」から「歳末のふみ」までの四季女文(並べ書き)を主とした三三通と、「ちらし書四季の文章」四通の合計三七通を収録した女用文章。五節句や四季、年中行事等に関する例文を中心に集め、各例文を概ね大字・五行・付訓で記す。巻頭に「六歌仙」「六玉川の歌」「五節句歌」等、頭書に「文のかへことば」「東都十景」「替文章」「男女一代守本尊」「男女相性并歌」「同相性極秘伝」「懐妊帯する日」「胎内の子男女を知る」「諸病の妙薬」「染物ひでん」「万しみもの落様」「今容櫛笄簪形」「裁物秘伝」等の記事を載せる。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょうはつねのにしき [0561]
〈婦人日用〉女用文章初音錦‖【作者】藤牧暘潭(蒋泉堂・直清)書。村山潭山(蒋村堂)跋。【年代】安政六年(一八五九)跋。万延元年(一八六〇)刊。[江戸]岡田屋嘉七ほか板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「年始の文」から「奉文(二通)」までの三八通を収録した女用文章。各例文を大字・五行・付訓の並べ書きで記す。五節句・四季に関する例文が大半で、「湯治見廻のふみ」「結入祝儀のふみ」「婚礼しう儀の文」「出産祝儀の文」「奉公に出たる方へ遣はすふみ」なども含む。このほか巻末に、散らし書きの五節句祝儀状(五通)を付す。巻頭に「六歌仙和歌(色刷り口絵)」を始め、豊富な挿絵とともに「和歌」「色紙短冊歌書やうの事」「手習」「五行相生相剋并男女相性」「歌貝」「貝合」「香道濫觴」「活花」「茶湯」「双陸」「花結」「機織」「縫針」「衣服を裁ときの心得」「何某大納言殿より御息女へ送給ふ御消息」「四厄十惑の事」「結燈台の事」「婦人の事并胎教」「婚礼式法」「子を教ゆるのくさぐさ」「衣桁飾様の事」「歯黒の事」「女の眉とる事」「嶋台の事」等を載せるほか、頭書にも「諸礼躾がた」「香道たしなみの事」「名香六十一種名寄文章」「女中詞づかひ」「大和ことば」「万染いろの名」「畳紙折形の図」「進物目録書様」「婦女をしえ艸」「食事しつけがた」「給仕の次第」「婦人平生心得草」「一代灸忌日の事」「産の前後食物并薬法」「婦人日用字づくし」「琴・三味線のこと」「四季の曲并序」「年中消息詞」「文認るこゝろ得」「一生涯の祝事」「女中嗜みの道歌」など特色ある記事を数多く掲載する。例文の豊富さもさることながら、付録記事の多彩さが本書の特色である。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょうひめかがみ [0562]
女用文章姫鑑‖【作者】不明。【年代】天保一四年(一八四三)刊。[大阪]石川屋和助ほか板。また別に[江戸]文好堂板(後印)、[京都]堺屋仁兵衛(辻本仁兵衛・尚書堂・尚書院・慶長堂)板(後印)等あり。【分類】女子用。【概要】異称『〈御家流〉女用文章姫鑑』。中本一冊。文化九年(一八一二)刊『女用文独稽古』†のうち第一部「四季十二ヶ月の文づくし」だけを抄録して編んだ海賊版。「初はるの文」から「歳暮の文」までの四季の女文(往復文)四二通を収録。いずれも四季の行事や風物にちなんだ例文で、大字・五行・ほとんど付訓の並べ書きを基本とし、随所に散らし書きも採り入れる。なお、江戸後期刊『女用文操鑑』は、付録記事を含め本書と全く同じである。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょうふみすずり [0563]
〈再板幼婦袖玉〉女用文章文硯‖【作者】鳥居清経(大次郎・餅十)画。【年代】明和(一七六四〜七一)頃初刊。安永五年(一七七六)刊(再板)。[江戸]西村屋与八板。【分類】女子用。【概要】異称『女四季用文(おんなしきのようぶん)』『女用文宝箱』『女用文』。中本一冊。「正月・同輩の文てい」から「歳暮の文・下より上へ遣す文」までの四季の女文一九通を収録した簡易な女用文章。新年、花見、弥生、婚礼、端午、平産、盆、月見、重陽、湯見舞い、寺入り、病気見舞い、漿付、歳暮の一四題につき、適宜、同輩・下輩・上輩宛ての文面を掲げるのが特徴。本文をやや小字・六行・付訓で記す。巻頭に「五常図」「四季女性図」を掲げ、頭書に「教訓いろは歌」「女中倭詞」「けいがの和歌絵抄」を載せる。なお、後印本に『女用文宝箱』の題簽を付すものがある。〔小泉〕
★おんなようぶんしょうみやこめぐり [0563-2]
〈名所旧跡〉女用文章都廻‖【作者】不明。【年代】元禄(一六八八〜一七〇三)以前刊。[京都か]木村某板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「遠国からの客を京都見物に案内したい」という友の要望に応える設定で、京名所の概要や風情を全四通の女文に認めた散らし書き手本。地理系統の女筆手本類では最古の部類。四通の書状は通常の往復文の体をなしておらず、一連の名所案内の記述を四通に分割したものにすぎない。口絵に「近江八景」の挿絵を描くが、元禄以前の趣を持つ。奥付らしい奥付はなく、裏表紙見返しのノドに単に「木村」と記すが、時代・内容から言って、この板元は京都書肆であろう。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょうやまとにしき [0564]
女用文章倭錦‖【作者】北尾辰宣画。【年代】明和九年(一七七二)刊記。安永三年(一七七四)刊。[大阪]柏原屋清右衛門(渋川清右衛門・称w堂)板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。明和九年刊『女用文章糸車』†の改題本。『大阪出版書籍目録』の安永三年二月項に、「以前『女用文章絲車』と題せしものゝ最初十八丁を除き、扉・口絵一丁半彫足し、改題板行申出」とある。すなわち『女用文章糸車』墨付九三丁から前付記事など一八丁分を削除し、色刷り口絵など一丁半を増補したもので、本文は『女用文章糸車』に全く同じ。従って、『倭錦』も『糸車』もほぼ同時期に刊行されており、当初より付録記事の組み合わせを変えた二種類の刊行を予定していたものであろう。また、付録記事に小異のある板種が数種存在する。〔小泉〕
◆おんなようぶんしょうゆきかいぶり [0565]
女用文章往かひ振‖【作者】不明。【年代】天保四年(一八三三)刊。[江戸]須原屋伊八ほか板。また別に[江戸]須原屋伊三郎(松成堂)ほか板もあり。【分類】女子用。【概要】異称『婦宝文庫』。大本一冊。本文「年中用文章」に種々の付録記事を盛り込んだ大部な女用文章。「年中用文章」は四季折々の贈答・挨拶状を主とする女子消息例文で、「年始の文」から「歳暮のふみ」までの二九通を大字・六行・付訓の並べ書きで記す。冒頭部に数行折り返して書く返書(追伸文)を伴う例文も多い。このほか、二〇丁以上に及ぶ前付にも、貴人への新年祝儀披露状を始めとする散らし書き四季消息一三通を収録し、読法を丸付き数字で示す。巻頭に「能書絶妙の図」「清少納言の奇才」「三十六歌仙絵抄」「婦女五徳之略解」「御厨子・黒棚錺様式法」「婦人可見之書物」等、頭書に「伊呂波文字のおこり」「教訓伊呂波歌対画」「扇・団に物書法」「倭語来由并仮名遣法」「婦人通用文字尽」「女日用製服の心得」「長生不老養生の事」「源氏目録文字くさり」「女文江都名所往来」「女中諸病妙薬箱」「御所洗粉の方」「懐胎養生指南」「万食物くひ合の事」、さらに巻末に「年中文の詞種」「香道初心抄」「銘香名寄文字くさり」等を収録する。〔小泉〕
◆おんなようぶんそでかがみ [0566]
女用文袖鏡‖【作者】笠亭仙果原作。【年代】嘉永四年(一八五一)以降刊。刊行書不明。【分類】女子用。【概要】異称『女用文章袖かゞみ』『女用文』。中本一冊。嘉永四年頃刊『女用文章袖硯』†の作者を隠蔽した改題本。「年始披露の文」から「年賀悦の文」までの四〇通を収録する。本文・付録記事ともに『女用文章袖硯』と全く同じ。本文を大字・五行・付訓で記す。〔小泉〕
◆おんなようぶんそでのたま [0567]
〈頭書〉女用文袖珠‖【作者】井亀道人作・書か。【年代】安政四年(一八五七)刊。[江戸]井上某蔵板。山城屋佐兵衛ほか売出。【分類】女子用。【概要】異称『女用文章』。半紙本一冊。「年始の文」〜「年賀祝儀の文」の七四通を収録した女用文章。五節句や季節に関する手紙と吉凶事に伴う祝儀状・見舞状・依頼状・その他諸事についての手紙から成る。本文を大字・五行・付訓で記す。頭書には、「六歌仙之図并和歌」を始めとする和歌・琴・婦人言葉遣い・産前後養生・女子消息・四季衣装・裁縫・男女相性等の記事とともに、「女消息往来」「都名所」「隅田川名所」「浪花名所」「源氏短歌」「女実語教」等の往来を収録する。このほか刊記部分に「潮汐之満干」「和歌六体之事」を記す。〔小泉〕
◆おんなようぶんたからぐら [0568]
女用文宝蔵‖【作者】松亭漁夫(金水か)序。歌川貞房(五亀亭・橘蝶亭・桶蝶楼・橘庵)画。【年代】天保一四年(一八四三)刊。[江戸]吉田屋文三郎板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。天保頃刊『女年中文案詞』†と同内容。『女年中文案詞』と本書のいずれが先かは不明だが、本書には貞房の口絵「手習い図」二丁を加える点で異なる。「年始之文」から「歳暮之文」までの往復文三〇通を収録した女用文章で、五節句・四季の手紙のほか、出産・結納・婚礼等の祝儀状や「奉公へ出る人へ遣す文」「病気見舞之文」「新宅移徙之文」なども含む。本文を大字・五行・付訓の並べ書きで記す。頭書に「近江八景并歌」「女手習教訓状」「女今川教訓状」「女教筆の愛(すさみ)」「婦人平生和訓」等を載せる。〔小泉〕
◆おんなようぶんたからばこ [0569]
女用文宝箱‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[江戸]吉田屋文三郎板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文寿鑑』。中本一冊。「年頭披露の文」から「年賀の文」までの三六通を収録した用文章。全文を大字・五行・付訓の並べ書きで記すが、返書(追伸文)を散らし書き風に綴った例文も散見される。季節の挨拶や贈答に関する手紙や吉凶事に伴う手紙が大半を占める。〔小泉〕
◆おんなようぶんたからばこ [0570]
女用文宝箱‖【作者】島不苦子作。吟光画。【年代】明治一五年(一八八二)刊。[東京]高梨弥三郎(明輯堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文たから箱』。中本一冊。「年始の文」から「歳暮人に贈る文・おなじく返事」までの二六通を収録した女用文章。全て四季に因んだ例文で、いずれも大字・五行・付訓で記す。巻末に「四季のちらし文」と題して、年始状(往復)と四季の推移を綴った手紙の計三通を付す。巻頭に裁縫・手習の色刷り挿絵、頭書に「女日用心得艸」「三十六歌撰」「源氏五十四帖引歌香の図」「衣類裁縫方法」「小笠原流折形」を載せる。〔小泉〕
◆おんなようぶんたからばこ [0571]
〈御家〉女用文宝箱‖【作者】青木至誠書か。【年代】天保三年(一八三二)刊。[江戸]森屋治兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】異称『〈御家流〉女用文宝箱』。中本一冊。文化一四年(一八一七)刊『年中女用文章』†を小型・簡略化した女用文章。各丁の字配りなどもそのまま写したダイジェスト版で、大本の文化板を約二分の一の中本サイズにする。『年中女用文章』のうち「正月の文」から第一〇〇丁までと巻末の「ちらし書の文(ちらし書四季の文章)」を含む五八通(ほとんどが往復文)の例文を抄録。ある程度の分類意識に基づく配列になっており、前半二四通が四季折々の手紙(ただし一一月・一二月相当の例文を欠く)で、後半が諸用件についての手紙(礼状・誘引状・祝儀状・借用状・見舞状・悔み状など)である。本文を概ね大字・五行・所々付訓の並べ書きで記す。〔小泉〕
◆おんなようぶんたからばこ [0572]
〈皇国〉女用文宝箱‖【作者】不明。【年代】明治年間刊。[東京]若林喜兵衛(玉養堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『〈婦人心得教訓状入〉皇国女用文宝箱』。中本一冊。江戸後期刊『〈海内一般〉女童用文章』†の改題本。同書の目次を改め(本文と頭書の双方の目次とする)、「文字の始」の前に「吉備大臣・菅原道真・弘法大師」の図など半丁を追加した。本文を大字・五行・ほとんど付訓で記す。刊記に「明治初春日新刻」と記すが、本書の大半は『〈海内一般〉女童用文章』の板木の流用である。ちなみに『〈海内一般〉女童用文章』もまた天保(一八三〇〜四四)頃刊『女年中文案詞』†の改題本である。〔小泉〕
◆おんなようぶんたつたがわ [0573]
女用文立田川‖【作者】西村末昭(西村恵十)書。【年代】宝暦一二年(一七六二)書・刊。[江戸]奥村喜兵衛(太保堂)板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。頭書に女文や地理科往来数点を載せた手本兼女用文章。本文は「婚礼祝儀状」から「歳暮祝儀状」までの女文二四通を、多く無訓の散らし書きで記す。例文は、帯祝い礼状、初対面での馳走の礼状、短冊に揮毫を頼む手紙、男子出産の祝儀状、重陽の節句祝儀状など親しい者との手紙が主である。頭書に「大和めぐり(やまと往来)」(『わかみどり』†上巻とほぼ同内容)」「隅田川往来」†の二つの往来と女子消息文(「春の文」〜「移徙祝儀の礼状」の一七通)を収録する。〔小泉〕
◆おんなようぶんちとせのひめまつ [0574]
〈婦人宝箱〉女用文千歳姫松‖【作者】不明。【年代】安永五年(一七七六)再刊。[江戸]西村屋与八(永寿堂)板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「初春の文」から「歳暮の文」までの一三通を収録した女用文章。五節句祝儀状(いずれも往復)や暑中・寒中見舞状、歳暮祝儀状からなり、各例文を大字・五行・所々付訓で記す。前付に「歌がるたの根源」「詩歌四季景物」「七夕祭の来由」「かけ香の名方」、頭書に「吉書始詩歌」「五色和歌」「五行和歌」「やまとことは」「五常の和歌」「女言葉づかひ」「近江八景并ニ歌」「隅田川往来」「いましめ七猿和歌」等、巻末に「月の異名」「十二支祭の事」を載せる(寛政三年(一七九一)板では見返に「六歌仙」「百人一首読くせ并五箇秘歌」等を増補)。なお、安永五年板には「再板」とあるが、初刊年代は不明。〔小泉〕
◆おんなようぶんつうほうじかがみ/おんなようぶんつうほうじかん [0575]
女用文通宝字鑑‖【作者】栄松斎(栄松斎長喜か)書。【年代】文化一二年(一八一五)刊。[江戸]森屋治兵衛板。【分類】女子用。【概要】異称『〈当時日毎文章〉女用文通宝字鑑』『女用文』。中本一冊。「正月の文章」から「歳暮の文章・同返事」までの一八通を収録した簡易な女用文章。本文は五節句・花見・暑中・盆・玄猪など四季用文が中心。新年状(往復)に続いて、女中の書簡作法・書簡用語に関する若干の注記がある。本文を概ね大字・六行・所々付訓で記す。頭書「用文日毎肝要」にも「歯染之文」「婚礼の文」「部屋見廻文」「五日かへり」「平産の文」「留守見廻文」「病気見廻文」「弔ひの文」など吉凶事その他の例文一五通を載せ、適宜詳しい注記を加える。巻頭に「和歌三神之像」「書初の詩歌」「七夕祭の由来」、巻末に「扁冠尽」「十二月之異名」等の記事を掲げる。〔小泉〕
◆おんなようぶんつやことば [0576]
女用文艶詞‖【作者】不明。【年代】天保九年(一八三八)頃刊。[江戸]和泉屋市兵衛板か。【分類】女子用。【概要】小本一冊。四季や五節句の文を主とし、「年始に遣す文」から「振舞に招く文」までの三四通を収録した女用文章。このうち五節句・歳暮祝儀状については、相手の上・中・下別の例文を示す。本文をやや小字・八行・付訓で記す。本文中に見開きで五節句の風景を描いた挿絵を掲げるほか、頭書に「女たしなみ草」「裁物秘伝」「目録折紙書様」「進物積様之図」「女中文の封じやう」などを載せる。なお、本書後半に『百人一首』を合綴したものもある。本書には刊記がないが、天保九年刊『女今川宝嶋台』(江戸・和泉屋市兵衛板)に本書の広告が見えるため、この頃の刊行であろう。〔小泉〕
◆おんなようぶんはまのまさご [0577]
女用文浜真砂‖【作者】不明。【年代】宝暦(一七五一〜六四)頃刊。[江戸]鱗形屋孫兵衛板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「馳走の礼状」「御機嫌伺い状」「花の贈り物の礼状」「花見誘引状」「新年状」、その他五節句祝儀状など二一通を収録した女用文章。大字・三〜四行・所々付訓で記す。前付に「女風俗教訓図」「女千代のたから」「教訓歌」、頭書に「女諸礼」「女中文かくことばのならひ」「女所業(てわざ)之部」「女ことばよしあし」等を掲げるが、これらの付録記事は享保元年(一七一六)刊『女大学宝箱』†や享保一五年刊『女中庸瑪瑙箱』†の影響を多分に受けている。なお、本書は江戸後期刊『福寿百人一首宝箱』中にも合綴されている。〔小泉〕
◆おんなようぶんはまのまさご [0578]
女用文浜真砂‖【作者】佐藤掬泉堂(慎一郎・史鼎)書・序。橋本貞秀画。【年代】江戸後期(万延元年(一八六〇)頃)刊。[江戸]菊屋幸三郎(金幸堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女用文浜乃真砂』。大本一冊。「年始披露の文」から「普請移徙の文」までの二八通の女文(並べ書き)と、「四季のちらし書」四通、さらに「伊勢参宮歓ひの文」「祭礼に付招の文」など三通(並べ書き)の合計三五通を収録した女用文章。並べ書きは大字・六行・付訓で記す。前半の四季・五節句等の女文には上野・飛鳥山・隅田川の花見や寒中見舞いの紀州蜜柑贈答に関する例文も見える。また、後半には婚礼・出産・家督相続・新築移転など佳節に伴う祝儀状を収録する。頭書に「女中しつけがた」「諸芸嗜之巻(手紙・色紙・短冊等の作法)」を掲げるほか、巻頭に女諸芸の図など色刷り口絵数葉を載せる。〔小泉〕
◆おんなようぶんひとりげいこ [0579]
女用文独稽古‖【作者】不明。【年代】文化九年(一八一二)刊。[京都]銭屋庄兵衛ほか板。また別に[京都]須原屋平左衛門板あり。【分類】女子用。【概要】異称『〈御家流〉女用文独稽古』。中本一冊。「四季十二ヶ月の文づくし」「女一代祝儀事の文尽」「女日用文づくし」の三部に分けて種々の例文を集録した女用文章。それぞれ「初はるの文」以下四二通、「仲人せんといふ文」以下二二通、「いせ参宮の文」以下二〇通の合計八四通を収録する。全文とも大字・五行・付訓を基本とする並べ書きだが、散らし書き風の返書(かえしがき)を伴う例文を若干含む。「四季十二ヶ月の文づくし」では月別に例文を示すが、「雪ふりの文」だけは例外的に「十一月、十二月」と二月にまたがる。また「女一代祝儀事の文尽」では、婚礼から出産に関する例文が豊富で、庶民に定着した婚礼等の儀礼や習慣を彷彿とさせ、「女日用文づくし」の例文も庶民生活に密着した題材が多い。巻頭に「書初の歌」一二首、巻末に「七夕の歌づくし」三〇首を掲げる。なお、本書の第一部「四季十二ヶ月の文づくし」のみを抄録したものに天保一四年(一八四三)刊『女用文章姫鑑』†や江戸後期刊『女用文操鑑』†がある。〔小泉〕
◆おんなようぶんひめかがみ [0580]
女用文姫鑑‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[江戸]藤岡屋慶次郎板。【分類】女子用。【概要】小本一冊、または中本一冊。「年始のふみ」から「野がけ催しの文」までの四一通を収録した女用文章。本文を概ね大字・五行・付訓の並べ書きで記す。四季・五節句の手紙を主とし、そのほか婚礼・出産祝儀状なども含まれるが、例文の主題は変化に富んだものではない。しかし、年始状や暑気見舞いについては「遠国宛」の例文も載せたり、また散らし書きや追伸文を例示するなど女文の基本が一通り分かるようになっている。なお、第六状の「源氏名寄文ちらし書」は消息文ではなく『源氏物語』を題材にした往来である。また、本書の異本(中本)には「年始のふみ」から「道具借に遣す文」までの四三通を収録し、先の「源氏名寄文ちらし書」は載せない。〔小泉〕
◆おんなようぶんひめかがみ [0581]
〈新撰〉女用文姫鏡‖【作者】塩見文準作。水田得哉(孝恭・永之助)書。平尾歌子序。【年代】明治二一年(一八八八)序。明治二三年刊。[東京]松邑孫吉(三松堂)板。【分類】女子用。【概要】半紙本二巻二冊。上巻に「改年ヲ賀スル文」から「遠方朋ヘ遣ス文・同答」までの四二通、下巻に「洪水見舞ノ文」から「和歌贈答ノ文」までの四七通(弔状のみ返状なし)の合計八九通を収録した女用文章。上巻はほとんどが四季時候の文や季節の行楽に関する手紙で、下巻は吉凶事に伴う手紙や諸用件の手紙である。本文を大字・五行・ほとんど付訓で記す。下巻末に「仮名字類」、頭書にイロハ引き・割注付きの漢語集や「真字伊呂波」「仮名遣の部」などを載せる。また、上巻冒頭に明治天皇・上野公園・浜延遼館・芝公園など数葉の色刷り挿絵と日本五大港の図(銅版画)を掲げる。〔小泉〕
◇おんなようぶんひめかがみ [0582]
〈普通〉女用文姫鏡‖【作者】柾木正太郎(真左樹繁・素堂)作・序。芳洲画。【年代】明治二一年(一八八八)序。明治二二年刊。[大阪]岡本仙助板。【分類】女子用。【概要】異称『普通女用文姫鑑』『普通女用文姫鏡』。半紙本一冊。多くの消息文例や女子教育全般の記事を載せた大部な女用文章。合計一一四通の文例を次の一一部門に分けて収録する。「時候の部」(「年始の文」以下一四通)、「贈遣の部」(「梅花を贈る文」以下一〇通)、「誘引の部」(「人の許に往くを誘ふ文」以下二八通)、「招待の部」(「新年宴会に人を招く文」以下一二通)、「訪問の部」(「時候見舞の文」以下九通)、「報知の部」(「安産知らせの文」以下七通)、「祝賀の部」(「安産を賀す文」以下一九通)、「請托の部」(「入門を頼む文」以下七通)、「礼謝の部」(「招待に逢ひし礼状」以下六通)、「餞別の部」(「餞別の文」一通)、「弔悔の部」(「悔み状」一通)。各例文をやや小字・七行・付訓で記す。また巻末付録「電信の部」には、「安着を知らする文」以下七例の電信文を載せ、頭書に「女子畢生身持教訓」「祝儀音物の大意」「女子普通礼式」「裁縫独稽古」「菜肴料理の部」「本文婦人消息辞解」を掲げる。〔小泉〕
◆おんなようぶんますかがみ [0583]
女用文増鏡‖【作者】青木臨泉堂書。【年代】江戸後期刊。[江戸]英屋大助ほか板。また別に[江戸]森屋治兵衛板あり。【分類】女子用。【概要】中本一冊。「正月の文」以下、三四通(「正月の文」「寒中見舞いの文」にはそれぞれ二通の散らし書きの手紙を入れるため実質的には三八通)の文例を収めた女用文章。前半に五節句・四季の文、後半に「婚礼悦のふみ」「安産悦のふみ」「人をまねく文」「物を借につかはす文」「わたまし悦の文」などの雑文章を載せる。概ね、大字・五行・所々付訓の並べ書きで記す。〔小泉〕
◆おんなようぶんみさおかがみ [0584]
女用文操鑑‖【作者】不明。【年代】文化九年(一八一二)以降刊。[江戸]山口屋藤兵衛ほか板。【分類】女子用。【概要】中本一冊。文化九年刊『女用文独稽古』†のうち第一部「四季十二ヶ月の文づくし」だけを抄録して編んだ海賊版。各月毎にふさわしい題材(例えば「三月花見をもよほす文」「四月ほたるがりの文」「六月すゞみの文」「八月月見の文」「九月葺がりの文」「十一月火たきの文」「十一・十二月雪ふりの文」など)の例文ばかりを選び、「正月初はるの文」から「十二月歳暮の文・同返事」まで合計四二通を収録する。本文を概ね大字・五行・付訓で記す。また、『女用文独稽古』の巻頭・巻末の和歌に替えて、巻頭に「五節句歌」、巻末に「小笠原流折形図」を掲げる。本書は、付録記事も含め天保一四年(一八四三)刊『女用文章姫鑑』†と全く同じであるが、本書と『姫鑑』のいずれが先か未詳。〔小泉〕
◆★おんなようぶんみさおぐら [0585]
女用文操庫‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。[江戸]藤屋棟助(藤助)板。また別に[江戸]藤岡屋慶治郎(松林堂)板あり。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「年始のふみ」から「道具借に遣はす文」までの四三通を収録した女用文章(冒頭の年始の文は遠国に送る場合や散らし文の場合など三種六通)。多くが大字・六行・付訓の並べ書きだが、年始状・弥生祝儀状は散らし書きで掲げ、さらに、並べ書きの例文にも返書(追伸文)や行末の文言を散らし書き風に記した所もある。例文内容は前半が四季・五節句、後半が婚礼・出産・髪置・移徙等の祝儀状や諸用件の文である。見返に「孔雀等花鳥図」、頭書に「女手習教訓書」「女教筆のすさみ」「不成就日」「毎月悪日の事」「物を裁ざる日」「色紙短冊の寸法」等、巻末に「女中こと葉つかひ」を載せる。〔小泉〕
◆★おんなようぶんみちしるべ [0586]
〈中川如水著述〉女用文道しるべ‖【作者】中川如水作。【年代】明治七年(一八七四)刊。[静岡]松井銀吉(雁金屋銀吉・後凋堂)板。【分類】女子用。【概要】異称『女よふふむみちしるへ』『女用文道知へ』。半紙本二巻二冊。「年始の文」を始め各月往復二通、計二四通の女子用私用文例を集めた女用文章。題材・文体ともに典型的な女文であるが、一一月の「いましめの文」は、江戸期に成立したいわゆる『嫁文章』『貝原氏老女諭状』(天保二年(一八三一)刊『女古状揃』†に所収)など『仮名教訓』†系の往来物をもとに、文明開化の世においては、児童に「綴字・会話を始とし、天文・地理学・歴史類、究理・経済・修身学・習字・数学、何一つ残るかたなく学ばせ」るのが、女性の務めであると説くもので、近世以来の女子教訓型の往来として注目される。〔母利〕
◆おんなようぶんめでたくかしく [0587]
女用文目出度かしく‖【作者】不明。【年代】江戸後期刊。刊行者不明。【分類】女子用。【概要】異称『女用文』。中本一冊。「年始の文」から「客招の文」までの往復文三四通を収録した簡易な女用文章。五節句や四季時候の文、また、出産・結納・奉公・病気・移徙等を主題とする例文から成る。返状を全て頭書に載せるのが特徴。追伸文を伴う例文も多いが、書札礼に則って婚礼・病気などの例文には追伸文を付けていない。本文を大字・五行・付訓の並べ書きで記す。〔小泉〕
◆おんなようぶんやまとにしき [0588]
女用文倭錦‖【作者】皆川惟馨(文庵・麟之振・筆学堂)作・書。【年代】天保一四年(一八四三)刊。[江戸]皆川惟馨蔵板。本屋藤助ほか売出。また別に[江戸]和泉屋市兵衛板(後印)あり。【分類】女子用。【概要】異称『〈年中日用〉女要文通大全』。大本一冊。「正月のふみ」以下五節句・四季・婚礼・貸借・病気・死去・参宮に伴う女子消息文(悔状を除き往復文)五七通を集録した手本兼女用文章。全て大字・五行・付訓を基本とする並べ書きにし、多くの例文に追伸文を付す。巻末には、四季女用文一一通を多様な散らし書きで綴った「ちらし書四季の文章」を掲げる。〔小泉〕
◆おんなようみやこめいしょおうらい [0589]
女用都名所往来‖【作者】不明。【年代】文化一二年(一八一五)刊。[京都]蓍屋宗八(神崎宗八・神先惣八・向松堂)ほか板。【分類】地理科。【概要】異称『女都名所往来』『女用都名所』。半紙本一冊。「抑這(この)平安城は人皇五十代桓武天皇、延暦年中、長岡の都より遷都あり、四神相応の霊地にして、殊さら聖君の御恵みひろく…」と筆を起こし、京都の沿革や其の地の尊いことを述べ、洛中・洛外の神社・仏閣を主とする名所の数々を列挙した往来。四季風物や故事に因んだ形容句を多く用いた、ほぼ七五調の仮名文で綴る。宝永四年(一七〇七)刊『わかみどり』†(上巻)などを改編したものであろう。本文を大字・四行・付訓で記す。巻頭に京都の由来や女子読書図・散策図を掲げ、頭書に「京町づくし」「大日本国尽」「はつ春の歌」「七夕の歌」「通用字尽」「女相性名頭」「夢の善悪を知る事」「有卦無卦の事」「十二月和名」「九九の声」「日本二十二社」等の記事を掲げる。〔小泉〕
◇おんなようみょうじづくし [0590]
女用苗字尽‖【作者】不明。【年代】江戸後期書か。【分類】女子用。【概要】大本一冊。「勧孝文」ほかと合冊。「御文のやう拝見いたしまいらせ候。左候へは、諸家之御苗字しるしくれ候やう…」で起筆する全編一通の女文で、武家名家の苗字を紹介した往来。「此春の緑色そふ常盤木に千代万代を松平、月日保科の影そへて、伊達を嶋津や細川の…」のように形容句を伴った七五調で綴る。本文をやや小字・一二行・無訓で記す。〔小泉〕
◆おんなろうえいきょうくんうた/おんなろうえいきょうくんのうた [0591]
〈幼女宝訓〉女朗詠教訓歌‖【作者】植村玉枝子(晩香散人)作。西川祐信画。【年代】宝暦三年(一七五三)序・刊。[京都]植村藤右衛門(伏見屋藤右衛門・錦山堂・玉枝軒)板。【分類】女子用。【概要】大本一冊。一首ずつ見開き一丁分に挿絵と注解を掲げた『(小倉)百人一首』†の注釈を主内容とする女子用往来。注釈内容は和歌の意味を記した後、女性としての道徳や日常の心構えに結び付けるのが特徴。付録記事が豊富で、前付に「佳節由来」「三十六人歌仙」「女用文章」「節振廻の文章」「女教訓珠言葉」「名香六十一種名寄文字ぐさり」等の記事を、頭書に「新撰和漢賢女鑑」「幼女教訓歌」「女用文教訓鑑」「対類和歌集」「新撰婦人嗜草」「婦人御所大和言葉」等を載せる。〔天野〕
◆おんなろんごしつけだから [0592]
女論語躾宝‖【作者】随時老人(庸行)原作。【年代】弘化四年(一八四七)刊。[京都]近江屋卯兵衛(宇兵衛)ほか板。また別に[京都]丁子屋定七(定七郎・瑞宝堂)ほか板あり。【分類】女子用。【概要】異称『女論語』『女論語宝箱』。大本一冊。安永二年(一七七三)刊『女要倭小学』†の改題本。『女要倭小学』の前付のうち「徳・言・功・容」「源氏八景」「和歌三神之図」だけを抄録し、本文首題を改め、末尾の「作者、庸行」の記載を「益軒貝原先生述」と改刻し(益軒のネームバリューで売り込もうとした書肆の企てであろう)、さらに刊記を改めたもの。本文を大字・五行・付訓で記す。前付がわずかに異なる異板数種が存するほか、付録記事を省いて本文のみを抽出した『女論語宝箱』(半紙本)も出版された。〔小泉〕