玉置浩二3万字インタヴュー本文

2001年2月24日・渋谷・BMGファンハウスにて取材

※文中の安藤とは、キーボードを担当している彼の妻君、安藤さと子さんのことです。

 音楽に込められた獰猛なまでの生命力は、ワールド・ミュージックのビッグ・ネームと渡り合えるほどであるにもかかわらず、ほとんどインタヴューを行わず、さらにいわゆる芸能界に近いパブリック・イメージを持っていることもあって、音楽性をきちんと評価される機会がほとんどない。しかし本人はそうしたことを気にしているのかどうかすら全く分からない。そうした意味で、僕にとって玉置浩二は非常に謎の多いアーティストだった。今回は新作『」(スペード)』を切り口のひとつとして、そうした疑問を解こうと取材に臨んだわけだが、現場に赴くと近年の彼のアルバムでキーボードを弾いている妻君、安藤さと子も立ち会っており、何かにつけて彼女に「ネ?」と相槌を求める和やかな取材となった。年長者に向かって不躾な言い方だが、いや〜こんな愛らしい人はめったにいません。
 近年の彼のレコーディングは、バラードでもほとんどリヴァーブをかけない。また大半の楽器を本人が演奏し、上ものの後でドラムスを録音するなど、かなり特異な方法で行われてきたということはあらかじめ知っていた。しかし自宅に近い軽井沢のスタジオで安藤と元安全地帯のギタリストである矢萩渉の3人だけで行われた今回の録音の話には、そうした予備知識を持っていても驚かされた。

(取材前の雑談でボブ・ディラン来日について盛り上がりつつ…)
「(3月)3日に(ボブ・ディランのコンサートに)行くんですよ。何とか手に入れてもらって」

──けっこうコンサートは行かれるんですか?

「いや、あんまり行かないね、ほとんど。たまたまボブ・ディランはね、偶然出てたのね。今は軽井沢に住んでいるんで、大宮ソニックがあるんで、大宮に行こうと思ったら、とっくに売り切れていて(笑)。なんとかなりませんかねぇとか言ってとってもらったんです」

──今回は初めて玉置さんにインタヴューさせていただくので、新作『」(スペード)』を中心にしつつ、玉置さん自身がどういう人なのかということを広くアピールする意味で、アルバムから遡った質問もさせていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか?

「はい」

──まず、今は軽井沢で生活しつつ、レコーディングも行っているわけですよね。軽井沢に住んだのはいつ頃からですか。

「ちゃんと住んで3年位ですね。『GRAND LOVE』を作る前にウッドストック・スタジオを知って、一回行ってみようっていって行ってすごい良かったので。かなり森の中の良いところにドーンといい感じでスタジオがあって。あんまりこう…繁盛してないっていうと変だけどさ(笑)、あんまり使う人がいなかったみたいなので、もったいないなと思って、でじゃあここでやろうかっていって『GRAND LOVE』をそこで録ることになったんだけど」

──それがきっかけになって軽井沢を気に入って?

「なんか自分達の近くにスタジオとかあった方が良いしね。でいっそ東京を出ちゃおうっていって」

──じゃあプライベート・スタジオに近いような状態で?

「自分ではそのように使わせていただいてますね。郵便物もそこに届くようになっていて(笑)」

──普段、東京にはめったに来ないんですか?

「めったに来ないですね。仕事だけですね。だよね、どう?」

安藤「完璧に。後は映画を見に来る位かな」

「大体はこう仕事のミーティングといってもうちの奥さんに任せて。この人が行ってますんで、打ち合わせに。僕は家で猫の面倒を見てゴロゴロしている(笑)」

──今回のアルバムは前回と同じく安藤さんと矢萩さんとのコラボレーションで作られてますが、矢萩さんもご近所に住んでらしたりするんですか?

「遠いんですよ…葉山」

──葉山? 今回のレコーディングは180日間かけて行われているんですよね。
「だから…相当いたよね。泊まり掛けで」

──それはあの…

「ほとんど家庭破壊に近い位の、矢萩にとっては(笑)」

──玉置さんのご自宅に泊まってるんですか?

「スタジオに泊まれるところがあるの。すごい広い、最大で30人位泊まれるんじゃないかな。一部屋に二人ずつ寝られるようになっているから。まさにリゾート・スタジオですね」

──あぁ、いわゆる合宿レコーディング用に。

「そうです」

──なるほどね。

「でスタジオ自体も広いしね。オーケストラを入れるといったら入るくらいでかいところがあるんだけど、そこにとにかく三人だけなんで、ものすごく寂しい(笑)。寂しいというか寂しくてすごく気持ちが良い。話すことは音楽だけで。そこでどんどん。やりやすいですね、矢萩とやっぱり、あの…さっちゃん(=安藤)と三人だと。すごいやりやすいです。楽器だけがうわ〜っとあって、そのギターとピアノ以外は自分で重ねていくから、あの楽器だけはセットしてあるんですけど、やってるヤツは一人っていう、大体それでやっている。今回そういう意味では一番なんか、このスタイルで一番録りやすかったね。音も最初からビシッと決めていったし。やりやすかったね。ネ?」

安藤「うん」

──サンプルのカセットで聴いた時とCDで聴いた時で大分音の印象が違ったんですけれど。

「そうですか。途中でまたちょろちょろやり直したりしたんです僕。そこからまた曲順が変わる。変えました、思いきって変えちゃいました。「えぇっまた?」なんて言いながら。曲順も音の具合も。今度は完璧だと思います」

──前はミキシングまで自分でやってらっしゃった時がありましたが、今回もそういう感じですか?

「う〜ん今回ねぇ、高松っていうのがずっといっしょにミキシングをやっていたんで。高松に任せようと思ってね。だからほとんど高松がやってた?」

安藤「でもその後で自分でやってましたね(笑)」

「高松がやって、結局僕が入って三日間位やってたりね。…ってことは俺がやってるんだな(笑)」

──クレジットはどのようにするんですか?

「クレジットに僕の名前は入ってないです。あのミキシングは、僕は。結局最終的にどうのこうの言っているだけで、高松がやっていたんで、僕はプロデュース業に専念しました」

──曲順もそこまでいじっているということは、マスタリング(=レコーディング後に曲間や曲ごとの音量、音質を調整する作業)とかも相当凝っているんでしょうね。

「マスタリングは3回やっちゃったんです。難しいの本当。一回で決められないんだよね、ネ?」

安藤 (笑)

──どういうところがマスタリングのポイントになっていくんですか?

「う〜んそうだなぁ、聴いた感じの音量かな。だから全体に違うんだけど、聴いた感じは音量があってるの。ちょっと小さめとかちょっと大きめとかいうのが、あんまり無い方が良いんですよね。聴いてて。それが難しいんですよ。何回聴いても何かが小さく聴こえたり何かが大きく聴こえたりするんで、それをうまく調節していって。それで大分時間がかかっちゃったな」

──まぁ玉置さんのヴォーカル・スタイル自体、ダイナミック・レンジ(=音量の大小の幅)がすごく広い歌い方を…。

「そうなんです。段々修正してってるんです。あの気を付けて、最後にやりやすいようにするために」

──そうなんですか?

「うん、ちょっとね、レンジが広すぎるなと思って」

──まぁライヴはそれが醍醐味なんですけどね。

「そう、ライヴはね。でもレコードだとやっぱりなんかちょっとこうピシッとなってる方が良いかなと。その方がやりやすいですね後でね。結局歌で時間かかっちゃうんですよ、TD(=トラック・ダウン)は。そのダイナミック(・レンジ)がウワ〜っとあるから、それをこう聴いてちょっと下げよう、ちょっと上げてっていうのを、けっこう一日中やってるんですよね」

安藤「やってる、やってる(笑)」

「歌が大体ピシッと決まってくると、単にコンプレッサーっていうかリミッターをかけてピシッとさせるんじゃなくて、もっと上げ下げでね。上げ下げでやるんで一日かかっちゃうんですよ」

──それは大変ですね。

「うん。コンプでやると何かね、何ていったらいいのかなバレるっていうか、あんまり良い感じじゃなくなっちゃうんだよね。それでやってるんですよ」

──そういう機材関係に興味を持つようになったのはいつ頃からですか? かなり昔からですか?

「いや〜どうかなぁ。あんまり基本的には好きじゃないんですよね。あんまり詳しくなりたくないというか。だからあの、もちろん携帯電話もインターネットもやってませんし。なんかそういうのけっこうね合わないんですよね、何か自分では。だからレコーディングの機材もどんどん良くなって来てるんでしょうけど、あんまりそういうの詳しくならないようにして、あの…ミキサーのせいにするという(笑)」

──(笑)でも場合によっては自分でミキシングまでやってしまって、スタッフがヒエ〜ってなったこともあるじゃないですか…。

「(人差し指を出して)あの、これだけね。人差し指一本でフッと。で、あとは口で言っているだけで、もう少しこうしてくれ、ああしてくれって。でもいざフェイダーになると俺がやるって(笑)」

安藤「おいしいところだけ(笑)」

──レコーディングはアナログですか?

「なんだっけ? デジタル?」

安藤「デジタル」

──(唖然)…そこまでご存知ないという(笑)。

「そう! 全っ然分かんないんですよね。とにかくね、デジタルでもアナログでも良いから便利な方でやってくれって言っているの。便利っていうのは結局みんなが良い音だなっていう、気に入るっていうか。結局デジタルの方がアナログみたいになるっていうか、最終的に…みたいでしたね。高松はそう言っていた。やっぱり楽器っていうか、打ち込みとかそういうのを使うとダメなんでしょうね」

──要するに生楽器だったら良い?

「そう。生とそれと手。パーカッションは全部手で叩いているから。それで楽器ね、パーカッションをたくさん揃えたんですけどね。あのダメですね」

──は?

「あの面白くないですね。いわゆるパーカッションというのは。ライヴではいわゆるパーカッションのキーンていう音の方が良いんだろうけども、レコーディングでは面白くないんですよね。だから結局こうコップに水を入れると、その量で音が変わりますよね。ワイングラスかなんかで。それをカンカンってやったり」
──(恐る恐る)……あの〜、それをレコーディングで実際にやってらっしゃるんですか?

「そう! そのワイングラスを。チーンっていうのは大体ワイングラス」

安藤「(笑)ほとんど既成のパーカッションは…」

「あれがすごく良いんだ。キットカットのね、キットカットの箱。チョコレートを食べ終わった箱の中に爪楊枝を入れるんですよ」

──はぁ…。

「それを叩くんです、手で。だから紙の音なんです。こういう(手元の雑誌を手ではじく)。これに空洞があって、中に爪楊枝が入っているんで、♪ジャジャ、チャチャ、ジャジャ、チャチャッって鳴るんですよ。それをこうマイクをかなりオンで、♪ジャジャ、チャチャ、ジャジャ、チャチャッって。そんなのばっかりだよね。で段ボールがね、丸玉って書いた段ボールが、いろんな猫のカンヅメを入れてた段ボールが、一番でかいのでこれくらいかな?(手で1立方メートル位の容積を示しながら)これはすごいんですよ。この段ボールをドンってやるとね、あのバスドラのさらに下が出るような感じ。それを手で♪ドン、ド、ドン、ドン、ド、ドン。で次行こうっていって今度はこれ位(もっと小さい大きさを手で示して)ので♪パッ、パッってそれを録って、最後にキットカットで全体に♪タタタタ、タタタって。そうしたら♪ドドチトパトト、ドドチトパトト、ドドチトパってなってくるんですね」

──それを全部玉置さん一人で重ねていくんですか?

「全部! 全部手。でこの人達(=安藤+矢萩)も楽しんでこれどう?これどう?ってどんどん持ってくる(笑)。例えばこれ(手元の紙を取って)なんて、マイクで録るとすごい良いの、こういう小さい音が。だけど小さいのを音量を上げて録るもんだから、なんていうかな、体の音まで入っちゃうんですね。でそれをダメだと考えると終わっちゃうんですけど、静かにやりながら…でも時々スーッと(鼻息を出しながら)鼻息が入っちゃう(笑)。でもそれをじーっと聴いているとね、昔のアナログにあったノイズの良い感じで入るんですよね。だから(音が)あったかくなる。それをうまく使ってるんですけどね。OKにしようって。まずパーカッションだったな。曲は自分で全部知っているけど、最初は(他の人は)何やってるのか分からんよね。でも高松ってのは、「高松これだから曲」っていうと「ハイ」って、なんでも「ハイ」っていう人で、曲を知らなくても「分かりました」って言って録ってくれる男だからすごく良いの」

一同 (爆笑)

「で曲はこれだからっていっぺん聴かせて、ハイいこうっていって、まずはこれからいくねっていうと、「ハイ分かりました、ハイどうぞ」って感じで、ドン、ドン、ドンドンいって。で「はい次」っていってパーカッションができる」

安藤「とても傍目にはレコーディングしているとは思えない(笑)」

「(頷きながら)最初はな。最初の段階は。(こちらに向き直って)そうしてパーカッションができて、そうすると今度は仮ギターをササササササッって入れて、ある程度形が出来たら、じゃ一応歌うかっていったら、一応歌ってくれないかな?って言われた」

一同 (爆笑)

「で一応歌ったら大体曲が(他の人間にも)分かってくるよね。で、その時点で最初に録ったパーカッションはもうOKになってる。そこからはみんなが、仮のチョコチョコっと入ってるギターと軽く適当に歌った歌と、OKのパーカッションだけが入ったものを聴いて。ギターをこうしようああしようって矢萩がギターを考えて、さっちゃんはピアノを考えてる。その間に俺は「じゃあドラムを入れとくか」っていってドラムを入れちゃう。ほんで矢萩がギターを入れ、さっちゃんがピアノを入れてって、最後に全部が入ったところでベースを弾く。そうするとね、ベースが要らないところとか出てくるんですよね。別にベースがなくても大丈夫だってところはベースを弾かない。で黙って聴いていると、さっきいった段ボールの低音なんかを出すとベースみたいになるんですよ。それの音程が、ちょっと斜めにして叩くと♪ブン、ブンって変わるんですよ。コードに合わせてるような感じでね。だから欠かせないですね、段ボールは」

──(笑)段ボールが活躍しだしたレコーディングってのはいつ頃から?

「段ボールが活躍しだしたのは『ニセモノ』からかな?」

安藤「そうですね。『ニセモノ』はここまではやんなかったですけれど」

「やっぱり、だからそういう意味では『」(スペード)』からですね。段ボールにこれは俺の段ボールだって名前を書き出したのは今回。それはスタジオの倉庫に取っといてもらってるんです」

──また使うかも知れないということで?

「そうそう」

安藤「お重のように大きいのに段々小さいのを入れていって(笑)」

「本当に本当に厳選して良い音する段ボールを集めたから(笑)。あのキットカットに爪楊枝を入れて全体にチャッチャッチャッって叩くのは、あれは誰にも教えたくない感じ」

──「気分がいいんだ」のパーカッションの音は、何の音だかさっぱり分からなかったんですよ。不思議な音だな〜と思って。あれがやっぱり段ボールが活躍した音だったんですね。

「そうですね」

安藤「あれの大きなやつ」

「キットカットも入ってるな」

──で曲自体もリズムから作っていったなっていう風に聴こえたんですよ。

「そうですね。ええリズムからですね」

──以前のレコーディングだと、確かドラムの方が後で、最初にギターと歌でパーッとやった上からパーカッションとかドラムを重ねるという手法でやられてる時もありましたよね。

「そうですね『JUNK LAND』ってのはね、まったくそれなんですよね。まさにデモ・テープ。あの…まさにこう生ギターで弾き語りから入れていっちゃう。『カリント工場(の煙突の上に)』とかずっと昔に遡るとその頃もそうですね。生ギターから始まっちゃって、後でドンドンリズムを重ねていく。(普通と)全く逆のやり方かな」

──実は以前『GRAND LOVE』を聴いた時に、ドラムとかパーカッションがすごく歌心のある響き方をしているので、玉置さんの生理的な感覚が前面に出た記名的な演奏だなと思ったんです。そうしたら自分の歌に合わせて叩いていたということを聞いて、なるほどと思った時期があったんですよ。

「そうなんですよね」

──でも『ニセモノ』と今回では、それとまた違うやり方を始めてるってことなんですね。

「そうですね。それがつまり、先に段ボールを叩くと。で先に叩いていても後で入れているのと同じ。もう心の中で歌っているから。だから多分同じものになっているんだね。どちらから先に入れても良いと。そうするとリズムが先に入っている方が、他の人はやりやすいんだよね。特に今回はギターを自分であんまりやってなくて、ほとんど矢萩にやらしたんで」

──そりゃそうでしょうね。

「自分でやってる場合には、ギターを先に入れちゃっても大丈夫なんですけど。(今回は)矢萩のギターの方が多いなぁ。でも矢萩が弾いてるのは自分が弾いてるみたいな感じなんで、だったら矢萩に好きにやってって。意外とおいしいリード・ギターのところだけは俺が弾く(笑)。カイ〜ン、カイ〜ン(笑)」

安藤「俺、俺、俺って(笑)」

「俺、俺、俺、俺やらしてって(笑)」

──『GRAND LOVE』というのは、創作のパワーを内面的な方向に求めていた時期のひとつの節目になる作品だと思うのですが、それから後は曲の感じもまたちょっと違ってきたところがありますよね。

「そうだね。『GRAND LOVE』の頃がね。志田さんの言っている通りだな(笑)。そこからなんかちょっと区切りを付けたというと変だけど。一番分かりやすくいうと、ソニーからファンハウスに移った(笑)。そういう分かりやすさはありますね。で今回はあの…なんだろうね。そのちょっと変わった感じの完成かな。自分の中ですごいね、理想の、一番理想のレコーディング見つけた感じなんですよね。すごい理想のレコーディングを見つけて、無駄な時間もかけずに。つまりこうスタッフみたいなことも自分でやっちゃったというか。4人で、あの、ねえ!」

安藤「4人だけで」

「偉そうにアーティストぶってなくて、みんなそれぞれやれるやつはスタッフをやると。自分もスタッフに回って。ちゃんと所要時間というのも全部こう自分達で管理して。だから無駄なお金がかかってないんですよ。前のアルバムはねえ3倍かかってますね」

──『ニセモノ』の時ですか?

「無駄なお金が(笑)。完成するまでそんなこと考えてないで、適当にやっていたんで。ただね、別に今回それを考えてやっていたわけじゃないんだけど、やってるとね、気持ち良いんですね。野球選手の良いキャンプをやったような感じですね。良いレコーディングをやった感じなんですよ。テンポが良いんで。だから逆にいうと、そこをこうしようかって良いアレンジも出てくるし。全体にブルースっていうか、自分の好きなような、あんまりポップスじゃなくて、自分がパッと出てくるような曲ばっかりだったんですね。そういうテンポが良かったな。全部完成するまで」

──近年になってからアルバムの中でアコースティック楽器の占める比重が大分増えてきたと思うんですけれど。

「そうですね」

──それはいつ頃からどんなきっかけだったんですか?

「…………どうですかね? どうでしょう?(笑)」

──昔からアコースティック・ギターはプライヴェートで弾く時間が多かったんですか?

「ほとんどアコースティック・ギターですよね。でね意外と指を痛がる方なので、なるべく痛くない方が良いので、やっぱりナイロン弦、クラシック・ギター。いつも自分で愛用しているのはクラシック・ギターですね。おじいちゃん、おじいちゃんっつってるんですけど。ちょっとボロいんだけど、なかなか良い。それで大体曲を作ります。おじいちゃんで」

──一番最初に玉置さんが楽器を持ったのは、学生の頃なんじゃないかと思うんですけど、その頃もそういう感じのギターだったんですか。

「一番最初は質流れのね、真っ白い、あのチェリッシュが弾いているようなギター」

──いわゆるフォーク・ギター?

「ええ、4500円でね」

──良く覚えてますね。

「(笑)でフォーク・ギターというか、クラシック・ギターなのにフォークの弦が張ってあったの。鉄の弦が。それで最初にそれを持ったら指が痛くて痛くて。なんだこのギターはと思ったら、それは弦が違うのが張ってあったからなんだ。しかも違う弦を張ってあるもんだから、ネックはドンドンドンドン反ってきてて、いくらチューニングしても合わない。それで音楽断念しました最初は。俺はチューニングができないと思って。え〜と中学2年の時ですね。ダメなんだと思って。でまあ歌は歌えるから、じゃ歌謡曲の歌手を目指そうと思って。それでちょっとしたら、それこそ野口五郎さんの「青いリンゴ」とかね、尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」とか、これはちょっと時間が違うんですけど、「また逢う日まで」は小学校の頃だったから。ああいうスターになろうと思ってね。マイクを持って歌おうと思って、で思ってたんですけどね、やっぱり楽器弾きたかったみたいですね。それで安全地帯を作ったんですけれど、そういうことですね、結局ね。楽器弾きたかったんだ」

──ギター以外のそれこそドラムとか、ああいった楽器はいつ頃からやってらっしゃったんですか?

「あれはねえ、いまだにやってないですね(笑)。いまだに、あの、なんていったらいいかな、見よう見まねというか。何で自分がドラムを叩けるのかわからないんです、いまだに。練習全然してないですから。なんか色々ありますよね。ピアノでいうと♪タタタタタタタタ、タタタタタタタタ(音階を口ずさむ)っていうのがあって、ドラムもなんかそういうのが何かあるみたいなんですけど、何かこうやってこうやって、タカスコタカスコ、ダ〜ンってやりゃあいいんじゃないかなといつも思ってて、それである時やりだして、もう7〜8年やってるもんねえ。いまだに何で叩けるのか分からないですね。で今回のコンサートでは久々にドラムを叩いてみようかなと思って」

──このアルバムのツアーでですか?

「うん、今回のツアーで。1曲か2曲ね。叩いてみようかなと思って」

──パーカッションからレコーディングする時は、クリックとかは使っているんですか?

「今回は流しています。昔はねぇ、いっさいクリック無しで、『GRAND LOVE』の真ん中位まではクリックないんだよ。『GRAND LOVE』の中にあるやつもあったっていう位だね。だからリズムボックスを使っても演奏が全然リズムボックスに合ってなかったりね。それでOKって言って。「OKOK、合うわけないよ機械に」とか言って(笑)。でも最近ね、クリック使ってますね。それもあのあれじゃなきゃダメなのな。俺がクリック専用に買ってきたあれじゃないと。いわゆるチャック、チャック、チャックっていうのはダメなんです。ああいうのは。機械みたいなんじゃなくて、クリック自体があの♪ドコトコチャッ!、ドコトコチャッ!って多分生で入ってるような(に聴こえる)やつを聴いてやってます。ほんで最初の段ボールってのは、自分でカチャカチャカチャっていうのを聴きながら演奏するのが嫌なんで、自分でその温かい感じのクリックを作ろうとしたんだよね。クリックを段ボールで作ろうと思って、(紙を叩きながら)こういうクリックだったらいいんじゃないかって。それでこれは良い音だなっていって、それでそれをパーカッションにしちゃったのが始まりなんです。そう!思い出しました。最初はクリックのつもりだったんですよ、段ボールは。それが♪ドワドワッってくると、すごく弾きやすいんじゃないかと思ってね。チッチッチッチッっていうんじゃなく。それが始まりだな」

──それでクリックを聴きながら、まずパーカッションを段ボールで録ることになったと。

「そうですね。それから一番クリックっぽい、これかな。大体これなんです(タタトト、タタトトと紙を叩きながら)。クリックっていうとこういう感じでくるでしょう。(タタタタ、タタタタ)そうじゃなくて、(タタトト、タタトト)という感じの、ずっと録っておくと、ズズタツ!、ズズタツ!って感じですごい弾きやすいんですよ。それをまず録って、それを実際に活かすか活かさないかの部分部分の出し入れは、後でやる。でもそれを録ったやつを聴きながら演奏しているってそんな感じ。正確に言うとやはりドンカマっていう、クリックっていう感じではやってないんだな。きっとね」

──前作ではループを使ったりしてる曲もありましたよね。

「ええ、ありましたね」

──あれはあれで興味がないわけではなかったんですか? それとも、できることならそういうテクノロジーとは距離を置きたいとか?

「なんかやってみてそれほど面白くなかったんですよね。じゃあやめようかっていって。なんか今その段ボール・リズムとそれに対して自分がスネアも。あの結局ほとんどのスネアを手で叩いてるんです。バチだとあんまり面白くないんですよ、なんか。だったらちゃんとドラマーの人を連れてきて、叩いてもらった方が良いなぁって。自分はドラマーとかそういうんじゃないんで、発想が自由なんだな。スネアって手で叩くとものすごい良い音がするんですよ。オン・マイクで録って特に良いのは、指1本から3本位。これがいいんですよね。パァンってなるんですよ。でそれを段ボールが入っている上に♪ッタン!ッタン!って録っちゃうんです。でそのいっこじゃあんまり面白くないので、それに対して今度はブラシで、全く同じことを重ねるんです。そうすると♪ッバ!ッバ!って感じかな。スティックでパーンっていうんじゃなくて、ッバ! ♪ドコツッバッ!ドコツッバッ!って感じ。だから編み出したね。ある一定の時間内にそこに辿り着くっていうのを。『ニセモノ』あたりから…まぁ遡れば『GRAND LOVE』あたりからかな、こうゴチャゴチャやりだして、『ニセモノ』でかなりやったんで、『ニセモノ』はもう3倍位のお金がかかっちゃって、今回はその総合点の全部良いところを、分かって一気にいったんですよね」

──それは自分の欲しているリズムを本当に自分できちんと把握して、そのタイミングで自分が再現できないと、できないやり方ですよね。

「そうですね。できないですね。人に頼んでも多分無理だと思います。だから自分でやっちゃうんですけどね。そういう意味では一番作ったかな。時にはバスドラとかスネアを分けて録る時は、バスドラも手で叩いてみたんですよ」

──!!ホォ〜?

「でも結局ね、足のが良いみたいですね」

──(爆笑)

「なんかね。つまり足とつまり♪ドッツッタツ、ドッツッタッツクドッってやっぱり組合せでやるようになってるんですねドラムは。あんまりバラバラにしてるとダメみたい」

安藤「昔のレコーディングで、ドラムの音がしてるんだけどいないよっていうので見てみると、下にこうしゃがみ込んでダンダンって(笑)」

「この間やっていた」

安藤「変な人(笑)」

「昔はすごかったね。そういう意味では。パワーがあったからね」

──(笑)いわゆるそういうレコーディングの掟破り的なところは、玉置さんの作品には多いですよね。最近の作品では、ヴォーカルに関しても、極端にリヴァーブが少ないじゃないですか。

「僕ねダメなんです。大っ嫌いなんですよね、リヴァーブが。昔その安全地帯の頃にこれでもかっていう位リヴァーブをかけたので、嫌いになっちゃったんです、多分。昔はだからリヴァーブは好きだとか嫌いだとかの前に、あるのが当たり前の時代があの。ドラムの音もドワ〜ッ!ってこうゲートをかけて、♪ドコドーガーッ!!ドコドーガーッ!!ってああいう音にするの当たり前でしたよね。それが流行ってて、全然何の疑問もなくやっていたけれど、今聴くともう、なんでこんなことをやっていたんだろうっていうものなんですよね。その反動がものすごいきてるみたい。すごい嫌でね。でも高松はちょっと分からないように、良い意味で膨らみが付くようなものをかけているらしいんだけど。それはもうリヴァーブをかけてるっていうのがバレないようにかけるんだったら良いっていう約束をしている。それをちょっとでもバレると「かけた?」って言って「ちょっと切って」って。やっぱりない方が良い。今回はねぇ、あの、一番レコーディングした感じがしますね。見事にレコーディングした感じ。歌も例えば重ねるところなんてのは、普通ダブルにするとかよくあるけど、そうじゃなくて4回位言ってるんですよ。その、何て言ったらいいんだろう。♪いいんだ〜なんてあったとしたら、同じことを♪いいんだ〜って4回言っちゃうんだよね。ほんで絶対いっこにしか聴こえないような感じので4回重ねちゃう。一瞬だけファッってなるように。それはつまり普通は機械とかでなんかやるんでしょうけど、なるべくTDの時に機械を使わないように。そうやって録音されていれば良いんですよ。そういう感じでやったんですよね。レコーディングしてる時に、すでにTDの時に後でやらないでいいようになっている。人力、ほとんどが人力ですね。で一番、イッチバンこだわったのがシンバルなんですよ。シンバルだけは全部後で入れている。ハイハットも後でやっているんだけど、ハイハットとスネアをやると、スネアだけ(音量を)上げたい時に、絶対ハイハットも上がって来ちゃうんですよ、いっしょに。だから被るのが嫌なんで。♪ドッパッ、ドパッ、ドッパッだけ録っちゃって。でそれとその後ハイハットを♪ツツツツ・ツツツツ・ツツツツ・トゥツーッって。そうするとバラバラになるんで、音量を後でどうにでもできるんですよね。そん中で一番バラバラにしたのがシンバルだね。トップ・シンバルがどうしても自分でもっと出したい時に出てこない。でもトップ・シンバルを上げると他のが上がっちゃうしって、悩んでいたら簡単にミキサーに「いや、バラバラに録ればいいんじゃないですか」って言われて、あっそうだなって。それでバラにしたんですけどね。だからトップ・シンバルはかなり良い音してると思う、今回。で、しかもスティックだとチッチッチッチッていうんで、全然違う指のこういうのでシャッシャッシャッシャッって、おかしい音してるよ多分な。まともな音じゃないよな(笑)」

──その響きもあって玉置さんならではの、記名的な響きを持つパーカッシヴな音になってるのかも知れませんね。

「そうですね」

──初め僕はフレージングだけかと思っていたんですけれど、どうやら音色もそこまで…

「音色ですね」

──自分の生理で作っている方というのは、多分そうそういないと思うので(笑)。

「シンバル買っちゃったもんね、今回。どうしても薄くてシャーンっていう良いのないかなって言って。ちょうど去年のツアーではドラムスを、浜田省吾さんとかよくやられてた高橋さんという人にやってもらったんですけれど、その高橋さんが使ってるシンバルがやたら良くて。それで「ちょっとシンバル叩いて良い?」っていって、リハーサルの時にやってたんですよ。それで自分の持っているすごいシンバルがあったんだけど、全部交換しちゃったんです。「これが良い!」って。それで今回はその念願のシンバルを手に、それをスティックじゃなくて手で叩いてる。イッチバン良い音をするやつがそれだったの。ネ?」

安藤「(笑)はい」

──新作の方の話をお伺いしますと、まずインスト曲を2曲入れて、ひとつのアルバムのテーマに絡める形でやっていくというのは、今までになかったやり方ですよね。以前の「我が愛しのフラッグ」と「おやすみチャチ」に関しては、あれは単独のインストで語りかけてくる感じじゃないですか。今回はアルバムのトータルな流れの中でインストを活かしている。

「そうですね。何でインスト曲を作ったのかな? いやなんかねぇ、とにかくほとんどギターで作っちゃったんですよね。でブルースっていうかこう、いつも矢萩と一緒に♪チャチャチャチャチャチャ・チャララチチト(ブルース進行のメロディを口ずさみながら)って遊んでいるそんな感じの曲ばっかりにしようって言って。ほんで曲作りの時にそんな感じで作ってて、ほとんどギターになって。それでなんかピアノだけでいけるのないかなぁって。ピアノで歌うっていうよりはインストの方が良いんじゃないかって言って、それでなっちゃったんだね。もういっこあの「アンクルオニオン」っていって歌ってるやつがあるんですよ」

──ええ。なんかあれは歌ってるというか家畜の声と多分近所の子供の声じゃないかと…。

「(笑)いや、あれはね。家のネコなんですよ」

──あ?そうなんですか。なんか遠くの牧場かなんかで鳴いてるように聴こえたんですよ。

「(笑いをこらえようとするがこらえきれずに)いや(笑)あれは(笑)あれはね。家のドア一枚隔ててですね、廊下でネコのえさを作るんですよ。そうするとネコは分かっているから、騒ぎだすわけですよ。(ネコの声を真似て)ニャ〜ンニャ〜ン、早く僕にちょうだ〜い、って感じで。その騒ぎだしているのをこういう、なんていうんだっけ?」

安藤「MDの録音デッキで」

「録音してたんですよ。あんまり面白いんで。そこにあの何か知らないけどテーマ・ソングを入れようっていって、OH,MY NAME IS UNCLE ONIONって。何でああなったのかなぁ?」

──それはネコの名前ですか?

「いや、僕。あのねえ、ギターの矢萩の長男がねぇ、まだこんなちっちゃいんだけど、僕のこと玉ねぎオジサン、玉ねぎオジサンっていうんですよ」

──なんじゃそりゃ?

「何か分からないけれど、玉置さんだよってお母さんにいわれてるんだけど、(子供の声色で)玉ねぎオジサンっていうのが良いんだよって。でR&Rが好きでね。それで俺がR&Rをやるとものすごい喜んじゃって、で玉ねぎオジサン玉ねぎオジサンってずっと言うんで。玉ねぎオジサンっていうとアンクルオニオンだなって。でアンクルオニオンのテーマっていう」

──じゃ、あの歌声は誰の?

「あの歌声は三人です。僕とさっちゃんと矢萩と」

──エェッ、そうなんですか?

「それをテープの回転数を変えて子供の声に。子供の声っていうか、回転をグ〜〜ッと落として、それで録音して。それで(普通の速さに)戻すと子供の声になってるっていう。(再び子供の声色で)こんな、こういう声を出して、歌ったんじゃなくてね(笑)。回転を落としてやっていたんですよ。で遊んでたら結局、遊んでて、これいいなっていってね。でもねギリギリまでね、やめたり入れたり色々していたんですよ」

──本当にアルバムに入れて良いのかみたいな?

「そう。ギリギリまでやってて。で結局これは入れちゃったんですけれど、他の曲も必ず曲に入る前に必ずいろんなことをやっているの。グキュキュキュキュキュキュ!ってテープを逆回転したり、食事してるシーンを黙って録って入れたり。いろんなことやったんだけど、それは全部ね、マスタリングの時に消しました。ほとんどの曲は頭になんか色々付いていたの」

──初めこれ(=サンプル)で聴いた時は、「美味しいジュース」の曲の最後にテープの逆回転が入る感じで聴こえていたんですよ。でもそれから実際のリリースの曲順にプログラミングし直して聴いてみたら、別の曲の頭に入っていたんですよね。

「でそれはねぇ、最終的になくしました。逆回転のやつもなくしちゃいました。で「美味しいジュース」もねシュポン!ってワインのコルクを抜いた音も入っていたんですけれど、それも取っちゃった。最後のマスタリングで。なんか色々やっているのをみんな取っちゃって「アンクルオニオン」だけ残った。だから最初の聴いたら志田さんは喜んだかも知れない(笑)。もうメチャクチャですから。途中で喋っている声も最初は入れてたからね。「どうだいゴロー?」とか言ってるのもみんな入れてて、これは面白いなぁって言っていたんだけれど、良く考えるとあのせっかく詞の世界に入っているのに、気持ちがドンドン散漫になる。そういうので結局やめちゃったんですけどね」

──で今回はすごく楽に聴ける形になりましたよね。

「そうですね。ええ。良いと思いますけどね」

──すごくさりげないというか、結果的に。

「詞がねぇ、もうね、あのある程度録って詞が出来ないなと思ってね。詞が出来なかったら諦めてねって言っていたんですよ。でもね発売日は大体3月28日だっていわれたんですよ。それでそうか、できるわけないな詞が、って思っていたら、最初の一週間位は何にも出来なかったんですけれど、突然書き出したんだよね。取り付かれたように。いっつもそうなんですけど、あ、そうか、自分の思った通りに書けばいいんだ、自分のことを書けばいいんだと思って。世の中の人に何か言おうなんて思うからダメなんだと思って。それで大体自分に対して言っているんですよね、ほとんどが。そうするとバ〜ッと書けてきた。そうしたら思ったよりねぇ、今までで一番良かった。一番優秀に全部書けた。それで詞ができるってことはレコードができるってことですからね。ああレコードができるって言って。こんな詞が出来ると思わなかったものなぁ。もう毎回、なんか詞を書いている時は、こういうビルなんかにいると飛び降りたくなっちゃうんだよね」

安藤「のたうち回っている(笑)」

「詞が出来なくてのたうち回っている。だけどこうやって出来てしまうとね。あの〜また作りたくなるんですよね。その作っている時には、自分には才能が無くて、詞なんかとっても書けるあれじゃなくてやめようといつも思うんだけど、書き終わるとまた書きたくなるんだよね。不思議だな〜。(安藤に向かって)ネ? でまたやりだすと書くの嫌になる(笑)。その繰り返しですね」

──今回は結局曲順も変えて、1曲目に「このリズムで」というナンバーがくるというのは、非常に明解に僕は外に向かっていっているように聴こえる部分があったんですけどね。

「そうですね。自分に言っていることはつまり外に言っていることになっちゃうんですよね。これはきちんとね。(安藤に向かって)ネ? うん、そういうことなんだよね」

──玉置さん自身としては、もうあえて曲順からして1曲目にもってくるわけですから、あの曲にかける想いというのは相当あったんじゃないかと思うんですけど。

「なんかねぇ。自分でもすごい不思議なんですけどね。あれは最初に作った曲なんですよね、このアルバムで。で、ギターの矢萩とか、さっちゃんとか、スタッフとか、みんながまだ詞ができてないうちに「この曲だ、この曲だ、良いよ良いよ」ってなっていって。本当?と思ってなんとなく詞を書いてったら、自分でも一番、一番良いって言ったら変だけど、なんかすらすら書けたんですよね。自分が盛り上がったっていうよりは、回りにのせられたって感じです。で、そうだよこのアルバムはこの曲だよってなっちゃったんです」

──なんでもこの曲のヴィデオ・クリップを作るためにオーディションがあるとか?

「そうなんですよ。スタッフのみんなが考えてくれて。で、なんかこういうことになったんですけどね。自分でも良いなぁと思って。あんまり何も考えないもんだから、一所懸命スタッフとかみんなが考えてくれるんですよ。もう何にも考えないで音楽を作ったら黙〜って森の中にいつもいるので、たまに引きずり出される(笑)」

──じゃ今回は180日っていう日数は、玉置さんとしてはシェイプ・アップした感じの?

「シェイプ・アップですね」

──もっともっと日数がかかる時も今まではあった?

「ありますね〜」

──なるほどね〜。

「ええ! (安藤に向かって)ネ? どうだろう?」

安藤「そうですネ」

「ずっとやってるもんな。これでツアーに出るとツアーの合間で次の曲作りが始まってくるから」

──そうか。じゃお休みしてる時期というのはほとんどないわけですね。

「ないですね。よく考えると、うん」

──自分の内面に対して歌っているっていうことは、今回もあると思うんですけれど、『GRAND LOVE』の頃に比べると今回の表現の仕方はすごく楽になっていますよね。

「そうだと思います。ええ」

──『GRAND LOVE』の時は、ある種宗教的なところまでグワ〜ンとクルものがあったじゃないですか。今回はもっと聴く人にとっても楽に聴いて欲しいという、そういう思いがあるんですかね。それとも…

「そうですね。まさにこの「このリズムで」じゃないけど、まさにそういうことかな。なんかリズムが良かったんですよ、全て。その作っていくまでに詞もそうだし、テンポが良かったっていうか。妙にウ〜ンって立ち上がってウ〜ンって感じじゃなかったんですよ。スーッとこう。ダメだろうなぁって思ったらスッと詞もいったし、歌もスッと録っちゃって。歌はほとんど歌ってないです、このアルバムは」

──…? あ、1テイクってことですか?

「もう、ほとんどもう。ソンソンソンって歌っちゃって。(安藤に向かって)ネェ? そんな感じだよね。迷いがなかったですね。と言いながら実はですね。秘密をひとついうとね。本当は一番、このアルバムで一番大事にしていた曲が、詞が書けなかったんですよ。(笑)だから、その一番入れたかったやつは入ってない。曲はもう全部出来ていて、演奏も出来ているんだけど、詞が書けなかったんです。それだけが書けなくて、書けないということは入れるなっていうことだって勝手に解釈して外しちゃったんですけれど。だからちょっと曲数的に物足りないんでインストを考えたのかな(笑)。そうじゃないかな。きっと多分そうだ。その曲はロックでバラードなんですよ。だからこのアルバムに入っていないようなやつなんだよな」

安藤「一番やりたかった感じ」

「でもそれはだから次になっちゃうんですよね」

──玉置さんは元々曲作りに関してだと、まぁバラードがすごく得意だというところからスタートしたと思うんですけれど、その後でここまで曲調が広がってくる間というのは、自分なりに開拓精神というか、違ったタイプの曲を書きたいというか、そういうところで広げてきたって感じはあります?

「どうですかねぇ、…どうなんだろうなぁ。曲はみんなそうなんだろうけど、良い曲を作りたいと思ってやっているんだろうけど、あの安全地帯を始めた頃っていうのは、もうちょっと沢田研二さんとか、山口百恵さんとかの歌謡曲がすごい全盛だったので、なんかあの「ワインレッドの心」に代表されるように、ああいう曲じゃないとド〜ンっていかなかったんですよね。だからすごいメロウっていうかメロディが大事なちょっと歌謡曲調の。今も考えてみたら今売れている人達もリズムが変わっただけで歌謡曲なんですよね。だから本当にあの頃は歌謡曲のように作っていなけりゃダメだった感じなんですよね。最初はそういう感じで作らなきゃなって感じで作ってた。でも最近はだから作らなきゃなじゃないんですよね。志田さんが言ってくれたように、あの〜何か自然に出てる感じですね」

──ということは、メロディよりもリズムの方が最近自然に出てきてるってことなんですかね。

「だと思います。昔はそういうのを作らなきゃなって感じで作ってったのね。だから逆にいうとバラードが売れちゃったんで、バラードが作りやすくなってたというか。元々はリズムで好きなようにホニョホニョホニョ、フニャフニャフニャってやってる曲の方が得意なんですね。多分」

──僕は以前原稿で書かせていただいたことがあるんですけれど、僕が玉置さんの音楽性にすごくハマるきっかけというのは、もちろん安全地帯の初期もあったんですけれど、それ以上に『安全地帯」』とその後のライヴ盤。あのライヴのリズムのアレンジで、アフリカ的なリズムをああいうメロディに組み合わせる人というのは、他に全然知らなかったので、これはカッコヨイ! というのが入っていくきっかけになったんですよね」

「あ! そうですか」

──だからリズムに対しての欲求、多分ああいったアレンジなんかも当時の玉置さんの音楽的な欲求に従って出てきたものなんじゃないかと思っていたんです。

「ええ、そうですねぇ。それがだから意外とうまく活かされなかったって言ったら変だけれども、自分ではやっていたんですよね。やっぱり「ワインレッド(の心)」とか「碧い瞳のエリス」とか、あっちの方がこう、何て言うかな、そういう感じになっちゃったんだよね。見え方としては。やっぱりリズムと何か組み合わせてやっている方が、本当は好きでしたね」

──あれは本当に衝撃だったんですよね。

「今でも何か好きですね、そういうのね。やっぱりリズムからだもんネ」

安藤「そうですね」

「でなんか、全然話と関係ないんですけど」

──(緊張して)ハイ?!

「以前あのドラマをやらしてもらった時に、浜口庫之助さんのニセモノの役のドラマをやったことがあるんですよ。話はややこしいんですけど。その時に浜口庫之助さんは亡くなられていて、その奥さんに会って、何となくドラマ(の収録の場)に来てくれて、奥さんの話を聞いていたら、寝る時にあの〜浜口さんは足をずっと動かしていたんだって。最初の頃は何なんだろうと思っていたんだけれど、次の日に起きると、昨日やってたリズムの曲を作っているんだって。で、ある時「何やってんの?」って訊いたら、「曲を作ってんだよ」って。曲は何からってリズムから作るんですって! リズムってつまり、こう、こう♪パッパ・パッパ・パッパッ・パパパッパみたいのを、足でやってるんですね。俺もそうだったから、それですごいその話分かるなと思って。だからあの「涙くんさよなら」なんかも、浜口さんが歌っている「涙くん」てのは、(歌い始める)♪パッパカパッパッ・パッパカパッパッ・パカパッパッ・パンパカパッパッ・ナ〜ミダクン・サ・ヨナ〜ラ。すごいリズム。大人しいものじゃないんだよね。リズミックっていうか。あぁそうなんだぁ、俺に似てるなぁと思って。そういうところでいうと俺もだからそういうリズムから入ってるのあるね、何か、ものを作る時に」

──その昔の歌謡曲とかでも玉置さんはけっこうリズムの部分に注目してたんですか。それともリズムに関してだと別の音楽でけっこうそういう自分の感覚に入ってくるようなものを。

「何なんだろう、何か、腹の中にあるものなのかなぁ?」

──ドゥービー・ブラザーズとか相当お好きでしたよね?

「大っ好きですね!ええ。今でも、この間もアルバム出ると必ず買うね、ドゥービーは。古い人のみんな買っちゃう。それでちょっとあの〜もちろんそうなんだけど、この間のもすごい良いサウンドで。ものすごくちゃんとしてんだけど、ちょっと面白くないよな。あの〜打ち込みみたいな音が出てくるの嫌だな。昔みたいにちょっとずれてても良いからあのツイン・ドラムで、♪ツッツッターツカツッってやって欲しいんですけれどね。ちょっとあんまり良い音してない感じの音だった。スネアがダ〜ン!!とかいうとさ、ちょっとガッカリしちゃう。だから最近の人は、みんなちょっと良い感じの音が無くなったんで自分でやってるって感じかな。自分でこういう風にやって欲しいんだよなぁって音にしてるんですよね。うんドゥービーもこういうドラムの音にしてくれれば良いのにっていってやってるんですよ」

──段ボールを使えって(笑)。

「(笑)う〜ん、使ってやってくれないかなって本当に思ってる」

──実は僕の顔見知りの飲み仲間で、やっぱり旭川出身の方がいるんですけれど、「僕は玉置さんからドゥービーの素晴らしさを教えてもらったんだ」って口癖のように言っている人がいるんです。なんか昔の安全地帯の追っかけだったらしいですよ、旭川時代の。

「あららら、そうですか、うん」

──で、ドゥービーは共演みたいのもありましたけれど、それ以外にリズムの部分で共鳴するところがあるんだろうなと。

「そうですねぇ、う〜ん。オールマン・ブラザーズ・バンドとかね。ツイン・ドラムってのが好きだったなぁ」

──ほお。じゃあ自分のライヴでツイン・ドラムみたいなことをやってみたいとか、そういうのはなかったんですか?

「いや〜やってみたいとずっと思ってるんですけどねぇ。あの〜予算がかかるから(笑)。あとないんですよねぇ、そういう感じの仲の良い人がいるといいんですけどね。すごいドラムが個性的なやつだと、安全地帯のドラムの田中もそうなんだけど、個性的なんでねぇ。ツイン・ドラムにするとバラバラになる。本当にものすごい走ってくやつとゆったりするやつでやるとバラバラになっちゃうんで。で時々ライヴで自分が数曲ドラムを叩くってことで、ツイン・ドラムが成立するくらいの感じかな。だからパーカッションはね、パーカションとドラムってのは(僕のライヴでは)必ずいるけれど。本当はパーカッションじゃなくて、ドラム二人の方が面白いのかも知れないね。分からないけど。ドラムの人がこう、ドラム・セットっていうことにあまりこだわらないでやってくれるといいよね。パーカッションの人がパーカッションをやるんじゃなくドラムの人がこう手でやっちゃうような、感じでやるとできんじゃないかなと思うんだけど、そのアフリカンな感じが」

──玉置さんにとっては歌謡曲とロックって割と意識的に分けて聴いている感じではなかったんですか?

「いや〜分けてましたねぇ。歌謡曲はものすごい嫌でしたねぇ。はい。自分がやってきたんで。嫌っていうか、ネ、そうだね。嫌だね、歌謡曲」

安藤「はい」

──表面的には玉置さんの作風って、例えば歌詞の言葉遣いとかそういった部分では反逆的なイメージは無いじゃないですか。でも音楽の中に込められた生命力の獰猛さみたいなところでは、非常にロック的だなと思うところがあるんですよ。で玉置さん自身が自分の作品を世に出していく中で、そういうジレンマのようなものを感じた時期はなかったのかなって思ったりするわけです。

「いや〜ありました。最初の頃は特にそうでしたねぇ」

──最初というのは安全地帯でデビューした頃ですか。

「安全地帯の頃、ええ。その本当にまぁバンドでやってたのは何ていうかもっとR&Rだったんですよね。R&Rだったんだけど、どうしても歌謡曲っぽいのを当時やらされていたんで、それでなきゃいけないっていう先輩方がたくさんいてね。それでそうなっちゃったんですよね。本当はもっとそういうんじゃなくて。だから俺、最近の人はいいなぁって思う。ああもうおかまいなく自由にやれてて。昔はあのああいうのっていったらそんなの売れるかよっていわれて相手にされなかったんだよね。なんかこう歌謡曲の人達と勝負できるようなものじゃなきゃダメだったんだよな(笑)。今の人達はいいなぁ、本当に良いと思うなぁ」

──じゃあ当時から本当は自分は違うのになっていうような意識があったんですね?

「そうですねぇ、何か。もっと音楽、音楽っていったら変だけど、ミュージシャンらしくミュージシャンのように、ミュージシャンぽくいたかった。だから何かこうヴィジュアルとかそういうのばっかり先行しちゃって。サウンド的にも歌謡曲みたいのをやらされてて、ちょっとクラブ歌手風(笑)。クラブ歌手風というか歌い上げるみたいなね。なんかそんな風になっていきましたよね。洋服も着せられたし、髪型もあんな風にさせられたりっていうね。そういうすごい規制の中でやってた感じがあって、安全地帯っていうと、こう何か、こんなんじゃなかったのになって意味で、またやりたいなって思ってますけどね」

──あぁ、そういう想いがあるから逆にもう一度やりたいなって思うわけですね。

「うん、本来の、気楽な。今回の『」(スペード)』みたいな感じが、本当は安全地帯でやるべきことだったなって自分で思ってるんですけどね」

──なるほどね。

「それを全然やれてないまま、みんな今は別なことやってんのね、仕事。最近ちょっと連絡とってるんですよね。その、今どうしてるのって。で、もしあったらやれる? みたいなことをやってるんですけど」

──99年に朝日新聞に出たインタヴューでは、何か安全地帯の新作が完成してるって話があったんですけど。それはどうなったんですか?

「そうです。完成してたんですけど、それが『ニセモノ』になっちゃった」

──????

「それで3倍時間がかかっちゃったんですよね」

──?フンフンフン…あぁ〜〜!!

「安全地帯でまず録ったんですよ、久々に集まって。でもそのあの、みんなでわ〜っと録ったんだけど、俺が考えているところにいかなかったので、ちょっと待てよって。レコーディング終了、お疲れさ〜んなんつって、それから2ヶ月位して自分で全部入れ替えちゃったんですよね」

安藤 (笑)

「自分で全部もう1回やり直しちゃったんですよ。180日間、3200時間。またそれをやっちゃったんだ。だから倍以上やっちゃったんだよね。それでそういったこともあって『ニセモノ』ってタイトルにしちゃったんですよ」

──あぁ〜、深いですね。

「色んな意味で(笑)。色んな意味で『ニセモノ』にしたんです。で『ニセモノ』ってどうしてですかって、去年訊かれた時に全然違うことを言っていたと思うけど、本当はそうだね。全部入れ替えちゃったんで。それで(メンバーとは)かなり険悪なムードになりましたね」

──それはそうでしょうね。

「あれから連絡1年とらなかったですからね。でも矢萩とはね。矢萩のギターはだから残っていると言ったら変ですけど」

安藤 (笑)

──(笑)

「矢萩はだから残ってるんですよ。矢萩は問題ないですね。でも「みんなはちょっとガッカリしてたみたいだぞぅ」なんて」

安藤「その時は武沢さんはいなかったの?」

「うん。もう一人の(安全地帯の)ギターね、武沢ってのはいなかったんだけど。だけど去年のツアーでその武沢ってギターがまた入ってきて、ええ。それでギターが二人揃って。安全地帯のギター二人と俺で去年ツアーやったら、今度はもっと安全地帯をまた始めるかなって実感があるんですよね。ただドラムとベースが、今それぞれ音楽じゃない仕事をやっているので、様子を見ているところですね。それを辞めさせてまたこっちに来いっていうほどのものかね?っていうような感じですね。それは迷っているところです」

──でも玉置さんとしてはやりたいわけだ。

「まぁやりたいですね。来年は安全地帯が初めてレコード出してから20周年なんですよ。だから出来ればやりたいな〜って思ってるんですけどね。で安全地帯になったら、松井五郎ちゃんにも、あの、連絡、手紙出して。安全地帯の場合は、五郎ちゃんの詞で歌いたいっていうことを言って。そうしたら、あぁもうそれは嬉しいよなんて言って、やるんだったら連絡ちょうだいねって。今はまだそのままなんですけど。みんな来年が20周年だってのを知ってんですよね。ただ当時のスタッフなんかは誰もいないのね。誰かスタッフが今も付き合っていれば、もっと現実味があるんだろうけど。誰もその当時のヤツがいないんで、どうしようかなぁって感じでね」

──あえて安全地帯だったら松井五郎さんの詞で歌いたいというのがあるわけですね。

「うん。なんかいっしょに生きてきたんで、あの、その、果敢な時期というか。何も怖くなかった時期っていうんですかね。やってきたんで、なんか懐かしいですね、だからね」

──一方でその窮屈な思いがありながらっていうのもあったとは思うんですけれど、安全地帯でも、途中からかなり玉置さんなりに自由にやれた時期があったように、僕には見えてるんですけど。

「うん、あの、かなりやれて来てたんですよね、途中から。で、その一番やれている時期にねぇ、あの、つまりこう、バブルがこう…崩壊するような、それに合わせてつまりあの、ほとんど打ち込みになってきたんですよね、世の中が。で、カラオケもバンバン出てきて、カラオケ全盛時代になって、でその頃に打ち込みを利用しだしたんですよね。それを今後悔してるんですよ。サウンドとかすごいし、音もものすごい凝って、もう最後のTDもウワ〜ッ!!っとやったんで、それは今なんでもっと普通にやんなかったのかなぁって。そういう時代だったんですよね。時代の先端やりたかったんだろうと思うんだ、多分。それでそういうスタッフ沢山いたし、そういうのやろうよやろうよっていう。そしたら「良いよ、俺任せるよ」っていうような部分がすごくたくさんあったし。でも今は安全地帯やるとしたら、そういうものは一切使わないっていうような、もっと生な人力でやれたらきっといいのになって思ってんですよね。で、それをやれてないんで、やってみたいのかな? しかも五郎ちゃんの詞で。またそれの方がきっと良いだろうっていう風に思ってるんですよね。良い音楽になるんじゃないかなって」

──安全地帯のいわゆる末期という言い方をしていいのか、活動してる時の、その三枚組があって、ウワ〜ッ!ってなった後に、『夢の都』っていうアルバムの中に「きみは眠る」っていう曲がありましたよね。あの時期の松井さんの歌詞とか、それこそ歌謡曲的なところから離れて、すごいトガッタ感じの、ロックだなって感じでやってましたよね。

「あのへんからトガッテいったんですよね。ええ。トガッテて、で、回りはねぇ。ほとんどの人があの、必ずワン・フレーズ英語が入るんですよ。今は常識になっちゃってるみたいだけど。日本語でずっと歌ってたのに、I FEEL SO FINE〜とかって、そういう人ばっかりでねぇ。それはすごく松井五郎と話したね、絶対英語を使うのやめようって。五郎ちゃんて日本語なのに英語みたいに聴こえるような詞を書くのがすごくうまくて、つまり英語のノリがあって意味が良いっていう。それを書くのうまかったんですよ。それをずっと話していたんだけども。昔は僕達もちょっと、そういう意味で言うと使ったりしてる時があったんですよね。英語みたいのをね。でも後半は言ってたなぁ。無意味な英語はやめようって、ネ?」

安藤「ウフフフフ、今は絶対使わないものね」

「今は絶対使わないですよ、僕」

──歌詞の比重は昔に比べて、玉置さんが自分で書き出してからは、ドンドン大きくなってますよね。

「そうですね、ええ。どっちかっていうと、今はもう作詞家かも知れないな」

安藤 (笑)

──(笑)そこまで言いますか?

「歌手って感じしないしね、だって。作曲もあんまりしてるような感じしないなぁ」

安藤「曲は何か作るの当たり前みたいな。ご飯食べる感じだから(笑)」

──ああ、苦しまないで曲ができちゃうわけだ。

「そうですね。曲はね」

──逆に達成感が無かったりするわけですか?

「うん、曲はね。今は自分の中の理想に向かって、立ち向かって作っていくって感じじゃなくなったの。さっきも話したんだけど、昔はそこに向かっていった。だから作ってたって感じだよね。曲をね。今はもう作ってないよね、もう。メシ食うのと同じ」

──はい、届きましたみたいな?

「ええ」

──ほぉ!

「その代わり詞はね。まさに1年のそうだなぁ、半分は、俺、詞のことを考えているもの。詞を考え出してから、目もどんどん悪くなって。メガネないと生きていけなくなっちゃったの。なんでなんだろう、あれ? 暗〜い中でず〜っとこうやって字を見て、そんなこと何年もやってるからだよ、多分」

安藤「難し〜い顔してね。ず〜っとこうやって」

「この間気付いたんですよ、詞を書くようになって僕ね、ここに(眉間を指さして)皺が一本スッと入っちゃったんです。別にこういう顔をしたら(顔をしかめて)出るけど。普通の顔をしてても消えなくなっちゃった。だからあの、ねぇ、最近はやってるんだけど、いつもこうやって笑いながら、生きてったらどうなるんだろうって。笑い顔。笑い顔で生きてたら皺無くなるんじゃないかなって。笑い皺はできるかも知れないけど、こういう難しい感じの皺はなくなるんじゃないかなって」

──ほぉ〜お。…でもやりたいわけなんですねぇ。そこまで苦労してもねぇ。

「そうですね。自分で一番大事かも知れないですね。っていうかやっと気付きだした。気付き出して、だから、ま10年前から気付きだしたんですけど、それでようやく完成した感じですかね。本当に五郎ちゃんとやらなくなって、自分で詞を書かなくちゃダメだって思いだして、この『」(スペード)』で自分が詞を書くってのが当たり前で。詞って歌いたいことがあるから音楽をやっているんだっていう当たり前のところにやっときたんですよ、なんか。で、歌いたいことがあるから音楽をやってるんだ。そのために段ボールを叩いてるんだよ、みたいな。全部そこに結びつくんですよね。だからボブ・ディランっていうと、あ、コンサート観に行きたいってなっちゃうんですよね。最初に志田さんから訊かれたけど、普段はコンサートってほとんど行かないのに。この間ボブ・ディランが来た時にねぇ、あ、行きたいねって言って、取ってもらったチケットを結局やっちゃったの、誰かに」

安藤「せっかく取ってもらったのに」

「せっかく取ってもらったのに」

安藤「行かないで」

「行かないでやっちゃったんですよ。それで今回、また来たんで、また同じ人に最初頼んだら、本当に行くのかって」

──(笑)

「大変なんだから取るの、ちゃんと行ってよって言われた。今度はだからちゃんと行きたいよね?」

安藤「今度はちゃんと行きましょう」

「ボブ・ディランは、全然イメージが自分の中で意味変わっちゃったの。今回、そうだなぁ。ボブ・ディランのレコードを全部買っちゃったのよ」

──ヘェ〜!!

「今回の『」(スペード)』の詞を書くのに。で、ボブ・ディランの訳詞を見てマネして書くとか、そういうことじゃなくて。ボブ・ディランを1日中かけてるの」

──ほうほう。

「何か知らないけど、ネ?」

安藤「そうだね」

「一日中、ボブ・ディランをかけてて、ボブ・ディランを聴きながら、詞なんて何言ってんのか英語だから全然分かんない。わ〜っとかけてるだけで。何かそうしたらねぇ、志が出て来るんですよね。何でなんだろう。何でボブ・ディランになっちゃったんだろう、急に?何かボブ・ディランの、アンプラグドのライヴとかず〜っと聴きながら、良いなぁ良いなぁと思って。それでそうしたらドンドン詞ができてきたんですよね。自分で自分に歌うような感じになってんだなぁ。そうしたらそんな時に、コンサートで来てるっていうんで、あ、これ行きたいと思って。だから…ネェ?ほとんどボブ・ディランかかってたねぇ」

安藤「かかってましたねぇ〜!!」

「スティーリー・ダンも」

安藤「スティーリー・ダン、寝る時はスティーリー・ダン(笑)」

「寝る時ねぇ、僕ねぇ、必ずスティーリー・ダンのねぇ。あの新しく出たやつ(=『two against nature』)を、去年からず〜っとかけてて、昨日たまたまグラミー賞をTVでやって見てたら、スティーリー・ダンが取ったんですよ」

安藤「こりゃあ売れねえぞって」

「最初はこ〜のアルバムは売れないわと思って、でも毎日寝る時にスティーリー・ダン聴いて寝てた。良いなぁ、スティーリー・ダンて良いよなぁって思いながら聴いてたら、グラミー賞とっちゃったのビックリして。ネ?」

安藤「(笑)。ほら見ろ〜!!とかって」

「ほら見ろって言って。自分のことのように嬉しかった。スティーリー・ダン取っちゃったよって、本当」

──本当に好きなんですね(笑)。じゃあちょっと質問は変わりますが、玉置さんは自分の声をキープするために、特別何か節制なり努力なりしているところあります?

「最近ねぇ。節制はねぇ、煙草やめて1年半。一昨年の後半位からかな。もう本当に歌えなくなっちゃったんです、煙草で。元々すごいヘヴィ・スモーカーだったんで、なんか歌い出す前にタンが絡むんです。それで♪ア〜ッっていうとウッエッホオッホって歌う前になっちゃった。で歌う前になっちゃったらもうダメだと思って、スパッとやめたんです。それは本当に歌のためですよ」

──フーン。で、実際効果はかなり自覚としてあります?

「もう全然問題ないです。全然声が変わりました。すごい良くなった。良くなったし、変な心配要らないですね、もうタンが絡まないから。ただその代わりねぇ、あの、やっぱり、人間て適当に悪いことしてると、悪い事っていうか、体にね。やっぱりこう、煙草なんかいっつもやってると、気管とか全部汚れてるんでしょうね。おそらくね。それを全部やめちゃってクリーンになっちゃったもんだから、色んなものに敏感になっちゃったんです。それで今かかっているのは鼻詰まりなんですよね。煙草やめてから、鼻がねぇ、詰まるっていうか、いろんな匂いに敏感になっちゃって。今まではぼやけてたんですよね、きっとね。で逆にクリーンになったおかげで、いろんな埃とかそういうので、ハクション!って、もう。鼻が1年中詰まっている感じなんですよ。だからこのレコーディングもほとんど鼻声ですね」

一同 (爆笑)

「で、そのうち治るだろう治るだろうって思っていたんだけど、もう1年半経ってるから。今日もちょっと詰まり気味なんですね。お酒飲んで騒いだりすると絶対鼻詰まりになるし、本当に。じゃあ酒飲まないでおこうって、ず〜っと何カ月も酒飲まないでいても鼻詰まり。だから何で鼻詰まりなのか分かんない。病院行って調べても、アレルギーでもないんですって。だから僕が考えられるには、長年やってた煙草をやめてクリーンになった分、敏感になったんじゃないかなって。そのうちまたこっちに慣れてくれば、治るんじゃないかと思って。そんな感じがしますね。だから歌のために、本当に歌のために初めてやめたのが煙草で。で歌のために困ってるのが鼻詰まりですね。すごい憂鬱になる。この鼻詰まりでもうすぐコンサート・ツアー始まるんだけど。コンサートに立ち向かうのかぁって思って。最近必ずステージの中で鼻をかむんですよね。出て来ちゃうんです、ハナ。何なんだろうね。目に見えないけどステージの上って埃がすごいでしょう? 煙草を吸ってる頃って全然関係なかったと思うけど、今はそういうとこに行くとクシャミが出ちゃう。花粉じゃないですよね、多分。花粉症じゃない。目は全然なんともない。

──あと以前東京国際フォーラムでライヴを拝見した時とかって、アカペラで最後に歌うのがあったじゃないですか。

「ええ」

──ああいう瞬間ていうのは、僕が観たその場の感じというのは、けっこうもう本当に宗教に近い位の圧倒的なものがあると思うんですけれど。

「うん」

──玉置さん自身は何か、今の玉置さんとしては何かそういった、まぁ元々歴史の中で音楽と宗教はすごく密接だった時期がありますよね。そういったものに関してどういう風に考えてらっしゃいます?

「その気分じゃないとダメですね。あの、例えばアカペラみたいので歌うっていうのも、アカペラで歌おうと思って歌ったんじゃなくて、多分たまたまその時歌いたくなったんでしょうね、きっと。多分そんな感じで。今は逆にねぇ、どっちかっていうと、こう引くっていうか、うん、引いている感じですね、今」

──あぁ、そういうなんか、ウワ〜ッ!っと圧倒する感じのものよりも、っていうことですよね。

「何か引いていくことによって、こう、逆に伝わるっていったら変だけれども、っていうような感じに今なっているような気が今します、自分でも」

──何かその方が自分でももっと届きやすいと思っているところも多分あるんじゃないでしょうか?

「何かそうなんじゃないですかねぇ。多分きっとそうだと思います。なるべく考えないようにしているんですけれどねぇ、色々。色々考えないでスッとやろうとしているんですけれど」

──ウ〜ン。

「何かきっとそういう感じじゃないのかなぁ。レコーディングにしてもコンサートにしても、ちょっと引いてく感じになってるような気がするんですけど」

──前、井上陽水さんにインタヴューした時に、何か彼も自分のテンションが高いものを全部凝縮しちゃうと、聴いてる方が苦しくなっちゃうから、どっかで手を抜くというと悪い言い方になるんだけど、そういう感じで何か楽にして上げた方が聴く人は喜んでくれるみたいですねぇ、みたいに言っている時があって。

「ええ、ええ。そうでしょうねぇ。陽水さんなんかずっと、それをずっとやられてるんじゃないかなぁ。そういうテーマで」

──うん。で、音楽に関してその時、僕は玉置さんのことを引き合いに出して訊いたんですけれど。

「ええ」

──音楽のコードに関しては玉置さんの方が圧倒的に知ってるって陽水さんが…。

安藤&玉置 (爆笑)

──陽水さんは僕は全然コードを知らないんだって言ってましたけど?

「(笑)コードねぇ。コードはねぇ、変わっているみたいですね、僕は。さっちゃんとかみんないうんだけど、やっぱりあの…ギター、あんまりちゃんと覚えてないんだよ、ギターでも何でも」

──あ? そうなんですか。

「自分でその音を聴いて適当に押さえているんだよねぇ。それはすごく変わったコードらしいんだけれども。すぐに変則チューニングにしちゃうし。すぐ変えちゃうんですよ、チューニングを。で適当にやって、これはあの、スタッフ、ギターを担当してくれてるやつがいて、「覚えておいてね」って言って、自分でやったら、もう忘れちゃうの。で後で「この間やったチューニングを覚えている?」って言ったら、「ハイ」って言って全部そいつをメモったものを教えてくれるのね。で、またそのチューニングになるんだけど、今度は弾き方を忘れてるという」

一同 (爆笑)

「(苦笑)もう弾けなくなってる。でもレコーディングには残ってるんですけれど。で結局、自分でやったことを自分でコピーして、毎晩こうやって聴いて、こうかな?って」

──ヘェ〜〜エ!?

安藤 (笑)

「分かんなくなる! そん時は出来るんだけど、夢中になってるんですよね、きっとね」

安藤「何か、コード・ネームとかでは覚えなくて。全部響きだけでやってますね」

「そん時は夢中になってるからやってんですよね。ドラムもだから本当にそうだもんね。何度もさっきから言っているけれど、録音の仕方全部」

安藤「そうだね〜」

「で、ベースはねえ、あの〜、僕ベース一番うまいと思っているんですよ。自分が一番自信あるのベースなんですよね。楽器を持って弾くっていうことに関しては、ギターよりベースの方が上手いと思います」

──へえ。

「うん、だから分かったの、俺。何でスティングとかポール・マッカートニーが何でベースを弾いて歌うか」

──ほう!

「分かったんですよ。バンド…でもあの人達は自分で曲も作ってくのに、ベース弾いて歌うでしょ。で、バンドでは普通、ベースを弾いて歌う気になるわけがないんだよ、まず。絶対ギター弾いて歌う方が良いしさ。でもベースはたまたま、その、多分、自分が行き届くんでしょうね」

──行き届く?

「うん。つまり自分が思っているように行き届くベースがいれば、その人に任せた方が多分楽なんだけど、そうじゃなくてウ〜ン、ちょっと貸してって弾いちゃうと、実は自分のベースの方が良いんだよ、あれ。で歌う人のベースってすっごい良いってのが分かったもん。自分がベースものすごい得意なんですよね。よく考えたら。ギター弾けるからベースは簡単に弾けるわけよ。あの、低音だけ弾いてりゃ良いんだから。そしたらそのうち、ベース? あコードじゃないところにいって良いんだってのが分かってくるから、それが良いフレーズになってくるでしょ。ベースをこう弾いて弾いて、良いフレーズになってくると、すごいサウンドの要になってくるんですよね。だから逆に一番得意だと、思いきって4小節抜いちゃうとか。最後に入れることで一番良いのは、抜くこともできるから。逆に良いものはあまり見せなくても良いっていうのがあるんですよね。それでベースを弾いてて、うわ〜、俺ベース得意だなぁって思って」

安藤 (笑)

「(笑)そんで、親指で弾いてるんですけれど。ほとんど親指で。でもこの間TVで観たらスティングが親指で弾いているんだ。や〜っぱりそうだ!」

安藤 (笑)

「ベースの人ってこうやって(4フィンガーのアクションをしながら)弾くじゃない。でもそうじゃなくて、やっぱり、歌いながらだと親指で弾くんだよね、こうね。親指とかピックっていうか。親指ってつまりピックの感じなわけね。ここ(=親指)にベース・ダコ出来てるんですよ、僕。そのうちにねぇ。こっちの方に(フレットの高い方を指して)なんか、♪ブンブンブン・ブンブンブ〜ンってね、けっこうスライドさせるのが好きになったんですよ。それをブ〜〜ンって聴かせるかどうかは別として、♪ウ〜ン・ドゥドゥ・ウン・ドゥ・ウン・ドゥ・ウン。それでリズムを取れるっていうか。だからスライドしてるもんだから、ここ(=親指)が痛くなっちゃって、それでね。最後に終いには軍手履いて(笑)」

一同 (爆笑)

「僕のレコーディングねぇ、ベース弾く時は軍手なの。そうすると軍手だけでそのシーンをやるとね、ベースの音がすごい変わっちゃう。だから最初から軍手を履いている。軍手で♪ブンブンブンブン・ブンブン。軍手で♪ブンブンブンブン・ブンブン。軍手です。音が変わるんですよねぇ。軍手でやると。不思議だよね。痛くない、でっかいスライドやっても、大丈夫大丈夫!」

──なるほどねぇ〜。とことん感覚だけで貫いているわけですね。

「そうですね。要するに、そうですね」

──そういう意味でスティーリー・ダンなんかも、かなり、来るってことですよね。

「だからパッと聴くと、マネできっこないもんね、まずね。スティーリー・ダンって。すごい独特にやっているから好きなんじゃないかな。ボブ・ディランにしてもスティーリー・ダンにしても、もうその人独特の感じでやってるんで。そういうのを聴くのが好きなんですねぇ」

──どうもどうも長々とありがとうございました。以上でインタヴューを終了します。

「あ! ありがとうございました」



 ここまで文章を読んでいただいた方もありがとうございました。お疲れとは思いますが、もうちょっとだけお付き合い下さい。

 すでにお分かりのことと思うが、玉置浩二は本当に無防備に自分をさらしてしまう。個人的にも『GRAND LOVE』のプレス資料の原稿を書いた後、コンサート会場の楽屋で初めてお逢いした時には「やっと逢えたねぇ〜!!」と叫びながらいきなり抱きしめられ、さらに「ン〜もう一度」とまた抱きしめられたことがある。その時は「なんてむき出しの感情表現をする人なんだろう」と驚くと同時に、歌の中の感情表現のテンションのまま生きている人なのだ、と感動したものだ。それゆえに彼自身が苦労したことも少なくないに違いない。

 だが!! 音楽本来の自由とは、<表現という枠組みの中ならば、そうした個性をいくらでも放って良い>というところにあったはずだ。人と違う感覚、人と違う価値観というものは、日本の社会の中では疎んじられる傾向がある。そのために自信のない人は、自分がその他大勢の人達と違うことに脅えてしまい、本来持っていた素晴らしい才能を埋もれさせてしまうことも少なくない。
 しかし玉置浩二は違う。一切の理論武装を放棄し、自分の感覚と好奇心のおもむくまま、他の人がやらないようなことを嬉々として追求していく。そこには打算もないし、エゴもない。ただ音楽に純粋に取り組むだけだ。
 それは無邪気とも無垢とも言える。そして実際、彼にはそうでなければ醸し出せないような愛嬌がある。もし仮に彼が見栄とか権力欲のようなものを持っている人だったら、インタヴュー中に出てきたように、かつてのバンド仲間のレコーディングした音を入れ替えてしまった時点で、その人間関係は修復不可能になってしまうだろう。しかし今年行われた彼のツアーでは、やはり安全地帯のメンバーが、彼といっしょに楽しそうにステージをやっていた。それは玉置浩二が、他者に対してミュージシャンとしてのプライドを傷つけかねないような厳しい判断を下す時があっても、彼が音楽に対して忠実にあろうとしているだけで、他者への愛情は豊かな人だということを周囲がちゃんと分かっているからではないか、と僕は考えている。

 ここまで純粋で無防備なアーティストが、日本的な<ことなかれ主義>に潰されることなく活動を続け、幅広い支持層を獲得している例は、残念ながら稀有だ。しかし希望はある。少なくとも彼のような例外が存在しうるというだけで、僕は自分の個性を自分で殺す必要はないのだ、という勇気を与えてもらっている。それは僕だけではないのではないか?

 この文章を読んでいただいた方の中にも彼の存在から、彼の音楽から、勇気を与えられる人がいるんじゃありませんか?

ネ?


98年 ビデオ「WE CAN BELIEVE IN OUR“JUNK LAND”」レヴュー
98年 アルバム『GRAND LOVE』プレス資料〜玉置浩二論
99年 ビデオ「“GRAND LOVE”A LIFE IN MUSIC」ライナー
99年 アルバム『ワインレッドの心』プレス資料
05年 アルバム『今日というこの日を生きていこう』レヴュー
14年 玉置浩二ソロ・アルバム『GOLD』