イスラエルのフォークダンス
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poppy  素晴らしきアーティスト達と本場の踊りとの出会い


 不思議な出会いで、現地で触れることの出来た圧倒的な踊り。この素晴らしさを伝えようと思い、優れた講師達を現地から招聘して自らも指導して参りました。
 今も続けられるのは「本物」の素晴らしさとそれを愛する方々の助けが大きかったと感謝しております。フォークダンスが実は深〜いことを、もっと知って戴けるように。
     (上はトゥビアさんの若い頃の写真)


[What's New]
2009.06.04 : レイアウトを更新しました。
2009.08.13 : 無事帰国。面白かった。

最終更新 2010年3月8日

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去年9月13日にF16戦闘機で訓練飛行中アサフ・ラモン中尉が墜落事故で亡くなりました。 父親は2003年に米スペースシャトル空中分解事故で死亡したイスラエル初の宇宙飛行士、イラン・ラモン氏でした。 スペースシャトルの事故を追悼して生まれたのが下の踊りです。ラモン氏の奥さんが地上から「私の声が聞こえる?」というメッセージをオフラ・ハザの歌に託して通信した曲に振付けされたものです。

もしページの上部に「Windows Media のアドインを認めるか」という
問いが出ましたら、それを認めることで上の画像がでます。
また画像が小さい場合は、右クリックして200%位に拡大みて下さい。
     
講習を御希望の方は御相談下さい。
       (但し新興カルト宗教等絡みは、お断りすることがございます。)
現地の演奏家、歌手、舞踊団の斡旋・招聘することも御相談に応じます。

現地で一般の方がどんな風に踊っているかといえば、例えば下のようなものです。
すぐにでも踊れそうでしょう。




[ 一般の踊りのポイントとヒント ]
○ ステップを暗記しただけで踊りをマスターしたとは言えません。
   また早く覚える人が上手だとは限りません。米国拠点の外人講師などは敢えて踊りを難しくしたり、
   細かい注文をつけることで自己を顕示
する者もおります。その結果、踊りは大衆とかけ離れた
   個人ダンスとなり、受講者は指導者以上の表現は出来ないという限界が生まれます。
   つまり講習者が「カミ」になってしまうのです。
     フォークダンスのビジネス化で経験の乏しい講師が乱立して、現地の歌や音楽に合わせて勝手な
   踊りを創作し「現地の踊り」だと日本にも紹介されることが多くありました。こうして生まれた、つまらない踊り
   の量産化現象は、イスラエルの指導者の間でも問題となり、対応が検討されています。
   その結果、最近では「ノスタルジア」という昔の踊りばかり踊るサークルも人気が出てきております。

○ イスラエルの人々に愛されている多くの踊りは, 何度か踊っているうちに自然に体で覚えます。
   この「お気楽さ」がイスラエルのフォークダンスの良い所の1つといえます。
   サークルの指導者は、参加者が体で身につくまでの何週かは、曲を繰り返してかけてください。

○ もし「ステージ用の踊り」を目指すのであれば、動きの一致が要求され, それなりの訓練が必要です。
   でも一般の場合はバリエーションを加えたり、自分のスタイルで大胆に自由に楽しく踊って構わないでしょう。
   上手でなくて構わないのです。自分なりに美しくも見せれるように工夫したり,面白さを加えたり,
   歌を覚えたり,いろいろ楽しんで下さい。
   ステージの発表会も楽しいものですが、時に見苦しいこともありますので御注意を。

○ 踊りにはバリエーションが「許される部分とそうでない部分」があります。
   指導者が講習する時は, そこに注意して正しい踊り方をしっかりと伝えて欲しいと願います。

これまで行ってきた事と異なることを言われるのは面白くないし,抵抗があるかもしれませんが,
でもそれを隠すことはかえって変な方向に行ってしまいます。採用するかどうかにつきましては御自由ですが、
やはり本当の踊り方は知っておいたほうが良いと思いますので、例をあげます。
 イスラエルの踊りの多くには正規の踊り方があって、私はその指導を受けました。以下がその例です。

  1.  「アット ヴァ,アニ

  2.  「イェディド ネフェシュ

  3.  「ヴェ,ダヴィッド

  4.  「エレヴ シェル ショシャニーム」  -->「バラの夜」と言われるこの踊りは,イスラエルでは
                               カップル曲として踊られるのが大半です。

  5.  「ツァディク カ,タマル

  6.  「デブカ デブカ」   --> という名前の踊りは,イスラエルには存在しません。
                     「デブカ ミ,ショレシェット」がこれに該当します。

  7.  「ハーモニカ

  8.  「ヒーネー マー トヴ

  9.  「(レク)ラ,ミドバール



(参考)  御問い合わせにつきまして:

      私が関ってきた講習会以外の講師による踊りや,欧米のキャンプ等で講習を受けられた踊りについて
      よく質問されることがあります。 それについての答えの多くは,
         「申し訳ありませんが,その踊りはイスラエルでは踊られていません」
      と言うしか出来ないものが多くございます。 ご理解下さい。
      お問い合わせにつきましては、このページの最下部のメールアドレス宛にお願いします。
   

 イスラエルと聞くと、何だか戦争ばかりしていて物騒に思うかもしれません。街角には銃をもったお兄さんが沢山立っていて最初は少し怖い気がしますが、慣れてくると町内会の自警団の隣の兄さんという感じになってきます。バスで疲れて眠てしまった兵士は、隣のおじさんに注意されたりしています。そして、一般の市民はごく普通の生活を楽しんでおります。
 世界の多くのフォークダンスが、結婚式とかお祭りなどの特別な時だけに踊られるのに対して、イスラエルは普通によく踊られます。サークルは沢山あって、特に都市部では毎晩のようにどこかでフォークダンスを踊ることが出来ます。カラオケの延長のようなもので、これに運動と交遊を兼ねたようなものというイメージでしょうか。広い体育館を狭しと沢山の人が踊ります。原則的にはV-ホールドの踊りが多いのですが、元気に踊るので、実際には連手する人はあまりいません。

 イスラエルが建国した時には、世界各国から移民者がやってきましたが、共通の娯楽が無く、特に子供達を一緒に遊ばせようとして誰もが知っている歌に振付をつけたところ、とても喜ばれてそれが広まって行きました。やがて移民者の持ち込んだ自分達の歌にも新しい振りがつけられて、出身地だけの者が楽しむのではなく、皆が一緒に楽しめるようになって行きました。さらにそれらは、イスラエルから外にも出て行き、またヨナタン・カーモン氏やサラ・レビ・タナーイ女史などにより芸術的にも高いレベルに引き上げられました。

 イスラエルのフォークダンスには、次のようなものが見られます。
1.もともとあった歌や皆が知っている歌に振り付けして、大衆が皆、共通に楽しんで踊るもの
2.芸術的に高いレベルまで引き上げられたステージ向け舞踊
3.東ヨーロッパのハシディーやイエメン系のようにユダヤ教のローカル地域から育った舞踊(フォークロア)
4.アラブ、トルコ系、ドルーズなどの土着の民族舞踊、デブカ、ベリーダンスなど。
5.新移民者がもたらした舞踊(アルメニア、グルジア、イラン、南米、スペイン、モロッコ、エチオピアなど)
6.新移民者や周辺の国の音楽にイスラエルの歌詞をつけて、踊りをつけたもの(ミズラヒ)など
7.新しい流行歌や創作音楽に振り付けをしたもの。(イスラエル人向け、そして外国人向けのビジネスダンス)
  時には、外国人仕様の踊りが逆輸入されて、流行ることもあります。



以下は、専門的な踊り(ステージダンス)の例です:

[1] ハシディー(ハシディズム)は、東ヨーロッパ系アシュケナジーで生まれた宗教運動家の踊りです。




[2] テイマニ(イエメン系)は、イエメンに離散していたユダヤ人で生まれた踊りです。
   アラブの踊りとは異なります。特にアメリカ人向けの講師は、アラブやクルドやミズレヒ(オリエンタル)の踊りを一緒に   教えて混乱させますので、注意が必要です。


イスラエルの有名なステップに「テイマニ」があります。このステップは、日本やアメリカではイエメナイトとも言われています。イエメン系の移民者がイスラエルに来たときに変わったステップをしていたので、リブカ・シュトゥールマン女史が始めて一般向けのフォークダンスに取り入れました。

右へのテイマニは、
1)右足を右にステップ
2)左足をその後にステップ
3)右足を左足の前にクロスしてステップ
4)ポーズ
です。(逆足の場合も同様)

後へのテイマニは、
1)右足を後にステップ
2)左足をその横にクローズ
3)右足を前にステップ
4)ポーズ
です。(逆足の場合も同様)

上のステップは一般向けの教科書どおりのステップで、フォークロアではありません。 左写真は実際のテイマン(イエメン系ユダヤ人)のフォークロアな踊りです。彼等の左右のステップは小さく、むしろリズミカルに上下の動きが伴います。興にはいると首も振ります。イエメンの地にあっても、アラブ人に囲まれて狭いシナゴーグで踊ったためこのスタイルになったと言われています。オフラ・ハザもテイマンの家柄ですが、テイマンの人達の多くは敬虔で素朴なユダヤ教信者で、東ヨーロッパのアシュケナジーやスペイン系のスファラディーとはとまた異なったスタイルをもっています。 イエメンという特殊な場所にいたため、2000年前の頃の伝統をそのまま引き継いでいる部分が多いと言われます。
(左写真は,私がいた所の近くの地域のグループによる踊り)
  

以下はテイマンのフォークロアなダンスグループ(最初)と結婚式前に行われる「ヘナ」の儀式(その次)
このようなものがフォークロアな「テイマンの踊りと姿」と言えるでしょう。



イスラエルのテイマニは伝統的なユダヤですから、現在のイエメン共和国で踊られているアラブの踊りとは異なります。
しかし多くの日本の方が混同されたのは、米国拠点の講師がアラブ系やトルコ系の踊りも一緒に講習されたせいかも
しれません。ユダヤ系イスラエル人(テイマニ)に、独特のスタイルがあるのは次の理由によると言われています。

アラブが主流のイエメンの地では、好ましくない「ユダヤの礼拝」を開いていないか、監視人が見に来ました。すると、
とっさに滑稽な踊りをしてみせて「自分達は集まるけれども、ふざけて戯れているだけだよ」というふりをしたのです。
でも、踊る男の人が示す1本の人指し指は「神は一つだ」ということを、ちゃんと表現しているのです。
狭い会堂や部屋で踊っていたため、ステップは横移動が小さく上下動が伴うようになったと言われています。






  < 当方は本物のフォークダンスと芸術を愛好しております>

       「イスラエルダンスを踊る会」, 原始福音「キリストの幕屋」とは、一切無関係です。



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