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「エコノミスト」誌 2005年10月28日号掲載

小田急高架化訴訟

「安くて早い」高架事業はどこへ?
官の論理の崩壊

既に完成していたはずの小田急線高架事業を引き延ばすため、役所はあの手、この手を使う。

斉藤 驍 弁護士、小田急訴訟弁護団長


2度目の工期延長

 この3月末で、事業期間が切れる、東京・世田谷区の小田急高架複々線事業(正しくは線増連続立体交差事業、梅ケ丘駅付近〜成城学園前駅付近6・4`)をめぐり、重点都が3年の事業期間の延長を、国土交通省に申請していたことが明らかになった。同省はすでに認可する方針を都に伝えている。同事業では2度目の工期延長であり、これによって、当初認可では6年間だったはずの工期が、倍以上の14年間になる。地下化を求め続けた住民側に対し、「安くて早い」という官側の高架化の根拠は、これによって完全に崩れ去った。

 この事態は予想されたことだった。同事業は、「都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する協定」(俗称「建運協定」、1969年9月に旧建設省と旧運輸省との問で締結、現在国土交通省に統合されているので、通達などと同様の扱いになっている)に基づいたものである。協定によれば、高架鉄道の場合は騒音などの環境影響を緩和する環境空間(環境側道、以下「側道」という)が不可欠であり、鉄道などの工事と同時に設計、施工されなければならないとされている。にもかかわらず、地下化を目指す住民の運動と裁判、これを享見る広範な世論により、用地買収すら進んでいない。筆者は、本誌2004年9月21日号で、この事業の施行期限である今年3月末までには到底完成できないと予測した。

 同時に、官側は、測道なしで完成した高架橋の4線にあえて電車を違法走行させ、これを「複々線化の完成」として、あたかもこの事業が完成したように見せかけることになるとも予測した。これは間違っていなかった。昨年12月、官側はダイヤ改正を行い、複々線での克行を強行した。これに対し住民側は、直前にこの差し止めを求めて、東京地方裁判所に提訴した。側道が事業完成の不可欠の条件であることは明文の規定があり、官側は十分過ぎるほど、そのことを承知していたはずである。

 そのうえで、施行者である東京都は、今年2月10日ごろ、国土交通省に対して、ひそかに事業期間延長を申請した。国土交通省と十分打ち合わせをしたうえでの話であることは言うまでもないだろう。ところが、この動きは住民側やマスコミなどの察知するところとなり、2月17日以降、新開∴テレビで大きく報道されるに至った(住民側は認可差し止めを求めて東京地裁に提訴、その後同省は延長を認可)。こうして、複々線での走行の根拠であるはずの、事業が完成したかのような虚構は一気に崩れ去った。東京都が延長認可を申請したこと自体、この事業が期限までに完成できないことの自白に他ならないからである。


「不能の工期」

 そもそも、、6年という当初の工期こそ、この事業の本質に根ざすものがあった。住民側は地下方式が高架方式より環境にやさしく、かつ早く安く完成すると、70年から地下要求を続けてきた。昨日今日の話ではない。旧建設大臣が当初の都市計画事業認可をした94年6月まででも、実に24年の歴史がある。時に応じて振幅があるものの、この運動の根は探い。

 官側はこれを十分承知しながら、バブル時代の土建国家″の発想で、高架事業を突破口として道路を新設し、不動産の高層開発をもくろんだ。そのために官側は、高架式の事業費は1900億円であるのに対し、地下式は3000億〜3600億円かかる1として、「高架式は安くて早い」と公式・非公式の場で主張し続けてきた。そう強弁することで、基礎調査、住民説明会、アセスメントを一方的に行い、都市計画決定、同事業認可に持ち込んだのである。

 しかしながら、住民側が提案した地下式は、地表に電車を走らせながらその直下にシールド方式で地下鉄を建設する工法であり、早く安く完成すみ。これには、東急目黒線洗足駅付近の地下工事の実例がある。そればかりか、地下式と高架式では用地買収に要する費用と時間が全く違う。特に反対する住民が多い場合には、広大な用地買収を必要とする高架式事業は、完了するまで長期にならざるを得ず、その反対が強いものであれば事業そのものが不可能になることさえある。「時間がかかる」ということは、その分「費用がかかる」ということでもある。

 したがって、地下武と高架式を事業費の点で比較する際には、事業期間は極めて重要な要素となる。ところ官側は、前述のような費用比較をしながら、工期については具体的比較を回避し、ひたすら「早い」と言い続けてきた。そもそも、国の事業認可を得るためには、工期を明示しなければならない。1000億円単位の巨額の公金が投下される都市計画事業であるから、これは当然であり、都市計画法60条1項は施行期間を明示して認可申請すべきこと、同法61条は施行期間が適切でなければ認可できない、と明文化されている。工期について、最後までダンマリを決め込むわけにはいかないのである。

 そこで官側は、虚構に虚構を重ねて凌ごうとした。すなわち、工期を6年として、高架式が地下式より早くて安い、と見せかける虚構である。

 この事業に先行して、同じ小田急線の喜多見駅〜和泉多摩川駅間(狛江地区)の高架化事業が行われたが、完成まで7年の工期を費やした。その鉄道区間の距離はわずか2・4キロである。その3倍近い現事業区間6・4キロの工期がそれより早い6年ということは到底あり得ない。しかも硯事業区間は世田谷区の中央部であり、狛江地区よりはるかに地下要求が強い。これらを考えれば、6年という工期はいわば「不能の工期」だった。できないことを承知で、あえてこのように短い工期を拠熟し、「安くて早い」を押し通そう上したのである。そのうえ、事業認可は土地収用法における強制収用の効力があることを利用して、強権を背景に事業用地の地権者を憫喝し、住民運動を圧殺することをもくろんでいた
のである。

 もとより、「不能の工期」に基づく認可が違法でないはずはない。この違法は、住民側が事業認可の取り消しを求めた訴訟で、東京地裁民事第3部(藤山雅行裁判長)に看破され、認可取り消しの1審判決が出された。


官の自縄自縛

 あらかじめ想定されていたとはいえ、官側が醜態をさらしたのは、第1審の審理簾中に当初6年の事業期間(00年3月まで)が期限切れになったことである。この時も官側は、ひそかに05年3月までの(第1回)期限延長を認可していた。その結果、第2審(奉書同裁)では、当初6年の工期が「適切」であることを弁明しなければならない羽目になった。その弁明たるや、反対の論証にしかならない狛江地区の工期(7年)を引き合いに出したり、予想に反して用地買収が難航したためであるとか、工期は将来予測であるから完成しなかったからといって建設大臣の判断が不合理で満ったとはいえない、などと支離滅裂なものにならざるを得なかった。

 それだけでは足りないと思ったのであろう、「事業が完了しなかった場合には、その時点の状況に応じて必要な期間のみ延伸することが合理的である」としてし第1回の延長はこれに該当するとした。すなわち、今度は完成するから当初の工期設定は補正される、というわけである。

 ここまで言うのであれば、今回の期限、すなわち05年3月末日までには完成させなければ話にならない。しかし現状はまたまた時間切れである。さらに3年延長して、また完成しなかったら、どうするつもりなのであろうか。官側の無責任はここに極まったというべきである。

 官側が70年以来の住民の地下化要求に謙虚に耳を傾けていれば、遅くとも20年前には、地下式の複々線が完成し、紛争は起きず、跡地を緑地にすることで、子々孫々につながる緑の資源の創出ができていたはずである。

 現在、裁判は最高裁(第1小法廷に持ち込まれている。昨年の行政事件訴訟法の改正等により、原告適格を拡大する方向に動くなど、最高裁も変わりつつある。とりわけ、この3月2日に同小法廷が原告適格についての審理を大法廷に回付(注参照)するなど、官側の安住する場ではなくなっているのである。この自覚こそ、今、官側に持ってもらいたいものである。

 なお、この事業は単なる鉄道高架事業ではない。連続立体という道路・鉄道・都市再開発を一体とする事業であり、その根幹は道路にある。事業費も基本的に道路特定財源により賄われる都市型巨大公共事業である(前記の本誌参照)。住民の運動と裁判により、道路建設も大幅に遅れていることは言うまでもない。


(注)小田急訴訟では、東京地裁(01年10月)で地権者以外の住民の原告適格が認められたが、東京高裁(03年12月で逆転、否定された。過去に最高裁小法廷でも地権者以外の住民の原告適格が否定されている(99年東京・環状6号線訴訟、いわゆる『平成11年判決』)。しかし、大法廷は小法廷の判例を変更できるため、原告適格のみを大法廷に回付したことで、判例変更の可能性は極めて高い。



小田急高架化事業

 小田急線梅ヶ丘駅付近ー成城学園前駅6.4キロを高架・複々線化し、道路と立体交差させる事業。東京都が1964年に都市計画決定し、94年に建設相(当時)の事業認可を得た。これに対し、沿線住民53人が「理由もなく地下方式を不採用としたのは違法」として国土交通省関東地方整備局長(提訴時は建設省)に認可処分の取り消しを求め、提訴した。
 1審・東京地裁判決は、原告のうち側道部分の地権者9人に鉄道事業の原告適格を認め、「確かな根拠に基づかずに高架式に決定した重大な瑕疵がある」として事業認可取り消しを命じた。2審・東京高裁判決は、全員の原告適格を否定し、「行政の裁量権を逸脱したとはいえない」として1審判決を取り消し、住民側請求を退けた。
 事業は94年に着工したが、当初の工期だった00年3月末までに完成できず、都は工期を今年3月末まで延長。昨年11月には高架工事が完成し、新ダイヤでの運行がはじまったが、反対運動などで駅舎や側道の用地買収が進まないため、都は2度目の延長を申請、認められた。総工期は当初予定の2倍以上の計14年に延びる。(編集部)


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